• 聖呪

【聖呪】業火の戦場

マスター:赤山優牙

シナリオ形態
イベント
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/10/16 22:00
完成日
2015/10/25 21:34

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●ネオ・ウィーダの街 領主館
 街の北側の山脈に潜んでいた茨小鬼が、ヨーク丘に陣取る本隊への合流を目指し南下を開始した。
 移転前のウィーダの街自体が、栓の役割を果たしていたわけで、それまで、南下の兆しは見えなかったのだが、先の戦いでウィーダの街は破棄されている。
「街に籠っていれば、やり過ごせるのは分かっている」
 移転先の街を見渡せる城壁の上から領主は側近に言った。
 新しいウィーダの街は、高い城壁と最新式の防御兵器によって守られている。
 攻めようものなら、手痛い逆襲を受ける事は、茨小鬼も把握しているはずだ。故に、南下する茨小鬼の軍勢を見過ごす事もできる。
「先駆けて、一気に南下するつもりなのでしょうか」
「こちらに向かってくる気配がないという事は、その可能性が高いな……」
 南下している茨小鬼の軍勢はただの軍勢ではない。斥候の情報だと、『業火の禍』ダバデリ率いる、炎の軍団なのだ。
 この軍団が、アークエルスに攻め寄せたら……もしくは、ヨーク丘陵に陣取る諸貴族連合軍の側面を突くような事があれば……。
 どちらにせよ、大きな被害が出るのは明らかだ。
「しかし……我らでは……」
 側近は言葉を詰まらせる。
 炎の軍団の数と、ウィーダの街の兵力は、ほぼ同数だ。だが、『質』という点で大きな隔たりがある。
 まともに戦えば敗戦必至だ。
「それでも、我々が戦わなければならぬ」
 領主は強い決意を秘めた瞳を北の方角に向けた。
 街に引き籠っていれば、危険な目に合わなくて済むだろう。だが、それは、より大勢の人々を危険に晒しているだけだ。
「アークエルスのパラディ様へ、早馬を出せ。炎を操る茨小鬼の軍団の南下は、我ら、ウィーダの街が命を掛けて止めるとな」
「ハッ!」
 側近は返事をすると足早に立ち去った。
 後日、捨て石の如く、戦うつもりのウィーダの街への手向けのつもりなのか、それとも、本当に打ち破れという意味なのか、数日後、アークエルスから『支援』として物資が届く。
 それは、グラズヘイム・シュバリエとアークエルスの魔術師達が共同開発した試作品や作成時の規格外品の装備の数々だった。

●とある山中の中
 亜人エネミンは主であるゴラグオの元に書状を届ける。
 ウィーダの街の領主の刻印がされた蝋を割ると、書状の中身を確認した。
「ついにか」
 ゴラグオはさっと読んだ書状をエネミンに渡す。
「イヨイヨ、ケッセン」
 書状には決戦の日時と場所の予定日が記されていた。
 細かい作戦などはないが、ゴラグオができる事は限られているから、必要はない。
「ソレト、ニンゲンカラ、トドイタ」
 一台の馬車。
 その荷台には、見た事もない武具の数々があった。手土産とも、援軍の条件ともいえる。
「炎の力に対抗するには、水の力。遠慮なく、使わせてもらうぞ、人間」
 ゴラグオは荷台から一枚の布を取りだす。
 水のマテリアルを感じる。これなら、炎の力に対して、なにかしらの効果を発揮できそうである。
「俺達はこれから、戦場に行くぞ。小生意気な茨の亜人に逆襲するのだ!」
 ゴラグオの叫びに、彼の配下が一斉に歓声を上げる。
 茨の力を手にしていないからと、同じ亜人から虐げられていた亜人達の逆襲が始まろうとしていた。

●戦闘開始前
「相手は、まさかだと思うだろうな」
 『北の戦乙女』リルエナが戦場の様子を見て呟いた。
 炎の力を持つ茨小鬼の軍団は3つに分かれている。それに合わせる様に、迎撃するウィーダの街の兵士達、ハンター達も3つ分かれている。
 ただし、その布陣内容に大きな違いがあった。ほぼ均等に分かれる茨小鬼と違って、人間側は右翼に兵力を集中させているからだ。
 領主がリルエナの横に進み出る。
「だろうな……実は、この作戦。『軍師騎士』が残した作戦指示書を参考にしているのだ」
「茨小鬼に真っ向に挑んでも、個々の能力では、私らの方が不利だから、か」
 炎の力を纏った茨小鬼は1体で、駆け出しのハンター一人とほぼ、同等だ。数は同じでも戦力的に大きな違いがあるのは明らかだった。
 故に、同数でぶつかる事はせずに、戦力を集中させるという奇策を用いる事にした。
「向こうからすれば、数の少ない中央と左翼をいとも簡単に粉砕できると思うだろうな」
「中央は問題ない。私がいる」
 リルエナは剣を引き抜いた。
 エクラの加護が宿っているといわれる神剣である。聖導士でもある剣匠が、不眠不休で祈りながら、命を削って作った逸品だ。
 中央は『北の戦乙女』と呼ばれる彼女と、アークエルスから届いた水のマテリアルを宿した武具の類を装着した精鋭部隊である。
「そして、左翼には……」
 領主が遠く北の方角を見つめる。
 左翼にも強力な援軍が来る予定である。
「全軍、準備完了です」
 伝令の兵士が領主の元にやってきた。
 領主は力強く報告に頷いた。
「これより、作戦を開始する!」

●歪虚参戦
 戦闘が開始された。
 『業火の禍』ダバデリは、開始早々3つに自身を分け、その力を解放する。
 すなわち、茨小鬼は全員が炎を纏い。天からは炎の雨が降り、彼方から炎の風が吹き抜ける。
 序盤、人間側の兵力が少ない左翼が早くも崩壊しそうな所を、突然、現れた亜人の集団が茨小鬼に襲いかかり、戦線の維持に成功。
 中央では、数に劣る人間側であったが、『北の戦乙女』リルエナを筆頭に装備が充実した精鋭部隊により、戦線は膠着している。
 そして、右翼……。
「戦力を集中させている人間側が有利か……」
 丘の上から歪虚――ネル・ベル――が戦場の様子を観察していた。
 歪虚には人間側の作戦が手に取るように読めた。
「短期決戦で、各戦線を指揮するダバデリを打ち倒し、炎の術式を止めさせる。そのままの勢いで右翼を突破した部隊で中央と左翼を包囲するつもりか」
 亜人の援軍、『北の戦乙女』、高性能装備、『業火の炎』の能力解明……いずれも、達成されていなければ、成り立たない作戦だったはずだ。
「だが……戦場とは常に不確定なもの。例えば、私が入る事でな」
 歪虚は跨っている魔導バイクのスロットを回した。
 目指すは右翼。
「人間共が完勝するのも、茨小鬼共がここを突破するのも、私にとっては面白くない」
 ならば、戦闘を長引かせて、双方に深いダメージを与えればいいだけの事だ。
「人間も、亜人も、滅びるがいい!」
 右翼戦線に歪虚が入り込み、敵味方問わず暴れているという報告が入るのは、それから、間もなくの事であった。

リプレイ本文

●【左翼】亜人の援軍
 戦端が開かれて早々、押され始めた人間側の軍勢に向かって、ラプターを駆る亜人達が突入してきた。
 その動きは人間達にではなく……茨小鬼に矛先を向けた。炎を纏う茨小鬼をものともせずに亜人達は猛攻を仕掛け、戦場の空気の流れが変わる。
「来てくれましたか。頑張った甲斐がありましたね」
 マヘル・ハシバス(ka0440)が茨小鬼に向かって槍を突き出しながら、『援軍』としてやってきた亜人達に声をかける。
「エーネミン! おひさー! 元気してた?」
 笑顔で亜人達を迎えたのは小鳥遊 時雨(ka4921)だ。
「『エネミン』ダ。ナンドモ、マチガエルナ、マナイタニンゲン」
 亜人達の中、杖を持つ亜人が時雨の胸元を一瞥してから言う。
 とある依頼で知り合った仲同士の変わらない関係。
「『マナイタ』じゃない! そっちこそ、いい加減、名前で呼ぶこと!」
 どこから出したのか、ハリセンでエネミンの頭を叩くと、スパーンと快音が響いた。
 クヤシカッタラマナイタカラセイチョウシロ的な言葉で反撃してきた、亜人と時雨の漫才風味な所に、葛音 水月(ka1895)が、抜き身の日本刀を肩に乗せたまま話しかけた。
「あれ、もしかして、エネミンさん? まだ、生きて元気だったんですね」
「ブ、ブッソウナ、ソレ、ムケルナヨ」
 冷や汗のエネミンに不気味な笑顔を向けながら、水月はマヘルに視線を変えた。
「亜人と協力して戦う日が来るなんて、ですー」
「まったくです。あとは、この炎を早く止めなくてはいけませんね」
 炎の雨と風が覆う戦場。
 『業火の禍』の術式の為だ。これを止めるには、術者であるダバデリを倒す必要がある。
「俺と俺の軍団が戦線を維持する。ダバデリは貴様らに譲ってやる」
 援軍である亜人ラプター軍団の長、ゴラグオが流暢な言葉で声をかけてきた。
 左翼戦線は押され気味である。亜人の援軍がなければ支えられないだろうし、それとて、どこまで維持ができるかわからない。それでも、この亜人は人間達を信用し、大事な役割を任せてきたのだ。
 ストゥール(ka3669)は爽やかな表情でその言葉に頷く。
「共に戦場に命を投げ出すに、種の違いに何の問題があろうか。むしろ、これまでを考えれば……心強い事この上ない」
 ゴラグオが率いる亜人の軍団は、長年、人間達と争ってきたのだから。
 『彼ら』の為にも、早々にダバデリを倒す。彼女はそう心の中で決意した。術式の事を考えれば、速攻は理に適っている事もあるために。

 思いもしない亜人の援軍に、左翼の兵士達の士気は上がっていた。
 作戦上、死を持ってしても戦線を抑えると覚悟していただけあって、戦線は劣勢ながらも士気は高い。その様子にジャック・J・グリーヴ(ka1305)は知らずに、ニヤリと笑みを浮かべていた。
(命懸けで茨小鬼共を止める、か……そんな、漢気持ってる奴ら、死なせるワケにゃあいかねぇな!)
 そんな事を心の中で叫ぶと、兵士達の前で刀を大きく掲げた。
「てめぇらの漢気はこんなもんじゃねぇだろ? もっと声出してこうぜ! 俺様が手本に雄叫びをぶつけてやるよ!」
 そんな宣言をすると、ダバデリらに向かって気合いの怒号を放った。
 その怒号に呼応するように、兵士達も叫ぶ。
「ジャック、やるじゃねぇか。さすが、貴族なだけはあるな」
 茨小鬼の血を振り払う様に大剣を振ったエヴァンス・カルヴィ。
 彼はバイクに跨り、戦端を切り開いていた。暴風雨の如く、彼の通った後は茨小鬼が地面に伏している。
「この戦いは、まさしく混戦……俺の経験と大剣が最も活かせる最高の状況だぜ!」
 彼の持つ大剣は、この様な戦場に耐えられる様にと特別に打ち直してある。
 その頼ましい姿を微笑を浮かべて見守るアルファス(ka3312)は、隣に並んだ心頼の盟友に声をかけた。
「毘古さん、楽しそうですね」
「轡を共にして亜人の戦いを見れるとは、面白い事になったな……此方も負けてられんぞ」
 久延毘 大二郎(ka1771)がアルファスの言葉に応える。
「守りに関しては全てアル君に任せるよ」
 差し棒を振りながら言った大二郎の台詞にアルファスが頷く。
「一気に戦線を抜こう。他の戦線に合流する為にも」
 兵力的には左翼が手薄だが、集まったハンター達はいずれも実力者だ。
 ダバデリを打ち倒すのは困難ではないはず。ハンター達は、ゴラグオら、亜人の援軍の元、ダバデリに向かった。

●【中央】激闘戦線
 炎の雨が降り注ぎ、炎の風が吹き抜ける。それだけで、やけどのような痛みが全身を駆け廻った。
 おまけに広い荒野で雨風を避ける場所はない為、装備が整っていない者は戦場にいるだけで、体力を奪われる。更に、炎の力を纏った茨小鬼の炎は近寄るだけでも身体を蝕む。距離を取り射撃戦を試みようとすれば、炎の雨風によってジリ貧となり、近寄れば、炎に焼かれる。
 まさに、攻防一体。『業火の禍』の術式は中央戦線でも猛威であった。
「こんなチンケな炎で、俺を止められると思ってンじゃねぇだろうなあぁ!」
 炎を彷彿とさせるような赤褐色の肌と髪を持つボルディア・コンフラムス(ka0796)が巨大なハルバートを掲げて叫んだ。
 彼女に群がってくる茨小鬼を文字通り薙ぎ払いながら猛々しく戦場に立つ姿は、頼もしいものがある。
 『業火の禍』の術式が効いていないわけではない。如何に防具を強化しても、水属性や炎属性の防具でない限り、『業火の禍』の術式は、確実にダメージを与えるくるのだから。
「まだまだ、やるぜぇ!」
 気合いの掛け声と共に、全身に赤い炎のようなオーラが出現し、やけどのような赤みを取り去っていく。
 自己治癒能力は、この様な戦場においては、効果を充分に見込める。
 ボルディアが、一時、体力を回復している間、変わって最前線で武器を振るっているのはヴァイス(ka0364)だ。
「どうした? その程度の炎じゃ、俺を焼き尽くすことはできないぞ!」
 燃え盛るような赤髪を揺らし、彼はリボルビングソーを豪快に振りまわす。
 振りまわされる度、先端に取り付けられている回転部から、なにかの叫び声のような音が不気味に戦場に響き渡った。
「もう一度、戦線を押し上げる!」
 戦闘開始時、一番槍をつけた彼は、その時と同様に周囲を薙ぎ払いながら突撃する。
 ダバデリまでの道を開き、仲間達を導く為だ。
「ここは……お姉さんに任せなさい」
 乱戦の中をまるで感じさせない鮮やかな動きでアルラウネ(ka4841)が駆ける。
 ヴァイスの薙ぎ払いを避けながら、討ち洩らした茨小鬼にトドメを差していく。
「私達が、小鬼に負けると思う……?」
 炎の力を宿すガントレットで、吹き抜ける炎の風や茨小鬼の攻撃から身を守っていた。
 彼女のように、炎属性の防具や水属性の防具等を装備している中央戦線の兵士達は数こそ少ないが、他の戦線と違って長時間戦えそうだ。
「左翼に亜人の援軍。右翼に歪虚か……しかし、状況が分からないな」
 央崎 枢(ka5153)がトランシーバーを握りながら戦場を見渡す。
 各戦線、距離が開いている。残念ながら、トランシーバーの性能を越えているようだ。各戦線にいる機導師が、トランシーバーの性能を上げる術を使用すれば、通信はできたかもしれない。
 視界の中、米粒のように小さくなって見える両隣の戦線の人影では、さすがに、戦況の確認ができない。
「姉さんが後ろにいるなら思い切りやったっていいよな」
 気を取り直してトンファーを構える。
 これだけの乱戦だ。大技を使って隙を生じた所を狙われかねない。それをフォローする事により、結果的に戦線を維持できる。後方の姉に一瞬だけ視線を向けると、最前線で嵐のように戦う仲間を支援する為、大立ち周りはせずに、戦場を静かに走る。
「枢、みんな、思い切りやってきて。私が必ず後ろから支える!」
 短杖を胸元で構えて、央崎 遥華(ka5644)は、そんな風に決意していた。
「今の私じゃ、みんなと比べて経験でも実力でも劣る……」
 遥華がそう呟くのも無理はない。
 中央戦線を支えるハンター達は、いずれも手練れである。特に最前線で身体を張る二人のハンターは歴戦の強者だ。経験でも実力でも、戦力としての差は遥華と離れている。
「それでも! 足手纏いだけは嫌だっ!」
 炎の雨風に打たれながらも、彼女は短杖を茨小鬼に向ける。
 刹那、水の球が放たれた。威力は充分ではないかもしれない。だが、属性の相性の助けもあって、彼女の放つ水の魔法は茨小鬼に対し、有効だ。
 中央戦線は最前線で敵の戦線を破る者、それをフォローする形の者、後方から戦況を確認しながら適切に魔法を使う者とハンター達の役割分担の成果があり、数が劣勢な中央戦線を押し上げる事に成功しつつあった。

●【中央】ダバデリの炎
「炎の雨と炎の風かえ? クク、我の水で打ち消し、風で吹き消してやるのじゃ」
 ヴィルマ・ネーベル(ka2549)が魔導バイクで疾走しながら魔法を唱える。
 複数体の茨小鬼が電撃で貫かれていく。
 追撃をかけるように幾本の光の筋が茨小鬼らに突き刺さる。
「戦線維持の間に、右翼が敵を撃破し移動し包囲。つまり敵集団の各個撃破だな」
 デルタレイを放った魔導大剣から日本刀に持ち替えながら、ザレム・アズール(ka0878)が、いよいよ接敵しようとしていた。
 当初の作戦通りに行けるかは各戦線の頑張りにかかっている。
「俺達も維持だけじゃなく分身に打撃を……できたら倒してしまえれば……」
 獲物を見定める。『業火の禍』ダバデリを倒せば、戦場を覆っている術式を解除する事ができる。
 3体に分かれているダバデリはダメージを共有するそうだから、上手くいけば、討伐も可能かもしれない。
 先にダバデリに取りついていたアーサー・ホーガン(ka0471)は盾を構えて、ダバデリの攻撃を受け止めていた。
「この程度で、俺を倒そうってか? なめんじゃねぇぜ!」
 完全に受け切れたわけではないが、耐えられない程の攻撃ではない。
 それに、今回は長期戦を見越して自己治癒の準備もしてきたし、腕には炎の力を宿した防具を装備してきている。盾役として仲間を掩護するつもりなのだ。
「偶には、頼れる所も見せないとね」
 そんな事を『北の戦乙女』リルエナに向かって言ったのは檜ケ谷 樹(ka5040)だった。
 他の戦線がどういう状況になっているか分からない以上、中央戦線を早期に片付ける必要があると考える。特に中央からであれば、左翼右翼共に援軍に行きやすい。
「私は、充分に頼っているつもりだ」
 リルエナが最後に残っていた取り巻きを切り捨てて、樹の台詞に応えた。

 中央戦線のダバデリにはハンター達4人とリルエナが対峙する。
 数としては不安が残るが、リルエナを筆頭に実力者が集まっているおかげで、ダバデリを押していた。
「人間どもめ!」
「俺には通じない」
 炎の塊を爆発させるが、気にせずに、火属性の盾を正面に構えたザレムがダバデリの脇腹を抉る。
 反撃をしようとしたダバデリの視界を奪うようにアーサーが盾を眼前に押し出す。
「邪魔だ!」
 怒りのあまり、大振りで腕を振るダバデリ。だが、その動きこそ、アーサーが待っていたものであった。
 クルリと態勢を回して攻撃を受け流すと、その腕に向かって刀を振り下ろす。
「ダメージが共有するなら、これなら、どうかな」
 腕を斬りつける。他の戦線の援護にもなるはずだ。
 更に逆上した所で、ダバデリは背中に激痛を感じた。
「てめぇ、いつの間に!」
「僕もこういう事ならできるからね」
 樹が機導術を駆使し、ダバデリの頭上を飛び越えていたのだ。足のかかとからにはマテリアルの光が残っている。
「我の水の力に耐えられるかのぉ」
 球状になった巨大な水がヴィルマの頭上で波打っていた。
 刹那、それが高速でダバデリに叩きつけられる。
 ダバデリの身体を覆っていた炎が消えかかる程の威力だ。
「人間どもめぇ! 俺の力をなめるなよ!」
 ドンっと大きく踏み込んでダバデリは魔法に耐えきった。

●【右翼】炎の戦線
 敵味方関係なしに暴れる歪虚――ネル・ベル――を横目にオウカ・レンヴォルト(ka0301)は、正面にダバデリを見据えていた。
「ん……ネル……もいるの、か。こんなときじゃなきゃ、話をしたかったんだが、な」
 今は歪虚を信頼する仲間達に任せ、彼は金色の輝きを魅せる七支の刀身を構えた。
 開始早々全力で向かうつもりなのだ。
「加減はしない…存分に、往く。いくぞ、デ…ダ……デバダリ!」
 舌足らずな所が締りがないが、彼がそれだけの決意をするには理由があった。
「怪我、もどかしいわね……」
 十色 エニア(ka0370)は、この依頼が出発する前、別の依頼で重い怪我を負ったままだった。
 魔法を使う為、覚醒状態に入ろうとしたが――羽のようなオーラが一瞬出現しただけで、覚醒には至らない。
「こんな時に……でも、死なない程度に、悪あがきさせてもらうね」
 唇を噛みながらトランシーバーを手に取る。
 各戦線と距離があるので通信はできないが、こんな状態でもできる事をという気持ちの表れだった。
 その時、人や亜人構わず火球の魔法を放つ歪虚の攻撃が近場で炸裂する。
「おうおう、派手にやってるじゃねぇか。あっちの暴走バイク乗りは仲間にお任せするとして、今はこっちに集中か」
 不敵な笑みを浮かべたグリムバルド・グリーンウッド(ka4409)が魔導機械が取り付けられている剣を構えた。
 そして、ダバデリの取り巻きに向かって光輝く三角形を宙に描いた。
 機導術のデルタレイだ。各頂点から光がダバデリと取り巻きの茨小鬼に伸びる。
「とにかく大将を討てば良いんだよな。分かりやすくて助かるぜ……それじゃ、往こうか」
 両手で剣を握りしめると取り巻きに向かって突撃した。
 その動きに合わせるように、シェラリンデ(ka3332)も取り巻きに迫った。
「ダバデリを一刻も早く倒さないと、だね……一気に攻めていこう」
 そして、軽快な動きで傷ついた茨小鬼を斬りつける。
 右翼のダバデリに対峙しているのは、このメンバーだった。兵士達は歪虚の襲撃からの混乱から回復していない。

「炎の雨と風がひどいね」
 混乱している兵士達をまとめる為、後方で指揮を執っていたエニアが空を見上げる。
 戦場にいるだけで消耗していく体力。それは、重傷を負って覚醒状態に入れないエニアの身体に残っていた体力を容赦なく、奪っていた。
「まずは陣形を!」
 それでも、兵士達に声をかける。
 右翼戦線はこの作戦全体での要だ。一刻も早く混乱から立ち直り、敵を突破しなくてはならない。
「これで、取り巻きは最後だ!」
 グリムバルドが機導術を放ち、最後に残っていた取り巻きを倒した。
 周囲には茨小鬼らはまだいるが、接近させまいと、兵士達が抑えている。
「オウカ殿、今、加勢しますね」
 シェラリンデの体がマテリアルの温かな光に包まれる。
 炎の雨風や戦闘での傷を癒していたのだ。覚醒者の持つ体内のマテリアルを活性化する事で生命力を回復する術だ。この術を用意してきたか否で後ほど大きな差が出る事になる事を彼女自身も予想にしていなかった。
「それは、助か、る」
 オウカも自身のマテリアルを高めていたが、それは、回復の為ではない。
 攻撃力を高める機導術である。
「たった3人で挑むとは、よほどの死にたがりのようだな!」
 『業火の禍』ダバデリが吠えた。

●【右翼】歪虚戦線
 斬り結んでいる途中の人間の兵士と茨小鬼を纏めて吹き飛ばし、歪虚ネル・ベルは左右の手に持った長剣をダラリと降ろすとバイクから離れた。
 歪虚の足元に三角形の魔法陣が二つ現れ、回転しながら上昇して身体を包み込むと、背中に白銀の翼を持ち、両二の腕には翼と同色の龍鱗が現れた。
「来たか……ハンター共」
 余裕に笑みを駆け付けてきたハンター達に向ける。
「わずか、4人で、この私を止められると思うとは、傲慢な人間共だ」
「自分の刃は嘸かし鈍いのでしょう……しかし、それが良いのです」
 グラズヘイム王国アークスタッド牧場産の名品種であるゴースロン種の馬に騎乗し、和風調に打ち直した全身鎧を纏う、長柄武器を持つ武者姿の大男が最前面に出る。
 米本 剛(ka0320)である。真正面から斬り結ぶつもりではいるが、どちらかというと仲間の為に消耗戦に持ち込むつもりでいた。
「角折、久方ぶりじゃ。今回は、こちらも、遠慮はせんぞ」
「イケメンさん、今日こそ決着をつけましょう!」
 星輝 Amhran(ka0724)とUisca Amhran(ka0754)の姉妹が、それぞれ、魔導バイクに乗りながら歪虚に呼び掛けた。
「貴様らとの因縁も長いからな。そろそろ、終わらせるのはいいかもしれん」
 歪虚はニヤリと笑うと黒いオーラを爆発させる。
 待ってましたとばかりに、歪虚が乗っていたバイクが誰も乗っていないのに、ハンター達の方に向かって走り出す。
 向かってくるバイクを刀で受け流し、返す刀で斬りつけて、剛と同じゴースロン種に乗るアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が、刀先を歪虚に向けた。
「ボクは、アルト・ヴァレンティーニ。歪虚ネル・ベル。きみを討つ」
 彼女の戦士としての力量に歪虚も気がついたのだろうか、それとも、なにかの気まぐれだろうか、歪虚はアルトの言葉に胸を張って答える。
「私の名は、ネオーラ・ルクフェリ・フラベルだ。『ネル・ベル』とは、我が主、フラベル様から賜ったもの。フラベル様の名にかけて、貴様を返り討ちにしてくれる」
 因縁ある歪虚の名が出てきて、アルトは刀を持つ手に力を込めた。
「……お互いフラベルが残したもので強くなったというのなら、ここで戯れるのも乙だろう?」
「戯れる? それこそ、傲慢の一言だな!」
 歪虚の叫びと共に、強大な爆発が発生した。

 土煙りの中から突然、姿を見せた歪虚バイクが星輝が乗るバイクに突撃してくる。
 それを巧みな操作で避けつつ、すれ違いざまにマテリアルを込めた手裏剣を放つ。その一撃は歪虚バイクの動きを一瞬牽制した。
「今日から歪虚ライダーさんの名は返上してもらいます!」
 Uiscaが腕を掲げて叫ぶと、彼女の身体から猛烈な光の波動が周囲に広がる。
 その波動が直撃し、歪虚バイクはあっけなく崩れ去って行く。
「あ……れ……。意外にあっけないのぉう」
「キララ姉さま、ごめんなさい」
 少し残念そうに星輝が呟き、舌をチラっと出しながら、Uiscaが謝る。
 どうも、美味しい所を妹にもっていかれるが、仕方ない事だ。星輝は妹に返事代わりの笑顔を見せると、気を取り直して歪虚へと注意を向ける。
「やりますな、ネル・ベルさん」
 渾身の力で振り下ろした偃月刀を受け止める歪虚に剛は舌を巻いた。
 あらかじめ光の精霊力を付与していたのにも関わらずだ。
「私に、精霊の加護は通用しないぞ」
「しかし、自分の役目はこれで良いのです」
 剛とは逆側からアルトが鋭い突きを入れてきた。
 単調な動きではない。高速で何度も突き出し、フェイントを織り込ませる。
「ボクは、守るための強さを求め続けた!」
 突きからの返す刃で横一文字に歪虚を切り裂く。
「なるほど。4人で向かってくる事だけはあるな!」
 傷口を抑えながら、歪虚が上空に飛び上がる。
 
●【左翼】ダバデリ撃破
「あっちもゴブリンこっちもゴブリン。気を付けないと、間違えて斬っちゃいそー?」
 刀を振りまわしながら不敵に笑っている水月。間違わなくとも斬っていそうな雰囲気が怖い。
 見た目的には、この戦場にいる茨小鬼と亜人に違いは見られない。あるとすれば、『業火の禍』の術式で炎を纏っているかいないかだけだ。
「人間側にもゴブリンと組む事は面白くない人は多いでしょうね」
 マヘルが心配そうな顔をするのも当然の事。大峡谷の亜人とは長年敵対関係にあるのだから。
 なるべく、その間を取り持てるように行動しようとマヘルは思う。戦場では連携が大切だ。
「やっぱり、届かないかー」
 反応のないトランシーバーに時雨は諦める。各戦線間の距離は思ったより遠かったからだ。
 その隣でストゥールが茨小鬼に向かってライフルを放つ。ダバデリの付近にいた茨小鬼が倒れる。
「これで、取り巻きは全滅。残すはダバデリだけだな」
 激しい戦闘を繰り広げているダバデリに照準を向けた。
「炎には、水。実に分かりやすい話だ。さて……アル君!」
 大二郎が頭上に水の球を作り出すと、タイミングを合わすように無二の友に声をかけた。
 いくつもの水球が放物線を描いてダバデリに迫ると、その動きに合わせてアルファスが、刀を構えて駆ける。
 ただの刀ではない。水の属性を宿した名刀だ。一刀入れると、そのまま駆け抜けた。
「おのれ、人間の分際で!」
 ダバデリの身体が大きく膨らんだと思った次の瞬間、ダバデリを中心として爆発が起こる。
 囲もうとしていたハンター達や兵士達が怯んだ所に別の茨小鬼が主の援護に入ってきた。
「いかせねぇぞ!」
 炎の力を宿った盾で爆発を耐え忍んでいたジャックが、新手の茨小鬼らに向かって刀で薙ぎ払う。
「ここは任せろ! 行け! エヴァンス!」
 亜人の援軍があるとはいえ、数で劣っている戦線を、ダバデリまで押し上げていたのはハンター達の活躍の結果だ。
 ジャックと一緒に戦線を押し上げていたエヴァンスは、彼の呼び掛けに応じると、大剣を構えて、ダバデリに向かう。
「こういう事もできるんだからね」
 エヴァンスを掩護する為に、時雨がマテリアルを込めた矢を放った。
 冷気によって、対象の動きを阻害させる効果もある。
「な、なんだと」
 思わぬ冷気にダバデリの動きが鈍くなる。
 追撃とばかりに、大二郎の水球が、突き刺さっていく。
「くらいやがれぇ!」
 上段から振り下ろすエヴァンスの大剣よりも早く、ダバデリが苦し紛れに炎の塊を投げつけるが、それは突如現れた光の壁によって威力を失う。
 ストゥールが機導術で創りだした障壁だ。
「叩き斬るんだ」
 続けて、彼女はマテリアルをエヴァンスに注ぐ。
 光の障壁が硝子が割れるように崩れ去る中、別の光の筋がダバデリに向かって放たれる。
 マヘルとアルファスの機導術だ。光り輝く三角形のマテリアルの頂点から射出された光はダバデリの両足を直撃する。
「早々に引いてもらいます」
「エヴァンスさん、トドメを!」
 仲間達の援護を受け、渾身の力で振り下ろした大剣は、ダバデリを縦一文字に切り崩す。
 ハンター達の連携によって一気に追い詰められ、吹き飛ばされるように崩れる炎の亜人。
「ここでは、不利っ! だが、俺は負けん!」
 ダバデリは傷口を抑えながら叫ぶと、右翼に向かって消え去るように姿を消した。
 同時に、炎の風が弱くなっていく。
「術式が解除されたのかな? 燃えたりはしなかったみたいだけど……」
 水月の言葉通り、『業火の禍』の術式は、ダバデリが消えた事により解除された。
 やけどしたように真っ赤になり、ヒリヒリしている腕をさする。
「それにしても、意外とあっけなかったな」
 物足りなさそうにエヴァンスが大剣を振りまわす。
 左翼には多数のハンターが集まっていた上に、実力者も揃っている。
「逃げる手段を持っているのであれば、確かに、ここで戦う必要はありませんね」
 アルファスの推測通りだ。留まっていては大きなダメージを受けると気がついたのだろう。
「炎はまだ、纏っているようだ」
 手近な茨小鬼に向かって魔法を放つ大二郎。
 つまり、敵から見れば、術式の全てが解除されなければ問題ないという考えかもしれない。
「まだ戦いは終わらないという事か」
「そういう事っぽいね」
 ストゥールと時雨の二人は射撃を継続していた。
 茨小鬼らと戦う亜人達を掩護する為だ。
「ジャックさん! その亜人は仲間です!」
 焦った様なマヘルの言葉。
「そ、それぐらい、分かってるぜ!」
 味方から心配される程の勢いで敵陣に踏み込んでいくジャック。
「ウシロカラ、キリカカル、ナヨ」
「大丈夫だよ」
 エネミンが震えながら振り返って水月に声をかけてきた。
「大丈夫」
「ナゼ、ニド、イウタシ」
 水月の満面な笑みが逆に怖くてエネミンは逃げるように前線へと駆けこんでいった。

●【中央】戦線維持
「次から次へと!」
「死にたい奴から、俺にかかってこい!」
 ヴァイスとボルディアが変わらず武器を振りまわしながら叫ぶ。
 中央戦線は亜人の援軍があった左翼や、兵力数が多い右翼と違い、もともと、兵力が少ない。
 『北の戦乙女』リルエナや他の仲間達がダバデリと対峙している間、中央戦線の敵を相手にしなくてはならない。その数は、戦闘中、どんどん増えていく。戦場が乱戦になりかけてきた事も輪にかけていた。
「包囲されないように気をつけるんだ! 声をあげろ!」
 度重なる戦場を生き抜いてきたヴァイスが周囲に呼び掛ける。
「バラバラにならないように! 陣形を意識して下さい!」
 後方から遥華の声も響く。
 完全な乱戦を防いでいるのは、彼女の指揮も影響していた。数で劣っている以上、乱戦は不利になる。
「姉さんには触れさせない!」
 指揮をするとどうしても目立ってしまい、遥華はたびたび茨小鬼に狙われる。
 それを枢は姉が知る事もなく、掩護していた。中には危険なタイミングもあった。だが、枢はそれらを凌いでいた。
「色気で兵士達を鼓舞したいけど……流石にそんな余裕ないみたいだね」
 色っぽくくびれを周囲に見せつけながら舞うように刀を振るうアルラウネ。
 彼女の言う通り、兵士達はそれどころじゃない様子だ。むしろ、先頭切ってハルバートを振りまわし、迫りくる茨小鬼を吹き飛ばしているボルディアの姿の方が、兵士達の鼓舞に繋がっているようだ。
 そのボルディアの動きが一瞬止まる。
「なんだぁ? 炎はもう、終わりか?」
 炎の雨も風も急激に収まって行く。
 見れば、ダバデリの姿はない。ダバデリと戦っていたハンター達はなにか話しあっている様子だが、戦場の喧騒で聞こえない。

「姉さん、左翼の様子が」
「本当ね。決着がついたのかしら」
 枢の言葉に遥華が左翼方面を眺めながら答えた。
 風に乗って、兵士達の歓声らしい声も聞こえる。
 炎の雨と風が治まった様子からも、それが推測できる。茨小鬼は今だ炎を纏っているので、ダバデリは右翼にいるのだろう。
「よし、右翼に向かうぜ! 乗れ!」
 ハルバートを右翼の方に向けて宣言するボルディアが、ヴァイスに視線を向けていた。
 戦馬に乗って今から右翼に向かうつもりなのだ。
「俺が乗っていいのか? アルラウネはどうする?」
「私も右翼に行くわ。向こうの誰かに乗せてもらうから」
 ヴァイスの問い掛けにアルラウネは駆け出しながら返事をした。ダバデリと戦っていたハンター達の中にも右翼に向かうものがいるはずだろうから。
「それなら、私と枢は、このまま戦線に残りますね」
「茨小鬼には、まだ、炎の力が残っているし、俺もそれでいい」
 遥華と枢の姉弟がハンター達を見送るように言った。
 戦闘はまだ継続中だ。本来の作戦であれば、右翼を突破した部隊が敵を背後から包囲する予定なのである。その為、中央戦線を突破できるほどの兵力は最初からない。
 ハンター全員が右翼に行ってしまうよりも、ここで戦線を維持する者も必要だろう。
「分かった。だが、無理はするなよ」
 ヴァイスの去り際の言葉に姉弟は頷いた。
 そして、ヴァイスはポーカーフェイスを装いながら、馬から落ちない様に、鍛え抜かれたボルディアの身体にしがみついたのであった。

●【中央】ダバデリ撃破
 ダバデリの正面で盾を構えていたアーサーが隙を突いて、強烈な一撃を叩きこむ。
「一気にたたみかける!」
 それを防ごうとしたダバデリだったが、両側から樹の槍の柄とリルエナが盾ごとぶつかってきて動きと止められる。
「悪いけど、逃さないなら」
 樹の攻撃には機導術が含まれていた。
 電撃を放ち、敵を麻痺させるのだ。
 その為か、アーサーの一撃は綺麗に入る。数歩後ろに下がったダバデリを追撃するように、ヴィルマの魔法が襲いかかる。
「水は美味しいかねぇ?」
 前衛が守りを固めている間、彼女が放ち続けた水の魔法は確実にダバデリを追い詰めていた。
「こ、この程度、なんとも!」
 苛立ちが隠せないダバデリから炎の塊が飛んでくるが、バイクを巧みに操作して避けるヴィルマ。
 地面を虚しく叩いた炎の塊が立てた土煙りとなった中で、ヴィルマはザレムを呼んだ。
「今じゃ、ザレム」
 注意が散漫になっている隙を突いて、ザレムが駆ける。
 彼が通った後にはマテリアルの軌跡が淡く光っていた。
「倒れろ! ダバデリ!」
 複雑な機動で背後に背後に回ったザレムがマテリアルを武器に流し込んだ。
 次の瞬間、巨大化した彼の日本刀がダバデリを袈裟がけする。
「ぐあぁぁ! お、お、おのれぇ! ここでも!」
 捨て台詞を遺し、右翼方面に消え去るようにダバデリがいなくなる。
「とりあえず、だな」
 リルエナが剣を鞘に納めるとハンター達に呼び掛けた。

 左翼の方面から微かだが歓声のようなものが響く。
 時同じくして、炎の術式であった雨と風も止んだ。
「左翼は片がついたようだな」
 アーサーが目を細めながら左翼方向をみつめていた。
「それに、ダバデリが右翼に消え去るようにいなくなったのも、右翼のダバデリに合流したと見てよさそうだ」
 右翼方向を睨むザレムの言葉に一同は頷いた。
 茨小鬼は炎を纏ったままだ。ダバデリは右翼にいるに違いない。
「となると、右翼に応援に行くか、このまま戦線を維持するかじゃの」
 ヴィルマが魔導バイクに跨ったまま言った。
 距離は離れているが、馬やバイクの足があれば、戦闘には間に合いそうにも思える。
「全員で右翼に行こう」
 樹が決断した。
 中央戦線はダバデリを退かせたおかげで、維持ができるはずだ。
「なら、私も馬を出そう。樹が後ろに乗るといい」
 言うよりも早く、リルエナの馬がやってきた。
 合わせるような形で、中央戦線維持で戦っていたハンター達も合流する。
 こうして、ハンター達は右翼へと向かう事になった。

●【右翼】死闘戦線
「炎の風雨が止んだ?」
 肩で荒く息をしながらエニアは中央戦線の方を見た。
 歓声の様ななにかが聞こえるが、ハッキリとしない。右翼のダバデリは健在なので、左翼と中央戦線でダバデリを退けたのだろう。本体は、このダバデリなのだ。
 倒せれば戦いは有利に運ぶ……はずなのだが、戦況は悪かった。
「燃え尽きろ!」
 ダバデリ自身の動きは鈍くなっている。他戦線でのダメージが積み重なっているからだろう。
 それでも、ここからが本番だというような勢いだ。ダバデリから見れば当然だ。目の前のハンター達を退け、混乱した部隊を立てなおせば、戦場全体の勝機がある。
 自身へのダメージを覚悟の上で、爆発の術を使う。
「例え、届かなくてもなぁ!」
 グリムバルドは防御障壁を展開して爆発の勢いを削ぎつつ、全力で斬りかかる。
 討ち取るには戦力不足なのは分かった。だが、それで諦めるわけにはいかない。少しでも消耗させればいいのだ。
「これなら、どう?」
 ワイヤーウィップを巧みに操り、ダバデリの動きを阻害させるシェラリンデだけは、体力の消費が抑えられていた。
 状況をみつつ、自己治癒していたからだ。
 炎の雨風は止んだが、炎を纏う能力は残ったままだ。接敵していれば、それだけでダメージを受ける。
「行くぞ」
 オウカが身体ごとぶつかって行く勢いで鋭い突きを繰り出す。
 戦闘は長期化の様相を呈していた。

「この人間の小娘が!」
 一々、回避行動の邪魔をするシェラリンデに向かってダバデリが巨大な炎の塊を投げつけた。
 3人ながらダバデリ相手に戦えてきたのは、彼女のおかげである所が大きい。それをダバデリも感じたようだ。
「させるかよ!」
 叫びながらマテリアルの壁を出現させながら、間に入ったのはグリムバルドだった。
 スキルを使いきって、体力も消耗しきった彼に出来る最後は、デバダリに一太刀入れる事ではなく、仲間を守る事だった。その方が、敵をより消耗させることができると考えたからだ。
「グリムバルドさん!」
 エニアの叫び声が響く。
 爆発に巻き込まれて彼は吹き飛ぶ。すぐさま、エニアは兵士数名に彼を下げるように指示を出した。
 トドメが刺されなければ助かると思ったからだ。
「たとえ、死んでも、俺は、お前を止める」
 血だけらになりながらオウカは鋭い眼光を放った。
 他の右翼の仲間達は歪虚との戦いで身動きが取れない。自分達がここでダバデリを抑えていないと右翼戦線は崩壊する。
「その強気、いつまで、持つかな!」
 ダバデリも傷だらけだが、逃げる気配はない。まさに死闘だ。

 倒れたグリムバルドを兵士達が両脇から抱えてエニアの元まで下がらせようとする所をダバデリが指を差した。
「まずは、一人だ!」
 ダバデリの指先から炎が迸ろうとしていた。
 援護に入ろうか助けに入ろうか、一瞬、判断に迷うシェラリンデ。
 それを制するように、グリムバルドが残された力で剣をダバデリに向けた。戦えという事なのだろう。
「……わかった。ボクに任せて」
 シェラリンデは決意を込めて鞭を構え直した。
「貴様の、相手は、俺だ」
 炎が放たれる直前にオウカが無理矢理割り込んだ。
 防御障壁を味方に展開しながら戦線を支える。
「ダ……デ……デダバリ!」
「ダバデリだ! 名前位、いい加減に覚えろ!」
 振り下ろされる炎に包まれた大腕をオウカは剣で受け止めた。


●【右翼】宿敵との戦い
 『業火の禍』の術式が弱まっているのは肌で感じていたが、歪虚と対峙するハンター達は、歪虚が放つ炎球に悩まされていた。
 白銀の翼を広げて上空に舞い上がった歪虚が、頭上から炎球の魔法を連発しているのだ。
「瞬間移動に気をつけるのじゃ!」
 星輝が警戒の声を上げる。
 上空に注意を向けさせた所で、瞬間移動して隙を付くと読んだからだ。
 その読みは正しかった。ハンター達はいつでも、お互いの背中が守れるように機動しつつ、炎球に耐える。
「これなら、どうですか!」
 逃げの一手を装っていた剛が、炎球の隙をついて、歪虚に向かって黒い塊を放つ。
 油断をしていたのか、死角だったのか、黒い塊が歪虚に直撃する。上空で揺らめいた――と思った瞬間、歪虚が瞬間移動した。
 ハンター達と一時的に距離を取って、全員と正面に向き合う。
「【強制】は、ボク達には通じないよ!」
 闘志むき出しで叫ぶアルト。
 傲慢の歪虚が使える特殊な能力【強制】。命令を強制的に行わせるのだが、居合わせたハンター達は事前に警戒していたのだ。心を強く持てば、術に対抗できるはず。
「畜生は、強者に従うものだ。畜生らしく、野生の如く、暴れろ!」
 まるで演説するように派手な身振りと共に歪虚が【強制】の能力を使った。
 対象は――ハンター達ではなかった。
「黒風!」
「馬を!?」
 剛とアルトが騎乗している馬が、突然、暴れ出す。
 騎乗していられず、落馬する二人。その異常事態に、瞬間移動を警戒して機動していた星輝とUiscaも巻き込まれる。なんとか、馬を引き倒す事はなかったが、姉妹もバイクから落ちてしまった。
「私と戦うには、まだまだだったな」
 地面に転がったハンター達に向かって、巨大な火の玉が落下した。

 火の海の中で、Uiscaの澄んだ声が響き渡る。
 聖地を守護してきた白龍へ祈りの歌でもあり、周囲のマテリアルを活性化させて、傷を癒す歌だ。
「皆さん、私が掩護します」
 歌の合間の言葉に、星輝が真剣な眼差しで頷く。
 右翼戦線は仲間のおかげでギリギリ支えられている。この状況下では助けは来ない。ここで、歪虚を止めなくては右翼戦線が完全に崩壊するだろう。
「ヨネ、肩を借りるのじゃ!」
「ど、どうぞ!」
 星輝は助走を付けて剛の肩に飛び乗ると、勢いそのままに、上空に跳躍した。
「とっておきじゃ!」
 上空にいる歪虚に向かって手裏剣を放つ。
 歪虚は下降して避けつつ、星輝の胸に向かって剣を突き出す。
「させないよ!」
 それを盾を投げて阻止するアルト。
「こんな、意味のない事を」
「それは、どうかの?」
 盾を払った歪虚は、地上に降りる星輝に引っ張られるように、落下した。
 星輝が投げつけた手裏剣に取りつけていたワイヤーが、歪虚を引っ張り落としたのだ。

●【左翼】中央に向けて
 炎の雨も止み、中央か右翼の戦線でダバデリが撤退したのだろうとハンター達は思った。
 だが、茨小鬼の炎を纏っている力は消えていない。
 それはダバデリ自体が討伐されていない事を告げている事になる。茨小鬼らの士気が下がらず戦線が維持されているのは、そういう事なのだろう。
「他の戦線の状況が分からない以上、中央に援軍に行くべきだな」
 ストゥールの提案にハンター達は頷く。
「戦線も維持しなければならない事を考えると、二手に分かれた方がいいでしょうか」
 考えながら呟くアルファス。
 ちらりと兵士達を見る。彼らの疲労も溜まっているようだ。『業火の禍』の術式によって、ダメージを受けているはず。
「なら、ここは、俺に任せて、お前らが行ってこい」
 ジャックが真顔で仲間達を見渡す。
 ここにいるハンター達全員で左翼を突破しても、元々、兵力の少ない左翼では包囲殲滅はできない。ならば、数名の精鋭を他の戦線に回した方が機動力があり、戦闘に間に合うかもしれない。
「そこの人間の言う通りだ。早く行け」
 亜人ゴラグオが傷だらけの姿で現れた。
 劣勢な戦線を最前線で支えていたのだろう。騎乗していたはずの大型のラプターの姿もない。
「ソウダ、ハヤクイケ、ホカノ、センセン、クズレタラ、イミガナイ」
 エネミンも健在のようだ。杖の様な物を変わらず、手にしている。
「あれ? エネミン、魔法が使えるの?」
 その杖に向かって時雨が訊ねる。
 ゴブリンの中には、時折、魔法が扱える者もいるからだ。ゴブリンメイジと呼ばれている。
「オマエノ、ムネト、チガッテ、セイチョウシテイルカラナ」
「こっちだって、成長しているから!」
 暗器の如く、どこからかハリセンを取りだすとエネミンを追いかけ始める。成長している――はずだと思いながら。
 再び始まったやりとりにマヘルは苦笑を浮かべながら、ゴラグオに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「お前に礼を言われる事ではない。もともと、そういう話だからな」
 ウィーダの街の領主との密約の事だろう。その交渉に関係していた者として、マヘルは嬉しく思った。
 そこに、大二郎がスッと手を差し出す。
「良い機会だった。亜人の長よ」
「次は、お互い、獲物同士だがな。人間」
 差し出された手をゴラグオは握り返す。亜人と握手した人間というのは、少ないのかもしれない。
 更にアルファスが手を重ねる。亜人ゴラグオの手はゴツゴツとした岩の様だと感じた。
「それでは、後を頼みます」
 頷きあってから、魔導バイクに向かう。
 本来、一人乗りではあるが、移動するだけであれば、無理矢理二人乗りもできるだろう。大二郎が後ろに乗った。
「エネミンさん、僕に再会するまで生きてて下さいね」
 最初に会った時と変わらず不気味な笑顔を向ける水月に、時雨のツッコミをなんとか避けたエネミンが怯えた視線を返してきた。
「カタナ、ムケナガラ、イウナ。ゼッタイ、サイカイ、シタクナイ」
「探しに行くからね」
 その言葉に悲鳴をあげてエネミンはゴラグオの後ろに隠れた。
「それじゃ、次の戦場に行くぜ」
 エヴァンスの宣言に、ハンター達は馬やバイクに乗り、中央の戦線に向かって走り出す。
 不安そうな表情で見送る兵士達に、残る事を選んだジャックが笑顔を向けた。
「もう一踏ん張りだ、お前ら! 俺様についてこい!」

●【中央】維持達成
 高性能装備で身を固めているとはいえ、多勢に無勢。
 中央戦線は一進一退だった。円陣を組んで傷ついた者を内側に、戦える者は外側に出て、徹底抗戦の構えだ。
「東側が薄くなっています。援護を!」
 スキルを打ち尽くした遥華は円陣の中央で指揮を執っていた。
「姉さん!」
 枢の声が響く。
 遥華に向かって飛翔してきた炎の矢を間一髪の所で、枢が遥華を押し倒して避けたからだ。
「あ、ありがとう。枢」
「あまり目立つなよな」
 二人は立ち上がる。戦線はギリギリの状態だ。兵士達の疲労も大きい。
「姉さん、来たよ」
 枢が指差した先、数人のハンター達が向かってくる。
 左翼に展開していたハンター達だ。兵士達は引連れていないが、覚醒者数名の援軍は、この状況下ではありがたい。
「皆さん、援軍です! 持ちこたえて下さい!」
 遥華の台詞に兵士達から歓声があがる。
「西側、挟撃!」
 炎の矢を首の皮一枚で避けた枢が叫びながら突撃する。
 左翼からの応援のハンター達と挟撃するからだ。
 そして、その勢いは敵の士気を挫くのに十分な勢いがあった。

●【右翼】右翼突破の真意と、ダバデリ討伐
 力尽きたグリムバルドにエニアは呼び掛けた。
「グリムバルドさん!」
「……俺は、大丈夫だ。それより、兵士達を指揮しろ。突破する機会だ」
 震えながら指先を向ける。それは中央戦線の方角だった。
 バイクや馬に乗って何人かが向かって来ていた。
「援軍が、援軍が来たよ!」
 その叫び声は、ダバデリと対峙していたオウカの耳にも入っていた。
 立っているのも不思議な位、全身傷だらけだ。
 武器を地面に突き立てて、杖代わりとして立つ。もはや、動ける力は残っていない。
「俺は、倒れない」
「地獄の炎に焼かれて死ね!」
 ダバデリがトドメを差しにかかるが、それをシェラリンデが阻止する。
 彼女の消耗も激しい。だが、自己治癒のおかげで、傷はオウカよりも浅い。
「そんな事、ボクがさせないから」
 それでもいつまで保つか分からない。援軍が来るまで耐えきればいい。シェラリンデは鞭を構え直す。
「さっきから小賢しい真似をしおってからに!」
 決着がつきそうでつかない事に苛立ったダバデリが自身を中心に爆発を起こす。
 地面に叩きつけられるように、オウカとシェラリンデは吹き飛ばされた。
「死ね!」
 虫の息のオウカに向かって振り落とされるダバデリの剛腕。
 だが、それがオウカの身体を粉々にする事はなかった。その前にダバデリに水の球が直撃したからだ。
「どうじゃ。なかなか、良いタイミングだったろう?」
 中央戦線からやってきたヴィルマの魔法だった。
「ネル・ベル、嫌なタイミングで仕掛けてきているな……だが、今は、奴の相手は仲間に任せ、ダバデリに集中だな」
 ヴァイスが歪虚と仲間達の戦いの様子を見て呟く。
 戦況は危ない状況だが、信頼する戦友達である。きっと、ダバデリを討伐できるまで、持ちこたえられるはず。
「一気に攻勢をかけて倒してしまおう」
 だから、ヴァイスは皆に声をかけた。
 兵士達の疲労も溜まってきている。これ以上の被害・犠牲を抑えるには、ダバデリを速攻で片付ける必要がある。彼の言葉にハンター達は頷いた。
「俺を差し置いて炎を名乗るなんざ、イイ度胸してんじゃねぇか。テメェ等もテメェ等の炎も、俺が焼き尽くしてやるからよォ!」
「もう逃げ場はないぞ。覚悟するんだな」
 ボルディアとアーサーがそれぞれ武器を構える。
 二人の傷は自己治癒である程度まで回復していた。一方のダバデリは各戦線のダメージが残ったままだ。討伐する機会は今しかない。
「貴様ら、またか!」
 ダバデリが悔しそうに叫ぶ。
 各戦線間の距離はあった。ハンター達だけで、騎乗して全速で飛ばせしたおかげで、ギリギリ間に合った形だ。
「思ったより、再戦が早かったな」
 ザレムも剣を正眼に構えてダバデリに言い放った。
 先程、中央戦線で強烈な一撃を叩き込んだ事は、彼にとっては自信に。ダバデリにとっては脅威の記憶だ。
「兵隊さん達、もう一踏ん張りだからね」
 ここぞとばかり、兵士達に向かって色気全開で、アルラウネが呼び掛ける。
 中央戦線と同じく状況に余裕はないが、人数だけは多いので、何人かが、雄叫びをあげていく。
 ハンター達数名の援軍だが、右翼戦線は、ダバデリさえ倒せば、戦線を突破できるはずだ。地面に伏しているオウカに向かってヴァイスが歩み寄った。
「よく、耐えていてくれた。安心して休んでくれ」
 オウカからの返事はない。ただ、僅かに頷いただけだった。
 シェラリンデはアルラウネの肩を借りて立ち上がる。
「ボクはまだやれるよ」
「それじゃ、お姉さんも手伝うよ」
 ハンター達に囲まれ、ダバデリは周囲をぐるりと睨みつけた後、空を仰ぎ見た。
「我らが茨の王に、栄光あれぇ!」
 再び、ハンター達とダバデリの戦いが始まった。

「僕らは、戦線維持に回るから」
 樹はそう言い残し、リルエナを伴って、茨小鬼らと戦う兵士達の方へと駆けだした。ダバデリの討伐は時間の問題だろう。集まったハンター達はいずれも実力者であり、数も多い。戦線の応援にまわっても大丈夫だろう。
 長時間に及ぶ戦闘で兵士達は疲労しきっている様子は分かった。炎を纏う能力は残っている茨小鬼との長時間にわたる戦闘は過酷なものだ。
(そうか……)
 心の中で樹は呟いた。
 作戦の素案を立てた『軍師騎士』がなぜ、右翼に戦力を集めて、右翼突破による包囲戦を仕掛けようとしたのかを思い至ったからだ。
 大規模な戦場では、会敵、戦闘、追撃とステージが分かれる。敵の勢力に大きなダメージを与えるのは、戦闘よりも追撃なのだ。だが、今回、『業火の禍』の術式により、長期戦は不利。戦闘に勝利しても追撃できなければ、意味がない。
 そこで、速攻でダバデリを打ち倒し、術式を止めると同時に、右翼を突破した部隊で、敵の退路を断つように包囲戦を展開する事により敵に大きな損害を与えるのが、『軍師騎士』の考えだったのだ。
(ダバデリを討ち倒せば、各戦線の茨小鬼の士気は崩壊。撤退を開始するだろうけど……追撃は難しいかな)
 恐らく、かなりの数の茨小鬼を逃してしまう事になるだろう。遠く迂回して本隊に合流するか、大峡谷に引きこもるか、どちらにしてもやっかいだ。
 考えに耽りながら茨小鬼らに何度目かになる機導術を放ったその時、ダバデリの断末魔が周囲に響いた。
「に、人間共めぇ!」
「余所見は行けないぜ」
「まったくね」
 正面で盾を使ってダバデリの視界を奪っていたアーサーの援護を受けて、アルラウネが死角から刀を深く突き刺していた。
 続けて、ボルディアとヴァイスが左右から交差するように、武器を叩き込む。
「テメェの炎なんかより、俺の炎の方が何百倍も熱いぜぇ!」
「仲間の仇だ!」
 強烈な猛攻で倒れかけたダバデリだが、ギリギリ持ちこたえる。
 それも束の間、身体が鞭によって捕われてしまった。
「まだ、倒れないでね」
 シェラリンデの鞭がダバデリの動きを封じたのだ。
 そこへ、ザレムが放った光の筋とヴィルマが創りだした水球がトドメとばかりに襲いかかる。
「今度こそ、倒れろ! ダバデリ!」
「我の水の力で、消え去るのじゃ」
 ダバデリを包んでいた炎が、眩い光を発した後、跡形もなく消失した。
 膝を落とすダバデリは再び天を仰ぐ。
「必ず、必ず、我らが王が、貴様ら人間どもを……」
 台詞の途中で、ダバデリは倒れる。
 ハンター達が『業火の禍』ダバデリを討伐した瞬間であった。
 同時に戦場全体の茨小鬼を覆っていた炎の術式も解除され、茨小鬼らは浮足立ち始める。
「い……まだ、エニア。兵士達を、突撃させて、戦線を、突破させるんだ」
 痛みがあるはずなのを顔に出さず、グリムバルドがエニアに声をかけた。
 エニアは力強く頷くと、残った力を全て注ぎ込んで叫んだ。
「ダバデリはハンター達が倒しました! 突破は今です!」
 兵士達の歓声が戦場に響いた。 

●【右翼】歪虚撤退
 地面に落下した歪虚の動きを星輝は全力で抑え込んでいた。
 暗器【流星衝】を用いて漆黒のワイヤーは歪虚の態勢を崩している。それならばと、歪虚は周囲に向かって炎球を放ち続ける。
「なんて、炎なのでしょうか」
 炎球を受けながらも、それでも、剛は倒れない。
 歪虚の正面に立ち、猛攻を耐え忍びながら、偃月刀を振るう。
(さっきから、ずっと、歌いっぱなしなのです。さすが、イケメンさんです)
 癒しの歌を唄う事に集中しながらUiscaは心の中で驚いていた。
 回復が途切れれば即危険な状態は、強力な歪虚との戦いを思い出させる。
「ネル・ベル、覚悟!」
 アルトが刀を複雑なフェイントの動きと共に繰り出す。
 星輝の抑え込みもあり、歪虚はそれを避け損ねた。
「訂正しようではないか。貴様らの実力をな」
 歪虚が自身をも巻き込んで炎球を爆発させた。

 土煙りが晴れた時、歪虚はハンター達と距離を取っていた。瞬間移動したのだろう。
「ボクは強さを求める……ボクが弱くて守れなかった人達が死んだ日から」
 黒祀――フラベルの踊りの一つである街が墜ちた日からアルトは、いくつもの挫折をあいながら成長を続けてきた。
 フラベルの名を持つ歪虚と、ここで対峙したのは、偶然か必然か。
「理由がなんであれ、強さを求める貴様は、我ら、傲慢――アイテルカイト――に相応しい。貴様なら、『軍長』あるいは『軍将』にもなれるかもしれないな」
 歪虚には区分がある事は知られている。もっとも、区分と言っても力量の明確な線引きではないが……。
 ハンター達の中でも記憶に新しい東方に出現した歪虚『九蛇頭尾大黒狐 獄炎』は、憤怒の王と言われている。
 軍長には、ハンター達に敗れた怠惰の歪虚ヤクシー。軍将では、嫉妬の歪虚クラーレ・クラーラなどが該当されるとされ、いずれも、強力な歪虚であるのは明らかである。
「求める強さを越えたくなった時、いつでも、私の所に来るといい」
「あいにく、ボクは、『人』を辞めるつもりはないよ」
 歪虚の誘いに対して、アルトは即答で断る。
 そして、刀をしっかりと構えなした。今はまだ、戦闘中だ。
「さて、仕切り直しじゃな」
「私の好きな言葉知っています? 共存共栄と……悪☆撲☆滅ですっ」
 星輝が手裏剣を手にすれば、可愛げな仕草で断言したUiscaはワンドを構える。
「ネル・ベル……その傲慢に偽りないならば、我が挑戦……受けて頂くっ!」
 剛は偃月刀を上段に構える。傷だらけだが、まだ、倒れる程ではない。
 だが、戦闘が再び開始となる事はなかった。
 右翼戦線の応援に駆け付けていたハンター達が、ダバデリを討ち滅ぼして、救援に向かって来ていたからだ。
「結果的には、私の目的は充分に果たした。この勝負、貴様らに勝ちを譲ろう」
 勝ち誇った表情で歪虚ネル・ベルは、救援に向かって来たハンター達を一瞥する。
 因縁がある者、初見の者、いずれも、ボロボロで限界なはずだが、彼らは戦うつもりなのだ。
「さらばだ、強き人間共」
 最後にそう言い残して、歪虚ネル・ベルは、白銀の翼を羽ばたかせ、西へと飛んでいった。


 『業火の禍』ダバデリが率いる炎の軍団と、ハンター達を含むウィーダの街の兵士達との戦いは、辛うじてハンター達に軍配が上がった。
 最終的に左翼では、亜人の援軍が戦線を突破したタイミングで、全ての『業火の禍』の術式が解けて、敵味方の区別がつきにくくなった事により、亜人達は撤退。残った左翼兵力は追撃よりも、中央戦線へと向かった。
 中央戦線では左翼に展開していたハンター達の援護によって戦線を長時間に渡って維持。自力での突破を成功した所で、左翼からの援軍が側面を突き、完全に茨小鬼の士気を崩壊。敗走させる事に成功するが、追撃は困難な状態で深追いはしなかった。
 右翼は開始当初、ハンターの数が足りず戦力不足であったが、歪虚による損害を抑え、戦線を維持した事によりダバデリ討伐後に戦線を突破。敗走する茨小鬼を追撃するも疲労激しく思った以上の成果は出せなかった。
 全体的に見れば損害は痛み分けであったが、『業火の禍』の術式を操る茨小鬼ダバデリを打ち倒す事ができた。
 炎の軍団を、茨の王が率いる本隊との合流を防ぐ事ができたのであった。


 おしまい。

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MVP一覧

  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルトka0301
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    米本 剛ka0320
  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhranka0724
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhranka0754
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズールka0878
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタインka2549
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109
  • 【魔装】花刀「菖蒲正宗」
    シェラリンデka3332

重体一覧

参加者一覧

  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    米本 剛(ka0320
    人間(蒼)|30才|男性|聖導士

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニア(ka0370
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 憧れのお姉さん
    マヘル・ハシバス(ka0440
    人間(蒼)|22才|女性|機導師
  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • 赤髪の勇士
    エヴァンス・カルヴィ(ka0639
    人間(紅)|29才|男性|闘狩人
  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhran(ka0724
    エルフ|10才|女性|疾影士
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • 飽くなき探求者
    久延毘 大二郎(ka1771
    人間(蒼)|22才|男性|魔術師
  • 黒猫とパイルバンカー
    葛音 水月(ka1895
    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 《聡明》なる天空の術師
    アルファス(ka3312
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 【魔装】花刀「菖蒲正宗」
    シェラリンデ(ka3332
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • 毅然たる令嬢
    ストゥール(ka3669
    人間(紅)|18才|女性|機導師
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • 甘えん坊な奥さん
    アルラウネ(ka4841
    エルフ|24才|女性|舞刀士

  • 小鳥遊 時雨(ka4921
    人間(蒼)|16才|女性|猟撃士
  • 幸せを手にした男
    檜ケ谷 樹(ka5040
    人間(蒼)|25才|男性|機導師
  • 祓魔執行
    央崎 枢(ka5153
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 雷影の術士
    央崎 遥華(ka5644
    人間(蒼)|21才|女性|魔術師

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
檜ケ谷 樹(ka5040
人間(リアルブルー)|25才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/10/16 21:39:09
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/10/15 00:42:37
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ネル・ベル(kz0082
歪虚|22才|男性|歪虚(ヴォイド)
最終発言
2015/10/14 19:17:58