ゲスト
(ka0000)
小さな森、秘められた絆
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/10/08 09:00
- 完成日
- 2015/10/10 23:17
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
風が涼しい。頬に当たる風はまるで精霊の身に着ける衣が優しく撫でてくれるような。
風は平等に野山を駆ける。砂っぽい大地の上も、水路の流れを作る水たちも。 背を伸ばす穂のついたものも、丸くかたどる香草も。皆一様にさざめく。
「いい香りだ」
ドワーフのギムレットは夕暮れの七色の空をゆっくりと登り始める月を見上げながら馬乳酒を傾けた。
ほんの一月前には香りを楽しむこともできなかった。月を見上げることも。正のマテリアルが死に、死の大地となったこの荒野に植物も含め命の影はなく妖霧が漂い、腐ったような臭いがうすらと立ち込めていた。昼間ですら歩くことも億劫にさせるような空間。
それが今や、草花が芽生えギムレットの腰丈を覆っている。優しく時に強く吹く風は霧を晴らし、星天をも見せてくれた。
命は戻り始めている。
死にかけた大地は息を吹き返そうとしている。ほんのわずかな人々の手によって。
「なあ、アガスティア。もうすぐ冬が来る。寒さの準備も少しずつ始めた方がいいんじゃないのか」
ギムレットは振り返り、後ろに立つエルフの女、アガスティアを見やった。
ここが森から荒野に変わる前からずっとこの大地に根差して来た、ただ一人の人物。
最初は誰をも寄せ付けぬ狭量で、自然とだけ仲良くするような、堅苦しいエルフを形にしたような女だと思ったのは、自分がドワーフだからだろうか。
何度かぶつかったが、仲を取り持つ人に助けられていく内に変わったのは、自分か彼女か。
「……アガスティア?」
返事のしない彼女は、ただ風上に向かって険しい顔をするばかりであった。こんなに険しい顔を見るのは初めてかもしれないとギムレットは起き上がり、そしてその異変に気付いた。
カビ臭い。空気が綺麗になったからこそ、その臭いは殊更際立つ。
末期まで人の記憶に残るという香りの記憶が、穏やかだったギムレットの頭をひっぱたくような衝撃だった。
「マジかよ……」
ギムレットは機杖を取り、臭いのする方向へ走り、すぐそれを見つけた。
この大地にあった『森』を食いつくした張本人。そしてこの空間に流れる水を枯らせ、大地を腐らせ、風を淀ませた。万を超える樹を塵へと変えた。
ギムレットは馬乳酒で潤したばかりの喉が急激に乾いていくのを覚えた。
月明かりがそれによって隠される。
「残って、いやがった……」
ことごとく倒したはずだった歪虚。
正のマテリアルをただ食らいつくすだけの貪欲なる本能と、それによって蓄え続けた無尽蔵の生命力と繁殖力。
雑魔で正式な名前すらないカビを元にした歪虚。うず高くつもったそれは3mを超える巨人の様であった。
ズ、ズズ ズズズ
「来るなっ」
ギムレットは即座に杖に力を込めて、デルタレイを放った。3条の光線が巨人の胸を貫くがそのほとんどが透過していく。
「来るな、来るな!! 来るんじゃねェ!!!」
狂ったように力を行使するギムレットの目の隅で、大切に育てた草花が緩やかに落ちる闇の帳の中で果てていくのが見えた。
カビの雑魔は何度攻撃を受けて、歩みを緩めたりはしない。足元の草花から生まれるマテリアルを全部食いつくし、生命力に変換して進み続けるのだ。もっと豊かなマテリアルのある場所へ。すなわち、アガスティアの守り続けた大地と、そのシンボルであるシラカシのあるエリアへ。
「行かせるか、生かせるか!」
マテリアルが収束できなくなるとギムレットはそのまま機杖を振り回した。
だが、杖を握っていた手のひらの感覚が急激に薄れた。腕にカビが付着してマテリアルを吸い上げられたのだ。
「くそ、くそっ」
弱点は知っている。炎だ。だが、この雑魔は草や大地を腐らせて貯めこんだ可燃性の腐食ガスを貯めこむ。
そのせいで以前の森はことごとく焼けてしまったのだから。
ここが何もない荒野なら焼き払ってそれでおしまいだった。爆発しようが火柱になろうが周りに燃えるものなど何もない。だが、もうそういう訳にはいかなかった。今は蘇りつつある自然はもう足元にあるのだから。
自然と噛んでいた唇から血が滲み出る。
「……おいで」
凛とした声が響いた。
アガスティアだった。ここしばらくずっと共に暮らしていたが初めて覚醒した姿を見た。
光を宿す豊かな樫が彼女に重なっていた。大きく広げた手には樹皮が纏われ、つる草のような髪はそのまま天を衝く樫に巻き付くヤドリギへと重なる。
「おいで」
アガスティアの呼びかけに応えるように、カビの巨人がゆらめいたかと思うと、まるで母に誘われる赤子のように、アガスティアへと向かっていく。
巨人の歩みを確認するとアガスティアはゆっくりと西へと動き、そしてまた「おいで」と繰り返す。
「おい、アガスティア……」
ギムレットはそれが何をしているのかすぐに理解した。
「マテリアルが最も豊富な場所にこの歪虚は向かう性質があります……私が少しずつ誘導します」
そういうアガスティアの足元には、もうカビの一部がたどり着いていた。
「馬鹿野郎、なにしやがる!」
「荒野まで移動したら……この雑魔ももう食べるものがなくなり、朽ちるでしょう」
アガスティアの緑の衣が、徐々に薄汚れ、綿のようなものに包まれ始める。
「止めろ、死んじまうだろ!」
「ギムレット。貴方は、このカビの歪虚がどうして生まれたか、考えた事がありますか?」
唐突な問いかけにギムレットは答えることはおろか、言葉を発することもできなかった。そもそも歪虚の発生など病原菌の発生と同じだ。どこからやって来たなどと考える方がどうかしている。
腕や首筋にまでカビにはいよられながら、アガスティアは彼女の考える答えを伝えた。
「息の詰まるような空間、延々と繰り返すだけの日常。外の風を取り込まない空間。森に住む同胞の心は穏やかながらも淀んでいた。そして私も……。こんな森消えてなくなればいいと思ったことすらあります。古き森が産んだ廃退こそが……あれの産みの親でしょう」
顔がカビの塊に覆われはじめ、
だが、アガスティアの顔はどこか平静であった。
「森が産んだ歪みは、私の責任でもあります。新たな森はきっと私がいなくとも大きくなってく。私が独りでいた時よりも『森』は広く大きく育っています。一抹の寂しさでしょうか。私の心のわだかまりが……眠っていたこの雑魔を呼び起こしたのだと」
「そうか。でもな……!」
顔のほとんどすら綿毛のようなカビに覆われ埋もれていくアガスティアの顔にギムレットはそっと手を触れた。手から、そして足元からカビは伝い、ギムレットを侵していく。
「あんたも俺も、間違いは一人で全部背負い込んだことだ。……誰だって闇はある。森も、人も。それを受け入れて担いあってんだよ」
ハンターが来るまで、耐えよう。二人ならきっとできる。
カビに覆われてながらもゆっくりと二人は手を取り合い荒野へと歩を進め出した。
風は平等に野山を駆ける。砂っぽい大地の上も、水路の流れを作る水たちも。 背を伸ばす穂のついたものも、丸くかたどる香草も。皆一様にさざめく。
「いい香りだ」
ドワーフのギムレットは夕暮れの七色の空をゆっくりと登り始める月を見上げながら馬乳酒を傾けた。
ほんの一月前には香りを楽しむこともできなかった。月を見上げることも。正のマテリアルが死に、死の大地となったこの荒野に植物も含め命の影はなく妖霧が漂い、腐ったような臭いがうすらと立ち込めていた。昼間ですら歩くことも億劫にさせるような空間。
それが今や、草花が芽生えギムレットの腰丈を覆っている。優しく時に強く吹く風は霧を晴らし、星天をも見せてくれた。
命は戻り始めている。
死にかけた大地は息を吹き返そうとしている。ほんのわずかな人々の手によって。
「なあ、アガスティア。もうすぐ冬が来る。寒さの準備も少しずつ始めた方がいいんじゃないのか」
ギムレットは振り返り、後ろに立つエルフの女、アガスティアを見やった。
ここが森から荒野に変わる前からずっとこの大地に根差して来た、ただ一人の人物。
最初は誰をも寄せ付けぬ狭量で、自然とだけ仲良くするような、堅苦しいエルフを形にしたような女だと思ったのは、自分がドワーフだからだろうか。
何度かぶつかったが、仲を取り持つ人に助けられていく内に変わったのは、自分か彼女か。
「……アガスティア?」
返事のしない彼女は、ただ風上に向かって険しい顔をするばかりであった。こんなに険しい顔を見るのは初めてかもしれないとギムレットは起き上がり、そしてその異変に気付いた。
カビ臭い。空気が綺麗になったからこそ、その臭いは殊更際立つ。
末期まで人の記憶に残るという香りの記憶が、穏やかだったギムレットの頭をひっぱたくような衝撃だった。
「マジかよ……」
ギムレットは機杖を取り、臭いのする方向へ走り、すぐそれを見つけた。
この大地にあった『森』を食いつくした張本人。そしてこの空間に流れる水を枯らせ、大地を腐らせ、風を淀ませた。万を超える樹を塵へと変えた。
ギムレットは馬乳酒で潤したばかりの喉が急激に乾いていくのを覚えた。
月明かりがそれによって隠される。
「残って、いやがった……」
ことごとく倒したはずだった歪虚。
正のマテリアルをただ食らいつくすだけの貪欲なる本能と、それによって蓄え続けた無尽蔵の生命力と繁殖力。
雑魔で正式な名前すらないカビを元にした歪虚。うず高くつもったそれは3mを超える巨人の様であった。
ズ、ズズ ズズズ
「来るなっ」
ギムレットは即座に杖に力を込めて、デルタレイを放った。3条の光線が巨人の胸を貫くがそのほとんどが透過していく。
「来るな、来るな!! 来るんじゃねェ!!!」
狂ったように力を行使するギムレットの目の隅で、大切に育てた草花が緩やかに落ちる闇の帳の中で果てていくのが見えた。
カビの雑魔は何度攻撃を受けて、歩みを緩めたりはしない。足元の草花から生まれるマテリアルを全部食いつくし、生命力に変換して進み続けるのだ。もっと豊かなマテリアルのある場所へ。すなわち、アガスティアの守り続けた大地と、そのシンボルであるシラカシのあるエリアへ。
「行かせるか、生かせるか!」
マテリアルが収束できなくなるとギムレットはそのまま機杖を振り回した。
だが、杖を握っていた手のひらの感覚が急激に薄れた。腕にカビが付着してマテリアルを吸い上げられたのだ。
「くそ、くそっ」
弱点は知っている。炎だ。だが、この雑魔は草や大地を腐らせて貯めこんだ可燃性の腐食ガスを貯めこむ。
そのせいで以前の森はことごとく焼けてしまったのだから。
ここが何もない荒野なら焼き払ってそれでおしまいだった。爆発しようが火柱になろうが周りに燃えるものなど何もない。だが、もうそういう訳にはいかなかった。今は蘇りつつある自然はもう足元にあるのだから。
自然と噛んでいた唇から血が滲み出る。
「……おいで」
凛とした声が響いた。
アガスティアだった。ここしばらくずっと共に暮らしていたが初めて覚醒した姿を見た。
光を宿す豊かな樫が彼女に重なっていた。大きく広げた手には樹皮が纏われ、つる草のような髪はそのまま天を衝く樫に巻き付くヤドリギへと重なる。
「おいで」
アガスティアの呼びかけに応えるように、カビの巨人がゆらめいたかと思うと、まるで母に誘われる赤子のように、アガスティアへと向かっていく。
巨人の歩みを確認するとアガスティアはゆっくりと西へと動き、そしてまた「おいで」と繰り返す。
「おい、アガスティア……」
ギムレットはそれが何をしているのかすぐに理解した。
「マテリアルが最も豊富な場所にこの歪虚は向かう性質があります……私が少しずつ誘導します」
そういうアガスティアの足元には、もうカビの一部がたどり着いていた。
「馬鹿野郎、なにしやがる!」
「荒野まで移動したら……この雑魔ももう食べるものがなくなり、朽ちるでしょう」
アガスティアの緑の衣が、徐々に薄汚れ、綿のようなものに包まれ始める。
「止めろ、死んじまうだろ!」
「ギムレット。貴方は、このカビの歪虚がどうして生まれたか、考えた事がありますか?」
唐突な問いかけにギムレットは答えることはおろか、言葉を発することもできなかった。そもそも歪虚の発生など病原菌の発生と同じだ。どこからやって来たなどと考える方がどうかしている。
腕や首筋にまでカビにはいよられながら、アガスティアは彼女の考える答えを伝えた。
「息の詰まるような空間、延々と繰り返すだけの日常。外の風を取り込まない空間。森に住む同胞の心は穏やかながらも淀んでいた。そして私も……。こんな森消えてなくなればいいと思ったことすらあります。古き森が産んだ廃退こそが……あれの産みの親でしょう」
顔がカビの塊に覆われはじめ、
だが、アガスティアの顔はどこか平静であった。
「森が産んだ歪みは、私の責任でもあります。新たな森はきっと私がいなくとも大きくなってく。私が独りでいた時よりも『森』は広く大きく育っています。一抹の寂しさでしょうか。私の心のわだかまりが……眠っていたこの雑魔を呼び起こしたのだと」
「そうか。でもな……!」
顔のほとんどすら綿毛のようなカビに覆われ埋もれていくアガスティアの顔にギムレットはそっと手を触れた。手から、そして足元からカビは伝い、ギムレットを侵していく。
「あんたも俺も、間違いは一人で全部背負い込んだことだ。……誰だって闇はある。森も、人も。それを受け入れて担いあってんだよ」
ハンターが来るまで、耐えよう。二人ならきっとできる。
カビに覆われてながらもゆっくりと二人は手を取り合い荒野へと歩を進め出した。
リプレイ本文
我々エルフの心は穏やかだがどこか淀んでいると思う。いずれは森に帰り還る身。生まれ落ちた時から自分の終幕の地を決められた閉鎖的な種。
その淀みが歪虚を産み落としたというのならば、それは事実なのだろう。
だからといって、その責を甘んじて受けることはない。
私たちは生きているのだから。
生きようとするからこそ淀みもある。
それもまた自然なことだよ。
リュカ(ka3828)はカビの嵐の中を歩いていた。視界はけぶり、まるで嵐の中のようだった。そんな中を愛用の外套を頭から被り、目や口元を抑えながら、一歩一歩と進んだ。そして目の前にそびえる巨大な菌糸の壁に手を差し伸べるが触れた瞬間に力が急激に失われるのを感じた。鎧の隙間から侵入したカビが、生命を、マテリアルを吸い取っていくのだ。
「アガスティア……、ギムレット……」
なんともならないのか。カビでかすむ視界の中でリュカが小さく歯噛みをした瞬間だった。涼風が背中から巻き起こると、鈍っていた神経が一気に目覚めさせられた。同時に、腕の中ほどまで食い込んでいたカビが剥がれ落ち、大きな穴になる。
「みんながいる。そうして今までみんなで成して来たんですから」
エステル・クレティエ(ka3783)だった。マイヤワンドから水のマテリアルが収束すると同時に、ベルトに付けた薬草袋から細切れにしたミントを一掴みして散布する。
「水は一滴では流れとはなりません。水も人間も……集ってこそ。流れを生みます」
森の浄化の力よ。
ミントがリュカとエステルを取り囲むようにして輪を作る。ワンドからあふれ出る水がゆるゆると流れだしミントを動かしていた。
呼吸すら困難だった空気が途端に軽くなる。カビが遠巻きになっていく。
「リュカさんも。忘れではいけませんよ。みんながいるっていうこと」
「ふふ、そうだな。少しばかり、気が逸りすぎたようだ」
リュカの目がほんの少し優しくなったのを見て、エステルはこくりと頷くと魔力を一気に解放した。渦を巻いていた水流が輝いたかと思うと、リュカが手を伸ばしていた先へと錐のように貫いていく。暗雲を一気に突き破り、渦中から僅かに白いものが見えた。
「アガスティア、君が還る場所はこのような荒野なのか? ここは寂しいよ。
ギムレット、君もそうだ。今はまだ終りの時ではないよ。
共に、生きよう」
リュカの伸ばした手の温かさに気付いたのか。その手の先にしっかりと握り返す感触が帰ってくる。
「そうね。こんなところで諦めるわけには、いきません」
「げほ……馬鹿野郎。元から生きるつもりだよ。勝手に殺すな」
リュカが勢いよく引きずり出すと、二人の言葉と同時に、その姿が帰ってきた。
●
「どうにもこうにも、勇敢な人が多いね。森が大事なのはわかるけど、森にはそれに関わる人間も含んでいることも忘れちゃいけない」
ネーナ・ドラッケン(ka4376)はそう言うと共に、鞭をしならせカビの塊を真横に切り裂いた。その攻撃は音もなく塊を分断し、その断面から今囮となっているリュカの外套がちらりと見えた。ネーナは飛び上がると今度は縦に、斜めにと走らせ、大鉈のようにしてカビを切り裂いていく。
「心がカビてる? んなわけねぇだろ。あれだけ一生懸命やってきたんだからな」
分断されて舞い上がるカビに対してラティナ・スランザール(ka3839)が背中に背負ったタンクから伸びたホースから勢いよく水を散布した。ルナ・レンフィールド(ka1565) が用意してくれた水を使って作り上げた農業用の手動散水ポンプだ。
ミントの匂いと同時に虹の軌跡が空中に描かれると、分断されたカビは雲散霧消して消え落ちていく。
「エルフが淀んでる? どこの迷信だよ。俺はエルフもドワーフも知ってる。生きるのに、未来に希望を託すのに、みんな一生懸命なんだよ!」
それでもカビの貪食は留まることを知らぬ。ラティナの身体から取り込もうと押し寄せてくる。
それでもラティナは構わず、ポンプの水を自分の頭からかぶる。ミントに含まれるメントールが身体を急速に刺激するが、カビの生ぬるい感覚に襲われるよりずっとましだった。
「アガスティア。俯くなよ。誰だって闇はある。死にたいなんて思わないヤツの方が少ないくらいだ。だから信じろ。この雑魔はエルフが産んだわけじゃない」
「……はい」
虹のプリズムを纏ったラティナにカビは自ら近づき、力を失っていく。
それでも足元に落ちた水を食らい、ミントの成分で死んだ自らの死骸を食らって、カビはラティナへと這い寄っていく。脚に触れた瞬間、感覚が削げ落ちるような感覚と一瞬気だるさが胸をよぎる。
だが、惑わされない。ラティナは親の顔、そしてこの森でみんなでしてきた事を一つ一つ胸に描いた。
「まったくですの。そんなことで歪虚が生まれていたらとっくに人間の多い場所は歪虚だらけ。人には自分で身も心も清めることができる力か備わっておりますもの」
お掃除の時はちゃんと三角巾をしなきゃダメですわ? とチョココ(ka2449)はラティナの上にひょいと飛び乗り、自分がそうしているかのようにラティナの口元を隠した上でそのままワンドをくるくる回した。
「お水さん、集まっては汚れを落としてくださいませ。あい うぉんしゅ もーる(I wash mold.(愛は全てを包む、とも))」
ワンドから生まれた陽光が降り注いだかと思うと、ラティナの足元に溜まっていたカビた水が一瞬で浄化される。エステルが振りまいた水も合わせて浄化していくとカビは苦痛にもだえ、大きく身体を縮ませた。
「効いてる!」
「今のうちに回復します。樹は万物を構成するなり」
アガスティアは素早く印を結ぶと、長杖を大地に刺した。同時に緑のツタが円を描き、光で溢れる。カビの中にいるリュカにもその力は伝わってくる。
「すごい回復力……よし、これなら」
本気で生き続けようという力が伝わってくる。エステルはそれで少し安心した。食われ続けるんじゃないかと、命を捧げるつもりじゃなかったのかと心配していたが、そのアガスティアの魔法には力が満ち溢れている。何としても生きるんだという気持ちが。
「このまま、焦らず、ゆっくり削って……」
「……そうも、いかないかも」
ネーナが苦い顔をして鞭を振るい、後方に飛び下がった。
ドッジダッシュや瞬脚を使い、カビには一切触れさせない。その作戦は成功だ。カビの手はなんどもネーナを取り込もうとするがその度にネーナは華麗に舞うようにして、その手から逃れていく。
だが、ネーナの目から見ると、カビはいくら鞭を叩きつけ縦横無尽に切り裂いても減っている気がしなかった。
「魔法や水に含まれるマテリアルまで吸い上げてるんじゃない?」
「まさか。魔法で顕現させた後はマテリアルは消失しますから吸収なんてよほどの敵でないとできないはずですよ」
ネーナの言葉に動揺しつつも、確かにエステルも気持ちに焦りは生じていた。薬草袋にしまい込んだミントの量は心もとなくなっているが、まだ完全に『森』のゾーンからは抜け切れていない。このままでは先に使い果たしてしまう。
兄さん……。
エステルは自分の兄の姿を思い浮かべた。いつも背中ばかりを眺めていた兄が一瞬、まぶたの奥に浮かんだ。兄は少し振り返って微笑んだ。
その瞬間、エステルに吹き降ろすように風が吹いた。
「風……そうだ。風で押しやれば、カビを少しでも早く不毛の大地に押しやれます」
「そうですわ。カビが活動できないように風をぴゅーっと吹かせて、気温も下げますのよ」
チョココが両手を広げて賛成する。
「でも、どうやって? 風もカビに冒されているようだし……」
「マテリアルは発生する瞬間にエネルギーを伴う。木々が風もないのにざわめいたり、大地が唸るのもマテリアルが変化する時に生まれる現象なんだ。このエリアを一気に活性化してやれば、マテリアルの濃度差による歪みが大きな風を生み出すかもしれない」
機導士ならではのギムレットの言葉に皆は頷いた。
それなら方法はある。皆はルナを見た。
「ルナさん!」
「…… ……」
皆の視線を受けてルナは少し恐怖に折れそうになっていた。
「どうしたんだよ? みんなで歌おう。この森の為に」
ラティナの言葉が突き刺さり、ルナは胸を押さえた。
歌は、ダメなの。
ルナは泣きそうになった。前にリュカとアガスティアが禊ぎをしていた川のほとりで思わず一節、口ずさんでしまった。歌ったら人が不幸になる。自分の歌は禍を呼び寄せる。だからずっと封印してきたのに。
「やっぱり、私は……私の歌は!」
「ルナ!」
思わずうずくまる彼女に何があったか、ここまでずっと黙りつづけていた理由など誰も知ることはできなかった。
そんな彼女の心の隙につけいるようにしてカビが移動する。心の闇に忍び込み、命ごと食らうかのように。
「ルナ。キミの音楽は奇跡を起こして来たそうじゃないか」
そんなネーナの声がルナの耳元で聞こえた。
ネーナは震えるルナをしっかり抱きかかえ、そして鞭でカビの攻撃を牽制する。
「何があったかはしらないけれど、 勇気をもって。キミの音楽は何物にも代えがたいんだ。そして今、この森を救えるのも……キミが必要なんだ」
ネーナの言葉に肌の温かさに自然と心の嵐が収まってくる。
そうだ。みんなの想いを、森への想いを。今届けなくちゃならない。
人の心も、自然の摂理も、きっと、悲しい調べだけでは終わらないはずだから。
ルナはきッとカビの嵐の目たる上空へと見やり、叫んだ。
「ふるへ心よっ!!!!」
同時にクレセントリュートの弦を千切らんばかりに強くかき鳴らした。音の振動が淀んだ気だるい空気を凛と張り詰めたものに変える。
「森よ 我が命育み母なる土地よ」
「緑よ 我が里包みし優しきその色」
リュカの覚醒し、緑に包まれた姿で詩を紡ぐ。彼女のアルトの声色が大地に染みわたり、カビと塵に消えた大地から緑の淡い香りが周りを包み込む。
「朝露が暁の光浴びる時」
「木漏日が天の光降ろす時」
ラティナの深い声色が空気を振動させる。ラティナだけじゃない。幼馴染達からのラティナへの祈りが、光に包まれた森のイメージが。故郷へのイメージが言葉となり歌となる。 死した大地に燐光がいくつも泡立ち、輝きで満ち溢れていく。
「夕闇が光閉ざして星呼ぶ時」
「月光が星々の光と瞬く時」
エステルが優しく唄い出す。左の指先から首筋にかけて淡い金色の紋様が浮かび、エステルを抱きしめる少女はそのまま天に手を伸ばし、乞い求める。浮き上がった燐光もそれに応じてどんどんと空へと登っていく。
「我は忘れぬ故郷の 光が告げる数多の光景」
「我は伝える故郷を 未だ見ぬ土地の人々へ」
ネーナの歌声に合わせて身軽にゆらりと舞い、銀の髪が大きくゆらぐ。空へと浮き上がった燐光もその踊りに送られるようにして、どんどんと速度を上げて空の彼方へと飛び上がっていく。
「今ここに見えよ 光の森よ」
「新たに現れよ 光の森よ」
チョココが両手を上げて高らかに歌い上げ、ルナの演奏がちょうど終わった瞬間。まだ若いシラカシにパルパルもあわせて鳴いた。
夜闇に包まれ始めた大地が、あの幼いシラカシに光が落ちた。
「!!!」
音と光がはじけた。
死した大地に覗かせることのなかった金色の陽輝が、天を貫く大樹のようにしてシラカシを包んだと同時に、枯れ果てた大地が一斉に光で覆われた。金色の木々が次々と生まれ、成長していく。
柔らかな天の調べが耳を貫く中、弾けるような風がカビの闇を一気に吹き飛ばしていく。
リュカを覆っていた、ラティナの感覚を奪っていた痛みが溢れるマテリアルで戻り、そしてそれすらも癒えていく。
アガスティアに巣食っていた、ギムレットを縛りつけていた闇が遠くへと追いやられ、苦悶の声を上げ、光の森の外で身をよじる。
「歪虚は生を無へと帰すのだろう。歪虚も心の闇もある意味大自然の一部なのかもしれない。
だから私達は生を生む。新たな未来の命を。新たな森を」
リュカは静かにそう言い、かけられた炎の力を空へと投げかけた。全員の光への想いが。
浄化の光となる。
●
「本当にお世話になりました、皆様」
アガスティアの顔は最初に出会った時より、幾分か柔らかくなったように見えた。
「特に、ルナさん、エステルさん、リュカさん。それからチョココちゃん。ありがとう。あなた達がいてくれたからこそ、この森は、私やギムレットの心は救われました」
そんな彼女たちに身に着けていた装飾品を一つずつ渡してくれた。リュカとエステルにはイヤリングを。ルナには髪飾りを。そしてチョココには使っていた杖を。アガスティアを守るものはもう全部この大地にあるから必要ないのだという。
「本当。みんなに出会えなきゃ一生十字架背負い続けてたと思うぜ」
ギムレットも微笑んだ。もうギムレットが面倒を見なくともこの森は自分の力で育っていける。ギムレットも本職であるハンターとして活動する為に皆と一緒に川を下るため、ボートに乗り込んでいた。残るのはアガスティアだけ。だけど心配は何もいらない。
「もう負のマテリアルは消え去りました。これからは命の歌がずっと聞けるいい森になるでしょう」
一夜明けると、そこはいつもの通りの小さな森だった。樹と呼べるのは若きシラカシただ一本。
だが、もう重たるい闇や不安は存在しない。
いつかきっとこの森のことを皆は光の森と呼ぶだろう。訪れた者が癒されるそんな森に。
光の森を作り出した皆に、ありがとう。
その淀みが歪虚を産み落としたというのならば、それは事実なのだろう。
だからといって、その責を甘んじて受けることはない。
私たちは生きているのだから。
生きようとするからこそ淀みもある。
それもまた自然なことだよ。
リュカ(ka3828)はカビの嵐の中を歩いていた。視界はけぶり、まるで嵐の中のようだった。そんな中を愛用の外套を頭から被り、目や口元を抑えながら、一歩一歩と進んだ。そして目の前にそびえる巨大な菌糸の壁に手を差し伸べるが触れた瞬間に力が急激に失われるのを感じた。鎧の隙間から侵入したカビが、生命を、マテリアルを吸い取っていくのだ。
「アガスティア……、ギムレット……」
なんともならないのか。カビでかすむ視界の中でリュカが小さく歯噛みをした瞬間だった。涼風が背中から巻き起こると、鈍っていた神経が一気に目覚めさせられた。同時に、腕の中ほどまで食い込んでいたカビが剥がれ落ち、大きな穴になる。
「みんながいる。そうして今までみんなで成して来たんですから」
エステル・クレティエ(ka3783)だった。マイヤワンドから水のマテリアルが収束すると同時に、ベルトに付けた薬草袋から細切れにしたミントを一掴みして散布する。
「水は一滴では流れとはなりません。水も人間も……集ってこそ。流れを生みます」
森の浄化の力よ。
ミントがリュカとエステルを取り囲むようにして輪を作る。ワンドからあふれ出る水がゆるゆると流れだしミントを動かしていた。
呼吸すら困難だった空気が途端に軽くなる。カビが遠巻きになっていく。
「リュカさんも。忘れではいけませんよ。みんながいるっていうこと」
「ふふ、そうだな。少しばかり、気が逸りすぎたようだ」
リュカの目がほんの少し優しくなったのを見て、エステルはこくりと頷くと魔力を一気に解放した。渦を巻いていた水流が輝いたかと思うと、リュカが手を伸ばしていた先へと錐のように貫いていく。暗雲を一気に突き破り、渦中から僅かに白いものが見えた。
「アガスティア、君が還る場所はこのような荒野なのか? ここは寂しいよ。
ギムレット、君もそうだ。今はまだ終りの時ではないよ。
共に、生きよう」
リュカの伸ばした手の温かさに気付いたのか。その手の先にしっかりと握り返す感触が帰ってくる。
「そうね。こんなところで諦めるわけには、いきません」
「げほ……馬鹿野郎。元から生きるつもりだよ。勝手に殺すな」
リュカが勢いよく引きずり出すと、二人の言葉と同時に、その姿が帰ってきた。
●
「どうにもこうにも、勇敢な人が多いね。森が大事なのはわかるけど、森にはそれに関わる人間も含んでいることも忘れちゃいけない」
ネーナ・ドラッケン(ka4376)はそう言うと共に、鞭をしならせカビの塊を真横に切り裂いた。その攻撃は音もなく塊を分断し、その断面から今囮となっているリュカの外套がちらりと見えた。ネーナは飛び上がると今度は縦に、斜めにと走らせ、大鉈のようにしてカビを切り裂いていく。
「心がカビてる? んなわけねぇだろ。あれだけ一生懸命やってきたんだからな」
分断されて舞い上がるカビに対してラティナ・スランザール(ka3839)が背中に背負ったタンクから伸びたホースから勢いよく水を散布した。ルナ・レンフィールド(ka1565) が用意してくれた水を使って作り上げた農業用の手動散水ポンプだ。
ミントの匂いと同時に虹の軌跡が空中に描かれると、分断されたカビは雲散霧消して消え落ちていく。
「エルフが淀んでる? どこの迷信だよ。俺はエルフもドワーフも知ってる。生きるのに、未来に希望を託すのに、みんな一生懸命なんだよ!」
それでもカビの貪食は留まることを知らぬ。ラティナの身体から取り込もうと押し寄せてくる。
それでもラティナは構わず、ポンプの水を自分の頭からかぶる。ミントに含まれるメントールが身体を急速に刺激するが、カビの生ぬるい感覚に襲われるよりずっとましだった。
「アガスティア。俯くなよ。誰だって闇はある。死にたいなんて思わないヤツの方が少ないくらいだ。だから信じろ。この雑魔はエルフが産んだわけじゃない」
「……はい」
虹のプリズムを纏ったラティナにカビは自ら近づき、力を失っていく。
それでも足元に落ちた水を食らい、ミントの成分で死んだ自らの死骸を食らって、カビはラティナへと這い寄っていく。脚に触れた瞬間、感覚が削げ落ちるような感覚と一瞬気だるさが胸をよぎる。
だが、惑わされない。ラティナは親の顔、そしてこの森でみんなでしてきた事を一つ一つ胸に描いた。
「まったくですの。そんなことで歪虚が生まれていたらとっくに人間の多い場所は歪虚だらけ。人には自分で身も心も清めることができる力か備わっておりますもの」
お掃除の時はちゃんと三角巾をしなきゃダメですわ? とチョココ(ka2449)はラティナの上にひょいと飛び乗り、自分がそうしているかのようにラティナの口元を隠した上でそのままワンドをくるくる回した。
「お水さん、集まっては汚れを落としてくださいませ。あい うぉんしゅ もーる(I wash mold.(愛は全てを包む、とも))」
ワンドから生まれた陽光が降り注いだかと思うと、ラティナの足元に溜まっていたカビた水が一瞬で浄化される。エステルが振りまいた水も合わせて浄化していくとカビは苦痛にもだえ、大きく身体を縮ませた。
「効いてる!」
「今のうちに回復します。樹は万物を構成するなり」
アガスティアは素早く印を結ぶと、長杖を大地に刺した。同時に緑のツタが円を描き、光で溢れる。カビの中にいるリュカにもその力は伝わってくる。
「すごい回復力……よし、これなら」
本気で生き続けようという力が伝わってくる。エステルはそれで少し安心した。食われ続けるんじゃないかと、命を捧げるつもりじゃなかったのかと心配していたが、そのアガスティアの魔法には力が満ち溢れている。何としても生きるんだという気持ちが。
「このまま、焦らず、ゆっくり削って……」
「……そうも、いかないかも」
ネーナが苦い顔をして鞭を振るい、後方に飛び下がった。
ドッジダッシュや瞬脚を使い、カビには一切触れさせない。その作戦は成功だ。カビの手はなんどもネーナを取り込もうとするがその度にネーナは華麗に舞うようにして、その手から逃れていく。
だが、ネーナの目から見ると、カビはいくら鞭を叩きつけ縦横無尽に切り裂いても減っている気がしなかった。
「魔法や水に含まれるマテリアルまで吸い上げてるんじゃない?」
「まさか。魔法で顕現させた後はマテリアルは消失しますから吸収なんてよほどの敵でないとできないはずですよ」
ネーナの言葉に動揺しつつも、確かにエステルも気持ちに焦りは生じていた。薬草袋にしまい込んだミントの量は心もとなくなっているが、まだ完全に『森』のゾーンからは抜け切れていない。このままでは先に使い果たしてしまう。
兄さん……。
エステルは自分の兄の姿を思い浮かべた。いつも背中ばかりを眺めていた兄が一瞬、まぶたの奥に浮かんだ。兄は少し振り返って微笑んだ。
その瞬間、エステルに吹き降ろすように風が吹いた。
「風……そうだ。風で押しやれば、カビを少しでも早く不毛の大地に押しやれます」
「そうですわ。カビが活動できないように風をぴゅーっと吹かせて、気温も下げますのよ」
チョココが両手を広げて賛成する。
「でも、どうやって? 風もカビに冒されているようだし……」
「マテリアルは発生する瞬間にエネルギーを伴う。木々が風もないのにざわめいたり、大地が唸るのもマテリアルが変化する時に生まれる現象なんだ。このエリアを一気に活性化してやれば、マテリアルの濃度差による歪みが大きな風を生み出すかもしれない」
機導士ならではのギムレットの言葉に皆は頷いた。
それなら方法はある。皆はルナを見た。
「ルナさん!」
「…… ……」
皆の視線を受けてルナは少し恐怖に折れそうになっていた。
「どうしたんだよ? みんなで歌おう。この森の為に」
ラティナの言葉が突き刺さり、ルナは胸を押さえた。
歌は、ダメなの。
ルナは泣きそうになった。前にリュカとアガスティアが禊ぎをしていた川のほとりで思わず一節、口ずさんでしまった。歌ったら人が不幸になる。自分の歌は禍を呼び寄せる。だからずっと封印してきたのに。
「やっぱり、私は……私の歌は!」
「ルナ!」
思わずうずくまる彼女に何があったか、ここまでずっと黙りつづけていた理由など誰も知ることはできなかった。
そんな彼女の心の隙につけいるようにしてカビが移動する。心の闇に忍び込み、命ごと食らうかのように。
「ルナ。キミの音楽は奇跡を起こして来たそうじゃないか」
そんなネーナの声がルナの耳元で聞こえた。
ネーナは震えるルナをしっかり抱きかかえ、そして鞭でカビの攻撃を牽制する。
「何があったかはしらないけれど、 勇気をもって。キミの音楽は何物にも代えがたいんだ。そして今、この森を救えるのも……キミが必要なんだ」
ネーナの言葉に肌の温かさに自然と心の嵐が収まってくる。
そうだ。みんなの想いを、森への想いを。今届けなくちゃならない。
人の心も、自然の摂理も、きっと、悲しい調べだけでは終わらないはずだから。
ルナはきッとカビの嵐の目たる上空へと見やり、叫んだ。
「ふるへ心よっ!!!!」
同時にクレセントリュートの弦を千切らんばかりに強くかき鳴らした。音の振動が淀んだ気だるい空気を凛と張り詰めたものに変える。
「森よ 我が命育み母なる土地よ」
「緑よ 我が里包みし優しきその色」
リュカの覚醒し、緑に包まれた姿で詩を紡ぐ。彼女のアルトの声色が大地に染みわたり、カビと塵に消えた大地から緑の淡い香りが周りを包み込む。
「朝露が暁の光浴びる時」
「木漏日が天の光降ろす時」
ラティナの深い声色が空気を振動させる。ラティナだけじゃない。幼馴染達からのラティナへの祈りが、光に包まれた森のイメージが。故郷へのイメージが言葉となり歌となる。 死した大地に燐光がいくつも泡立ち、輝きで満ち溢れていく。
「夕闇が光閉ざして星呼ぶ時」
「月光が星々の光と瞬く時」
エステルが優しく唄い出す。左の指先から首筋にかけて淡い金色の紋様が浮かび、エステルを抱きしめる少女はそのまま天に手を伸ばし、乞い求める。浮き上がった燐光もそれに応じてどんどんと空へと登っていく。
「我は忘れぬ故郷の 光が告げる数多の光景」
「我は伝える故郷を 未だ見ぬ土地の人々へ」
ネーナの歌声に合わせて身軽にゆらりと舞い、銀の髪が大きくゆらぐ。空へと浮き上がった燐光もその踊りに送られるようにして、どんどんと速度を上げて空の彼方へと飛び上がっていく。
「今ここに見えよ 光の森よ」
「新たに現れよ 光の森よ」
チョココが両手を上げて高らかに歌い上げ、ルナの演奏がちょうど終わった瞬間。まだ若いシラカシにパルパルもあわせて鳴いた。
夜闇に包まれ始めた大地が、あの幼いシラカシに光が落ちた。
「!!!」
音と光がはじけた。
死した大地に覗かせることのなかった金色の陽輝が、天を貫く大樹のようにしてシラカシを包んだと同時に、枯れ果てた大地が一斉に光で覆われた。金色の木々が次々と生まれ、成長していく。
柔らかな天の調べが耳を貫く中、弾けるような風がカビの闇を一気に吹き飛ばしていく。
リュカを覆っていた、ラティナの感覚を奪っていた痛みが溢れるマテリアルで戻り、そしてそれすらも癒えていく。
アガスティアに巣食っていた、ギムレットを縛りつけていた闇が遠くへと追いやられ、苦悶の声を上げ、光の森の外で身をよじる。
「歪虚は生を無へと帰すのだろう。歪虚も心の闇もある意味大自然の一部なのかもしれない。
だから私達は生を生む。新たな未来の命を。新たな森を」
リュカは静かにそう言い、かけられた炎の力を空へと投げかけた。全員の光への想いが。
浄化の光となる。
●
「本当にお世話になりました、皆様」
アガスティアの顔は最初に出会った時より、幾分か柔らかくなったように見えた。
「特に、ルナさん、エステルさん、リュカさん。それからチョココちゃん。ありがとう。あなた達がいてくれたからこそ、この森は、私やギムレットの心は救われました」
そんな彼女たちに身に着けていた装飾品を一つずつ渡してくれた。リュカとエステルにはイヤリングを。ルナには髪飾りを。そしてチョココには使っていた杖を。アガスティアを守るものはもう全部この大地にあるから必要ないのだという。
「本当。みんなに出会えなきゃ一生十字架背負い続けてたと思うぜ」
ギムレットも微笑んだ。もうギムレットが面倒を見なくともこの森は自分の力で育っていける。ギムレットも本職であるハンターとして活動する為に皆と一緒に川を下るため、ボートに乗り込んでいた。残るのはアガスティアだけ。だけど心配は何もいらない。
「もう負のマテリアルは消え去りました。これからは命の歌がずっと聞けるいい森になるでしょう」
一夜明けると、そこはいつもの通りの小さな森だった。樹と呼べるのは若きシラカシただ一本。
だが、もう重たるい闇や不安は存在しない。
いつかきっとこの森のことを皆は光の森と呼ぶだろう。訪れた者が癒されるそんな森に。
光の森を作り出した皆に、ありがとう。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 リュカ(ka3828) エルフ|27才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/10/08 08:17:33 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/10/07 19:08:20 |