木乃伊取りが木乃伊

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/10/02 19:00
完成日
2015/10/07 02:53

みんなの思い出

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オープニング

「まいったねぇ」
 リアルブルーから転移した考古学者──ヴィオラ=アッシュベリーは、苦い表情を浮かべて呟いた。

 そこはとある遺跡の内部である。以前にも訪れた遺跡だが、今回は辿るルートを変更して奥へ奥へと進んだ結果、実に興味深い場所へと行き着いた。
 この遺跡──昔々の権力者の墓所、その主たる者の寝所。
 広大な空間、死体を一つ安置する場所としては不釣り合いな程に。それはそうだろう。ここに置かれてある棺桶は、一つだけではなかった。
 百は優に超えているだろうか。床一面等間隔に石棺が並べられている。
「殉葬かな、こいつは。確か、邪馬台国の女王様も百人近い奴隷と共に眠ってるんだったか? 世界は違えど、権力者の考える事ってのは同じ様さね」
 ヴィオラに護衛として雇われ付き従って来たハンター達が奇怪な光景を眺め回している中、当の雇い主は経験と知識に照らし合わせながら分析を口にする。
「それにしても──」
 ヴィオラは、額に浮かぶ玉の汗を拭う。この死体安置所でもう一つ特筆する点は、
「──何て暑さだ」
 異様な熱気。ここに至るまでの道程は、寧ろ冷たい空気が滞っていたというのに、この空間だけが異常に熱い。それでも何とか耐えられるのは、空気が乾き切っている為だろう。
 ヴィオラは空間の最奥に設置されてある祭壇へと足を進める。階段を上ると、そこには辛うじて生前の面影を残す一体の老人の木乃伊が安置されていた。
「今晩は、御老体。良く眠っているところ悪いが邪魔するよ。まあ、非礼を詫びなきゃいけない仲でもなかろうがさ。あんたの悪趣味にも随分と付き合わされたしねぇ」
 前回の探索中に嵌められた罠を思い出しながら、ヴィオラは苦笑を浮かべる。
「ん? 何だい、これは」
 ふと、彼女は木乃伊が腕に抱えている物に目を留める。
「巻物? パピルス紙に似ている様だが」
 パピルス紙──リアルブルーの古代エジプトにおいて、パピルスという植物の繊維を使って形成された筆記媒体の一種だ。
 ヴィオラはそのパピルス紙に酷似した材質を丸め紐で綴じた巻物に手を伸ばし、木乃伊化して脆くなった遺体を崩さぬ様に、慎重な手付きで抜き取る。
 その時だ、背後から何かを引き摺る様な音がしたのは。何か──まるで重い石をゆっくりと動かす様な。
 ずりずり、ずりずりと。
 音源は一つではない。その音は幾重にも重なっていて、一つ一つを数える事など叶う筈もないが、それでもおそらく百は優に超えているだろう。
 不吉極まる、交響音楽。やがて、演奏の調子が変化する。
 ずしん、ずしんと。
 重い石を地に落とす様な重低音が、幾つも幾つも木霊して、足下が震える様だ。
 音が鳴り止み、ようやくヴィオラは振り返る。恐る恐ると。
「まいったねぇ」
 目の前の光景を目にして、ヴィオラ=アッシュベリーは苦い表情を浮かべて呟いた。

 悪夢の様な光景だった。
 棺桶の蓋を押し退けて、這いずり出た死者の群れが蠢いている様は。
「流石にこんなものは、向こうじゃお目に掛かれなかったからねぇ。スクリーンの向こうなら、腐る程にありふれていたがさ。と言っても、連中は腐ったりしなかった様だがねぇ」
 死者の群れと聞いて、リアルブルー出身の者が真っ先に想像するのは、生ける腐乱死体──所謂、ゾンビだろう。しかし、今目の前に群れを成しているのは、腐るというよりは乾き切った死体──木乃伊。その肢体には、凡そ水気というものが感じられない。さながら枯れ木の様だ。
「ん?」
 ヴィオラが、木乃伊の群れの中に異物を見付ける。大半の木乃伊が身に着けている衣服は、古代のそれを思わせる様式だが、数体程、明らかに現代風の服装に身を包んでいる木乃伊が混じっている。
「……あれは先客か?」
 おそらくはヴィオラ達よりも先んじてこの場所を訪れ、今現在一行が嵌っている罠で死んだ盗掘屋達だろう。木乃伊化している彼らを見て、ヴィオラはこの空間が何故熱気に包まれているのか、その理由に思い至る。
「まさか、木乃伊を作る為の環境を整えているってのかい? いや、熱だけじゃ不徹底だ。それだけじゃ、死体が木乃伊になる可能性は低い。となると……」
 空間のあちらこちらを見渡して、ヴィオラは目当ての品を見付ける。隅に幾つも置かれた、人間や動物の姿を象った四種の壺を。
「カノプス壺にそっくりだねぇ」
 カノプス壺。それもまた古代エジプト関連の遺物。
 木乃伊を作成する際に不可欠な作業として、人体において最も腐敗し易い部位──心臓以外の内臓、そして脳を摘出するというものがある。その際に取り出した臓器を保存しておく壺。それがカノプス壺だ。ここまで古代エジプトのそれに類似した文化が、偶発的に発生したとは考え難い。他の土地に類例がない事からも、古代のこの土地にリアルブルーからの転移者が現れ、あちらの文化を広めた可能性が高い。
 臓器摘出作業は、まあ考えるまでもなく、木乃伊達が行っているのだろう。彼らは一種の魔法生物──死した後にも使役され、主の遺志に従って行動しているのだ。
 つまりここは、木乃伊の安置所兼、訪れた墓泥棒を材料とした、木乃伊製造工場というわけだ。
「こんの糞爺、本当に最悪の趣味をしやがって。間違いなく地獄行きだっただろうが、たとえ地獄の底で煮え滾る釜の湯だって、あんたにとっては丁度良い湯加減だろうさ」
 ヴィオラは、傍らの老人の木乃伊──心底愉しそうな笑みのまま息絶えた狂人の骸に悪態を吐いた。
「まあ、愚痴を零した所で始まらないか」
 手にした巻物を懐に仕舞うと、ヴィオラは入れ替わりに魔導拳銃を抜き取る。
 眼球をくり抜かれ、皮膚と鼓膜もとうに感覚器官としての機能を失っている筈なのに、木乃伊達は明らかにこちらを認識して、鈍重な動作で向かって来ている。
 いや、仮に五感が生きていた所で、そこから得る情報を処理する為の脳が欠落している。という事は、彼らの肉体を動かしているものは彼らの意思ではないという事。おそらく、この空間自体に、木乃伊を使役する為のシステムとこちらを認識する為のセンサーが備わっているのだろう。それを解除する隙を、ここの主たる性悪爺が残しているとも思えない。
 だが、前回の罠がそうだった様に、こちらの勝ちの目を完全に潰す事はしない筈だ。それは、ただ絶望を与えるだけでは面白くないので、希望をちらつかせ、それを失った時のより深い絶望に陥る獲物の様をあの世で腹を抱えて嗤ってやろうという、とことん捻じ曲がった性根によるものだろうが。
 対面の扉が開いている。つまり、あそこまで辿り着けばこちらの勝ちという事。だが、その為には、生ける屍の群れを突破しなければならない。
 枯れ果てたその身体は脆弱だろうが、石蓋を押し退けた膂力は侮れない。何より恐ろしいのは、やはり数の暴力。とはいえ、
 
 てめえらにそれ以外の選択肢はねえ。精々、儂を愉しませろ。

リプレイ本文

「大丈夫? お姉さん。こういうの苦手だったよね」
 押し寄せて来る木乃伊を前にして、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)が恋人を気に掛ける。
「うん? 全然怖くないよ。余裕余裕。ホントダッテヨユーダワー、ヨユー過ぎて辛いわー」
 ぎこちない声音でレイン・レーネリル(ka2887)が、恋人に応じる。
「無理しなくて良いよ。駄目な時は僕に頼って良いからね」
「だ、大丈夫だって言ってるじゃん……、ばか」
 微笑ましい二人の様子に、状況を忘れてヴィオラがニマニマとした笑みを湛える。
「見掛けに寄らず、ちゃんと男の子してるじゃないさ。きっちり乙女の顔だしねぇ。いやはや、この手のジャンルにカップルは付き物か。夕日にキッス、で締めかねぇ」
「そのエンディング、その他大勢の登場人物は絶滅エンドだろ。あんたも俺達も死体共の仲間入りじゃねえか。勘弁してくれ」
 ヴィオラの呟きに、柊 真司(ka0705)が突っ込みを入れる。
「本当に御免ですよ、木乃伊の仲間入りは。……和みたくなる気持ちはわかりますが。酷い状況ですからねぇ。遺跡探索ってのはこうなるものなんですか?」
 ラシュディア・シュタインバーグ(ka1779)の問いに、ヴィオラは肩を竦めて答えた。
「あたしの行く先々じゃこんなもんさ。同業者には、Ms.Hard Luckとかいう渾名で呼ばれたもんさね」
「できればその話、もっと早くして欲しかったです」
「まったくだ。とんだ依頼人に付いて来ちまったもんだな」
 ラシュディア、柊が溜息を零す。
 彼らの傍らで、小鳥遊宮 歌織(ka5166)と弥栄(ka4950)が会話を繰り広げていた。
「やあ、共に闘うのは初めてになるね」
 酷い状況の中でも淑やかな雰囲気を保ったままの小鳥遊宮が、弥栄に嬉々とした笑みを浮かべる。それは彼の胸に去来する、由縁の知れぬ郷愁の想いから漏れた笑み。
「──ええ、歌織殿。本当に、そうですね」
 弥栄は、その笑みを複雑な表情を浮かべて受ける。共闘。そう、かつて彼の背に負われていた主が、今となっては共に肩を並べて剣を取っている。それは嬉しくもあり、やはり寂しくもある。
「あっちもあっちで、何やら事情がある様だ」
 彼らの間にあるのは、無論色恋ではなく、かつての主従の契り。それは今、千切れてしまったものではあるが。
「また妙な連中が集まったもんだ」
「ヴィオラさんだけには言われたくありませんねぇ」
「言うじゃないか、ラシュ坊」
「ラシュ坊!?」
「それじゃあ、野郎共。悠長に構えてる暇もない様だし、行くとしようかい」

 一行は、壁際を伝って出口を目指す。
「ヴィオラさん、戦闘は俺達に任せて罠の発見に専念してくれませんか? ここの主の性格を鑑みれば、このままで済むとは思えないので」
「OK、ラシュ坊。任されたよ」
 ラシュディアの提案に、ヴィオラが頷く。
「その呼び方。まあ構いませんが」
 苦笑を浮かべるラシュディアを余所に、柊が申し出る。
「なら、俺もその辺に気ぃ配るとしよう。あんた程の知識はねえが、直感に関しちゃ自負があるんでね」
「期待してるよ、兵隊さん」
「元だ、元」
 ヴィオラの軽口をあしらいながら、柊は突撃銃を構えて接近して来る木乃伊に弾丸を叩き込んだ。着弾した腕が粉砕。
「本当に脆いな」
 ラシュディアが杖の先に火を灯す。覚醒に伴い変化した術者の虹彩と同色の火種は、周囲の熱気すら焦がしつつ火球に転ずる。
「最悪の雇用主から解放してあげましょう」
 それを、屍となってまで扱き使われている奴隷の群れへと放り投げた。
「お疲れ様でした」
 灼火に撫でられ、酷使され続けた屍はその隷属の縛りと共に灰塵へと帰す。
「うわー、動いてるよ蠢いてるよ。こ、こっち来んな!」
 レインがややビクつきながら、扇状の火炎を放射して木乃伊達を焼き払う。
「も、悶えてる。やめてやめてやめれー!」
 まるでゴキブリを前にした女子の様な悲鳴を上げるレインに、後続の木乃伊が歩み寄る。
「僕のお姉さんに手を出すな!」
「ルー君……?」
 その前にルーエルが立ちはだかった。彼は華奢な身体で、無骨な魔導機械を腰溜めに構えて引鉄を絞る。使用者の怒気を表すかの様にマテリアルが爆発し、無慈悲な鉄杭が放たれた。杭の一撃を受けた木乃伊が爆散する。
「大丈夫だった!? お姉さん」
 彼は振り返り、恋人に言葉を掛ける。
「やばっ、格好良い……」
 ルーエルの口から思わず乙女の呟きが漏れた。
「? 今、何か言った?」
 その様子にルーエルが小首を傾げる、一転して可憐な仕草を見せる恋人に、レインは我に返って首を振る。
「な、何でもない。私、大丈夫だから。が、頑張っちゃうぞー!」
「お熱いねぇ、火傷しそうだよ」
 周囲の熱気とは無関係に生じた、お熱い空気を煽る様にヴィオラは手団扇を振る。
「彼らの心臓は体内に残ってるんだったね?」
 小鳥遊宮がヴィオラに問う。
「ああ。昔の人間は脳味噌なんぞには目もくれず、心臓にこそ魂の御座があると考えたのさ。だから木乃伊には心臓が残されている」
「成程、良い事を聞いたよ」
 ヴィオラの答えを聞いて、小鳥遊宮が満足気に頷き、花香を纏う小太刀を構えた。その芳香に誘われでもした様に、蝶の幻影が小鳥遊宮の周囲を漂う。
「さて、恋人の逢瀬を邪魔するのは野暮というものだ。風情を解せない君達のお相手は、僕がしてあげよう」
 彼は流麗な動きで木乃伊の懐に飛び込み、小太刀を左胸に突き立てた。正確無比な刺突に心臓を貫かれた木乃伊が、本来取るべき己の振る舞いを思い出したかの様に、膝から崩れ落ちて当たり前の死体へと還る。
「ふふっ、心臓が弱点とは生き物らしいところもあるじゃないか」
 笑みを漏らし、僅かに弛緩した彼へと新手の木乃伊が掴み掛る。
「歌織様!」
 咄嗟にかつての呼称で元主を呼びつつ、弥栄が割って入った。小鳥遊宮に掴み掛る行動を阻止された木乃伊が、それを行った弥栄の腕に噛み付いた。
「お前などが傷付けて良い方ではありませぬ!」
 弥栄は木乃伊を振り払うと、携えた長刀で心の臓をなぞる軌道の斬線を放つ。
「弥栄さん!? 待ってて、今治すから」
「かたじけない、ルーエル殿」
「──だ、大丈夫かい!?」
 しばし唖然としていた小鳥遊宮が、我に返り弥栄の腕に擦り寄る。
「何のこれしき。ルーエル殿のお蔭で癒えました。それより道が開けた様です。先に進みましょう、歌織殿」
「あ、ああ。……そうだね」
 元の呼称に戻った弥栄から促され、小鳥遊宮、そして一行が出口へと向けて邁進する。

「ちっ、やっぱ奥に進むと囲まれちまうな」
 群がる木乃伊達を見渡して、柊が舌打ちを漏らす。
 序盤は前面の木乃伊だけに対処していれば良かったが、奥に進めばそういうわけにもいかない。壁沿いを伝う策で負担は軽減してはいるが、それでも三方の襲撃に備える必要がある。
「なら、更に策を打ちましょう」
 ラシュディアが杖で床を突く。直後、木乃伊達の動きを最も阻害する位置に、土壁が生成。
「通行止めです」
 木乃伊達には標的に対して最短距離──すなわち直線的にしか進まない様だ。突如現れた障害物を迂回する事はせず、土壁をひたすらに叩いている。
「足止めなら、僕も協力するよ」
 ルーエルが小さな頤からボーイ・ソプラノに該当する高音域の声を発して、清廉なる調べを紡ぐ。歌声は、生ける屍の魂に干渉して、その動きを束縛した。
 木乃伊達の行動を戒めている間に、一行が先へ進もうとするが、
「おっと、気を付けな。そこと、ここと、あそこ、踏んだら作動するタイプの罠が仕掛けてある」
 ヴィオラが床の所々を指摘する。
「おい、そこら辺も怪しくないか? 他の所と微妙に風合いが違う気がするんだが」
「おや、見落としがあったかい? 助かったよ」
 更に柊の補足も合わさって、一行は罠を回避しつつ、動きを止めたままの木乃伊の群れをかき分けて行く。
「うらぁ! 邪魔邪魔邪魔ぁ!」
 レインが棒立ちの木乃伊に鋭い蹴りを突き入れる。
「うわぁ、まだこんなに居んの!?」
 吹き飛び倒れた木乃伊の奥に、また木乃伊。
「くそぅ、か、掛かって来いやあー!」
 恐怖心を吹っ切る様に、レインが怒鳴り散らした。

 一行は、銃撃、火炎、爆炎、斬撃、歌声を駆使しつつ、出口を目指して奥へと進む。残す所二十メートルといったところだろうか。
 その時、彼らの後方で土壁が崩壊。しかし、誰一人としてそれを気に掛ける者は居ない。だが彼らは失念している。彼らが回避した、踏む事で作動する罠の事を。そして、この場で足を持ち歩き回る者が、彼らの他にも居る事を。
 突然、巨大な機械が作動する様な音が、不吉に響き渡る。
「門が閉まり出したぞ!?」
 柊が上げた叫びの通り、出口が閉じ始める。
「こいつはちょいと厳しいねぇ」
 今から全力疾走で駆けても間に合うかどうか、更に木乃伊の妨害も鑑みれば酷く厳しい状況だ。
「石棺を蹴飛ばして、つっかえにするのは如何でしょう?」
 弥栄の提案に、ヴィオラが頷く。
「ちょいと運試しになりそうだが、他に手はなさそうだ」
「一人じゃ厳しいだろうし、俺も手を、いや足を貸すぜ」
 柊と弥栄が手近な石棺に足を掛けて、疎らに配置された他の石棺の間を縫って門へと繋がる軌道を見出すと、石棺を蹴り飛ばした。重量のある石棺は、初動にこそ相当の力が必要だが、一度速度を得れば勢い良く滑って行く。道程に立つ木乃伊を巻き込んで、石棺は閉じていく門の間で止まった。
「良い目が出たねぇ」
 都合の良い事に横向きの状態で。だが、
「それ程時間は稼げぬ様子」
 弥栄の指摘の通り、閉まる門による負荷によって石棺に罅が入っていく。
「ラシュ坊、また壁を作れるかい?」
「ええ、一枚目は破壊されましたから。しかし、もっと近付かなければ」
「なら、私達が道を作る事に専念して、ラシュディア君を援護するしかないね」
「──良いんですか?」
 ラシュディアが戸惑いを隠せずに問う。この局面で一人だけ先行させた場合、その者には安全に脱出する絶好の機会を与えるという事になる。その一人が自分で良いのか、そう彼は問うていた。
「良いも悪いも無い。できるのかできないのか、やるのかやらんのかと聞いているんだ」
「やります、必ずやり遂げます」
 元より彼に、そんな薄汚れた安全を己の信念を売ってまで買うつもりは毛頭ない。
「そんじゃ方針も決まったところで」
 柊が突撃銃を魔導計算器に持ち替えると、
「火葬の時間だぜ、死人共!」
 遠くまで伸びる弔いの火を放射する。
 火炎が消え、人型の炭塊が転がる道をラシュディアが駆ける。自身に襲い来る木乃伊を無視して。彼が対応する必要はない。ヴィオラの銃撃が、ルーエルの鉄杭が、弥栄の長刀が、小鳥遊宮の小太刀が、レインが放つ三条の光線が、木乃伊達を討ち払う。
 とうとう石棺が砕けるが、
「壁を作りました、さあ早く!」
 寸での所で生成された土壁が、閉門を阻止。ラシュディアが、味方の援護の為に紫電の矢を放つ。
「良っし、GOGOGOだ!」
 光斬刀を引き抜いて、後ろから迫って来た木乃伊を斬り伏せた柊が、再び突撃銃を構え直して、皆を急かした。

 門の前まで辿り着いた彼らだが、脱出する為には壁を乗り越えていかなければならない。全員が一度にというわけにもいかないだろう。その間は無防備になるし、閉じようとする門の隙間は一人分だ。
 現状、一々順番に拘泥している暇はない。最も高い火力を持つラシュディアと、柊を残して他の五人が脱出する。
 ラシュディアは木乃伊の群れに火球を放つと、次の爆撃の為の火種を杖の先端に灯しつつ、
「さあ早く、殿は俺が務めますから」
「いーや、そいつは俺の役目だ」
「そういうわけには」
「おいおい、見せ場全部取る気かよ、大将」
 突撃銃の反動を肩でいなしながら、柊は映画俳優が銀幕の中で浮かべる様なマッチョな笑みを浮かべると、
「ここは任せて先に行け」
 誰もが一度は言ってみたいであろう台詞を口にする。
「──わかりました。……また会いましょう」
「当たり前だ。こんな所で干乾びて堪るか」
 壁を越えていくラシュディアを柊は背中で見送りながら、空弾倉の交換を行いつつ苦笑を浮かべる。
「やばいな、俺もしかして今世界で一番格好良いんじゃねえか?」
薬室に弾丸を送り、押し寄せる木乃伊に銃火を見舞う。
「柊さん、早く!」
 壁を乗り越えたラシュディアが向こう側から、柊を急かす声を送って来る。彼とて、こんな所でくたばる気はない。さっさと銃撃を切り上げて振り返る。
「ちょっ!?」
 彼の目の前で、無情にも門の負荷に耐え切れなくなった土壁が崩れて行く。
「くそったれが、死んでたまるかぁ!」
 咄嗟に、足下に送ったマテリアルを噴射して、柊は飛ぶ。間一髪の所──門が閉まる直前に、その隙間を縫う様にして潜り抜けた。
「──ははっ、死亡フラグをへし折ってやったぜ。ざまあ見ろ」
 床に転がったまま、柊は思わず弛緩した笑みを漏らす。
「大したもんだねぇ、元兵隊さん」
 ヴィオラが彼の目の前に手を差し出した。
「別のフラグも立てちまったか?」
 その手を掴んで立ち上がりながら、柊が軽口を叩く。
「安心しな。そいつは幻だ」

「それにしても暑かったね。やっぱり外に出るとヒンヤリしていて気持ちいよ。心の方は、中に居た時もヒヤッとしたけど。ねえ、お姉さん」
「そ、そう。私はヨユーだったけど。全然ヨユーだったけど。……でも、しばらく干物は食べたくないかな」
 ルーエルとレインが会話を繰り広げる傍らで、小鳥遊宮が弥栄を案じていた。
「大丈夫だったかい? まだ痛んだりするのかい?」
「いえ、もう大丈夫でございます。どうかお気になさらず」
「本当かい? そう言えばあの時、変な呼び方をしていなかったかな? 確か歌織さ──」
「い、いえっ、そんな事はありませぬ歌織殿っ」
 そんな彼らを見渡して、ヴィオラが頷く。
「皆、無事で何よりだよ」
「そうですね。それ以上の戦果はないでしょう」
 ラシュディアが頷き返す隣で、
「それはそうと、あの巻物には何て書いてあったんだ?」
 柊がヴィオラに問う。
「そうだった、そうだった」
 ヴィオラは巻物を取り出すと、広げて目を通しだした。すると、僅か数秒で紙面を辿る視線が止まる。
「どうしたんですか?」
「何が書いてあったんだよ?」
 訝しむ二人の問い掛けに、ヴィオラはただ一言、
「……馬鹿が見る」
 とだけ呟いた。
「それは、また」
「ま、まあ気にすんなよ。そういう事だってあるだろ?」
 僅かに肩を震わせているヴィオラに、二人が何とも言えない表情を浮かべる。しかし、
「……くっくっくっ、あっはっはっは!」
 彼女は爆笑していた。
「や、やってくれるじゃないか、糞爺。最悪な趣味だが、冗句の方は一級品だ」
 ひとしきり笑い終えると、彼女は門の奥を見据えて一言呟いた。
「馬鹿って言う方が、馬鹿なのさ」

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  • オールラウンドプレイヤー
    柊 真司ka0705
  • 山岳猟団即応員
    ラシュディア・シュタインバーグka1779

重体一覧

参加者一覧

  • オールラウンドプレイヤー
    柊 真司(ka0705
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 山岳猟団即応員
    ラシュディア・シュタインバーグ(ka1779
    人間(紅)|19才|男性|魔術師
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • それでも私はマイペース
    レイン・ゼクシディア(ka2887
    エルフ|16才|女性|機導師
  • 旧き忠に己を尽くして
    弥栄(ka4950
    人間(紅)|21才|男性|舞刀士
  • 開拓者
    小鳥遊宮 歌織(ka5166
    人間(紅)|19才|男性|舞刀士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/09/30 18:56:16
アイコン 相談卓
ルーエル・ゼクシディア(ka2473
人間(クリムゾンウェスト)|17才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/09/30 23:45:47