ゲスト
(ka0000)
【聖呪】茨の聖女はユメの中
マスター:鹿野やいと

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/11/07 19:00
- 完成日
- 2015/11/24 04:56
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
亡霊発見の報告を受けたアランは、すぐさま戦力となるハンターを募り大峡谷へと向かった。道案内には捕虜となった茨小鬼のメデテリを伴っており、途上道に迷うことなく長い距離を走破する。
亡霊を発見した茨の洞窟近辺を経由しなかったのは、聖女の亡霊を間近でみたオーラン・クロスの進言によるものだった。
亡霊は完全に歪虚と化していた。歪虚の中で亡霊は暴食に分類され、亡霊は幾つか共通の特性を有している。その一つが、彼らにとって命ともいえる妄執の核の存在である。亡霊が生まれる要因となった物品がそれにあたり、亡霊は物品に宿る妄念を元に負のマテリアルを集積している。
この妄執の核を破壊されれば亡霊は消滅してしまう。ゆえに亡霊型はそれを守ったり隠そうとしたりする。マテリアルの写した現世の影でなく歪虚となった亡霊は、必ずその物品を回収に向かったはず。オーランはそう断言した。物品が何かは不明だが、それが存在するとすればエリカの遺体の側にあるだろう。
「それで……大峡谷はこんな風景だったか?」
「チガウ。コンナ植物、ハエテナイ。オレ、ミタコトナイ。シラナイ」
メデテリは恐怖を滲ませながら目の前の光景をそう評した。大峡谷の谷底、ゴブリン達の住処に近い殺風景な荒野は、茨の森で覆い尽くされていた。
茨は枯れている。枯れているのに、暗褐色の肌は妙に生々しい。
「マダ、ススムノカ?」
「ああ。案内してくれ」
「ワカッタ」
狼にまたがるメデテリは、馬を操る人間達を置き去りにしないよう、歩みを緩めながら先導した。ここに来て茨小鬼の案内を疑う者はいなかった。茨小鬼にとっても、これが死活問題であるからだ。
ここまでの道のりで、たくさんのゴブリンの遺体が見つかっている。腐臭のする毒液と抉るようにのたくった触手の後が残っており、亡霊の仕業であることは間違いなかった。
メデテリは小心者だ。大した誇りも持ち合わせていない。しかし茨の王と同じく、仲間を思う気持ちは強い。
「カタキ、討ッテクレルナラ、今マデノコト、ワスレル」
住処まで案内することに抵抗はあったようだが、それが自分達で撃破不可能とわかれば、敵討ちの手段に迷うことはなかった。人にゴブリンの表情はよくわからない。しかし長くその顔を見続けたハンター達には、悔しさが滲んでいるようにも見えた。
■
谷底は一面の枯れた茨の森となっていた。エリカの見せた夢と一致するのは、見上げる崖と空の風景だけ。それも今は暗く沈むような曇り空が広がっている。茨を避け、あるいは切り開いて一行は進む。茨の中心に探し求めた亡霊の姿があった。報告と違い人型に戻っている。
亡霊は檻となった茨の中央で布に包まれた球状の何かを抱きかかえていた。
「アラン……?」
見上げる瞳は木の洞でなく、最期の頃に見せた憂いのある濡れた瞳だった。
「………アラン、私を迎えにきてくれたの?」
心が揺らいでしまった。似ているだけとわかっても、彼女の声は不気味なほどに優しく心に響く。
「良かった。ずっとさびしかったの。アラン、私を……」
アランが腰の剣を抜き放ち、亡霊の言葉は途切れる。
亡霊を見つめながら、アランは1度深呼吸をした。
「確かに一度、俺はエリカを守ると言った。だが違う。お前はエリカじゃない。
エリカの姿をしているだけの歪虚だ」
「………」
亡霊は絶望に落ちた。演技なのか、それが歪虚の本質に含まれていたのか。
「どうしてあなたは……幸せなの?」
俯く亡霊の声音が変わっていた。ぞっとするほどに冷ややかで、先程まで感じていた命の気配がまるで見当たらない。顔をあげた亡霊の眼窩は、オーランのみたそれと同じ、木の洞のように変貌していた。怒りに滲んだ相貌のまま、窪んだ眼窩から血の涙を溢れさせる。
「なぜ、貴方は生きているの? 私は死んだのに。こんなに苦しんだのに。ねえ?」
呪詛は周囲を変化させる。聖女の身体は地面に沈み、粘着質な血に似た水溜りが広がっていく。
それも亡霊のマテリアルによるものか、空さえも赤黒く変色しているように思えた。
「……壊さなきゃ。光を信じる世界を……。エクラは……誰も救わない。わたしも……あなたも……」
「知ってるさ。それでも……」
アランは意を決して一歩前に進む。濁った血溜まりを踏みしめながら、亡霊に確実に近づいていく。
「俺は君に救われた」
「あなたは!!! きれいごとばかり言って、あなたもあいつらとオナジじゃない!!!」
亡霊の金きり声は、それ自体が魔術であるかのように周囲のハンター達の動きを縛った。
沈んだ亡霊の身体は再度浮き上がる。その足は、既に人の足ではなくなっていた。茨の幹が、茨の枝が、亡霊の下半身から周囲へと伸びている。
「もういい! アラン!! こいつらを私の前から消して!!」
「!?」
その声は自身を呼んだものではない。とすれば――。
薄暗い気配を感じたアランは高く連なる茨の森の上層を見上げた。
いつの間にか控えていた小さな人影が亡霊の前に飛び降りる。その姿は少年期のアランに瓜二つであった。尤も、アランは偽者が手にするような禍々しい闇色の剣など持ち合わせたことはなかったが。
偽のアランが飛び出ると同時に、亡霊の足元から茨の太い幹が大地を割って地上部に姿を現す。幹は亡霊の下半身につながり、三叉に分かれそれぞれがのたくるような動いている。幹の先端の枝は不自然に捻じ曲がり寄り合わされ、巨大なワームの頭部のような外装を纏っていた。かみ合わせる大きな棘や動きを見るに、それはまさにワームなのだろう。
亡霊は本性を現し、殺意を露にしている。しかしアランは、その姿を見て笑みを浮かべていた。
「ああ。そこにいたのか、エリカ」
視線の先には本体であるエリカに似た上半身。そこに抱かれている小さな少女の、ドクロ。
それこそが包みの正体、彼女が残した最後の欠片。
そう思えば、ドクロにすら愛着がわいてくる。不思議なものだ。
「あとは俺が、ちゃんとやれるかどうかだな」
覚悟はしてきた。それでも躊躇う自分がいることは隠し切れない。
十分とは言えないが、あの白昼夢の出来事がなければ、ここに立つことも出来なかっただろう。
「終わらせるよ、エリカ」
剣を掴む拳に力を込め、手の震えをごまかす。ゴブリンは何体も屠ってきた。だが、人の感触がするものを切るのは、初めてになるだろう。それでも自分でしなければならない。その一念で、剣を抜いたのだ。
「皆、力を貸してくれ。ここで、悪夢を終わらせる」
ハンター達の漲る戦意に反応し、三匹の竜が地を抉りながら正面から迫った。各個に散開してかわすハンター達。竜をすり抜けたアランには偽アランが襲い掛かる。白刃と黒刃がぶつかりあい、凝縮したマテリアルは衝撃として周囲に伝播した。
亡霊を発見した茨の洞窟近辺を経由しなかったのは、聖女の亡霊を間近でみたオーラン・クロスの進言によるものだった。
亡霊は完全に歪虚と化していた。歪虚の中で亡霊は暴食に分類され、亡霊は幾つか共通の特性を有している。その一つが、彼らにとって命ともいえる妄執の核の存在である。亡霊が生まれる要因となった物品がそれにあたり、亡霊は物品に宿る妄念を元に負のマテリアルを集積している。
この妄執の核を破壊されれば亡霊は消滅してしまう。ゆえに亡霊型はそれを守ったり隠そうとしたりする。マテリアルの写した現世の影でなく歪虚となった亡霊は、必ずその物品を回収に向かったはず。オーランはそう断言した。物品が何かは不明だが、それが存在するとすればエリカの遺体の側にあるだろう。
「それで……大峡谷はこんな風景だったか?」
「チガウ。コンナ植物、ハエテナイ。オレ、ミタコトナイ。シラナイ」
メデテリは恐怖を滲ませながら目の前の光景をそう評した。大峡谷の谷底、ゴブリン達の住処に近い殺風景な荒野は、茨の森で覆い尽くされていた。
茨は枯れている。枯れているのに、暗褐色の肌は妙に生々しい。
「マダ、ススムノカ?」
「ああ。案内してくれ」
「ワカッタ」
狼にまたがるメデテリは、馬を操る人間達を置き去りにしないよう、歩みを緩めながら先導した。ここに来て茨小鬼の案内を疑う者はいなかった。茨小鬼にとっても、これが死活問題であるからだ。
ここまでの道のりで、たくさんのゴブリンの遺体が見つかっている。腐臭のする毒液と抉るようにのたくった触手の後が残っており、亡霊の仕業であることは間違いなかった。
メデテリは小心者だ。大した誇りも持ち合わせていない。しかし茨の王と同じく、仲間を思う気持ちは強い。
「カタキ、討ッテクレルナラ、今マデノコト、ワスレル」
住処まで案内することに抵抗はあったようだが、それが自分達で撃破不可能とわかれば、敵討ちの手段に迷うことはなかった。人にゴブリンの表情はよくわからない。しかし長くその顔を見続けたハンター達には、悔しさが滲んでいるようにも見えた。
■
谷底は一面の枯れた茨の森となっていた。エリカの見せた夢と一致するのは、見上げる崖と空の風景だけ。それも今は暗く沈むような曇り空が広がっている。茨を避け、あるいは切り開いて一行は進む。茨の中心に探し求めた亡霊の姿があった。報告と違い人型に戻っている。
亡霊は檻となった茨の中央で布に包まれた球状の何かを抱きかかえていた。
「アラン……?」
見上げる瞳は木の洞でなく、最期の頃に見せた憂いのある濡れた瞳だった。
「………アラン、私を迎えにきてくれたの?」
心が揺らいでしまった。似ているだけとわかっても、彼女の声は不気味なほどに優しく心に響く。
「良かった。ずっとさびしかったの。アラン、私を……」
アランが腰の剣を抜き放ち、亡霊の言葉は途切れる。
亡霊を見つめながら、アランは1度深呼吸をした。
「確かに一度、俺はエリカを守ると言った。だが違う。お前はエリカじゃない。
エリカの姿をしているだけの歪虚だ」
「………」
亡霊は絶望に落ちた。演技なのか、それが歪虚の本質に含まれていたのか。
「どうしてあなたは……幸せなの?」
俯く亡霊の声音が変わっていた。ぞっとするほどに冷ややかで、先程まで感じていた命の気配がまるで見当たらない。顔をあげた亡霊の眼窩は、オーランのみたそれと同じ、木の洞のように変貌していた。怒りに滲んだ相貌のまま、窪んだ眼窩から血の涙を溢れさせる。
「なぜ、貴方は生きているの? 私は死んだのに。こんなに苦しんだのに。ねえ?」
呪詛は周囲を変化させる。聖女の身体は地面に沈み、粘着質な血に似た水溜りが広がっていく。
それも亡霊のマテリアルによるものか、空さえも赤黒く変色しているように思えた。
「……壊さなきゃ。光を信じる世界を……。エクラは……誰も救わない。わたしも……あなたも……」
「知ってるさ。それでも……」
アランは意を決して一歩前に進む。濁った血溜まりを踏みしめながら、亡霊に確実に近づいていく。
「俺は君に救われた」
「あなたは!!! きれいごとばかり言って、あなたもあいつらとオナジじゃない!!!」
亡霊の金きり声は、それ自体が魔術であるかのように周囲のハンター達の動きを縛った。
沈んだ亡霊の身体は再度浮き上がる。その足は、既に人の足ではなくなっていた。茨の幹が、茨の枝が、亡霊の下半身から周囲へと伸びている。
「もういい! アラン!! こいつらを私の前から消して!!」
「!?」
その声は自身を呼んだものではない。とすれば――。
薄暗い気配を感じたアランは高く連なる茨の森の上層を見上げた。
いつの間にか控えていた小さな人影が亡霊の前に飛び降りる。その姿は少年期のアランに瓜二つであった。尤も、アランは偽者が手にするような禍々しい闇色の剣など持ち合わせたことはなかったが。
偽のアランが飛び出ると同時に、亡霊の足元から茨の太い幹が大地を割って地上部に姿を現す。幹は亡霊の下半身につながり、三叉に分かれそれぞれがのたくるような動いている。幹の先端の枝は不自然に捻じ曲がり寄り合わされ、巨大なワームの頭部のような外装を纏っていた。かみ合わせる大きな棘や動きを見るに、それはまさにワームなのだろう。
亡霊は本性を現し、殺意を露にしている。しかしアランは、その姿を見て笑みを浮かべていた。
「ああ。そこにいたのか、エリカ」
視線の先には本体であるエリカに似た上半身。そこに抱かれている小さな少女の、ドクロ。
それこそが包みの正体、彼女が残した最後の欠片。
そう思えば、ドクロにすら愛着がわいてくる。不思議なものだ。
「あとは俺が、ちゃんとやれるかどうかだな」
覚悟はしてきた。それでも躊躇う自分がいることは隠し切れない。
十分とは言えないが、あの白昼夢の出来事がなければ、ここに立つことも出来なかっただろう。
「終わらせるよ、エリカ」
剣を掴む拳に力を込め、手の震えをごまかす。ゴブリンは何体も屠ってきた。だが、人の感触がするものを切るのは、初めてになるだろう。それでも自分でしなければならない。その一念で、剣を抜いたのだ。
「皆、力を貸してくれ。ここで、悪夢を終わらせる」
ハンター達の漲る戦意に反応し、三匹の竜が地を抉りながら正面から迫った。各個に散開してかわすハンター達。竜をすり抜けたアランには偽アランが襲い掛かる。白刃と黒刃がぶつかりあい、凝縮したマテリアルは衝撃として周囲に伝播した。
リプレイ本文
2人が剣を打ち合わせたのは一瞬。数合の攻防の後、2人のアランは距離を取った。逃げたのは偽者の方、軽い身のこなしで後ろに下がる。
その後、僅かに間に合わず銃弾が彼の居た場所を襲っていた。ネイハム・乾風(ka2961)の威嚇だ。銃撃は偽のアランを追うように飛ぶが、追いつく前に茨の竜が盾となった。
「ふぅん……中々悪趣味な事だね」
「悪趣味なだけならまだ助かるのだけど……」
誠堂 匠(ka2876)は蠢く三匹の竜を睨みながらそう付け加えた。先程の攻防、アランもその場に残ることが出来なかった。残った2匹のうち片方が自らの体をバリケードのようにして道を塞いでしまっている。誠堂のように仕掛けようとした者も居たが距離をつめるには至らなかった。
強敵の予感に一同の緊張は高まっていく。ヒース・R・ウォーカー(ka0145)はその高揚を心地よく感じながらも、意識は他の者とは別のところにあった。
「戦う理由があって全力を尽くすのはいいけど倒れたりはしないでくれよぉ。いつぞやみたいにボクが抱えて帰る事になるから、さぁ」
「わかってる。誰かの為になんて、そんなこと考えてなんかいない」
答えたのは南條 真水(ka2377)。何も無いといえば嘘になるが、彼女は彼女なりに区切りはつけてきていた。そうでなければここに立っては居ない。
(そうだ。綺麗に忘れるために、どうしてもここで)
あの日の犠牲が、無駄でなかったことの証の為に。南條は強く唇を引き結んだ。
その傍ら、雨音に微睡む玻璃草(ka4538)が嬉しそうにその横顔を見ていた。
「そう、次は貴方が鬼になるのね?」
「?」
「貴方の音も綺麗ね。冷たい朝霧のようだわ。貴方の音も聞かせてちょうだい」
詩を詠うようにフィリアは言う。その後の言葉も意図を全て理解することは出来なかったが、彼女は彼女で状況の終息に肯定的なことはわかった。
いかな物語であれ閉じなければならない。真水の感じた彼女の意図はその1点であった。
「見ての通り、一筋縄で行く相手ではないようです。作戦、どうします?」
バレーヌ=モノクローム(ka1605)は距離をはかりながら隙を窺う。あの巨体を自在に振り回すだけでも脅威だ。加えて小回りの効く戦士がついていては防御は鉄壁と言って良い。
「護衛が邪魔ですね。まずはあの少年と、竜の2匹は落としましょう。誠一さん、フォローをお願いします」
「了解。フォローですね。承りました」
花厳 刹那(ka3984)と神代 誠一(ka2086)は確認の為に互いを視界の端に捉える。と、同時に神代は後方の茨の陰にも視線を向けた。茨小鬼のメデテリは動かない。いや、逃げないだけでも褒めるべきか。守らなくても良さそうなら、それはそれで手間が無くて助かる。
準備は整った。後方で待機していたネイハムは狼煙代わりと銃撃を開始した。偽アランに向けた銃撃は再び竜によって防がれ、竜が後方に引っ込む。ハンター達は竜の隙に合わせ、茨姫に向けて一斉に飛び込んだ。
前衛を飲み込もうと3匹の竜が顎を大きく開いて突進してくる。バレーヌと誠堂は側面へ避け、真水とネイハムはやや後退しながら距離を取る。ヒース、神代、花厳、フィリアは各々茨の森を足場に直上へと軽やかに跳躍した。竜の顎が茨を薙ぎ払いながら足元を通り過ぎる。
竜の胴体に着地したヒースは再び跳躍し、振り返った竜の顔目掛けて朧月を投射する。手裏剣は全て顔の周囲に命中するが、竜は血をしぶかせることも傷みでのたうつこともない。手ごたえらしい手ごたえがまるで感じられなかった。竜はヒースの行動にまるで頓着せず、再び巨大な胴体でヒースを轢き殺そうと試みる。
「しぶといねぇ」
ヒースは再び茨の幹を利用して高く跳んで回避。ヒースが竜をかわしたのを見計らい、竜目掛けて外縁から炎が放たれた。真水のアイルクロノだ。炎は竜を包み込むが胴体が巨大すぎて火が付くには至らない。先程の手裏剣よりもかなり効いてはいるが致命的と言うほどではなかった。
「ヒース、大丈夫?」
「ちょっとダンスしただけだよ。掠っても無いさぁ」
ここまでの攻防で頭は生物的な頭の機能を備えていないとわかった。炎はこのままで良いとして物理攻撃をするなら作戦を変えなければならない。距離を取りつつ思案するヒースだったが、答えを先に出したのはバレーヌだった。
彼は自身の非力さを理解していた。胴体を散発的にきりつけても効果は薄い。ならば狙うべきはどこか。
バレーヌは竜の動きを見極め、その胴体を構成する木々のうち細い枝の密集する部位から切りつけた。細い枝は刀で難なく抉れて行くが、手ごたえが無いのは同じだった。
ペンキでも塗りたくれば同じ箇所を狙って動けたかもしれないが、この敵がこんな状態になってるなどとは想定していない。
「あーー……やっぱりダメかな。……あ」
竜の目(に当たる部分の洞)がこちらを見ている。一瞬だけ見つめあった(気がした)後、竜は胴体を捻って転がしバレーヌに体当たりを試みた。踏まれては死んでしまうと慌てて飛びのくバレーヌ。その時バレーヌは、転がる竜の胴体からメキメキという異音を聞いた。
「これは……?」
見れば転がった竜の胴体の傷が広がっていた。
「はっ、なるほどねぇ」
ヒースは火尖槍に武器を持ち替え、竜の胴体の別の場所へ深い切れ込みを入れた。竜はやはり対応のためヒースへと襲い掛かるが、竜が動くたびに木々は軋み、やがて切れ目から幹は裂けていく。3人で何度か繰り返すとあっけなく竜の幹は根元からもげた。
物理法則を書き換えて物を動かしている亡霊型の歪虚だが、全ての重量を支えきっているわけではないらしい。しばらくして再生は行われるが、弱点とも言えるこの特性を早期に見切れたことは大きい。
「木を切るのと同じ要領なのか。それなら!」
バレーヌは再び竜へと挑みかかる。最初の突進でこの竜の稼動範囲はおおよそ見切っていた。幹を狙うことはできなくても、細い箇所からつぶしていけば良い。最初に感じた絶望に比べれば大したものではないだろう。バレーヌは走り回っては切れ込みを入れては逃げ、竜へのダメージを徐々に蓄積していった。
一方、竜を抜けたメンバーは偽アランと激突した。竜の小回りが効かない本体近辺では、この敵が最大の障害といえた。偽アランと最初に対峙したのはフィリアだった。
「あなたは誰? おねえさんのおともだち?」
傘の剣の切っ先をレイピアのように見立て連撃を繰り出す。刺突を数度盾で受け流した偽アランは、傘剣を盾で跳ね上げると剣を肩から袈裟懸けに振り下ろす。
「わかった。おにいさんは飼い猫なのね」
フィリアは剣を受け流されるまま右へ転がると傘を広げる。魔術で強化された傘はそのまま盾へと早変わりした。布に刃を阻まれ、偽アランは後ろへ下がる。体勢が整う前に誠堂が刀を振り下ろした。
「はぁっ!!」
一撃目を偽アランは盾で防ぐ。反応が良い。容易に致命傷は与えられないだろう。誠堂は腕力勝負に持ち込むことはせず、2撃目は足を狙った。
掬い上げるような一撃をアランは後方に1歩引いて難なくかわす。盾の守りは疾影士には分が悪い。だが人数差もまた歴然としている。誠堂が刀を再び振り上げたのに合わせ、フィリアは横合いより鋭い突きを放つ。突きが盾を掲げた腕の肉を突き破り、樹液のような粘ついた血液を溢れさせた。
「もらった!」
更に1歩踏み込んで誠堂は刀の軌道を変える。逆袈裟に振るった刀が突き出た腕を切り飛ばし、翻った刀は唐竹割で真正面から偽アランの頭を勝ち割った。
血が吹き出る偽アラン。人間なら即死のダメージだ。しかし相手は人間ではない。見開かれた両の目が、変わらぬ冷たさで誠堂に向けられた。
「!!」
怖気を感じた誠堂は強引に刀を引き抜き距離を取る。寸前、誠堂の腕のあった場所を偽アランの剣が突き上げていた。
「飼い猫じゃなくてお人形さんだったのね。でも石榴みたいできれいだわ」
フィリアがくすくすと笑う。偽アランは裂かれた頭のまま横に視線を向けた。今の一連のやりとりの間に、残る3人が茨姫の元へ抜けてしまっている。視線に気づいた誠堂はすぐさま切りかかる。
偽アランは剣で難なく受け、鍔迫り合いとなった。刀の質では振動刀の方が優れていたが、偽アランの剣はその瞬間にも刃こぼれが再生している。押し込む側の優位で腕力の差を補っているが、無限の体力を持つ相手にはいつまでも続かない。
「アランさん。此方は食い止めます…貴方は貴方の戦いを!」
誠堂は足を止めかけたアランに釘を刺す。彼らに掛かった呪いは既に多くの人に不幸をもたらしてしまった。しかしまだだ。呪いを終わりにすることはできる。彼だけじゃない。この事件に関わった者達には、まだ見ぬ未来や希望がある。だから――。
「せめて、ケジメぐらいはな」
呟きは誰にも届かなかった、と思えた。誠堂の物思いは生々しい肉の抉れる音で途切れる。先に進んだと思っていたフィリアが、偽アランの太股を傘剣で抉っていたのだ
「君は……」
「貴方の雨音も良い音色がするのね」
「……それはどうも」
彼女もまた、見届けることで何かが変わるのだろう。誠堂は鍔迫り合いとなった刀を離し、数度偽アランに連撃を食らわせた。斬撃で身を削られてもなお偽アランの視線は誠堂を捉えて放さない。誠堂は狂気の滲んだ死人の瞳をまっすぐに見返した。
こうして2枚の護衛をハンター達は乗り越えた。本体に届いたのは神代と花厳とアランの3人。竜の動きが鈍った為にネイハムの銃が本体を捉えている。
ここからが本番だ。ここまで茨姫の本体は攻撃する気配がないが、その防御力はバカにならない。接近する3人の頭上を越えてネイハムが何度か銃弾を打ち込んでいるが、本体を包む茨の檻は直撃弾でもびくともしない。
「ここからじゃ無理か」
ネイハムは毒づきながら移動する。陰から陰に移動を続けて隙を窺っているが、竜の攻撃が苛烈で中々手が出せない。本体を破壊するには近接攻撃が不可欠だ。
走り寄る彼らのこと、既に覚悟は済ませている。先頭切って攻め込んだのは神代。手には赤色に輝く鞭を携えている。
「行きますよ!」
鞭が振るわれ、空中に赤い軌跡を生む。音速を超えた先端部分が茨姫の本体へと届いた。
茨姫は本体近くの茨を檻状に展開しこれを防ぐ。同時に茨姫は視界を失った。花厳は茨の盾の陰から飛び出し、本体を狙う。
「覚悟なさい!」
太刀が正面から振り下ろされる。茨姫は茨の枝を伸ばし、クッションで受けるように刀を防御。掴まれる前に刀を引いた花厳は切れ目の無い連撃で茨姫を襲う。茨姫は彼女の足場となる幹を動かし、連撃に歯止めをかけた。
離れた花厳への追い討ちを防ぐように神代が攻撃を再開する。茨姫は神代の攻撃へ先程と同じように防御を展開し、2人の術中に嵌った。
「――残念、今度はフェイントなんかじゃありません」
盾のように掲げた茨の枝に、炎の鞭が撒きつく。この一撃が目的だ。枯れ木は鞭より発する熱波により焦げ付き始めた。木は煙を吹き、生身が焼けるような嫌な匂いをあげる。
「!!!!」
声にならない悲鳴がこだました。それは想定外のダメージだ。ただの火なら吹き散らすこともできるが、木々に絡まった鞭はそうそうの事では外れそうに無い。実体を維持する依り代の一部が裏目に出てしまっている。
最初は驚いた神代だが、すぐに事態を理解して不敵な笑みを浮かべた。
「今です!!」
茨姫は燃える茨の檻を破棄していく。これは鎧を捨てたも同然。ここが好機だ。花厳は崩れる足場から飛びのきながら、走るアランの姿を見た。
(舞台は整ったわ。あとは貴方次第)
皆が見守る中、アランは竜の胴体である幹を蹴って茨姫の本体に向け跳躍した。鎧の再生が追いつかない茨姫に反撃の余地はない。至近距離に迫るアラン。振り上げた刃は狙い違わず歪虚の抱く骸骨へ――。
「アラン……」
エリカの上半身が、切なさを滲ませた声で彼の名を呼ぶ。欺瞞だ。そう分かっていても、アランは動きを止めてしまった。
「!!」
再生の終わった枝が蛇のように鎌首をもたげ、竜となってアランに狙いをつける。棘の牙を持つ枝はアランに迫り――。
「世話が焼けるね、全く」
ネイハムの放った銃弾が再生した竜の顎を破壊する。演技を続けていた歪虚に、動揺が走るのが見えた。
「……すまん!」
失った時は動き出す。剣は再び振り上げられ、唸りをあげて振り下ろされた。アランは今度こそ迷うことなく聖女だったモノを破壊する。剣がドクロに届いた一瞬、清浄な光が視界を埋め尽くした。
「あ………あああ」
貫かれた少女の可憐な声は、しわがれた雑音へと変わっていく。茨姫の作り出していた茨は生々しい活力を急速に失い、ぼろぼろとその身を崩していった。枯れ木は風化し、粉塵となってそよぐ風に流されていく。溢れたマテリアルは土へと帰り、肌寒い秋の風が淀んだ谷底の空気を洗い流した。
これが結末だ。本当に綺麗に消えていくのだと、南條は他人事のようにその景色を見ていた。
(おやすみ茨姫。いつまでも幸せな、悪い夢を)
静かに目を閉じて、小さな祈りを捧げた。彼女にだけではない。
この事件で命を落とした全ての人のために。祈りという行為は、どれだけ大きな願いも受け入れてくれる。それが自分に出来る、一番のことのように思えた。
マテリアルが拠り所を失い消えていき、誰もがその光景に時の流れを忘れた。全てが消えていく最中、刹那は光る何かを見つけ、足元に手を伸ばした。
「アランさん、これを」
「……それは」
拾い上げたのは磨かれた青い石のブローチだった。エリカが聖女になる前に身に付けていた、ありふれた海岸の石を磨いただけの安物の。刹那は動かないアランの手を取ると、ブローチをその手におさめた。
「これで最後……ですよ」
そう、これで終わり。悲しむ事も、立ち止まる事も。だが今この場であれば、感傷的になっても許されるだろう。
「……ああ」
アランはブローチを強く握り締めて拳をずっと見つめている。
茨の見せた夢は始まりの地で潰えた。先のことは何もわからず、失ったものは大きすぎる。それでもこの事件を終わらせた事は前進だ。
戦いを終えたハンター達を陽光が照らす。気づけばいつの間にか、黒く淀んだ曇り空は透き通る薄青色に晴れ渡っていた。
その後、僅かに間に合わず銃弾が彼の居た場所を襲っていた。ネイハム・乾風(ka2961)の威嚇だ。銃撃は偽のアランを追うように飛ぶが、追いつく前に茨の竜が盾となった。
「ふぅん……中々悪趣味な事だね」
「悪趣味なだけならまだ助かるのだけど……」
誠堂 匠(ka2876)は蠢く三匹の竜を睨みながらそう付け加えた。先程の攻防、アランもその場に残ることが出来なかった。残った2匹のうち片方が自らの体をバリケードのようにして道を塞いでしまっている。誠堂のように仕掛けようとした者も居たが距離をつめるには至らなかった。
強敵の予感に一同の緊張は高まっていく。ヒース・R・ウォーカー(ka0145)はその高揚を心地よく感じながらも、意識は他の者とは別のところにあった。
「戦う理由があって全力を尽くすのはいいけど倒れたりはしないでくれよぉ。いつぞやみたいにボクが抱えて帰る事になるから、さぁ」
「わかってる。誰かの為になんて、そんなこと考えてなんかいない」
答えたのは南條 真水(ka2377)。何も無いといえば嘘になるが、彼女は彼女なりに区切りはつけてきていた。そうでなければここに立っては居ない。
(そうだ。綺麗に忘れるために、どうしてもここで)
あの日の犠牲が、無駄でなかったことの証の為に。南條は強く唇を引き結んだ。
その傍ら、雨音に微睡む玻璃草(ka4538)が嬉しそうにその横顔を見ていた。
「そう、次は貴方が鬼になるのね?」
「?」
「貴方の音も綺麗ね。冷たい朝霧のようだわ。貴方の音も聞かせてちょうだい」
詩を詠うようにフィリアは言う。その後の言葉も意図を全て理解することは出来なかったが、彼女は彼女で状況の終息に肯定的なことはわかった。
いかな物語であれ閉じなければならない。真水の感じた彼女の意図はその1点であった。
「見ての通り、一筋縄で行く相手ではないようです。作戦、どうします?」
バレーヌ=モノクローム(ka1605)は距離をはかりながら隙を窺う。あの巨体を自在に振り回すだけでも脅威だ。加えて小回りの効く戦士がついていては防御は鉄壁と言って良い。
「護衛が邪魔ですね。まずはあの少年と、竜の2匹は落としましょう。誠一さん、フォローをお願いします」
「了解。フォローですね。承りました」
花厳 刹那(ka3984)と神代 誠一(ka2086)は確認の為に互いを視界の端に捉える。と、同時に神代は後方の茨の陰にも視線を向けた。茨小鬼のメデテリは動かない。いや、逃げないだけでも褒めるべきか。守らなくても良さそうなら、それはそれで手間が無くて助かる。
準備は整った。後方で待機していたネイハムは狼煙代わりと銃撃を開始した。偽アランに向けた銃撃は再び竜によって防がれ、竜が後方に引っ込む。ハンター達は竜の隙に合わせ、茨姫に向けて一斉に飛び込んだ。
前衛を飲み込もうと3匹の竜が顎を大きく開いて突進してくる。バレーヌと誠堂は側面へ避け、真水とネイハムはやや後退しながら距離を取る。ヒース、神代、花厳、フィリアは各々茨の森を足場に直上へと軽やかに跳躍した。竜の顎が茨を薙ぎ払いながら足元を通り過ぎる。
竜の胴体に着地したヒースは再び跳躍し、振り返った竜の顔目掛けて朧月を投射する。手裏剣は全て顔の周囲に命中するが、竜は血をしぶかせることも傷みでのたうつこともない。手ごたえらしい手ごたえがまるで感じられなかった。竜はヒースの行動にまるで頓着せず、再び巨大な胴体でヒースを轢き殺そうと試みる。
「しぶといねぇ」
ヒースは再び茨の幹を利用して高く跳んで回避。ヒースが竜をかわしたのを見計らい、竜目掛けて外縁から炎が放たれた。真水のアイルクロノだ。炎は竜を包み込むが胴体が巨大すぎて火が付くには至らない。先程の手裏剣よりもかなり効いてはいるが致命的と言うほどではなかった。
「ヒース、大丈夫?」
「ちょっとダンスしただけだよ。掠っても無いさぁ」
ここまでの攻防で頭は生物的な頭の機能を備えていないとわかった。炎はこのままで良いとして物理攻撃をするなら作戦を変えなければならない。距離を取りつつ思案するヒースだったが、答えを先に出したのはバレーヌだった。
彼は自身の非力さを理解していた。胴体を散発的にきりつけても効果は薄い。ならば狙うべきはどこか。
バレーヌは竜の動きを見極め、その胴体を構成する木々のうち細い枝の密集する部位から切りつけた。細い枝は刀で難なく抉れて行くが、手ごたえが無いのは同じだった。
ペンキでも塗りたくれば同じ箇所を狙って動けたかもしれないが、この敵がこんな状態になってるなどとは想定していない。
「あーー……やっぱりダメかな。……あ」
竜の目(に当たる部分の洞)がこちらを見ている。一瞬だけ見つめあった(気がした)後、竜は胴体を捻って転がしバレーヌに体当たりを試みた。踏まれては死んでしまうと慌てて飛びのくバレーヌ。その時バレーヌは、転がる竜の胴体からメキメキという異音を聞いた。
「これは……?」
見れば転がった竜の胴体の傷が広がっていた。
「はっ、なるほどねぇ」
ヒースは火尖槍に武器を持ち替え、竜の胴体の別の場所へ深い切れ込みを入れた。竜はやはり対応のためヒースへと襲い掛かるが、竜が動くたびに木々は軋み、やがて切れ目から幹は裂けていく。3人で何度か繰り返すとあっけなく竜の幹は根元からもげた。
物理法則を書き換えて物を動かしている亡霊型の歪虚だが、全ての重量を支えきっているわけではないらしい。しばらくして再生は行われるが、弱点とも言えるこの特性を早期に見切れたことは大きい。
「木を切るのと同じ要領なのか。それなら!」
バレーヌは再び竜へと挑みかかる。最初の突進でこの竜の稼動範囲はおおよそ見切っていた。幹を狙うことはできなくても、細い箇所からつぶしていけば良い。最初に感じた絶望に比べれば大したものではないだろう。バレーヌは走り回っては切れ込みを入れては逃げ、竜へのダメージを徐々に蓄積していった。
一方、竜を抜けたメンバーは偽アランと激突した。竜の小回りが効かない本体近辺では、この敵が最大の障害といえた。偽アランと最初に対峙したのはフィリアだった。
「あなたは誰? おねえさんのおともだち?」
傘の剣の切っ先をレイピアのように見立て連撃を繰り出す。刺突を数度盾で受け流した偽アランは、傘剣を盾で跳ね上げると剣を肩から袈裟懸けに振り下ろす。
「わかった。おにいさんは飼い猫なのね」
フィリアは剣を受け流されるまま右へ転がると傘を広げる。魔術で強化された傘はそのまま盾へと早変わりした。布に刃を阻まれ、偽アランは後ろへ下がる。体勢が整う前に誠堂が刀を振り下ろした。
「はぁっ!!」
一撃目を偽アランは盾で防ぐ。反応が良い。容易に致命傷は与えられないだろう。誠堂は腕力勝負に持ち込むことはせず、2撃目は足を狙った。
掬い上げるような一撃をアランは後方に1歩引いて難なくかわす。盾の守りは疾影士には分が悪い。だが人数差もまた歴然としている。誠堂が刀を再び振り上げたのに合わせ、フィリアは横合いより鋭い突きを放つ。突きが盾を掲げた腕の肉を突き破り、樹液のような粘ついた血液を溢れさせた。
「もらった!」
更に1歩踏み込んで誠堂は刀の軌道を変える。逆袈裟に振るった刀が突き出た腕を切り飛ばし、翻った刀は唐竹割で真正面から偽アランの頭を勝ち割った。
血が吹き出る偽アラン。人間なら即死のダメージだ。しかし相手は人間ではない。見開かれた両の目が、変わらぬ冷たさで誠堂に向けられた。
「!!」
怖気を感じた誠堂は強引に刀を引き抜き距離を取る。寸前、誠堂の腕のあった場所を偽アランの剣が突き上げていた。
「飼い猫じゃなくてお人形さんだったのね。でも石榴みたいできれいだわ」
フィリアがくすくすと笑う。偽アランは裂かれた頭のまま横に視線を向けた。今の一連のやりとりの間に、残る3人が茨姫の元へ抜けてしまっている。視線に気づいた誠堂はすぐさま切りかかる。
偽アランは剣で難なく受け、鍔迫り合いとなった。刀の質では振動刀の方が優れていたが、偽アランの剣はその瞬間にも刃こぼれが再生している。押し込む側の優位で腕力の差を補っているが、無限の体力を持つ相手にはいつまでも続かない。
「アランさん。此方は食い止めます…貴方は貴方の戦いを!」
誠堂は足を止めかけたアランに釘を刺す。彼らに掛かった呪いは既に多くの人に不幸をもたらしてしまった。しかしまだだ。呪いを終わりにすることはできる。彼だけじゃない。この事件に関わった者達には、まだ見ぬ未来や希望がある。だから――。
「せめて、ケジメぐらいはな」
呟きは誰にも届かなかった、と思えた。誠堂の物思いは生々しい肉の抉れる音で途切れる。先に進んだと思っていたフィリアが、偽アランの太股を傘剣で抉っていたのだ
「君は……」
「貴方の雨音も良い音色がするのね」
「……それはどうも」
彼女もまた、見届けることで何かが変わるのだろう。誠堂は鍔迫り合いとなった刀を離し、数度偽アランに連撃を食らわせた。斬撃で身を削られてもなお偽アランの視線は誠堂を捉えて放さない。誠堂は狂気の滲んだ死人の瞳をまっすぐに見返した。
こうして2枚の護衛をハンター達は乗り越えた。本体に届いたのは神代と花厳とアランの3人。竜の動きが鈍った為にネイハムの銃が本体を捉えている。
ここからが本番だ。ここまで茨姫の本体は攻撃する気配がないが、その防御力はバカにならない。接近する3人の頭上を越えてネイハムが何度か銃弾を打ち込んでいるが、本体を包む茨の檻は直撃弾でもびくともしない。
「ここからじゃ無理か」
ネイハムは毒づきながら移動する。陰から陰に移動を続けて隙を窺っているが、竜の攻撃が苛烈で中々手が出せない。本体を破壊するには近接攻撃が不可欠だ。
走り寄る彼らのこと、既に覚悟は済ませている。先頭切って攻め込んだのは神代。手には赤色に輝く鞭を携えている。
「行きますよ!」
鞭が振るわれ、空中に赤い軌跡を生む。音速を超えた先端部分が茨姫の本体へと届いた。
茨姫は本体近くの茨を檻状に展開しこれを防ぐ。同時に茨姫は視界を失った。花厳は茨の盾の陰から飛び出し、本体を狙う。
「覚悟なさい!」
太刀が正面から振り下ろされる。茨姫は茨の枝を伸ばし、クッションで受けるように刀を防御。掴まれる前に刀を引いた花厳は切れ目の無い連撃で茨姫を襲う。茨姫は彼女の足場となる幹を動かし、連撃に歯止めをかけた。
離れた花厳への追い討ちを防ぐように神代が攻撃を再開する。茨姫は神代の攻撃へ先程と同じように防御を展開し、2人の術中に嵌った。
「――残念、今度はフェイントなんかじゃありません」
盾のように掲げた茨の枝に、炎の鞭が撒きつく。この一撃が目的だ。枯れ木は鞭より発する熱波により焦げ付き始めた。木は煙を吹き、生身が焼けるような嫌な匂いをあげる。
「!!!!」
声にならない悲鳴がこだました。それは想定外のダメージだ。ただの火なら吹き散らすこともできるが、木々に絡まった鞭はそうそうの事では外れそうに無い。実体を維持する依り代の一部が裏目に出てしまっている。
最初は驚いた神代だが、すぐに事態を理解して不敵な笑みを浮かべた。
「今です!!」
茨姫は燃える茨の檻を破棄していく。これは鎧を捨てたも同然。ここが好機だ。花厳は崩れる足場から飛びのきながら、走るアランの姿を見た。
(舞台は整ったわ。あとは貴方次第)
皆が見守る中、アランは竜の胴体である幹を蹴って茨姫の本体に向け跳躍した。鎧の再生が追いつかない茨姫に反撃の余地はない。至近距離に迫るアラン。振り上げた刃は狙い違わず歪虚の抱く骸骨へ――。
「アラン……」
エリカの上半身が、切なさを滲ませた声で彼の名を呼ぶ。欺瞞だ。そう分かっていても、アランは動きを止めてしまった。
「!!」
再生の終わった枝が蛇のように鎌首をもたげ、竜となってアランに狙いをつける。棘の牙を持つ枝はアランに迫り――。
「世話が焼けるね、全く」
ネイハムの放った銃弾が再生した竜の顎を破壊する。演技を続けていた歪虚に、動揺が走るのが見えた。
「……すまん!」
失った時は動き出す。剣は再び振り上げられ、唸りをあげて振り下ろされた。アランは今度こそ迷うことなく聖女だったモノを破壊する。剣がドクロに届いた一瞬、清浄な光が視界を埋め尽くした。
「あ………あああ」
貫かれた少女の可憐な声は、しわがれた雑音へと変わっていく。茨姫の作り出していた茨は生々しい活力を急速に失い、ぼろぼろとその身を崩していった。枯れ木は風化し、粉塵となってそよぐ風に流されていく。溢れたマテリアルは土へと帰り、肌寒い秋の風が淀んだ谷底の空気を洗い流した。
これが結末だ。本当に綺麗に消えていくのだと、南條は他人事のようにその景色を見ていた。
(おやすみ茨姫。いつまでも幸せな、悪い夢を)
静かに目を閉じて、小さな祈りを捧げた。彼女にだけではない。
この事件で命を落とした全ての人のために。祈りという行為は、どれだけ大きな願いも受け入れてくれる。それが自分に出来る、一番のことのように思えた。
マテリアルが拠り所を失い消えていき、誰もがその光景に時の流れを忘れた。全てが消えていく最中、刹那は光る何かを見つけ、足元に手を伸ばした。
「アランさん、これを」
「……それは」
拾い上げたのは磨かれた青い石のブローチだった。エリカが聖女になる前に身に付けていた、ありふれた海岸の石を磨いただけの安物の。刹那は動かないアランの手を取ると、ブローチをその手におさめた。
「これで最後……ですよ」
そう、これで終わり。悲しむ事も、立ち止まる事も。だが今この場であれば、感傷的になっても許されるだろう。
「……ああ」
アランはブローチを強く握り締めて拳をずっと見つめている。
茨の見せた夢は始まりの地で潰えた。先のことは何もわからず、失ったものは大きすぎる。それでもこの事件を終わらせた事は前進だ。
戦いを終えたハンター達を陽光が照らす。気づけばいつの間にか、黒く淀んだ曇り空は透き通る薄青色に晴れ渡っていた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/04 22:19:53 |
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質問卓 誠堂 匠(ka2876) 人間(リアルブルー)|25才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/11/04 02:03:51 |
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作戦相談所 ヒース・R・ウォーカー(ka0145) 人間(リアルブルー)|23才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/11/06 22:41:54 |