ゲスト
(ka0000)
デュニクス騎士団 断章『頭髪の日』
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/10/27 07:30
- 完成日
- 2015/11/08 19:11
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
“見知らぬものの髪毛をば、被くに増して穢らはしくまた――(中略)――のご婦人にふさはしからぬことのこの世にあるや否やを。かかる毛髪はしばしば死人の、それも白癬病みか(中略)、はたまたごろつき放蕩者の、地獄に堕ちた罪人の髪かも知れぬに”
アントワーヌ・エチエンヌ
●
拝啓 ゲオルギウス様
ゲオルギウス様が北部で指揮を取っておられることと思います。
こちらは動きたくても身動きが取れず――これこそゲオルギウス様はご存知でしょうから、
まさしく余談、ですね。はは……。
……随分と肌寒い季節となって参りました。
こちらは順風満帆……とは言いがたいですが、
順調ではある、と感じる毎日です。
金は動き、人が動き、形を成していく。
デュニクスは(少なくとも現状は)良き循環にある、と私は思っています。
ところで、ゲオルギウス様。
先日、ある事で悩んでいると部下に打ち明けた所、良い薬があるわ、と言われました。
重ねてになりますが、肌寒い季節となってまいりました。
――少しばかり、温かみが欲しいと、私は思うのです。
●
と、『デュニクス騎士団』青の隊の隊長であるレヴィンが出す宛のない手紙を書いていた頃。
「……というわけなのよ」
『デュニクス騎士団』の渉外役であるキャシーは、騎士団の施設内、会議室の中で艶然と微笑んでそう結んだ。
身長185cmを超える、大柄の“ブロンド美女”である彼女の実際の性別は割愛させていただくが、今日も完璧なモデル立ちと、秘奥が見えてしまいそうな程に短いスカートの組み合わせが目に鮮やかだ。
つるりとなめらかな足腕顎は完璧にしてマーヴェラスな処理を感じさせる。
……なるほど、よく解った。
どうやらハンター達の仕事はただのお使いめいたものらしい。
ならば何故これだけの人数が必要なのだろうか? という問いに、キャシーは笑みを深めた。
「それだけVIPってことよ。お相手が、ね」
なるほど、なるほど。
VIPが相手では仕方がない。
それでは、とハンター達が目的地へと移動を開始しようとした、その時だ。
「あ、ちょっと待って」
呼び止める声にハンター達が振り返ると、キャシーは滑らかに赤い口元に指をあてて、こう言ったのだった。
「実は、別件があるのよ」
そりゃそうだ、と思った者もいたかもしれない。
そうじゃなかったら。
わざわざ。
護送任務なのに。
“送り先”であるデュニクスに先に呼ばれる理由が、無い……。
●
「ほら、うちの隊長、いるでしょ?」
青の隊に属する騎士、レヴィンの事だ。通称『デュニクス騎士団』の隊長であるが、いつも何かに怯えているかのような素振りの中年騎士だ。
「あの隊長とね、こんなやり取りがあったの――」
『あ、あの、キャシーさん』
『あら。どうしたの?』
『お、おお、折り入って、お、お話が、あるのですが……っ』
『……ごめんなさい、今週の夜の予定は埋まっちゃってるの』
『ち、ちがっ!?』
『ふふ、解ってるわよ……で、どうしたの?』
『……キャ、キャシーさんは、その』
『ええ』
『けっ』
『け?』
『けっ、けっ』
『……』
『……毛の、事に、お詳しいのでは、と、思いまして――』
●
「ということがあったのよ!」
何とも嬉しそうに、キャシーは言うのだった。
「ふふ、モチロン、受けちゃったわ。ああいう世代に頼られてる感じって、堪らないのよね……」
くすくすと自らの『顎をつるり撫で』、『腕をつるつるりと撫で』るキャシーは、何故だろう。自信に満ち満ちていたのだった。
「お願いしたかったのは、内緒でオクスリを受け取って欲しかったからなの。けっこう値の張るものだから、ちゃーーんと、安全第一でVIPと一緒に持ってきて?」
●
さて。王国本土でも最も対歪虚被害の多い地方といっても過言ではない王国北西部とリベルタース地方において、希少と言っていいほどに安全な行路がある。
王国において最堅の砦にして、最前線における最大の物資集積地であるハルトフォートと、王国北西部の中で最大の都市であるデュニクスをつなぐ行路である。
大規模な物資の輸送、製品の輸送のために騎士団や第六商会の衛兵によって定期的な警邏と征伐が行われているそこは今や荷馬車一台つれた行商人が通行してもある程度安全が担保された道行きとなっている。
そんな道程を、一人の男が護送されようとしていた。
アダム・マンスフィールド。
喪われし魔術――と言うには、徐々に広く知られつつ有る魔術、『刻令術』の研究者、である。
ゴーレムを動かすための魔術――かつては、というべきであろうが――をより深めるために、彼は一人、帝国はナサニエル・カロッサ(kz0028)の元を訪れていたのであった。
数ヶ月の時を経て、晴れて王国に舞い戻った、この日。転移門を潜り抜け、ハルトフォートに辿り着いた、彼は。
「…………成る程、了解した」
魔術師にしては筋骨隆々の身体、そしてそれにふさわしい低く響く声で、こう言った。
「君たちの買い物の間くらいは待とう。急ぐ道程ではないからな」
そう。
ハンター達には自由時間が与えられていたのだった。
『良かったら、ハンターの皆もプレゼントを買ってきてあげて?』
そんな言葉と共に送り出されたハンター達が、ハルトフォートで取った行動とは――?
アントワーヌ・エチエンヌ
●
拝啓 ゲオルギウス様
ゲオルギウス様が北部で指揮を取っておられることと思います。
こちらは動きたくても身動きが取れず――これこそゲオルギウス様はご存知でしょうから、
まさしく余談、ですね。はは……。
……随分と肌寒い季節となって参りました。
こちらは順風満帆……とは言いがたいですが、
順調ではある、と感じる毎日です。
金は動き、人が動き、形を成していく。
デュニクスは(少なくとも現状は)良き循環にある、と私は思っています。
ところで、ゲオルギウス様。
先日、ある事で悩んでいると部下に打ち明けた所、良い薬があるわ、と言われました。
重ねてになりますが、肌寒い季節となってまいりました。
――少しばかり、温かみが欲しいと、私は思うのです。
●
と、『デュニクス騎士団』青の隊の隊長であるレヴィンが出す宛のない手紙を書いていた頃。
「……というわけなのよ」
『デュニクス騎士団』の渉外役であるキャシーは、騎士団の施設内、会議室の中で艶然と微笑んでそう結んだ。
身長185cmを超える、大柄の“ブロンド美女”である彼女の実際の性別は割愛させていただくが、今日も完璧なモデル立ちと、秘奥が見えてしまいそうな程に短いスカートの組み合わせが目に鮮やかだ。
つるりとなめらかな足腕顎は完璧にしてマーヴェラスな処理を感じさせる。
……なるほど、よく解った。
どうやらハンター達の仕事はただのお使いめいたものらしい。
ならば何故これだけの人数が必要なのだろうか? という問いに、キャシーは笑みを深めた。
「それだけVIPってことよ。お相手が、ね」
なるほど、なるほど。
VIPが相手では仕方がない。
それでは、とハンター達が目的地へと移動を開始しようとした、その時だ。
「あ、ちょっと待って」
呼び止める声にハンター達が振り返ると、キャシーは滑らかに赤い口元に指をあてて、こう言ったのだった。
「実は、別件があるのよ」
そりゃそうだ、と思った者もいたかもしれない。
そうじゃなかったら。
わざわざ。
護送任務なのに。
“送り先”であるデュニクスに先に呼ばれる理由が、無い……。
●
「ほら、うちの隊長、いるでしょ?」
青の隊に属する騎士、レヴィンの事だ。通称『デュニクス騎士団』の隊長であるが、いつも何かに怯えているかのような素振りの中年騎士だ。
「あの隊長とね、こんなやり取りがあったの――」
『あ、あの、キャシーさん』
『あら。どうしたの?』
『お、おお、折り入って、お、お話が、あるのですが……っ』
『……ごめんなさい、今週の夜の予定は埋まっちゃってるの』
『ち、ちがっ!?』
『ふふ、解ってるわよ……で、どうしたの?』
『……キャ、キャシーさんは、その』
『ええ』
『けっ』
『け?』
『けっ、けっ』
『……』
『……毛の、事に、お詳しいのでは、と、思いまして――』
●
「ということがあったのよ!」
何とも嬉しそうに、キャシーは言うのだった。
「ふふ、モチロン、受けちゃったわ。ああいう世代に頼られてる感じって、堪らないのよね……」
くすくすと自らの『顎をつるり撫で』、『腕をつるつるりと撫で』るキャシーは、何故だろう。自信に満ち満ちていたのだった。
「お願いしたかったのは、内緒でオクスリを受け取って欲しかったからなの。けっこう値の張るものだから、ちゃーーんと、安全第一でVIPと一緒に持ってきて?」
●
さて。王国本土でも最も対歪虚被害の多い地方といっても過言ではない王国北西部とリベルタース地方において、希少と言っていいほどに安全な行路がある。
王国において最堅の砦にして、最前線における最大の物資集積地であるハルトフォートと、王国北西部の中で最大の都市であるデュニクスをつなぐ行路である。
大規模な物資の輸送、製品の輸送のために騎士団や第六商会の衛兵によって定期的な警邏と征伐が行われているそこは今や荷馬車一台つれた行商人が通行してもある程度安全が担保された道行きとなっている。
そんな道程を、一人の男が護送されようとしていた。
アダム・マンスフィールド。
喪われし魔術――と言うには、徐々に広く知られつつ有る魔術、『刻令術』の研究者、である。
ゴーレムを動かすための魔術――かつては、というべきであろうが――をより深めるために、彼は一人、帝国はナサニエル・カロッサ(kz0028)の元を訪れていたのであった。
数ヶ月の時を経て、晴れて王国に舞い戻った、この日。転移門を潜り抜け、ハルトフォートに辿り着いた、彼は。
「…………成る程、了解した」
魔術師にしては筋骨隆々の身体、そしてそれにふさわしい低く響く声で、こう言った。
「君たちの買い物の間くらいは待とう。急ぐ道程ではないからな」
そう。
ハンター達には自由時間が与えられていたのだった。
『良かったら、ハンターの皆もプレゼントを買ってきてあげて?』
そんな言葉と共に送り出されたハンター達が、ハルトフォートで取った行動とは――?
リプレイ本文
●風の中の
――枯れる。
職人は、絶望のどん底にいた。為す術が無かった。
一人の少女がつぶやいた。
『植えて見ればいいんじゃないかしら』
どよめきが走った。
あまりにも、冒涜的な。あまりにも、背徳的な。
それは後戻りのできない、いちかばちかの挑戦だった。
「魔法の薬・10万本の奇跡 ~不毛の大地からの逆転劇~……なのですよ」
●
「どうしたの?」
「はっ」
届いた声に、Leo=Evergreen (ka3902)は不意に我に返った。
雨音に微睡む玻璃草(ka4538)の声だった。レオが首を振ると、異質なまでに長く靭やかな髪が馬の尾のように揺れた。
「なんでもないのです」
「あら、そうなの」
笑うフィリアに引き出されるように、レオは笑みを浮かべた。
彼女は少女のことを好いていた。
何よりも、その髪を。
アルルベル・ベルベット(ka2730)の呟きが、ぽつりと溢れる。
「――毛のための薬、か」
思う所は無いでもない、心当たりもありすぎる程にあるのだが、そっと見ないふりをする。
優れた機導師は観察と実践を旨とする。
「努力を欠かさないからこそキャシーは綺麗なのだろうな。その姿勢、私も見習わなければなるまい」
そして、何よりも教訓を愛するところである。アルルベル。全力で見送る構えだった。
「キャシー殿、秘密の薬とやらは任されよ!」
「あら、アリガトね、かわいい坊や」
ディヤー・A・バトロス(ka5743)はにんまりと笑んで言う。
く、と可愛らしく喉を鳴らした彼女は、
――キャシー殿の目、あれは見たことがあるぞ。悪戯を考えているワシの目とよう似とる!
彼女は既に、事の動静を見守り、心ゆくままに味わいつくす構えである。
一方、中庭では。
「おお、よーーし、此処にいたか! デスドクロ騎士団!!」
「「「!?」」」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が有頂天だった。騎士団の戦闘員一同の困惑をものともせずに。
「ンだぁ? 来たか? 俺様の暗黒皇帝のおかげで士気も馬鹿上がりか? ギュワーーっと来たか? ん?」
「アンタは」「あの時のハンター」「命の恩人の――」
「くっ、忙しい俺様だが……来てやったぜ……ン? 少し見ない間に数が増えたか!」
「「「聞いちゃいねぇ」」」
総勢五十名を超える部下達(?)を前にガハハ、と笑うデスドクロはとても楽しそうだった。
――そんな一同が向かった先。
ハルトフォート。王国西部の要衝、である。
●
アダムが気にしない、という事だったので、一同は三々五々に散った。
ウォルター・ヨー(ka2967)などは急ぎ足である。なにせやりたいことが多い。
「ぬっふ、いやぁ、機会ってのは巡るもんで」
今の彼にとって、最も興味深い状況だった。
「ぬっふっふ」
嘯きながら、少年は城塞都市の繁華街へと消える。
仲良く手を繋いだフィリアとレオ。城塞都市の、無骨ながらも熱気ある街なみに、華やいだ声が響く。
「手々繋いでおっ買いっものー!」
「早く行きましょう! プレゼントをいっぱい用意しなくちゃいけないわ!
まんまるなおじさんと、枯れ枝みたいなおじさんとおっきいおねえさん? とちいさいおねえさん……それに何時も鉄とお喋りしてるおじさんと、寒がりなおじさんと、他にもいっぱい!」
「……フィリア、その全員にプレゼントを用意するんです……?」
「ええ、勿論よ? ねぇ、何が良いかしら――『泡吹く蜜蜂』を探して聞いてみる?」
レオの頭の中で数字が踊る。が、そのうち、もうどうにでもなぁれと、にへらと笑う。フィリアには――あるいはその髪は――レオに対してそんな魔力があるようだった。
「探すのです!」
キャシーから回収を頼まれた品を受け取ったデスドクロは、すぐにアダムの元へと戻った。押し付けるように瓶を渡す。
「……む?」
「依頼人に頼まれたヤツだ。待ってる間暇だろ?」
「ふむ、構わんが」
アダムが目を落とす先。少し大きめな瓶に波波と入った液体。コルク栓がキツく締められており、匂いの程は解らなかった。
「これが毛の薬ィ……? あーあーあーあー、要はアレだろ。ヘアカラーみてぇなもんだろ」
「ヘアカラー?」
「は、そうか、そうだよなァ、知らねェよなァ……確かにこっちの世界にゃそういった化粧品関係は少ねぇからな……なるほどなるほど……そういうことかよデスドクロ騎士団……」
一人納得したデスドクロはそのままスタスタと歩いて何処かへと消えていった。
「……デスドクロ騎士団?」
「ガハハハ!!」
ただ、喜悦の滲む大笑を残して。
●
「賑やかじゃのー!」
ディヤーは人波をすり抜けるように歩き回る。職人に商人に小僧に兵士、そして兵士の家族らを対象にしているであろう某か。
「む、これはレヴィン殿に似合いそうじゃの」
路上に開かれた帽子露店に気付くと、そそくさと駆けよる。んー、と品定めをしながら、値段や質を確認すると。
「……こういうのはまだ安いんじゃな?」
と、呟いた。手頃な値段だから、買う分には差し支えはないのだが、最近、鉄鉱石や精錬された鉄の値が徐々に上がっているらしい、と別の店で聞いての事だった。
「ふーむ、ふむ、ふむ……」
と、店先で唸っていたところ。
「おや」
「お?」
掛けられた声に振り向くとそこにはアルルベルがいた。手元には、既に大きな包みがある。此処に寄る前に見つけた彼女の『師』への贈り物であることを、ディヤーは知らない。ただ、彼女と同じく、この時間を満喫しているように感じた。
「どうしたのじゃ?」
「レヴィン氏に……その、暖かな帽子でも、用意をしておいてあげようと、ね」
「ふーむ……優しいのじゃな!」
「どうだろうね。せめてもの……慰め、といったところだから」
ディヤーの眩い笑顔に、アルルベルのささやかな胸が痛むが、無表情がその痛みを押し隠したようだった。
「ワシもな、帽子を探しておったのじゃ。これとかどうじゃろう」
「確かに、色味が彼の装いに合いそうだ。それに……」
「うむ?」
「暖かそうだ」
無表情ながらも、冗談めいた色の滲む声であった。
「まさかあんなに高ぇとは……」
ウォルターはぶつくさ零しながら店から出て来た。毛根をライズアップする事なんて考えもしなかったから、あんなに値が張るものとは知らなかったのだ。
「しかも詐欺臭い……藁にも縋る、とはよく言ったもんで」
金を払うのも躊躇われる胡散臭さに辟易としていた。だがまあ、切り替えも早かった。所詮他人の毛根事情である。
「知りたい事もありやすし……ま、適当な香水にしやしょかね」
「ヘアカラーってことは、あれだろ? 俺様のように漆黒の髪に染めたい、そういう連中が増えてきたってこったな?」
高らかに笑う威容、デスドクロの歩みは軽い。異様な風体と言動に誰も周りが避けて通る。そんなこと気にも留めずに、一人往く。
「結構なことじゃねぇか。色気づいてこそ一人前の男ってもんよ!」
どうやら土産を漁りに来たらしい。店を眺めては店員に警戒され、ティンと来なければ次へと移り――それを繰り返している内に、幾つか気にいったものが手元に残っていく。
安価だが確りとした作りの髪飾りを外見には似合わぬ小器用さでくるりくるりと指先で回しながら、
「……いずれ騎士団で揃いのヤツを作ってみるのも悪くねぇかもな」
ニ、と笑うのだった。
「♪~」
片手で手を繋ぎ、空いた手で傘を広げるフィリアはとても幸せそうだった。
「ううーむ……塵みたいな毛ばかりなのですよ」
対して、レオはというと気鬱な様子であった。フィリアに新しい傘を、と意気込んだものの、フィリアのお気に召すものが見つからなかった事もある。ならば、と探し始めた植毛用の毛――などあるわけもなく、洒落のように置かれてる鬘が並ぶばかり。
「レオ、あっちに行きましょう。椎の実はつむじ風の影に隠れてるもの。だからきっと素敵な物があるわ!」
「お、お」
くい、とフィリアに手を引かれて、レオは慌てて残る手を強く握り締めた。決して落とすわけにはいかないものばかりが入った、紙袋。
中に入っているのは、フィリアが見つけて、これはあの人に、と決めて集めたものだった。ガラクタにしか見えないそれらを、嬉しげに。
――彼女の『雨音』は、世界は、きっときれいなのだろうな、とレオは思った。
どこか、痛みと共に。
●
土産の品を手にしたデュニクスへの道中は、賑やかなものだった。
刻令術について聞きたい、というウォルターとアルルベルに対して、一しきりの説明をしたアダム。過去に詳びらかにされている部分でもあるので此処では省いておこう。
「ただ、懸念だった命令系統の複雑化と燃費については――機導術と、周辺技術の応用で改善の見込みが出来たよ」
「……ほぅ」
――まさか、機導術とは。
思ってもみなかった。アルルベルは感嘆の息を零す。遠慮など、吹き飛んでいた。勿論、ウォルターがアルルベルの髪を弄んでいる事にも気付く気配すらもない。くひひ、と少年が笑う傍ら、さらに問う。
「……デュニクスでの刻令術の運用は、どの程度可能なのかも、教えてもらえるかい」
「それは……そう、だな。ヘクス――卿、と打ち合わせている範囲では、恐らく実現に問題はない、と考えているが」
「ひょっとして、その体躯にも意味があるのかな?」
「これは……」
しばし、言葉を呑んだアダムは、
「……彫像を作る事が、趣味でね。自然と」
「「ちょうぞう」」
「……」
肌寒い風がひと吹き、流れた。
その時だ。
「アダム殿も食べるかの?」
にんまりとその様子を眺めていたディヤーが、湯気立つ包みごと差し出した。
「む」
意表を突かれたアダムは、暫しその包みを眺めていた。ディヤーはやや慌てた素振りを一つして、
「と、失礼した。VIP殿に変な物を食べさせては護衛としては失格じゃな」
「いや」
戻そうとする手を、アダムの硬い手が留めた。
「頂こう。長らく帝国にいたから、こちらの味が恋しくてね」
「そうかの。なら、ほれ」
「あたしにゃ無いんで?」
「無いのう」
「……あい、あい」
アダム殿は善き人じゃのー、と、アダムの応答に満足したのか、嬉しげなディヤーに対して、至極大げさに吐息を溢すウォルター。
遠く、デュニクスへの空を見上げながら、ふと、頭をよぎるのは。
――デュニクスは、どえらい事に巻き込まれてるようで。
そんな事だった。
要塞都市であるハルトフォートで鉄の値段が上がる程のモノの動きだ。酒飲みでもなければ耳の早い者は酒の都としてのデュニクスの復興など期待していない事はよく知れた。
なら、何が、となると。
「……『戦の準備をしている』、ね」
少しばかり、沈鬱が勝って幾度目かの嘆息を零したのだった。
●
デュニクスについてまもなく。アダムがレヴィン達と言葉を交わす中、キャシーとデスドクロが何やらやり取りをしていた。
「あら……そうね。少しだけなら……いいわよ」
「ガハハ! そうこなくっちゃなァ!」
バッツンバッツンとキャシーの背を叩くデスドクロは、手にした小瓶を掲げる。
「!」
それを見たレオの表情が硬くなる。土産を配って回るフィリアがこの場に居なくて良かった。溢れる殺気を、どうにも抑えられそうになかった。
――せっかく耕した所に除草薬撒くとは言語道断なのです。
爛々と目が血色に輝くのに全く気づかないまま、デスドクロは呵呵と大笑しながら、
「こういうのはトップがまず試すもんだってな。更に黒く……そう! ブラックオブブラックになってこそのデスドクロ様だぜ!」
「「ふぁっ!?」」
ずばーっと、その小瓶の薬液を頭皮に浴びせた。レオとキャシー、二人ともに驚愕するのも暗黒皇帝様は一切気にしない。更なる黒への渇望が、男の黒々とした頭皮を刺激する。
「ガハハ! ……ん?」
硬い毛をぐわしぐわしと両手で揉み込みながら――ふと、気づいた。自らの身体を蹂躙する、暗黒とは程遠いナニカ。
即ち。
「甘い……」「何コレ……香水?」
「……ぶっへ、ぶほ、あ……ぶは……何だこりゃァ!」
大量の『香水』を浴びたデスドクロは押し寄せる臭気を前に暫しむせ続けるのだった――。
――その頃。
「ぶええーっくしょい!」
デュニクスの片隅で、そんなくしゃみが上がったとか、上がらなかったとか。
その『少年』はデュニクスの非合法組織について調べていたようだったが――その成果は上がらなかった事は、付記しておこう。
チンピラは居たが、野心ある悪党の気配は、無かったのだった。
●
「あら、楽しい御茶会が始まっていたの?」
タラリラ、と。軽い足取りでフィリアが戻ってくると、悶えるデスドクロがキャシーに連れられて水を浴びに往く所だった。
「おう、中々見ものじゃったよ! つるっつるが見れなくて残念じゃったがの」
ディヤーの快活な返事に、フィリアは嬉しげに微笑みを返した。そのまま、くるり、と視線を送る先には――何故か動揺しているレヴィン。
「ね、おじさん」
「は、はい」
「おじさんは寒いんでしょう? どうしてツルツルにしたかったの?」
「………………」
絶句するレヴィンに、レオもディヤーは口を大きく開けていた。
まさか、そんな、そこに踏み込むなんて。
「『へそ曲がりのラッパ銃』だってそんなに変なことはしないし」
「変」
「『針無しを夢見るハリネズミ』だって、本当に針がなくなったら後悔するもの。今よりもっとなくなったら大変だわ?」
「…………今より、た、大変」
うわ言のように繰り返すレヴィンが流石に哀れになったのか、ディヤーの眉が悲しげにひそめられる。
「針が無いハリネズミも、可愛いかもしれんぞ……? チャームポイント、というやつじゃ。のぅ、レヴィン殿」
「…………」
少女の言葉に、レヴィンは遂にズシャァ、と膝を衝いてしまった。
――流石に哀れを誘うのです。
レオですらそう思った時。つと、フィリアが。
「だから、あのね、わたしの髪をあげるわ」
「「は?」」
二つの声が返った。方や呆然と。方や憤怒と共に。フィリアはふわふわと笑いながら、その柔らかな髪を摘む。
「わたしはいっぱい髪があるから、少しくらい減ってもへっちゃらだわ。
――ほら、『歯車仕掛けの蛇』も良いアイデアだって言ってるわ」
「ノォォォォ!」
殺人的な大きさの鋏を取り出したフィリアの手を、レオは身体ごとぶつかるようにして止める。
「ダメ! 絶対! そんな! 不毛の大地に桜を植えるような! ダメなのです!!」
「……あら、ダメなの?」
「ダメなのです!」
「……そう、レオが言うなら、仕方ないわね。ごめんなさい、おじさん」
「………………はは」
丸く収まったように見えて、レヴィンの心は擦り切れてしまっていた。
かくして。
レヴィンの頭皮は守られた。ついでにアダムも無事にデュニクスに辿り着いた。
――ただ、一人の男の心に、深い傷を残して……。
――枯れる。
職人は、絶望のどん底にいた。為す術が無かった。
一人の少女がつぶやいた。
『植えて見ればいいんじゃないかしら』
どよめきが走った。
あまりにも、冒涜的な。あまりにも、背徳的な。
それは後戻りのできない、いちかばちかの挑戦だった。
「魔法の薬・10万本の奇跡 ~不毛の大地からの逆転劇~……なのですよ」
●
「どうしたの?」
「はっ」
届いた声に、Leo=Evergreen (ka3902)は不意に我に返った。
雨音に微睡む玻璃草(ka4538)の声だった。レオが首を振ると、異質なまでに長く靭やかな髪が馬の尾のように揺れた。
「なんでもないのです」
「あら、そうなの」
笑うフィリアに引き出されるように、レオは笑みを浮かべた。
彼女は少女のことを好いていた。
何よりも、その髪を。
アルルベル・ベルベット(ka2730)の呟きが、ぽつりと溢れる。
「――毛のための薬、か」
思う所は無いでもない、心当たりもありすぎる程にあるのだが、そっと見ないふりをする。
優れた機導師は観察と実践を旨とする。
「努力を欠かさないからこそキャシーは綺麗なのだろうな。その姿勢、私も見習わなければなるまい」
そして、何よりも教訓を愛するところである。アルルベル。全力で見送る構えだった。
「キャシー殿、秘密の薬とやらは任されよ!」
「あら、アリガトね、かわいい坊や」
ディヤー・A・バトロス(ka5743)はにんまりと笑んで言う。
く、と可愛らしく喉を鳴らした彼女は、
――キャシー殿の目、あれは見たことがあるぞ。悪戯を考えているワシの目とよう似とる!
彼女は既に、事の動静を見守り、心ゆくままに味わいつくす構えである。
一方、中庭では。
「おお、よーーし、此処にいたか! デスドクロ騎士団!!」
「「「!?」」」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が有頂天だった。騎士団の戦闘員一同の困惑をものともせずに。
「ンだぁ? 来たか? 俺様の暗黒皇帝のおかげで士気も馬鹿上がりか? ギュワーーっと来たか? ん?」
「アンタは」「あの時のハンター」「命の恩人の――」
「くっ、忙しい俺様だが……来てやったぜ……ン? 少し見ない間に数が増えたか!」
「「「聞いちゃいねぇ」」」
総勢五十名を超える部下達(?)を前にガハハ、と笑うデスドクロはとても楽しそうだった。
――そんな一同が向かった先。
ハルトフォート。王国西部の要衝、である。
●
アダムが気にしない、という事だったので、一同は三々五々に散った。
ウォルター・ヨー(ka2967)などは急ぎ足である。なにせやりたいことが多い。
「ぬっふ、いやぁ、機会ってのは巡るもんで」
今の彼にとって、最も興味深い状況だった。
「ぬっふっふ」
嘯きながら、少年は城塞都市の繁華街へと消える。
仲良く手を繋いだフィリアとレオ。城塞都市の、無骨ながらも熱気ある街なみに、華やいだ声が響く。
「手々繋いでおっ買いっものー!」
「早く行きましょう! プレゼントをいっぱい用意しなくちゃいけないわ!
まんまるなおじさんと、枯れ枝みたいなおじさんとおっきいおねえさん? とちいさいおねえさん……それに何時も鉄とお喋りしてるおじさんと、寒がりなおじさんと、他にもいっぱい!」
「……フィリア、その全員にプレゼントを用意するんです……?」
「ええ、勿論よ? ねぇ、何が良いかしら――『泡吹く蜜蜂』を探して聞いてみる?」
レオの頭の中で数字が踊る。が、そのうち、もうどうにでもなぁれと、にへらと笑う。フィリアには――あるいはその髪は――レオに対してそんな魔力があるようだった。
「探すのです!」
キャシーから回収を頼まれた品を受け取ったデスドクロは、すぐにアダムの元へと戻った。押し付けるように瓶を渡す。
「……む?」
「依頼人に頼まれたヤツだ。待ってる間暇だろ?」
「ふむ、構わんが」
アダムが目を落とす先。少し大きめな瓶に波波と入った液体。コルク栓がキツく締められており、匂いの程は解らなかった。
「これが毛の薬ィ……? あーあーあーあー、要はアレだろ。ヘアカラーみてぇなもんだろ」
「ヘアカラー?」
「は、そうか、そうだよなァ、知らねェよなァ……確かにこっちの世界にゃそういった化粧品関係は少ねぇからな……なるほどなるほど……そういうことかよデスドクロ騎士団……」
一人納得したデスドクロはそのままスタスタと歩いて何処かへと消えていった。
「……デスドクロ騎士団?」
「ガハハハ!!」
ただ、喜悦の滲む大笑を残して。
●
「賑やかじゃのー!」
ディヤーは人波をすり抜けるように歩き回る。職人に商人に小僧に兵士、そして兵士の家族らを対象にしているであろう某か。
「む、これはレヴィン殿に似合いそうじゃの」
路上に開かれた帽子露店に気付くと、そそくさと駆けよる。んー、と品定めをしながら、値段や質を確認すると。
「……こういうのはまだ安いんじゃな?」
と、呟いた。手頃な値段だから、買う分には差し支えはないのだが、最近、鉄鉱石や精錬された鉄の値が徐々に上がっているらしい、と別の店で聞いての事だった。
「ふーむ、ふむ、ふむ……」
と、店先で唸っていたところ。
「おや」
「お?」
掛けられた声に振り向くとそこにはアルルベルがいた。手元には、既に大きな包みがある。此処に寄る前に見つけた彼女の『師』への贈り物であることを、ディヤーは知らない。ただ、彼女と同じく、この時間を満喫しているように感じた。
「どうしたのじゃ?」
「レヴィン氏に……その、暖かな帽子でも、用意をしておいてあげようと、ね」
「ふーむ……優しいのじゃな!」
「どうだろうね。せめてもの……慰め、といったところだから」
ディヤーの眩い笑顔に、アルルベルのささやかな胸が痛むが、無表情がその痛みを押し隠したようだった。
「ワシもな、帽子を探しておったのじゃ。これとかどうじゃろう」
「確かに、色味が彼の装いに合いそうだ。それに……」
「うむ?」
「暖かそうだ」
無表情ながらも、冗談めいた色の滲む声であった。
「まさかあんなに高ぇとは……」
ウォルターはぶつくさ零しながら店から出て来た。毛根をライズアップする事なんて考えもしなかったから、あんなに値が張るものとは知らなかったのだ。
「しかも詐欺臭い……藁にも縋る、とはよく言ったもんで」
金を払うのも躊躇われる胡散臭さに辟易としていた。だがまあ、切り替えも早かった。所詮他人の毛根事情である。
「知りたい事もありやすし……ま、適当な香水にしやしょかね」
「ヘアカラーってことは、あれだろ? 俺様のように漆黒の髪に染めたい、そういう連中が増えてきたってこったな?」
高らかに笑う威容、デスドクロの歩みは軽い。異様な風体と言動に誰も周りが避けて通る。そんなこと気にも留めずに、一人往く。
「結構なことじゃねぇか。色気づいてこそ一人前の男ってもんよ!」
どうやら土産を漁りに来たらしい。店を眺めては店員に警戒され、ティンと来なければ次へと移り――それを繰り返している内に、幾つか気にいったものが手元に残っていく。
安価だが確りとした作りの髪飾りを外見には似合わぬ小器用さでくるりくるりと指先で回しながら、
「……いずれ騎士団で揃いのヤツを作ってみるのも悪くねぇかもな」
ニ、と笑うのだった。
「♪~」
片手で手を繋ぎ、空いた手で傘を広げるフィリアはとても幸せそうだった。
「ううーむ……塵みたいな毛ばかりなのですよ」
対して、レオはというと気鬱な様子であった。フィリアに新しい傘を、と意気込んだものの、フィリアのお気に召すものが見つからなかった事もある。ならば、と探し始めた植毛用の毛――などあるわけもなく、洒落のように置かれてる鬘が並ぶばかり。
「レオ、あっちに行きましょう。椎の実はつむじ風の影に隠れてるもの。だからきっと素敵な物があるわ!」
「お、お」
くい、とフィリアに手を引かれて、レオは慌てて残る手を強く握り締めた。決して落とすわけにはいかないものばかりが入った、紙袋。
中に入っているのは、フィリアが見つけて、これはあの人に、と決めて集めたものだった。ガラクタにしか見えないそれらを、嬉しげに。
――彼女の『雨音』は、世界は、きっときれいなのだろうな、とレオは思った。
どこか、痛みと共に。
●
土産の品を手にしたデュニクスへの道中は、賑やかなものだった。
刻令術について聞きたい、というウォルターとアルルベルに対して、一しきりの説明をしたアダム。過去に詳びらかにされている部分でもあるので此処では省いておこう。
「ただ、懸念だった命令系統の複雑化と燃費については――機導術と、周辺技術の応用で改善の見込みが出来たよ」
「……ほぅ」
――まさか、機導術とは。
思ってもみなかった。アルルベルは感嘆の息を零す。遠慮など、吹き飛んでいた。勿論、ウォルターがアルルベルの髪を弄んでいる事にも気付く気配すらもない。くひひ、と少年が笑う傍ら、さらに問う。
「……デュニクスでの刻令術の運用は、どの程度可能なのかも、教えてもらえるかい」
「それは……そう、だな。ヘクス――卿、と打ち合わせている範囲では、恐らく実現に問題はない、と考えているが」
「ひょっとして、その体躯にも意味があるのかな?」
「これは……」
しばし、言葉を呑んだアダムは、
「……彫像を作る事が、趣味でね。自然と」
「「ちょうぞう」」
「……」
肌寒い風がひと吹き、流れた。
その時だ。
「アダム殿も食べるかの?」
にんまりとその様子を眺めていたディヤーが、湯気立つ包みごと差し出した。
「む」
意表を突かれたアダムは、暫しその包みを眺めていた。ディヤーはやや慌てた素振りを一つして、
「と、失礼した。VIP殿に変な物を食べさせては護衛としては失格じゃな」
「いや」
戻そうとする手を、アダムの硬い手が留めた。
「頂こう。長らく帝国にいたから、こちらの味が恋しくてね」
「そうかの。なら、ほれ」
「あたしにゃ無いんで?」
「無いのう」
「……あい、あい」
アダム殿は善き人じゃのー、と、アダムの応答に満足したのか、嬉しげなディヤーに対して、至極大げさに吐息を溢すウォルター。
遠く、デュニクスへの空を見上げながら、ふと、頭をよぎるのは。
――デュニクスは、どえらい事に巻き込まれてるようで。
そんな事だった。
要塞都市であるハルトフォートで鉄の値段が上がる程のモノの動きだ。酒飲みでもなければ耳の早い者は酒の都としてのデュニクスの復興など期待していない事はよく知れた。
なら、何が、となると。
「……『戦の準備をしている』、ね」
少しばかり、沈鬱が勝って幾度目かの嘆息を零したのだった。
●
デュニクスについてまもなく。アダムがレヴィン達と言葉を交わす中、キャシーとデスドクロが何やらやり取りをしていた。
「あら……そうね。少しだけなら……いいわよ」
「ガハハ! そうこなくっちゃなァ!」
バッツンバッツンとキャシーの背を叩くデスドクロは、手にした小瓶を掲げる。
「!」
それを見たレオの表情が硬くなる。土産を配って回るフィリアがこの場に居なくて良かった。溢れる殺気を、どうにも抑えられそうになかった。
――せっかく耕した所に除草薬撒くとは言語道断なのです。
爛々と目が血色に輝くのに全く気づかないまま、デスドクロは呵呵と大笑しながら、
「こういうのはトップがまず試すもんだってな。更に黒く……そう! ブラックオブブラックになってこそのデスドクロ様だぜ!」
「「ふぁっ!?」」
ずばーっと、その小瓶の薬液を頭皮に浴びせた。レオとキャシー、二人ともに驚愕するのも暗黒皇帝様は一切気にしない。更なる黒への渇望が、男の黒々とした頭皮を刺激する。
「ガハハ! ……ん?」
硬い毛をぐわしぐわしと両手で揉み込みながら――ふと、気づいた。自らの身体を蹂躙する、暗黒とは程遠いナニカ。
即ち。
「甘い……」「何コレ……香水?」
「……ぶっへ、ぶほ、あ……ぶは……何だこりゃァ!」
大量の『香水』を浴びたデスドクロは押し寄せる臭気を前に暫しむせ続けるのだった――。
――その頃。
「ぶええーっくしょい!」
デュニクスの片隅で、そんなくしゃみが上がったとか、上がらなかったとか。
その『少年』はデュニクスの非合法組織について調べていたようだったが――その成果は上がらなかった事は、付記しておこう。
チンピラは居たが、野心ある悪党の気配は、無かったのだった。
●
「あら、楽しい御茶会が始まっていたの?」
タラリラ、と。軽い足取りでフィリアが戻ってくると、悶えるデスドクロがキャシーに連れられて水を浴びに往く所だった。
「おう、中々見ものじゃったよ! つるっつるが見れなくて残念じゃったがの」
ディヤーの快活な返事に、フィリアは嬉しげに微笑みを返した。そのまま、くるり、と視線を送る先には――何故か動揺しているレヴィン。
「ね、おじさん」
「は、はい」
「おじさんは寒いんでしょう? どうしてツルツルにしたかったの?」
「………………」
絶句するレヴィンに、レオもディヤーは口を大きく開けていた。
まさか、そんな、そこに踏み込むなんて。
「『へそ曲がりのラッパ銃』だってそんなに変なことはしないし」
「変」
「『針無しを夢見るハリネズミ』だって、本当に針がなくなったら後悔するもの。今よりもっとなくなったら大変だわ?」
「…………今より、た、大変」
うわ言のように繰り返すレヴィンが流石に哀れになったのか、ディヤーの眉が悲しげにひそめられる。
「針が無いハリネズミも、可愛いかもしれんぞ……? チャームポイント、というやつじゃ。のぅ、レヴィン殿」
「…………」
少女の言葉に、レヴィンは遂にズシャァ、と膝を衝いてしまった。
――流石に哀れを誘うのです。
レオですらそう思った時。つと、フィリアが。
「だから、あのね、わたしの髪をあげるわ」
「「は?」」
二つの声が返った。方や呆然と。方や憤怒と共に。フィリアはふわふわと笑いながら、その柔らかな髪を摘む。
「わたしはいっぱい髪があるから、少しくらい減ってもへっちゃらだわ。
――ほら、『歯車仕掛けの蛇』も良いアイデアだって言ってるわ」
「ノォォォォ!」
殺人的な大きさの鋏を取り出したフィリアの手を、レオは身体ごとぶつかるようにして止める。
「ダメ! 絶対! そんな! 不毛の大地に桜を植えるような! ダメなのです!!」
「……あら、ダメなの?」
「ダメなのです!」
「……そう、レオが言うなら、仕方ないわね。ごめんなさい、おじさん」
「………………はは」
丸く収まったように見えて、レヴィンの心は擦り切れてしまっていた。
かくして。
レヴィンの頭皮は守られた。ついでにアダムも無事にデュニクスに辿り着いた。
――ただ、一人の男の心に、深い傷を残して……。
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雑談卓 デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013) 人間(リアルブルー)|34才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/10/26 22:17:08 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/10/27 06:27:57 |