ゲスト
(ka0000)
【碧剣】始まりの始まり
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/10/04 22:00
- 完成日
- 2015/10/15 20:21
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
逃げる事も、出来た気がする。遠くには疾走している騎馬の群れ。十数頭、くらい。
土煙が激しく、その向こうの様子は伺えない。でも、必ずあの騎馬を追い立てている誰かがいる。
王国北部において、今この時、騎兵を追走できる集団なんて一つしかいない。
――茨小鬼、だ。
緊張で、いやに口が渇く。それでも。
「すみません、僕は行きます」
こうなっては逃げ場が無いのも、ある。
それだけじゃあ、なくて――。
腰に下げた、『しっかりと』手入れのされた碧色の愛剣。
これに恥じない自分に、ならないといけない。誰かを守れる自分に。
だから。
「……良かったら、手伝って下さい!」
往った。
もしこの剣が、僕が思っている以上に凄い何かなら。
それに見合う僕に、ならなくちゃいけない。
「聞きたいこと、あったんだけどなあ……」
ぽつり、と呟いて。震えそうになる足に力を込め、駆け出した。
●
シュリ・エルキンズは王立学校に通う少年である。歳は十六。茶色いクセ毛がどこか幼さを感じさせる。
通常貴族の師弟や騎士の子息が入学する騎士科に入学した彼の評価は悪くはない。勤勉で直向きだと教官たちは口を揃えて言うだろう。
では、同じ学生達からはどうか。口の悪い者ならば、こう述べる。
――リベルタースの田舎者。貧乏者、と。
「……飽きないよなあ、ほんと」
シュリはハンターでもあった。ただしく苦学生である彼は、時折生活費や学費を調達するために依頼を受けている。野戦用の服装で宿舎に戻ったシュリに対して、様々な色の視線が突き刺さる。
「また格下の亜人でも切り捨ててきたのかい、シュリ・エルキンズ?」
「……」
背後から降った声に、覚えがあった。貴族だか豪商だかの次男坊だったか。名前は――ロシュ。そう、ロシュだ。
手入れの行き届いた柔らかな金髪に、切れ長の青い瞳。豪奢極まる装飾の装束に負けぬ輝きを放つ金のネックレスには、大きな碧色の玉が飾られている。全身から放たれる綺羅びやかさに、ただの村民に過ぎないシュリは萎縮してしまった。
「ええ、まあ」
「考査も近いというのに、大した余裕だ」
「……先立つものがなければ、追い出されてしまいますから」
返答が気に召したのか、ロイはくつくつと笑った。
「それでは」
シュリは会釈をしてその場を辞した。
だが。
続いた言葉は、予想外に過ぎた。
「資金の援助なら、私がしてやろうか。金のせいで落第したとなれば、故郷に申し訳がたたないだろう?」
「……いえ」
湧き上がった激情を、何とか飲み下す。
「お心配り、感謝しますが、今のところは何とかやりくりが出来ておりますので――」
辛うじてそれだけを言って、シュリは自室へと駆けた。言葉が、心の奥底に突き刺さるのを感じながら。
その日は食堂で食事を取りたくなくて、シュリは王都をぶらつくことにした。
ロシュ程悪質な人物は少ないとはいえ、ひと目を気にせずに過ごしたかったのもある。幸い、懐も潤っている。
第4街区の中で落ち着けそうな酒場に入ることとした。胸の大きな看板娘に案内されるままにカウンターについて、牛乳とパン、それから得体のしれない肉の山賊焼きを薦められるままに注文した。
「なあアンタ」
すぐに置かれた牛乳で喉を潤す。甘みが故郷を感じさせ、ほっと息をついた。
「おい、聞こえてんのか? アンタだよ、アンタ」
「ぶえっ!?」
ぐいと肩を引かれて、情けない声が上がる。振り向けば、一人の青年がシュリを見つめていた。真剣そのものの表情だ。
「アンタが腰に下げてるその剣、見せてくれ……いや、オヤジさん、悪ぃがこいつは借りて行くぜ」
「え、え、え!?」
シュリの返答も聞かずに、青年はシュリを引きずるようにして店を出て行った。
「食い逃げだけど、いいの?」
「……いざとなったらアイツから金を取りゃァいいさ。店ごと逃げたりはしねえだろう」
とまあ、誰も青年を止める事無く、シュリはあっという間に連れ去られてしまったのだった。
●
王都第3街区の外れ、『Heaven's Blade』という看板が掲げられた店までシュリを引きずってきた青年はイザヤ・A・クロプスと名乗った。
「俺は鍛冶師でな」
「は、はい」
相槌を返しながら、シュリは店の内部を見渡す。木製の建物は東方のそれとどこか雰囲気が似ているように感じたが、それよりも愛剣を手に取るイザヤの様子のほうが気になった。
父が遺した剣だ。その剣が目に留められ、気にならないはずもない。
「なあ。この剣、誰かに預けたのか?」
「えっと……はい、石に突き刺さってたのを抜いた後に」
「チッ……下手な仕事しやがって」
「……ご、ごめんなさい」
殺気すら篭った声に思わず謝ると、イザヤは再び舌打ちを零した。
「アンタじゃねぇよ。謝らなくていい」
「は、はい……」
それから、どれだけの間そうしていただろうか。
「……解らねえ。魔剣の類なのは間違いないが、それにしちゃぁ何かが……欠けてる。造りは偉く立派だが……いや、どこかの誰かのせいで中途半端な仕事だがよ。だが、そうでなくても」
慣れた手つきで碧剣を返したイザヤは、射抜くような目のまま、こう言った。
「こいつは、不完全だ」
「え……?」
●
「と、いうわけで……」
シュリにとって週末はかきいれ時だった。移動用の馬車に揺られながら、王国北部の亜人被害に対応する依頼に参加した彼は今――同行者であるハンター達に事の経緯を相談していた。
「……その後で、イザヤさんに薦められて騎士科の教官の元騎士の方達に詳細を聞こうとしたんですけど……全然、梨の礫で。全然調べられなかったんです。」
シュリ・エルキンズは苦学生である。かつては依頼を出すことも出来たが、此処暫くは割の良い依頼も少なく、蓄えも乏しい。
だから、依頼の同行者に聞くことにしたのだった。ズルをしていることは百も承知である。
「何とか、調べる方法、ないでしょうか……って……えぇ……?」
シュリの声に一同が前方――前線を見据えると、土煙が上がっていた。
「……あれ、僕達が向かってた場所ですよね……」
固唾を飲んで見守る先。土煙の先鋒には騎馬の姿があった。
「潰走、してる……?」
―・―
こうして、シュリと貴方たちハンターは戦場に立つことになったのだった。
なんとも、ありがた迷惑な話であるのだが。
逃げる事も、出来た気がする。遠くには疾走している騎馬の群れ。十数頭、くらい。
土煙が激しく、その向こうの様子は伺えない。でも、必ずあの騎馬を追い立てている誰かがいる。
王国北部において、今この時、騎兵を追走できる集団なんて一つしかいない。
――茨小鬼、だ。
緊張で、いやに口が渇く。それでも。
「すみません、僕は行きます」
こうなっては逃げ場が無いのも、ある。
それだけじゃあ、なくて――。
腰に下げた、『しっかりと』手入れのされた碧色の愛剣。
これに恥じない自分に、ならないといけない。誰かを守れる自分に。
だから。
「……良かったら、手伝って下さい!」
往った。
もしこの剣が、僕が思っている以上に凄い何かなら。
それに見合う僕に、ならなくちゃいけない。
「聞きたいこと、あったんだけどなあ……」
ぽつり、と呟いて。震えそうになる足に力を込め、駆け出した。
●
シュリ・エルキンズは王立学校に通う少年である。歳は十六。茶色いクセ毛がどこか幼さを感じさせる。
通常貴族の師弟や騎士の子息が入学する騎士科に入学した彼の評価は悪くはない。勤勉で直向きだと教官たちは口を揃えて言うだろう。
では、同じ学生達からはどうか。口の悪い者ならば、こう述べる。
――リベルタースの田舎者。貧乏者、と。
「……飽きないよなあ、ほんと」
シュリはハンターでもあった。ただしく苦学生である彼は、時折生活費や学費を調達するために依頼を受けている。野戦用の服装で宿舎に戻ったシュリに対して、様々な色の視線が突き刺さる。
「また格下の亜人でも切り捨ててきたのかい、シュリ・エルキンズ?」
「……」
背後から降った声に、覚えがあった。貴族だか豪商だかの次男坊だったか。名前は――ロシュ。そう、ロシュだ。
手入れの行き届いた柔らかな金髪に、切れ長の青い瞳。豪奢極まる装飾の装束に負けぬ輝きを放つ金のネックレスには、大きな碧色の玉が飾られている。全身から放たれる綺羅びやかさに、ただの村民に過ぎないシュリは萎縮してしまった。
「ええ、まあ」
「考査も近いというのに、大した余裕だ」
「……先立つものがなければ、追い出されてしまいますから」
返答が気に召したのか、ロイはくつくつと笑った。
「それでは」
シュリは会釈をしてその場を辞した。
だが。
続いた言葉は、予想外に過ぎた。
「資金の援助なら、私がしてやろうか。金のせいで落第したとなれば、故郷に申し訳がたたないだろう?」
「……いえ」
湧き上がった激情を、何とか飲み下す。
「お心配り、感謝しますが、今のところは何とかやりくりが出来ておりますので――」
辛うじてそれだけを言って、シュリは自室へと駆けた。言葉が、心の奥底に突き刺さるのを感じながら。
その日は食堂で食事を取りたくなくて、シュリは王都をぶらつくことにした。
ロシュ程悪質な人物は少ないとはいえ、ひと目を気にせずに過ごしたかったのもある。幸い、懐も潤っている。
第4街区の中で落ち着けそうな酒場に入ることとした。胸の大きな看板娘に案内されるままにカウンターについて、牛乳とパン、それから得体のしれない肉の山賊焼きを薦められるままに注文した。
「なあアンタ」
すぐに置かれた牛乳で喉を潤す。甘みが故郷を感じさせ、ほっと息をついた。
「おい、聞こえてんのか? アンタだよ、アンタ」
「ぶえっ!?」
ぐいと肩を引かれて、情けない声が上がる。振り向けば、一人の青年がシュリを見つめていた。真剣そのものの表情だ。
「アンタが腰に下げてるその剣、見せてくれ……いや、オヤジさん、悪ぃがこいつは借りて行くぜ」
「え、え、え!?」
シュリの返答も聞かずに、青年はシュリを引きずるようにして店を出て行った。
「食い逃げだけど、いいの?」
「……いざとなったらアイツから金を取りゃァいいさ。店ごと逃げたりはしねえだろう」
とまあ、誰も青年を止める事無く、シュリはあっという間に連れ去られてしまったのだった。
●
王都第3街区の外れ、『Heaven's Blade』という看板が掲げられた店までシュリを引きずってきた青年はイザヤ・A・クロプスと名乗った。
「俺は鍛冶師でな」
「は、はい」
相槌を返しながら、シュリは店の内部を見渡す。木製の建物は東方のそれとどこか雰囲気が似ているように感じたが、それよりも愛剣を手に取るイザヤの様子のほうが気になった。
父が遺した剣だ。その剣が目に留められ、気にならないはずもない。
「なあ。この剣、誰かに預けたのか?」
「えっと……はい、石に突き刺さってたのを抜いた後に」
「チッ……下手な仕事しやがって」
「……ご、ごめんなさい」
殺気すら篭った声に思わず謝ると、イザヤは再び舌打ちを零した。
「アンタじゃねぇよ。謝らなくていい」
「は、はい……」
それから、どれだけの間そうしていただろうか。
「……解らねえ。魔剣の類なのは間違いないが、それにしちゃぁ何かが……欠けてる。造りは偉く立派だが……いや、どこかの誰かのせいで中途半端な仕事だがよ。だが、そうでなくても」
慣れた手つきで碧剣を返したイザヤは、射抜くような目のまま、こう言った。
「こいつは、不完全だ」
「え……?」
●
「と、いうわけで……」
シュリにとって週末はかきいれ時だった。移動用の馬車に揺られながら、王国北部の亜人被害に対応する依頼に参加した彼は今――同行者であるハンター達に事の経緯を相談していた。
「……その後で、イザヤさんに薦められて騎士科の教官の元騎士の方達に詳細を聞こうとしたんですけど……全然、梨の礫で。全然調べられなかったんです。」
シュリ・エルキンズは苦学生である。かつては依頼を出すことも出来たが、此処暫くは割の良い依頼も少なく、蓄えも乏しい。
だから、依頼の同行者に聞くことにしたのだった。ズルをしていることは百も承知である。
「何とか、調べる方法、ないでしょうか……って……えぇ……?」
シュリの声に一同が前方――前線を見据えると、土煙が上がっていた。
「……あれ、僕達が向かってた場所ですよね……」
固唾を飲んで見守る先。土煙の先鋒には騎馬の姿があった。
「潰走、してる……?」
―・―
こうして、シュリと貴方たちハンターは戦場に立つことになったのだった。
なんとも、ありがた迷惑な話であるのだが。
リプレイ本文
●
「ったく、ひとりで走って行かない……シュリ、待ちなさい!」
「……ぁー」
すぐに追いかけた八原 篝(ka3104)に感謝の視線を送ってそのまま駆け出すシュリの背を半眼で見送った遠火 楓(ka4929)は呆れを吐き出した。
「頭が痛いわ」
馬鹿なの? 死ぬの? そんな呟きを聞きつけた神城・錬(ka3822)が薄く笑う。
「説得力はあるんだがな」
だがまあ、物好きに過ぎる、と苦笑が交じる。此方の話も聞きつけずに駆けていく青さが少しばかり眩しくもあった。
「……どう、かな。俺はよく分かるかも」
胸元へと手をやりながら、ジュード・エアハート(ka0410)。布越しに感じる硬い手応えが思い出となって蘇っているのだろうか。そこには、確かな温かみがあった。
――俺だって、相応しい海商になりたいもの。
その熱ゆえに。ジュードは遺志を継ぐというその行為を好ましく、そして尊く思う。
「べっつに、解らないとは言ってないでしょ?」
楓は小さく唇を尖らせて渋い顔で。
「……どっちにしろ行き先方向だし、勝手に突っ込んて勝手にお陀仏されても私には関係ないけど?」
「それはそれで仕事が増えるし?」
「……うん、仕方ないわね?」
付記しておくが、全て楓である。
デレではない。仕方がないのだ。
「そうだね」「ああ」
ジュードと錬も了解していたのだろう。くすり、と笑い合うとそのまま馬車を降りた。
そこに、一人の青年が続いた。ユージーン・L・ローランド(ka1810)。柔らかな髪色は、生まれの良さを感じさせる。その背に、錬が言葉を投げる。
「アンタもいくのか?」
「ええ。王国の民が困っているならば、助ける理由はそれで十分ですから」
そうしてユージーンは自らの愛馬であるゴースロンに騎乗して、シュリの背を追った。
「物好きばかりじゃないか」
短く笑い、かけ出した錬の視線の先。
シュリを追い越さんと馬を駆る、二人の姿があった。
●
「シュリさん、ごめんなさい、先に行きます! 皆と一緒に来て下さい!」
馬足を活かして、一息に抜き去りながらそう言ったのは柏木 千春(ka3061)。そこに、クレール(ka0586)が続いた。
彼女も千春と同じく馬を走らせながら、その視線はシュリの懐――その剣へと、向いている。
「……『歪虚の襲来によって、職人達が住んでいた街ごと滅んだ。一説には、この技術によって造られた物が、マテリアルを含み、それを歪虚が狙ったともいわれる』」
諳んじたのは、かつて図書館で見つけた記述だ。喪われた鍛冶の道。だからこそ、彼女はそれを確かめたいと願う。
――碧剣の進む道、私もこの目で見届けたい! だから……っ!
彼女が手綱を握る手に、力が入る。
集団に対してやや迂回するようにして近づいていく。馬の足を活かすために、だった。千春は近づきながら、こちらの意図に向こうが気づいたのだと知る。合流しやすいように、馬群を調整していたからだ。そのままに近づき――何と声をかけたものか一瞬迷う。そうこうしている内に騎士たちと並走に至ると、千春はやや慌てた様子で、こう言った。
「こんにちは!」
「ああ、お嬢さん、敢えて光栄だ! ハンターだな! そうだと言ってくれると嬉しい!」
「そうです! 状況を教えて下さい!」
甲冑に身を包んでいて、目元しか伺えないが、安堵の色は確かに感じられた。
「追われてる! えらく強い魔獣と亜人が三匹、それと、亜人の集団だ! 後ろの三匹だけが引き離せん!」
「……クレールさん!」
「うん!」
転瞬。クレールの身体が宙を舞った。マテリアルの光輝を曳きながら、上空から見下ろす。
同時。此方を見上げる汚らしい亜人の下卑た笑いと視線が同時に届いた。その向こうに、遅れて亜人達の集団が至っている事まで確認し、
「拾って、シルブ!」
返る嘶きを受けながら、クレールは愛馬の背へと着地。そして、そのまま無線機へと声を叩き込んだ。
●
『三つ首狼の大物が三体。ソレ以外にも亜人が追ってきてる! 数は――』
届く声を確認しながら、篝は望遠鏡で確認しようとするが土煙と距離ではっきりとその姿は確認できない。
ただ、彼我の距離と残り時間は把握できた。
この場にいるのはシュリと篝だけじゃない。馬上にいるユージーンは騎士が持つ盾を見ようと目を細め、錬はしゅらりと刀を抜いた。
「まずは私たちで対応するわ。どっかの貴族さま? アンタ達が逃げるのも私達に協力するのも任せるから」
無線にそう告げる楓に、意味ありげな視線を送ったジュード。
「優しいね」
「んなわけないでしょ」
計六名。態度はともかく、足並みは揃っている。そこまで確認して、
「シュリ。張り切るのは良いけど、無鉄砲過ぎるわ」
「え!? あ、と……」
一つだけ、篝は釘を刺す。語調は叱咤するようだが、シュリはもう、この少女が厳しいだけの少女ではないことを知っていたから。
「き、気をつけます!」
そう言って、碧色の剣と盾を構える。
つと。その背に、柔らかく手が添えられる。振り向くと、緑色の瞳が見つめ返していた。
「頼りにしてるよ」
手の主は、矢弓を示して微笑むジュード。『彼』のどこか艶のある表情と――信頼に、シュリは顔を赤らめたのだった。
●
「僕たちが食いとめますので、まずは下がっていてください!」
細剣を振りかざそうとするユージーンが声を張る中――交錯は相対速度の中で成された。
一瞬。
此方を獲物と見定めた三つ首狼達が唾液を撒き散らしながら飛び込んでくるのも。
待ち構えていたハンター達、そして、急転換した千春とクレールが、一斉に攻撃を放つのも、だ。
十分な距離を保った篝とジュードの矢弾が、三つ首達のうち、その中央にいる個体へと降り注ぐ。
ギ、とそれを駆る亜人が呻く中で、攻撃は続く。
「月雫……ッ!」
クレールの、振られた右手から、蒼光を曳いた三日月刀が三条の剣閃となって奔り、
「速攻で、片付けます!」
メイスを振る千春は短く声を張ると、腕組むように結ばれた少女を中心に、聖光が爆ぜる。
波濤の如き攻撃を、しかし、三つ首達は踏み抜いた。この戦場において、進まない事は敗北を意味することを理解していたからだろう。戦意は未だ損なわれていない。何より、既に獲物は眼前に在るのだから。
「防御は任せてもいいか?」
「はい!」
短く言葉を残して、錬は速度を上げて側面へと回る。その背を見送ることもなく真正面に残ったシュリと楓へ降り注ぐのは三つ首の、三連の牙だった。待ち構えるシュリに対して――楓は、死線へと一歩、踏み込んだ。
中央へと踏み込んでいく楓を追うように噛み合い、掠めた牙が少女の柔肌を切り裂く。だが、そんなことに頓着しない彼女の瞳孔は肉食獣のソレへと変容し、周囲を取り巻く狐火が一層猛々しく舞った。
「三つあるなら、一つくれてもいいわよね」
瞬後。じ、と。大気が焦げる音を残し、剣閃は中央の個体、そのうち右の首を一つ、切り落とした。残る首と騎手である亜人から憤怒と絶叫の声があがる。統制が乱れた、瞬間。
「――ッ」
短い気勢。錬だ。シュリと楓へと密集しようとする右端の獣の脇腹を蹴って宙空に舞った男は、
「ら、ァ……ッ!」
身を大きく捻じり、刀を振るった。狙いは――繰り手である亜人。動転する亜人はそれを止められず、放り出される。
「シュリさん、今治療を……」
そうして。二匹分の連撃を耐え切ったシュリへと、ユージーンから癒やしの法術が届く。
深手ではあったが、まだ、戦えると思うと同時。
――凄い。
痛みが減じていく中、感嘆すら抱く。
「シュリくん!」
ジュードの言葉で、シュリは我に返る。見れば、幾重にも降り注ぎ、突き立つ矢が獣達の動きを押しとどめていた。
「お、ォ……ッ!」
彼の声に、引き出されるように。碧剣を手に踏み込み、落下した騎手に刃を突き立てる。獣の悔しげな咆哮で止めをさせたことを確認し、大きく後方へと跳んだ。
「行って!」
ジュードの射撃で足が止まっている事を確認した篝は、中央の獣に鋭い射撃を放ちながら、叫んだ。後続が向かってきている。ならば、ここにばかり拘泥している時間はない。
「うん! 行こう、ちーちゃん!」
「ここはお願いします……!」
篝に頭蓋を破られ苦悶の絶叫を上げる中央の獣の傍らを、クレールと千春は馬を駆り突破した。全力疾走をするクレールを千春が追う形になる。
「よ、と」
その間に、錬と楓が挟撃する形で残る一つの首を切り落とすと、中央の獣は脱力して地に伏した。
先ほどと違い、今度はシュリが間に入ることで被弾は無い。
――武器に見合う自分、ね。私とは、逆。
特別な感慨があってのことではない。ただ、シュリと剣の使い方、戦い方の違いを認識しただけのこと。だから、言葉にするのなら。
「その調子。前衛同士負担は軽減し合うのがいいわ」
「はい!」
そのくらいで、ちょうどいい。
――あとは、この二匹。
篝が癒し手であるユージーンへと視線を送れば、同意するように頷きが返る。それを受けて、彼は声を張った。
「騎士団の皆さん! もう落ち着いたかな! 余力とプライドがあるなら戦ってよね!」
●
接敵まで、暫し。
「散開しよう、ちーちゃん!」
「うん!」
チャリオットに乗る亜人が杖を翳す姿を見たクレールの言葉で、互いの距離を開く。十分な距離を開けたまま、僅かにクレールが先行。飛んできた炎を浴びながら、それでも刻んだ機導術が発動した。その手から紅炎が渦を巻き、剣を成す。
「火竜……っ!」
最前から突っ込んできた亜人達を薙ぎ払う赤い剣に、千春が続く。切り込むように敵陣深くに入り込んだ、交錯直前。少女を中心に、聖光が爆ぜた。
この初手で、実に六騎のライダーが落ちた。密集していた事が仇となった形。
「……これなら、私達だけでも抑えられる……っ!」
そう、クレールが気勢を発したと同時の事だった。
後方から、嘶きと鬨の声が響いていた。それが、瞬く間に大きくなってくる。
「わっ?」
騎士たちのものだと知って驚いたのは、むしろクレール達の方だった。
クレール達が抜けた直後、ジュードの呼びかけに応じた騎士達の参入は大きかった。ハンター程ではなくとも、数が多く、ハンター達の火力を十二分に活かせる。そして。
「……え?」
眼前。亜人達は踵を返していた。なぜか、と、思うまでも無い。三つ首達――そしてそれらを駆る亜人が、全て果てたからだと知れる。
――そこからは、追撃戦の様相となった。
特筆記すべきもない、鮮やかな終局であった。
●
追走していく騎士たちを他所に汗を拭うシュリに、手が差し出された。
「そういえば、名乗りが未だだったな。神城という。よろしく頼む」
握り返すと、硬い手応えが返る。誰かに似た手だ、とシュリは感じてすぐにイザヤを思い返した。照れくさそうに錬は笑い、
「よければ、その剣を見せてもらってもいいか。実は気になっていてな」
「あ、はい、どうぞ」
差し出された剣から丁寧に脂を取り、指でなぞる。その感触に、そこに込められた冴えに、錬は息を吐いた。
「……未完成、か」
吐息は重く、苦しげですらあった。それを感じる事も、欠けているものにも今の錬にはまだ遠い。
「ダメ、ですね。僕程度の見聞では」
傍らからのぞき見ていたユージーンが同じく唸る。
「魔法鍛冶は、歪虚を呼ぶ……」
「魔法、鍛冶?」
ぽつ、と。周囲を警戒しながら呟いたのはクレールだ。反芻するシュリに、続ける。
「うん、アークエルスで見つけた記述なんだ……道行きは、気になるけど。気をつけてね」
「……は、はい」
神妙に頷くシュリの声を聞きながら、楓はぶはぁ、と紫煙と女子力を吐き出した。
ユージーンの治療で傷は癒えたが、とんだタダ働きになってしまった、という落胆のほうが深い。
苛立ちに似た感情を包み隠さずに、言う。
「特殊な魔剣なら古い文献とかには書いてないの?
騎士に聞いて分からないなら魔術方面の研究者に当たるとかさ」
「け、研究者って言っても、知り合いなんて……」
「そうよね。そんな感じだわ、あんた」
不機嫌な楓に素直にビビるシュリに、楓は眉間の皺を深めた。
そこに。
「貴重な魔剣、ね……何かカッコイイ名前でもあったりして。そうだ、同盟の魔術師協会で鑑定してもらうとかはどうかしら。リゼリオを経由したらシュリでも行けるんじゃない?」
篝が、助け舟を出した。
「……あ、でも。王国はアークエルスも学術都市として有名だっけ……そういえば、前にそこの領主の依頼受けてたわよね」
「あー」
ちら、と。脳裏を過ったのは汚らしい何かだった。慌てて、記憶に蓋をした瞬後、別なものが込み上がる。
「って! 領主ってフリュイ様ですか? それこそ――」
「……そうですね。あの方と一介の学生が謁見するのは難しいかと」
動転するシュリに、ユージーンが同意を示した。だが、その口調には彼にしては珍しく稚気が混じっていた。
「ただ……あそこの貴族様あたりに紹介状を書いていただけば良いのではないでしょうか?」
「……あ」
「たえ戦場に駆り出された次男坊でも、まさか貴族ともあろう者が命の恩人の頼みを無下にするような恩知らずはしませんから、ね」
残った笑い声は、ある意味でとても、彼らしいものだった。
●
ユージーンの交渉(?)は、快諾と共に受け容れられた。戻ってきた貴族――クリスライルというらしい――が気前よく応じた後の移動中、千春は思いついたように、
「シュリさんのお父様はどんな方だったんですか?」
その視線の先には、碧色の剣。どこか静謐さを感じる、きれいな剣だな、と素直に思った。
「剣が人を映す鏡となるように、人も剣を映す鏡になると思います。お父様を良く知る人に話しを聞いてみたら、なにか糸口が掴めるかもしれませんよ。心当たり、ありますか?」
「……た、多分、ある、と思います」
シュリはこれからするべき事か、はたまた知人かを指折り数え始める。どこか浮ついた横顔に、千春は笑みを零す。
「やること、多いと思うけどさ」
言葉と共に、ジュードが伸ばした手を、シュリは反射的に握り返した。
「頑張ろうねー。一緒に、さ!」
「……はい!」
ジュードの言葉に籠められた共感の色、そして、彼自身が手にしている懐の時計。そこから、感じる物があったのだろう。シュリは大きく頷くと、ジュードの細い手を、固く握り返したのだった。
その後。はー、と。感じ入るように息を吐くシュリに、篝は笑いかけた。
「シュリは十分強くなってるんじゃない?」
紡がれたのは、想うままの、やわらかな言葉。
「初めて会った時とは全然違うわよ」
「……そうだと、嬉しいです」
手元を見つめたまま、シュリは頬を赤らめて、そう言った。
今はただ、自らの成長をこうして実感できた事が、嬉しくて。
これからの道行きに、思いを馳せる事ができたから。
「ったく、ひとりで走って行かない……シュリ、待ちなさい!」
「……ぁー」
すぐに追いかけた八原 篝(ka3104)に感謝の視線を送ってそのまま駆け出すシュリの背を半眼で見送った遠火 楓(ka4929)は呆れを吐き出した。
「頭が痛いわ」
馬鹿なの? 死ぬの? そんな呟きを聞きつけた神城・錬(ka3822)が薄く笑う。
「説得力はあるんだがな」
だがまあ、物好きに過ぎる、と苦笑が交じる。此方の話も聞きつけずに駆けていく青さが少しばかり眩しくもあった。
「……どう、かな。俺はよく分かるかも」
胸元へと手をやりながら、ジュード・エアハート(ka0410)。布越しに感じる硬い手応えが思い出となって蘇っているのだろうか。そこには、確かな温かみがあった。
――俺だって、相応しい海商になりたいもの。
その熱ゆえに。ジュードは遺志を継ぐというその行為を好ましく、そして尊く思う。
「べっつに、解らないとは言ってないでしょ?」
楓は小さく唇を尖らせて渋い顔で。
「……どっちにしろ行き先方向だし、勝手に突っ込んて勝手にお陀仏されても私には関係ないけど?」
「それはそれで仕事が増えるし?」
「……うん、仕方ないわね?」
付記しておくが、全て楓である。
デレではない。仕方がないのだ。
「そうだね」「ああ」
ジュードと錬も了解していたのだろう。くすり、と笑い合うとそのまま馬車を降りた。
そこに、一人の青年が続いた。ユージーン・L・ローランド(ka1810)。柔らかな髪色は、生まれの良さを感じさせる。その背に、錬が言葉を投げる。
「アンタもいくのか?」
「ええ。王国の民が困っているならば、助ける理由はそれで十分ですから」
そうしてユージーンは自らの愛馬であるゴースロンに騎乗して、シュリの背を追った。
「物好きばかりじゃないか」
短く笑い、かけ出した錬の視線の先。
シュリを追い越さんと馬を駆る、二人の姿があった。
●
「シュリさん、ごめんなさい、先に行きます! 皆と一緒に来て下さい!」
馬足を活かして、一息に抜き去りながらそう言ったのは柏木 千春(ka3061)。そこに、クレール(ka0586)が続いた。
彼女も千春と同じく馬を走らせながら、その視線はシュリの懐――その剣へと、向いている。
「……『歪虚の襲来によって、職人達が住んでいた街ごと滅んだ。一説には、この技術によって造られた物が、マテリアルを含み、それを歪虚が狙ったともいわれる』」
諳んじたのは、かつて図書館で見つけた記述だ。喪われた鍛冶の道。だからこそ、彼女はそれを確かめたいと願う。
――碧剣の進む道、私もこの目で見届けたい! だから……っ!
彼女が手綱を握る手に、力が入る。
集団に対してやや迂回するようにして近づいていく。馬の足を活かすために、だった。千春は近づきながら、こちらの意図に向こうが気づいたのだと知る。合流しやすいように、馬群を調整していたからだ。そのままに近づき――何と声をかけたものか一瞬迷う。そうこうしている内に騎士たちと並走に至ると、千春はやや慌てた様子で、こう言った。
「こんにちは!」
「ああ、お嬢さん、敢えて光栄だ! ハンターだな! そうだと言ってくれると嬉しい!」
「そうです! 状況を教えて下さい!」
甲冑に身を包んでいて、目元しか伺えないが、安堵の色は確かに感じられた。
「追われてる! えらく強い魔獣と亜人が三匹、それと、亜人の集団だ! 後ろの三匹だけが引き離せん!」
「……クレールさん!」
「うん!」
転瞬。クレールの身体が宙を舞った。マテリアルの光輝を曳きながら、上空から見下ろす。
同時。此方を見上げる汚らしい亜人の下卑た笑いと視線が同時に届いた。その向こうに、遅れて亜人達の集団が至っている事まで確認し、
「拾って、シルブ!」
返る嘶きを受けながら、クレールは愛馬の背へと着地。そして、そのまま無線機へと声を叩き込んだ。
●
『三つ首狼の大物が三体。ソレ以外にも亜人が追ってきてる! 数は――』
届く声を確認しながら、篝は望遠鏡で確認しようとするが土煙と距離ではっきりとその姿は確認できない。
ただ、彼我の距離と残り時間は把握できた。
この場にいるのはシュリと篝だけじゃない。馬上にいるユージーンは騎士が持つ盾を見ようと目を細め、錬はしゅらりと刀を抜いた。
「まずは私たちで対応するわ。どっかの貴族さま? アンタ達が逃げるのも私達に協力するのも任せるから」
無線にそう告げる楓に、意味ありげな視線を送ったジュード。
「優しいね」
「んなわけないでしょ」
計六名。態度はともかく、足並みは揃っている。そこまで確認して、
「シュリ。張り切るのは良いけど、無鉄砲過ぎるわ」
「え!? あ、と……」
一つだけ、篝は釘を刺す。語調は叱咤するようだが、シュリはもう、この少女が厳しいだけの少女ではないことを知っていたから。
「き、気をつけます!」
そう言って、碧色の剣と盾を構える。
つと。その背に、柔らかく手が添えられる。振り向くと、緑色の瞳が見つめ返していた。
「頼りにしてるよ」
手の主は、矢弓を示して微笑むジュード。『彼』のどこか艶のある表情と――信頼に、シュリは顔を赤らめたのだった。
●
「僕たちが食いとめますので、まずは下がっていてください!」
細剣を振りかざそうとするユージーンが声を張る中――交錯は相対速度の中で成された。
一瞬。
此方を獲物と見定めた三つ首狼達が唾液を撒き散らしながら飛び込んでくるのも。
待ち構えていたハンター達、そして、急転換した千春とクレールが、一斉に攻撃を放つのも、だ。
十分な距離を保った篝とジュードの矢弾が、三つ首達のうち、その中央にいる個体へと降り注ぐ。
ギ、とそれを駆る亜人が呻く中で、攻撃は続く。
「月雫……ッ!」
クレールの、振られた右手から、蒼光を曳いた三日月刀が三条の剣閃となって奔り、
「速攻で、片付けます!」
メイスを振る千春は短く声を張ると、腕組むように結ばれた少女を中心に、聖光が爆ぜる。
波濤の如き攻撃を、しかし、三つ首達は踏み抜いた。この戦場において、進まない事は敗北を意味することを理解していたからだろう。戦意は未だ損なわれていない。何より、既に獲物は眼前に在るのだから。
「防御は任せてもいいか?」
「はい!」
短く言葉を残して、錬は速度を上げて側面へと回る。その背を見送ることもなく真正面に残ったシュリと楓へ降り注ぐのは三つ首の、三連の牙だった。待ち構えるシュリに対して――楓は、死線へと一歩、踏み込んだ。
中央へと踏み込んでいく楓を追うように噛み合い、掠めた牙が少女の柔肌を切り裂く。だが、そんなことに頓着しない彼女の瞳孔は肉食獣のソレへと変容し、周囲を取り巻く狐火が一層猛々しく舞った。
「三つあるなら、一つくれてもいいわよね」
瞬後。じ、と。大気が焦げる音を残し、剣閃は中央の個体、そのうち右の首を一つ、切り落とした。残る首と騎手である亜人から憤怒と絶叫の声があがる。統制が乱れた、瞬間。
「――ッ」
短い気勢。錬だ。シュリと楓へと密集しようとする右端の獣の脇腹を蹴って宙空に舞った男は、
「ら、ァ……ッ!」
身を大きく捻じり、刀を振るった。狙いは――繰り手である亜人。動転する亜人はそれを止められず、放り出される。
「シュリさん、今治療を……」
そうして。二匹分の連撃を耐え切ったシュリへと、ユージーンから癒やしの法術が届く。
深手ではあったが、まだ、戦えると思うと同時。
――凄い。
痛みが減じていく中、感嘆すら抱く。
「シュリくん!」
ジュードの言葉で、シュリは我に返る。見れば、幾重にも降り注ぎ、突き立つ矢が獣達の動きを押しとどめていた。
「お、ォ……ッ!」
彼の声に、引き出されるように。碧剣を手に踏み込み、落下した騎手に刃を突き立てる。獣の悔しげな咆哮で止めをさせたことを確認し、大きく後方へと跳んだ。
「行って!」
ジュードの射撃で足が止まっている事を確認した篝は、中央の獣に鋭い射撃を放ちながら、叫んだ。後続が向かってきている。ならば、ここにばかり拘泥している時間はない。
「うん! 行こう、ちーちゃん!」
「ここはお願いします……!」
篝に頭蓋を破られ苦悶の絶叫を上げる中央の獣の傍らを、クレールと千春は馬を駆り突破した。全力疾走をするクレールを千春が追う形になる。
「よ、と」
その間に、錬と楓が挟撃する形で残る一つの首を切り落とすと、中央の獣は脱力して地に伏した。
先ほどと違い、今度はシュリが間に入ることで被弾は無い。
――武器に見合う自分、ね。私とは、逆。
特別な感慨があってのことではない。ただ、シュリと剣の使い方、戦い方の違いを認識しただけのこと。だから、言葉にするのなら。
「その調子。前衛同士負担は軽減し合うのがいいわ」
「はい!」
そのくらいで、ちょうどいい。
――あとは、この二匹。
篝が癒し手であるユージーンへと視線を送れば、同意するように頷きが返る。それを受けて、彼は声を張った。
「騎士団の皆さん! もう落ち着いたかな! 余力とプライドがあるなら戦ってよね!」
●
接敵まで、暫し。
「散開しよう、ちーちゃん!」
「うん!」
チャリオットに乗る亜人が杖を翳す姿を見たクレールの言葉で、互いの距離を開く。十分な距離を開けたまま、僅かにクレールが先行。飛んできた炎を浴びながら、それでも刻んだ機導術が発動した。その手から紅炎が渦を巻き、剣を成す。
「火竜……っ!」
最前から突っ込んできた亜人達を薙ぎ払う赤い剣に、千春が続く。切り込むように敵陣深くに入り込んだ、交錯直前。少女を中心に、聖光が爆ぜた。
この初手で、実に六騎のライダーが落ちた。密集していた事が仇となった形。
「……これなら、私達だけでも抑えられる……っ!」
そう、クレールが気勢を発したと同時の事だった。
後方から、嘶きと鬨の声が響いていた。それが、瞬く間に大きくなってくる。
「わっ?」
騎士たちのものだと知って驚いたのは、むしろクレール達の方だった。
クレール達が抜けた直後、ジュードの呼びかけに応じた騎士達の参入は大きかった。ハンター程ではなくとも、数が多く、ハンター達の火力を十二分に活かせる。そして。
「……え?」
眼前。亜人達は踵を返していた。なぜか、と、思うまでも無い。三つ首達――そしてそれらを駆る亜人が、全て果てたからだと知れる。
――そこからは、追撃戦の様相となった。
特筆記すべきもない、鮮やかな終局であった。
●
追走していく騎士たちを他所に汗を拭うシュリに、手が差し出された。
「そういえば、名乗りが未だだったな。神城という。よろしく頼む」
握り返すと、硬い手応えが返る。誰かに似た手だ、とシュリは感じてすぐにイザヤを思い返した。照れくさそうに錬は笑い、
「よければ、その剣を見せてもらってもいいか。実は気になっていてな」
「あ、はい、どうぞ」
差し出された剣から丁寧に脂を取り、指でなぞる。その感触に、そこに込められた冴えに、錬は息を吐いた。
「……未完成、か」
吐息は重く、苦しげですらあった。それを感じる事も、欠けているものにも今の錬にはまだ遠い。
「ダメ、ですね。僕程度の見聞では」
傍らからのぞき見ていたユージーンが同じく唸る。
「魔法鍛冶は、歪虚を呼ぶ……」
「魔法、鍛冶?」
ぽつ、と。周囲を警戒しながら呟いたのはクレールだ。反芻するシュリに、続ける。
「うん、アークエルスで見つけた記述なんだ……道行きは、気になるけど。気をつけてね」
「……は、はい」
神妙に頷くシュリの声を聞きながら、楓はぶはぁ、と紫煙と女子力を吐き出した。
ユージーンの治療で傷は癒えたが、とんだタダ働きになってしまった、という落胆のほうが深い。
苛立ちに似た感情を包み隠さずに、言う。
「特殊な魔剣なら古い文献とかには書いてないの?
騎士に聞いて分からないなら魔術方面の研究者に当たるとかさ」
「け、研究者って言っても、知り合いなんて……」
「そうよね。そんな感じだわ、あんた」
不機嫌な楓に素直にビビるシュリに、楓は眉間の皺を深めた。
そこに。
「貴重な魔剣、ね……何かカッコイイ名前でもあったりして。そうだ、同盟の魔術師協会で鑑定してもらうとかはどうかしら。リゼリオを経由したらシュリでも行けるんじゃない?」
篝が、助け舟を出した。
「……あ、でも。王国はアークエルスも学術都市として有名だっけ……そういえば、前にそこの領主の依頼受けてたわよね」
「あー」
ちら、と。脳裏を過ったのは汚らしい何かだった。慌てて、記憶に蓋をした瞬後、別なものが込み上がる。
「って! 領主ってフリュイ様ですか? それこそ――」
「……そうですね。あの方と一介の学生が謁見するのは難しいかと」
動転するシュリに、ユージーンが同意を示した。だが、その口調には彼にしては珍しく稚気が混じっていた。
「ただ……あそこの貴族様あたりに紹介状を書いていただけば良いのではないでしょうか?」
「……あ」
「たえ戦場に駆り出された次男坊でも、まさか貴族ともあろう者が命の恩人の頼みを無下にするような恩知らずはしませんから、ね」
残った笑い声は、ある意味でとても、彼らしいものだった。
●
ユージーンの交渉(?)は、快諾と共に受け容れられた。戻ってきた貴族――クリスライルというらしい――が気前よく応じた後の移動中、千春は思いついたように、
「シュリさんのお父様はどんな方だったんですか?」
その視線の先には、碧色の剣。どこか静謐さを感じる、きれいな剣だな、と素直に思った。
「剣が人を映す鏡となるように、人も剣を映す鏡になると思います。お父様を良く知る人に話しを聞いてみたら、なにか糸口が掴めるかもしれませんよ。心当たり、ありますか?」
「……た、多分、ある、と思います」
シュリはこれからするべき事か、はたまた知人かを指折り数え始める。どこか浮ついた横顔に、千春は笑みを零す。
「やること、多いと思うけどさ」
言葉と共に、ジュードが伸ばした手を、シュリは反射的に握り返した。
「頑張ろうねー。一緒に、さ!」
「……はい!」
ジュードの言葉に籠められた共感の色、そして、彼自身が手にしている懐の時計。そこから、感じる物があったのだろう。シュリは大きく頷くと、ジュードの細い手を、固く握り返したのだった。
その後。はー、と。感じ入るように息を吐くシュリに、篝は笑いかけた。
「シュリは十分強くなってるんじゃない?」
紡がれたのは、想うままの、やわらかな言葉。
「初めて会った時とは全然違うわよ」
「……そうだと、嬉しいです」
手元を見つめたまま、シュリは頬を赤らめて、そう言った。
今はただ、自らの成長をこうして実感できた事が、嬉しくて。
これからの道行きに、思いを馳せる事ができたから。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 ジュード・エアハート(ka0410) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2015/10/04 17:37:33 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/09/29 10:56:52 |