ゲスト
(ka0000)
【深棲】戦いの導き
マスター:藤城とーま

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/07/30 15:00
- 完成日
- 2014/08/06 23:49
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●マギア砦・広間
今日のマギア砦は、臨時として緊急会議が開かれていた。
石を綺麗に敷き詰められた広間には、その場に座っても良いように羊毛で編まれた簡素なラグが敷かれ、多数の人々がひしめき合うようにして顔を突き合わせている。
諸部族の代表者が一堂に会して意見交換を行い、辺境部族が協力しあい、今後の方針を決めるという【部族会議】……。
無論辺境全ての部族がここに参加しているわけではない。
会議の必要性を感じず、去って行った者もいれば参加を見送っている部族もある。
だが、加入すれば多くの情報を手に入れる事が出来るし、何より比較的安価に物品が購入できる。
資金もさることながら食物や物資も多くない辺境部族にとっては、これだけでも入る価値はあるというものだ。
そのため、加入部族は多いが……その内情としては、決して堅く団結しあっているわけではない。
「俺たちは、そんなに部族数も多くない。その『歪虚』がこちらにも影響するかどうか、暫く様子見させてもらう」
中年の部族長がそう告げれば、同じように顔を突き合わせている面々の中から賛同や反対の声が飛ぶ。
「うちは海からは遠いけど、聖なる山が近いから……。その周囲にある歪虚だまりから雑魔が出たら困るわ。だから、そちらの守備をしたい」
褐色肌の女性部族長の意見にも、先ほどと同じように賛同や非難の声が上がった。
「……静かに。意見は挙手、もしくは順番に」
進行役である最年長の男性が制すも、その声は喧騒にかき消されてしまう。
このように各自に主張はあれど、己の意志を突き通す者が多く、妥協させるという所があまりない。
毎回、こうしてある意味熱意ある侃々諤々の議論が展開されているのだが……悲しい事に遅々として進まない。
現に、毎回この調子で何のための会議なのかと不満を漏らす者も少なくはなかった。
静かに、と再び老人が声を上げたが、やはり誰も聞こえないのだろう。バタルトゥ・オイマト(kz0023)が見かねて口を開きかけた所で――『失礼しますよ』と、涼しげな男の声が場の空気を裂いた。
広間の中に現れたのは、辺境要塞【ノアーラ・クンタウ】の管理者、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)だ。
帝国軍人のヴェルナーは、本来ここに来るはずの無い男である。
彼の姿を見た途端、広間内に張りつめる緊張や敵意。気の弱い者にとっては場の空気だけで、息の詰まる思いがすることだろう。
「許可も無くやって来た事にはお詫びしましょう。私の事は気にせず、どうぞ会議を続行されてください」
しかし、ヴェルナーもそんな空気には慣れているようだ。一同を見渡すと手で促した。
「何しに来たんだ! ここは貴様が来るようなところではない!」
「そうだ! 出てけ!」
苛烈な言葉を浴びせる代表者たちを見つめ、ヴェルナーは相変わらずですねと皮肉めいた言葉を口にした。
「会議の場で感情の抑制も出来ぬとは。貴方がたは……本当に辺境を愛し、自身の部族を存続させたいとも思っているのですか?」
「なんだと!」
途端に、数人が殺気立って立ち上がる。だが、ヴェルナーの顔色も態度も変わらない。
「……私に挑もうとするのは結構ですが、そのように荒ぶっている場合でもないのでは? 本日の議題はリゼリオ、及び海上に出現した歪虚への対処、部族民の派遣如何であったと記憶しています。それゆえ、どう動かれるのか興味を持ったのですが……」
始まってから随分と経過していますが、当然話は終わったのでしょう――? とヴェルナーが涼しげな目を向ければ、あれほど騒がしかった広間に静寂が訪れた。
「……まとまらぬ談合。あのドワーフ王にはさぞ我慢ならなかったでしょう」
会議はまだ終わりそうにない。剣の柄を人差し指で叩き、ふむ、とヴェルナーは会場の部族の面々を見つめた。
それなら、数部族の意見を聞いて判断するべきと考えたようだった。
やがて、ヴェルナーの気は、一人の女族長へと向いた。
「……スコール族長。貴女のご意見をお伺いいたします。此度の問題についてはどうお考えですか?」
ファリフ・スコール(kz0009)は、驚いたような様子を見せたが……きゅっと拳を握ると立ち上がり、ヴェルナーをまっすぐ見つめた。
「僕は、リゼリオに行くよ。巫女様……リムネラ様の事も心配だし、リゼリオに隣接している同盟……特にヴァネッサさんには、たくさん恩があるんだ」
「貴女が向かわれると? 兵は? 留守はどうされるのです?」
「戦士を3割くらい連れていく。あとは……ハンターたちに力を借りようと思ってるし、留守は長老や、信頼できる人が守ってくれる……!」
ヴェルナーは無表情で彼女を見つめた。この男が何を考えているのか、人生経験的も未熟で、腹芸も苦手なファリフにわかるはずはない。
「……結構です。では、次にオイマト族は?」
次にヴェルナーが視線を投げたのは、親帝国派の部類にあるオイマト族だった。
族長のバタルトゥは小さく頷くと、ファリフと入れ替わりに立ち上がり、周囲の部族を見渡すように告げた。
「我々は、辺境、特に自部族と要塞周辺への防衛・警戒強化を図る。何より、他所に割り振れる武力の余過剰など無い」
「オイマト族だけが派遣に反対だとしても……その対応を一貫するのですか?」
ヴェルナーの問いかけにも、バタルトゥは無論だと頷く。彼の決意は固いようだ。
「わかりました。では、それ以外に意見のある方は――」
その先は予想できていたが、先ほど息巻いていた部族長が『あんたらはどうするんだ』と問う。
「帝国軍としては、同盟海軍の留守を補う形でやヴァリオスやジュオルジへと派兵します。ですが……こちらも長短は把握しています。出来る範囲での補助、です」
それ以外は、何も質問が無かった。ヴェルナーは以上と致しますと切り上げ、踵を返しかけ……立ち止まると肩越しに振り返る。
「……一応、ご忠告を。辺境内で、巨大な人影を見たという報告がありました。それが今回の事件に関係あるか、見間違いかは不明ですが……くれぐれも、油断なきよう。何かあればハンターたちへ相談されるとよいでしょう。では」
足早に、マギア砦を後にするヴェルナー。
彼らとの意見交換は無益であったとは思わない。だが、無駄が多すぎるのだ。
馬車に乗り込み、要塞へ向かうよう指示しながら、ヴェルナーはリゼリオや辺境周辺への依頼内容を考えていた。
(人心と兵力、どちらも不足しているこの状態では、やはりそちら側に頼らざるを得ないでしょう……)
辺境管理者というそこそこの立場にありつつも、この辺境では自由に扱える手駒も少ない。
次にどう動くかを考えつつ、まずは――
(辺境の海岸線調査……か。商業などにも影響しては困る……ああ、するべきことは多いものだ)
カバンからメモを取り出すと、ヴェルナーはさらさらと依頼内容を書き始めた。
今日のマギア砦は、臨時として緊急会議が開かれていた。
石を綺麗に敷き詰められた広間には、その場に座っても良いように羊毛で編まれた簡素なラグが敷かれ、多数の人々がひしめき合うようにして顔を突き合わせている。
諸部族の代表者が一堂に会して意見交換を行い、辺境部族が協力しあい、今後の方針を決めるという【部族会議】……。
無論辺境全ての部族がここに参加しているわけではない。
会議の必要性を感じず、去って行った者もいれば参加を見送っている部族もある。
だが、加入すれば多くの情報を手に入れる事が出来るし、何より比較的安価に物品が購入できる。
資金もさることながら食物や物資も多くない辺境部族にとっては、これだけでも入る価値はあるというものだ。
そのため、加入部族は多いが……その内情としては、決して堅く団結しあっているわけではない。
「俺たちは、そんなに部族数も多くない。その『歪虚』がこちらにも影響するかどうか、暫く様子見させてもらう」
中年の部族長がそう告げれば、同じように顔を突き合わせている面々の中から賛同や反対の声が飛ぶ。
「うちは海からは遠いけど、聖なる山が近いから……。その周囲にある歪虚だまりから雑魔が出たら困るわ。だから、そちらの守備をしたい」
褐色肌の女性部族長の意見にも、先ほどと同じように賛同や非難の声が上がった。
「……静かに。意見は挙手、もしくは順番に」
進行役である最年長の男性が制すも、その声は喧騒にかき消されてしまう。
このように各自に主張はあれど、己の意志を突き通す者が多く、妥協させるという所があまりない。
毎回、こうしてある意味熱意ある侃々諤々の議論が展開されているのだが……悲しい事に遅々として進まない。
現に、毎回この調子で何のための会議なのかと不満を漏らす者も少なくはなかった。
静かに、と再び老人が声を上げたが、やはり誰も聞こえないのだろう。バタルトゥ・オイマト(kz0023)が見かねて口を開きかけた所で――『失礼しますよ』と、涼しげな男の声が場の空気を裂いた。
広間の中に現れたのは、辺境要塞【ノアーラ・クンタウ】の管理者、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)だ。
帝国軍人のヴェルナーは、本来ここに来るはずの無い男である。
彼の姿を見た途端、広間内に張りつめる緊張や敵意。気の弱い者にとっては場の空気だけで、息の詰まる思いがすることだろう。
「許可も無くやって来た事にはお詫びしましょう。私の事は気にせず、どうぞ会議を続行されてください」
しかし、ヴェルナーもそんな空気には慣れているようだ。一同を見渡すと手で促した。
「何しに来たんだ! ここは貴様が来るようなところではない!」
「そうだ! 出てけ!」
苛烈な言葉を浴びせる代表者たちを見つめ、ヴェルナーは相変わらずですねと皮肉めいた言葉を口にした。
「会議の場で感情の抑制も出来ぬとは。貴方がたは……本当に辺境を愛し、自身の部族を存続させたいとも思っているのですか?」
「なんだと!」
途端に、数人が殺気立って立ち上がる。だが、ヴェルナーの顔色も態度も変わらない。
「……私に挑もうとするのは結構ですが、そのように荒ぶっている場合でもないのでは? 本日の議題はリゼリオ、及び海上に出現した歪虚への対処、部族民の派遣如何であったと記憶しています。それゆえ、どう動かれるのか興味を持ったのですが……」
始まってから随分と経過していますが、当然話は終わったのでしょう――? とヴェルナーが涼しげな目を向ければ、あれほど騒がしかった広間に静寂が訪れた。
「……まとまらぬ談合。あのドワーフ王にはさぞ我慢ならなかったでしょう」
会議はまだ終わりそうにない。剣の柄を人差し指で叩き、ふむ、とヴェルナーは会場の部族の面々を見つめた。
それなら、数部族の意見を聞いて判断するべきと考えたようだった。
やがて、ヴェルナーの気は、一人の女族長へと向いた。
「……スコール族長。貴女のご意見をお伺いいたします。此度の問題についてはどうお考えですか?」
ファリフ・スコール(kz0009)は、驚いたような様子を見せたが……きゅっと拳を握ると立ち上がり、ヴェルナーをまっすぐ見つめた。
「僕は、リゼリオに行くよ。巫女様……リムネラ様の事も心配だし、リゼリオに隣接している同盟……特にヴァネッサさんには、たくさん恩があるんだ」
「貴女が向かわれると? 兵は? 留守はどうされるのです?」
「戦士を3割くらい連れていく。あとは……ハンターたちに力を借りようと思ってるし、留守は長老や、信頼できる人が守ってくれる……!」
ヴェルナーは無表情で彼女を見つめた。この男が何を考えているのか、人生経験的も未熟で、腹芸も苦手なファリフにわかるはずはない。
「……結構です。では、次にオイマト族は?」
次にヴェルナーが視線を投げたのは、親帝国派の部類にあるオイマト族だった。
族長のバタルトゥは小さく頷くと、ファリフと入れ替わりに立ち上がり、周囲の部族を見渡すように告げた。
「我々は、辺境、特に自部族と要塞周辺への防衛・警戒強化を図る。何より、他所に割り振れる武力の余過剰など無い」
「オイマト族だけが派遣に反対だとしても……その対応を一貫するのですか?」
ヴェルナーの問いかけにも、バタルトゥは無論だと頷く。彼の決意は固いようだ。
「わかりました。では、それ以外に意見のある方は――」
その先は予想できていたが、先ほど息巻いていた部族長が『あんたらはどうするんだ』と問う。
「帝国軍としては、同盟海軍の留守を補う形でやヴァリオスやジュオルジへと派兵します。ですが……こちらも長短は把握しています。出来る範囲での補助、です」
それ以外は、何も質問が無かった。ヴェルナーは以上と致しますと切り上げ、踵を返しかけ……立ち止まると肩越しに振り返る。
「……一応、ご忠告を。辺境内で、巨大な人影を見たという報告がありました。それが今回の事件に関係あるか、見間違いかは不明ですが……くれぐれも、油断なきよう。何かあればハンターたちへ相談されるとよいでしょう。では」
足早に、マギア砦を後にするヴェルナー。
彼らとの意見交換は無益であったとは思わない。だが、無駄が多すぎるのだ。
馬車に乗り込み、要塞へ向かうよう指示しながら、ヴェルナーはリゼリオや辺境周辺への依頼内容を考えていた。
(人心と兵力、どちらも不足しているこの状態では、やはりそちら側に頼らざるを得ないでしょう……)
辺境管理者というそこそこの立場にありつつも、この辺境では自由に扱える手駒も少ない。
次にどう動くかを考えつつ、まずは――
(辺境の海岸線調査……か。商業などにも影響しては困る……ああ、するべきことは多いものだ)
カバンからメモを取り出すと、ヴェルナーはさらさらと依頼内容を書き始めた。
リプレイ本文
●辺境某所
ハンター達を乗せた馬車は、着実に目的地へと向かっているのだが……ノアーラ・クンタウから海岸は結構距離がある。途中、馬を休ませたりもするため、行くだけでも2日はかかるのだ。
その間、ハンター達は周囲の警戒をしつつも、ある意味余裕ある時間を過ごしていた。
「……異世界でもVOIDは悩みの種……っつーか、こっちの方が深刻なんすねぇ」
ヴェルナーに貰った海岸線の地図と依頼書を見つめながら、無限 馨(ka0544)は独り言のように呟く。
リアルブルーの気候で言えば亜寒帯にかなり近い辺境の気候。
ヴェルナー曰く、冬は長く夏は短い。辺境の潮流は速いそうだ。
「沖合から海流に乗ってやって来たって事も……十分ありなんすね」
馨は視線を地図から外し、ゆっくりと流れていく景色……を通り越し、はるか遠く海岸の方角を見つめていた。
「狂気の歪虚……あっちのVOIDでは聞かなかった特徴もあるみたいだし、気を引き締めてかかんねーと……」
「あっち、と言えば――向こうじゃ、こういうのを大量に造れるってんだから、大したもんだぜ」
アサルトライフルの分解整備を行っていたシュタール・フラム(ka0024)が、馨の話に乗ってきた。
向こう、というのはリアルブルーの事を指しているらしいことが、話の流れから伝わってくる。
「リアルブルーの技術はすごいですよね……」
「そうだな。遠目に見た、あの人型機械……あのでっかい船の中にあるんだったか? あれも色々と弄ってみてぇなぁ」
無骨な指で手際良く組み立てていく。シュタールの口調は非常に穏やかであった。
「……海岸調査……きっと歪虚もいるだろうから……油断せず、十分注意して行きましょう」
少々不安そうな面持ちで語るアリス・ウィンベル(ka2260)に、そうだなとフィドルフ(ka2525)も頷いた。
「だから、あの人もハンターに依頼したんじゃないかな。いろいろ忙しそうだし」
と、出発する前に顔合わせしたヴェルナーの事を思い出すフィドルフ。
冷たい印象のある男だったが――依頼人であることは変わりない。
しっかりした報告をしなければならなくなるだろうと思うが、同行している皆もしっかりした人たちが多いようで、フィドルフは心強く感じている。
(今回の海岸線の調査から、何か手がかりが得られるといいけど……)
ナナート=アドラー(ka1668)も、辺境内で目撃されたという『巨大な人影』について考えを巡らせていた。
巨大な人影というのは、つまり巨人というものなのか、見間違いなのか――考えても答えはでない。
ただ、歪虚たちが不穏な動きをしている、のは確かなのだろう。
各々思考を巡らせつつ、彼らを乗せた馬車は目的の海岸へと向かっていった。
●調査
「おし、それじゃ打ち合わせ通りに行きますか」
テオバルト・グリム(ka1824)、アリス、シュタールの班は、ナナートらと反対の方向……西へと進んでいく。
「警戒という意味も、ありますので……小さいから早く歩けないわけでは、ないですよ……」
湿り気のある砂を踏みしめて一番後ろを歩くアリスは、決して男2人の歩幅についていけないから遅れているわけではない。らしい。
危険そうな区域や岩陰などは、場所だけ調べ、後程全員で向かう手はずになっている。
こちら側は植物などが多く生えており、砂地には漂着物と思しき流木や空瓶などが転がっていた。
「草むらも念入りに調べたほうがいいのかな?」
テオバルトが膝丈ほどの草木を見つめながら仲間に質問すると、シュタールは顎に手を置きながら『そうだな』と答えた。
「岩場やらこういう場所こそ、何か潜んでいる場合が厄介だな。調査に妥協は必要ないさ」
それでいいな、と少々後ろを歩いていたアリスにも確認すれば、彼女はこくりと頷いた。
「はい、それで構わないと思います。見た所、こちらには……身を隠せるような場所が少ないようですから……」
アリスの指摘通り、こちらには洞窟などは無く、流木を退かしたり、この草木をかき分けて何か発見があるか――といった具合である。
「ッ……小さな生き物は潜んでいますが……歪虚ではないようです」
暗い所はペンライトで照らし、隅々まで調べていたアリス。
大きめの虫が足元を駆け抜けていったので、アリスは一瞬驚きに言葉を詰まらせたが、すぐに淡々と仲間に報告。
「こっちも無いな」
シュタールも自分の居場所を知らせながら、異常なしと答える。大小さまざまな岩が転がっている場所もあるが、ここは手を付けず後に回すことにした。
「じゃあそろそろ――」
テオバルトが合流するかと確認しようとした矢先。東のほうから銃声が聞こえた。
●東の調査
調査を始めたのは、西側と同じ時刻。
「それじゃ、人数も丁度良いし二手に分かれて調査だね」
ナナート、フィドルフ、馨の班は、東側の方向を指すと歩きはじめた。
時折、フィドルフは後方を振り返ると異常がないかを念入りに確認している。
「何かあったの?」
「ん……美女がいないかな~と思ってさ?」
冗談を交えて柔らかい笑みを向けるフィドルフだったが、ナナートも中性的に見えるため、まぁ美女……と見間違える者も無い――わけではないかもしれない。
ただ、フィドルフはナナートに美女とは言わなかったから、彼にはそう見えなかったのだろう。
寄せては返す波の向こう、はたまた進路の先を注意深く見つめ、地図に状態や気付いた点などを書き込んでいく馨。
フィドルフも砂粒の大きさや感触、水の色……漂着物、そして何らかの死骸が無いかもつぶさに調べていた。
彼の地図やメモは、非常に細かい情報が書き込まれていく。
「あ……ねえ、ちょっといいかしら」
海岸付近に人がいないかを探していたナナートは、周辺の住民と思しき女性に声をかける。
「最近、何か怪しい人影を見たり、不審な出来事が起こった、なんて事は……あった?」
「特に……ああ、そういや変な蟹の噂を聞いたよ」
これは有力な情報かもしれない。期待が高まるハンターたち。
「蟹なんだけど蟹じゃない、みたいな形をしてるらしいよ」
「え……なぞなぞみたいっすね」
一体それはどんな蟹なのか。馨も想像してみるが、大まかなシルエットしか浮かばない。
「……あらやだ。何かしらあれ」
同じように海の方を見つめて考えていたナナートが、怪訝そうな顔をする。
「どうしたんすか……?」
馨が声をかけると、ナナートが自分が見ているものを指す。
「あれ見て……もしかして、噂の蟹っぽい何かがこっちに向かって来てるわよ?」
女性に避難するよう告げてから、ナナートは反対側の仲間を呼び寄せるため、デリンジャーの引き金を一度だけ引いた。
●変な歪虚発見!
合図を受けて反対側から駆けつけてきたシュタールらと合流し、全員で歪虚との戦闘に望む。
「あ……」
蟹の頭部……というか魚の顔……がうめき声のようなものを上げ、海水をプッと吐きだした。
「なにあれ」
「気を付けろ、溶解液かもしれん」
微妙な雰囲気に包まれつつ、一同は顔をしかめる。
遠目は蟹なのである。
だが、明らかにおかしい……顔が、魚なのだ。
「ともあれ、歪虚は叩かなくちゃならないよな。頼むぜ、お二人さん」
シュタールは『運動強化』をアリス、テオバルトへとかけ、アサルトライフルの照準をのぞき込む。
「……見れば見るほど変な歪虚だ。残念なことに煮ても焼いても美味くなさそうだしな」
淡々と感想を述べたシュタールは、よく狙いを付けてトリガーを引く。
アリスもまた、伏射の体勢で自分から一番近い蟹を狙う。
だが、硬い殻に覆われているせいか、ダメージは思ったほど通っていないようだ。
「狙うところが少ないんだよね……横向きじゃなくて、前を向いて進んでくれないかな」
フィドルフは眉根を寄せると、魚面か間接、どちらを狙っていくかを考える。
相手のスピードは巨大になってもカニのそれで、瞬発的な速さがある。
魚面を狙うには、横向きで向かってくるため……ハサミが邪魔なのだ。
「硬い殻は貫くまで……か」
コンポジットボウに持ち替え、蟹の魚顔……を睨みながら、あれは蟹なのか魚なのかという考えが脳裏に浮かんだが、軽く頭を振って邪念を消す。
弓を引き絞り、指先にマテリアルをしっかりと込め『強弾』を使用して放つ。
狙いは蟹の間接。うまくすれば、相手の動作を鈍らせることができると踏んだのだ。
第二歩脚に突き刺さって、蟹の足が僅かにもつれる。
ナナートは『動かざるもの』を発動させ、防御を強化すると仲間たちの盾となることも考慮し、前へ進み出る。
動きを鈍らせた蟹(の魚眼)と目が合ってしまったが、気にすることはなく『クラッシュブロウ』を乗せたモーニングスターでカニを殴打。
ぐしゃりという鈍い音と共に、顔とも甲羅ともつかぬものが砕け、ナナートの顔や髪、服に振りかかった。
「いやだっ……! なにこれ……飛び散ったカニ味噌が服に……ッ! 臭いし!」
鼻腔に達する生臭さ。かなりショックを受けた様子である。
「仲間と集中的に攻撃を当てていけば、そんなに苦しい戦いにはならないかも」
仲間との連携で、確実に蟹を仕留めていくフィドルフ。彼の射った矢は、魚の口に刺さる。
しかし、蟹は矢が突き刺さったまま、変わらぬスピードで前進してくるではないか……!
「タフなもんだ。こういうのは近づく前に倒すに限るな」
シュタールは後方からライフルで狙撃するが、銃弾を食らっても怯まず向かってくる歪虚に、むぅと唸る。
目前に迫る歪虚。身構えた馨は、攻撃をものともせず突き進んできた蟹を見て――リアルブルーのコロニー、LH044の惨劇を思い出したようだ。
(落ち着くんだ……!)
脳裏に蘇る厭な出来事が彼を襲う。
拒絶するように目を閉じかけた時、彼の心に浮かんだのは――あの女性だった。
(……そうだ。俺は――なぜハンターになったか、その理由を思い出せ……!)
ぐっと歯を食いしばり、憧れた女性の勇士を思い出す。
(俺はやれる……! もう、敵だけではなく無力さにもビビっていた、あの時の俺じゃない!)
一歩一歩力強く踏み出すと、蟹を見据えてトンファーを構え直す。
「ぐ……ぐぅぅ……」
くぐもった音を出す歪虚は、こう見えても【狂気】の歪虚だ。思考の共有が出来るというのなら、上手くすれば誘い出して仲間の射線へまとめる事も出来るのではないか。そう考えたようだ。
「バラついてる奴らを誘い出す! 援護を頼みたい!」
『ランアウト』を使用し、馨は蟹の近くへと位置取る。
蟹も黙って彼を迎えるわけではない。ハサミを振り上げ、彼に打撃を加えようとしたが、馨も『マルチステップ』で回避をとる。
蟹の攻撃全てを避けることができたわけではなかったが、もとよりダメージは覚悟の上である。
(ハンターになって得たこの力で、『姉さん』と地球に帰るんだ……!)
もう一つの信念も、彼の心を支えていた。
「おっと。どこ行くんだい、歪虚君? 列は乱しちゃだめだよ」
馨の背後に回り込もうとする蟹を、フィドルフが蟹の脚元へ矢を放ち進路を妨害。
「手が滑るけど、もうちょっとの辛抱ね」
武器を握る手も、既に歪虚の体液でドロドロである。
ナナートは強力な一撃を蟹に食らわせ、殴るごとに海水やら何やらをひっかぶったりして悲鳴を上げる。
「ほんと脚速いな……」
叩き潰されてはかなわないと思ったのか、進路を逸れてテオバルトへと近づいた蟹。
助走のスピードもそんなにないくせに、結構なジャンプ力を発揮して彼に飛びかかる。
陽光を背にする、蟹のシルエットがテオバルトの視界に入った。
「なんだっ!? 無駄に格好いいっ……! けど、そんなもの食らってたまるかっ」
眩しさを堪えつつ蟹爪を避けようとしたが、蟹はデカい。避けきれずボディアタックを食らう形になり、肩に重みと痛みが走る。ついでに魚面から海水も吐き出されて胸にかかった。
「ああ、くそっ! 汚い!」
悪態を付きたくなる気持ちは十分理解できる。
テオバルトは蟹を突き飛ばすように押し退け、魚面にダガーを深々と突き刺した。
「ぐぅうぅ」
苦しそうなうめき声を上げたのは蟹の方だった。
「そのまま、動かないでください」
足をばたつかせる蟹を押さえつけるような体勢になっていたところを、アリスが狙撃。
『強弾』で威力を上げられた銃弾は、殻を破壊し蟹の体内に食い込む。
「よし、射線に入った! すぐ離れろ……!」
5匹の蟹をうまく仲間の射線上まで誘導してきた馨に、シュタールは鋭い声をかけた。
前衛として攻撃していたテオバルトやナナートもその場を離れた瞬間、シュタールとアリスの銃弾、フィドルフの矢が蟹たちへと襲い掛かる。
「逃がさない!」
馨もデリンジャーへと持ち替え、攻撃の合間を補うようにして追い打ちをかけていった。
無数の銃弾に穿かれていく蟹。いくら体力があろうとも、この蜂の巣状態から逃れるのは難しいだろう。
必死にその射線から逃がられたとしても、そこにはテオバルトとナナートが待ち受けており――
「殻もいい感じに穴だらけだな。これなら攻撃もしやすい」
スラッシュエッジでテオバルトが蟹を斬り裂く。
一度包囲網の中に入ってしまった蟹は、反撃もままならぬままこうして一匹、また一匹と倒れていった。
●戦闘終了!
「……制圧完了ですね」
アリスが目を向けた先――歪虚蟹の死骸は、徐々に消えていく。
皆で手分けをして岩場などを確認してみたが、小さな水生生物がいる程度であり、脅威は払拭したようだった。
「あーあ……おみやげ……じゃない、資料に持っていこうと思っていたのにな、ツメとか」
渋々海岸の砂と水を採取するフィドルフの呟きが風に消える。
「あいつらはどっかに巣くってんのかねえ。この辺りにゃ、もういないようだが」
周囲を再び見て回ってきたシュタールが仲間に声をかけると、服に飛び散った蟹味噌を拭き取っていたナナートが悲しそうな顔を向けた。
「漂着したのかもしれないわ」
水中で息もできそうな顔してたし、とも付け加える。
「……でも、今後……ああいう海産物系、っていうのかしら。そんな歪虚が増えそうな感じね」
「そうですね……アンバランスな歪虚でしたけれど……」
アリスも頷きを返し、そろそろ戻りましょうかと皆へ声をかけた。
馬車の元へと戻っていく道で、馨は自分の手をじっと見つめる。
恐怖を乗り越え、ハンターとして活動できたこと。
(ほんの少し、あの人に近づけたのかな……)
馨の決意は、決して自分や他人に見えない部分ではあっても……心の中で『何か』が変わったことだろう。
海は、彼らの戦いをねぎらい、別れを見送るように――日の光を反射してきらめいていた。
ハンター達を乗せた馬車は、着実に目的地へと向かっているのだが……ノアーラ・クンタウから海岸は結構距離がある。途中、馬を休ませたりもするため、行くだけでも2日はかかるのだ。
その間、ハンター達は周囲の警戒をしつつも、ある意味余裕ある時間を過ごしていた。
「……異世界でもVOIDは悩みの種……っつーか、こっちの方が深刻なんすねぇ」
ヴェルナーに貰った海岸線の地図と依頼書を見つめながら、無限 馨(ka0544)は独り言のように呟く。
リアルブルーの気候で言えば亜寒帯にかなり近い辺境の気候。
ヴェルナー曰く、冬は長く夏は短い。辺境の潮流は速いそうだ。
「沖合から海流に乗ってやって来たって事も……十分ありなんすね」
馨は視線を地図から外し、ゆっくりと流れていく景色……を通り越し、はるか遠く海岸の方角を見つめていた。
「狂気の歪虚……あっちのVOIDでは聞かなかった特徴もあるみたいだし、気を引き締めてかかんねーと……」
「あっち、と言えば――向こうじゃ、こういうのを大量に造れるってんだから、大したもんだぜ」
アサルトライフルの分解整備を行っていたシュタール・フラム(ka0024)が、馨の話に乗ってきた。
向こう、というのはリアルブルーの事を指しているらしいことが、話の流れから伝わってくる。
「リアルブルーの技術はすごいですよね……」
「そうだな。遠目に見た、あの人型機械……あのでっかい船の中にあるんだったか? あれも色々と弄ってみてぇなぁ」
無骨な指で手際良く組み立てていく。シュタールの口調は非常に穏やかであった。
「……海岸調査……きっと歪虚もいるだろうから……油断せず、十分注意して行きましょう」
少々不安そうな面持ちで語るアリス・ウィンベル(ka2260)に、そうだなとフィドルフ(ka2525)も頷いた。
「だから、あの人もハンターに依頼したんじゃないかな。いろいろ忙しそうだし」
と、出発する前に顔合わせしたヴェルナーの事を思い出すフィドルフ。
冷たい印象のある男だったが――依頼人であることは変わりない。
しっかりした報告をしなければならなくなるだろうと思うが、同行している皆もしっかりした人たちが多いようで、フィドルフは心強く感じている。
(今回の海岸線の調査から、何か手がかりが得られるといいけど……)
ナナート=アドラー(ka1668)も、辺境内で目撃されたという『巨大な人影』について考えを巡らせていた。
巨大な人影というのは、つまり巨人というものなのか、見間違いなのか――考えても答えはでない。
ただ、歪虚たちが不穏な動きをしている、のは確かなのだろう。
各々思考を巡らせつつ、彼らを乗せた馬車は目的の海岸へと向かっていった。
●調査
「おし、それじゃ打ち合わせ通りに行きますか」
テオバルト・グリム(ka1824)、アリス、シュタールの班は、ナナートらと反対の方向……西へと進んでいく。
「警戒という意味も、ありますので……小さいから早く歩けないわけでは、ないですよ……」
湿り気のある砂を踏みしめて一番後ろを歩くアリスは、決して男2人の歩幅についていけないから遅れているわけではない。らしい。
危険そうな区域や岩陰などは、場所だけ調べ、後程全員で向かう手はずになっている。
こちら側は植物などが多く生えており、砂地には漂着物と思しき流木や空瓶などが転がっていた。
「草むらも念入りに調べたほうがいいのかな?」
テオバルトが膝丈ほどの草木を見つめながら仲間に質問すると、シュタールは顎に手を置きながら『そうだな』と答えた。
「岩場やらこういう場所こそ、何か潜んでいる場合が厄介だな。調査に妥協は必要ないさ」
それでいいな、と少々後ろを歩いていたアリスにも確認すれば、彼女はこくりと頷いた。
「はい、それで構わないと思います。見た所、こちらには……身を隠せるような場所が少ないようですから……」
アリスの指摘通り、こちらには洞窟などは無く、流木を退かしたり、この草木をかき分けて何か発見があるか――といった具合である。
「ッ……小さな生き物は潜んでいますが……歪虚ではないようです」
暗い所はペンライトで照らし、隅々まで調べていたアリス。
大きめの虫が足元を駆け抜けていったので、アリスは一瞬驚きに言葉を詰まらせたが、すぐに淡々と仲間に報告。
「こっちも無いな」
シュタールも自分の居場所を知らせながら、異常なしと答える。大小さまざまな岩が転がっている場所もあるが、ここは手を付けず後に回すことにした。
「じゃあそろそろ――」
テオバルトが合流するかと確認しようとした矢先。東のほうから銃声が聞こえた。
●東の調査
調査を始めたのは、西側と同じ時刻。
「それじゃ、人数も丁度良いし二手に分かれて調査だね」
ナナート、フィドルフ、馨の班は、東側の方向を指すと歩きはじめた。
時折、フィドルフは後方を振り返ると異常がないかを念入りに確認している。
「何かあったの?」
「ん……美女がいないかな~と思ってさ?」
冗談を交えて柔らかい笑みを向けるフィドルフだったが、ナナートも中性的に見えるため、まぁ美女……と見間違える者も無い――わけではないかもしれない。
ただ、フィドルフはナナートに美女とは言わなかったから、彼にはそう見えなかったのだろう。
寄せては返す波の向こう、はたまた進路の先を注意深く見つめ、地図に状態や気付いた点などを書き込んでいく馨。
フィドルフも砂粒の大きさや感触、水の色……漂着物、そして何らかの死骸が無いかもつぶさに調べていた。
彼の地図やメモは、非常に細かい情報が書き込まれていく。
「あ……ねえ、ちょっといいかしら」
海岸付近に人がいないかを探していたナナートは、周辺の住民と思しき女性に声をかける。
「最近、何か怪しい人影を見たり、不審な出来事が起こった、なんて事は……あった?」
「特に……ああ、そういや変な蟹の噂を聞いたよ」
これは有力な情報かもしれない。期待が高まるハンターたち。
「蟹なんだけど蟹じゃない、みたいな形をしてるらしいよ」
「え……なぞなぞみたいっすね」
一体それはどんな蟹なのか。馨も想像してみるが、大まかなシルエットしか浮かばない。
「……あらやだ。何かしらあれ」
同じように海の方を見つめて考えていたナナートが、怪訝そうな顔をする。
「どうしたんすか……?」
馨が声をかけると、ナナートが自分が見ているものを指す。
「あれ見て……もしかして、噂の蟹っぽい何かがこっちに向かって来てるわよ?」
女性に避難するよう告げてから、ナナートは反対側の仲間を呼び寄せるため、デリンジャーの引き金を一度だけ引いた。
●変な歪虚発見!
合図を受けて反対側から駆けつけてきたシュタールらと合流し、全員で歪虚との戦闘に望む。
「あ……」
蟹の頭部……というか魚の顔……がうめき声のようなものを上げ、海水をプッと吐きだした。
「なにあれ」
「気を付けろ、溶解液かもしれん」
微妙な雰囲気に包まれつつ、一同は顔をしかめる。
遠目は蟹なのである。
だが、明らかにおかしい……顔が、魚なのだ。
「ともあれ、歪虚は叩かなくちゃならないよな。頼むぜ、お二人さん」
シュタールは『運動強化』をアリス、テオバルトへとかけ、アサルトライフルの照準をのぞき込む。
「……見れば見るほど変な歪虚だ。残念なことに煮ても焼いても美味くなさそうだしな」
淡々と感想を述べたシュタールは、よく狙いを付けてトリガーを引く。
アリスもまた、伏射の体勢で自分から一番近い蟹を狙う。
だが、硬い殻に覆われているせいか、ダメージは思ったほど通っていないようだ。
「狙うところが少ないんだよね……横向きじゃなくて、前を向いて進んでくれないかな」
フィドルフは眉根を寄せると、魚面か間接、どちらを狙っていくかを考える。
相手のスピードは巨大になってもカニのそれで、瞬発的な速さがある。
魚面を狙うには、横向きで向かってくるため……ハサミが邪魔なのだ。
「硬い殻は貫くまで……か」
コンポジットボウに持ち替え、蟹の魚顔……を睨みながら、あれは蟹なのか魚なのかという考えが脳裏に浮かんだが、軽く頭を振って邪念を消す。
弓を引き絞り、指先にマテリアルをしっかりと込め『強弾』を使用して放つ。
狙いは蟹の間接。うまくすれば、相手の動作を鈍らせることができると踏んだのだ。
第二歩脚に突き刺さって、蟹の足が僅かにもつれる。
ナナートは『動かざるもの』を発動させ、防御を強化すると仲間たちの盾となることも考慮し、前へ進み出る。
動きを鈍らせた蟹(の魚眼)と目が合ってしまったが、気にすることはなく『クラッシュブロウ』を乗せたモーニングスターでカニを殴打。
ぐしゃりという鈍い音と共に、顔とも甲羅ともつかぬものが砕け、ナナートの顔や髪、服に振りかかった。
「いやだっ……! なにこれ……飛び散ったカニ味噌が服に……ッ! 臭いし!」
鼻腔に達する生臭さ。かなりショックを受けた様子である。
「仲間と集中的に攻撃を当てていけば、そんなに苦しい戦いにはならないかも」
仲間との連携で、確実に蟹を仕留めていくフィドルフ。彼の射った矢は、魚の口に刺さる。
しかし、蟹は矢が突き刺さったまま、変わらぬスピードで前進してくるではないか……!
「タフなもんだ。こういうのは近づく前に倒すに限るな」
シュタールは後方からライフルで狙撃するが、銃弾を食らっても怯まず向かってくる歪虚に、むぅと唸る。
目前に迫る歪虚。身構えた馨は、攻撃をものともせず突き進んできた蟹を見て――リアルブルーのコロニー、LH044の惨劇を思い出したようだ。
(落ち着くんだ……!)
脳裏に蘇る厭な出来事が彼を襲う。
拒絶するように目を閉じかけた時、彼の心に浮かんだのは――あの女性だった。
(……そうだ。俺は――なぜハンターになったか、その理由を思い出せ……!)
ぐっと歯を食いしばり、憧れた女性の勇士を思い出す。
(俺はやれる……! もう、敵だけではなく無力さにもビビっていた、あの時の俺じゃない!)
一歩一歩力強く踏み出すと、蟹を見据えてトンファーを構え直す。
「ぐ……ぐぅぅ……」
くぐもった音を出す歪虚は、こう見えても【狂気】の歪虚だ。思考の共有が出来るというのなら、上手くすれば誘い出して仲間の射線へまとめる事も出来るのではないか。そう考えたようだ。
「バラついてる奴らを誘い出す! 援護を頼みたい!」
『ランアウト』を使用し、馨は蟹の近くへと位置取る。
蟹も黙って彼を迎えるわけではない。ハサミを振り上げ、彼に打撃を加えようとしたが、馨も『マルチステップ』で回避をとる。
蟹の攻撃全てを避けることができたわけではなかったが、もとよりダメージは覚悟の上である。
(ハンターになって得たこの力で、『姉さん』と地球に帰るんだ……!)
もう一つの信念も、彼の心を支えていた。
「おっと。どこ行くんだい、歪虚君? 列は乱しちゃだめだよ」
馨の背後に回り込もうとする蟹を、フィドルフが蟹の脚元へ矢を放ち進路を妨害。
「手が滑るけど、もうちょっとの辛抱ね」
武器を握る手も、既に歪虚の体液でドロドロである。
ナナートは強力な一撃を蟹に食らわせ、殴るごとに海水やら何やらをひっかぶったりして悲鳴を上げる。
「ほんと脚速いな……」
叩き潰されてはかなわないと思ったのか、進路を逸れてテオバルトへと近づいた蟹。
助走のスピードもそんなにないくせに、結構なジャンプ力を発揮して彼に飛びかかる。
陽光を背にする、蟹のシルエットがテオバルトの視界に入った。
「なんだっ!? 無駄に格好いいっ……! けど、そんなもの食らってたまるかっ」
眩しさを堪えつつ蟹爪を避けようとしたが、蟹はデカい。避けきれずボディアタックを食らう形になり、肩に重みと痛みが走る。ついでに魚面から海水も吐き出されて胸にかかった。
「ああ、くそっ! 汚い!」
悪態を付きたくなる気持ちは十分理解できる。
テオバルトは蟹を突き飛ばすように押し退け、魚面にダガーを深々と突き刺した。
「ぐぅうぅ」
苦しそうなうめき声を上げたのは蟹の方だった。
「そのまま、動かないでください」
足をばたつかせる蟹を押さえつけるような体勢になっていたところを、アリスが狙撃。
『強弾』で威力を上げられた銃弾は、殻を破壊し蟹の体内に食い込む。
「よし、射線に入った! すぐ離れろ……!」
5匹の蟹をうまく仲間の射線上まで誘導してきた馨に、シュタールは鋭い声をかけた。
前衛として攻撃していたテオバルトやナナートもその場を離れた瞬間、シュタールとアリスの銃弾、フィドルフの矢が蟹たちへと襲い掛かる。
「逃がさない!」
馨もデリンジャーへと持ち替え、攻撃の合間を補うようにして追い打ちをかけていった。
無数の銃弾に穿かれていく蟹。いくら体力があろうとも、この蜂の巣状態から逃れるのは難しいだろう。
必死にその射線から逃がられたとしても、そこにはテオバルトとナナートが待ち受けており――
「殻もいい感じに穴だらけだな。これなら攻撃もしやすい」
スラッシュエッジでテオバルトが蟹を斬り裂く。
一度包囲網の中に入ってしまった蟹は、反撃もままならぬままこうして一匹、また一匹と倒れていった。
●戦闘終了!
「……制圧完了ですね」
アリスが目を向けた先――歪虚蟹の死骸は、徐々に消えていく。
皆で手分けをして岩場などを確認してみたが、小さな水生生物がいる程度であり、脅威は払拭したようだった。
「あーあ……おみやげ……じゃない、資料に持っていこうと思っていたのにな、ツメとか」
渋々海岸の砂と水を採取するフィドルフの呟きが風に消える。
「あいつらはどっかに巣くってんのかねえ。この辺りにゃ、もういないようだが」
周囲を再び見て回ってきたシュタールが仲間に声をかけると、服に飛び散った蟹味噌を拭き取っていたナナートが悲しそうな顔を向けた。
「漂着したのかもしれないわ」
水中で息もできそうな顔してたし、とも付け加える。
「……でも、今後……ああいう海産物系、っていうのかしら。そんな歪虚が増えそうな感じね」
「そうですね……アンバランスな歪虚でしたけれど……」
アリスも頷きを返し、そろそろ戻りましょうかと皆へ声をかけた。
馬車の元へと戻っていく道で、馨は自分の手をじっと見つめる。
恐怖を乗り越え、ハンターとして活動できたこと。
(ほんの少し、あの人に近づけたのかな……)
馨の決意は、決して自分や他人に見えない部分ではあっても……心の中で『何か』が変わったことだろう。
海は、彼らの戦いをねぎらい、別れを見送るように――日の光を反射してきらめいていた。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/25 10:36:56 |
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辺境海岸線調査 無限 馨(ka0544) 人間(リアルブルー)|22才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2014/07/30 07:54:12 |