• 深棲

【深棲】狂気の晩餐

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2014/07/28 22:00
完成日
2014/08/03 13:10

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 私は淵に立たされていた。現実逃避は赦されない。動かねば。動かねばいけない。そして助けなければ。妻子を。殺す。歪虚を殺す。その為に、戦わなければ。戦わなければ戦わなければ戦わなければ戦わなければ戦わなければ戦わなければ戦わなければ戦わなければ戦わなければたたかわなければ……だが、尋常ならざる現実が私の内奥を掻き回していた。それは、肉を千切る音であったり、滴る液体をゆるゆると啜る音だったり、枯れ果てた声で最早息しかこぼせない妻子の声であったり、その声で確かに私を呼んでいる事であったり、感情を伺わせない歪虚たちの姿であったりした。

 そう、歪虚だ。歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚歪虚! 妻子に群がり、私に群がり、刻々と、しかし遅々と欲望を満たし続ける歪虚たち。たくさん殺した。だが敵は、それ以上に、居た。そのために振るうべき右手は圧し折れ、それでもと足掻いているうちに数えきれぬ程食らいつかれて力が入らなくなった。毒か? 今更ながら、その事に気がついた。右手と左手の感覚がない。何の話だったか。ああ、毒だ。毒。そのせいで妻子は逃げられないのか。ああ、なるほど、能く解った。絶望に塗り込められそうになる。■■■■■。
 複数の歪虚に抑え込まれ、視界は限られている。僅かに、妻が着ていた衣服の裾が見える。だが、視界の大半を占めるのは別のものだ。眼窩に収められた数十の瞳が私の視界を阻む。じつじつと見つめる。見つめている。私を、嘲笑いでもするように。そこに感情の色は無い。私が、そうであったらいいのに、と思うだけだ。この歪虚には感情は見えない。見えないから、怖い。恐怖した。憎悪した。理解できれば、了解できれば、殺される事にすら納得が言ったかもしれない。理解など及ばぬ怪物たちの牙によって、妻子は死につつある。聖導士たる私にはそれが解った。何度も見た光景だ。命の光が消えようとしている。嗚呼。そうして私も何れ死ぬ。こいつらを殺せずに死ぬ。妻子を護れずに死ぬ。
 使命と闘争の果てに死ぬのならそれでも良かった。
  ――妻子さえ無事ならば。
 敵意の果てに、それと相対の果てに死ぬのならばそれでも良かった。
  ――妻子を守るために死ぬならば。

 今、次男が死んだ。ああ。ああ。あああ。
「――――――――――ッ!!」
 声は出なかった。盛大に息が零れた。オーラム。死んだ。明るい、やんちゃな子だ。我儘な所があり、手を焼かされていた。死んでしまった。

 次に、長男が死んだ。クリストファー。最後に私の名を呼んで死んだ。司祭ではなく、商人になりたいんだと、申し訳無さそうに言っていた。子の自立を喜ばぬ親など居ない、と。私は言ったのだ。なのに。

 死んでしまった。

 待ってくれ、と。叫ぼうとした。殺してやろう、と。動こうとした。何れも叶わなかった。ならば、と。身体を癒すマテリアルすらなかった。塗りつぶされる。塗りつぶされる。現実に。絶望に。ああ。あああ。

「――――、た」

 引き戻すように、妻の声だ。妻の声がした。

「――――て、」

 駄目だ。

「あな――、」

 逝かないでくれ。置いていかないでくれ。

「――げ、て」

 以降、言葉も、吐息も、聞こえなくなった。
 ぴちゃぴちゃと。ぶちぶちと。音だけが残った。その中で、熱を持った音がある。
 どくどくと。耳障りな音だった。だが、それだけが、私を侵さぬ現実だった。その音に身を沈めていく。

 どくどく。どくどく。音を聞く。鼓動の音だ。それを聞きながら、私は折れる程に歯を噛み締めて、ただただ念じていた。


 ――殺す、と。



 アム・シェリタに到着すべき人間が、予定通りに到着出来なかった。それだけのことだった。
 トラブルは付き物の旅路の事だ。此度の旅には妻子を連れて来ると聞いていた。だとすれば、旅慣れぬ妻子の都合もある。了解できない話ではない。
 ――だが、時勢を想起してヘクス・シャルシェレット(kz0015)は息を呑んだ。
 予感を覚えて、人を使い、金を使い、依頼も出した。急を要すると判断したからだ。

 フォーリ・イノサンティ。王国は聖堂戦士団の古強者である。慎みを持ち、慈悲深い人となりで慕われる彼が、巡礼に合わせて妻子を紹介するべくアム・シェリタに足を運ぶと連絡を貰っていた。息子の事で相談があるとも、添えられていた。
 穏やかな性質に似合わず、武威も優れた男であった。30年余りを戦士団として闘争の場で過ごして、磨き上げた武威。それを誇る事なく、穏やかに生きてきた彼の手紙に、どこか申し訳無さそうな色合いが込められていたことが、ヘクスの印象に残っていた。

「……無事だといいんだけど」
 連絡の中継役は部下に任せ、ヘクス自身も探索に出ている。聖導士であるフォーリが行方不明になっている現状、覚醒者の手は多い方がいい。
 そうして、彼らが進む経路を中心に、探り――。

 ――見つけた。



「嫌な予感ほど、当たるんだよなあ……」
 累々と刻まれた戦闘の痕を見て、ヘクスはそう零した。
 馬車と、横たわる馬。息はなかった。歪虚の姿は無い。遺体は消えたのだろう。そういう者も多い。
「急ごう」
 ヘクスは周囲のハンター達に声を掛けた。付近の探索をしており、此処に急行できた者達だった。
 戦闘の痕が、向かう先。古びた教会が目に入った。戸とその周囲の壁は打ち壊されている。

 全力で駆けた。手には弓。いつでも射抜けるように準備を整えた。

 壊れた戸の向こうを覗き見た。当然のように光源は無く、埃が『舞い上がる』そこは薄暗い。だが、ヘクスの目には、見えた。
 だから、ハンター達を促すように、こう言った。

「突入しよう。まだ、一人生きてる」

 ちらり、と。改めて戸を見やる。視線の先。半漁人、だろうか。だが、その姿は半漁人にしては明らかにおかしい。眼球の数が違う。皮膚の質感が違う。背から生えた触腕が違う。ぐずぐずと潰れた軟部組織は戦闘の影響だろうか。
 いずれにしても、ただの雑魔というには余りに邪悪。

「ただの雑魔にしては――気配が、濃い。強そうだ。くれぐれも注意してくれ」

リプレイ本文

 戸口や窓から差し込む光は道を示すよう。塵の粒子が舞い上がり跳ねる様は退廃的だ。
 だが、美しかった。滅びとそれに足る時間を感じさせる光景。
 その只中の怪物二匹。方や静止し、方や蠢くその様が歪な彩りを添えている。

 向かって右手。蠢く異形へとハンター達が往った。
 奔る影は、三つ。
「目の前で家族をいたぶるなんてとてもじゃないですが許せませんね!」
「全くだな……待ってろ、今助ける」
 疾走し状況を確認した酔仙(ka1747)に、セレナイト・アインツヴァイア(ka0900)が続く。
 静止し俯く左手の異形を意識しながら、往く。
 即応するように、向かう先の異形の背の触腕が閃いた。
「ッと!」
 酔仙を狙った一打はただ床を叩くのみ。酔仙はどこか浮ついた足取りで触腕を回避して、距離を詰める。
「――よ、っと」
 部屋のちょうど中央にランタンを置きおえたセレナイトが矢を番えた。
 覚醒は後に取っておくつもりだったが、必中を期すには覚醒せざるを得ない。
 男の瞳に翠色の光。
 言葉はなく、ただ放たれた矢が風斬る音だけが奔った後、ぶつ、と音を立てて眼球が弾けた。
「……気持ち悪ぃな!」
 弾けた側から《その傍らの》眼球がセレナイトを見る。弾けた眼球を押し出すように新たな眼球が生え出し、押し出された矢が地に落ちる様を見て、吐き捨てるセレナイト。

 その只中を。
 何も言わず、音がするほどに硬く踏みしめながら進む男がいた。

 ジャック・J・グリーヴ(ka1305)だ。



 ――世の中は理不尽だ。力のねえ奴から死んでいく。そこにどんな想いがあろうとお構いなしだ。

 男の独白を拾う者は居ない。戦斧を肩に掛け、怒気を示すように力強く歩む。
 男の手に浮かんだアートグラフが覚醒を示す中。視線の先。酔仙とセレナイトが先行し、異形へと喰らいつこうとしている。
 異形の、その足元が、男には見えていた。

 見つめながら、ジャックは強く踏み込み、加速。
「頭じゃそーいうもんだって、分かってはいてもよ」
 疾走しながら紡がれた言葉は凍えるような冷たさで。
 だが。
「俺様の心が、精神が、ノブレス・オブリージュが否定すんだ」
 沸沸と、こみ上げるものがあった。湧き上がるように、言葉に感情が滲み。
「悪ぃな魚野郎、てめえをぶっ潰さねえとこりゃ収まりつきそうにねぇわ!」

 溢れた。

「オォ……ッ!」

 気勢を込めて、ジャックは戦斧を振るった。酒仙とセレナイトが注意を引いている異形、その横っ面へ。
 ぐぢ、と。斧と骨肉が噛み合う音が廃教会に重く響き、異形の身体が傾いだ。
 瞬後だ。

 ■■■■ィィィ――ッ!!

 奇声が、教会とハンター達を叩いた。



 ユラン・S・ユーレアイト(ka0675)は尋常ならざる奇声に顔を顰めながら、ヘクスにロープを手渡していた。
「もしあれが狂気の眷属なら、正常な意思を保っているとは限らない。フォーリを救助出来たら彼の動きを封じて」
「ん、そだね……って、僕?」
 反射的に受け取ったヘクスはそう返したが。
「まずはフォーリ殿のお命を救うべく行動しようかと。ヘクス殿にはお手数ですが私の補佐を」
「んー……なるほど、了解した」
 マーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)の言葉にヘクスは一同を見渡し逡巡の後に、そう言った。
「任せるよ」
「ああ」
 視線を受け止めた、隻腕の古強者、煉華(ka2548)は頷きを返す。
 ――喪失、か。何度直面しても、慣れるものではないな。
 眼前。確と検分するまでもない。『既に、終わっている』。
「だが……諦めるつもりは、ない」
「そうじゃのぅ……急ぎたいところじゃが」
 硬い意志を込めて頷いた蓮華の言葉に、クワッサリー(ka1388)が焦れるように応えた。
 向こうが囮を買って出た形だ。それを無為にしないためにも、待たねばならない。


「……動く」
 ユランの呟きに続くように、左手の歪虚の触腕が動いた。片割れの奇声に惹かれるようにゆらゆらと――。
「行きましょう」
 マーニは、努めて静かな声色でそう言った。
 声を上げて注意を促す事は出来る。だが、それをしては意味がなくなる。
 故に、前方の危険を認識しながらも、マーニ、ユラン、蓮華は歪虚の視界に入らぬように、気配を殺して進んだ。
「ヘクス」
 続こうとしたヘクスの背を、クワッサリーが呼び止めた。
「ん、なんだい?」
「なに、ただのおまじないじゃ」
 クワッサリーが機導術を展開すると、ヘクスの身体をマテリアルが包んだ。運動強化。
「……お、これはこれはありがとう。いやあ、気が利くね」
 瞬後。

 怨、と。音が響く。僅かに遅れて、鈍い低音が。
「ジャックさん!」
「ち、ィ…ッ!」
 ジャックが触腕に弾かれ、壁に叩きつけられた音だった。



「酔仙、援護に入れるか!」
 弓を射ながら声を張るセレナイト。
 視線の先。ジャックが叩きつけられて直ぐに立ち上がり、妻子を足蹴にする歪虚に向かって走っている。
「その調子だ、来いよ魚野郎……!」
 ジャックは歪虚二匹の歪虚に狙いを定められながらも、猛然と足を進めていた。捌ききれぬ触腕に打たれ、貫かれながらも。
 否。進むしか無いのだ。それほどまでに、歪虚達は執拗に攻め立ててくる。
「ダメです、コイツらボクを狙わない!」
 フォーリとの戦闘の痕だろう。酔仙は挫滅した傷跡に拳を突きこむが、歪虚はジャックから狙いを外そうとしない。ジャックを破壊し尽くすために、執着しているようだ。
 ――このままじゃ。
 注意を引くための一手が無い。酔仙は脚を止めて、声を張った。
「保たないよ! 下がって、ジャックさん!」」
「下がってる暇なんてねェだろ!!」
 叫び返すジャック。囮としての役割を果たせているのだ。それで十全だろうと、吼えた。
 ――それに、了解もしていたのだ。
 下がろうにも、下がる間に斃れてしまう、と。
 だから。
「ブチ込む……ッ!」
 血塗れの男は進み、再度戦斧を振るった。文字通り、渾身の一打を。
 ぎち、と。歪虚の胴に斬り込む戦斧。

 ――それが、最後の一打となった。

 鋭く放たれた触腕が、軽い音と共に男の体躯を貫いた。
「が、ハっ」
 全身が虚脱し、膝をつくジャック。貫かれたままに、鈍い音を立てて床に倒れこんだ。
 ■■■■ィィ―――ッ!
 ――歪虚は、止まらない。
 止まらぬままに、ジャックの身体に喰らいつこうと、妻子の身体から離れて進み始めた。
「ジャックさん!」
 ――不味いな。
 酔仙の声を聴いて、セレナイトは思考する。
 このままでは、ジャックまで『喰われる』。それを避けるためには――セレナイトは酔仙を見やった。
 保つか。解らない。だが、やらねばジャックが死ぬ。
「酔仙、ジャックは俺が連れて下がる!」
「はい!」
 蹴り足で触腕を払い、ジャックとそれを担ぎ上げるセレナイトの間に入った酔仙。
「ココからは、絶対に邪魔はさせません!」
 そうして、決意を示すように酒を呷った。



 他方。マーニ達はフォーリを押さえる歪虚へと至っていた。
「その手を、離せッ!」」
 煉華が往く。大剣を大きく掲げ、一閃。
 フォーリを押さえつける両腕へと、大剣は届いた。ぎし、と。分厚い肉に刃が留まる。刃を抜きながら、煉華は床に押し付けられた男を見た。うつ伏せの男の顔は見えない。歪虚の両腕が見えた。フォーリの両肩に沁み込むように溶け込むようにして在る様が。
 だが、と。声を張った。
「フォーリ! 聞こえるか! 御主の大事な物は、拾える限り取り返す。それまで待っていろ!」
 そこに。

 ■■■■■ァァァ―――ッ!!

 奇声が、重なった。金属を無理矢理に擦り合わせたかのような声が。
「まずは両腕を落としましょう!」
「了解っ!」
 怒声を貫くように発された言葉と共に、マーニが放った光弾が歪虚の腕部へと走った。軽い調子で応じたヘクスの矢がそこに続く。
 マーニが着弾を見届けた、瞬後だ。
「……ッ」
 歪虚が、マーニを見た。視た。観た。十の眼球が歪に蠢き異なる角度から。
 同時に、ねち、と音がした。骨まで断たれた歪虚の傷から滴る血液の音だ。
「硬いですね……もう少し、なのに」
 そこに。
「がら空きじゃな!」
 その眼を焼き払うように、光条が疾走った。クワッサリーの機導術だ。蒸散し爛れる眼球。

 ――――ッ!!

 怒声が廃教会を叩いた。ただれ落ちる側から、セレナイトの時と同様に生え上がる眼球。
 そこに、舌打ちを返しながら近づく影があった。
 ユランだ。
「……翡翠竜、力を貸して」
 エメラルドに仄光る竜翼の幻影を曳いて、エルフの少女が往った。
 直ぐに、歪虚に届く。
 そしてそのままに――抜けた。
 みぢ。
 断たれた右腕が鈍い音を立てて床に転がり、粘質な音を残して歪虚の体が傾ぐ。
「ぐ、ぅ、殺……ッ!」
 声を聞いて、ユランは振り向き、それを見た。
 その隙間を縫うように、フォーリが立ち上がろうとしている姿を。
 ユランはそこに、澱のように淀んだ憎悪と、殺意を見た。
 ――危ういな……このままじゃいけない。
「いけ!」
 ユランの思考を他所に、煉華がもう一閃。
 残る前腕を断ち切り、身体ごと打つかるようにして歪虚の身体を浮かせて叫んだ。

 ■■■■ァァァ―――ッ!!

 獰猛な咆哮を上げながら、煉華に噛み付く歪虚。それでも煉華は退かずに支え続ける。
「ヘクス殿!」
「オッケー!」
 すかさず間に入り込み、フォーリを抱え上げるヘクスとマーニ。
「ぐ、ゥ……!」
「我慢してください! 教会の外まで運びましょう!」
 傷に触るのか。呻くフォーリにマーニはそう告げて早々に離脱を図る。歪虚は彼らを、追わなかった。

「今はこっちを優先、かな」
「斃さねば、あちらに行けぬしのぅ」
 その場に残ったユランに、クワッサリーが応じた。
「……」
 そのやり取りを聞きながら、煉華は先ほどの手応えを反芻する。手に痺れとして残る、硬質な感触を。
 ――こいつの余力次第だが。
 煉華は残る一方を引き受ける酔仙の方を見た。その至近にある亡骸を、見た。
「直ぐ戻る」
 逡巡の末――煉華はそう言って、駆けた。



 よく耐えた、と驚嘆すべきかもしれない。それ程に酔仙は立ち続けた。酔いどれの如き足取りで、躱し、殴る。
 巨木に打ち込んでいるような感触。どこまで打ち込まねばならないのか。遠く感じる。
 ――いや、それでいいんでしたっけね!
 斃さなくていいのだった。なら、怖じる理由はない。心を澄ます。
 十、躱した。
 次に五つ躱す。否、躱そうとした。
 望外の鋭さで、触腕が跳ねる。
「……くぅッ」
 痛撃に酔仙の身体が弾かれる。直ぐに態勢を整え、前に。もう少しだけ、気を引いていたい。
 なぜなら。
「……行ってください!」
「すまん!」
 煉華が、フォーリの妻を、抱えていたからだ。酔仙が十分に注意を引いている内に、子供二人も戦闘から遠ざけるように移動させ。
「後で、必ず迎えに戻る」
 言い残し、煉華は疾走。

 ■■■■ィィィ―――ッ!

「ぐ、ゥ!」
 奇声と共に、衝撃。脊椎が圧し折れそうな程の圧撃だ。傾ぐ身体を無理矢理に支え、走る。脚を進める度に、全身が軋む。
「煉華! こっちだ!」
 声と共に、触腕と交差するように矢が届く。セレナイトだ。傍らには大剣を手にするマーニの姿もある。

 ――これは、凄いな。
 言葉にこそしなかったが、セレナイトは胸中でそう吐いた。
 驚嘆は、ただ一人で立ち続けた酔仙の姿に、だ。戦線を支えきったと言っても過言ではない。
 弓を引く手に力が籠もる。なんとしても、この場を支えきりたいと、そう思った。
「もう少しだ、酔仙!」
「……はい!」

 そこからは、互いに消耗しながらの削り合いとなった。
 ジャックが抜け、ヘクスが抜け――歪虚の頑強さを崩すには手数が足りなかった事が、大きく響く。
 いつ、誰が斃れてもおかしくない状況下であった。
 だが。傷つきながらも何とか戻って来た煉華や、突入時には合流できなかった他のハンター達の応援――事の趨勢を見て、ヘクスが召集した――が加わって初めて展望が開け。

 ――満身創痍の末、ハンター達は勝利を掴む事が出来た。



「もう呑めません……」
「文字通り、骨が折れたのぅ」
「……すまん」
 疲労困憊といった調子で言う酔仙とクワッサリー。ツッコむ気力も返す言葉もなく詫びる煉華に至っては、立つことも儘ならない。 
「子供たちを、両親の下に、連れて行こう」
「そうじゃの」
 何とか呼吸を整えた煉華が立ち上がった頃、教会内部を探索していたセレナイトとユランが戻ってきた。
「何かあったかの?」
「……いや、めぼしい物は何もなかったな」
 クワッサリーに問いに、セレナイト。そこに、ユランが言葉を継いだ。
「埃も目立つし、これまでの戦闘の痕を思えば、此処から歪虚が湧いたんじゃないんだろうね」
 ――逆に、戦闘の痕を辿れば歪虚の出元は解る、かな。
 ユランがそう考えていた所に、煉華と共に子供の亡骸を抱えたセレナイトが、ぽつ、と呟いた。
「……彼の処遇はヘクスに任せるか」
 ユランには、その言葉に想起するものがあった。

 ――フォーリの、激情である。


「彼女の側に居たい、って事だったからね」
「……そう、ですか」
 戻った頃には縛めが解かれていたフォーリの身体を、マーニは改めて観察した。
 歪虚の手が沈み込んでいた場所も含め、癒せる限りの傷は癒やした。
 ――歪虚の影響がないといいのですが。
「フォーリ殿……?」
「……」
 応じる声は無かった。
 闘っているのかもしれない、とマーニは思った。小刻みに震える背に、手を伸ばし、さする。
 生命は繋ぐことが出来た。それだけでも、大事な事なのだろう。

 だが、その心に関しては。
 マーニが言葉を継げずにいた、その時だ。

「貴方のご家族は貴方になんて言ったの。奴等を殺せと、そう言った?」

 声が、落ちた。
 ユランの声だ。
「違うよね、きっと逃げてって。生きろって言った筈だよね」
 言葉に、感情の色はない。それ故に沁み入るようにその場に響く。
「逃げ出しても誰も咎めはできぬ」
 そこに、煉華が子供の遺体を横たえながら、静かに言う。
「だが、俺たちは御主の愛するものの声も、形も知らぬのだ。手向けるべき花さえも分からん」
 祈るように。
「だから、生きろ……己を捨てるな、フォーリ・イノサンティ」
 そう、結んだ。同じように亡骸を添えるセレナイトも黙祷を捧げている。

 暫しの間。
 蕭、と。草花を揺らす風の音が沈黙を埋める。

 そして。
「……リリー、クリス、オーラム」
 漸く紡がれた声は、震えていた。
 受容の痛みが溢れて、零れた――そんな声で。

 ――生きなくては、いけない。
 懺悔。後悔。悲哀。憤怒。追憶。綯い交ぜになった感情の渦の中で、受け容れなくてはいけなかった。

 だから。

「君たちは、もう、いないんだな……」
 亡骸に身を寄せたフォーリはそう言葉にして、激情に、身を任せる。

 尽きることの無い慟哭が、彼の地に響き渡った。

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MVP一覧

  • その血は酒で出来ている
    酔仙ka1747
  • 仄かなる慈意
    マーニ・フォーゲルクロウka2439
  • 隻腕の救い手
    煉華ka2548

重体一覧

参加者一覧

  • Emeral-D
    ユラン・S・ユーレアイト(ka0675
    エルフ|14才|女性|霊闘士
  • 森の守人
    セレナイト・アインツヴァイア(ka0900
    エルフ|25才|男性|猟撃士
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人

  • クワッサリー(ka1388
    人間(紅)|25才|女性|機導師
  • その血は酒で出来ている
    酔仙(ka1747
    エルフ|20才|女性|疾影士
  • 仄かなる慈意
    マーニ・フォーゲルクロウ(ka2439
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 隻腕の救い手
    煉華(ka2548
    人間(紅)|35才|男性|霊闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/07/25 08:36:40
アイコン 相談卓!
酔仙(ka1747
エルフ|20才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2014/07/28 22:06:29