ゲスト
(ka0000)
VSコロシアム:憂いの騎士と陽気な連れ
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/09/24 12:00
- 完成日
- 2015/10/02 17:14
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「飽きましたわ」
部屋に散乱する無数の未承認書類を前に咎められた際、第二師団副団長スザナ・エルマンはとても良い笑顔でそうのたまった。書類の内容は、彼女が自ら管理を買って出たコロシアム関係のものばかり。
おかげで、ここしばらくコロシアムには何の予算も落ちていない。現場担当者は、スザナ副団長が怖くて現状を伝えられなかったと涙ながらに訴えた。
「そんなこったろうと思ったよ。だってあいつだぜ? あいつが、命のやりとりもねえ試合なんて見て楽しめる訳ねえじゃねえの」
「……わしの見込みが甘かったのう」
そんな完全無欠な不祥事を笑い話と豪快に受け取る第二師団長シュターク・シュタークスン(kz0075)に、スザナと同じく副団長を務めるハルクス・クラフトはため息と共にすっかり白く染まった頭を掻いた。
●
第二師団都市カールスラーエ要塞。その地下に広がる広大な空間は、いくつかの区画に分けられる。
地上との連結部、多目的に使われる広場、避難路、居住スペース、食料庫や武器弾薬庫、ドワーフ達の力を借りて拡張を続ける未開発区……その中で、最も巨大で人通りの多いのが都市中心部の真下に位置する中央空洞だ。
その中央空洞の北西部に、コロシアムは建てられている。都市内では、「地下で一番むさ苦しい場所」などと言われている場所だ。娯楽性を高めすぎないようとの達しにより、出場者も観客も殆どが第二師団員であり筋肉だるまの集団なのだから、非戦闘員からしてみれば異様に写るのだろう。
スザナの失態の発覚後、コロシアムの管理を第二師団から委託されたロジーナ商会は、そんな状況を今すぐにでも打破しなければならないと息巻いていた。そこで行われたのが、コロシアムに関する基本方針の軌道修正だ。
すなわち、「もう少しだけ一般人の受けが良いコロシアム」。その第一歩として、十分に実力があって、尚且つ流行の発信となり得る女性を取り込めるように、
「お前のそのイケメン面に、目が付けられたってことだ」
「……はあ」
コロシアムにおいて、より華やかな試合を観客に提供する必要がある。そんなわけで、第二師団の一等兵、オウレルがコロシアムの事務所まで呼び出されていた。
話が飲み込めず首を捻るオウレルに向けて書類片手に淡々と命令を読み上げるのは、都市防衛部隊の一つ「ティーガー」の小隊長ラディスラウス兵長だ。所属する小隊の配置が近いから、という理由だけで言い渡された委託先との仲介という本来の業務から離れた職務に若干の不満を滲ませながら、オウレルに険しい視線を投げている。
「えっと……顔、って、あまり関係ないような気がするのですが……」
「そんなことは知らん。既に決まったことだ。貴様に拒否権はないし、異を唱えることなどもっての外。ま、復帰の第一歩だと思え」
諦めるんだな、とにべもなく言い切るラディスラウス。何を言っても聞き入れるはずもないその姿に、オウレルは気付かれないよう息をつく。
任務の失敗続きで訓練送りになったのは、自分の責任だ。とはいえ、下水道でハンター達にもらった言葉によって多少は気持ちを持ち直し、訓練でしごかれ、そしてようやく本来の役割を果たす事が出来そうだと希望を持ち始めたところに来た任務が……よりによって見世物だとは。
「……はい、了解しました」
とはいえラディスラウスの言うとおり、嫌だから断るなどという選択肢は与えられていない。
渋々とオウレルは、手渡された指示書にざっと目を通す。
そして、
「――団長推薦?」
書類の末尾に記されたサインに目がとまった。とても公的なものとは思えない下手くそな字で、シュターク・シュタークスンの名前が書かれている。
「ああ。何でもお前、以前に団長の部隊に所属――」
「申し訳ありませんが、この任務、お断りさせて頂きます」
「ああ?」
ラディスラウスがぽかんと顔を上げる。そこにあったのは、普段のぼうとした様子が嘘のように険しい顔を浮かべ、書類を握り潰したオウレルの姿だ。
そして声を掛ける前に、オウレルは立ち上がり止める間もなく部屋を出ていった。
「……なんだあいつ」
叩き付けるようなドアの音に眉をしかめるラディスラウスは、遠ざかっていくきつい足音を耳にしながら一人ぽつりと呟いた。
●
「んで、逃げてきたん?」
カッとなって、などと口下手に言い訳を口にする不器用な親友の姿を見て、オウレルの同期であるヴァルターは苦笑いを浮かべた。
「バカじゃねえの」
「……うん」
オウレルは心底、やってしまった事を反省しているらしい。ヴァルターのからかうような言葉にも、先程から殊勝に頷き通しだ。
「お前が団長をどう思ってるか知らねえが、それで仕事に支障が出るのは良くねえわなぁ」
「……うん」
「兵長にもちゃんと、頭下げとかねえとな」
また懲罰でももらうかもしれないなと笑うヴァルターの横で、オウレルはじっと遠くを見つめていた。
●
数日後、予定通りに闘技大会が開催される運びとなった。
結局、頭を下げたオウレルに対し、ラディスラウスは「何のことだ」と仏頂面で答え、当日に備え訓練を怠るなと声を掛けるだけだった。
「……なんで俺まで出ることになってんだ」
控え室から闘技場へ続く選手用の狭い通路を歩きながら、オウレルに並ぶヴァルターは先程からずっと愚痴をこぼしている。どうやら、これが懲罰ということらしい。それにしては、関係のないヴァルターにとってとばっちりも良いところだが。それでも文句を言いながらここまで付き合ってくれる、そんな人間に出会えたことは、オウレルにとってこの師団に志願して良かったと思えることの一つだった。
『さあ、今回から装いも新たに! 熱い戦いが始まろうとしております!』
異様なほどにトーンの高い声が場内に鳴り響く。それに対し、観客の盛り上がりはかなりのものだった。施設全体を揺るがすよう歓声が上がる。
師団員同士の地味な戦いではない、ハンターという華やかな存在への期待感は相当なものらしい。
「ここまで来ちまったら仕方ねえ。ハンターが相手となっちゃあきっついが、何、勝っちまったら明日から俺らも人気者の一員だ」
「……ずっと欲しがってた彼女も、出来ちゃうかもね」
「そ、そうか、そんな可能性もあるのか……! うーし、ぜってえ勝つぞ!」
ヴァルターが腕を振り上げると同時に、幕が上がり洪水のように歓声が流れ込んでくる。
娯楽に飢えたこの都市の住人が、日頃のストレスを発散させる数少ない機会だ。
オウレルは剣を抜き放つ。
暗い話題も多い世の中で、人々に笑顔を思い出させることが出来るなら。こんな見世物も、悪いものではないのかもしれない。
部屋に散乱する無数の未承認書類を前に咎められた際、第二師団副団長スザナ・エルマンはとても良い笑顔でそうのたまった。書類の内容は、彼女が自ら管理を買って出たコロシアム関係のものばかり。
おかげで、ここしばらくコロシアムには何の予算も落ちていない。現場担当者は、スザナ副団長が怖くて現状を伝えられなかったと涙ながらに訴えた。
「そんなこったろうと思ったよ。だってあいつだぜ? あいつが、命のやりとりもねえ試合なんて見て楽しめる訳ねえじゃねえの」
「……わしの見込みが甘かったのう」
そんな完全無欠な不祥事を笑い話と豪快に受け取る第二師団長シュターク・シュタークスン(kz0075)に、スザナと同じく副団長を務めるハルクス・クラフトはため息と共にすっかり白く染まった頭を掻いた。
●
第二師団都市カールスラーエ要塞。その地下に広がる広大な空間は、いくつかの区画に分けられる。
地上との連結部、多目的に使われる広場、避難路、居住スペース、食料庫や武器弾薬庫、ドワーフ達の力を借りて拡張を続ける未開発区……その中で、最も巨大で人通りの多いのが都市中心部の真下に位置する中央空洞だ。
その中央空洞の北西部に、コロシアムは建てられている。都市内では、「地下で一番むさ苦しい場所」などと言われている場所だ。娯楽性を高めすぎないようとの達しにより、出場者も観客も殆どが第二師団員であり筋肉だるまの集団なのだから、非戦闘員からしてみれば異様に写るのだろう。
スザナの失態の発覚後、コロシアムの管理を第二師団から委託されたロジーナ商会は、そんな状況を今すぐにでも打破しなければならないと息巻いていた。そこで行われたのが、コロシアムに関する基本方針の軌道修正だ。
すなわち、「もう少しだけ一般人の受けが良いコロシアム」。その第一歩として、十分に実力があって、尚且つ流行の発信となり得る女性を取り込めるように、
「お前のそのイケメン面に、目が付けられたってことだ」
「……はあ」
コロシアムにおいて、より華やかな試合を観客に提供する必要がある。そんなわけで、第二師団の一等兵、オウレルがコロシアムの事務所まで呼び出されていた。
話が飲み込めず首を捻るオウレルに向けて書類片手に淡々と命令を読み上げるのは、都市防衛部隊の一つ「ティーガー」の小隊長ラディスラウス兵長だ。所属する小隊の配置が近いから、という理由だけで言い渡された委託先との仲介という本来の業務から離れた職務に若干の不満を滲ませながら、オウレルに険しい視線を投げている。
「えっと……顔、って、あまり関係ないような気がするのですが……」
「そんなことは知らん。既に決まったことだ。貴様に拒否権はないし、異を唱えることなどもっての外。ま、復帰の第一歩だと思え」
諦めるんだな、とにべもなく言い切るラディスラウス。何を言っても聞き入れるはずもないその姿に、オウレルは気付かれないよう息をつく。
任務の失敗続きで訓練送りになったのは、自分の責任だ。とはいえ、下水道でハンター達にもらった言葉によって多少は気持ちを持ち直し、訓練でしごかれ、そしてようやく本来の役割を果たす事が出来そうだと希望を持ち始めたところに来た任務が……よりによって見世物だとは。
「……はい、了解しました」
とはいえラディスラウスの言うとおり、嫌だから断るなどという選択肢は与えられていない。
渋々とオウレルは、手渡された指示書にざっと目を通す。
そして、
「――団長推薦?」
書類の末尾に記されたサインに目がとまった。とても公的なものとは思えない下手くそな字で、シュターク・シュタークスンの名前が書かれている。
「ああ。何でもお前、以前に団長の部隊に所属――」
「申し訳ありませんが、この任務、お断りさせて頂きます」
「ああ?」
ラディスラウスがぽかんと顔を上げる。そこにあったのは、普段のぼうとした様子が嘘のように険しい顔を浮かべ、書類を握り潰したオウレルの姿だ。
そして声を掛ける前に、オウレルは立ち上がり止める間もなく部屋を出ていった。
「……なんだあいつ」
叩き付けるようなドアの音に眉をしかめるラディスラウスは、遠ざかっていくきつい足音を耳にしながら一人ぽつりと呟いた。
●
「んで、逃げてきたん?」
カッとなって、などと口下手に言い訳を口にする不器用な親友の姿を見て、オウレルの同期であるヴァルターは苦笑いを浮かべた。
「バカじゃねえの」
「……うん」
オウレルは心底、やってしまった事を反省しているらしい。ヴァルターのからかうような言葉にも、先程から殊勝に頷き通しだ。
「お前が団長をどう思ってるか知らねえが、それで仕事に支障が出るのは良くねえわなぁ」
「……うん」
「兵長にもちゃんと、頭下げとかねえとな」
また懲罰でももらうかもしれないなと笑うヴァルターの横で、オウレルはじっと遠くを見つめていた。
●
数日後、予定通りに闘技大会が開催される運びとなった。
結局、頭を下げたオウレルに対し、ラディスラウスは「何のことだ」と仏頂面で答え、当日に備え訓練を怠るなと声を掛けるだけだった。
「……なんで俺まで出ることになってんだ」
控え室から闘技場へ続く選手用の狭い通路を歩きながら、オウレルに並ぶヴァルターは先程からずっと愚痴をこぼしている。どうやら、これが懲罰ということらしい。それにしては、関係のないヴァルターにとってとばっちりも良いところだが。それでも文句を言いながらここまで付き合ってくれる、そんな人間に出会えたことは、オウレルにとってこの師団に志願して良かったと思えることの一つだった。
『さあ、今回から装いも新たに! 熱い戦いが始まろうとしております!』
異様なほどにトーンの高い声が場内に鳴り響く。それに対し、観客の盛り上がりはかなりのものだった。施設全体を揺るがすよう歓声が上がる。
師団員同士の地味な戦いではない、ハンターという華やかな存在への期待感は相当なものらしい。
「ここまで来ちまったら仕方ねえ。ハンターが相手となっちゃあきっついが、何、勝っちまったら明日から俺らも人気者の一員だ」
「……ずっと欲しがってた彼女も、出来ちゃうかもね」
「そ、そうか、そんな可能性もあるのか……! うーし、ぜってえ勝つぞ!」
ヴァルターが腕を振り上げると同時に、幕が上がり洪水のように歓声が流れ込んでくる。
娯楽に飢えたこの都市の住人が、日頃のストレスを発散させる数少ない機会だ。
オウレルは剣を抜き放つ。
暗い話題も多い世の中で、人々に笑顔を思い出させることが出来るなら。こんな見世物も、悪いものではないのかもしれない。
リプレイ本文
闘技場は、思った以上の熱気に満ちていた。
歓声が上がる。その声に背中を押されるように、煌々と照らすライトに包まれながら、本日対戦を行う両者は舞台の中心へと歩を進めた。
「魅せる闘い……ふむ」
オウカ・レンヴォルト(ka0301)は、視線を落とし考え込む。魅せる、とは、どういうものが良いのか。
「なるほど、確かに見世物ね。でも、良い修練になりそう」
「何にしろ、帝国第二師団の実力とやら、とくと拝見させて貰うにはいい機会だ」
アイビス・グラス(ka2477)と夕鶴(ka3204)は冷静に、しかし隠せない闘志を静かに燃やしてマテリアルを高めていく。
「……うん、一番強そうなのは、あのイケメンかな」
その中でアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は、相手の品定めを欠かさなかった。テンションの高い兵士に引きずり出されるように真ん中に立った髪の長い青年、恐らくは、群を抜いて高い実力を持っている。
「んっん~♪ この歓声、気分良いじゃん? 出てこいや!的な感じでチョーアガっちゃう☆」
そして対照的に、元気に跳ね回るよう観客席に手を振るリオン(ka1757)は、その明るさから既に観客の人気を得始めているようだ。
『さあ、カールスラーエコロシアム史上に残るであろう一戦が、まもなく始まろうとしております! 解説のヴァルナ=エリゴス(ka2651)さん、如何でしょうか』
『皆さん、気合いは十分のようですね。本来は六対六、人数も互角の勝負のはずでしたが……つい先日、私、瀕死に陥ってしまいまして』
『なるほど、ヴァルナさんがここにおられるのはそういった理由が』
『なので、人数に劣るハンターチームがどう立ち回るのか。それが、この戦いの見所となりそうです』
怪我により戦闘に参加は出来なくとも、会場を盛り上げることは出来る。ヴァルナは一つ咳払いをすると、マイクを少し自分の方へと近づけた。
●
『手元の資料によりますと、オウレルさんとヴァルターさんというお二人は、第二師団の中でも高い実力を持つそうです。あと……えっと、皆様恋人募集中、だそうです?』
『……恋人問題は、第二師団の至上命題でありますからねえ。女性ハンターの可憐な姿を見に来ている野郎共も、少なくはないでしょう』
会場に響き渡るヴァルナと司会のそんな会話に、観客席を埋めるピュアな男共が照れて一斉に舞台から目を逸らした。
「やっぱり、あの二人が強いみたいね」
そんな空気もどこ吹く風、ハンター達は今まさに舞台の中央で試合開始を待っていた。
「一対一、をした方が……分かりやすく魅せられると思う、のだが」
「良いんじゃなーい? アタシは楽しめれば何でも良いけど☆」
「構わないが、数の差が強く現れてしまいそうだな」
オウカの提案に、リオンは気楽な様子で頷き、夕鶴は不安げな表情を見せる。
「どちらにしろ、ボクはあのオウレルさんと戦いたかったからね。戦闘が始まれば、一対一に持ち込むよう動くつもり」
対し、アルトは強敵に向かう高揚感を隠しもせずににやりと笑みを浮かべる。
「……ふむ。では俺は、あの元気の良い青年を担当しよう、か」
「じゃあ私は……えっと、あの名前の分からない四人かな」
「異論はない」
「オッケー☆ あいびんとゆ~ちん、よろしくネ♪」
そして、準備は整った。
『それでは、お互い向き合って!』
全員が武器を構える。その瞬間、会場を静寂が支配した。
ぴりぴりとした緊張が走る。
『――試合、開始ぃっ!』
合図と同時、金属のぶつかり合う音が響き渡った。
●
肉薄と共に大きく振り下ろされたアルトの刀が、オウレルの盾の表面を削って火花を散らす。
真正面にいながら不意を突くその加速。盾の向こうにオウレルの驚き見開かれた目を見つけ、アルトは挑発的な笑みを浮かべた。
「おおい、いきなりかよ!」
ヴァルターの驚きの声が届く中、オウレルは大きく弾き飛ばされる。
「……よそ見をしている場合ではない、ぞ」
ヴァルターが一瞬だけ、オウレルの下へ駆けつけるか迷う素振りを見せた。だが、当然の如くそんなことをしている暇はなく、その隙を見逃すオウカでもない。
「147代目舞捧華・御神楽巫覡謳華……参る」
「うおおっ! 何だそれ!」
咄嗟に振り上げられたヴァルターの剣を弾き、オウカはさらに懐に飛び込む。
その動きは独特だった。一種のダンスのような、流麗な足運び。見たこともないその動きにヴァルターは戸惑い、反撃も回避も、そののタイミングを見失う。
「おー、やっるぅ♪ じゃ、次はアタシ達の番ね☆」
「お互いに、悔いの無い戦いにしようね!」
「……早々に、数の利を潰さなければな」
二人の背中を見送って、リオンとアイビス、夕鶴が、残った団員達に向き直る。想定外の急展開に、動揺を見せる団員達。
「手ェ抜いたら楽しくないもんね☆ さァ、愉しいショーにしようぜェッ!!」
その明確な隙を捉えるために、リオンとアイビスがマテリアルを込めた足で地面を蹴った。
彼我の距離は一瞬で消滅する。ほぼ同時に、二人の拳が団員を貫いていた。
「ちっ、早すぎる!」
「攻めろ! 数じゃこっちが勝ってんだ!」
強烈な衝撃を受け、たたらを踏みながらも団員達は叫ぶ。
「そう、手加減は無用だ。一端の帝国兵なら小娘三人程度、退けるのは容易いだろう?」
「当ったりめえだ!」
体格で大きく上回る団員達の攻撃は、直線的だが、速く重い。多角に攻撃を受けることだけは避けたかった。
夕鶴は大きく足を広げて腰を落とし、向かってくる敵の動きを見極め防御に徹する。大剣の腹に振り下ろされる一撃に腕が痺れるが、体力の消耗は抑えられる。
「私達の経験、少しでもあなた達の糧になれば十分よ。でも、負けるつもりはないからね!」
迫る刃を、身を反らし、屈み、手甲で受け流し、踊るように足運びで翻弄しながらアイビスは的確に隙を見て攻撃を重ねていく。時に繰り出す、相手の予想だにし得ない立体的な一撃は団員の回避を許さない。
「打撃は斬撃と違ってまともに受けちゃダメ、上手く力を流す事も防御の1つよ」
盾の上から衝撃を体に押し込まれ悶絶する団員に、アイビスは力強く微笑みかけた。
「あっは♪ 遅い遅い☆」
「くそ、ちょこまかと!」
リオンの細かいジャブの連打が、次々に突き刺さる。剣のリーチは長いが、懐に入ってしまえば拳よりも速いはずがない。
リオンの動きは機敏で、そして一見脈絡がない。素早くパンチを放ったかと思えば体全体を使った当て身で防御を崩し、腹を蹴り上げる動きから流れるように手首を極めて捻り上げる。
そして、それに業を煮やして団員が距離を取ろうとすれば、
「はいザンネ~ン♪ ――オッラァッ!!」
狙い澄ましたように渾身の貫手を鎧の境目に叩き込まれて、団員は泡を吹いた。
「ふむ、上手く誘導は出来たようだな」
少し離れて戦いを続けるオウカとアルトを横目で見やり、夕鶴は胸を撫で下ろす。
「ま、俺らじゃあいつらの邪魔になるだけだからな」
「あの二人はそんなに強いのか。あのときに腕前を見られたら良かったのだが」
言葉を交わしながらも、力強い攻撃が次々に襲い来る。夕鶴はそれを受け止めながら、冷静に機会を伺っていた。
堅実な動きは、的確にチャンスを掴む。派手さなど必要なく、洗練された武技とはそういうものだ。
静かに、その時を待てばいい。
●
『ハンターチームの動きに、師団員チームは翻弄されているようです』
『そうですね、実戦経験の差が大きいのでしょう。最初のアルトさんとオウカさんの突撃、そこで生まれた動揺が、出だしの明暗を分けた気がします』
ヴァルナの解説が、固唾を呑んで見守る観客達の耳に染みこんでいく。
一般人の目には、目の前で行われている高度な戦闘の詳細は把握しきれない。だから、解説を聞くために全員が声を抑えていた。
静まりかえった会場に、剣戟の音が響く。
しかし盛り上がっていない、などということは全くない。例え静かでも、その心の内にはしっかりと熱が点っている。
『熟達の戦士同士の勝負というものは、そう長い時間がかかるものではありません。案外、決着はすぐかもしれませんね』
●
アルトは舞踊のように、しかし苛烈な攻撃を次々に叩き込んでいく。一定のリズムを込めた大きな動きは、過去に学んだ魅せる演武だ。
「……強いですね」
「あはは、今更謙遜?」
「い、いえ……これだけタイミングを図りやすくして貰えれば……」
その攻撃を、オウレルは的確に防ぎ、回避していた。あえて少しの隙を見せれば、すかさず剛剣が飛んでくる。初めの数撃で、リズムは完全に掴まれたらしい。
普段よりも大きな回避を試みながら、アルトは笑みを浮かべる。思った通りの強敵のようだ。
「イケメンがいきなり退場したら、つまらないだろ?」
「それ、あんまり言わないで欲しいかな……」
恥ずかしそうに、オウレルは苦笑いを浮かべた。
「うわそれかっけえな! 兄さん機導師ってやつか、初めて見た!」
オウカの防御障壁がヴァルターの剣で砕け、輝く破片を切り裂き返す刀で放たれた機導剣を目の当たりに、ヴァルターは思わずといった感じで声を上げた。咄嗟に彼が差し出した盾に機導剣がぶつかり、甲高い音を立てる。
「……あまりべらべら喋ると、舌を噛む、ぞ」
オウカの攻撃は止まらない。受けられるなら、剣戟を以ってこじ開ける。
強烈に、繊細に。傘を巧みに操る防御もまた、観客をどよめかせる。
円を描くように舞う動きは、神楽の応用だ。その剣舞は本来、戦いに用いるものではない。故に、その動きは虚を突き、ヴァルターには次の動きを読むことが中々出来ない。
神に捧げる舞いは、人間すらも魅了する。観客達も、ヴァルターすら、その見たこともない攻防に思わず魅入っていた。
「これが俺の全力であり……全開だ……!」
舞うが如くの剣舞は四方八方から、攻め入るように、受け流すように、意表を突いて相対者を討つべく襲いかかる。
「ちょ、ずるっ、ずるいって!」
「……ずるく、ない」
徐々にヴァルターは押されていく。捌ききれない攻撃が増え、鈍痛が体に溜まっていく。
再びの機導剣。剣から漏れる光は神楽の軌跡を追うように描き――そして今度は、防ぐことを許さなかった。
バチンと弾かれるヴァルターの剣。そんな彼の鼻先に、光の刃が突きつけられた。
●
試合は佳境に入る。
人数に勝っているにも関わらず終始押され気味の団員達が、焦れて強引に攻め始めたのだ。
「焦ったら、そこで終わりよ」
アイビスは愚直に振り下ろされたメイスに拳を合わせ、手元から弾き飛ばす。そして回転して飛ぶメイスが地面に落ちる前に、
「ここは、勝たせてもらうわね!」
マテリアルを限界まで解放する。眩しいまでの光が生まれ、力が高まる。
団員の目に、それはスローモーションで映っていた。がら空きの胴にその全開の一撃が吸い込まれるのを、諦念と共に、見届けるしかない。
「お、あいびんやるじゃーん☆ それじゃアタシも、熱い一撃見舞っちゃう♪」
リオンも動く。
「さァ、終わりにしようぜェッ!」
構えからの、ノーモーション攻撃。叩き込まれるのは怒濤のラッシュ。ジャブ、フック、ストレート、爪先を踏みつけ腹に膝を叩き込み頭を掴んで頭突きを喰らわす。そして大きく怯んだところに、
「愉しかったよん☆」
体を回転させての裏拳が、テンプルを綺麗に撃ち抜いた。
真横で二人が倒れる瞬間、そこに意識が向かない訳がなかった。
夕鶴に振り下ろされる剣の軌道が一瞬揺らぐ。
「剣が、鈍っているぞ!」
接触の瞬間に全体重を掛けて弾き返せば、団員が体勢を崩す。
「はああっ!」
びりびりと、弾けるような気迫を込めて夕鶴はそこに渾身の一撃を振り下ろした。咄嗟に団員の構えた盾が、余りの衝撃に二つに砕ける。
だが止まらない。彼女に大きな隙を見た団員が攻撃を繰り出すも、それに見向きもせず更に大剣を叩き込む。
迷わず、臆さず、全ての力を攻めへと転換する。
そんな夕鶴の苛烈な攻撃に団員が屈するまで、さほど時間はいらなかった。
●
いつの間にか、辺りは静かになっていた。アルトは一旦オウレルから距離を取り、刀を収める。頃合いだと、より強くマテリアルを滾らせた。
そして、アルトを取り巻く炎のようなオーラが、陽炎の幻影と共に大きく燃え上がる。
その派手さとは対照的に、腰を落とし、刀の柄に軽く手を添えたアルトはただ静かに、オウレルの目を覗き込んだ。
「そろそろ、決着をつけよう」
「……うん」
オウレルもまた剣を構え直し、マテリアルを高めていった。
再びの静寂。観客の視線が集まるのを感じる。
「折角だ、私が帝国兵だったらどのレベルか批評してくれ」
ここからは全力だぞと、暗に示していた。
『皆様、しっかりと注目していて下さい。一瞬ですよ』
ヴァルナの声が響く。
そして互いが息を呑む。それが合図だった。
アルトの姿が掻き消えた。そう錯覚せんばかりの高速移動は、刹那でオウレルの眼前に刀を滑らせる。
――あっという間の出来事だった。
アルトの全速からの緩急織り交ぜフェイントすら組み込んだ虚実の連撃に、オウレルもまた瞬時に反応しては反撃を繰り出す。連なる金属音が重なって轟音と化し、誰もが息をするのも忘れた頃、
「……あ」
オウレルの左手が、空を切った。
「勝負あり、かな」
そして同時にぴたりと喉元に当てられた刃が、いとも簡単に全てを終わらせたのだった。
●
『勝者、ハンターチィィィムッ!!』
『おめでとございます!』
宣言と同時に、爆音のような歓声が上がった。
「はァ~、一服したいなァ……ここって禁煙?」
緊張の糸が切れ、全員が地面に座り込む。
「誰か怪我が酷い者はいるか?」
疲労を顔に滲ませながらも、夕鶴は辺りを見渡す。
「はいはい! 兄さんにボコボコにされて大変です!」
「いや、どう見ても元気じゃない」
「……そこまではしていない、はずだが」
どうやらヴァルターの調子は、疲労くらいでは衰えないようだ。
面倒だなと、全員が苦笑する。
「ところで」
アルトがオウレルに目を向けた。
「ボクは、どのくらいのレベルなのかな」
「……ええと、強い人は本当に強いから……どうなんだろう」
オウレルは首を傾げる。それを見て、アルトは分からないものは仕方ないと、肩を竦めた。
●
『いやー、見応えのある試合でしたね』
『はい、全員が持てる力を出し切った、素晴らしい試合でした』
試合が終わった後も、ヴァルナしばらく解説を続けていた。
そうしていると、観客の一人が、ふと呟いた。
「……この声、可愛いよな」
確かに、と誰かが言った。
ヴァルナが舞台に立っていない以上、その姿を知る者は少ない。
ざわざわと広がっていく好奇心。色めきだつ男共。
そうして本人に与り知らぬところで、密かにヴァルナのファンが生まれていくのであった。
歓声が上がる。その声に背中を押されるように、煌々と照らすライトに包まれながら、本日対戦を行う両者は舞台の中心へと歩を進めた。
「魅せる闘い……ふむ」
オウカ・レンヴォルト(ka0301)は、視線を落とし考え込む。魅せる、とは、どういうものが良いのか。
「なるほど、確かに見世物ね。でも、良い修練になりそう」
「何にしろ、帝国第二師団の実力とやら、とくと拝見させて貰うにはいい機会だ」
アイビス・グラス(ka2477)と夕鶴(ka3204)は冷静に、しかし隠せない闘志を静かに燃やしてマテリアルを高めていく。
「……うん、一番強そうなのは、あのイケメンかな」
その中でアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は、相手の品定めを欠かさなかった。テンションの高い兵士に引きずり出されるように真ん中に立った髪の長い青年、恐らくは、群を抜いて高い実力を持っている。
「んっん~♪ この歓声、気分良いじゃん? 出てこいや!的な感じでチョーアガっちゃう☆」
そして対照的に、元気に跳ね回るよう観客席に手を振るリオン(ka1757)は、その明るさから既に観客の人気を得始めているようだ。
『さあ、カールスラーエコロシアム史上に残るであろう一戦が、まもなく始まろうとしております! 解説のヴァルナ=エリゴス(ka2651)さん、如何でしょうか』
『皆さん、気合いは十分のようですね。本来は六対六、人数も互角の勝負のはずでしたが……つい先日、私、瀕死に陥ってしまいまして』
『なるほど、ヴァルナさんがここにおられるのはそういった理由が』
『なので、人数に劣るハンターチームがどう立ち回るのか。それが、この戦いの見所となりそうです』
怪我により戦闘に参加は出来なくとも、会場を盛り上げることは出来る。ヴァルナは一つ咳払いをすると、マイクを少し自分の方へと近づけた。
●
『手元の資料によりますと、オウレルさんとヴァルターさんというお二人は、第二師団の中でも高い実力を持つそうです。あと……えっと、皆様恋人募集中、だそうです?』
『……恋人問題は、第二師団の至上命題でありますからねえ。女性ハンターの可憐な姿を見に来ている野郎共も、少なくはないでしょう』
会場に響き渡るヴァルナと司会のそんな会話に、観客席を埋めるピュアな男共が照れて一斉に舞台から目を逸らした。
「やっぱり、あの二人が強いみたいね」
そんな空気もどこ吹く風、ハンター達は今まさに舞台の中央で試合開始を待っていた。
「一対一、をした方が……分かりやすく魅せられると思う、のだが」
「良いんじゃなーい? アタシは楽しめれば何でも良いけど☆」
「構わないが、数の差が強く現れてしまいそうだな」
オウカの提案に、リオンは気楽な様子で頷き、夕鶴は不安げな表情を見せる。
「どちらにしろ、ボクはあのオウレルさんと戦いたかったからね。戦闘が始まれば、一対一に持ち込むよう動くつもり」
対し、アルトは強敵に向かう高揚感を隠しもせずににやりと笑みを浮かべる。
「……ふむ。では俺は、あの元気の良い青年を担当しよう、か」
「じゃあ私は……えっと、あの名前の分からない四人かな」
「異論はない」
「オッケー☆ あいびんとゆ~ちん、よろしくネ♪」
そして、準備は整った。
『それでは、お互い向き合って!』
全員が武器を構える。その瞬間、会場を静寂が支配した。
ぴりぴりとした緊張が走る。
『――試合、開始ぃっ!』
合図と同時、金属のぶつかり合う音が響き渡った。
●
肉薄と共に大きく振り下ろされたアルトの刀が、オウレルの盾の表面を削って火花を散らす。
真正面にいながら不意を突くその加速。盾の向こうにオウレルの驚き見開かれた目を見つけ、アルトは挑発的な笑みを浮かべた。
「おおい、いきなりかよ!」
ヴァルターの驚きの声が届く中、オウレルは大きく弾き飛ばされる。
「……よそ見をしている場合ではない、ぞ」
ヴァルターが一瞬だけ、オウレルの下へ駆けつけるか迷う素振りを見せた。だが、当然の如くそんなことをしている暇はなく、その隙を見逃すオウカでもない。
「147代目舞捧華・御神楽巫覡謳華……参る」
「うおおっ! 何だそれ!」
咄嗟に振り上げられたヴァルターの剣を弾き、オウカはさらに懐に飛び込む。
その動きは独特だった。一種のダンスのような、流麗な足運び。見たこともないその動きにヴァルターは戸惑い、反撃も回避も、そののタイミングを見失う。
「おー、やっるぅ♪ じゃ、次はアタシ達の番ね☆」
「お互いに、悔いの無い戦いにしようね!」
「……早々に、数の利を潰さなければな」
二人の背中を見送って、リオンとアイビス、夕鶴が、残った団員達に向き直る。想定外の急展開に、動揺を見せる団員達。
「手ェ抜いたら楽しくないもんね☆ さァ、愉しいショーにしようぜェッ!!」
その明確な隙を捉えるために、リオンとアイビスがマテリアルを込めた足で地面を蹴った。
彼我の距離は一瞬で消滅する。ほぼ同時に、二人の拳が団員を貫いていた。
「ちっ、早すぎる!」
「攻めろ! 数じゃこっちが勝ってんだ!」
強烈な衝撃を受け、たたらを踏みながらも団員達は叫ぶ。
「そう、手加減は無用だ。一端の帝国兵なら小娘三人程度、退けるのは容易いだろう?」
「当ったりめえだ!」
体格で大きく上回る団員達の攻撃は、直線的だが、速く重い。多角に攻撃を受けることだけは避けたかった。
夕鶴は大きく足を広げて腰を落とし、向かってくる敵の動きを見極め防御に徹する。大剣の腹に振り下ろされる一撃に腕が痺れるが、体力の消耗は抑えられる。
「私達の経験、少しでもあなた達の糧になれば十分よ。でも、負けるつもりはないからね!」
迫る刃を、身を反らし、屈み、手甲で受け流し、踊るように足運びで翻弄しながらアイビスは的確に隙を見て攻撃を重ねていく。時に繰り出す、相手の予想だにし得ない立体的な一撃は団員の回避を許さない。
「打撃は斬撃と違ってまともに受けちゃダメ、上手く力を流す事も防御の1つよ」
盾の上から衝撃を体に押し込まれ悶絶する団員に、アイビスは力強く微笑みかけた。
「あっは♪ 遅い遅い☆」
「くそ、ちょこまかと!」
リオンの細かいジャブの連打が、次々に突き刺さる。剣のリーチは長いが、懐に入ってしまえば拳よりも速いはずがない。
リオンの動きは機敏で、そして一見脈絡がない。素早くパンチを放ったかと思えば体全体を使った当て身で防御を崩し、腹を蹴り上げる動きから流れるように手首を極めて捻り上げる。
そして、それに業を煮やして団員が距離を取ろうとすれば、
「はいザンネ~ン♪ ――オッラァッ!!」
狙い澄ましたように渾身の貫手を鎧の境目に叩き込まれて、団員は泡を吹いた。
「ふむ、上手く誘導は出来たようだな」
少し離れて戦いを続けるオウカとアルトを横目で見やり、夕鶴は胸を撫で下ろす。
「ま、俺らじゃあいつらの邪魔になるだけだからな」
「あの二人はそんなに強いのか。あのときに腕前を見られたら良かったのだが」
言葉を交わしながらも、力強い攻撃が次々に襲い来る。夕鶴はそれを受け止めながら、冷静に機会を伺っていた。
堅実な動きは、的確にチャンスを掴む。派手さなど必要なく、洗練された武技とはそういうものだ。
静かに、その時を待てばいい。
●
『ハンターチームの動きに、師団員チームは翻弄されているようです』
『そうですね、実戦経験の差が大きいのでしょう。最初のアルトさんとオウカさんの突撃、そこで生まれた動揺が、出だしの明暗を分けた気がします』
ヴァルナの解説が、固唾を呑んで見守る観客達の耳に染みこんでいく。
一般人の目には、目の前で行われている高度な戦闘の詳細は把握しきれない。だから、解説を聞くために全員が声を抑えていた。
静まりかえった会場に、剣戟の音が響く。
しかし盛り上がっていない、などということは全くない。例え静かでも、その心の内にはしっかりと熱が点っている。
『熟達の戦士同士の勝負というものは、そう長い時間がかかるものではありません。案外、決着はすぐかもしれませんね』
●
アルトは舞踊のように、しかし苛烈な攻撃を次々に叩き込んでいく。一定のリズムを込めた大きな動きは、過去に学んだ魅せる演武だ。
「……強いですね」
「あはは、今更謙遜?」
「い、いえ……これだけタイミングを図りやすくして貰えれば……」
その攻撃を、オウレルは的確に防ぎ、回避していた。あえて少しの隙を見せれば、すかさず剛剣が飛んでくる。初めの数撃で、リズムは完全に掴まれたらしい。
普段よりも大きな回避を試みながら、アルトは笑みを浮かべる。思った通りの強敵のようだ。
「イケメンがいきなり退場したら、つまらないだろ?」
「それ、あんまり言わないで欲しいかな……」
恥ずかしそうに、オウレルは苦笑いを浮かべた。
「うわそれかっけえな! 兄さん機導師ってやつか、初めて見た!」
オウカの防御障壁がヴァルターの剣で砕け、輝く破片を切り裂き返す刀で放たれた機導剣を目の当たりに、ヴァルターは思わずといった感じで声を上げた。咄嗟に彼が差し出した盾に機導剣がぶつかり、甲高い音を立てる。
「……あまりべらべら喋ると、舌を噛む、ぞ」
オウカの攻撃は止まらない。受けられるなら、剣戟を以ってこじ開ける。
強烈に、繊細に。傘を巧みに操る防御もまた、観客をどよめかせる。
円を描くように舞う動きは、神楽の応用だ。その剣舞は本来、戦いに用いるものではない。故に、その動きは虚を突き、ヴァルターには次の動きを読むことが中々出来ない。
神に捧げる舞いは、人間すらも魅了する。観客達も、ヴァルターすら、その見たこともない攻防に思わず魅入っていた。
「これが俺の全力であり……全開だ……!」
舞うが如くの剣舞は四方八方から、攻め入るように、受け流すように、意表を突いて相対者を討つべく襲いかかる。
「ちょ、ずるっ、ずるいって!」
「……ずるく、ない」
徐々にヴァルターは押されていく。捌ききれない攻撃が増え、鈍痛が体に溜まっていく。
再びの機導剣。剣から漏れる光は神楽の軌跡を追うように描き――そして今度は、防ぐことを許さなかった。
バチンと弾かれるヴァルターの剣。そんな彼の鼻先に、光の刃が突きつけられた。
●
試合は佳境に入る。
人数に勝っているにも関わらず終始押され気味の団員達が、焦れて強引に攻め始めたのだ。
「焦ったら、そこで終わりよ」
アイビスは愚直に振り下ろされたメイスに拳を合わせ、手元から弾き飛ばす。そして回転して飛ぶメイスが地面に落ちる前に、
「ここは、勝たせてもらうわね!」
マテリアルを限界まで解放する。眩しいまでの光が生まれ、力が高まる。
団員の目に、それはスローモーションで映っていた。がら空きの胴にその全開の一撃が吸い込まれるのを、諦念と共に、見届けるしかない。
「お、あいびんやるじゃーん☆ それじゃアタシも、熱い一撃見舞っちゃう♪」
リオンも動く。
「さァ、終わりにしようぜェッ!」
構えからの、ノーモーション攻撃。叩き込まれるのは怒濤のラッシュ。ジャブ、フック、ストレート、爪先を踏みつけ腹に膝を叩き込み頭を掴んで頭突きを喰らわす。そして大きく怯んだところに、
「愉しかったよん☆」
体を回転させての裏拳が、テンプルを綺麗に撃ち抜いた。
真横で二人が倒れる瞬間、そこに意識が向かない訳がなかった。
夕鶴に振り下ろされる剣の軌道が一瞬揺らぐ。
「剣が、鈍っているぞ!」
接触の瞬間に全体重を掛けて弾き返せば、団員が体勢を崩す。
「はああっ!」
びりびりと、弾けるような気迫を込めて夕鶴はそこに渾身の一撃を振り下ろした。咄嗟に団員の構えた盾が、余りの衝撃に二つに砕ける。
だが止まらない。彼女に大きな隙を見た団員が攻撃を繰り出すも、それに見向きもせず更に大剣を叩き込む。
迷わず、臆さず、全ての力を攻めへと転換する。
そんな夕鶴の苛烈な攻撃に団員が屈するまで、さほど時間はいらなかった。
●
いつの間にか、辺りは静かになっていた。アルトは一旦オウレルから距離を取り、刀を収める。頃合いだと、より強くマテリアルを滾らせた。
そして、アルトを取り巻く炎のようなオーラが、陽炎の幻影と共に大きく燃え上がる。
その派手さとは対照的に、腰を落とし、刀の柄に軽く手を添えたアルトはただ静かに、オウレルの目を覗き込んだ。
「そろそろ、決着をつけよう」
「……うん」
オウレルもまた剣を構え直し、マテリアルを高めていった。
再びの静寂。観客の視線が集まるのを感じる。
「折角だ、私が帝国兵だったらどのレベルか批評してくれ」
ここからは全力だぞと、暗に示していた。
『皆様、しっかりと注目していて下さい。一瞬ですよ』
ヴァルナの声が響く。
そして互いが息を呑む。それが合図だった。
アルトの姿が掻き消えた。そう錯覚せんばかりの高速移動は、刹那でオウレルの眼前に刀を滑らせる。
――あっという間の出来事だった。
アルトの全速からの緩急織り交ぜフェイントすら組み込んだ虚実の連撃に、オウレルもまた瞬時に反応しては反撃を繰り出す。連なる金属音が重なって轟音と化し、誰もが息をするのも忘れた頃、
「……あ」
オウレルの左手が、空を切った。
「勝負あり、かな」
そして同時にぴたりと喉元に当てられた刃が、いとも簡単に全てを終わらせたのだった。
●
『勝者、ハンターチィィィムッ!!』
『おめでとございます!』
宣言と同時に、爆音のような歓声が上がった。
「はァ~、一服したいなァ……ここって禁煙?」
緊張の糸が切れ、全員が地面に座り込む。
「誰か怪我が酷い者はいるか?」
疲労を顔に滲ませながらも、夕鶴は辺りを見渡す。
「はいはい! 兄さんにボコボコにされて大変です!」
「いや、どう見ても元気じゃない」
「……そこまではしていない、はずだが」
どうやらヴァルターの調子は、疲労くらいでは衰えないようだ。
面倒だなと、全員が苦笑する。
「ところで」
アルトがオウレルに目を向けた。
「ボクは、どのくらいのレベルなのかな」
「……ええと、強い人は本当に強いから……どうなんだろう」
オウレルは首を傾げる。それを見て、アルトは分からないものは仕方ないと、肩を竦めた。
●
『いやー、見応えのある試合でしたね』
『はい、全員が持てる力を出し切った、素晴らしい試合でした』
試合が終わった後も、ヴァルナしばらく解説を続けていた。
そうしていると、観客の一人が、ふと呟いた。
「……この声、可愛いよな」
確かに、と誰かが言った。
ヴァルナが舞台に立っていない以上、その姿を知る者は少ない。
ざわざわと広がっていく好奇心。色めきだつ男共。
そうして本人に与り知らぬところで、密かにヴァルナのファンが生まれていくのであった。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/09/21 09:09:46 |
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作戦卓みたいなもの アイビス・グラス(ka2477) 人間(リアルブルー)|17才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/09/24 11:46:42 |