• 聖呪

【聖呪】鉄灰

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/11/07 15:00
完成日
2015/11/16 09:41

みんなの思い出

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オープニング

 王国北部・アスランド地方── 王国の果て、北の大地に深く刻まれた大峡谷に、『彼等』は人知れず誕生した。
 なぜ生まれ出でたのか── それは彼等自身にも分からない。自分たちの預かり知らぬ所で、勝手に何かが起きたのだろう。
 ある者は特殊な力を得た。ある者は強靭な肉体を。多くの者が湧き上がる万能感に高揚し。或いは、恐れおののいた。
 彼等を導いたのは、同じ1体の異形── 『茨の王』を名乗る者だった。
「我等はただのゴブリンとは──あの非力なモノ共とは異なる生き物へと進化した。我等は『茨』──そう、ホロム・ゴブリンだ。我等は『王国』に復讐する。我等をこの北の荒野に押し込めた人間どもに。我等は『茨』──それを成し得る力を得た存在だ!」
 王は導く者だった。多くの『茨』が熱狂的に彼に従った。
 『鉄灰色』も例外ではなかった。だが、彼には戦う『力』がなかった。特殊な力も、強靭な肉体も。故に彼には『渦』の称号も与えられず。戦士たちからは疎まれ、軽んじられていた。
 そんな鉄灰を、王は他の屈強な戦士たちと同様に遇し、側に置いた。
「確かに、お前は弱い。特別な力も持っていない。だが、その代わりに人間共にも負けぬ知恵がある。その『力』を俺に貸せ」
 鉄灰は絶対の忠誠を誓った。或いは、彼が茨小鬼と化して真に得たものは、知性ではなくこの忠義の心であったかもしれない。
 以来、鉄灰は智謀で主に尽くした。主の夢── 王国首都を陥落せしめ、自分たち茨の国を造る為に。とは言え、主は個の武力のみならず作戦や搦め手にも長じていた為、鉄灰は主にロジスティクスとインテリジェンス──兵站作業や情報収集を担った。
 我等、『茨』の戦いは、荒野の片隅で、誰にも知られる事なく始まった。
 周辺の通常種諸部族を併呑し、王国辺境の貴族領に戦を仕掛けた。
 幾らでも使い捨てられる膨大な兵力を利用し、王国の貴族連合軍をヨーク丘陵の戦いへと誘い込んだ。
 そうして敵の主力をその場に『釘付け』にしておいて…… 主は、奥の手である『茨風景』を用いて一気に古都『アークエルス』にまで軍を進出させた。古来、王国全史において、ゴブリンの軍勢がかの地まで進出して来た記録はない。
 主の戦略は美しかった。だが、同時に、鉄灰の知性は、それが既に危うい所にあることにも気づいていた。
 ルサスール領オーレフェルトを占領することは能わなかった。
 ヨーク丘陵において敵主力を撃滅すること叶わなかった。
 いずれも敵は初動において、主の思惑通りに動いた。だが、そこから引っくり返された。
 我等の邪魔をしてくれたのは『ハンター』と呼ばれる人間だった。
 認めよう。奴等は強い。連中にはその力の根源に── 我らと同じ、臭いを感じる。

「我が主、茨の王よ。どうあってもあの町を──アークエルスを迂回することは出来ませぬか?」
「無理だ。我等は一直線に王都を衝く。その為にもあの古き都は邪魔だ。『茨風景』がその様なものであるから、との理由もあるが…… お前なら言わずとも解っておろう?」
 鉄灰はうなだれた。今の茨小鬼軍に、あの町を迂回できるだけの余裕はなかった。オーレフェルトで糧秣を確保できなかったことがここに来て響いていた。
 敵の主力をヨーク丘陵に残してきたことも。今頃、あの軍は昼夜を賭してこちらに向かって来ているはずだ。あの連中が到着する前にアークエルスを陥とせなければ、我が軍は狭撃され壊滅する。
「では……」
「ああ。お前たちは背後から迫る軍を防げ」
 命じた方も、命じられた方もそれが意味する所は分かっていた。──一隊で敵主力を防ぐ。それは死を賭した命であった。だが、鉄灰は喜色を浮かべ、むしろ栄誉であるかの如く頭を下げた。
「承りました。我が主、茨の王。背後は私にお任せください。敵兵は一人も通しませぬ。主には是非、人間どもの王都に茨の御旗をお立てください」
 鉄灰は主の前を辞した。再会は二度と能わぬだろう。
 同じ鉄灰の肌を持つ茨の部下たちに、鉄灰の頭領は下知をした。
「出陣だ。迫る敵軍主力部隊から、味方主力の後背を守る! 者ども、我等が死するは今ぞ。我等が王の夢の為に!」


 同刻。古都アークエルスより数里の北。貴族連合軍、本陣──
 マーロウ大公麾下『ホロウレイド戦士団』団長、ロビン・A・グランディーは、主である大公の招集を受け、本陣の天幕を訪れた。
 訪問を告げる衛士の声に続いて若いロビンが中に入ると、緒将は既に着席してこちらをジロリと睨んできた。気づかぬ振りをして奥へと進む。大公麾下の諸部隊において、戦士団は新参だ。しかも、ヨーク丘陵の戦いにおいては暗殺者の毒矢を受け前後不覚に陥ったという『前科』がある。将軍たちに軽んじられても、まぁ、仕方がないだろうか。
「お呼びにより参上つかまつりました、大公閣下」
 主に挨拶しつつ、ロビンは天幕の中にさりげなく視線を配った。
 緒将の席には幾つかの空きがあった。──これまでの戦いで戦死した者。ヨーク丘陵から未だに合流を果たせずにいる者── 昼夜を賭しての強行軍で、貴族連合軍主力はその半数しかこの場に到着できていなかった。
 同時に、これまで見た事ない顔も幾つか見受けられた。敵軍がアークエルスまで迫った事で、何人かの貴族が合流を果たしたらしい。
「アークエルスの状況は聞いておるな? 領主フリュイ・ド・パラディおよび有志の私兵が茨小鬼どもを押さえ込んでいる。彼らが敗勢に陥る前に、敵軍主力の裏を衝かねばならん」
「……この戦力で、ですか?」
「この戦力で、だ。今、我等に必要なものは拙速と果断だ。味方の到着を待ってはおれん。例え損害が増えようと、茨小鬼はここで叩く」
 確かにそうではありますが、と頷きながら…… ロイドは、大公閣下が戦士の顔をしておられる事に気がついた。「さすがはクヌギ断ちのマーロウ!」と、新参の老将が気安い様子で話しかけ。「その二つ名で呼ぶのは止めよ……」と大公が眉間を揉む。
(あれは何家の誰だったか…… 確かとっくに隠居した身であったはずだが……)
 思い出す前に、マーロウから命がくだり、ロビンは直立姿勢を取った。
「ホロウレイド戦士団に先鋒を任せる。騎兵だけを連れて行け。主力からも騎兵とハンターたちをつける。一刻も早く敵主力の後背を突け。足を止めるな。立ちはだかる者は全て食い破れ」
 命令を受領し、踵を返すロビン。天幕より出て行こうとした矢先、なぜ戦士団に先鋒を命じたのか解るか? と大公が尋ねてきた。
「強行軍の最中、我が戦士団がもっとも落伍者が少なかったからでありましょう」
 将軍たちの唸り声と、老将の笑い声── ロビンは大公の満足そうな表情を確認すると、仲間たちの元へ駆けていった。

リプレイ本文

 強行軍に強行軍を重ねて── 貴族連合軍の先鋒として古都アークエルス近郊まで進出して来たホロウレイド戦士団と貴族軍騎兵戦力は、敵軍主力後衛を守る足止め部隊と遭遇。その前進を停止した。
 戦士団団長・ロビンは部隊を行軍隊形から戦闘隊形に変換させつつ、周囲へ改めて斥候を放ち、敵情の把握に努めた。が……
「戦場は高さ1~2m程度のなだらかな丘陵です。敵軍はその丘の稜線に沿って、幅1里に亘って馬防柵を築いておりました」
「1里ですって!?」
 帰って来た斥候の報告に、戦士団の『女参謀』セルマ・B・マクネアーは呻き声を上げた。
 ──それだけの防備を整えるだけの準備が茨小鬼軍にはあったというのか。もしや敵兵力はこちらの想定よりも多いのか? どの程度の防備だ? 壕は? 防衛線は何重だ……?
「たかが木の柵に何を怯む? あの程度の馬防、正面から突撃して粉砕してしまえば良いではないか!」
 その職責に比べて遥かに若い──有り体に言えば血筋だけでその地位を獲得したと思しき騎兵隊長が、その場に蔓延し始めた怯惰(と彼は考えた)な空気を一掃しようと勇ましい声を上げた。
「……防御陣地に突撃? 無茶な話だ。ランスチャージも出来ない騎兵に、馬防柵と槍衾をどうしろと?」
 ユナイテル・キングスコート(ka3458)は騎士隊長の戯言を両断した。今は故あってハンターズソサエティに身を置くユナイテルではあるが、元は王国騎士団に所属した事もある由緒正しき騎士である。
「迂回を選択するわけにはいかないのですか?」
 憤怒に顔を真っ赤に染める騎士隊長を一顧だにせず、ユナイテルはロイドに訊ねた。
「……大公閣下からは時間を惜しむよう言いつけられている。それに、あの丘の向こうには恐らく足止め部隊の本隊が後詰ているはずだ。迂回を選択したとてすんなり通してくれるとも思えない」
 敵の足止め部隊の指揮官は、こちらに選択肢を突きつけたのだ。突破か、迂回か。或いは、こちらがこうして悩み、逡巡する時間も足止めの計算の内かもしれない。
 戦場の地勢がよろしくなかった。彼我の中間に広がる丘──殆ど平らと言えるこのささやかな丘陵が、丘の向こうに控えているであろう敵陣の詳細を遮蔽し、こちらから視認できない状況を作り出している。
「確認してこようか? 柵の向こうを、あたしたちで」
 一連のやり取りを聞いていた『采配者』メイム(ka2290)が、卓上の配置図に筆を入れ、一本の矢印を── 敵左翼側の棚の裏へグルリと回り込む様に描き記した。
「なるほど。一隊を割いて柵の背後に回りこませるのですね。主力の正面攻撃に対する陽動も兼ねようというわけですか」
 それを見たアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は、『戦神の聖導士』らしくメイムの戦術意図を察した。迂回には時間を要するが、より小規模な部隊であれば小回りが利く分、時間的ロスも少なくて済む。
「そういうことだね。で、主力が馬防柵を突破する方法なんだけど……」
 戦場に張り渡された一枚の薄皮──それがこの馬防柵。けど、その薄皮一枚でもそこそこ遅滞には有用だ。守兵のついた柵は途端に固くなるし、小さな突破口を幾つか開けたところで大軍の通過には時間が掛かる。
 だから、とメイムは配置図に三角形を数珠繋ぎに記し、その最後により大きな三角形を描いた。──だから、錐の一突きで大穴を開け、一気に向こうへ雪崩れ込む──!
「『鋒矢陣形』、その変形、応用だよ。ハンターの三人一組で三角形を作り、それを2、3段直列に並べた後ろに騎士の鋒矢陣形が続く形。正面の馬防柵はこちらで粉砕するから、ロビンさんたち本隊はそこから突破して」
「しかし、この陣形では隊列の先頭に敵の攻撃が集中してしまう。君たち、ハンターの負担が大きくなり過ぎる」
「大丈夫だよ。ハンターは頑丈なんだから。ね?」
 メイムにそう話を振られて、カイン・マッコール(ka5336)は顔を上げた。
「……それがやるべき事ならやる。俺は一匹でも多くのゴブリンを殺せればそれでいい」
 メイムの提案を聞いたロイドはセルマと幾つか協議をし…… 幾つかの修正点を加えて了承した。
「よし、基本はメイム嬢の案で行こう。ハンターたちが馬防柵に開けた突破口を、騎兵主力が鋒矢の縦列で電撃的に突破する。……ただし、馬防柵の破壊には騎士団も一隊を割く。危険な役割を全部ハンターに丸投げしたとあっては、僕らの面目と矜持に関わるからね」


 かくして方針は決定した。
 メイムは言いだしっぺとして、丘を迂回し防衛柵の裏側に回り込む『陽動部隊』に志願した。丘の向こうの敵軍の配置を自らの目で確認したかったからと言うのもある。
 アデリシアもまたそんな彼女を護衛するべく、陽動部隊に加わった。彼女は戦いに備えて戦装束に着替えた。より動き易い格好に── 即ち、より布地の少ない格好に。
「ちょっ、なんでそんな…… ごにょごにょ…… な格好になっているのですか!?」
 騎士の一隊を率いて陽動部隊に加わったセルマが、馬上に肌を晒したアデリシアを見て目を丸くした。
「? 服の布地が少ない方が動き易い事は自明の理ではないですか」
「!?」
 当然と言った立ち振る舞いで答えるアデリシアに混乱するセルマ。そんな彼女等から微妙に視線を逸らす騎士たちの素晴らしき自制心は紳士の自覚と信仰心の賜物だ。チラ見程度は許してやって欲しい。
「あ。あっちに注目を持っていかれた……」
 そんなアデリシアたちを見やって呟いたのは、陽動部隊に参加する事を決めた霧雨 悠月(ka4130)だった。つい今しがたまで、悠月の周囲には大勢の耳目が集まっていた。それは、彼が魔導機械の導入が遅れている王国では殆ど見かける事の無い魔導車両──それも、最新式の二輪型に乗っていたからだ。
 あんなすぐに転びそうな物…… と拒絶反応を見せる騎士たちや、ピカピカの魔導機械に純粋に興味の視線を向ける若い従者たち。悠月がサービスに1、2度空ぶかしをすると人々からどよめきが起こる。
(あぁ、モテる人っていつもこんな気持ちなのかなぁ? ……注目されているのは僕じゃなくてバイクだけど)

 主力部隊から離れて進発した陽動部隊は、丘の上の茨小鬼軍に敢えてその動きを見せ付けるようにしながら、敵左翼側──馬防柵の東端方面目指して馬を駆けさせた。
 丘の上に響く鐘の音── 恐らくはこちらの動きを後方の指揮官に伝えているのだろう。策の向こうで慌しく人影と槍の穂先が揺れる。
 陽動部隊は、だが、丘の上には攻撃を仕掛けず。馬防柵の東端をグルリと回って敵防衛線の裏側に入った。そのまま敵後方を横断する。が、丘の上の敵はこちらに下りて来なかった。……柵から離れる訳にはいかないのだろう。幅一里の柵を守るのに、兵力は幾らあっても足りない。──馬防柵は一重。縦深陣どころか壕すらもない。それすら随分と無理をして築いたのが良く分かる。
「本隊に伝令を。あの作戦で柵の攻略は可能だよ、って」
 知り得た情報を伝えるべく、メイムがセルマに指示を促す。
 陽動攻撃を仕掛けるべく隊が馬首を右手の丘へと向けると、柵のゴブリンたちは激しく鐘を打ち鳴らした。それに応じるかの様に、左手から新手の部隊が二つ目の丘を越えて現れるのが見えた。恐らくは、後方に控える敵本隊から派遣されて来た1隊だろう。
「このままでは丘の上と下から狭撃される…… 幸い、左手の部隊がこちらに到達するまでには時間が掛かりそうだ」
 後退しますか、と訊ねる騎士に、セルマとハンターたちは首を振った。陽動部隊の任務は文字通り陽動だ。今、ここで退いてしまえば、柵を攻撃する本隊に掛かる圧力は殆ど減じる事はない。
「では、狭撃覚悟でここで戦うと……?」
「うぅん。無理に戦う必要もないよ」
 そう言うと、メイムはピッと前方を指差した。
「なるほど。このまま敵防衛線の後方を駆け抜けるのですね。西端まで、一息に」
 アデリシアの言葉に、悠月はゾクリと武者震いをした。それはとても楽しそうだね、と、口の端に笑みを浮かべる。
「よし、全騎、このまま前方へと駆け抜ける。騎兵の足の速さを見せよ!」
 即座に応じて指示を出すセルマ。その意図を察したのか、敵はこちらの進路の遮断に掛かった。打ち鳴らされる鐘の音── 丘の下、左手の新手からは二足蜥蜴に騎乗した騎兵が抜け出し。右手、丘の上からも柵の守兵が槍を手に坂を駆け下りてくる。
 行く手の扉を閉めるが如く、両翼から押し迫る敵。その殺気だった瞳に晒されて、悠月は背筋に稲妻が走る様な強烈な感覚に襲われた。
(あはっ……! あの敵軍の数…… ゾクゾクが止まらないよ!)
 粟立つ肌。ぁぁ、やっぱりこの白刃の下に身を晒す興奮に勝る高揚はない。あんまりいっぱい来られてもキツい面はあるけどさ!
「さぁ、戦闘開始だ。……僕と一緒に踊ってもらうよッ!」
 悠月は進路上に割り込まんとする茨小鬼に八方手裏剣を投擲し。怯んで身を屈めたところを、すれ違い様、鞘から抜刀した日本刀を横薙ぎに斬りつけた。狼の咆哮が如き刃音が唸りとなって響き── 青白く弧を描いた刃が茨の首筋を薙ぐ。
 血を吹き、落馬(落竜?)した茨小鬼を、後続する騎士が馬蹄に掛けた。交差する進路。激突する騎士と茨たち── 互いに繰り出した槍が散らした火花を宙に残置し、駆け抜ける。
「足を止めないで。敵を斃す必要はありません。立ち塞がる敵のみを穿って、前へ!」
 アデリシアはメイムを庇う様に前に出ると、隊列の先頭に立ち。駆け下りてくるゴブリンたちに『セイクリッドフラッシュ』を放った。カッという閃光と共に衝撃波が3体を吹き飛ばし。馬上で得物をワンドから鞭に変えると、白銀の鋼線を振るって白光を軌跡に煌かせつつ、敵の槍が届く外からその接近を牽制しながら駆け抜ける。
「このまま突っ切ります。さあ、我らに戦神の加護やあらん!」
 閉じ掛けた進路の隙間を抉じ開け、陽動部隊はそのまま左右の狭撃を突破した。
 振り返らずに前へ進む。行く手を阻む者はない。


 一方、丘の麓の主力部隊──
 陽動部隊が丘の向こうで敵と接触した事は、鳴り響く鐘の音と戦の喧騒によって察せられた。
 『赤帽子』ステラ・レッドキャップ(ka5434)は微かに聞こえて来るその音を聞きながら、慌しく兵の動く丘の上の様子を双眼鏡で確認し、敵中へと突入した陽動部隊の安否を気に掛けていた。
「ったくもぉ、まためんどくせーものを拵えてくれやがりましたねぇっ!」
 ふと横手からそう声がして、ステラはそちらを振り返った。そこには、丘の上の柵を見て苛立たしげな声を上げつつ、丘の様子を見に来たシレークス(ka0752)がいた。
 2人は揃って敵の守りに苦虫を噛み締めたような、忌々しげな表情を浮かべていた。
(なんかそっくりな二人が来た……!)
 シレークスの友人、サクラ・エルフリード(ka2598)が、そんな2人を交互に見やって心中に呟いた。
 見た目はまったく似ていない。恐らく根っこの部分も違う。でも、なんだろう。今、この瞬間はそっくりだ。
 2人は暫しその表情のまま見つめ(睨み?)合うと、どちらからともなく目を逸らし、別々の方向へと歩いていった。
 ステラは少女の様な仕草と声で複数の騎士に話しかけると従者数人を借り受けて、彼らに自分についてくるよう命じながら、大量の矢筒を押し付けた。
 シレークスは聖職者らしい威厳に満ちた表情を作ると、居並ぶ騎士たちの前で戦馬に跨り、威風堂々と声を掛けた。
「これより戦が始まります。古都アークエルスを救う為、連合軍主力が敵の後背に雪崩れ込む、その道筋をつける戦いです。今回の茨小鬼の騒乱は、その戦いを以って終焉を迎えるでしょう。我等にも、茨小鬼にも、どちらにも後はない。……これは生存競争です。恨みっこなしの戦いを。精霊様もご照覧あらせられるですよ! どんな困難が待ち受けようとぶっ潰してやりやがれです!」
 手にした得物の棘つき鉄球を太陽の如く掲げ持ち。応じた騎士たちが盾に拳を打ちたてる。
 そこへ伝令が到着し、敵陣の実体をロイドに伝えた。彼は報告に頷くと騎士たちに出撃を命じた。士気の上がった騎士たちが歓声を上げてそれに応じる。
「さぁ、野郎どm……こほん。皆様方、参りますわよ」
 楚々と丘へ向き直り。皆から見えない角度でギンッと笑みを浮かべるシレークス。相変わらず凄いなぁ、などと思いながら、サクラも魔獣鎧の面を下ろす。
「ッし! 未来の大英雄、万歳丸! 一番槍、頂くぜ!」
「進軍っす~! 俺が穴を開けてやるっすよ~!」
 作戦予定通り、先頭に立つのはハンター。『東方戦鬼』万歳丸(ka5665)と『やんちゃ系』神楽(ka2032)が先陣を争い、騎乗状態で先に立つ。
 別の箇所からも前進を開始。『騎士』ユナイテルが抜剣して「行くぞ!」と声を上げ。カインは無言で静かに魔導二輪のエンジンをスタートさせる。
 ハンターたちは3つのルートから丘の斜面を登り始めた。向かう先は同じ場所──目指すのは一点突破だ。
 彼らに続き、横列に展開した騎兵たちもまた並んで前進を開始した。彼等は見せ掛けの攻略部隊──主力の一点突破の意志を隠蔽する意図を持つ。指揮官は戦士団の男貴族『猪』ハロルド・オリスト。
「突撃!」
 ハロルドの指示に従って、騎士と従者たちが一斉に丘を目指して走り出す。
 丘上のゴブリンたちは、その接近に気づくのが少し遅れた。彼らの後方を陽動部隊が真っ直ぐに駆け抜けていたからだ。
 ようやく正面より迫る敵に気づいて鐘の音を鳴らそうとしたゴブリンは、突然、喉元から矢を生やして後ろに倒れた。驚き、丘の下を見たゴブリンの眉間に再び矢が突き立ち、絶命する。
「汚ねぇツラぁ、見せんじゃねぇよ……」
 赤い頭巾の奥に昏い瞳で睨みながら黒い長弓に番えた矢を引き絞り…… ステラは丘の上に顔を出したゴブリンへと投射した。1体、2体と撃ち減らし。途中で面倒臭くなったのか、それぞれの指の間に矢を挟んで矢筒から引っこ抜き、全部纏めて弦に番える。
「味方には当たるなよ……っとぉ!」
 放たれたステラの『フォールシュート』は宙に弧を描き、文字通り矢の滝と化して敵陣へと降り注ぐ。
 反撃が来た。丘の上のあちこちで笛の音が鳴り響き…… 丘の向こうから一斉に矢が投射される。降り注ぐ矢の雨を籠手状の盾を振るって打ち払う万歳丸。神楽は手綱を操って矢の雨を抜けると、次の矢が降り来る前に、と一気に距離を詰め……
「ああっ、もう面倒臭ぇ!」
 万歳丸は青筋を立ててつつ叫ぶと、体内のマテリアルを練り上げ、黄金色の気を吹き出しながら筋肉を一層分厚くした。そして、鞍の上に立ち、バランスを崩すより早く柵へと向かって跳躍。驚く神楽を飛び越え『飛翔撃』の構えを取る。
「こンなけったいな柵如き……!」
 叫ぶ万歳丸に突き出される槍衾。構わず万歳丸は拳を突き出し、柵の先端部分をブチ折った。弾け飛んだ丸太が小鬼1体の頭部を直撃してぐしゃりと粉砕するも、柵自体はまだ健在だ。
「万歳丸さん……っ! くっ、万歳丸さんの犠牲は決して無駄にはしないっす!(←生きてます)」
 神楽は目の端に涙(←嘘泣き)を浮かべると、全長3mはあろうかという巨大斧を振り構え…… 柵の前でザザッ! と腰を落とした。
「ひゃっはー! まとめて薙ぎ払ってやるっす~! ご先祖様&精霊様、たっけて~っす!」
 軽い調子の祈りに応じて体内を巡るマテリアル── 神楽は奥歯を噛み締めながら、巨大斧をぶぅんと思いっきり横薙ぎにぶん回す。
 バアァンッ! と派手に音が鳴り響き、衝撃が付近のゴブリンどもを吹き飛ばした。建てられた丸太を幾本かブチ折った斧の刃は、だが、半ばで止められた。
「……あれ?」
「木材というのも存外、硬い物です。諦めず継続を」
 きょとんとする神楽に、後方から馬ごと走り込んできたユナイテルが柵の隙間に剣を突き入れた。ゴッ、と喉を突かれて悶絶する小鬼。反撃の槍が次々と突き出され、ユナイテルは一旦、距離を取る。
 そこへ騎士団(ハロルド隊)も到着し、柵を挟んでの槍の突き合いとなった。シレークスは柵へと到着すると馬から飛び降り、その尻を叩いて後方へと下げ。ふと柵を挟んだ戦いに鎖系は向かない事に気づき、鉄球を直接掴んでぶん投げた。胸部に直撃を受けた小鬼が後ろに倒れるのをよそにジャラジャラと鎖を手繰り寄せ…… やっぱ面倒臭いと従者から槍を借り受け、それをガシガシ突き入れる。
「相手が固まっているのなら…… こちらも範囲攻撃が使い易いという事です!」
 サクラは突き出された槍の穂先を鎧の表面で受け流すと、柵をガッと掴み『セイクリッドフラッシュ』を放った。閃光と同時に吹き飛ぶ小鬼たち。敵のいなくなった柵にカインがバイクで横付けし…… それを地面へ倒しながら急ぎ柵へと取りついた。そして、魔導鋸を始動し、高速回転する刃を丸太へ当てた。聞いたこともない様な騒音を立てながら、柵の一本を切断する回転刃。渡された横木を切り払いながら、カインは内心、驚嘆した。
(やたらと重いし、取り回しも悪くて普段なら使えたもんじゃないが…… 凄いな。こういうのにはもってこいだ)
 カインが二本目に取り掛かろうとした時、ゴブリンの新手がやって来た。柵の除去作業中で無防備なカインに幾本もの槍が突き出され……その多くを、間に立ち塞がったシレークスが受け止めた。舞い散る鮮血── 腕を、脚を、小鬼の槍の穂先が切り裂いていた。胸につき立てられた鋭鋒のみ、板金鎧が受け止めている。
「させねーです!」
 それでもシレークスは怯まず、槍を目の前の小鬼に突き入れた。小鬼どもも反撃する。仲間を殺られた怒りにシューシュー鳴きつつ、再び槍が突き出され、ガリガリと鎧を削る音と共に、裂かれたこみかみから血が流れる。
「シレークスさん!」
 気づいたサクラがそちらへ側方から投槍を投擲しつつ、走り寄って再度の『セイクリッドフラッシュ』で小鬼たちを吹き飛ばす。
「なんて無茶を……!」
「平気でやがります。私に攻撃が集中すれば、それだけ他の皆の仕事がやりやすくなるでやがります」
 痛てて…… と傷を見やりながら自己回復をするシレークスをサクラは絶句して見返して…… と、そこへ聞き慣れぬ音が──笛の鳴る様な音が、幾重にも重なって戦場に鳴り響いた。
「っ! 皆、伏せて!」
 ハッと気づいたユナイテルが皆に警告の叫びを上げる。直後、だんだんと大きくなった音がピタリと止んだと思った瞬間。策のこちら側で立て続けにいくつもの爆発が巻き起こった。
「爆裂火球……魔術師か!」
 麓にいたステラが丘上に巻き起こった炸裂に気づき、舌を打つ。敵は魔術師を集団で運用して来た。配置は丘の向こう。射程内だろうが視認できねば射撃は出来ない。ステラは再度舌を打つと、矢筒を持った従者たちに怒声を浴びせて自らも丘の上へと上がる。
「この『ファイヤーボール』の使い方……! 私たちのやり方を学んだとでも言うのですか!?」
 こちらの頭を抑える様な火力の集中運用。爆発に巻き上げられた土砂がバラバラと降りかかる下、地に伏せたユナイテルが驚愕する。
「ふざけんな、この○○○野郎ども! この柵壊したらどいつもこいつも後でミンチに……」
 言い終わる前にドッ! と近場で爆発が起き、ひぃっ! と身を縮める神楽。
 そんな中、地面に倒れながら── シレークスと万歳丸の2人は高笑いを上げていた。
「どうしましたですか! まだまだぁ、わたくしは生きてやがりますよぉ!」
「東方を思い出す…… 良い戦場じゃねェか!」
 呵呵……と大口を開けて笑うその口に土が飛び込み、ペッペとそれを吐き出しながら、万歳丸は神楽に呼びかけた。
「神楽ァ、生きてるかァ?」
「なんすか。幸か不幸か生きてるっす」
「そうかァ。なら、次に砲撃が弱まったらヤるぞォ」
「俺が切り込み役っすかぁ? やばい、やばいっすよ、万歳丸さん!」
 そのやり取りを爆発の合間に聞きながら、シレークスもサクラとカインに告げた。
「と、いう話らしーので、私たちもいきますですよ」
「…………」
「……? どーしやがりましたですか、サクラ?」
「……いえ。シレークスさんは自分のするべき事に集中してください。ある程度の回復と防御支援は私の方で行いますので」
 やがて、爆発音が止む。ハンターと騎士たちはその瞬間、馬たちと共に身を起こした。
 半ばやけっぱちになって飛び出し、再びの『ラウンドスイング』で柵にまとめて巨大斧の一撃を入れる神楽。ヒビの入ったその丸太に、立ち上がったユナイテルとカインがロープを引っ掛け、騎士たちと共に馬で、バイクで引っ張り、こちら側へと力を掛ける。
「引けえぇぇ!」
 万歳丸もまた腕の紋様を輝かせつつその丸太に抱きつくと、渾身の力を込めて引っこ抜きに掛かった。噛み締める奥歯。血流に赤く染まる肌── させじと丘を駆け上ってきた小鬼たちをシレークスとサクラが槍を投げて(注:シレークスのは借り物です)迎え撃ち…… ベキベキと音を立てて折れる柵の根元。全員の力が一丸となって、結ばれた周囲の柵ごと纏めてこちらへ引き倒す。
「っ! やった! 穴は開けたっすよ! さあ、全軍突撃っす!」
「ッしゃあ! ここだァ! 喰い破りなァ!」
 それまでの弱気が嘘の様に、喜び勇んでブンブンと斧を旗代わりに振る神楽。万歳丸は倒れかけの丸太をぶん殴り、引き倒して進撃路を大きく広げる。
「ハンターたちが突破口を開拓したぞ! 総員、突撃せよ!」
 ロイドの指示が飛び、鋒矢陣形を組んだ主力部隊が一斉に丘を登り始めた。加速をつけて速度を上げる。最早彼らの突撃を阻むものは何もない。
「これより本隊と合流し、敵陣に浸透します。……が、その前に邪魔をされぬよう、丘の敵を打ち払いましょうか」
 ハロルド隊と共にユナイテルは先行して柵を突破。馬防柵に沿って左右に展開し、小鬼たちを蹴散らしに掛かった。
 シレークスとサクラも後続した。借り物の槍を投げ捨て、鉄鎖をグルングルン振り回しながら、活き活きとした表情で友人を振り返る。
「おら、サクラ! 気合入れて頑張りやがるですよ!」
(輝いている……!)
 カインもまた敵中へと飛び込み、魔導鋸で切りかかった。突き出された槍を身を屈めて避けつつ、振り上げた回転鋸で斬り飛ばす。そのままクルリと一回転しながら踏み込んで間合いを詰め、降り下ろした刃で小鬼の鎖骨を断ち切った。
(……大分使うのにも慣れてきたけど、うるさいし、振動で手の感覚がなくなってくるし、やたらと返り血がかかって目に悪そうだし、視界の邪魔だし…… 室内戦闘向きでもないな。用途は極めて限定されるか)
 唸る機械音と共に淡々と敵を斬り飛ばしながら、頭の中で鋸の評価を勧めるカイン。
 柵が破られた事で、小鬼たちの士気は既に崩壊していた。1匹が逃げ始めると、それはあっという間に連鎖した。崩れる一般種。茨小鬼の分隊長も最早それを止められない。
 茨小鬼の魔術師集団は比較的、秩序を維持して後退していたが、そこへ側面から陽動部隊が突っ込んだ。
「行って、キノコ!」
 メイムの指示に従って、マテリアルを纏って飛翔し、突っ込むパルム。それに後続する様に騎馬とバイクが突っ込み、アデリシアと悠月がそれぞれに白刃を煌かせて左右に敵を薙ぐ。
「お、来たか。あそこに邪魔臭い魔術師共がいる。蹴散らしてくれや」
「おうおう、逃げ散る敵が良く見えやがる」
 万歳丸に迎え入れられ、丘の上に到着したステラが、魔術師たちに矢の雨を降らせた。阿鼻叫喚の戦場に、シレークスとサクラ、神楽がトドメとばかりに突っ込んでいく。
「さっきはよくもやってくれやがりましたねぇ、ああんっ!?」
「纏めてミンチにしてやるっす~!」
 先程までの大怪我が嘘の様にシレークス、先程までの弱気が嘘の様に神楽が。血煙の中、それぞれ棘突き鉄球と巨大斧をぶん回し。(輝いている……!)とサクラが思う間に騎士団主力が丘を越える。


 戦士団が奪取した丘の上── 稜線の陰となる斜面に、丘の戦いで負傷した騎士や従者たちが横たえられていた。
 乗用馬に乗った従軍聖職者たちが、回復の為に進出して来る。応急の治療場と化したその場には次々と負傷者が運び込まれていた。運び手は主を失った従者たちだ。騎士たちは今も前進を続けている。
 陽動任務を終えたアデリシアは仲間のハンターたちと主力部隊に合流後、ロイドの許可を得てこちらの救護所へと赴いていた。
 修道女として、怪我した者を癒したいという意志も勿論ある。だが、同時に、戦神に仕える者として一人でも多くの戦力を癒し、合流が可能な者を主力部隊に復帰させるというもう一つの戦いを担っている。
「しっかり。まだ決着がついたわけではありません。戦う事はできますか?」
「はい。私もまだ行けます。王国の民の為、大公閣下の為、王女殿下の為に。茨小鬼の連中を滅ぼさなければ」
 アデリシアの治療を受けて、青年騎士が立ち上がる。一方、戦力にならない重傷者に対しても、アデリシアは治療を惜しまなかった。「死にたくない」と訴える若い従者の手を握りながら、傷口の上にマテリアルの癒しの光をかざす。負傷者の血に塗れながら治療を続け、どうにか呼吸を落ち着かせてから…… アデリシアはホッと息を吐き、後送するよう指示を出す。
 それを見送る負傷者たちの中に、シレークスの姿もあった。常に最前線にあって、味方の壁として敵前に立ちはだかり続け、奮戦した証であった。
 シレークスは周りの負傷者たちと──戦友たちと拳を突き合わせると、全てを出し切った満足げな笑みを浮かべ……
「さて、と。それじゃあ我々も主力の後を追いますか」
 と、貪欲に、己の身に試練を希求した。

「あの二つ目の丘を越えた先に、恐らく敵の本隊がいるよ!」
「了解した。全軍、鋒矢隊形を維持。敵がこちらに対応する前に一息に蹂躪せよ!」
 突撃を継続するロイドの決断を耳にして、メイムはハンターたちを引き連れ、第二の丘へと先行した。鋒矢陣形は攻撃力と突破力はあるが、側面からの攻撃には脆い。丘を越えた所で横撃を受けぬよう、行く手を確認しておく必要があった。
 先頭に立ち、二つ目の丘を越えるユナイテル。敵軍の本隊は丘を越えた正面にいた。周囲に伏兵は見当たらない。──ただし、敵本隊はこちらの突撃に対して対応を終えていた。こちらの行く手を遮る様に、既に幾つかの方陣を連結させている。
「……方陣っ!」
 敵の陣形を見て、ユナイテルは呻いた。
 方陣──歩兵が平原で騎兵に対抗し得る数少ない戦法の一つ。故に、騎兵にとっても脅威となり得る。
「落ち着け、ハンターの騎士。敵は銃を保持していない! ならば恐れる事はない。このだだっ広い平原で、歩兵に騎士の突撃は止められぬ事を教えてやるだけのこと!」
 若き騎士隊長の命が飛び、鋒矢の先に立った一隊が突撃を敢行する。馬鹿な、とユナイテルは叫んだ。銃はなくとも方陣の盾の壁と槍衾は騎兵にとっても十分脅威だ。確かに勝てはするだろうが、むざむざ損害を出す事はない。
「ステラ!」
「ん?」
「騎兵の突撃の前に支援射撃を実施してくれ! 少しでも敵の方陣を崩したい!」
「マジかよ」
 呻き、矢筒から複数の矢を引き抜き、敵陣の正面へ向け『フォールシュート』を放つステラ。ユナイテルもまた馬上で銃を取り出し、「まさか竜騎兵の真似事する事になろうとは!」などと叫びながら、矢の雨の降ったその一角に魔導銃を撃ち掛けた。
 その矢と銃撃に乱れる盾の壁──そこへ騎士の一隊が突っ込んだ。繰り出される槍の壁に騎兵たちがまともに突っ込み、槍衾にされながらも後続する騎馬たちが盾の壁を押し潰す。
「怯むな! 後に続く騎兵の為に!」
 ユナイテルたちが崩した槍の壁の隙間から突入した騎士隊長が方陣の一角を突き崩し。直後、四方から突き出された槍にその身を貫かれ、ゴブリンたちの海に沈む。
 その犠牲は無駄ではなかった。最初の突撃に方陣が乱されたところへ戦士団の騎兵主力が突っ込んだのだ。最初の抵抗が嘘の様に一つ目の方陣が崩れた。一度崩れれば脆かった。瞬く間に敵を蹂躪した騎兵隊が転回、もう一つの方陣へその鋭鋒の矛先を向ける。
「今度は犠牲を出させません! 私たちが…… ハンターが突破口を開きます!」
 唇を噛み締め、銃を乱射しながらユナイテル。ステラの支援射撃の下、正面から突っ込んでいったカインが敵の槍の届くか届かないかの距離でその身体を出し入れし、突き出された槍を片っ端から魔導鋸で切り払っていく。
「どいてください。どかないのであれば…… 蹴散らすのみです!」
 そこへ、敵陣へ突撃しながら、サクラは魔槍グングニルを投擲した。盾の壁の隙間から槍の持ち手にグサリと命中し、突き刺さる。魔槍に後続する形で槍の壁の隙間にその身を入り込ませながら、サクラは小鬼に突き立った魔槍の石突を叩いて突き入れ、盾の壁を抉じ開け、死体を飛び越え、突き抜ける。獲物から抜け、戻って来た魔槍を後ろ手に掴み取りつつサクラは愛馬を転回し、盾の壁の背後からそちらへ再び魔槍を放った。ドッと崩れる防衛線。そこへ踏み込んできた神楽が巨大斧の横薙ぎによって崩れた盾の壁を真正面から吹き飛ばし。悠月のバイクが爆音を上げて突入。白刃を煌かせて右へ、左へ、茨小鬼を斬って捨て。飛び蹴りで茨小鬼を吹き飛ばしながら敵中へと突入した万歳丸が、その拳を右へ左へ振るって片っ端から殴りつける……

「何か着飾ってる奴がいンな…… この場を作った大将首か?」
 そうして幾つかの方陣を突き破り…… 突入した幾つ目かの方陣で、万歳丸はそれを見つけた。
 荒い息を吐きながらそちらを見やる。長い金色の毛を生やした兜を被った、身なりの良い鎧を着用した鉄灰色の茨小鬼。見れば、その周りの集団だけ、鉄灰色の茨小鬼の部隊で固められている。
「あれに見えるは敵の頭領!? 手柄首発見っす!」
 巨大斧をよっこら持ち上げ、ぜーぜー言いつつ向かう神楽。
 カインもまた回転の止まった鋸の刃から白い脂を剥がしながら……再び動力をアイドルしつつ、そちらへ向かって歩き出した。──今日一日で、何匹のゴブリンを殺せただろう? 汗を拭う手と頬に血の跡がこびり付き、鋸を持つ手は鉛の様に重く、まるで水の中にでもいるかのように鎧の重さが圧し掛かる。乾き切ってひりつく喉。汗で冷え切った身体の中で、肺と心臓だけが焼けるように熱を帯びる。
 身体は悲鳴を上げている。が、心はそれを肯んじない。もっと殺せ、一匹でも多くの亜人を殺せ、と。努力、根性、気合、激情、命、そして、奇跡── 何でもいい。自分が費やしてきたもの全て、その全てを身体を動かす事に、亜人を殺す事に注ぎ込み……次の一歩を前へ送る。
「返り討ちにせよ! 一秒でも多くの時間を我等が王に!」
 鉄灰色の頭領が、者ども死せよ、と激を発し、ハンターたちを迎え撃ち。だが1体ずつ打ち倒されて、遂にハンターたちが鉄灰の元へと辿り着く。
「じきにお前等の大将も送ってやるからよ。先に地獄で待ってろっす!」
「ふざけるな! あのお方を人間風情が倒せるものか! ここを通しても問題ないが、お手を煩わせるわけにもいかぬでな!」
 その返答を聞き、悠月はふと彼らの主に興味を抱いた。──この鉄灰色の頭領は、この期に及んでも退きもせず、命をかけて時間を稼ぐべく留まっている。そこまでの忠誠を誓わせる相手の大将とは、いったいどれ程の力を持っているのだろう?
「力ではない、人間。我等を導くは意志の力だ!」
 大見得を切り、細剣を抜き抜きかかってきた鉄灰頭領だったが、その腕前は精々他の鉄灰並といったところであった。ハンターたちが包囲しようと距離を詰めた次の瞬間、何もない空間からいきなり数本の投げナイフが飛来し、ハンターたちはたたらを踏んだ。
「透明化の茨小鬼よ!」
 間髪入れずにメイムが叫ぶ。この戦場に透明化がいて攻撃を仕掛けてくるなら、こちらが頭領に集中するこの機をおいて他にはない。
 サクラと背中合わせになり、周囲の草や地面へ目をやるカイン。攻撃が飛んで来た方向を見切ってそちらへ突っ込み、神楽が巨大斧を振り回し。だが、既に移動したのか手応えは返ってこない。
「厄介なのがいたもんっすね!」
 叫ぶ神楽に別の方向から飛んで来る投げナイフ。それを万歳丸が腕で庇う。クラリとする感覚に麻痺毒か! と呟く万歳丸。『超感覚』を使用した悠月がその足音を捉えて指を差し。そちらへ『フォールシュート』を発射しようと矢筒に手を伸ばしたステラが、焦ったのか矢筒の矢を全て周囲へぶち撒けてしまい、『「きゃあ!」と可愛らしい悲鳴を上げて』慌ててそれを拾い始める……
 直後、パキンと矢を踏む音がして── ステラはパッと身を起こし、逆手にナイフを握った左手の上に右手と自動拳銃を乗せ、音が鳴った方向に弾倉が空になるまで発砲する。
 何かが倒れる音がして…… ステラはその見えない敵を靴の裏で蹴り踏んだ。銃口を向けて敵のナイフを拾い、ふーんとつまらなそうに見やって、敵に向かって笑みを歪める……
「麻痺毒とはいい趣味じゃねーか。……無防備な狙撃手は狙いたくなるよなぁ。あぁ、オレもそう思うぜ。だから…… こうして引っ掛けた」
 引き金を3度引く。広がる血溜まり…… 嬲り殺しはオレの専門だ、とニヤリと笑いながら。透明化の解けた死骸に「汚ねぇツラ見せんじゃねぇよ」と唾を吐く。
「ンな麻痺毒が俺に効くかよッ!」
 もう一体の透明化は、麻痺した『フリをした』万歳丸に、止めを刺そうと近づいて来た所を自身のナイフを投げつけられて、怯んだ所をサクラに突かれた。
 全ての守りを失い、クッと一歩たじろぐ鉄灰頭領へ、メイムが「フリーズ!」と『ブロウビート』を叩きつけ──
「よう、二枚目。帰るにはまだ早ェぜ……!」
 動けなくなったところを、思いっきり万歳丸にぶっ飛ばされた。
 鉄灰の兜が弾け飛び、金色の長髪がふぁさりと広がる。
「地毛だったのか……」
 動かなくなった鉄灰を見下ろし、ハンターたちはツッコんだ。


 鉄灰は敗北した。
 ハンターと戦士団は敵に遅滞されつつも、敵の足止め部隊を排除し、貴族連合軍主力が敵主力後背へなだれこむ為の道筋をつけた。
 大公の軍旗が古都へと進む。
 彼らが間に合うか否かは…… 後は古都の味方次第となる。

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重体一覧

参加者一覧

  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • いつも心に盾を
    ユナイテル・キングスコート(ka3458
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • 感謝のうた
    霧雨 悠月(ka4130
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • Rot Jaeger
    ステラ・レッドキャップ(ka5434
    人間(紅)|14才|男性|猟撃士
  • パティの相棒
    万歳丸(ka5665
    鬼|17才|男性|格闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 茨小鬼軍団突破相談卓
神楽(ka2032
人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/11/07 14:40:11
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/11/05 21:04:20