• 深棲

【深棲】RED DEAD WORLD

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/07/31 22:00
完成日
2014/08/08 09:32

みんなの思い出

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オープニング

 固く閉ざされた一室では円卓会議――グラズヘイム王国の最高意思を決定する会議が開かれていた。
 王女システィーナ・グラハムを始め、大司教セドリック・マクファーソン、騎士団長エリオット・ヴァレンタイン、侍従長マルグリッド・オクレール、聖堂戦士団長ヴィオラ・フルブライト、そして王族の一としてヘクス・シェルシェレット。
 その他、大公マーロウ家を筆頭とした王国貴族を含め、十数名が白亜の卓子に各々の思惑滲む顔を写している。
 重苦しい空気の中、王女が懸命に言葉を紡ぐ。
「自由都市同盟――隣人の危機です。私は急ぎ騎士団の派兵……」
「規模が、問題ですな」
 王女を制したのは大司教だった。
「騎士団と安易に仰るが、その数は? その間の国内をどうされる?」
「……どうにかやりくりして、できるだけ多くを」
 王女の縋るような視線を受け、騎士団長の眉が寄る。彼だけではない。大司教も侍従長も、そして聖堂戦士団長ですら同じ表情だ。
 言わんとするところは、誰もが同じだった。
「……現在の騎士団に、余力はありません」
「……ごめ、んなさい……私が……」
 ちゃんとした指導者だったら、きっと国はもっと強かった。
 無念そうに言葉を絞り出す騎士団長に、王女は消え入りそうな声で詫びる。
「まあ」ヘクスが軽薄に笑う。「余力はない、が全くの知らんぷりもよろしくない。さて、どうしよう」
 ねぇ、と問うた彼の視線の先。
「聖堂戦士団は半数を派遣致します。当然私も向かうことになるでしょう」
 ヴィオラが応じた。エクラ教の絶対的教義故、迷いのない言葉。
「良いのでは。王国たるに相応しい威光を示す良い機会かと」
 マーロウ家現当主、ウェルズ・クリストフ・マーロウが穏やかに言うと幾人かの貴族が首肯し、残りが眉を動かした。王女が口を出す前に大司教が言う。
「『騎士団の派遣は現実的ではない』。殿下、その慈悲で以て我が国の現状にまず目を向けて頂きたい」
「でも……」
 王女が何かを堪えるように唇を引き結ぶ。誰かが、小さく苦笑した。
「少数ならば」エリオットだ。「派遣できましょう」
「す、少しならできるのですか!?」
 大司教が騎士団長を睨めつけ、諦めたように息を吐く。
「騎士団長がそう言われるのであれば、是非もありませんな。――侍従長?」
「私は特に。異論ありません」
 侍従長の目が、他の出席者を巡る。
 出来る限りの譲歩だ、異論が出るはずもない。――王女の、本音を除いて。
「……で、では、少数の騎士団と半数の聖堂戦士団を派遣、同時に備蓄の一部を支援物資に回しましょう」
 次々と席を立つ面々。最後に部屋を後にするへクスと両団長の背に、王女は一度だけ目を向けた。


● RED DEAD WORLD

「……以上だ。何か質問はあるだろうか」
 グラズヘイム王国首都イルダーナの第3街区。
 目抜き通り沿いに構える王国騎士団本部の応接室に、3人の男がいた。

 グラズヘイム王国騎士団は、それそのものが3つの部隊から構成される。
 1つは、騎士団長エリオットが率いる白の隊。
 1つは、騎士団内でも戦闘能力の高い騎士を揃え、騎兵を得意とした赤の隊。
 最後の1つは、下馬しての戦闘から工作まで幅広い任務を請け負う万能型の青の隊。
 ──それら王国騎士団を構成する3つの隊の隊長格が、先述の“3人の男”である。

「ったく、“お嬢ちゃん”らしいこったな」
 燃えるような髪の男──ダンテ・バルカザールが最初に口を開いた。赤の隊隊長で、同時に騎士団の副団長を務めている。歳はエリオットより一回りほど上だろうか……好戦的な瞳を隠しもせず、ダンテは頭の後ろで手を組んでいる。その隣に腰掛ける老紳士は、奔放なダンテを厳しい口調で窘めた。
「不用意な発言は身を滅ぼす。面倒事は御免蒙るぞ」
 老紳士の名は、ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルト。青の隊の隊長で、騎士団のもう一人の副団長だ。
 老紳士は、落ち着いているというより、感情を読み取りづらい口調でこう続けた。
「エリオット、此度の大規模戦闘における騎士団の直近の動きをどう考えている?」
 騎士団長であるエリオットは上長にあたるはずだが、老紳士は試すような視線のままそう問う。だが、その目はどこか期待に満ちているようにも見えた。
「同盟への派遣によって国内戦力が手薄になる。当然、編成の見直しが必要だろう。そこから運用可能なラインを見極めたうえで派遣可能戦力を逆算。同盟へ派遣する部隊の編成を行いたい」
 すぐさまエリオットが答えるも、老紳士は口元を緩める。
「及第点、と言ったところか」
 聞き咎めた赤髪の男が、噛みついた。
「良く言うぜ。爺さんならどうすんだ?」
「口を慎め。……貴様には解らんか、ダンテ」
 はいはいわかりませんよ、といった体で肩を竦めるダンテは、黙することで先を促す。
「エリオットは仏心を出したのだろうが……この現状で、騎士団から同盟へ戦力を派遣すべきでなかった。先の大戦と同規模の戦が今この時に勃発せん保証もなかろう。自国を守れぬ者が他国を助けよなどとは随分おこがましいではないか」
 5年前、歪虚の大軍勢が王国に襲来。勃発した戦争は、この国に大きな傷跡を残した。騎士団は大多数の騎士が死亡。王の近衛騎士団は遣えるべき王までも喪った挙句、壊滅状態。あれから5年の月日が経った今もなお、大戦の影響は尾を引いている。辛うじて国の治安維持や軍事に関する各種運用を遂行できるようになった騎士団のどこに、余力があるというのだろう。
「老婆心が過ぎた。……同盟派遣に向け、編成を見直すとしよう」



「そこで俺の出番、ってわけだ。……ま、順当っちゃ順当だな」
 王国騎士団副団長で赤の隊隊長のダンテは、王都外に集結した組織を見渡してこう呟いた。そこに並ぶのは、同盟領へ派遣する為に結成された、王国騎士団特別編成部隊である。王国騎士団には覚醒者もいれば、そうでない騎士もいる。今回派遣が決定したのは騎士団副長のダンテを始めとする少数の覚醒者と、輜重隊など現地の調整・後方支援を中心とする一般兵だ。非覚醒者を含む以上、転移門を用いることは出来ない。特別編成隊は、替え馬少数で街道を騎乗移動。王都から同盟領へと出立していった。

 王都を発って5日目の事。同盟領へ入った特別編成隊は、海辺からほど近い場所である光景を目にした。
「狂気の群れだ」
 誰かが息をのんだ。
 そこには、狂気(ワァーシン)の歪虚の群れと、それに相対するハンター達の姿。海から絶え間なく押し寄せる歪虚を前に、あの数のハンターでは厳しいだろうことは容易に察することができる。
「ダンテ様、我々も……」
 特別編成隊の面々が、目の前の戦に加勢して良いかを問うまでもなかった。
「なぁ、アンタら。……その戦、俺らも混ぜてくれよ」
 隊を率いるダンテは、元より強い目を爛爛と輝かせ、舌なめずりをする。言うが早いか、男は腰元の剣を抜いた。

リプレイ本文



 ──鼓動が、いつもより大きく速い。それに加えて、鳩尾の下……体のもっと奥の方からせり上がる何かによって明確に不快を感じていたし、それは幾つかの負の感情の混濁によるものだとも理解していた。
 那月 蛍人(ka1083)の顔に普段の明るさはなく、それどころか凡そ表情らしいものは伺えない。
 原因は、いま青年が目にしている“異形”。
 砂浜に立つ2本の脚は硬直に近く、足のひらが、指が、地を捉えている感触も曖昧だ。
 蛍人が居たスペースコロニーLH044を襲撃したのは、97%の確度で現在同盟領で勢力を増しているヴォイド……この世界で“狂気”と呼ばれるそれだ。避難時に別れたきりの友から譲り受けた十字架に、祈る日々。これまで何度“あの光景”が蘇ったことだろう。はっきり覚えている。あの時の恐怖を。混乱を。
「うげっ、こりゃひでぇ」
 捉われそうになった青年の耳に、そんな嘆きが飛びこんできた。我に返った蛍人の傍で、自分より随分小柄な少年──ジルボ(ka1732)が不満の塊のような面持ちで海を見渡している。少年の傍に立つムーン・オリーブ(ka0661)という名の少女は、陶器のような肌を更に白くしながら、細い指先で1つ1つ狂気を数えていた。
「……数、多いね」
 ムーンが息を吐く。少女の溜息が見えたのなら、きっと海のように青い色をしていただろう。
 多い。この人数で処理するなど非現実的な量だ。
 どういう経緯でこんな事態になっているのかソサエティ側に説明を求めてもいいレベル。
 ロスヴィータ・ヴェルナー(ka2149)は、視界一杯に広がる海をただ茫然と見渡す。海面から顔を出す“狂気”の群に体の芯が凍りつきそうだ。今、怖気づかない人がいるのなら、それだけで強いと少女は思う。自分自身は今、杖を握ることすら覚束ないと言うのに。
 ……どうして戦えるんですか。
 なんて、訊けない。なのに、ジルボは事も無げに言うのだ。
「まぁ依頼を受けた以上やるしかないじゃん」
 その言葉に、背を押された人間も居た。
 動力の絶たれた機械のようだった蛍人の足にエネルギーが通い始める。
 ──ここで退いたら以前と何も変わらない。今度こそ絶対に死んでも逃げたりしない。
 決意を胸に、青年がワンドを構えた……その時だった。

 ジルボが異音を察知。その振動の元を、辿る。振り返った先、そこに居たのは赤い髪の男を先頭にした武装集団。
 掲げられた団旗に覚えがある少年は、口元を不敵に歪めた。
「王国騎士団じゃないか……?」
 瞬時に、ジルボは察した。王国騎士団の“現状”を考えれば、国に残っているヤツらはさぞ大変なことになっているだろう。連中も可哀想に──ニヤニヤと笑う少年の呟きを聞き取れるはずもなく、赤い髪の男は騎乗したままハンター達に接近。
「なぁ、アンタら。……その戦、俺らも混ぜてくれよ」
 返事など必要なかったのだろう。言うが早いか、男は巨大な剣を抜き、蛍人が目を見張る。
「なんだなんだ……!? い、いやこの際なんでもいい、助かります!」
 半ば呆気にとられた様子で見ていたティト・カミロ(ka0975)は、やっとのことで我に返ると、投げやりに溜息を零した。
「混ぜてくれよって、もうやる気満々じゃないか……」
 しかし、先程まで漂っていた絶望に似た匂いはもうしない。ティトの胸に、闘志が静かに満ちてゆく。
「……うまく連携できれば、生きて帰れそう、かな」
 ムーンがくすりと小さく笑い、赤髪の男とそれに続く騎士達を見上げる。彼らの面持ちや振る舞いの堂々たるや。騎士として当然の行動であると、騎士達──赤髪の男を除く──はまるで挨拶代わりのように平然と言う。
 そんな彼らに触発されたのか、ロスヴィータは身に着けていたドッグタグを不意に握りしめた。
 ……戦う為に、来たんだ。誰かが、生きる為に。
 戦いを越えれば、その都度誰かが守られて、生かされる。確かなのは「少女がこの戦いに赴いた」と言うこと。
「協力、ありがとうございます」
 ロスヴィータが安堵の混じる微笑みを浮かべ、それを受ける騎士は何でもないことのように笑った。
 神代 誠一(ka2086)が直接赤髪の男と交渉を進める中、少し離れた場所でジルボが嗤う。
「ま、何だかヤル気があるみたいだし存分に暴れてもらおう。無理して俺達が怪我をすることは無い」
 ──王国騎士団サマの実力を見せてもらおうじゃないか。

「ぜひとも、ご助力願えますか」
 突如参戦を願い出た赤い男に誠一が丁寧に応対すると、相手はこそばゆい様子で眉を寄せる。
「俺らが混ぜろって言ったんだ。気ぃ遣わなくて、いいって」
 折り目正しいやり取りが肌に合わないようだ。それを察した誠一は小さく笑うと、では、と多少崩す。接敵までもう猶予がない。
「俺たちで行動を合わせていきますので、皆さんは突撃をお願いします」
「……おじさん達は、あの狂気の歪虚の特徴、知ってる?」
 ムーンが、赤い男のマントの裾を引く。「念のため教えてくれ」という短い答えに、少女は確りと頷いた。
「情報、提供するね」
 狂気は5隊程度の塊に分かれており、距離感も加味すると恐らく「全部で6つの波」となって押し寄せるだろうと予想される。
「距離……約50m、切ったぞ!」
 最中、ティトから声が上がる。言葉尻が揺らいだことを自分で察知したのだろう。
「ふ、震えてないよ……闘いが待ち遠しいだけさ!」
「ほぉー……、そりゃ頼もしい限りだ」
 言い張る少年と、からかう赤髪の男。ティトは悔しそうに唇を噛むが、男は少年の柔らかな髪にぽんぽんと手を載せる。
「焦る必要はねぇ。お前のペースでやりゃあいい」
 子供扱いするような男の手を不満げに払いながら、ティトは胸の内で投げかけられた言葉を反芻した。

 距離、40m。ジルボの指が引鉄に触れる。
「撃つぞ」
 轟く銃声。だが、敵の反応を伺うより早く、銃声と異なる甲高い音がハンター達の耳を打った。何が起こったのか? 撃った本人には明白だ。
「……固ってぇ。なんだアレ」
 割り砕こうと狙い撃った敵の外殻は、放たれた“強弾”を弾いた。忌々しげに舌を打ち、ジルボは再度狙いをつける。距離、25m。もう一度狙いをすませて射撃。そこに、少女の呼吸が重なる。
「今度は、私も……さ、行くよ」
 ムーンの指先に光の筋が集い、やがてそれは一つの矢に収束。そして……銃声に合わせて解き放たれるマジックアロー。2人の連携により、ようやく殻にヒビが入った。
 狂気が、ついに上陸する。漸く攻撃圏内に捉えた。刹那、赤髪の男が飛び出した。身の丈程もある巨大な剣を真一文字に振り抜く。……一撃。ジルボとムーンの狙撃で外殻に入ったヒビめがけ、叩きこまれた渾身の一撃。外殻は見事に砕き割れ、狂気の個体が吹き飛んだ。そこへ騎士が追随。僅か数秒の間に狂気が完全に動きを停止した。
「……くそっ」
 荒々しい戦い様は嵐のようにティトの心に飛び込んできて、気付けば自らも鼓舞されている。
 ──俺もいつか強くなるんだ。
 強さの渇望を力に変え、ティトは剣を握りしめる。
 赤い男達の動きを確認すると、最も冷静に状況を見守っていた誠一が口角を上げた。駆けていたメガネのブリッジを押し上げ、覚醒。誠一の右腕に茨のような光が浮かび、それは這うように右手の先、手にしたヌンチャクに絡みつくように伸びてゆく。 
「この頭が研ぎ澄まされていく感覚は嫌いじゃありません」
 今後の展開含め、戦況は概ね計算完了。骨は折れるが、生還の確率は格段に高まっている。それを理解した誠一は「あとは戦うのみ」とばかりに武器を構え、力強く砂を蹴った。騎士が攻撃を加えた箇所は把握している。ならばそこに更なる打撃を与えてみるべきだ。誠一は、持ち前の機動力で瞬時に接敵すると、肩に駆けていたヌンチャクを高速で振り抜いた。繰り出されたスラッシュエッジ。誠一の掌に衝撃が伝うと同時に、亀裂が音を立てて走り出し、バキンと大きな音を立てて殻が崩壊。
 “中身”と最初に対面を果たしたのは、ティトだった。砂地の不安定さを物ともせず、繰り出す強打は強烈な勢いで歪虚を貫いた。だが……
「ちょっとまった! まてって!」
 敵が倒れる気配は無く、逆に至近距離のティトを触手で捉えようとしている。拘束されたら全身を砕かれてもおかしく無い。だが、それは蛍人に阻止された。逆サイドから触手の根元目がけ渾身の一撃を叩き込む。その衝撃は敵の拘束を緩めさせ、生じた隙にティトが離脱。最後の一手は、ロスヴィータ。少女は目を閉じ、息を吸い込む。
「あなたを信じます」
 祈りは誰でもないこの世の全てに向けて。両の掌に生まれ出る小さな光はやがてその大きさを増した。放たれるホーリーライトは風を巻き込み、そのまま狂気を穿つ。異形は前のめりに倒れ、二度と動くことはなかった。
「これが、あと28体……」
 助っ人とハンターの全員がかりで漸く2体だ。ロスヴィータの首筋を冷たい汗が伝う。
 その時、狂気の群れは赤髪の男に群がり始めていた。感覚知覚を共有する連中は、面倒な駒から標的としたのだろう。だが、当の男から笑い声が上がる。瞬後、巨大な剣が迷いなく一閃。1体の歪虚がまた浜辺に横たわった。その有様に、ロスヴィータのみならず、蛍人も頭を支配しかけていた感情を握り潰す。
「歪虚の好き勝手にはさせない」
 蛍人のマテリアルが赤髪の男を暖かな光で覆い尽くす。それはまるで、太陽のような暖かな光だった。

 赤髪の男めがけて群がる狂気。ならばと、その横っ腹をハンターたちが突く。
 どれくらい時が経っただろう。ハンター達の消耗も激しい終盤戦、“活躍しすぎた”ハンターがいた。
 マテリアルリンクが発動。ジルボの一撃は、敵の殻を穿ち、更にそのまま内部を抉る。
 精密かつ高火力の射撃に、狂気も気付き始めていた。抑えておくべき“敵”の存在に。
 狂気の命令系統が指示。そうして連中が捉えたのは、16歳の猟撃士。
 少年に群がるよう、ずるりずるりと移動を開始する歪虚。──だが、ここでも敵の狙いは阻まれた。
 本来そんな使い方でもないだろうが、ジルボに向かう狂気めがけて至近距離側面から勢いよく投擲された──という表現がこの場合に限り適切と判断した──ホーリーライト。聖なる光を叩きつけられてなお止まることのない狂った個体。それを体で押し留めるべく、少年と歪虚の間に割って入る人影。
 ……やってのけたのは、蛍人だった。
「……ッ!」
 眼前に、3体の狂気。蛍人はそれら全ての攻撃を自らの肉体で受け止めきった。
 立つこともままならず、膝をつく蛍人。無論、仲間たちがそれを見過ごすはずもない。
「借りは作らない主義なんだ」
 僅かな間にリロード。いつもより早く、いつもより的確に、ジルボは蛍人の頭上、その向こうの敵影をロック。
 その間、誠一が一気に距離を詰め、邪魔な触腕を蹴り上げる。空いた胴部の外殻に最後の飛燕。青年は、狙うべきポイントを見逃さなかった。振り抜いたヌンチャクは外殻を叩き割り、その感触に確信を得て誠一が声を上げる。
「“ここ”が急所です!」
 瞬時に誠一は身を屈めると、待ってましたとばかりにジルボの猟銃が火を噴いた。
 それでも衰えない敵に、ティトは両刃の直剣を大きく振りかぶる。
「お前は砂でも喰ってろ!」
 全身のばねをもって、剥き出しの表皮へと渾身の力で剣を突き立る。ぐぶりと生々しい感触。それが意識に焼きつかぬ間に、少年はすぐさま引き抜いた。噴き出す体液。力の奔流。その荒波に浚われるように、狂気の歪虚は砂浜に崩れ落ちた。

「敵影、全て消失したようです」
 静寂を取り戻した浜辺を念入りに調査した後、安全を確かめてからロスヴィータが告げた。
 同時に、ハンター達の安堵の息をかき消す大きな歓声が後方から上がった。それは、戦いを見守っていた武装集団からだった。
「皆さん、お怪我はありませんか? 治療しますので、仰って下さい」
 少女の申し出に騎士たちが次々並ぶ。手当てを施そうと、騎士の腕に触れたロスヴィータは真っ直ぐに相手の目を見て笑う。
「本当に、ありがとうございました」
 けれど、騎士たちは一様に首を横に振る。当然の事だ、礼を言われることもない。皆、口を揃えてそう言う。そんな様子を眺めていたムーンは、何かを思いたったように騎士達に謎の袋を突きだした後、不慣れな様子で控えめに微笑む。
「自己紹介、する。魔術師の、ムーン・オリーブ、です」
 突き出した袋はそのまま、ややあって少女はぺこりと頭を下げた。
「加勢してくれて、ありがとう。命の恩人だから、お礼に……」
 ムーンの言葉を理解した騎士の一人が、少女の差し出していた“袋”を受け取った。何かと思ってパッケージを見れば、それはどうやらポテトチップスなる菓子。思いがけず、騎士が笑いを零す。戦いの後の張りつめた空気が、段々と和らぎ始めていた。それを感じ取ったように、満を持してムーンが切り出す。
「ねぇ、おじさん達は、どこの誰?」
 見上げるのは、血払いした巨大な剣を鞘に納めたばかりの大柄の……赤い髪の男。
「……俺か?」
 男は「そう言えば名乗っていなかった」と今さら気付いた様子で頬を掻き、ややあって好戦的な瞳のままこう言った。
「ダンテだ。グラズヘイム王国騎士団の副団長を務めている。此度の狂気襲撃における支援活動を目的とし、特別編成部隊を率いて同盟領に来た」



 冒険都市リゼリオ郊外。一際賑やかな声が聞こえて来る酒場は、ハンター達と王国騎士団の面々が“占拠”中らしい。
「あ、改めて……俺、那月蛍人って言います。聖導士で……」
「お前だろ、俺に光の加護を寄こしたのは」
「えっ、あ、はい」
「助かったぜ、兄ちゃん」
 戦いの後の祝杯。半日前の絶望を越え、より一層“生”を実感している者も少なくないだろう。
「しっかし、一時はどうなるかと思ったよ」
「そうですね。……騎士団の皆さんが来てくださって、心強かったです」
 ひとしきり腹を満たした後、満足げに頭の後ろで腕を組むティト。対するロスヴィータは騎士らに礼を述べながら酒を注いでおり、まんざらでもない男どもの様子に大きなため息を零したジルボは、苦労した分の“モト”を取ろうと声を張る。
「副団長さんよ、お国に戻る時は俺達のことを宜しく伝えてくれよ?」
「あ? ヨロシク? 誰に何をだ?」
「何をって、おいおい……」
「ははは! “政治”はからきしだ。悪いな」
「今回助けて頂いたのは我々の方でもありますから、ね」
「神代、こう言う時に恩を売らなくていつ……!」
 仲間たちの賑やかなやり取りに、ムーンが頬を緩める。
「おじさん、いつもこんなに賑やかなの……?」
「まぁ……そうだな。お前らも王国に来たら騎士団本部に遊びに来い」
 ──絶望の先に訪れた至福の時間。たまには、こんな喧騒も良いのかも知れない。

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MVP一覧

  • ガーディアン
    那月 蛍人ka1083
  • ライフ・ゴーズ・オン
    ジルボka1732

重体一覧

参加者一覧


  • ムーン・オリーブ(ka0661
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 勇敢と献身に混在する無謀
    ティト・カミロ(ka0975
    人間(紅)|16才|男性|闘狩人
  • ガーディアン
    那月 蛍人(ka1083
    人間(蒼)|25才|男性|聖導士
  • ライフ・ゴーズ・オン
    ジルボ(ka1732
    人間(紅)|16才|男性|猟撃士
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • システィーナのお友達
    ロスヴィータ・ヴェルナー(ka2149
    人間(蒼)|15才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
ティト・カミロ(ka0975
人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2014/07/31 18:26:22
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/07/26 23:08:02