ゲスト
(ka0000)
【闇光】悪意の妖姫と不変の剣妃
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/10/25 12:00
- 完成日
- 2015/11/08 01:49
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
不気味な音と共に、空から何かが落ちてきた。
帝国軍第二師団の駐留するテントが、巨大な質量に押し潰されて弾け飛ぶ。数十人の師団員達が、阿鼻叫喚と共に空中に投げ出される。
飛来したのは、茶褐色の巨大な楕円形の物体だった。巨大な六本の足が着地すると同時、体表に存在する無数のゾンビの顔が、狂ったようにガスを噴き出し怨嗟の叫びを上げる。
バルーンと呼ばれる歪虚だ。ゾンビの継ぎ接ぎの体に風船のように毒ガスを充満させ、その浮力で移動する。どこかの歪虚が作ったのでは無いかと噂される個体だったが――その上で楽しげに笑う二体の歪虚の姿が、その噂に裏付けを与えていた。
「きゃはははっ、大当たりー!」
「あら、貴女って、こんな筋肉ダルマが好みだったのぉ?」
「あー、見た目はキモいから嫌いなんだけどぉ。ああいうのって、ほら結構長持ちしてくれるから……あれだ、体だけの関係、ってやつ?」
エリザベートとオルクス。
二体の女歪虚が、慌てふためく人間達を見下ろしていた。
「んじゃ、早速試してみますか」
バルーンの上には、彼女らの他に二つの物体が乗っている。
一つは鈍色のコンテナ。エリザベートはそこから、下半身も腕も無いゾンビの頭を掴んで取り出すと――二つ目の物体、バルーン上部に縫い付けられた赤い大砲に詰め込んだ。
大砲の底の弁を開くと、バルーン内の毒ガスが薬室に流れ込む。
「人間捕獲砲、発射!」
そして着火口を強く手で叩くと、爆発音と共に黒い塊が砲口から勢いよく飛び出した。その塊は地面にぶつかると弾けて大きく広がり、逃げ惑う師団員達に覆い被さっていく。
広がった黒いものは強い粘性を持っていて、体に張り付き剥がれない。むしろ、藻掻けば藻掻くほど接点は増え、より拘束力は増していく。
そして最後には、師団員は指の先程度しか動かせなくなり、
「よーし、回収ー」
バルーンの下部に開いた大穴に、為す術もなく飲み込まれていった。
「んんーっ、さっすがオルちゃん製! 結構捕まえたんじゃない?」
沸き上がる喜びを隠しきれず、肩を震わせてエリザベートはにやりと笑う。
「そうねぇ、二十人ってところかしらぁ」
そんなエリザベートを見るオルクスの目はどこか、やんちゃな妹を見守る姉のようだった。
「さぁ、それじゃあ逃げましょう?」
「ええええ逃げんの?」
「もう貴女の目的は達したでしょう? それにぃ……」
不満の表情を浮かべるエリザベートに向け、オルクスは悪戯っぽい表情を見せた。
「人間ってぇ、こういうとき、バカみたいに追ってくるのよねぇ」
●
「おいオウレル! 深追いはやめた方がいいって! 相手見ただろ!」
そして、そんなオルクスの思惑通りに彼女らを追う者がいた。
帝国軍第二師団一等兵、オウレルとヴァルターの二人だ。
しかし、真っ直ぐに彼方を見つめるオウレルと違い、ヴァルターは必死に彼を止める。先程から声を掛けては無視され、腕を掴んでは振り払われの繰り返しだ。
「……あの速度。誰かが足止めをしないと、逃げられるよ」
「だからって、お前がやること」
「大丈夫。今度は……ちゃんと足が動くんだ」
オウレルは更に速度を上げる。既に結界によって作られた安全な領域を抜け、濃くなっていく瘴気に体は軋みを上げている。
次第に、ヴァルターは追いつけなくなっていく。実力の差を、初めて恨んだ。
「クソがっ、だったら二人で行けば良いだろうが!」
ヴァルターの叫びに、オウレルは何も返さない。それどころか、
「……ごめん」
「……っ、何を!」
突如踵を返したオウレルが瞬時に眼前に迫り――その拳が、ヴァルターを大きく吹き飛ばす。
雪に埋もれた体を起こし、慌ててヴァルターが顔を上げたときには、既に、オウレルの姿はどこにも見えなくなっていた。
●
「死者三十七名、負傷者六十名、行方不明者が二十名です。第三第四部隊はほぼ壊滅。医療用品や食料品の被害も大きく、立て直しには時間が――」
「……ふざけやがって」
第二師団師団長シュターク・シュタークスン(kz0075)が放つ怒気に、部下の兵士は思わず口を噤んでいた。
「おいジジイ、細かいことは頼んだ」
「ま、そうなるじゃろうなぁ」
乱暴に鎧と剣を掴んでテントを出て行こうとするシュタークの大きな背中に、枯れたようなため息が投げられる。
「……憤っておるのは、お前だけではないのだがのう。やはり、この老いぼれに死に場所はくれぬか」
「ああ? 何言ってんだ、あんたがいなけりゃうちは回んねえだろうが」
「この老体に、何を期待しとるんじゃ」
「あたしにできねえ、全部だよ」
シュタークの全身を赤い文様が覆い、額には天を衝く二本の角が現れる。
「代わりに、あんたの出来ねえことは全部――俺がやる。うちに手を出したこと、後悔させてやらねえとな」
そうしてにやりと豪快な笑みを浮かべると、シュタークは強く地面を蹴った。
「ラディ、タチバナ! お前らも来い!」
「おう、呼ばれなかったらどうしようかと思ったぞ」
「はっ、不肖タチバナ、団長閣下の後をついて行かせて頂きます!」
ラディスラウスとタチバナは、共にカールスラーエ要塞内の治安を司る隊長職にある、あるいはあった者達だ。
負のマテリアルが色濃く漂う領域に耐えうる人員は、烏合の衆に近い第二師団には多くない。途中で、騒ぎを嗅ぎつけてきていたハンターにも声を掛け、雪原をひたすら北上する。
「……っ、だ、団長!」
その道中、数人の団員が雪に倒れていた。それを介抱する一人は、何処かで見たことのある顔だ。
「おい、どうした!」
「お、オウレルが、一人で追っていって、捕まってた奴らが逃げてきて……!」
「オウレル……ちっ、あの野郎勝手に!」
倒れているのは、行方不明と数えられた者達だろう。
「団長、俺にも行かせて下さい!」
「ダメだ。お前はキャンプに戻って、こいつらの回収を優先しろ」
「ですが!」
「死んでも良い、なんて考えで出られちゃ迷惑だ」
それ以上何も言わず、シュタークはまた地面を蹴った。
●
「うわ、また何か来た。何あれヤバっ! ゴリラ?」
「一応、人間みたいねぇ。随分血の気が多そうで……うふ、ちょっと美味しそうじゃなぃ?」
待っていたのは、二体の女歪虚だ。背後に巨大な歪虚を従え、逃げもせず、莫大な負のマテリアルを纏って楽しげな目をこちらに向けている。
「……おい、ここにオウレルってのが来なかったか?」
「ああ、さっきの何か頑張っちゃってたクン? きゃはははっ! 聞かねえと分かんねえの。やっぱゴリラなんじゃない? 脳みその中とかさぁ」
「うふふ、あの子、頑張ったわよぉ。勇猛で、勇敢で――どこかのヒーローみたいだったわぁ」
嘲笑が響く。
「それで、ちょっと面白かったからさぁ――遊ぼうと思って、もう持って帰っちゃった」
そしてしれっと、何でも無いことのようにエリザベートは言い放つ。
もうこれ以上、言葉はいらなかった。
帝国軍第二師団の駐留するテントが、巨大な質量に押し潰されて弾け飛ぶ。数十人の師団員達が、阿鼻叫喚と共に空中に投げ出される。
飛来したのは、茶褐色の巨大な楕円形の物体だった。巨大な六本の足が着地すると同時、体表に存在する無数のゾンビの顔が、狂ったようにガスを噴き出し怨嗟の叫びを上げる。
バルーンと呼ばれる歪虚だ。ゾンビの継ぎ接ぎの体に風船のように毒ガスを充満させ、その浮力で移動する。どこかの歪虚が作ったのでは無いかと噂される個体だったが――その上で楽しげに笑う二体の歪虚の姿が、その噂に裏付けを与えていた。
「きゃはははっ、大当たりー!」
「あら、貴女って、こんな筋肉ダルマが好みだったのぉ?」
「あー、見た目はキモいから嫌いなんだけどぉ。ああいうのって、ほら結構長持ちしてくれるから……あれだ、体だけの関係、ってやつ?」
エリザベートとオルクス。
二体の女歪虚が、慌てふためく人間達を見下ろしていた。
「んじゃ、早速試してみますか」
バルーンの上には、彼女らの他に二つの物体が乗っている。
一つは鈍色のコンテナ。エリザベートはそこから、下半身も腕も無いゾンビの頭を掴んで取り出すと――二つ目の物体、バルーン上部に縫い付けられた赤い大砲に詰め込んだ。
大砲の底の弁を開くと、バルーン内の毒ガスが薬室に流れ込む。
「人間捕獲砲、発射!」
そして着火口を強く手で叩くと、爆発音と共に黒い塊が砲口から勢いよく飛び出した。その塊は地面にぶつかると弾けて大きく広がり、逃げ惑う師団員達に覆い被さっていく。
広がった黒いものは強い粘性を持っていて、体に張り付き剥がれない。むしろ、藻掻けば藻掻くほど接点は増え、より拘束力は増していく。
そして最後には、師団員は指の先程度しか動かせなくなり、
「よーし、回収ー」
バルーンの下部に開いた大穴に、為す術もなく飲み込まれていった。
「んんーっ、さっすがオルちゃん製! 結構捕まえたんじゃない?」
沸き上がる喜びを隠しきれず、肩を震わせてエリザベートはにやりと笑う。
「そうねぇ、二十人ってところかしらぁ」
そんなエリザベートを見るオルクスの目はどこか、やんちゃな妹を見守る姉のようだった。
「さぁ、それじゃあ逃げましょう?」
「ええええ逃げんの?」
「もう貴女の目的は達したでしょう? それにぃ……」
不満の表情を浮かべるエリザベートに向け、オルクスは悪戯っぽい表情を見せた。
「人間ってぇ、こういうとき、バカみたいに追ってくるのよねぇ」
●
「おいオウレル! 深追いはやめた方がいいって! 相手見ただろ!」
そして、そんなオルクスの思惑通りに彼女らを追う者がいた。
帝国軍第二師団一等兵、オウレルとヴァルターの二人だ。
しかし、真っ直ぐに彼方を見つめるオウレルと違い、ヴァルターは必死に彼を止める。先程から声を掛けては無視され、腕を掴んでは振り払われの繰り返しだ。
「……あの速度。誰かが足止めをしないと、逃げられるよ」
「だからって、お前がやること」
「大丈夫。今度は……ちゃんと足が動くんだ」
オウレルは更に速度を上げる。既に結界によって作られた安全な領域を抜け、濃くなっていく瘴気に体は軋みを上げている。
次第に、ヴァルターは追いつけなくなっていく。実力の差を、初めて恨んだ。
「クソがっ、だったら二人で行けば良いだろうが!」
ヴァルターの叫びに、オウレルは何も返さない。それどころか、
「……ごめん」
「……っ、何を!」
突如踵を返したオウレルが瞬時に眼前に迫り――その拳が、ヴァルターを大きく吹き飛ばす。
雪に埋もれた体を起こし、慌ててヴァルターが顔を上げたときには、既に、オウレルの姿はどこにも見えなくなっていた。
●
「死者三十七名、負傷者六十名、行方不明者が二十名です。第三第四部隊はほぼ壊滅。医療用品や食料品の被害も大きく、立て直しには時間が――」
「……ふざけやがって」
第二師団師団長シュターク・シュタークスン(kz0075)が放つ怒気に、部下の兵士は思わず口を噤んでいた。
「おいジジイ、細かいことは頼んだ」
「ま、そうなるじゃろうなぁ」
乱暴に鎧と剣を掴んでテントを出て行こうとするシュタークの大きな背中に、枯れたようなため息が投げられる。
「……憤っておるのは、お前だけではないのだがのう。やはり、この老いぼれに死に場所はくれぬか」
「ああ? 何言ってんだ、あんたがいなけりゃうちは回んねえだろうが」
「この老体に、何を期待しとるんじゃ」
「あたしにできねえ、全部だよ」
シュタークの全身を赤い文様が覆い、額には天を衝く二本の角が現れる。
「代わりに、あんたの出来ねえことは全部――俺がやる。うちに手を出したこと、後悔させてやらねえとな」
そうしてにやりと豪快な笑みを浮かべると、シュタークは強く地面を蹴った。
「ラディ、タチバナ! お前らも来い!」
「おう、呼ばれなかったらどうしようかと思ったぞ」
「はっ、不肖タチバナ、団長閣下の後をついて行かせて頂きます!」
ラディスラウスとタチバナは、共にカールスラーエ要塞内の治安を司る隊長職にある、あるいはあった者達だ。
負のマテリアルが色濃く漂う領域に耐えうる人員は、烏合の衆に近い第二師団には多くない。途中で、騒ぎを嗅ぎつけてきていたハンターにも声を掛け、雪原をひたすら北上する。
「……っ、だ、団長!」
その道中、数人の団員が雪に倒れていた。それを介抱する一人は、何処かで見たことのある顔だ。
「おい、どうした!」
「お、オウレルが、一人で追っていって、捕まってた奴らが逃げてきて……!」
「オウレル……ちっ、あの野郎勝手に!」
倒れているのは、行方不明と数えられた者達だろう。
「団長、俺にも行かせて下さい!」
「ダメだ。お前はキャンプに戻って、こいつらの回収を優先しろ」
「ですが!」
「死んでも良い、なんて考えで出られちゃ迷惑だ」
それ以上何も言わず、シュタークはまた地面を蹴った。
●
「うわ、また何か来た。何あれヤバっ! ゴリラ?」
「一応、人間みたいねぇ。随分血の気が多そうで……うふ、ちょっと美味しそうじゃなぃ?」
待っていたのは、二体の女歪虚だ。背後に巨大な歪虚を従え、逃げもせず、莫大な負のマテリアルを纏って楽しげな目をこちらに向けている。
「……おい、ここにオウレルってのが来なかったか?」
「ああ、さっきの何か頑張っちゃってたクン? きゃはははっ! 聞かねえと分かんねえの。やっぱゴリラなんじゃない? 脳みその中とかさぁ」
「うふふ、あの子、頑張ったわよぉ。勇猛で、勇敢で――どこかのヒーローみたいだったわぁ」
嘲笑が響く。
「それで、ちょっと面白かったからさぁ――遊ぼうと思って、もう持って帰っちゃった」
そしてしれっと、何でも無いことのようにエリザベートは言い放つ。
もうこれ以上、言葉はいらなかった。
リプレイ本文
「何か見た顔も多いじゃん? きゃははは! わざわざ殺されに来るとかさぁ!」
口元を歪め、エリザベートはひょいとアイアンメイデンを放り投げる。そして赤い結晶に覆われ殺傷力を増した巨大な鉄塊は、彼女の細腕を見れば違和感しか覚えない気軽さで――瞬きの間にその頭上で、全てを薙ぎ払う暴風と化した。
彼女を知る者は気付く。回転する鉄塊の速度が、以前とは段違いのものになっていることに。
「……あれは俺が何とかする。あんたらは好きに動いてくれ」
言うが早いか、シュタークはハンター達を一顧だにせず駆け出した。
「ああ、頼むよ。今日は万全だからな、本気で殺し合える」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は少し嬉しそうに、しかし確実な殺気を込めて刀の柄に手を添える。
「前回は滾らなかったからな。また会いたいと、そう思っていたところだ」
クリスティン・ガフ(ka1090)は自らの肉体の全てを研ぎ澄まし、引き抜いた長刀を蜻蛉に構える。
「あの余裕ヅラには、少しも心は躍らんな。誠意も礼儀も不要。耳障りな嘲笑ごと、傷をつけてやる……!」
夕鶴(ka3204)もまた、大剣の先を突きつける。その先にあるのは、忌々しいにやけ顔をこちらに向ける外道の姿だ。
シュタークの後について、近接攻撃を担う三人は地面を蹴る。
「折角回復したと思ったら……」
十色 エニア(ka0370)はその後ろに、少しでもエリザベートの動きを妨害するためアイアンメイデンの射程を測って展開する。
「……ん~二人とも、美人さんなのに顔色悪いな。ひょっとして食中りか? 暴食だけに」
さらに距離を取るジルボ(ka1732)は、構える銃の照準の向こうに二体の女歪虚を映して勿体ねぇと小さく零した。
「え、ジルボさんってあんなのが好みなの?」
「美人ねえ。私には、醜悪なものにしか見えんがな。頭の悪さが見事に顔に出ている」
「ああ、醜悪とは言い得て妙だな。あの毒女に相応しい称号だ」
「鏡見てこい、って感じだよね~」
「……いや、ものの例えでな?」
そんな声がトランシーバーに入ってしまったものだから、女性陣?から反論を喰らってジルボは軽くたじろいだ。……以前よりも近くオルクスの色々デカイ部分を目撃し少し満足したなどと、口が裂けても言えはしない。
「剣妃ー、先日ぶりなのじゃ」
紅薔薇(ka4766)がにこやかに手を振っていた。
エリザベートとの戦闘を迂回し、バルーンを倒して捕らわれた師団員を救出する動きの最中だ。宙に浮いてこちらを見下ろすオルクスは、その声にあら?と首を傾げてから――微笑んで、小さく手を振り返した。
「一応聞くが、捕獲した者達を返して去るつもりは無いかのう? 先日の戦いで、お主もだいぶ体積が減ったのじゃろう?」
「残念だけど、そんなことしたらあの子に怒られちゃうわぁ」
オルクスがちらりと、エリザベートに目をやる。
「クリピクロウズの時とは違うけど、相手は四霊剣の一角……油断はできないわ」
その様子に、明確な敵意は見られない。だがだからこそ、アイビス・グラス(ka2477)は拳を強く握りより警戒を露わにした。
「とにかく救出を急ごう。遅れれば、それだけ危険が増す」
近衛 惣助(ka0510)が風向きを見る。バルーンの毒ガスが僅かに色を帯びていることも手伝って、風下に立つのは難しくないようだ。
「まずはあの砲台か。オルクスもいるが、まあ、何とかするしかねーわな」
そう言って、紫月・海斗(ka0788)はにやりと笑みを浮かべた。
「じゃあ、私は囮をするわ。その間に、砲台の破壊をお願い」
「……大丈夫なのか?」
「分が悪いのは目に見えてるけど、だからといって何もしない訳には行かないのよ」
そう言い切って、アイビスが一歩を大きく踏み出した。
「俺も行こう」
ラディスラウスが追従する。
そんな様子を見ながら、砲台の横に浮かぶオルクスが指をくるりと動かす。するとバルーン後方に設置されたコンテナから、残骸のようなゾンビがふわりと浮かんで大砲へと吸い込まれていった。
「そうだ、シェリル嬢ちゃん」
「……何?」
「トランシーバーの電源、ちゃんと入れとけよ? ちと、オジサン頑張るからよ」
バルーンへ向かっていた海斗が思い出したように振り返り、深い傷を庇いながらも凜と戦場を見つめるシェリル・マイヤーズ(ka0509)に向けて、自分のトランシーバーを軽く振りウィンクをして見せた。
●
シュタークの大剣が、豪風を巻き上げ回転するアイアンメイデンに叩き付けられた。びりびりと大気を震わす衝突音と共に、鉄塊が僅かに軌道を曲げる。
その隙はほんの一瞬で直ぐさま元に戻る程度のものだったが、ハンター達がその内側に潜り込むには十分な時間だった。
「ちょこまかゴキブリかっての!」
鎖ですら立派な凶器と化すその空間を、三人が駆ける。対し、エリザベートは楽しそうに声を上げた。
「そう思うなら、潰してみるといい」
特殊な歩法で圧縮した距離をアルトが一息に飛び越え、同時に奔らせた刀が鎖に防がれ火花を散らす。
「また会ったな毒女!」
エリザベートの視線がアルトを向いた、その空隙にクリスティンが斬り込む。振り下ろされた長大な刃が身を捻ったエリザベートの脇を掠め、
「はっ、ゴキブリは貴様の方じゃないのか?」
夕鶴は守りの構えから、鎖に向けて大剣を思い切り振り下ろした。がりがりと音を立て、エリザベートの怪力で大剣が大きく弾かれる。
「きゃははは! あっまーい!」
エリザベートが後ろに跳んだ。同時に鎖を一気に手繰り寄せ、凶音響かせ鉄塊が三人を纏めて薙ぎ払おうと迫り、
「随分可哀相な顔してたから、またチャンスがあって良かったね?」
エニアの雷撃が一直線に、鉄塊ごとエリザベートを貫く。
「……んがっ、てめえっ!」
エリザベートがたたらを踏んだ。僅かに操作を誤った鉄塊が浮き上がり、
「エリザちゃん可愛いけど、濃いなー」
そこに銃声が響いた。
ジルボの狙い澄ました射撃は、正確に鎖の持ち手を捉える。しかし、瞬時に弾道を見切ったエリザベートが手を引き、弾丸は皮膚を裂くに留まった。
鎖は手繰られ伸ばされ、鉄塊が自在に宙を舞う。
アルト、クリスティン、夕鶴の三人はその動きをエリザベートの手元を見て予測し、地を這うように身を屈め、あるいは高く飛び越して寸でのところで回避を重ねる。同時に側面や背後からアルトの連撃が、鉄塊の最低射程よりも長い位置から攻撃を加えられるクリスティンの刀が、手数よりも一撃の重さに長ける夕鶴の大剣が、入り乱れ、エリザベートに少しずつダメージを与えていく。
さらに遠距離から、エリザベートの動きを遠く客観的に見やって的確な妨害の魔法と銃弾が叩き込まれる。エニアの雷撃が結晶の防御も貫いてエリザベートの顔を歪ませ、その隙に手元を狙ってジルボが精緻な銃撃を加えれば、鉄塊の軌道はぶれて狙いは曖昧になっていく。
「視界の外に、結晶は出せないみたいだな」
アルトの背後からの攻撃が、それを暴いていた。直前直後の攻撃に対し結晶を使って防御していたエリザベートが、その時だけ横に跳んで躱していたのだ。
「だから何だっての!」
次いで八つ当たりのように放たれたエリザベートの回し蹴りが、アルトの構えた盾を強烈に叩く。
「だから、囲まれれば対応出来ないということだろう? それ故の範囲攻撃か?」
「所詮保護者の猿真似か、最早憐憫通り越して苦笑するより他に無い!」
エリザベートの視線が逸れた。同時にクリスティンと夕鶴が攻勢に出る。
マテリアルを込め地面を蹴った勢いを乗せ、クリスティンが刀を上段に構えたまま体を落とす。そして自らの背中に流すよう刃を畳むと、すれ違い様に長大な刃で弧を描きエリザベートの脇下を裂かんと翻る。
夕鶴は強く、大きく一歩を踏み込んだ。脇に流した大剣を、力の限り大きく振り回す。防がれるなら、それを思い切り叩いてやるだけだ。
「ふん、来るのが分かってればねぇっ!」
二人の攻撃は、宙に花咲く結晶に阻まれた。がりがりと表面を削り、刃が勢いを無くしていく。
「いい加減、その防ぎ方も飽きちゃったよね~」
――その瞬間結晶に向けて、飛来した水球が炸裂し、その衝撃で大きく走った亀裂に寸分の狂い無く数発の銃弾が次々と突き刺さっていた。
「うっし、大当たり!」
甲高い音を立てて、結晶が砕け散る。
クリスティンと夕鶴が気勢を上げて、更に大きく踏み込んだ。今度こそ刃が閃く。
二本の剣が過たず、エリザベートの体を斬り裂いた。
「いったーいっ!」
追って奔った攻撃をかい潜り、エリザベートが大きく後ろに跳ぶ。既に、傷口は結晶に覆われていた。
「そんな人数でちくちくってさ! ずるいんじゃないの!」
などと、エリザベートは不満顔で吐き捨てる。
かと思えば、
「ま、いいや」
にやりと笑みを浮かべる。そして振り返り、
「オルちゃん、お願ーい」
オルクスに向け、猫なで声で呼びかけた。応え、オルクスが微笑む。
――次の瞬間、雪の上に散っていたハンター達の血液がぼこぼこと粟立ち浮き上がった。
浮かんだ血が、エリザベートの頭上に集まる。
そして、一気に弾けた。
「んー、ちょっと少ないけどぉ……ま、こんくらいかな」
頭からぼたぼたと血を被り、白い肌を伝う血の雫を口の端でぺろりと舐め取ってエリザベートはうっとりと目を細める。
「んじゃ本番、始めよっか」
同時に、辺りに満ちる負の圧力が一気に高まり――エリザベートは、獣のような動きで地面を蹴った。
●
「オールクースさーん! 配達でぇーすぅー!」
足下からマテリアルを噴射し大きく跳んだ海斗は、バルーンの頭上の高さまで上がると叫ぶように言ってオルクスにトランシーバーを投げ渡した。
「うちの小さいお嬢さんから、女子トークのお誘いだ。少し付き合ってやってくれー」
きょとんとそれを受け取るオルクス。
『カイト……危ない……!』
「ですってよ?」
そしてトランシーバーから届いたシェリルの声に、ゆったりと微笑んだ。
海斗が慌て空中で身を捻る。巨大な砲口が、漆黒を湛えてこちらに狙いを定めていた。
「やっべぇ……!」
そう呟くが早いか、ガスの炸裂する音と共に砲弾が放たれる。
「させるか!」
着弾までのほんの僅かな時間。その瞬間に、惣助は引き金を引いていた。
冷気を纏った弾丸が突き刺さり砲弾の表面が白く色付き、
「ぶふぉっ!」
海斗に直撃した。
だが、表面が凍った砲弾は、聞いていたように拡散することはない。
「海斗さん、早く離れて!」
バルーン表面の無数の顔が、落下する海斗を一斉に睨み付ける。
アイビスは叫びながら、バルーンの喉元に飛び込み指に挟んだ手裏剣を放つ。ひゅるりと音を立てて回転する小さな刃が次々と顔に突き立ち、バルーンは身を震わせて怨嗟の声を上げた。
ぎょろりと無数の目が、アイビスへと視線を移す。
「全く、無茶をするのう」
そう言いながらライフルを構える紅薔薇の口元は、少し緩んでいた。
大きく振り回されたバルーンの巨大な足が、足下を駆けるアイビスを薙ぎ払う。だがその動きは、大きさも相まって粗雑なものだった。
身を反らすように、アイビスはそれを飛び越え躱す。そして空中で体を回し、直下を通過する足に向け拳を叩き下ろした。同時に下を潜り抜けたラディスラウスの長剣が、拳撃で歪んだ足に大きな亀裂を作る。
湿った音と叫び声が、足を構成するゾンビから放たれる。
「本当に、趣味が悪いわね……!」
着地と同時に伸びてきたゾンビの顔を叩き潰し、アイビスは眉間にしわを寄せ口元に巻いたスカーフを押さえる。
バルーンの足下には、毒ガスが色濃く澱んでいる。スカーフ一枚でどこまで防ぐことが出来るのか、徐々に重くなっていく体が楽観など出来ないことを教えてくれていた。
『アイビス、左に……!』
トランシーバーから聞こえた声に、アイビスは咄嗟に地面を転がった。先程まで立っていた場所に、惣助の銃撃で凍った砲弾が突き刺さる。
白くなった砲弾が衝撃で割れ、中からどろりと黒い粘液がゆっくり流れる。
「最も近い者を狙っているのか……?」
「狙われるの……アイビス、ばっかり」
弾倉を入れ替えながらの惣助の言葉に、その背後に庇われるよう佇むシェリルが同意する。
「知能があるなどと、言える風体でもなさそうじゃからの。反射で動いておるのか」
紅薔薇の銃撃が砲台に直撃すると、結晶で作られたその砲身が僅かに砕けてキラキラと舞う。
どうやら、砲台の破壊は時間の問題のようだ。何よりも、オルクスが弾の補充以外に何もして来ないのが大きい。ただ微笑んで、こちらを見下ろしている。
まるで、既に目的は果たしたと、そう語っているかのように。
「おうおう、ちっとはオジサンのことも見ちゃくんねえか!」
とはいえ、ここでやることなど一つしかない。海斗はバイクに跨がってバルーンの周りを大きく回りながら、アイビスを狙う砲台に向け弾丸を撃ち込んでいく。
狙うのは砲台そのものだ。幾度か砲身の中を狙ってみたが、砲弾が特殊なためか大した手応えは感じられなかった。
いくつもの砲火が戦場を貫き、バルーンの唸りが地を揺らす。
「……オルクス、聞こえてるの?」
シェリルが、戦場から目を離さずトランシーバーに語りかける。
『聞こえてるわよぉ。私と話したいなんて、変わった子ねぇ?』
スピーカーから、確かにオルクスの声が届いた。
『何か、聞きたいことでもあるのかしら?』
「……え、と」
シェリルは少し返答に戸惑う。本当に話せるとは、あまり思っていなかった。
「暴食の王様どんな人? ……かっこいい?」
『あら、そんなことでいいの?』
咄嗟に口をついて出たのは、そんな疑問だった。
『そうねぇ。みんなのお父さんみたいな人、かしら。エリザベートには分からないだろうけど、結構イケメンなのよぉ?』
「……あなた達、歪虚って……何? 人と、違いなんて……あるの?」
『私達はただ、生物の反対にいるだけ。それ自体に、深い意味なんてないわ』
「……オルクスは……どうして、その道を選んだの?」
暗に、元エルフだろうと含み。
『なら、あなたは何故ハンターの道を選んだのかしら。それも、同じ事だと思わない? 未来がいつでも選べるなんて、子供の幻想。そんなこと考えたって、時間の無駄だと思うわよぉ?』
シェリルは大きく息を吐く。
潮時だ。ここは戦場で、いつまでもお喋りに興じているわけにはいかない。そしていくら話をしたところで、オルクスが真意を口にするとは思えなかった。
ならば、
「オウレルは……どこ? 白馬に乗って……迎えに行くから、教えて……」
最後に聞くことは決まっている。
『それは、一番言えないわねえ。折角満足しているあの子の顔を、曇らせたくなんてないもの……あら?』
そのとき、甲高い破砕音が響いた。キラキラと舞い散る砲台の破片を頭から浴びて、ゾンビが大きく唸りを上げる。
『ここまでかしらねぇ。また機会があったら、お話しましょう?』
砲台が砕け散るに合わせて、オルクスの手の中でトランシーバーが握り潰されていた。
「よし、突撃じゃ!」
それを確認し、紅薔薇が視界の煙る毒ガスの中へ飛び込んだ。
構えは防御を考えない大上段に。マテリアルを全身に巡らせ、肉薄と共に腰を落としながら体を大きく捻って抜き身の刀が円を描く。刃先は地面を擦り、瞬時に摩擦で発火した刀身が赤い軌跡を伴って――狙い澄ました一閃が、ゾンビの繋ぎ目を大きく切り裂く。
ゾンビが悲鳴を上げながら、傷口から大量の毒ガスを噴き出す。
「そんなものに臆するような、妾ではないぞ!」
紅薔薇は襲い来る毒を強引に耐えながら、畳み掛けるように斬撃を繰り出した。
合わせてアイビスもまた積極的な攻勢に出る。紅薔薇の攻撃でゾンビ達の目が泳いだその瞬間に、一息に間合いを詰めながら拳にありったけのマテリアルを込める。
「この一撃で沈みなさい!」
放たれた強烈な一撃はバルーンの表面を波立たせ、衝撃で潰れたゾンビの体からまた大量の毒ガスが溢れ出す。
ガスは見る間に濃度を増していく。このままでは、倒す前に近接組がやられてしまうかもしれない。
「毒饅頭め、その臭い息を止めてやる」
惣助は弾丸に冷気を込めて、ガスの噴出口を狙う。砲火を浴び悲鳴を上げようとしたゾンビの口が、低温で収縮し固まって吐き出すガスの量を一気に減らしていった。
海斗は近接組とは違う方面からバルーンを狙う。ゾンビの頭を全て潰す勢いで、バイクの走行に合わせて流れるように全弾を叩き込む。
合間に振り回される足をドリフトで躱しすれ違い様に関節部を破壊してやれば、バルーンの体勢は大きく崩れた。近接への攻撃に使おうとしていた足がバランスを取るために動き、まともな迎撃を行えなくなる。
「ちったぁ小さくなったか!」
見れば、バルーンの形は徐々に歪んでいた。
「そろそろじゃな……! 二人とも、手伝えい!」
足からの攻撃が止まった。その瞬間を狙って、アイビスとラディスラウスに声を掛けながら紅薔薇がバルーンの真下へと滑り込む。地面にすれて爛れたゾンビの視線を受け流し、狙うのは底面の開口部だ。
紅薔薇とラディスラウスが刃を突き立て、アイビスが僅かに開いた隙間を両手で掴んでこじ開ける。
「おいおいおい、やべえぞ!」
海斗が呼びかける。
バルーン後部の毒ガスが俄に量を増していた。報告書にあった押し潰しの兆候だ。
「兵士達は返して貰うぞ」
惣助の張った弾幕がそれを留める。制圧せんと無数に放たれた弾丸が噴出口を掠め、ガスの噴き出す方向を歪め力を拡散させた。
思うように体が浮き上がらず、バルーンが戸惑うように身を震わす。
「一気に行くわよ!」
底部に張り付いた三人が、同時に全力を込める。ダメージを受けて震えるバルーンの体は、心なしか力を失いつつあるように思えた。
そして、
「開いた……!」
ゆっくりと口が開かれ、奥からぼたぼたとどす黒い粘液がこぼれ落ちる。その臭気に顔をしかめながらも内部の暗闇に目を向ければ、こびりつくような黒い塊の中に人の腕のようなものが見えた。
意を決して一歩を踏み出し、三人はそれを一息に引きずり出す。黒い塊に包まれた師団員が、ずるりと開口部から滑り落ちた。
「よし、早く安全圏へ」
惣助のカバーを受けながら、塊ごと師団員を運んでいく。
不思議なことに、オルクスやエリザベートの妨害は入らない。気付いていながらも放っている、そんな雰囲気だ。
バルーンの追撃も躱し、射程外まで運ぶことは難しくなかった。
「……五、六、七……よし、全員いるみたいだ」
「もう少しじゃ、死ぬでないぞ!」
「みんなしっかりして!」
塊を無理矢理引き千切り、掘り出すように師団員を救出していく。黒い粘液が硬化しているのか、素手で触れてもこちらが捕獲されることはなさそうだ。
師団員達に意識は無いのか、呼びかけても声は返ってこない。
「……黒いのが、喉の奥に入り込んでる」
シェリルが、師団員に応急手当を施しながら首を傾げた。
「……これで気道を、確保してる……?」
「それで、全員無事なのか?」
「ここまで頑張ったんだ、死なれちゃ困るぜ!」
「うん……大分、弱ってるけど……たぶん」
倒れた師団員の左胸に手を当てて頷くシェリルに、全員が安堵する。
だが油断はできない。とにかく早く戦闘を終わらせて、本当の安心を得たいところだ。
バルーンは既に大部分の毒ガスを失い、見る影も無くその動きは鈍化している。完全撃破は、そう難しいことではなさそうだ。
そのときだった。
「ちょっと、手伝ってあげようかしら」
妖艶な声が聞こえると同時に――バルーンから流れ出ていた黒い粘液が、一瞬にして刃と化した。
針山のように突き立つ無数の刃に、貫かれたゾンビは声すら上げること無く活動を止める。やがて数分もしないうちに、萎みきって地面に張り付いたバルーンの巨体は、塵となって風に溶けていった。
「……何のつもりだ?」
惣助の問いかけに、オルクスが首を傾げる。
「あら、手っ取り早く倒せたのに、何か不満なのぉ?」
「意図が分からないからね、不気味なのよ」
ハンター達は武器を構える。それを見て、オルクスは楽しげに笑った。
「いらないものは、処分しなきゃでしょう? あの子も、それの処分、困ってたみたいなのよねぇ」
「そんで、俺らとやるつもりか? 今回は互いに見逃そうぜ、殺し合うノリじゃねーしよー。ほれ、マカロン食うか?」
「妾も賛成じゃな。そろそろ向こうの戦いも終わるのじゃ、ワインくらいならあるが、飲むかのう?」
「あら、気が利くわねぇ」
オルクスは飄々と、海斗と紅薔薇の差し入れを受け取る。
その瞬間に何か起こるのではないかと緊張が走ったが……結局、オルクスは何もしてこなかった。エリザベートのお楽しみを奪うつもりが、彼女に無かったからなのかもしれない。
●
血に塗れたエリザベートが、鉄塊を引き連れて雪原を滑るようにハンター達へと襲いかかる。その動きは、それまでよりも生き生きと、更に速度を増していた。
高速で射出される鉄塊をすれ違うように躱したエニアは、舞うように振るわれる爪を刀で弾くと至近距離で魔法を放つ。一瞬にして直線上を貫く雷撃はしかし、強引に進路をねじ曲げたエリザベートの脇を通って空気を焦がした。
「棺桶なんか捨てて掛かっておいで? 私に殺されても、恨まないでよね!」
目で追うのがやっとなほどの爪の乱舞がエニアに殺到する。必死にそれを防ぎながら、何とか隙を見つけて一矢を報いようと刀を振るった。
狙うのは、常に鎖を握るその腕だ。鉄塊の動きは大振りで単純だが、必殺の威力を思えば放っておく訳にはいかない。だが、それも身体能力に任せたような強引な挙動で躱される。
ジルボはエリザベートから全力で距離を取り、動き回る彼女の死角を狙って銃撃を加えていく。できれば腕を狙いたいところだったが、エリザベートが動き回るせいでまともに狙えない。だからといってヘッドショットなど決めようとしても、流石に頭部のガードは堅く中々攻撃は通りそうになかった。
とはいえ、それは狙い通りでもある。今の本命は、
「その化粧は、ちょっとどうかと思うぜ!」
エリザベートの足下に向けて、冷気を纏った弾丸を放つ。着弾点から広がったマテリアルが、固まった雪を氷に変えていく。
「ちょっ……!」
ずるりと、エリザベートの軸足が滑った。投げ放とうとしていた鉄塊の重みも有り、体勢は大きく崩れる。
「雪の上で、ヒールなんて履いてるからだ」
「はっ、オシャレは我慢だって言うでしょ!」
そこに追い付いたアルトが、目の覚めるような連撃を放つ。舞う雪の結晶すら切り裂きそうに迫る刃に対し、エリザベートの防御は半分が間に合わず赤いドレスに切創が走る。
「そんな理由で死ぬのなら、間抜けな毒女にお似合いだな!」
返す刀で獣のように爪が伸びれば、飛び退いたアルトと入れ替わるように爪の射程外からクリスティンの長刀が唸る。
狙うのは同じく腕と鎖だ。前面を大きく薙ぎ払う一撃が鎖に叩き込まれようとする直前、
「あんたら、人のもん壊して楽しいわけぇっ?」
切っ先がエリザベートに掴まれた。握力で強引に掴んだのか掌が裂けて血が溢れ――そしてその血が結晶と化して手首ごと刀を覆っていく。
「なに……っ」
クリスティンが咄嗟に刀を引くが、動かない。
「潰れろ!」
エリザベートが鎖を持った腕を引く。
まずい。そう思ったときには、既に鉄塊は砲弾と化していた。
「させねえよ!」
だが、そこにシュタークが強引に割り込みをかける。大剣が大きく地面を削り、下から鉄塊を強烈に叩く。
「はっ、全く考え無しの能なしだな。そんな固め方をしたら、自分も躱せなくなるだろうが」
同時に夕鶴が飛び込んでいた。結晶に覆われたエリザベートの手首に、全体重を乗せた大剣が振り下ろされる。
ごきりと、嫌な音が響いた。結晶ごと、エリザベートの手首がおかしな方向にへし折れる音だ。
「がああっ!」
エリザベートが絶叫し、引き寄せた鉄塊をがむしゃらに振り回した。
「あら、ご愁傷様」
明確な隙に、エニアがここぞとばかりに魔法を撃ち込む。
「またお前がぁっ!」
血走った瞳がエニアを捉える。その瞳が赤い光を点したのを見て、
「悠長にそんなことをしている場合か?」
懐に潜り込んだアルトが、刀の柄頭でエリザベートの顎を打ち上げた。視線が逸れ、体が大きく開く。
「空間認識と状況把握の能力を、もっと鍛えたらどうだ?」
そこにクリスティンの大上段からの渾身撃が、肩口に深く突き刺さった。
「痛い痛い痛いなぁもうっ!」
エリザベートが鉄塊を振り回しながら飛び退く。傷口から流れる血が結晶へと変わり出血を抑えるが、その顔色はより青白く、息も荒く口元から垂れる血を拭うことも忘れているようだ。
ここで追わなければ、倒しきれない。
ハンター達はシュタークの援護を受けて、乱舞する鉄塊を辛うじて躱しながらエリザベートへと肉薄する。
アルト、クリスティン、夕鶴の、技術に裏打ちされた動きに、武術の心得などないだろうエリザベートの反応は一歩遅れている。だが、それを補う驚異的な身体能力が、彼女を致命傷から守っている。
その動きを妨害しようとエニアとジルボの攻撃が殺到するが、それを視界に収めるべく動き始めたエリザベートの結晶に悉く防がれ躱されていく。
一進一退の攻防は続き、やがて、師団員救出及びバルーン撃破の報がトランシーバーに届いた頃。
「そろそろ、倒れてくんねーかな!」
不意を突いたジルボの二発目のコールドショットが、エリザベートの足下を再び凍らせていた。
忘れた頃の搦め手に、エリザベートはまんまとかかる。今度は軸足のずれだけで無く、真っ赤なヒールが氷面に刺さってべきりと折れる。
「まっ、オキニが……!」
「言われたときに、脱いでおけば良かったな」
その一瞬にアルトは神速で地を縮め、言葉が届くよりも早く刀が閃く。
こちらの目線を揺らし細かな動きで緩急をつけ、空を切る無数の斬撃は目眩ましに。恐らく防がれるか躱される頭部や胸などを、あたかも狙うと思わせて。
慌ててエリザベートが鎖を引くも、間に合わない。
本命の一太刀が無防備な片腕を斬り飛ばし――戦場に、赤い華を咲かせた。
握力を失った手から鎖が滑り、轟音を立てて雪の中に突き刺さる。
「う、ああああっ!」
離れた腕に繋がった血の線が、結晶化して完全な喪失を防ぐ。だが、その動きは完全に愚策だった。
失った腕に固執した意識が、目の前に迫る刃を見逃した。後ずさるエリザベートを、いくつもの攻撃が打ちのめす。もはやハンター達の血よりも、彼女自身の血で体が赤く染まっていく。
確実に倒したと確信を抱いて、このタフな怪物に最後の一撃をくれてやろうとハンター達が息を巻き――
●
エニアは、使い手を失ったアイアンメイデンへと近づく。
既にバルーンは撃破され、そちらに行っていたハンター達も合流している。オルクスのことは気になるが、エリザベートの対処も終わったと思って間違いないだろう。
アイアンメイデンは古い拷問器具であり、内側にある無数の棘で中に入れられた人間を貫くものだ。兵士が入れられているなら、救出は早い方が良いに決まっている。
留め金に指をかける。思ったよりも軽い力で、それはがちゃりと跳ね上がり。中にいた師団員が血塗れで呻きながら転がり落ち。
――……あーあ、開けちゃった。
そして中から漏れ出した仄赤い光が、辺りを覆い尽くした。
●
白銀の世界が一瞬にして、どろりと粘ついた血の色に変わる。空も地面も、遠くの景色も何もかもが赤く染まり、全ての境界線が曖昧になる。
鼻をつくのは鉄の臭い。血の海に浸かっているような臭気が、いつの間にか辺りに充満していた。
そして、
「――っ!」
絶叫が上がる。
声を上げたのは、シェリル、惣助、ジルボ、アイビス、アルト、紅薔薇、そしてタチバナとラディスラウス。突如として襲った強烈な痛みに、悲鳴を漏らしていた。覚醒もままならないシェリルは、余りの痛みに耐えかねて意識を手放してしまう。
全身を無数の槍で貫かれるような激痛に、視界が明滅する。痛みの出所を確かめようと自身の体に目を落としても、戦闘で負った傷以外に何も異常は無いようだった。
「ちょっと、何が起こってるの!」
エニアはあたふたと、突然苦しみだした仲間達に駆け寄った。
「おいおい何だこりゃ! すげー赤ぇじゃねえか!」
「まずい雰囲気だな……」
「一太刀浴びせられたのは良いが、これは……!」
海斗とクリスティン、夕鶴が、戸惑いながらも武器を構える。
「……あーもう、こんなとこで充電使っちゃうとか超もったいないじゃん。どうしてくれんの」
その先にエリザベートが――白かった肌を、背景と同化するどす黒い赤に染めたエリザベートが、金の髪と瞳を赤の中に浮かべて立っていた。
「……っ、エリザベートめ、仲間を呼んだのか……!」
意識を失いそうになりながらも、アルトが震える手で刀を構える。
その目に映るのは、異様な姿に変貌したエリザベートと、その背後に佇む彼女の三倍はある巨人のような何か。
頭からずだ袋を被り、樽に丸太を生やしたような巨躯がゆっくりとこちらに向かってきていた。
「こういう、時は……先制攻撃で……!」
「……ああ、そうだな」
荒れる息を何とか整え、ぶれる照準を何とか合わせ、ジルボと惣助が巨人に向けて引き金を引く。だが、
「効いて、ないの……?」
間違いなく頭を撃ち抜かれた巨人は、しかし少しも動じることなく歩を進める。アイビスは拳を握ったまま、じりじりと後ずさった。
「何だ、今どこを撃った」
脈絡無く響いた銃声に、夕鶴が振り返る。
銃を構えていたのはジルボと惣助だ。だが、その照準は何も無い空間を捉えている。
「……くっ、このダメージで……援軍は辛いな。師団員を連れて、撤退を……!」
「おい、援軍とは何のことだ。何が見えている、しっかりしろ!」
意味の分からない言葉に、クリスティンが素早く辺りに目を走らせる。
「お主ら、あの巨人が見えぬのか……?」
だが、巨人などどこにもいはしなかった。
話が噛み合わず、四人は困惑する。
そこへ、
「きゃははははっ! ま、ちょーっと危なかった気がしなくもなかったしぃ? あんたらが開いてなかったらあたしが開けてたかもだし、しゃーないか」
耳障りな嘲笑が響く。
その声は既に目の前に無く、いつの間にかエリザベートはアイアンメイデンの側に立っていた。にやりと歪んだ口元から、白い歯が宙に浮かぶ。
「でも、ダメ。こんなとこじゃ、流石にもったいないわ」
そう言って、バチンと勢いよく、エリザベートが扉を閉める。
その瞬間に、辺りを包んでいた赤が、アイアンメイデンの中に吸い込まれて消えた。
●
景色が雪原に戻る。照り返す陽光に白が輝き、目が眩んだ。
「うふふ、流石に疲れたみたいねぇ」
オルクスがふわりと、気遣うようにエリザベートの肩に手を乗せる。
「これ、力の使いすぎってやつぅ……? やっべ、めっちゃふらふらする……こんなん初めてなんだけどぉ」
アイアンメイデンにもたれながら、エリザベートがため息をつく。
その姿は元に戻っていて、先程までの戦闘でついた傷も見える範囲に残っていない。そして当たり前のように動く二本の腕で、ポケットからハンカチを取り出して汗を拭った。
肩で息をし、エリザベートは心底辛そうな表情を見せている。
だが、それはハンター達も同じだった。
あの異様な痛みは嘘のように消えている。しかし、あの痛みが精神を傷つけたのか、それを喰らった者達の表情は暗い。
「……お互い、ここは見逃さねーか?」
「そうねぇ、エリザベートもお疲れみたいだし」
ここで更にオルクスと一戦交えるのは、自殺行為だった。
幸いにして、オルクスは特に敵意を見せない。そのまま、ぐったりとしたエリザベートを抱きかかえ、アイアンメイデンと共にゆったりと浮き上がる。
「それじゃあ私は、この子を送っていくわぁ。また会いましょう?」
そうして、オルクスは去って行く。
その手には、一人の師団員も連れられてはいない。全ての師団員を取り戻すことに、成功したようだ。
●
「おら起きろ、帰るぞ!」
「ちょ、ちょっと、もう少し優しくした方が……」
「しゃれになんねーって、ほら、こう肩揺するとかよ」
「いやいやこういうときはな、気合いが入った方が絶対いいんだっての!」
ぐったりと倒れた師団員達の背中を、シュタークが叩く。見かねたアイビスとジルボが止めに入るが、シュタークは大丈夫大丈夫と豪快に笑うだけだ。
「シェリル、大丈夫?」
「……うん、何とか」
エニアに抱えられたシェリルは、消え入りそうな声でそう言った。意識を失ったのも精神的なもので、肉体的に問題はなさそうだとエニアは胸を撫で下ろす。
「しかし無理はするなよ。どんな影響で倒れたのか、分かったものじゃないからな」
少し厳しく声を掛けながらも、夕鶴は辺りを見渡して口元を緩める。誰も死んでいない。とりあえずは、それで十分だ。
「ぬう、頭がくらくらするのじゃ……」
「ああ、なかなかに効いたな」
「大丈夫かー? 傍から見てると、随分辛そうだったけどよ」
帰り支度を整えながら、紅薔薇と惣助は頭を振る。芯に残った気怠い重さが、あの痛みを思い出させるようで忌々しい。
とはいえ体の傷でない以上どうすることも出来ず、海斗は肩を竦めた。
「……殺し切れなんだか」
刀についた血糊を拭い、クリスティンが呟く。もう一歩というところまで行ったのだと、慚愧の念に歯噛みすることしかできなかった。
そしてアルトは、バイクに乗って出立の準備が整うまで辺りを見て回っていた。
オウレルを連れ去ったという話から、何処かにその痕跡が残っていないかと目を凝らす。しかし、雪原には足跡一つ残っていなかった。
仕方なく、来た道を戻る。
オウレルのことは残念だが、それ以外にも収穫はあった。師団長クラスの戦いを、間近で見ることが出来たことだ。
その光景を反芻する。
――恐らく、技術だけなら自分が上だ。だが、あの化け物じみた基礎能力に対抗するには……。
頭の中でイメージを膨らませながら、アルトは楽しげに口角を上げた。
●
捕らえられた師団員の殆どを救出したことで、ハンター達は第二師団員から喝采を受けながら帰還した。幸いにも大きな怪我を負った者もいなく、それほど時間をかけずに建て直すことが出来るだろう。
宙に浮かぶ夢幻城の威容を前に、一つ、勝利を挙げたのだ。
口元を歪め、エリザベートはひょいとアイアンメイデンを放り投げる。そして赤い結晶に覆われ殺傷力を増した巨大な鉄塊は、彼女の細腕を見れば違和感しか覚えない気軽さで――瞬きの間にその頭上で、全てを薙ぎ払う暴風と化した。
彼女を知る者は気付く。回転する鉄塊の速度が、以前とは段違いのものになっていることに。
「……あれは俺が何とかする。あんたらは好きに動いてくれ」
言うが早いか、シュタークはハンター達を一顧だにせず駆け出した。
「ああ、頼むよ。今日は万全だからな、本気で殺し合える」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は少し嬉しそうに、しかし確実な殺気を込めて刀の柄に手を添える。
「前回は滾らなかったからな。また会いたいと、そう思っていたところだ」
クリスティン・ガフ(ka1090)は自らの肉体の全てを研ぎ澄まし、引き抜いた長刀を蜻蛉に構える。
「あの余裕ヅラには、少しも心は躍らんな。誠意も礼儀も不要。耳障りな嘲笑ごと、傷をつけてやる……!」
夕鶴(ka3204)もまた、大剣の先を突きつける。その先にあるのは、忌々しいにやけ顔をこちらに向ける外道の姿だ。
シュタークの後について、近接攻撃を担う三人は地面を蹴る。
「折角回復したと思ったら……」
十色 エニア(ka0370)はその後ろに、少しでもエリザベートの動きを妨害するためアイアンメイデンの射程を測って展開する。
「……ん~二人とも、美人さんなのに顔色悪いな。ひょっとして食中りか? 暴食だけに」
さらに距離を取るジルボ(ka1732)は、構える銃の照準の向こうに二体の女歪虚を映して勿体ねぇと小さく零した。
「え、ジルボさんってあんなのが好みなの?」
「美人ねえ。私には、醜悪なものにしか見えんがな。頭の悪さが見事に顔に出ている」
「ああ、醜悪とは言い得て妙だな。あの毒女に相応しい称号だ」
「鏡見てこい、って感じだよね~」
「……いや、ものの例えでな?」
そんな声がトランシーバーに入ってしまったものだから、女性陣?から反論を喰らってジルボは軽くたじろいだ。……以前よりも近くオルクスの色々デカイ部分を目撃し少し満足したなどと、口が裂けても言えはしない。
「剣妃ー、先日ぶりなのじゃ」
紅薔薇(ka4766)がにこやかに手を振っていた。
エリザベートとの戦闘を迂回し、バルーンを倒して捕らわれた師団員を救出する動きの最中だ。宙に浮いてこちらを見下ろすオルクスは、その声にあら?と首を傾げてから――微笑んで、小さく手を振り返した。
「一応聞くが、捕獲した者達を返して去るつもりは無いかのう? 先日の戦いで、お主もだいぶ体積が減ったのじゃろう?」
「残念だけど、そんなことしたらあの子に怒られちゃうわぁ」
オルクスがちらりと、エリザベートに目をやる。
「クリピクロウズの時とは違うけど、相手は四霊剣の一角……油断はできないわ」
その様子に、明確な敵意は見られない。だがだからこそ、アイビス・グラス(ka2477)は拳を強く握りより警戒を露わにした。
「とにかく救出を急ごう。遅れれば、それだけ危険が増す」
近衛 惣助(ka0510)が風向きを見る。バルーンの毒ガスが僅かに色を帯びていることも手伝って、風下に立つのは難しくないようだ。
「まずはあの砲台か。オルクスもいるが、まあ、何とかするしかねーわな」
そう言って、紫月・海斗(ka0788)はにやりと笑みを浮かべた。
「じゃあ、私は囮をするわ。その間に、砲台の破壊をお願い」
「……大丈夫なのか?」
「分が悪いのは目に見えてるけど、だからといって何もしない訳には行かないのよ」
そう言い切って、アイビスが一歩を大きく踏み出した。
「俺も行こう」
ラディスラウスが追従する。
そんな様子を見ながら、砲台の横に浮かぶオルクスが指をくるりと動かす。するとバルーン後方に設置されたコンテナから、残骸のようなゾンビがふわりと浮かんで大砲へと吸い込まれていった。
「そうだ、シェリル嬢ちゃん」
「……何?」
「トランシーバーの電源、ちゃんと入れとけよ? ちと、オジサン頑張るからよ」
バルーンへ向かっていた海斗が思い出したように振り返り、深い傷を庇いながらも凜と戦場を見つめるシェリル・マイヤーズ(ka0509)に向けて、自分のトランシーバーを軽く振りウィンクをして見せた。
●
シュタークの大剣が、豪風を巻き上げ回転するアイアンメイデンに叩き付けられた。びりびりと大気を震わす衝突音と共に、鉄塊が僅かに軌道を曲げる。
その隙はほんの一瞬で直ぐさま元に戻る程度のものだったが、ハンター達がその内側に潜り込むには十分な時間だった。
「ちょこまかゴキブリかっての!」
鎖ですら立派な凶器と化すその空間を、三人が駆ける。対し、エリザベートは楽しそうに声を上げた。
「そう思うなら、潰してみるといい」
特殊な歩法で圧縮した距離をアルトが一息に飛び越え、同時に奔らせた刀が鎖に防がれ火花を散らす。
「また会ったな毒女!」
エリザベートの視線がアルトを向いた、その空隙にクリスティンが斬り込む。振り下ろされた長大な刃が身を捻ったエリザベートの脇を掠め、
「はっ、ゴキブリは貴様の方じゃないのか?」
夕鶴は守りの構えから、鎖に向けて大剣を思い切り振り下ろした。がりがりと音を立て、エリザベートの怪力で大剣が大きく弾かれる。
「きゃははは! あっまーい!」
エリザベートが後ろに跳んだ。同時に鎖を一気に手繰り寄せ、凶音響かせ鉄塊が三人を纏めて薙ぎ払おうと迫り、
「随分可哀相な顔してたから、またチャンスがあって良かったね?」
エニアの雷撃が一直線に、鉄塊ごとエリザベートを貫く。
「……んがっ、てめえっ!」
エリザベートがたたらを踏んだ。僅かに操作を誤った鉄塊が浮き上がり、
「エリザちゃん可愛いけど、濃いなー」
そこに銃声が響いた。
ジルボの狙い澄ました射撃は、正確に鎖の持ち手を捉える。しかし、瞬時に弾道を見切ったエリザベートが手を引き、弾丸は皮膚を裂くに留まった。
鎖は手繰られ伸ばされ、鉄塊が自在に宙を舞う。
アルト、クリスティン、夕鶴の三人はその動きをエリザベートの手元を見て予測し、地を這うように身を屈め、あるいは高く飛び越して寸でのところで回避を重ねる。同時に側面や背後からアルトの連撃が、鉄塊の最低射程よりも長い位置から攻撃を加えられるクリスティンの刀が、手数よりも一撃の重さに長ける夕鶴の大剣が、入り乱れ、エリザベートに少しずつダメージを与えていく。
さらに遠距離から、エリザベートの動きを遠く客観的に見やって的確な妨害の魔法と銃弾が叩き込まれる。エニアの雷撃が結晶の防御も貫いてエリザベートの顔を歪ませ、その隙に手元を狙ってジルボが精緻な銃撃を加えれば、鉄塊の軌道はぶれて狙いは曖昧になっていく。
「視界の外に、結晶は出せないみたいだな」
アルトの背後からの攻撃が、それを暴いていた。直前直後の攻撃に対し結晶を使って防御していたエリザベートが、その時だけ横に跳んで躱していたのだ。
「だから何だっての!」
次いで八つ当たりのように放たれたエリザベートの回し蹴りが、アルトの構えた盾を強烈に叩く。
「だから、囲まれれば対応出来ないということだろう? それ故の範囲攻撃か?」
「所詮保護者の猿真似か、最早憐憫通り越して苦笑するより他に無い!」
エリザベートの視線が逸れた。同時にクリスティンと夕鶴が攻勢に出る。
マテリアルを込め地面を蹴った勢いを乗せ、クリスティンが刀を上段に構えたまま体を落とす。そして自らの背中に流すよう刃を畳むと、すれ違い様に長大な刃で弧を描きエリザベートの脇下を裂かんと翻る。
夕鶴は強く、大きく一歩を踏み込んだ。脇に流した大剣を、力の限り大きく振り回す。防がれるなら、それを思い切り叩いてやるだけだ。
「ふん、来るのが分かってればねぇっ!」
二人の攻撃は、宙に花咲く結晶に阻まれた。がりがりと表面を削り、刃が勢いを無くしていく。
「いい加減、その防ぎ方も飽きちゃったよね~」
――その瞬間結晶に向けて、飛来した水球が炸裂し、その衝撃で大きく走った亀裂に寸分の狂い無く数発の銃弾が次々と突き刺さっていた。
「うっし、大当たり!」
甲高い音を立てて、結晶が砕け散る。
クリスティンと夕鶴が気勢を上げて、更に大きく踏み込んだ。今度こそ刃が閃く。
二本の剣が過たず、エリザベートの体を斬り裂いた。
「いったーいっ!」
追って奔った攻撃をかい潜り、エリザベートが大きく後ろに跳ぶ。既に、傷口は結晶に覆われていた。
「そんな人数でちくちくってさ! ずるいんじゃないの!」
などと、エリザベートは不満顔で吐き捨てる。
かと思えば、
「ま、いいや」
にやりと笑みを浮かべる。そして振り返り、
「オルちゃん、お願ーい」
オルクスに向け、猫なで声で呼びかけた。応え、オルクスが微笑む。
――次の瞬間、雪の上に散っていたハンター達の血液がぼこぼこと粟立ち浮き上がった。
浮かんだ血が、エリザベートの頭上に集まる。
そして、一気に弾けた。
「んー、ちょっと少ないけどぉ……ま、こんくらいかな」
頭からぼたぼたと血を被り、白い肌を伝う血の雫を口の端でぺろりと舐め取ってエリザベートはうっとりと目を細める。
「んじゃ本番、始めよっか」
同時に、辺りに満ちる負の圧力が一気に高まり――エリザベートは、獣のような動きで地面を蹴った。
●
「オールクースさーん! 配達でぇーすぅー!」
足下からマテリアルを噴射し大きく跳んだ海斗は、バルーンの頭上の高さまで上がると叫ぶように言ってオルクスにトランシーバーを投げ渡した。
「うちの小さいお嬢さんから、女子トークのお誘いだ。少し付き合ってやってくれー」
きょとんとそれを受け取るオルクス。
『カイト……危ない……!』
「ですってよ?」
そしてトランシーバーから届いたシェリルの声に、ゆったりと微笑んだ。
海斗が慌て空中で身を捻る。巨大な砲口が、漆黒を湛えてこちらに狙いを定めていた。
「やっべぇ……!」
そう呟くが早いか、ガスの炸裂する音と共に砲弾が放たれる。
「させるか!」
着弾までのほんの僅かな時間。その瞬間に、惣助は引き金を引いていた。
冷気を纏った弾丸が突き刺さり砲弾の表面が白く色付き、
「ぶふぉっ!」
海斗に直撃した。
だが、表面が凍った砲弾は、聞いていたように拡散することはない。
「海斗さん、早く離れて!」
バルーン表面の無数の顔が、落下する海斗を一斉に睨み付ける。
アイビスは叫びながら、バルーンの喉元に飛び込み指に挟んだ手裏剣を放つ。ひゅるりと音を立てて回転する小さな刃が次々と顔に突き立ち、バルーンは身を震わせて怨嗟の声を上げた。
ぎょろりと無数の目が、アイビスへと視線を移す。
「全く、無茶をするのう」
そう言いながらライフルを構える紅薔薇の口元は、少し緩んでいた。
大きく振り回されたバルーンの巨大な足が、足下を駆けるアイビスを薙ぎ払う。だがその動きは、大きさも相まって粗雑なものだった。
身を反らすように、アイビスはそれを飛び越え躱す。そして空中で体を回し、直下を通過する足に向け拳を叩き下ろした。同時に下を潜り抜けたラディスラウスの長剣が、拳撃で歪んだ足に大きな亀裂を作る。
湿った音と叫び声が、足を構成するゾンビから放たれる。
「本当に、趣味が悪いわね……!」
着地と同時に伸びてきたゾンビの顔を叩き潰し、アイビスは眉間にしわを寄せ口元に巻いたスカーフを押さえる。
バルーンの足下には、毒ガスが色濃く澱んでいる。スカーフ一枚でどこまで防ぐことが出来るのか、徐々に重くなっていく体が楽観など出来ないことを教えてくれていた。
『アイビス、左に……!』
トランシーバーから聞こえた声に、アイビスは咄嗟に地面を転がった。先程まで立っていた場所に、惣助の銃撃で凍った砲弾が突き刺さる。
白くなった砲弾が衝撃で割れ、中からどろりと黒い粘液がゆっくり流れる。
「最も近い者を狙っているのか……?」
「狙われるの……アイビス、ばっかり」
弾倉を入れ替えながらの惣助の言葉に、その背後に庇われるよう佇むシェリルが同意する。
「知能があるなどと、言える風体でもなさそうじゃからの。反射で動いておるのか」
紅薔薇の銃撃が砲台に直撃すると、結晶で作られたその砲身が僅かに砕けてキラキラと舞う。
どうやら、砲台の破壊は時間の問題のようだ。何よりも、オルクスが弾の補充以外に何もして来ないのが大きい。ただ微笑んで、こちらを見下ろしている。
まるで、既に目的は果たしたと、そう語っているかのように。
「おうおう、ちっとはオジサンのことも見ちゃくんねえか!」
とはいえ、ここでやることなど一つしかない。海斗はバイクに跨がってバルーンの周りを大きく回りながら、アイビスを狙う砲台に向け弾丸を撃ち込んでいく。
狙うのは砲台そのものだ。幾度か砲身の中を狙ってみたが、砲弾が特殊なためか大した手応えは感じられなかった。
いくつもの砲火が戦場を貫き、バルーンの唸りが地を揺らす。
「……オルクス、聞こえてるの?」
シェリルが、戦場から目を離さずトランシーバーに語りかける。
『聞こえてるわよぉ。私と話したいなんて、変わった子ねぇ?』
スピーカーから、確かにオルクスの声が届いた。
『何か、聞きたいことでもあるのかしら?』
「……え、と」
シェリルは少し返答に戸惑う。本当に話せるとは、あまり思っていなかった。
「暴食の王様どんな人? ……かっこいい?」
『あら、そんなことでいいの?』
咄嗟に口をついて出たのは、そんな疑問だった。
『そうねぇ。みんなのお父さんみたいな人、かしら。エリザベートには分からないだろうけど、結構イケメンなのよぉ?』
「……あなた達、歪虚って……何? 人と、違いなんて……あるの?」
『私達はただ、生物の反対にいるだけ。それ自体に、深い意味なんてないわ』
「……オルクスは……どうして、その道を選んだの?」
暗に、元エルフだろうと含み。
『なら、あなたは何故ハンターの道を選んだのかしら。それも、同じ事だと思わない? 未来がいつでも選べるなんて、子供の幻想。そんなこと考えたって、時間の無駄だと思うわよぉ?』
シェリルは大きく息を吐く。
潮時だ。ここは戦場で、いつまでもお喋りに興じているわけにはいかない。そしていくら話をしたところで、オルクスが真意を口にするとは思えなかった。
ならば、
「オウレルは……どこ? 白馬に乗って……迎えに行くから、教えて……」
最後に聞くことは決まっている。
『それは、一番言えないわねえ。折角満足しているあの子の顔を、曇らせたくなんてないもの……あら?』
そのとき、甲高い破砕音が響いた。キラキラと舞い散る砲台の破片を頭から浴びて、ゾンビが大きく唸りを上げる。
『ここまでかしらねぇ。また機会があったら、お話しましょう?』
砲台が砕け散るに合わせて、オルクスの手の中でトランシーバーが握り潰されていた。
「よし、突撃じゃ!」
それを確認し、紅薔薇が視界の煙る毒ガスの中へ飛び込んだ。
構えは防御を考えない大上段に。マテリアルを全身に巡らせ、肉薄と共に腰を落としながら体を大きく捻って抜き身の刀が円を描く。刃先は地面を擦り、瞬時に摩擦で発火した刀身が赤い軌跡を伴って――狙い澄ました一閃が、ゾンビの繋ぎ目を大きく切り裂く。
ゾンビが悲鳴を上げながら、傷口から大量の毒ガスを噴き出す。
「そんなものに臆するような、妾ではないぞ!」
紅薔薇は襲い来る毒を強引に耐えながら、畳み掛けるように斬撃を繰り出した。
合わせてアイビスもまた積極的な攻勢に出る。紅薔薇の攻撃でゾンビ達の目が泳いだその瞬間に、一息に間合いを詰めながら拳にありったけのマテリアルを込める。
「この一撃で沈みなさい!」
放たれた強烈な一撃はバルーンの表面を波立たせ、衝撃で潰れたゾンビの体からまた大量の毒ガスが溢れ出す。
ガスは見る間に濃度を増していく。このままでは、倒す前に近接組がやられてしまうかもしれない。
「毒饅頭め、その臭い息を止めてやる」
惣助は弾丸に冷気を込めて、ガスの噴出口を狙う。砲火を浴び悲鳴を上げようとしたゾンビの口が、低温で収縮し固まって吐き出すガスの量を一気に減らしていった。
海斗は近接組とは違う方面からバルーンを狙う。ゾンビの頭を全て潰す勢いで、バイクの走行に合わせて流れるように全弾を叩き込む。
合間に振り回される足をドリフトで躱しすれ違い様に関節部を破壊してやれば、バルーンの体勢は大きく崩れた。近接への攻撃に使おうとしていた足がバランスを取るために動き、まともな迎撃を行えなくなる。
「ちったぁ小さくなったか!」
見れば、バルーンの形は徐々に歪んでいた。
「そろそろじゃな……! 二人とも、手伝えい!」
足からの攻撃が止まった。その瞬間を狙って、アイビスとラディスラウスに声を掛けながら紅薔薇がバルーンの真下へと滑り込む。地面にすれて爛れたゾンビの視線を受け流し、狙うのは底面の開口部だ。
紅薔薇とラディスラウスが刃を突き立て、アイビスが僅かに開いた隙間を両手で掴んでこじ開ける。
「おいおいおい、やべえぞ!」
海斗が呼びかける。
バルーン後部の毒ガスが俄に量を増していた。報告書にあった押し潰しの兆候だ。
「兵士達は返して貰うぞ」
惣助の張った弾幕がそれを留める。制圧せんと無数に放たれた弾丸が噴出口を掠め、ガスの噴き出す方向を歪め力を拡散させた。
思うように体が浮き上がらず、バルーンが戸惑うように身を震わす。
「一気に行くわよ!」
底部に張り付いた三人が、同時に全力を込める。ダメージを受けて震えるバルーンの体は、心なしか力を失いつつあるように思えた。
そして、
「開いた……!」
ゆっくりと口が開かれ、奥からぼたぼたとどす黒い粘液がこぼれ落ちる。その臭気に顔をしかめながらも内部の暗闇に目を向ければ、こびりつくような黒い塊の中に人の腕のようなものが見えた。
意を決して一歩を踏み出し、三人はそれを一息に引きずり出す。黒い塊に包まれた師団員が、ずるりと開口部から滑り落ちた。
「よし、早く安全圏へ」
惣助のカバーを受けながら、塊ごと師団員を運んでいく。
不思議なことに、オルクスやエリザベートの妨害は入らない。気付いていながらも放っている、そんな雰囲気だ。
バルーンの追撃も躱し、射程外まで運ぶことは難しくなかった。
「……五、六、七……よし、全員いるみたいだ」
「もう少しじゃ、死ぬでないぞ!」
「みんなしっかりして!」
塊を無理矢理引き千切り、掘り出すように師団員を救出していく。黒い粘液が硬化しているのか、素手で触れてもこちらが捕獲されることはなさそうだ。
師団員達に意識は無いのか、呼びかけても声は返ってこない。
「……黒いのが、喉の奥に入り込んでる」
シェリルが、師団員に応急手当を施しながら首を傾げた。
「……これで気道を、確保してる……?」
「それで、全員無事なのか?」
「ここまで頑張ったんだ、死なれちゃ困るぜ!」
「うん……大分、弱ってるけど……たぶん」
倒れた師団員の左胸に手を当てて頷くシェリルに、全員が安堵する。
だが油断はできない。とにかく早く戦闘を終わらせて、本当の安心を得たいところだ。
バルーンは既に大部分の毒ガスを失い、見る影も無くその動きは鈍化している。完全撃破は、そう難しいことではなさそうだ。
そのときだった。
「ちょっと、手伝ってあげようかしら」
妖艶な声が聞こえると同時に――バルーンから流れ出ていた黒い粘液が、一瞬にして刃と化した。
針山のように突き立つ無数の刃に、貫かれたゾンビは声すら上げること無く活動を止める。やがて数分もしないうちに、萎みきって地面に張り付いたバルーンの巨体は、塵となって風に溶けていった。
「……何のつもりだ?」
惣助の問いかけに、オルクスが首を傾げる。
「あら、手っ取り早く倒せたのに、何か不満なのぉ?」
「意図が分からないからね、不気味なのよ」
ハンター達は武器を構える。それを見て、オルクスは楽しげに笑った。
「いらないものは、処分しなきゃでしょう? あの子も、それの処分、困ってたみたいなのよねぇ」
「そんで、俺らとやるつもりか? 今回は互いに見逃そうぜ、殺し合うノリじゃねーしよー。ほれ、マカロン食うか?」
「妾も賛成じゃな。そろそろ向こうの戦いも終わるのじゃ、ワインくらいならあるが、飲むかのう?」
「あら、気が利くわねぇ」
オルクスは飄々と、海斗と紅薔薇の差し入れを受け取る。
その瞬間に何か起こるのではないかと緊張が走ったが……結局、オルクスは何もしてこなかった。エリザベートのお楽しみを奪うつもりが、彼女に無かったからなのかもしれない。
●
血に塗れたエリザベートが、鉄塊を引き連れて雪原を滑るようにハンター達へと襲いかかる。その動きは、それまでよりも生き生きと、更に速度を増していた。
高速で射出される鉄塊をすれ違うように躱したエニアは、舞うように振るわれる爪を刀で弾くと至近距離で魔法を放つ。一瞬にして直線上を貫く雷撃はしかし、強引に進路をねじ曲げたエリザベートの脇を通って空気を焦がした。
「棺桶なんか捨てて掛かっておいで? 私に殺されても、恨まないでよね!」
目で追うのがやっとなほどの爪の乱舞がエニアに殺到する。必死にそれを防ぎながら、何とか隙を見つけて一矢を報いようと刀を振るった。
狙うのは、常に鎖を握るその腕だ。鉄塊の動きは大振りで単純だが、必殺の威力を思えば放っておく訳にはいかない。だが、それも身体能力に任せたような強引な挙動で躱される。
ジルボはエリザベートから全力で距離を取り、動き回る彼女の死角を狙って銃撃を加えていく。できれば腕を狙いたいところだったが、エリザベートが動き回るせいでまともに狙えない。だからといってヘッドショットなど決めようとしても、流石に頭部のガードは堅く中々攻撃は通りそうになかった。
とはいえ、それは狙い通りでもある。今の本命は、
「その化粧は、ちょっとどうかと思うぜ!」
エリザベートの足下に向けて、冷気を纏った弾丸を放つ。着弾点から広がったマテリアルが、固まった雪を氷に変えていく。
「ちょっ……!」
ずるりと、エリザベートの軸足が滑った。投げ放とうとしていた鉄塊の重みも有り、体勢は大きく崩れる。
「雪の上で、ヒールなんて履いてるからだ」
「はっ、オシャレは我慢だって言うでしょ!」
そこに追い付いたアルトが、目の覚めるような連撃を放つ。舞う雪の結晶すら切り裂きそうに迫る刃に対し、エリザベートの防御は半分が間に合わず赤いドレスに切創が走る。
「そんな理由で死ぬのなら、間抜けな毒女にお似合いだな!」
返す刀で獣のように爪が伸びれば、飛び退いたアルトと入れ替わるように爪の射程外からクリスティンの長刀が唸る。
狙うのは同じく腕と鎖だ。前面を大きく薙ぎ払う一撃が鎖に叩き込まれようとする直前、
「あんたら、人のもん壊して楽しいわけぇっ?」
切っ先がエリザベートに掴まれた。握力で強引に掴んだのか掌が裂けて血が溢れ――そしてその血が結晶と化して手首ごと刀を覆っていく。
「なに……っ」
クリスティンが咄嗟に刀を引くが、動かない。
「潰れろ!」
エリザベートが鎖を持った腕を引く。
まずい。そう思ったときには、既に鉄塊は砲弾と化していた。
「させねえよ!」
だが、そこにシュタークが強引に割り込みをかける。大剣が大きく地面を削り、下から鉄塊を強烈に叩く。
「はっ、全く考え無しの能なしだな。そんな固め方をしたら、自分も躱せなくなるだろうが」
同時に夕鶴が飛び込んでいた。結晶に覆われたエリザベートの手首に、全体重を乗せた大剣が振り下ろされる。
ごきりと、嫌な音が響いた。結晶ごと、エリザベートの手首がおかしな方向にへし折れる音だ。
「がああっ!」
エリザベートが絶叫し、引き寄せた鉄塊をがむしゃらに振り回した。
「あら、ご愁傷様」
明確な隙に、エニアがここぞとばかりに魔法を撃ち込む。
「またお前がぁっ!」
血走った瞳がエニアを捉える。その瞳が赤い光を点したのを見て、
「悠長にそんなことをしている場合か?」
懐に潜り込んだアルトが、刀の柄頭でエリザベートの顎を打ち上げた。視線が逸れ、体が大きく開く。
「空間認識と状況把握の能力を、もっと鍛えたらどうだ?」
そこにクリスティンの大上段からの渾身撃が、肩口に深く突き刺さった。
「痛い痛い痛いなぁもうっ!」
エリザベートが鉄塊を振り回しながら飛び退く。傷口から流れる血が結晶へと変わり出血を抑えるが、その顔色はより青白く、息も荒く口元から垂れる血を拭うことも忘れているようだ。
ここで追わなければ、倒しきれない。
ハンター達はシュタークの援護を受けて、乱舞する鉄塊を辛うじて躱しながらエリザベートへと肉薄する。
アルト、クリスティン、夕鶴の、技術に裏打ちされた動きに、武術の心得などないだろうエリザベートの反応は一歩遅れている。だが、それを補う驚異的な身体能力が、彼女を致命傷から守っている。
その動きを妨害しようとエニアとジルボの攻撃が殺到するが、それを視界に収めるべく動き始めたエリザベートの結晶に悉く防がれ躱されていく。
一進一退の攻防は続き、やがて、師団員救出及びバルーン撃破の報がトランシーバーに届いた頃。
「そろそろ、倒れてくんねーかな!」
不意を突いたジルボの二発目のコールドショットが、エリザベートの足下を再び凍らせていた。
忘れた頃の搦め手に、エリザベートはまんまとかかる。今度は軸足のずれだけで無く、真っ赤なヒールが氷面に刺さってべきりと折れる。
「まっ、オキニが……!」
「言われたときに、脱いでおけば良かったな」
その一瞬にアルトは神速で地を縮め、言葉が届くよりも早く刀が閃く。
こちらの目線を揺らし細かな動きで緩急をつけ、空を切る無数の斬撃は目眩ましに。恐らく防がれるか躱される頭部や胸などを、あたかも狙うと思わせて。
慌ててエリザベートが鎖を引くも、間に合わない。
本命の一太刀が無防備な片腕を斬り飛ばし――戦場に、赤い華を咲かせた。
握力を失った手から鎖が滑り、轟音を立てて雪の中に突き刺さる。
「う、ああああっ!」
離れた腕に繋がった血の線が、結晶化して完全な喪失を防ぐ。だが、その動きは完全に愚策だった。
失った腕に固執した意識が、目の前に迫る刃を見逃した。後ずさるエリザベートを、いくつもの攻撃が打ちのめす。もはやハンター達の血よりも、彼女自身の血で体が赤く染まっていく。
確実に倒したと確信を抱いて、このタフな怪物に最後の一撃をくれてやろうとハンター達が息を巻き――
●
エニアは、使い手を失ったアイアンメイデンへと近づく。
既にバルーンは撃破され、そちらに行っていたハンター達も合流している。オルクスのことは気になるが、エリザベートの対処も終わったと思って間違いないだろう。
アイアンメイデンは古い拷問器具であり、内側にある無数の棘で中に入れられた人間を貫くものだ。兵士が入れられているなら、救出は早い方が良いに決まっている。
留め金に指をかける。思ったよりも軽い力で、それはがちゃりと跳ね上がり。中にいた師団員が血塗れで呻きながら転がり落ち。
――……あーあ、開けちゃった。
そして中から漏れ出した仄赤い光が、辺りを覆い尽くした。
●
白銀の世界が一瞬にして、どろりと粘ついた血の色に変わる。空も地面も、遠くの景色も何もかもが赤く染まり、全ての境界線が曖昧になる。
鼻をつくのは鉄の臭い。血の海に浸かっているような臭気が、いつの間にか辺りに充満していた。
そして、
「――っ!」
絶叫が上がる。
声を上げたのは、シェリル、惣助、ジルボ、アイビス、アルト、紅薔薇、そしてタチバナとラディスラウス。突如として襲った強烈な痛みに、悲鳴を漏らしていた。覚醒もままならないシェリルは、余りの痛みに耐えかねて意識を手放してしまう。
全身を無数の槍で貫かれるような激痛に、視界が明滅する。痛みの出所を確かめようと自身の体に目を落としても、戦闘で負った傷以外に何も異常は無いようだった。
「ちょっと、何が起こってるの!」
エニアはあたふたと、突然苦しみだした仲間達に駆け寄った。
「おいおい何だこりゃ! すげー赤ぇじゃねえか!」
「まずい雰囲気だな……」
「一太刀浴びせられたのは良いが、これは……!」
海斗とクリスティン、夕鶴が、戸惑いながらも武器を構える。
「……あーもう、こんなとこで充電使っちゃうとか超もったいないじゃん。どうしてくれんの」
その先にエリザベートが――白かった肌を、背景と同化するどす黒い赤に染めたエリザベートが、金の髪と瞳を赤の中に浮かべて立っていた。
「……っ、エリザベートめ、仲間を呼んだのか……!」
意識を失いそうになりながらも、アルトが震える手で刀を構える。
その目に映るのは、異様な姿に変貌したエリザベートと、その背後に佇む彼女の三倍はある巨人のような何か。
頭からずだ袋を被り、樽に丸太を生やしたような巨躯がゆっくりとこちらに向かってきていた。
「こういう、時は……先制攻撃で……!」
「……ああ、そうだな」
荒れる息を何とか整え、ぶれる照準を何とか合わせ、ジルボと惣助が巨人に向けて引き金を引く。だが、
「効いて、ないの……?」
間違いなく頭を撃ち抜かれた巨人は、しかし少しも動じることなく歩を進める。アイビスは拳を握ったまま、じりじりと後ずさった。
「何だ、今どこを撃った」
脈絡無く響いた銃声に、夕鶴が振り返る。
銃を構えていたのはジルボと惣助だ。だが、その照準は何も無い空間を捉えている。
「……くっ、このダメージで……援軍は辛いな。師団員を連れて、撤退を……!」
「おい、援軍とは何のことだ。何が見えている、しっかりしろ!」
意味の分からない言葉に、クリスティンが素早く辺りに目を走らせる。
「お主ら、あの巨人が見えぬのか……?」
だが、巨人などどこにもいはしなかった。
話が噛み合わず、四人は困惑する。
そこへ、
「きゃははははっ! ま、ちょーっと危なかった気がしなくもなかったしぃ? あんたらが開いてなかったらあたしが開けてたかもだし、しゃーないか」
耳障りな嘲笑が響く。
その声は既に目の前に無く、いつの間にかエリザベートはアイアンメイデンの側に立っていた。にやりと歪んだ口元から、白い歯が宙に浮かぶ。
「でも、ダメ。こんなとこじゃ、流石にもったいないわ」
そう言って、バチンと勢いよく、エリザベートが扉を閉める。
その瞬間に、辺りを包んでいた赤が、アイアンメイデンの中に吸い込まれて消えた。
●
景色が雪原に戻る。照り返す陽光に白が輝き、目が眩んだ。
「うふふ、流石に疲れたみたいねぇ」
オルクスがふわりと、気遣うようにエリザベートの肩に手を乗せる。
「これ、力の使いすぎってやつぅ……? やっべ、めっちゃふらふらする……こんなん初めてなんだけどぉ」
アイアンメイデンにもたれながら、エリザベートがため息をつく。
その姿は元に戻っていて、先程までの戦闘でついた傷も見える範囲に残っていない。そして当たり前のように動く二本の腕で、ポケットからハンカチを取り出して汗を拭った。
肩で息をし、エリザベートは心底辛そうな表情を見せている。
だが、それはハンター達も同じだった。
あの異様な痛みは嘘のように消えている。しかし、あの痛みが精神を傷つけたのか、それを喰らった者達の表情は暗い。
「……お互い、ここは見逃さねーか?」
「そうねぇ、エリザベートもお疲れみたいだし」
ここで更にオルクスと一戦交えるのは、自殺行為だった。
幸いにして、オルクスは特に敵意を見せない。そのまま、ぐったりとしたエリザベートを抱きかかえ、アイアンメイデンと共にゆったりと浮き上がる。
「それじゃあ私は、この子を送っていくわぁ。また会いましょう?」
そうして、オルクスは去って行く。
その手には、一人の師団員も連れられてはいない。全ての師団員を取り戻すことに、成功したようだ。
●
「おら起きろ、帰るぞ!」
「ちょ、ちょっと、もう少し優しくした方が……」
「しゃれになんねーって、ほら、こう肩揺するとかよ」
「いやいやこういうときはな、気合いが入った方が絶対いいんだっての!」
ぐったりと倒れた師団員達の背中を、シュタークが叩く。見かねたアイビスとジルボが止めに入るが、シュタークは大丈夫大丈夫と豪快に笑うだけだ。
「シェリル、大丈夫?」
「……うん、何とか」
エニアに抱えられたシェリルは、消え入りそうな声でそう言った。意識を失ったのも精神的なもので、肉体的に問題はなさそうだとエニアは胸を撫で下ろす。
「しかし無理はするなよ。どんな影響で倒れたのか、分かったものじゃないからな」
少し厳しく声を掛けながらも、夕鶴は辺りを見渡して口元を緩める。誰も死んでいない。とりあえずは、それで十分だ。
「ぬう、頭がくらくらするのじゃ……」
「ああ、なかなかに効いたな」
「大丈夫かー? 傍から見てると、随分辛そうだったけどよ」
帰り支度を整えながら、紅薔薇と惣助は頭を振る。芯に残った気怠い重さが、あの痛みを思い出させるようで忌々しい。
とはいえ体の傷でない以上どうすることも出来ず、海斗は肩を竦めた。
「……殺し切れなんだか」
刀についた血糊を拭い、クリスティンが呟く。もう一歩というところまで行ったのだと、慚愧の念に歯噛みすることしかできなかった。
そしてアルトは、バイクに乗って出立の準備が整うまで辺りを見て回っていた。
オウレルを連れ去ったという話から、何処かにその痕跡が残っていないかと目を凝らす。しかし、雪原には足跡一つ残っていなかった。
仕方なく、来た道を戻る。
オウレルのことは残念だが、それ以外にも収穫はあった。師団長クラスの戦いを、間近で見ることが出来たことだ。
その光景を反芻する。
――恐らく、技術だけなら自分が上だ。だが、あの化け物じみた基礎能力に対抗するには……。
頭の中でイメージを膨らませながら、アルトは楽しげに口角を上げた。
●
捕らえられた師団員の殆どを救出したことで、ハンター達は第二師団員から喝采を受けながら帰還した。幸いにも大きな怪我を負った者もいなく、それほど時間をかけずに建て直すことが出来るだろう。
宙に浮かぶ夢幻城の威容を前に、一つ、勝利を挙げたのだ。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
- ノーマン・コモンズ(ka0251) → アイビス・グラス(ka2477)
- リューリ・ハルマ(ka0502) → アイビス・グラス(ka2477)
- エヴァンス・カルヴィ(ka0639) → アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- 星輝 Amhran(ka0724) → 十色・T・ エニア(ka0370)
- Uisca=S=Amhran(ka0754) → 十色・T・ エニア(ka0370)
- 春日 啓一(ka1621) → クリスティン・ガフ(ka1090)
- エイル・メヌエット(ka2807) → 紫月・海斗(ka0788)
- シガレット=ウナギパイ(ka2884) → 十色・T・ エニア(ka0370)
- アルファス(ka3312) → アイビス・グラス(ka2477)
- エリス・ブーリャ(ka3419) → アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- 李 香月(ka3948) → アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/10/23 23:01:26 |
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![]() |
相談卓 シェリル・マイヤーズ(ka0509) 人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/10/25 11:20:14 |