ゲスト
(ka0000)
【深棲】即席代理のコンスタブル
マスター:鹿野やいと

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/07/27 19:00
- 完成日
- 2014/08/06 18:13
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ヴァリオス郊外の倉庫街は阿鼻叫喚に包まれていた。
夕暮れには少し早い頃。漁から戻ってきた船の底から狂気のヴォイドが溢れ出したのだ。
軍人の張る防衛線に安堵していた漁師や水夫達は混乱に陥り、まともな避難もできなかった。
悪いことは重なるもので近辺を守る海軍は、近海まで寄せたヴォイドと戦闘を開始して常駐する戦力を減らしていた。
また同様の事件が隣の港でも起きたために予備の軍もそちらに出動し、その港は空白地帯となっていた。
危急を知らせる鐘は鳴れど、状況は混迷したまま何も伝わらず、多くの人が建物の中に篭り、それが出来ない者は木箱や路地の陰に姿を隠した。
ヴォイドはそのようなことはまるで頓着せず、次々と目標を移していく。
港の近くで逃げ場を失った若い漁師の男は、倉庫の近くの木箱の陰で身を隠していたが早々に見つかってしまった。
逃げ出す漁師は全力で走り出すが、ヴォイドの触手に足をとられて蹴躓いてしまう。
触手はイソギンチャクのそれに良く似ていたが、イソギンチャクに足は生えていないし口もなければ歯も生えていない。
「うわあああああああああああ!!」
この世のものと思えない外見の化け物相手に、漁師の男は完全に恐慌状態に陥っていた。
何度も触手を蹴りつけるが触手の力は弱まる気配がない。ぎりぎりと体を引きずる化け物。男の頭は死の恐怖で塗りつぶされていた。
あわや歯が届くかという時に銃声が響く。ヴォイドの胴体に銃弾が炸裂した。
やってきたのは海軍の士官だった。彼は一歩ずつ近寄りながら確かな動作でライフルのレバーを引いて戻し射撃。
一射するごとにヴォイドの体が吹き飛び、動かなくなると黒い塵となった。
「お怪我はありませんか?」
水夫の男は助け起こされて助けにきた男を見た。彼は丸くて平たい顔で背丈も言うほど高くない。そして見慣れない軍人だった。
港湾で仕事をしていれば警邏の軍人とは顔見知りになるのだが、彼はまるで覚えが無い。
「避難してください。ここは危険です」
「わ……わかりました。しかし……」
「僕はここからまっすぐ来ました。この道なら安全です。さあ、はやく」
丸顔の軍人は立ち上がった漁師の肩をたたいて走らせ、自分は路地の中に入って銃弾の収まったポーチを取り出した。
(まったく、僕は何をしているのだ)
助けにきた軍人、ビクトル・ブランチ大尉は1人溜息をついた。
彼は姉の結婚式に合わせて偶然ヴァリオスに居合わせただけで、今は休暇中である。
義兄が結婚式のついでにと店や倉庫を案内してくれるというので、それに唯々諾々付き従っていただけだ。
その折に事件が起きた。そこで今更姉に良いところを見せようなどと欲をかいたのが良くなかったのだ。
商品の銃をもって現場に急行してみればこの有様。孤軍奮闘戦うはめになってしまった。
一銭にもならない上に勝手に発砲したとなればあとで始末書だ。この状況ならば形式上のものに留まるだろうが、面倒事の類である。
しかし嘆いていても仕方ない。後装式のライフルに次々と弾を詰めていく。
魔導の技術を使っていない為現地での分解整備が容易で、レバーアクションで連発も可能。という受け売りだったが。
(覚えるまでが骨だな)
装填数は7発。預かった実弾は残り70発程度。銃に不具合はないから撃ちつくすまでは戦えるだろう。
そこまで考え移動を開始しようとした矢先だった。
「!?」
動いた影を追って頭上を見ると、ヴォイドが倉庫の壁を歩いていた。
カニのような胴体にケンタウロスよろしく鮫の胴体が生えている。
鮫の頭は鮫らしからぬバネが跳ねるような動きで飛び掛ってきた。
ビクトルは大きな歯の並んだ口を、抜き放ったサーベルで間一髪受け止める。
「むぐ…お!」
ぎりぎりと押さえ込まれ、抜け出せそうにない。顔が徐々に近づいて来る。
目のように見えていた部位は小さな口だった。いや、上半身の穴は全て口になっているのか残らず歯が生えている。
そのたくさんの口が一斉にガチガチと歯を打ち合わせ始めた。気の弱い者なら失神しかねない光景だ。
(これはまずいな)
噛まれてしまったらおしまいだなと、何故か冷静になった。
普段なら仲間と背中を守りあうのだが今日は単独で期待できない。せめて誰かこいつの横っ腹でも蹴ってくれないものか。
そんな勇気は一般市民には無いのだとここ数年の勤務で知りながら、そんな甘い考えが頭を過ぎった。
「マジックアロー!」
鮮烈な声と共に光の矢が投射され、模範的な美しさで一文字の線を空に描く。
光の矢はビクトルに組み付いていたヴォイドの横腹に命中し、その体を傾がせた。
ビクトルは怯んで上体を揺らしたヴォイドを蹴り、受け太刀に使っていたサーベルを翻す。
横一文字に滑らせた刃はヴォイドの喉元を切り裂く。ヴォイドは毒々しい色の血を巻きながら石畳の上をのた打ち回った。
すかさず倒れたヴォイドの脚を2本まとめて踏み砕き、腹と思しき部分へ太刀を深々と突き刺す。
噴水のように血を撒いていたヴォイドはじきに痙攣を止め、黒い霧になって霧散した。
「平気そうね」
ビクトルはようやく、手助けしてくれた相手の姿を見た。
魔法の矢の主は魔術師らしい黒のローブと三角帽子を着た女性だった。
首には魔術学院の証であるスカーフを巻いている。スカーフは薄暗い最中にあっても虹色に輝いていた。
「すまん、助かった」
刀についた血をぬぐう。義兄からのお仕着せでもらったキレイなハンカチだが、今は致し方ない。
「あなた、……1人?」
ビクトルの様子を不審に思ったのか、女性の魔術師は確かめるようにビクトルを見つめる。
気が強そうが、女性らしい感性の持ち主にも見えた。
「1人だ。あいにくと出張中で部下は1人もつれていない」
「そう。軍から救援が来たわけじゃないのね」
「申し訳ない」
落胆したように溜息をつく女性にビクトルは正直に詫びた。
その様子が何かおかしかったのか、女性はまじまじとビクトルを見つめていた。
「……魔術学院のセレーナ・メラスよ。貴方は?」
「ポルトワール駐留海軍のビクトル・ブランチ大尉だ」
敬礼するビクトルの姿に何を得心したのか、セレーナはスタッフを持つ指から力を抜いた。
「ではマギのセレーナ。他に戦力になりそうな人間は近くにいるかな?」
「ハンターが何人か居たわ」
「よし、合流しよう。案内してくれ」
「……わかったわ」
ビクトルは腹を決めていた。軍の到着はまだ遅れるだろう。
その空白の時間は、誰かがなんとしても埋めなくてはならない。
(悪い癖だな。だがする事があるのは悪くない)
新婚夫婦について回るのはすこぶる居心地が悪かった。
良い口実だ。このまま仕事に戻ってしまえば良い。
(……おっと)
安堵したような顔を見られるのはまずい。
ビクトルは顔を叩いて引き締め、案内されるままセレーナの後を走った。
夕暮れには少し早い頃。漁から戻ってきた船の底から狂気のヴォイドが溢れ出したのだ。
軍人の張る防衛線に安堵していた漁師や水夫達は混乱に陥り、まともな避難もできなかった。
悪いことは重なるもので近辺を守る海軍は、近海まで寄せたヴォイドと戦闘を開始して常駐する戦力を減らしていた。
また同様の事件が隣の港でも起きたために予備の軍もそちらに出動し、その港は空白地帯となっていた。
危急を知らせる鐘は鳴れど、状況は混迷したまま何も伝わらず、多くの人が建物の中に篭り、それが出来ない者は木箱や路地の陰に姿を隠した。
ヴォイドはそのようなことはまるで頓着せず、次々と目標を移していく。
港の近くで逃げ場を失った若い漁師の男は、倉庫の近くの木箱の陰で身を隠していたが早々に見つかってしまった。
逃げ出す漁師は全力で走り出すが、ヴォイドの触手に足をとられて蹴躓いてしまう。
触手はイソギンチャクのそれに良く似ていたが、イソギンチャクに足は生えていないし口もなければ歯も生えていない。
「うわあああああああああああ!!」
この世のものと思えない外見の化け物相手に、漁師の男は完全に恐慌状態に陥っていた。
何度も触手を蹴りつけるが触手の力は弱まる気配がない。ぎりぎりと体を引きずる化け物。男の頭は死の恐怖で塗りつぶされていた。
あわや歯が届くかという時に銃声が響く。ヴォイドの胴体に銃弾が炸裂した。
やってきたのは海軍の士官だった。彼は一歩ずつ近寄りながら確かな動作でライフルのレバーを引いて戻し射撃。
一射するごとにヴォイドの体が吹き飛び、動かなくなると黒い塵となった。
「お怪我はありませんか?」
水夫の男は助け起こされて助けにきた男を見た。彼は丸くて平たい顔で背丈も言うほど高くない。そして見慣れない軍人だった。
港湾で仕事をしていれば警邏の軍人とは顔見知りになるのだが、彼はまるで覚えが無い。
「避難してください。ここは危険です」
「わ……わかりました。しかし……」
「僕はここからまっすぐ来ました。この道なら安全です。さあ、はやく」
丸顔の軍人は立ち上がった漁師の肩をたたいて走らせ、自分は路地の中に入って銃弾の収まったポーチを取り出した。
(まったく、僕は何をしているのだ)
助けにきた軍人、ビクトル・ブランチ大尉は1人溜息をついた。
彼は姉の結婚式に合わせて偶然ヴァリオスに居合わせただけで、今は休暇中である。
義兄が結婚式のついでにと店や倉庫を案内してくれるというので、それに唯々諾々付き従っていただけだ。
その折に事件が起きた。そこで今更姉に良いところを見せようなどと欲をかいたのが良くなかったのだ。
商品の銃をもって現場に急行してみればこの有様。孤軍奮闘戦うはめになってしまった。
一銭にもならない上に勝手に発砲したとなればあとで始末書だ。この状況ならば形式上のものに留まるだろうが、面倒事の類である。
しかし嘆いていても仕方ない。後装式のライフルに次々と弾を詰めていく。
魔導の技術を使っていない為現地での分解整備が容易で、レバーアクションで連発も可能。という受け売りだったが。
(覚えるまでが骨だな)
装填数は7発。預かった実弾は残り70発程度。銃に不具合はないから撃ちつくすまでは戦えるだろう。
そこまで考え移動を開始しようとした矢先だった。
「!?」
動いた影を追って頭上を見ると、ヴォイドが倉庫の壁を歩いていた。
カニのような胴体にケンタウロスよろしく鮫の胴体が生えている。
鮫の頭は鮫らしからぬバネが跳ねるような動きで飛び掛ってきた。
ビクトルは大きな歯の並んだ口を、抜き放ったサーベルで間一髪受け止める。
「むぐ…お!」
ぎりぎりと押さえ込まれ、抜け出せそうにない。顔が徐々に近づいて来る。
目のように見えていた部位は小さな口だった。いや、上半身の穴は全て口になっているのか残らず歯が生えている。
そのたくさんの口が一斉にガチガチと歯を打ち合わせ始めた。気の弱い者なら失神しかねない光景だ。
(これはまずいな)
噛まれてしまったらおしまいだなと、何故か冷静になった。
普段なら仲間と背中を守りあうのだが今日は単独で期待できない。せめて誰かこいつの横っ腹でも蹴ってくれないものか。
そんな勇気は一般市民には無いのだとここ数年の勤務で知りながら、そんな甘い考えが頭を過ぎった。
「マジックアロー!」
鮮烈な声と共に光の矢が投射され、模範的な美しさで一文字の線を空に描く。
光の矢はビクトルに組み付いていたヴォイドの横腹に命中し、その体を傾がせた。
ビクトルは怯んで上体を揺らしたヴォイドを蹴り、受け太刀に使っていたサーベルを翻す。
横一文字に滑らせた刃はヴォイドの喉元を切り裂く。ヴォイドは毒々しい色の血を巻きながら石畳の上をのた打ち回った。
すかさず倒れたヴォイドの脚を2本まとめて踏み砕き、腹と思しき部分へ太刀を深々と突き刺す。
噴水のように血を撒いていたヴォイドはじきに痙攣を止め、黒い霧になって霧散した。
「平気そうね」
ビクトルはようやく、手助けしてくれた相手の姿を見た。
魔法の矢の主は魔術師らしい黒のローブと三角帽子を着た女性だった。
首には魔術学院の証であるスカーフを巻いている。スカーフは薄暗い最中にあっても虹色に輝いていた。
「すまん、助かった」
刀についた血をぬぐう。義兄からのお仕着せでもらったキレイなハンカチだが、今は致し方ない。
「あなた、……1人?」
ビクトルの様子を不審に思ったのか、女性の魔術師は確かめるようにビクトルを見つめる。
気が強そうが、女性らしい感性の持ち主にも見えた。
「1人だ。あいにくと出張中で部下は1人もつれていない」
「そう。軍から救援が来たわけじゃないのね」
「申し訳ない」
落胆したように溜息をつく女性にビクトルは正直に詫びた。
その様子が何かおかしかったのか、女性はまじまじとビクトルを見つめていた。
「……魔術学院のセレーナ・メラスよ。貴方は?」
「ポルトワール駐留海軍のビクトル・ブランチ大尉だ」
敬礼するビクトルの姿に何を得心したのか、セレーナはスタッフを持つ指から力を抜いた。
「ではマギのセレーナ。他に戦力になりそうな人間は近くにいるかな?」
「ハンターが何人か居たわ」
「よし、合流しよう。案内してくれ」
「……わかったわ」
ビクトルは腹を決めていた。軍の到着はまだ遅れるだろう。
その空白の時間は、誰かがなんとしても埋めなくてはならない。
(悪い癖だな。だがする事があるのは悪くない)
新婚夫婦について回るのはすこぶる居心地が悪かった。
良い口実だ。このまま仕事に戻ってしまえば良い。
(……おっと)
安堵したような顔を見られるのはまずい。
ビクトルは顔を叩いて引き締め、案内されるままセレーナの後を走った。
リプレイ本文
集まったのは10人。それだけの人間がいたのは幸いだった。
挨拶も相談もそこそこに10人はそれぞれの役目へと散っていった。今は本の僅かの時間が惜しい。
彼らの中最も派手に動き回ることになったのはキヅカ・リク(ka0038)とガルシア・ペレイロ(ka0213)のペアだった。
2人は取り残された船員を探し、船の安全を確保するために港の中央へと走った。
煉瓦造りの倉庫が多いため火災は一部に留まって居るが、煉瓦作りも木を使わないわけではない。
「時間出来たからって遠出したのが間違い……と思ったけど、これはこれで正解だったのかもしれない」
幸いだったのは自衛の為に武器は持っていたことだ。それが行動の決め手にもなった。
「誰か! まだ残ってる人は居ませんか!?」
キヅカは呼びかけながら馬を走らせる。船は小型船ばかりだが人が隠れる程度のスペースはあった。
伺うような視線を感じる。しかし周囲の安全が確認できないためか、水夫達は船にかけてあった幌に隠れて出てこない。
「どうしたら……」
キヅカは安心させるために馬を降り船に近づく。
その彼に答えるように、船の幌から水夫が姿を現した。
水夫の顔は青い。恐怖に引きつっているのか表情も幾分かぎこちなく見える。
「違う! そいつは!」
キヅカが不審に思う間に、ガルシアが飛び込みざまに水夫を切り殺す。
水夫は青い血飛沫をあげて倒れこみ、黒い塵へと変わった。
倒れた時にその足が、蟹のような殻のついた足に変貌しているのが見えた。
「どうやら、ここが出所の一つだったみたいだぜ」
ガルシアが繋留用ボラードの縄を切り、小船に蹴りを入れると、船は岸壁を離れていく。
船の底から岸壁に上がろうとしていたヴォイドは勢いのまま海へと落ちていった。
ヴォイドが溺れることはないだろうが、一斉に飛び掛られる事態だけは回避した。
キヅカは岸壁を這い上がり頭を出した個体から順に、シルバーマグで頭部目掛けて銃弾を撃ち込んだ。
「走ってください! 向こうの赤い屋根の倉庫で私達の仲間が待っています!」
周囲に呼びかけると我先にと水夫や漁師達が船を飛び出していく。
それに呼応されたのか潜んでいたヴォイドが彼らに襲い掛かっていた。
「くそ、あいつら!」
「キリがない。適当にさばいたら切り上げるぞ!」
「了解」
ヴォイドの迎撃を切り上げると、二人は漁師達の行く手を遮るヴォイドは切り倒し撃ち倒す。
状況を収めるにはどうしても人手が不足していた。
港を襲ったヴォイドの過半は小物ばかりだった。
正確には小物ゆえに周囲の探知能力が低いだとか、目立たないというのが実情だ。
陸でもその状況は変わることが無かったのかハンター達への襲撃もマチマチ。
周辺の住民への避難呼びかけに向かっていた神凪 宗(ka0499)とジョージ・ユニクス(ka0442)はどうしても索敵に多くの時間を割かれてしまっていた。
神凪は見つけた何体目かの個体に背後から襲い掛かり、まずはナイフでその脚をえぐった。
苦痛で暴れはするものの鳴き声をあげないのが不気味だった。
神凪は敵が反撃する前に離脱。ジョージが進み出て大振りの一撃で頭を砕いた。
「道を確保しました。皆さんこちらへ」
ジョージが促すと物陰に隠れていた人々が恐る恐る通路を進んだ。
これで避難誘導した人数は30人と少し。少なくは無いが安全な場所に篭る人々を無理に動かす必要はないのでかなり楽ができている。
「なんとかなりそうだな」
神凪は最後の1人がT字路を曲がったのを見て、小さく息をついた。
最初は絶望的な気分だった。混乱の中で頼りに出来る仲間はおらず、避難を促す鐘はならない。
敵の数は不明で海軍の到着は未定のまま。ハンターとの合流は非常にありがたかった。
(最初は少し不安だったがな)
神凪はちらりと目線だけで、装具のベルトを締めなおすジョージを見た。
どう見ても子供な背丈と声、全身鎧に覆面じみた兜。本当に戦えるのかと思ったのが正直なところ。
始まってみればその重装甲がありがたかった。誰かを庇うのにその鎧は十分役割を果たしている。
足が遅い、奇襲に向かない装備だがそれは神凪が補えば良い。
(子供を盾に使うのはいただけないが、同じハンターなら子供扱いも失礼だな)
装具の点検を終えたジョージは視線を上げる。うっかり神凪は目を合わせてしまった。
「どうかしましたか?」
「いや、お前は頼れるやつだなって思っただけさ」
「……何を唐突に。ほら、次行きましょう」
呆れたようにジョージは次の区画に向けて歩き出す。
照れたのかと思ったがこの年頃の事、本気で呆れたのかもしれない。
そんな事を考えながら神凪はジョージの後を追った。
ラルス・コルネリウス(ka1111)、フェイ(ka2533)の2名も他のペアと同じく避難勧告や誘導に徹していた。
二人は他のチームよりも遠くまで移動した。火事の確認や対処もしておきたかったからだ。
人命と言う観点では火事から逃げた人も多く空振りだったが、多くの人が退去したとわかったのは収穫だった。
「前向きすぎないか?」
小走りで駆けながらラルスは疲れた顔をしていた。
フェイは元気付けるように小さく微笑む。
「逃げ遅れた人が居なかったんだから良かったわ。それに、誰も居ないわけでもなかったでしょ」
目の前には同じく来た道を戻りながら一緒に走る人が居る。道の途上で見つけた人達だ。
15人前後か。ほとんどが港湾での労働者で体力はあるが、走るのは苦手という者が多かった。
それでも二人について良く走っていた。息をつく彼らを守るように移動しつつ、フェイは周囲を見渡した。
「この辺って言ってたはずだけど」
丁度良い倉庫が見つかったらしいと報告があった。ジョージや神凪も続々と逃げ切れない人をそこに連れてきているという。
「おい、あれ。くそ!」
ラルスは叫びながら側面から現れたヴォイドに走った。距離がある。間に合わないかもしれない。
懸命に走る彼の前でヴォイドは腕を振り上げ、振り下ろす前に矢で射抜かれた。燈京 紫月 (ka0658)が放ったものだ。
動きを止めたヴォイドを追い撃つようにビクトルが銃弾を浴びせかけた。
「こっちだ。急げ」
手招きに応じて市民たちは動き出す。何時また襲われるかもしれないという恐怖で皆駆け足気味に走っていた。
「しかしキリがない。これは銃剣突撃しかないかもしれんな」
ぼやいて走りながら残り少ない弾を込めていく。更に出現する敵は屋上に居る紫月の射撃で動きを止めていた。
走る彼らを待っていたのは大声を張り上げる蔵野 由佳(ka2451)だった。
「皆さん、早く中へ!」
由佳の誘導で逃げていた市民が全て倉庫の中に入る。
遅れて来たラルス、フェイ、紫月を中に入れ、由佳が続くと外からビクトルとセレーナが扉を閉めた。
ラルスとフェイの二人は、ようやくここで大きく息を吸った。
二人とも長距離を移動してきた為に汗だくで、服が身体に張り付いていた。
「良いところが見つかったんですね」
フェイは倉庫の中を見上げた。高さはそれほどではないが、倉庫の中身はほとんど空。
最初に考えていた広さ、耐久度、敵に襲撃されたときの守りやすさなど、どの点を取っても及第点だ。
「途中で倉庫の持ち主の人と会ったんだ。事情を話したら快く貸してくれたよ」
紫月は自分の手柄でないと謙遜するように言う。
確かに幸運はあった。軍からの受注が増え、荷物の回転が早くなり空になる倉庫が多かった。
しかし当たりをつけてそれを倉庫の持ち主に的確に説明したのは、間違いなく彼女の功績だ。
ラルスとフェイを最後に倉庫の中に招きいれ、外にはビクトルとセレーナが偵察に向かった。
倉庫の中に入った二人は腰を落ち着け、戦闘で受けた傷の応急処置を始めた。
「火事のほうはどうだった?」
「なんとかなったよ」
由佳の問いにラルスは疲れた声でそれだけ答えた。
火災は鎮火しそうにはなかったが、燃え広がる場所は少なかった。
それだけなら放置しても良かったが、油や火薬の倉庫なども周りにある可能性もある。
水をかけての消火は無理と判断したラルスとフェイは、倉庫内に可燃物がないことを確認した上で炎上する屋根を破壊した。
時間がない中ではそれが最良の選択肢だった。
「それって後で怒られないよね?」
紫月が心配そうに聞く。フェイはなんともないと断言した。
建物の構造や機能は技術交流があった為にリアルブルーもクリムゾンウェストも大きく差はない。
そのため消火活動もリアルブルーの19世紀に準じていた。
江戸幕府の時代の火消しが消火の為に家屋を壊したように、彼らにとっても消火の為に破壊は極普通の判断だった。
「そうなんだ。それなら仕方ないね」
「仕方ないけど、折角の観光が台無しだよ」
由佳は地べたに座って脚を放り出す。
軽い言動と軽い感傷ではあったのかもしれないが誰も責めることはなかった。
この緊急事態にあたって手伝いに来るあたり、真っ当な正義を持ち合わせている証拠だったからだ。
彼女は防具になるような物をあまり身につけていなかった為、誰よりも怪我が多かった。
ただそういった事情を考慮しても空気が弛緩するのは避けられず紫月は苦笑をもらした。
狭く土臭い倉庫だったが誰も文句は言わず、誰もが疲れ切ってその場にへたり込んでいた。
この後、ハンター達は周囲の索敵が終了次第、他の区画に避難勧告に向かう予定だった。
しかし偵察に出ていたビクトル大尉がやけに早く戻ってきていた。
「諸君、お待ちかねの連中がきたぞ」
強い調子で言ったのはビクトル大尉だった。
何事かと場に居る全員から注目を浴びる中、大尉はにやりと口元をゆがめていた。
船舶を守りにいったキヅカとガルシアはなおも劣勢を強いられていた。
相手の動きに規則性がない為に行動が予測し辛く、尚且つ陸上であれば建物を始めとする遮蔽物で姿が見えない。
陸上の敵はそれでも音で気配を探ることが出来たが海中の敵はそれすら出来ない為、何度となくピンチになった。
相手には計画性もない為、逃げに徹して状況を立て直す事はできたがそれが限界でもあった。
ただ大騒ぎした甲斐はあった。彼らの働きで幾つかの船が港の外へと脱出を果たしている。
「あとはこいつらをなんとかするだけだな」
ガルシアはうんざりした顔で目の前に集まりつつあるヴォイドの群れを眺めた。
こちらに気付いて集まったわけでなく、二人が少し遠くに移動してる間に特に理由もなく集まっていた。
本能のようなものだろうが甚だ迷惑な話である。彼らは手近に壊せる船も人もないので視線を彷徨わせていた。
こちらには気付いていないがそれも……
「あー……」
キヅカは一体のヴォイドと目があった。他のヴォイドもだ。
まさしく死んだ魚のような目が、ぎょろぎょろと動いて二人を見ている。
「こいつは無理だ。逃げよう」
「異議なしだ!」
ガルシアは素早くキヅカの馬の後ろにのる。
キヅカが馬の腹を蹴るのと、ヴォイドが走り出すのはほぼ同時だった。
馬に二人で乗る分速度は落ちたがヴォイドよりは早い。
最初の思惑に近い状態ではあったが、このヴォイドをどこに連れて行くかは思案にくれる。
そんな時だった。
「二人とも無事ですか? 大丈夫ならそのまままっすぐ走ってください」
トランシーバーから聞こえてきたのは由佳の声だった。
彼女は倉庫の上から大きく手を振っていた。
意図はわからないが彼女の誘導に従い道をまっすぐに走る。
しばらく進んだところで神凪が曲がり角で手招きしていた。
「二人とも、こっちだ!」
その先は隠れるような場所はなかったはずと二人は訝しむ。
キヅカは馬の脚を更に早め、指示通りに曲がり角を曲がった。
「一体何のつも……な!?」
思わず声をあげてしまうキヅカ。
神凪の言うとおり道を通り過ぎると魔導銃をもった海兵達が横三列に並び道をふさいだ。
「構え」
1人服装の違う士官らしき男が自身も銃を構えながら声を張り上げる。
形成されたキルゾーンの中央にヴォイドは真っ直ぐ突入してきた。
「撃て!」
撃鉄の音が鳴り、一斉射撃がヴォイドの群れを襲った。
元々一体一体は脆弱なヴォイドであったから、この攻撃にはひとたまりもなかった。
それぞれが2射したあたりでその場に居たヴォイドは全滅した。
「御協力感謝します。後は我々にお任せください」
海兵の士官はハンター達に敬礼すると兵を引き連れてその場を後にしていった。
別の場所でも発砲の音が聞こえる。海兵達の本隊が到着したのだ。
合流できなかったのはキヅカとガルシアの二人だけで、残りは既にその場に集まっている。
キヅカはぼろぼろで疲れ切った顔を見ているうち、自然と笑いが零れてしまっていた。
「酷い有様だな」
「そうでしょうか?」
言われて今気付いたというようにジョージは自分の鎧を見る。
彼は10人の中で最もヴォイドの撒いた体液に塗れていた。
しかし本人に気にした様子は無い。戦場では勲章のようなものだと思っているのかもしれない。
ただ非日常の戦場は今は去り、彼らの周りには平安が戻りつつあった。
フェイは止血用に取っておいたハンカチで、ジョージの鎧の顔回りを丁寧にぬぐった。
鎧越しとは言え女性にそのようにされるのは恥かしかったのか、ジョージは少し俯いていた。
「ふぅ…やれる事は出来たかしら」
フェイは小さく息をはく。
「だな、お疲れさまだ……次は遊びできてーなぁ、海」
「ん、良いわね海……息抜きには成るかも?」
「よしいくぞ」
ラルスはぶっきらぼうなのか積極的なのかよくわからない答えだった。
ガルシアは冷やかすような興味を引かれたような視線をそちらに向ける。
同じ傭兵隊の仲間という間柄でしかないが、周りにはどう映っただろうか。
「良いねえ二人とも」
「こっちの世界の浜辺にも、美人はたくさんいるのかい?」
聞いたのは神凪だった。転移者の多くは今年が初めての夏になる。
「こんな状況でもなければ居るんじゃねーか?」
ラルスの返答は相変わらず興味がなさそうな響きがあった。
「僕はしばらく海辺は良いです……」
ジョージは1人篭手を眺める。ここ数日走ってたらしい彼は金属の腐食が気になっていた。
そんな他愛の無い話をしながらハンター達はその場を離れた。
後日今回の騒動での活躍は軍経由でハンター協会の知るところとなり、報奨金が海軍より各自に手渡された。
海軍が金を使って不手際を誤魔化すかのような言もあったが、功労者への正当な報酬である事は疑いようもない。
彼らのおかげで港の被害が大きく減じたのは確かなのだから。
手渡しに際しては海に出かけて捕まらない者が居り、その肝の太さに担当職員が驚き呆れたという話を付記しておく。
挨拶も相談もそこそこに10人はそれぞれの役目へと散っていった。今は本の僅かの時間が惜しい。
彼らの中最も派手に動き回ることになったのはキヅカ・リク(ka0038)とガルシア・ペレイロ(ka0213)のペアだった。
2人は取り残された船員を探し、船の安全を確保するために港の中央へと走った。
煉瓦造りの倉庫が多いため火災は一部に留まって居るが、煉瓦作りも木を使わないわけではない。
「時間出来たからって遠出したのが間違い……と思ったけど、これはこれで正解だったのかもしれない」
幸いだったのは自衛の為に武器は持っていたことだ。それが行動の決め手にもなった。
「誰か! まだ残ってる人は居ませんか!?」
キヅカは呼びかけながら馬を走らせる。船は小型船ばかりだが人が隠れる程度のスペースはあった。
伺うような視線を感じる。しかし周囲の安全が確認できないためか、水夫達は船にかけてあった幌に隠れて出てこない。
「どうしたら……」
キヅカは安心させるために馬を降り船に近づく。
その彼に答えるように、船の幌から水夫が姿を現した。
水夫の顔は青い。恐怖に引きつっているのか表情も幾分かぎこちなく見える。
「違う! そいつは!」
キヅカが不審に思う間に、ガルシアが飛び込みざまに水夫を切り殺す。
水夫は青い血飛沫をあげて倒れこみ、黒い塵へと変わった。
倒れた時にその足が、蟹のような殻のついた足に変貌しているのが見えた。
「どうやら、ここが出所の一つだったみたいだぜ」
ガルシアが繋留用ボラードの縄を切り、小船に蹴りを入れると、船は岸壁を離れていく。
船の底から岸壁に上がろうとしていたヴォイドは勢いのまま海へと落ちていった。
ヴォイドが溺れることはないだろうが、一斉に飛び掛られる事態だけは回避した。
キヅカは岸壁を這い上がり頭を出した個体から順に、シルバーマグで頭部目掛けて銃弾を撃ち込んだ。
「走ってください! 向こうの赤い屋根の倉庫で私達の仲間が待っています!」
周囲に呼びかけると我先にと水夫や漁師達が船を飛び出していく。
それに呼応されたのか潜んでいたヴォイドが彼らに襲い掛かっていた。
「くそ、あいつら!」
「キリがない。適当にさばいたら切り上げるぞ!」
「了解」
ヴォイドの迎撃を切り上げると、二人は漁師達の行く手を遮るヴォイドは切り倒し撃ち倒す。
状況を収めるにはどうしても人手が不足していた。
港を襲ったヴォイドの過半は小物ばかりだった。
正確には小物ゆえに周囲の探知能力が低いだとか、目立たないというのが実情だ。
陸でもその状況は変わることが無かったのかハンター達への襲撃もマチマチ。
周辺の住民への避難呼びかけに向かっていた神凪 宗(ka0499)とジョージ・ユニクス(ka0442)はどうしても索敵に多くの時間を割かれてしまっていた。
神凪は見つけた何体目かの個体に背後から襲い掛かり、まずはナイフでその脚をえぐった。
苦痛で暴れはするものの鳴き声をあげないのが不気味だった。
神凪は敵が反撃する前に離脱。ジョージが進み出て大振りの一撃で頭を砕いた。
「道を確保しました。皆さんこちらへ」
ジョージが促すと物陰に隠れていた人々が恐る恐る通路を進んだ。
これで避難誘導した人数は30人と少し。少なくは無いが安全な場所に篭る人々を無理に動かす必要はないのでかなり楽ができている。
「なんとかなりそうだな」
神凪は最後の1人がT字路を曲がったのを見て、小さく息をついた。
最初は絶望的な気分だった。混乱の中で頼りに出来る仲間はおらず、避難を促す鐘はならない。
敵の数は不明で海軍の到着は未定のまま。ハンターとの合流は非常にありがたかった。
(最初は少し不安だったがな)
神凪はちらりと目線だけで、装具のベルトを締めなおすジョージを見た。
どう見ても子供な背丈と声、全身鎧に覆面じみた兜。本当に戦えるのかと思ったのが正直なところ。
始まってみればその重装甲がありがたかった。誰かを庇うのにその鎧は十分役割を果たしている。
足が遅い、奇襲に向かない装備だがそれは神凪が補えば良い。
(子供を盾に使うのはいただけないが、同じハンターなら子供扱いも失礼だな)
装具の点検を終えたジョージは視線を上げる。うっかり神凪は目を合わせてしまった。
「どうかしましたか?」
「いや、お前は頼れるやつだなって思っただけさ」
「……何を唐突に。ほら、次行きましょう」
呆れたようにジョージは次の区画に向けて歩き出す。
照れたのかと思ったがこの年頃の事、本気で呆れたのかもしれない。
そんな事を考えながら神凪はジョージの後を追った。
ラルス・コルネリウス(ka1111)、フェイ(ka2533)の2名も他のペアと同じく避難勧告や誘導に徹していた。
二人は他のチームよりも遠くまで移動した。火事の確認や対処もしておきたかったからだ。
人命と言う観点では火事から逃げた人も多く空振りだったが、多くの人が退去したとわかったのは収穫だった。
「前向きすぎないか?」
小走りで駆けながらラルスは疲れた顔をしていた。
フェイは元気付けるように小さく微笑む。
「逃げ遅れた人が居なかったんだから良かったわ。それに、誰も居ないわけでもなかったでしょ」
目の前には同じく来た道を戻りながら一緒に走る人が居る。道の途上で見つけた人達だ。
15人前後か。ほとんどが港湾での労働者で体力はあるが、走るのは苦手という者が多かった。
それでも二人について良く走っていた。息をつく彼らを守るように移動しつつ、フェイは周囲を見渡した。
「この辺って言ってたはずだけど」
丁度良い倉庫が見つかったらしいと報告があった。ジョージや神凪も続々と逃げ切れない人をそこに連れてきているという。
「おい、あれ。くそ!」
ラルスは叫びながら側面から現れたヴォイドに走った。距離がある。間に合わないかもしれない。
懸命に走る彼の前でヴォイドは腕を振り上げ、振り下ろす前に矢で射抜かれた。燈京 紫月 (ka0658)が放ったものだ。
動きを止めたヴォイドを追い撃つようにビクトルが銃弾を浴びせかけた。
「こっちだ。急げ」
手招きに応じて市民たちは動き出す。何時また襲われるかもしれないという恐怖で皆駆け足気味に走っていた。
「しかしキリがない。これは銃剣突撃しかないかもしれんな」
ぼやいて走りながら残り少ない弾を込めていく。更に出現する敵は屋上に居る紫月の射撃で動きを止めていた。
走る彼らを待っていたのは大声を張り上げる蔵野 由佳(ka2451)だった。
「皆さん、早く中へ!」
由佳の誘導で逃げていた市民が全て倉庫の中に入る。
遅れて来たラルス、フェイ、紫月を中に入れ、由佳が続くと外からビクトルとセレーナが扉を閉めた。
ラルスとフェイの二人は、ようやくここで大きく息を吸った。
二人とも長距離を移動してきた為に汗だくで、服が身体に張り付いていた。
「良いところが見つかったんですね」
フェイは倉庫の中を見上げた。高さはそれほどではないが、倉庫の中身はほとんど空。
最初に考えていた広さ、耐久度、敵に襲撃されたときの守りやすさなど、どの点を取っても及第点だ。
「途中で倉庫の持ち主の人と会ったんだ。事情を話したら快く貸してくれたよ」
紫月は自分の手柄でないと謙遜するように言う。
確かに幸運はあった。軍からの受注が増え、荷物の回転が早くなり空になる倉庫が多かった。
しかし当たりをつけてそれを倉庫の持ち主に的確に説明したのは、間違いなく彼女の功績だ。
ラルスとフェイを最後に倉庫の中に招きいれ、外にはビクトルとセレーナが偵察に向かった。
倉庫の中に入った二人は腰を落ち着け、戦闘で受けた傷の応急処置を始めた。
「火事のほうはどうだった?」
「なんとかなったよ」
由佳の問いにラルスは疲れた声でそれだけ答えた。
火災は鎮火しそうにはなかったが、燃え広がる場所は少なかった。
それだけなら放置しても良かったが、油や火薬の倉庫なども周りにある可能性もある。
水をかけての消火は無理と判断したラルスとフェイは、倉庫内に可燃物がないことを確認した上で炎上する屋根を破壊した。
時間がない中ではそれが最良の選択肢だった。
「それって後で怒られないよね?」
紫月が心配そうに聞く。フェイはなんともないと断言した。
建物の構造や機能は技術交流があった為にリアルブルーもクリムゾンウェストも大きく差はない。
そのため消火活動もリアルブルーの19世紀に準じていた。
江戸幕府の時代の火消しが消火の為に家屋を壊したように、彼らにとっても消火の為に破壊は極普通の判断だった。
「そうなんだ。それなら仕方ないね」
「仕方ないけど、折角の観光が台無しだよ」
由佳は地べたに座って脚を放り出す。
軽い言動と軽い感傷ではあったのかもしれないが誰も責めることはなかった。
この緊急事態にあたって手伝いに来るあたり、真っ当な正義を持ち合わせている証拠だったからだ。
彼女は防具になるような物をあまり身につけていなかった為、誰よりも怪我が多かった。
ただそういった事情を考慮しても空気が弛緩するのは避けられず紫月は苦笑をもらした。
狭く土臭い倉庫だったが誰も文句は言わず、誰もが疲れ切ってその場にへたり込んでいた。
この後、ハンター達は周囲の索敵が終了次第、他の区画に避難勧告に向かう予定だった。
しかし偵察に出ていたビクトル大尉がやけに早く戻ってきていた。
「諸君、お待ちかねの連中がきたぞ」
強い調子で言ったのはビクトル大尉だった。
何事かと場に居る全員から注目を浴びる中、大尉はにやりと口元をゆがめていた。
船舶を守りにいったキヅカとガルシアはなおも劣勢を強いられていた。
相手の動きに規則性がない為に行動が予測し辛く、尚且つ陸上であれば建物を始めとする遮蔽物で姿が見えない。
陸上の敵はそれでも音で気配を探ることが出来たが海中の敵はそれすら出来ない為、何度となくピンチになった。
相手には計画性もない為、逃げに徹して状況を立て直す事はできたがそれが限界でもあった。
ただ大騒ぎした甲斐はあった。彼らの働きで幾つかの船が港の外へと脱出を果たしている。
「あとはこいつらをなんとかするだけだな」
ガルシアはうんざりした顔で目の前に集まりつつあるヴォイドの群れを眺めた。
こちらに気付いて集まったわけでなく、二人が少し遠くに移動してる間に特に理由もなく集まっていた。
本能のようなものだろうが甚だ迷惑な話である。彼らは手近に壊せる船も人もないので視線を彷徨わせていた。
こちらには気付いていないがそれも……
「あー……」
キヅカは一体のヴォイドと目があった。他のヴォイドもだ。
まさしく死んだ魚のような目が、ぎょろぎょろと動いて二人を見ている。
「こいつは無理だ。逃げよう」
「異議なしだ!」
ガルシアは素早くキヅカの馬の後ろにのる。
キヅカが馬の腹を蹴るのと、ヴォイドが走り出すのはほぼ同時だった。
馬に二人で乗る分速度は落ちたがヴォイドよりは早い。
最初の思惑に近い状態ではあったが、このヴォイドをどこに連れて行くかは思案にくれる。
そんな時だった。
「二人とも無事ですか? 大丈夫ならそのまままっすぐ走ってください」
トランシーバーから聞こえてきたのは由佳の声だった。
彼女は倉庫の上から大きく手を振っていた。
意図はわからないが彼女の誘導に従い道をまっすぐに走る。
しばらく進んだところで神凪が曲がり角で手招きしていた。
「二人とも、こっちだ!」
その先は隠れるような場所はなかったはずと二人は訝しむ。
キヅカは馬の脚を更に早め、指示通りに曲がり角を曲がった。
「一体何のつも……な!?」
思わず声をあげてしまうキヅカ。
神凪の言うとおり道を通り過ぎると魔導銃をもった海兵達が横三列に並び道をふさいだ。
「構え」
1人服装の違う士官らしき男が自身も銃を構えながら声を張り上げる。
形成されたキルゾーンの中央にヴォイドは真っ直ぐ突入してきた。
「撃て!」
撃鉄の音が鳴り、一斉射撃がヴォイドの群れを襲った。
元々一体一体は脆弱なヴォイドであったから、この攻撃にはひとたまりもなかった。
それぞれが2射したあたりでその場に居たヴォイドは全滅した。
「御協力感謝します。後は我々にお任せください」
海兵の士官はハンター達に敬礼すると兵を引き連れてその場を後にしていった。
別の場所でも発砲の音が聞こえる。海兵達の本隊が到着したのだ。
合流できなかったのはキヅカとガルシアの二人だけで、残りは既にその場に集まっている。
キヅカはぼろぼろで疲れ切った顔を見ているうち、自然と笑いが零れてしまっていた。
「酷い有様だな」
「そうでしょうか?」
言われて今気付いたというようにジョージは自分の鎧を見る。
彼は10人の中で最もヴォイドの撒いた体液に塗れていた。
しかし本人に気にした様子は無い。戦場では勲章のようなものだと思っているのかもしれない。
ただ非日常の戦場は今は去り、彼らの周りには平安が戻りつつあった。
フェイは止血用に取っておいたハンカチで、ジョージの鎧の顔回りを丁寧にぬぐった。
鎧越しとは言え女性にそのようにされるのは恥かしかったのか、ジョージは少し俯いていた。
「ふぅ…やれる事は出来たかしら」
フェイは小さく息をはく。
「だな、お疲れさまだ……次は遊びできてーなぁ、海」
「ん、良いわね海……息抜きには成るかも?」
「よしいくぞ」
ラルスはぶっきらぼうなのか積極的なのかよくわからない答えだった。
ガルシアは冷やかすような興味を引かれたような視線をそちらに向ける。
同じ傭兵隊の仲間という間柄でしかないが、周りにはどう映っただろうか。
「良いねえ二人とも」
「こっちの世界の浜辺にも、美人はたくさんいるのかい?」
聞いたのは神凪だった。転移者の多くは今年が初めての夏になる。
「こんな状況でもなければ居るんじゃねーか?」
ラルスの返答は相変わらず興味がなさそうな響きがあった。
「僕はしばらく海辺は良いです……」
ジョージは1人篭手を眺める。ここ数日走ってたらしい彼は金属の腐食が気になっていた。
そんな他愛の無い話をしながらハンター達はその場を離れた。
後日今回の騒動での活躍は軍経由でハンター協会の知るところとなり、報奨金が海軍より各自に手渡された。
海軍が金を使って不手際を誤魔化すかのような言もあったが、功労者への正当な報酬である事は疑いようもない。
彼らのおかげで港の被害が大きく減じたのは確かなのだから。
手渡しに際しては海に出かけて捕まらない者が居り、その肝の太さに担当職員が驚き呆れたという話を付記しておく。
依頼結果
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相談卓 鬼塚 陸(ka0038) 人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/07/27 10:07:25 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/22 22:57:04 |