ゲスト
(ka0000)
【聖呪】弱きが故に、強く在る者共へ
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/11/07 12:00
- 完成日
- 2015/11/20 05:29
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
フォーリ・イノサンティは死んだ。
かつてのフォーリを知っているオーラン・クロスは、その事実を切なく思う。突然の別れだった。時が経てば経つ程に、埋めがたい惜別の想いが隙間だらけの心に降り積もる。
「……フォーリ」
彼は変わってしまっていた。
オーランが知っていたかつてのフォーリは、優しく、強く、不断の努力を惜しまぬ男だった。為すべきを為し、それをもって人を育てる男だった。信仰に縋る事なく、信仰の意義に殉じる男だった。
それがいつしか、狂執と共に歪虚を追う人物と成り果てていた。教会は、それを認識していたのだろう。教会はフォーリを前線から遠ざけた。オーランもまた、それを知っていた。
知っていて、踏み込みはしなかった。
その教会から、彼の葬儀は執り行わない、との達しを受けた時。オーランがそれを受け容れる事ができたのは――彼の変化を、自覚していたからだ。
人は死ぬ。いつか必ず、死ぬ。だからこそ、限られた生に光を見出すのが人であるというのに。
生きているということは、取り返しのつかないこと。
その事を、オーランは知っていたはずなのに。
「……僕は君と、話すことができなかったな」
死に瀕するハンター達の為に自ら飛び込んでいったフォーリは、自らの死を予見していたのだろう。屋敷の使用人は既にその多くが離れており、遺言も残されていた。彼の家族は、その全てが歪虚の手によって陰惨な死を迎えていたから、喪主たる者もいない。
孤独なフォーリ・イノサンティは、静かに死んだ。
●
「緊張してるのかい?」
「……っ」
フリュイ・ド・パラディ(kz0036)がくつくつと笑う声で、オーランは我に返った。少年のようだが、その目は邪気と稚気が同居している。胸襟を開ける人物ではないことは容易に知れた。だって、そうだろう。フリュイは、古都にして学術都市である『アークエルス』全てを巻き込んで、ただ一つの欲を果たそうとしている。
アークエルスの中でも一等高い監視塔に二人は居る。眼下には、戦線を構築しようとしているもの。何らかの作業に従事するものが入り乱れている。
アークエルスに限らず、幾つかの作戦が展開されることとなることをオーランは知っていた。凝り固まった因果の糸を此処で終わらせるために、各人が持てるものを振り絞ろうとしている。
貴族も。騎士も。教会も、だ。
此処が、その為に御誂えな場所だという事は知っていた。
それでも。
――こいつが、法術陣を見たい。ただそれだけのために、此処は危険に晒されるのか。
いまのオーランにはその事がどうにも耐えがたい。
なおも笑うフリュイは、その事を見透かしているのかもしれない。「君がそれを言うのかい?」とでも言うか、それとも言わないでおくべきか、どちらが面白いのかを検討する、その時間そのものを愉しんでいるかのように見えた。そのフリュイが、口を開く。
「そういえば、オーラン。一つだけ聞いてもいいかな?」
「……ああ、なんだい」
にんまりと言うフリュイに、オーランは仏頂面で応じた。
「あの『茨の彼』を陣内に入れて、法術陣を発動させるって話だけど……どうやって陣を起動するんだい?」
「………………」
オーランは、仏頂面で。
仏頂面で……。
「……え?」
「ん?」
「…………お?」
「いや……え、本気なのかい? 本気で言ってるの?」
「……い、いや、そんなことはない、さ」
厳めしい顔のまま、咳払いをしたオーラン・クロスは、
「…………戦場で起動するしかないね」
頷きながら、そう言った。
●
「ふぅ」
今。オーラン・クロスは騎士甲冑を着込んで、戦場の端の端にいる。籠る熱気に、緊張が高まる。
彼の“この戦場における”目的は、明快だ。
今回の戦場では”茨の王を真っ向から打ち倒し”、その遺産――同時に、千年祭であるソリス・イラの遺産でもある――慮外のマテリアルを、回収する。
亜人や獣達――種そのものを変容させ得る程のマテリアル。
エクラ教がハーフ・ミレニアム――五百年を費やして蓄積した茫漠に過ぎるマテリアルを、だ。
その為に、彼が新たに敷いた《法術陣》を使う。
法術陣の本質は『マテリアル・プール』、貯蔵にある。
オーランは己が成したかつての過ちから、元来の法術陣の技術を変形し、別の術理を構成した。これまでにいくらか実験を行ってはいるが、そう便利な術式ではない。意識があり、力ある茨の王からはマテリアルを強奪する機能が無いのが、この戦場では実に中途半端に過ぎた。
「……せめてそれだけでも出来たら、援護も出来たんだけど、ね」
後悔は募る。十数年の歳月を掛けても、できるのは戦果を掠め取るような、そんな後味の悪い仕事だけだ。
「……苦しいな。闘う力が無いことは」
“彼女”との決着は、“彼ら”に託した。
茨の王との決着は“彼女達”に託した。
死した友人の解決を、オーランは託すことしか、できない。
――僕はそれでいい。僕には、その力は無いのだから。
認めざるを得ない。それが、現実だった。
●
彼が此処に居ることは、殆どの人間が知らない。知っているのは“此処”と“彼処”の作戦の中核を担う人物と、フリュイと――彼を護衛するハンター達だけだ。
だから彼は、全身鎧を着込んで、此処にいる。万が一にも、彼の所在が漏れては台無しになる可能性があったから。
――別働隊が、茨の王を動かす。
彼らの勝利を信じて、拡散するであろうマテリアルを逃さぬように彼は法術陣を叩き起こし、決着を待つ。
前線の只中で、腐肉を漁る、ハイエナのように。
「《貴方(エクラ)は誰も救わない》――か」
とあるハンターに《茨姫》と呼ばれた歪虚。
元聖女の、成れの果ての絞りだすような言葉をオーランは呟き、想う。
彼女の言葉はある意味で正しい。彼自身、その言葉を否定することは出来はしない。
ならば。何に向かって祈るべきだろう?
浮かんだ疑問を、振り払って、彼はこう言った。
「……行こうか。頼んだよ、皆」
そして今、彼は己の生命を、戦場の行方を共に立つハンター達に、託す。
十数年の悔悟に、血塗れの道に、諦めきれずに望み続けた解決を求めるために。
フォーリ・イノサンティは死んだ。
かつてのフォーリを知っているオーラン・クロスは、その事実を切なく思う。突然の別れだった。時が経てば経つ程に、埋めがたい惜別の想いが隙間だらけの心に降り積もる。
「……フォーリ」
彼は変わってしまっていた。
オーランが知っていたかつてのフォーリは、優しく、強く、不断の努力を惜しまぬ男だった。為すべきを為し、それをもって人を育てる男だった。信仰に縋る事なく、信仰の意義に殉じる男だった。
それがいつしか、狂執と共に歪虚を追う人物と成り果てていた。教会は、それを認識していたのだろう。教会はフォーリを前線から遠ざけた。オーランもまた、それを知っていた。
知っていて、踏み込みはしなかった。
その教会から、彼の葬儀は執り行わない、との達しを受けた時。オーランがそれを受け容れる事ができたのは――彼の変化を、自覚していたからだ。
人は死ぬ。いつか必ず、死ぬ。だからこそ、限られた生に光を見出すのが人であるというのに。
生きているということは、取り返しのつかないこと。
その事を、オーランは知っていたはずなのに。
「……僕は君と、話すことができなかったな」
死に瀕するハンター達の為に自ら飛び込んでいったフォーリは、自らの死を予見していたのだろう。屋敷の使用人は既にその多くが離れており、遺言も残されていた。彼の家族は、その全てが歪虚の手によって陰惨な死を迎えていたから、喪主たる者もいない。
孤独なフォーリ・イノサンティは、静かに死んだ。
●
「緊張してるのかい?」
「……っ」
フリュイ・ド・パラディ(kz0036)がくつくつと笑う声で、オーランは我に返った。少年のようだが、その目は邪気と稚気が同居している。胸襟を開ける人物ではないことは容易に知れた。だって、そうだろう。フリュイは、古都にして学術都市である『アークエルス』全てを巻き込んで、ただ一つの欲を果たそうとしている。
アークエルスの中でも一等高い監視塔に二人は居る。眼下には、戦線を構築しようとしているもの。何らかの作業に従事するものが入り乱れている。
アークエルスに限らず、幾つかの作戦が展開されることとなることをオーランは知っていた。凝り固まった因果の糸を此処で終わらせるために、各人が持てるものを振り絞ろうとしている。
貴族も。騎士も。教会も、だ。
此処が、その為に御誂えな場所だという事は知っていた。
それでも。
――こいつが、法術陣を見たい。ただそれだけのために、此処は危険に晒されるのか。
いまのオーランにはその事がどうにも耐えがたい。
なおも笑うフリュイは、その事を見透かしているのかもしれない。「君がそれを言うのかい?」とでも言うか、それとも言わないでおくべきか、どちらが面白いのかを検討する、その時間そのものを愉しんでいるかのように見えた。そのフリュイが、口を開く。
「そういえば、オーラン。一つだけ聞いてもいいかな?」
「……ああ、なんだい」
にんまりと言うフリュイに、オーランは仏頂面で応じた。
「あの『茨の彼』を陣内に入れて、法術陣を発動させるって話だけど……どうやって陣を起動するんだい?」
「………………」
オーランは、仏頂面で。
仏頂面で……。
「……え?」
「ん?」
「…………お?」
「いや……え、本気なのかい? 本気で言ってるの?」
「……い、いや、そんなことはない、さ」
厳めしい顔のまま、咳払いをしたオーラン・クロスは、
「…………戦場で起動するしかないね」
頷きながら、そう言った。
●
「ふぅ」
今。オーラン・クロスは騎士甲冑を着込んで、戦場の端の端にいる。籠る熱気に、緊張が高まる。
彼の“この戦場における”目的は、明快だ。
今回の戦場では”茨の王を真っ向から打ち倒し”、その遺産――同時に、千年祭であるソリス・イラの遺産でもある――慮外のマテリアルを、回収する。
亜人や獣達――種そのものを変容させ得る程のマテリアル。
エクラ教がハーフ・ミレニアム――五百年を費やして蓄積した茫漠に過ぎるマテリアルを、だ。
その為に、彼が新たに敷いた《法術陣》を使う。
法術陣の本質は『マテリアル・プール』、貯蔵にある。
オーランは己が成したかつての過ちから、元来の法術陣の技術を変形し、別の術理を構成した。これまでにいくらか実験を行ってはいるが、そう便利な術式ではない。意識があり、力ある茨の王からはマテリアルを強奪する機能が無いのが、この戦場では実に中途半端に過ぎた。
「……せめてそれだけでも出来たら、援護も出来たんだけど、ね」
後悔は募る。十数年の歳月を掛けても、できるのは戦果を掠め取るような、そんな後味の悪い仕事だけだ。
「……苦しいな。闘う力が無いことは」
“彼女”との決着は、“彼ら”に託した。
茨の王との決着は“彼女達”に託した。
死した友人の解決を、オーランは託すことしか、できない。
――僕はそれでいい。僕には、その力は無いのだから。
認めざるを得ない。それが、現実だった。
●
彼が此処に居ることは、殆どの人間が知らない。知っているのは“此処”と“彼処”の作戦の中核を担う人物と、フリュイと――彼を護衛するハンター達だけだ。
だから彼は、全身鎧を着込んで、此処にいる。万が一にも、彼の所在が漏れては台無しになる可能性があったから。
――別働隊が、茨の王を動かす。
彼らの勝利を信じて、拡散するであろうマテリアルを逃さぬように彼は法術陣を叩き起こし、決着を待つ。
前線の只中で、腐肉を漁る、ハイエナのように。
「《貴方(エクラ)は誰も救わない》――か」
とあるハンターに《茨姫》と呼ばれた歪虚。
元聖女の、成れの果ての絞りだすような言葉をオーランは呟き、想う。
彼女の言葉はある意味で正しい。彼自身、その言葉を否定することは出来はしない。
ならば。何に向かって祈るべきだろう?
浮かんだ疑問を、振り払って、彼はこう言った。
「……行こうか。頼んだよ、皆」
そして今、彼は己の生命を、戦場の行方を共に立つハンター達に、託す。
十数年の悔悟に、血塗れの道に、諦めきれずに望み続けた解決を求めるために。
リプレイ本文
●
跪いた。でも、これは祈りじゃない。
眼前には小さな少女――エヴァの背中がある。特殊な作りの銃を下げ、周囲を見張っている。
その姿に安堵を覚えながら、僕は法術陣に意識を行き渡らせていく。
必要なのは知識だ。辿るべき道筋を、ただ辿る。
――思い出す。戦場へと向かった、彼らの姿を。
『あの人の魂が復讐の火から解放されて、家族と一緒に安らかに眠ることを祈るわ』
彼女はそう言って不満気な顔をした。思った事が、顔に出たのかもしれない。
『……何よ、意外? わたしは祈ることが無意味なんて思わないわ。だから……こっちこそ頼んだわよ、オーラン。一緒にケリを付けに行きましょ』
『その変な術式は前やってたのの完成版?』
紫煙を吐きながらの言葉に、僕は頷いた。
『前みたいな、花火ではないけどね』
『そ。――あんたも大変ね。残されたって事は安々死ねない訳だし』
『え?』
『……なんでもないわ』
ケ、と露悪的な舌打ちを零すと、
『女子力溢れる私は仕事するだけだし』
『必ず守ります。頑張ってる事、決して無駄じゃない。私はそう思うから』
儚げな、優しげな表情で彼女はそう言った。
もう十分、恥ずかしいところを見せてきた。そして、こんな場所でも頼らなくちゃいけない。
せめて、この少女にくらいは、格好を付けたかったから。
悩みはあるかという問いに、首を振った。
――雑念が振り払われていく。
僕は陣の中に潜り込んでいく。渾然とした戦場に、溶けこむように。
小さくても頼れる背中を、胸に抱きながら。
●ジャック・J・グリーヴ(ka1305)
俺は怒ってる。目を血走らせたゴブリン共が向かってくる事に、じゃねぇ。
「……フォーリのクソ野郎……勝手にくたばりやがって」
もう、手は届かねぇ。殴る事もできねぇ。
結局てめぇの心を救う事が出来なかったじゃねぇかクソ……この、
「クソッタレ!」
目の前、涎を吐き散らす黒犬に盾ごとぶつかっていく。
――でけぇナリだが、退かねぇ!
真ん中の首に盾をぶつけつつ引鉄を引くと、魔犬は痛みに猛り狂った。盾に掛かる重さが増し、右の首が噛み付いて来た。次に左の爪だ。鎧で弾く。赤い血が弾けた。誰の? 俺様のだ。だが、今は痛みが心地良い。
「弔い合戦とは違ぇかもしんねぇが派手に暴れさせてもらうぜ茨小鬼共ォ!」
大地を踏みしめて、吠えた。
フォーリ。てめぇは救われる事なんざ望んじゃいなかったかもしれねぇ。あの場で死んでいた方が楽だったかもしれねぇ。でもよ……ッ!
「俺様は……ッ!」
叫ぶと同時、鈍い音が目の前で響き、弾けた。魔犬の右端の首がゴロリと堕ちる。
女だ。
いや。
楓だ。
――女だ。
てめぇなんで俺様を見て……いる……?
「むさ苦しいし五月蝿いわね」
あ、はい、ごめんなさい……。
●マッシュ・アクラシス(ka0771)
「……かくして、剣は圧し折れたのでした」
ジャックさんの叫びに、過った何かを言葉にする。
「つくづくよくある話、でしたかね……」
切り替えて、俯瞰する。
――あちらは余力がありそうですね。
微笑ましいジャックさんと楓さんが前へ。テノールさんが亜人達を引き受けようとしている。否、逆ですね。亜人が殺到している。
さて。
馬の腹を蹴った。テノールさんへと群がる亜人達の攻撃を、鎧と盾で捌いている。真夕さんが細かく位置を取ろうとしている所に、亜人達が溢れかけていた。
手裏剣を放ると、絶叫が上がった。視線がこちらへと集う中、馬を繰って別の一匹の前を塞ぐ、と。一歩、亜人の足が止まる。
「助かる」
茨小鬼の斬撃を受け止めたテノールさんが拳を振るいながら、律儀にもそう言った。
「……いえ、仕事ですから」
短くそう返したと同時、
「ホノミカヅチ!」
紫電が眼前を舐めるように奔っていく。真夕さんの電光魔術が、茨小鬼たちを纏めて討ち抜いた。
●テノール(ka5676)
「頑丈、だね」
真夕さんの魔術をまともに喰らっても、茨小鬼は落ちない。苦鳴とも咆哮ともつかぬ声と共に斧の一撃が降りてくる。物語の一節にありそうな荒く鋭い強者の一撃だった。
こんな奴を後方へは回せない。身体中に巡らせたマテリアルを振るい、斬撃に横合いからぶつけるようにして受ける。衝撃が右手、炎の幻影を揺らした。
――妹達も、別な場所で頑張っている。
衝撃を堪えつつ、一歩を踏み込んだ。
自分が負けるわけには行かない。茨小鬼にも――妹にも。
疾。呼気と共に拳を振り抜いた。渾身の一打。顎下を撃ち抜かれた茨小鬼の身体が僅かに浮かぶ、と。
その頭が、血煙をあげて弾けた。銃弾は後方から抜けていった。篝さんの弾丸だ。
「驚かせたかしら」
「いや、遠慮せずにやってくれていい」
――実に戦場らしい。
頼れる後衛が居ることをいっそ喜ばしく思う。
その時。
煌、と。地面が光り始めた。音は無い。静かに明滅しながら大地を侵していく光。
「……ちょっと露骨過ぎないかな……」
●エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)
オーラン、良し。味方、良し。
膝を付いて術に集中するオーランのそばに立って、心ある騎士が歩み寄ってくるのを笑顔で回避する仕事につき始めてはや数分。
前方から押し寄せる敵は既に三順目。
暇ね……!
違う、そうじゃなくて、やることは一杯あるんだけど、敵をむやみに攻撃して気を引くのは本意じゃないし、かといって何もしないのも気が引けるし、そうなると周りを気にして、オーランを守って、この『理の筆』を使って、銃弾で暗赤色を塗りこむ簡単なお仕事しかなくなる。
誰に?
周りの騎士さん達が戦ってる相手によ!
「助かったぜ! 嬢ちゃん!」
騎士の声に、遠くのジャックが太く笑って振り返る。
ジャックはこの戦場の兵士たちへの援護もしたいみたいだけど手が回っていない。気にかけていたみたいね。
「……治療、でしょうか?」
頷きに、間に入ったマリエルが小首を傾げてこっちを見た。
(違うと思うわ)
「はい!」
首を振ると、心地よい返事。マリエルは視線を巡らせると、直ぐにヒールを紡ぎ始めた。偉いなあ、と素直に思う。
――『彼』が死んだ、と聞いて。痛みというより、ただただ胸の奥が、苦い。
教え子のように扱われたあの日。
――礼の一つ、先に『言って』おけばよかった。
悔悟を抱きながら、周囲を見渡す。
「……っ」
視界の端に、何かが映った。亜人の一団。光輪。弾かれる騎士たち。そして――。
その姿を認めたと同時に私は、手持ちの無線機を殴りつけた。
●七夜・真夕(ka3977)
――ガ、と。音が弾けた。
無線機だ。エヴァから託されていたものだ。壊れたんじゃないかな、と疑うくらいの破壊的な音。
じゃ、なくて!
「……っ!」
弾かれたように、振り返る。
「後方! 新手が来てる!」
「――私が」
マッシュがすぐに馬首を巡らせた。テノールも続く。ジャック達が相対する魔犬の首は残る所あと一つ。私達が亜人達に手を取られていたからかもしれないけれど、まだ壮健。
篝は既に銃弾を新しい集団へと放っている。亜人の一匹が血煙と共に脱力した。
「こっちは大丈夫。すぐに終わらせるわ」
「さっさと行きな!」
声。楓だ。苛立ち混じりの声に、ジャックの放った銃声が続く。
振り返ると、エヴァはオーランを背負うようにして土壁を張っていた。マリエルは土壁の影から、テノールへとヒールを届ける。
「マリエル! 前にでて二人を治療してあげて!」
「はい……っ!」
――対応できない程じゃない。
悔しいけれど、火力は追いついていない。でも、これからは違う。エヴァも参加する。掛かる負荷は、マリエルが支えられる。
だから、まだいける。
「エヴァ、大丈夫っ?」
『……』
「トランシーバの方の心配はしてないから!」
頷き、力こぶを示すエヴァの冗談めかした様子に、軽口を返しつつ、見る。
テノールとマッシュは淡々と魔犬と小鬼達を請け負っている。
危険なのは――さらにその後方、法術を扱う茨小鬼。
この場で執り行われているのは特殊な儀式。だから、間違ってもオーランに攻撃を届かせるわけにはいかない。
「エヴァ!」
声を張る。それと同時に、二つの魔術が同時に紡がれた。
●遠火 楓(ka4929)
新手が来るまでにコイツを落とせなかった事が、ただただムカつく。
「呆れる程に硬いわね」
篝に私、そしてジャックが打ち続けてもこれだけの時間がかかる魔犬もそうだけど。
「……な、なんだよ」
「別に」
こいつだ。肉壁1号。
「……むかつくわね」
腹が立ち過ぎて女子力が溢れそうだわ。だから早く刻む。その為に、呼吸を整える。
「大丈夫ですか!」
「お、おう……」
声と一緒に、マリエルの癒しの光がジャックに届く。
「こっちはそれで十分よ。あっちに行ってあげて」
「はい、そのつもりです!」
術が届いた事に気付いたか、焦る魔犬は更にジャックに食らいつき、爪を振るい、身体で押しつぶそうとする。
――馬鹿ね。
こいつも。その前のやつも。いつまでたっても落ちないジャックに業を煮やし――。
「はい終わり」
クズらしく、死ぬ。雷光を纏った刀が、残ったひとつの首を叩き斬る。私の苛立ち込みの分、出血大サービス。だくだくだくと、血が溢れ――次第に、緩くなる。
死んだ。
「次、いくわよ」
「……あ、ああ」
ジャックは頑なに視線を合わせない。全力疾走でマッシュが抱え込む魔犬へと向かっていく。
まるで私から逃げるみたいに。
最初に正直に言い過ぎたかしら。
ふーん。
……まあ、いいけど。
●八原 篝(ka3104)
戦線は膠着していた。マッシュが魔犬をテノールが亜人を留めている。
「この分なら――」
三つ首それぞれの咬撃を鎧で受け止めたマッシュが武骨な大剣振るう。何とかなりそうですね、と呟きながら三つ首を纏めて断ち切ろうとする一撃に、魔犬の哀れっぽい声が響いた。
一撃離脱を図ろうにも下がれず、結果として真っ向から受け止める形になっているからこそ――当たる。でも。
「こざかしいわね……っ!」
『走りながら』、私は思わず吐き捨てた。
茨小鬼だ。
「ギギ……ッ!」
エヴァと真夕の魔法が届かない場所まで下がったそいつは、後方から手勢を治療し続けている。
「もぐら叩きにしても、しぶとい……!」
マッシュと後方へと行かすまいと、限界ぎりぎりまで敵を背負いこんでいるテノールは、多勢に囲まれて回避がままならない。真夕とエヴァ――そして私の方へと行かせないためだ。
真夕とエヴァが狙う。茨小鬼を深追いすると魔犬と亜人達は途端に突破の動きを見せるから迂闊に前に出る事ができなかった。オーランを、守らなくちゃいけないから。だから、テノールはギリギリの所を見極めて、時に魔犬の前に身体を晒してでも、戦線を支えている。
でも。だからこそ。
――いける。
篝はオーランの法術陣を幾度も見てきた。術の展開は予定通りにできている。
ジャックも、楓も、マリエルも向かってきてる。
そして。
「逃げられると、思わないでっ!」
亜人達の、魔犬の唸り声が届くくらいの距離。
距離を詰めただけ、前線が近くなる。けれど。
私の弾丸は――届く!
狙うは、今も法術を紡ごうとする頭。しん、と。音が止まる。呼吸が止まる。身体の揺らぎが止まる――瞬間。指先だけを、動かす。
軽い銃声と共に、音が戻ってくる。同時、茨小鬼の頭部で、弾丸が弾けた。
●マリエル(ka0116)
一生懸命に走って、ようやく、ジャックさんと楓さんと殆ど同時に、辿り着いた。
マッシュさんも、テノールさんも傷だらけだ。でも、間に合った。
この戦場で、いろんな人が傷ついているのは、解った。ジャックさんも、エヴァさんだけじゃない。他の皆も……オーランさんも。
あの人達を、助けたい。だから。
手元の幻影を、なぞるように弾く。ピアノに似たそれが、私の法術を紡ぐ入り口で。
「――包んで!」
ヒーリングスフィア。
光が私を中心に広がり、前に立つ全員を等しく包んだ。遠く、頭部を負傷した茨小鬼を睨む。
「もうこれ以上、死なせない! 誰も犠牲になんかしない!!」
思いのままに、もう一度、法術を紡ぐ。その動きに、茨小鬼が何かを叫んだ。
魔犬が、ゴブリンが――私を見た。一斉に得物を振るい、狂騒しながら。
「シカトしてんじゃねぇ!!」
「隙だらけ。グズね」
ジャックさんの怒声と、楓さんの――斬った、のかな。通り過ぎざまの一撃。
「マッシュさん!」
「……ああ、なるほど」
テノールさんの声に、マッシュさんが何事か応じた。横合いから、それぞれゴブリンと魔犬を挟みこむように動く。
え、あれ?
「……こっちに?」
敵が、やってきて……「マリエル! 伏せて!」
「は、はい!」
後ろから届いた声に、すぐに従った。私が居た所を貫いて、何かが抜けていった。真夕さんと、エヴァさんの魔法、それから、篝さんの銃弾が――まっすぐに、亜人達を貫いていた。
――その時。
足元の陣の光が、激しさを増していく。
高鳴り、振動を増して――そして。
遠く。まばゆい光の柱が、空へと向かって伸びていく。
「……あれは」
灰色の雲をちらして、空に描かれた――陣。
どん、と。お腹に響く音が遅れてやってきた。
誰も彼も。騎士も。ハンターも。亜人達ですらも、空を見上げていた。
それは心に響く、とても綺麗な色をしていて――。
「勝鬨を上げろ!!」
真夕さん達に一層された亜人達を踏みつけたジャックさんがそう言うと、
――――――ッ!
身体が震えるくらいの声が響いた。逃げだす亜人達と、それを追う兵士たち。
――まだ、終わってない。
「オーランは私達が脱出させるから!」
「……はい!」
篝さんの声にそう応えて、前を向いた。光の陣が描かれた場所へと、導かれるように。
私はまだ、誰かを助けられる。だから。
死なさないために、前に進んだ。
●
満身創痍のオーランが安全地帯へと引き摺り戻された頃には、戦局は収束へと向かっていた。
「……オーラン、集めたマテリアルはどこに貯めるの?」
鎧を外す力もない彼を甲斐甲斐しく介抱しながら、篝がそういえば。
「陣の中、だね。そのうち、然るべき所に移されることになる」
「ふうん……」
ちら、と。篝はオーランの手元を見た。二つの紙だ。エヴァに手渡されたもの。
それを見て、オーランは疲れた顔で、それでも、笑みを浮かべている。
その一枚に描かれているのが、故人の背中だと篝にはわかった。
そしてもう一つは――ジャックに殴られた時の、故人の姿。
――どうコメントしたものかしら……。
篝としては、実に困るところだった、が。
「……そうだね、君はそういうヤツだった」
オーランは深く息を吐いて、空を見上げる。そして、その先の、光の陣が消えた空へと向かってこう言った。
「ありがとう、皆」
その日、茨の王が、死んだ。
跪いた。でも、これは祈りじゃない。
眼前には小さな少女――エヴァの背中がある。特殊な作りの銃を下げ、周囲を見張っている。
その姿に安堵を覚えながら、僕は法術陣に意識を行き渡らせていく。
必要なのは知識だ。辿るべき道筋を、ただ辿る。
――思い出す。戦場へと向かった、彼らの姿を。
『あの人の魂が復讐の火から解放されて、家族と一緒に安らかに眠ることを祈るわ』
彼女はそう言って不満気な顔をした。思った事が、顔に出たのかもしれない。
『……何よ、意外? わたしは祈ることが無意味なんて思わないわ。だから……こっちこそ頼んだわよ、オーラン。一緒にケリを付けに行きましょ』
『その変な術式は前やってたのの完成版?』
紫煙を吐きながらの言葉に、僕は頷いた。
『前みたいな、花火ではないけどね』
『そ。――あんたも大変ね。残されたって事は安々死ねない訳だし』
『え?』
『……なんでもないわ』
ケ、と露悪的な舌打ちを零すと、
『女子力溢れる私は仕事するだけだし』
『必ず守ります。頑張ってる事、決して無駄じゃない。私はそう思うから』
儚げな、優しげな表情で彼女はそう言った。
もう十分、恥ずかしいところを見せてきた。そして、こんな場所でも頼らなくちゃいけない。
せめて、この少女にくらいは、格好を付けたかったから。
悩みはあるかという問いに、首を振った。
――雑念が振り払われていく。
僕は陣の中に潜り込んでいく。渾然とした戦場に、溶けこむように。
小さくても頼れる背中を、胸に抱きながら。
●ジャック・J・グリーヴ(ka1305)
俺は怒ってる。目を血走らせたゴブリン共が向かってくる事に、じゃねぇ。
「……フォーリのクソ野郎……勝手にくたばりやがって」
もう、手は届かねぇ。殴る事もできねぇ。
結局てめぇの心を救う事が出来なかったじゃねぇかクソ……この、
「クソッタレ!」
目の前、涎を吐き散らす黒犬に盾ごとぶつかっていく。
――でけぇナリだが、退かねぇ!
真ん中の首に盾をぶつけつつ引鉄を引くと、魔犬は痛みに猛り狂った。盾に掛かる重さが増し、右の首が噛み付いて来た。次に左の爪だ。鎧で弾く。赤い血が弾けた。誰の? 俺様のだ。だが、今は痛みが心地良い。
「弔い合戦とは違ぇかもしんねぇが派手に暴れさせてもらうぜ茨小鬼共ォ!」
大地を踏みしめて、吠えた。
フォーリ。てめぇは救われる事なんざ望んじゃいなかったかもしれねぇ。あの場で死んでいた方が楽だったかもしれねぇ。でもよ……ッ!
「俺様は……ッ!」
叫ぶと同時、鈍い音が目の前で響き、弾けた。魔犬の右端の首がゴロリと堕ちる。
女だ。
いや。
楓だ。
――女だ。
てめぇなんで俺様を見て……いる……?
「むさ苦しいし五月蝿いわね」
あ、はい、ごめんなさい……。
●マッシュ・アクラシス(ka0771)
「……かくして、剣は圧し折れたのでした」
ジャックさんの叫びに、過った何かを言葉にする。
「つくづくよくある話、でしたかね……」
切り替えて、俯瞰する。
――あちらは余力がありそうですね。
微笑ましいジャックさんと楓さんが前へ。テノールさんが亜人達を引き受けようとしている。否、逆ですね。亜人が殺到している。
さて。
馬の腹を蹴った。テノールさんへと群がる亜人達の攻撃を、鎧と盾で捌いている。真夕さんが細かく位置を取ろうとしている所に、亜人達が溢れかけていた。
手裏剣を放ると、絶叫が上がった。視線がこちらへと集う中、馬を繰って別の一匹の前を塞ぐ、と。一歩、亜人の足が止まる。
「助かる」
茨小鬼の斬撃を受け止めたテノールさんが拳を振るいながら、律儀にもそう言った。
「……いえ、仕事ですから」
短くそう返したと同時、
「ホノミカヅチ!」
紫電が眼前を舐めるように奔っていく。真夕さんの電光魔術が、茨小鬼たちを纏めて討ち抜いた。
●テノール(ka5676)
「頑丈、だね」
真夕さんの魔術をまともに喰らっても、茨小鬼は落ちない。苦鳴とも咆哮ともつかぬ声と共に斧の一撃が降りてくる。物語の一節にありそうな荒く鋭い強者の一撃だった。
こんな奴を後方へは回せない。身体中に巡らせたマテリアルを振るい、斬撃に横合いからぶつけるようにして受ける。衝撃が右手、炎の幻影を揺らした。
――妹達も、別な場所で頑張っている。
衝撃を堪えつつ、一歩を踏み込んだ。
自分が負けるわけには行かない。茨小鬼にも――妹にも。
疾。呼気と共に拳を振り抜いた。渾身の一打。顎下を撃ち抜かれた茨小鬼の身体が僅かに浮かぶ、と。
その頭が、血煙をあげて弾けた。銃弾は後方から抜けていった。篝さんの弾丸だ。
「驚かせたかしら」
「いや、遠慮せずにやってくれていい」
――実に戦場らしい。
頼れる後衛が居ることをいっそ喜ばしく思う。
その時。
煌、と。地面が光り始めた。音は無い。静かに明滅しながら大地を侵していく光。
「……ちょっと露骨過ぎないかな……」
●エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)
オーラン、良し。味方、良し。
膝を付いて術に集中するオーランのそばに立って、心ある騎士が歩み寄ってくるのを笑顔で回避する仕事につき始めてはや数分。
前方から押し寄せる敵は既に三順目。
暇ね……!
違う、そうじゃなくて、やることは一杯あるんだけど、敵をむやみに攻撃して気を引くのは本意じゃないし、かといって何もしないのも気が引けるし、そうなると周りを気にして、オーランを守って、この『理の筆』を使って、銃弾で暗赤色を塗りこむ簡単なお仕事しかなくなる。
誰に?
周りの騎士さん達が戦ってる相手によ!
「助かったぜ! 嬢ちゃん!」
騎士の声に、遠くのジャックが太く笑って振り返る。
ジャックはこの戦場の兵士たちへの援護もしたいみたいだけど手が回っていない。気にかけていたみたいね。
「……治療、でしょうか?」
頷きに、間に入ったマリエルが小首を傾げてこっちを見た。
(違うと思うわ)
「はい!」
首を振ると、心地よい返事。マリエルは視線を巡らせると、直ぐにヒールを紡ぎ始めた。偉いなあ、と素直に思う。
――『彼』が死んだ、と聞いて。痛みというより、ただただ胸の奥が、苦い。
教え子のように扱われたあの日。
――礼の一つ、先に『言って』おけばよかった。
悔悟を抱きながら、周囲を見渡す。
「……っ」
視界の端に、何かが映った。亜人の一団。光輪。弾かれる騎士たち。そして――。
その姿を認めたと同時に私は、手持ちの無線機を殴りつけた。
●七夜・真夕(ka3977)
――ガ、と。音が弾けた。
無線機だ。エヴァから託されていたものだ。壊れたんじゃないかな、と疑うくらいの破壊的な音。
じゃ、なくて!
「……っ!」
弾かれたように、振り返る。
「後方! 新手が来てる!」
「――私が」
マッシュがすぐに馬首を巡らせた。テノールも続く。ジャック達が相対する魔犬の首は残る所あと一つ。私達が亜人達に手を取られていたからかもしれないけれど、まだ壮健。
篝は既に銃弾を新しい集団へと放っている。亜人の一匹が血煙と共に脱力した。
「こっちは大丈夫。すぐに終わらせるわ」
「さっさと行きな!」
声。楓だ。苛立ち混じりの声に、ジャックの放った銃声が続く。
振り返ると、エヴァはオーランを背負うようにして土壁を張っていた。マリエルは土壁の影から、テノールへとヒールを届ける。
「マリエル! 前にでて二人を治療してあげて!」
「はい……っ!」
――対応できない程じゃない。
悔しいけれど、火力は追いついていない。でも、これからは違う。エヴァも参加する。掛かる負荷は、マリエルが支えられる。
だから、まだいける。
「エヴァ、大丈夫っ?」
『……』
「トランシーバの方の心配はしてないから!」
頷き、力こぶを示すエヴァの冗談めかした様子に、軽口を返しつつ、見る。
テノールとマッシュは淡々と魔犬と小鬼達を請け負っている。
危険なのは――さらにその後方、法術を扱う茨小鬼。
この場で執り行われているのは特殊な儀式。だから、間違ってもオーランに攻撃を届かせるわけにはいかない。
「エヴァ!」
声を張る。それと同時に、二つの魔術が同時に紡がれた。
●遠火 楓(ka4929)
新手が来るまでにコイツを落とせなかった事が、ただただムカつく。
「呆れる程に硬いわね」
篝に私、そしてジャックが打ち続けてもこれだけの時間がかかる魔犬もそうだけど。
「……な、なんだよ」
「別に」
こいつだ。肉壁1号。
「……むかつくわね」
腹が立ち過ぎて女子力が溢れそうだわ。だから早く刻む。その為に、呼吸を整える。
「大丈夫ですか!」
「お、おう……」
声と一緒に、マリエルの癒しの光がジャックに届く。
「こっちはそれで十分よ。あっちに行ってあげて」
「はい、そのつもりです!」
術が届いた事に気付いたか、焦る魔犬は更にジャックに食らいつき、爪を振るい、身体で押しつぶそうとする。
――馬鹿ね。
こいつも。その前のやつも。いつまでたっても落ちないジャックに業を煮やし――。
「はい終わり」
クズらしく、死ぬ。雷光を纏った刀が、残ったひとつの首を叩き斬る。私の苛立ち込みの分、出血大サービス。だくだくだくと、血が溢れ――次第に、緩くなる。
死んだ。
「次、いくわよ」
「……あ、ああ」
ジャックは頑なに視線を合わせない。全力疾走でマッシュが抱え込む魔犬へと向かっていく。
まるで私から逃げるみたいに。
最初に正直に言い過ぎたかしら。
ふーん。
……まあ、いいけど。
●八原 篝(ka3104)
戦線は膠着していた。マッシュが魔犬をテノールが亜人を留めている。
「この分なら――」
三つ首それぞれの咬撃を鎧で受け止めたマッシュが武骨な大剣振るう。何とかなりそうですね、と呟きながら三つ首を纏めて断ち切ろうとする一撃に、魔犬の哀れっぽい声が響いた。
一撃離脱を図ろうにも下がれず、結果として真っ向から受け止める形になっているからこそ――当たる。でも。
「こざかしいわね……っ!」
『走りながら』、私は思わず吐き捨てた。
茨小鬼だ。
「ギギ……ッ!」
エヴァと真夕の魔法が届かない場所まで下がったそいつは、後方から手勢を治療し続けている。
「もぐら叩きにしても、しぶとい……!」
マッシュと後方へと行かすまいと、限界ぎりぎりまで敵を背負いこんでいるテノールは、多勢に囲まれて回避がままならない。真夕とエヴァ――そして私の方へと行かせないためだ。
真夕とエヴァが狙う。茨小鬼を深追いすると魔犬と亜人達は途端に突破の動きを見せるから迂闊に前に出る事ができなかった。オーランを、守らなくちゃいけないから。だから、テノールはギリギリの所を見極めて、時に魔犬の前に身体を晒してでも、戦線を支えている。
でも。だからこそ。
――いける。
篝はオーランの法術陣を幾度も見てきた。術の展開は予定通りにできている。
ジャックも、楓も、マリエルも向かってきてる。
そして。
「逃げられると、思わないでっ!」
亜人達の、魔犬の唸り声が届くくらいの距離。
距離を詰めただけ、前線が近くなる。けれど。
私の弾丸は――届く!
狙うは、今も法術を紡ごうとする頭。しん、と。音が止まる。呼吸が止まる。身体の揺らぎが止まる――瞬間。指先だけを、動かす。
軽い銃声と共に、音が戻ってくる。同時、茨小鬼の頭部で、弾丸が弾けた。
●マリエル(ka0116)
一生懸命に走って、ようやく、ジャックさんと楓さんと殆ど同時に、辿り着いた。
マッシュさんも、テノールさんも傷だらけだ。でも、間に合った。
この戦場で、いろんな人が傷ついているのは、解った。ジャックさんも、エヴァさんだけじゃない。他の皆も……オーランさんも。
あの人達を、助けたい。だから。
手元の幻影を、なぞるように弾く。ピアノに似たそれが、私の法術を紡ぐ入り口で。
「――包んで!」
ヒーリングスフィア。
光が私を中心に広がり、前に立つ全員を等しく包んだ。遠く、頭部を負傷した茨小鬼を睨む。
「もうこれ以上、死なせない! 誰も犠牲になんかしない!!」
思いのままに、もう一度、法術を紡ぐ。その動きに、茨小鬼が何かを叫んだ。
魔犬が、ゴブリンが――私を見た。一斉に得物を振るい、狂騒しながら。
「シカトしてんじゃねぇ!!」
「隙だらけ。グズね」
ジャックさんの怒声と、楓さんの――斬った、のかな。通り過ぎざまの一撃。
「マッシュさん!」
「……ああ、なるほど」
テノールさんの声に、マッシュさんが何事か応じた。横合いから、それぞれゴブリンと魔犬を挟みこむように動く。
え、あれ?
「……こっちに?」
敵が、やってきて……「マリエル! 伏せて!」
「は、はい!」
後ろから届いた声に、すぐに従った。私が居た所を貫いて、何かが抜けていった。真夕さんと、エヴァさんの魔法、それから、篝さんの銃弾が――まっすぐに、亜人達を貫いていた。
――その時。
足元の陣の光が、激しさを増していく。
高鳴り、振動を増して――そして。
遠く。まばゆい光の柱が、空へと向かって伸びていく。
「……あれは」
灰色の雲をちらして、空に描かれた――陣。
どん、と。お腹に響く音が遅れてやってきた。
誰も彼も。騎士も。ハンターも。亜人達ですらも、空を見上げていた。
それは心に響く、とても綺麗な色をしていて――。
「勝鬨を上げろ!!」
真夕さん達に一層された亜人達を踏みつけたジャックさんがそう言うと、
――――――ッ!
身体が震えるくらいの声が響いた。逃げだす亜人達と、それを追う兵士たち。
――まだ、終わってない。
「オーランは私達が脱出させるから!」
「……はい!」
篝さんの声にそう応えて、前を向いた。光の陣が描かれた場所へと、導かれるように。
私はまだ、誰かを助けられる。だから。
死なさないために、前に進んだ。
●
満身創痍のオーランが安全地帯へと引き摺り戻された頃には、戦局は収束へと向かっていた。
「……オーラン、集めたマテリアルはどこに貯めるの?」
鎧を外す力もない彼を甲斐甲斐しく介抱しながら、篝がそういえば。
「陣の中、だね。そのうち、然るべき所に移されることになる」
「ふうん……」
ちら、と。篝はオーランの手元を見た。二つの紙だ。エヴァに手渡されたもの。
それを見て、オーランは疲れた顔で、それでも、笑みを浮かべている。
その一枚に描かれているのが、故人の背中だと篝にはわかった。
そしてもう一つは――ジャックに殴られた時の、故人の姿。
――どうコメントしたものかしら……。
篝としては、実に困るところだった、が。
「……そうだね、君はそういうヤツだった」
オーランは深く息を吐いて、空を見上げる。そして、その先の、光の陣が消えた空へと向かってこう言った。
「ありがとう、皆」
その日、茨の王が、死んだ。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/03 19:14:39 |
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相談卓 マリエル(ka0116) 人間(リアルブルー)|16才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/11/07 11:11:02 |