• 聖呪

【聖呪】VS???~一つの決着

マスター:御影堂

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~15人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/11/07 09:00
完成日
2015/11/14 21:44

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 南下する茨小鬼の部隊に合わせ、戦線も南下していく。
 古都アークエルスでの決戦と話が飛び交う中、北部の貴族ルサスール家も戦力を抽出していた。
 戦闘が激化する中、本部隊以外にも戦力が求められていた。
 
 遠くに茨小鬼の部隊を望みながら、一人の少女が険しい表情を見せる。
「誘引……ですわね」
 呟くのはルサスール家息女、サチコ・W・ルサスール。
 拡大する戦いに合わせ、ルサスール家から彼女も呼ばれていた。
 彼女の舞台が託されたのは、「誘引」。
「アークエルスに戦力が寄りすぎてますからね」
 双眼鏡で敵を確認し、従者タロが告げる。
 わらわらと蠢く一部でもいいから、引き受けて欲しい。
 要約するとそんな話だ。
「では、行きますわよ」
「了解です」
 サチコは振り返り、舞台の顔を見渡す。
 ルサスール領の兵士を始め、近隣の領から募った兵士、傭兵。
 そして、ハンターたちの姿があった。
「みなさん、私達はただいまより作戦行動に入ります」
 はじめは静かに切り出し、全員の視線を引き受ける。
「戦場を優位に進めるべく、私達の舞台は敵戦力を誘引しなければなりません。中心ではありませんが、戦いは激しいものとなるはずです。私が望むことは、自己犠牲の上に立つ勝利ではありません。必ず、生きて、祝杯をわかちあいましょう!」
 十代半ばの小娘と見ていた兵士も、毅然としたサチコの言葉に声を上げる。
 勇猛な雄叫びが響く中、戦場を見遣り、サチコは馬を駆る。
「いざ!」


「黒に赤いWの文字……再三邪魔をしてきた奴らめか」
 険しい表情で傍らに置かれた檻に話しかけるのは、茨王であった。
 檻の中の存在は、巨大な影を落しながら低く唸っていた。
「お前には恨みもあろう。仇敵……よい機会ではないか」
 檻から手を離し、茨王はその場を離れる。
「誰かある」
「は、我が王」
「この者を北部の戦線に投入しろ、目障りな奴らを叩き潰してくれる」
「は、し、しかし」
 怯える様子で檻を見つめるゴブリンへ、茨王は刃を見せた。
 その意味を悟り、ゴブリンはすみやかに部隊を集める。
「……、さらばだ」
 憐憫、後悔、怒り。そういった感情をないまぜにして別れの言葉を告げ、茨王は去っていく。それに呼応するように、低い唸り声は慟哭へと変わっていった。
「……ドンナァ……ドン……ナァ」



「ドン、ナァアアアアアアア!」

 放たれた慟哭は、遠くて近いルサスールの部隊にも届いていた。
 自ら先陣を切るサチコは、その声に眉を寄せた。
「まさか……いえ……」
 その叫び声は、ヨーク丘陵で倒せたはずの茨小鬼のものであった。
 名前は知らず、特徴的な叫びから「ドンナァ」と仮称した、茨小鬼だ。
「……」
 だが、思えばドンナァの死骸を戦いを終えて、サチコは確認しただろうか。
 確実に息の根は止めた。それは、間違いない。
 だが、死骸の回収については続いていた戦乱の中で後に回していた。
「……行きますわよ」
 止まる訳にはいかない。
 もし、奴が、ドンナァが現れるというなら今度こそ確実に仕留めるだけだ。

「え……」
 走りゆくサチコの目に飛び込んできたのは、予想を超えた狂気だった。
 オーガに等しい体躯のゴブリン、間違いなくドンナァである。
 だが、ドンナァの両腕は歪で巨大な……獣のものとなっていた。
 いや、もし実在するならばドラゴンと呼ぶべきだろうか。無数のウロコに覆われた、巨大な鉤爪を持つ腕だ。
 さらに両足は狼のような形状に変化していた。
 そして、皮膚は漆黒に染まり、その顔立ちを見えなくする。ただ、双眸が赤く光っていた。
 歪……すべてが歪。
 数日前、とある村で見た、キメラゴブリンが赤子に思えるほどだ。
「……私達がやるしか、ありませんわっ」
 混乱する戦場に、巨石を放り込ませるわけにはいかない。
 巨石から向かってくるのであれば、砕くしか無いのだ。
「臆せぬものは、私に続きなさい! ここで、ドンナァとの因縁……終わらせますわ!」
 サチコが馬を駆る。
 彼女に続く者たちが、前へ前へと引かれていくのであった。

リプレイ本文

● 
 飛び交う怒号、剣撃の音、馬の嘶き……なだらかな丘は多くの人間とゴブリンで包まれていた。
 両極の中心にいるのは、一人の少女と一つの怪物。
 指揮を執る少女の周りには、ハンターたちが集っていた。そのうちの一人、紫月・海斗(ka0788)は龍の唸りの如き音を上げる魔導バイクにまたがって、参上した。
「よう、サチコ。助けに来たぜ! おう。前より、だいぶ良い顔してんじゃねぇか」
「サチコが皆を鼓舞する姿を見ると、悪戯を模索していた時期を知る身としては感慨深いな……皆で生きて帰るためにも、奴を何とかしないとな」
「……気恥ずかしい限りですわ」
 海斗とヴァイス(ka0364)の言葉を聞きながら、少女、サチコ・W・ルサスールは重厚感のある怪物に睨みを利かしていた。
「まさか、あいつが出てくるとはね」
「倒した敵が、巨大化して復活とはお約束ですねー」
 天竜寺 舞(ka0377)と最上 風(ka0891)もサチコと同じ怪物を見ていた。
 怪物の咆哮が、耳の奥底にこびりついた記憶を呼び覚ます。
「んー、あの特徴的な叫び声は以前倒した茨小鬼だと思うんですけど……」
 自信なさげに告げるのは、ナナセ・ウルヴァナ(ka5497)だ。
 彼女は以前見た、それの姿のあまりの違いに、確信が持てないでいた。

「あーあぁ、哀れな姿になりやがって……」
「以前にも増して、あの姿の何もかもが……もはやゴブリンじゃないよね」
 憐れむようにヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613)が感想を述べ、呆れの入った声で鈴胆 奈月(ka2802)も語る。
「歪虚化、でしょうか」とナナセが疑問を口にした。
「斃した敵の後始末まで考えていなかったのは失敗でした。しかし、悔いているだけでは何にもなりません。化けて出てきたのなら、今度こそ終わりにします」
 エルバッハ・リオン(ka2434)の力強い言葉に、央崎 遥華(ka5644)が頷く。
「遂に、決着の時、ですね」
「つまり、こういうことか」
 灰色の巨大サーベルの切っ先を怪物へ向け、リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)が告げる。
「死んだと思っていたら蘇ったってやつか。ならばもう一回殺せば死ぬだろうよ」
「ふん、地獄の底から……再び、闘いに戻ってきたか」
 バルバロス(ka2119)は溢れる闘争心を抑えはしない。
「いいだろう! 今一度、死合おうぞ!」
 我先にと飛び出さん勢いである。
 対照的にアメリア・フォーサイス(ka4111)は、
「生前も戦って、死後も歪虚化して戦うなんて」と呆れ声で呟く。
 喧騒の中、私なら……と思いを馳せる。
 早く年金もらって隠居生活をしたいな。あ、でもおばあちゃんにはなりたくないなー。
「なーんて、余計なこと考えている場合じゃない……仕事仕事。切り替えなきゃ」
 うんと頷いて、周りを見渡す。バルバロスを筆頭に、怪物の相手は事足りてそうだった。
「あれが一番の脅威なのよね」
「そうだろう。だけど……」
 言葉を切り、ザレム・アズール(ka0878)はサチコを見る。
「そもそもの要請は、敵の一部を引き受け戦力を削ぐことだ」
「えぇ、ザレムさんのいうとおりですわ」
「なら、戦術としての勝利も目指さないといけないな」
 もちろんと頷くサチコは、改めて宣言する。
「私達が目指すのは、怪物を含むゴブリンの軍勢を退けることに他なりません」
「そこは、私にまかせてください。他の脅威を排除します」
 銀色のライフルを取り出し、アメリアが笑みを浮かべた。
 対抗するように、ナナセもロングボウを構えた。
「私もやりますよ。怪物も合わせて、兵士の皆さんのために対処しないとですね」
 
 戦いの機運が塾してきた、刹那。
 怪物の咆哮が、地を揺るがした。ドンという強い音に続いて、ナァアアアアという揺るぎが続く。兵士はおろか、ゴブリンにすら明らかに怯えを見せるものがいた。
 混乱をきたした戦場の様子を眺め、アルマ・アニムス(ka4901)は厳かに呟く。
「……なんだかもう、なんていうか。めちゃくちゃです……! なんでこんな無茶な事に……!」
 慟哭の主からは、負のマテリアルが見えるようであった。自分が対するには、あまりにも醜い相手にアルマは嘆息する。
「だが、やるしかない。そうだろう?」
 後ろから騎乗したボルドー(ka5215)が、声をかけた。
 今の慟哭に眉を寄せていたボルドーであったが、すぐに気持ちを切り替えていた。やるだけだ、という態度を前に、アルマは「えぇ」と答えた。
「わかっています」

「では、私達の戦いを始めましょう」
 静かにサチコが述べた宣戦布告の合図に、機敏に反応したのはバルバロスだった。
「心得た。ぶるわぁああああ!」
 怪物に負けじ劣らず叫びを上げて、バルバロスが駆け出す。慌てて舞がそれに続く。
「おっと、まぁアレでこっちに気づくかな?」
 引きつけてからと考えていたが、怪物にどこまで意識や知能があるかもはっきりとしない。注意を向かわせるには、かつて激しく戦ったバルバロスは適役と言えた。
「で、叫ぶ以外には何をしてくる怪物よ?」
 海斗の問いかけには、ヴァイスが答えた。
「そうだな……といっても大分様変わりしている。前はまだ、武器を使っていた」
 純粋な茨小鬼であった頃、金属鎧を纏い巨斧を振り回していた。
 剛健な体から繰り出される一振りは、豪快にして一撃必殺にふさわしいものがあった。知性も戦闘狂にふさわしい程度には、有しているように見えた。
 今は瞳も黒く沈み、両腕は暴虐のみを示す。
「哀れ、だな」
 再度呟いたヴォーイの声が、戦場の喧騒に飲まれて消える。
「今となっては見る影もない。参考になるかはわからないぜ?」
「では、様子を見つつ、やるだけやってみますかね」
「だな。なんにせよ、あの腕にやられたら、たまんねぇ」
 ヴァイスの意見に、リカルドと海斗が頷く。

 各々で動きを模索する中、ザレムはサチコに進言をした。
「サチコ。一ついいかな」
「なんですの?」
「引き気味に戦うことで、ドンナァの突出を誘発したい。俺たちもドンナァに専念できるし、兵たちの消耗も少なくなるだろう」
「いいですわ。前線にも伝えて下さいまし」
 サチコは即答した。
 ザレムは頷くと伝令役になってくれそうな面子に、作戦の追補を話す。正面切って戦うバルバロスには、回復するタイミングで少し下がって欲しいと伝えるにとどめた。
「さて、どうなりますかねー」
 改めて戦場を眺めながら、風はあることに気づく。
「サチコさん」
「……どうしました、風さん」
「風は気づいてしまいました。回復役は風しかいませんねー」
「……」
 沈黙するサチコに風は肩をすくめる。
「やれやれ、14人を1人で回復とか。風が過労死してしまいますよー?」
「誰ひとりとして、死なせませんわ」
 笑顔で返したサチコに、仄かな成長が感じられた。

 遥華は士気が高まる陣中で、フードを被り集中力を高めていた。
 十字を切り、
「茨の者たちが進む道にDead Endを」
 茨小鬼との最終決戦が始まった。


 鼻孔をくすぐる草の香りは、土煙のにおいに負けていた。
 一秒経つごとに、鉄と血の割合が増えていくのがわかる。
「ふん、これでこそ戦場だ」
「滾るのはわかるけど、もう少し待ってね」
 戦いに奮い立つバルバロスへ舞が告げる。一斉にかかれる距離まで、ドンナァを引っ張り出すつもりなのだ。
 咆哮後、戦場を見渡していたドンナァは、覚醒したハンターたちに気づいたらしい。胡乱な深い闇を湛える瞳が、真っ直ぐに向いた。
「ぶるわああああ!」
 対抗するように、バルバロスが雄叫びをあげて更に注意をひく。
 ドンナァ以外のゴブリンも、その闘気に気がつく。
「来るっ……!」
「あぁ、来るな」
 ヴォーイが、ドンナァにさとられないよう馬を駆った。正面に気を取られている間に、回りこむ算段である。
 やや遅れてヴァイスも、
「少し無茶だが、力を貸してくれ」
 愛馬へと労いの言葉をかけ、手綱をたぐる。
「大地よ、彼らに祝福を!」
「防御はこちらで、存分にどうぞ!」
 遥華とアルマが口々に、護りを与える。バルバロスは土砂の鎧をまとい、舞はエネルギーを得て守りが活性化する。

「……おいおい」
 そんな中、様子を見ていた海斗が表情を曇らせた。
「なんだ、ありゃあ」
 ドンナァの片腕に、粘着質な黒い瘴気が渦巻いていた。まるで龍の如き渦は回転を始め、腕を覆う。
 その間、コンマ3秒。
 同時に腕を引き、溜め、押し出す。素早い動きから繰り出されたのは、草花を抉る負のマテリアルの塊であった。衝撃波というには、生ぬるい、圧倒的な暴虐。
「……っ!」
 辛うじて気がついた舞は、自分に到達する寸前で馬を跳ねさせた。
 着弾地点が大きく振動し、後方にいたボルドーの小柄な馬が揺れに驚き嘶いた。
「うへ」
 ドンナァの放った先手に、辛うじて声を漏らすのが精一杯だった。経験から言えば、当たれば体力の四分の一は持って行かれたことだろう。
 汗を拭い、深呼吸。
「行くよ」
 舞の合図を待たず、バルバロスは飛び出していた
 前に出てドンナァが二発目を放つ。ただでさえ長い腕から繰り出される衝撃波は、もはや大砲である。だが、黒い砲弾をバルバロスは巨斧を振るって迎え受けた。
「ふぬぅ」
「あまり、初手から無茶するな」
「そうですよ、心臓に悪い!」
 慌てて防御障壁を与えたザレムとアルマが苦言を呈す。踏ん張りだけで地を削ったバルバロスは、一声「試しただけだ」と笑みを浮かべていた。

「……っ! 向こうにばかり気を取られてもいられないが」
 迂回するということは、戦場を突き抜けるということ。
 できるだけ規模の小さい場所を狙ったが、攻撃は飛んで来る。矢を切り払いながら、向かってくるゴブリンは無視してヴァイスは進む。ヴァイスを追おうとしたゴブリンは、連続して放たれた二本の矢に倒れる。
「一気に行くぞ!」
 駆け抜けていくヴァイスを、丘の上でナナセがしかと見届けていた。

「相変わらずですね。でも、風をあまり働かせない方向でお願いしたいですよー」
「無理じゃ……ないかな」
 バルバロスやヴァイス。
 前衛の無茶に対する風の苦言に応じたのは、奈月だった。
 黒いライフルを手に、ドンナァを出迎える準備を整える。その隣では、海斗が対象的な純白の短筒を構えていた。
「なら、俺たちだけでも負担を減らさねぇとな!」
「痛いのは嫌だしね」
 前進しつつ、射程に入ったドンナァへと狙いを付ける。
 二人の少し後方を行く風は、
「本当ですよー」と呟いていた。

 後方支援を担うエルは、迫ってくるドンナァと付帯物のようなゴブリンたちを確認していた。ゴブリンたちもドンナァを制御しきれているわけではないらしく、一定の距離を保っていた。
「三度目はありませんよ」
 ひとりごち、火球を放つ。エルが立っているのは、衝撃波は及ばないギリギリの位置だった。この位置は、射程と炎弾が巻き起こす爆発の範囲は巻き込める最大数のギリギリであった。
「こうなりますか」
 微妙な位置ずれが収められるはずのゴブリンを二体逃す。
 ドンナァは爆炎に巻き込まれながらも、猛進してくる。すぐさま、エルは距離を取り攻撃に巻き込まれない位置を目指す。

 反対にドンナァへと駆ける、二つの影があった。
 影の一つ、舞は真紅の双眸でドンナァを睨めつける。ドンナァもまた、二人の姿を漆黒の瞳に映す。視界の中で、舞が跳躍した。
 馬の背を蹴り、ドンナァの頭上にまで跳び上がる。舞とドンナァの視線が空中で交差する。
 ドンナァの頭をめがけて舞が剣を振り上げ、
「今だ!」
 叫んだのと同時にドンナァが腕を動かした。龍のごとく鱗で固められた腕だ。右腕で舞の刃を防ぎ、左腕は力をためて引き下げる。舞は即座に刃を返し、防御の姿勢を取る。
 咆哮し、杭打ち機のように押し出された腕が舞へと伸びる。
 空中では避けようがない。
 掌底を受け止め、舞は歯を食いしばる。目の前で光の壁がひび割れて消えた。誰かが防御障壁を放ってくれたのだろう。
 その誰かを惟みる間もなく、体は地面へと吸い込まれていく。受け身をとるが、体力は大きく削られていた。
「強い……けど」
 それ以上に、仲間たちのほうが強い。
 腕を上げた状態のドンナァへ、残る影、バルバロスが迫っていた。

 本気を出す、という言葉は便利な半面、揶揄にも使われる。
 だが、この男バルバロスの場合、まさしく、本気を出すのである。体内で滾る闘気が、肌から湧き出るようにみえるのだ。
 バルバロスもまた、馬から飛び降り、ドンナァへと刃を向けた。バルバロスの得物は、身長よりも巨大な斧である。全身の力を斧を持つ腕へと回し、着地と同時に振りぬきった。
 刃先はドンナァの右脚をぶっ叩いた。
 獣足と化していた脚から、嫌な音が響く。
「もういっちょ!」
 声を上げながら駆け込んできたのは、ヴァイスだった。手綱を手放し、大刀を両手で構えていた。ヴァイスの愛馬はさらに加速する。
 バルバロスが一撃見舞った右脚へ、突風が突き抜けるように疾さを威力に変える。勢いを保って上段から振り下ろされた刃が、深くドンナァの脚を裂く。
 戦場の兵士には、ヴァイスが纏う紅蓮のオーラのために、馬から炎弾が跳んでいったのだように見えていた。
「……っ」
 ヴァイスは攻撃の反動を落馬によって受け流し、立ち上がる。愛馬を速やかに戦線から離脱させた。戦いが終わるまでの無事を刹那に祈る。

 加えて裏面からヴォーイも姿を現す。
「おらよ!」
 陰陽護符を手に、人馬一体となって突撃をかます。魔力を纏った馬の突進が、わずかにドンナァの身体を揺らす。ゆらぎに、一瞬折れたかに見えた膝は未だ健在。
 合わせて海斗や奈月が、やや遠方より弾丸を食らわす。ハエのようにうろつく取り巻きを巻き込み、ザレムやアルマがデルタレイでドンナァを突く。
 攻勢開始と思われた瞬間、暴風が巻き起こった。
「危な……」
 最初に気づいたのは、少し離れて動きを注視していた舞だった。ドンナァが損傷を受けた右脚を軸に、身を捩ったのだ。
 体の回転とともに、左腕が平行に引き下げられ、弾けた。バネでも仕掛けられているのか。そう思えるほどに、苛烈な一撃。
「おっかねぇな」
 離れて銃口を向ける海斗が、ドンナァの巻き起こした風に煽られた。崩れかけたバランスを立て直し、見ればバルバロスやヴァイスが打ち払われていた。
 薙ぎ払い、というには余りに苛烈!
 一寸の間で避けた舞とヴォーイは、威力の大きさを肌身に感じたことであろう。まともに喰らったバルバロスとヴァイスは、負傷を確かめながら立ち上がる。
 すかさずバルバロスは落とした斧を構え直す。全身を光で包み、負傷を癒やす。
 ヴァイスは纏っていた甲冑に、感謝した。
 ふたりとも体力の四分の一を一撃で持って行かれたが、臆する素振りすら無い。バルバロスに至っては、笑みを浮かべてすらいた。
 ドンナァはさらに拳を振るおうとするが、その肩へ一本の矢が突き刺さる。関節付近に刺さった矢は、ドンナァの動きを止めた。


「狙いがそれましたか。でもま、攻撃が止められたから、よし!」
 感覚を研ぎ澄まし、マテリアルの力を十全に引き出して放たれた矢だ。
 さぞかし痛いことでしょうと、ナナセはドンナァに目配せをした。
「……と、呆けてはいられません」
 思考を切り替え、なだらかな丘の上で戦場を見渡す。ドンナァは確かに大きな獲物だが、ドンナァだけに気を取られている場合ではない。
 戦場、それ自体がナマモノなのだ。
「まだドンナァ周りに敵がいますね」
「それと、右前方……あの端のあたりも劣勢です」
 ナナセと遥華が素早く言葉をかわし、情報を伝達する。
 その言葉に従って、サチコが兵士全体の指揮を執る。ボルドーとアメリアが集中すべき箇所へ狙いを付ける。
「ドンナァを倒す前に、露払いですね」
 ライフルの銃口をゴブリンへ向け、引き金を引く。弾丸が吸い込まれるように、ゴブリンの頭部を貫く。崩れた身体を兵士が切り払っていく。
 ボルドーも細やかに戦場を駆けては、矢を放つ。鍛えぬいた馬上弓術をもって、敵を撃つ。ボルドーに気づいたゴブリンもいたが、速やかに移動するボルドーを捉えられないでいた。

 兵士の戦いを二人が塗り替えていく中、ナナセはドンナァの足下に動くゴブリンを狙う。
 弓持ちゴブリンが舞へ狙いをつけていた。手が矢にかかり、弓を引こうとした寸前で腕を撃ち貫く。ゴブリンがこちらに気づいた時には、もう遅い。
 二の矢がゴブリンの頭を吹き飛ばしていった。
 一動で二本の矢を継ぐ、ナナセの得意技である。
「無粋な真似はさせませんよ」
 おかわりはいくらでもある、といわんばかりにナナセは矢の雨を降らす。一匹、また一匹と確実にゴブリンは数を減らしていた。
 一方で爆炎と風刃で場をならすのが、エルだ。
 後方を狙う不届き者へは風刃を放ち、兵士を含めた仲間を巻き込まない場所へは炎弾を見舞う。
「こちらに気づくゴブリンも増えていますね。正念場といえるでしょうか」
「近づかれる前に撃つ、撃たれる前に撃つ。それだけです」
 独り言に近いエルへ、アメリアが告げる。
「おっと、近づきすぎましたか」
 矢が目の前に刺さり、エルは少し後退する。弓持ちのゴブリンの一部が、こちらを狙っているらしい。敵の矢はサチコにまで及ぼうとしていた。
 すぐさま、ナナセが対処に当たる。
「……っ!」
「サチコさん!」
 遥華が素早くサチコに緑の風をまとわせる。覚醒状態に入ったサチコは、風鎧が矢の機動を逸らすのに助けられつつ、回避する。
「射殺されたいか……」
 ボルドーが黒き双眸でゴブリンを睨む。素早く馬で駆け、サチコを狙ったゴブリンの命を一矢で散らす。
 戦況は激化の一途を辿るが、漸次、人間側に傾きつつあった。


 それでも、ドンナァが暴れる限り、兵士の士気は悪影響を受ける。かのドンナァの慟哭は、またも天地を貫いた。
「ほんっとにタフだな。いい加減、膝を折りやがれ!」
 陰陽符を手に抵抗するヴォーイが、思わず叫ぶ。
 三度目になる人馬一体の攻撃は、跳躍によって避けられる。獣足をバネのように用いて、一気にはね飛ぶ。ヴァイスも刃が空を切り、姿勢を崩す。
 すぐに反転するが、目の前にはドンナァの長い腕が落ちてくる。
「場合によっては距離を保ち、前衛は交代しつつ戦おう。長期戦覚悟で、確実に削らないと」
 ザレムが撃鉄を起こしながら、指示を出す。ヴァイスと舞が一度、風の回復圏内を目指して下がる。
 その間に前に詰めるのは、バルバロス。そして、リカルドだ。
「ふんっ!」と一息で叩き切ろうとするバルバロスを剛の者とするなら、リカルドは技と言うべきだろうか。ドンナァに接近を果たすと、攻撃直後の手指を狙って大刀を振り下ろす。
「いくら硬かろうと、末端ぐらいは非力な俺でも何とかなるわな」
 通常、人間であれば指先には神経が集中しているため、激痛が走る。
 ドンナァといえど、構造は同じ……そう考えての攻撃であった。が、ドンナァは痛みを感じる素振りすら見せない。むず痒そうに指を動かすと、バルバロスとリカルドを薙ぎ払わんと豪快に腕を動かした。
 リカルドは体勢を下げ、さらに内側へと潜りこむことでこれを回避。バルバロスは変わらず、巨斧を構えて迎え打つ。如何に強靱な体力を有するバルバロスも、二度三度、豪腕を振るわれては傷を負う。
「……むんっ!」
 切っ先を向けつつ、やや後退しマテリアルを全身に巡らす。
 バルバロスから少し距離をとって、風は注射器を乱舞していた。

「風が過労で倒れたら、サチコさんに労災認定してもらいますからねー」
「そうならないように気をつけはするさ」
 無数の注射器による襲撃を受けつつ、ヴァイスは風の冗談に苦笑する。
「まだ、大丈夫だよね?」
「はい。風の回復には若干の余裕がありますよ。なるべく回数は減らす方向でお願いしたいですけどねー」
「華麗に避けられたら、いいんだけどね。予備動作とか……」
「もう少しで何か掴めそうなんだけど、な。よし、こんなもんか」
 一定値まで回復した二人は再び最前線へと走りゆく。後ろ姿を見送りながら、風は使った注射器の数を指折り数える。
「若干の余裕……ですねー」
 長引けば長引くほどに、ドンナァの一撃は恐怖の対象になりえる。
 不安は常に、渦巻いていた。


 ヴァイスたちが戻るまでの間、リカルドが裏周りを駆使し、脚部の関節へ一撃を叩き込んでいた。腱を断つべく放った一撃を、ドンナァはいまだに耐える。
「もう少しなんだがな」
 ドンナァの跳躍が鈍っているのをリカルドは感じていた。ヴォーイの騎乗突撃にも、身体が揺らぐ。
 あと一撃、重たいものが入れば確実に崩れる。そんな中、十分に気合を入れたバルバロスが再び猛進する。射程に収め、大上段から放たれた刃がドンナァの膝に食い込んだ。
 ピキリ、と乾いた音が響く。
 それを合図にバルバロスの刃は肉を切り、骨を断つ。半ばで斧を止め、身を引く。ドンナァの重心が傾き、右側へと沈む。右脚が逝ったのだ。
 すかさず海斗が弾丸でドンナァの気を散らす。
「さて、次はどこから攻めるかねぇ」
 体勢が崩れ、右腕でドンナァは自重を支える。海斗はドンナァの周囲を走りながら、探るように弾丸を浴びせる。腕の関節、顔付近、もう片方の足、あるいは肋の間……。
 ドンナァが海斗をひと睨みしたが、衝撃波の届く距離ではない。射程を見極め、海斗は動いていた。

「おら、もう一本の脚ももらっていくぜ!」
 調子づいたヴォーイが、残る左足へ戦槍を振りぬく。重たい一撃に、今度は左側へと身体が揺らぐ。一度崩れた重心は、すぐに立て直せそうにはない。
「アッハハハハッ! どれだけ強かろうが動けないんじゃ、ただの木偶ですよねェ!?」
 ここぞとばかりに、アルマがデルタレイを叩き込む。ドンナァを囲っていたゴブリンも、同時に伏していく。ザレム、奈月も距離を詰めつつ、アルマに続く。
 衝撃波の距離には、わずかに届かない。
 苛立ちが募るのか、ドンナァの叫びが一層激しさを増す。
「ドンヌァアアアアア!!」
 慟哭とともに叩き降ろされた拳が、バルバロスを打つ。カウンター気味に刃をかち合わせるが、わずかに押し負ける。
「ぬぅ、それでこそ……!」
 戦いを楽しむ笑みを浮かべながら、一歩二歩下がる。

 長期戦、とザレムが述べたとおりであった。
「一旦、引き受けるよ!」
 距離をおいたバルバロスに代わり、舞が飛び出す。一気に駆け寄る舞へと、巨大な腕が落ちる。重量感のある攻撃を素早くステップを踏んで、避ける。
 ドンナァの腕が土をえぐり地面を揺らす。同時に、舞が跳ねた。
 振り下ろされた腕を踏み台にして、一気に駆け上る。鱗の感触が足裏に伝わり、その硬さを感じさせた。これをぶち破るのは、中々に骨が折れそうだ。
「なら……」と狙いをつけたのは、継ぎ目となる肩。
 鱗の切れ目、肩の関節部めがけて舞は跳ねた。
「……っ!?」
 間近で継ぎ目を見た舞は、若干の嫌悪感を覚えた。無理やり取り付けられただけでなく、腕はドンナァの元の体と融合していたのだ。単純な縫い目や継ぎ目ではない、一度その箇所を潰して混ぜたような状態であった。
 それでも、境目はある。
 しかりと目で見定めて刃を立てるぐらいは、できる。さいわいにも、舞の視覚は他者に比べて優れていた。
「忙しいね、まったく!」
 攻撃即離脱。
 薙ぎ払われた腕を肩の骨を蹴って、避ける。接近しつつあったヴァイスは一度動きを止め、リカルドやヴォーイは裏回ることで回避する。
 単調なドンナァの動きに、
「馬鹿の一つ覚え、だな」
 遠方で奈月がぽつりと、そう漏らした。


 ドンナァが膝をついた時、ゴブリン掃討も一定の目処がつこうとしていた。
「旗印が下がると、士気も下がってきたようですね」
「こっちが優勢になる分は構わないですよ」
 サチコの表情が少し和らぐ。
 戦況はいまだ予断を許さないが、優勢となる箇所が増えてきたのも事実だ。ナナセは今一度、戦場に目を配ると馬上からドンナァを見下ろした。
「……」
 後方でエルが雷撃を放ち、丘を登らんとするゴブリンを焼き落とす。加えて、ボルドーが漏れたゴブリンを確実に狙う。手が余り始めていた。
 アメリアが銃口をドンナァへと向けた。反撃されない余裕の距離。ドンナァの脚は潰れ、機動力はそげている。
「頃合いですね」
「それじゃあ……」とアメリアに続けて、ナナセも矢を継ぐ。鏃は、真っ直ぐにドンナァへと向けられていた。撃ち漏らさぬようマテリアルで集中力を最大限に高める。溢れるマテリアルは弓をも覆っていた。
 一息に矢を引き絞り、放つ。
 狙いは、最初にナナセが撃ったのと同じ左肩である。舞と同じく継ぎ目を狙った攻撃は、奇しくも逸れ左腕へと刺さる。
 硬い鱗が数枚弾けて飛んだ。
「私も……」とアメリアもすかさず引き金を引く。冷気を纏った弾丸が、丘の上からドンナァへと飛来する。ドンナァの崩れていない左側、腰付近へと弾丸は吸い込まれていった。
 弾丸はドンナァの皮膚表面から温度を奪う。ドンナァはそれ以上の運動量を以って、アメリアのレイターコールドショットを克服する。
「足りませんか」
 再度狙いをつけようとしたときだ。ヴァイスの一撃で、残されていた左脚も膝から折れた。
 アメリアは、狙いを胸部へとあげようとして気づく。
「あら……海斗さん?」
 両足が崩されたのを見計らって、海斗がバイクのアクセルを踏み切っていた。


 ドンナァは膝をつき、両手で地を押した。
 海斗は地面のゆらぎを感じながら、魔導バイク「龍雲」のアクセルを全開にした。徐々に加速をあげ、ドンナァへと突き進む。龍の唸りのような駆動音が、戦場を駆け抜ける。
 音に反応したゴブリンもいたが、エルがつつがなく炎弾をぶち込んで掃討する。
 動きに気づいたドンナァが、衝撃波を放とうと構えた。アメリアの弾丸が腕を穿ち、これを阻む。
「行けるっ!」
 距離を詰め、海斗は龍雲から手を離し、跳んだ。否、飛んだ。足下からマテリアルを噴射し、海斗は宙を行く。
 主をなくした龍雲は、自走しながらドンナァへと向かう。轟音に耳を衝かれ、ドンナァの意識は龍雲に奪われていた。
「よっと」と器用に海斗は、ドンナァの頭上に降りる。ドンナァが腕を上げて、叩きおろすのが見えた。爆音に横目で見れば魔導バイクの破片が舞っていた。
 十分に予想できた結果だ。刹那に雲龍へ別れを告げ、視線を戻す。
「そろそろ、きついだろ」
 銃口を虚のような眼へ突き付けて、
「ちと強化してあるから、よく効くぜ?」
 純白の銃身から雷撃が放たれる。雷撃はドンナァの瞳を焦がし、脳天を突き抜けた。身体をよじり暴れるドンナァから、すかさず海斗は距離を置く。マテリアルを徐々に弱め、ゆるやかに着地する。
 ドンナァが雷撃に体を震わせ、しびれていた。

 直撃を受けたドンナァの目は白く濁っていた。視界を奪われたからか、ひたすらに両腕を縦横無尽に振るう。暴風のように荒れ狂うドンナァだが、しびれも動きを鈍り、攻撃は精彩を欠いていた。
「限界が近いんじゃないですかねェ!」
 笑い声をあげながら、アルマが光で追い打ちをかける。
 奈月も距離を詰めつつ、ゴブリンの露払いをする。ドンナァが劣勢と見るや、ゴブリンの一部がハンターたちの方向へ向かっていた。
「ま、当然そうするよな……」
 ドンナァは、ゴブリン側にとっては軍旗にちかい存在なのだろう。
「悪いね。邪魔はしないで欲しいな」
 淡々と足を、胸を、肩を穿つ。弓を撃たせる間も与えやしない。
 視線の先で、ゴブリンの頭が弾けた。見れば、丘の上のアメリアたちが再びゴブリン掃討に動いていた。臨機応変の素早い対応に、舌を巻く。

「脇が甘いぜ?」
 大振りの薙ぎ払いを避け、リカルドはすかさず脇の下へ弾丸を見舞う。
 肩の関節は集中攻撃によって疲労が溜まっていることだろう。ドンナァの懐を駆け巡れば、鱗が剥がれ落ちてくるのもわかる。どれだけタフだろうと、死ぬときは死ぬ。
 前衛は入れ替わり立ち代り、ドンナァを翻弄する。動きの鈍るドンナァの対処は、明らかに遅れていた。
 苛立ちの募るドンナァが、両腕を地面に叩き込み、自重を支えた。深く息を吸い込み、大口を開く。
「ドンッ……!?」
 咆哮の声が詰まる。ドンナァの口には深々と大槍が突き刺さっていた。
 刺突の主はヴォーイである。
「流石に口ン中までは硬かねぇだろ!」
 足を砕かれ姿勢の下がっていたところに、狙いをつけていた。
 槍を引き抜けば、ドンナァは枯れた声を押し出すばかり。祖霊の力のこもった一撃は、ドンナァの喉元を潰したらしい。
 だが……。
「もういっちょ……」とヴォーイが構え直した時、後方から名前を呼ぶ声が聞こえた。声に気づいた瞬間、ヴォーイは全身が引きちぎられるような痛みを感じた。耳に馬の悲鳴が反響する。
 何が起きたのか理解ができないままに、ヴォーイは宙を舞い、戦いに踏み鳴らされた地面へと激突する。意識が、とんだ。

 声の主は、サチコだった。
 ドンナァとの決着を見届けるべく、サチコは状況を注視していた。ドンナァが倒れさえすれば、戦況は一気に優勢へ向かうからだ。
 サチコの視線の先では、ヴォーイがドンナァの口腔内に槍を深々と突き刺していた。トドメを刺したようにも見えたが、ドンナァの動きは止まっていない。ヴォーイが槍を引いた瞬間、ドンナァの瞳が光を帯びたように見えた。
 雷撃の痺れが取れたのだろうか。
 俊敏に左腕を大きく振るったのだ。
「ヴォーイさん!」
 叫びが届くと同時に、ヴォーイと戦馬が宙を舞った。悪あがきと呼ぶには、あまりに強力な一撃。崩れ始めた体のどこに、それほどの力を有していたというのか。
「……っ!」
「ナナセさん。アメリアさん。援護をお願いしますー」
「わかりました。そちらも気をつけて!」
 声が詰まるサチコに代わって、風が告げる。
 遥華とボルドーが風に付き添い、丘を駆け下りる。エルはサチコの側につき、寄ってくるゴブリンに炎弾を打ち込んでいた。
「そちらが好機と思うのは勝手ですが、私がいる限りサチコさんには、指一本触れさせませんよ」
 エルは静かに告げ、サチコの顔を見る。顔色は悪くなっているが、無論、覚悟もしていたのだろう。息を整えて、ヴォーイのいる場所へ真っ直ぐに視線を向けていた。


「間に合った……でしょうか」
 アルマはヴォーイが薙ぎ払いを受けた瞬間、防御障壁を放っていた。だが、ヴォーイが動く気配はない。
「……いえ、今はやれることをしないといけませんね」
 他の仲間が倒れぬよう防御性能を重ねて高めるアルマの横を、ザレムが通り過ぎていった。
「あと、少し」
 ここで一気に決めるべく、ザレムもドンナァへ駆ける。刹那、ドンナァの残った瞳がザレムを見た。だからといって、怯みはしない。
 乱雑に放たれた衝撃波を円形の盾を機導術で細かく動かし、受け流す。強い負荷が身体にかかるが、体力はそれほど削られない。何らかの力が働いたのだろうか。
 だが、それを精査する時間はない。
 足を止めず、ドンナァを射程に収め、雷撃を放つ。海斗よりは劣るが、ドンナァの動きを阻害するのには十分であった。続けざまに後方から、冷気を帯びた弾丸が飛来する。ゴブリンの肩口を貫き、熱を奪う。
 雷撃による麻痺と冷気による凍傷……。二重の苦しみが、ドンナァの動きをさらに緩慢にする。あからさまな隙を見逃すほど、ハンターは甘くはない。
 振り上げた左腕の付け根を、舞が裂く。攻撃の手立てを見るに、左腕が利き腕のようであった。集中して狙われた肩の傷口が、広がりを見せる。
 ふるい落とされる前に舞は離脱。入れ替わり、リカルドが足下に滑りこむ。顎先を睨み、両手剣にマテリアルを込めて振りぬく。込められたマテリアルが衝撃波を生み出し、ドンナァの頭を顎から突き上げた。
 バランスを崩し、尻もちを突く。振り上げられたままの左腕を後ろに回し、身体を支えようとした。そのとき、
「ぶるわぁああ!」
 叫びを上げて、力強くバルバロスが踏み込む。斜めに斬線を描き、刃は左の肩口から深々と胸のあたりまで伸びる。巨木が倒れるような音を上げ、ドンナァの腕が宙を舞った。
「もらった!」
 ヴァイスがここぞとばかりに、刃を振り上げる。ドンナァは未だ姿勢を戻せず、頭を後方へと下げていた。
 移動の勢いを載せた刀がドンナァの首元で光る。剣閃を残して踏み切ったヴァイスが、振り返る。ドンナァは叫びを上げることすら許されず、地面へと頭を落とした。
 安々と切り落とせたのは、ヴォーイが放った口腔内への一撃のためだろう。
 やったか、と思った刹那、ヴァイスは勘所よくドンナァから距離をおいた。
「おいおい……」
 足を崩され、腕をなくし、首をなくしたドンナァは、胴部と残された右腕で暴れていた。
「本当に、気持ちが悪いですねぇ!」
 嫌悪感を隠さず、アルマは叫びを上げていた。身体に残された本能が、ひたすらにうごめいているのか。
「不死身なら、完全に動かなくなるまで壊すまでだ」
「そういうこと、だよね」
 リカルドの言葉を待たずして、舞が、ヴァイスが、ザレムがドンナァを壊しにかかる。
 手が早いな、とリカルドもすかさず接近を果たす。死しても豪腕は残っていた。一撃を受けぬよう注しつつ、肋の間から臓器を狙う。
 すかさず、ザレムが刀を心臓に突き立てた。ビクンッとドンナァの残骸が跳ねた。振るわれた右腕をヴァイスが切り落とす。
 残された胴体を、バルバロスが背骨ごと斧で真っ二つに切断してみせた。別れた胴部が、緩慢に動きを止める。ザレムに貫かれた心臓が、こぼれ落ち、黒い瘴気を吐き出しながら崩れていった。

「ぶるわあああぁああああああ!!」

 その日一番の慟哭が、戦場を突き抜ける。
 声の主は、バルバロス。ドンナァが敗北を喫したことを伝えるには十分であった。


 耳を衝いた野太い声に、ヴォーイは覚醒した。
 鼻孔をくすぐるのは、土と鉄と血の匂い。聴覚と嗅覚が生きていることを実感する。
「おきましたかー」
「……あぁ」
 続いて聞こえたのは、風の穏やかな声だった。
 目を開けば、晴れていく空。夕刻に近いのか、赤く染まっていた。
「……戦いは?」
 体を起こし周囲を見渡せば、戦況は落ち着きつつあった。
 ドンナァは黒い瘴気を吐きながら消えていく。丘の上を見上げれば、サチコがルサスール領家の旗を高々と掲げていた。
 自分の身長より高い旗を掲げるさまは、どこか愛らしくもあり、勇ましさも感じさせる。ヴォーイが静かに見守る中、サチコは声を上げた。
「この陣営は、我々の勝利ですわ!」
 兵士が沸き立ち、わずかに残っていたゴブリンはその場で崩れるか、逃亡していく。二言三言、勝利の言葉を上げたサチコは、ヴォーイが起きたことに気づくと向かってくる。
「いい指揮っぷりだったよ」
「そうか」
 舞に告げられ、ヴォーイは見たかったな、とぽつり漏らした。
 ヴォーイの前まで来たサチコは、
「ヴォーイさん……」
 しかし、二の句が継げない。
「サチコさま。申し訳ない」とヴォーイが頭を下げた。
「謝らないでください。生きていて、よかった」
 眼に光るものを浮かべるサチコを前に、ヴォーイは重ねて謝る。
 二人の間に、微妙な沈黙が降りた。
「湿っぽいところ、悪いけど」
 指示を仰ぎたいと奈月が、割って入った。
 サチコは目元を拭うと頷いて、頭をあげる。
「ドンナァと同じことが起こらないよう、ゴブリンの死体については十全に対処したほうが良いと考えます」
「えぇ、そうしましょう」
 エルの進言をサチコは聞き入れ、兵士に指示を出す。
 一方でドンナァの死骸がサチコは気がかりだった。
「首が落ちてからも随分と粘られた。バルバロスが胴部を切断したことで、悪あがきも終わった」とザレムが報告する。
 その死骸はといえば、歪虚化の影響か露と消えてしまったという。肉体ごと消失した以上、二度と現れることはないだろう。
「本当は調べたかったんだけどね」
 残念そうに奈月が告げる。ドンナァの残骸を調べれば、何かしら歪虚化の要因がわかるかもしれなかった。同様の歪虚がまた現れないとも限らない。そのことは、気をつけるようにサチコへ伝えた。
「そうならないことを、祈るばかりですわ」

 戦いが終わっても、落ち着く暇はない。
 立ち代わり入れ替わり、ナナセやアメリアも戦況の最終報告に入る。ドンナァが滅しても、戦場を睨む鷹の目として、二人は獅子奮迅の活躍であった。
「見渡す限りでは、大きな被害が出ている場所はありません」
「私達が散らしたゴブリンも相当数でしたからね」
 また、早駆けで管轄外の様子を見に行ったボルドーによれば、おおよそ人間側の勝利でケリが付きそうだとのことであった。
 ありがたい報告に、サチコはほっと息をつく。
「終わりましたね」
 遥華の言葉に、サチコも頷く。
 穏やかな風が吹き抜け、草原の草を揺らしていた。
「いいえ、まだですよー」
 そんな中で抗議の声を上げたのは、風だった。
「終わってない?」
「えぇ、そうですよ」
 風は口角を上げて、拳を突き上げた。
「さて、約束通り、サチコさんの奢りで祝杯をあげましょう!」
「え」
「え、じゃありませんよ。サチコさんがおっしゃったことですよー?」
 戦いの前口上で、確かにサチコは「必ず、生きて、祝杯をわかちあいましょう」と述べていた。言質を取られている。
「勿論、食べ物も出ますよね? よね?」
 少し考え、
「……し、仕方ありませんわね。戦いのごたごたが終わったら必ずやりますわ」
「すぐじゃないのですか」
「戦は終わっても、事後処理がいっぱいあるんですからね」
 そういうところも成長しているんですね、と風は嘆息する。
「喜ばしいことじゃないかな」と舞は苦笑する。
 各々すべきことをするべく、この場は解散した。
 
「サチコ、おつかれさん」
「お疲れ様ですわ」
 兵士に声をかけて回るサチコに、海斗が近づいてきた。
 まじまじと見つめる海斗に、サチコは小首を傾げる。
「どうしました?」
「いや、そのな。久しぶりなんだが、わかる?」
「え」という反応からも、サチコは気づいていなさそうだった。
 やっぱりか、と海斗は思う。前に彼女とあった時、海斗は仮面をしていた。ステッキを手渡したのだが、誰かはわからなかったのだろう。
「いや、無理に思い出さなくてもいいんだ。成長しているのがわかったからな」
 優しくサチコの頭をなで、海斗は去っていく。
 飄々と戰場の跡を歩きながら、海斗は空を見上げる。
 ゴブリンの脅威は去ったが、歪虚を含めて情勢はいまだに不安定だ。サチコの行く道は前途多難かもしれないが、さてはて――。
「どうにかなるよな」
 首だけ振り返ってサチコを見る。
 きっと、大丈夫。そう思わせるだけの表情を、彼女は浮かべているのだった。

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MVP一覧

  • 自爆王
    紫月・海斗ka0788
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズールka0878

  • 最上 風ka0891
  • 狂戦士
    バルバロスka2119
  • Sagittarius
    ナナセ・ウルヴァナka5497

重体一覧


  • ヴォーイ・スマシェストヴィエka1613

参加者一覧

  • ……オマエはダレだ?
    リカルド=フェアバーン(ka0356
    人間(蒼)|32才|男性|闘狩人

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 行政営業官
    天竜寺 舞(ka0377
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 自爆王
    紫月・海斗(ka0788
    人間(蒼)|30才|男性|機導師
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師

  • 最上 風(ka0891
    人間(蒼)|10才|女性|聖導士

  • ヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613
    人間(紅)|27才|男性|霊闘士
  • 狂戦士
    バルバロス(ka2119
    ドワーフ|75才|男性|霊闘士
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 生身が強いです
    鈴胆 奈月(ka2802
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • Ms.“Deadend”
    アメリア・フォーサイス(ka4111
    人間(蒼)|22才|女性|猟撃士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師

  • ボルドー(ka5215
    人間(紅)|52才|男性|闘狩人
  • Sagittarius
    ナナセ・ウルヴァナ(ka5497
    人間(紅)|22才|女性|猟撃士
  • 雷影の術士
    央崎 遥華(ka5644
    人間(蒼)|21才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/11/03 15:46:20
アイコン 相談卓
最上 風(ka0891
人間(リアルブルー)|10才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/11/07 07:19:25