ゲスト
(ka0000)
【聖呪】【審判】決戦、クラベルを討伐せよ
マスター:藤山なないろ
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
- 1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 8~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/11/07 15:00
- 完成日
- 2015/11/21 19:11
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「オーラン・クロス、あと少しだったけれど見送ったわ」
負のマテリアルが濃密に満ちた城の中、肩にかかる真紅の髪を払いながら少女は言った。
「まぁよい、クラベルよ。所詮、戯れに過ぎぬ」
報告を受けるのは、玉座にかけた巨体。気味の悪い笑い声をあげるそれに対し、
「随分悠長に構えているのだな、ベリアル」
強く、刺すような言葉が飛んだ。
ベリアルと呼ばれた獣が鋭い視線を送った先に居るのは、冷淡な表情を浮かべる悪魔のような男だった。
「王国が永きに渡って温めてきた“法術陣”。それが発動すれば、少なからず面倒なことになる。無論、そこのそれの言う事が正しいという前提において、だが」
「ひどいなぁ……丁寧に《強制》まで貰ったんだ。信じてくれてもいいんじゃないかい?」
それまで隅で様子を伺っていた軽薄そうな男が、壁際でへらっと笑ってみせる。
「千年前から連なる、秘中の秘だ。“本物が顕現してからじゃ遅い”……と僕は思うけど」
男は一歩前へ進み出ると悪魔に恭しく一礼し、そして問う。
「……それで、メフィスト様は一体、何を望まれるのかな?」
芝居がかった仕草だ。だが、男の発言の真偽は最早どちらでも構わなかった。
“世界が侵される未来は、既に確定している”からだ。
「人間如きの拙い足掻きに我等が心を砕くこともないが……折よく、試したい儀もある」
メフィストと呼ばれた男は、口元を歪めて巨体を見上げた。
「法術陣を掌握する」
「うむ。しかし、メフィストよ」
どうするつもりか──尋ねるより早く、悪魔は恐ろしいまでに美しい笑みを浮かべる。
「ベリアル。お前の“力”、借り受けるぞ」
言うが早いかベリアルの傍に控えていたクラベルへ、ぴたりと悪魔の手が合わさった。
《お前の命に代えても、オーラン・クロスを連れて帰れ》
放たれる圧倒的なマテリアルの波。同質の力をも侵し、食らい尽くすように少女の意を支配する。
「……別に構わないわ」
「わ、私のクラベル!?」
主に目をくれることもなく、少女は城を後にする。そして、
「……おや、まぁ。乱暴だね」
男はひとり、密やかに嗤う──。
●
その日の務めを終えたエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)は、王城の自室に向け深夜の道を歩き出した。
見上げる夜空には満ちた月があるはずだったが、今宵は分厚い雲に覆われ、随分と暗い。帰り着いた城のエントランスにも当然差し込む月光はなく、最低限の照明のみが灯った仄暗がりのなか、突然耳慣れた声がした。
「や。良い夜だね」
すぐに、あの男だと解った。
この数か月どこで何をしていたんだ、とか。
お前の良からぬ情報が耳に入ってるんだ、とか。
聞かねばならないこと、言わねばならないことは山ほどあった。けれど。
「……ヘクス」
強い風が雲を押し流す。
漸く姿を現した月の明かりが白々と窓から差し込み、やがて浮かび上がるその顔をみたら、
「“雲隠れ”は、もういいのか」
そんな言葉しか、出てはこなかった。
「これはこれは――“初めて”見たけど、ちょっと地味なあたりが何ともエリーらしいね」
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)の言葉通り、王国騎士団長の個室は主に過分な広さを誇っている。
エリオットはヘクスを一人掛けのソファへと促すと、以前贈られた果実酒の存在を思い出し、その口を開けた。
「……で、一体何の用だ」
「そろそろ巡礼の真実に気づいた頃かな、って思ってね」
今年の夏頃から、国内でエクラの巡礼者が歪虚に狙われる事件が多発。調査を行ったエリオットは、エクラの巡礼が宗教家の戯言でないことを理解していた。
「巡礼には古くから魔除けの力があるといわれているが、あれは一体なんだ。何等か具体的な効力を放つための儀式だとすれば、巡礼路はあの規模だ。国中に影響が及ぶぞ」
「それくらいじゃなきゃ、千年近くも続ける意味がないさ」
他意を含む顔で乾杯するヘクス。真意を図りかねたエリオットだが、しかし。
「そういえば、エリー。オーラン・クロスの事は知ってるかい? 彼が、やり手の大司教に直談判に行ったってさ」
「法術研究家が大司教に何の用だ?」
「《彼はクラベルに狙われている》からねぇ……彼にも事情があるみたいだし、『幽閉なんてごめんだ』なんて、言って飛び出したのかも知れないけど――ふふ」
青年の手を取って導くかのような話しぶり。
戸惑いながらも思索を巡らすエリオットを、ヘクスはただ黙って見つめていた。
「エリー。君も大変だね。余力が無い時こそ次から次へと襲ってくるんだから。……っと、そろそろ行かなくちゃ。警備の人間に見つかっちゃうと変な噂がたっちゃうしね!」
滅多に目にすることのない穏やかな顔で笑い、そして──
「ここで飲むなら、もっといい酒がいいな。
――次も生きて会えたら、今度は僕がご馳走するよ」
エリー、と。ヘクス・シャルシェレットは赤い雫を飲み干した。
その翌日。
エリオットは王国首脳会議を経て、ある作戦の承認を得ることとなる。
●
オーラン・クロスという法術家が、黒大公ベリアルの配下クラベルに狙われている。
故に『王国が彼を一時的に匿った』という情報が国の限られたレイヤーに共有されたのが今朝がたのこと。
それと時を同じくして、王国騎士団長から極秘裏にある任務が発令された。
『歪虚クラベルを、討伐せよ』──その難題を請け負ったのは、ふたつの組織から構成された連合部隊だ。
一つは、グリム騎士団。王国派の貴族私兵団で、クラベルとの数度の交戦実績からの抜擢らしい。
もう一つは、ハンター。歪虚との豊富な交戦経験を基にした作戦提案を期待されてのことのようだ。
「瓦礫に立つ古びた十字架が見えますか? 昔は教会だったそうですが、その地下にオーラン様を匿うシェルターがあるようです。彼も自衛されていますから、隠し扉を破壊しない限り、中に入る手段はないそうですが」
グリム騎士団を率いるユエル・グリムゲーテ(kz0070)が案内するのは、茨の侵食に屈した廃墟。
ここは以前『パルシア』と呼ばれた村だった。
「クラベルがここを突き止めるまでに、作戦を詰めましょう」
ほどなくして現れたのは、本任務に関わりのない別部隊の騎士と、そして──
「情報が無さすぎて随分手間取ったけれど、漸く辿り着いたようね」
赤い髪の少女、歪虚クラベル。後方には巨大な犬の群れを連れた1体のゴブリンも見える。
騎士は強制にかけられたのだろう。本人の意に反し、災厄を導いてしまったようだ。
「ごきげんよう。オーラン・クロスを頂きに来たわ」
少女は微笑むと脈絡なく騎士の喉を裂く。
「面倒だけれど、邪魔をするなら容赦しない」
迸る鮮血。騎士は瓦礫の海へと崩れ落ちていった。
本作戦において、エリオットは一つ重要な事柄を偽った。
『オーラン・クロスは、旧パルシア村には居ない』
多くを欺いた決戦が、今、始まろうとしている。
「オーラン・クロス、あと少しだったけれど見送ったわ」
負のマテリアルが濃密に満ちた城の中、肩にかかる真紅の髪を払いながら少女は言った。
「まぁよい、クラベルよ。所詮、戯れに過ぎぬ」
報告を受けるのは、玉座にかけた巨体。気味の悪い笑い声をあげるそれに対し、
「随分悠長に構えているのだな、ベリアル」
強く、刺すような言葉が飛んだ。
ベリアルと呼ばれた獣が鋭い視線を送った先に居るのは、冷淡な表情を浮かべる悪魔のような男だった。
「王国が永きに渡って温めてきた“法術陣”。それが発動すれば、少なからず面倒なことになる。無論、そこのそれの言う事が正しいという前提において、だが」
「ひどいなぁ……丁寧に《強制》まで貰ったんだ。信じてくれてもいいんじゃないかい?」
それまで隅で様子を伺っていた軽薄そうな男が、壁際でへらっと笑ってみせる。
「千年前から連なる、秘中の秘だ。“本物が顕現してからじゃ遅い”……と僕は思うけど」
男は一歩前へ進み出ると悪魔に恭しく一礼し、そして問う。
「……それで、メフィスト様は一体、何を望まれるのかな?」
芝居がかった仕草だ。だが、男の発言の真偽は最早どちらでも構わなかった。
“世界が侵される未来は、既に確定している”からだ。
「人間如きの拙い足掻きに我等が心を砕くこともないが……折よく、試したい儀もある」
メフィストと呼ばれた男は、口元を歪めて巨体を見上げた。
「法術陣を掌握する」
「うむ。しかし、メフィストよ」
どうするつもりか──尋ねるより早く、悪魔は恐ろしいまでに美しい笑みを浮かべる。
「ベリアル。お前の“力”、借り受けるぞ」
言うが早いかベリアルの傍に控えていたクラベルへ、ぴたりと悪魔の手が合わさった。
《お前の命に代えても、オーラン・クロスを連れて帰れ》
放たれる圧倒的なマテリアルの波。同質の力をも侵し、食らい尽くすように少女の意を支配する。
「……別に構わないわ」
「わ、私のクラベル!?」
主に目をくれることもなく、少女は城を後にする。そして、
「……おや、まぁ。乱暴だね」
男はひとり、密やかに嗤う──。
●
その日の務めを終えたエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)は、王城の自室に向け深夜の道を歩き出した。
見上げる夜空には満ちた月があるはずだったが、今宵は分厚い雲に覆われ、随分と暗い。帰り着いた城のエントランスにも当然差し込む月光はなく、最低限の照明のみが灯った仄暗がりのなか、突然耳慣れた声がした。
「や。良い夜だね」
すぐに、あの男だと解った。
この数か月どこで何をしていたんだ、とか。
お前の良からぬ情報が耳に入ってるんだ、とか。
聞かねばならないこと、言わねばならないことは山ほどあった。けれど。
「……ヘクス」
強い風が雲を押し流す。
漸く姿を現した月の明かりが白々と窓から差し込み、やがて浮かび上がるその顔をみたら、
「“雲隠れ”は、もういいのか」
そんな言葉しか、出てはこなかった。
「これはこれは――“初めて”見たけど、ちょっと地味なあたりが何ともエリーらしいね」
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)の言葉通り、王国騎士団長の個室は主に過分な広さを誇っている。
エリオットはヘクスを一人掛けのソファへと促すと、以前贈られた果実酒の存在を思い出し、その口を開けた。
「……で、一体何の用だ」
「そろそろ巡礼の真実に気づいた頃かな、って思ってね」
今年の夏頃から、国内でエクラの巡礼者が歪虚に狙われる事件が多発。調査を行ったエリオットは、エクラの巡礼が宗教家の戯言でないことを理解していた。
「巡礼には古くから魔除けの力があるといわれているが、あれは一体なんだ。何等か具体的な効力を放つための儀式だとすれば、巡礼路はあの規模だ。国中に影響が及ぶぞ」
「それくらいじゃなきゃ、千年近くも続ける意味がないさ」
他意を含む顔で乾杯するヘクス。真意を図りかねたエリオットだが、しかし。
「そういえば、エリー。オーラン・クロスの事は知ってるかい? 彼が、やり手の大司教に直談判に行ったってさ」
「法術研究家が大司教に何の用だ?」
「《彼はクラベルに狙われている》からねぇ……彼にも事情があるみたいだし、『幽閉なんてごめんだ』なんて、言って飛び出したのかも知れないけど――ふふ」
青年の手を取って導くかのような話しぶり。
戸惑いながらも思索を巡らすエリオットを、ヘクスはただ黙って見つめていた。
「エリー。君も大変だね。余力が無い時こそ次から次へと襲ってくるんだから。……っと、そろそろ行かなくちゃ。警備の人間に見つかっちゃうと変な噂がたっちゃうしね!」
滅多に目にすることのない穏やかな顔で笑い、そして──
「ここで飲むなら、もっといい酒がいいな。
――次も生きて会えたら、今度は僕がご馳走するよ」
エリー、と。ヘクス・シャルシェレットは赤い雫を飲み干した。
その翌日。
エリオットは王国首脳会議を経て、ある作戦の承認を得ることとなる。
●
オーラン・クロスという法術家が、黒大公ベリアルの配下クラベルに狙われている。
故に『王国が彼を一時的に匿った』という情報が国の限られたレイヤーに共有されたのが今朝がたのこと。
それと時を同じくして、王国騎士団長から極秘裏にある任務が発令された。
『歪虚クラベルを、討伐せよ』──その難題を請け負ったのは、ふたつの組織から構成された連合部隊だ。
一つは、グリム騎士団。王国派の貴族私兵団で、クラベルとの数度の交戦実績からの抜擢らしい。
もう一つは、ハンター。歪虚との豊富な交戦経験を基にした作戦提案を期待されてのことのようだ。
「瓦礫に立つ古びた十字架が見えますか? 昔は教会だったそうですが、その地下にオーラン様を匿うシェルターがあるようです。彼も自衛されていますから、隠し扉を破壊しない限り、中に入る手段はないそうですが」
グリム騎士団を率いるユエル・グリムゲーテ(kz0070)が案内するのは、茨の侵食に屈した廃墟。
ここは以前『パルシア』と呼ばれた村だった。
「クラベルがここを突き止めるまでに、作戦を詰めましょう」
ほどなくして現れたのは、本任務に関わりのない別部隊の騎士と、そして──
「情報が無さすぎて随分手間取ったけれど、漸く辿り着いたようね」
赤い髪の少女、歪虚クラベル。後方には巨大な犬の群れを連れた1体のゴブリンも見える。
騎士は強制にかけられたのだろう。本人の意に反し、災厄を導いてしまったようだ。
「ごきげんよう。オーラン・クロスを頂きに来たわ」
少女は微笑むと脈絡なく騎士の喉を裂く。
「面倒だけれど、邪魔をするなら容赦しない」
迸る鮮血。騎士は瓦礫の海へと崩れ落ちていった。
本作戦において、エリオットは一つ重要な事柄を偽った。
『オーラン・クロスは、旧パルシア村には居ない』
多くを欺いた決戦が、今、始まろうとしている。
リプレイ本文
●人類の『抵抗』
「面倒だけれど、邪魔をするなら容赦しない」
喉を掻き切られ、騎士が崩れ落ちる。
高まる緊張、永遠にも思える一瞬。破ったのは、少年の静かな啖呵だった。
「―――上等だ」
条件反射か、口癖か、あるいは“ただ気に食わない”だけか。
グレイブの柄に力を籠め、ウィンス・デイランダール(ka0039)が刹那に構えると、同時にキヅカ・リク(ka0038)が腰を落とし、息を吐く。正対するのは赤い髪の少女──歪虚クラベル。見据える少年の目に揺らぎはない。戦う前から意思は明白だ。
「クラベル、君は殺す。……今日、此処で!」
これが、“彼ら”の答え。
「撃てぇーーッ!!」
ユエル・グリムゲーテ(gz0070)が剣を振りぬき、示す目標は1体のケルベロス。指揮に応じる騎士らは一斉に弓を構え、合わせるように静架(ka0387)も和弓を構えた。
クラベルを殺す事に躊躇する者がいれば窘めるつもりでいた静架だが、それは全くの杞憂だった。彼は疎通をせぬまま仲間の温度を見誤っていたのだろう。恐らくは、青年にとって喜ばしい誤算だ。
「速やかに露払いを致しましょうか」
弦を引き絞り、溜めて、放つ。空を裂いて進む矢に、一発の銃声が重なった。対崎 紋次郎(ka1892)の放つライフルの銃撃だ。シェラリンデ(ka3332)も加わる予定であったが、彼女の銃では届かない。
そうして、標的を射程に捉えた全ての能力者が放つ“全11発の総力射撃”。矢弾の雨が、吸い込まれるように1体のケルベロスへと突き刺さってゆく。
──Grrruaaaahhhh!!
苦痛を圧縮したような叫喚。響きは次第にフェードし、そしてものの数秒で1体のケルベロスが崩れ落ちた。
あまりの速攻にクラベルの目が見開かれる。その間に、別の能力者たちは各々に移動を開始。まるで先の紋次郎の銃撃が号砲であったかのような、見事なまでに徹底された作戦行動だ。
「先の発言、らしくありませんでしたが……何にせよオーランさんは渡しません」
僅かな動揺を見せるクラベルへ向けて瓦礫を駆けるヴァルナ=エリゴス(ka2651)。その手は、既に自らの得物を握りしめていた。少女と対峙するのはこれで幾度目だろう。加えて、今回はクラベルのほかにも縁ある宿敵がいた。それは、犬の群れの奥に控える、見覚えのある存在。
「あの時のゴブリンもいますか……」
手酷くやられた依頼でのことを思い起こしたのか、クリスティア・オルトワール(ka0131)が眉を寄せれば、連鎖反応的にブラウ(ka4809)の口角が上がる。
「どうやら、そうみたいね。濃い死臭……覚えのある匂い。これがいい香りかは、別問題だけれど」
喜び、怒り、恐怖、緊張、憎悪。一般的には、人間がそれらを嗅覚で知覚することは極めて困難だが、人が放つ感情はいずれも“匂い”を伴うと言われている。この場に満ちた様々な香りは少女を心から楽しませる。幾つもの感情がぶつかり合う死地。戦場は、かくあるものだ。そして、少女は思う。初夏に逃がしたゴブリンと再び見えることになるとは、運命とはかくも“面白い”ものだと。
「もう一度、出会えてよかったわ」
僅かに微笑むブラウ。対して、クリスティアは強い眼差しのまま杖をかざした。
「ええ、今度は逃しませんよ」
実際のところ、遠距離攻撃をしかけながら可能な範囲だけ進む射撃勢に足並みを揃える都合、ハンターたちは初動でさほど前に進めていない。
「まずは1体……か」
紋次郎が次の標的に目を向けながら移動開始する様を、クラベルが不機嫌そうに見つめていた。
先の一瞬の出来事を思い返す。彼らは何の躊躇いもなく、ケルベロスに狙いを定め、そして一斉射撃であっという間に1体を仕留めた。人間ごときに作戦が読まれているかは定かではないが、この状況を放っておけば“こいつらを連れてきた意味がない”。
「本当、小賢しすぎて反吐が出そう」
そして、薄紅色をした少女の形のよい唇が、呪いの言葉を吐き捨てた。
≪その玩具、とっても邪魔だわ。今すぐ壊してしまいなさい≫
クラベル初動、ハンターたちの想定通りに“強制”が放たれた。
──範囲内の全対象へ向けた、メインウェポン破壊指示。
彼女の異能は、そんな無茶をも可能にする。だが、しかし。
「どういう……こと……?」
後方で控えるグリム騎士団のうち、一名が自らの弓を剣で叩き壊した。だが、それだけだ。
──人間どもに私の力が効いていない? まさか、そんなはず……。
直前の行動でユエルが静架にレジストをかけたことも功を奏したが、覚醒者相手とはいえ、強制がほぼ効かないなどとは信じ難く、少女の傲慢が認知を拒んでいる。この混乱を繕うように、ハイデリが叫んだ。
「クラベル、サマ……守ル」
サインに合わせ、戸惑うクラベルの頭上を軽々と飛び越えてケルベロスの群れが突撃を開始。彼らは機動力が高く、ハンターとの距離を一瞬で詰めることなど容易い話だった。だが、結果突出してきたケルベロスを、足並みを揃えて前進するハンターたちが容赦なく迎え撃つ。最も突出しているケルベロスまでは、約6m。ウィンスの能力ならその場から直接薙ぎ払う事も出来たが、しかし……
「来いよ、駄犬。……やれるもんならな」
少年は、敢えて最後の距離に飛び込んだ。犬どもを自らに引きつける為だ。
それを横目に、リクたち別働班が目指すのは、クラベル。クラベルの前には4体の巨犬と不気味なゴブリンが立ちはだかっている。巨体の間を縫ってまっすぐクラベルを目指すことも出来るだろう。だが、それではハイデリ班が成そうとしているウィンスへのケルベロスひきつけを妨害するのみならず、その後に予定されている範囲魔法の発動範囲に侵入し阻害する懸念すら出てくる。
ならば、取りうる手段は一つしかない。
「ケルベロスたちを迂回する!」
リクの声を起点に、クラベル対応班は皆それに続いて瓦礫の上を覚醒者の持つ身体能力で走りぬけていく。
その中で一人、ルカは浮かない顔をしていた。
迂回は適切な作戦だが、これによって班同士の支援が絶望的になったことが気がかりだったのだ。
──この距離じゃ、支援魔法は届かない。
だが今は、目の前の難敵を食い止め、一刻も早いハイデリ打倒を願うのみだった。
当のハイデリ班は、接近してきたケルベロスに対し猛攻にうって出ていた。
ウィンスがケルベロスを集めようと突出したところを、フォローする形で静架が制圧射撃を放ち、ウィンス至近の1体を食い止める。それを見て、紋次郎は銃を魔導機械に持ちかえた。今は犬に接敵してエレクトリックショックを撃つなど得策ではない。ならば……
「1匹ずつ餌をくれてやる……受け取りやがれ」
紋次郎は制圧されずに残っている3体をめがけ、光を放つ。初撃、光線はケルベロスの胴部を打ち抜くが、しかし残る2発は黒犬の身体能力を前に回避された。だが、それならそれで構わなかった。回避したことで自然と犬同士の距離が詰まった状況をクリスティアが見逃さなかったからだ。
「皆さん退避を。……ウィンスさんの前方へ落とします」
澄んだ橙の瞳で状況を見渡し、迷わずかざした杖の先に多量のマテリアルを集約。直後、ウィンスの鼻先を掠めるほどの目の前で、青白い雲が爆発的に広がった。
ケルベロス対応班に一瞬の緊張が走る。しかしそれは、戦場を抜ける風が雲と共に連れ去ってゆき──
「──成功、したみたいですね」
小さく息を吐くクリスティアの前方で、ズン、という音を立てて2つの巨体が瓦礫に崩れ落ちた。
その様子を見たブラウは小さく安堵するも、どうやら想定していた流れと状況が違う事に気が付き、周囲を見渡した。ケルベロス4体のうち、残るは右翼に位置したケルベロス1体だが、ブラウからは多少位置が離れており、少女とハイデリまでの直線上には“行動可能な敵がいない”。冷静に思考を巡らし、ならばと少女は走りだした。
それに気づいた犬が主を守るべくブラウへと飛びかかろうとするが、すかさずそれを抑えたのは騎士団の面々だ。
「グギ、ギ……」
既にハイデリが率いる犬の群れはほぼ戦闘の役に立っておらず、ブラウに続いてウィンスまでもが奥に控えるハイデリへと迫っている。余りに早い。考え得る限り最悪のパターンだ。怒りに震える手で杖を握りしめ、ゴブリンはハンターたちを睨み据える。
「許、サヌ」
そして唱えられる呪い。ぴくりと耳を傾けたのは、たった今騎士団の掃射を受け、弱りはじめたケルベロスだった。
Urrrraahhhh──!
突如ケルベロスの足元に黒く大きな水たまりが生じ、かと思えば、その巨体が足元から引き摺りこまれるように地面へ飲み込まれていく。メリメリと骨を折りたたむような音と共に縮み、やがて闇に消える巨体。だが、それだけでは終わらない。
「……ソヲ喰ライ、栄エヨ」
消えたケルベロスと入れ替わるようにして、水たまりから飛び出した黒い塊がクラベルに重なり、吸い込まれる。
「あいつ……!」
クラベルまであと数mに迫った位置から見ていた文月 弥勒(ka0300)は、目の前の少女が纏う気配の変質に気付く。だが、言葉が最後まで紡がれるより早く、クラベルが瞬を駆けた。次に弥勒が気付いた時、既に少女は己の眼前で、身の丈よりも長い鞭を横薙ぎに一閃していた。それは、これまでに弥勒自身が対峙したクラベルより遥かに早く、そして……
「ぐッ……」
遥かに重かった。
長大な鞭の先は弥勒を薙ぎ、そしてその一撃は、少年と同様に前衛として駆けていたルカ(ka0962)の体をも同時に引き裂く。叩きつけられた鋭い一撃が防具ごと肉を切り裂き、余りの衝撃によろめく二人。だが、
「……会いたかったぜ、クラベル」
「私は会いたくもなかったわ」
弥勒は踏みとどまって不敵に剣を構え、応じる少女は冷たい視線を投げる。
「まぁいいさ。てめえはここで討つ。引くなら今のうちだぜ」
「度し難い馬鹿が居たものね」
クラベルの注意が弥勒へ向けられたが、しかしそれをカバーするように別の挑発が重ねられた。
「ねえ、クラベルちゃん。さっきのアレって強制だったの? 僕には全然効かなかったんだけど」
振り返れば、黒髪の少年──リクがすぐそばに迫っていた。
「……今一番聞きたくなかった台詞ね。それこそ“上等”だわ、貴方」
だがしかし、クラベルは少年の矛盾に気がついた。
少年はなぜ“銃をこちらに向けながら私に接近する必要がある”?
銃撃なら紋次郎らのように近づく必要などない。ならばこの少年は銃を用いて“何らか小賢しいことを企んでいる”のだろうと知れる。不審に思い、迫る少年の行動を見極めると、自らの至近距離から放たれようとした一撃にマテリアルが集約していることに気づく。
「拙いわ、隠し事が下手なのね」
リクが放とうとしているのは、エレクトリックショック。それを知らずとも奇策は回避するべきだ。クラベルにとってそれはひどく容易いことだが、突如聞こえてきたのは澄んだ少女の声。
「そうかな? うまくいったと思うけど」
声はクラベルの真後ろから響き、振り向いた時には既に遅かった。
「な……っ! 離しなさいよ、小娘!」
「それ、キミがいう?」
苦笑するシェラリンデの鞭が少女の腕を捕らえ、すかさずリクが引き金を引いた。
「僕らは、背負ってるものが違うんだよ……ッ!」
「う……あッ」
クラベルの腹を穿つ、リクの銃弾。それは雷の力を得て強烈な痺れを少女の体にもたらした。好機であることは疑いようがなく、仲間達が一斉攻撃に躍り出る。
「貴女に受けた傷と私の刃を穢した報いを叩き返して差し上げます!」
ヴァルナと同時に地を蹴る弥勒。両者はともに全く同じタイミングで、全く同じスキルを発動。攻めの構え、チャージング、渾身撃……全てをのせて放たれる、文字通り“渾身の一撃”。
「ッ……!!」
想定外の出来事の連続。痺れをおしてなお、繰り出される挟撃をよけきることはできなかった。
強烈な斬撃を浴び、衝撃に後方へよろめく少女が荒々しく声を上げる。
≪ハイデリ、今すぐ力をよこしなさい≫
だが、一向に強化の気配がない。
「……何をしているの?」
苛立つ少女が視線をやった先には、思いがけない光景が広がっていた。
◇
遡ること10秒前、ケルベロスの足を静架と騎士団が止め、その間にハイデリまでの距離を詰めるウィンスとブラウ。そんな中、斜線を確保すべく移動し、銃を構えたのは紋次郎だった。
青年には“ある狙い”があった。小さな的い照準を合わせ、息を吐き、頭をクリアにする。
「この依頼、必ず成し遂げる」
決意は思いがけず口の端から零れ、青年の集中力に揺るぎない強さを与える。
対象の隙を狙い、そして青年が撃ちぬいたのは、自身の慧眼で見極めた“魔術の発動媒体”たる杖だった。
「ギッ!?」
見事に杖の先に埋め込まれた黒い不気味な石に命中した弾丸は、そのまま杖を大地に弾き飛ばす。
「どうした……失くしものか?」
「キ、サマ……!」
一時的に後方支援を失ったケルベロスたち。眠りに落ちた個体は未だ目覚めてはおらず、それを確認するとクリスティアは杖の先に風を集めた。
「この隙に……いきます」
練り上げられた風刃が別の個体を切り刻み、その横をすり抜けたブラウが遂にハイデリを捉えた。
「ねえ、貴方には前回痛い目に合わされたの。だから……」
少女の握る振動刀の鞘からは彼女のマテリアルのように冷気の様な靄が溢れ出ている。言葉の端々からも漏れ伝わる圧倒的な冷たさに、ハイデリが動きを鈍らせる。
「それのお礼をさせて頂戴?」
──抜刀。半身から刀を水平に構え、最後の距離を駆ける。詰めた間合いの勢いを載せ、全身の力で振りぬく一刀。壱式、疾風剣、そして──ブラウの健闘を祈り捧げられたマテリアルの相乗効果が、凶悪なまでのダメージを叩きだした。少女の刃は確実に亜人をとらえ、その片腕を一刀両断。迸る血飛沫を横目に、不留一歩ですかさず後退し、間合いを取るブラウの口元は愉悦に歪む。
「悪くない香りね?」
「オノレ……人間ドモガァァァッ!!」
圧倒的な殺意。すぐそばにハンターが居ないことも幸いし、拾い直した杖を再び振りかざすハイデリ。
「闇ヨ、我ガ願イニ応エヨ……!」
だが、しかし“なにもおこらなかった”。
これにはブラウも首を傾げる。
「何してるのかしら」
困惑するハイデリをよそに、再び横から強制が飛んできた。
≪ハイデリ、今すぐ力をよこしなさい≫
亜人の怒りがピタリと収まり、機械的な動きでクラベルに向けて杖をかざす。強制をまともに受けたハイデリが、例の強化を施さないはずもない。だがしかし、それでも“術は発動しない”。
「……何をしているの?」
そこでハイデリは気がついた。紋次郎の銃撃だ。あの一撃がクリティカルに命中し“杖が破壊されていた”のだ。
「ウオ、オォォォ……!!」
木霊する咆哮。それに触発されるように、眠っていたケルベロスが目を覚ました。気付いたユエルが声をあげる。
「ここは、私達がおさえます!」
事前にクリスティアから頼まれていた作戦の一つだ。グリム騎士団員を二手にわけ、起きたケルベロス2体をそれぞれで相手取る。巨体を取り囲むには人数が必要だが、普段より連携し合っている騎士団員同士なら人数を補って余りある連携でおさえきることができるだろう。
その後のケルベロスの三連撃は確実に騎士団員を負傷に追い込んでいくが、ヘイトのスイッチを徹底しながら順に治療していけば、死者を出さずとも相応の時間を稼ぐことができた。
●クラベル班、戦線崩壊
クラベルが見た思いがけない光景。それは、ハンターたちの独壇場だった。
ハイデリは無力化。ケルベロスは抑え込まれており、一体ずつ処理されるのも時間の問題だ。
「やはり、屑は屑ね」
洩れる溜息を聞き逃さず、弥勒が再び剣を振りかぶる。両名の会話の隙に、
「すぐに治療します……!」
ルカが弥勒と自身を治療するが、回復量が圧倒的に不足している。強化されたクラベルの一撃が強すぎるのだ。
「何がてめえを苛立たせる」
「苛立たせるのは貴方達でしょう」
少女の瞳に冷酷さが滲む。先の痺れも既に消え失せたようで、もう一度リクが銃を構えた。
「ハイデリたちを見たでしょ。こちらの圧倒的優位だ。君では、僕らは倒せない」
「……うるさいわね」
少女の苛立ちが一定値に達する。真っ直ぐにリクだけを捉えると、少女は苛立ち紛れにこう言い放った。
≪貴方、私の奴隷になって肉壁として働きなさい≫
瞬間、リクの中で『クラベルを守るために自らの身を差し出して尽くすことは、ごく自然なこと』のように思えた。
広範囲強制と、単体強制。この2種類があることをハンターたちは知っていた。当然広範囲に向ける力を単体に凝縮して発せられるのだから、“強制の強度が違う”ことも想定は出来ただろう。これは予測されうる当然の流れだったと言える。
「ちょっと……リクさん!」
リクの反応はない。強制発動時にシェラリンデが妨害するように放った鞭の先はクラベルに握りとめられた。
シェラリンデはリクの回復は他の仲間に任せると、アクロバティックな動きでクラベルの側面に回り込んでゆく。彼女が握り直したのは、刀だ。
他方、弥勒は先の一撃が余りに大きく、回復のための後退を決意。それを支援するようにシェラリンデとは別の側面から距離を詰めたヴァルナがリクの覚醒を試みる。だが……
「堅い……!」
リクの纏う全身甲冑「ヘパイストス」が気付けの一撃を完全に無効化。全スキルをのせない限り、彼に衝撃を与えることはできないだろう。
「遅くなりました、これでっ」
そこで漸く、ルカが短い祈りを捧げ終え、リクの体を微細な煌めきで覆ってゆく。だがしかし、直後ルカの唇が引き結ばれた。
「キヅカさん、目を覚ましてくださ……!?」
ルカの足をリクの銃が撃ち抜いたのだ。
「存外いい買い物をしたみたいね。貴方を選んだのは当たりだったかしら」
笑うクラベルが見据えたのは、オーランへの道筋。
そこには、クラベルの正面に位置どったまま奴隷と化したリクと、傷ついて後退した弥勒、そして弥勒を回復するべく近くにいたルカの姿だけ。
つまり“弥勒とルカを倒しさえすれば教会跡地まで遮るものがない”状況、ということだ。
「ゴールは目の前ね」
微笑みを湛え、リクの肩に足をかけると少女は高く跳躍。そして飛び降りたその先で長い鞭をひと思いに薙ぎ払った。強化されたクラベルの一撃、リクの銃撃。そして今まさにうけた鞭の衝撃を耐えきることが出来ずルカがその場に崩れ落ちた。
「っ……ごめん、なさ……」
傍にいた弥勒も既に余力はなく、これが最後の反撃とばかりに剣を握りしめる。腰を落とし、深く大地を蹴り、体中の力を乗せて再び放つ渾身撃。ほの白く光る刃の筋が一文字の軌跡を残しながら、クラベルの胴を裂く。ついに、少年の剣が少女の鮮血を浴びた。その光景に、弥勒は思いがけずこんな言葉を吐き出していた。
「生きたい、とは、思わねえ、のか……?」
絶え絶えの息をおし、それでも弥勒は刃を引かない。クラベルの傷は浅くないはずだが、傷口から溢れる体液に随分無頓着のようだ。それが、少年にとって強烈に“死”を連想させる。記憶の奥底にある光景が、なぜか彼女の傷口の向こうに見えた。
「貴方……本当に、馬鹿ね」
崩れ落ちそうになる身体を強い意志で律し、自らの刃で支えるだけで精一杯な現状。少年の世界は、今、余りに静かだった。仲間の声は聞こえないが、クラベルの向こうでは弥勒からヘイトをはがそうとシェラリンデとヴァルナがこちらに向かってくる。しかし、それをリクが遮ろうとする光景が見えた。恐らく、リクはシェラリンデがクラベルにとって驚異だとみているのだろう。彼女の胴部にタックルを食らわせると、リクとシェラリンデがそのまま転倒した。
「……あ? なんつった?」
もはや聞こえてくるクラベルの言葉すら、どこかおぼろげだ。
「肉体は魂の牢獄、という言葉がニンゲンにもあるのでしょう? 囚われることに捕らわれるしか術のない貴方達は憐れだわ。それに、死ではなく、無よ。それはつまり完全ということだわ」
「だから、てめえは……死んでも、構わねえ、のか」
少女の口から洩れる溜息。
「じゃあ、貴方は“死”の何を知っているの? 生と有しか知らない分際が、片側理論で物事を判断するなんてひどく愚かよ。それに、死んでも構わないんじゃないわ。私は“生きていない”もの」
──さようなら、もう二度と会わないことを祈るわ。
直後、振りかざされた鞭が、弥勒の最後の意識を奪い去った。
こうしてクラベル対応班は、崩壊した。
弥勒とルカは倒れ、リクの強化解除を願うことも難しく、ヴァルナの足ではクラベルに追いつけず、唯一可能性のあるシェラリンデは連携していたリクに完全に足止めされている。つまり、この盤は。
「チェックメイトよ」
次の行動でクラベルはオーランに到達する──
──はずだった。
●盤外からの“横槍”
ブラウの強烈な攻撃を受けてハイデリが片腕を失い、術も唱えられず、ケルベロスが完全に包囲された直後……圧倒的優勢を誇っていたときの事だ。ウィンスがついぞ捉えたハイデリは、既に無力化された状態だった。
「ふぅん……逃げると思ってたが、存外根性あったんだな。お前」
「逃ゲ……? オレ……」
そこですぐ、少年は理解した。植えつけられた強制が、ハイデリに逃走を許していない。単体強制は後の精神にまで影響を与えるのだろう。青年は、槍をくるりとまわし、穂先を対象に向けると、
「なるほど、哀れだな。死んでくれ」
瞬時に、地を蹴った。グレイブを大きく引くと、駆け抜ける勢いそのままに渾身の力で刺突。
「ガ……ァッ」
瞬きすら許さぬ速度で穿たれた槍。ぐぶりとした肉の感触を掌に感じながら、それでもウィンスは鋭い目つきのまま呟く。
「ちっ……しぶとい」
まだ息があることを確認すると、少年は衝撃に痙攣するゴブリンの腹を蹴り飛ばすようにして槍を引き抜く。
ハイデリに何らか別の攻撃手段がないとも限らず、放っておけば何かをやらかすことは間違いない。
蹴り飛ばされ転倒するゴブリンに向け、最後に放たれたのは冷気をまとう一閃。
「“残しておいてくれて”ありがとう」
鞘から抜き放たれた振動刀が捉えたのは、焦がれていた首。
「因縁は、これでおしまいね」
おぞましい叫びが短く響き渡ると、絶命したハイデリが瓦礫の海に落ちた。
「あの二人、あっという間にハイデリをやったか」
思わず口角を上げる紋次郎に対し、静架が後方で小さく頷いた。
「残るは、番犬3頭ですね」
制圧射撃も限りがある。だが、この調子ならば足止めの役は十分に果たせそうだ。静架は再び蒼い弓身を持つ和弓を握り、弦を引き絞って大量の矢を降らせる。
「わっしも負けていられん!」
自らのマテリアルより生じた光のトライアングルを前に、アルケミストタクトを振るう。紋次郎の臨むままに、その3点の光はそれぞれ3体のケルベロスに放たれてゆく。
「これなら、すぐカタがつきそうですね」
小さく安堵の息を漏らし、クリスティアが紡ぎだすマテリアルは一陣の風となって空を裂く。
分厚い毛皮を裕に切り裂き、刃が霧散したそこへ、包囲していた騎士団が一斉に同時攻撃を刻みつける。
最後の一撃、だらしなく横たわるケルベロスから視線を外した途端、クリスティアがハッと我に返る。
「……クラベル」
余裕が出来た彼女が目にした光景は、『クラベル班の崩壊』だった。
「皆さん、早くクラベルを!」
咄嗟にクリスティアが叫ぶ。けれど、その時は、来てしまった。
「チェックメイトよ」
「──お前がな」
突如、クラベルの体を襲ったのは予期せぬ一撃。
叩きつけられた途方もない衝撃の正体は、横から突き立つ槍だった。
「……な……っ!!」
穂先が少女の腹部を深く穿ち、あまりの衝撃に少女の体はそのまま吹き飛ばされた。
「お前の罪は、やはり傲慢だ」
クラベルを見下ろし、吐き捨てるように言うウィンス。少年は槍の先を血払いするように強く振ると、再び腰を落とした。
人間ひとりひとりの力を軽視しすぎるが故に、クラベルは横やりにまるで無警戒だった。恐らく考えうる限り最も早く、そして最も軽度な被害でのハイデリ討伐。そして、接敵せずともクラベルの態勢を崩す一手を放てる覚醒者がいたこと。
これが、“彼らの勝因の一つ”だった。
少女が態勢を崩した最中、一気にクラベルへ接近するハイデリ班。そして、
「ユエルさん、リクさんを! ルカさんも頑張ってくれたけど、キュアがなかなか効かなかったみたい……」
「強度が強いんですね。ですが、諦めません」
シェラリンデの要請に応じ、ユエルが改めてリクにキュアを施す。
「……ッ……僕、は……」
そうして、ルカが回復の合間にかけていたキュアが漸く実を結び、目が覚めたように、リクが周囲を見渡した。
先ほどまで自分がしていたことを『悪いとは思わない』。『当然のことだった』。
だが、今の自分がすべきことは『先ほどしていたこととは違う』。
そう気付いたリクは、再び銃を握り、それをクラベルへと突きつける。
「おかしいよね。キミに逆らうことを僕の頭が未だに強く否定してる。でも、こんな強制に従うものか……!」
リクの強制が解除されたと知ると、クラベルはふと自らを顧みて、瓦礫の埃に塗れた頬を拭う。
「私……随分、汚れたわ」
弥勒、ヴァルナの剣に、シェラリンデの鞭と刀。リクの銃撃に、ウィンスの槍。身体のあちこちに穴が空き、組織は切断され、体液が流れ出る。
ケルベロス対応を終えた騎士団までも、オーランとの間に割って入り、複数の障害が復活。既に1対18の戦いとなった。自尊心が高すぎる故に、人間如きに全力を出したくない。だからこそ追いつめられてしまった。当然「この状況が危険だ」と言うことは気が付いている。軋む自尊心が、悲鳴を上げた。
──ならば、「力を出すことこそが正しい」と私が思えるようになればいい。
そうして、少女は最後の手段に打って出た。
≪私は私に強制する。……執行せよ、これは断罪の時間よ≫
●裁かれるのは、人か、歪虚か
愚かな人間に裁きを。
そうして、クラベルは自らの力を惜しむことの一切をやめた。
「なに、あれ……」
全身を総毛立たせたシェラリンデが、思わず呟く。
解除された途方もない力は、先ほどまでの少女とは一線を画す。
「なにって、あいつの本気だろ」
けろっとした様子で応えるウィンスだが、その目にはある種の享楽の色が浮かんでいる。
「──やっぱり、てめえは上等だ」
『執行、するわ』
瞬時に、すぐ傍のウィンスに向けて無数の暗器が放たれた。
防ぎきることはできず、深々と身体に突き立つそれを自らの手で抜き捨てながら、
「俺と打ち合え……ッ!」
再びあいた距離を駆け、若さゆえの惜しみなさで全力をもって槍を突き立てるウィンス。だが、繰り出された一閃をかわし、クラベルは槍の上にひらりと乗ってみせる。その隙をついて、リクが接近。
「此処まで繋げてくれた人の想い、消えていった人たちの無念……それを背負って僕は此処にいる」
そして、射程に捉えた。リボルバーの引金にかけた指は未だにクラベルへの反抗を拒むが、持てる精神力全てを費やしてそれを動かした。
「だから……此処は退かない、絶対に!!」
至近距離からの銃撃が持つ意味。
それをイヤというほど味わったクラベルは、回避するべく身をかがめるが、しかしそこに再び鞭が飛んできた。
「悪いけど、そうはさせないよ」
シェラリンデの鞭が再び腕に巻き付くと、クラベルは先の連撃を思い出したようだ。
『回避できないなら、受ければいいのよ。貴女が、全て、ね』
そのまま鞭の巻き付く腕を強く引き、鞭ごとシェラリンデを手元に“引き寄せる”。
「っ……離して!」
そしてクラベルは銃撃の盾として少女の身体を使った。間一髪、方向を逸らすリクだが、リアクションで放たれた技ゆえに直撃を避ける程度が限界だ。
「~~……ッ!」
シェラリンデが痺れを纏って崩れ落ちると、そこへ静架や騎士団の矢が降り注ぐ。
無防備な少女に今度は自らの鞭を巻きつけると、その身を盾にして矢の雨を防いだ。
「シェラリンデさん!!」
ユエルが急ぎ、意識を失った少女の治療に回る。
そんな中、ヴァルナの渾身撃、紋次郎の銃撃、クリスのウィンドスラッシュ、そしてブラウの疾風剣が続くが、先ほどからほぼ全ての攻撃がかわされている。開幕一発目で大ダメージを負う原因となったリクのESをクラベルは強く警戒しており、行動阻害にも難度が上がっている。静架から放たれるレイターコールドショットも、以前よりクラベルとの相性が悪いのか、こちらも効果を上げる前に矢が叩き落とされる。
「やはり、他の連中とは格が違いますね」
「だが、それで諦めろってのは無理な話だ」
ひたすら風刃を紡ぎながら眉を寄せるクリスに、紋次郎が苦々しい想いで呟く。
目の前で繰り広げられるのは、クラベルによる一方的な暴行だった。前衛のブラウが、ウィンスが、ヴァルナが次々鞭に打たれている。強烈な一撃を受けた彼女らを後退して回復させるべく、挑発を繰り返しながらリクが1人で時間を稼ぎ続けている状況。前半、リクは自身に強制をかけるよう仕向けたが故に辛い展開を味わわされていたが、今このとき、圧倒的に防御力が高いリクがいなければパーティはクラベルの火力を前に、数ラウンドともたず全員殺されていただろう。
余力を考えれば、もはや時間がない。だが、攻撃が一向に当たらない。そんな時だった。
──あれは、ルカさんの。
紋次郎が、“それ”に気がついた。
作戦開始前、ルカが施した前準備。それはオーランへのルート上に仕掛けられた簡易の“罠”だ。
「ルカさんの想い、継いでみせる」
無論ルカだけではない。強烈な一太刀を浴びせて倒れた弥勒も、脅威であったが故に集中砲火を受けたシェラリンデも。そして彼女に奪われた数え切れぬ命も──。
「こちとら背負ってる命の数が違う……」
残り一発、これが最後のデルタレイ。光の頂点が向かう先は、クラベルの前方、右方、そして左方だ。
「食らいやがれ……ッ!!」
紋次郎から放たれた光が目標地点に着弾。弾ける光の衝撃に歪虚の足元の瓦礫が突如崩壊。
『……冗談、でしょ……!?』
想定外の事態に、大きく態勢を崩すクラベルに向け、最後の総攻撃が始まった。
「全員、撃てッ!」
「今回こそは……っ」
瓦礫崩壊の煙幕が消えるより早く、ユエルの指揮で騎士団が、そして合わせる形で静架が一斉に弓を放つ。
矢が空を切り、煙の向こうに現れたクラベルへ照準を合わせるリク。
「いっけええええええ!!」
吠えたてるような銃撃。闇を纏う弾丸は寸分違わずクラベルを捉え、その喉元を食い破る。
『がッ……は』
声にならずに呻くクラベルへ次いで畳みかけられる金色の斧刃。
「今の私が持つ全てで貴女を討ちます、クラベル!」
もはや守りは捨て、この一撃に全てを託しヴァルナが接近。勢いに全てを乗せて、振り下ろすようにハルバードを突き立てる。感触に確信を得た少女が身を引くと、今度は魔力がぶつけられる。
「これまで踏みにじられてきた全ての命に祈りを……」
クリスティアのマテリアルが徐々に水の形をなすと、それは美しい球となって放たれた。頭部に直撃したマテリアルが、少女の意識を朦朧とさせる。そこに走り込むのはクラベルと同程度の背丈の少女だった。
「絶対に負けられない、前回の屈辱を果たすまではここで倒れるわけには行かないのよ……!」
ハイデリ相手に猛威を振るった一撃が、ついにクラベルに叩きこまれる。鞘から振り抜き、思うさま叩きつけられる一閃は少女の身体を大きく裂いた。それは、弥勒の付けた傷を上書きするように、深く深く少女を抉る。
割れた肩口、その端が既に光を放ち始めたことを認めながら、ウィンスは最後の一撃を振り被る。
「……終いだ」
突き立った槍からは思いのほか軽い感触が伝う。
『……リアル、様……』
ややあって、ウィンスが槍を引き抜く頃には、少女の輪郭が淡く大気に溶けゆくのが解った。
●審判は下る
「……悪ぃ、寝ちまってたか」
「いいえ。私も治療して頂くまでは、倒れていました」
苦笑するルカが弥勒を起こすと、少年は漸く結末に気がついた。
「看取ってやれなかった」
それは少年にとっての悔いのように聞こえる。だが、
「そんなことないんじゃない?」
隣に寝かされユエルの治療を受けていたシェラリンデが、ごろんと寝がえりをうち、弥勒の方を向く。
「クラベル、キミとはよくしゃべっていたでしょう」
「あいつは元々おしゃべりだ」
「ふふ、良く知ってるんだね。実際、キミにだけ“さようなら”を言ってた」
その話に、弥勒は言葉を飲み込んだ。
「あの時、聞こえてなかった?」
よく耐えてたもんね。そういって、シェラリンデは柔らかく微笑む。
「殺された方々の無念は、彼女を討っただけでは晴れないかもしれません。でも……良かった、と。今はそう、思いたいです」
対するルカも柔く微笑み、もう一度弥勒をシーツの上に横たわらせた。
「俺はてめえのこと、結構好きだったぜ」
ぽつりと、馬車のなかでだけ弥勒の声が響き渡った。
◇
「うわぁ……まじか、そっか、なるほどなぁ……」
ガシガシと黒髪を掻いたのはリク。
「つまり、オーランさんは最初からいなかった、と」
苦い面持ちで応じるヴァルナに、溜息をつくクリスティア。
「敵を欺くには味方からとは言ったものですね……これが彼の覚悟の証なのかも知れませんが」
ハンターたちは、クラベル討伐を報告しにシェルターに向かったが、一向に反応がなく、中で強制の影響を受けていたらまずいと判断し、ユエルの責任のもとでシェルターを破壊──そうして、現実を目の当たりにした。
「なにはともあれ、居合わせた以上は目を逸らさず見届けますよ」
そう言って、静架は空を仰いだ。
そんなハンターたちをよそに、クラベルを見送った場所で立ち尽くす少年が1人。
「間違いない。アレが再び来る」
プラチナブロンドが、ウィンスの目元で揺れる。その奥の瞳を見上げ、ブラウが問うた。
「アレって何よ」
少年の瞳は、クラベルと対峙していた時以上に、強い緊迫の色を帯びている。
「所有物を二つも奪われた事を、自らの“傲慢”が許さないだろう」
「“傲慢”……っていうと、やっぱり」
頬を掻く紋次郎に頷くでもなく、ウィンスは息を吐いた。
「恐らくは黒大公……ベリアルだ」
「面倒だけれど、邪魔をするなら容赦しない」
喉を掻き切られ、騎士が崩れ落ちる。
高まる緊張、永遠にも思える一瞬。破ったのは、少年の静かな啖呵だった。
「―――上等だ」
条件反射か、口癖か、あるいは“ただ気に食わない”だけか。
グレイブの柄に力を籠め、ウィンス・デイランダール(ka0039)が刹那に構えると、同時にキヅカ・リク(ka0038)が腰を落とし、息を吐く。正対するのは赤い髪の少女──歪虚クラベル。見据える少年の目に揺らぎはない。戦う前から意思は明白だ。
「クラベル、君は殺す。……今日、此処で!」
これが、“彼ら”の答え。
「撃てぇーーッ!!」
ユエル・グリムゲーテ(gz0070)が剣を振りぬき、示す目標は1体のケルベロス。指揮に応じる騎士らは一斉に弓を構え、合わせるように静架(ka0387)も和弓を構えた。
クラベルを殺す事に躊躇する者がいれば窘めるつもりでいた静架だが、それは全くの杞憂だった。彼は疎通をせぬまま仲間の温度を見誤っていたのだろう。恐らくは、青年にとって喜ばしい誤算だ。
「速やかに露払いを致しましょうか」
弦を引き絞り、溜めて、放つ。空を裂いて進む矢に、一発の銃声が重なった。対崎 紋次郎(ka1892)の放つライフルの銃撃だ。シェラリンデ(ka3332)も加わる予定であったが、彼女の銃では届かない。
そうして、標的を射程に捉えた全ての能力者が放つ“全11発の総力射撃”。矢弾の雨が、吸い込まれるように1体のケルベロスへと突き刺さってゆく。
──Grrruaaaahhhh!!
苦痛を圧縮したような叫喚。響きは次第にフェードし、そしてものの数秒で1体のケルベロスが崩れ落ちた。
あまりの速攻にクラベルの目が見開かれる。その間に、別の能力者たちは各々に移動を開始。まるで先の紋次郎の銃撃が号砲であったかのような、見事なまでに徹底された作戦行動だ。
「先の発言、らしくありませんでしたが……何にせよオーランさんは渡しません」
僅かな動揺を見せるクラベルへ向けて瓦礫を駆けるヴァルナ=エリゴス(ka2651)。その手は、既に自らの得物を握りしめていた。少女と対峙するのはこれで幾度目だろう。加えて、今回はクラベルのほかにも縁ある宿敵がいた。それは、犬の群れの奥に控える、見覚えのある存在。
「あの時のゴブリンもいますか……」
手酷くやられた依頼でのことを思い起こしたのか、クリスティア・オルトワール(ka0131)が眉を寄せれば、連鎖反応的にブラウ(ka4809)の口角が上がる。
「どうやら、そうみたいね。濃い死臭……覚えのある匂い。これがいい香りかは、別問題だけれど」
喜び、怒り、恐怖、緊張、憎悪。一般的には、人間がそれらを嗅覚で知覚することは極めて困難だが、人が放つ感情はいずれも“匂い”を伴うと言われている。この場に満ちた様々な香りは少女を心から楽しませる。幾つもの感情がぶつかり合う死地。戦場は、かくあるものだ。そして、少女は思う。初夏に逃がしたゴブリンと再び見えることになるとは、運命とはかくも“面白い”ものだと。
「もう一度、出会えてよかったわ」
僅かに微笑むブラウ。対して、クリスティアは強い眼差しのまま杖をかざした。
「ええ、今度は逃しませんよ」
実際のところ、遠距離攻撃をしかけながら可能な範囲だけ進む射撃勢に足並みを揃える都合、ハンターたちは初動でさほど前に進めていない。
「まずは1体……か」
紋次郎が次の標的に目を向けながら移動開始する様を、クラベルが不機嫌そうに見つめていた。
先の一瞬の出来事を思い返す。彼らは何の躊躇いもなく、ケルベロスに狙いを定め、そして一斉射撃であっという間に1体を仕留めた。人間ごときに作戦が読まれているかは定かではないが、この状況を放っておけば“こいつらを連れてきた意味がない”。
「本当、小賢しすぎて反吐が出そう」
そして、薄紅色をした少女の形のよい唇が、呪いの言葉を吐き捨てた。
≪その玩具、とっても邪魔だわ。今すぐ壊してしまいなさい≫
クラベル初動、ハンターたちの想定通りに“強制”が放たれた。
──範囲内の全対象へ向けた、メインウェポン破壊指示。
彼女の異能は、そんな無茶をも可能にする。だが、しかし。
「どういう……こと……?」
後方で控えるグリム騎士団のうち、一名が自らの弓を剣で叩き壊した。だが、それだけだ。
──人間どもに私の力が効いていない? まさか、そんなはず……。
直前の行動でユエルが静架にレジストをかけたことも功を奏したが、覚醒者相手とはいえ、強制がほぼ効かないなどとは信じ難く、少女の傲慢が認知を拒んでいる。この混乱を繕うように、ハイデリが叫んだ。
「クラベル、サマ……守ル」
サインに合わせ、戸惑うクラベルの頭上を軽々と飛び越えてケルベロスの群れが突撃を開始。彼らは機動力が高く、ハンターとの距離を一瞬で詰めることなど容易い話だった。だが、結果突出してきたケルベロスを、足並みを揃えて前進するハンターたちが容赦なく迎え撃つ。最も突出しているケルベロスまでは、約6m。ウィンスの能力ならその場から直接薙ぎ払う事も出来たが、しかし……
「来いよ、駄犬。……やれるもんならな」
少年は、敢えて最後の距離に飛び込んだ。犬どもを自らに引きつける為だ。
それを横目に、リクたち別働班が目指すのは、クラベル。クラベルの前には4体の巨犬と不気味なゴブリンが立ちはだかっている。巨体の間を縫ってまっすぐクラベルを目指すことも出来るだろう。だが、それではハイデリ班が成そうとしているウィンスへのケルベロスひきつけを妨害するのみならず、その後に予定されている範囲魔法の発動範囲に侵入し阻害する懸念すら出てくる。
ならば、取りうる手段は一つしかない。
「ケルベロスたちを迂回する!」
リクの声を起点に、クラベル対応班は皆それに続いて瓦礫の上を覚醒者の持つ身体能力で走りぬけていく。
その中で一人、ルカは浮かない顔をしていた。
迂回は適切な作戦だが、これによって班同士の支援が絶望的になったことが気がかりだったのだ。
──この距離じゃ、支援魔法は届かない。
だが今は、目の前の難敵を食い止め、一刻も早いハイデリ打倒を願うのみだった。
当のハイデリ班は、接近してきたケルベロスに対し猛攻にうって出ていた。
ウィンスがケルベロスを集めようと突出したところを、フォローする形で静架が制圧射撃を放ち、ウィンス至近の1体を食い止める。それを見て、紋次郎は銃を魔導機械に持ちかえた。今は犬に接敵してエレクトリックショックを撃つなど得策ではない。ならば……
「1匹ずつ餌をくれてやる……受け取りやがれ」
紋次郎は制圧されずに残っている3体をめがけ、光を放つ。初撃、光線はケルベロスの胴部を打ち抜くが、しかし残る2発は黒犬の身体能力を前に回避された。だが、それならそれで構わなかった。回避したことで自然と犬同士の距離が詰まった状況をクリスティアが見逃さなかったからだ。
「皆さん退避を。……ウィンスさんの前方へ落とします」
澄んだ橙の瞳で状況を見渡し、迷わずかざした杖の先に多量のマテリアルを集約。直後、ウィンスの鼻先を掠めるほどの目の前で、青白い雲が爆発的に広がった。
ケルベロス対応班に一瞬の緊張が走る。しかしそれは、戦場を抜ける風が雲と共に連れ去ってゆき──
「──成功、したみたいですね」
小さく息を吐くクリスティアの前方で、ズン、という音を立てて2つの巨体が瓦礫に崩れ落ちた。
その様子を見たブラウは小さく安堵するも、どうやら想定していた流れと状況が違う事に気が付き、周囲を見渡した。ケルベロス4体のうち、残るは右翼に位置したケルベロス1体だが、ブラウからは多少位置が離れており、少女とハイデリまでの直線上には“行動可能な敵がいない”。冷静に思考を巡らし、ならばと少女は走りだした。
それに気づいた犬が主を守るべくブラウへと飛びかかろうとするが、すかさずそれを抑えたのは騎士団の面々だ。
「グギ、ギ……」
既にハイデリが率いる犬の群れはほぼ戦闘の役に立っておらず、ブラウに続いてウィンスまでもが奥に控えるハイデリへと迫っている。余りに早い。考え得る限り最悪のパターンだ。怒りに震える手で杖を握りしめ、ゴブリンはハンターたちを睨み据える。
「許、サヌ」
そして唱えられる呪い。ぴくりと耳を傾けたのは、たった今騎士団の掃射を受け、弱りはじめたケルベロスだった。
Urrrraahhhh──!
突如ケルベロスの足元に黒く大きな水たまりが生じ、かと思えば、その巨体が足元から引き摺りこまれるように地面へ飲み込まれていく。メリメリと骨を折りたたむような音と共に縮み、やがて闇に消える巨体。だが、それだけでは終わらない。
「……ソヲ喰ライ、栄エヨ」
消えたケルベロスと入れ替わるようにして、水たまりから飛び出した黒い塊がクラベルに重なり、吸い込まれる。
「あいつ……!」
クラベルまであと数mに迫った位置から見ていた文月 弥勒(ka0300)は、目の前の少女が纏う気配の変質に気付く。だが、言葉が最後まで紡がれるより早く、クラベルが瞬を駆けた。次に弥勒が気付いた時、既に少女は己の眼前で、身の丈よりも長い鞭を横薙ぎに一閃していた。それは、これまでに弥勒自身が対峙したクラベルより遥かに早く、そして……
「ぐッ……」
遥かに重かった。
長大な鞭の先は弥勒を薙ぎ、そしてその一撃は、少年と同様に前衛として駆けていたルカ(ka0962)の体をも同時に引き裂く。叩きつけられた鋭い一撃が防具ごと肉を切り裂き、余りの衝撃によろめく二人。だが、
「……会いたかったぜ、クラベル」
「私は会いたくもなかったわ」
弥勒は踏みとどまって不敵に剣を構え、応じる少女は冷たい視線を投げる。
「まぁいいさ。てめえはここで討つ。引くなら今のうちだぜ」
「度し難い馬鹿が居たものね」
クラベルの注意が弥勒へ向けられたが、しかしそれをカバーするように別の挑発が重ねられた。
「ねえ、クラベルちゃん。さっきのアレって強制だったの? 僕には全然効かなかったんだけど」
振り返れば、黒髪の少年──リクがすぐそばに迫っていた。
「……今一番聞きたくなかった台詞ね。それこそ“上等”だわ、貴方」
だがしかし、クラベルは少年の矛盾に気がついた。
少年はなぜ“銃をこちらに向けながら私に接近する必要がある”?
銃撃なら紋次郎らのように近づく必要などない。ならばこの少年は銃を用いて“何らか小賢しいことを企んでいる”のだろうと知れる。不審に思い、迫る少年の行動を見極めると、自らの至近距離から放たれようとした一撃にマテリアルが集約していることに気づく。
「拙いわ、隠し事が下手なのね」
リクが放とうとしているのは、エレクトリックショック。それを知らずとも奇策は回避するべきだ。クラベルにとってそれはひどく容易いことだが、突如聞こえてきたのは澄んだ少女の声。
「そうかな? うまくいったと思うけど」
声はクラベルの真後ろから響き、振り向いた時には既に遅かった。
「な……っ! 離しなさいよ、小娘!」
「それ、キミがいう?」
苦笑するシェラリンデの鞭が少女の腕を捕らえ、すかさずリクが引き金を引いた。
「僕らは、背負ってるものが違うんだよ……ッ!」
「う……あッ」
クラベルの腹を穿つ、リクの銃弾。それは雷の力を得て強烈な痺れを少女の体にもたらした。好機であることは疑いようがなく、仲間達が一斉攻撃に躍り出る。
「貴女に受けた傷と私の刃を穢した報いを叩き返して差し上げます!」
ヴァルナと同時に地を蹴る弥勒。両者はともに全く同じタイミングで、全く同じスキルを発動。攻めの構え、チャージング、渾身撃……全てをのせて放たれる、文字通り“渾身の一撃”。
「ッ……!!」
想定外の出来事の連続。痺れをおしてなお、繰り出される挟撃をよけきることはできなかった。
強烈な斬撃を浴び、衝撃に後方へよろめく少女が荒々しく声を上げる。
≪ハイデリ、今すぐ力をよこしなさい≫
だが、一向に強化の気配がない。
「……何をしているの?」
苛立つ少女が視線をやった先には、思いがけない光景が広がっていた。
◇
遡ること10秒前、ケルベロスの足を静架と騎士団が止め、その間にハイデリまでの距離を詰めるウィンスとブラウ。そんな中、斜線を確保すべく移動し、銃を構えたのは紋次郎だった。
青年には“ある狙い”があった。小さな的い照準を合わせ、息を吐き、頭をクリアにする。
「この依頼、必ず成し遂げる」
決意は思いがけず口の端から零れ、青年の集中力に揺るぎない強さを与える。
対象の隙を狙い、そして青年が撃ちぬいたのは、自身の慧眼で見極めた“魔術の発動媒体”たる杖だった。
「ギッ!?」
見事に杖の先に埋め込まれた黒い不気味な石に命中した弾丸は、そのまま杖を大地に弾き飛ばす。
「どうした……失くしものか?」
「キ、サマ……!」
一時的に後方支援を失ったケルベロスたち。眠りに落ちた個体は未だ目覚めてはおらず、それを確認するとクリスティアは杖の先に風を集めた。
「この隙に……いきます」
練り上げられた風刃が別の個体を切り刻み、その横をすり抜けたブラウが遂にハイデリを捉えた。
「ねえ、貴方には前回痛い目に合わされたの。だから……」
少女の握る振動刀の鞘からは彼女のマテリアルのように冷気の様な靄が溢れ出ている。言葉の端々からも漏れ伝わる圧倒的な冷たさに、ハイデリが動きを鈍らせる。
「それのお礼をさせて頂戴?」
──抜刀。半身から刀を水平に構え、最後の距離を駆ける。詰めた間合いの勢いを載せ、全身の力で振りぬく一刀。壱式、疾風剣、そして──ブラウの健闘を祈り捧げられたマテリアルの相乗効果が、凶悪なまでのダメージを叩きだした。少女の刃は確実に亜人をとらえ、その片腕を一刀両断。迸る血飛沫を横目に、不留一歩ですかさず後退し、間合いを取るブラウの口元は愉悦に歪む。
「悪くない香りね?」
「オノレ……人間ドモガァァァッ!!」
圧倒的な殺意。すぐそばにハンターが居ないことも幸いし、拾い直した杖を再び振りかざすハイデリ。
「闇ヨ、我ガ願イニ応エヨ……!」
だが、しかし“なにもおこらなかった”。
これにはブラウも首を傾げる。
「何してるのかしら」
困惑するハイデリをよそに、再び横から強制が飛んできた。
≪ハイデリ、今すぐ力をよこしなさい≫
亜人の怒りがピタリと収まり、機械的な動きでクラベルに向けて杖をかざす。強制をまともに受けたハイデリが、例の強化を施さないはずもない。だがしかし、それでも“術は発動しない”。
「……何をしているの?」
そこでハイデリは気がついた。紋次郎の銃撃だ。あの一撃がクリティカルに命中し“杖が破壊されていた”のだ。
「ウオ、オォォォ……!!」
木霊する咆哮。それに触発されるように、眠っていたケルベロスが目を覚ました。気付いたユエルが声をあげる。
「ここは、私達がおさえます!」
事前にクリスティアから頼まれていた作戦の一つだ。グリム騎士団員を二手にわけ、起きたケルベロス2体をそれぞれで相手取る。巨体を取り囲むには人数が必要だが、普段より連携し合っている騎士団員同士なら人数を補って余りある連携でおさえきることができるだろう。
その後のケルベロスの三連撃は確実に騎士団員を負傷に追い込んでいくが、ヘイトのスイッチを徹底しながら順に治療していけば、死者を出さずとも相応の時間を稼ぐことができた。
●クラベル班、戦線崩壊
クラベルが見た思いがけない光景。それは、ハンターたちの独壇場だった。
ハイデリは無力化。ケルベロスは抑え込まれており、一体ずつ処理されるのも時間の問題だ。
「やはり、屑は屑ね」
洩れる溜息を聞き逃さず、弥勒が再び剣を振りかぶる。両名の会話の隙に、
「すぐに治療します……!」
ルカが弥勒と自身を治療するが、回復量が圧倒的に不足している。強化されたクラベルの一撃が強すぎるのだ。
「何がてめえを苛立たせる」
「苛立たせるのは貴方達でしょう」
少女の瞳に冷酷さが滲む。先の痺れも既に消え失せたようで、もう一度リクが銃を構えた。
「ハイデリたちを見たでしょ。こちらの圧倒的優位だ。君では、僕らは倒せない」
「……うるさいわね」
少女の苛立ちが一定値に達する。真っ直ぐにリクだけを捉えると、少女は苛立ち紛れにこう言い放った。
≪貴方、私の奴隷になって肉壁として働きなさい≫
瞬間、リクの中で『クラベルを守るために自らの身を差し出して尽くすことは、ごく自然なこと』のように思えた。
広範囲強制と、単体強制。この2種類があることをハンターたちは知っていた。当然広範囲に向ける力を単体に凝縮して発せられるのだから、“強制の強度が違う”ことも想定は出来ただろう。これは予測されうる当然の流れだったと言える。
「ちょっと……リクさん!」
リクの反応はない。強制発動時にシェラリンデが妨害するように放った鞭の先はクラベルに握りとめられた。
シェラリンデはリクの回復は他の仲間に任せると、アクロバティックな動きでクラベルの側面に回り込んでゆく。彼女が握り直したのは、刀だ。
他方、弥勒は先の一撃が余りに大きく、回復のための後退を決意。それを支援するようにシェラリンデとは別の側面から距離を詰めたヴァルナがリクの覚醒を試みる。だが……
「堅い……!」
リクの纏う全身甲冑「ヘパイストス」が気付けの一撃を完全に無効化。全スキルをのせない限り、彼に衝撃を与えることはできないだろう。
「遅くなりました、これでっ」
そこで漸く、ルカが短い祈りを捧げ終え、リクの体を微細な煌めきで覆ってゆく。だがしかし、直後ルカの唇が引き結ばれた。
「キヅカさん、目を覚ましてくださ……!?」
ルカの足をリクの銃が撃ち抜いたのだ。
「存外いい買い物をしたみたいね。貴方を選んだのは当たりだったかしら」
笑うクラベルが見据えたのは、オーランへの道筋。
そこには、クラベルの正面に位置どったまま奴隷と化したリクと、傷ついて後退した弥勒、そして弥勒を回復するべく近くにいたルカの姿だけ。
つまり“弥勒とルカを倒しさえすれば教会跡地まで遮るものがない”状況、ということだ。
「ゴールは目の前ね」
微笑みを湛え、リクの肩に足をかけると少女は高く跳躍。そして飛び降りたその先で長い鞭をひと思いに薙ぎ払った。強化されたクラベルの一撃、リクの銃撃。そして今まさにうけた鞭の衝撃を耐えきることが出来ずルカがその場に崩れ落ちた。
「っ……ごめん、なさ……」
傍にいた弥勒も既に余力はなく、これが最後の反撃とばかりに剣を握りしめる。腰を落とし、深く大地を蹴り、体中の力を乗せて再び放つ渾身撃。ほの白く光る刃の筋が一文字の軌跡を残しながら、クラベルの胴を裂く。ついに、少年の剣が少女の鮮血を浴びた。その光景に、弥勒は思いがけずこんな言葉を吐き出していた。
「生きたい、とは、思わねえ、のか……?」
絶え絶えの息をおし、それでも弥勒は刃を引かない。クラベルの傷は浅くないはずだが、傷口から溢れる体液に随分無頓着のようだ。それが、少年にとって強烈に“死”を連想させる。記憶の奥底にある光景が、なぜか彼女の傷口の向こうに見えた。
「貴方……本当に、馬鹿ね」
崩れ落ちそうになる身体を強い意志で律し、自らの刃で支えるだけで精一杯な現状。少年の世界は、今、余りに静かだった。仲間の声は聞こえないが、クラベルの向こうでは弥勒からヘイトをはがそうとシェラリンデとヴァルナがこちらに向かってくる。しかし、それをリクが遮ろうとする光景が見えた。恐らく、リクはシェラリンデがクラベルにとって驚異だとみているのだろう。彼女の胴部にタックルを食らわせると、リクとシェラリンデがそのまま転倒した。
「……あ? なんつった?」
もはや聞こえてくるクラベルの言葉すら、どこかおぼろげだ。
「肉体は魂の牢獄、という言葉がニンゲンにもあるのでしょう? 囚われることに捕らわれるしか術のない貴方達は憐れだわ。それに、死ではなく、無よ。それはつまり完全ということだわ」
「だから、てめえは……死んでも、構わねえ、のか」
少女の口から洩れる溜息。
「じゃあ、貴方は“死”の何を知っているの? 生と有しか知らない分際が、片側理論で物事を判断するなんてひどく愚かよ。それに、死んでも構わないんじゃないわ。私は“生きていない”もの」
──さようなら、もう二度と会わないことを祈るわ。
直後、振りかざされた鞭が、弥勒の最後の意識を奪い去った。
こうしてクラベル対応班は、崩壊した。
弥勒とルカは倒れ、リクの強化解除を願うことも難しく、ヴァルナの足ではクラベルに追いつけず、唯一可能性のあるシェラリンデは連携していたリクに完全に足止めされている。つまり、この盤は。
「チェックメイトよ」
次の行動でクラベルはオーランに到達する──
──はずだった。
●盤外からの“横槍”
ブラウの強烈な攻撃を受けてハイデリが片腕を失い、術も唱えられず、ケルベロスが完全に包囲された直後……圧倒的優勢を誇っていたときの事だ。ウィンスがついぞ捉えたハイデリは、既に無力化された状態だった。
「ふぅん……逃げると思ってたが、存外根性あったんだな。お前」
「逃ゲ……? オレ……」
そこですぐ、少年は理解した。植えつけられた強制が、ハイデリに逃走を許していない。単体強制は後の精神にまで影響を与えるのだろう。青年は、槍をくるりとまわし、穂先を対象に向けると、
「なるほど、哀れだな。死んでくれ」
瞬時に、地を蹴った。グレイブを大きく引くと、駆け抜ける勢いそのままに渾身の力で刺突。
「ガ……ァッ」
瞬きすら許さぬ速度で穿たれた槍。ぐぶりとした肉の感触を掌に感じながら、それでもウィンスは鋭い目つきのまま呟く。
「ちっ……しぶとい」
まだ息があることを確認すると、少年は衝撃に痙攣するゴブリンの腹を蹴り飛ばすようにして槍を引き抜く。
ハイデリに何らか別の攻撃手段がないとも限らず、放っておけば何かをやらかすことは間違いない。
蹴り飛ばされ転倒するゴブリンに向け、最後に放たれたのは冷気をまとう一閃。
「“残しておいてくれて”ありがとう」
鞘から抜き放たれた振動刀が捉えたのは、焦がれていた首。
「因縁は、これでおしまいね」
おぞましい叫びが短く響き渡ると、絶命したハイデリが瓦礫の海に落ちた。
「あの二人、あっという間にハイデリをやったか」
思わず口角を上げる紋次郎に対し、静架が後方で小さく頷いた。
「残るは、番犬3頭ですね」
制圧射撃も限りがある。だが、この調子ならば足止めの役は十分に果たせそうだ。静架は再び蒼い弓身を持つ和弓を握り、弦を引き絞って大量の矢を降らせる。
「わっしも負けていられん!」
自らのマテリアルより生じた光のトライアングルを前に、アルケミストタクトを振るう。紋次郎の臨むままに、その3点の光はそれぞれ3体のケルベロスに放たれてゆく。
「これなら、すぐカタがつきそうですね」
小さく安堵の息を漏らし、クリスティアが紡ぎだすマテリアルは一陣の風となって空を裂く。
分厚い毛皮を裕に切り裂き、刃が霧散したそこへ、包囲していた騎士団が一斉に同時攻撃を刻みつける。
最後の一撃、だらしなく横たわるケルベロスから視線を外した途端、クリスティアがハッと我に返る。
「……クラベル」
余裕が出来た彼女が目にした光景は、『クラベル班の崩壊』だった。
「皆さん、早くクラベルを!」
咄嗟にクリスティアが叫ぶ。けれど、その時は、来てしまった。
「チェックメイトよ」
「──お前がな」
突如、クラベルの体を襲ったのは予期せぬ一撃。
叩きつけられた途方もない衝撃の正体は、横から突き立つ槍だった。
「……な……っ!!」
穂先が少女の腹部を深く穿ち、あまりの衝撃に少女の体はそのまま吹き飛ばされた。
「お前の罪は、やはり傲慢だ」
クラベルを見下ろし、吐き捨てるように言うウィンス。少年は槍の先を血払いするように強く振ると、再び腰を落とした。
人間ひとりひとりの力を軽視しすぎるが故に、クラベルは横やりにまるで無警戒だった。恐らく考えうる限り最も早く、そして最も軽度な被害でのハイデリ討伐。そして、接敵せずともクラベルの態勢を崩す一手を放てる覚醒者がいたこと。
これが、“彼らの勝因の一つ”だった。
少女が態勢を崩した最中、一気にクラベルへ接近するハイデリ班。そして、
「ユエルさん、リクさんを! ルカさんも頑張ってくれたけど、キュアがなかなか効かなかったみたい……」
「強度が強いんですね。ですが、諦めません」
シェラリンデの要請に応じ、ユエルが改めてリクにキュアを施す。
「……ッ……僕、は……」
そうして、ルカが回復の合間にかけていたキュアが漸く実を結び、目が覚めたように、リクが周囲を見渡した。
先ほどまで自分がしていたことを『悪いとは思わない』。『当然のことだった』。
だが、今の自分がすべきことは『先ほどしていたこととは違う』。
そう気付いたリクは、再び銃を握り、それをクラベルへと突きつける。
「おかしいよね。キミに逆らうことを僕の頭が未だに強く否定してる。でも、こんな強制に従うものか……!」
リクの強制が解除されたと知ると、クラベルはふと自らを顧みて、瓦礫の埃に塗れた頬を拭う。
「私……随分、汚れたわ」
弥勒、ヴァルナの剣に、シェラリンデの鞭と刀。リクの銃撃に、ウィンスの槍。身体のあちこちに穴が空き、組織は切断され、体液が流れ出る。
ケルベロス対応を終えた騎士団までも、オーランとの間に割って入り、複数の障害が復活。既に1対18の戦いとなった。自尊心が高すぎる故に、人間如きに全力を出したくない。だからこそ追いつめられてしまった。当然「この状況が危険だ」と言うことは気が付いている。軋む自尊心が、悲鳴を上げた。
──ならば、「力を出すことこそが正しい」と私が思えるようになればいい。
そうして、少女は最後の手段に打って出た。
≪私は私に強制する。……執行せよ、これは断罪の時間よ≫
●裁かれるのは、人か、歪虚か
愚かな人間に裁きを。
そうして、クラベルは自らの力を惜しむことの一切をやめた。
「なに、あれ……」
全身を総毛立たせたシェラリンデが、思わず呟く。
解除された途方もない力は、先ほどまでの少女とは一線を画す。
「なにって、あいつの本気だろ」
けろっとした様子で応えるウィンスだが、その目にはある種の享楽の色が浮かんでいる。
「──やっぱり、てめえは上等だ」
『執行、するわ』
瞬時に、すぐ傍のウィンスに向けて無数の暗器が放たれた。
防ぎきることはできず、深々と身体に突き立つそれを自らの手で抜き捨てながら、
「俺と打ち合え……ッ!」
再びあいた距離を駆け、若さゆえの惜しみなさで全力をもって槍を突き立てるウィンス。だが、繰り出された一閃をかわし、クラベルは槍の上にひらりと乗ってみせる。その隙をついて、リクが接近。
「此処まで繋げてくれた人の想い、消えていった人たちの無念……それを背負って僕は此処にいる」
そして、射程に捉えた。リボルバーの引金にかけた指は未だにクラベルへの反抗を拒むが、持てる精神力全てを費やしてそれを動かした。
「だから……此処は退かない、絶対に!!」
至近距離からの銃撃が持つ意味。
それをイヤというほど味わったクラベルは、回避するべく身をかがめるが、しかしそこに再び鞭が飛んできた。
「悪いけど、そうはさせないよ」
シェラリンデの鞭が再び腕に巻き付くと、クラベルは先の連撃を思い出したようだ。
『回避できないなら、受ければいいのよ。貴女が、全て、ね』
そのまま鞭の巻き付く腕を強く引き、鞭ごとシェラリンデを手元に“引き寄せる”。
「っ……離して!」
そしてクラベルは銃撃の盾として少女の身体を使った。間一髪、方向を逸らすリクだが、リアクションで放たれた技ゆえに直撃を避ける程度が限界だ。
「~~……ッ!」
シェラリンデが痺れを纏って崩れ落ちると、そこへ静架や騎士団の矢が降り注ぐ。
無防備な少女に今度は自らの鞭を巻きつけると、その身を盾にして矢の雨を防いだ。
「シェラリンデさん!!」
ユエルが急ぎ、意識を失った少女の治療に回る。
そんな中、ヴァルナの渾身撃、紋次郎の銃撃、クリスのウィンドスラッシュ、そしてブラウの疾風剣が続くが、先ほどからほぼ全ての攻撃がかわされている。開幕一発目で大ダメージを負う原因となったリクのESをクラベルは強く警戒しており、行動阻害にも難度が上がっている。静架から放たれるレイターコールドショットも、以前よりクラベルとの相性が悪いのか、こちらも効果を上げる前に矢が叩き落とされる。
「やはり、他の連中とは格が違いますね」
「だが、それで諦めろってのは無理な話だ」
ひたすら風刃を紡ぎながら眉を寄せるクリスに、紋次郎が苦々しい想いで呟く。
目の前で繰り広げられるのは、クラベルによる一方的な暴行だった。前衛のブラウが、ウィンスが、ヴァルナが次々鞭に打たれている。強烈な一撃を受けた彼女らを後退して回復させるべく、挑発を繰り返しながらリクが1人で時間を稼ぎ続けている状況。前半、リクは自身に強制をかけるよう仕向けたが故に辛い展開を味わわされていたが、今このとき、圧倒的に防御力が高いリクがいなければパーティはクラベルの火力を前に、数ラウンドともたず全員殺されていただろう。
余力を考えれば、もはや時間がない。だが、攻撃が一向に当たらない。そんな時だった。
──あれは、ルカさんの。
紋次郎が、“それ”に気がついた。
作戦開始前、ルカが施した前準備。それはオーランへのルート上に仕掛けられた簡易の“罠”だ。
「ルカさんの想い、継いでみせる」
無論ルカだけではない。強烈な一太刀を浴びせて倒れた弥勒も、脅威であったが故に集中砲火を受けたシェラリンデも。そして彼女に奪われた数え切れぬ命も──。
「こちとら背負ってる命の数が違う……」
残り一発、これが最後のデルタレイ。光の頂点が向かう先は、クラベルの前方、右方、そして左方だ。
「食らいやがれ……ッ!!」
紋次郎から放たれた光が目標地点に着弾。弾ける光の衝撃に歪虚の足元の瓦礫が突如崩壊。
『……冗談、でしょ……!?』
想定外の事態に、大きく態勢を崩すクラベルに向け、最後の総攻撃が始まった。
「全員、撃てッ!」
「今回こそは……っ」
瓦礫崩壊の煙幕が消えるより早く、ユエルの指揮で騎士団が、そして合わせる形で静架が一斉に弓を放つ。
矢が空を切り、煙の向こうに現れたクラベルへ照準を合わせるリク。
「いっけええええええ!!」
吠えたてるような銃撃。闇を纏う弾丸は寸分違わずクラベルを捉え、その喉元を食い破る。
『がッ……は』
声にならずに呻くクラベルへ次いで畳みかけられる金色の斧刃。
「今の私が持つ全てで貴女を討ちます、クラベル!」
もはや守りは捨て、この一撃に全てを託しヴァルナが接近。勢いに全てを乗せて、振り下ろすようにハルバードを突き立てる。感触に確信を得た少女が身を引くと、今度は魔力がぶつけられる。
「これまで踏みにじられてきた全ての命に祈りを……」
クリスティアのマテリアルが徐々に水の形をなすと、それは美しい球となって放たれた。頭部に直撃したマテリアルが、少女の意識を朦朧とさせる。そこに走り込むのはクラベルと同程度の背丈の少女だった。
「絶対に負けられない、前回の屈辱を果たすまではここで倒れるわけには行かないのよ……!」
ハイデリ相手に猛威を振るった一撃が、ついにクラベルに叩きこまれる。鞘から振り抜き、思うさま叩きつけられる一閃は少女の身体を大きく裂いた。それは、弥勒の付けた傷を上書きするように、深く深く少女を抉る。
割れた肩口、その端が既に光を放ち始めたことを認めながら、ウィンスは最後の一撃を振り被る。
「……終いだ」
突き立った槍からは思いのほか軽い感触が伝う。
『……リアル、様……』
ややあって、ウィンスが槍を引き抜く頃には、少女の輪郭が淡く大気に溶けゆくのが解った。
●審判は下る
「……悪ぃ、寝ちまってたか」
「いいえ。私も治療して頂くまでは、倒れていました」
苦笑するルカが弥勒を起こすと、少年は漸く結末に気がついた。
「看取ってやれなかった」
それは少年にとっての悔いのように聞こえる。だが、
「そんなことないんじゃない?」
隣に寝かされユエルの治療を受けていたシェラリンデが、ごろんと寝がえりをうち、弥勒の方を向く。
「クラベル、キミとはよくしゃべっていたでしょう」
「あいつは元々おしゃべりだ」
「ふふ、良く知ってるんだね。実際、キミにだけ“さようなら”を言ってた」
その話に、弥勒は言葉を飲み込んだ。
「あの時、聞こえてなかった?」
よく耐えてたもんね。そういって、シェラリンデは柔らかく微笑む。
「殺された方々の無念は、彼女を討っただけでは晴れないかもしれません。でも……良かった、と。今はそう、思いたいです」
対するルカも柔く微笑み、もう一度弥勒をシーツの上に横たわらせた。
「俺はてめえのこと、結構好きだったぜ」
ぽつりと、馬車のなかでだけ弥勒の声が響き渡った。
◇
「うわぁ……まじか、そっか、なるほどなぁ……」
ガシガシと黒髪を掻いたのはリク。
「つまり、オーランさんは最初からいなかった、と」
苦い面持ちで応じるヴァルナに、溜息をつくクリスティア。
「敵を欺くには味方からとは言ったものですね……これが彼の覚悟の証なのかも知れませんが」
ハンターたちは、クラベル討伐を報告しにシェルターに向かったが、一向に反応がなく、中で強制の影響を受けていたらまずいと判断し、ユエルの責任のもとでシェルターを破壊──そうして、現実を目の当たりにした。
「なにはともあれ、居合わせた以上は目を逸らさず見届けますよ」
そう言って、静架は空を仰いだ。
そんなハンターたちをよそに、クラベルを見送った場所で立ち尽くす少年が1人。
「間違いない。アレが再び来る」
プラチナブロンドが、ウィンスの目元で揺れる。その奥の瞳を見上げ、ブラウが問うた。
「アレって何よ」
少年の瞳は、クラベルと対峙していた時以上に、強い緊迫の色を帯びている。
「所有物を二つも奪われた事を、自らの“傲慢”が許さないだろう」
「“傲慢”……っていうと、やっぱり」
頬を掻く紋次郎に頷くでもなく、ウィンスは息を吐いた。
「恐らくは黒大公……ベリアルだ」
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
質問卓 鬼塚 陸(ka0038) 人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/11/05 00:28:36 |
||
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/02 18:22:24 |
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相談卓 シェラリンデ(ka3332) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/11/07 13:36:50 |