ゲスト
(ka0000)
【蒼祭】隊商、ロッソへ行く
マスター:樹シロカ

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/09/21 07:30
- 完成日
- 2015/10/05 21:48
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●何処かの部屋で
東方での厳しい戦いの憂さを晴らすように、リゼリオの街は祭の熱気に満ちていた。
当初クリムゾンウェストの人々を驚かせたサルヴァトーレ・ロッソも、リゼリオを訪れる人々にとってすっかり景色の一部となっている。
「……とはいえ、これまでは立入禁止の区域がほとんどでした」
女の声。
「目と鼻の先にある、未知の戦力。興味がないといえば嘘になる」
男の含み笑い。
「だが飽くまでも主目的は民間人の――なのだ。だからこそ、サルヴァトーレ・ロッソのダニエル・ラーゲンベック (kz0024)艦長も乗艦を許可したのだろう」
少しの間。そして女が言った。
「ご安心ください、その為にハンターの皆様の同行をお願いする予定です。きっと上手くやってくださるでしょう。私は休暇を頂いての、物見遊山です」
「良い報告を期待している」
敬礼の後、女は退室した。
●隊商の結成
極彩色の街ヴァリオスは商人の町である。
華やかで煌びやかな街の陰で、商人達は毎日弾丸の代わりに金貨を飛ばして戦っている様なものかもしれない。
その一角にある倉庫では、身なりの良い数人の男女が走りまわっている。
「この馬車にはうちの荷物を乗せて貰いますよ。ああでも、運び込みは当日に。流石に倉庫に積んでおけるものではありませんからな」
長身の男が紋章を刺繍した旗を荷台に結び付けた。
「おい、そっちの馬車はうちの干し肉を乗せることになっとるんだ! 勝手はやめて貰おうか!」
別の男が駆け寄ってきて、長身の男と言い合いになった。
「こんにちは。みなさんご精が出ますわね」
中の人々が振り向く。営業スマイルを浮かべた同盟軍報道官のメリンダ・ドナーティ(kz0041)中尉がそこにいた。
「準備は万端です。ですが、護衛の件、大丈夫でしょうな」
先程の長身の男が近付いてきてメリンダを伺う。
「レオーニ商会のセオさんでしたわね? 大丈夫ですわ、同盟軍が費用を負担して優秀なハンターに依頼します。ついでにといってはなんですけれど」
メリンダが笑顔で倉庫を見渡した。
小麦、チーズ、果物などの農産品に、魚や肉の加工品。きれいな布地に、雑貨に、工芸品に……とにかく同盟中からかき集めたように雑多な荷物が積み上がっているのだ。
「……まさかこれ全部は持って行けませんね? その選別もお願いします。客観的なジャッジなら皆様納得できるのではないですか?」
メリンダは相変わらず微笑んでいたが、反論は認めぬとばかりに言いきった。
●同盟軍からの依頼
メリンダは、ハンターオフィスの募集を見て集まった面々に笑顔を向けた。
「皆様、リゼリオ島のお祭の事はご存知でしょうか?」
漂着した戦艦サルヴァトーレ・ロッソのリアルブルーの人々に、リゼリオを楽しんでもらうための祭。
間近でそんな催しがあって、同盟商人達が黙って指を咥えて見ている筈もない。当然のように隊商が組まれた。
だが既に潤沢に物があるリゼリオでは、思った程にモノは売れない。
そこで今回、まだ住人を多く抱えたままのサルヴァトーレ・ロッソの格納庫内で、出張店舗が開かれることになったのだ。
だが、とメリンダが困ったように少し首を傾げる。
「……残念ながら、現時点で一般のクリムゾンウェスト人とリアルブルー人が完全に互いを信頼しているとは言えません」
同盟商人達は、艦内で襲われないかという漠然とした不安を抱いている。
逆にロッソに引きこもった住人達は、リゼリオ島にすら降りない程に異界を恐れている。
「皆様に本当にお願いしたいのは、このような誤解を少しでも解いて頂くことなのです」
メリンダの表情がわずかに引き締まって見えた。
東方での厳しい戦いの憂さを晴らすように、リゼリオの街は祭の熱気に満ちていた。
当初クリムゾンウェストの人々を驚かせたサルヴァトーレ・ロッソも、リゼリオを訪れる人々にとってすっかり景色の一部となっている。
「……とはいえ、これまでは立入禁止の区域がほとんどでした」
女の声。
「目と鼻の先にある、未知の戦力。興味がないといえば嘘になる」
男の含み笑い。
「だが飽くまでも主目的は民間人の――なのだ。だからこそ、サルヴァトーレ・ロッソのダニエル・ラーゲンベック (kz0024)艦長も乗艦を許可したのだろう」
少しの間。そして女が言った。
「ご安心ください、その為にハンターの皆様の同行をお願いする予定です。きっと上手くやってくださるでしょう。私は休暇を頂いての、物見遊山です」
「良い報告を期待している」
敬礼の後、女は退室した。
●隊商の結成
極彩色の街ヴァリオスは商人の町である。
華やかで煌びやかな街の陰で、商人達は毎日弾丸の代わりに金貨を飛ばして戦っている様なものかもしれない。
その一角にある倉庫では、身なりの良い数人の男女が走りまわっている。
「この馬車にはうちの荷物を乗せて貰いますよ。ああでも、運び込みは当日に。流石に倉庫に積んでおけるものではありませんからな」
長身の男が紋章を刺繍した旗を荷台に結び付けた。
「おい、そっちの馬車はうちの干し肉を乗せることになっとるんだ! 勝手はやめて貰おうか!」
別の男が駆け寄ってきて、長身の男と言い合いになった。
「こんにちは。みなさんご精が出ますわね」
中の人々が振り向く。営業スマイルを浮かべた同盟軍報道官のメリンダ・ドナーティ(kz0041)中尉がそこにいた。
「準備は万端です。ですが、護衛の件、大丈夫でしょうな」
先程の長身の男が近付いてきてメリンダを伺う。
「レオーニ商会のセオさんでしたわね? 大丈夫ですわ、同盟軍が費用を負担して優秀なハンターに依頼します。ついでにといってはなんですけれど」
メリンダが笑顔で倉庫を見渡した。
小麦、チーズ、果物などの農産品に、魚や肉の加工品。きれいな布地に、雑貨に、工芸品に……とにかく同盟中からかき集めたように雑多な荷物が積み上がっているのだ。
「……まさかこれ全部は持って行けませんね? その選別もお願いします。客観的なジャッジなら皆様納得できるのではないですか?」
メリンダは相変わらず微笑んでいたが、反論は認めぬとばかりに言いきった。
●同盟軍からの依頼
メリンダは、ハンターオフィスの募集を見て集まった面々に笑顔を向けた。
「皆様、リゼリオ島のお祭の事はご存知でしょうか?」
漂着した戦艦サルヴァトーレ・ロッソのリアルブルーの人々に、リゼリオを楽しんでもらうための祭。
間近でそんな催しがあって、同盟商人達が黙って指を咥えて見ている筈もない。当然のように隊商が組まれた。
だが既に潤沢に物があるリゼリオでは、思った程にモノは売れない。
そこで今回、まだ住人を多く抱えたままのサルヴァトーレ・ロッソの格納庫内で、出張店舗が開かれることになったのだ。
だが、とメリンダが困ったように少し首を傾げる。
「……残念ながら、現時点で一般のクリムゾンウェスト人とリアルブルー人が完全に互いを信頼しているとは言えません」
同盟商人達は、艦内で襲われないかという漠然とした不安を抱いている。
逆にロッソに引きこもった住人達は、リゼリオ島にすら降りない程に異界を恐れている。
「皆様に本当にお願いしたいのは、このような誤解を少しでも解いて頂くことなのです」
メリンダの表情がわずかに引き締まって見えた。
リプレイ本文
●
約束の日、倉庫に入ったハンター達は呆れるほどに積み上がった荷物と、目をギラギラさせた同盟商人達に出迎えられた。
「今日は宜しくお願いしますね。とりあえずハンター以外の方はここより入らないようにして頂きますので」
にこやかに言いつつ、メリンダがロープを引っ張って線引きする。
ザレム・アズール(ka0878)はメリンダに近付き、両手を掴むとぶんぶんと振った。
「今回はありがとな! 異世界の船! 宇宙を渡る力! 俺は一度ロッソに乗ってみたかったんだ!」
「え? あ、ええ……?」
困惑するメリンダは知らないことだったが、普段のザレムはここまで感情をあらわにする性質ではない。
「分かってる、世界の垣根をとりゃいいんだろ? そういうことなら任せな!」
目を輝かせて力説するのは、勿論サルヴァトーレ・ロッソに堂々と乗りこめるという彼の憧れゆえだった。
「垣根を超えるといっても簡単なことではないんだろうけどな」
レオーネ・インヴェトーレ(ka1441)は腕組みしている。
「ま、交流が進めばリアルブルーの技術にも触れ易くなるしな」
ロッソに興味があるのはレオーネも同様だった。未知の世界の技術を貪欲に吸収したい。そのためにも、蒼の世界の人間とは良い関係を築いていきたいと思うのだ。
「まず『直感的にわかりやすいもの』 『行ってみたいと思わせる、憧れを喚起させるもの』 がいいだろう」
中に引っ込んでいてはわからないもの、それが素晴らしいものだと思えば、見てみようかという気にもなる。
「おっ仲間がいたな! 俺もそう思ってこういうのを用意して来たんだがどうだ?」
ザレムは、水彩画や油絵――それは風景であったり、祭の様子であったり、色々な種族の肖像画だったりしたが――を抱えている。
不意にふたりの脇に、どさりと大きな箱が置かれた。顔をあげるとシアーシャ(ka2507)がにこにこ笑っている。
「同じこと考えてる人がいた! あとね、絵本なんかもいいんじゃないかな。写真集なんかもちょっとはあったみたいよ」
シアーシャは中身を並べて見せる。
「文字が読めなくても、こういうので興味を持ってもらえたら嬉しいなあ。ほら、こっちの絵なんか花とか森の香りが伝わってきそうだし。お祭の光景は音楽とか、笑い声とか聞こえて来そうだよね?」
「うん、こういう物は一番印象に残ると思うな」
頷くレオーネに、ザレムが任せろとばかりに胸を張る。
「そう思ってほら、ギター持参だ。それっぽい音楽は任せてくれ」
「素敵! それなら絶対、足を止めてもらえるよ!」
シアーシャが目を輝かせた。
「後は工芸品……それから魔導技術が関わってる小物なんかも……」
そういってレオーネは自分の『ルーンタブレット』を示す。すかさずロープの向こうから長身の30がらみの男が声を張り上げた。
「工芸品なら、我がレオーニ商会が取り扱っておりますよ!!」
「うーん、さすが商人だぜ」
レオーネは思わず苦笑した。
荷物の中から酒樽を目ざとく見つけ、ジャック・エルギン(ka1522)が撫でまわす。
「難しいことは良く分かんねーが、お近づきの印にゃ一杯付き合うのが全世界共通だろ?」
その通りとばかりにロープの向こうで拳を握る商人に尋ねると、中身はワインだという。
「相互理解ってのは要するに、『あいつとは美味い酒が飲めそうだ』って思えるようになることだぜ。こいつは何種類か持ち込もう」
落胆と歓喜の声が倉庫に響く。
同盟商人達は相当に気合が入っているようだ。
ルドルフ・デネボラ(ka3749)はその熱気に、一瞬あっけにとられた。
「すごいですね……これはしっかり選別しないと」
LH404出身の彼と、幼馴染のミコト=S=レグルス(ka3953)にとっては、いわば里帰りのようなものだ。
それだけに、中に引きこもった人達の気持ちもよく分かる。
「果物……は、加工品しかしょうがないですね。あとは主菜となりうる肉や魚の加工品、……あのお酒なんかも」
ルドルフはジャック・エルギンが運んで行く樽を目で追う。
つまり、生きていくのに必要な物がこの世界にも揃っているのだと示すこと。それがわかれば、不安はかなり和らぐはずだ。
「お互いに解らないから怖くなるんだよね。たぶん、クリムゾンウェストの人もロッソはちょっと怖いと思うの。少しずつでもお互いを知って行けたら……」
ミコトが顔をあげる。
「うん、その為にも頑張ろうっ!」
ルドルフも大きく頷いた。
ユージーン・L・ローランド(ka1810)はひととおり倉庫を眺め、傍らのジル・ティフォージュ(ka3873)に尋ねる。
「どうだろう、この中から選ぶのはなかなか大変そうだけど」
ジルは手前の大きな箱をひょいと脇に避けると、奥の品物の書きつけを確かめる。
「そうだな……食品であれば嗜好品が良いやもしれん」
想像もつかないことだが、あの方舟に籠って空を旅してきた人々だ。様々な物を生産するだけの設備はあると聞いているが、やはり生存が最優先、生活に潤いをもたらすような物は後回しになっているのではないかと思う。
「手の込んだ物、見目も華やかな……そう、砂糖菓子だとか。他には旬の果物の加工品なども欲しい者はいるのではないか?」
「なるほどね。嗜好品だったら紅茶やワインはどうかな? 王国名産のヒカヤ紅茶だとかロッソフラウ、これは名前繋がりで興味を引けるかもしれないね。それから女性向けのシエラリオ天然化粧水」
王国出身のユージーンとしては、この機会に同盟に販路ができれば王国民にも恩恵があると考えたのだ。が、同盟商人に対してこれは中々に挑戦的だ。案の定、食品を扱う商人が文句をつける。
「ハンターさん、紅茶やワインなら同盟にだって質のいい物があるんだがね」
ユージーンはにっこり微笑み、持参した物を見せた。
「でしたら今回はこちらを試供品ということで如何ですか。お気に召したら今後取引をお願いします」
「……まあそういうことならうちの出店のスペースに置いてやらんことも無いが」
ジルは軽く肩をすくめ、別の商人との会話に戻る。
長期的に見た場合、いずれは新しい物が欲しくなるクロスやカーテン用の布地、食器など。
一方、大物ばかりでは荷馬車で運ぶのに具合が悪い。
「香辛料、が良いと思います」
アスワド・ララ(ka4239)は麻袋を開き、その質を確かめる。
「料理には必要な物ですし。どうですか、リアルブルー人の好む料理や飲み物に使うものはありますか?」
アスワドに尋ねられ、青霧 ノゾミ(ka4377)と奈義 小菊(ka5257)は顔を見合わせた。
「……郷愁か」
小菊が僅かに視線を落とす。
ノゾミと小菊はリアルブルー人だ。今はアスワドのお陰もあってこの世界に馴染みつつはあるが、やはり元いた世界を忘れることはできない。
「おそらくロッソの住人は『違い』が怖いのだろう」
同じこと、違うこと。こういう品が欲しい。これは自分達の物に似ている。そんな気づきが、会話の糸口にもなるかもしれない。
「切欠になるなら、少し変わった物も入れておきましょうか」
アスワドは慣れた様子で、担当の商人に在庫などを確認していった。
●
こうして様々な商品を積み込んだ荷馬車が、倉庫を出ていく。
「サルヴァトーレ・ロッソですか。……さすがに好奇心が抑えられませんね」
荷物の傍に付き添いながら、エルバッハ・リオン(ka2434)はひとり呟いていた。
知識としてのリアルブルーの巨大な船、もうすぐその中に乗りこむことができるのだ。
「ハンターさんはおっかなくないのか?」
荷馬車から顔を出した商人のひとりが、幼く見えるエルバッハに尋ねる。
彼らにとっては今回の商売はリスクを伴う冒険なのだ。少なくとも、心情的には。
エルバッハは首を傾げて少し考える。
ハンターにはリアルブルー人も多い。結局のところ、問題が起きるのは個人次第なのだ。だが、今それは伝わりにくいだろう。
すると佐藤 絢音(ka0552)が、馬上で伸びあがるようにして声を張り上げた。
「だいじょうぶなのよ、あやねがちゃんと護衛するのよ」
齢6歳の幼女、だが立派なハンターだ。
「みえないと思うけど、ちゃんとぽっけにこういうのも入ってるのよ。でも、みせたままだとロッソの人が怖がると思うの。だからこっそりなのよ」
デリンジャーをちらりと見せ、それから商人に聞こえないように、エルバッハに真剣な目を向ける。
「子供がいると大人は安心するものなの、あやねご本で読んだから知ってるの」
エルバッハもまだ少女だ。だが絢音の言葉には思わず笑ってしまう。
そのまま面食らった様子の商人に、優しく語りかけた。
「大丈夫ですよ。何かあった時のための護衛ですから安心してください。逆に、あちらでは私たちの話も聞いてくださいね?」
「頼んだよ。入ったらバタンと閉じ込められたなんてのは御免だからな!」
商人の傍らに座り、鳳凰院ひりょ(ka3744)が静かに言葉をかけた。
「なにをされるのか分からない、怖いっていうのは自然なことです。お互いにきっとそうなんですよ。俺にも分かります」
飽くまでも真摯な態度で、商人に語りかける。
言葉は万能ではない。だからこそ態度で示すことが大事なのだと思うのだ。
メリンダは荷馬車に揺られながら考えこんでいた。
おそらくかなり進歩的なはずの商人ですら、未知の世界にはこれほど怯える。
時間も空間も越えて旅して来たロッソの住人達は、果たして……。
「メリンダさん、あちらでは一緒に回りましょうね?」
珍しいチョイシリアスをぶち壊す裏声は、シバ・ミラージュ(ka2094)である。
「……シバさん、どうしたんですかその姿は……」
「護衛兼サクラのシバ美・ラージュですわ。売り子は男性よりも、可愛い女の子のほうが場が和むでしょう?」
自分で言うか!? と思ったが、確かに可愛い。
夢と希望と何を詰め込んだのか胸は豊かに膨らみ、リボンとネコミミがよく似合う銀髪の美少女。が、シバはれっきとした男である。
「だからルックスは良い、いや、ルックスも良いメリンダさんと二人なら祭りも華やぐはずですわ……って痛いですわメリンダさん!?」
「おほほほほ、ごめんなさい、つい気合が入ってしまって」
メリンダは笑いながらヘッドロックの腕を外した。
僅かな緊張、そして期待と興奮を乗せて、馬車はリゼリオ島へと向かう。
●
到着後、サルヴァトーレ・ロッソの威容に驚く暇もなく、慌ただしく設営作業は始まる。
そんな中でも、Gacrux(ka2726)は一見無表情、だが目だけはキラキラと輝かせて辺りを眺めまわしていた。嵌めこまれたガラスに映る自分の姿は、どう見ても(たぶん)リアルブルー人だ。
「ふふふ……ロッソ祭は心が躍りますねえ!」
調達した衣装は、憧れの地球人現代風。アクセサリーまでバッチリ整えて来た。
一応護衛として装備も持参してはいるが、はっきり言おう。今回来たのは、ロッソに乗るためだ!
「では少し近くを確認してきましょう。迷子にはならないように気をつけますよ!」
そういうとスタスタと歩いて行ってしまった。
Gacruxは通路で会った人に尋ねてみたりする。
「どうです? 俺が何処から来たかわかりますか?」
そう、服さえ整えていれば全く見分けがつかない程に、人間同士は似ているのだ。
ノゾミは商人セオを捕まえ、『総合案内所』の設置を提案する。
「何処に何を売っているのかすら、店が並んでいるだけでは分からないと思うんだが」
「なるほど、それもそうですねえ。では配置が決まったらそういう案内所も置いてみましょう」
確かに格納庫はかなり広い。物を広げることはできるが、折角持ち込んだ物も見てもらわなければ意味がないだろう。
同盟商人達は、一度目的が定まると実に機敏に動いた。
さっきまで牽制し合っていた同士も、店の設営ではハンター達のいうことに従っている。
全ては稼ぐためということらしい。
「でも今回はそれだけじゃ駄目だぜ?」
鍋を火に掛けて、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が腕を組む。
「まずは衆目を集めることが第一の目標だ。要はロッソの住民達にモノ売りゃいいんだろ、任せとけって。損して得取れってな! 商売には投資って奴が必要なんだろ? 最初から利潤ばっか気にしてんじゃないよ!」
豪快に笑いながら、持ち込んだ食材をチェック。魚の加工品の良さそうな物を選んで、試食用の料理を始めた。
「クリムゾンウェストの家庭料理って奴だな! 猟師(?)の娘の腕ぇ見せてやるよ」
事前に告知があったらしく、少しずつ船内の人間が集まってきた。
やはり外に出るのは怖くても、買い物には興味はあるらしい。
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は無意味にキメ顔で彼らを見据える。
「俺様は信じてるぜ。引き籠ってる奴らと世界を繋ぐ架け橋は、二次元美少女だって事をよ……!」
販売ブースの一角で、最愛のサオリたん(※ギャルゲーのヒロイン)のポスターを前に仁王立ちである。台の上にはグッズの山。
弟の姿に、アルバート・P・グリーヴ(ka1310)の柔和な笑顔をもややこわばり気味だ。
「人手が足りない、だなんて言うから来てみたけれど……まさかとは思うけれど、取り扱うものが其れだなんて事は」
「他に何があるっていうんだよォ! リアルブルーの奴ならきっとサオリたんを分かってくれる。そうだ、そこのお前! 分かるだろう? サオリたんは絶対不滅の究極最終美少女なんだ! 分かってくれ! サオリたんは! 最高に! 最高なんだッ……!!」
「やめろ引きこもうとするな! 引き籠り先が船か二次元かの差になるだけだろうがッ!」
ジャックを羽交い締めにするのは、弟のロイ・I・グリーヴ(ka1819)である。普段は真面目すぎる程に真面目であり、規律を愛し、あるべき姿を守るタイプだ。だが兄に対する敬語をすっ飛ばすぐらいには、今は心底突っ込みたかった。
ふと我に帰り、通りすがりの人々に軽く頭を下げる。
「ああ、すみません、愚兄が騒いで失礼をいたしました。あとアル兄さん、それ燃やしておいてください。今のうちに!!」
「やめろおおおおお」
アルバートがやれやれと言いたげに、額を押さえる。
「気持ちはわかるけど、落ちつきなさいなロイ。もともとアレはリアルブルーの文化だもの、クリムゾンウェスト人も同じものを理解できると示すこと自体は、悪くはないのよ」
なんだかんだで、ジャックとロイの漫才に、さっきまでよそよそしかったロッソの住人の表情が和らいでいる。
中にはジャックと話したそうにこちらを見ている若い男性までいるではないか。
「本当の意味で外に目を向けるためには、まずお互いに親近感を抱くのも大事じゃないかしら? 会話の切欠があれば交流は自然と生まれるものよ」
微笑むアルバートに、ロイもジャックもさすがの長兄と尊敬のまなざしを向けた。
「ま、それはそれとして。これは燃やすわね?」
「結局燃やすのかよォ!! 鬼かよォおオオオ!!!!」
その近くでは、一通り見回って戻ってきたGacruxが殺陣を披露していた。
騒ぎを遠巻きに見ている人々もいて、彼らの引き気味の様子に対応しているのである。
「万が一押し売りが出た場合は、こうして俺がきちんと見張っていますからね! この格好でもれっきとした戦士ですよ?」
パチパチとおきる拍手にまんざらでもない様子である。
「ふふ、当然の結果です」
決まった。
木刀を一振り、静かに剣士の礼をとる。
セオが持ち込んだレオーニ商会の商品は、目を止める人が多い割に売れていなかった。やはり手に取るまでには少し抵抗があるらしい。
エイル・メヌエット(ka2807)が声をかけた。
「ねえ、商品をお借りしてもいいかしら?」
にっこり笑い、ネックレスをひとつ取り上げて胸元にあてて見せる。
「こうして売った方が手に取りやすいと思うの」
不思議な物で、誰かが身につけている物には興味が向く。そうして奥方がエイルと会話を始めれば、旦那さんの方は手持無沙汰の間にレイス(ka1541)やセオを相手に会話するという流れになる。
「お目が高い。こちらの商品は同盟の職人が作った逸品で――これは銀製。凝った細工でしょう?」
クリムゾンウェストの技術の高さ、職人の心意気を、レイスは強調してしっかり印象付ける。
レイス自身、ロッソに入るのはもちろん初めてのことだ。空を超え、その彼方を飛ぶ鉄の巨大な船はまるで夢物語。
だが中にあるのは、やはり人間の世界だった。
一方、ふたりと共に護衛としてやって来た春日 啓一(ka1621)にとっては、故郷も同然だ。
「あちらで荷物を整理している。用があったら声をかけてくれ」
「あ、お願いね!」
エイルが慌てて振り向いた。啓一は軽く手を振って、荷物を運んで行く。後で時間があれば、ふたりを少し案内してみようと思いながら。
●
格納庫に、食べ物の香りが漂い始めた。
「いらっしゃい! まずは試しに、ちょっとこれ食べてみてくださいよ」
「試食はタダですよ! 食べなきゃ損ですって!」
鬼百合(ka3667)と龍華 狼(ka4940)が元気な声を張り上げる。子供のニコニコ顔に、えらいわねえぼうやなどと、年配の女性が声をかけて来る。
「今日はここに持ってきてないけど、他にも素敵なものはこの世界には沢山あるんです! な、鬼百合!」
「そのとおりでさあ!」
ボルディアが鍋をかきまわし、深皿にスープを取り分けた。
「ニィチャン、ここ来てコイツを味あわねぇってのは人生の九割損してるぜ!?」
なー! と、鬼百合、狼と顔を見合せて笑う。
こわごわスープを口にした男が、次には急いでかき込んだ。
「中々のもんだろ? このすぐ近くの海でも取れる魚だぜ! あーほらほら、今日の献立に困ってるカーチャン達も寄ってこい! ここでしか聞けねえ情報盛りだくさんだぜ」
威勢の良い掛け声に、少し勇気のある住人が近付いて来る。
「へえ、ちょっと変わってるけど美味しいわね」
「私の故郷の料理にも似てるよ。こっちにも似たスパイスがあるみたいだ」
アスワドがトレイに乗せた香辛料の見本を運んでくる。
「クリムゾンウェストにはこんな植物もあります。良ければ香りをどうぞ」
「ああ……どこか懐かしい匂いがするね」
しみじみと呟くロッソの住人。小菊はその様子をじっと見つめていた。
無理強いはしない。彼らが自分から一歩を踏み出してくれるまで。そして誰かが進めば、きっと後に続く者が出て来るはずだ。
「ええと、この子のお母さんはどこかなあ?」
「うええええええ」
ノゾミが小さな子の手を引いていた。きっとロッソの人々はある意味では迷い子なのだ。
迷い子の親はいずれ見つかるけれど、彼らは自分で道を見つけなければならない。
お客が途切れた隙を見て、鬼百合はこそりと狼の様子を伺う。
少し前に大怪我を受けた狼だったが、そんな様子を見せない笑顔だ。
直接訪ねたりはしないが、狼の怪我は勿論心配だ。それになにがあったのかは気になる。ただ今は、狼が無事に帰って来てくれたことが嬉しい。
突然、狼が何か思いつめたように呟いた。
「鬼百合。俺……いや……何でもねぇ」
狼の方でも、何かを言いあぐねている。それが分かるから。
「何か思い出したら声かけてくれたらいいんでさ」
それが友達というものだから。
鬼百合はにかっと笑い、また呼び込みに戻る。
「ねーさん、ねーさん、オレにブルーのこと教えてくんなせえよ!」
言葉にしないと伝わらない物、言葉では伝えきれない物。
こんなに近い友達との間にも、それはあるのだから。違う世界に生きて来た人達とは、せめて少しでも多くの言葉を交わすしかないだろう。
セオの店にそこそこ人が集まったのを確認し、エイルも料理に取り掛かっていた。
「これはこちらでいいか」
啓一は黙々と荷物を運びつづけている。
「ありがとう、助かるわ。あ、啓一くん、これ大丈夫かしら?」
「……大丈夫だ。何なら先頭切って食べて見せようか」
啓一がくすりと笑った。レイスの方は苦笑いする。
「エイルの作る物は美味しいよ」
「ふふ、ありがとう。でも慣れない味には抵抗があるものよ」
啓一がからかうように付け加えた。
「最初の頃はおっかなびっくりだったが、慣れると美味いもんだぜ」
「あら、そうだったの?」
エイルは自慢の煮込み料理を盛り付ける。医者でもあるエイルは料理を勧めながら、住人の健康事情なども尋ねた。
「具合の悪い人などはいないかしら?」
恐らくロッソにも医師はいるだろう。もし叶うならば、彼らの知識も学びたい。
互いの知識を寄せ集めれば、もっと沢山の人が命を落とさなくて済むはずだ。
――苦い思いを胸に抑え込み、エイルは顔をあげた。
●
ザレムが奏でるギターの音が優しく流れる。
「ねえ、これは麦畑なの? 懐かしいわ」
ロッソの技術で作られた写真集に、年配の女性が溜息をついた。
ザレムの名付けた『百聞は一見にしかず作戦』は上々のようだった。
「どんな世界でも……人が居て、作物を育てて、生活してるのは同じさ」
「そうだよ! ほら、こっちはパスタ! こっちはケーキ! ね、クリムゾンウェストの物も試してみて!」
シアーシャの熱心さに、女性が思わず笑い出す。
「あらあら。でも不思議ね、本当にそっくりだわ」
「人間の見た目だって、どっちがどっちか分からない位似てるだろ?」
レオーネが自分の胸を指さした。
「そうだ。わざわざ珍しがられることも無いぜ。まあその分、同じように波乱もあるけどな。気が向いたら、リゼリオでも覗いてみるのもいいんじゃないか?」
ザレムはそういって、スケッチブックのページをめくる。
「この世界も悪くないですよ」
ルドルフが穏やかな笑顔を向けた。
「……と言っても、分からない物は怖いですよね。だから、少しずつ知っていきませんか?」
ミコトは試食用の料理を運んでくる。
「うちもLH404出身なんですよ! ハンターになって一年が過ぎますが、見た事の無いものが沢山あって、毎日新鮮で楽しいですよっ!」
座りこんで、自分も一皿を確保して口に運ぶ。
「たとえばリアルブルーでは科学で解決していることを、クリムゾンウェストでは魔法で解決したりして。魔法っていわれたらなにそれ! って思うかもしれないけど、クリムゾンウェストの人には科学だって魔法みたいなものですよねっ!」
ミコトはそれからふと思い出したように、写真集をめくった。
「それから。どちらの世界でも、やっぱり星空のきれいさは同じでしたねっ」
見覚えのない星座が広がる光景は、少し悲しかったけれど。この空はどこかで故郷に繋がっているはずだとも思えたのだ。
●
ちょっとしんみりしたり、穏やかに微笑んだり。
そんな格納庫にあってひと際賑やかな一角があった。
ジャック・エルギンが、樽から注いだワインをグイッと煽る。
「あーつれえなあ、仕事中に飲酒とはホント辛えが、安全性アピールのためだからな、シカタネーナア」
そう言いながらご機嫌である。ご機嫌な調子で、通りかかった男にグラスをすすめた。
「よう、そこの紳士の旦那、この自由都市のワインがリアルブルーの世界にも通じる一品か。ひとつ試してみちゃくんねーか?」
律儀に、王国産のワインも並べてある。
商人はこれが好評なら、自分が纏めて仕入れてもいいと思っているのかもしれない。
「……悪くないな」
「でしょう? ほらこっちの白も試してみて頂戴な」
アルバートが言葉巧みに声をかける。
「旨いもんは旨い、可愛いもんは可愛い。そーゆーのが分かる同じ人間なんだよ、俺様達はな! わかるか? なあ、ロイ!」
ジャックが涙を浮かべながら、試食用に持ち込んだレトルトカレーをスプーンですくう。無駄に洗練された優雅なスプーンさばきがいっそ物悲しい。
「ジャック兄さん、酔いすぎだ! しかもカレーとワイン!?」
レトルトカレーに、美少女に、ワイン。しかも、とロイは思いを巡らす。
「……実は僕たちの父と祖父はリアルブルー出身なんです。ですから、僕にとってはどちらも故郷なんです」
彼らはこの世界に来て、どれほど苦労したことか。
だが今、蒼も赤も関係なく物を食べ、友と語らい、家族を愛する。そんなまぜこぜな自分達が、こうしていること自体が『大丈夫』のメッセージとなるかもしれないとも思うのだ。
顔をあげると、長兄のアルバートと目が合う。同じようなことを考えていたのだろうか、優しい瞳が頷いた。
「というかそちらも名前がジャックなのね? 愚弟と一緒だなんてなんだか申し訳ないみたいだわ」
「あー、これも何かの縁だろうぜ」
アルバートのグラスにワインを満たし、ジャック・エルギンがグラスを掲げた。
全ての出会いに、乾杯!
●
酔っ払い達が狼藉を働かないかは、幾人かが厳しく目を光らせていた。
そのうちのひとり、エルバッハは大きく溜息をつく。
「商人達の行動については、ある程度警戒していましたが……」
まさかの、ハンターも一緒になっての大宴会。だがみんな笑顔だ。これはこれでいいのかもしれない。
「とはいえ……。程々にしておいた方が良いと思いますよ。追い出されたら、せっかくの商機も台無しですから」
エルバッハはどうしようもない大人たちに注意して回る。
絢音も頑張って、店の間を巡回している。
「とらぶるがおこってからではおそいのよ。ちゃーんとじぜんに、めをつむのよ」
本人はすごく頑張っているのだが、残念ながら下手をすれば迷子のようである。
なので少し心配になったひりょが、絢音を邪魔しないように距離をとって後をついていく。
絢音は配られたお菓子を奪い合う子供たちが怪我をしない程度なら見逃し、エスカレートしそうになると「めー!」と首を突っ込む。
その間合いにひりょは、苦笑しつつも感心するのだ。
「大したものだな」
世の中には、一見して怖い奴や何考えてるかよくわからない奴もいて、その中には接してみるといい奴もいる。
接し方を変えれば、仲良くなれる奴もいるだろう。
「まだまだ学ぶことは多いようだ」
ハンターとして、そして人として。そして自分の役割を果たすために。
ひりょは改めて、背筋を伸ばして歩き出す。
「このシチュー、何て美味しさ! 至極のメニューに載せるに相応しい……!」
シバがよろめきながら呻いた。
「……はいはいそうですね」
メリンダは諦めたように頷く。
「それにこのお鍋、なんて素晴らしいの! 黒光りは宇宙のよう……これならきっと全米を震撼させる炒飯が!」
米だけに。そうじゃなくて。
「ねえメリンダさん、そう思わなくて?」
「シバ……じゃない、シバ美さんてば、本当に感激屋さんね!」
メリンダは棒読みながらも、仲良しアピール。蒼と赤の人間が、こうして一緒に居ることが何かを変えるかもしれないのだ。
実際の所、どれほどの効果が出たかはわからない。
恐怖の余りロッソに籠る人達が、一日の出来事で変わるものかどうかもわからない。
それでもクリムゾンウェストの料理に舌鼓をうち、音楽に耳を傾け、風景画に見入る人達の心中には、小さな小さな変化が起こりつつあるのではないだろうか。
ユージーンは傍らの友人に尋ねた。
「ねえ、どんな国なら新しく来た人が心地良く住めるのかな?」
それはロッソに籠る人々と同じく、故郷に帰ることの叶わないジルに向けた問いでもあった。彼の中から望郷の念は消えずとも、少しでもこの世界を好きになって欲しいと切に願っているのだ。
ジルはほんの少しの間の後に呟く。
「……外に出ることを恐れずに済む国、だろうかな」
人に出会うことを、対話を恐れず。陽光と夜風の下に温もりが在る。そして、異邦から訪れた隣人を客人扱いしない、そんな国であればきっと……。
「恐れずに済む国、か……」
「理想だ」
「そうだね」
ユージーンはいつかその理想を実現したいと、ジルの言葉を胸にとどめる。
●
隊商が撤収する時間が迫りつつある頃。
サルヴァトーレ・ロッソのとある部屋で、メリンダはダニエル・ラーゲンベック艦長に面会を果たした。
「同盟としては、スムーズな移民の受入れに今後とも出来る限り協力する用意があります」
敬礼の手を下ろすと、同盟軍名誉大将イザイア・バッシからの親書と、小さな箱を艦長に手渡す。
「そう願いたいものだな」
小箱の中身は葉巻だった。僅かに眉を上げ、艦長は一本を取り出す。
「勿論、簡単なことではないでしょう。それでも」
メリンダが微笑んだ。
「ここに居るのは、諦めない方ばかりですので」
本来出会うはずのない者達の出会いは、暗い色だけで塗られている訳ではない。そこから生まれる素晴らしい物も沢山あるのだ。
今、改めてそう思う。そう信じられる。
「……故郷とは比べるべくもないだろうがな。最良の代用品であれば、多少は慰められるというものだろう」
艦長はそう言って、火をつけたクリムゾンウェスト産の葉巻を深く吸い込むのだった。
<了>
約束の日、倉庫に入ったハンター達は呆れるほどに積み上がった荷物と、目をギラギラさせた同盟商人達に出迎えられた。
「今日は宜しくお願いしますね。とりあえずハンター以外の方はここより入らないようにして頂きますので」
にこやかに言いつつ、メリンダがロープを引っ張って線引きする。
ザレム・アズール(ka0878)はメリンダに近付き、両手を掴むとぶんぶんと振った。
「今回はありがとな! 異世界の船! 宇宙を渡る力! 俺は一度ロッソに乗ってみたかったんだ!」
「え? あ、ええ……?」
困惑するメリンダは知らないことだったが、普段のザレムはここまで感情をあらわにする性質ではない。
「分かってる、世界の垣根をとりゃいいんだろ? そういうことなら任せな!」
目を輝かせて力説するのは、勿論サルヴァトーレ・ロッソに堂々と乗りこめるという彼の憧れゆえだった。
「垣根を超えるといっても簡単なことではないんだろうけどな」
レオーネ・インヴェトーレ(ka1441)は腕組みしている。
「ま、交流が進めばリアルブルーの技術にも触れ易くなるしな」
ロッソに興味があるのはレオーネも同様だった。未知の世界の技術を貪欲に吸収したい。そのためにも、蒼の世界の人間とは良い関係を築いていきたいと思うのだ。
「まず『直感的にわかりやすいもの』 『行ってみたいと思わせる、憧れを喚起させるもの』 がいいだろう」
中に引っ込んでいてはわからないもの、それが素晴らしいものだと思えば、見てみようかという気にもなる。
「おっ仲間がいたな! 俺もそう思ってこういうのを用意して来たんだがどうだ?」
ザレムは、水彩画や油絵――それは風景であったり、祭の様子であったり、色々な種族の肖像画だったりしたが――を抱えている。
不意にふたりの脇に、どさりと大きな箱が置かれた。顔をあげるとシアーシャ(ka2507)がにこにこ笑っている。
「同じこと考えてる人がいた! あとね、絵本なんかもいいんじゃないかな。写真集なんかもちょっとはあったみたいよ」
シアーシャは中身を並べて見せる。
「文字が読めなくても、こういうので興味を持ってもらえたら嬉しいなあ。ほら、こっちの絵なんか花とか森の香りが伝わってきそうだし。お祭の光景は音楽とか、笑い声とか聞こえて来そうだよね?」
「うん、こういう物は一番印象に残ると思うな」
頷くレオーネに、ザレムが任せろとばかりに胸を張る。
「そう思ってほら、ギター持参だ。それっぽい音楽は任せてくれ」
「素敵! それなら絶対、足を止めてもらえるよ!」
シアーシャが目を輝かせた。
「後は工芸品……それから魔導技術が関わってる小物なんかも……」
そういってレオーネは自分の『ルーンタブレット』を示す。すかさずロープの向こうから長身の30がらみの男が声を張り上げた。
「工芸品なら、我がレオーニ商会が取り扱っておりますよ!!」
「うーん、さすが商人だぜ」
レオーネは思わず苦笑した。
荷物の中から酒樽を目ざとく見つけ、ジャック・エルギン(ka1522)が撫でまわす。
「難しいことは良く分かんねーが、お近づきの印にゃ一杯付き合うのが全世界共通だろ?」
その通りとばかりにロープの向こうで拳を握る商人に尋ねると、中身はワインだという。
「相互理解ってのは要するに、『あいつとは美味い酒が飲めそうだ』って思えるようになることだぜ。こいつは何種類か持ち込もう」
落胆と歓喜の声が倉庫に響く。
同盟商人達は相当に気合が入っているようだ。
ルドルフ・デネボラ(ka3749)はその熱気に、一瞬あっけにとられた。
「すごいですね……これはしっかり選別しないと」
LH404出身の彼と、幼馴染のミコト=S=レグルス(ka3953)にとっては、いわば里帰りのようなものだ。
それだけに、中に引きこもった人達の気持ちもよく分かる。
「果物……は、加工品しかしょうがないですね。あとは主菜となりうる肉や魚の加工品、……あのお酒なんかも」
ルドルフはジャック・エルギンが運んで行く樽を目で追う。
つまり、生きていくのに必要な物がこの世界にも揃っているのだと示すこと。それがわかれば、不安はかなり和らぐはずだ。
「お互いに解らないから怖くなるんだよね。たぶん、クリムゾンウェストの人もロッソはちょっと怖いと思うの。少しずつでもお互いを知って行けたら……」
ミコトが顔をあげる。
「うん、その為にも頑張ろうっ!」
ルドルフも大きく頷いた。
ユージーン・L・ローランド(ka1810)はひととおり倉庫を眺め、傍らのジル・ティフォージュ(ka3873)に尋ねる。
「どうだろう、この中から選ぶのはなかなか大変そうだけど」
ジルは手前の大きな箱をひょいと脇に避けると、奥の品物の書きつけを確かめる。
「そうだな……食品であれば嗜好品が良いやもしれん」
想像もつかないことだが、あの方舟に籠って空を旅してきた人々だ。様々な物を生産するだけの設備はあると聞いているが、やはり生存が最優先、生活に潤いをもたらすような物は後回しになっているのではないかと思う。
「手の込んだ物、見目も華やかな……そう、砂糖菓子だとか。他には旬の果物の加工品なども欲しい者はいるのではないか?」
「なるほどね。嗜好品だったら紅茶やワインはどうかな? 王国名産のヒカヤ紅茶だとかロッソフラウ、これは名前繋がりで興味を引けるかもしれないね。それから女性向けのシエラリオ天然化粧水」
王国出身のユージーンとしては、この機会に同盟に販路ができれば王国民にも恩恵があると考えたのだ。が、同盟商人に対してこれは中々に挑戦的だ。案の定、食品を扱う商人が文句をつける。
「ハンターさん、紅茶やワインなら同盟にだって質のいい物があるんだがね」
ユージーンはにっこり微笑み、持参した物を見せた。
「でしたら今回はこちらを試供品ということで如何ですか。お気に召したら今後取引をお願いします」
「……まあそういうことならうちの出店のスペースに置いてやらんことも無いが」
ジルは軽く肩をすくめ、別の商人との会話に戻る。
長期的に見た場合、いずれは新しい物が欲しくなるクロスやカーテン用の布地、食器など。
一方、大物ばかりでは荷馬車で運ぶのに具合が悪い。
「香辛料、が良いと思います」
アスワド・ララ(ka4239)は麻袋を開き、その質を確かめる。
「料理には必要な物ですし。どうですか、リアルブルー人の好む料理や飲み物に使うものはありますか?」
アスワドに尋ねられ、青霧 ノゾミ(ka4377)と奈義 小菊(ka5257)は顔を見合わせた。
「……郷愁か」
小菊が僅かに視線を落とす。
ノゾミと小菊はリアルブルー人だ。今はアスワドのお陰もあってこの世界に馴染みつつはあるが、やはり元いた世界を忘れることはできない。
「おそらくロッソの住人は『違い』が怖いのだろう」
同じこと、違うこと。こういう品が欲しい。これは自分達の物に似ている。そんな気づきが、会話の糸口にもなるかもしれない。
「切欠になるなら、少し変わった物も入れておきましょうか」
アスワドは慣れた様子で、担当の商人に在庫などを確認していった。
●
こうして様々な商品を積み込んだ荷馬車が、倉庫を出ていく。
「サルヴァトーレ・ロッソですか。……さすがに好奇心が抑えられませんね」
荷物の傍に付き添いながら、エルバッハ・リオン(ka2434)はひとり呟いていた。
知識としてのリアルブルーの巨大な船、もうすぐその中に乗りこむことができるのだ。
「ハンターさんはおっかなくないのか?」
荷馬車から顔を出した商人のひとりが、幼く見えるエルバッハに尋ねる。
彼らにとっては今回の商売はリスクを伴う冒険なのだ。少なくとも、心情的には。
エルバッハは首を傾げて少し考える。
ハンターにはリアルブルー人も多い。結局のところ、問題が起きるのは個人次第なのだ。だが、今それは伝わりにくいだろう。
すると佐藤 絢音(ka0552)が、馬上で伸びあがるようにして声を張り上げた。
「だいじょうぶなのよ、あやねがちゃんと護衛するのよ」
齢6歳の幼女、だが立派なハンターだ。
「みえないと思うけど、ちゃんとぽっけにこういうのも入ってるのよ。でも、みせたままだとロッソの人が怖がると思うの。だからこっそりなのよ」
デリンジャーをちらりと見せ、それから商人に聞こえないように、エルバッハに真剣な目を向ける。
「子供がいると大人は安心するものなの、あやねご本で読んだから知ってるの」
エルバッハもまだ少女だ。だが絢音の言葉には思わず笑ってしまう。
そのまま面食らった様子の商人に、優しく語りかけた。
「大丈夫ですよ。何かあった時のための護衛ですから安心してください。逆に、あちらでは私たちの話も聞いてくださいね?」
「頼んだよ。入ったらバタンと閉じ込められたなんてのは御免だからな!」
商人の傍らに座り、鳳凰院ひりょ(ka3744)が静かに言葉をかけた。
「なにをされるのか分からない、怖いっていうのは自然なことです。お互いにきっとそうなんですよ。俺にも分かります」
飽くまでも真摯な態度で、商人に語りかける。
言葉は万能ではない。だからこそ態度で示すことが大事なのだと思うのだ。
メリンダは荷馬車に揺られながら考えこんでいた。
おそらくかなり進歩的なはずの商人ですら、未知の世界にはこれほど怯える。
時間も空間も越えて旅して来たロッソの住人達は、果たして……。
「メリンダさん、あちらでは一緒に回りましょうね?」
珍しいチョイシリアスをぶち壊す裏声は、シバ・ミラージュ(ka2094)である。
「……シバさん、どうしたんですかその姿は……」
「護衛兼サクラのシバ美・ラージュですわ。売り子は男性よりも、可愛い女の子のほうが場が和むでしょう?」
自分で言うか!? と思ったが、確かに可愛い。
夢と希望と何を詰め込んだのか胸は豊かに膨らみ、リボンとネコミミがよく似合う銀髪の美少女。が、シバはれっきとした男である。
「だからルックスは良い、いや、ルックスも良いメリンダさんと二人なら祭りも華やぐはずですわ……って痛いですわメリンダさん!?」
「おほほほほ、ごめんなさい、つい気合が入ってしまって」
メリンダは笑いながらヘッドロックの腕を外した。
僅かな緊張、そして期待と興奮を乗せて、馬車はリゼリオ島へと向かう。
●
到着後、サルヴァトーレ・ロッソの威容に驚く暇もなく、慌ただしく設営作業は始まる。
そんな中でも、Gacrux(ka2726)は一見無表情、だが目だけはキラキラと輝かせて辺りを眺めまわしていた。嵌めこまれたガラスに映る自分の姿は、どう見ても(たぶん)リアルブルー人だ。
「ふふふ……ロッソ祭は心が躍りますねえ!」
調達した衣装は、憧れの地球人現代風。アクセサリーまでバッチリ整えて来た。
一応護衛として装備も持参してはいるが、はっきり言おう。今回来たのは、ロッソに乗るためだ!
「では少し近くを確認してきましょう。迷子にはならないように気をつけますよ!」
そういうとスタスタと歩いて行ってしまった。
Gacruxは通路で会った人に尋ねてみたりする。
「どうです? 俺が何処から来たかわかりますか?」
そう、服さえ整えていれば全く見分けがつかない程に、人間同士は似ているのだ。
ノゾミは商人セオを捕まえ、『総合案内所』の設置を提案する。
「何処に何を売っているのかすら、店が並んでいるだけでは分からないと思うんだが」
「なるほど、それもそうですねえ。では配置が決まったらそういう案内所も置いてみましょう」
確かに格納庫はかなり広い。物を広げることはできるが、折角持ち込んだ物も見てもらわなければ意味がないだろう。
同盟商人達は、一度目的が定まると実に機敏に動いた。
さっきまで牽制し合っていた同士も、店の設営ではハンター達のいうことに従っている。
全ては稼ぐためということらしい。
「でも今回はそれだけじゃ駄目だぜ?」
鍋を火に掛けて、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が腕を組む。
「まずは衆目を集めることが第一の目標だ。要はロッソの住民達にモノ売りゃいいんだろ、任せとけって。損して得取れってな! 商売には投資って奴が必要なんだろ? 最初から利潤ばっか気にしてんじゃないよ!」
豪快に笑いながら、持ち込んだ食材をチェック。魚の加工品の良さそうな物を選んで、試食用の料理を始めた。
「クリムゾンウェストの家庭料理って奴だな! 猟師(?)の娘の腕ぇ見せてやるよ」
事前に告知があったらしく、少しずつ船内の人間が集まってきた。
やはり外に出るのは怖くても、買い物には興味はあるらしい。
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は無意味にキメ顔で彼らを見据える。
「俺様は信じてるぜ。引き籠ってる奴らと世界を繋ぐ架け橋は、二次元美少女だって事をよ……!」
販売ブースの一角で、最愛のサオリたん(※ギャルゲーのヒロイン)のポスターを前に仁王立ちである。台の上にはグッズの山。
弟の姿に、アルバート・P・グリーヴ(ka1310)の柔和な笑顔をもややこわばり気味だ。
「人手が足りない、だなんて言うから来てみたけれど……まさかとは思うけれど、取り扱うものが其れだなんて事は」
「他に何があるっていうんだよォ! リアルブルーの奴ならきっとサオリたんを分かってくれる。そうだ、そこのお前! 分かるだろう? サオリたんは絶対不滅の究極最終美少女なんだ! 分かってくれ! サオリたんは! 最高に! 最高なんだッ……!!」
「やめろ引きこもうとするな! 引き籠り先が船か二次元かの差になるだけだろうがッ!」
ジャックを羽交い締めにするのは、弟のロイ・I・グリーヴ(ka1819)である。普段は真面目すぎる程に真面目であり、規律を愛し、あるべき姿を守るタイプだ。だが兄に対する敬語をすっ飛ばすぐらいには、今は心底突っ込みたかった。
ふと我に帰り、通りすがりの人々に軽く頭を下げる。
「ああ、すみません、愚兄が騒いで失礼をいたしました。あとアル兄さん、それ燃やしておいてください。今のうちに!!」
「やめろおおおおお」
アルバートがやれやれと言いたげに、額を押さえる。
「気持ちはわかるけど、落ちつきなさいなロイ。もともとアレはリアルブルーの文化だもの、クリムゾンウェスト人も同じものを理解できると示すこと自体は、悪くはないのよ」
なんだかんだで、ジャックとロイの漫才に、さっきまでよそよそしかったロッソの住人の表情が和らいでいる。
中にはジャックと話したそうにこちらを見ている若い男性までいるではないか。
「本当の意味で外に目を向けるためには、まずお互いに親近感を抱くのも大事じゃないかしら? 会話の切欠があれば交流は自然と生まれるものよ」
微笑むアルバートに、ロイもジャックもさすがの長兄と尊敬のまなざしを向けた。
「ま、それはそれとして。これは燃やすわね?」
「結局燃やすのかよォ!! 鬼かよォおオオオ!!!!」
その近くでは、一通り見回って戻ってきたGacruxが殺陣を披露していた。
騒ぎを遠巻きに見ている人々もいて、彼らの引き気味の様子に対応しているのである。
「万が一押し売りが出た場合は、こうして俺がきちんと見張っていますからね! この格好でもれっきとした戦士ですよ?」
パチパチとおきる拍手にまんざらでもない様子である。
「ふふ、当然の結果です」
決まった。
木刀を一振り、静かに剣士の礼をとる。
セオが持ち込んだレオーニ商会の商品は、目を止める人が多い割に売れていなかった。やはり手に取るまでには少し抵抗があるらしい。
エイル・メヌエット(ka2807)が声をかけた。
「ねえ、商品をお借りしてもいいかしら?」
にっこり笑い、ネックレスをひとつ取り上げて胸元にあてて見せる。
「こうして売った方が手に取りやすいと思うの」
不思議な物で、誰かが身につけている物には興味が向く。そうして奥方がエイルと会話を始めれば、旦那さんの方は手持無沙汰の間にレイス(ka1541)やセオを相手に会話するという流れになる。
「お目が高い。こちらの商品は同盟の職人が作った逸品で――これは銀製。凝った細工でしょう?」
クリムゾンウェストの技術の高さ、職人の心意気を、レイスは強調してしっかり印象付ける。
レイス自身、ロッソに入るのはもちろん初めてのことだ。空を超え、その彼方を飛ぶ鉄の巨大な船はまるで夢物語。
だが中にあるのは、やはり人間の世界だった。
一方、ふたりと共に護衛としてやって来た春日 啓一(ka1621)にとっては、故郷も同然だ。
「あちらで荷物を整理している。用があったら声をかけてくれ」
「あ、お願いね!」
エイルが慌てて振り向いた。啓一は軽く手を振って、荷物を運んで行く。後で時間があれば、ふたりを少し案内してみようと思いながら。
●
格納庫に、食べ物の香りが漂い始めた。
「いらっしゃい! まずは試しに、ちょっとこれ食べてみてくださいよ」
「試食はタダですよ! 食べなきゃ損ですって!」
鬼百合(ka3667)と龍華 狼(ka4940)が元気な声を張り上げる。子供のニコニコ顔に、えらいわねえぼうやなどと、年配の女性が声をかけて来る。
「今日はここに持ってきてないけど、他にも素敵なものはこの世界には沢山あるんです! な、鬼百合!」
「そのとおりでさあ!」
ボルディアが鍋をかきまわし、深皿にスープを取り分けた。
「ニィチャン、ここ来てコイツを味あわねぇってのは人生の九割損してるぜ!?」
なー! と、鬼百合、狼と顔を見合せて笑う。
こわごわスープを口にした男が、次には急いでかき込んだ。
「中々のもんだろ? このすぐ近くの海でも取れる魚だぜ! あーほらほら、今日の献立に困ってるカーチャン達も寄ってこい! ここでしか聞けねえ情報盛りだくさんだぜ」
威勢の良い掛け声に、少し勇気のある住人が近付いて来る。
「へえ、ちょっと変わってるけど美味しいわね」
「私の故郷の料理にも似てるよ。こっちにも似たスパイスがあるみたいだ」
アスワドがトレイに乗せた香辛料の見本を運んでくる。
「クリムゾンウェストにはこんな植物もあります。良ければ香りをどうぞ」
「ああ……どこか懐かしい匂いがするね」
しみじみと呟くロッソの住人。小菊はその様子をじっと見つめていた。
無理強いはしない。彼らが自分から一歩を踏み出してくれるまで。そして誰かが進めば、きっと後に続く者が出て来るはずだ。
「ええと、この子のお母さんはどこかなあ?」
「うええええええ」
ノゾミが小さな子の手を引いていた。きっとロッソの人々はある意味では迷い子なのだ。
迷い子の親はいずれ見つかるけれど、彼らは自分で道を見つけなければならない。
お客が途切れた隙を見て、鬼百合はこそりと狼の様子を伺う。
少し前に大怪我を受けた狼だったが、そんな様子を見せない笑顔だ。
直接訪ねたりはしないが、狼の怪我は勿論心配だ。それになにがあったのかは気になる。ただ今は、狼が無事に帰って来てくれたことが嬉しい。
突然、狼が何か思いつめたように呟いた。
「鬼百合。俺……いや……何でもねぇ」
狼の方でも、何かを言いあぐねている。それが分かるから。
「何か思い出したら声かけてくれたらいいんでさ」
それが友達というものだから。
鬼百合はにかっと笑い、また呼び込みに戻る。
「ねーさん、ねーさん、オレにブルーのこと教えてくんなせえよ!」
言葉にしないと伝わらない物、言葉では伝えきれない物。
こんなに近い友達との間にも、それはあるのだから。違う世界に生きて来た人達とは、せめて少しでも多くの言葉を交わすしかないだろう。
セオの店にそこそこ人が集まったのを確認し、エイルも料理に取り掛かっていた。
「これはこちらでいいか」
啓一は黙々と荷物を運びつづけている。
「ありがとう、助かるわ。あ、啓一くん、これ大丈夫かしら?」
「……大丈夫だ。何なら先頭切って食べて見せようか」
啓一がくすりと笑った。レイスの方は苦笑いする。
「エイルの作る物は美味しいよ」
「ふふ、ありがとう。でも慣れない味には抵抗があるものよ」
啓一がからかうように付け加えた。
「最初の頃はおっかなびっくりだったが、慣れると美味いもんだぜ」
「あら、そうだったの?」
エイルは自慢の煮込み料理を盛り付ける。医者でもあるエイルは料理を勧めながら、住人の健康事情なども尋ねた。
「具合の悪い人などはいないかしら?」
恐らくロッソにも医師はいるだろう。もし叶うならば、彼らの知識も学びたい。
互いの知識を寄せ集めれば、もっと沢山の人が命を落とさなくて済むはずだ。
――苦い思いを胸に抑え込み、エイルは顔をあげた。
●
ザレムが奏でるギターの音が優しく流れる。
「ねえ、これは麦畑なの? 懐かしいわ」
ロッソの技術で作られた写真集に、年配の女性が溜息をついた。
ザレムの名付けた『百聞は一見にしかず作戦』は上々のようだった。
「どんな世界でも……人が居て、作物を育てて、生活してるのは同じさ」
「そうだよ! ほら、こっちはパスタ! こっちはケーキ! ね、クリムゾンウェストの物も試してみて!」
シアーシャの熱心さに、女性が思わず笑い出す。
「あらあら。でも不思議ね、本当にそっくりだわ」
「人間の見た目だって、どっちがどっちか分からない位似てるだろ?」
レオーネが自分の胸を指さした。
「そうだ。わざわざ珍しがられることも無いぜ。まあその分、同じように波乱もあるけどな。気が向いたら、リゼリオでも覗いてみるのもいいんじゃないか?」
ザレムはそういって、スケッチブックのページをめくる。
「この世界も悪くないですよ」
ルドルフが穏やかな笑顔を向けた。
「……と言っても、分からない物は怖いですよね。だから、少しずつ知っていきませんか?」
ミコトは試食用の料理を運んでくる。
「うちもLH404出身なんですよ! ハンターになって一年が過ぎますが、見た事の無いものが沢山あって、毎日新鮮で楽しいですよっ!」
座りこんで、自分も一皿を確保して口に運ぶ。
「たとえばリアルブルーでは科学で解決していることを、クリムゾンウェストでは魔法で解決したりして。魔法っていわれたらなにそれ! って思うかもしれないけど、クリムゾンウェストの人には科学だって魔法みたいなものですよねっ!」
ミコトはそれからふと思い出したように、写真集をめくった。
「それから。どちらの世界でも、やっぱり星空のきれいさは同じでしたねっ」
見覚えのない星座が広がる光景は、少し悲しかったけれど。この空はどこかで故郷に繋がっているはずだとも思えたのだ。
●
ちょっとしんみりしたり、穏やかに微笑んだり。
そんな格納庫にあってひと際賑やかな一角があった。
ジャック・エルギンが、樽から注いだワインをグイッと煽る。
「あーつれえなあ、仕事中に飲酒とはホント辛えが、安全性アピールのためだからな、シカタネーナア」
そう言いながらご機嫌である。ご機嫌な調子で、通りかかった男にグラスをすすめた。
「よう、そこの紳士の旦那、この自由都市のワインがリアルブルーの世界にも通じる一品か。ひとつ試してみちゃくんねーか?」
律儀に、王国産のワインも並べてある。
商人はこれが好評なら、自分が纏めて仕入れてもいいと思っているのかもしれない。
「……悪くないな」
「でしょう? ほらこっちの白も試してみて頂戴な」
アルバートが言葉巧みに声をかける。
「旨いもんは旨い、可愛いもんは可愛い。そーゆーのが分かる同じ人間なんだよ、俺様達はな! わかるか? なあ、ロイ!」
ジャックが涙を浮かべながら、試食用に持ち込んだレトルトカレーをスプーンですくう。無駄に洗練された優雅なスプーンさばきがいっそ物悲しい。
「ジャック兄さん、酔いすぎだ! しかもカレーとワイン!?」
レトルトカレーに、美少女に、ワイン。しかも、とロイは思いを巡らす。
「……実は僕たちの父と祖父はリアルブルー出身なんです。ですから、僕にとってはどちらも故郷なんです」
彼らはこの世界に来て、どれほど苦労したことか。
だが今、蒼も赤も関係なく物を食べ、友と語らい、家族を愛する。そんなまぜこぜな自分達が、こうしていること自体が『大丈夫』のメッセージとなるかもしれないとも思うのだ。
顔をあげると、長兄のアルバートと目が合う。同じようなことを考えていたのだろうか、優しい瞳が頷いた。
「というかそちらも名前がジャックなのね? 愚弟と一緒だなんてなんだか申し訳ないみたいだわ」
「あー、これも何かの縁だろうぜ」
アルバートのグラスにワインを満たし、ジャック・エルギンがグラスを掲げた。
全ての出会いに、乾杯!
●
酔っ払い達が狼藉を働かないかは、幾人かが厳しく目を光らせていた。
そのうちのひとり、エルバッハは大きく溜息をつく。
「商人達の行動については、ある程度警戒していましたが……」
まさかの、ハンターも一緒になっての大宴会。だがみんな笑顔だ。これはこれでいいのかもしれない。
「とはいえ……。程々にしておいた方が良いと思いますよ。追い出されたら、せっかくの商機も台無しですから」
エルバッハはどうしようもない大人たちに注意して回る。
絢音も頑張って、店の間を巡回している。
「とらぶるがおこってからではおそいのよ。ちゃーんとじぜんに、めをつむのよ」
本人はすごく頑張っているのだが、残念ながら下手をすれば迷子のようである。
なので少し心配になったひりょが、絢音を邪魔しないように距離をとって後をついていく。
絢音は配られたお菓子を奪い合う子供たちが怪我をしない程度なら見逃し、エスカレートしそうになると「めー!」と首を突っ込む。
その間合いにひりょは、苦笑しつつも感心するのだ。
「大したものだな」
世の中には、一見して怖い奴や何考えてるかよくわからない奴もいて、その中には接してみるといい奴もいる。
接し方を変えれば、仲良くなれる奴もいるだろう。
「まだまだ学ぶことは多いようだ」
ハンターとして、そして人として。そして自分の役割を果たすために。
ひりょは改めて、背筋を伸ばして歩き出す。
「このシチュー、何て美味しさ! 至極のメニューに載せるに相応しい……!」
シバがよろめきながら呻いた。
「……はいはいそうですね」
メリンダは諦めたように頷く。
「それにこのお鍋、なんて素晴らしいの! 黒光りは宇宙のよう……これならきっと全米を震撼させる炒飯が!」
米だけに。そうじゃなくて。
「ねえメリンダさん、そう思わなくて?」
「シバ……じゃない、シバ美さんてば、本当に感激屋さんね!」
メリンダは棒読みながらも、仲良しアピール。蒼と赤の人間が、こうして一緒に居ることが何かを変えるかもしれないのだ。
実際の所、どれほどの効果が出たかはわからない。
恐怖の余りロッソに籠る人達が、一日の出来事で変わるものかどうかもわからない。
それでもクリムゾンウェストの料理に舌鼓をうち、音楽に耳を傾け、風景画に見入る人達の心中には、小さな小さな変化が起こりつつあるのではないだろうか。
ユージーンは傍らの友人に尋ねた。
「ねえ、どんな国なら新しく来た人が心地良く住めるのかな?」
それはロッソに籠る人々と同じく、故郷に帰ることの叶わないジルに向けた問いでもあった。彼の中から望郷の念は消えずとも、少しでもこの世界を好きになって欲しいと切に願っているのだ。
ジルはほんの少しの間の後に呟く。
「……外に出ることを恐れずに済む国、だろうかな」
人に出会うことを、対話を恐れず。陽光と夜風の下に温もりが在る。そして、異邦から訪れた隣人を客人扱いしない、そんな国であればきっと……。
「恐れずに済む国、か……」
「理想だ」
「そうだね」
ユージーンはいつかその理想を実現したいと、ジルの言葉を胸にとどめる。
●
隊商が撤収する時間が迫りつつある頃。
サルヴァトーレ・ロッソのとある部屋で、メリンダはダニエル・ラーゲンベック艦長に面会を果たした。
「同盟としては、スムーズな移民の受入れに今後とも出来る限り協力する用意があります」
敬礼の手を下ろすと、同盟軍名誉大将イザイア・バッシからの親書と、小さな箱を艦長に手渡す。
「そう願いたいものだな」
小箱の中身は葉巻だった。僅かに眉を上げ、艦長は一本を取り出す。
「勿論、簡単なことではないでしょう。それでも」
メリンダが微笑んだ。
「ここに居るのは、諦めない方ばかりですので」
本来出会うはずのない者達の出会いは、暗い色だけで塗られている訳ではない。そこから生まれる素晴らしい物も沢山あるのだ。
今、改めてそう思う。そう信じられる。
「……故郷とは比べるべくもないだろうがな。最良の代用品であれば、多少は慰められるというものだろう」
艦長はそう言って、火をつけたクリムゾンウェスト産の葉巻を深く吸い込むのだった。
<了>
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/09/20 22:58:26 |
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ロッソで素敵な交流を【相談卓】 エイル・メヌエット(ka2807) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/09/21 07:01:08 |