ゲスト
(ka0000)
血の杯
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/10/31 07:30
- 完成日
- 2015/11/05 22:13
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
難民の一団に紛れた、流れの職人・ターク氏とその妻子。
夜明け頃、戦火に巻き込まれた名も知れぬ村を通り抜ける間、
彼らは2頭立ての馬車の中で息を殺していた。
列の先頭では、革命軍が検問を敷いていた。
近く、帝都への進撃が始まるらしい。帝国軍との交戦が予想される侵攻ルート上の村々から、
いち早く逃れて来た住民を、革命軍が自らの占領地域へと誘導していく。
ターク一家の番が来ると、金子を預かっていた御者が車外で、
「4人です。男ふたり、女ひとり、子供ひとり」
「見せろ」
難民には保護と引き換えに、財産の供出が求められる。
「良し、行け」
「革命万歳!」
金を払い終えた御者が、再び馬車を動かす。
ターク氏の一人娘は小窓のカーテンをそっとめくって、外の様子をうかがった。
魔導銃で武装した革命戦士たち。
彼らの頭上、村の出入口のアーチには、首を吊られた裸の死体がいくつもぶら下がっている。
内ひとつ、絶叫の表情をしたままどす黒く腐った死体の口から、大きな蠅が何匹もわっと飛び出した――
●
「ドリス」
「おうっ」
応接間のソファでうなされていたドリスを、編集長のヴァルターが叩き起こした。
帝都地元紙『バルトアンデルス日報』、通称・バルツの社屋。壁かけ時計の針は午前5時を指す。
「出られるか?」
「そりゃもう。火事? 殺人? 水難事故? 現場は」
起き抜けに、まずは煙草をくわえて火を探すドリスだったが、
「バルデンプラッツ。ヴェールマンが殺られた」
現場を教えられるなり、ヴァルターを押し退け、玄関ホールへ駆け出した。
フロックコートの裾を翻し、走り去っていく彼女の背に編集長が言う、
「クリストフをつける。現場で落ち合え!」
「どきな」
社屋前で配達の準備をしていた少年から、自転車を奪い取る。
目指すはイルリ河北岸・バルデンプラッツ区。
バルトアンデルス城はじめ、帝国軍・政府の施設が集まる帝都の中心部だ。
同時に、新興ブルジョワや企業の事務所が数多く立ち並ぶ、ビジネス街でもある。
銀行家にして悪徳高利貸のヴェールマンも、そこにオフィスを構えていた筈だが、
今回の事件現場となったのは――
●
同僚のクリストフが着く頃には、おおよその状況が分かっていた。
現場は、区内にある高級ホテル上階の一室。
明け方、まずは廊下に転がっていた男の死体ふたつをボーイが見つけた。
ヴェールマンは2部屋に仕切られたその階を、丸ごと貸切していたようだが、
彼自身の遺体は、イルリ河を見下ろす南側の部屋にあった。
死因は頸部断裂。首をばっさり切り落とされた。
胴体は半裸でベッドに放り出され、首は床に転がっていた。
室内には他に旅行鞄ふたつと、血だらけのドレスが放置されていたが、持ち主の姿はなし。
廊下の死体はどうやらボディガードだったらしいが、
どちらも刃物で胸をひと突きされ、ドアの前に倒れていた。
「プロの仕業だな」
クリストフが言う。
「何らかの方法で室内へ侵入、ヴェールマンを殺った後、
異変に気づいて駆けつけた用心棒を、ドアを開けるなり、ぶすっと」
そう言って、彼はペンで突き刺す真似をする。
「となると、ドレスを着ていた女は何処へ行ったんだ?」
「その女が犯人だったに決まってるでしょ」
手帳を持つ手を宙に遊ばせながら、ドリスが答える。
「ヴェールマンを殺して、返り血を浴びたドレスを着替える。
それから部屋を出がけ、異変に気づいてやって来た護衛を始末し、退散した」
「その辺の理屈は通るが……ヴェールマンの護衛となりゃ『オルデン』の喧嘩屋に決まってる。
経験豊富、武装した屈強な男ふたりを簡単にぶっ殺せる女なんて……」
「あんたの言った通り、プロか、覚醒者。その両方かも」
「誰の差し金だ?」
ドリスは通りから、ホテルの建物を見上げた。
他の宿泊客、近所から集まった野次馬、記者、それに憲兵たちで辺りは大騒ぎだ。
「恨まれる当てのあり過ぎる男だからねぇ。本命、反体制過激派。対抗、オルデンの内紛。尤も」
人だかりを半ば押し退けて、帝国軍第一師団の紋章を掲げた馬車がホテル前に現れる。
降りてきたのは、第一師団兵長・ダネリヤ。
「現場を押さえた第一師団のほうで、まだ何か隠してそうだけどね」
●
事件の翌日。
第一師団による新情報の開示はなかったが、一方、バルツ社屋に詰めていたドリスの下へは、
ヴェールマンの葬儀の日取りについて、情報屋から知らせが届いていた。
「取材に行きますよ」
と、ドリスは編集長に告げる。
「葬儀には市長も出席します。で、まぁ、再開発計画の件も絡めてね。
フリクセルのほうもそれでいけるでしょ」
「お前さんの狙いはそれだけじゃない、オルデンのことがある」
図星を突かれたドリスは苦笑し、
「ヴェールマンを殺ったのは十中八九、ブルジョワ嫌いの反体制派でしょうが、
オルデンのほうも間違いなく報復に動き出す。その予兆が掴めるか……、
そこまで踏み込めなくても、こりゃ、公の場で幹部が一堂に会する滅多にない機会かも」
「ドリス」
編集長は赤入れの最中の原稿から顔を上げ、彼女を見つめた。
「お前さん、貧民街特集の絡みで奴らに睨まれてるんだろ。
これ以上無茶をするな。俺では責任が負えん」
「ご心配なく。取材費さえ相談させてもらえりゃ、後はこっちに考えが」
●
オルデン――正式名称は『バルトアンデルス革命騎士団』などと言うらしい。
帝都に縄張りを持つ暴力集団『ジッペ(氏族)』大小各派の連合で、
元革命義勇兵にして暗黒街の顔役、オラウス・フリクセル団長の下、
ジッペ間の利害調整や、他地方の犯罪組織に対する団結を目的として運営されている。
組織はまず団長・フリクセルとその一家をトップとしつつ、
幹部格は主にフリクセル直参のファーター(父君)で占められる。
主な幹部はまず、次期団長候補最有力、帝都南部を手広く仕切る『剃刀』フィリップ・ルディーン。
帝都南東を押さえる武闘派、レオ・ラングハイン。
北東、同盟系商人の大物、マヌエル・ガスコ。
他、革命以前から続く古株の博徒・ユングや、職工ギルドの用心棒・プラトーノフ、等々。
亜人や辺境移民のジッペもいくつか参加しているが、外様扱いで、運営の中枢に加わることはできない。
尤も、工房や職人と繋がりの深いドワーフたちは、プラトーノフを通じて一定の影響力を保持しているそうだ。
(銀行家として長らくオルデンの金庫番もやってたヴェールマンが、今回殺された。
葬儀には必ずフリクセル以下、大物が詰めかける)
葬儀の後には、参列者を招いての食事会も用意されているそうだ。
顔の割れていないハンターたちを使えば、正面切っての取材では得られない情報が手に入る筈。
ドリスは編集長からふんだくった取材費を元手に早速、ハンターへ依頼状を出した。
難民の一団に紛れた、流れの職人・ターク氏とその妻子。
夜明け頃、戦火に巻き込まれた名も知れぬ村を通り抜ける間、
彼らは2頭立ての馬車の中で息を殺していた。
列の先頭では、革命軍が検問を敷いていた。
近く、帝都への進撃が始まるらしい。帝国軍との交戦が予想される侵攻ルート上の村々から、
いち早く逃れて来た住民を、革命軍が自らの占領地域へと誘導していく。
ターク一家の番が来ると、金子を預かっていた御者が車外で、
「4人です。男ふたり、女ひとり、子供ひとり」
「見せろ」
難民には保護と引き換えに、財産の供出が求められる。
「良し、行け」
「革命万歳!」
金を払い終えた御者が、再び馬車を動かす。
ターク氏の一人娘は小窓のカーテンをそっとめくって、外の様子をうかがった。
魔導銃で武装した革命戦士たち。
彼らの頭上、村の出入口のアーチには、首を吊られた裸の死体がいくつもぶら下がっている。
内ひとつ、絶叫の表情をしたままどす黒く腐った死体の口から、大きな蠅が何匹もわっと飛び出した――
●
「ドリス」
「おうっ」
応接間のソファでうなされていたドリスを、編集長のヴァルターが叩き起こした。
帝都地元紙『バルトアンデルス日報』、通称・バルツの社屋。壁かけ時計の針は午前5時を指す。
「出られるか?」
「そりゃもう。火事? 殺人? 水難事故? 現場は」
起き抜けに、まずは煙草をくわえて火を探すドリスだったが、
「バルデンプラッツ。ヴェールマンが殺られた」
現場を教えられるなり、ヴァルターを押し退け、玄関ホールへ駆け出した。
フロックコートの裾を翻し、走り去っていく彼女の背に編集長が言う、
「クリストフをつける。現場で落ち合え!」
「どきな」
社屋前で配達の準備をしていた少年から、自転車を奪い取る。
目指すはイルリ河北岸・バルデンプラッツ区。
バルトアンデルス城はじめ、帝国軍・政府の施設が集まる帝都の中心部だ。
同時に、新興ブルジョワや企業の事務所が数多く立ち並ぶ、ビジネス街でもある。
銀行家にして悪徳高利貸のヴェールマンも、そこにオフィスを構えていた筈だが、
今回の事件現場となったのは――
●
同僚のクリストフが着く頃には、おおよその状況が分かっていた。
現場は、区内にある高級ホテル上階の一室。
明け方、まずは廊下に転がっていた男の死体ふたつをボーイが見つけた。
ヴェールマンは2部屋に仕切られたその階を、丸ごと貸切していたようだが、
彼自身の遺体は、イルリ河を見下ろす南側の部屋にあった。
死因は頸部断裂。首をばっさり切り落とされた。
胴体は半裸でベッドに放り出され、首は床に転がっていた。
室内には他に旅行鞄ふたつと、血だらけのドレスが放置されていたが、持ち主の姿はなし。
廊下の死体はどうやらボディガードだったらしいが、
どちらも刃物で胸をひと突きされ、ドアの前に倒れていた。
「プロの仕業だな」
クリストフが言う。
「何らかの方法で室内へ侵入、ヴェールマンを殺った後、
異変に気づいて駆けつけた用心棒を、ドアを開けるなり、ぶすっと」
そう言って、彼はペンで突き刺す真似をする。
「となると、ドレスを着ていた女は何処へ行ったんだ?」
「その女が犯人だったに決まってるでしょ」
手帳を持つ手を宙に遊ばせながら、ドリスが答える。
「ヴェールマンを殺して、返り血を浴びたドレスを着替える。
それから部屋を出がけ、異変に気づいてやって来た護衛を始末し、退散した」
「その辺の理屈は通るが……ヴェールマンの護衛となりゃ『オルデン』の喧嘩屋に決まってる。
経験豊富、武装した屈強な男ふたりを簡単にぶっ殺せる女なんて……」
「あんたの言った通り、プロか、覚醒者。その両方かも」
「誰の差し金だ?」
ドリスは通りから、ホテルの建物を見上げた。
他の宿泊客、近所から集まった野次馬、記者、それに憲兵たちで辺りは大騒ぎだ。
「恨まれる当てのあり過ぎる男だからねぇ。本命、反体制過激派。対抗、オルデンの内紛。尤も」
人だかりを半ば押し退けて、帝国軍第一師団の紋章を掲げた馬車がホテル前に現れる。
降りてきたのは、第一師団兵長・ダネリヤ。
「現場を押さえた第一師団のほうで、まだ何か隠してそうだけどね」
●
事件の翌日。
第一師団による新情報の開示はなかったが、一方、バルツ社屋に詰めていたドリスの下へは、
ヴェールマンの葬儀の日取りについて、情報屋から知らせが届いていた。
「取材に行きますよ」
と、ドリスは編集長に告げる。
「葬儀には市長も出席します。で、まぁ、再開発計画の件も絡めてね。
フリクセルのほうもそれでいけるでしょ」
「お前さんの狙いはそれだけじゃない、オルデンのことがある」
図星を突かれたドリスは苦笑し、
「ヴェールマンを殺ったのは十中八九、ブルジョワ嫌いの反体制派でしょうが、
オルデンのほうも間違いなく報復に動き出す。その予兆が掴めるか……、
そこまで踏み込めなくても、こりゃ、公の場で幹部が一堂に会する滅多にない機会かも」
「ドリス」
編集長は赤入れの最中の原稿から顔を上げ、彼女を見つめた。
「お前さん、貧民街特集の絡みで奴らに睨まれてるんだろ。
これ以上無茶をするな。俺では責任が負えん」
「ご心配なく。取材費さえ相談させてもらえりゃ、後はこっちに考えが」
●
オルデン――正式名称は『バルトアンデルス革命騎士団』などと言うらしい。
帝都に縄張りを持つ暴力集団『ジッペ(氏族)』大小各派の連合で、
元革命義勇兵にして暗黒街の顔役、オラウス・フリクセル団長の下、
ジッペ間の利害調整や、他地方の犯罪組織に対する団結を目的として運営されている。
組織はまず団長・フリクセルとその一家をトップとしつつ、
幹部格は主にフリクセル直参のファーター(父君)で占められる。
主な幹部はまず、次期団長候補最有力、帝都南部を手広く仕切る『剃刀』フィリップ・ルディーン。
帝都南東を押さえる武闘派、レオ・ラングハイン。
北東、同盟系商人の大物、マヌエル・ガスコ。
他、革命以前から続く古株の博徒・ユングや、職工ギルドの用心棒・プラトーノフ、等々。
亜人や辺境移民のジッペもいくつか参加しているが、外様扱いで、運営の中枢に加わることはできない。
尤も、工房や職人と繋がりの深いドワーフたちは、プラトーノフを通じて一定の影響力を保持しているそうだ。
(銀行家として長らくオルデンの金庫番もやってたヴェールマンが、今回殺された。
葬儀には必ずフリクセル以下、大物が詰めかける)
葬儀の後には、参列者を招いての食事会も用意されているそうだ。
顔の割れていないハンターたちを使えば、正面切っての取材では得られない情報が手に入る筈。
ドリスは編集長からふんだくった取材費を元手に早速、ハンターへ依頼状を出した。
リプレイ本文
●
「本当に、この部屋ですか」
第一師団兵長・ダネリヤを訪ねた真田 天斗(ka0014)が、そう訊くのも無理はなかった。
ヴェールマンが殺されたホテルの一室は、
家具が運び出され、絨毯も剥され、壁まで塗り替えられていた。
それでも間取りを調べつつ、当時の状況を脳裏に思い描く。
「何故、氏はこの階を貸切っていたのでしょうか」
「彼はホテルの常客だった。この階には2部屋しかない、片方は用心棒の為だ」
調べを進めながら、天斗は気のない様子の兵長に質問をぶつけた。
被害者に抵抗の痕はあったか? 同室の客の素性や残された荷物の中身は?
犯人が逃走した形跡や目撃証言は? 共犯者のいた可能性は? そして、
「プロの暗殺なら証拠は残さない。何故……」
「タカト」
兵長が言った。
「我々はあらゆる証拠を記録・保管の上、全力で捜査に当たっているが、
目下、ハンターへ協力を依頼する予定はない。君を通したのもあくまで好意によるものだ。
依頼主へは好きに伝えたまえ。だが、我々は君の推測に一切の肯定も否定も与えない」
●
「この事件は犯人からのメッセージに違いありません。
不自然な点が多過ぎる……それ以前に、多くの情報が師団によって遮断されていますが」
天斗はヴェールマンの葬儀へ合流、ドリスと顔を合わせる。彼女が言った。
「真田さんのコネでも壁抜けは無理、か。となると、後は今日の首尾次第……」
(警備はFSDと憲兵が半々)
礼拝堂の前をぶらつきながら、ダリオ・パステリ(ka2363)は周囲を観察した。
FSDが六尺棒を、憲兵が剣を帯びつつ、殴り込みを警戒するかのように表通りを見張っている。
(反体制派のテロに備える、といった具合だな。故人の評判からして無理からぬことではあるが)
その他、陰険な目つきで弔問客を見張る喪服姿の男たちが、あちらこちらに。
師団の捜査員か、オルデンの兵隊。判別は困難だったが、
もし師団が弔問客を監視しているのであれば、専ら抗争を疑っていることになる。
(宿主である帝国同様、オルデンも一枚岩ではあるまい。
ヴルツァライヒ辺りの仕業とすれば分かり易かろうが、果たしてそう単純なものか……)
黒塗りの馬車が、通りにずらりと並ぶ。オルデンのお出ましだ。
黒服の強面に囲まれたフリクセル。脇を固める腹心・ロートとブラウ。
(そして、あれが)
遠巻きに見ていたメリル・E・ベッドフォード(ka2399)が、新たな一団を確認する。
手下を引き連れた、細面に鷲鼻、額の広い黒髪の男。フリクセルに追いつき、話し込み始めた。
(組織の第2位、ルディーン様ですね)
メリルが一足先に礼拝堂で待つと、やがて入ってきたフリクセルたちは最前列に座った。
強面たちが1列後ろに着き、最前列は幹部専用、と言わんばかりに睨みを効かせ始める。
「落としましたよ、お嬢さん」
瀟洒な礼装に身を包んだ肥満漢が、礼拝堂前でドロテア・フレーベ(ka4126)にハンカチを差し出す。
泣き腫らした目で振り返るドロテアに、肥満漢は微笑み、
「お入りにならないのですか」
「ごめんなさい、ご立派な方ばかりで気が引けてしまって」
ドロテアは女優と身分を騙りつつ、
「一介の役者風情、いくらヴェールマン様をお慕い申し上げていたとて……」
「何を仰いますか。故人も男なら、貴方のような美人に見送られてこそ、ですよ」
きざな身振りで腕を差し出す肥満漢。
やはり黒服の男数人を引き連れた、彼の名はマヌエル・ガスコと言った。
色黒、赤毛の大男が、どすどすと足音を立てて教会へ入って来た。
男はかけていた色眼鏡を外しつつ、フリクセルへぶっきらぼうに一礼する。
(レオ・ラングハイン)
メリルが見当をつける。バルツのバックナンバーの、意外な記事でその人柄を知った――
『ブレーナードルフの巨人』。
数年前、港の乱闘騒ぎを『仲裁』して、水夫を5人ばかり河へ叩き込んだそうだ。
「ガスコさんよ、葬式に女連れたぁ豪儀じゃねぇか。え?」
空席にどっかと腰を下ろすや否や、ラングハインは高くしゃがれた声で呼ばわった。
ガスコは彼を無視してフリクセルに挨拶する。席を勧められたドロテアは、
「あたしのような者が、よろしいので……」
フリクセルが目配せすると、
ルディーンが彼女を頭から爪先まで眺め回し、黙って首を振る。フリクセルが言う、
「どうぞ」
許しを得たドロテアとガスコは、ラングハインから間を空けて座った。
●
幹部連から後列、顔を伏せて座るレイ・T・ベッドフォード(ka2398)の耳に、
フリクセルとルディーンの小声のやり取りが入ってきた。
霊闘士の超聴覚が聞き分けた会話――
「例の小僧は?」
「闘技場のほうに。吐かせはしましたが、女の居所までは知らんようです」
「式がはけたら、私も話を聞きに行くとしよう」
「師団の探偵を撒かにゃなりません。連中――」
他の幹部が現れ、会話が途切れる。
(『闘技場』? 手がかり、かも知れませんね)
新たな幹部の現れるたび、メリルが顔と名前、挨拶の順を控えた。
若衆ふたりを連れた角刈りの男・プラトーノフ。
柔和な顔つきをした初老の男・ユングには、用心棒と思しき連れがひとり。
どちらもごく当たり前の挨拶をして、ラングハインとガスコの間の席を埋めた。
続いて格下のジッペの『父君』らも集まるが、
最前列には、故人の親族に残された部分を除いてまだひとつ空席がある。
(大物は、既に揃った筈ですが)
レイが視線を上げたところで、思いがけない人物の来訪を目撃した。
思わず顔を背ける。前方では、かの来客の挨拶が済むと共に、
喪主のダニエラがやっと姿を現したようだった。
●
ダニエラ・ヴェールマンはまだ10代の終わりと思しき、美しい女性だった。
癖のない長い金髪を束ね、細身の黒いドレスを着こなしている。
表情や口ぶりはあくまで冷静そのもので、
最前列で女中にかしずかれ、咽び泣く未亡人とは対照的だった。
葬儀自体は一般的なエクラ式の手続きで進み、やがて墓地での祈祷と棺の埋葬に終わる。
その間、未亡人の他に涙を見せる者はいなかった。白い花で敷き詰められた墓穴を見下ろして、
ウィンス・デイランダール(ka0039)はふと、遺体の首はちゃんと繋がったのだろうかと気になった。
弔問客が食事会へ河岸を移し始めると、ウィンスは隙を見て喪主を捕まえた。
彼がさらりと吐いた、思ってもいない悔やみの言葉を、ダニエラはすんなりと受け入れる。
故人と仕事で縁のあったハンターと名乗り、
「あんたのお父上の訃報を聞いて、悲しんだ奴だとか、或いはその逆の奴だとか、
まあ沢山いるようだが……俺はその何方でもなかった。分かるか?
どうせ死ぬなら、俺にもうひと儲けさせてからにしろ、だった」
冗談紛れに言うが、ダニエラは曖昧な笑みで応えるばかり。
「実際、金持ってんなら覚醒者を雇えば良かったんだ。
あの世で帝都の人間に死亡理由のアンケートを取ったら『人間』が1位で、『歪虚』は15位ぐらいだろ」
「仰る通りですね。貴方がいれば、父は今頃息災だったかも分かりません」
ああ全く残念だ、と返すと、
「しかし貴方がたも、北伐などでお忙しいでしょう」
「さてね。戦場で命を張るより楽に儲かりゃ、嬉しいってこともある」
「私たち家族は精々慎ましく生きていくつもりです。お生憎ですが」
世話になる当てはないと言い、ダニエラは微笑んだ。
ウィンスはしばし考えた後、頭を掻いて、
「喪の席で売り込みとは、我ながら下品だった。謝る。
だが残されたあんたらが心配なのも本当だ……親父さん、何で死んだんだ」
「恐らく、世間で言われている通りです。父は成功を妬まれ、恨まれていました」
「革命成金は他に幾らもいるぜ」
「運が悪かった、隙が多かった、他の人より余計に恨みを買っていた――
何かの陰謀があった。訊きたいのはそれですか?」
ウィンスは、墓穴を振り返るダニエラの後ろ姿を見つめた。
小柄な女だ。しかし背筋を張った立ち姿と、
身にまとう空気――迫力とすら言えるそれが、彼女を実際以上に大きく見せかけていた。
「……あんた、親父さんのことは好きだったか」
「愛していた、と口先で答えるのは簡単です。降って湧いた不幸としか思えない、と答えるのも。
でも、その言葉だけで納得頂けるかどうか。
訂正します。再開発事業の件で、貴方がたには今後お世話になるでしょう。
加えてもうひとつ。父が斃れてなお、『我々』は健在ですよ」
墓地の出口へと歩き出したダニエラへ、ウィンスが言う。
「親父を継いでオルデンと組むか。単なる義理でやってんなら、止めとけよ。
抜けられねー事情があんなら俺が力に……」
ダニエラがこちらを向いた。笑顔だった。
「ご心配なく。見た目ほどに、私は小娘ではありませんから」
●
「協会は、既に彼とは『切れて』いた。
あの蜂起事件を機に、労働者の債権や地権については整理したからね」
シュレーベンラント紡績協会会長・シュトックハウゼン氏がダリオに語る。
墓地からの帰りに連れ立ったふたりは、人目を気にしつつ、
「では、貴公の仕事と故人とは、直接には関係なかったと?」
「責任が全くない訳じゃないが、彼との取引はFSDと同じで前会長の判断だったから」
氏の歯切れの悪さは、協会所有の土地、及び労働者の身元が未だ、
生前のヴェールマンから買い上げたもので占められているせいらしかった。
「1度、個人的に融資を求めたこともあるが、それも立ち消えで。
単なる知り合い以上ではなかった、と言えば言えるだろう」
「SKMの件もあり、そちらの事業に悪影響がないか気になり申したのでな。此度の事件……」
自身も反体制派に賞金をかけられ、襲撃されたことさえあるシュトックハウゼン氏。
彼はてんから、ヴェールマン殺害は反体制派の仕業と考えていた。
「第一師団は、何の発表もしておらなんだが」
「政治だよ。ヒルデガルドの反乱が片づき、北伐で改めて帝国の健在を示そうって矢先、
反体制派がブルジョワの有名人を暗殺したなんて話、大事にしたくないのさ。
犯行声明があったか、今後出されるのか分からないが、それも当面は黙殺されるだろう」
「実はオルデンの内紛だった、という落ちはあるまいか」
氏は辺りを見回すと、声を落とし、
「僕にはそこまで分からないけど、どちらにせよ、オルデンが報復の動きを見せるの間違いない。
師団に任せきりじゃ、彼らの面子が立たないからね」
●
食事会の席で、ドリスと天斗は正面からフリクセルへ取材を申し込んだ。
フリクセルは市長、それにルディーンを脇に置いて、質問に答える。
「許し難い犯罪によって、盟友の命は失われた。だが我々は歩みを止めんということだ。
市長殿と私と、この席に集った事業主の皆の協力も得て、計画はますます発展する」
市長も似たような答えだった。ドリスの相棒を名乗った天斗が、
「ルディーンさん、貴方も関わっておられるのですか?」
「ほんのお零れですがね、何せ大計画だから……」
ルディーンの受け答えはあくまで実業家といった風情だったが、
そうして当り障りのない話を続ける内、彼の天斗を見る目が笑っていないのに気づく。
「まぁ、嫌だわ!」
ドロテアが、ガスコに抱かれて笑い声を上げる。
プラトーノフとユングも同席し、その場は至って和やかな雰囲気だった。
ふたりの幹部は振る舞いも上品だが、時折見せる目の暗さは流石、年季の入った侠客らしい。
一方、こちらは酔いの回り始めたらしいガスコをあしらいつつ、
(外様幹部の集まりね。今回の事件には深く立ち入らないつもりかしら。
まぁ良いわ、コネを作っておいて損はないし……)
気になったのはユングの用心棒。
頬に大きな傷跡のある精悍な男で、席上でただひとり、ドロテアに対する油断がない。
彼女が目を逸らした先、フリクセルたちを挟んで奥の席では、ラングハインがむすっとした顔でいる。
「何者だ」
ラングハインは、王国貴族というメリルの自己紹介を信じなかった。
微笑みで紛らそうとする彼女を、腕組みして睨みつけ、
「河原の女の知り合いだろう。何者だ」
河原――マティのことか。
「ラングハイン!」
ルディーンが諫めに来た。
「ヴェールマンさんのお客だろうが――」
「じゃかあしい、何が客じゃ! 得体の知れん者をほいほいと招きおって!」
「レオ」
フリクセルが一喝すると、ラングハインは椅子を蹴って立ち上がり、
「女。ワシに用なら事務所へ来い、おべんちゃらは結構じゃ」
言い残して、どすどすと歩き去っていく。
ルディーンに詫びを言われつつ、メリルははたと気づいた。
(FSD……アトリエ完成パーティの警備で、わたくしたちの顔を控えていたのですね)
もうひとつはっきりしたこと――
ラングハインは組織の第3位にありながら、オルデンという壁から外れかけた煉瓦だ。
揺さぶれば向こう側が覗けるかも知れない。尤も、壁ごと倒れてくる恐れもあるが。
●
「済まなかったな。仕事仲間が、お姉さんにとんだ失礼をした」
「いえ、お気になさらず」
レイとフリクセルが、献杯の手を交わす。
「計画の件が気になって来たのだろう?」
「ええ。まさかウェールズ様が……」
「ヴェールマン」
すかさず訂正され、気まずい顔で見つめ合うと、
「全く、正直な男だな!」
やおら相手は笑い出した。レイがこほん、と咳をひとつして、
「ヴェールマン様、の後継者は、計画はどうなるのですか?」
「記者さんにも言った通りだ、問題ない。彼を失ったのは痛手だったが、
彼の遺産、債権も含めてヴェールマン婦人が相続する。
故人の意を汲み、当初の予定通りに出資してくれるそうだ」
フリクセルがふっと首を傾ける。未亡人は食事会の席におらず、
代わりに示したのは、お酌をして回るダニエラだった。
「実際にはご息女のダニエラ様が、ということですか?」
「大変な才女でな。塞翁が馬、思いがけない助っ人さ。若い力が我々を助けてくれる」
そこで、フリクセルが『彼』を手招きした。
葬儀でも、食事会でも出しゃばらず隅に控えてはいたが、
その傲慢なにやけ顔は、貧民街で会ったときからそのままだった。
「彼もそうだ。新設の北ブレーナードルフ商工会議所……」
「所長のライデンだ。久し振りだな、ハンター」
貧民街少年ギャングのリーダー・ライデンが、フリクセルの隣に座る。
「……そう、なりましたか。何はともあれ、おめでとうございます」
レイに酌をさせながら、ライデンは言う。
「今後、地元商店の仕切りは俺がやる。
用事はシュタートゥエ……じゃねぇ、商工会議所を訪ねてくれや。場所は分かるだろ?」
「帝都の発展と、我が亡友の冥福を祈って」
何食わぬ顔のフリクセルが音頭を取り、3人で乾杯をする。
レイの口に、その酒はやけに苦い味がした。
「本当に、この部屋ですか」
第一師団兵長・ダネリヤを訪ねた真田 天斗(ka0014)が、そう訊くのも無理はなかった。
ヴェールマンが殺されたホテルの一室は、
家具が運び出され、絨毯も剥され、壁まで塗り替えられていた。
それでも間取りを調べつつ、当時の状況を脳裏に思い描く。
「何故、氏はこの階を貸切っていたのでしょうか」
「彼はホテルの常客だった。この階には2部屋しかない、片方は用心棒の為だ」
調べを進めながら、天斗は気のない様子の兵長に質問をぶつけた。
被害者に抵抗の痕はあったか? 同室の客の素性や残された荷物の中身は?
犯人が逃走した形跡や目撃証言は? 共犯者のいた可能性は? そして、
「プロの暗殺なら証拠は残さない。何故……」
「タカト」
兵長が言った。
「我々はあらゆる証拠を記録・保管の上、全力で捜査に当たっているが、
目下、ハンターへ協力を依頼する予定はない。君を通したのもあくまで好意によるものだ。
依頼主へは好きに伝えたまえ。だが、我々は君の推測に一切の肯定も否定も与えない」
●
「この事件は犯人からのメッセージに違いありません。
不自然な点が多過ぎる……それ以前に、多くの情報が師団によって遮断されていますが」
天斗はヴェールマンの葬儀へ合流、ドリスと顔を合わせる。彼女が言った。
「真田さんのコネでも壁抜けは無理、か。となると、後は今日の首尾次第……」
(警備はFSDと憲兵が半々)
礼拝堂の前をぶらつきながら、ダリオ・パステリ(ka2363)は周囲を観察した。
FSDが六尺棒を、憲兵が剣を帯びつつ、殴り込みを警戒するかのように表通りを見張っている。
(反体制派のテロに備える、といった具合だな。故人の評判からして無理からぬことではあるが)
その他、陰険な目つきで弔問客を見張る喪服姿の男たちが、あちらこちらに。
師団の捜査員か、オルデンの兵隊。判別は困難だったが、
もし師団が弔問客を監視しているのであれば、専ら抗争を疑っていることになる。
(宿主である帝国同様、オルデンも一枚岩ではあるまい。
ヴルツァライヒ辺りの仕業とすれば分かり易かろうが、果たしてそう単純なものか……)
黒塗りの馬車が、通りにずらりと並ぶ。オルデンのお出ましだ。
黒服の強面に囲まれたフリクセル。脇を固める腹心・ロートとブラウ。
(そして、あれが)
遠巻きに見ていたメリル・E・ベッドフォード(ka2399)が、新たな一団を確認する。
手下を引き連れた、細面に鷲鼻、額の広い黒髪の男。フリクセルに追いつき、話し込み始めた。
(組織の第2位、ルディーン様ですね)
メリルが一足先に礼拝堂で待つと、やがて入ってきたフリクセルたちは最前列に座った。
強面たちが1列後ろに着き、最前列は幹部専用、と言わんばかりに睨みを効かせ始める。
「落としましたよ、お嬢さん」
瀟洒な礼装に身を包んだ肥満漢が、礼拝堂前でドロテア・フレーベ(ka4126)にハンカチを差し出す。
泣き腫らした目で振り返るドロテアに、肥満漢は微笑み、
「お入りにならないのですか」
「ごめんなさい、ご立派な方ばかりで気が引けてしまって」
ドロテアは女優と身分を騙りつつ、
「一介の役者風情、いくらヴェールマン様をお慕い申し上げていたとて……」
「何を仰いますか。故人も男なら、貴方のような美人に見送られてこそ、ですよ」
きざな身振りで腕を差し出す肥満漢。
やはり黒服の男数人を引き連れた、彼の名はマヌエル・ガスコと言った。
色黒、赤毛の大男が、どすどすと足音を立てて教会へ入って来た。
男はかけていた色眼鏡を外しつつ、フリクセルへぶっきらぼうに一礼する。
(レオ・ラングハイン)
メリルが見当をつける。バルツのバックナンバーの、意外な記事でその人柄を知った――
『ブレーナードルフの巨人』。
数年前、港の乱闘騒ぎを『仲裁』して、水夫を5人ばかり河へ叩き込んだそうだ。
「ガスコさんよ、葬式に女連れたぁ豪儀じゃねぇか。え?」
空席にどっかと腰を下ろすや否や、ラングハインは高くしゃがれた声で呼ばわった。
ガスコは彼を無視してフリクセルに挨拶する。席を勧められたドロテアは、
「あたしのような者が、よろしいので……」
フリクセルが目配せすると、
ルディーンが彼女を頭から爪先まで眺め回し、黙って首を振る。フリクセルが言う、
「どうぞ」
許しを得たドロテアとガスコは、ラングハインから間を空けて座った。
●
幹部連から後列、顔を伏せて座るレイ・T・ベッドフォード(ka2398)の耳に、
フリクセルとルディーンの小声のやり取りが入ってきた。
霊闘士の超聴覚が聞き分けた会話――
「例の小僧は?」
「闘技場のほうに。吐かせはしましたが、女の居所までは知らんようです」
「式がはけたら、私も話を聞きに行くとしよう」
「師団の探偵を撒かにゃなりません。連中――」
他の幹部が現れ、会話が途切れる。
(『闘技場』? 手がかり、かも知れませんね)
新たな幹部の現れるたび、メリルが顔と名前、挨拶の順を控えた。
若衆ふたりを連れた角刈りの男・プラトーノフ。
柔和な顔つきをした初老の男・ユングには、用心棒と思しき連れがひとり。
どちらもごく当たり前の挨拶をして、ラングハインとガスコの間の席を埋めた。
続いて格下のジッペの『父君』らも集まるが、
最前列には、故人の親族に残された部分を除いてまだひとつ空席がある。
(大物は、既に揃った筈ですが)
レイが視線を上げたところで、思いがけない人物の来訪を目撃した。
思わず顔を背ける。前方では、かの来客の挨拶が済むと共に、
喪主のダニエラがやっと姿を現したようだった。
●
ダニエラ・ヴェールマンはまだ10代の終わりと思しき、美しい女性だった。
癖のない長い金髪を束ね、細身の黒いドレスを着こなしている。
表情や口ぶりはあくまで冷静そのもので、
最前列で女中にかしずかれ、咽び泣く未亡人とは対照的だった。
葬儀自体は一般的なエクラ式の手続きで進み、やがて墓地での祈祷と棺の埋葬に終わる。
その間、未亡人の他に涙を見せる者はいなかった。白い花で敷き詰められた墓穴を見下ろして、
ウィンス・デイランダール(ka0039)はふと、遺体の首はちゃんと繋がったのだろうかと気になった。
弔問客が食事会へ河岸を移し始めると、ウィンスは隙を見て喪主を捕まえた。
彼がさらりと吐いた、思ってもいない悔やみの言葉を、ダニエラはすんなりと受け入れる。
故人と仕事で縁のあったハンターと名乗り、
「あんたのお父上の訃報を聞いて、悲しんだ奴だとか、或いはその逆の奴だとか、
まあ沢山いるようだが……俺はその何方でもなかった。分かるか?
どうせ死ぬなら、俺にもうひと儲けさせてからにしろ、だった」
冗談紛れに言うが、ダニエラは曖昧な笑みで応えるばかり。
「実際、金持ってんなら覚醒者を雇えば良かったんだ。
あの世で帝都の人間に死亡理由のアンケートを取ったら『人間』が1位で、『歪虚』は15位ぐらいだろ」
「仰る通りですね。貴方がいれば、父は今頃息災だったかも分かりません」
ああ全く残念だ、と返すと、
「しかし貴方がたも、北伐などでお忙しいでしょう」
「さてね。戦場で命を張るより楽に儲かりゃ、嬉しいってこともある」
「私たち家族は精々慎ましく生きていくつもりです。お生憎ですが」
世話になる当てはないと言い、ダニエラは微笑んだ。
ウィンスはしばし考えた後、頭を掻いて、
「喪の席で売り込みとは、我ながら下品だった。謝る。
だが残されたあんたらが心配なのも本当だ……親父さん、何で死んだんだ」
「恐らく、世間で言われている通りです。父は成功を妬まれ、恨まれていました」
「革命成金は他に幾らもいるぜ」
「運が悪かった、隙が多かった、他の人より余計に恨みを買っていた――
何かの陰謀があった。訊きたいのはそれですか?」
ウィンスは、墓穴を振り返るダニエラの後ろ姿を見つめた。
小柄な女だ。しかし背筋を張った立ち姿と、
身にまとう空気――迫力とすら言えるそれが、彼女を実際以上に大きく見せかけていた。
「……あんた、親父さんのことは好きだったか」
「愛していた、と口先で答えるのは簡単です。降って湧いた不幸としか思えない、と答えるのも。
でも、その言葉だけで納得頂けるかどうか。
訂正します。再開発事業の件で、貴方がたには今後お世話になるでしょう。
加えてもうひとつ。父が斃れてなお、『我々』は健在ですよ」
墓地の出口へと歩き出したダニエラへ、ウィンスが言う。
「親父を継いでオルデンと組むか。単なる義理でやってんなら、止めとけよ。
抜けられねー事情があんなら俺が力に……」
ダニエラがこちらを向いた。笑顔だった。
「ご心配なく。見た目ほどに、私は小娘ではありませんから」
●
「協会は、既に彼とは『切れて』いた。
あの蜂起事件を機に、労働者の債権や地権については整理したからね」
シュレーベンラント紡績協会会長・シュトックハウゼン氏がダリオに語る。
墓地からの帰りに連れ立ったふたりは、人目を気にしつつ、
「では、貴公の仕事と故人とは、直接には関係なかったと?」
「責任が全くない訳じゃないが、彼との取引はFSDと同じで前会長の判断だったから」
氏の歯切れの悪さは、協会所有の土地、及び労働者の身元が未だ、
生前のヴェールマンから買い上げたもので占められているせいらしかった。
「1度、個人的に融資を求めたこともあるが、それも立ち消えで。
単なる知り合い以上ではなかった、と言えば言えるだろう」
「SKMの件もあり、そちらの事業に悪影響がないか気になり申したのでな。此度の事件……」
自身も反体制派に賞金をかけられ、襲撃されたことさえあるシュトックハウゼン氏。
彼はてんから、ヴェールマン殺害は反体制派の仕業と考えていた。
「第一師団は、何の発表もしておらなんだが」
「政治だよ。ヒルデガルドの反乱が片づき、北伐で改めて帝国の健在を示そうって矢先、
反体制派がブルジョワの有名人を暗殺したなんて話、大事にしたくないのさ。
犯行声明があったか、今後出されるのか分からないが、それも当面は黙殺されるだろう」
「実はオルデンの内紛だった、という落ちはあるまいか」
氏は辺りを見回すと、声を落とし、
「僕にはそこまで分からないけど、どちらにせよ、オルデンが報復の動きを見せるの間違いない。
師団に任せきりじゃ、彼らの面子が立たないからね」
●
食事会の席で、ドリスと天斗は正面からフリクセルへ取材を申し込んだ。
フリクセルは市長、それにルディーンを脇に置いて、質問に答える。
「許し難い犯罪によって、盟友の命は失われた。だが我々は歩みを止めんということだ。
市長殿と私と、この席に集った事業主の皆の協力も得て、計画はますます発展する」
市長も似たような答えだった。ドリスの相棒を名乗った天斗が、
「ルディーンさん、貴方も関わっておられるのですか?」
「ほんのお零れですがね、何せ大計画だから……」
ルディーンの受け答えはあくまで実業家といった風情だったが、
そうして当り障りのない話を続ける内、彼の天斗を見る目が笑っていないのに気づく。
「まぁ、嫌だわ!」
ドロテアが、ガスコに抱かれて笑い声を上げる。
プラトーノフとユングも同席し、その場は至って和やかな雰囲気だった。
ふたりの幹部は振る舞いも上品だが、時折見せる目の暗さは流石、年季の入った侠客らしい。
一方、こちらは酔いの回り始めたらしいガスコをあしらいつつ、
(外様幹部の集まりね。今回の事件には深く立ち入らないつもりかしら。
まぁ良いわ、コネを作っておいて損はないし……)
気になったのはユングの用心棒。
頬に大きな傷跡のある精悍な男で、席上でただひとり、ドロテアに対する油断がない。
彼女が目を逸らした先、フリクセルたちを挟んで奥の席では、ラングハインがむすっとした顔でいる。
「何者だ」
ラングハインは、王国貴族というメリルの自己紹介を信じなかった。
微笑みで紛らそうとする彼女を、腕組みして睨みつけ、
「河原の女の知り合いだろう。何者だ」
河原――マティのことか。
「ラングハイン!」
ルディーンが諫めに来た。
「ヴェールマンさんのお客だろうが――」
「じゃかあしい、何が客じゃ! 得体の知れん者をほいほいと招きおって!」
「レオ」
フリクセルが一喝すると、ラングハインは椅子を蹴って立ち上がり、
「女。ワシに用なら事務所へ来い、おべんちゃらは結構じゃ」
言い残して、どすどすと歩き去っていく。
ルディーンに詫びを言われつつ、メリルははたと気づいた。
(FSD……アトリエ完成パーティの警備で、わたくしたちの顔を控えていたのですね)
もうひとつはっきりしたこと――
ラングハインは組織の第3位にありながら、オルデンという壁から外れかけた煉瓦だ。
揺さぶれば向こう側が覗けるかも知れない。尤も、壁ごと倒れてくる恐れもあるが。
●
「済まなかったな。仕事仲間が、お姉さんにとんだ失礼をした」
「いえ、お気になさらず」
レイとフリクセルが、献杯の手を交わす。
「計画の件が気になって来たのだろう?」
「ええ。まさかウェールズ様が……」
「ヴェールマン」
すかさず訂正され、気まずい顔で見つめ合うと、
「全く、正直な男だな!」
やおら相手は笑い出した。レイがこほん、と咳をひとつして、
「ヴェールマン様、の後継者は、計画はどうなるのですか?」
「記者さんにも言った通りだ、問題ない。彼を失ったのは痛手だったが、
彼の遺産、債権も含めてヴェールマン婦人が相続する。
故人の意を汲み、当初の予定通りに出資してくれるそうだ」
フリクセルがふっと首を傾ける。未亡人は食事会の席におらず、
代わりに示したのは、お酌をして回るダニエラだった。
「実際にはご息女のダニエラ様が、ということですか?」
「大変な才女でな。塞翁が馬、思いがけない助っ人さ。若い力が我々を助けてくれる」
そこで、フリクセルが『彼』を手招きした。
葬儀でも、食事会でも出しゃばらず隅に控えてはいたが、
その傲慢なにやけ顔は、貧民街で会ったときからそのままだった。
「彼もそうだ。新設の北ブレーナードルフ商工会議所……」
「所長のライデンだ。久し振りだな、ハンター」
貧民街少年ギャングのリーダー・ライデンが、フリクセルの隣に座る。
「……そう、なりましたか。何はともあれ、おめでとうございます」
レイに酌をさせながら、ライデンは言う。
「今後、地元商店の仕切りは俺がやる。
用事はシュタートゥエ……じゃねぇ、商工会議所を訪ねてくれや。場所は分かるだろ?」
「帝都の発展と、我が亡友の冥福を祈って」
何食わぬ顔のフリクセルが音頭を取り、3人で乾杯をする。
レイの口に、その酒はやけに苦い味がした。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/10/27 22:10:11 |
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相談しましょ♪ ドロテア・フレーベ(ka4126) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/10/31 00:42:23 |