ゲスト
(ka0000)
『DEAR』 ~柔らかな体温~
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/10/22 07:30
- 完成日
- 2015/10/30 05:07
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●溜息
「なるほど? ハンターが」
机の向こうで男が溜息を吐いた。
「あの、どう、なるんっすか……?」
大変人相の悪い青年――ヴァンが怯えるように男の顔色を窺う。
「何、どうともならんさ。それに、アレを使った時点で、いつかはこうなる事を覚悟していたのだろう?」
「そ、そりゃそうっすけど……でも、俺が捕まったら、あんた達だって……」
「ヴァン」
男の低い声に、ヴァンはぎくりと肩を震わせる。
「心配は要らない。……ちゃんと手は打っておくよ」
男は立ち上がって左脚を気持ち引き吊りながらヴァンへと近付くと、その硬い肩をほぐすようにぽんぽんと軽く叩いた。
「今日はもう遅い。君も家に帰ってゆっくり休み給え」
「は、はい……失礼します」
ヴァンは一礼すると扉を閉めて出て行った。
男は鼻で笑うように溜息を吐く。
「困ったね、あの方へどう説明しようか」
実際にハンター達がどこまで調査を進めているのかをまず知る必要がある。
何処から足が付いたのか、何処まで辿り着いているのか。
男はベルを鳴らして隣の部屋で待機していた傭兵を呼んだ。
「さて、お前達に仕事だ」
●芳香
紅茶を啜りながら、フランツは報告書に目を通していた。
「このアルフォンスとヴァンという青年についての調査は?」
「……こちらになります」
壮年の紳士がさらりともう一つの報告書を差し出す。
「流石、優秀だのぅ」
満足そうにフランツは目を細めると、直ぐに視線は文字を追う。
「あぁ……レーガー男爵の息子だったのか」
革命前に一度だけ会った事のある男の顔を思い出す。
芸術に理解のある派手な男だったと記憶しているが、革命時に旧皇帝派に付いた為男爵の爵位を剥奪され、領地も没収されていたらしい。
「アルフォンスへの周囲の評判は概ね好意的ですね」
13歳の時に革命で全てを失い、15歳で両親を相次いで流行病で亡くしていたが、絵の師匠の元で18歳まで身を寄せた後独立。23歳でエマと結婚。現在27歳。エマは肺の病で現在バルトアンデス郊外の施設にて隔離入院中。
「……可哀想に」
愛妻家としてその一文に思わず溢れた言葉に、紳士は眉を寄せる。
ヴァンはレーガー家の使用人の息子で、男爵の爵位剥奪と同時に両親が失業。アルムスターへ一家は職を求めて移動するが、定職に就けずベンケンへ。極貧生活の中で両親を流行病で亡くし、本人は見た目と体格の良さから自警団へ入団し、生計を立てる。一時期荒れた生活を送っていた為、借金があったが1年前に全額返金が完了し、今は綺麗な身の上らしい。現在30歳。
「独立したアルフォンスとアルムスターで再会し、ヴァンがアルフォンスをベンケンへ誘ったようです」
兄弟のように仲が良かった、というのが周囲の評判らしい。
「どの店もヴァンが使ったと認めたのだったね?」
「仕立屋だけは最後まで口外しませんでしたが、周囲の情報からまずヴァンが6枚の偽革命積を使った事は間違いないかと」
ふむ。とフランツは視線をヴァンの報告書へと落とす。
「困ったのぅ。とてもこの男が何か企んでいるようには思えんのだが……」
しかし、使っていたのが事実なら、軍はヴァンを捕らえるべく動くだろう。
現在の帝国軍は北伐にかなり兵を割いており、地方に回す手は最小限となっている。
恐らくヴァンを捕らえて、強引にでも情報を引き出すという手になるだろう。
「何も起こらなければ良いがのぅ」
フランツは紅茶の芳香を嗅ぎながら、水面に映った自分の顔を見て小さく溜息を吐いた。
●硝煙
パン、という乾いた音とそれをかき消すような大きな物音が深夜、ベンケンの町の小さな家から聞こえた。
その家の周囲に住む者達は、時折どんちゃん騒ぎをする家だった為に、恐らく何かが爆ぜたか、落とした音だろうと気にも留めなかったらしい。
翌日、出勤時間になっても来ない彼を同僚が迎えに行くと、玄関が開いており、中に入ると彼は椅子ごと倒れて死んでいたという。
机の上には遺書が置かれていた。
『帝国を混乱させる為に、偽の革命債を作り、ばらまきました。捜査の手が迫っていると知り、逃げられないと感じました。もう、こうするしかありません。さようなら』
それは軍がヴァンを重要参考人として連行しようと決定したその日。
ヴァンが拳銃自殺した、と自警団より報告が入り、軍内部に少なからず動揺が走ったのだった。
●疑惑
「まぁ、偽装殺人であろうなぁと言うのがわしの意見じゃ」
ヴァンが自殺した、という翌日。
フランツは出された紅茶に珍しく砂糖とミルクを入れると、混ぜながら告げる。
「ヴァンが借金していたというのが、ヒルシュベルガー商会という金貸し業者でな」
ふぅふぅと息を吹きかけ、冷ましながら一口。
「社長をやっとるのが、リアルブルーから来たハンターの男での。名をハイリンヒ・ヒルシュベルガーという」
リアルブルーで培ったノウハウを活かして起業し、結果大成功を収めているのだから、商才に恵まれた人物なのだろう。
「今はもうハンターとしては活動せず、社長業に専念しておるようだが……まぁ、評判は悪くはないのかのぅ」
強いて言うなら、金貸し業者=取り立て屋でもあるので、恫喝紛いの行動も見られているが、利子もさほど高くなく、『細く長く寄生する』タイプの金貸し業者らしい。
「ただの。ヴァンが偽の革命債を使った頃、一気に借金の返済が終わっておるようなんじゃ。前にも言ったとおり、革命債は素人には換金が出来ん。そしてここは『不動産と現金でしか返済を受け付けない』としておる」
つまり、革命債は取り扱わないらしい。
「そして返済が終わっておるのに、ヴァンが出入りしていたという情報があっての。わしは彼の死因にこの商会が関わっておると睨んでおる。なので皆さんには今回は彼が本当に自殺なのかを調べて、商会に乗り込んで欲しいんじゃ」
最後の一言に、一同がざわついた。
「ほっほっほ。強引かな? だが、乗り込むならこのタイミングで無ければならん。これ以上時間が経ってはドンドンと証拠は消されるじゃろうからの。そうじゃの。カチコミ……じゃなく、ガサ入れと言うんじゃったか? 適当に容疑をでっち上げて全員を生きて捕らえてきておくれ」
無茶苦茶な事を言い出したフランツに対して、異論を唱え始めるハンターもいるが、フランツは何処吹く風と聞き流し、ミルクティを美味しそうに飲むと、カップをソーサーに静かに下ろして、ハンター達を見た。
その視線は獲物を狙う猛禽類の如く。
「何せ、今は腕の立つ軍兵達は北伐に駆り出されておるからの。取り調べなら文官でも出来よう。ヴァンを殺してまで守りたかった『何か』を炙り出さねば、彼の死はただの無駄になる。それだけは避けねばならん」
そうであろう? そう言って目を細めて微笑むと、フランツから発されていた殺気にも近い雰囲気は霧散し、いつも通りの穏やかさへと戻ったのだった。
「なるほど? ハンターが」
机の向こうで男が溜息を吐いた。
「あの、どう、なるんっすか……?」
大変人相の悪い青年――ヴァンが怯えるように男の顔色を窺う。
「何、どうともならんさ。それに、アレを使った時点で、いつかはこうなる事を覚悟していたのだろう?」
「そ、そりゃそうっすけど……でも、俺が捕まったら、あんた達だって……」
「ヴァン」
男の低い声に、ヴァンはぎくりと肩を震わせる。
「心配は要らない。……ちゃんと手は打っておくよ」
男は立ち上がって左脚を気持ち引き吊りながらヴァンへと近付くと、その硬い肩をほぐすようにぽんぽんと軽く叩いた。
「今日はもう遅い。君も家に帰ってゆっくり休み給え」
「は、はい……失礼します」
ヴァンは一礼すると扉を閉めて出て行った。
男は鼻で笑うように溜息を吐く。
「困ったね、あの方へどう説明しようか」
実際にハンター達がどこまで調査を進めているのかをまず知る必要がある。
何処から足が付いたのか、何処まで辿り着いているのか。
男はベルを鳴らして隣の部屋で待機していた傭兵を呼んだ。
「さて、お前達に仕事だ」
●芳香
紅茶を啜りながら、フランツは報告書に目を通していた。
「このアルフォンスとヴァンという青年についての調査は?」
「……こちらになります」
壮年の紳士がさらりともう一つの報告書を差し出す。
「流石、優秀だのぅ」
満足そうにフランツは目を細めると、直ぐに視線は文字を追う。
「あぁ……レーガー男爵の息子だったのか」
革命前に一度だけ会った事のある男の顔を思い出す。
芸術に理解のある派手な男だったと記憶しているが、革命時に旧皇帝派に付いた為男爵の爵位を剥奪され、領地も没収されていたらしい。
「アルフォンスへの周囲の評判は概ね好意的ですね」
13歳の時に革命で全てを失い、15歳で両親を相次いで流行病で亡くしていたが、絵の師匠の元で18歳まで身を寄せた後独立。23歳でエマと結婚。現在27歳。エマは肺の病で現在バルトアンデス郊外の施設にて隔離入院中。
「……可哀想に」
愛妻家としてその一文に思わず溢れた言葉に、紳士は眉を寄せる。
ヴァンはレーガー家の使用人の息子で、男爵の爵位剥奪と同時に両親が失業。アルムスターへ一家は職を求めて移動するが、定職に就けずベンケンへ。極貧生活の中で両親を流行病で亡くし、本人は見た目と体格の良さから自警団へ入団し、生計を立てる。一時期荒れた生活を送っていた為、借金があったが1年前に全額返金が完了し、今は綺麗な身の上らしい。現在30歳。
「独立したアルフォンスとアルムスターで再会し、ヴァンがアルフォンスをベンケンへ誘ったようです」
兄弟のように仲が良かった、というのが周囲の評判らしい。
「どの店もヴァンが使ったと認めたのだったね?」
「仕立屋だけは最後まで口外しませんでしたが、周囲の情報からまずヴァンが6枚の偽革命積を使った事は間違いないかと」
ふむ。とフランツは視線をヴァンの報告書へと落とす。
「困ったのぅ。とてもこの男が何か企んでいるようには思えんのだが……」
しかし、使っていたのが事実なら、軍はヴァンを捕らえるべく動くだろう。
現在の帝国軍は北伐にかなり兵を割いており、地方に回す手は最小限となっている。
恐らくヴァンを捕らえて、強引にでも情報を引き出すという手になるだろう。
「何も起こらなければ良いがのぅ」
フランツは紅茶の芳香を嗅ぎながら、水面に映った自分の顔を見て小さく溜息を吐いた。
●硝煙
パン、という乾いた音とそれをかき消すような大きな物音が深夜、ベンケンの町の小さな家から聞こえた。
その家の周囲に住む者達は、時折どんちゃん騒ぎをする家だった為に、恐らく何かが爆ぜたか、落とした音だろうと気にも留めなかったらしい。
翌日、出勤時間になっても来ない彼を同僚が迎えに行くと、玄関が開いており、中に入ると彼は椅子ごと倒れて死んでいたという。
机の上には遺書が置かれていた。
『帝国を混乱させる為に、偽の革命債を作り、ばらまきました。捜査の手が迫っていると知り、逃げられないと感じました。もう、こうするしかありません。さようなら』
それは軍がヴァンを重要参考人として連行しようと決定したその日。
ヴァンが拳銃自殺した、と自警団より報告が入り、軍内部に少なからず動揺が走ったのだった。
●疑惑
「まぁ、偽装殺人であろうなぁと言うのがわしの意見じゃ」
ヴァンが自殺した、という翌日。
フランツは出された紅茶に珍しく砂糖とミルクを入れると、混ぜながら告げる。
「ヴァンが借金していたというのが、ヒルシュベルガー商会という金貸し業者でな」
ふぅふぅと息を吹きかけ、冷ましながら一口。
「社長をやっとるのが、リアルブルーから来たハンターの男での。名をハイリンヒ・ヒルシュベルガーという」
リアルブルーで培ったノウハウを活かして起業し、結果大成功を収めているのだから、商才に恵まれた人物なのだろう。
「今はもうハンターとしては活動せず、社長業に専念しておるようだが……まぁ、評判は悪くはないのかのぅ」
強いて言うなら、金貸し業者=取り立て屋でもあるので、恫喝紛いの行動も見られているが、利子もさほど高くなく、『細く長く寄生する』タイプの金貸し業者らしい。
「ただの。ヴァンが偽の革命債を使った頃、一気に借金の返済が終わっておるようなんじゃ。前にも言ったとおり、革命債は素人には換金が出来ん。そしてここは『不動産と現金でしか返済を受け付けない』としておる」
つまり、革命債は取り扱わないらしい。
「そして返済が終わっておるのに、ヴァンが出入りしていたという情報があっての。わしは彼の死因にこの商会が関わっておると睨んでおる。なので皆さんには今回は彼が本当に自殺なのかを調べて、商会に乗り込んで欲しいんじゃ」
最後の一言に、一同がざわついた。
「ほっほっほ。強引かな? だが、乗り込むならこのタイミングで無ければならん。これ以上時間が経ってはドンドンと証拠は消されるじゃろうからの。そうじゃの。カチコミ……じゃなく、ガサ入れと言うんじゃったか? 適当に容疑をでっち上げて全員を生きて捕らえてきておくれ」
無茶苦茶な事を言い出したフランツに対して、異論を唱え始めるハンターもいるが、フランツは何処吹く風と聞き流し、ミルクティを美味しそうに飲むと、カップをソーサーに静かに下ろして、ハンター達を見た。
その視線は獲物を狙う猛禽類の如く。
「何せ、今は腕の立つ軍兵達は北伐に駆り出されておるからの。取り調べなら文官でも出来よう。ヴァンを殺してまで守りたかった『何か』を炙り出さねば、彼の死はただの無駄になる。それだけは避けねばならん」
そうであろう? そう言って目を細めて微笑むと、フランツから発されていた殺気にも近い雰囲気は霧散し、いつも通りの穏やかさへと戻ったのだった。
リプレイ本文
●
カタカタカタと糸車の回る音が僕を眠りの縁から引き起こす
僕の目覚めに気付いて、君は手を止めると柔らかく笑った
「起こしちゃった?」
僕はそれを否定しながら君におはようのキスをする
君は嬉しそうに笑うとまた糸を紡ぐ
カタカタカタと糸車が回る
カタカタカタ……カタカタカタ……
●
ノックをして、暫くしても反応が無く、エステル・クレティエ(ka3783)はもう一度扉を叩こうと右手を軽く握って振った所で、漸く扉がゆっくりと開いた。
「……貴女は……?」
アルフォンスの酷く憔悴しきった表情に、エステルは思わず息を呑んだ。
「あの、私はスティードさんやドロテアさんの友人で、エステルと申します」
2人の名前に少し首を傾げた後、「あぁ」と頷くと、唇の端を引きつるように作り笑いを浮かべてアルフォンスは扉を開いてエステルを招き入れた。
「どうぞ、何もないですけど」
通された部屋は2人掛け用の小さめのテーブルと椅子、後は所狭しとキャンバスが飾られ、床にも立てかけられていた。
「ヴァンさんの事……お悔やみ申し上げます」
エステルの言葉にアルフォンスは目を伏せてささやかに笑った。
「……貴女もハンターなのですか? 凄いな、ハンターって誰が死んだとかいう情報までご存じなんですね」
「今、私達はある事件を追っていて、その捜査線上にヴァンさんが上がっていました。隠さずに申し上げますと、わたし達はヴァンさんが自殺では無く、殺害された可能性が強いと思っています」
「ヴァンが……殺されたって言うんですか……?!」
アルフォンスは驚いたようにエステルを見た。
「アルフォンスさんはヴァンさんと幼馴染みだったと伺いました。ヴァンさんの筆跡が分かるようなものはお持ちでは無いでしょうか?」
「筆跡?」
「遺書が残されていました。それが本人が書いた物か、他人が書いた物かを調べたいのです」
アルフォンスは更に驚いて、エステルへと迫った。
「何て、何て書いてあったんですか!?」
エステルは迷う。何処まで彼に話しても良いか、その境界を仲間と相談してこなかった。
それでも、嘘は吐くまいと、エステルは覚悟を決めてアルフォンスへ遺書の内容を伝えた。
アルフォンスの表情はみるみると曇り、柳眉を寄せて硬く両目を瞑ると、静かに首を横に振った。
「……ヴァンではありません」
「えぇ、我々もヴァンさんが犯人だとは思っていません」
「いえ、ヴァンはそんな複雑な文章を書けません」
「……え?」
予想外の言葉にエステルは思わず目を見張る。
「ヴァンに限らず、この町の人達の殆どは自分の名前ぐらいは書けても、文章を書くことが出来ません」
そういえば、前回スティードが入った店でも、メニューらしき物は出てこなかったと言っていた。
「ですから、ヴァンではありえません」
エステルを真っ直ぐに見つめるアルフォンスが嘘を吐いているようには見えなかった。
「……有益な情報を有り難うございます」
エステルはトライシーバーを一台テーブルの上に置いた。
「またご連絡を取ることがあるかもしれませんから。数日は、います」
それを見て、アルフォンスは困ったような顔をしたが、結局そのままトランシーバーを受け取った。
丁寧に礼を告げ、エステルがアルフォンスのアトリエを出ると、少し離れた木の陰にいる劉 厳靖(ka4574)が軽く手を上げて異常のないことを彼女へ伝えた。
そのままエステルは何処かへと立ち去っていったが、劉は変わらずその場に留まりアトリエを睨む。
アルフォンスはヴァンと親しかった。無関係とも思えない彼に被害が及ぶのは避けなければならない。
また、そんなヤツが来ればそれが『証拠』になるのだから。
●
自警団での掛け合いと調査を終え、若い団員に案内されてスティード・バック(ka4930)とドロテア・フレーベ(ka4126)、烏丸 涼子 (ka5728)はヴァンの家へと着いた。
「あの……」
扉を開けて、十代後半といった案内人はまだ幼さの残る瞳を揺らしながらスティードを見る。
「ヴァンの兄貴は、怒ると怖いし、書類仕事は全部押しつけてくるし、調子良い所もあったけど、でも、オレみたいな下の連中にはすげぇ良くしてくれて。そんな、悪い事するような人じゃ無かったっす」
「……そうか」
「犯罪ギリギリの事とか、やってたかもしんないっすけど、死ななきゃならないような、そんな酷いこと、するような人じゃなかったっす……っ!」
ぐすっと鼻を啜り上げる少年の手を優しくドロテアは握ると「そうね」と微笑んだ。
「私もそう思うわ」
ドロテアの言葉に少年はぶわぁっと溢れてくる涙を乱暴に拭って「よろしくお願いします!」と叫ぶように告げると走り去っていく。
走り去る背を強く拳を握りながら見送ると、スティードは深く息を吐いて改めて室内を見回した。
男の1人住まい。ワンルームの部屋には流しの前に4人掛けのテーブル、奥の窓際にベッドとクローゼットがあるだけの簡素な部屋だった。
……足の踏み場も無いほどに、床に散らばっているゴミやら洗濯物やらを見なければ、だが。
「……これは……」
思わず絶句したスティードだったが、遺体を運び出す時に出来たのであろう道を辿って飛び散った血痕もそのままになっている現場を見る。
割れた酒瓶、脇に固められた洗い物の山と燃えるゴミを詰め込んだ麻袋。
「……私、外行ってくるわね」
「私も外で聞き込みに行ってくるわ」
様々に入り交じった異臭にドロテアと涼子は鼻と口を押さえながら早々に退散した。
現場保存はしたいが、この淀んだ空気には耐えられそうも無い。
スティードはなるべく深く息を吸い込まないよう口元を抑えながらベッド脇の窓を開けようと近づき――その、ベッドの脇に一つの額縁を見つけて引き上げた。
2人の男性が1人の美しい女性を挟んで笑い合っている絵だった。
裏には
“親愛なる友へ
アル、エマ、ヴァン”
と三年前の日付が書かれている。恐らく真ん中の女性がエマなのだろう。
また、枕元にも一枚の紙が挟まっているのに気付いて、手を伸ばす。
それはとても精巧な版画だった。
木版画か銅版画か見極めることは出来なかったが、そこでは大麦の畑で女神が慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。
その女神の顔に見覚えがあった。先ほどの絵の女性、エマと同じ顔をしていることに気付いて、スティードはこの版画もアルフォンスの作であることを確信すると同時に外へと飛び出した。
「ドロテア! 劉へ伝話を!!」
●
陽が傾き始めた頃、欠伸を噛み殺した劉は一台の馬車がやって来たのに気付いて慌てて気合いを入れ直す。
立派なランドー型馬車がアトリエの前で止まると、中から傭兵じみた男が降りたのが見えた。
男は丁寧に扉をノックすると、画材道具と思わしき荷物を抱えたアルフォンスが出てきて馬車へと乗り込んだ。
「マジかよ……!」
馬車が行ってしまった後、玄関扉の取っ手に一つの袋がかかっているのを見つけ、劉はそれをのぞき込んだ。
中にはエステルが置いて行ったトランシーバーと一通の手紙。
”皆さんの親切を忘れません。僕も戦います”
「……っ!」
劉は小さくなってしまった馬車の背を睨み、その時伝話が鳴っているの気付いた。
●
「BJ!」
トランプのJとAの二枚を机の上に叩き付けるように公開すると同時に、ッシャー! と吠えた。
「まじかよー」
酒杯の乗ったテーブルを囲んでいた男達が銘々呻き声を上げながら手札を投げる。
「おい、うっせーぞ。静かにしろ」
休憩室から怒声が飛んで、BJを成立させた男の頭を3人が小突いた。
「……お酒飲みながら、お金掛けてカードゲームとは……」
南瓜のマスクと裏地がオレンジ色の黒いマントを羽織ったマリル&メリル(ka3294)がうんざりとした様子で呟く。
エステルもその横で困ったように微笑むと、表情を引き締めて耳を澄ませる。
「夜のガサイレってのもどっちが悪もんだかわからねぇが、さて行きますかね」
劉の言葉にスティードは無言のまま頷くと、すぅっと息を大きく吸い込んだ。
「トリック・オア・トリート!」
同時に、正面扉を蹴破る。
中でゲームに興じていた男達も何事かと銘々が武器を手に立つが、覚醒した劉とスティードの動きの方が圧倒的に早い。
「おまえさん達の強引なやり口が不味かったな、上手くやったつもりだろうが、やりすぎだぜ」
劉の峰打ちに言葉にならない声を上げながら、まず1人が気を失った。
次いでスティードは奥の休憩室から出てきた男の腹部へと「トリック・オア・トリート」を叫びながら重い一撃を見舞う。
「……それ、もう、選択権なくねぇ?」
一挙動につき呪詛のように唱えているスティードを見て、劉は呆れながらも、逃げずに抜刀して飛び掛かって来た傭兵の一撃を鞘で受けつつ足払いをかけて転がした。
「ひぃっ!」
情けない声を上げて裏口へ走り、扉を開けた男は、目の前に現れた涼子の拳を腹部に沈め、げぇっと胃の中のアルコールを吐く。
「ちょっ」
涼子はバックステップで2歩下がって吐物の直撃を避けると、背後へ回って頸動脈へと手刀を振り下ろす。
「お見事」
その鮮やかな手技にドロテアが音を立てずに拍手を送りつつ、次いで出てきた男の足へ鞭を絡めて引き倒す。
そのまま後手で捻り上げると、素早く涼子が両親指を固定して足も縛り上げた。
カードゲームに興じていた4人のうち2人はどうやら一般人の傭兵だったらしい。
劉はあっさりと伸びてしまった2人の両腕を後ろで一纏めにくくる。
「スティード、そっちはどうだ?」
「問題無い」
手足の骨の一本や二本折ってやろうと思っていたが、劉よりロープを受け取り、とりあえずそれで休憩室にいた2人を二段ベッドの柱に一纏めに縛り上げると、スティードは休憩室を後にした。
窓から飛び降りてくる者がいないかと、暫く待っていたが外へ出てくる者はいなさそうだと判断したドロテアと涼子は静かに室内へと歩みを進めた。
その時、階段から下りてきた男と鉢合わせ、男は直ぐ様タクトを構え、モーターが回る音と同時にエネルギー弾が涼子の頬を掠めた。
「機導師!」
その身に纏うマテリアルから覚醒者だと直感的に判断したドロテアが、素早く鞭を打ち鳴らしてタクトごと右手を絡め取ると、涼子が階段を駆け上がりその腕を取って投げ飛ばした。
「人の仕事にケチはつけないけど、貴方達みたいな輩がいると私達までチンピラみたいに看做されるのよね」
男が立ち上がる前に、ドロテアがすらりとした美脚をパニエをふんだんに使ったアイドル風スカートから惜しげも無く披露しながら男の顔を踏みつけ、鞭打った。
「碌でもない奴に雇われた不覚を恨みなさいな」
男を見下ろす美貌にはサディスティックな冷笑が浮かんでいる。
その顔の真横へ涼子は拳を振り下ろすとバキャッという音を立てて床に穴を開け、にっこりと男へ微笑んだ。
「ここで死んでもら……違ったわ。観念して投降しなさい」
「トリック・オア・トリート!」というスティードの声が聞こえると同時に、エステルとマリル&メリルはお互いに頷き合って、エステルの作り出した土壁に2人は飛び乗る。
「トリック!」
問答無用とメリルはかけ声と共にガラスをぶち割って、転がりながら室内へと侵入すると、1番大きな椅子にふんぞり返りながらも呆気にとられている男へと一気に駆け寄り、その椅子ごと男を叩き斬った。
「ぐっ!?」
不意を突かれつつも、男はその剣を仕込み杖で受け止めるが、衝撃に椅子ごと後ろにひっくり返った。
「社長! 何事です!?」
物音を聞きつけて入ってきた男達に、エステルが外からスリープクラウドを放った。
「ふぇ……」
エステルのスリープクラウドはマリルを巻き込みながらも男達を眠らせる。
エステルは慌てて室内へ入り、マリルを起こしたのだった。
「……なんていうか、あっけなかったわね」
涼子は乾いた頬の血の跡をぽりぽりと剥がしながら周囲を見回した。
「はい、ラッキーでした」
エステルが放ったスリープクラウドのお陰で、2階では殆ど戦闘らしい戦闘をしないまま敵を無力化することに成功していた。
傭兵達は休憩室へと移動させ、縛った後にスリープクラウドで再度眠らせ、ハンターの2名は万が一逃げられても困るので、昏倒させて2階のトイレに仲良く縛って放置してある。
エステルが気恥ずかしそうにはにかみむ横で、マリルが『社長』の口の中へデリンジャーを突っ込む。
「おはようございます。ご気分は如何ですか?」
「……っ!?」
男が縛られたまま、身体を動かす。
「あぁ、装備は解除させてもらいました。再び覚醒したところで、ここは手練のハンター達によって包囲されていますので、逃げられませんよ?」
男からすれば、南瓜のマスクの侵入者に銃口を咥えさせられている状況なので、これで冷静を保てという方が難しい。
「まぁまぁ、マリメリちゃん。落ち着いて。それじゃ話したくても話せないし」
ドロテアに宥めるように背を軽く叩かれ、マリルは不満げに口から銃口を抜く。
「な、何なんだお前達!」
「ヴァン殺害の容疑で、軍に変わってお仕置きに来ました」
「なっ!?」
マリルの怒りを抑えた声が、その言葉が嘘で無い事を暗に告げる。
「ヴァンには紙幣偽造の容疑がかかっていた。しかし、彼一人の犯罪として片付く訳がない。商会にまで捜査の手が伸びることは自明の理だ」
ギシリ、と椅子を鳴らしてスティードがその長い足を組み替える。
「「商会が」「ヴァンで」トカゲの尻尾切りを狙ったとは思えない。つまり、最悪でも商会が『主犯』になるよう命じて事態の収拾を図らせた者がいる。そうだな?」
劉がエステルと手分けして探した資料と帳簿を男の前にひらつかせた。
「あーと。『3月20日。ヴァン・ゲントナー 代金800,000G 完済』で、同じ日に『レオポルド伯爵より800,000G入金』って、これ何?」
几帳面な性格だったのか、資料はきちんと纏められており、探すのには全く困らなかった。
……むしろ、この件を隠す気が全く無かったかのようにすら劉には感じられた。
「さぁ、洗いざらい吐いて頂きましょうか?」
ドロテアは鞭をパシンとしならせると、艶然と微笑んだ。
●
僕はただ君に、傍にいて欲しかった
一日でも長く、君の笑顔を見ていたかった
その為になら、何でもすると誓った
――けれど
「僕が間違っていたんだ」
小さな呟きは蹄の音と車体の揺れる音にかき消される。
馬車はアルムスターの外れにある豪邸の前で止まった。
両開きの玄関扉が開き、その奥には恰幅の良い紳士が柔和な笑みを浮かべて立っていた。
「やぁ、アルフォンス。……どうしたのかな? 随分怖い顔をしている」
「お久しぶりです、レオポルド伯爵」
――僕はもう、間違えない
カタカタカタと糸車の回る音が僕を眠りの縁から引き起こす
僕の目覚めに気付いて、君は手を止めると柔らかく笑った
「起こしちゃった?」
僕はそれを否定しながら君におはようのキスをする
君は嬉しそうに笑うとまた糸を紡ぐ
カタカタカタと糸車が回る
カタカタカタ……カタカタカタ……
●
ノックをして、暫くしても反応が無く、エステル・クレティエ(ka3783)はもう一度扉を叩こうと右手を軽く握って振った所で、漸く扉がゆっくりと開いた。
「……貴女は……?」
アルフォンスの酷く憔悴しきった表情に、エステルは思わず息を呑んだ。
「あの、私はスティードさんやドロテアさんの友人で、エステルと申します」
2人の名前に少し首を傾げた後、「あぁ」と頷くと、唇の端を引きつるように作り笑いを浮かべてアルフォンスは扉を開いてエステルを招き入れた。
「どうぞ、何もないですけど」
通された部屋は2人掛け用の小さめのテーブルと椅子、後は所狭しとキャンバスが飾られ、床にも立てかけられていた。
「ヴァンさんの事……お悔やみ申し上げます」
エステルの言葉にアルフォンスは目を伏せてささやかに笑った。
「……貴女もハンターなのですか? 凄いな、ハンターって誰が死んだとかいう情報までご存じなんですね」
「今、私達はある事件を追っていて、その捜査線上にヴァンさんが上がっていました。隠さずに申し上げますと、わたし達はヴァンさんが自殺では無く、殺害された可能性が強いと思っています」
「ヴァンが……殺されたって言うんですか……?!」
アルフォンスは驚いたようにエステルを見た。
「アルフォンスさんはヴァンさんと幼馴染みだったと伺いました。ヴァンさんの筆跡が分かるようなものはお持ちでは無いでしょうか?」
「筆跡?」
「遺書が残されていました。それが本人が書いた物か、他人が書いた物かを調べたいのです」
アルフォンスは更に驚いて、エステルへと迫った。
「何て、何て書いてあったんですか!?」
エステルは迷う。何処まで彼に話しても良いか、その境界を仲間と相談してこなかった。
それでも、嘘は吐くまいと、エステルは覚悟を決めてアルフォンスへ遺書の内容を伝えた。
アルフォンスの表情はみるみると曇り、柳眉を寄せて硬く両目を瞑ると、静かに首を横に振った。
「……ヴァンではありません」
「えぇ、我々もヴァンさんが犯人だとは思っていません」
「いえ、ヴァンはそんな複雑な文章を書けません」
「……え?」
予想外の言葉にエステルは思わず目を見張る。
「ヴァンに限らず、この町の人達の殆どは自分の名前ぐらいは書けても、文章を書くことが出来ません」
そういえば、前回スティードが入った店でも、メニューらしき物は出てこなかったと言っていた。
「ですから、ヴァンではありえません」
エステルを真っ直ぐに見つめるアルフォンスが嘘を吐いているようには見えなかった。
「……有益な情報を有り難うございます」
エステルはトライシーバーを一台テーブルの上に置いた。
「またご連絡を取ることがあるかもしれませんから。数日は、います」
それを見て、アルフォンスは困ったような顔をしたが、結局そのままトランシーバーを受け取った。
丁寧に礼を告げ、エステルがアルフォンスのアトリエを出ると、少し離れた木の陰にいる劉 厳靖(ka4574)が軽く手を上げて異常のないことを彼女へ伝えた。
そのままエステルは何処かへと立ち去っていったが、劉は変わらずその場に留まりアトリエを睨む。
アルフォンスはヴァンと親しかった。無関係とも思えない彼に被害が及ぶのは避けなければならない。
また、そんなヤツが来ればそれが『証拠』になるのだから。
●
自警団での掛け合いと調査を終え、若い団員に案内されてスティード・バック(ka4930)とドロテア・フレーベ(ka4126)、烏丸 涼子 (ka5728)はヴァンの家へと着いた。
「あの……」
扉を開けて、十代後半といった案内人はまだ幼さの残る瞳を揺らしながらスティードを見る。
「ヴァンの兄貴は、怒ると怖いし、書類仕事は全部押しつけてくるし、調子良い所もあったけど、でも、オレみたいな下の連中にはすげぇ良くしてくれて。そんな、悪い事するような人じゃ無かったっす」
「……そうか」
「犯罪ギリギリの事とか、やってたかもしんないっすけど、死ななきゃならないような、そんな酷いこと、するような人じゃなかったっす……っ!」
ぐすっと鼻を啜り上げる少年の手を優しくドロテアは握ると「そうね」と微笑んだ。
「私もそう思うわ」
ドロテアの言葉に少年はぶわぁっと溢れてくる涙を乱暴に拭って「よろしくお願いします!」と叫ぶように告げると走り去っていく。
走り去る背を強く拳を握りながら見送ると、スティードは深く息を吐いて改めて室内を見回した。
男の1人住まい。ワンルームの部屋には流しの前に4人掛けのテーブル、奥の窓際にベッドとクローゼットがあるだけの簡素な部屋だった。
……足の踏み場も無いほどに、床に散らばっているゴミやら洗濯物やらを見なければ、だが。
「……これは……」
思わず絶句したスティードだったが、遺体を運び出す時に出来たのであろう道を辿って飛び散った血痕もそのままになっている現場を見る。
割れた酒瓶、脇に固められた洗い物の山と燃えるゴミを詰め込んだ麻袋。
「……私、外行ってくるわね」
「私も外で聞き込みに行ってくるわ」
様々に入り交じった異臭にドロテアと涼子は鼻と口を押さえながら早々に退散した。
現場保存はしたいが、この淀んだ空気には耐えられそうも無い。
スティードはなるべく深く息を吸い込まないよう口元を抑えながらベッド脇の窓を開けようと近づき――その、ベッドの脇に一つの額縁を見つけて引き上げた。
2人の男性が1人の美しい女性を挟んで笑い合っている絵だった。
裏には
“親愛なる友へ
アル、エマ、ヴァン”
と三年前の日付が書かれている。恐らく真ん中の女性がエマなのだろう。
また、枕元にも一枚の紙が挟まっているのに気付いて、手を伸ばす。
それはとても精巧な版画だった。
木版画か銅版画か見極めることは出来なかったが、そこでは大麦の畑で女神が慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。
その女神の顔に見覚えがあった。先ほどの絵の女性、エマと同じ顔をしていることに気付いて、スティードはこの版画もアルフォンスの作であることを確信すると同時に外へと飛び出した。
「ドロテア! 劉へ伝話を!!」
●
陽が傾き始めた頃、欠伸を噛み殺した劉は一台の馬車がやって来たのに気付いて慌てて気合いを入れ直す。
立派なランドー型馬車がアトリエの前で止まると、中から傭兵じみた男が降りたのが見えた。
男は丁寧に扉をノックすると、画材道具と思わしき荷物を抱えたアルフォンスが出てきて馬車へと乗り込んだ。
「マジかよ……!」
馬車が行ってしまった後、玄関扉の取っ手に一つの袋がかかっているのを見つけ、劉はそれをのぞき込んだ。
中にはエステルが置いて行ったトランシーバーと一通の手紙。
”皆さんの親切を忘れません。僕も戦います”
「……っ!」
劉は小さくなってしまった馬車の背を睨み、その時伝話が鳴っているの気付いた。
●
「BJ!」
トランプのJとAの二枚を机の上に叩き付けるように公開すると同時に、ッシャー! と吠えた。
「まじかよー」
酒杯の乗ったテーブルを囲んでいた男達が銘々呻き声を上げながら手札を投げる。
「おい、うっせーぞ。静かにしろ」
休憩室から怒声が飛んで、BJを成立させた男の頭を3人が小突いた。
「……お酒飲みながら、お金掛けてカードゲームとは……」
南瓜のマスクと裏地がオレンジ色の黒いマントを羽織ったマリル&メリル(ka3294)がうんざりとした様子で呟く。
エステルもその横で困ったように微笑むと、表情を引き締めて耳を澄ませる。
「夜のガサイレってのもどっちが悪もんだかわからねぇが、さて行きますかね」
劉の言葉にスティードは無言のまま頷くと、すぅっと息を大きく吸い込んだ。
「トリック・オア・トリート!」
同時に、正面扉を蹴破る。
中でゲームに興じていた男達も何事かと銘々が武器を手に立つが、覚醒した劉とスティードの動きの方が圧倒的に早い。
「おまえさん達の強引なやり口が不味かったな、上手くやったつもりだろうが、やりすぎだぜ」
劉の峰打ちに言葉にならない声を上げながら、まず1人が気を失った。
次いでスティードは奥の休憩室から出てきた男の腹部へと「トリック・オア・トリート」を叫びながら重い一撃を見舞う。
「……それ、もう、選択権なくねぇ?」
一挙動につき呪詛のように唱えているスティードを見て、劉は呆れながらも、逃げずに抜刀して飛び掛かって来た傭兵の一撃を鞘で受けつつ足払いをかけて転がした。
「ひぃっ!」
情けない声を上げて裏口へ走り、扉を開けた男は、目の前に現れた涼子の拳を腹部に沈め、げぇっと胃の中のアルコールを吐く。
「ちょっ」
涼子はバックステップで2歩下がって吐物の直撃を避けると、背後へ回って頸動脈へと手刀を振り下ろす。
「お見事」
その鮮やかな手技にドロテアが音を立てずに拍手を送りつつ、次いで出てきた男の足へ鞭を絡めて引き倒す。
そのまま後手で捻り上げると、素早く涼子が両親指を固定して足も縛り上げた。
カードゲームに興じていた4人のうち2人はどうやら一般人の傭兵だったらしい。
劉はあっさりと伸びてしまった2人の両腕を後ろで一纏めにくくる。
「スティード、そっちはどうだ?」
「問題無い」
手足の骨の一本や二本折ってやろうと思っていたが、劉よりロープを受け取り、とりあえずそれで休憩室にいた2人を二段ベッドの柱に一纏めに縛り上げると、スティードは休憩室を後にした。
窓から飛び降りてくる者がいないかと、暫く待っていたが外へ出てくる者はいなさそうだと判断したドロテアと涼子は静かに室内へと歩みを進めた。
その時、階段から下りてきた男と鉢合わせ、男は直ぐ様タクトを構え、モーターが回る音と同時にエネルギー弾が涼子の頬を掠めた。
「機導師!」
その身に纏うマテリアルから覚醒者だと直感的に判断したドロテアが、素早く鞭を打ち鳴らしてタクトごと右手を絡め取ると、涼子が階段を駆け上がりその腕を取って投げ飛ばした。
「人の仕事にケチはつけないけど、貴方達みたいな輩がいると私達までチンピラみたいに看做されるのよね」
男が立ち上がる前に、ドロテアがすらりとした美脚をパニエをふんだんに使ったアイドル風スカートから惜しげも無く披露しながら男の顔を踏みつけ、鞭打った。
「碌でもない奴に雇われた不覚を恨みなさいな」
男を見下ろす美貌にはサディスティックな冷笑が浮かんでいる。
その顔の真横へ涼子は拳を振り下ろすとバキャッという音を立てて床に穴を開け、にっこりと男へ微笑んだ。
「ここで死んでもら……違ったわ。観念して投降しなさい」
「トリック・オア・トリート!」というスティードの声が聞こえると同時に、エステルとマリル&メリルはお互いに頷き合って、エステルの作り出した土壁に2人は飛び乗る。
「トリック!」
問答無用とメリルはかけ声と共にガラスをぶち割って、転がりながら室内へと侵入すると、1番大きな椅子にふんぞり返りながらも呆気にとられている男へと一気に駆け寄り、その椅子ごと男を叩き斬った。
「ぐっ!?」
不意を突かれつつも、男はその剣を仕込み杖で受け止めるが、衝撃に椅子ごと後ろにひっくり返った。
「社長! 何事です!?」
物音を聞きつけて入ってきた男達に、エステルが外からスリープクラウドを放った。
「ふぇ……」
エステルのスリープクラウドはマリルを巻き込みながらも男達を眠らせる。
エステルは慌てて室内へ入り、マリルを起こしたのだった。
「……なんていうか、あっけなかったわね」
涼子は乾いた頬の血の跡をぽりぽりと剥がしながら周囲を見回した。
「はい、ラッキーでした」
エステルが放ったスリープクラウドのお陰で、2階では殆ど戦闘らしい戦闘をしないまま敵を無力化することに成功していた。
傭兵達は休憩室へと移動させ、縛った後にスリープクラウドで再度眠らせ、ハンターの2名は万が一逃げられても困るので、昏倒させて2階のトイレに仲良く縛って放置してある。
エステルが気恥ずかしそうにはにかみむ横で、マリルが『社長』の口の中へデリンジャーを突っ込む。
「おはようございます。ご気分は如何ですか?」
「……っ!?」
男が縛られたまま、身体を動かす。
「あぁ、装備は解除させてもらいました。再び覚醒したところで、ここは手練のハンター達によって包囲されていますので、逃げられませんよ?」
男からすれば、南瓜のマスクの侵入者に銃口を咥えさせられている状況なので、これで冷静を保てという方が難しい。
「まぁまぁ、マリメリちゃん。落ち着いて。それじゃ話したくても話せないし」
ドロテアに宥めるように背を軽く叩かれ、マリルは不満げに口から銃口を抜く。
「な、何なんだお前達!」
「ヴァン殺害の容疑で、軍に変わってお仕置きに来ました」
「なっ!?」
マリルの怒りを抑えた声が、その言葉が嘘で無い事を暗に告げる。
「ヴァンには紙幣偽造の容疑がかかっていた。しかし、彼一人の犯罪として片付く訳がない。商会にまで捜査の手が伸びることは自明の理だ」
ギシリ、と椅子を鳴らしてスティードがその長い足を組み替える。
「「商会が」「ヴァンで」トカゲの尻尾切りを狙ったとは思えない。つまり、最悪でも商会が『主犯』になるよう命じて事態の収拾を図らせた者がいる。そうだな?」
劉がエステルと手分けして探した資料と帳簿を男の前にひらつかせた。
「あーと。『3月20日。ヴァン・ゲントナー 代金800,000G 完済』で、同じ日に『レオポルド伯爵より800,000G入金』って、これ何?」
几帳面な性格だったのか、資料はきちんと纏められており、探すのには全く困らなかった。
……むしろ、この件を隠す気が全く無かったかのようにすら劉には感じられた。
「さぁ、洗いざらい吐いて頂きましょうか?」
ドロテアは鞭をパシンとしならせると、艶然と微笑んだ。
●
僕はただ君に、傍にいて欲しかった
一日でも長く、君の笑顔を見ていたかった
その為になら、何でもすると誓った
――けれど
「僕が間違っていたんだ」
小さな呟きは蹄の音と車体の揺れる音にかき消される。
馬車はアルムスターの外れにある豪邸の前で止まった。
両開きの玄関扉が開き、その奥には恰幅の良い紳士が柔和な笑みを浮かべて立っていた。
「やぁ、アルフォンス。……どうしたのかな? 随分怖い顔をしている」
「お久しぶりです、レオポルド伯爵」
――僕はもう、間違えない
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質問卓 スティード・バック(ka4930) 人間(クリムゾンウェスト)|38才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/10/22 00:28:07 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/10/18 22:12:40 |
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相談しましょ! ドロテア・フレーベ(ka4126) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/10/22 00:33:55 |