ゲスト
(ka0000)
デュニクス騎士団 第五篇『農業改革』
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/09/27 22:00
- 完成日
- 2015/10/08 20:22
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「……やれやれ、ほんの息抜きのつもりで帰って来たんだけどなあ」
彼にとっては無数にある飛び地の一部屋の中。男――ヘクス・シャルシェレットは夜天を見上げて、呟いた。
「こっちはこっちで、楽しそうじゃないか」
「いや、それほどでもありません。騎士レヴィンは、当初想定していたよりもかなり有能でしたな」
「ふーん……大方ゲオルギウスの爺さんの差し金なんだろうけど……まあ、向いている方向に大きく違いはなさそう、かな」
この地のワインはとにかく香りが強い。グラスの淵から溢れるそれを味わいながら、ヘクスはポチョムへと笑いかけた。
「そういえば、君は随分入れ込んでいるみたいだね?」
「それは……」
「――ククッ」
堪え切れぬように笑ったのは、黒ずくめの痩身の男――ヴィサンだ。『事情』を察したポチョムはヴィサンを鋭く睨む。
「貴様か、ヴィサン」
「クク……何か、問題でも?」
「はーい、止め止め!」
ヘクスはへらり、と笑うと声色を落として続けた。
「とにかく、だ。『僕たち』は介入の大義名分を得た。『君たち』がそうなようにね」
男はそう言って、赤い雫で口元を湿らせる。
「彼らに頼まれたのもあるけどさ。ハンターの皆に頼まれたら、僕としても断るつもりにはなれないわけで」
「……ヘクス様も、随分と彼らを評価しているようですが」
「ふふ、まあね……と」
ポチョムの意趣返しをさらりとかわしたヘクスは、己の部下二人を眺める。
「段取りはしておいたよ。あとは自然と転がるだろう。
うまくやりなよ、ポチョム、ヴィサン」
その口元には獰猛な、笑みがあった。あるいは、獣のような笑みが。
「この街は必ず荒れるから、さ」
●
拝啓 ゲオルギウス様
王国北部の惨状、耳に致しました。
デュニクスの方はというと、順調――と、言えるかもしれません。
騎士団一同が、積極的にデュニクスに介入できるようになりました。
私が思っていたよりも滑らかな滑り出しは、ハンター達の介入によるものでしょうか。
――さて。ひとつ、お耳に入れたい事が有ります。
ゲオルギウス様が仰っておられたように、『商会』の介入が始まりました。
●
「……これは」
マリーベルは自らの手でまとめた資料を前に、眉をひそめた。
ありとあらゆるものが、加速度的に動きはじめている。爆発的に回る状況は――騎士団だけにとどまらない。デュニクス全域に、波及している。
第六商会は職人街へと何らかの、大規模な発注を掛けたようだった。その対価を職人たちが街の資金として共有したことで、デュニクス再興の資金にアテが出来る。例えば、防壁を作ったり、農場への設備投資であったり。
本当に、馬鹿げてる。それはマリーベルの常識を遥かに超えていた。
何気なく騎士団が前のめりに参画しているのも彼女の想定外だった。本来であれば護衛程度が役割だと考えていたのに、鍛冶担当のヴェルドに至ってはその技量から第六商会からの受注を支えている。アプリにしてもそうだ。彼女は支援物資の管理を数名の団員と共に効率よく運用している。その実務能力はマリーベルですら舌を撒くほどだった。
――何れにしても彼女たちの獅子奮迅の働きぶりは、大きい。なぜなら。
「……デュニクスは、変わろうとしている」
船頭が誰かも解らない。それでも、多くの人間が、総体で唯一つの目的へと向かって邁進しているだけだ。でも、そこには希望があった。
それの、なんて異質なことか。
「…………」
そして、自分のなんてちっぽけなことか。
吐く息は重く、そして、冷たい。
「……お父様」
その手元には、一つの手紙があった。
●
ハンター達が集められたのは、デュニクス町内の一角、職人街。
つい先日まで閑古鳥が鳴いていたであろうそこは、今や街で一番の賑わいを見せていた。男たちは鎚を振るい、弟子達は街を走り回って資材をかき集め、女達は炊事や水回り、その他を一手に担っている。
能動的で、律動的で、機能的な混沌だった。その中で、男たちの鎚を振るう音、火をいれる音が響く。
「慌ただしくて済まんな」
騒々しい中でも、デュニクス騎士団の鍛冶担当、ヴェルドの声は不思議と届いた。浅黒い肌に、筋骨隆々の体。かつてはグラズヘイム・シュヴァリエの職人だったという彼は、大きな紙が置かれた拾い作業机を間に挟んでハンター達に言葉を投げた。
彼の眼前の紙は、まっさらな白紙。
「お前らに来てもらったのは他でもない」
そこから視線を切って、ヴェルドはこう言った。
「この街の農業の――改革の為だ」
●
「この街のスポンサーになった第六商会のオーダーは幾つかある。その中の一つが、『農業用機械の開発』だ。
動力についてはなんといったか……ああ、そうだ。刻令術を使う、とさ。俺たちは30センチ四方程度のスペースさえ用意すれば、後は自由に設計していいとのことだ。幾つか制限があるらしい、がな」
そうして男は、手を伸ばして小さな模型を取ってみせた。木組みのおもちゃをカチャカチャと動かしながら、続ける。
「刻令術は対象を『変形』させるものではない。故に、設計時点で『関節』や『機構』を稼働部位に取り付けなくてはいけねえ。まあ、用途さえ決まればコッチでなんとでもするが……つまり、ガワ自体は魔導機械とそうかわらねえ……そこで、お前らの出番だ」
おもちゃを置いたヴェルドは、怜悧な目で一同を見回して言った。
「此処にはもちろん、農業の専門家はいる。だが、『魔導機械』を使った専門家、となるとこの国には少なく、いわんや、リアルブルーで行われていたような農業、となるとなおのこと、だ」
小さく言葉を区切ったヴェルドはハンター達を見渡す。
「今、この街は農場再生を急いでいる所だ。だが、前の通りじゃもったいないだろう、と第六商会は言うのさ。一理無いでもない。俺だって、以前通りの出来栄えで納得したことなんか一度たりとて無いからな。今が好機というのは素人の俺にだってわかる」
とん、と硬い指で白い紙を叩いたヴェルドはこう結んだ。
「――というわけで、お前らの意見を聞きたい」
「……やれやれ、ほんの息抜きのつもりで帰って来たんだけどなあ」
彼にとっては無数にある飛び地の一部屋の中。男――ヘクス・シャルシェレットは夜天を見上げて、呟いた。
「こっちはこっちで、楽しそうじゃないか」
「いや、それほどでもありません。騎士レヴィンは、当初想定していたよりもかなり有能でしたな」
「ふーん……大方ゲオルギウスの爺さんの差し金なんだろうけど……まあ、向いている方向に大きく違いはなさそう、かな」
この地のワインはとにかく香りが強い。グラスの淵から溢れるそれを味わいながら、ヘクスはポチョムへと笑いかけた。
「そういえば、君は随分入れ込んでいるみたいだね?」
「それは……」
「――ククッ」
堪え切れぬように笑ったのは、黒ずくめの痩身の男――ヴィサンだ。『事情』を察したポチョムはヴィサンを鋭く睨む。
「貴様か、ヴィサン」
「クク……何か、問題でも?」
「はーい、止め止め!」
ヘクスはへらり、と笑うと声色を落として続けた。
「とにかく、だ。『僕たち』は介入の大義名分を得た。『君たち』がそうなようにね」
男はそう言って、赤い雫で口元を湿らせる。
「彼らに頼まれたのもあるけどさ。ハンターの皆に頼まれたら、僕としても断るつもりにはなれないわけで」
「……ヘクス様も、随分と彼らを評価しているようですが」
「ふふ、まあね……と」
ポチョムの意趣返しをさらりとかわしたヘクスは、己の部下二人を眺める。
「段取りはしておいたよ。あとは自然と転がるだろう。
うまくやりなよ、ポチョム、ヴィサン」
その口元には獰猛な、笑みがあった。あるいは、獣のような笑みが。
「この街は必ず荒れるから、さ」
●
拝啓 ゲオルギウス様
王国北部の惨状、耳に致しました。
デュニクスの方はというと、順調――と、言えるかもしれません。
騎士団一同が、積極的にデュニクスに介入できるようになりました。
私が思っていたよりも滑らかな滑り出しは、ハンター達の介入によるものでしょうか。
――さて。ひとつ、お耳に入れたい事が有ります。
ゲオルギウス様が仰っておられたように、『商会』の介入が始まりました。
●
「……これは」
マリーベルは自らの手でまとめた資料を前に、眉をひそめた。
ありとあらゆるものが、加速度的に動きはじめている。爆発的に回る状況は――騎士団だけにとどまらない。デュニクス全域に、波及している。
第六商会は職人街へと何らかの、大規模な発注を掛けたようだった。その対価を職人たちが街の資金として共有したことで、デュニクス再興の資金にアテが出来る。例えば、防壁を作ったり、農場への設備投資であったり。
本当に、馬鹿げてる。それはマリーベルの常識を遥かに超えていた。
何気なく騎士団が前のめりに参画しているのも彼女の想定外だった。本来であれば護衛程度が役割だと考えていたのに、鍛冶担当のヴェルドに至ってはその技量から第六商会からの受注を支えている。アプリにしてもそうだ。彼女は支援物資の管理を数名の団員と共に効率よく運用している。その実務能力はマリーベルですら舌を撒くほどだった。
――何れにしても彼女たちの獅子奮迅の働きぶりは、大きい。なぜなら。
「……デュニクスは、変わろうとしている」
船頭が誰かも解らない。それでも、多くの人間が、総体で唯一つの目的へと向かって邁進しているだけだ。でも、そこには希望があった。
それの、なんて異質なことか。
「…………」
そして、自分のなんてちっぽけなことか。
吐く息は重く、そして、冷たい。
「……お父様」
その手元には、一つの手紙があった。
●
ハンター達が集められたのは、デュニクス町内の一角、職人街。
つい先日まで閑古鳥が鳴いていたであろうそこは、今や街で一番の賑わいを見せていた。男たちは鎚を振るい、弟子達は街を走り回って資材をかき集め、女達は炊事や水回り、その他を一手に担っている。
能動的で、律動的で、機能的な混沌だった。その中で、男たちの鎚を振るう音、火をいれる音が響く。
「慌ただしくて済まんな」
騒々しい中でも、デュニクス騎士団の鍛冶担当、ヴェルドの声は不思議と届いた。浅黒い肌に、筋骨隆々の体。かつてはグラズヘイム・シュヴァリエの職人だったという彼は、大きな紙が置かれた拾い作業机を間に挟んでハンター達に言葉を投げた。
彼の眼前の紙は、まっさらな白紙。
「お前らに来てもらったのは他でもない」
そこから視線を切って、ヴェルドはこう言った。
「この街の農業の――改革の為だ」
●
「この街のスポンサーになった第六商会のオーダーは幾つかある。その中の一つが、『農業用機械の開発』だ。
動力についてはなんといったか……ああ、そうだ。刻令術を使う、とさ。俺たちは30センチ四方程度のスペースさえ用意すれば、後は自由に設計していいとのことだ。幾つか制限があるらしい、がな」
そうして男は、手を伸ばして小さな模型を取ってみせた。木組みのおもちゃをカチャカチャと動かしながら、続ける。
「刻令術は対象を『変形』させるものではない。故に、設計時点で『関節』や『機構』を稼働部位に取り付けなくてはいけねえ。まあ、用途さえ決まればコッチでなんとでもするが……つまり、ガワ自体は魔導機械とそうかわらねえ……そこで、お前らの出番だ」
おもちゃを置いたヴェルドは、怜悧な目で一同を見回して言った。
「此処にはもちろん、農業の専門家はいる。だが、『魔導機械』を使った専門家、となるとこの国には少なく、いわんや、リアルブルーで行われていたような農業、となるとなおのこと、だ」
小さく言葉を区切ったヴェルドはハンター達を見渡す。
「今、この街は農場再生を急いでいる所だ。だが、前の通りじゃもったいないだろう、と第六商会は言うのさ。一理無いでもない。俺だって、以前通りの出来栄えで納得したことなんか一度たりとて無いからな。今が好機というのは素人の俺にだってわかる」
とん、と硬い指で白い紙を叩いたヴェルドはこう結んだ。
「――というわけで、お前らの意見を聞きたい」
リプレイ本文
●
ウォルター・ヨー(ka2967)はふむむ、と唸った。
――早速おいでになりやしたね。
第六商会。容赦無い介入具合ではあるが、驚嘆してはいなかった。目に見えないもののほうこそ危惧すべきものだからだ。ただ。
「誰が引き込んだか知りやせんが……お悔やみ申しやすぜ」
呟いた声は足元に落ちて弾けて消えた。荒れるだろうなあ、と。諦めにも似た嘆息と共に。
「此処は騒がしいな……場所を移すか」
ハンター達の頃合いを見て、ヴェルドはデュニクス騎士団が居を構える郊外へと移動を開始した。その途上。街道から離れた平地で、戦闘員が大声を上げながら基礎訓練に励んでいるのが目に入るとボルディア・コンフラムス(ka0796)は口の端を釣り上げた。
「……しっかりやってんじゃねぇか」
見知った顔も少なくない。それらが、汗水垂らして身体を苛め抜いている事が彼女にとっては快い。
戦闘員のうちの幾人かが気づくと、またたく間に驚愕が伝播していく。その光景に、アルルベル・ベルベット(ka2730)は薄く溜息を吐いた。
――無理もないな。
「ん? お、どうしたんです?」
鬼百合(ka3667)があっちこっちと見やりながら言った、その直後。
「「「お久しぶりです! 姐さん!!」」」
「うえっ!?」
訓練していた者の内約半分、三十名程の大音声が響いた。鬼百合が堪らず悲鳴を上げると、
「あは、なんだか壮観だね~」
木島 順平(ka2738)は柔和な表情を崩さないまま。ボルディアは、というと。
「元気そうじゃねぇか」
なんとも鷹揚に、そう言ったのだった。
●
通された『会議室』は質素ではあるが整理整頓されていた。見るものが見れば、隙なく掃除が行き届いている事も知れたことだろう。椅子に座すと自然、意識が研ぎ澄まされる。
「刻令術、か」
「禁術扱いされた……なんだかわくわくするんでさ!」
アルルベルの呟きに、鬼百合は人好きのする笑みで大きく頷いた。
――禁術指定されたのは、やはりゴーレム絡みだろうか。
そこまで考えて、ふとアルルベルは思う。
――敢えてそれを商会が指定してきた理由は……。
やはり、きな臭い。落ち着きなく「なんてーか、ロマン……楽しみでさぁ」とはしゃぐ鬼百合とは対照的に、その心中は苦さが勝った。
「……とまれ、技術は人の為に使われるべきだ。始めよう」
それでも、と。改めてそう口火を切ったのだった。
●
先ず手を上げたのは眼鏡の女性――J(ka3142)だ。
「私からは、まずはポンプを提案します。構造については、こちらを」
どうやら職人街に居た時から余った木材を使って簡単な模型を作っていたらしい。小柄な彼女の手にはやや余るほどの大きさの木箱には蓋がなく、内部の様子が窺い知れた。中には水車を模した分厚い歯車が入っている。Jは幾つかの穴が開いているのを示した。
「一方から水を吸い、もう一方から吐き出す――という機材です。それぞれの穴の役割については後ほど詳説しますが……基本原理は内部の水車を回転させる事で遠心力で水を吐き出す、という仕組みです。刻令術で再現は?」
「問題ない」
「それは重畳。刻令術を用いて水を直接吐き出す、というのはどうですか?」
「――恐らく、不可能だな。実際のところはアダムに確認しないと分からんが」
「ならば、それは置いておきましょう。実際的にはこのホースと、『軸を回転させる動力源』を用いる事で、川から水を汲み入れ、不要な水は逆に吐き出す為に使えます」
「……その動力には心当たりがある。実現は容易、だな」
「あー、それなら、水やり機なんてものもできそうでしょうか」
Jの説明を一生懸命追いかけていた鬼百合がそう言うと、Jは頷きを返す。
「同じ仕組を用いて、可能かと」
「水やり機だと?」
「へへ、すぷりんくらぁ、ってのがあるらしいですぜ」
「具体的には、ポンプと水槽を背負える大きさにまとめます。リアルブルーでは畑の消毒や薬剤散布、撒水に利用していますね」
「……なるほど」
説明に暫く考え込んでいたヴェルドだが、暫しの後。
「『軽さ』に関して言えば、刻令術が得手とする所だ。小型化は職人の腕次第だが」
まあ、出来るだろうさ、と軽い口調で応じた。
「軽さ……といえば」
アルルベルが続けて言う。涼やかな声だが、それゆえによく耳に馴染む。
「耕運機、というのも良いと思う。動作も単純な反復動作なら、問題なく使えるんだろう?」
ハンター達の幾人かが頷く中、続ける。
「ぶどう畑、という事ならば、大規模な耕運以外の手段が必要になるだろう。車輪を付けて、人が押せる程度のものがいい」
「ふむ……なるほどな。一度検討してみよう」
さらさらと、ヴェルドは手元の紙に意見を綴る。
「あ! 手押しなら、手押しの種まき機なんかもいいと思いやすぜ! 同じ仕組みでできるんじゃないかと」
腰にクる人は助かると思うんでさ、と。笑う鬼百合の言葉はなんとも実感と優しみに満ちていた。
●
一番盛んな議題となったのは。
「大型の運搬用機械、ってのを俺は推すぜ」
ボルディアのこの言葉が切掛け、であった。
「収穫したものを何処に運ぶにせよ、大量に運ぶ手段は必要だろ? 魔導トラックみたいな四輪駆動の車体に、手押し車みたいなものを設置するんだ」
「あ、それは僕も賛成かな~」
ほわほわと、順平が頷きながら応える。
「最初に作るのは汎用性があるのが良いと思うんだ~。種類を増やしすぎるんじゃなくて、アタッチメントを増やす形が良いと思うよ~」
「ふむ?」
ヴェルドの続きを促す視線に、順平は笑みを絶やさぬまま、丸っこい指を立てた。
「さっきの案だと、後ろに荷台を付ける形でしょ~? その変わりに除草や穴掘りとか、それぞれに使える付属のものを作っちゃうんだよ~」
「参考までに。先程の撒水機についてはリアルブルーには大型なものも存在しています。順平様の提示する形式での運用も可能、かと」
Jの付記まで聞いて、ヴェルドは低く、感嘆の息を零した。
「独立した者同士を組み合わせる、というわけか……なるほど、それなら設計もいらぬ気を回さなくて済む」
「話を戻してすまねぇ。もう一つ、いいか? さっきの荷台についてなんだが」
律儀に手を上げたボルディアは、視線が集うのを待ってから、言う。
「荷台にも工夫をしておきたい。ただ運ぶだけだと荷が傷んじまうからな。
こう、サスペンションを効かせて、衝撃を減らしたほうが良いと思うぜ。ついでに、中身を入れる場所を低めにおけるようにしたら安定性が増すからな」
余談だが、手を上下に重ねて、ふわふわと揺らす様はなんとも愛嬌があった。
「車輪を大型化するか、無限軌道にするのもご検討ください」
「無限軌道?」
「……そうですね。後ほど詳しく説明いたします」
「僕はいいとおもうけど~……整備が大変そうだよね~」
「ふむ……その辺りは実際に試さんことには、だな」
ヴェルドが考えこんだのはこの街にそれだけの生産・開発力があるかどうかか――あるいは、自らにそれが為せるかどうか、か。そのまま、順平は言葉を重ねた。
「スキー板をトラックに付けてスノーモービルはどうかな〜? 北狄でもつかえるんじゃない?
「悪くはない、が……この土地だと実験が出来ないのが、な」
「あ〜……負のマテリアル環境で使うのには向いてそうだったんだけど〜……」
確かにそうだね〜、と引き下がる。
そこに。
「あ! あたしゃ緊急停止できる方がいいと思いやすね」
「オレもそう思ってましてねぃ!」
遠慮なく畳み掛けるのは、若さゆえかもしれない。屈託なく――という表現がこの男に正しいかは別として、ウォルターがへらりと言えば、こちらは疑いようもなく純真な趣きで鬼百合が頷く。
「やっぱり、危険もあるキカイですし。なんかあった時の破壊装置は絶対にあって損ないと思うんですよ。部分的に破壊する機構でもいいし」
鬼百合はぐわー、っと両手を組み合わせて、ばららーっと、指を解き手を離していく。
「全部を結合していて、それを離すことで各機構をバラバラにするのでもいいかもしれねぇですが……多分農業に関係なく必要になってくると思いまさ」
とても構造そのものに着想が得られたわけではなかろうが。
「……検討しておこう」
ヴェルドは口の端を微かに綻ばせて、そう言った。
「そいや、刻令術の作動用の『核』を機械から外す事はできるんで?」
「ああ」
「それなら、『マスターキー』を騎士団で管理するようにはできやせんかね」
言いつつ、マスターキーとは、というのを添えると、
「……核そのものを管理、という形なら可能だが、全機に影響する代物となると機導術の応用がどのくらい効くか次第、だが」
「できたらマリーちゃんに管理してほしいなあ、なんて。可愛いし、大層おできになるようですし」
「……」
ふひ、という顔はたいそう下心にまみれていた。
底意含みでは、あるのだが。
「……検討しておこう」
斯様なことに気づける男ではなかった。
●
「腕?」
「ああ」
驚嘆混じりの声に、アルルベルは平静のまま頷く。
「特定の動きが出来るだけでもいい。シンプルな構造でもいいから、『手』のようなものがあれば――例えば、即席で雨よけの帆を張ったりできる」
「腕、か……」
「応用次第でどうにでもなる、と思わないか?」
「掛かる手間は甚大だが……確かに、有用かもしれん」
じつと己の手を見つめるヴェルド。
「……アダムが発狂しなければ、だが」
「ワイン作りなら、破砕機と圧搾機があってもいいと思いやすが……」
つ、と窓の外を見て、ウォルターは続けた。
「コレから草木も枯れやしょう、リアルブルーには加湿用のキカイがあるとか」
「……どういう仕組だ?」
「あー……」
ちら、とJを見るウォルター。首を振るJに、ウォルターはにっこりと頷き。
「お姉さん、今晩ひま?」
「おい」
ウォルターの戯れを無いもののように、J。
「農具の類ですと、千歯扱きや鋸鎌も有用かと。単純な反復で十全に機能を果たせますから――」
「ふむ……その辺りは農家の意見を聞いて順次作成するとするか」
「そういや、複雑な動きはできねーってことですが」
鬼百合は、またも手をうねうねとさせ、
「例えば歯を上下させて田植えをする機械」
ぐるりと丸を描いて、そのまま別な場所でぐるり。
「タイヤを回転させて前進する機械」
また手をばらり、と。
「全体をばらけさせる機械……こんなのを複数絡めて、多少なら複雑な事が出来るようにはできねぇでしょうか?」
「あー……」
暫く鬼百合の様子を見下ろしていたヴェルドは頭を掻いた。
「そう、だな」
「??」
「……いや、なんでもない」
男、ヴェルド。
鬼百合のような爛漫な小僧には弱かった。
●
開発すべきについては概ね話も出揃ったか。沈思する時間が増えてくるなか、ウォルターはいそいそと何処かへと消えた。
「実際の運用には、恐らく刻令術を知らぬとしても動かすことはできるのだろうが……」
ぽつり、と。アルルベル。
「これ自体は街の改革の柱に据える予定、だったか」
「ある意味では」
「なら……街の者自身が、その仕組みを知る必要があるのではないか?」
「アダム、か」
ヴェルドの言葉に、アルルベルは目を細めて同意を示すと、
「刻令術を伝授される者が必要だと私は思う。それに専従する人員は必要ではないか?」
機導術ならば拙いながらも私が指導できるのだが、と無表情の中に、微かに感情が交じる。
「……恐らく、だが。この街にはアダム自身が来る。第六商会を通して話をしておこう」
「そういえば〜」
手を上げて、順平が言う。
「第六商会は、商品名に指定とかはしてるの〜?」
「いや。だが、提案したものが通るとは限らん」
「そっか〜……商品名に『デュニクス』って入れたらどうなって思ったんだ〜」
「……悪くねぇな」
真っ先に頷いたのはボルディアだ。
「名前を売る機会になるし……多分、第六商会も乗ってくるんじゃねぇか?」
豪放な人となりだが、この女は腕っ節だけの人物ではない。回るべきところには回るのは、果たしてハンターとしての経験から、だろうか。女はついと指を立てた。
「アイツらは此処に金をつぎ込むんだろ? なら、売る方向へと流れそうな気がするぜ」
「そうだね〜……それに、いろんな思惑が入り混じってるみたいだけど、外から注目されたら無体な事はしにくくなるんだよ〜」
「……そういう見方もあるか」
はっきりとヴェルドは面食らっていた。この辺りが職人たる彼の限界かもしれない。実際問題、彼自身は自らの手が届く範囲で――職人として力を尽くす事に躊躇いはなかった。もとより、そのつもりでこの街に帰っていたのだから。
だが。
――いつの間にか、随分と入れ込んでいるな。
ハンター達の提言に、目を見張る思いをしたのは事実だ。微かに苦笑を零す。そこに、鬼百合が言葉を重ねた。
「実際の使い方についての、農業従事者対象のベンキョー会も必要と思いやすぜ。けっこー特殊な機械も多いですし」
へへ、と笑う鬼百合は、
「オレもそんときゃ参加してぇでさ」
と、言った。彼自身は、刻令術そのものや己の提言が形になるのをみたいのかもしれない、が、引き出されるようにヴェルドは笑みを深めた。
「その時は声をかけるとしよう」
「お願いしやす!」
とはいえ、やることは多い。提案された機械の数々。優先順位を定めるにしても、休む間もなく作業に明け暮れる事になるのは目に見えていた。
けれど。
万金の価値があるということは、よく解ったから、その道を往く事に躊躇いは無かった。
●
「お、マリーちゃん!」
屋内に目当ての人物――マリーベルを見つけて、ウォルターは軽い足取りで近づいていった。慌てた様子で何か白いものを隠したことには気づかないふりをする。
――あまり派手に動きすぎて第六商会に……騎士団に、感づかれたら面白く無い。
だが。
「景気はいかがなもんで?」
この娘は、別だった。
「刻令術、あれは凄い代物でやすね」
「そうですね……時勢に、怖いくらいに沿っています」
遠くを見るマリーベルの眼差しに、ウォルターは笑みを深めた。
実に、愛想よく。
「とはいえ、用途次第だ」
「……」
「所詮は技術でやすからね、兵器転用は簡単だ。そして、ソレを奪う事もそう難しい事じゃあない」
困惑と警戒が交じる目に、ウォルターは「まあ、まあ」と軽く言う。
「マリーちゃんは、この街の弱点はどこだと思いやすか?」
「それは……」
少年自身にも朧気にしか分かっていないのだが、物言いの妙で乗り切る。狼狽するマリーベルの背をぽん、と軽く叩いた少年はそのまま。
「よぉく、考えてみてくだせえ。いつか何かの役に立つ」
と言って、その場を後にした。
後に残されたマリーベルは独りその背を見送っていたが、しばらくして我にかえると。
「……お父様」
短く、そう呟いたのだった。
ウォルター・ヨー(ka2967)はふむむ、と唸った。
――早速おいでになりやしたね。
第六商会。容赦無い介入具合ではあるが、驚嘆してはいなかった。目に見えないもののほうこそ危惧すべきものだからだ。ただ。
「誰が引き込んだか知りやせんが……お悔やみ申しやすぜ」
呟いた声は足元に落ちて弾けて消えた。荒れるだろうなあ、と。諦めにも似た嘆息と共に。
「此処は騒がしいな……場所を移すか」
ハンター達の頃合いを見て、ヴェルドはデュニクス騎士団が居を構える郊外へと移動を開始した。その途上。街道から離れた平地で、戦闘員が大声を上げながら基礎訓練に励んでいるのが目に入るとボルディア・コンフラムス(ka0796)は口の端を釣り上げた。
「……しっかりやってんじゃねぇか」
見知った顔も少なくない。それらが、汗水垂らして身体を苛め抜いている事が彼女にとっては快い。
戦闘員のうちの幾人かが気づくと、またたく間に驚愕が伝播していく。その光景に、アルルベル・ベルベット(ka2730)は薄く溜息を吐いた。
――無理もないな。
「ん? お、どうしたんです?」
鬼百合(ka3667)があっちこっちと見やりながら言った、その直後。
「「「お久しぶりです! 姐さん!!」」」
「うえっ!?」
訓練していた者の内約半分、三十名程の大音声が響いた。鬼百合が堪らず悲鳴を上げると、
「あは、なんだか壮観だね~」
木島 順平(ka2738)は柔和な表情を崩さないまま。ボルディアは、というと。
「元気そうじゃねぇか」
なんとも鷹揚に、そう言ったのだった。
●
通された『会議室』は質素ではあるが整理整頓されていた。見るものが見れば、隙なく掃除が行き届いている事も知れたことだろう。椅子に座すと自然、意識が研ぎ澄まされる。
「刻令術、か」
「禁術扱いされた……なんだかわくわくするんでさ!」
アルルベルの呟きに、鬼百合は人好きのする笑みで大きく頷いた。
――禁術指定されたのは、やはりゴーレム絡みだろうか。
そこまで考えて、ふとアルルベルは思う。
――敢えてそれを商会が指定してきた理由は……。
やはり、きな臭い。落ち着きなく「なんてーか、ロマン……楽しみでさぁ」とはしゃぐ鬼百合とは対照的に、その心中は苦さが勝った。
「……とまれ、技術は人の為に使われるべきだ。始めよう」
それでも、と。改めてそう口火を切ったのだった。
●
先ず手を上げたのは眼鏡の女性――J(ka3142)だ。
「私からは、まずはポンプを提案します。構造については、こちらを」
どうやら職人街に居た時から余った木材を使って簡単な模型を作っていたらしい。小柄な彼女の手にはやや余るほどの大きさの木箱には蓋がなく、内部の様子が窺い知れた。中には水車を模した分厚い歯車が入っている。Jは幾つかの穴が開いているのを示した。
「一方から水を吸い、もう一方から吐き出す――という機材です。それぞれの穴の役割については後ほど詳説しますが……基本原理は内部の水車を回転させる事で遠心力で水を吐き出す、という仕組みです。刻令術で再現は?」
「問題ない」
「それは重畳。刻令術を用いて水を直接吐き出す、というのはどうですか?」
「――恐らく、不可能だな。実際のところはアダムに確認しないと分からんが」
「ならば、それは置いておきましょう。実際的にはこのホースと、『軸を回転させる動力源』を用いる事で、川から水を汲み入れ、不要な水は逆に吐き出す為に使えます」
「……その動力には心当たりがある。実現は容易、だな」
「あー、それなら、水やり機なんてものもできそうでしょうか」
Jの説明を一生懸命追いかけていた鬼百合がそう言うと、Jは頷きを返す。
「同じ仕組を用いて、可能かと」
「水やり機だと?」
「へへ、すぷりんくらぁ、ってのがあるらしいですぜ」
「具体的には、ポンプと水槽を背負える大きさにまとめます。リアルブルーでは畑の消毒や薬剤散布、撒水に利用していますね」
「……なるほど」
説明に暫く考え込んでいたヴェルドだが、暫しの後。
「『軽さ』に関して言えば、刻令術が得手とする所だ。小型化は職人の腕次第だが」
まあ、出来るだろうさ、と軽い口調で応じた。
「軽さ……といえば」
アルルベルが続けて言う。涼やかな声だが、それゆえによく耳に馴染む。
「耕運機、というのも良いと思う。動作も単純な反復動作なら、問題なく使えるんだろう?」
ハンター達の幾人かが頷く中、続ける。
「ぶどう畑、という事ならば、大規模な耕運以外の手段が必要になるだろう。車輪を付けて、人が押せる程度のものがいい」
「ふむ……なるほどな。一度検討してみよう」
さらさらと、ヴェルドは手元の紙に意見を綴る。
「あ! 手押しなら、手押しの種まき機なんかもいいと思いやすぜ! 同じ仕組みでできるんじゃないかと」
腰にクる人は助かると思うんでさ、と。笑う鬼百合の言葉はなんとも実感と優しみに満ちていた。
●
一番盛んな議題となったのは。
「大型の運搬用機械、ってのを俺は推すぜ」
ボルディアのこの言葉が切掛け、であった。
「収穫したものを何処に運ぶにせよ、大量に運ぶ手段は必要だろ? 魔導トラックみたいな四輪駆動の車体に、手押し車みたいなものを設置するんだ」
「あ、それは僕も賛成かな~」
ほわほわと、順平が頷きながら応える。
「最初に作るのは汎用性があるのが良いと思うんだ~。種類を増やしすぎるんじゃなくて、アタッチメントを増やす形が良いと思うよ~」
「ふむ?」
ヴェルドの続きを促す視線に、順平は笑みを絶やさぬまま、丸っこい指を立てた。
「さっきの案だと、後ろに荷台を付ける形でしょ~? その変わりに除草や穴掘りとか、それぞれに使える付属のものを作っちゃうんだよ~」
「参考までに。先程の撒水機についてはリアルブルーには大型なものも存在しています。順平様の提示する形式での運用も可能、かと」
Jの付記まで聞いて、ヴェルドは低く、感嘆の息を零した。
「独立した者同士を組み合わせる、というわけか……なるほど、それなら設計もいらぬ気を回さなくて済む」
「話を戻してすまねぇ。もう一つ、いいか? さっきの荷台についてなんだが」
律儀に手を上げたボルディアは、視線が集うのを待ってから、言う。
「荷台にも工夫をしておきたい。ただ運ぶだけだと荷が傷んじまうからな。
こう、サスペンションを効かせて、衝撃を減らしたほうが良いと思うぜ。ついでに、中身を入れる場所を低めにおけるようにしたら安定性が増すからな」
余談だが、手を上下に重ねて、ふわふわと揺らす様はなんとも愛嬌があった。
「車輪を大型化するか、無限軌道にするのもご検討ください」
「無限軌道?」
「……そうですね。後ほど詳しく説明いたします」
「僕はいいとおもうけど~……整備が大変そうだよね~」
「ふむ……その辺りは実際に試さんことには、だな」
ヴェルドが考えこんだのはこの街にそれだけの生産・開発力があるかどうかか――あるいは、自らにそれが為せるかどうか、か。そのまま、順平は言葉を重ねた。
「スキー板をトラックに付けてスノーモービルはどうかな〜? 北狄でもつかえるんじゃない?
「悪くはない、が……この土地だと実験が出来ないのが、な」
「あ〜……負のマテリアル環境で使うのには向いてそうだったんだけど〜……」
確かにそうだね〜、と引き下がる。
そこに。
「あ! あたしゃ緊急停止できる方がいいと思いやすね」
「オレもそう思ってましてねぃ!」
遠慮なく畳み掛けるのは、若さゆえかもしれない。屈託なく――という表現がこの男に正しいかは別として、ウォルターがへらりと言えば、こちらは疑いようもなく純真な趣きで鬼百合が頷く。
「やっぱり、危険もあるキカイですし。なんかあった時の破壊装置は絶対にあって損ないと思うんですよ。部分的に破壊する機構でもいいし」
鬼百合はぐわー、っと両手を組み合わせて、ばららーっと、指を解き手を離していく。
「全部を結合していて、それを離すことで各機構をバラバラにするのでもいいかもしれねぇですが……多分農業に関係なく必要になってくると思いまさ」
とても構造そのものに着想が得られたわけではなかろうが。
「……検討しておこう」
ヴェルドは口の端を微かに綻ばせて、そう言った。
「そいや、刻令術の作動用の『核』を機械から外す事はできるんで?」
「ああ」
「それなら、『マスターキー』を騎士団で管理するようにはできやせんかね」
言いつつ、マスターキーとは、というのを添えると、
「……核そのものを管理、という形なら可能だが、全機に影響する代物となると機導術の応用がどのくらい効くか次第、だが」
「できたらマリーちゃんに管理してほしいなあ、なんて。可愛いし、大層おできになるようですし」
「……」
ふひ、という顔はたいそう下心にまみれていた。
底意含みでは、あるのだが。
「……検討しておこう」
斯様なことに気づける男ではなかった。
●
「腕?」
「ああ」
驚嘆混じりの声に、アルルベルは平静のまま頷く。
「特定の動きが出来るだけでもいい。シンプルな構造でもいいから、『手』のようなものがあれば――例えば、即席で雨よけの帆を張ったりできる」
「腕、か……」
「応用次第でどうにでもなる、と思わないか?」
「掛かる手間は甚大だが……確かに、有用かもしれん」
じつと己の手を見つめるヴェルド。
「……アダムが発狂しなければ、だが」
「ワイン作りなら、破砕機と圧搾機があってもいいと思いやすが……」
つ、と窓の外を見て、ウォルターは続けた。
「コレから草木も枯れやしょう、リアルブルーには加湿用のキカイがあるとか」
「……どういう仕組だ?」
「あー……」
ちら、とJを見るウォルター。首を振るJに、ウォルターはにっこりと頷き。
「お姉さん、今晩ひま?」
「おい」
ウォルターの戯れを無いもののように、J。
「農具の類ですと、千歯扱きや鋸鎌も有用かと。単純な反復で十全に機能を果たせますから――」
「ふむ……その辺りは農家の意見を聞いて順次作成するとするか」
「そういや、複雑な動きはできねーってことですが」
鬼百合は、またも手をうねうねとさせ、
「例えば歯を上下させて田植えをする機械」
ぐるりと丸を描いて、そのまま別な場所でぐるり。
「タイヤを回転させて前進する機械」
また手をばらり、と。
「全体をばらけさせる機械……こんなのを複数絡めて、多少なら複雑な事が出来るようにはできねぇでしょうか?」
「あー……」
暫く鬼百合の様子を見下ろしていたヴェルドは頭を掻いた。
「そう、だな」
「??」
「……いや、なんでもない」
男、ヴェルド。
鬼百合のような爛漫な小僧には弱かった。
●
開発すべきについては概ね話も出揃ったか。沈思する時間が増えてくるなか、ウォルターはいそいそと何処かへと消えた。
「実際の運用には、恐らく刻令術を知らぬとしても動かすことはできるのだろうが……」
ぽつり、と。アルルベル。
「これ自体は街の改革の柱に据える予定、だったか」
「ある意味では」
「なら……街の者自身が、その仕組みを知る必要があるのではないか?」
「アダム、か」
ヴェルドの言葉に、アルルベルは目を細めて同意を示すと、
「刻令術を伝授される者が必要だと私は思う。それに専従する人員は必要ではないか?」
機導術ならば拙いながらも私が指導できるのだが、と無表情の中に、微かに感情が交じる。
「……恐らく、だが。この街にはアダム自身が来る。第六商会を通して話をしておこう」
「そういえば〜」
手を上げて、順平が言う。
「第六商会は、商品名に指定とかはしてるの〜?」
「いや。だが、提案したものが通るとは限らん」
「そっか〜……商品名に『デュニクス』って入れたらどうなって思ったんだ〜」
「……悪くねぇな」
真っ先に頷いたのはボルディアだ。
「名前を売る機会になるし……多分、第六商会も乗ってくるんじゃねぇか?」
豪放な人となりだが、この女は腕っ節だけの人物ではない。回るべきところには回るのは、果たしてハンターとしての経験から、だろうか。女はついと指を立てた。
「アイツらは此処に金をつぎ込むんだろ? なら、売る方向へと流れそうな気がするぜ」
「そうだね〜……それに、いろんな思惑が入り混じってるみたいだけど、外から注目されたら無体な事はしにくくなるんだよ〜」
「……そういう見方もあるか」
はっきりとヴェルドは面食らっていた。この辺りが職人たる彼の限界かもしれない。実際問題、彼自身は自らの手が届く範囲で――職人として力を尽くす事に躊躇いはなかった。もとより、そのつもりでこの街に帰っていたのだから。
だが。
――いつの間にか、随分と入れ込んでいるな。
ハンター達の提言に、目を見張る思いをしたのは事実だ。微かに苦笑を零す。そこに、鬼百合が言葉を重ねた。
「実際の使い方についての、農業従事者対象のベンキョー会も必要と思いやすぜ。けっこー特殊な機械も多いですし」
へへ、と笑う鬼百合は、
「オレもそんときゃ参加してぇでさ」
と、言った。彼自身は、刻令術そのものや己の提言が形になるのをみたいのかもしれない、が、引き出されるようにヴェルドは笑みを深めた。
「その時は声をかけるとしよう」
「お願いしやす!」
とはいえ、やることは多い。提案された機械の数々。優先順位を定めるにしても、休む間もなく作業に明け暮れる事になるのは目に見えていた。
けれど。
万金の価値があるということは、よく解ったから、その道を往く事に躊躇いは無かった。
●
「お、マリーちゃん!」
屋内に目当ての人物――マリーベルを見つけて、ウォルターは軽い足取りで近づいていった。慌てた様子で何か白いものを隠したことには気づかないふりをする。
――あまり派手に動きすぎて第六商会に……騎士団に、感づかれたら面白く無い。
だが。
「景気はいかがなもんで?」
この娘は、別だった。
「刻令術、あれは凄い代物でやすね」
「そうですね……時勢に、怖いくらいに沿っています」
遠くを見るマリーベルの眼差しに、ウォルターは笑みを深めた。
実に、愛想よく。
「とはいえ、用途次第だ」
「……」
「所詮は技術でやすからね、兵器転用は簡単だ。そして、ソレを奪う事もそう難しい事じゃあない」
困惑と警戒が交じる目に、ウォルターは「まあ、まあ」と軽く言う。
「マリーちゃんは、この街の弱点はどこだと思いやすか?」
「それは……」
少年自身にも朧気にしか分かっていないのだが、物言いの妙で乗り切る。狼狽するマリーベルの背をぽん、と軽く叩いた少年はそのまま。
「よぉく、考えてみてくだせえ。いつか何かの役に立つ」
と言って、その場を後にした。
後に残されたマリーベルは独りその背を見送っていたが、しばらくして我にかえると。
「……お父様」
短く、そう呟いたのだった。
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農業改革会議室(相談卓) エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142) 人間(リアルブルー)|30才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/09/25 18:32:39 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/09/24 22:33:04 |