ゲスト
(ka0000)
晩夏の虎
マスター:韮瀬隈則

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/09/29 12:00
- 完成日
- 2015/10/07 06:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
──ひょう。
夏の名残の陽が傾くと、冷風が辺境の牧草地を駆ける。晩夏。いや、季節はもう秋である。
陽が落ちる速度も速くなった。
この一帯に点在する集落のひとつ。十数家族のひさしのうち集会場を兼ねた家の扉を、一人の若者が敲き、返事を待たず中へとはいる。彼のほか、その小さな集落の路上に人影はない。
「皆はさっき馬連れで南の集落に向かったぜ。日没前には余裕で着く。早馬もとばしているから、あっちの対処する時間もとれるはずだ」
ハンターの手配はそのあと。明朝以降になっちまうだろうが、待避が優先だろう。と、若者は家主の老人──佐々木寅次へ報告する。言外に、お前も早く出立しろとにじませて、支度の様子を伺う。
「ぬしも隊列を追え。殿役だろう?」
「じィさんもそうだろうが。なに手間取ってんだ。てか、そりゃなんだ?」
若者は老人の腹と額に巻かれた帯に眉をひそめた。古び汚れたほうの刺繍は結び目ばかりの虎の図柄。もう一本はこの部族特有の、しかし古びた同じく虎の刺繍。
集落の脱出時には本当に大切なものだけを持って逃げろ。それが急を告げた際の指令であるから、この布も老人の宝なのだろう。しかし仕舞ってあった小さな行李ごと馬に積めば済むことだろうに、何故わざわざ身につけるのか……
「これは千人針という。大昔にばァさんが作ってくれた、まぁ……護符だ。俺は少し工作を仕掛けてから出るつもりだ。遠くからもぬけの殻と判られては、追っ手の矛先が即座に隊列に向かう。やつらは夜襲をかけるつもりだろうからな、バレるのは時間の問題だろうが、時間稼ぎの悪あがきだ」
なに。ほんの十分ほど、灯火と煮炊きの偽装ですむ。すぐ追いつくさ。
ならばと手伝おうとする若者を制して早く行けと促す。不満げな顔に、家長命令だと少し笑って返す。
「家長に長老に先輩覚醒者に祖父、ね。立場を総動員でくんなよ。わかったから。家族で部下で後輩で孫の立場から、早く合流たのむぜじィさん」
若者のため息。ばたんと扉が閉まり、戸板越しに駆け去る蹄の音。
●
始まりは一月ほど前、強盗をしかけたゴブリンの討ち漏らしだ。
返り討ちにした数匹のうち、ほんの2匹。とどめを刺し忘れた個体が歪虚化し、始末の悪いことにコボルドを連れて、近隣に舞い戻ってきたらしい。
放牧中の少年が数刻前、道端に痕跡と遠目での群れを発見している。急報に、老人はゴブリンの逆恨みを確信。総員の一時退避と近隣同族への警報を策定した。
歪虚化ゴブリン2体。知恵を付け、率いるは歪虚化コボルド約30体。覚醒者とはいえ……老人と数ヶ月前に覚醒したばかりの若者2人では分が悪すぎた。
ここまでが、この集落一団に降り懸かった災厄である。
──救いは思いの外に早かった。
隊列が同族集落への道程を半分もいかぬころ、彼らは事態に即応するハンター達数名と邂逅する。
「たまたま収穫依頼で派遣された集落に、早馬が来てね。事情は聞いている」
一団に安堵の息がこぼれる。
──だが。
一人、険しい顔をした覚醒者の若者が、忌々しげに想定される状況を付け加える。
「敵の夜襲を想定し工作を行っている者が居る。遅滞工作? ああ、そのはずだったさ。とぼけやがって」
あのくそじじィ、居残るつもりで合流なんかする気なかったんだ。トラップで減らせる相手じゃねェっての!
クソが! クソがっ! 若者の、堪えきれずほとばしる罵声。
●
もう70年も前になるか。
老人──寅次は、誰もいない集落を照らす灯火の下で回想する。
暑い夏、大陸で少年兵となってすぐ、敗戦の報を聞いた。終戦が即、交戦停止に連続するものではないことを知ったのは、あの時だったか。内地への撤退戦。彼の居た部隊にとって、戦闘の激しさはむしろ戦後からが本番だった。
とはいえ……
寅次の記憶は新兵の混乱したものであり、身体に残る傷のように破断されたものであり、この異世界にあってはどちらが夢現であったものか。撤退戦のなか、爆音とともに気を失い、気が付いたらここにいた。
自らの素性すらあやふやなままで、鮮明に残っている記憶は、出征前に急ぎ祝言をあげた幼馴染の新妻から差し出された粗末な布。
「私は寅年だから」
歳の数だけ結べるの。と、虎の刺繍。
武運長久。だが、最初の撤退戦は、寅次の預かり知らぬものとなった。次に巻き込まれた戦はここ、紅の世界で歪虚が相手だったためである。寅次を拾った部族もまた、ここ辺境で北の故郷を追われた旅の途中であったからだ。
「奇遇ね。この部族の護り神も虎なのよ。わたしも護り帯を贈ったら、また貴方は立ち上がってくれる?」
二本の帯をつけて、今度こそは。
幼馴染を護りきれなかった。無気力と怯えに苛まれていた寅次に、帯とともに勇気をくれた紅の世界の少女は、後に彼の妻となった。いまは集落の片隅の墓碑の下、彼を見守っている。
70年後のいまが、最後の撤退戦。
それが寅次にとっての現状である。
果たせなかった蒼の戦。覚醒の始まりだった紅の戦。そのふたつを背負って戦って──果てるつもりだった。
やがて日没。
集落の灯りをねめつける目。目。目。
──ひょう。
夏の名残の陽が傾くと、冷風が辺境の牧草地を駆ける。晩夏。いや、季節はもう秋である。
陽が落ちる速度も速くなった。
この一帯に点在する集落のひとつ。十数家族のひさしのうち集会場を兼ねた家の扉を、一人の若者が敲き、返事を待たず中へとはいる。彼のほか、その小さな集落の路上に人影はない。
「皆はさっき馬連れで南の集落に向かったぜ。日没前には余裕で着く。早馬もとばしているから、あっちの対処する時間もとれるはずだ」
ハンターの手配はそのあと。明朝以降になっちまうだろうが、待避が優先だろう。と、若者は家主の老人──佐々木寅次へ報告する。言外に、お前も早く出立しろとにじませて、支度の様子を伺う。
「ぬしも隊列を追え。殿役だろう?」
「じィさんもそうだろうが。なに手間取ってんだ。てか、そりゃなんだ?」
若者は老人の腹と額に巻かれた帯に眉をひそめた。古び汚れたほうの刺繍は結び目ばかりの虎の図柄。もう一本はこの部族特有の、しかし古びた同じく虎の刺繍。
集落の脱出時には本当に大切なものだけを持って逃げろ。それが急を告げた際の指令であるから、この布も老人の宝なのだろう。しかし仕舞ってあった小さな行李ごと馬に積めば済むことだろうに、何故わざわざ身につけるのか……
「これは千人針という。大昔にばァさんが作ってくれた、まぁ……護符だ。俺は少し工作を仕掛けてから出るつもりだ。遠くからもぬけの殻と判られては、追っ手の矛先が即座に隊列に向かう。やつらは夜襲をかけるつもりだろうからな、バレるのは時間の問題だろうが、時間稼ぎの悪あがきだ」
なに。ほんの十分ほど、灯火と煮炊きの偽装ですむ。すぐ追いつくさ。
ならばと手伝おうとする若者を制して早く行けと促す。不満げな顔に、家長命令だと少し笑って返す。
「家長に長老に先輩覚醒者に祖父、ね。立場を総動員でくんなよ。わかったから。家族で部下で後輩で孫の立場から、早く合流たのむぜじィさん」
若者のため息。ばたんと扉が閉まり、戸板越しに駆け去る蹄の音。
●
始まりは一月ほど前、強盗をしかけたゴブリンの討ち漏らしだ。
返り討ちにした数匹のうち、ほんの2匹。とどめを刺し忘れた個体が歪虚化し、始末の悪いことにコボルドを連れて、近隣に舞い戻ってきたらしい。
放牧中の少年が数刻前、道端に痕跡と遠目での群れを発見している。急報に、老人はゴブリンの逆恨みを確信。総員の一時退避と近隣同族への警報を策定した。
歪虚化ゴブリン2体。知恵を付け、率いるは歪虚化コボルド約30体。覚醒者とはいえ……老人と数ヶ月前に覚醒したばかりの若者2人では分が悪すぎた。
ここまでが、この集落一団に降り懸かった災厄である。
──救いは思いの外に早かった。
隊列が同族集落への道程を半分もいかぬころ、彼らは事態に即応するハンター達数名と邂逅する。
「たまたま収穫依頼で派遣された集落に、早馬が来てね。事情は聞いている」
一団に安堵の息がこぼれる。
──だが。
一人、険しい顔をした覚醒者の若者が、忌々しげに想定される状況を付け加える。
「敵の夜襲を想定し工作を行っている者が居る。遅滞工作? ああ、そのはずだったさ。とぼけやがって」
あのくそじじィ、居残るつもりで合流なんかする気なかったんだ。トラップで減らせる相手じゃねェっての!
クソが! クソがっ! 若者の、堪えきれずほとばしる罵声。
●
もう70年も前になるか。
老人──寅次は、誰もいない集落を照らす灯火の下で回想する。
暑い夏、大陸で少年兵となってすぐ、敗戦の報を聞いた。終戦が即、交戦停止に連続するものではないことを知ったのは、あの時だったか。内地への撤退戦。彼の居た部隊にとって、戦闘の激しさはむしろ戦後からが本番だった。
とはいえ……
寅次の記憶は新兵の混乱したものであり、身体に残る傷のように破断されたものであり、この異世界にあってはどちらが夢現であったものか。撤退戦のなか、爆音とともに気を失い、気が付いたらここにいた。
自らの素性すらあやふやなままで、鮮明に残っている記憶は、出征前に急ぎ祝言をあげた幼馴染の新妻から差し出された粗末な布。
「私は寅年だから」
歳の数だけ結べるの。と、虎の刺繍。
武運長久。だが、最初の撤退戦は、寅次の預かり知らぬものとなった。次に巻き込まれた戦はここ、紅の世界で歪虚が相手だったためである。寅次を拾った部族もまた、ここ辺境で北の故郷を追われた旅の途中であったからだ。
「奇遇ね。この部族の護り神も虎なのよ。わたしも護り帯を贈ったら、また貴方は立ち上がってくれる?」
二本の帯をつけて、今度こそは。
幼馴染を護りきれなかった。無気力と怯えに苛まれていた寅次に、帯とともに勇気をくれた紅の世界の少女は、後に彼の妻となった。いまは集落の片隅の墓碑の下、彼を見守っている。
70年後のいまが、最後の撤退戦。
それが寅次にとっての現状である。
果たせなかった蒼の戦。覚醒の始まりだった紅の戦。そのふたつを背負って戦って──果てるつもりだった。
やがて日没。
集落の灯りをねめつける目。目。目。
リプレイ本文
●
集落を睨む目は暗く、執拗に、いかに酷く残忍に住人達の根を絶やすかを算段していた。
おとなしく強盗に泣いていれば良かったものを、あの老人のせいで、こんなに我らは……
老人と若造を楽に殺しはしない。なにもできず仲間が殺されるのを見ながら死んでいけ。そうだ。人質を取ってやろうか。外れの家を襲ってガキをさらい盾にする。
そう目論んでゴブリンは、無施錠だった裏門を越え──無人の家に当てが外れて臍をかむ。みれば集落外れは暗く、対照的に中心部には煌々と灯る明かりに煮炊きの香り。賑やかな酒盛りの声。道端に出された荷車、樽、木箱。──様相は収穫祭。
コボルドが臭いに鼻を鳴らしていきり騒ぐのをゴブリンは止めなかった。彼もまた怒りの淀みを熱に煽られていたからだ。いいだろう。喜びを惨劇に変えてやる。
──ひょう。
集落に冷たい風が吹く。
コボルドの1体が足になにかをひっかけ、どこかでちりんと鈴が鳴る。
●
その数十分前。
寅次は仕掛けを片手に集会場の扉に手をかけ、近づく蹄音に舌打ちする。馬鹿孫め、殿役を放り出したか?
どやしつける前に扉が開けられ、目の前には寅次に近い歳の老人。
「間に……合ったか」
乱した息は安堵にかわる。寅次の誰何の寸前、老人──守屋 昭二(ka5069)の敬礼。見間違えるはずもない、大日本帝国陸軍式。即座に答礼を返し、寅次は老人が何者かを把握した。転移者にしてハンター、なによりも欲した友軍であると。
「わしは先遣じゃ。総員6名、集落防衛に参戦、敵歪虚掃討作戦を遂行する」
よいか、の?
念を押す守屋の目。敵総数に対し未だ数的劣勢、しかし寅次の戦術は戦略レベルで覆る。速やかに転換せよ。
数分も経たぬうち、その言葉を裏付ける複数の蹄音が次々と集会場まえに鞍を降りる。
「ご老人。孫殿は無事、役目を果たしておる。隣集落も防衛対策は完了。もっとも、このボクが参ったからには杞憂となるがの!」
ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)が呵々と笑って一団の無事を告げる。護るに譲れぬ何かがあるなら、懸念を払うが余の務めなり。それが大王を自負する彼女の弁である。
「多勢に無勢がなにするものぞ、お役目果たすが戦士の道ぞ、とな……説得したのだよ。あの若者を」
最初は渋ったがな、覚悟を決めると早いな。これもボク、大王の覇気ゆえよ。と、付け加える。
(それにしても、なぜこんなに早く?)
ここは辺境、転移には遠い……。寅次の顔に出た問いに、久延毘 大二郎(ka1771)が答えた。
「収穫を手伝って帰る矢先に早馬がきたんだ。別の意味で身体を使う仕事が続くが、鈍り防止にはちょうどいい。なにより……歴史の生き証人を死なせるわけにはいかん」
俺はそんな者では、といいたげな寅次を、学徒としての久延毘が見つめ返す。
「佐々木氏。私は文献とフィールドワークでしか大戦を知らない。だが、今回、小数なれど援軍は来た。歴史は繰り返さない」
集落の罠を把握したい。久延毘が寅次に促す。戦術は変わった。しかし寡兵は変らず持てる時間は少ない。効率的に罠を再配置しなければ劣勢を覆せまい。
「寅次様の迎撃プランを教えてください。敵の最終的な目標はこの集会場周り、迎撃もそれにあわせ引き込む形でいいのですよね?」
趙 彩虹(ka3961)が、寅次の抱えていた欺瞞用の鍋と火種を指差し頷く。集落が無人だと悟られてはいけない。迎撃地点へひきつけなくてはいけない。そして──その先を彩虹は察して飲み込む。代わりにニコッと笑って中国拳法の礼をとる。白虎闘士の名に掛けて、この集落防衛を成し遂げますよ!
活かせる地の利と罠は最大限に。
使えるものはなんでも、試せることはなんだって。
「外れの家々の細工は終わったぞ。どうみても集会場に出かけている風よ」
あとは囲いの施錠は裏口をあけたまま、だったかの?
ディアドラが想定される侵入経路をなぞって歩く。一度集落に侵入すれば、流れるように集会場前に導かれる。反転と散開はやりにくく、その調整に実際に足を運ぶ。
「足止めと一網打尽の両立となると、侵入路からの仕掛けとなるからな。急拵えにしてはなかなか、大仕掛けをやってのけたの」
「街道から集会場までの正門は明るく照らされるからね。心理的にも道は限定できるわよ」
セリス・アルマーズ(ka1079)が正門から中心部に向かう経路を閉じる。
亜人の成れの果ての歪虚だもの。逆恨みに淀んだ思考ならば、卑劣な手を目論むに決まっているじゃない。そんな相手に寅次は──
「最後の戦、か」
家々の周囲に積み上げられた、木箱と樽。道幅を狭める荷車。バルバロス(ka2119)はその隆々とした体格で、苦もなく馬具と農具を障害物に変えた。
セリスとバルバロスの目が合う。
ハンター達が手を加える前──寅次の仕掛けた罠の数々は、彼自身を餌として少しでも多くの歪虚を道連れにするもので。察して見合わせるハンターは皆、彼の覚悟へそれぞれに自らの想いを重ねたものである。
(歪虚に堕ちたものへ報いを、勇敢なる者へ加護と祝福を……)
(散華、それもまたよし。鎮魂は要るまい。わしが選んだ命尽き思念となろうとも戦い続ける道を、彼も進むつもりであろうよ)
守屋がかすみ網に鈎針を縛りつける。傍らにくくり罠が墨で黒く塗られている。
「南方での経験が役に立つとはな」
集会場前路上。そこを歪虚殲滅の主戦場にすべく、寅次は戦闘動線に仕掛けを置く。
「はーい。共同かまどからお鍋、持って来ました」
彩虹がアチチと本当の耳たぶで指を冷やし、煮えたぎった油鍋を集会場の炉に、肉のカゴをテーブルに置く。あとはお酒も温めたほうがいいですか? と見回す。
「この匂い、いい収穫祭じゃないか。陽気に騒げば完璧だな」
「それ、うちの茉莉花とアリス大得意ですよ」
久延毘と、猫と妖精を抱いた彩虹の陽気な会話。ペットを放つはいいが乱戦になれば危険はないのか、お前も軽装だが大丈夫か。懸念の目を向ける寅次に微笑んで、二人が指差す先は──天。
●
──ちりん。
(想定どおり、裏門外れの家屋脇を突破)
中心部、集会場はす向かいに潜伏し聴音していたセリスが、分厚い羊毛カーテンの隙間から手鏡で合図を送る。
集会場の屋根板が2回、小さく鳴った。久延毘の観測。
(直前で2手に分岐。先発と後発。想定の動き)
中央の街頭と洩れる集会場の明かりに照らされた僅かな物陰を伝い、留守宅を覗き込む目。堪えきれず荒い吐息と、乱れる忍び足。イラつくゴブリンの気配が伝わる。
小さな番狂わせは、先発のコボルド1体が我欲に焦り集会場の窓を破壊、会敵タイミングが僅かにずれた事。そしてゴブリンの即応が賢しく、一斉突撃の戦術崩壊を切り替え立て直した事。密集陣形での誘引叶わず! しかし、最悪の浸透戦術は回避された。
それが、この小さな集落の戦端であった。
割られた窓に半身を突っ込んでいたコボルドが、日本刀「黒松」の鞘に突かれて勢いよく路上に転がる。立て続けに破裂音と悲鳴。窓から釘と鉄屑混じりの油鍋が飛ぶ。
「僅かに予定が狂いおったか」
白頭掻きつつ守屋が窓をうかがい、木枠すぐ下が熱い撒き菱で塞がれたのを確認する。これ以外は明かり採りだ。屋内への隠密潜入から背後を狙うのは困難だろう。
ほぼ同時に扉を蹴り開けた寅次の背後にゆらりと立つ。
寅次の爪状のナックルは身軽だが威力は小さい。彼を狙って近づく不逞を、即座に斬捨てる。その護りである。
『ギィイッ!』
耳障りなゴブリンの怒声。
怨念の……我が身自身の仇敵の姿に怒り狂い、しかし、大きく2班に分かれた陣形そのままに新たな号令をコボルドに下す頭を、ゴブリン2体は持っていた。あるいは、弓職と魔法職という職種から来たものかもしれない。その有効距離、寅次の爪の優に数倍! 周囲を固めるコボルドの、穢れた得物ですら倍距離に届く。
「小賢しいの。歪虚風情が。姑息だの。亜人ごときが」
ごとり。
後発班のすぐ後ろ。積み上げられた木箱が崩れ落ち、気付いたコボルドが振り向いたときにはもう遅かった。
「本気を出させてもらうぞ」
潜伏から姿を現したバルバロスのセリフより先に、その投げ放った荷車が歪虚らを轢き撥ね飛ばした。
大したダメージにならないのは承知、慌てて態勢を整えるコボルドをギガースアックスの巨大な刃が襲う。酷くバランスの悪いそれを、バルバロスはただ振り回し、振り抜く。全身の力をこめて。
「ワシに届く得物で向かって来い! そこの鎖に槍よ! 攻撃に勝る防御はないぞ!」
はははっ! 笑いにも似た雄叫び。狂戦士にして凶戦士。暴れるのみの戦い方が、歪虚勢の一方から長柄の兵を大きく削いだ。
バルバロスをコボルド数体に任せ、僅かな直衛を連れて追われたゴブリンは、私怨を諦める事はなかった。すばやく、集会場入り口に寅次を正面に睨む先発と合流し、ふてぶてしく乱喰い歯を剥きだす。
どうだ、届くまい。亜人としては完璧な陣形変更。
(射線……惜しいな。もうちょい前衛を後ろで)
何処からか久延毘のぼやき。
「了解! でもあわよくばボス狙いしちゃいますよね!?」
亜人の背後。集会場の真向かいの家。窓を覆うカーテンが落ち、ドアを破って彩虹がまろび出る。そのまま眩い灯火を背に帯びて、八角棍「紫電」がゴブリンの背に強襲した。
よろける。しかし仕留められなかった。二撃目を狙い、背面奇襲の阻止にかかるコボルドへ虎の咆哮にも似た威嚇を浴びせる。彩虹の再攻撃に備えるコボルド、未だ寅次を睨むゴブリン。その余裕……弓に番えられた二本の矢が寅次の心臓を狙い、杖は火球を生じせしめんと集会場入り口に向けられたまま。一挙にくれば回避の目は……無い!
一際大きく彩虹は吼え、背面の敵を排除にかかるコボルドをかろうじて押し返す。彩虹の手数を封じたゴブリンが、その隙を突いて弓を引き杖をもたげ──集団ごと焼かれた。
──死角。そして盲点。
はらりと闇色の布を落とし、指し棒にも似た「ゴールデン・バウ」片手に集会場の屋根上に立つ細身の白衣。
「まだ私のバトルフェイズは終了してない。というやつだ」
感謝、一網打尽だった、と久延毘は彩虹に手を振り、敵の様子に顔を顰める。まだ元気なのが数匹いるし、ゴブリンは相変わらず老人二人を睨んでいるじゃないか……
久延毘の足下で剣戟の音がする。集会場の軒下、ゴブリンの再攻撃まで寅次と守屋、二人の行動を殺ごうと頑張っているコボルドが居るらしい。
(片方でも私を屋根から落としにかかると思ったんだが……)
当たらない位置取りをしたのがバレたのか。雷撃の砲台に専念するか、いっそあかんべぇでもしてやろうか? 次の手も取り巻きを減らさないといけないんだが。一瞬の目まぐるしい思考。その目の片隅に高貴に輝く王国騎士団かくやの鎧……
「見よ! ボクの名は大王ディアドラ! この光纏は世に平穏をもたらす正義と知れ!」
はははっ!
高らかに名乗りをあげ皇帝の外套をなびかせて、ディアドラの戦馬は中心地外れの家の納屋から明るい道へ駆け出した。
しゃらりしゃらり。世にも美しい音を響かせて戦馬は駆ける。久延毘の放った炎からようやく態勢を整えつつある歪虚の集団へ向かって。
「大王の威光にひれ伏せ。邪魔するものは雷に焼かれよ。だが余の騎馬の恐怖はな……疾いことなのだ!」
ほら、もう目の前に居るぞ。ディアドラの「ローレル・ライン」が刺突一閃。薙ぎ倒した中にゴブリンが居た。駆け寄るコボルドに制する彩虹の叫びと久延毘の雷閃が重なる。コボルドは半減しゴブリンは膝をついて統率に乱れが広がる。
現在、ハンター達の損耗はどうか? 小賢しい亜人はそれぞれ手前勝手に算段する。
「寅次様、守屋様。今、回復に向かいます」
儚げな白銀の聖女が、射撃のため潜んでいた家屋から、集会場の軒下で荒い息をつく老人へ駆け寄っていく。
(これなら逃げられる)
忠誠心の足りない何体かと、加勢を阻もうとする何体かがセリスに向かい、消し飛んだ。
「女ならか弱いと侮る浅知恵が卑劣で唾棄すべきクズの証拠……慈悲など要らないわね?」
身を覆う光の波動の中、セリスの拳が鳴った。
●
寅次と守屋。荒い息が重なる。
数体、忠誠か我欲に逸ったコボルドを降し、隙を見て放たれた矢と石礫を避けそこなった。
周りは乱戦の気配で満ちていて、二人の意識は尚もよろめき立ち上がるゴブリン2体のみを認識している。
「周囲に逃げたのが網とくくり罠にかかった。眠らせた奴の始末頼む」
「大丈夫、茉莉花と一緒にいけます!」「覇気と疾さには勝てぬと教えたであろう?」
掃討戦のやりとりに混じり、案じる声と柔らかく暖かい光。
寅次は問う。守屋が答える。
「何故ここまでに助力を?」
「この千人針……70年前にわしも護り護られた日本人。主と同じよ」
守屋の鎧の下。覗くサラシに十銭硬貨と幾多の結び目。
「共に戦後を歩んだ妻を看取る事もできずにこの地に参った。この地でもわしは生き残りすぎた。同じ境遇の主を見たとき、共に闘い死ぬ覚悟を得た……」
迷惑だろうが隣で死なせてくれ。
「守屋殿。お互い、何故ここで死ぬか、置き忘れてきた理由を取り戻しましたな」
70年前から──
寅次も守屋も戦友を護りきれぬ心残りに生きてきた。過去との対峙のなか、すり抜けてしまった愛しい者へ胸を張って会いに行く。
じり……
二人とゴブリンの距離が縮まる。壊れた弓を捨て矢を握り、折れた杖をかかげ。
一気に詰めた先の先。守屋の居合いに「景幸」が魔法職を塵に変える。寅次の霊力を帯びた爪が弓職を裂く。
(相打ちは果たせた、か……)
寸前に放たれた敵の一撃。奇妙な満足感のなか、寅次と守屋は折り重なるように倒れふした。
●
「本当の本当に危なかったんですよ!?」
お二人とも聞いてます? セリスが敬語を使っている。真剣に怒っている。
(死に損なったのか……)
空に満月。傍らに戦友。
「孫殿に殴られる分を急ぎ回復して貰ったから、存分に喰らっておけ」
「寅次様……最後にはまだまだ早いと思いますよ?」
撤退戦に残って死ぬ作戦は変更したでしょう? 彩虹の念押しにディアドラと久延毘が頷く。
「この部族の護り神がな、北狄南下のおり殿となって皆を逃がし姿を消した。虎の幻獣の力を借りる者として、今度は俺の番だと……そう思ったのよ」
だが生き延びてしまったなぁ。
「死して護国の鬼となる、か」
呟くバルバロスに異邦の老人二人が目をみはる。いつか誰かに聞いたのだと答え、続ける。
「命燃える限り護りの鬼でいればいい、死してもなお、だ。ワシの存在全てが鬼だ。平和に忘れ去られる、それがワシの本当の死だ」
だから今は生きろ。
遠い天空を見上げ、鼓動に明日を想う。
それが寅次の現状である。
集落を睨む目は暗く、執拗に、いかに酷く残忍に住人達の根を絶やすかを算段していた。
おとなしく強盗に泣いていれば良かったものを、あの老人のせいで、こんなに我らは……
老人と若造を楽に殺しはしない。なにもできず仲間が殺されるのを見ながら死んでいけ。そうだ。人質を取ってやろうか。外れの家を襲ってガキをさらい盾にする。
そう目論んでゴブリンは、無施錠だった裏門を越え──無人の家に当てが外れて臍をかむ。みれば集落外れは暗く、対照的に中心部には煌々と灯る明かりに煮炊きの香り。賑やかな酒盛りの声。道端に出された荷車、樽、木箱。──様相は収穫祭。
コボルドが臭いに鼻を鳴らしていきり騒ぐのをゴブリンは止めなかった。彼もまた怒りの淀みを熱に煽られていたからだ。いいだろう。喜びを惨劇に変えてやる。
──ひょう。
集落に冷たい風が吹く。
コボルドの1体が足になにかをひっかけ、どこかでちりんと鈴が鳴る。
●
その数十分前。
寅次は仕掛けを片手に集会場の扉に手をかけ、近づく蹄音に舌打ちする。馬鹿孫め、殿役を放り出したか?
どやしつける前に扉が開けられ、目の前には寅次に近い歳の老人。
「間に……合ったか」
乱した息は安堵にかわる。寅次の誰何の寸前、老人──守屋 昭二(ka5069)の敬礼。見間違えるはずもない、大日本帝国陸軍式。即座に答礼を返し、寅次は老人が何者かを把握した。転移者にしてハンター、なによりも欲した友軍であると。
「わしは先遣じゃ。総員6名、集落防衛に参戦、敵歪虚掃討作戦を遂行する」
よいか、の?
念を押す守屋の目。敵総数に対し未だ数的劣勢、しかし寅次の戦術は戦略レベルで覆る。速やかに転換せよ。
数分も経たぬうち、その言葉を裏付ける複数の蹄音が次々と集会場まえに鞍を降りる。
「ご老人。孫殿は無事、役目を果たしておる。隣集落も防衛対策は完了。もっとも、このボクが参ったからには杞憂となるがの!」
ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)が呵々と笑って一団の無事を告げる。護るに譲れぬ何かがあるなら、懸念を払うが余の務めなり。それが大王を自負する彼女の弁である。
「多勢に無勢がなにするものぞ、お役目果たすが戦士の道ぞ、とな……説得したのだよ。あの若者を」
最初は渋ったがな、覚悟を決めると早いな。これもボク、大王の覇気ゆえよ。と、付け加える。
(それにしても、なぜこんなに早く?)
ここは辺境、転移には遠い……。寅次の顔に出た問いに、久延毘 大二郎(ka1771)が答えた。
「収穫を手伝って帰る矢先に早馬がきたんだ。別の意味で身体を使う仕事が続くが、鈍り防止にはちょうどいい。なにより……歴史の生き証人を死なせるわけにはいかん」
俺はそんな者では、といいたげな寅次を、学徒としての久延毘が見つめ返す。
「佐々木氏。私は文献とフィールドワークでしか大戦を知らない。だが、今回、小数なれど援軍は来た。歴史は繰り返さない」
集落の罠を把握したい。久延毘が寅次に促す。戦術は変わった。しかし寡兵は変らず持てる時間は少ない。効率的に罠を再配置しなければ劣勢を覆せまい。
「寅次様の迎撃プランを教えてください。敵の最終的な目標はこの集会場周り、迎撃もそれにあわせ引き込む形でいいのですよね?」
趙 彩虹(ka3961)が、寅次の抱えていた欺瞞用の鍋と火種を指差し頷く。集落が無人だと悟られてはいけない。迎撃地点へひきつけなくてはいけない。そして──その先を彩虹は察して飲み込む。代わりにニコッと笑って中国拳法の礼をとる。白虎闘士の名に掛けて、この集落防衛を成し遂げますよ!
活かせる地の利と罠は最大限に。
使えるものはなんでも、試せることはなんだって。
「外れの家々の細工は終わったぞ。どうみても集会場に出かけている風よ」
あとは囲いの施錠は裏口をあけたまま、だったかの?
ディアドラが想定される侵入経路をなぞって歩く。一度集落に侵入すれば、流れるように集会場前に導かれる。反転と散開はやりにくく、その調整に実際に足を運ぶ。
「足止めと一網打尽の両立となると、侵入路からの仕掛けとなるからな。急拵えにしてはなかなか、大仕掛けをやってのけたの」
「街道から集会場までの正門は明るく照らされるからね。心理的にも道は限定できるわよ」
セリス・アルマーズ(ka1079)が正門から中心部に向かう経路を閉じる。
亜人の成れの果ての歪虚だもの。逆恨みに淀んだ思考ならば、卑劣な手を目論むに決まっているじゃない。そんな相手に寅次は──
「最後の戦、か」
家々の周囲に積み上げられた、木箱と樽。道幅を狭める荷車。バルバロス(ka2119)はその隆々とした体格で、苦もなく馬具と農具を障害物に変えた。
セリスとバルバロスの目が合う。
ハンター達が手を加える前──寅次の仕掛けた罠の数々は、彼自身を餌として少しでも多くの歪虚を道連れにするもので。察して見合わせるハンターは皆、彼の覚悟へそれぞれに自らの想いを重ねたものである。
(歪虚に堕ちたものへ報いを、勇敢なる者へ加護と祝福を……)
(散華、それもまたよし。鎮魂は要るまい。わしが選んだ命尽き思念となろうとも戦い続ける道を、彼も進むつもりであろうよ)
守屋がかすみ網に鈎針を縛りつける。傍らにくくり罠が墨で黒く塗られている。
「南方での経験が役に立つとはな」
集会場前路上。そこを歪虚殲滅の主戦場にすべく、寅次は戦闘動線に仕掛けを置く。
「はーい。共同かまどからお鍋、持って来ました」
彩虹がアチチと本当の耳たぶで指を冷やし、煮えたぎった油鍋を集会場の炉に、肉のカゴをテーブルに置く。あとはお酒も温めたほうがいいですか? と見回す。
「この匂い、いい収穫祭じゃないか。陽気に騒げば完璧だな」
「それ、うちの茉莉花とアリス大得意ですよ」
久延毘と、猫と妖精を抱いた彩虹の陽気な会話。ペットを放つはいいが乱戦になれば危険はないのか、お前も軽装だが大丈夫か。懸念の目を向ける寅次に微笑んで、二人が指差す先は──天。
●
──ちりん。
(想定どおり、裏門外れの家屋脇を突破)
中心部、集会場はす向かいに潜伏し聴音していたセリスが、分厚い羊毛カーテンの隙間から手鏡で合図を送る。
集会場の屋根板が2回、小さく鳴った。久延毘の観測。
(直前で2手に分岐。先発と後発。想定の動き)
中央の街頭と洩れる集会場の明かりに照らされた僅かな物陰を伝い、留守宅を覗き込む目。堪えきれず荒い吐息と、乱れる忍び足。イラつくゴブリンの気配が伝わる。
小さな番狂わせは、先発のコボルド1体が我欲に焦り集会場の窓を破壊、会敵タイミングが僅かにずれた事。そしてゴブリンの即応が賢しく、一斉突撃の戦術崩壊を切り替え立て直した事。密集陣形での誘引叶わず! しかし、最悪の浸透戦術は回避された。
それが、この小さな集落の戦端であった。
割られた窓に半身を突っ込んでいたコボルドが、日本刀「黒松」の鞘に突かれて勢いよく路上に転がる。立て続けに破裂音と悲鳴。窓から釘と鉄屑混じりの油鍋が飛ぶ。
「僅かに予定が狂いおったか」
白頭掻きつつ守屋が窓をうかがい、木枠すぐ下が熱い撒き菱で塞がれたのを確認する。これ以外は明かり採りだ。屋内への隠密潜入から背後を狙うのは困難だろう。
ほぼ同時に扉を蹴り開けた寅次の背後にゆらりと立つ。
寅次の爪状のナックルは身軽だが威力は小さい。彼を狙って近づく不逞を、即座に斬捨てる。その護りである。
『ギィイッ!』
耳障りなゴブリンの怒声。
怨念の……我が身自身の仇敵の姿に怒り狂い、しかし、大きく2班に分かれた陣形そのままに新たな号令をコボルドに下す頭を、ゴブリン2体は持っていた。あるいは、弓職と魔法職という職種から来たものかもしれない。その有効距離、寅次の爪の優に数倍! 周囲を固めるコボルドの、穢れた得物ですら倍距離に届く。
「小賢しいの。歪虚風情が。姑息だの。亜人ごときが」
ごとり。
後発班のすぐ後ろ。積み上げられた木箱が崩れ落ち、気付いたコボルドが振り向いたときにはもう遅かった。
「本気を出させてもらうぞ」
潜伏から姿を現したバルバロスのセリフより先に、その投げ放った荷車が歪虚らを轢き撥ね飛ばした。
大したダメージにならないのは承知、慌てて態勢を整えるコボルドをギガースアックスの巨大な刃が襲う。酷くバランスの悪いそれを、バルバロスはただ振り回し、振り抜く。全身の力をこめて。
「ワシに届く得物で向かって来い! そこの鎖に槍よ! 攻撃に勝る防御はないぞ!」
はははっ! 笑いにも似た雄叫び。狂戦士にして凶戦士。暴れるのみの戦い方が、歪虚勢の一方から長柄の兵を大きく削いだ。
バルバロスをコボルド数体に任せ、僅かな直衛を連れて追われたゴブリンは、私怨を諦める事はなかった。すばやく、集会場入り口に寅次を正面に睨む先発と合流し、ふてぶてしく乱喰い歯を剥きだす。
どうだ、届くまい。亜人としては完璧な陣形変更。
(射線……惜しいな。もうちょい前衛を後ろで)
何処からか久延毘のぼやき。
「了解! でもあわよくばボス狙いしちゃいますよね!?」
亜人の背後。集会場の真向かいの家。窓を覆うカーテンが落ち、ドアを破って彩虹がまろび出る。そのまま眩い灯火を背に帯びて、八角棍「紫電」がゴブリンの背に強襲した。
よろける。しかし仕留められなかった。二撃目を狙い、背面奇襲の阻止にかかるコボルドへ虎の咆哮にも似た威嚇を浴びせる。彩虹の再攻撃に備えるコボルド、未だ寅次を睨むゴブリン。その余裕……弓に番えられた二本の矢が寅次の心臓を狙い、杖は火球を生じせしめんと集会場入り口に向けられたまま。一挙にくれば回避の目は……無い!
一際大きく彩虹は吼え、背面の敵を排除にかかるコボルドをかろうじて押し返す。彩虹の手数を封じたゴブリンが、その隙を突いて弓を引き杖をもたげ──集団ごと焼かれた。
──死角。そして盲点。
はらりと闇色の布を落とし、指し棒にも似た「ゴールデン・バウ」片手に集会場の屋根上に立つ細身の白衣。
「まだ私のバトルフェイズは終了してない。というやつだ」
感謝、一網打尽だった、と久延毘は彩虹に手を振り、敵の様子に顔を顰める。まだ元気なのが数匹いるし、ゴブリンは相変わらず老人二人を睨んでいるじゃないか……
久延毘の足下で剣戟の音がする。集会場の軒下、ゴブリンの再攻撃まで寅次と守屋、二人の行動を殺ごうと頑張っているコボルドが居るらしい。
(片方でも私を屋根から落としにかかると思ったんだが……)
当たらない位置取りをしたのがバレたのか。雷撃の砲台に専念するか、いっそあかんべぇでもしてやろうか? 次の手も取り巻きを減らさないといけないんだが。一瞬の目まぐるしい思考。その目の片隅に高貴に輝く王国騎士団かくやの鎧……
「見よ! ボクの名は大王ディアドラ! この光纏は世に平穏をもたらす正義と知れ!」
はははっ!
高らかに名乗りをあげ皇帝の外套をなびかせて、ディアドラの戦馬は中心地外れの家の納屋から明るい道へ駆け出した。
しゃらりしゃらり。世にも美しい音を響かせて戦馬は駆ける。久延毘の放った炎からようやく態勢を整えつつある歪虚の集団へ向かって。
「大王の威光にひれ伏せ。邪魔するものは雷に焼かれよ。だが余の騎馬の恐怖はな……疾いことなのだ!」
ほら、もう目の前に居るぞ。ディアドラの「ローレル・ライン」が刺突一閃。薙ぎ倒した中にゴブリンが居た。駆け寄るコボルドに制する彩虹の叫びと久延毘の雷閃が重なる。コボルドは半減しゴブリンは膝をついて統率に乱れが広がる。
現在、ハンター達の損耗はどうか? 小賢しい亜人はそれぞれ手前勝手に算段する。
「寅次様、守屋様。今、回復に向かいます」
儚げな白銀の聖女が、射撃のため潜んでいた家屋から、集会場の軒下で荒い息をつく老人へ駆け寄っていく。
(これなら逃げられる)
忠誠心の足りない何体かと、加勢を阻もうとする何体かがセリスに向かい、消し飛んだ。
「女ならか弱いと侮る浅知恵が卑劣で唾棄すべきクズの証拠……慈悲など要らないわね?」
身を覆う光の波動の中、セリスの拳が鳴った。
●
寅次と守屋。荒い息が重なる。
数体、忠誠か我欲に逸ったコボルドを降し、隙を見て放たれた矢と石礫を避けそこなった。
周りは乱戦の気配で満ちていて、二人の意識は尚もよろめき立ち上がるゴブリン2体のみを認識している。
「周囲に逃げたのが網とくくり罠にかかった。眠らせた奴の始末頼む」
「大丈夫、茉莉花と一緒にいけます!」「覇気と疾さには勝てぬと教えたであろう?」
掃討戦のやりとりに混じり、案じる声と柔らかく暖かい光。
寅次は問う。守屋が答える。
「何故ここまでに助力を?」
「この千人針……70年前にわしも護り護られた日本人。主と同じよ」
守屋の鎧の下。覗くサラシに十銭硬貨と幾多の結び目。
「共に戦後を歩んだ妻を看取る事もできずにこの地に参った。この地でもわしは生き残りすぎた。同じ境遇の主を見たとき、共に闘い死ぬ覚悟を得た……」
迷惑だろうが隣で死なせてくれ。
「守屋殿。お互い、何故ここで死ぬか、置き忘れてきた理由を取り戻しましたな」
70年前から──
寅次も守屋も戦友を護りきれぬ心残りに生きてきた。過去との対峙のなか、すり抜けてしまった愛しい者へ胸を張って会いに行く。
じり……
二人とゴブリンの距離が縮まる。壊れた弓を捨て矢を握り、折れた杖をかかげ。
一気に詰めた先の先。守屋の居合いに「景幸」が魔法職を塵に変える。寅次の霊力を帯びた爪が弓職を裂く。
(相打ちは果たせた、か……)
寸前に放たれた敵の一撃。奇妙な満足感のなか、寅次と守屋は折り重なるように倒れふした。
●
「本当の本当に危なかったんですよ!?」
お二人とも聞いてます? セリスが敬語を使っている。真剣に怒っている。
(死に損なったのか……)
空に満月。傍らに戦友。
「孫殿に殴られる分を急ぎ回復して貰ったから、存分に喰らっておけ」
「寅次様……最後にはまだまだ早いと思いますよ?」
撤退戦に残って死ぬ作戦は変更したでしょう? 彩虹の念押しにディアドラと久延毘が頷く。
「この部族の護り神がな、北狄南下のおり殿となって皆を逃がし姿を消した。虎の幻獣の力を借りる者として、今度は俺の番だと……そう思ったのよ」
だが生き延びてしまったなぁ。
「死して護国の鬼となる、か」
呟くバルバロスに異邦の老人二人が目をみはる。いつか誰かに聞いたのだと答え、続ける。
「命燃える限り護りの鬼でいればいい、死してもなお、だ。ワシの存在全てが鬼だ。平和に忘れ去られる、それがワシの本当の死だ」
だから今は生きろ。
遠い天空を見上げ、鼓動に明日を想う。
それが寅次の現状である。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/09/26 23:09:56 |
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相談卓 守屋 昭二(ka5069) 人間(リアルブルー)|92才|男性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2015/09/27 21:43:53 |