ゲスト
(ka0000)
灼熱の井戸の底
マスター:硲銘介
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/09/19 07:30
- 完成日
- 2015/09/27 06:57
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
暑い。暑い。暑い――ああ、くそったれ、暑くてしょうがない!
誰に言うでもなく、男はぶつぶつと同じ言葉を繰り返し歩いていた。
男に連れ添いはいない。無論、それはひとり言に過ぎないのだが、口に出さずにはいられなかった。
深く被った帽子の下から空を仰ぎ、男は憎き怨敵を睨みつける。
――それは太陽。頭上より燦々と光を降らせる赤の球体のなんと恨めしいことか。
旅人である男が往くのは木陰の一つもない枯れた荒野。真夏の猛暑はもう過ぎ去ったと思っていたが、ここ数日のそれは容赦が無い。
日射を遮る為の帽子は効いている気がしないし、飲み水は先程最後の分を飲み干してしまった。目的の町までもう数刻ほどだが、思いの外体力の消耗が激しい。
そもそも、日照り続きの後には雨を降らせるのが道理ではないのか。時折、自然にはそういったバランス感覚が致命的に欠如していると思うのだが。
……などと、こうくそ暑くては文句も言いたくなる。
炎天下を歩き続けるも風景は代わり映えのしない岩だらけ。この味気ないキャンバスに目で味わう旅の風流などが感じとれるものか。
地獄に仏、という言葉を聞いたことがあるが、それはおそらくこの瞬間の為に用意されたに違いない。
井戸だ。岩陰に小さな古びた井戸がある。
冷静に考えればこんな場所にある井戸などとうに死んでいるだろう。だが、水を得られるという高揚感が旅人の足を急がせた。
井戸の脇に桶が放置されている。釣瓶の機能はどうやら生きているらしい。期待に胸を膨らませ、井戸の底へと水桶を落とす。
さて、水はあるだろうか。加えて、それは人が飲んでも問題ないものなのか――いや、それは置いておこう。
この一瞬の潤いを得られるのなら、後々腹を壊そうともかまうものか。毒水だろうが飲み干して見せよう……いや、さすがにそれは止めておこうか。
などと逡巡していると、突然手にした縄の感覚が変わった。桶が底に叩きつけられたのでも、長さの限界に達したのでもない。
間違いない。これは桶が水に浸かった感覚に違いない。知らず、顔がにやける。
急いで釣瓶を引き戻す。水質がハッキリした訳でもないのに、無性に何かに勝利した気分になっていた。
そうして、縄の先端が地上へと戻ってくる――が、そこに水を湛えた桶の姿は無かった。
……切れた。どうも軽いとは思ったが、なんてことだ。せっかく井戸水の存在が分かったというのにこれとは、喜び損というやつではないか。
深い溜息を吐くと共に、恨めしく切れた縄の先端を睨む――と、妙なことに気づいた。
縄の先は黒く、焦げていた。触れてみるとついさっき焼き切った様に熱を帯びている。てっきり老朽化して切れたものと思っていたが、それにしてはおかしな痕跡だ。
不思議に思い、身を乗り出して井戸を覗き込む。広がっているのは暗闇ばかりで、底の様子などは分かる筈も無いのだが。
●
結論から言って、その井戸に水は無かった。代わりに、液体状の別のものが沈んでいた。
男が垂らした釣瓶の先は底で眠るそいつの身体に触れ、そのまま表面を突き破り沈み――燃え尽きた。
井戸に落ちてきた異物を溶かし、或いは井戸の底の地下空間を溶かし領域を広げつつ眠っていたそいつはそれで目を覚ました。
自身の内から逃れでた縄が地上へと戻っていくのを見つけて、そいつは久々に肥大化した身体を揺り動かした。
井戸の内側、垂直で取っ掛かりの無い壁をそいつは這うように昇っていく。
やがて、久方ぶりの陽が射すも、光に眩む事は無かった。だって、眼球などというものは最初から持ち合わせてはいない。
「うわああああぁぁぁッッッ!!!!」
人間の雄の悲鳴が響く。愚かにも、怪物の巣窟を覗き込んでいた男は急速浮上するそれに巻き込まれた。
赤い液体。いや、半固体と云うのが正しいのか――否、やはりここは知れ渡ったその種としての名で呼称しよう。
スライム――蠢く無形の怪物が旅人の男を呑み込む。その軟体に取り込まれた男は泳ぐ様に、溺れた様に手足を暴れさせていた。
その抵抗は無意味だ。水の中で人が泳げるのは、それが流れるだけの物質だからである。
しかし、これは違う。人には理解し得ない命の形、融合と分裂を繰り返しつつもそれぞれが個として成立する水溶の怪物が、獲物の脱出など許す筈もない。
やがて男の動きが停止する。無駄と悟ったのか力尽きたのか、なんにせよ、それでおしまい。
男の身体が発火する。液体の中に居るというのに、その五体は火に包まれ、灰になるようにその姿を消した。
これが赤いスライムの食事だ。高熱の体内に獲物を捉え、消化する。
もっとも、今回は目が覚めて飛び出した先に餌があっただけで、彼にとってはラッキーだった。餌食となった男にはアンラッキーなどでは片付けられないが。
想定外の食事を済ませたスライムはその巨体を再び枯れ井戸の底へと滑り込ませた。
地下深くで眠りながら岩石をゆっくりと嚥下し、成長していく。時折、今みたいな間抜けな餌がやってくる事もあり、その生活は中々に悪くない。
――事が済み、地上にはもう旅人の姿は見当たらない……あぁ、地下の何処を探したとしても彼は見つからないのだが。
ただ、旅人がその場に遺した荷物だけはすぐに見つかる事になった。
一時間ほど歩いた先の町、旅人が目指していたそこに住む知人が見つけたのは、本人ではなくその荷物だけだったのだ。
到着の遅い旅人を捜してみればあったのは荷物だけ。広がるのは緑の失せた岩の大地、傍らには使われなくなって久しい枯れ井戸。
そこから何かしらのトラブルに気づくのはそう難しい事じゃない。消えた旅人、彼が何処に何故消えたのか――それを解き明かすべく、ハンターオフィスへ一つの依頼が届けられた。
暑い。暑い。暑い――ああ、くそったれ、暑くてしょうがない!
誰に言うでもなく、男はぶつぶつと同じ言葉を繰り返し歩いていた。
男に連れ添いはいない。無論、それはひとり言に過ぎないのだが、口に出さずにはいられなかった。
深く被った帽子の下から空を仰ぎ、男は憎き怨敵を睨みつける。
――それは太陽。頭上より燦々と光を降らせる赤の球体のなんと恨めしいことか。
旅人である男が往くのは木陰の一つもない枯れた荒野。真夏の猛暑はもう過ぎ去ったと思っていたが、ここ数日のそれは容赦が無い。
日射を遮る為の帽子は効いている気がしないし、飲み水は先程最後の分を飲み干してしまった。目的の町までもう数刻ほどだが、思いの外体力の消耗が激しい。
そもそも、日照り続きの後には雨を降らせるのが道理ではないのか。時折、自然にはそういったバランス感覚が致命的に欠如していると思うのだが。
……などと、こうくそ暑くては文句も言いたくなる。
炎天下を歩き続けるも風景は代わり映えのしない岩だらけ。この味気ないキャンバスに目で味わう旅の風流などが感じとれるものか。
地獄に仏、という言葉を聞いたことがあるが、それはおそらくこの瞬間の為に用意されたに違いない。
井戸だ。岩陰に小さな古びた井戸がある。
冷静に考えればこんな場所にある井戸などとうに死んでいるだろう。だが、水を得られるという高揚感が旅人の足を急がせた。
井戸の脇に桶が放置されている。釣瓶の機能はどうやら生きているらしい。期待に胸を膨らませ、井戸の底へと水桶を落とす。
さて、水はあるだろうか。加えて、それは人が飲んでも問題ないものなのか――いや、それは置いておこう。
この一瞬の潤いを得られるのなら、後々腹を壊そうともかまうものか。毒水だろうが飲み干して見せよう……いや、さすがにそれは止めておこうか。
などと逡巡していると、突然手にした縄の感覚が変わった。桶が底に叩きつけられたのでも、長さの限界に達したのでもない。
間違いない。これは桶が水に浸かった感覚に違いない。知らず、顔がにやける。
急いで釣瓶を引き戻す。水質がハッキリした訳でもないのに、無性に何かに勝利した気分になっていた。
そうして、縄の先端が地上へと戻ってくる――が、そこに水を湛えた桶の姿は無かった。
……切れた。どうも軽いとは思ったが、なんてことだ。せっかく井戸水の存在が分かったというのにこれとは、喜び損というやつではないか。
深い溜息を吐くと共に、恨めしく切れた縄の先端を睨む――と、妙なことに気づいた。
縄の先は黒く、焦げていた。触れてみるとついさっき焼き切った様に熱を帯びている。てっきり老朽化して切れたものと思っていたが、それにしてはおかしな痕跡だ。
不思議に思い、身を乗り出して井戸を覗き込む。広がっているのは暗闇ばかりで、底の様子などは分かる筈も無いのだが。
●
結論から言って、その井戸に水は無かった。代わりに、液体状の別のものが沈んでいた。
男が垂らした釣瓶の先は底で眠るそいつの身体に触れ、そのまま表面を突き破り沈み――燃え尽きた。
井戸に落ちてきた異物を溶かし、或いは井戸の底の地下空間を溶かし領域を広げつつ眠っていたそいつはそれで目を覚ました。
自身の内から逃れでた縄が地上へと戻っていくのを見つけて、そいつは久々に肥大化した身体を揺り動かした。
井戸の内側、垂直で取っ掛かりの無い壁をそいつは這うように昇っていく。
やがて、久方ぶりの陽が射すも、光に眩む事は無かった。だって、眼球などというものは最初から持ち合わせてはいない。
「うわああああぁぁぁッッッ!!!!」
人間の雄の悲鳴が響く。愚かにも、怪物の巣窟を覗き込んでいた男は急速浮上するそれに巻き込まれた。
赤い液体。いや、半固体と云うのが正しいのか――否、やはりここは知れ渡ったその種としての名で呼称しよう。
スライム――蠢く無形の怪物が旅人の男を呑み込む。その軟体に取り込まれた男は泳ぐ様に、溺れた様に手足を暴れさせていた。
その抵抗は無意味だ。水の中で人が泳げるのは、それが流れるだけの物質だからである。
しかし、これは違う。人には理解し得ない命の形、融合と分裂を繰り返しつつもそれぞれが個として成立する水溶の怪物が、獲物の脱出など許す筈もない。
やがて男の動きが停止する。無駄と悟ったのか力尽きたのか、なんにせよ、それでおしまい。
男の身体が発火する。液体の中に居るというのに、その五体は火に包まれ、灰になるようにその姿を消した。
これが赤いスライムの食事だ。高熱の体内に獲物を捉え、消化する。
もっとも、今回は目が覚めて飛び出した先に餌があっただけで、彼にとってはラッキーだった。餌食となった男にはアンラッキーなどでは片付けられないが。
想定外の食事を済ませたスライムはその巨体を再び枯れ井戸の底へと滑り込ませた。
地下深くで眠りながら岩石をゆっくりと嚥下し、成長していく。時折、今みたいな間抜けな餌がやってくる事もあり、その生活は中々に悪くない。
――事が済み、地上にはもう旅人の姿は見当たらない……あぁ、地下の何処を探したとしても彼は見つからないのだが。
ただ、旅人がその場に遺した荷物だけはすぐに見つかる事になった。
一時間ほど歩いた先の町、旅人が目指していたそこに住む知人が見つけたのは、本人ではなくその荷物だけだったのだ。
到着の遅い旅人を捜してみればあったのは荷物だけ。広がるのは緑の失せた岩の大地、傍らには使われなくなって久しい枯れ井戸。
そこから何かしらのトラブルに気づくのはそう難しい事じゃない。消えた旅人、彼が何処に何故消えたのか――それを解き明かすべく、ハンターオフィスへ一つの依頼が届けられた。
リプレイ本文
●
照りつける太陽の下、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)は周囲をありったけ見渡した。
荒野。それ以外には言い様のない景色がどこまでも続いている。
時折視界を遮るように聳え立つ岩塊以外には目立ったものは何も無い。代わり映えはしないが、それだけに決して複雑な地形ではない。
「こんな場所で行方不明なるなんざよほどの方向音痴か……何かに襲われたか、だな」
しかし、男は旅人だったのだから方向音痴というのも考えづらい。だとすれば、後者の予測が的中する可能性が高い――エヴァンスはそう睨んでいた。
「追い剥ぎか歪虚か……ま、何にせよ、迂闊な行動は避けていこうぜ」
警戒を促す言葉は自分自身にも向けられている。戦いを好むのが彼の性分だが、下策を好む事はない。
言葉は同時に、傍らの仲間――十 音子(ka0537)にも向けられる。音子は周辺の岩場を観察しつつ、エヴァンスの言葉に答える。
「旅人蒸発、でも荷物は残ったまま……人的犯罪の線は薄そうです」
音子の予想もまた歪虚の仕業というものだった。
自然災害、例えば地面の陥没に巻き込まれたという線もあり得なくもないが、この地域でそういった事故の報告は耳にしない。そちらは除外して考えていいだろう。
となれば、この先には戦闘が予測される。故に音子は地形を観察し、自身が座するべき位置を見定めていた。
――やがて、ある一点。岩の積みあがった高台に目を付ける。
高低さは勿論だが、その場所にはもう一つ――何もない一面の荒地にたった一つ残った人工物を俯瞰出来るという利点があった。
●
「この荒野で突然の失踪。怪しいとすれば空か……この井戸だろうな」
オルドレイル(ka0621)はそう呟きながら視線を空から傍らの枯れ井戸へと移した。
「えぇ、いらっしゃるのならば、この辺りだと思うのですが……」
レイ・T・ベッドフォード(ka2398)も同意を示しながら、井戸の周辺や縁にに摺れた跡や傷といった痕跡が無いか探っていく。
荷物の見つかった位置から考えれば失踪した旅人がここに寄ったのは間違いないだろうが、足跡などは見つからない。
元々足跡の残りにくい乾燥しきった地面、微かに砂地に残ろうと時折吹く強風が掻き消してしまっただろう。
「――――――」
レイの目には、この状況が奇異に映る。旅慣れた者が荷物を残して遠くへ行く筈もなく、突然の不幸に見舞われたのだと仮定しても遺体が見つからないのは妙だ。
他の面々もそれは承知しているだろう。同じように周囲の痕跡を探していたザレム・アズール(ka0878)も、奇異の答を井戸に見出す。
「……やっぱり、怪しいのは井戸だよな」
「試しにこれでも投げ入れてみましょうか?」
井戸を覗き込むザレムの隣に顔を出した音子はそこらで拾った小石を摘まんで見せると、それを井戸の中へと落とした。
一つ、二つ……重ねて落としていくが反響音らしきものは聞こえない。
「おーい、誰かいないかー?」
井戸の底に向けてザレムが呼びかける。狭い空間に声が反響するのを感じたが、やはり返ってくるものは他に無かった。
「駄目か……灯りでも下ろして覗いてみるしかないか」
「……そう、ですね」
ザレムの提案に頷きながら、音子の注意は井戸の縁に垂らされたロープに向いていた。
釣瓶の一部である縄の先には水桶がついていなかった。……いや本来はついていたのだろう、その証拠に先端部分には妙な痕が残っていた。
「……焼き焦げてる」
「落ちるなよ、下に何かいた時助けられんぞ」
「大丈夫です、そんなヘマしませんから」
井戸の上に身を乗り出した音子をからかうようにオルドレイルは言う。軽口を叩きながらも表情が崩れていないというのが、またなんとも彼女らしい。
らしいといえば、オルドレイルは井戸の調査を行う仲間達の背後を突かれぬ様、周辺の警戒に徹していた。冷静な判断、それはもしもの場合に何よりも頼りになるものだろう。
一方の音子は先端に松明をくくり付けた縄を用意し、点火を済ませてそれを井戸の底にゆっくりと垂らし始めていた。
ザレムもLED灯を準備し似た様な手法を考えていたが、他にもやる事があったのでそちらを優先させ、灯りは音子に任せる事となった。
少しずつ、少しずつ。松明の火が井戸の中を照らし暗闇を暴いていく。
井戸の内部の深さ、形状、老朽化の状況。その他にも異物は無いか。晴れた闇を、ザレムは手にした双眼鏡で覗き込み事細かに観察する。
随分深くまで縄の先が潜った。だが松明の火は依然消えずに燃え続けている。
水に浸かる以外の要因で消えるようならば井戸の下部は酸素が不足していると判断されただろう。
このまま何も無いようなら最終手段として直接潜る際に酸素状態が懸念されたが、その心配も無さそうだ。
そうして徐々に内部を解明していく中――その異変は起こった。
音子の手にした縄の手応えが変わった。垂らしたロープの先端、それが松明ごと何かに、沈んだかのような感覚。
「……赤い、水?」
真っ先に双眼鏡で異変を目にしたザレムはそう溢す。松明の火が照らす暗闇の底にあるもの、それが赤い液体状の何かであるのに気づくまでそう時間はかからなかった。
――次の瞬間、火は消えた。消えた理由は液体に呑まれたからではない。ただ松明はその全てが、燃え尽きたのだ。
井戸の底に眠っていたそれが目を覚ます。
強風が運ぶ小石の落下は日常茶飯事であったし、元より聴覚に依存する性質ではないので聞こえてきた何某かの声も無視できた。
しかし、体内に落ちた火種は別だ。火属性のマテリアルを多分に有するとはいえ、元より発火している物が落ちてくる事など普段は無い。
ならば、次に起こすべき行動は明確だった。人間であろうと怪物であろうと、降りかかる異変は無視出来るものではないのだから。
●
「来るぞ――下がれッ!」
火が消えたのを確認した瞬間、ザレムは叫んだ。周囲のハンター達が一斉に井戸から距離を取る。
それとほぼ同時に、井戸から噴出すかのように赤色の液体が姿を現した。暗闇ならともかく、日の下に出てきた以上、ハンター達はその正体を理解した。
「……またスライムっ」
「ふむ、コイツが原因と見てよさそうだな」
「あぁ、行方不明者はもうあの腹の中でお亡くなりになってる可能性がありそうだ」
音子、オルドレイル、エヴァンス。三人の言葉が続く。
「……貴方が、彼を襲った何か――ですか」
レイもまた、他の者と同じく目の前の脅威に注視する。あんなものが存在していたなら、失踪の原因は確定しようなものだろう。
そして、眼前のそれは水溶の怪物。獲物を捕らえる、という事は同時に食事を採る行為に等しい。
――この様子では……生命は、ないか。レイは冷静に、その残酷を理解した。そして、
「それでは――不肖ながら、彼の無念を晴らさせていただきます」
宣言と共に、地をかけるものを己が身に降ろす。そうして自身を平時とは別物に変革させること、それが霊闘士にとっての戦闘態勢である。
無論、それを待っていた、などという事はあり得ないが――ベルセルクの闘気に中てられたかのように、赤きスライムが身を震わせる。
声帯など存在しない故に無音の猛りではあるが、奴もまた、目の前の相手を敵と認識した。
「その牙……折らせて頂きます!」
開幕――第一撃を放ったのはレイだった。霊闘士の身体強化、捧げるはその両腕。振りぬかれる斧がスライムの身体を吹き飛ばす。
体の一部を吹き飛ばされながらも、スライムの攻撃姿勢は崩れない。元より原型など有ってないような不定形の魔物、痛覚という概念にすら縁遠い。
原始の体系に位置するアメーバ状の身体、それを変形し伸ばし、相手を絡め取る様に迫るのがこの魔物の上等戦法。その矛先は最前線に立つレイへと向けられる。
赤の触手の追尾を地をかけるものの駿足が捌く。眼球などは無いがその視線、注意がレイに向いている隙をもう一人、前線に立ったオルドレイルが突く。
攻めの構えより放たれる一撃が無防備な腹を割る。更に、
「おらああぁぁッ!!」
エヴァンスが続けざまに追撃を叩き込み、同時に離脱をも実現させる。彼が跨るのは魔導バイク、高速駆動するそれは鈍重な巨体を晒すスライムを嘲うかのように思うがまま距離を開いていく。
日本刀の一閃に加えグレートソードの剛撃により飛び散る飛沫、それらは別個に集結し新たな個を形成していく。
「デルタレイ!」
その新たな個体、分身体を三本の光線が貫く。ザレムの魔法攻撃を受けたスライムの片割れは標的をそちらへと向ける。
軟体のスライムには物理攻撃の効果は薄れる。だが魔法による一撃はその限りではなく、ザレムの放ったそれの脅威をスライム達はすぐさま悟った。
飛び掛る小さな魔物、ザレムはそれを日本刀で切り払う。その刃が湛えるのは水の属性、火を主体とする相手には効果的であった。
だが、その有利も物理と魔法のそれには及ばない。なんとか距離を取り、再び魔法の詠唱へ移ろうとする。
しかし、分裂を繰り返すスライムの連撃に中々その機会を見出せないザレム。
「――――――」
――そこに、突如撃ちこまれた弾丸が分裂体を吹き飛ばす。
戦闘開始から真っ先に距離を取った音子は予め確認していた攻撃ポイントへと移動していた。戦場を一望する絶好のロケーション、彼女の獲物であるライフルが最大限に活きる間合いだ。
「……ありがたい」
音子が開けた群れの穴に、続けてオルドレイルが切り込んでいく。決して無理な攻防はせず、だがザレムの詠唱を助ける動きを見せ付けた。
そうして用意された時間に、ザレムは詠唱を完了させる。描かれる光の図形、頂点より撃ち出される光がスライムを捉え、消滅させていく。
加えて、バイクを疾走させるエヴァンスも分裂体の駆逐に手を回す。
「こいつは、どうだぁ!?」
取り出したのはミネラルウォーターの容器。本来であれば行方不明者を救助したときに渡すためのものだったが、その目的はどうやら果たせそうにない。
そこでエヴァンスが考えついたのがこれだ。容器諸共に敵を切り捨てる斬撃、水を纏わせ周囲にも撒くことで優位を作り出そうとした狙いだ。
……だが、哀しいかな。多少の水ではスライムの動きは変わらない。生半可な水分はすぐさまに蒸発し、決定打を与えるには至らなかった。
とはいえ、これは使い道の無くなったものをばら撒いただけのこと。小細工など無しに真っ向からぶつかって勝利するだけの技量は備えている。
エヴァンスは気を取り直し、青い刃を持った己が愛剣を握りなおした。
――攻撃が繰り返される度にスライムの質量は分散し、数を増す。一方で、確実にその体躯は小さく縮み始めていた。
「このぐらい熱ければ、調理にも使えそうですね……」
最前で本体をメインに担当していたレイは時折襲い掛かる分裂体を払いながらそんな事を思っていた。……あぁ、いやそもそも戦闘中に考える事ではないのだが。
時期外れも甚だしいこの荒野においてはこの魔物の高熱の身体は鬱陶しい事この上ないが、別の場所でなら違うのではないかという話。
この先の季節の肌寒さは言うまでも無い。であれば、このような熱を放つ存在はあるいは暖房器具としての活躍も考えられるかもしれない。
そう考えれば、この禍々しい存在とて持ち帰りたいという欲が生まれることもあるかもしれない。事実、レイはそう思っていた。しかし、
「とはいえ、凶暴に過ぎますか……」
自己治癒で傷を癒しながら、たどり着く結論はやはりそこだった。退治するだけの対象に別の見方を持ち込むことは間違いではないだろう。そうする事で思いがけない利を得られるかもしれない。
だが、そもそも歪虚というものはその候補の席にすら上がらない存在だ。
奴等の凶暴に理由は無い。いや、他の存在を襲うという行為自体が目的であり意義なのだろう。
――後方より、レイターコールドショットの銃弾が飛来する。音子の放った冷気の弾丸は赤い半固体の動きを固めていく。
傷を癒したレイが再び斧を振りかぶる。先の逡巡こそあったが、この瞬間の行動に迷いは無い。
怪物とは、最後には必ず倒されるもの決まっているのだから。
●
最後に、巣窟の奥底へと踏み入る。
不定形の魔物が喰らい拡張していた井戸の底は小さな洞窟のようになってはいたが、調査にてこずる事はなかった。
どこかに繋げる為の穴を掘っていた訳でもなし、ただ岩石を溶かし喰らう事で成長していただけなのだから、複雑な構造にする意味も意志も無かったのだろう。
生き残りも見当たらなかった。魔物も、行方不明だった旅人もだ。
井戸という縦穴から抜け出し、ハンター達はようやく一息ついた。
「遺留品もありませんでしたか……再発防止の為、町の人間に今回の報告をしないといけませんね。この井戸も、もう埋めてもらわないと」
音子が井戸、口を開いた空洞を見つめながら言った。文字通り、ここにはもう何も無い。何かが生まれることのないよう、埋め立てられるのは必然だろう。
「ここで逝った旅人は最後に何を求めてこの井戸に立ち寄ったのだろうな……」
「……決して、楽な死に方ではなかったでしょうね」
オルドレイルとレイが悼むように言葉を口にする。
旅人の最期を知る事はもうない。潤いを求めるべき井戸に落ちて、全ての水分を蒸発されたという皮肉なその最期を知るものはもう誰もいないのだから。
レイと共にしばらく井戸に向かって黙祷を続けていたザレム。彼は墓穴に背を向け、微かに笑みを浮かべた。
「残念な結果に終わってしまったが……ここにいる皆と同じ仕事が出来て良かったと思う」
ザレムの言葉に、皆静かに笑う。
旅人を救うことは出来なかったが、仕事は完遂したのだ。同じ目的の為に戦えた、あるいはそれも一つの報酬だろう。
戦いの間もずっと走り続けていたバイクに跨り、エヴァンスが声を上げる。
「さぁ、さっさと引き上げよう。暑いのはもう懲り懲りだ。あぁ、でも、町に戻るのが楽しみでもあるな――今日の酒はきっと格別だ」
そうして一行はその場を後にする。
旅人も、狩人達ももういないが、荒野は変わらず水気のない空気を漂わせる。そしてこちらも変わらず、空からは鬱陶しいくらいに強い日差しが降り注いでいた。
照りつける太陽の下、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)は周囲をありったけ見渡した。
荒野。それ以外には言い様のない景色がどこまでも続いている。
時折視界を遮るように聳え立つ岩塊以外には目立ったものは何も無い。代わり映えはしないが、それだけに決して複雑な地形ではない。
「こんな場所で行方不明なるなんざよほどの方向音痴か……何かに襲われたか、だな」
しかし、男は旅人だったのだから方向音痴というのも考えづらい。だとすれば、後者の予測が的中する可能性が高い――エヴァンスはそう睨んでいた。
「追い剥ぎか歪虚か……ま、何にせよ、迂闊な行動は避けていこうぜ」
警戒を促す言葉は自分自身にも向けられている。戦いを好むのが彼の性分だが、下策を好む事はない。
言葉は同時に、傍らの仲間――十 音子(ka0537)にも向けられる。音子は周辺の岩場を観察しつつ、エヴァンスの言葉に答える。
「旅人蒸発、でも荷物は残ったまま……人的犯罪の線は薄そうです」
音子の予想もまた歪虚の仕業というものだった。
自然災害、例えば地面の陥没に巻き込まれたという線もあり得なくもないが、この地域でそういった事故の報告は耳にしない。そちらは除外して考えていいだろう。
となれば、この先には戦闘が予測される。故に音子は地形を観察し、自身が座するべき位置を見定めていた。
――やがて、ある一点。岩の積みあがった高台に目を付ける。
高低さは勿論だが、その場所にはもう一つ――何もない一面の荒地にたった一つ残った人工物を俯瞰出来るという利点があった。
●
「この荒野で突然の失踪。怪しいとすれば空か……この井戸だろうな」
オルドレイル(ka0621)はそう呟きながら視線を空から傍らの枯れ井戸へと移した。
「えぇ、いらっしゃるのならば、この辺りだと思うのですが……」
レイ・T・ベッドフォード(ka2398)も同意を示しながら、井戸の周辺や縁にに摺れた跡や傷といった痕跡が無いか探っていく。
荷物の見つかった位置から考えれば失踪した旅人がここに寄ったのは間違いないだろうが、足跡などは見つからない。
元々足跡の残りにくい乾燥しきった地面、微かに砂地に残ろうと時折吹く強風が掻き消してしまっただろう。
「――――――」
レイの目には、この状況が奇異に映る。旅慣れた者が荷物を残して遠くへ行く筈もなく、突然の不幸に見舞われたのだと仮定しても遺体が見つからないのは妙だ。
他の面々もそれは承知しているだろう。同じように周囲の痕跡を探していたザレム・アズール(ka0878)も、奇異の答を井戸に見出す。
「……やっぱり、怪しいのは井戸だよな」
「試しにこれでも投げ入れてみましょうか?」
井戸を覗き込むザレムの隣に顔を出した音子はそこらで拾った小石を摘まんで見せると、それを井戸の中へと落とした。
一つ、二つ……重ねて落としていくが反響音らしきものは聞こえない。
「おーい、誰かいないかー?」
井戸の底に向けてザレムが呼びかける。狭い空間に声が反響するのを感じたが、やはり返ってくるものは他に無かった。
「駄目か……灯りでも下ろして覗いてみるしかないか」
「……そう、ですね」
ザレムの提案に頷きながら、音子の注意は井戸の縁に垂らされたロープに向いていた。
釣瓶の一部である縄の先には水桶がついていなかった。……いや本来はついていたのだろう、その証拠に先端部分には妙な痕が残っていた。
「……焼き焦げてる」
「落ちるなよ、下に何かいた時助けられんぞ」
「大丈夫です、そんなヘマしませんから」
井戸の上に身を乗り出した音子をからかうようにオルドレイルは言う。軽口を叩きながらも表情が崩れていないというのが、またなんとも彼女らしい。
らしいといえば、オルドレイルは井戸の調査を行う仲間達の背後を突かれぬ様、周辺の警戒に徹していた。冷静な判断、それはもしもの場合に何よりも頼りになるものだろう。
一方の音子は先端に松明をくくり付けた縄を用意し、点火を済ませてそれを井戸の底にゆっくりと垂らし始めていた。
ザレムもLED灯を準備し似た様な手法を考えていたが、他にもやる事があったのでそちらを優先させ、灯りは音子に任せる事となった。
少しずつ、少しずつ。松明の火が井戸の中を照らし暗闇を暴いていく。
井戸の内部の深さ、形状、老朽化の状況。その他にも異物は無いか。晴れた闇を、ザレムは手にした双眼鏡で覗き込み事細かに観察する。
随分深くまで縄の先が潜った。だが松明の火は依然消えずに燃え続けている。
水に浸かる以外の要因で消えるようならば井戸の下部は酸素が不足していると判断されただろう。
このまま何も無いようなら最終手段として直接潜る際に酸素状態が懸念されたが、その心配も無さそうだ。
そうして徐々に内部を解明していく中――その異変は起こった。
音子の手にした縄の手応えが変わった。垂らしたロープの先端、それが松明ごと何かに、沈んだかのような感覚。
「……赤い、水?」
真っ先に双眼鏡で異変を目にしたザレムはそう溢す。松明の火が照らす暗闇の底にあるもの、それが赤い液体状の何かであるのに気づくまでそう時間はかからなかった。
――次の瞬間、火は消えた。消えた理由は液体に呑まれたからではない。ただ松明はその全てが、燃え尽きたのだ。
井戸の底に眠っていたそれが目を覚ます。
強風が運ぶ小石の落下は日常茶飯事であったし、元より聴覚に依存する性質ではないので聞こえてきた何某かの声も無視できた。
しかし、体内に落ちた火種は別だ。火属性のマテリアルを多分に有するとはいえ、元より発火している物が落ちてくる事など普段は無い。
ならば、次に起こすべき行動は明確だった。人間であろうと怪物であろうと、降りかかる異変は無視出来るものではないのだから。
●
「来るぞ――下がれッ!」
火が消えたのを確認した瞬間、ザレムは叫んだ。周囲のハンター達が一斉に井戸から距離を取る。
それとほぼ同時に、井戸から噴出すかのように赤色の液体が姿を現した。暗闇ならともかく、日の下に出てきた以上、ハンター達はその正体を理解した。
「……またスライムっ」
「ふむ、コイツが原因と見てよさそうだな」
「あぁ、行方不明者はもうあの腹の中でお亡くなりになってる可能性がありそうだ」
音子、オルドレイル、エヴァンス。三人の言葉が続く。
「……貴方が、彼を襲った何か――ですか」
レイもまた、他の者と同じく目の前の脅威に注視する。あんなものが存在していたなら、失踪の原因は確定しようなものだろう。
そして、眼前のそれは水溶の怪物。獲物を捕らえる、という事は同時に食事を採る行為に等しい。
――この様子では……生命は、ないか。レイは冷静に、その残酷を理解した。そして、
「それでは――不肖ながら、彼の無念を晴らさせていただきます」
宣言と共に、地をかけるものを己が身に降ろす。そうして自身を平時とは別物に変革させること、それが霊闘士にとっての戦闘態勢である。
無論、それを待っていた、などという事はあり得ないが――ベルセルクの闘気に中てられたかのように、赤きスライムが身を震わせる。
声帯など存在しない故に無音の猛りではあるが、奴もまた、目の前の相手を敵と認識した。
「その牙……折らせて頂きます!」
開幕――第一撃を放ったのはレイだった。霊闘士の身体強化、捧げるはその両腕。振りぬかれる斧がスライムの身体を吹き飛ばす。
体の一部を吹き飛ばされながらも、スライムの攻撃姿勢は崩れない。元より原型など有ってないような不定形の魔物、痛覚という概念にすら縁遠い。
原始の体系に位置するアメーバ状の身体、それを変形し伸ばし、相手を絡め取る様に迫るのがこの魔物の上等戦法。その矛先は最前線に立つレイへと向けられる。
赤の触手の追尾を地をかけるものの駿足が捌く。眼球などは無いがその視線、注意がレイに向いている隙をもう一人、前線に立ったオルドレイルが突く。
攻めの構えより放たれる一撃が無防備な腹を割る。更に、
「おらああぁぁッ!!」
エヴァンスが続けざまに追撃を叩き込み、同時に離脱をも実現させる。彼が跨るのは魔導バイク、高速駆動するそれは鈍重な巨体を晒すスライムを嘲うかのように思うがまま距離を開いていく。
日本刀の一閃に加えグレートソードの剛撃により飛び散る飛沫、それらは別個に集結し新たな個を形成していく。
「デルタレイ!」
その新たな個体、分身体を三本の光線が貫く。ザレムの魔法攻撃を受けたスライムの片割れは標的をそちらへと向ける。
軟体のスライムには物理攻撃の効果は薄れる。だが魔法による一撃はその限りではなく、ザレムの放ったそれの脅威をスライム達はすぐさま悟った。
飛び掛る小さな魔物、ザレムはそれを日本刀で切り払う。その刃が湛えるのは水の属性、火を主体とする相手には効果的であった。
だが、その有利も物理と魔法のそれには及ばない。なんとか距離を取り、再び魔法の詠唱へ移ろうとする。
しかし、分裂を繰り返すスライムの連撃に中々その機会を見出せないザレム。
「――――――」
――そこに、突如撃ちこまれた弾丸が分裂体を吹き飛ばす。
戦闘開始から真っ先に距離を取った音子は予め確認していた攻撃ポイントへと移動していた。戦場を一望する絶好のロケーション、彼女の獲物であるライフルが最大限に活きる間合いだ。
「……ありがたい」
音子が開けた群れの穴に、続けてオルドレイルが切り込んでいく。決して無理な攻防はせず、だがザレムの詠唱を助ける動きを見せ付けた。
そうして用意された時間に、ザレムは詠唱を完了させる。描かれる光の図形、頂点より撃ち出される光がスライムを捉え、消滅させていく。
加えて、バイクを疾走させるエヴァンスも分裂体の駆逐に手を回す。
「こいつは、どうだぁ!?」
取り出したのはミネラルウォーターの容器。本来であれば行方不明者を救助したときに渡すためのものだったが、その目的はどうやら果たせそうにない。
そこでエヴァンスが考えついたのがこれだ。容器諸共に敵を切り捨てる斬撃、水を纏わせ周囲にも撒くことで優位を作り出そうとした狙いだ。
……だが、哀しいかな。多少の水ではスライムの動きは変わらない。生半可な水分はすぐさまに蒸発し、決定打を与えるには至らなかった。
とはいえ、これは使い道の無くなったものをばら撒いただけのこと。小細工など無しに真っ向からぶつかって勝利するだけの技量は備えている。
エヴァンスは気を取り直し、青い刃を持った己が愛剣を握りなおした。
――攻撃が繰り返される度にスライムの質量は分散し、数を増す。一方で、確実にその体躯は小さく縮み始めていた。
「このぐらい熱ければ、調理にも使えそうですね……」
最前で本体をメインに担当していたレイは時折襲い掛かる分裂体を払いながらそんな事を思っていた。……あぁ、いやそもそも戦闘中に考える事ではないのだが。
時期外れも甚だしいこの荒野においてはこの魔物の高熱の身体は鬱陶しい事この上ないが、別の場所でなら違うのではないかという話。
この先の季節の肌寒さは言うまでも無い。であれば、このような熱を放つ存在はあるいは暖房器具としての活躍も考えられるかもしれない。
そう考えれば、この禍々しい存在とて持ち帰りたいという欲が生まれることもあるかもしれない。事実、レイはそう思っていた。しかし、
「とはいえ、凶暴に過ぎますか……」
自己治癒で傷を癒しながら、たどり着く結論はやはりそこだった。退治するだけの対象に別の見方を持ち込むことは間違いではないだろう。そうする事で思いがけない利を得られるかもしれない。
だが、そもそも歪虚というものはその候補の席にすら上がらない存在だ。
奴等の凶暴に理由は無い。いや、他の存在を襲うという行為自体が目的であり意義なのだろう。
――後方より、レイターコールドショットの銃弾が飛来する。音子の放った冷気の弾丸は赤い半固体の動きを固めていく。
傷を癒したレイが再び斧を振りかぶる。先の逡巡こそあったが、この瞬間の行動に迷いは無い。
怪物とは、最後には必ず倒されるもの決まっているのだから。
●
最後に、巣窟の奥底へと踏み入る。
不定形の魔物が喰らい拡張していた井戸の底は小さな洞窟のようになってはいたが、調査にてこずる事はなかった。
どこかに繋げる為の穴を掘っていた訳でもなし、ただ岩石を溶かし喰らう事で成長していただけなのだから、複雑な構造にする意味も意志も無かったのだろう。
生き残りも見当たらなかった。魔物も、行方不明だった旅人もだ。
井戸という縦穴から抜け出し、ハンター達はようやく一息ついた。
「遺留品もありませんでしたか……再発防止の為、町の人間に今回の報告をしないといけませんね。この井戸も、もう埋めてもらわないと」
音子が井戸、口を開いた空洞を見つめながら言った。文字通り、ここにはもう何も無い。何かが生まれることのないよう、埋め立てられるのは必然だろう。
「ここで逝った旅人は最後に何を求めてこの井戸に立ち寄ったのだろうな……」
「……決して、楽な死に方ではなかったでしょうね」
オルドレイルとレイが悼むように言葉を口にする。
旅人の最期を知る事はもうない。潤いを求めるべき井戸に落ちて、全ての水分を蒸発されたという皮肉なその最期を知るものはもう誰もいないのだから。
レイと共にしばらく井戸に向かって黙祷を続けていたザレム。彼は墓穴に背を向け、微かに笑みを浮かべた。
「残念な結果に終わってしまったが……ここにいる皆と同じ仕事が出来て良かったと思う」
ザレムの言葉に、皆静かに笑う。
旅人を救うことは出来なかったが、仕事は完遂したのだ。同じ目的の為に戦えた、あるいはそれも一つの報酬だろう。
戦いの間もずっと走り続けていたバイクに跨り、エヴァンスが声を上げる。
「さぁ、さっさと引き上げよう。暑いのはもう懲り懲りだ。あぁ、でも、町に戻るのが楽しみでもあるな――今日の酒はきっと格別だ」
そうして一行はその場を後にする。
旅人も、狩人達ももういないが、荒野は変わらず水気のない空気を漂わせる。そしてこちらも変わらず、空からは鬱陶しいくらいに強い日差しが降り注いでいた。
依頼結果
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サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談用 オルドレイル(ka0621) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/09/19 07:19:39 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/09/19 06:20:12 |