• 聖呪

【聖呪】茨の道で、亡霊は哀叫し悪魔は嗤う

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2015/09/15 22:00
完成日
2015/09/21 20:26

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 あれから僕はアランと、パルシア村の村長と話をした。
 アランは洞窟内での凶暴さが嘘のようになりを潜めていた。村長もだ。彼は敵対心を滲ませながらも、冷静だった。
 僕は、その理由を知っている。知ることができた。

 エリカ。あれは、君が見せてくれたのか。
 理由は解らない。理由なんて無いのかもしれない。あくまでも偶発的な出来事だったのかもしれない。それでも、知ることができた。

「この村には、教会からの援助があるんですね」
「……」
 村長は何も応えなかった。それでも良かった。彼と僕は似ている。彼は取引に応じる機を誤った。本当はもっと、別な事をすべきだったのに。そして彼女は死んだ。村もこれまで通りにはいかなくなった。
 んな処も、僕達は似ていた。
「僕を、この村に滞在させてくれませんか」
「――何を考えている」
「償いたい、と。そう思っています」
「勝手にしろ。わしにはどうせ、止められん」
 この距離だけは、縮まる事はないのだろう。でも。
 たとえこの道が茨の道でも、僕は――僕達は、進まなくちゃいけない。


●禁断の茨
 その洞窟には泉があった。
 その洞窟には茨があった。
 その洞窟には、逃げ場があった。
 とある村にほど近く、けれどあまり近寄る者はいない。遠くもなく近くもない、そんな距離。それ故にその洞窟は、もはやこの世の者ならぬ身である娘にとって最良の場所だった。
 暗く、仄かに湿り気を帯びた空間。ひっそりとした内部では、岩の天井から時折垂れる水滴だけが定期的に音を立てている。
 澱んだ大気に溶け込み、その音に聴き入っていた娘はしかし、次に静寂を打ち破る無粋な足音を聞いた。そして下卑た笑い声も。
「ゲッゲ……親方の命令、ゼッタイ。オレ、いっぱい持ち帰る……」
 異形のゴブリンだった。彼らは互いに頭をくっつけて打ち合わせると、いかにも楽しげな足取りで洞窟の壁面に向かう。そして岩の壁面が隠れるほどびっしりと張り巡らされている茨に手をかけるや、喜悦に口元を歪め――。

 ぃやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 突如として高い断末魔が響いてきたのは、茜色の日差しがパルシア村を照らし始めた頃だった。
 聞く者の気を狂わせる叫喚。無垢な娘の魂を削る慟哭。この世のものとは思えぬそれはしかし、村に住む人々にとって未知の恐怖ではなかった。
 既知の、悲劇。
 それは一人の村娘が命を散らしてなお晴れぬ、行き場のない嘆きだ。
「……、エリカ……」
 村の長は沈痛に顔を歪める。娘を好いていた男は悔恨に奥歯を噛み締める。村の誰もが顔を伏せ、娘のことを思う。
 だからこそ気付くのが遅れた。遠く、北の洞窟から侵食してくる緑の絨毯に。
 ――そうして。
 八月三十一日、逢魔時。パルシア村は、茨の海に沈んだ。



「綺麗な声ね」
 幽鬼の絶叫が、その女の耳にはよく馴染んだ。赤い髪が尋常ならざる速度で伸展する茨が起こす風に揺らいでいる。
 傲慢の黒大公、ベリアル配下のクラベルは、酷薄な笑みと共に歩を進める。
「オーラン・クロスを探していたら、思わぬ拾い物ね……」
 悲鳴に籠められた負の気配――歪虚の気配をクラベルは感じていた。だが、そうだとしたらこの『茨』はあまりにもおかしい。
 茨は生意気にもクラベルに逆らい覆い尽くそうとするが、鞭でなぎ払って進むにはたやすい。「ぃやあああああああ!!」と悲鳴があがる。薙ぎ払うたびに、茨が千切れるたびに悲鳴が轟くのは煩く煩わしいが、とは言え村全てを覆わんとしている規格外の存在には興味を覚えていた。
「この茨、持って帰ろうかしら――」
 洞窟の方に興味を覚えないでもなかった。だが、今はニンゲン探しの方を優先しなくてはいけない。
「でも……オーラン・クロス、まずは貴方からだわ」
 叫び声の主も、この茨も。後回しにしても良いだろう。この『茨』による混乱は、治まりようがない。調べようと思えば時間は取れる筈だ。
 だから、クラベルはそれを紡いだ。

《私に従いなさい》



 一方、オーラン・クロスは洞窟へと急いでいた。彼の護衛のハンター達を連れて、蔓延った茨の上を伝うようにして、走る。村のことはアランに任せた形だが、彼は請け負ってくれた。エリカを頼む、とそう言って。
 覚醒すれば、運動音痴の彼でもそのくらいの事はできた。不格好に走りながらオーランは『茨』を見る。これを目にして、『聖女の亡霊』との関与を疑わないものはいまい。だが、そうじゃない。オーランは、オーランだからこそ、その茨の何たるに気づくことが出来た。
「この茨――マテリアルの、塊だ……!」
 そして、そのマテリアルの感触に、覚えがあった。何らかの理由で、亡霊が抱いていたマテリアルが暴走している。
「いや、そもそも……! なんで、あの娘がこれを使え、るん、だ……っ!」
 彼方から、絶叫が響く。恐怖と、怨嗟に満ちた絶叫は亡霊たる彼女の声だ。だが判然としないのは、彼女がいわゆる「英霊」なのか、はたまた歪虚たる「幽霊」なのか。現状が、常識と乖離している。だが、ハンター達の証言もそうだ。あの『夢』の中の聖女達の発言も、乖離が見られた。
 洞窟はまだ遠い。でも、次から次へと茨が沸き上がってきて、彼の足では進むのはもはや困難極まる。
「くそ……ッ! あっちはどうなってる……!」
 退くのか、進むのかを決め無くてはならない。実際問題として進めない以上、控えめに言ってもとどまる事しかできそうにもないのだが。だから、彼はそうした。足を止めて、洞窟の方へと目を向ける。

「見つけたわ、オーラン・クロス」

 声は、空から降ってきた。いや、違う。
「……!? い、茨が……!」
 一本の太い茨が大きく身を起こした大蛇のようにしてそこに居た。意志を持ち、付き従うように。何に?
 少女だ。茨の先に、一人の少女がいた。オーラン・クロスはその存在を知らない。当然のことのように、少女は名乗ろうとはしない。
 少女は高みから周囲を見渡した。茨は続々と湧き上がり、街を埋め尽くそうとしているのだろう。今も、そうだ。高度を下げた少女の《茨》に、他の茨が絡みつこうとしてる。少女が鞭を振るうと茨は弾け、「ぃやあああああああああああ!!」と遠くから絶叫が響いた。しかし、次々と茨は絡み突き、少女の足場であった茨は飲み込まれてしまった。
「――余り時間はなさそうね」
 周囲の茨の様子を見てクラベルは呟くと、
「貴方を連れて帰るわ。大人しくしていたら、お友達のニンゲン達の命は奪わないであげる」
 艶然と微笑み、こう言葉を紡いだ。

《さあ、私についてきなさい。オーラン・クロス》

リプレイ本文


 吹き荒ぶ風が、大地を蹂躙していた。この村の未来を暗示するかのように無遠慮に殴りつけては去って行く。
「……ツイてないわね、まさかこっちに来るなんて」
「あら」
 八原 篝(ka3104)の苦い声に、見下ろすクラベルは笑みを深めた。
「オーラン・クロスを置いて帰るならそんな事はないわ。私は素直な子には寛大だもの」
「できるわけ、ないでしょう」
「――ふふ、そうね」
 そう言って睨みつける篝の前には、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)。得物を構える彼女の目は、しかし、怪訝に曇っていた。
「まさか、この騒ぎは歪虚が……でも、どうしてオーランさんを……?」
 思考してもその理由や意図は見通せない。ただ、良からぬ事が起こっている事は十全に知れた。
「オーランさん!?」
 柏木 千春(ka3061)の声が響いた。少女はオーランに抱きつくようにして歩を進めようとするのを阻止していた。正気をなくしたオーランは抗い、叫ぶ。
「止めないでくれ!」
「……《強制》か!」
 月野 現(ka2646)の対応は早かった。だが、紡がれた法術にオーランは一瞬苦悶の表情を浮かべた後、すぐに歩を進めようとまた足掻く。幸いかな、能力者として未熟に過ぎる彼では千春の細腕すら振り払えない。だが、手を緩めたら駆け出してしまうのは間違いなく、少女には術を施す余力がなかった。そんな事は露ほども知らずに、オーランは喚き立てる。
「僕が従えば、君たちは死ななくて済むだろう……!」
 雨音に微睡む玻璃草(ka4538)――フィリアは小首を傾げた。
「言うこと聞かせてるだけじゃないの?」
 混沌とした場の中で、フィリアは興味に目を輝かせて、クラベルへと視線を送った。その、途上。
「まぁそう急ぐ事ないだろう、クラベル君」
 視線を背負う形で一人の少女が立っていた。Holmes(ka3813)だ。余裕げな微笑みを浮かべる彼女は、大鎌を構えていた。嘴の如き三連刃が怪しく光る不吉な大鎌を。少女の言葉にクラベルは薄く笑った。オーランを取り巻く騒動に更に愉快げに喉を鳴らした彼女は、
「そう。なら、少しだけ遊んであげようかしら」
 そのまま跳ねるようにして踏み込み、加速した。



「あのね。おじいさんはおねえさんのところに行くんでしょう?」
 間違ったら、駄目。
 千春に羽交い締めにされているオーランにそう言い残して、フィリアは疾駆。そこに、龍華 狼(ka4940)。ヴァルナやHolmesの順で続く。短く息を整えながら狼は観察。相手は大物だ。加えて此方の防衛対象は上の空。分は悪い。茨の動向も読めない。守れるのか、と自問し。そうじゃねぇ、と吐き捨てて刃を抜く。
 ――ダチにもう一度おっさんを会わせるって約束したんだ……!
 そう自らに任じたと同時、Holmesが遅れている事に気づいて歩を緩める。
「いや、すまないね」
「いえ!」
 いっそ爽やかなHolmesに返事をしながら見ればフィリアは大きく迂回している。すぐにヴァルナが追いついた。
「……彼女の好きにさせる訳にはいきませんね」
「ええ!」
 並び立つ二人に、じきにHolmesは追いつくだろう。後衛の援護は――あちらの動向次第か、と。眼前の敵を見据えた。

 後方。
「手強い……!」
「しっかりして! アランの信用に答えるんでしょ!」
 現が幾度に渡りキュアを施すが、《強制》は解けない。そもそもの抵抗力が乏しいオーランだから、か。篝が声を張るが、反応は芳しくない。
「……篝さん、代わりにオーランさんを抑えてください!」
「ええ!」
 千春の言葉に意図を汲んで、篝が代わりにオーランを取り押さえる。
「オーラン! どんな想いでここまで来たのか思い出して! やらなきゃいけないことがあるんでしょう? そんなふざけた命令、突っぱねるのよ!」
 篝の声が響く中、手が空いた千春を包む光芒が仄かに光を増す。
 ――貴方が、その罪を償いたいというのであれば。それが、未来へ続くものであるのならば……!
 助けたい、と。想いのままに、法術を紡いだ。
「今なら!」
 現のそれとは違う光がオーランを包んだ。重ねて、高められた魔術抵抗に機を見た現が再度の法術を紡ぐ。オーランに染み付いた負のマテリアルを禊ぎ祓うべく紡がれた術理が顕現し――そして。
「……っ」
 一際強い苦鳴を零し、オーランが膝を突いた。
「大丈夫ですか、オーランさん!?」
「僕は……」
 オーランは混乱はしているが、そこには理性の色がある。
「操られていたことは、解りますか」
「……ああ、でも」
 その身体を支える現の言葉に、自らが信じられないようにオーランは愕然としながら、こう言った。

「さっきの僕自身の行動が変だったって、今でも思えないんだ……」



 おっとりのっとり――Holmesにとっては最高速度で駆けつけてすぐに、クラベルと相対する事になった。
「なかなか気忙しいね」
「生意気な口はすぐ閉じさせたくなってしまうだけよ」
 応じる声と同時に衝撃が響いた。クラベルの鞭が間合いを一瞬で食いつぶしHolmesを襲っていた。大鎌で受け、完全武装の身にも重く響く一撃。
「……耐えるだけなら、余裕がありそうだ」
 無論、方便というものだろう。大層余裕げに嘯いた彼女の横合いから、二つの影が奔る。そして、刃が二つ、逢魔ヶ刻の暗がりを貫いて煌めく。クラベルは飛び退るようにして後退する中、
「何故、オーランさんを?」
「愚問だわ」
 斧槍を構えたヴァルナの問いに、冷笑が返った。
「私が、望んでいるからよ」
「そうですか」
 十分な回答ではないが、それ以上は追求しない。深く突っ込んで機嫌を損ねるつもりもなかった。
「……あら」
 クラベルの呟きと同時、後方で動きがあった。オーランが正気に返ったのだろうと気配で知れる。
「……あとはオーランのおっさんを守り切るだけ」
 短く独語する狼の表情は、しかし、硬い。
 ――全然、隙が見えねぇ。
 相対していて怖気は抱くことはないが、守ることが出来るという確信に至れない。
 その時だ。その背に触れるものがあった。Holmesだ。手甲は硬いがしかし、暖くて。
「大丈夫さ、少年」
 彼女がそのまま、開いた手でとん、と指差したのは、己の耳元で。
「ボクたちにも勝機はあるよ」
「……そうかしら?」
 割って入った声に、狼は超速の反応を示した。波濤の如き負のマテリアルが押し寄せてくるのを感じたと、同時。
 クラベルが口を開こうとした――
《貴方の――……》
 その、瞬前。狼の振るった刃が足元の茨を抉っていた。「厭亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞……ッ!!」絶叫が大地を揺らし、鼓膜を叩く。狼は波立つ茨の上で歯を噛みしめて堪える。鳴動と、悲鳴に掻き立てられる後悔に。そして――クラベルの、《強制》の波動に。
「《強制》が、言葉を介してるなら……ッ!」

「聞かなければいい、と。本当にそう思っていたの?」 

 襲ってきた一閃を、狼は避けることが出来なかった。その脇腹を深々と抉ったそれは――殺気の篭った目をしたヴァルナが振るった斧槍。
 彼は知らなかったのかもしれない。間合いの裡であれば、城壁を超えて“街の中”まで響いた彼女の《強制》と、それが生んだ惨劇を。そして、茨を切った際の悲鳴は、ハンター達の初動をも止めてしまっていた。
 その対価は重く、深く。
「目を覚ませ、ヴァルナ!」
「……狼さん! あぁ……っ」
 現の法術で、ヴァルナはすぐに自らが成した事を認識した。自らが振るえる全てを狼へと叩き込んでいた、と。手に残る感覚が生々しく蘇り、自らが突き立った斧槍を抜くことすら出来ない。
「オーランさん!」
「ああ!」
 千春の声に、オーランが即応した。狼には見えていた。Holmesがたった一人でクラベルの猛撃に耐えている事を。
 ――俺の、せいだ。
 だから。癒やしの法術を受けながら狼はヴァルナに叫んだ。
「アンタ、は、あっちを!」
 口調を繕う余裕もなく、自らの手で刃を引き抜いた。反射的に湧き上がる嘔気を堪えながら叫ぶ。
「っ、は、はい!」
 ヴァルナは後ろ髪を引かれながらも振り切って駆ける。狼も追いすがろうと震える足を進めようとした。だが。
 ――すま、ねえ。
 僅か、数歩のみ。口元から溢れたアカイロに沈んだ事を自覚した瞬後、友の名を呼ぶ前に視界が暗転した。



「本当に、頑丈なのね」
「嗜み、かな。こういう事が最善の策のこともあるからね」
 言いつつも紛うことなき劣勢にHolmesは思わず苦笑を零した。だが、折れてはいない。彼女は、“その時”を待っていたのだから。
 始まりは、微かな音。並の者なら聞くことも叶うまい。
「来るよ!」
 声を張った、彼女以外は。尋常ならざるその耳でHolmesはその予兆を掴んでいた。その意を汲んだ篝がすかさず構え放つは。
「……寒夜に、霜の降る音を聞け」
 過剰なまでにマテリアルが込められた弾丸。殷々と音を引いたそれは、回避行動を取ろうとしたクラベルの軌跡を読みきったかのように、その身を穿つ。着弾した細腕から、瞬時に碧々としたマテリアルが冷気となってクラベルの身を包み込む。
「邪魔ね……っ!」
「あら」
 篝を睨みつけたクラベルが、鞭を振るう、その寸前。声が降ってきた。
「よそ見はダメだわ?」
 フィリアだ。その足場はクラベルとHolmesを撫でる――否、鞭打するように奔る《茨》達の上。身を隠しながら加速した足裁きでそこに飛び乗ったフィリアは、茨達の連撃を躱そうとしたクラベルの至近までぬらりと至り、
「凄いわ……小さなおねえさんはおじいさんにも茨にも言うことを聞かせられるのね?
 ……でも、言うことを聞かない子もいるのも仕方がないわ」
 抱きすくめるような距離で耳元で囁くように、言った。そして。捻くれた剣をクラベルの腹へと突き立てた。
「退きなさいっ!」
 痛みよりもその言動そのものを厭うようにして振り払うと、フィリアは無理に逆らわずに間合いをとった。
「クラベルッ!」
 まだ、終わらない。正体不明の激情を迸らせながらヴァルナが往った。護るべきを自らの手で傷つけた事に、感情が昂ぶっていた。護りを捨てて放たれた渾身の一撃はフィリアと同じく腹部を抉る。手に残る感触が先ほどのソレと似ていた事が、苦さとなって湧き上がった。
「ヴァルナくん、下がりたまえ!」
「ニンゲン……ッ!」
 喚起された激情は、クラベルにとってもそうであったか。憤怒に満ちた声を発しながら斧槍を左手で掴んだクラベルは、その右手を振るった。それが暗器の刃だとヴァルナが気づいたのは、首元に熱を覚えてからだった。
「――っ、く」
 傷口から息が溢れる。反射的に体が崩れた所を蹴り飛ばされた。何かにぶつかり、きゃぁ、と可愛らしい悲鳴が響く中、血に噎せるのを止められず、ヴァルナは立ち上がる事もできなくなった。
 そこに。
「……時間切れ、ね」
 心底忌々しそうなクラベルの声が、響いたのだった。


 超聴覚を発動しているHolmesでなくても、それに気づくことは容易かった。
 大地が、鳴動していた。遠景に見える黒々とした波濤。小さな竜の如き茨が次々と迫ってきている。悪夢のような光景を前に、クラベルは舌打ちした。
「あっちから行けばよかったかしら」
 とん、と軽い足取りでハンターと、迫り来る茨から距離を外すように横へと跳んだクラベルは、
「またね、オーラン・クロス」
 そう言って口の端を釣り上げた。酷薄な笑みを浮かべ、結んだ言葉は――。

《跪きなさい》
 
「最ッ低……!」
 言葉の意図を瞬時に汲んで、篝はオーランを見る。「僕は大丈夫だ!」返った声にすぐに視線を視線を転じると、現が頭を抱えて膝をつこうとしている。やはり、《強制》だ。
「千春!」
「はい!」
 すぐ側に居た千春に託し、見渡す。Holmesは重傷を負った狼を抱えてのっとりのっとりと駆け出していた。その、更に向こう。フィリアの様子がおかしい。
「待ってて!」
 このままでは無防備に茨に轢かれてしまう。Holmesを追い抜く形で篝は少女のもとへと走る、と。
「あ、は」
「あなた……何をしてるの!」
 フィリアは傘を逆手に持った。篝の制止の声も聞かずに、フィリアは得物を自らの膝に突き立てる。
「楽しくない、ことは、嫌い……だから、お姉さんの言うことなんて、聞かないわ……!」
「……わけわかんないことばかり言ってるとは思ってたけど……!」
 少女が膝に突き立てた得物はそのままで、彼女の軽い身体を意識をなくしたヴァルナと共に抱き抱えて疾走。一緒に走るよりも、覚醒者においてはこの方が速い。
「じっとしてて!」
 走りだせば自然、千春とオーランを中心にハンター達が集まっているのが見える。悪い予感しかしない。茨の方が速いことは知っていた。でも、遮二無二走る。

 ――。

 つと。歌が、聞こえた。千春の声だ、と気づいたと同時――後背からの異音が高まり、少女の背に衝撃が響いた。



「篝くん……!」
 オーランが駆け出し弾かれた篝と、彼女が抱えたフィリアごと抱きとめ、ヒールを紡ぐ。
 それらを呑み込むように、歌が辺りを包んでいた。鎮魂の歌。本来ならば生者ならざる歪虚を縛る法術を千春は紡いでいた。清廉清浄たる光が彼女を中心に広がる。
「ふふ、良い歌声だね」
 懐から取り出したパイプを咥えたHolmesはゆるやかに紫煙を吐き出していた。
「……俺たちに、敵意はない。君を、救いたいだけなんだ」
 現は、千春の歌声に引き出されたように囁く。
 それは、千春の歌に籠められた想いに、よく似ていた。
 ――大丈夫、安心して。私は貴女に危害を加えない。どうか、落ち着いて。私は、貴女を救いたい。
 歌を紡ぐ少女は一心に想いを紡ぐ。茨はマテリアルの産物とオーランは言った。ならば、そこを通じて“彼女”に届くのではと。
 響く声は、酷く優しく。

 そして。

 黒波の如き茨が、ハンター達を覆い尽くした。









●消失
 ヴァルナが目を覚ましたのは、空が白んできた頃合いだった。
「目を覚ましたか! 良かった……本当に……」
 オーランは脱力したように跪く。傍らでは、狼が安らかな寝息を立てていた。丁寧に施された治療の痕が、生々しい。
「どう、なったんですか……?」
「ご覧のとおり、無事さ。押し寄せた茨は僕らを襲わなかった。ただ――僕らを包んで、固まってしまったんだ」
「でも」
 ぼやける視界の中には、一片足りとも茨は存在していなかった。オーランが困った顔をしたことは、気配だけで解った。そこに。
「オーランさん!」
 息せき切って戻ってきた千春の声が、硬く響いた。
「……あの子は、消えてました」
「そう、か」
 オーランの声色を聞いて、何故、彼が此処に残っていたかをヴァルナは理解した。

 ……万が一にも、“これ以上”、喪わないためだったのだ。


 ――この日、パルシア村は消失した。
 村を覆った茨と、聖女の亡霊と共に。

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MVP一覧

  • 光あれ
    柏木 千春ka3061
  • 唯一つ、その名を
    Holmeska3813
  • 囁くは雨音、紡ぐは物語
    雨音に微睡む玻璃草ka4538

重体一覧

  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴスka2651
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼ka4940

参加者一覧

  • 戦場の護り手
    月野 現(ka2646
    人間(蒼)|19才|男性|聖導士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • 光あれ
    柏木 千春(ka3061
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • 弓師
    八原 篝(ka3104
    人間(蒼)|19才|女性|猟撃士
  • 唯一つ、その名を
    Holmes(ka3813
    ドワーフ|8才|女性|霊闘士
  • 囁くは雨音、紡ぐは物語
    雨音に微睡む玻璃草(ka4538
    人間(紅)|12才|女性|疾影士
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼(ka4940
    人間(紅)|11才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン まるごとフォーリさんに質問
八原 篝(ka3104
人間(リアルブルー)|19才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2015/09/12 22:19:32
アイコン 相談卓
八原 篝(ka3104
人間(リアルブルー)|19才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2015/09/15 15:20:46
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/09/12 13:43:47