ゲスト
(ka0000)
【蒼祭】帝国皇子は親善大使
マスター:稲田和夫

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/09/24 09:00
- 完成日
- 2015/10/07 04:34
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
書簡を読み終えたダニエル・ラーゲンベック(kz0024)は、それを艦長室のデスクに投げ出すと大きなため息をついた。
「皇帝陛下の次は皇子殿下のお出ましとはな。全く、この世界にいると退屈しねえぜ」
ゾンネンシュトラール帝国皇帝代理人カッテ・ウランゲル(kz0033)から届いた書簡の内容は、先だってヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)とナディア・ドラゴネッティ、そして当のダニエルの三名が会談した内容に関連したものだ。
カッテが今もなおサルヴァトーレ・ロッソに残る避難民を親善大使という形で訪問するというのである。
「おや、何か心配事でも?」
何時もの通り飄々とした様子でジョン・スミス(kz0004)が尋ねる。
「あの女皇帝が良かれ悪しかれ大物だってのはこの眼で見て、本人とやり合って、まあ納得はしたさ。じゃあ、この弟ってのは何者なのかってことだ。皇帝もそうだが、それ以上に若い……というか子供じゃねえか。おまけに非覚醒者と来てる」
だが、ジョンは動じた様子も無くにこにこと笑う。
「ああ、確かに警備の問題は少々厄介そうですねえ♪ ……でも、ハンターたちが何とかするじゃないですか? それに、例のCAMが実戦投入された戦いでは一つの戦線を指揮してハンターと共に立派に戦い抜いたそうですよ。あんまり心配しなくても大丈夫じゃないでしょうか♪」
「……お前の耳に入っている情報なら確かなんだろうがな」
ダニエルは諜報員としての実力を良く知っているスミスの意見を信用しようとはしているが、まだ浮かぬ顔で残り少なくなった葉巻を弄ぶ。
「それに、あの皇帝陛下はこの前の東方での戦いでもずっと前線に出ずっぱりでしたからね。それでもあの国の行政は滞っていない。皇帝代理人という大層な肩書にもそれなりの理由があると思いますよ」
なおも続けるスミス。その時、それまで黙っていたクリストファー・マーティン(kz0019)が口を開く。
「稼働実験に使うCAMの引き渡し作業の際、彼を遠目にですが見た事があります……普通の子供ではない、というジョンの意見には賛成します」
ダニエルはカッテからの手紙をもう一度見る。
「ま、考えて見りゃ見目麗しい王子様やお姫様の表敬訪問てぇのも今回の祭りの目的を考えりゃ、うってつけか。せいぜいお手並み拝見といこうじゃねえか」
かくして、ロッソ祭で慌ただしくなった艦内に、親善大使来訪の告知が行われる。
「ねえ、聞いた!? 今度は王子様が来るんだって!」
「違う違う! 皇子様だよ! きっと格好良い人だよね!」
ある女の子たちは純粋に「王子様」と聞き期待に胸を膨らませる。
「そのていこくってのが、名物を屋台で売るらしいぜ!」
「本当かよ! きっと地球では食った事も無いモンが出て来るんだろうな!」
また、ある男の子たちは屋台と聞いてはしゃぐ。
「この世界にはあのVOIDみたいな化け物がうじゃうじゃいるんだろ……?」
「ああ。でも、俺達地球から来た人間には良く解らんが戦える力が必ず備わるそうだぜ?」
「それでもやっぱり俺はこえーよ……」
この若者たたちのように、雑魔や覚醒者の話を聞き不安を感じる者もいる。
「聞いたかい。今度は王子様がここに来てくれるそうだよ」
「……」
「折角だからお前も閉じこもってばかりいないで、会いに行ってみてはどうだい。私もお隣さんたちと一緒に広場まで行くから」
「……帰りたい」
「え?」
「……そんなの知らない。早く地球に、お家に帰りたいよ」
ある戦災孤児の子供はLH044で死んだ両親に代わって面倒を見てくれている祖母の慰めにも耳を貸さない。
「何が皇子の表敬訪問だ。そんなモノが存在していること自体、ここが野蛮な恐ろしい世界である証だ。皆も騙されないようにしましょう! きちんと質問すべきことのリストを作って、我々がここを追い出されないように理詰めで立ち向かわなければ!」
避難民の小集団のまとめ役の男性は警戒心も顕わに、近隣の避難民の会合の中で気勢を上げる。
かように多くの人々が噂する中、あっというまにその日は来た。
そして、ロッソのエアロック前でカッテを迎えたダニエルの第一声はこうであった。
「……来るのは弟じゃなかったのか?」
「艦長、その反応は……」
「お約束過ぎますよ♪」
クリストファーとスミスが同時に突っ込むのであった。
「皇帝陛下の次は皇子殿下のお出ましとはな。全く、この世界にいると退屈しねえぜ」
ゾンネンシュトラール帝国皇帝代理人カッテ・ウランゲル(kz0033)から届いた書簡の内容は、先だってヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)とナディア・ドラゴネッティ、そして当のダニエルの三名が会談した内容に関連したものだ。
カッテが今もなおサルヴァトーレ・ロッソに残る避難民を親善大使という形で訪問するというのである。
「おや、何か心配事でも?」
何時もの通り飄々とした様子でジョン・スミス(kz0004)が尋ねる。
「あの女皇帝が良かれ悪しかれ大物だってのはこの眼で見て、本人とやり合って、まあ納得はしたさ。じゃあ、この弟ってのは何者なのかってことだ。皇帝もそうだが、それ以上に若い……というか子供じゃねえか。おまけに非覚醒者と来てる」
だが、ジョンは動じた様子も無くにこにこと笑う。
「ああ、確かに警備の問題は少々厄介そうですねえ♪ ……でも、ハンターたちが何とかするじゃないですか? それに、例のCAMが実戦投入された戦いでは一つの戦線を指揮してハンターと共に立派に戦い抜いたそうですよ。あんまり心配しなくても大丈夫じゃないでしょうか♪」
「……お前の耳に入っている情報なら確かなんだろうがな」
ダニエルは諜報員としての実力を良く知っているスミスの意見を信用しようとはしているが、まだ浮かぬ顔で残り少なくなった葉巻を弄ぶ。
「それに、あの皇帝陛下はこの前の東方での戦いでもずっと前線に出ずっぱりでしたからね。それでもあの国の行政は滞っていない。皇帝代理人という大層な肩書にもそれなりの理由があると思いますよ」
なおも続けるスミス。その時、それまで黙っていたクリストファー・マーティン(kz0019)が口を開く。
「稼働実験に使うCAMの引き渡し作業の際、彼を遠目にですが見た事があります……普通の子供ではない、というジョンの意見には賛成します」
ダニエルはカッテからの手紙をもう一度見る。
「ま、考えて見りゃ見目麗しい王子様やお姫様の表敬訪問てぇのも今回の祭りの目的を考えりゃ、うってつけか。せいぜいお手並み拝見といこうじゃねえか」
かくして、ロッソ祭で慌ただしくなった艦内に、親善大使来訪の告知が行われる。
「ねえ、聞いた!? 今度は王子様が来るんだって!」
「違う違う! 皇子様だよ! きっと格好良い人だよね!」
ある女の子たちは純粋に「王子様」と聞き期待に胸を膨らませる。
「そのていこくってのが、名物を屋台で売るらしいぜ!」
「本当かよ! きっと地球では食った事も無いモンが出て来るんだろうな!」
また、ある男の子たちは屋台と聞いてはしゃぐ。
「この世界にはあのVOIDみたいな化け物がうじゃうじゃいるんだろ……?」
「ああ。でも、俺達地球から来た人間には良く解らんが戦える力が必ず備わるそうだぜ?」
「それでもやっぱり俺はこえーよ……」
この若者たたちのように、雑魔や覚醒者の話を聞き不安を感じる者もいる。
「聞いたかい。今度は王子様がここに来てくれるそうだよ」
「……」
「折角だからお前も閉じこもってばかりいないで、会いに行ってみてはどうだい。私もお隣さんたちと一緒に広場まで行くから」
「……帰りたい」
「え?」
「……そんなの知らない。早く地球に、お家に帰りたいよ」
ある戦災孤児の子供はLH044で死んだ両親に代わって面倒を見てくれている祖母の慰めにも耳を貸さない。
「何が皇子の表敬訪問だ。そんなモノが存在していること自体、ここが野蛮な恐ろしい世界である証だ。皆も騙されないようにしましょう! きちんと質問すべきことのリストを作って、我々がここを追い出されないように理詰めで立ち向かわなければ!」
避難民の小集団のまとめ役の男性は警戒心も顕わに、近隣の避難民の会合の中で気勢を上げる。
かように多くの人々が噂する中、あっというまにその日は来た。
そして、ロッソのエアロック前でカッテを迎えたダニエルの第一声はこうであった。
「……来るのは弟じゃなかったのか?」
「艦長、その反応は……」
「お約束過ぎますよ♪」
クリストファーとスミスが同時に突っ込むのであった。
リプレイ本文
「あ、あれが王子様……? え、お姫様の間違いじゃ……?」
手続きを済ませ、護衛のハンターたちとともにサルヴァトーレ・ロッソの艦内団地に足を踏み入れたカッテが、団地の大通りに出来た人垣の間を進むにつれ、あちこちからそんな囁きが起きる。
それはカッテの容貌を考えれば無理からぬことであり、当のカッテは慣れてもいるのか気にする様子もなく笑顔で手を振る。
「カッテおねえさま~」
しかし、護衛のハンターであるチョココ(ka2449)にこう呼びかけられた際は流石に苦笑を見せた。
「……? おねにいさまですの?」
カッテの様子を見てかくりと首を傾げるチョココ。
「その呼び方はなんだか斬新ですね」
それでもカッテは明るく言う。
「失礼しましたなの~、なんだかへいかとじょしかい? をしているような雰囲気ですの」
「じょしかい……ではないけれど、食べられるときは陛下と食事を共にすることもあります。色々と相談しなければならないことは常に山積みですし」
「わ~、素敵ですの! きっとお茶とお菓子を食べながらお話しするんですの~! チョココも今日ひなんしている人たちへの差し入れにお菓子を持ってきましたの~」
お茶とお菓子というよりは、芋とスパイスと肉なのだが、それは言わない方がチョココを傷つけないで済むだろう。
「ふふっ、それよりチョココさんも手を振って差し上げてはどうですか?」
「あっ、みなさんこんにちはなの~」
そう言われてチョココは沿道の人々に向かって可愛らしく両手を振って見せる。合わせて彼女の肩に乗ったパルムのパルパルが手を振ると、人々の間からその可愛らしさに歓声が上がった。
「可愛いー!」
「もっと近くで見ても良いっ!?」
早くも、好奇心旺盛な何人かの子供たちは歓声を上げて群がって来た。そんな様子を目を細めて眺めていたUisca Amhran(ka0754)であったが、ふと自らの耳に違和感を感じて振り向く。
「あ、あのっ……、ご、ごめんなさいっ!」
振り向くと、母親……ではなく、中学生くらいの女の子に抱かれた赤ちゃんが、Uiscaの耳を物珍しそうに小さな手でにぎにぎしていた。
Uiscaは申し訳なさそうに……というよりは明らかに人間以外の種族に怯えている様子の女の子を見ると、相手を安心させるように優しく笑って見せる。
「私なら大丈夫。好きなだけ触らせてあげてね」
そして、Uiscaは女の子に手持ちの焼き菓子を差し出す。
よっぽど、Uiscaの耳が気に入ったのか笑い声を上げる赤ちゃんに続いて女の子も、貰った焼き菓子の美味しさに顔を綻ばせた。
「ね、この世界にも美味しいものは一杯あるのよ?」
しかし、そう聞いた瞬間女の子の顔が曇る。その表情を見てUiscaが尋ねる。
「……怖いの?」
「だって……外にはVOIDが居るから……パパとママも……」
何故、赤ちゃんを女の子が抱いているのか、その理由を察したUiscaはそれ以上に何も言わず、少女と赤ん坊を両手でそっと抱きしめた。
「……!」
思わずびくっとする少女だったが、Uiscaは優しい声でそっと囁く。
「怖かったね。でも、もう大丈夫。だって、お姉ちゃんも怖~い化け物と戦っているから。お姉ちゃんが、あなたや、ここの皆も守ってあげるからね」
他の避難民たちが、カッテやパルムに夢中になっていたのは幸いであった。でなければ、女の子の小さな泣き声が辺りに響いてしまっていたであろうから。
●
その和気藹々とした雰囲気を突如として打ち壊したのはオルドレイル(ka0621)であった。
それまでは無表情にカッテ一行と避難民の交流を眺めていたオルドレイルであったが突然カッテの前に立ち塞がると、大きく両手を広げた。
「失礼」
彼女がそう言った瞬間、飛んできたお菓子の空き箱が彼女にぶつかった。その書かれている文字などからリアルブルーの物である事は明らかである。
無論、非覚醒者に当たってとしても大事になるようなものではないが、問題は明らかにカッテを狙ったものだという事である。
「何が王子様だよ……偉ぶりやがって」
声のした方を睨むオルドレイル。そこにいたのは一目で不良だとわかる武装した少年たちの集団であった。
武装といってもせいぜい鉄パイプや角材などではあったが、相当に剣呑な雰囲気である。
「お話があるなら伺いましょう」
しかし、カッテは胸に手を当て穏やかな口調で彼らの前に進み出た。
ハンターの何人かがざわめくが、カッテはそれを視線で制し相手を真っ直ぐに見つめる。
「格好つけやがって! どうせ俺たちが王子様に手を出す筈はないと油断しているんだろうがな……このロッソは地球の艦だ。治外法権ってものがあるんだよ!」
暴徒のリーダー各らしい少年にそう言われて、カッテはめをぱちぱちと瞬いて黙り込んだ。それをカッテが言葉に詰まったと判断したリーダーは更に畳みかけようとするが、そこでオルドレイルの突っ込みが入った。
「まあ待て。私には人の心の機微は解らないが、言葉の正しい使い方は分かる。治外法権というのはむしろ、お前たちが皇子に手だし出来ない事を言うのではないか?」
一瞬黙り込んだリーダーだったが、即座に顔を真っ赤にして怒鳴り始める。
「うるせぇ! 俺はなあLH044で必死に勉強してたんだ! それが見ろ! あの転位に巻き込まれたせいで全部無茶苦茶になって必死に覚えた用語までうろ覚えだ! この上この艦から追い出されてたまるかよ!」
どうやら、今のがこの暴徒らの本音だったらしく、リーダーがそう叫ぶと途端に取り巻きたちも呼応して叫び始める。恐らく、彼らはLH044では学生で、同じクラスだったのだろう。
「皆さんの境遇には同情します。だからこそ、質問させてください。リアルブルーでそれほど頑張っていらっしゃったのでしたら、何故ここではこの船に閉じこもっているのですか?」
「なっ……」
逆に問い返され絶句する暴徒たちのリーダー。
「僕たちクリムゾンウェストの各国にも余裕が無く、今までのような散発的な移民ならともかく今回のようにすべてを受け入れるにはまだ準備不足な面があるのは認めます。しかしこの船に閉じこもっていても、いずれ生活が立ちいかなくなるという事についてはもう説明があった筈です。また外に出れば、少なくとも何か出来ること、頑張れることは見つかる筈です。例えばハンターですが、これは必ずしも前線で歪虚と戦うような依頼を受けなければいけない訳ではありません」
そう言ってから、カッテは自分の後ろにいるハンターたちを手で指示した。
「今回僕の護衛のようにハンターの方たちにも様々な活躍の場があります。リアルブルーでもここでも、人が生きていくためには何らかの道を切り開いて切磋琢磨が必要だという事実に変わりはないのではないでしょうか?」
カッテの言葉は穏やかではあったが、言わんとしていることは明白であった。突然の異世界のへの転位を嘆いて、安全な艦内に閉じこもっていてもなんの解決にならないということである。
「う、うるせぇ! 王子様が偉そうに説教しやがって!」
だが、痛い所を突かれたことで激昂したのか、リーダーは遂に鉄パイプを振り上げ思い切り振り下ろす。
遠巻きに見守っていた避難民の一団や、子供たちが悲鳴を上げる。しかし、当のハンターたちやカッテは落ち着いたものだった。
「私に、人の心は分からない」
振り下ろされた鉄パイプを造作もなく受け止めたオルドレイルが淡々と呟く。
「だが、お前たちのそれが単なる八当たりなのは明白だ」
その気迫にたじろぐリーダー。しかし、元々が小心者の集団だった暴徒たちはとうとう手を出してしまったという事実に引っ込みがつかなくなったのか、一斉に喚き破れかぶれでハンターたちに襲い掛かろうと気勢を上げる。
「や……やっちまえー!」
が、次の瞬間一斉にハンターたちに無謀な突撃を仕掛けようとしていた暴徒たちの手から武器が落ちた。
続いて、暴徒たちはがっくりと地面に膝をつきそのまますやすやと寝息を立て始める。
「ブリョクコウシ……とやらはダメですの~!」
スリープクラウドの詠唱を終えたチョココは、ハンターと避難民たちの視線を浴びながらむふー、と鼻息を吐いた。
●
有志によって気絶した暴徒たちが安全な場所に運ばれた後、カッテとハンターたちは避難民たちの拍手喝采に包まれていた。
カッテを守ったオルドレイルの毅然とした態度。や可愛らしさを振りまいていたチョココが暴徒を傷つけることなく場を収めたことで避難民たちのハンターやカッテの人気が急上昇したのだ。
自然、これなら外に出ても大丈夫だという楽観的な呟きがあちこちで聞こえるようになっていた。
その様子を、少し離れた位置から眺めていたシュネー・シュヴァルツ(ka0352)は呟く。
「皇子殿下……私の元の世界でも別の国などにそういう存在はあったけれど……」
それが身近にいるのは変だと感じると同時に、それに対して盛り上がる避難民たち見てそういう存在に対しての視線や行動はどこも変わらないのだとも感じる。
「でも、だからこそそう言う存在が必要なのでしょうか……」
現に、過程はどうであれ皇子とその護衛たちの活躍で避難民たちの心を掴んだのは事実である。
「……?」
だが、そんなことを考えていたシュネーはふと自分が背にしてた団地の棟の部屋の一つから小さな顔がじっと外を見ている事に気付く。
しかし、シュネーが視線を向けるとその顔は大慌てで引っ込んでしまった。
「どうしましたか? そろそろ講堂に移動するようですよ」
いつまでも窓を見上げているシュネーに、エルバッハ・リオン(ka2434)が不思議そうに声をかけるのだった。
●
講堂でカッテが演説を終えた瞬間、集まっていた避難民のあちこちから罵声と怒号が上がった。
「ふざけるな! 何のかんのといってもわたしたちを安全な艦から危険な世界に追い出すつもりじゃないか!」
「ハンターになれだと!? 俺たちはこの世界の人間じゃないのにこの世界のために戦えっていうのか!」
団地ではまだ決意できずにいる人々や、薄々艦での暮らしにも限界が来ていることを感じている人々、何よりそろそろ艦内にも飽きようとしている子供たちの心を掴むのに成功したカッテたちであったが、こちらでは旗色が悪いようだ。
一つにはここに集まっている人間に異世界への偏見や何が何でも艦を出たくないという思いが強いいわゆる強硬派が集まっているせいもある。
とはいえ、こういった強硬派には例えば自治会長などといった避難民の中でも指導的立場にある者も多く、彼らの説得は今回の訪問の目的を鑑みれば必須ではあった。
「言うほど……だと思うけどね~」
とにかく彼らを宥めるべく最初に口を開いたのは十色 エニア(ka0370)だった。
「外での暮らしはそんなに大差は無い筈だし……」
しかし、そう言いつつもエニアの言葉は何処か後ろめたそうではあった。これは、エニアの事前の認識と、ロッソに来てからカッテに聞かされたこの交流の目的にずれがあったためである。
(まさか、本当に追い出すつもりだったなんて……物資のやり取り等、閉鎖せずに交流しようって事で、ロッソで暮らすのも選択肢という事じゃなかったんだ……いや、確かに引き籠る事に限界があるのもわかるけど……)
今回の交流の最終目的は魔導エンジンの開発によりこの世界でも運用の目途が立ったサルヴァトーレ・ロッソを歪虚との戦線に投入することだ。
であれば、艦内に残った民間人というのは彼らの安全という意味でも、作戦行動という点でも邪魔にしかならない。
(皇子は今回のこと、どう思っているんだろ……)
内心冷や汗をかきつつ、なんとか演説を続けながらエニアはちらりとカッテの顔を見るがそこには何の表情も現れていない。
カッテはこういうデリケートな政治上の問題に対して自分の立場では迂闊に私情を挟めないという事をよく理解していたのだ。
結局、エニアの説得は避難民たちの怒号を抑えることは出来ず次に天央 観智(ka0896)が立ち上がった。
「取りあえず……本来は、皇帝代理人さんではなく、艦長が保障しないといけない事……なのでしょうけれど」
天央は聴衆に向かって話してから、改めてカッテの方を向いた。
「リアルブルーへ還る手段が見付かった時、サルヴァトーレ・ロッソが地球に帰る時は……また、希望者の受容れを行う事……今回のこれは、戦場へと向かう戦闘艦ロッソから……戦禍から遠ざかる為の疎開である事を、明言しないといけない……のではありませんか?」
この言葉を聞き、聴衆の内何人かは同意の呟きを漏らし、少し場が落ち着いたかに見えた。だが、即座に別の声がそれに反論する。
「意義あり! そいつは問題をすり替えようとしているだけだ! 騙されるな!」
「騙すとは……どういう意味……でしょうか?」
苛立ちとも戸惑いともつかぬ表情で天央が聞き返す。だが、その避難民は臆することなく言い募った。
「艦長や、その皇帝代理人とやらがこの場で保証をしたところでそんなものは口約束に決まっている! そもそも、我々の直面している問題は実現するかどうかも定かではない地球への帰還でなはい! この世界で安全に生きていくという我々の権利だ!」
どうやらこの自治会長は現状、直ぐに地球への帰還が叶わないという点は冷静に理解しているらしい。だが、それだけに厄介であった。
「仮に、十数年後に帰還が実現したと仮定しよう! その間我々が外の世界にいるあのVOIDの同族だという化け物や、この野蛮な世界の無法者によって危害を加えられないという保証は何処にある!」
「……VOIDが跋扈している世界という意味では同じでしょうに……」
半ば呆れたように返す天央。
「問題をすり替えるな! そもそもこの艦を戦争に使おうということ自体、この艦に留まることが我々無力な民間人がVOIDから守られる唯一の道なのは明白だ!」
とにかく艦への残留しか頭にない避難民たちが一斉に拍手を送る。だが、その拍手を遮るようにしてアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が凛とした声で避難民たちに呼びかけた。
「貴方達の訴えは至極尤も! 住処を焼け出され、戦火を逃れ、見ず知らずの地に流れ着いた辛苦は察するに余りある!」
それまでのハンターたちとは違い、アウレールが自分のたちの境遇に一応の同情を示したのが功を奏したのか、自治会長たちは一応話だけは聞いてやろうという態度になった。
「目を伏せ耳を塞ぎ、現実より目を背けたくなるも道理……だが、それでも私は敢えて問おう。何故なら、たった今貴方が権利という言葉を口にしたからだ」
アウレールの言葉にぴくりと反応する自治会長。
「今この瞬間、貴方達の同朋が武器を手に戦っている! 貴方達を護る為に、友人を護る為に――故郷に帰る為に! 生きていくことが権利だというのなら、そのために果たすべき義務とは何か! それは、貴方たちも同胞のように戦うことではないのか!」
アウレールの演説は会場の空気を一変させた。一つには、帰還の手段を探すには只待っているよりも自分たちで動くべきではないか、という思いを抱いている者も少なからずいたことが原因かもしれない。
また、中には家族や知人が一足先に艦を降りることを選び、その事に対して後ろめたい思いを抱いていた者がいたのかもしれない。
そして、この動揺を見て取ったヤナギ・エリューナク(ka0265)が手を上げた。
「あー……ちょっと聞きにくいコトなんだがよ、 向こうでヤツらの所為で大事な人を亡くしたヤツはいるか?」
ぶっきらぼうなヤナギの問いかけに対し、会場は水を打ったように静まり返った。それはある意味では聞くまでも無いことであったろう。
「いるみてェだな……当然か。ならよ、今もアウレールが言ったように、自分の手で……そいつらに目に物見せてやりたく無ェか……?」
「あ……当たり前だ!」
反応したのはここに集まった避難民の中では目立つ若い男だった。
「俺はLH044で奴らにバンドの仲間を殺されたんだ! おまけに脱出す時はギターまでおいて来なくちゃならなかった……!」
自身もミュージシャンであるヤナギはニヤリと笑った。
「なら、迷うコトなんかねェな。それに、知ってるか? この世界にだってアイドルがいたりするんだゼ。きっと、もう一度楽器を握ることだって出来るハズさ」
そう言ってからヤナギはカッテに向かってウィンクした。カッテが微笑むと、アウレールが再び口を開く。
「これで私の、いや皇子たちの言わんとすることは理解して貰えたと思う! 選びたまえッ!! 安全な艦の中で故郷を夢見て一生を終えるか、立って帰還の途を、あるいは各々の道を自ら切り拓くか!」
そう叫んでからアウレールは口調を少し穏やかにして続けた。
「少なくとも、偉大なる我が君、ヴィルヘルミナ陛下とカッテ殿下と帝国は貴方達の願いに決して協力を惜しまないであろう! 何故なら、例え故郷・政体・嗜好は異なれども、我々は「VOID」と違う、同じ人類なのだから。今は間に大きな違いがあるとしても、互いに手を取ればきっと分かり合える」
アウレールがこう締め括ると会場の空気が一変した、避難民たちが二つに分かれ激しい議論を始めたのだ。
ちなみに、当の自治会長はじっと腕を組んで考え込んでいる。あるいは、彼の子供の一人が転位直後にハンターになると言って、親の反対を押し切って真っ先に艦を降りたことを改めて思い出したのかもしれなかった。
「皆さん、目を覚ましてください!」
しかし、再び避難民が叫び声を上げた。今回叫んだのはそこはかとなく上品な装いの中年女性であった。先の自治会長同様、ある程度の地位にある女性であろう。
「どんなに美しい言葉で飾っても殺し合いは殺し合いです! さきほど皇子殿下はハンターの仕事は戦いだけではないといいましたが、今回のロッソのように状況が変われば戦えるという事を理由に駆り出されるに決まっています!」
女性は一息つくと、真正面からカッテとハンターたちを睨み据えて更に続けた。
「その時あのVOIDと戦うのは私たちの大切な人たちなんですよ!? そんな戦いはこの世界に人たちがやれば良いことです! もう、地球に帰れなくても良い……家族や大切な人とここで平和に暮らすことだけが私たちの願いなんです! それを邪魔しないで!」
「あなたはさっきから何のために騒いでいますか?」
ヒステリックに叫び続ける女性を制したのは、雨月 藍弥(ka3926)の冷たい一言であった。
「な……?」
絶句する女性に、藍弥はなおも畳みかける。
「愛する人を守る手段はここで騒ぐことなのでしょうか? 私はそうと思えません。私なら、命をかけて戦って大事な人を守り通したいと思います」
「だから、それが野蛮な事だと……」
「野蛮も何も、戦わなければ結局歪虚に蹂躙されるだけなのですが……そんなくだらないことで議論するより、貴女の言う所の愛する人を見つめたほうがよろしいかと思います。という訳で、わが愛する妹をご覧ください。美しさで身も心も清めた気分となるでしょう」
いきなり妙な事を言い出した藍弥に流石の女性も目が点になる。
だが、藍弥に顔を向けられた妹の雨月彩萌(ka3925)はそれに構わず、すっと立ち上がると冷たい眼で女性を見下ろした。
「わたしも皆さんと同じくコロニーから脱出しこの世界に来た一人です。ですが、わたしはこの世界で生きていくことを選びました。ロッソという殻に閉じこもって膝を抱えて俯く生き方は嫌でしたから」
彩萌にそう言われ、女性ははっとなる。二人の間に面識は全くなかったが、やはり彩萌の境遇には重みがあった。
「これまでの戦いでこの世界の人の命が失われてきました。この艦の力があれば、救えたかもしれない命も。皆さんがこの中に留まれば、失われる命は増え続けいつか世界は滅びるかもしれない。そうれなれば、次に滅びるのは皆さんです」
結局の所、この議論はここに行きつくのだった。
避難民たちとてVOIDの脅威をこの目で見ているのだ。
艦を退去すると言われれば去りたくない一心から艦に居さえすれば安全なのだと主張してみても、心の奥底では彩萌の言うようなことを認めていない訳ではなかったのである。
そう、VOIDがいつかこの艦にも到達するのではないかという想いは誰もが抱いていたのだ。
「選ぶ時です。殻に閉じこもって滅びを待つか、この世界で生きるかを」
避難民たちが改めてその事実に目を向けたのを感じた彩萌はこう演説を締めくくった。
暫しの沈黙の後、先ほどの自治会長が改めて手を上げる。
「……お話は良く解りました。しかし、詰まる所私たちはこの世界で本当に受け入れてもらえるのでしょうか? そればかりはやはり不安が拭えません……」
●
シェリル・マイヤーズ(ka0509)は今こそ自分が発言するべき時だと解っていた。だが、何故彼女の体は思い通りに動かなかった。
(だから……ロッソは嫌い……LH044を思い出すから……! まるで、自分を責める……牢獄のよう……)
ロッソに到着した時からずっと、彼女はあの時の記憶に苛まれていたのだ。
今言うべき言葉も喉元まで出掛っている。だが、自分にそれをいう資格があるのか? そんな想いが少女を躊躇させていた。
(カッテの役に……立ちたいのに……そのためにここまで来たのに……)
必死に胸を抑えるシェリルはふとカッテを見る。その両耳には特に何のアクセサリーもつけられていない。
(カッテ……やっぱり……気に入らなかったのかな……)
少女が更にへこみ、今にもこの場を去りたくなった時、ふとその目の前にカッテの手が差し出された。
「え……」
茫然とするシェリルにカッテは優しく笑うと、優しくその手を引いて彼女を壇上へと連れて行く。
「彼女は皆さんと同じようにこの船でクリムゾンウェストに来ました。そして、ハンターとして僕を何度も助けてくれました」
そう言ってからカッテは大切そうにポケットからイヤーカフを取り出した。それは歯車と宝石を組み合わせたものであった。
「これは、彼女が僕に贈ってくれた……僕の宝物です」
シェリルの頬が赤く染まる。
「それから、このオルゴールもここにいるハンターの友人の一人にいただいた物です」
次にカッテが取り出したのはオルゴールだった、そのオルゴールはよく手入れされてはいるが所々に汚れや小さな傷もあり、それが逆に愛用されていることを物語っている。
それを見たヤナギは、カッテと視線が合うと少しだけ笑って見せた。
一方、これで勇気付けられたシェリルは今度こそ前に踏み出して避難民たちにこう呼びかけた。
「カッテは……この世界は……私を迎え入れてくれた……だから……手はきっと……取り合える……!」
そう言ってから、シェリルはもう一度、今度は自分からカッテの手を取った。敢えて、パフォーマンスのように、見せつけるように。
カッテも敢えてシェリルではなく避難民たちの方を向いて笑って見せる。
だが、避難民たちからはまばらではあるが拍手が起きた。
そして、シェリルは確かにカッテの温もりを感じていた。
●
その後も質疑応答は続いたが、その内容はハンターになる具体的な方法や実際にロッソから引っ越しを行う際の手続きについてなど前向きなものになっていた。
そんな中一人の避難民がこんな質問をした。
「帝国は馬鈴薯が主食だと聞きましたが味はどうでしょう? ……その、食べ物が合わないのはやはり不安なので……」
だが、カッテがその質問に答える前に、いきなり講堂の扉が開かれプラカードを掲げたエヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)が複数の帝国兵と共に会場に乱入して来た。
彼女の掲げたプラカードにはこう書かれていた
『世界は美しくてとても美味しい。食べず嫌いはもったいないわ!』
そして、彼女は演壇に立つとクリムゾンウェストの代表的なじゃがいも料理のレシピなどが絵で説明したプラカードを次々と掲げ始める。
「えー、では一品目から説明いたします。この料理は帝国では最も一般的な……」
そして、何人かの帝国兵がエヴァに協力して説明を行う。
その間に残りの帝国兵が、これまたエヴァが作成して印刷したじゃがいも料理のレシピと材料、リゼリオ周辺や帝国の美味しい料理店の情報が纏められた小雑誌を配って回り始めた。
こうして、瞬く間に会場は盛り上がり活発な質問と笑い声が講堂に響くようなった。
「皆さん、本当に今日はありがとうございました」
そして、頃合を見計らってカッテが再び壇上で閉会の挨拶を行う。
「実は、外の広場で今説明させていただいた料理を食べられるように屋台を設けてあります。帝国でも評判のお店の料理人や、帝国軍の厨房の方にも協力していただいているので、きっと楽しんでいただけると思います」
奇しくも時刻はちょうど昼時。避難民たちは歓声を上げ、帝国軍の案内に従って行動の外に移動を始める。
実際の所、きちんと時間まで計算して質疑応答を取り行っていたカッテはエヴァとこっそり目配せして、ほっとした笑みを浮かべるのであった。
●
「帰りたい……うん、帰りたい……ですね」
避難民たちの多くが、広場で芋料理に集まっている頃、シュネーはその広場の外れにある木陰で膝を抱えて座り込み、先ほどじっとカッテ一行を眺めていた子供と話していた。
あるいはシュネー自身もこの子と同じような体験をしていたせいか、あの後子供に声をかけ何とかここまで引っ張ってくることには成功していたのだ。
「でも、それってきっと、この世界に背を向けたままではきっと遠のくから……皇子殿下は若いし、大人より気持ちをわかってくれるかも……? その……ちょっと話に行ってみませんか……?」
子供は暫く躊躇していたが、ようやく立ち上がる。
しかし、またすぐに座り込んで首を振ってしまう。
「あ……」
振り向いて広場の様子を伺ったシュネーはその原因に気付いた。カッテの周りに人が多過ぎるのだ。
中には親子連れも多く、彼らに悪意はないとはいえようやく外に出たばかりのこの子にとっては少々酷であろう。
「お困りのようですね。私が一肌脱ぎましょうか」
どうしようかと逡巡するシュネーの前に、またエルバッハが現れた。彼女が一肌脱ぐなどというと違う意味に聞こえるがきっと気のせいであろう。
「え……でも、どうやって……」
「要は、皇子の周辺から人払いをすれば良いのでしょう。任せてください」
そういうとエルバッハは予め用意していたお菓子をもってカッテの周囲に集まっている人々に声をかける。
「食後のデザート新しいお菓子を持ってきました。向うでもっとクリムゾンウェストの話を聞きたくありませんか? 私がお話しましょう」
「わー、新しいエルフのお姉さんだ!」
新しい興味の対象が現れたことと、デザートに惹かれたのか子供たちは瞬く間にエルバッハの方に流れ始める。
「さあ……今度こそ……」
シュネーはそう言って恐る恐る手を伸ばす。子供も、今度はその手を掴む。
「ようこそ。クリムゾンウェストへ」
しかし、その時には既にカッテが二人の方へ近づいて来ていた。
「こ、皇子殿下……」
驚くシュネー。よく見ると、カッテの背後ではカッテに声をかけたのであろうウィスカが微笑んでいる。
「貴女も僕の、そして帝国の良き友人となってくれれば嬉しいです。でも……」
カッテはここで言葉を切ってシュネーと子供を交互に見て、にこっと笑った。
「最初のお友だちは、もう出来たみたいですねっ」
シュネーと子供は一瞬きょとんとしていたが、やがて顔を見合わせて、照れくさそうに笑った。
●
艦内団地に投影された映像の青空が夕暮れに切り替わり、今回の訪問にも終わりが訪れた。
「お前たちの言葉、確かに聞かせて貰った。その輝き、確かに見せて貰った」
広場の最外周で、警備を行っていた弥勒 明影(ka0189)は、短くなった煙草をもう一度深く吸い込んでから灰皿に押し込み、静かにそう呟く。
そして、広場での片づけを手伝うべく歩き始める。
「願わくば……道が開かれんことを」
明影は広場の喧騒に目を細めながら小さく呟くのだった。
手続きを済ませ、護衛のハンターたちとともにサルヴァトーレ・ロッソの艦内団地に足を踏み入れたカッテが、団地の大通りに出来た人垣の間を進むにつれ、あちこちからそんな囁きが起きる。
それはカッテの容貌を考えれば無理からぬことであり、当のカッテは慣れてもいるのか気にする様子もなく笑顔で手を振る。
「カッテおねえさま~」
しかし、護衛のハンターであるチョココ(ka2449)にこう呼びかけられた際は流石に苦笑を見せた。
「……? おねにいさまですの?」
カッテの様子を見てかくりと首を傾げるチョココ。
「その呼び方はなんだか斬新ですね」
それでもカッテは明るく言う。
「失礼しましたなの~、なんだかへいかとじょしかい? をしているような雰囲気ですの」
「じょしかい……ではないけれど、食べられるときは陛下と食事を共にすることもあります。色々と相談しなければならないことは常に山積みですし」
「わ~、素敵ですの! きっとお茶とお菓子を食べながらお話しするんですの~! チョココも今日ひなんしている人たちへの差し入れにお菓子を持ってきましたの~」
お茶とお菓子というよりは、芋とスパイスと肉なのだが、それは言わない方がチョココを傷つけないで済むだろう。
「ふふっ、それよりチョココさんも手を振って差し上げてはどうですか?」
「あっ、みなさんこんにちはなの~」
そう言われてチョココは沿道の人々に向かって可愛らしく両手を振って見せる。合わせて彼女の肩に乗ったパルムのパルパルが手を振ると、人々の間からその可愛らしさに歓声が上がった。
「可愛いー!」
「もっと近くで見ても良いっ!?」
早くも、好奇心旺盛な何人かの子供たちは歓声を上げて群がって来た。そんな様子を目を細めて眺めていたUisca Amhran(ka0754)であったが、ふと自らの耳に違和感を感じて振り向く。
「あ、あのっ……、ご、ごめんなさいっ!」
振り向くと、母親……ではなく、中学生くらいの女の子に抱かれた赤ちゃんが、Uiscaの耳を物珍しそうに小さな手でにぎにぎしていた。
Uiscaは申し訳なさそうに……というよりは明らかに人間以外の種族に怯えている様子の女の子を見ると、相手を安心させるように優しく笑って見せる。
「私なら大丈夫。好きなだけ触らせてあげてね」
そして、Uiscaは女の子に手持ちの焼き菓子を差し出す。
よっぽど、Uiscaの耳が気に入ったのか笑い声を上げる赤ちゃんに続いて女の子も、貰った焼き菓子の美味しさに顔を綻ばせた。
「ね、この世界にも美味しいものは一杯あるのよ?」
しかし、そう聞いた瞬間女の子の顔が曇る。その表情を見てUiscaが尋ねる。
「……怖いの?」
「だって……外にはVOIDが居るから……パパとママも……」
何故、赤ちゃんを女の子が抱いているのか、その理由を察したUiscaはそれ以上に何も言わず、少女と赤ん坊を両手でそっと抱きしめた。
「……!」
思わずびくっとする少女だったが、Uiscaは優しい声でそっと囁く。
「怖かったね。でも、もう大丈夫。だって、お姉ちゃんも怖~い化け物と戦っているから。お姉ちゃんが、あなたや、ここの皆も守ってあげるからね」
他の避難民たちが、カッテやパルムに夢中になっていたのは幸いであった。でなければ、女の子の小さな泣き声が辺りに響いてしまっていたであろうから。
●
その和気藹々とした雰囲気を突如として打ち壊したのはオルドレイル(ka0621)であった。
それまでは無表情にカッテ一行と避難民の交流を眺めていたオルドレイルであったが突然カッテの前に立ち塞がると、大きく両手を広げた。
「失礼」
彼女がそう言った瞬間、飛んできたお菓子の空き箱が彼女にぶつかった。その書かれている文字などからリアルブルーの物である事は明らかである。
無論、非覚醒者に当たってとしても大事になるようなものではないが、問題は明らかにカッテを狙ったものだという事である。
「何が王子様だよ……偉ぶりやがって」
声のした方を睨むオルドレイル。そこにいたのは一目で不良だとわかる武装した少年たちの集団であった。
武装といってもせいぜい鉄パイプや角材などではあったが、相当に剣呑な雰囲気である。
「お話があるなら伺いましょう」
しかし、カッテは胸に手を当て穏やかな口調で彼らの前に進み出た。
ハンターの何人かがざわめくが、カッテはそれを視線で制し相手を真っ直ぐに見つめる。
「格好つけやがって! どうせ俺たちが王子様に手を出す筈はないと油断しているんだろうがな……このロッソは地球の艦だ。治外法権ってものがあるんだよ!」
暴徒のリーダー各らしい少年にそう言われて、カッテはめをぱちぱちと瞬いて黙り込んだ。それをカッテが言葉に詰まったと判断したリーダーは更に畳みかけようとするが、そこでオルドレイルの突っ込みが入った。
「まあ待て。私には人の心の機微は解らないが、言葉の正しい使い方は分かる。治外法権というのはむしろ、お前たちが皇子に手だし出来ない事を言うのではないか?」
一瞬黙り込んだリーダーだったが、即座に顔を真っ赤にして怒鳴り始める。
「うるせぇ! 俺はなあLH044で必死に勉強してたんだ! それが見ろ! あの転位に巻き込まれたせいで全部無茶苦茶になって必死に覚えた用語までうろ覚えだ! この上この艦から追い出されてたまるかよ!」
どうやら、今のがこの暴徒らの本音だったらしく、リーダーがそう叫ぶと途端に取り巻きたちも呼応して叫び始める。恐らく、彼らはLH044では学生で、同じクラスだったのだろう。
「皆さんの境遇には同情します。だからこそ、質問させてください。リアルブルーでそれほど頑張っていらっしゃったのでしたら、何故ここではこの船に閉じこもっているのですか?」
「なっ……」
逆に問い返され絶句する暴徒たちのリーダー。
「僕たちクリムゾンウェストの各国にも余裕が無く、今までのような散発的な移民ならともかく今回のようにすべてを受け入れるにはまだ準備不足な面があるのは認めます。しかしこの船に閉じこもっていても、いずれ生活が立ちいかなくなるという事についてはもう説明があった筈です。また外に出れば、少なくとも何か出来ること、頑張れることは見つかる筈です。例えばハンターですが、これは必ずしも前線で歪虚と戦うような依頼を受けなければいけない訳ではありません」
そう言ってから、カッテは自分の後ろにいるハンターたちを手で指示した。
「今回僕の護衛のようにハンターの方たちにも様々な活躍の場があります。リアルブルーでもここでも、人が生きていくためには何らかの道を切り開いて切磋琢磨が必要だという事実に変わりはないのではないでしょうか?」
カッテの言葉は穏やかではあったが、言わんとしていることは明白であった。突然の異世界のへの転位を嘆いて、安全な艦内に閉じこもっていてもなんの解決にならないということである。
「う、うるせぇ! 王子様が偉そうに説教しやがって!」
だが、痛い所を突かれたことで激昂したのか、リーダーは遂に鉄パイプを振り上げ思い切り振り下ろす。
遠巻きに見守っていた避難民の一団や、子供たちが悲鳴を上げる。しかし、当のハンターたちやカッテは落ち着いたものだった。
「私に、人の心は分からない」
振り下ろされた鉄パイプを造作もなく受け止めたオルドレイルが淡々と呟く。
「だが、お前たちのそれが単なる八当たりなのは明白だ」
その気迫にたじろぐリーダー。しかし、元々が小心者の集団だった暴徒たちはとうとう手を出してしまったという事実に引っ込みがつかなくなったのか、一斉に喚き破れかぶれでハンターたちに襲い掛かろうと気勢を上げる。
「や……やっちまえー!」
が、次の瞬間一斉にハンターたちに無謀な突撃を仕掛けようとしていた暴徒たちの手から武器が落ちた。
続いて、暴徒たちはがっくりと地面に膝をつきそのまますやすやと寝息を立て始める。
「ブリョクコウシ……とやらはダメですの~!」
スリープクラウドの詠唱を終えたチョココは、ハンターと避難民たちの視線を浴びながらむふー、と鼻息を吐いた。
●
有志によって気絶した暴徒たちが安全な場所に運ばれた後、カッテとハンターたちは避難民たちの拍手喝采に包まれていた。
カッテを守ったオルドレイルの毅然とした態度。や可愛らしさを振りまいていたチョココが暴徒を傷つけることなく場を収めたことで避難民たちのハンターやカッテの人気が急上昇したのだ。
自然、これなら外に出ても大丈夫だという楽観的な呟きがあちこちで聞こえるようになっていた。
その様子を、少し離れた位置から眺めていたシュネー・シュヴァルツ(ka0352)は呟く。
「皇子殿下……私の元の世界でも別の国などにそういう存在はあったけれど……」
それが身近にいるのは変だと感じると同時に、それに対して盛り上がる避難民たち見てそういう存在に対しての視線や行動はどこも変わらないのだとも感じる。
「でも、だからこそそう言う存在が必要なのでしょうか……」
現に、過程はどうであれ皇子とその護衛たちの活躍で避難民たちの心を掴んだのは事実である。
「……?」
だが、そんなことを考えていたシュネーはふと自分が背にしてた団地の棟の部屋の一つから小さな顔がじっと外を見ている事に気付く。
しかし、シュネーが視線を向けるとその顔は大慌てで引っ込んでしまった。
「どうしましたか? そろそろ講堂に移動するようですよ」
いつまでも窓を見上げているシュネーに、エルバッハ・リオン(ka2434)が不思議そうに声をかけるのだった。
●
講堂でカッテが演説を終えた瞬間、集まっていた避難民のあちこちから罵声と怒号が上がった。
「ふざけるな! 何のかんのといってもわたしたちを安全な艦から危険な世界に追い出すつもりじゃないか!」
「ハンターになれだと!? 俺たちはこの世界の人間じゃないのにこの世界のために戦えっていうのか!」
団地ではまだ決意できずにいる人々や、薄々艦での暮らしにも限界が来ていることを感じている人々、何よりそろそろ艦内にも飽きようとしている子供たちの心を掴むのに成功したカッテたちであったが、こちらでは旗色が悪いようだ。
一つにはここに集まっている人間に異世界への偏見や何が何でも艦を出たくないという思いが強いいわゆる強硬派が集まっているせいもある。
とはいえ、こういった強硬派には例えば自治会長などといった避難民の中でも指導的立場にある者も多く、彼らの説得は今回の訪問の目的を鑑みれば必須ではあった。
「言うほど……だと思うけどね~」
とにかく彼らを宥めるべく最初に口を開いたのは十色 エニア(ka0370)だった。
「外での暮らしはそんなに大差は無い筈だし……」
しかし、そう言いつつもエニアの言葉は何処か後ろめたそうではあった。これは、エニアの事前の認識と、ロッソに来てからカッテに聞かされたこの交流の目的にずれがあったためである。
(まさか、本当に追い出すつもりだったなんて……物資のやり取り等、閉鎖せずに交流しようって事で、ロッソで暮らすのも選択肢という事じゃなかったんだ……いや、確かに引き籠る事に限界があるのもわかるけど……)
今回の交流の最終目的は魔導エンジンの開発によりこの世界でも運用の目途が立ったサルヴァトーレ・ロッソを歪虚との戦線に投入することだ。
であれば、艦内に残った民間人というのは彼らの安全という意味でも、作戦行動という点でも邪魔にしかならない。
(皇子は今回のこと、どう思っているんだろ……)
内心冷や汗をかきつつ、なんとか演説を続けながらエニアはちらりとカッテの顔を見るがそこには何の表情も現れていない。
カッテはこういうデリケートな政治上の問題に対して自分の立場では迂闊に私情を挟めないという事をよく理解していたのだ。
結局、エニアの説得は避難民たちの怒号を抑えることは出来ず次に天央 観智(ka0896)が立ち上がった。
「取りあえず……本来は、皇帝代理人さんではなく、艦長が保障しないといけない事……なのでしょうけれど」
天央は聴衆に向かって話してから、改めてカッテの方を向いた。
「リアルブルーへ還る手段が見付かった時、サルヴァトーレ・ロッソが地球に帰る時は……また、希望者の受容れを行う事……今回のこれは、戦場へと向かう戦闘艦ロッソから……戦禍から遠ざかる為の疎開である事を、明言しないといけない……のではありませんか?」
この言葉を聞き、聴衆の内何人かは同意の呟きを漏らし、少し場が落ち着いたかに見えた。だが、即座に別の声がそれに反論する。
「意義あり! そいつは問題をすり替えようとしているだけだ! 騙されるな!」
「騙すとは……どういう意味……でしょうか?」
苛立ちとも戸惑いともつかぬ表情で天央が聞き返す。だが、その避難民は臆することなく言い募った。
「艦長や、その皇帝代理人とやらがこの場で保証をしたところでそんなものは口約束に決まっている! そもそも、我々の直面している問題は実現するかどうかも定かではない地球への帰還でなはい! この世界で安全に生きていくという我々の権利だ!」
どうやらこの自治会長は現状、直ぐに地球への帰還が叶わないという点は冷静に理解しているらしい。だが、それだけに厄介であった。
「仮に、十数年後に帰還が実現したと仮定しよう! その間我々が外の世界にいるあのVOIDの同族だという化け物や、この野蛮な世界の無法者によって危害を加えられないという保証は何処にある!」
「……VOIDが跋扈している世界という意味では同じでしょうに……」
半ば呆れたように返す天央。
「問題をすり替えるな! そもそもこの艦を戦争に使おうということ自体、この艦に留まることが我々無力な民間人がVOIDから守られる唯一の道なのは明白だ!」
とにかく艦への残留しか頭にない避難民たちが一斉に拍手を送る。だが、その拍手を遮るようにしてアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が凛とした声で避難民たちに呼びかけた。
「貴方達の訴えは至極尤も! 住処を焼け出され、戦火を逃れ、見ず知らずの地に流れ着いた辛苦は察するに余りある!」
それまでのハンターたちとは違い、アウレールが自分のたちの境遇に一応の同情を示したのが功を奏したのか、自治会長たちは一応話だけは聞いてやろうという態度になった。
「目を伏せ耳を塞ぎ、現実より目を背けたくなるも道理……だが、それでも私は敢えて問おう。何故なら、たった今貴方が権利という言葉を口にしたからだ」
アウレールの言葉にぴくりと反応する自治会長。
「今この瞬間、貴方達の同朋が武器を手に戦っている! 貴方達を護る為に、友人を護る為に――故郷に帰る為に! 生きていくことが権利だというのなら、そのために果たすべき義務とは何か! それは、貴方たちも同胞のように戦うことではないのか!」
アウレールの演説は会場の空気を一変させた。一つには、帰還の手段を探すには只待っているよりも自分たちで動くべきではないか、という思いを抱いている者も少なからずいたことが原因かもしれない。
また、中には家族や知人が一足先に艦を降りることを選び、その事に対して後ろめたい思いを抱いていた者がいたのかもしれない。
そして、この動揺を見て取ったヤナギ・エリューナク(ka0265)が手を上げた。
「あー……ちょっと聞きにくいコトなんだがよ、 向こうでヤツらの所為で大事な人を亡くしたヤツはいるか?」
ぶっきらぼうなヤナギの問いかけに対し、会場は水を打ったように静まり返った。それはある意味では聞くまでも無いことであったろう。
「いるみてェだな……当然か。ならよ、今もアウレールが言ったように、自分の手で……そいつらに目に物見せてやりたく無ェか……?」
「あ……当たり前だ!」
反応したのはここに集まった避難民の中では目立つ若い男だった。
「俺はLH044で奴らにバンドの仲間を殺されたんだ! おまけに脱出す時はギターまでおいて来なくちゃならなかった……!」
自身もミュージシャンであるヤナギはニヤリと笑った。
「なら、迷うコトなんかねェな。それに、知ってるか? この世界にだってアイドルがいたりするんだゼ。きっと、もう一度楽器を握ることだって出来るハズさ」
そう言ってからヤナギはカッテに向かってウィンクした。カッテが微笑むと、アウレールが再び口を開く。
「これで私の、いや皇子たちの言わんとすることは理解して貰えたと思う! 選びたまえッ!! 安全な艦の中で故郷を夢見て一生を終えるか、立って帰還の途を、あるいは各々の道を自ら切り拓くか!」
そう叫んでからアウレールは口調を少し穏やかにして続けた。
「少なくとも、偉大なる我が君、ヴィルヘルミナ陛下とカッテ殿下と帝国は貴方達の願いに決して協力を惜しまないであろう! 何故なら、例え故郷・政体・嗜好は異なれども、我々は「VOID」と違う、同じ人類なのだから。今は間に大きな違いがあるとしても、互いに手を取ればきっと分かり合える」
アウレールがこう締め括ると会場の空気が一変した、避難民たちが二つに分かれ激しい議論を始めたのだ。
ちなみに、当の自治会長はじっと腕を組んで考え込んでいる。あるいは、彼の子供の一人が転位直後にハンターになると言って、親の反対を押し切って真っ先に艦を降りたことを改めて思い出したのかもしれなかった。
「皆さん、目を覚ましてください!」
しかし、再び避難民が叫び声を上げた。今回叫んだのはそこはかとなく上品な装いの中年女性であった。先の自治会長同様、ある程度の地位にある女性であろう。
「どんなに美しい言葉で飾っても殺し合いは殺し合いです! さきほど皇子殿下はハンターの仕事は戦いだけではないといいましたが、今回のロッソのように状況が変われば戦えるという事を理由に駆り出されるに決まっています!」
女性は一息つくと、真正面からカッテとハンターたちを睨み据えて更に続けた。
「その時あのVOIDと戦うのは私たちの大切な人たちなんですよ!? そんな戦いはこの世界に人たちがやれば良いことです! もう、地球に帰れなくても良い……家族や大切な人とここで平和に暮らすことだけが私たちの願いなんです! それを邪魔しないで!」
「あなたはさっきから何のために騒いでいますか?」
ヒステリックに叫び続ける女性を制したのは、雨月 藍弥(ka3926)の冷たい一言であった。
「な……?」
絶句する女性に、藍弥はなおも畳みかける。
「愛する人を守る手段はここで騒ぐことなのでしょうか? 私はそうと思えません。私なら、命をかけて戦って大事な人を守り通したいと思います」
「だから、それが野蛮な事だと……」
「野蛮も何も、戦わなければ結局歪虚に蹂躙されるだけなのですが……そんなくだらないことで議論するより、貴女の言う所の愛する人を見つめたほうがよろしいかと思います。という訳で、わが愛する妹をご覧ください。美しさで身も心も清めた気分となるでしょう」
いきなり妙な事を言い出した藍弥に流石の女性も目が点になる。
だが、藍弥に顔を向けられた妹の雨月彩萌(ka3925)はそれに構わず、すっと立ち上がると冷たい眼で女性を見下ろした。
「わたしも皆さんと同じくコロニーから脱出しこの世界に来た一人です。ですが、わたしはこの世界で生きていくことを選びました。ロッソという殻に閉じこもって膝を抱えて俯く生き方は嫌でしたから」
彩萌にそう言われ、女性ははっとなる。二人の間に面識は全くなかったが、やはり彩萌の境遇には重みがあった。
「これまでの戦いでこの世界の人の命が失われてきました。この艦の力があれば、救えたかもしれない命も。皆さんがこの中に留まれば、失われる命は増え続けいつか世界は滅びるかもしれない。そうれなれば、次に滅びるのは皆さんです」
結局の所、この議論はここに行きつくのだった。
避難民たちとてVOIDの脅威をこの目で見ているのだ。
艦を退去すると言われれば去りたくない一心から艦に居さえすれば安全なのだと主張してみても、心の奥底では彩萌の言うようなことを認めていない訳ではなかったのである。
そう、VOIDがいつかこの艦にも到達するのではないかという想いは誰もが抱いていたのだ。
「選ぶ時です。殻に閉じこもって滅びを待つか、この世界で生きるかを」
避難民たちが改めてその事実に目を向けたのを感じた彩萌はこう演説を締めくくった。
暫しの沈黙の後、先ほどの自治会長が改めて手を上げる。
「……お話は良く解りました。しかし、詰まる所私たちはこの世界で本当に受け入れてもらえるのでしょうか? そればかりはやはり不安が拭えません……」
●
シェリル・マイヤーズ(ka0509)は今こそ自分が発言するべき時だと解っていた。だが、何故彼女の体は思い通りに動かなかった。
(だから……ロッソは嫌い……LH044を思い出すから……! まるで、自分を責める……牢獄のよう……)
ロッソに到着した時からずっと、彼女はあの時の記憶に苛まれていたのだ。
今言うべき言葉も喉元まで出掛っている。だが、自分にそれをいう資格があるのか? そんな想いが少女を躊躇させていた。
(カッテの役に……立ちたいのに……そのためにここまで来たのに……)
必死に胸を抑えるシェリルはふとカッテを見る。その両耳には特に何のアクセサリーもつけられていない。
(カッテ……やっぱり……気に入らなかったのかな……)
少女が更にへこみ、今にもこの場を去りたくなった時、ふとその目の前にカッテの手が差し出された。
「え……」
茫然とするシェリルにカッテは優しく笑うと、優しくその手を引いて彼女を壇上へと連れて行く。
「彼女は皆さんと同じようにこの船でクリムゾンウェストに来ました。そして、ハンターとして僕を何度も助けてくれました」
そう言ってからカッテは大切そうにポケットからイヤーカフを取り出した。それは歯車と宝石を組み合わせたものであった。
「これは、彼女が僕に贈ってくれた……僕の宝物です」
シェリルの頬が赤く染まる。
「それから、このオルゴールもここにいるハンターの友人の一人にいただいた物です」
次にカッテが取り出したのはオルゴールだった、そのオルゴールはよく手入れされてはいるが所々に汚れや小さな傷もあり、それが逆に愛用されていることを物語っている。
それを見たヤナギは、カッテと視線が合うと少しだけ笑って見せた。
一方、これで勇気付けられたシェリルは今度こそ前に踏み出して避難民たちにこう呼びかけた。
「カッテは……この世界は……私を迎え入れてくれた……だから……手はきっと……取り合える……!」
そう言ってから、シェリルはもう一度、今度は自分からカッテの手を取った。敢えて、パフォーマンスのように、見せつけるように。
カッテも敢えてシェリルではなく避難民たちの方を向いて笑って見せる。
だが、避難民たちからはまばらではあるが拍手が起きた。
そして、シェリルは確かにカッテの温もりを感じていた。
●
その後も質疑応答は続いたが、その内容はハンターになる具体的な方法や実際にロッソから引っ越しを行う際の手続きについてなど前向きなものになっていた。
そんな中一人の避難民がこんな質問をした。
「帝国は馬鈴薯が主食だと聞きましたが味はどうでしょう? ……その、食べ物が合わないのはやはり不安なので……」
だが、カッテがその質問に答える前に、いきなり講堂の扉が開かれプラカードを掲げたエヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)が複数の帝国兵と共に会場に乱入して来た。
彼女の掲げたプラカードにはこう書かれていた
『世界は美しくてとても美味しい。食べず嫌いはもったいないわ!』
そして、彼女は演壇に立つとクリムゾンウェストの代表的なじゃがいも料理のレシピなどが絵で説明したプラカードを次々と掲げ始める。
「えー、では一品目から説明いたします。この料理は帝国では最も一般的な……」
そして、何人かの帝国兵がエヴァに協力して説明を行う。
その間に残りの帝国兵が、これまたエヴァが作成して印刷したじゃがいも料理のレシピと材料、リゼリオ周辺や帝国の美味しい料理店の情報が纏められた小雑誌を配って回り始めた。
こうして、瞬く間に会場は盛り上がり活発な質問と笑い声が講堂に響くようなった。
「皆さん、本当に今日はありがとうございました」
そして、頃合を見計らってカッテが再び壇上で閉会の挨拶を行う。
「実は、外の広場で今説明させていただいた料理を食べられるように屋台を設けてあります。帝国でも評判のお店の料理人や、帝国軍の厨房の方にも協力していただいているので、きっと楽しんでいただけると思います」
奇しくも時刻はちょうど昼時。避難民たちは歓声を上げ、帝国軍の案内に従って行動の外に移動を始める。
実際の所、きちんと時間まで計算して質疑応答を取り行っていたカッテはエヴァとこっそり目配せして、ほっとした笑みを浮かべるのであった。
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「帰りたい……うん、帰りたい……ですね」
避難民たちの多くが、広場で芋料理に集まっている頃、シュネーはその広場の外れにある木陰で膝を抱えて座り込み、先ほどじっとカッテ一行を眺めていた子供と話していた。
あるいはシュネー自身もこの子と同じような体験をしていたせいか、あの後子供に声をかけ何とかここまで引っ張ってくることには成功していたのだ。
「でも、それってきっと、この世界に背を向けたままではきっと遠のくから……皇子殿下は若いし、大人より気持ちをわかってくれるかも……? その……ちょっと話に行ってみませんか……?」
子供は暫く躊躇していたが、ようやく立ち上がる。
しかし、またすぐに座り込んで首を振ってしまう。
「あ……」
振り向いて広場の様子を伺ったシュネーはその原因に気付いた。カッテの周りに人が多過ぎるのだ。
中には親子連れも多く、彼らに悪意はないとはいえようやく外に出たばかりのこの子にとっては少々酷であろう。
「お困りのようですね。私が一肌脱ぎましょうか」
どうしようかと逡巡するシュネーの前に、またエルバッハが現れた。彼女が一肌脱ぐなどというと違う意味に聞こえるがきっと気のせいであろう。
「え……でも、どうやって……」
「要は、皇子の周辺から人払いをすれば良いのでしょう。任せてください」
そういうとエルバッハは予め用意していたお菓子をもってカッテの周囲に集まっている人々に声をかける。
「食後のデザート新しいお菓子を持ってきました。向うでもっとクリムゾンウェストの話を聞きたくありませんか? 私がお話しましょう」
「わー、新しいエルフのお姉さんだ!」
新しい興味の対象が現れたことと、デザートに惹かれたのか子供たちは瞬く間にエルバッハの方に流れ始める。
「さあ……今度こそ……」
シュネーはそう言って恐る恐る手を伸ばす。子供も、今度はその手を掴む。
「ようこそ。クリムゾンウェストへ」
しかし、その時には既にカッテが二人の方へ近づいて来ていた。
「こ、皇子殿下……」
驚くシュネー。よく見ると、カッテの背後ではカッテに声をかけたのであろうウィスカが微笑んでいる。
「貴女も僕の、そして帝国の良き友人となってくれれば嬉しいです。でも……」
カッテはここで言葉を切ってシュネーと子供を交互に見て、にこっと笑った。
「最初のお友だちは、もう出来たみたいですねっ」
シュネーと子供は一瞬きょとんとしていたが、やがて顔を見合わせて、照れくさそうに笑った。
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艦内団地に投影された映像の青空が夕暮れに切り替わり、今回の訪問にも終わりが訪れた。
「お前たちの言葉、確かに聞かせて貰った。その輝き、確かに見せて貰った」
広場の最外周で、警備を行っていた弥勒 明影(ka0189)は、短くなった煙草をもう一度深く吸い込んでから灰皿に押し込み、静かにそう呟く。
そして、広場での片づけを手伝うべく歩き始める。
「願わくば……道が開かれんことを」
明影は広場の喧騒に目を細めながら小さく呟くのだった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/09/23 21:15:47 |
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帝国親善大使団控え室 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/09/23 21:16:43 |