ゲスト
(ka0000)
珈琲サロンとぱぁずの墓参り
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/10/07 22:00
- 完成日
- 2015/10/16 01:02
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●※※※
秋晴れの良い天気。
1枚だけ桃色の東向きの窓から明るい日が差してくる。
カウンターの奥、棚に飾ったゴーグルを手に取ると、レンズに奔る罅を撫でながらユリアは静かに微笑んだ。
嘗て、このゴーグルを掛けて笑ってくれた人はいない。
けれど、その笑顔を、今はとても穏やかに思い出せる。
ユリアがゴーグルを棚に戻して振り返ると、カウンターの席にひとり座っていた。
艶やかな黒い髪を結い上げた華やかな和装、紅色の唇が、ユリア、と親しげに呼んだ。
「珈琲、頂戴」
「はい、かしこまりました」
ふたりきりの店内に、コーヒーの香りが広がっていく。
●
日が昇り、沈み、秋の日は落ちるのが早いねと笑い合って、ユリアはウェイトレスのモニカと並んでカップを洗う。
工場都市フマーレ商業区の喫茶店、もう1人の店員、ローレンツは常連客の忘れ物を届けに行ってまだ戻らない。
きっと話し込んでいるのだろう、ユリアがまだ幼い看板娘だった頃からの常連客だから。
からんとドアのベルが鳴る。客は捌けていたが閉店しているわけでは無い。
モニカがいらっしゃいと元気な声を掛けると、客の女性はユリアを見詰めて目を伏せた。
カウンターから離れて座ったその女性は、注文を聞きに来たモニカにぽつりと、陰気な店ねと呟いた。
「……あ。店長ですか? ごめんなさい、喪中なんですよー」
ユリアの装いは一見してそれと分かる黒い喪服、所々にレースがあしらわれているが地味で華の無い造りのワンピース。その上にフリルの愛らしいエプロンを着けて、髪はアップに纏めている。
モニカの朗らかな声に、その女性はユリアを軽く睨む様に見て、首を横に振った。
「コーヒー」
「はぁい、今すぐお煎れしますね――ユリアさーん、コーヒーです」
モニカの声が店に響いた。ユリアはカウンターから出ると、慌てて女性客の席へ向かって頭を下げた。
「ロロさん……えっと、コーヒーの担当が今、出ていて……」
「あなたが煎れるんじゃ無いの?」
「……私下手なんですよ。コーヒーだけは何だか、どうしても。ロロさん、すぐに帰って来るはずだから、待っていて貰えるかしら?……お詫びにクッキーサービスするわ」
クッキーは得意なの、そう言ってユリアはにこりと微笑んだ。
モニカが弟を迎えに行くと言って出て行くと、店内はユリアと女性客の2人きりになった。
クッキーを摘まみながら女性が。それ、とユリアのドレスを指した。
「この服? もう、脱がなきゃいけないって、分かっているんだけど忘れられなくて。お客さんも、優しい人が多くて、甘えてばかり……」
ローレンツを待ちながら、ユリアは湯を沸かして、豆を挽く。
女性は暫く黙り込んでから指を下ろして、項垂れた。
「八つ当たりしたの、ごめんなさい……大事な人を亡くしたのね」
女性の声が震えていた。
「夫……海で、殺されました。去年の、夏に」
淡々と、感情を殺した声でユリアが答える。
女性の視線が、東の窓から外を見詰めた。
「私もそう……去年の夏。お墓参りに行きたいんだけど、1人で街道を越えるのは難しくて」
海兵だったという。
休日だったにも関わらず、海から襲ってきた歪虚の群から街を護りに奔走して、彼女の下には亡骸すら帰って来ずに、慰霊碑に名前が刻まれただけだったという。
彼の眠っているだろう場所は、今は穏やかに海を臨む公園になっているそうだ。
からんとベルの音が鳴る。
「ただいま。随分としんみりしているが、いつもの所に相談したらいいだろう?」
ローレンツが怪訝な顔で佇んでいた。
●※※※
女性客はハンター達と奥のテーブルへ、天板に敷いた地図の上、行き先のポルトワールのある街に印のピンを立てている。
テーブルへはローレンツが煎れたコーヒーをモニカが運んで、時折興味深げにその話しを覗き込む。
「ふふ、素敵な方だったのね……ねえ、ユリア。ユリアは旦那さんにもう一度、あいたい?」
仕事の手を止めたユリアと向かい合うカウンターの席でコーヒーを飲みながら首を傾げる。
華やかな和装に合わせて飾る簪がしゃらんと小さな音を立てて揺れた。
硝子玉のような青い瞳でうっそりと笑む。
「私、特別なおまじないを知っているのよ」
途端、モニカの背に負ぶわれて眠っていたピノが大きな声で泣き出した。
秋晴れの良い天気。
1枚だけ桃色の東向きの窓から明るい日が差してくる。
カウンターの奥、棚に飾ったゴーグルを手に取ると、レンズに奔る罅を撫でながらユリアは静かに微笑んだ。
嘗て、このゴーグルを掛けて笑ってくれた人はいない。
けれど、その笑顔を、今はとても穏やかに思い出せる。
ユリアがゴーグルを棚に戻して振り返ると、カウンターの席にひとり座っていた。
艶やかな黒い髪を結い上げた華やかな和装、紅色の唇が、ユリア、と親しげに呼んだ。
「珈琲、頂戴」
「はい、かしこまりました」
ふたりきりの店内に、コーヒーの香りが広がっていく。
●
日が昇り、沈み、秋の日は落ちるのが早いねと笑い合って、ユリアはウェイトレスのモニカと並んでカップを洗う。
工場都市フマーレ商業区の喫茶店、もう1人の店員、ローレンツは常連客の忘れ物を届けに行ってまだ戻らない。
きっと話し込んでいるのだろう、ユリアがまだ幼い看板娘だった頃からの常連客だから。
からんとドアのベルが鳴る。客は捌けていたが閉店しているわけでは無い。
モニカがいらっしゃいと元気な声を掛けると、客の女性はユリアを見詰めて目を伏せた。
カウンターから離れて座ったその女性は、注文を聞きに来たモニカにぽつりと、陰気な店ねと呟いた。
「……あ。店長ですか? ごめんなさい、喪中なんですよー」
ユリアの装いは一見してそれと分かる黒い喪服、所々にレースがあしらわれているが地味で華の無い造りのワンピース。その上にフリルの愛らしいエプロンを着けて、髪はアップに纏めている。
モニカの朗らかな声に、その女性はユリアを軽く睨む様に見て、首を横に振った。
「コーヒー」
「はぁい、今すぐお煎れしますね――ユリアさーん、コーヒーです」
モニカの声が店に響いた。ユリアはカウンターから出ると、慌てて女性客の席へ向かって頭を下げた。
「ロロさん……えっと、コーヒーの担当が今、出ていて……」
「あなたが煎れるんじゃ無いの?」
「……私下手なんですよ。コーヒーだけは何だか、どうしても。ロロさん、すぐに帰って来るはずだから、待っていて貰えるかしら?……お詫びにクッキーサービスするわ」
クッキーは得意なの、そう言ってユリアはにこりと微笑んだ。
モニカが弟を迎えに行くと言って出て行くと、店内はユリアと女性客の2人きりになった。
クッキーを摘まみながら女性が。それ、とユリアのドレスを指した。
「この服? もう、脱がなきゃいけないって、分かっているんだけど忘れられなくて。お客さんも、優しい人が多くて、甘えてばかり……」
ローレンツを待ちながら、ユリアは湯を沸かして、豆を挽く。
女性は暫く黙り込んでから指を下ろして、項垂れた。
「八つ当たりしたの、ごめんなさい……大事な人を亡くしたのね」
女性の声が震えていた。
「夫……海で、殺されました。去年の、夏に」
淡々と、感情を殺した声でユリアが答える。
女性の視線が、東の窓から外を見詰めた。
「私もそう……去年の夏。お墓参りに行きたいんだけど、1人で街道を越えるのは難しくて」
海兵だったという。
休日だったにも関わらず、海から襲ってきた歪虚の群から街を護りに奔走して、彼女の下には亡骸すら帰って来ずに、慰霊碑に名前が刻まれただけだったという。
彼の眠っているだろう場所は、今は穏やかに海を臨む公園になっているそうだ。
からんとベルの音が鳴る。
「ただいま。随分としんみりしているが、いつもの所に相談したらいいだろう?」
ローレンツが怪訝な顔で佇んでいた。
●※※※
女性客はハンター達と奥のテーブルへ、天板に敷いた地図の上、行き先のポルトワールのある街に印のピンを立てている。
テーブルへはローレンツが煎れたコーヒーをモニカが運んで、時折興味深げにその話しを覗き込む。
「ふふ、素敵な方だったのね……ねえ、ユリア。ユリアは旦那さんにもう一度、あいたい?」
仕事の手を止めたユリアと向かい合うカウンターの席でコーヒーを飲みながら首を傾げる。
華やかな和装に合わせて飾る簪がしゃらんと小さな音を立てて揺れた。
硝子玉のような青い瞳でうっそりと笑む。
「私、特別なおまじないを知っているのよ」
途端、モニカの背に負ぶわれて眠っていたピノが大きな声で泣き出した。
リプレイ本文
●※※※
ハンター達と依頼人の女性を見送ったとぱぁずの店内。ユリアは1人、カウンターの中に座って彼女のことを思い浮かべた。
彼女が無事にポルトワールに着いたらいい。大丈夫、頼りがいのある人達に守って貰っているのだから。
「…………会いたくないと言ったら嘘になるけれど」
カウンターの席に座る華やかな和装、ユリアの声に答えるように顔を向けると簪が揺れた。
「それは良くないことだと思うから」
おまじないはいらない。そう言い切ったユリアを見詰めた双眸が笑う。鮮やかな紅の口角を上げてにんまりと。
「でも、彼女なら欲しがったでしょう?」
さあ、どうかしら。
ユリアは笑って首を傾げて見せた。
●
鮮やかな空の下を歩くハンター達、秋の朝の風が心地良く吹き抜けていく。
先頭を歩くイッカク(ka5625)が歩を緩めて依頼人の女性を振り返った。大柄な鬼の歩幅では、普通に歩くだけでも置いて行きかねない。
「休まねぇでいいのか?」
低音の粗い声が問う。
気遣うような言葉を言ってはいるが、その実気掛かりなのは華奢な女性の方では無い。顰蹙を買って報酬を下げられたくねぇな。浅い溜息が零れた。
「お女中、そなたの足に無理なきよう進むがよいぞ」
殿を買って出たカガチ(ka5649)の声がイッカクにも届いた。
背後を守るように立ちながら、時に距離を取って近付く気配を警戒する。
目を向けた依頼人の背は伸びていて、歩みは緩やかだが疲れている気配は無さそうだ。
視線を、依頼人を囲うように守るハンター達へ向ける。
前を歩いて行く見知った者の他には、挨拶や簡単な単語を綴り置いたカードを首から提げた優しげな女性、少年と少女、そして。
「お弁当持ってきたから後で休憩の時に食べましょうくま!」
人語を解する熊。
しろくま(ka1607)はもふもふと柔らかな着ぐるみの上にローブを纏っている。
ランチボックスを抱えて大柄な身体を揺らして依頼人の傍を歩き、熊らしい太い首を揺らして周囲への警戒も怠らない。
面妖な、とカガチが呟く。また知らない事に出会った。世界の広さに胸が疼く。
荷物を引かせる戦馬を引いてエヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)は周辺や地面を観察しながら進む。不審な跡や気配も無く暫くはこのまま歩けそうだ。
馬を歩を緩めながら依頼人の傍まで下がり「大丈夫?」と尋ねるカードを捲った。
依頼人が慌ててペンを探す手を止めて、聞くのは平気、と笑んで耳を示すと、依頼人が抑えた声で大丈夫と答えて道の先を見詰めた。エヴァの目に映る横顔はひどく寂しげに見えて、掛ける言葉を探すようにカードを捲る指が震えた。
依頼人の左右にカリアナ・ノート(ka3733)と鬼百合(ka3667)が並ぶ。
「今回はおねーさんが依頼主さんなのね! よろしくお願いするわ」
カリアナが円らな青い目を瞬いてにこりと笑んだ。出発前の元気の無さは、街道へ出てからの緊張から薄れているが、余り口数も多くなく、歩みも小柄な2人よりも緩やかだ。
「ポルトワールはひっさしぶりに行きますねぃ」
鬼百合が日差しに手を翳して先を眺める。そうなの、と依頼人が尋ねると、一番前と後を見る。
「今回は、東方の鬼さんも一緒だし!」
なんだか楽しくなりそうですねぃ。少年らしい高い声がはしゃぐと、依頼人は瞬いてハンター達を見回した。
ありがとう、周りも見えていなかったみたい、あなたのことも教えてくれる。依頼人が微笑んで首を傾げた。
改めてと、カリアナが名乗り、しろくまも毛並みを柔らかく肉球をしっとりと再現した前足を握手に差し出した。
自己紹介の中、エヴァが名前を綴ったスケッチブックの次のページ
『お昼ご飯にしない?』
貰ってきたのとサンドイッチの紙箱とクッキーの袋を差し出しながら書き足した。見覚えのあるクッキーに依頼人が瞬いた。
「みんなで一緒に食べるくまー」
着ぐるみの手が持参した昼食を器用に広げる。
ハンター達もそれを食べて休み、或いは寛ぐ声に耳を傾けながらも、周囲の見張りを続ける。彼等には、お腹が空くと困るくま、と、しろくまが食事を配って回った。食事中に襲撃は無く、穏やかな一時を過ごした。
ごちそうさま、美味しかったと依頼人が告げて片付けを手伝いながらまだ遠い港町へと視線を向けた。
「もう少しね」
隣に座ったカリアナが励ますように言った。
●
休憩を終えて歩き始める。森の気が変わったのだろう、探る視線を走らせると、赤や黄色に染まった物が覗えた。
先を警戒していたイッカクが眉を寄せた。数百メートル先に薄らと敵影が覗える。
「出たか。……1匹だな」
地面に足跡を見付けたエヴァも、それを辿りながら敵を見付けたが杖を向ける射程にはまだ遠い。
敵が気付いた様子は無い。奇襲、のカードを見付ける前にイッカクが飛び出した。
シロクマと鬼百合、カリアナが依頼人の周囲を固め、殿に立つカガチが後方からの襲撃を警戒する。
「――オラァアア――!」
ハンター達から距離を取るとイッカクが声を上げた。その声に気付いたゴブリンが低く唸って向かってくる。
マテリアルが熱い。
熱が巡る、絡繰り仕込みの柄を握るその指の先まで。刃に至るマテリアルが軌道に閃き、抜き放つ刀身に電光を奔らせた。
紫の電がしなやかな風を纏い、その一振すら小さく見せる巨躯に操られて斬り込んでいった。
振り下ろされた刃を躱しきれずに飛び出してきたゴブリンが袈裟の傷から血を吹き上げて飛び跳ねるように退く。
1匹だけかと反撃の拳を甲冑で払い、次の一撃で沈黙させた。
血刀を払い、辺りを見回すと茂みのざわめきを聞くとすぐに4匹のゴブリンが飛び出してきた。
「――離れて!」
イッカクを魔法の範囲から外そうと射程を量って杖を構えたエヴァの後からカリアナが叫んだ。
その声でゴブリンの集団から退く動きに合わせ、2人は青白い雲を向ける。
エヴァの手許から杖の先へ虹の色が広がり、杖を振るう軌跡を鮮やかに染めた。
色の幻は花に星にとその形を変え、エヴァの周囲を彩りながら煌めいて霧散していった。
鮮やかな色の幻の中、真っ直ぐに杖を向けて敵を狙う。放った雲がゴブリンを包み込んでいた。
「わわっ!」
丈を越えるヤドリギの杖を両手で支え慎重に狙う。これ以上増やされたら堪らない。
マテリアルを巡らせて放った雲がエヴァの雲に添うようにゴブリンを包み、その雲の中、1匹のゴブリンがころりと地面に転がった。
「上手く眠らせることできたわ!」
杖を揺らして喜ぶ声は、ゴブリン達を起こさないように抑え、満面の笑顔を依頼人に向けた。
倒れたゴブリン達を見て、エヴァが走り書きのスケッチブックを掲げた。
「あ? これ以上するならもっとひどい目に合わせる、だ?」
判読出来る距離まで抜き身のまま戻ってきたイッカクがその文字に顔を顰めた。こくり、とエヴァが頷いてゴブリンを指す。
イッカクの舌打ちにカガチが笑う。澄んだ声が響いた。
「よいよい、追ってきたとて、殿は妾じゃ」
橙の瞳を細めて楽しげに。すっと抜き放った小太刀に陽光を映し、振るってみせる刃に滑る光りが細い軌跡を残した。
念入りに脅したゴブリンを残し、ハンター達は警戒を強めて先へ進む。
「ん?」
鬼百合が歩を止めて耳を澄ませた。振り返ったイッカクとエヴァに茂みを指す。
「こっち、足音したから、また来るかも知れねぇ。気をつ――……」
気を付けて下さい。そう言おうとした声が止まる。呼び止めた2人にも聞こえる明瞭な足音が聞こえた。
「くまっ! 後にいて下さいくまー」
しろくまが盾を構えて依頼人をその内へ庇い、後方を警戒していたカガチも依頼人へと距離を詰め、カリアナが鬼百合の反対側の茂みを見据えて杖を握り直した。
透明な装飾を施した杖を構える。
「隠れててくだせぇ!」
かさり、と茂みが揺れてゴブリンの姿が覗くと、鬼百合は背後に壁を作りながら言う。
杖を地面に向けて壁を呼び、せり上がる土の天辺に掴まって身を翻すと、視界が開ける。近付いてきた3匹のゴブリンと、その奥から更に近付く3匹を見付けた。
肌に纏う目の紋様がぎょろりと蠢いて周囲を見回す。マテリアルの巡る全身に開いた目が何かを見ているように揺れる中、本当に見えている金の双眸だけがその6匹を見下ろしていた。
上からは、狙いやすい。マテリアルの流れを感じながら杖を向けた。
「ここからなら、射線あけてもらう必要もないですしねぃ」
杖を振るう、その瞬間走った電撃にゴブリンが2匹足を止めて藻掻く。
「くままほうくまーー!」
残る1匹へしろくまが影の固まりを投じその衝撃に転んだゴブリンが木に手を付きながら立ち上がり、後方へ唸る声を上げる。
声を遮るようにカリアナが雲を放ったが、木々に巻かれたのか、ゴブリンを眠らせる前に散って仕舞った。
弱ってふらつきながら立ち上がったゴブリンが3匹に無傷のもの3匹が追い付いた。
「彼奴等とは、関係なさそうじゃな」
カガチがひょいと後方を眺めた、視線をゴブリンへ移した。敵は一方からだけのようで、依頼人は壁としろくまが守り、傍にはカリアナもいる。前へ出た方が良さそうだ、と茂みを薙ぎ払う様に剣を構えたイッカクに並ぶ。
姫さん、とあからさまに表情を変えたイッカクを見上げて口角を上げながら剣を抜き茂みを払って斬り込んでいく。
今度は自主的に退却しては貰えない、そう感じてエヴァは杖を握り直し、少し離れて小石を構えるゴブリンを電で狙った。
花の幻影を崩して走った閃光がゴブリンの体を貫いて地面に伏せさせる。
後方から戦線を迂回するように走った1匹をしろくまが捉え、
「ばちこーんくまー!」
振り下ろされた木切れを受け止めた盾に重さを乗せて弾く。動きを止めたゴブリンに上から炎の矢が落とされ、その姿を燃え上がらせた。ゴブリンが息絶えると炎も消え、浅く舞い上がった土埃だけが名残の様に揺れる。
ゴブリンへ向けた杖を構え直して鬼百合は木木の影へと視線を向ける。出てきたゴブリンはそれぞれにハンター達と戦っており、見える範囲に援軍を呼びに走りそうなものはいない。
「おねーさん、大丈夫よ!」
石を投げようとするゴブリンへ、カリアナが水の礫を2発続けざまに放つ。ゴブリンの握った石が明後日の方向へと飛んで、2度目の水にその身体自体を弾き飛ばされた。地面に伏せた身体は何度か藻掻いてすぐに動かなくなった。
にこりと微笑んだカリアナを見詰め、静かになったゴブリンのざわめきに依頼人が安堵を見せた。
ひらりと白刃を翻し、踊るように戦うカガチが刀を収めた。残党がいないと確かめてからイッカクも構えを解く。
大丈夫だったかしら、怖がらせてない、とエヴァの綴るスケッチブックに依頼人が手を添えてゆっくりと頷いた。
「危ねぃ、離れてくだせぇ」
上から声が聞こる。鬼百合が消えかかる壁の周りからハンターと依頼人へ声を掛けて、たんと地面に飛び降りた。
2度の襲撃に張り詰めた空気も道が少し開けて潮風を感じる頃には多少和らいでいた。
イッカクがカガチへ視線を向ける。先頭からの物言いたげな様子にカガチが傍に歩いて行った。
「……あー……疲れてねぇか?」
「イッカク、そなた僕の分際で馬鹿にしておるのか。妾がこれしきの事で疲れるとでも思うてか」
そう言って、その場でくるりと回ってみせる。顰めた顔でも艶やかな挙措に、依頼人が素敵ねと感嘆の声を上げた。
「そういや、あの話しは聞こえてたのか?」
あの話し、と首を傾げた依頼人にイッカクは眉を寄せながらおまじないだと答えた。カガチもそっと聞き耳を立てる。
「そうね……とても魅力的だと思った――だけど」
暮れてきた道の先にぽっと明かりが浮かんで見える。目的の街はもう近い。
急ごうと言う声に急かされて、依頼人は足を速めた。イッカクも先頭へ、カガチも殿へ戻った。
●
公園へと寄れたのは、朝日の昇る頃だった。
朝日の昇る海、白砂の砂浜に打ち付ける細波が歩いた誰かの足跡を消していく。
ベンチと記念樹、まだ塗装の新しい遊具や、標語の刻まれた日時計。公園の中を静かに歩いて行く。
浜の近くに建てられた石碑へ、依頼人が手を伸ばした。刻まれた何人もの名前の中に1つ見付けるとその場に項垂れしゃがみ込んで、声無く涙を零し続けた。
カリアナが傍に屈み震える背中に手を添えた。
「おねーさん、……。……っ」
幼いなりに掛ける言葉を探しながら、移ってしまいそうな涙に唇を噛んだ。
シロクマが朝に咲いたばかりの花を、飾るように供えられていた他の花の傍らに置いた。依頼人がその中の一輪を選ると、碑に向かって差し出すように、好きだった花と言って、顔を濡らす涙を擦る。
「ねーさんも元気にならないと心配しますぜ」
手を合わせていた鬼百合が顔を上げた。依頼人が鬼百合の顔を見上げると困ったように視線を揺らして頬を掻いた。
「死んだ人の魂は星になるって。星になって、お話はできねぇけど、どこにいてもいつでも会えるようになるんでさ」
母ちゃんもお空にいるからもし会ったらよろしくしてくだせぇ。手を合わせてお願いしますと顎を引いた。
依頼人が空を見上げると、朝の星が瞬いていた。
「……とても魅力的だと思った、けど。ここに連れてきて貰って、それじゃいけないって分かったのよ」
依頼人がイッカクを見上げた。そうかい、とイッカクは目を逸らす。儲けにならない話しかと眉を寄せ。
耳を澄ませたカガチも墓参りだけならば良いと傍にしゃがむ。
「しかし、……いずこから其のようなまじないを得たのじゃろうな」
和装の女を思い出すが、席が離れていた為かその面差しは曖昧だった。
『旦那さんの愛した海にも触れてから帰りませんか?』
ね、と呼び掛けるカードを揺らして、エヴァがスケッチブックに綴る。いいの、と依頼人が首を傾げ、涙を拭った顔で、今にも駆け出しそうに海を見詰めた。
杖を揺らした光りの幻影の中、手を繋いで波打ち際から水面へと一歩踏み出した。
『生きていければいい』
碑を振り返ってエヴァが綴った。理不尽な別れは、誰にでも訪れるもの。その痛みを胸の内に抱えていても、忘れられなくても。
屈んで水面に指を滑らせた。秋の朝の海はその指をひりつかせる程冷たい。
鬼百合が波打ち際で貝殻を拾う。依頼人へハンター達を引き合わせた店長、ユリアも夫を海で亡くしたと言っていたから。貰ったスパイスの小さな空き瓶に砂と貝殻を詰める。
戻ったエヴァが碑の側で絵を描き、ハンター達休んでいく者がそれぞれに海を眺めて過ごす。碑から見える海を描いたそのページを依頼人に差し出して、エヴァも依頼人と別れた。
鬼百合が持ち帰った小瓶は、暫くユリアの手に握られていたが、やがてカウンターの奥の棚にゴーグルと並べて飾られることになった。
ハンター達と依頼人の女性を見送ったとぱぁずの店内。ユリアは1人、カウンターの中に座って彼女のことを思い浮かべた。
彼女が無事にポルトワールに着いたらいい。大丈夫、頼りがいのある人達に守って貰っているのだから。
「…………会いたくないと言ったら嘘になるけれど」
カウンターの席に座る華やかな和装、ユリアの声に答えるように顔を向けると簪が揺れた。
「それは良くないことだと思うから」
おまじないはいらない。そう言い切ったユリアを見詰めた双眸が笑う。鮮やかな紅の口角を上げてにんまりと。
「でも、彼女なら欲しがったでしょう?」
さあ、どうかしら。
ユリアは笑って首を傾げて見せた。
●
鮮やかな空の下を歩くハンター達、秋の朝の風が心地良く吹き抜けていく。
先頭を歩くイッカク(ka5625)が歩を緩めて依頼人の女性を振り返った。大柄な鬼の歩幅では、普通に歩くだけでも置いて行きかねない。
「休まねぇでいいのか?」
低音の粗い声が問う。
気遣うような言葉を言ってはいるが、その実気掛かりなのは華奢な女性の方では無い。顰蹙を買って報酬を下げられたくねぇな。浅い溜息が零れた。
「お女中、そなたの足に無理なきよう進むがよいぞ」
殿を買って出たカガチ(ka5649)の声がイッカクにも届いた。
背後を守るように立ちながら、時に距離を取って近付く気配を警戒する。
目を向けた依頼人の背は伸びていて、歩みは緩やかだが疲れている気配は無さそうだ。
視線を、依頼人を囲うように守るハンター達へ向ける。
前を歩いて行く見知った者の他には、挨拶や簡単な単語を綴り置いたカードを首から提げた優しげな女性、少年と少女、そして。
「お弁当持ってきたから後で休憩の時に食べましょうくま!」
人語を解する熊。
しろくま(ka1607)はもふもふと柔らかな着ぐるみの上にローブを纏っている。
ランチボックスを抱えて大柄な身体を揺らして依頼人の傍を歩き、熊らしい太い首を揺らして周囲への警戒も怠らない。
面妖な、とカガチが呟く。また知らない事に出会った。世界の広さに胸が疼く。
荷物を引かせる戦馬を引いてエヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)は周辺や地面を観察しながら進む。不審な跡や気配も無く暫くはこのまま歩けそうだ。
馬を歩を緩めながら依頼人の傍まで下がり「大丈夫?」と尋ねるカードを捲った。
依頼人が慌ててペンを探す手を止めて、聞くのは平気、と笑んで耳を示すと、依頼人が抑えた声で大丈夫と答えて道の先を見詰めた。エヴァの目に映る横顔はひどく寂しげに見えて、掛ける言葉を探すようにカードを捲る指が震えた。
依頼人の左右にカリアナ・ノート(ka3733)と鬼百合(ka3667)が並ぶ。
「今回はおねーさんが依頼主さんなのね! よろしくお願いするわ」
カリアナが円らな青い目を瞬いてにこりと笑んだ。出発前の元気の無さは、街道へ出てからの緊張から薄れているが、余り口数も多くなく、歩みも小柄な2人よりも緩やかだ。
「ポルトワールはひっさしぶりに行きますねぃ」
鬼百合が日差しに手を翳して先を眺める。そうなの、と依頼人が尋ねると、一番前と後を見る。
「今回は、東方の鬼さんも一緒だし!」
なんだか楽しくなりそうですねぃ。少年らしい高い声がはしゃぐと、依頼人は瞬いてハンター達を見回した。
ありがとう、周りも見えていなかったみたい、あなたのことも教えてくれる。依頼人が微笑んで首を傾げた。
改めてと、カリアナが名乗り、しろくまも毛並みを柔らかく肉球をしっとりと再現した前足を握手に差し出した。
自己紹介の中、エヴァが名前を綴ったスケッチブックの次のページ
『お昼ご飯にしない?』
貰ってきたのとサンドイッチの紙箱とクッキーの袋を差し出しながら書き足した。見覚えのあるクッキーに依頼人が瞬いた。
「みんなで一緒に食べるくまー」
着ぐるみの手が持参した昼食を器用に広げる。
ハンター達もそれを食べて休み、或いは寛ぐ声に耳を傾けながらも、周囲の見張りを続ける。彼等には、お腹が空くと困るくま、と、しろくまが食事を配って回った。食事中に襲撃は無く、穏やかな一時を過ごした。
ごちそうさま、美味しかったと依頼人が告げて片付けを手伝いながらまだ遠い港町へと視線を向けた。
「もう少しね」
隣に座ったカリアナが励ますように言った。
●
休憩を終えて歩き始める。森の気が変わったのだろう、探る視線を走らせると、赤や黄色に染まった物が覗えた。
先を警戒していたイッカクが眉を寄せた。数百メートル先に薄らと敵影が覗える。
「出たか。……1匹だな」
地面に足跡を見付けたエヴァも、それを辿りながら敵を見付けたが杖を向ける射程にはまだ遠い。
敵が気付いた様子は無い。奇襲、のカードを見付ける前にイッカクが飛び出した。
シロクマと鬼百合、カリアナが依頼人の周囲を固め、殿に立つカガチが後方からの襲撃を警戒する。
「――オラァアア――!」
ハンター達から距離を取るとイッカクが声を上げた。その声に気付いたゴブリンが低く唸って向かってくる。
マテリアルが熱い。
熱が巡る、絡繰り仕込みの柄を握るその指の先まで。刃に至るマテリアルが軌道に閃き、抜き放つ刀身に電光を奔らせた。
紫の電がしなやかな風を纏い、その一振すら小さく見せる巨躯に操られて斬り込んでいった。
振り下ろされた刃を躱しきれずに飛び出してきたゴブリンが袈裟の傷から血を吹き上げて飛び跳ねるように退く。
1匹だけかと反撃の拳を甲冑で払い、次の一撃で沈黙させた。
血刀を払い、辺りを見回すと茂みのざわめきを聞くとすぐに4匹のゴブリンが飛び出してきた。
「――離れて!」
イッカクを魔法の範囲から外そうと射程を量って杖を構えたエヴァの後からカリアナが叫んだ。
その声でゴブリンの集団から退く動きに合わせ、2人は青白い雲を向ける。
エヴァの手許から杖の先へ虹の色が広がり、杖を振るう軌跡を鮮やかに染めた。
色の幻は花に星にとその形を変え、エヴァの周囲を彩りながら煌めいて霧散していった。
鮮やかな色の幻の中、真っ直ぐに杖を向けて敵を狙う。放った雲がゴブリンを包み込んでいた。
「わわっ!」
丈を越えるヤドリギの杖を両手で支え慎重に狙う。これ以上増やされたら堪らない。
マテリアルを巡らせて放った雲がエヴァの雲に添うようにゴブリンを包み、その雲の中、1匹のゴブリンがころりと地面に転がった。
「上手く眠らせることできたわ!」
杖を揺らして喜ぶ声は、ゴブリン達を起こさないように抑え、満面の笑顔を依頼人に向けた。
倒れたゴブリン達を見て、エヴァが走り書きのスケッチブックを掲げた。
「あ? これ以上するならもっとひどい目に合わせる、だ?」
判読出来る距離まで抜き身のまま戻ってきたイッカクがその文字に顔を顰めた。こくり、とエヴァが頷いてゴブリンを指す。
イッカクの舌打ちにカガチが笑う。澄んだ声が響いた。
「よいよい、追ってきたとて、殿は妾じゃ」
橙の瞳を細めて楽しげに。すっと抜き放った小太刀に陽光を映し、振るってみせる刃に滑る光りが細い軌跡を残した。
念入りに脅したゴブリンを残し、ハンター達は警戒を強めて先へ進む。
「ん?」
鬼百合が歩を止めて耳を澄ませた。振り返ったイッカクとエヴァに茂みを指す。
「こっち、足音したから、また来るかも知れねぇ。気をつ――……」
気を付けて下さい。そう言おうとした声が止まる。呼び止めた2人にも聞こえる明瞭な足音が聞こえた。
「くまっ! 後にいて下さいくまー」
しろくまが盾を構えて依頼人をその内へ庇い、後方を警戒していたカガチも依頼人へと距離を詰め、カリアナが鬼百合の反対側の茂みを見据えて杖を握り直した。
透明な装飾を施した杖を構える。
「隠れててくだせぇ!」
かさり、と茂みが揺れてゴブリンの姿が覗くと、鬼百合は背後に壁を作りながら言う。
杖を地面に向けて壁を呼び、せり上がる土の天辺に掴まって身を翻すと、視界が開ける。近付いてきた3匹のゴブリンと、その奥から更に近付く3匹を見付けた。
肌に纏う目の紋様がぎょろりと蠢いて周囲を見回す。マテリアルの巡る全身に開いた目が何かを見ているように揺れる中、本当に見えている金の双眸だけがその6匹を見下ろしていた。
上からは、狙いやすい。マテリアルの流れを感じながら杖を向けた。
「ここからなら、射線あけてもらう必要もないですしねぃ」
杖を振るう、その瞬間走った電撃にゴブリンが2匹足を止めて藻掻く。
「くままほうくまーー!」
残る1匹へしろくまが影の固まりを投じその衝撃に転んだゴブリンが木に手を付きながら立ち上がり、後方へ唸る声を上げる。
声を遮るようにカリアナが雲を放ったが、木々に巻かれたのか、ゴブリンを眠らせる前に散って仕舞った。
弱ってふらつきながら立ち上がったゴブリンが3匹に無傷のもの3匹が追い付いた。
「彼奴等とは、関係なさそうじゃな」
カガチがひょいと後方を眺めた、視線をゴブリンへ移した。敵は一方からだけのようで、依頼人は壁としろくまが守り、傍にはカリアナもいる。前へ出た方が良さそうだ、と茂みを薙ぎ払う様に剣を構えたイッカクに並ぶ。
姫さん、とあからさまに表情を変えたイッカクを見上げて口角を上げながら剣を抜き茂みを払って斬り込んでいく。
今度は自主的に退却しては貰えない、そう感じてエヴァは杖を握り直し、少し離れて小石を構えるゴブリンを電で狙った。
花の幻影を崩して走った閃光がゴブリンの体を貫いて地面に伏せさせる。
後方から戦線を迂回するように走った1匹をしろくまが捉え、
「ばちこーんくまー!」
振り下ろされた木切れを受け止めた盾に重さを乗せて弾く。動きを止めたゴブリンに上から炎の矢が落とされ、その姿を燃え上がらせた。ゴブリンが息絶えると炎も消え、浅く舞い上がった土埃だけが名残の様に揺れる。
ゴブリンへ向けた杖を構え直して鬼百合は木木の影へと視線を向ける。出てきたゴブリンはそれぞれにハンター達と戦っており、見える範囲に援軍を呼びに走りそうなものはいない。
「おねーさん、大丈夫よ!」
石を投げようとするゴブリンへ、カリアナが水の礫を2発続けざまに放つ。ゴブリンの握った石が明後日の方向へと飛んで、2度目の水にその身体自体を弾き飛ばされた。地面に伏せた身体は何度か藻掻いてすぐに動かなくなった。
にこりと微笑んだカリアナを見詰め、静かになったゴブリンのざわめきに依頼人が安堵を見せた。
ひらりと白刃を翻し、踊るように戦うカガチが刀を収めた。残党がいないと確かめてからイッカクも構えを解く。
大丈夫だったかしら、怖がらせてない、とエヴァの綴るスケッチブックに依頼人が手を添えてゆっくりと頷いた。
「危ねぃ、離れてくだせぇ」
上から声が聞こる。鬼百合が消えかかる壁の周りからハンターと依頼人へ声を掛けて、たんと地面に飛び降りた。
2度の襲撃に張り詰めた空気も道が少し開けて潮風を感じる頃には多少和らいでいた。
イッカクがカガチへ視線を向ける。先頭からの物言いたげな様子にカガチが傍に歩いて行った。
「……あー……疲れてねぇか?」
「イッカク、そなた僕の分際で馬鹿にしておるのか。妾がこれしきの事で疲れるとでも思うてか」
そう言って、その場でくるりと回ってみせる。顰めた顔でも艶やかな挙措に、依頼人が素敵ねと感嘆の声を上げた。
「そういや、あの話しは聞こえてたのか?」
あの話し、と首を傾げた依頼人にイッカクは眉を寄せながらおまじないだと答えた。カガチもそっと聞き耳を立てる。
「そうね……とても魅力的だと思った――だけど」
暮れてきた道の先にぽっと明かりが浮かんで見える。目的の街はもう近い。
急ごうと言う声に急かされて、依頼人は足を速めた。イッカクも先頭へ、カガチも殿へ戻った。
●
公園へと寄れたのは、朝日の昇る頃だった。
朝日の昇る海、白砂の砂浜に打ち付ける細波が歩いた誰かの足跡を消していく。
ベンチと記念樹、まだ塗装の新しい遊具や、標語の刻まれた日時計。公園の中を静かに歩いて行く。
浜の近くに建てられた石碑へ、依頼人が手を伸ばした。刻まれた何人もの名前の中に1つ見付けるとその場に項垂れしゃがみ込んで、声無く涙を零し続けた。
カリアナが傍に屈み震える背中に手を添えた。
「おねーさん、……。……っ」
幼いなりに掛ける言葉を探しながら、移ってしまいそうな涙に唇を噛んだ。
シロクマが朝に咲いたばかりの花を、飾るように供えられていた他の花の傍らに置いた。依頼人がその中の一輪を選ると、碑に向かって差し出すように、好きだった花と言って、顔を濡らす涙を擦る。
「ねーさんも元気にならないと心配しますぜ」
手を合わせていた鬼百合が顔を上げた。依頼人が鬼百合の顔を見上げると困ったように視線を揺らして頬を掻いた。
「死んだ人の魂は星になるって。星になって、お話はできねぇけど、どこにいてもいつでも会えるようになるんでさ」
母ちゃんもお空にいるからもし会ったらよろしくしてくだせぇ。手を合わせてお願いしますと顎を引いた。
依頼人が空を見上げると、朝の星が瞬いていた。
「……とても魅力的だと思った、けど。ここに連れてきて貰って、それじゃいけないって分かったのよ」
依頼人がイッカクを見上げた。そうかい、とイッカクは目を逸らす。儲けにならない話しかと眉を寄せ。
耳を澄ませたカガチも墓参りだけならば良いと傍にしゃがむ。
「しかし、……いずこから其のようなまじないを得たのじゃろうな」
和装の女を思い出すが、席が離れていた為かその面差しは曖昧だった。
『旦那さんの愛した海にも触れてから帰りませんか?』
ね、と呼び掛けるカードを揺らして、エヴァがスケッチブックに綴る。いいの、と依頼人が首を傾げ、涙を拭った顔で、今にも駆け出しそうに海を見詰めた。
杖を揺らした光りの幻影の中、手を繋いで波打ち際から水面へと一歩踏み出した。
『生きていければいい』
碑を振り返ってエヴァが綴った。理不尽な別れは、誰にでも訪れるもの。その痛みを胸の内に抱えていても、忘れられなくても。
屈んで水面に指を滑らせた。秋の朝の海はその指をひりつかせる程冷たい。
鬼百合が波打ち際で貝殻を拾う。依頼人へハンター達を引き合わせた店長、ユリアも夫を海で亡くしたと言っていたから。貰ったスパイスの小さな空き瓶に砂と貝殻を詰める。
戻ったエヴァが碑の側で絵を描き、ハンター達休んでいく者がそれぞれに海を眺めて過ごす。碑から見える海を描いたそのページを依頼人に差し出して、エヴァも依頼人と別れた。
鬼百合が持ち帰った小瓶は、暫くユリアの手に握られていたが、やがてカウンターの奥の棚にゴーグルと並べて飾られることになった。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 5人 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/10/07 13:49:12 |
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相談卓 イッカク(ka5625) 鬼|26才|男性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2015/10/07 20:48:22 |