少年は明けない夜に夢を見る

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/09/28 22:00
完成日
2015/10/07 20:06

このシナリオは4日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 移設された盗賊ギルドの本部はどこかの商人の別荘を改築したものと聞いている。
 2階建ての四角い建物の中央は吹き抜けの庭園らしいが、今は訓練用の更地になっていた。
 外周はギルドの占拠した別の建物と渡り廊下などで接続され、知らない者には迷路と言って良い様相だ。この建物内部を全て把握する者は少ない。女中として派遣されているジェシカもギルドの仕事に関わる場所は踏み込んだことがない。重要な部屋は専属の使用人が全て任せている。
 余計な好奇心は身を滅ぼすだけと弁えていたので、今日も大きな籠を抱えて指定された部屋を回り衣類を集めてまわるだけ。しかし情報というのは細部から流出するもの。衣類担当のジェシカはギルド内の不穏な変化にも薄々気づいたていた。
 血の付いた包帯や衣服が増えている。領主との争いが激化していると聞いたが、見えないところで殺し合いも始まっているのだ。包帯を巻いて歩いているのはまだマシで、見かけなくなった顔も多い。
 すれ違う人々もいつにもまして粗暴だ。派遣される女中は全て娼館を統括するヴェルナの商品。雑に扱えば彼女の店のサービスが悪化するとあり、無礼な扱いはされなかった。それが今や身体がぶつかろうとも一言の詫びもなく、人によっては悪戯で強引に腕を掴んでくる者も居る。苛立ちが人を変えたのではない。本部に出入りするゴロツキが増えていた。
(やんなっちゃうなあ)
 ジェシカは言葉にも顔にも出せず、心の中でため息をつく。治安という言葉が皆無なこのスラムでここは唯一安全があった。それが目の前で崩れ去ろうとしている。ヴェルナの「潮時」という呟きが重く感じられた。
 こんなスラムでランドリーメイドの仕事があるとも思えない。次は間違いなく尊厳を売るそういう仕事しかないだろう。そばかすの残る農村出身の野暮ったい娘でも、安売りすれば問題ないとヴェルナは常々言っている。
 ジェシカは暗い未来予想を抱えて薄暗い廊下を往復する。
 仕事も半ばに差し掛かった頃、中庭の椅子に見知った顔の少年が腰掛けているのを見つけた。少年は粗末な身なりと発育不良で細い体をしていて、体と似合わない双剣を腰に下げている。母親役不在で服装は適当で、髪もいい加減に切っただけだ。それでも少年らしい愛嬌が彼にはあった。
「レスター君じゃない。ひさしぶり」
 闘狩人の覚醒者でギルドマスターの『壁』の1人だ。素養があったためにギルドマスターに拾われたらしい。顔をあげたレスターの右目の周りには青い痣が出来ていた。
「どうしたのその顔?」
 レスターは隠すように顔の左半分を向ける。
「なんでもない。気にしないで」
 何があったかは一目瞭然だ。彼を殴るのは彼の義父であるギルドマスター:バルブロだけだ。よく見れば袖の下にも薄っすらと何かで殴ったような後があった。しかし彼の教育に文句を言える人間はここには誰もいない。
「……そう。それよりね、お店の皆もレスター君に会いたがってるわ。また今度、ごはん食べにきてね」
 レスターは迷った風に視線をしばし俯かせる。表情には怯えと戸惑いが見えた。
「うん、わかった。でもしばらくは無理。もうすぐ戦争になるから、それまでここで居ろって言われてる」
 ジェシカはその言葉で今日聞いた話を思い出した。部内の洗濯物を集める担当だった男が抗争で死んだそうだ。疲れきった顔の男は「たくさん死んだ」とこぼしていた。
「そう。じゃあ、その後でね」
「……うん」
 レスターの笑顔には陰りがある。彼も薄々、自分の末路に気がついているのだろう。
 それでも逃げずに居るのは親を信頼しているから、あるいは親の愛という幻像に縋っているからか。
 ジェシカは別れ間際にレスターの細い身体を抱きしめた。そうでもしていないと悔しくて泣いてしまいそうだった。



 グラズヘイム王国ブラックバーン伯爵領における領主と盗賊ギルドの争いは、領主側の勝利が確実となっていた。盗賊ギルドは外部からの支援と、マスター本人の武力により強力な支配体制を敷いていたが、その双方が無くなったことで体制が崩れて始めていた。
 領主の実弟であるジェフリーを狙った襲撃計画でその状況は決定的となった。ギルドマスターが支配体制を強固にすべく、領主へ脅しをかけるために街を視察していた領主の弟を襲撃した。ギルドマスターと腹心数名及び部下十数名による、必勝を期した襲撃だったが結果は惨敗。激戦の東方遠征帰りであるジェフリー一行相手に多くの貴重な人材を失った。
 襲撃に激怒した領主ハロルドはスラムへの進駐を更に押し進める。スラムを牛耳るギルドにそれを抑える武力は既に無く、ギルド下部組織の多くが寝返りを決めた。
 ハンター達が街を訪れたのはそんな折、領主によるギルド攻撃が始まるとの噂がささやかれる9月下旬のこと。豪奢だが分厚い壁と警備体制で有名な宿の一室で、宿場を統括するヴェルナはハンター達を迎えた。
 ヴェルナは肩書きに似つかわしくない若さの女性だった。肉感的な肢体と艶やかで長い黒髪が印象的だが、仕草一つでその印象を清楚さ・妖艶さと切り替えてみせる。肩書きが嘘でないともハンターはすぐに理解した。
 ヴェルナはハンター達に自己紹介と状況説明を終えると、早速依頼の話を切り出した。
「ギルドマスターにはレスターっていう拾ってきた義理の息子がいるの。体の良い盾だけど…ね。その子がまあ、無愛想だけど素直な可愛い子なの。
 ……聞いて知ってると思うのだけど、近いうちに領主の軍が盗賊ギルドの本拠地を攻撃する。もしそうなったら、……その子は生きて戻らないと思う」
 それは事情に比較的疎い者でも異論の無い話だった。戦力差が歴然とした戦いでギルドマスターの盾、そしてその性格ならまず間違いなく死ぬまで戦うだろう。しかし死を賭して挑んだところで勝てる相手ではない。
「こんな界隈じゃ生き死には自分の責任だけど、それじゃああの子はかわいそうでしょ。だからなんとか助けてあげたいの。けど私たちはこの通り、男に媚び売るぐらいしか取り柄がない。
 おまけに今は自分達の保身で手一杯。出せるのはほんの少しの人手と情報、あとはお金だけ」
 ヴェルナは一拍呼吸を置く。彼女が垣間見せた表情は統括者の厳しい表情ではなかった。
「だからお願い。レスターを助けてあげて。乱暴な手段でもいい。生きてさえいればなんとかなる。なんとかしてみせるから」
 先の事はわからない。けどそれはいつもそうだった。それは彼女や彼女の店で働く従業員達の人生そのもの。死にさえしなければまだ先がある。それだけが心の支えだった。
「私たちはいつも奪われる側。皆何かしら失ってここに来てる。だから、ああいう子には死んで欲しくないの」
 抗争の結末に関与しないのであれば、それは十分にハンターらしい仕事と言える。
 ハンター達はひとまずギルドとスラムの状況を再確認することにした。

リプレイ本文

 その日、珍しく顔を出したヴェルナはギルド長のバルブロと長い時間執務室で話し合いをしていた。レスターはその理由をジェシカに聞いた。曰く「従業員の安全が確保できない」とのこと。
 考えの浅い新人は女と見ればすぐにちょっかいを出す。レスターもその場面を何度も見かけており、その内何度かは助けに入った。けど限界だったのだろう。今日は代わりに男性の従業員が配置され、レスターも順次新人を紹介された。増えたのは男性が2人に女性が1人。
 名前は背が高くやや女顔の彼はアルマ、レスターよりも若く小さい少年はロウ、女性にしては背の高い赤髪の用心棒はアルトと名乗った。アルマ・アニムス(ka4901)、龍華 狼(ka4940)、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の3名は、こうしてレスターと接触した。
 親を恐れるためかギルド内でレスターに構うものはおらず、ジェシカと共に入った3人がレスターと会話するのは難しくなかった。
「レスターさんは、外には出ないんですか?」
 今日もアルマは与えられた仕事の合間にレスターに話しかける。レスターの反応は鈍いが、拒絶する様子はなかった。
「あんまり出ない。父さんに許してもらわないと」
「お父さん、過保護なんですね」
「………うん」
 アルマは手ごたえの無さを感じていた。レスターは周囲を見ようとしていない。疑念を抱けば辛くなると理解しているかのようにも見えた。
 上手く行ってないのは狼も同様だった。この年代の人間はハンターにもそこそこ居る。そういった兄や姉と比べて、レスターの反応は鈍い。弁当をもたされたという体で毎日のように並んで食事をしているが、無言のまま反応の無いレスターを前に攻めあぐねていた。
 狼の持ち込んだ弁当は質素なものだった。大きめの白パンを半分に割り、中に溶かしたバターを塗り込み、薄切りにしたハムとチーズを挟んである。ヴェルナの館の賄いだが、いつもはこれにシチューがつくという。
 狼はレスターが拒絶しているわけではないのはわかった。表情の変化に乏しいが、お弁当を嬉しそうに食べているのもわかる。
「……お兄さんはどうして逃げないの?」
「どうして?」
 レスターは手を止めて少し考え込んだ。しばらくしてまた、サンドイッチにかぶりついた。
「……父さんがいるから」
「殴ってくるのに?」
 レスターはまた黙り込んだ。次の回答は遅くなったものの、答えは単純だった。
「父さんだから」
 そうとさえ答えておけばいいと教えられているかのように、彼は父の話を繰り返す。考えたことがないのだと狼は直感した。
 自由にして良いというのは彼にとっては空白でしかない。恐らく何度問うても彼は現状維持を選ぶだろう。
「レスターさん、食事は終わりました?」
 にこにこと笑うアルマが姿を現す。荷物を運びながら彼もよく顔を出していた。
「……2人とも、皆には内緒ですよ」
 アルマは何もはいってない筈の籠の中に、いつのまにか飴玉を出現させていた。レスターは不思議そうに青い飴玉とアルマの手を交互に眺める。話は進まないが感性は普通の少年と変わらない。アルマはにっこりと笑うと抱えていた荷物を持って次の仕事に向かった。



 エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)・ トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)・アルトの3名は、交渉の準備を終え領主の城へと赴いた。領主の城の門をくぐるのは簡単であった。以前の仕事で顔を合わせた兵長オイヴァを頼ったことで、領主に取り次ぐまでさほど時間は掛からなかった。
 控え室でしばらく待たされた後、3人は奥まった場所にある応接間へと案内される。そこには既に領主一家の3名が勢揃いしていた。
 上座の椅子に座るのは眼光鋭い嫡男、現領主ハロルド。領主の右に立つのは赤の隊の精鋭、領主の実弟ジェフリー。前領主ローレンスは机から離れ、相談を俯瞰できる位置に椅子を置き座っていた。
 護衛はオイヴァと数名のみだが、ジェフリーが無造作に立つだけで威圧感が跳ね上がる。今回の調整が必須事項だったと、トライフは改めて痛感した。
 ハンター達の基本となる提案は2件。レスターの生存、そして同士討ち回避。
 メリットは今後の統治に向けて領主への良い印象を作ること。
「レスターは心の拠り所だ。生かしておいたほうが何人かは御しやすくなる」
 自分にとっても都合が良い、という台詞を態度ごと隠蔽しつつトライフは言う。仕事はいつもどおりとしても、以前に通った店の『サービス』が良くなるのは嬉しい。
 付き合いの長いエヴァは彼が半分ほど下半身で物を考えているのにも気づいたが、意見自体は真っ当なため黙っていた。
『バルブロを逮捕にもっていくのもその一環です』
 エヴァは寝返る予定の人々とも交渉し、嘆願書とも言える書類を用意していた。筆談用の紙と共にそれを提出する。裏切り者を領主が信用しないという予測は当たりで、エヴァは何人も監視役らしき人物を目撃している。誰もが領主の人となりに怯えきっていた。
「重要な情報ももってないだろう子供の生死なんて、貴方にはどうでもいいことだろう? トライフのいうように生きていれば覚醒者としての利用価値もある。価値があれば使ってやる、だったな伯爵」
 アルトは答えを迫る。全面的に通らなくても黙認まで行けば御の字だ。3人には十分勝算があった。しかしハロルドは3人の提案を受け付けなかった。
「ああ、そうだ。だが考え違いをするな。私の施政に半端な情など要らん。価値の無い子供1人のためにそんな面倒事は引き受けられんな」
 それは理路整然とした理屈ではなく降り積もった怨念の声だった。これも情なのだと、エヴァは絶望を抱いた。レスターがバルブロに捕らわれているように、ハロルドもまた何かに捕らわれている。
 それでも諦めきれず取り付く島もない領主とどう交渉すべきか迷っていると、意外なところから助け舟は出された。
「兄上」
「なんだ?」
 ジェフリーはハンターを視線で制すると話を続けた。
「この件は、現場での作戦指揮で収められる範疇です。私に任せてもらえませんか」
「…………ふむ」
 ハロルドはしばし考え込むと、小さく頷いた。
「良いだろう。その子供に興味はない。好きにやれ。後は任せる」
 話は終わったとばかりにハロルドは席を立つ。呆気に取られるほどの手のひらの返し方に、ハンター達はどう反応したものか迷う。ハロルドが退室すると、立っていたジェフリーは兄に代わりに対面の椅子に座った。
「なんだ。そういう役割か」
「……そういうことだ」
 トライフの言葉にジェフリーは苦笑を浮かべる。要するに、ハロルドには領主として演じている部分もあったのだ。約束を違えれば情状酌量の余地なく潰すという宣言を、自分自身で違えるわけにはいかない。だから代わりにジェフリーを立てているのだろう。ジェフリーや領主の官吏は周囲を優しさで懐柔しつつも、いざとなれば領主の権威で強引な方策を取れる。
「俺だって罪もない子供に手をかけたくはない。協力しよう」
 エヴァが笑顔で頭を下げるの見て、傍らで見ているローレンスも小さく笑みを浮かべていた。交渉がすぐに固まったのは、提案内容が癇癪持ちのハロルドを除いて妥当だった事が大きいが、交渉が進んだのは、それ以前の仕事で信頼を得ていたからでもある。
「気にしないでくれ。全面的に協力できないのは変わらないからな。ただ屋敷を制圧するだけなら難しくないが、ギルドが再起しないように1人も逃すわけにはいかない。そうだな……、君達が捕縛した者、投降させた者には手を出さない。我々に投降する者も受け入れよう。約束できるのはここまでだ」
 それが彼らの最低条件だった。元々どさくさ紛れの予定ではあったから、同士討ちが無いでも十分な成果といえるだろう。
『それで構いません。当日はよろしくお願いします』
「ああ。襲撃の直前となったら伝えよう。私も君のような精鋭とうっかりで刃を交えたくはないからな」
 ジェフリーは視線を正面のエヴァから、立ったままのアルトへ移す。世辞ではないだろうとわかったが、ジェフリーの声にはどこか余裕も感じられた。
 アルトは視線を受けて身体に疼きが走る。仕事は仕事として、自分がどの程度の高みにいるのか知りたいと思った。
 次の戦闘ではそれはわからないだろう。だが目の前の彼となら……。
「光栄です」
 幾つかの逡巡の後、アルトは笑顔でそれだけ答えた。



 天候、晴。日が落ちて数刻。住人が寝静まる頃合いに領主の攻撃は始まった。
 ギルドの東西に配された魔術師が合図と同時に火球を叩き込み、完全武装の兵士達が屋敷へとなだれ込む。
 通路のそこかしこでは金属のぶつかり合う音を打ち消すように銃声が鳴り響く。同盟領やリアルブルー出身の覚醒者達がここぞとばかりに集団に対して銃火器を使っているのだ。
 備えていたはずのギルド本部は混乱の極みとなった。内部構造も外側に近いほど漏れており、地の利さえも失っている。
 エヴァとアルトは右往左往するギルド員達をかわしながら、事前に潜伏しているアルマと狼を探した。すぐに合流できる距離ではないが、2人の居場所はすぐに知れた。
「レスターさーん! レスターさーーんっ!!」
 声は反響してエヴァとアルトの元まで届いていた。大声で叫ぶアルマは悪目立ちしたものの、戦力の無い構成員と思われている為に妨害は受けなかった。
 レスターはすぐに見つかった。2人が到着した時、他の構成員と共にいつもの訓練場のすぐ近くで、バリケードになりそうな机や椅子を積み上げていた。
「お前ら何し!?」
「眠っててくれよ」
 狼は有無を言わさず刀の鞘でぶん殴り1人を気絶させる。殺すのは簡単だが、レスターに見られるのは避けたかった。
「レスターさん、ここはもうダメです。行きましょう」
「…………」
「レスターさん!」
 アルマの懇願にもレスターは黙って2人に視線を返すだけ。レスターは迷っていた。呪縛からは逃れていないものの、与えられた優しさを彼は欲していた。しかしその迷いを受け入れる時間はあまり残っていない。強行するしかないか。2人がそう考え始めた頃、状況は再び変化する。
「おい、どこへ行く気だ?」
 ドスの効いた声が通路の先から聞こえた。ギルドマスターのバルブロだ。ただでさえ獰猛な顔が更にゆがみ、目元が痙攣している。
「ヴェルナ……あのクソアマのところの使用人どもか。舐めた真似しやがって」
 アルマと狼は咄嗟に前に出た。勝ち目の薄い戦いをどう切り抜けるか思案するが、状況がハンター達に有利であることに変わりは無かった。追いついたアルトが緩やかな挙動で二者の間に割り込み、刀の切っ先をバルブロに突きつけた。
 遠くでは爆発音が再び聞こえてくる。アルトと一緒に動いたエヴァが、ほかのギルド員の足止めをしていた。
「バルブロ、お前の相手は私だ」
「てめえもか……! おいレスター、ぼさっとするな! そいつらを殺せ!!」
 バルブロが恫喝するかのように呼ばわるが、レスターは動かなかった。
「レスター、聞く必要はないぞ。君はどうか知らないがこいつはお前のことをなんとも思ってない。
 義理や恩など感じるだけ無駄だ。君は生きろ。ヴェルナさん達が悲しむ」
「…………」
 ヴェルナの名前を聞き、決心が決まったのか。恐る恐るレスターはアルマの影に隠れた。
「てめえら、いい加減にしやがれ!!」
 無視された形のバルブロは顔を真っ赤にしてアルトに切りかかる。狭い通路では受ける他無く、アルトとバルブロは鍔競り合いになった。
「調子に乗ってベラベラと……。いい加減黙れこのクソアマ!」
「……口だけは達者だな」
 言い放ったアルトは刀を押し返して一瞬距離をとると、猛烈な剣撃を浴びせかけた。右へ左へ、袈裟切り、横薙ぎ。逃げたバルブロを追いかけ突き、突き、突き。烈火の如き猛撃がバルブロの身を寸刻みにえぐっていく。
「好きに生きたのだ。もう思い残すこともないだろ?」
「このクソがぁぁぁぁ!!」
 バルブロは吼えるがもはやまともな反撃はできていない。
 激戦に次ぐ激戦の最前線を渡ってきたハンターの、精鋭中の精鋭である彼女を相手に、たかだか地方都市で暴れていただけの男が勝てるはずもなかった。アルトの一方的な攻勢は続く。しかしアルトは迷った。このままレスターの目の前でこの男を殺して良いものか。逡巡は一瞬だが、その間隙をついて剣がアルトの右腕を掠めた。
 勝機を見いだしたバルブロの顔が邪悪に歪む。一方的に斬りつけているアルトだが、半端な手加減は難しいだろう。逃がしてしまえば元も子もない。アルトが迷いながら距離をつめられずにいると、横合いから現れた赤い影がバルブロを押しのけていた。
「こいつは預かるぞ」
 ジェフリーは鎧ごとぶつかるように鍔迫り合いに持ち込むと、剣を流されるより速く前蹴りが飛び出した。無様に吹っ飛んだバルブロは体勢を整えて逃げようとするが、既にジェフリーと同行したハンター達によって退路はふさがれていた。
 それでも逃げようともがくバルブロは、通路の奥へ奥へと追い込まれていく。レスターは逃げ続ける養父の姿をたまらず走りだそうとした。
「いけません!」
 アルマはレスターを背後から抱きすくめる。レスターは助けを求めるように周囲を見渡した。彼の胸の内に去来するのは、果たしてどんな感情だったのか。早熟した彼はこの結末も予期しただろう。今生の別れは、決して穏やかではないと。
 アルマは震えて俯くレスターを優しく抱きしめた。



 ギルドの壊滅後、レスターはヴェルナの元に身を寄せた。仕事はなくなったがトライフ達の持ち出した取引もあった為に、今はブラックバーン伯爵の兵舎に出仕している。アルマが後に提案した外を見て回る旅はできなかったが、仮にも領主の兵士となった以上、身の振り方に悩む必要はなくなった。
 訓練ばかりでなく兵士として最低限の教養を求められ、暇な事務官を相手に勉学も始めているという。前よりも多忙で自由のない日々が始まった。けれどもレスターの顔には、いつ頃からか年相応の笑顔が戻っていた。

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  • 大口叩きの《役立たず》
    トライフ・A・アルヴァインka0657
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109

重体一覧

参加者一覧

  • 雄弁なる真紅の瞳
    エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029
    人間(紅)|18才|女性|魔術師
  • 大口叩きの《役立たず》
    トライフ・A・アルヴァイン(ka0657
    人間(紅)|23才|男性|機導師
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼(ka4940
    人間(紅)|11才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/09/28 18:05:53
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/09/27 01:49:58