ゲスト
(ka0000)
箱入り娘の「裏」社会科見学
マスター:sagitta

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~10人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/11/10 19:00
- 完成日
- 2015/11/19 00:29
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
月夜。
静まりかえった住宅街を横切る、黒い人影があった。
大きな屋敷が建ち並ぶ中で、人影は一つの屋敷の塀にそっととりつき、音も立てずに上りはじめる。そこはちょうど門衛の死角に当たる位置で、人影が壁を登り切るまで、門衛は気づいた様子がなかった。
塀の上に立った人影は、庭に植えられた背の高い木に軽々と飛び移る。体重を感じさせない動きで細い枝の先まで移動した人影は、そこから屋敷の窓に手を伸ばした――。
人影が窓に手を伸ばしたとき、部屋の中ではひとりの若い女性が、ベッドの中で寝転がりながら夢中で本を読んでいた。
この屋敷の持ち主の一人娘、20歳のアデリーナだ。もともと宵っ張り気味の彼女は、最近、リアルブルーからもたらされたという本に夢中で、真夜中まで読みふけっていることが多かった。どうせ、昼間に起きていても退屈するばかり――。暇をもてあました彼女は、毎日だらだらと昼過ぎまで寝ているから、夜はなかなか眠くならないのだった。
「あー、面白かったわ」
読み終わった本を閉じて、アデリーナがふと寝返りを打つ。
と、ちょうど窓から侵入してきた人影と、目が合った。
「あ」
予想外の事態に、固まる侵入者。月明かりがばっちりと照らしたその顔は、まだ30にはなっていないだろう、若い男だ。
(あら、すっごいイケメン!)
それが、アデリーナの最初の感想。ちなみに「イケメン」というのは、リアルブルーの本で使われていた言葉で、「かっこいい男性」のことをさすらしい。
「……こんな時間に起きている悪い娘がいたとはな」
人影が、あきれたようにため息をつく。
「あなた、わたくしをどうするつもり? ま、まさかあんなことやこんなこと――この、ケダモノ!」
「しねーよ! ってか何想像してんだよ! ドンパチはこのユーリ様の流儀じゃねぇ! 今日は引き上げるぜ」
何を妄想したのか、身をくねらせて騒ぐアデリーナに気圧されたのか、ばか正直に自分の名前を告げる侵入者――意外と、お人好しなのかも知れない。
「ちょっと、逃げちゃうの? なによ、せっかく来たのに、つまんない!」
むちゃくちゃなことを言い始めるアデリーナを無視して、ユーリという侵入者が、窓枠に手をかける。
それから何を思ったのか、すっとアデリーナの方を振り返った。月明かりに照らされたその顔が、ニヤリ、と笑みをつくる。その手にはちゃっかりと、アデリーナの枕元にあったいくつかの装身具がにぎられていた。これだけでも、かなりの額になるだろう。
「俺はユーリ。そんなに会いたきゃ探してみな、お嬢様!」
どくん。
アデリーナの胸が、大きな音を立てた。ユーリのふてぶてしい笑顔が、頭に焼き付く。
――部屋が暗くてよかった。紅潮した顔を見られなくてすんだから。
場違いにも、そんなことを思ってしまう。
そんなアデリーナの思いなど知るよしもなく、ユーリはマントを翻して窓から飛び出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
アデリーナがあわてて窓の外をのぞき込むが、人影はあっという間に闇にまぎれてしまう。
「わたくしはお嬢様なんかじゃないわ、アデリーナよ!」
アデリーナが叫んだ声は、夜闇に溶けていった。
●
港湾都市ポルトワール。この町はその名の通り、各地からの船が寄港する港町として有名だ。多くの商船が、世界のさまざまな地域から数多くの品物を運び、貿易で財を成した商人も多く住む。
薬草や香辛料の貿易で一財産を築いたサンドロ・ド・ヴァスコもそのひとり。出身はジェオルジの田舎村で名もない家の出身だが、若いころに世界中を旅して名声を上げ、今では豪邸が建ち並ぶポルトワールの高級住宅街に屋敷を構えるまでになっていた。50歳を過ぎた今でも、衰えぬその体力で各地を飛び回っている。
そんなサンドロの、唯一の頭痛の種。それが、20歳になったばかりの一人娘、アデリーナだった。アデリーナの母、つまりサンドロの妻は身体が弱く、アデリーナが3歳のころに病で他界した。それ以来アデリーナは、家を空けがちなサンドロにかわり、多数の使用人たちによって育てられた。
幼いころから屋敷の主である「お嬢様」として、蝶よ花よと育てられたアデリーナが、わがままで世間知らずな娘に成長したのは、むべなるかな……。
「セバスチャン、わたくしの言葉が、聞こえなかったの?」
朝のポルトワール。高級住宅街の中心近くにある屋敷の中に、アデリーナの鋭い声が響き渡る。
「しかし、お嬢様、わたしには意味がわかりかねます……」
「わたくしは、ダウンタウンを見学したい、と言ったのよ」
しきりと額の汗をぬぐう使用人に対し、アデリーナがぴしゃり、と言い放つ。
「い、いったいなんのために」
「わたくしも、もう20だわ。ド・ヴァスコ商会の跡取りとして、もっと社会のことを学ぶ必要があります。そうじゃなくって?」
「ですがなにもダウンタウンなんぞに……先日あのようなことがあったばかりですし」
セバスチャン、とよばれた使用人は、先日の騒ぎを思い出してため息をつく。よもや、この屋敷に盗賊の侵入を許してしまうなんて。お嬢様に怪我がなかったからよかったものの、まんまと装飾品を盗まれてしまった。
「きっとあの薄汚い盗賊も、ダウンタウンに住んでいるに違いありません。かように、ダウンタウンというのは汚くて危険なところなのです。ですから、お嬢様をそのようなところにお連れするわけには――」
「なら、こうしましょう。わたくしの護衛を、腕の立つハンターに依頼するのです。そうすれば、危険はないでしょう?」
「え、いや、でも……」
「いいから、早くハンターオフィスにお行きなさい!」
月夜。
静まりかえった住宅街を横切る、黒い人影があった。
大きな屋敷が建ち並ぶ中で、人影は一つの屋敷の塀にそっととりつき、音も立てずに上りはじめる。そこはちょうど門衛の死角に当たる位置で、人影が壁を登り切るまで、門衛は気づいた様子がなかった。
塀の上に立った人影は、庭に植えられた背の高い木に軽々と飛び移る。体重を感じさせない動きで細い枝の先まで移動した人影は、そこから屋敷の窓に手を伸ばした――。
人影が窓に手を伸ばしたとき、部屋の中ではひとりの若い女性が、ベッドの中で寝転がりながら夢中で本を読んでいた。
この屋敷の持ち主の一人娘、20歳のアデリーナだ。もともと宵っ張り気味の彼女は、最近、リアルブルーからもたらされたという本に夢中で、真夜中まで読みふけっていることが多かった。どうせ、昼間に起きていても退屈するばかり――。暇をもてあました彼女は、毎日だらだらと昼過ぎまで寝ているから、夜はなかなか眠くならないのだった。
「あー、面白かったわ」
読み終わった本を閉じて、アデリーナがふと寝返りを打つ。
と、ちょうど窓から侵入してきた人影と、目が合った。
「あ」
予想外の事態に、固まる侵入者。月明かりがばっちりと照らしたその顔は、まだ30にはなっていないだろう、若い男だ。
(あら、すっごいイケメン!)
それが、アデリーナの最初の感想。ちなみに「イケメン」というのは、リアルブルーの本で使われていた言葉で、「かっこいい男性」のことをさすらしい。
「……こんな時間に起きている悪い娘がいたとはな」
人影が、あきれたようにため息をつく。
「あなた、わたくしをどうするつもり? ま、まさかあんなことやこんなこと――この、ケダモノ!」
「しねーよ! ってか何想像してんだよ! ドンパチはこのユーリ様の流儀じゃねぇ! 今日は引き上げるぜ」
何を妄想したのか、身をくねらせて騒ぐアデリーナに気圧されたのか、ばか正直に自分の名前を告げる侵入者――意外と、お人好しなのかも知れない。
「ちょっと、逃げちゃうの? なによ、せっかく来たのに、つまんない!」
むちゃくちゃなことを言い始めるアデリーナを無視して、ユーリという侵入者が、窓枠に手をかける。
それから何を思ったのか、すっとアデリーナの方を振り返った。月明かりに照らされたその顔が、ニヤリ、と笑みをつくる。その手にはちゃっかりと、アデリーナの枕元にあったいくつかの装身具がにぎられていた。これだけでも、かなりの額になるだろう。
「俺はユーリ。そんなに会いたきゃ探してみな、お嬢様!」
どくん。
アデリーナの胸が、大きな音を立てた。ユーリのふてぶてしい笑顔が、頭に焼き付く。
――部屋が暗くてよかった。紅潮した顔を見られなくてすんだから。
場違いにも、そんなことを思ってしまう。
そんなアデリーナの思いなど知るよしもなく、ユーリはマントを翻して窓から飛び出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
アデリーナがあわてて窓の外をのぞき込むが、人影はあっという間に闇にまぎれてしまう。
「わたくしはお嬢様なんかじゃないわ、アデリーナよ!」
アデリーナが叫んだ声は、夜闇に溶けていった。
●
港湾都市ポルトワール。この町はその名の通り、各地からの船が寄港する港町として有名だ。多くの商船が、世界のさまざまな地域から数多くの品物を運び、貿易で財を成した商人も多く住む。
薬草や香辛料の貿易で一財産を築いたサンドロ・ド・ヴァスコもそのひとり。出身はジェオルジの田舎村で名もない家の出身だが、若いころに世界中を旅して名声を上げ、今では豪邸が建ち並ぶポルトワールの高級住宅街に屋敷を構えるまでになっていた。50歳を過ぎた今でも、衰えぬその体力で各地を飛び回っている。
そんなサンドロの、唯一の頭痛の種。それが、20歳になったばかりの一人娘、アデリーナだった。アデリーナの母、つまりサンドロの妻は身体が弱く、アデリーナが3歳のころに病で他界した。それ以来アデリーナは、家を空けがちなサンドロにかわり、多数の使用人たちによって育てられた。
幼いころから屋敷の主である「お嬢様」として、蝶よ花よと育てられたアデリーナが、わがままで世間知らずな娘に成長したのは、むべなるかな……。
「セバスチャン、わたくしの言葉が、聞こえなかったの?」
朝のポルトワール。高級住宅街の中心近くにある屋敷の中に、アデリーナの鋭い声が響き渡る。
「しかし、お嬢様、わたしには意味がわかりかねます……」
「わたくしは、ダウンタウンを見学したい、と言ったのよ」
しきりと額の汗をぬぐう使用人に対し、アデリーナがぴしゃり、と言い放つ。
「い、いったいなんのために」
「わたくしも、もう20だわ。ド・ヴァスコ商会の跡取りとして、もっと社会のことを学ぶ必要があります。そうじゃなくって?」
「ですがなにもダウンタウンなんぞに……先日あのようなことがあったばかりですし」
セバスチャン、とよばれた使用人は、先日の騒ぎを思い出してため息をつく。よもや、この屋敷に盗賊の侵入を許してしまうなんて。お嬢様に怪我がなかったからよかったものの、まんまと装飾品を盗まれてしまった。
「きっとあの薄汚い盗賊も、ダウンタウンに住んでいるに違いありません。かように、ダウンタウンというのは汚くて危険なところなのです。ですから、お嬢様をそのようなところにお連れするわけには――」
「なら、こうしましょう。わたくしの護衛を、腕の立つハンターに依頼するのです。そうすれば、危険はないでしょう?」
「え、いや、でも……」
「いいから、早くハンターオフィスにお行きなさい!」
リプレイ本文
●
「くれぐれも、くれぐれも、お嬢様をお頼み申しますぞ」
「HAHA! まかせとけ!」
すがるような声で見送る使用人のセバスチャンを陽気に笑い飛ばして、手を振ってみせたのはエリミネーター(ka5158)。がっしりとした体格の彼はまさにボディガードといった感じで、彼が近くにいれば荒くれ者も襲ってこないだろう。とりあえず自分をそう納得させて、セバスチャンは泣く泣くアデリーナに手を振った。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですわ、セバスチャン。わたくしはもうオトナですのよ」
アデリーナはそういって歩き出す。周囲に歴戦のハンターたちを従えつついささかの気後れもないのは、さすがの貫禄というべきか、それともただの世間知らずか。
「依頼の本当の目的がなんであれ、まずはアデリーナさんの護衛が優先ですね」
エルバッハ・リオン(ka2434)が冷静につぶやく。度胸はともかく、世間知らずのアデリーナの様子は、ダウンタウンでは格好の標的になりかねない。
(ま、私もはじめは、同じようなものでしたけど……)
心の中でそっとつぶやいたエルは、家を出たばかりのころの自分をアデリーナと重ねていた。あれからたくさんの経験を積んで、たくさんの人に助けられて、彼女はここまできた。今度はアデリーナのような人を、自分が助ける番だ。
「アデリーナさんは、箱入り娘……引きこもりだった私も、ある意味、箱入り娘……とは言いませんよね」
ぼそり、とつぶやいたアシェ-ル(ka2983)も、彼女なりにアデリーナと自分を重ねている。
「危なくなったら、私が囮になりますので、安心してください!」
そう言って胸をはってみせる。
「わたくしよりもお若い女性の方々がハンターなのですね……! すごいですわ!」
アシェールとエルを交互に見ながら、アデリーナが目を輝かせる。そもそも同年代の女性とふれ合う機会も少ない彼女は、若い女性と話すこと自体が新鮮なようだった。
「社会見学ねぇ……ダウンタウンにも行ったことがないとは、また箱入りもいいとこだね」
ロラン・ラコート(ka0363)が肩をすくめてみせた。いかにも世慣れたハンターといった風情の彼に、アデリーナがこれまた目を輝かせる。
「そういうあなたは、いろいろなところに行ったことがありそうだわ!」
「ま、それなりにね……それより、その様子だと社会見学が目的、って訳でもないだろ。目的はなんだね?」
「や、やはりわかってしまうのね! さすがハンター!!」
大げさに驚くアデリーナに、一同が苦笑する。本当に絵に描いたような箱入り娘だ。
「あれは、数日前の夜のことだったわ――」
一同の苦笑にも気づかない様子で、身振り手振りを交えながら、屋敷に忍び込んだ盗賊、ユーリのことを語ってみせるアデリーナ。
「どうしてアデリーナさまはユーリさまにもう一度お会いしたいのですか?ですの」
屈託のない表情で首をかしげたのはクリスティン・エリューナク(ka3736)。
「そ、それは――」
答えようとしたアデリーナの頬が赤く染まる。
「……? お顔……真っ赤ですの」
クリスに無邪気に指摘されて、アデリーナの顔がますます赤くなる。
「なるほど……なるほどねェ」
にやり、とうれしそうに笑ったのは東方出身の鬼、万歳丸(ka5665)だ。
「心を盗まれたお嬢ちゃん、ってか。いいねェ!」
「HAHA! ぜひとも応援してやりたいねぇ!」
いつのまにかエリミネーターも、万歳丸と顔を見合わせて笑い合っている。
「どういうことですの?」
きょとん、とした顔のクリスに耳打ちしたのは、先ほどからアデリーナのようすを観察していたステラ・フォーク(ka0808)だ。
「あの表情に、仕草。つまりはあれです。アデリーナさんは、そのユーリさんという方に『恋』をされているんですね、きっと」
「恋……? クリスにはよくわからないですの」
「えっと、簡単に言うと、ユーリさんが大好き、ってことですね」
ステラが説明すると、なるほど、というようにクリスが大きくうなずく。
「クリスにも大好きなにーさまがいますですの!」
そう言ってクリスは、そばにいた実の兄、ヤナギ・エリューナク(ka0265)の腕に自分の腕を絡ませてみせる。
「お、おいちょっと、クリス、いきなり何するんだ、恥ずかしいじゃないか……」
ヤナギはそう言ってみせるものの、明らかにその顔はうれしそうににやけていて説得力がない。どうやらずいぶんとシスコンのようだ。
「わ、私だって……お兄様のこと……」
自分の兄のことを思い浮かべ、なぜか顔を赤らめるステラ。
「うーん、お兄ちゃん大好き、っていうのとは、少し違うのではないかと思いますけど……」
いかに兄のことが好きか、を争って火花を散らしはじめたクリスとステラに、エルが控えめに言う。
「違った大好きなのですの? クリスには解らないですけれど、クリスにも解る日が来るのでしょうか?ですの」
「そ、そんな、クリスが……」
いつか来るかもしれないその日を想像して、勝手にショックを受けているヤナギ。
「……そろそろ、話を進めていいか?」
あきれ顔で言ったのはザレム・アズール(ka0878)だ。
「まずは、アデリーナお嬢に特徴を聞いてユーリとやらの似顔絵を描こう。似顔絵は……」
「クリスが描きますの!」
「ああ、頼む。念のため俺も描いて、あとで細かいところをくらべて直していくことにしよう」
勢いよく手を挙げたクリスに応え、ザレムが筆記具と紙を取り出す。
「アデリーナさん、髪や瞳の色、背の高さなどを覚えている範囲でお聞きしたいのだけれど、よろしいかしら?」
たずねたステラに、アデリーナはうれしそうにうなずいた。
「もちろん、任せてくださいな。ユーリの顔は、少しも忘れていませんわよ」
「顔以外で覚えてらっしゃることはないですか?ですの。お洋服の仕立てですとか……」
妹のクリスがたずねると、兄のヤナギが言葉を継ぐ。
「あと、香りなんかももし覚えていたら役に立ちそうだ。どんな香水を使っていたかとか……」
「ええとですね……」
「うわー。すごくイケメンさんですね」
クリスが描き始めた似顔絵を見つつ歓声を上げたのはアシェール。
(顔は、お嬢ちゃんの美化補正があることを気にしといた方がいいからな……)
ヤナギは、心の中でそうつぶやいたのだった。
こうしてしばし、あーでもない、こーでもない、と騒ぎながらの似顔絵描きが繰り広げられ、ようやく一枚の似顔絵が完成した。それを手に、アデリーナたちはいよいよ、ダウンタウンへと足を踏み入れるのだった。
●
場面は変わって、ダウンタウン。ひとりだけアデリーナのそばにはおらず、先行して町に入っていたハンターがいた。ローブを着込み、フードを目深にかぶっているため、その表情はうかがい知れない。
「まあ、死ななきゃ良いかなー」
いまいち緊張感に欠ける雑な思考でつぶやく。たったひとりで治安の悪いダウンタウンを歩く烏丸 涼子 (ka5728)はしかし、少しも怯えた様子はなかった。それもそのはず、スラムで生まれ育った彼女にとってダウンタウンなど庭みたいなものだ。しかも、一流の格闘家でもある彼女にとって、そこらのチンピラなど恐るるに値しない。
「まずは、警察……は、こっちにはないか。この町なら海軍か。そのへんにあたって、ユーリ、ってやつを探そうかね」
こう見えても涼子は、元探偵だ。人捜しは日常茶飯事。正攻法の聞き込みも、賄賂をにぎらせての交渉も、それから腕にものを言わせた脅迫も、一通り身に着けている。
このダウンタウンはそれほど広くはないし、ユーリというやつは手口を聞く限り、手慣れた盗賊であるようだ。治安組織を含めたいくつかの線からたどっていけばじきに見つかるだろう。涼子はそう確信していた。
「それにしても……」
空を仰ぎつつ、涼子はつぶやいた。
「お嬢ちゃんに惚れられちゃったから、とかいう理由で追跡されてるユーリってやつ、かわいそうだな……」
ほんの少しだけ同情してしまったり。
「ま、仕事だから、やるけどね」
涼子の思考は、明快だった。
●
「こ、これがダウンタウンですの?! わがポルトワールに、こんなところがあったなんて!」
何を見ても大声で驚いてみせるお嬢様に閉口しつつ、ハンターたちはダウンタウンの目抜き通りを歩いていた。屈強なハンターたちがぞろぞろと歩いているのはさすがに目立ちすぎる、という理由で、アデリーナのそばにいるのはエルだけだ。ヤナギが、少し離れた家の屋根伝いに歩き、周囲を警戒している。また、エリミネーターも周囲で聞き込みなどをしつつ、ちょくちょくもどってきてはアデリーナの無事を確認しているようだ。
ほかのメンバーはといえば、すでにユーリの情報を集めるために、ポルトワールのさまざまな場所に散っていた。エルの右手ににぎられたトランシーバーが仲間たちをアデリーナのもとにつないでいる。
「信じられない手際の良さね……だれに命令されたわけでもなく、自分たちの判断で」
アデリーナが感心したようにつぶやく。
「それは……みな、歴戦のハンターたちですから」
エルが微笑んで応える。エルとて、歴戦のハンターのひとり。怪しまれないようにいつもより軽装ではあるものの、愛用のワンドを鞄の中に忍ばせ、いつでもアデリーナを守れるように万全の準備をしている。
「わたくしは本当に、なにひとつ見ることなく生きてきたのね」
さびしげに目を伏せて、アデリーナがこぼした。
「いいえ。アデリーナさんの立ち位置からしか見えないものだってちゃんとあります。それに……外の世界を見るのは、今からだって遅くない」
エルが、しっかりとした言葉でアデリーナに語りかけ、手を差し出した。
「お手伝いしますよ。いっしょに、いろんな世界を見ていきましょう」
「ありがとう、エル」
アデリーナがエルの手を取り、そして歩き出した。
●
アシェールとクリスは、ダウンタウンへは行かずアデリーナの住む高級住宅街に残っていた。ここに住む人々の世間話から、ユーリの情報を集めるためだ。
「もしもし、お忙しいところ、つかぬ事をおうかがいします、ですの」
高級住宅街にふさわしいようにと精一杯上品な格好に身を包んだクリスが、豪勢な屋敷の玄関で声をかける。もちろん、不審な者だと思われないように、あくまでも丁寧な態度を崩さない。
「こんなイケメンの盗人の話、知りませんか?」
そしてクリスが描き上げた似顔絵を持って、アシェールが単刀直入にたずねる。
このような作戦で二人は屋敷をまわり、使用人や執事、掃除のおばちゃんなどからいくつかの証言を引き出すことに成功した。その情報をまとめると――。
「やはり、被害に遭っている屋敷はいくつかあるみたいですの。どれも、ものすごくお金持ちのおうちですね」
「絶対に人を傷つけないし、一度に盗んでいく量もわずかな、紳士的な盗人さんみたいですね。実際には、そんなに困っている人はいなそうです。むしろ、使用人さんたちの中には隠れファンがいたりして――」
クリスとアシェールがそれぞれ得た情報をまとめ合う。
「すごく悪そうな人じゃなくてよかったですね」
クリスが言うと、アシェールもうなずく。
「すぐにアデリーナさんに、教えてあげましょう」
●
ロランとステラは、ダウンタウンの中心部にある酒場に来ていた。
「情報収集には、酒場が定石だろ? ついでに酒も飲めるしね」
相変わらずの飄々とした雰囲気で軽口を叩くロラン。ステラはそれにうなずきつつも、懐に忍ばせてある拳銃の感触を確認する。
(こんなところにきていることがお兄様に知れたら、絶対に怒られちゃいますわね。絶対に言えませんわ)
心の中でそうつぶやきつつも、どこかわくわくしたような様子だ。
二人で足を踏み入れた酒場は、まだ夕方だというのに薄暗い。そして、こんな時間からかなりにぎわっているようだった。見慣れない二人組を値踏みするような鋭い視線が飛び交う。
「……少し、いいかしら。こんな感じの男の人を探しているのだけれど、ご存じない? 離ればなれになった兄を探していて――」
そう言いながら、臆することなく常連たちの輪の中へ向かっていくステラ。ロランもそれを追い、隙のない動きで、そっとステラを守るような位置に立つ。
「ユーリのことか。ふむ、知らないでもないな……」
言いかけた酔っ払いに、ステラとロランがとびきりのスマイルを浮かべてみせる。
「あらお兄さん、お酒はいかがです?」
「支払いはもちろん、俺のおごりで」
二人の対応に気をよくした酔っ払いは、ユーリについて、知ってることを話しはじめた――。
●
「――たしか、ユーリは装飾品を盗んでいった、って言ってたよな。そこから探れねェかね?」
「ああ、盗品を扱っている故買屋をあたってみよう。仕入れ先からユーリをたどれるかもしれない」
見解が一致した万歳丸とザレムの二人は、ダウンタウンのマーケットにおもむき、ユーリの足取りを探る。アデリーナから事前に聞いていた宝飾品が売られているのを見つけたのは、すでに5軒ほどの店を回った後だった。
「こ、これが盗品だなんて知らなかったんだ……」
万歳丸の風体を見ておそれをなした店主に、ザレムが静かに首を振る。
「別に俺たちは、あんたを責めようって訳じゃない。ただ、これを売った人のことを知りたいんだ」
「あんたら、あいつを捕まえるつもりなのか?」
怯えたようにたずねる店主の言葉を、万歳丸が笑い飛ばす。
「オレたちゃそんな正義の味方じゃねェから安心しな! ちょっと、腕の立つ盗賊の相棒を探しててな」
言いながら万歳丸が、袖の下から金貨を取り出して何気なく店主ににぎらせている。店主の表情がみるみるとゆるんだ。
「そういうことなら、胸を張って紹介できるぜ。なんたって、ユーリの腕は一流だからな」
「なに、本当か?」
ザレムが驚いた表情で聞き返す。
「ああ。あいつも、病弱な妹を抱えて大変なんだ。実入りのいい仕事、紹介してやってくれよ」
店主の言葉に、ザレムと万歳丸はどちらからともなく顔を見合わせて――うなずいた。
●
アデリーナとエルが、トランシーバーで呼び出されたのは、ダウンタウンの外れの寂れた住宅地だった。
「やっときたか」
ぎこちない足取りで歩いてきたアデリーナとエルを見つけ、ザレムが手を挙げる。すでにほかのハンターたちは、そこに集まっていた。
「ここに……ユーリがいるんですの?」
「まちがいないわ。家族構成はユーリと、10歳の妹だけの二人暮らし。両親はすでに他界しているわ」
アデリーナに答えたのは涼子だ。いつの間にか彼女も、自分なりに情報を収集していたらしい。
「盗人をしているのも、病弱な妹を食べさせるためらしいぜ。くぅ、泣かせるねェ」
そう言ったのは万歳丸。その横で、いつの間に現れたのか、エリミネーターが納得したように何度もうなずいている。
「お嬢様と健気なコソ泥の感動の物語……まるで映画の題材だな!」
「アデリーナさん、準備はいいですか?」
エルがたずねると、アデリーナは決意に満ちた表情でうなずく。
「もちろん」
そう言ったアデリーナが目の前の家のドアに手をかけようとした、そのとき――。
「あのさ、あんたたち、人んちの前で何やってんの?」
突然頭上から声がふってきて、ハンターたちの間に緊張が走る。見れば、ひとりの青年が屋根の上にたち、アデリーナを見下ろしている。
「ユーリ!」
アデリーナが叫ぶ。確かに似顔絵によく似た人物がそこにいた。しかし――若い。青年、というよりも少年といった方がいいような――おそらくはアデリーナよりも年少だ。
「げ! あのときのお嬢様!! 俺を捕まえに来たのかよ!」
あわてて身を翻して逃げようとする……が、退路には涼子が腕組みをして立っている。逃げ場は、ない。
「いいえ……あなたに会いたくて。言ったでしょう? 『会いたきゃ探してみな』って」
「は? え? それってどういう……」
アデリーナにまっすぐ見つめられて、いきなり顔を赤くするユーリ。
「わたしと、お友達になってください、ユーリ!」
「HAHAHA! これはこれは」
エリミネーターが楽しそうに笑う。
「お嬢様と盗賊、って禁断の恋って感じがしますが……これからどうなるのでしょう? ね、ね、どうなると思います?」
興奮した様子で、アシェールが隣のヤナギにたずねている。
「さ、どうだろうなぁ。ま、お嬢ちゃんにはしあわせになってもらいたいがな……」
そう言いつつも、ヤナギはむしろ、隣できらきらした瞳で二人をながめているクリスのことが気になってしかたない。
「……クリスもいつか、アデリーナさまのような気持ちになるんですの?」
小さくつぶやくクリス。
一方ユーリは、アデリーナの熱烈なまなざしを受けて戸惑っていた。
「な、なんで俺なんかに……」
そんなユーリに、ザレムが声をかける。
「意図しなかったかもしれないが、君は彼女の心まで盗んでしまったんだ」
「籠の中に閉じ込められた私にとって、あなたは自由に羽ばたく鳥のようだった。あなたのことをもっと知りたいのです。わたしと、お友達になってください」
そうくり返したアデリーナに、ユーリが、顔を赤くしたまま小さく、うなずいたのが見えた。
「くれぐれも、くれぐれも、お嬢様をお頼み申しますぞ」
「HAHA! まかせとけ!」
すがるような声で見送る使用人のセバスチャンを陽気に笑い飛ばして、手を振ってみせたのはエリミネーター(ka5158)。がっしりとした体格の彼はまさにボディガードといった感じで、彼が近くにいれば荒くれ者も襲ってこないだろう。とりあえず自分をそう納得させて、セバスチャンは泣く泣くアデリーナに手を振った。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですわ、セバスチャン。わたくしはもうオトナですのよ」
アデリーナはそういって歩き出す。周囲に歴戦のハンターたちを従えつついささかの気後れもないのは、さすがの貫禄というべきか、それともただの世間知らずか。
「依頼の本当の目的がなんであれ、まずはアデリーナさんの護衛が優先ですね」
エルバッハ・リオン(ka2434)が冷静につぶやく。度胸はともかく、世間知らずのアデリーナの様子は、ダウンタウンでは格好の標的になりかねない。
(ま、私もはじめは、同じようなものでしたけど……)
心の中でそっとつぶやいたエルは、家を出たばかりのころの自分をアデリーナと重ねていた。あれからたくさんの経験を積んで、たくさんの人に助けられて、彼女はここまできた。今度はアデリーナのような人を、自分が助ける番だ。
「アデリーナさんは、箱入り娘……引きこもりだった私も、ある意味、箱入り娘……とは言いませんよね」
ぼそり、とつぶやいたアシェ-ル(ka2983)も、彼女なりにアデリーナと自分を重ねている。
「危なくなったら、私が囮になりますので、安心してください!」
そう言って胸をはってみせる。
「わたくしよりもお若い女性の方々がハンターなのですね……! すごいですわ!」
アシェールとエルを交互に見ながら、アデリーナが目を輝かせる。そもそも同年代の女性とふれ合う機会も少ない彼女は、若い女性と話すこと自体が新鮮なようだった。
「社会見学ねぇ……ダウンタウンにも行ったことがないとは、また箱入りもいいとこだね」
ロラン・ラコート(ka0363)が肩をすくめてみせた。いかにも世慣れたハンターといった風情の彼に、アデリーナがこれまた目を輝かせる。
「そういうあなたは、いろいろなところに行ったことがありそうだわ!」
「ま、それなりにね……それより、その様子だと社会見学が目的、って訳でもないだろ。目的はなんだね?」
「や、やはりわかってしまうのね! さすがハンター!!」
大げさに驚くアデリーナに、一同が苦笑する。本当に絵に描いたような箱入り娘だ。
「あれは、数日前の夜のことだったわ――」
一同の苦笑にも気づかない様子で、身振り手振りを交えながら、屋敷に忍び込んだ盗賊、ユーリのことを語ってみせるアデリーナ。
「どうしてアデリーナさまはユーリさまにもう一度お会いしたいのですか?ですの」
屈託のない表情で首をかしげたのはクリスティン・エリューナク(ka3736)。
「そ、それは――」
答えようとしたアデリーナの頬が赤く染まる。
「……? お顔……真っ赤ですの」
クリスに無邪気に指摘されて、アデリーナの顔がますます赤くなる。
「なるほど……なるほどねェ」
にやり、とうれしそうに笑ったのは東方出身の鬼、万歳丸(ka5665)だ。
「心を盗まれたお嬢ちゃん、ってか。いいねェ!」
「HAHA! ぜひとも応援してやりたいねぇ!」
いつのまにかエリミネーターも、万歳丸と顔を見合わせて笑い合っている。
「どういうことですの?」
きょとん、とした顔のクリスに耳打ちしたのは、先ほどからアデリーナのようすを観察していたステラ・フォーク(ka0808)だ。
「あの表情に、仕草。つまりはあれです。アデリーナさんは、そのユーリさんという方に『恋』をされているんですね、きっと」
「恋……? クリスにはよくわからないですの」
「えっと、簡単に言うと、ユーリさんが大好き、ってことですね」
ステラが説明すると、なるほど、というようにクリスが大きくうなずく。
「クリスにも大好きなにーさまがいますですの!」
そう言ってクリスは、そばにいた実の兄、ヤナギ・エリューナク(ka0265)の腕に自分の腕を絡ませてみせる。
「お、おいちょっと、クリス、いきなり何するんだ、恥ずかしいじゃないか……」
ヤナギはそう言ってみせるものの、明らかにその顔はうれしそうににやけていて説得力がない。どうやらずいぶんとシスコンのようだ。
「わ、私だって……お兄様のこと……」
自分の兄のことを思い浮かべ、なぜか顔を赤らめるステラ。
「うーん、お兄ちゃん大好き、っていうのとは、少し違うのではないかと思いますけど……」
いかに兄のことが好きか、を争って火花を散らしはじめたクリスとステラに、エルが控えめに言う。
「違った大好きなのですの? クリスには解らないですけれど、クリスにも解る日が来るのでしょうか?ですの」
「そ、そんな、クリスが……」
いつか来るかもしれないその日を想像して、勝手にショックを受けているヤナギ。
「……そろそろ、話を進めていいか?」
あきれ顔で言ったのはザレム・アズール(ka0878)だ。
「まずは、アデリーナお嬢に特徴を聞いてユーリとやらの似顔絵を描こう。似顔絵は……」
「クリスが描きますの!」
「ああ、頼む。念のため俺も描いて、あとで細かいところをくらべて直していくことにしよう」
勢いよく手を挙げたクリスに応え、ザレムが筆記具と紙を取り出す。
「アデリーナさん、髪や瞳の色、背の高さなどを覚えている範囲でお聞きしたいのだけれど、よろしいかしら?」
たずねたステラに、アデリーナはうれしそうにうなずいた。
「もちろん、任せてくださいな。ユーリの顔は、少しも忘れていませんわよ」
「顔以外で覚えてらっしゃることはないですか?ですの。お洋服の仕立てですとか……」
妹のクリスがたずねると、兄のヤナギが言葉を継ぐ。
「あと、香りなんかももし覚えていたら役に立ちそうだ。どんな香水を使っていたかとか……」
「ええとですね……」
「うわー。すごくイケメンさんですね」
クリスが描き始めた似顔絵を見つつ歓声を上げたのはアシェール。
(顔は、お嬢ちゃんの美化補正があることを気にしといた方がいいからな……)
ヤナギは、心の中でそうつぶやいたのだった。
こうしてしばし、あーでもない、こーでもない、と騒ぎながらの似顔絵描きが繰り広げられ、ようやく一枚の似顔絵が完成した。それを手に、アデリーナたちはいよいよ、ダウンタウンへと足を踏み入れるのだった。
●
場面は変わって、ダウンタウン。ひとりだけアデリーナのそばにはおらず、先行して町に入っていたハンターがいた。ローブを着込み、フードを目深にかぶっているため、その表情はうかがい知れない。
「まあ、死ななきゃ良いかなー」
いまいち緊張感に欠ける雑な思考でつぶやく。たったひとりで治安の悪いダウンタウンを歩く烏丸 涼子 (ka5728)はしかし、少しも怯えた様子はなかった。それもそのはず、スラムで生まれ育った彼女にとってダウンタウンなど庭みたいなものだ。しかも、一流の格闘家でもある彼女にとって、そこらのチンピラなど恐るるに値しない。
「まずは、警察……は、こっちにはないか。この町なら海軍か。そのへんにあたって、ユーリ、ってやつを探そうかね」
こう見えても涼子は、元探偵だ。人捜しは日常茶飯事。正攻法の聞き込みも、賄賂をにぎらせての交渉も、それから腕にものを言わせた脅迫も、一通り身に着けている。
このダウンタウンはそれほど広くはないし、ユーリというやつは手口を聞く限り、手慣れた盗賊であるようだ。治安組織を含めたいくつかの線からたどっていけばじきに見つかるだろう。涼子はそう確信していた。
「それにしても……」
空を仰ぎつつ、涼子はつぶやいた。
「お嬢ちゃんに惚れられちゃったから、とかいう理由で追跡されてるユーリってやつ、かわいそうだな……」
ほんの少しだけ同情してしまったり。
「ま、仕事だから、やるけどね」
涼子の思考は、明快だった。
●
「こ、これがダウンタウンですの?! わがポルトワールに、こんなところがあったなんて!」
何を見ても大声で驚いてみせるお嬢様に閉口しつつ、ハンターたちはダウンタウンの目抜き通りを歩いていた。屈強なハンターたちがぞろぞろと歩いているのはさすがに目立ちすぎる、という理由で、アデリーナのそばにいるのはエルだけだ。ヤナギが、少し離れた家の屋根伝いに歩き、周囲を警戒している。また、エリミネーターも周囲で聞き込みなどをしつつ、ちょくちょくもどってきてはアデリーナの無事を確認しているようだ。
ほかのメンバーはといえば、すでにユーリの情報を集めるために、ポルトワールのさまざまな場所に散っていた。エルの右手ににぎられたトランシーバーが仲間たちをアデリーナのもとにつないでいる。
「信じられない手際の良さね……だれに命令されたわけでもなく、自分たちの判断で」
アデリーナが感心したようにつぶやく。
「それは……みな、歴戦のハンターたちですから」
エルが微笑んで応える。エルとて、歴戦のハンターのひとり。怪しまれないようにいつもより軽装ではあるものの、愛用のワンドを鞄の中に忍ばせ、いつでもアデリーナを守れるように万全の準備をしている。
「わたくしは本当に、なにひとつ見ることなく生きてきたのね」
さびしげに目を伏せて、アデリーナがこぼした。
「いいえ。アデリーナさんの立ち位置からしか見えないものだってちゃんとあります。それに……外の世界を見るのは、今からだって遅くない」
エルが、しっかりとした言葉でアデリーナに語りかけ、手を差し出した。
「お手伝いしますよ。いっしょに、いろんな世界を見ていきましょう」
「ありがとう、エル」
アデリーナがエルの手を取り、そして歩き出した。
●
アシェールとクリスは、ダウンタウンへは行かずアデリーナの住む高級住宅街に残っていた。ここに住む人々の世間話から、ユーリの情報を集めるためだ。
「もしもし、お忙しいところ、つかぬ事をおうかがいします、ですの」
高級住宅街にふさわしいようにと精一杯上品な格好に身を包んだクリスが、豪勢な屋敷の玄関で声をかける。もちろん、不審な者だと思われないように、あくまでも丁寧な態度を崩さない。
「こんなイケメンの盗人の話、知りませんか?」
そしてクリスが描き上げた似顔絵を持って、アシェールが単刀直入にたずねる。
このような作戦で二人は屋敷をまわり、使用人や執事、掃除のおばちゃんなどからいくつかの証言を引き出すことに成功した。その情報をまとめると――。
「やはり、被害に遭っている屋敷はいくつかあるみたいですの。どれも、ものすごくお金持ちのおうちですね」
「絶対に人を傷つけないし、一度に盗んでいく量もわずかな、紳士的な盗人さんみたいですね。実際には、そんなに困っている人はいなそうです。むしろ、使用人さんたちの中には隠れファンがいたりして――」
クリスとアシェールがそれぞれ得た情報をまとめ合う。
「すごく悪そうな人じゃなくてよかったですね」
クリスが言うと、アシェールもうなずく。
「すぐにアデリーナさんに、教えてあげましょう」
●
ロランとステラは、ダウンタウンの中心部にある酒場に来ていた。
「情報収集には、酒場が定石だろ? ついでに酒も飲めるしね」
相変わらずの飄々とした雰囲気で軽口を叩くロラン。ステラはそれにうなずきつつも、懐に忍ばせてある拳銃の感触を確認する。
(こんなところにきていることがお兄様に知れたら、絶対に怒られちゃいますわね。絶対に言えませんわ)
心の中でそうつぶやきつつも、どこかわくわくしたような様子だ。
二人で足を踏み入れた酒場は、まだ夕方だというのに薄暗い。そして、こんな時間からかなりにぎわっているようだった。見慣れない二人組を値踏みするような鋭い視線が飛び交う。
「……少し、いいかしら。こんな感じの男の人を探しているのだけれど、ご存じない? 離ればなれになった兄を探していて――」
そう言いながら、臆することなく常連たちの輪の中へ向かっていくステラ。ロランもそれを追い、隙のない動きで、そっとステラを守るような位置に立つ。
「ユーリのことか。ふむ、知らないでもないな……」
言いかけた酔っ払いに、ステラとロランがとびきりのスマイルを浮かべてみせる。
「あらお兄さん、お酒はいかがです?」
「支払いはもちろん、俺のおごりで」
二人の対応に気をよくした酔っ払いは、ユーリについて、知ってることを話しはじめた――。
●
「――たしか、ユーリは装飾品を盗んでいった、って言ってたよな。そこから探れねェかね?」
「ああ、盗品を扱っている故買屋をあたってみよう。仕入れ先からユーリをたどれるかもしれない」
見解が一致した万歳丸とザレムの二人は、ダウンタウンのマーケットにおもむき、ユーリの足取りを探る。アデリーナから事前に聞いていた宝飾品が売られているのを見つけたのは、すでに5軒ほどの店を回った後だった。
「こ、これが盗品だなんて知らなかったんだ……」
万歳丸の風体を見ておそれをなした店主に、ザレムが静かに首を振る。
「別に俺たちは、あんたを責めようって訳じゃない。ただ、これを売った人のことを知りたいんだ」
「あんたら、あいつを捕まえるつもりなのか?」
怯えたようにたずねる店主の言葉を、万歳丸が笑い飛ばす。
「オレたちゃそんな正義の味方じゃねェから安心しな! ちょっと、腕の立つ盗賊の相棒を探しててな」
言いながら万歳丸が、袖の下から金貨を取り出して何気なく店主ににぎらせている。店主の表情がみるみるとゆるんだ。
「そういうことなら、胸を張って紹介できるぜ。なんたって、ユーリの腕は一流だからな」
「なに、本当か?」
ザレムが驚いた表情で聞き返す。
「ああ。あいつも、病弱な妹を抱えて大変なんだ。実入りのいい仕事、紹介してやってくれよ」
店主の言葉に、ザレムと万歳丸はどちらからともなく顔を見合わせて――うなずいた。
●
アデリーナとエルが、トランシーバーで呼び出されたのは、ダウンタウンの外れの寂れた住宅地だった。
「やっときたか」
ぎこちない足取りで歩いてきたアデリーナとエルを見つけ、ザレムが手を挙げる。すでにほかのハンターたちは、そこに集まっていた。
「ここに……ユーリがいるんですの?」
「まちがいないわ。家族構成はユーリと、10歳の妹だけの二人暮らし。両親はすでに他界しているわ」
アデリーナに答えたのは涼子だ。いつの間にか彼女も、自分なりに情報を収集していたらしい。
「盗人をしているのも、病弱な妹を食べさせるためらしいぜ。くぅ、泣かせるねェ」
そう言ったのは万歳丸。その横で、いつの間に現れたのか、エリミネーターが納得したように何度もうなずいている。
「お嬢様と健気なコソ泥の感動の物語……まるで映画の題材だな!」
「アデリーナさん、準備はいいですか?」
エルがたずねると、アデリーナは決意に満ちた表情でうなずく。
「もちろん」
そう言ったアデリーナが目の前の家のドアに手をかけようとした、そのとき――。
「あのさ、あんたたち、人んちの前で何やってんの?」
突然頭上から声がふってきて、ハンターたちの間に緊張が走る。見れば、ひとりの青年が屋根の上にたち、アデリーナを見下ろしている。
「ユーリ!」
アデリーナが叫ぶ。確かに似顔絵によく似た人物がそこにいた。しかし――若い。青年、というよりも少年といった方がいいような――おそらくはアデリーナよりも年少だ。
「げ! あのときのお嬢様!! 俺を捕まえに来たのかよ!」
あわてて身を翻して逃げようとする……が、退路には涼子が腕組みをして立っている。逃げ場は、ない。
「いいえ……あなたに会いたくて。言ったでしょう? 『会いたきゃ探してみな』って」
「は? え? それってどういう……」
アデリーナにまっすぐ見つめられて、いきなり顔を赤くするユーリ。
「わたしと、お友達になってください、ユーリ!」
「HAHAHA! これはこれは」
エリミネーターが楽しそうに笑う。
「お嬢様と盗賊、って禁断の恋って感じがしますが……これからどうなるのでしょう? ね、ね、どうなると思います?」
興奮した様子で、アシェールが隣のヤナギにたずねている。
「さ、どうだろうなぁ。ま、お嬢ちゃんにはしあわせになってもらいたいがな……」
そう言いつつも、ヤナギはむしろ、隣できらきらした瞳で二人をながめているクリスのことが気になってしかたない。
「……クリスもいつか、アデリーナさまのような気持ちになるんですの?」
小さくつぶやくクリス。
一方ユーリは、アデリーナの熱烈なまなざしを受けて戸惑っていた。
「な、なんで俺なんかに……」
そんなユーリに、ザレムが声をかける。
「意図しなかったかもしれないが、君は彼女の心まで盗んでしまったんだ」
「籠の中に閉じ込められた私にとって、あなたは自由に羽ばたく鳥のようだった。あなたのことをもっと知りたいのです。わたしと、お友達になってください」
そうくり返したアデリーナに、ユーリが、顔を赤くしたまま小さく、うなずいたのが見えた。
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/10 02:07:02 |
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相談しましょう 烏丸 涼子 (ka5728) 人間(リアルブルー)|26才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2015/11/10 18:00:59 |