歯車の起動

マスター:西尾厚哉

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/10/19 19:00
完成日
2015/10/26 02:12

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「後ろっ……!」
 声が聞こえた時にはもう頭に一撃を加えられていた。
 生温かいものが頬を伝って来るのを感じたが直後の記憶はない。
 次に見たのは歪んだオークの顔だ。
 悲鳴を上げる前に左肩に強烈な痛みを感じ、続いて右の腿に。
 そして気を失った。
 どのくらいたったのか、目を開くと前より視界が鈍かった。
「なに、これ、生きてるじゃない。あいつらほんとバカ」
 少女の声が聞こえる。
 声の主を見定めようと数回重い瞬きをする。
 朧に真っ白な顔と黒く長い髪が見えた。
(助け……)
 やはり声は出なかった。
「ま、いいか、すぐに死ぬから。ね、レイ」
 レイ? グロスハイム教官?
「それも効率的かも。『おうち』が早くおっきくなるし」
 声の主が姿を消し、荒い息で自分の顔の横に突っ立つ鉄の棒に目を移す。
 ここは何だろう。この棒で体を打ち付けられているらしい。右足も痛みと共に動かないから同じ状態になっているのだろう。
(急所じゃない……まだ望みは……)
 ゆっくりと顔を巡らせてみる。そして呆然とした。
 上も下も右も左も。
 鉄屑木屑、うごめく剣機で埋め尽くされた壁。

 ――― オオ……

 低い唸りがあちこちで聞こえ、自分の背からもその声が聞こえた時、ヴィリー・クラウゼンはぞっとすると共に悟った。
 自分はこいつらと同じように、ここの『パーツ』に使われているのだと。

 ●
 イルリヒト第二宿舎が訓練用として使っている森の北側は2キロほど緩やかな斜面となって山麓に続く。
 元々小高い場所にあるこの場所は既に山麓であるともいえるのだが、森を抜けて暫くすると左手に峡谷を見る。
 イルリヒト訓練生達は総出でこの峡谷に向かっていくつかの廃材の山を作っていった。
 あちこちから集めた木や鉄板、使い物にならなくなった武器防具を含むいわゆるゴミの山だ。
 人が生活している場所に行けばゴミの収集には事欠かない。
「なんか、社会福祉事業でも始めたんですか?」
 と怪訝な顔で言われてしまった、というのはさておき、これは立派な歪虚誘導計画である。


「無骨な計画と思ったが出て来るものだな……それにしてもあれは……」
 望遠鏡を覗いていたイルリヒトの主任、アーベレは呟く。
「巨大な廃材ボールですね。剣機ボールと言うべきなのかな」
 と、トマス・ブレガ。
 『餌場』と称したゴミ廃材の山から拾い上げたものを動きが自由な剣機がひとつひとつ打ち付ける。打ち付けられている剣機は受け取って自分の体に打ち付ける。
 それは幾重にも重なって巨大な球と化していた。
 ゆっくりゆっくりと転がりつつ、直径は数十メートルに及ぶかもしれない。
 森の中で木々の間から一部を見ただけでは壁にしか見えなかったが、とんでもない状態だ。
「あの玉ねぎの皮を剥いだら、何が出て来るんですかね」
「剥ぐことができればな」
 ゲームを楽しむかのようなトマスの口調にアーベレはぶっきらぼうに答えた。
「女の子ってのは……います? 知能が高い奴ならこっちの思惑などきっとお見通しですよ」
 そう言ったのは教官のヒューグラー。見た目だけはいかめしい髭面。
「森の中に居られるのは困ると仰ったのは貴方では?」
 レイ・グロスハイムが望遠鏡に目を当てたまま突っぱねるように言う。
「次期主任候補ともなると我儘も言いたい放題ですね」
 ヒューグラーはむっとして彼を見た。
「まあまあ、結果オーライなんですから。ね、これならハンターも戦略が立てやすい」
 トマスが苦笑しながら収めようとする。
「ヴィリー・クラウゼンはどうした?」
 アーベレ主任が後ろに控えていた訓練生のエミ・モリスとケヴィン・ヘルトを振り向いた。
 2人共、先の戦闘で負傷し、ハンターに救助されて一週間前にようやっと復帰したばかりだ。
「ヴィリーは……精神的に参ってしまっていて、たぶん今回は無理です」
 エミの返事を聞いてヒューグラーがふんと鼻を鳴らしてレイを見やる。
「君の責任だな」
「剣機と見て尻をからげて逃げるよりはましです」
 レイは冷ややかに答えた。
 ヒューグラーは怒りに顔を赤くするが、レイが言うことは事実だからしようがない。
 彼は剣機が出た途端に何の手も打てず森から出て来てしまっていたのだから。
「彼は確かに女の子の姿を見たのだな?」
 アーベレは再びエミを振り向く。
「ええ……。視力が落ちていて顔ははっきりとは確認できなかったようですが」
 少女の声はハンターも聞いている。いることは確かだろう。
「クラウゼンをベッドから引きずり出せ。あいつが最もあれに近かったんだ」
「無理です! ヴィリーは話をするのもやっとだったんです!」
 ヒューグラーの八つ当たりのような言葉にエミが抗議の声をあげた。
「……ったく。叩き起こしてやる」
 踵を返すヒューグラーを見て、エミとケヴィンはすがりつくような視線をレイに向けるが、無表情な彼に2人は失望する。
「心配するな。クラウゼンは出さないから」
 トマスが言い、レイは小さく嘆息して望遠鏡を片付け、背を向けてバイクに飛び乗りヒューグラーを追った。
「ほらね。ちゃんと彼も気にしてるんだよ」
 エミがようやく強張った表情で頷いた。
「依頼の提出を頼むぞ。兎に角やつを峡谷に突き落とせ。這い上がって来る前に次の手を考える」
 と、アーベレ主任。
「次の手、思いつくんですか?」
 にやにやしながら言うトマスに、こいつも本当に鬱陶しいという表情をありありと見せながらアーベレもくるりと背を向けた。
 後に残ったのは所在なさげに立ち尽くすエミとケヴィン。
 トマスはにこりと彼らに笑みを見せる。
「君達ができることはせいぜい遠隔援護射撃くらいだろう。ハンターの動きを阻害しないよう役目を果たせよ」
 トマスが言うと、「はい」と敬礼したあと、エミがためらいがちに口を開いた。
「ブレガ教官、あの……ヴィリーが聞いた『レイ』っていうのは歪虚の名前なんでしょうか」
「さあね」
 トマスは答える。
「歪虚の名前なんてどうでもいい。団子だよ、剣機団子でいいさ」
 トマスの返事にエミとケヴィンは顔を見合わせた。

 ●
 その数時間後、森の中で少女が声をあげていた。
「レイ? どこに行ったの? 『おうち』になるのを一杯連れて来たよ?」
 彼女の背後に並んだ剣機。
 キョロキョロと周囲を見回した後、少女は飛ぶように木の上に登った。
「ふうん……」
 『おうち』を見つけて少女はくすくすと嗤う。
「いいのが来るのかな。たくさん来るのかな。ふふっ。嬉しい」
 彼女は歌うようにそう言って目を輝かせたのだった。

リプレイ本文

『マテリアル爆弾ってのは有難いが……』
 歯を食いしばって命綱頼りに岩壁を下って行く訓練生達を見て、柊 真司(ka0705)は重い溜息をつく。
 教官達はあっさりと「できれば指示をお願いしたく」とか。何だかそれもなー、と思う。
 まあ、依頼主なわけだから、そうしてくれと言われりゃ、そうするんだけども……。
 柊の溜息に気づいて、ザレム・アズール(ka0878)が地図を記した紙から視線を上げてこちらを向いた。
 地図はトマスの言葉を聞きながらバジル・フィルビー(ka4977)が手早く作成したものだ。
「傷が痛むか?」
 その声にいいや、と柊は首を振る。
「大丈夫かなと思って。団子が来ちまうぜ……」
 柊さーん、ここでいいんですよねーと下から声をあげる訓練生。
 ザレムが指示した、万が一の為の網の設置は早かったが、爆弾設置は岩盤を掘るのでまだ相当かかりそうだ。
「あの団子の移動距離はせいぜい一時間で50mだ。間に合うよ」
 背後を振り返ってザレムは言う。団子はまだ遙か向こうだ。
 そして崖の対岸に目を向けた。
「いけそうか?」
 柊は吹きあげる風に髪を煽られるザレムを気遣わし気に見上げた。
「全てがタイミングだな。誘い込み、接近、爆破。頼むぞ」
「頼まれた」
 柊は答える。
「でも、なんか、篝が言ってたのが気になる……クリスタ……なんだっけ?」


「大丈夫なの?」
 ハンター達の要望を受けて、トマスが急いで持って来たのがマテリアル爆弾だった。
 錬魔院の研究員、クリスタ・ベルクマンがちょうどイルリヒトに運んで来たものであるらしい。
 八原 篝(ka3104)はそれを聞くなり、思わず呟いたのだ。
 同調するように、うーむと言ったのはルシオ・セレステ(ka0673)とウィルフォード・リュウェリン(ka1931)、そしてバジル。
「これは錬魔公認だから。そりゃ、クリスタも携わってたんだろうけど」
 トマスは言うが、レイすらも疑わし気な視線を向け、エミに至っては微かに怯えの表情だ。
「何か訳ありです?」
 不思議そうに問う瑞葉 美奈(ka5691)に篝は手短に経緯を小声で話した。
 そもそも前の戦闘でクリスタの試作品の銃が不良品であったのだと。
 それを聞いてマリアンナ・バウアール(ka4007)もちらりと黒い筒状の爆弾を見やる。
「その時はその時です。どうにかしましょう」
 にこりと笑って言うアルマ・アニムス(ka4901)が言ったのは、そうせざるを得ないという皆の心情の代弁。
 導線さえきちんと繋げば、離れた場所から手動ではあるが遠隔操作できるはず。
 とりあえず設置することのみに作業が簡略されたと思うことにして、柊とザレムがトマス班の訓練生10名を連れて崖に向かったのだ。
 そして間を置かず、要点のみの申し合わせで作戦開始。
 剣機団子を中心に、エミ班は8時、ケヴィン班は4時、6時の方向にレイ班、それぞれ20名ずつ。団子を12時の方向に追い立ての援護。
 連絡はトランシーバー、トマスとレイは短伝話も携帯しているが歪虚の傍では繋がらない可能性もあるだろう。
 トマス率いる救護班は戦闘力に欠けるので離れて待機。
 訓練生は全員魔導銃を携帯しているが、彼らが団子本体に攻撃するには戦力不足だ。
 つまり、ハンター達は団子本体を疲弊させつつ、妨げとなる周囲の剣機を団子から離して援護してもらうこととなる。
 篝は訓練生達に言った。
「必要以上には近づかないで。あの剣機は皆を団子の材料にしようとする。自分の身を最優先に。相手が吸血鬼ならば魅了も使う可能性があるわ。気を付けて。……そして、エミ!」
 持ち場に向かおうとしていたエミは名を呼ばれて驚いたような顔で立ち止まる。
「8時左後方は森。警戒を怠らずに」
 篝が言うのを聞いて、ウィルフォードがレイの表情を伺い見た。
 レイの位置は左右の様子が確認できるからだろうが、教官としての指示が少なすぎる。
 向こうのトマスが声を張り上げて指示を出しているというのに、彼はそもそも訓練生に対しての興味もなさそうにみえた。
『なぜここまで無表情に? 何かを悟られまいと?』
 これがいつもの彼なのだろうか……


「これだけ大きいともう何が何だか……」
 こちらの気配を相手が察した途端に投げられた剣機の斧を避けてマリアンナが呆然と呟いた。
「えっと……思ったより大きいですね?」
 アルマの引き攣った笑み。
 遠目に見るのもおぞましかったが、近づけばそれはもはや山。
 わらわらと周囲にいた剣機達が動き出す。
「悪魔と呼ぶにふさわしい姿ですね。ですが……」
 2人の背後に向かおうとする剣機をミルベルト・アーヴィング(ka3401)がホーリーライトで吹き飛ばす。
「好き勝手にさせるわけには参りません」
「ありがとっ」
 ミルベルトに小さく笑みを返し、マリアンナはすっと数歩下がったあと、身を屈めて剣機の群れの隙間を縫って団子への距離を縮める。
 そしてナイトスピアを投げた。バラバラと屑山が散らばる。
「ノックアウト効くわ……!」
 素早く身を後退させ、マリアンナは仲間に叫ぶ。
「攻撃通ります!」
 すぐに身を屈め、ぶんと頭上を掠める斧から逃れる。もう一度振り上げられた斧を持つ手は篝の銃で吹き飛ばされた。
「はい、こっちですよ」
 にこやかな笑みでちょいちょいと剣機達を煽ったアルマは仲間の姿が射程外であることを素早く確認したのち、青星の魂で小気味よく相手の腕を次々に落とす。
 足や首を落とされればさすがにもう動けない。
「おっと、そちらはだめです」
 訓練生達のほうに猛進しようとする奴はエア・スティーラーでドンと撃ち、
『うーん……こういう場合は訓練生に撃たせてあげるべきでしょうか……でも……』
 束の間考えたが、近づく剣機に怯えた顔で身を強張らせる訓練生を素早く見てとり、青星の魂で払う。
『やはり訓練生ということですか』
 ちらと後ろを振り返る。
 後方にバジル。全体で言えば8時の方向。
 攻撃部隊は状況に応じて移動をしているが、バジルとミルベルト、ルシオは負傷者が出た時の対応が迅速になるよう居場所を確定させておこうと申し合わせている。
 8時の方向は後ろに森。
 少し注意を払わねばいけないかもしれない。
 そして進行方向で餌役には、今はまだ美奈ただ一人。
『頑張るのです!』
 固い決意のもと小さな体でぎりぎりまで団子に近づき、ひょいと身を交わしては進行方向に退く。近づいて来た一体の剣機はトンファーをクルクルと回し、思い切り殴りつけた。
 大ヒットを見たのはとても嬉しいのだが、
「い、一手でもミスればこれ……はあっ……だめなんじゃないですか?!」
 あっという間に息が荒れ、追加の数体が迫って来た時はもはや捨て身の覚悟。
「来るがいい!」
 トンファーを振り上げたところで頭上を3つの光が伸びて敵の頭を撃ち抜いた。
「待たせた」
 羽の気配が横をふわりと抜け、ホークウィングを身に着けたザレムの頼もしい背を目の前に見た時、美奈は思わず
「か、かっこいい……」
「大丈夫か」
 ちらと振り向き尋ねられて「はいっ」と答え、
「お面苦しい……!!」
 言ってしまった言葉にふっと笑みを浮かべられたことにもまた……萌えた。


「女の子の気配がないわ」
 8時から4時までの間を行き来しつつ動き回る剣機を倒していた篝はルシオに声をかけた。
 セイクリッドフラッシュでバラバラと団子のがらくたを落としたルシオはそうねと頷き6時の方向にいるレイ班にちらりと目を向ける。
「やっぱり森のほうか……」
「戻るわ」
 篝は身を翻す。
「小さくなってますー?!」
 入れ違いに来たマリアンヌは槍を放ち叫ぶ。
「だいぶん削りましたがっ……外れた剣機が動き回る方に入るので面倒ですっ」
 確かに、とルシオは思う。
 団子を削った時に磔になった剣機を全て葬れるというわけではない。残って地上に落ちた奴は移動隊として攻撃に転じる。
 それに、と彼女は思う。
 剥がしたあとの次の面が前より硬い。そう思うのは自分だけだろうか。
 彼女の耳に柊の声が届いたのはその一時間後だった。

● 
 崖で待機していた柊は、ん? と目を細める。
 風だ。
 次には思わず顔を背けるほどの強い風がどっと谷から吹きあげた。
 嫌な予感に駆られて下を覗き込む。やはり。
「誰か聞こえるか! 風で導線が外れた!」
 トランシーバーに叫ぶ途中でゴウッと吹きあげ、柊は思わず腕をあげて避ける。
「ザレムに伝えてくれ! 風で体を煽られるぞ!」
 幸いにもザレムが指示した網は取れていない。
 誰か聞いてくれたか……。
 訓練生では無理だ。返事が無ければ自分がと覚悟をつけた時、ルシオが来た。
「あの線だ! 風、気をつけろ!」
 ルシオは眼下と背後を確認し、すぐに命綱を体に巻き付け、待機していたままの訓練生に声をかける。
「ロープをできるだけ固定! 合図すればすぐに離れろ。真司、爆破レバーに待機を!」
 間に合うか、と気遣わし気な目を向けた柊をルシオはひた、と束の間見据えた。
「来ればためらわず押すんだよ」
 そんなこと……! と返す前にルシオの姿は崖の向こうに消えていた。


 4時の方向にいたルシオが前方に向かったので、バジルが7時の方向に、ミルベルトが5時の方向に移動。
 アルマ、篝、マリアンヌが行き来し合いつつ団子を追い上げ、ウィルフォードは6時の方向に。
 その数分後、
『グロスハイム教官っ! 背後森より剣機数十体!』
 トランシーバーでエミの声がレイの元に
『敵援軍到着です!』
 篝がアルマの声を聞く。
「8時、背後敵剣機!」
 近くにいたマリアンヌに叫び身を翻した篝は、バジルがこちらの姿を越して自分の背後に叫ぶのを聞いた。
「ウィルフォー――ド!!」
 振り返った篝はレイ班の背後から降り注ぐ無数の槍を見た。


「どきなさいっ……!」
 剣機に行く手を阻まれて憤るマリアンヌの声。
「グロスハイム教官っ!」
 血を流す訓練生。
 振り返り、敵を探すウィルフォードは空に向かって銃を構えるレイを見て、その先を仰ぎ見る。
 嘲り笑うような少女の姿を見た時、彼はファイアーボールを使えば訓練生を巻き込むことを悟り、
「レイ!」
 次の瞬間には再びの槍束から逃れるため、身を躍らせてレイと地面に滑り込むことしかできなかった。

――― グオォオン……

 何かが軋む音がする。
 あの団子か……?
「離れて! 混乱……っ」
 ミルベルトの声。
 ふっと静かになったのは、バジルのレクイエムか。
 右脇に鋭い痛み。
 下のレイは……どうなった!
 恐らく槍は自分とレイを串刺したと思われる。
 歯を食いしばって身を起こそうとした時、背後に気配がした。
「レイ・グロスハイム?」
 白い肌の少女が怒りに燃えた目で覗き込む。
「お前が?」
 彼女の持つ長い槍がくるりと回る。
「偽物は血を捧げるがいいわ」
「名乗りもせず……勝手をほざくな……」
 下からレイの拳銃が震えながら持ちあがるのをウィルフォードは見た。
「アリス! 行きますよ!」
 マリアンヌがファミリアアタックを使うが、少女はあっという間に飛び上った。
 アルマが行く手を阻む剣機達に少し苛立ちの声をあげる。
「ここは僕が抑えます! 篝さん、早く行ってください!」
 青星の魂を放ち、レイ班への道を拓く。篝はまだ目の前に立ち塞がる剣機に寒夜を。
「ほらほら、当たると『ちょっと熱い』だけじゃ済まないですよォ!?」
 背後で聞こえたアルマの声が何だかさっきまでと違う。
「早くおうちに帰りましょうねえええ!?」
 振り返って彼の姿を見ていたらそっちが吸血鬼ではと思ったかもしれないのだが、今はそれどころではない。
 あの妙な音が体を重くする。もっと近づいていたら混乱を招いたのだろうか。
 先に走り込んだバジルが夢中でヒーリングスフィアを放つのを篝は見た。


 大きな歯車が軋むような音を聞いた時、ザレムは咄嗟に美奈を抱きしめて耳を塞いだ。
「美奈! 動けるかっ!」
 急いで身を離し、彼女をかくかくと揺さぶる。
「大丈夫ですっ」
 かくかくしながら美奈は答える。
「真司のところへ! 剣機に邪魔をさせるな!」
「はいっ」
 身を翻す美奈を見て、ザレムは団子を見上げた。
「しっかり俺について来いよ」
 そして柊のほう。
 戻って来た訓練生達を見るがルシオがいない。
「ルシオは!」
 団子も、誘き寄せるザレムの姿ももうしっかりと目視できる距離。
『真司! 押せ!』
 ルシオの声がトランシーバーで届いた。
「どこにいる! あがったのか?!」
『押せ!!!』
 手が震えた。
 ザレムとルシオの言葉が脳裏をよぎる。
『全てがタイミングだな。頼むぞ』
『来ればためらわず押すんだよ』
 ザレムの足が、たん、と地を蹴り、肩の羽をはためかせながら彼の体が宙に舞う。
 いっそ不発に終わってくれれば、と頭の隅で考えつつ、柊はぎゅっと目を瞑りレバーを押した。


「なんて子なの。射程圏外にまで飛び上るなんて……!」
 ミルベルトが空の少女を見て唇を噛む。
 しかし、長くは滞空できないらしい。再び地上に降りて来た少女に身構えた時、
 
――― ドウゥゥゥッ……!

 轟音が鳴り響いた。
 崖が爆破された音。
 槍を構えていた少女の顔色が変わり、小さな悲鳴を発して崖に向かって跳躍する。
 同時に動き回っていた剣機達も我先にと崖に向かった。
 
――― ビョウッ!

 爆破音と共に巻き起こったのは風だ。
 ザレムの体が煽られる。
 ……網!
 空中で探した時、
「ザレム!」
 はっしと手が握られるのを感じた。バラバラと落ちる石や岩から頭を庇う。
 巨大な壁が低い唸り声と共に80mを落下する。
 気づけば、同じ網の上にルシオがいた。
「ザレムさんっ! ルシオさんっ!」
 崖の上から美奈の声がした。
「良かった! 無事だったか! 下は危ない! 引き揚げてやるから!」
 柊が声を張り上げる。
 しかし、見上げた2人は途端に顔を強張らせた。
「後ろっ……!」
 次の瞬間には美奈が長い槍の柄で喉元を地面に押さえつけられていた。
「動くと、この女殺す」
 身構えた柊に少女は言った。
「よくも私の大切なおうちを。あの偽物の差し金か? 名乗れと言うから教えてあげる。私の名はララ・デア。血の一滴までも奪い取ってやるからと伝えるがいい。錬魔とイルリヒトは皆殺しだ」
 少女はそう言い捨てて素早く崖から身を躍らせた。
 落下途中でザレムが波瀾で撃つも、その姿はすうと団子の中に消え去った。


「私は元軍医です。大丈夫ですよ」
 負傷し、喘ぐ訓練生にミルベルトがヒールを付与する。
 トマスの救護班も手早く動いている。
 ウィルフォードとレイはバジルが手当てした。
「串刺しだろう、串刺し」
 ウィルフォードは訴えるが
「かすってるだけだよ。レイは最初の傷がちょっと深いけど」
 バジルが少し笑って答える。
「手伝うよ」
 ルシオが戻って来た。ザレムと柊、美奈も一緒だ。
「うん、でもその前に手当しよう?」
 『ここ』というように2人の額を指差してバジルは答えた。
 落下物で切ったのだろう。
「大変です」
 美奈が道着の袖を持ってザレムの額をちょいちょいと押さえる。
「いた……っ、ちょっ……いいから」
 自分では気づかなかったのに、触られてずきーんときたのかザレムが身を反らし、ルシオも自分の指で触って「いたた……」と顔をしかめた。
「レイ・グロスハイム?」
 柊が近づいてきた。
 呼ばれて、レイは顔をあげる。
「少女からの伝言だ」
 ララの言葉を伝えられ、ウィルフォードがレイに目を向けた。
 トマスも険しい表情でこちらを向くのを視界の隅に感じる。
 レイは微かに眉を潜めて視線を宙に泳がせた。
「ララという名に憶えはないのか」
 尋ねると、
「知るか……。こっちが聞きたい」
 苛立たしそうにレイは答えた。


 剣機団子、外周3分の1、約1mを削り、剣機の群れ共々峡谷に落下成功。
 訓練生約45名がララ・デアの攻撃により負傷、全治数日~数週間。
 ハンターは若干の軽傷のみ、後を残さず。
 翌日、イルリヒトで峡谷を確認したところ、剣機団子の姿は跡形もなく消えていた。
 森にも望遠鏡では確認できなかった。

依頼結果

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MVP一覧

  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズールka0878
  • 時軸の風詠み
    ウィルフォード・リュウェリンka1931
  • 弓師
    八原 篝ka3104
  • 慈愛の守り手
    ミルベルト・アーヴィングka3401

重体一覧

参加者一覧

  • 杏とユニスの先生
    ルシオ・セレステ(ka0673
    エルフ|21才|女性|聖導士
  • オールラウンドプレイヤー
    柊 真司(ka0705
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • 時軸の風詠み
    ウィルフォード・リュウェリン(ka1931
    エルフ|28才|男性|魔術師
  • 弓師
    八原 篝(ka3104
    人間(蒼)|19才|女性|猟撃士
  • 慈愛の守り手
    ミルベルト・アーヴィング(ka3401
    人間(蒼)|23才|女性|聖導士

  • マリアンナ・バウアール(ka4007
    人間(紅)|18才|女性|霊闘士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 未来を思う陽だまり
    バジル・フィルビー(ka4977
    人間(蒼)|26才|男性|聖導士
  • サブミッション仮面
    瑞葉 美奈(ka5691
    人間(紅)|16才|女性|格闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/10/18 22:40:30
アイコン 相談卓
ルシオ・セレステ(ka0673
エルフ|21才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/10/19 14:05:18