ゲスト
(ka0000)
【闇光】歌は戦場に響くか
マスター:神宮寺飛鳥

- シナリオ形態
- シリーズ(新規)
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/11/14 12:00
- 完成日
- 2015/12/17 21:23
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
それは、噂として流した『秋の特大ライブ』が告知されてから、数日後のことだった。
――歪虚王襲撃、全軍撤退戦開始、の報が入ったのは。
●Side:帝国歌舞音曲部隊
「特大ライブの中止を告知しよう」
部隊長クレーネウスは、すぐさまそう指示を出した。
元々、北伐に向かった兵士達の慰問をメインとし、帝都住民の慰労も兼ねたライブである。その帝国軍が危機的状況と言うならば中止する他ないし、それ以上に――グリューエリン・ヴァルファー(kz0050)は、軍人だ。
「出陣命令に備え、戦闘訓練の比率を上げてもらうように伝えて……それから」
一通り指示を出し終えて、最後の懸案にクレーネウスはしばし考え込む。
実を言えば、現在グリューエリンと錬魔院所属アイドルであるブレンネ・シュネートライベン(kz0145)は共にレッスンを行っている。互いに良い影響を与え合えばという思惑もあったし、ブレンネ自身の素質や性格を近くで把握したいというのもある。錬魔院はその申し出を快く承諾したし、秋の特大ライブではデュエット曲を用意しようという相談もあった。
しかし、このような状況になってみれば、錬魔院の動き方がわからない以上、一度ブレンネを錬魔院に戻すべきか――その時、残るのがクレーネウス1人となった部屋に、ノックすらなく扉の開く音が響き渡る。
「どなたですか、一体……!?」
振り向いたクレーネウスの瞳が大きく見開かれる中、その人物はニコニコと楽しげに片手を上げた。
●Side:2人のアイドル
「グリューエリン!」
後ろから声を掛けられて、炎色の髪を揺らして少女は振り向いた。
けれど口を開く前に、ライバルであると同時に練習仲間ともなった、短い銀髪の少女が真っ直ぐに蒼い瞳を向ける。
「前線に、兵士達を励ましに行こう!」
「え?」
ぽかんとしたグリューエリンの肩に、ぽんと少女としては大き目の手が乗る。
「だって、あたし達アイドルの本来の仕事でしょ?」
「ええ、ブレンネ。それは勿論ですわ」
だが、軍人としては弱小なれど、アイドルとしてのグリューエリンは代わりのいない存在である。それに軍人である以上、戦地に勝手に向かうことは許されない。
そう口にしようとした反論は、ブレンネの言葉でまた吹き飛ばされた。
「あのね、錬魔院から連絡があったの。ステージ搭載の魔導アーマーでパフォーマンスをして、兵士達を応援するんだって。もう歌舞音曲部隊の方にも話は行ってるからって」
「そ、そうなのですか?」
「うん。応援のための曲も、ナサニエルさんが考えてくれてる」
「ナサニエルさんが、自ら……」
ブレンネが重ねる言葉に思案し始めたグリューエリンの耳に、歌舞音曲部隊員の1人の声が届いたのは、その時だった。
●Side:錬魔院
「仮にも軍属アイドルを借りる以上、主戦場へと送り込むわけにはいかないですからねぇ、戦場の端の方でいいんです。それに、その方が都合がいいですからね」
ナサニエル・カロッサ(kz0028)の言葉に、大柳莉子はどのような表情を浮かべるべきか迷っているような顔で頷いた。
2人の目の前には、ステージと音響装置などを搭載し、タイヤで動くように改良された魔導アーマー。2人のアイドルが全力で歌って踊るには若干狭いが、そこはナサニエルが調整して楽曲を作ってある。
「心配なんですかぁ? 大丈夫です、2人で負荷を分担しますから、死にはしませんよ」
「……そう、ですね」
そう、これは、夢のために必要なこと――そう、莉子は自分に言い聞かせる。
ブレンネの。そして、自分自身の。
「まぁ仮に死んだとしても、あくまでアイドルは媒体ですからねぇ。軍属アイドルの方は、ちょっと面倒なことになりますけど」
「ナサニエルさん、そういうことは冗談でも」
「本気ですよぉ?」
あっさりと言い放つナサニエルに、莉子が思わず言い返そうと口を開く――より前に。
「彼女にその重荷を背負わせることに同意したのは、貴女じゃないですかぁ」
容赦のない事実を突き付けられ、唇を噛む。そう言われてしまえば、もう首を横に振ることはできなかった。
●Side:戦場
その惨状を前に、グリューエリンは何も言えなかった。
ブレンネ、クレーネウスから依頼を請けたハンター達、歌舞音曲部隊員、そして錬魔院の担当人員と共に訪れた野営地の至る所に広がるのは、血と――死の、臭い。幾つものテントでは重い怪我を負った兵士達が呻き、軽傷で済んだ者達が暗い顔で忙しく立ち働いている。全く無傷の者など1人も存在しない。敗戦の重い空気、同輩を失った痛み、次は誰が死ぬかもわからないという緊迫感――全てが渦巻き、淀んでいる。
思えば、明るい所でしか歌ったことはなかったとグリューエリンは思う。下水道は暗くとも共に掃除し歌った皆は明るかった。ライブ会場の観客達は温かく迎えてくれた。初めて戦場に出た剣機リンドヴルム戦は、帝都を守る為に必死だった。
迎える人々が前向きでいてくれれば、歌やダンスは心に届く。
けれど、今はそれどころではないのでは――?
「何て顔してるのさ、グリューエリン」
けれど魔導アーマーに搭載されたステージの中央に一緒に立つブレンネは、瞳を輝かせ笑みを浮かべていた。その身体に纏う、衣装の一部のように作られた魔導機械は、グリューエリンと揃いのものだ。
「こういう時こそ、アイドルが歌わなきゃ。みんなを元気にしなきゃ」
「え、ええ。ですが……今は、歌やダンスより必要なものがあるように思えてならないのです」
「だったら、グリューエリンが一番前で、歪虚王と戦えるの?」
唇を噛み、グリューエリンは首を横に振る。
「それなら、兵士のみんながそうできるようにするのが、あたし達の役目」
「……そう、ですわね」
肯定を返しつつ、グリューエリンの胸の中にはもやりとしたものが広がる。――それでも、音響装置から流れる音楽に合わせて、必死に笑顔を作り、声を張り、ステップを踏む。いつもよりずっと疲労感があるのは、滝のように汗が溢れるのは、心の重さ故なのだろうか――。
「立ち上がろう!」
グリューエリンとブレンネの歌が、そう揃った瞬間。
兵士達が武器を抜いた。一瞬目を見張ったグリューエリンだが、彼らが向かったのは前線の方向。
重傷で寝ていた兵士の中にも、必死に動き出す者達がいる。軽傷の者の3人に1人ほど、重傷の者は10人に1人ほどが、続々と戦場に駆けていく。引き留めようとする仲間を振り払って。
「これが、歌の力なんだね……」
「ええ、歌……の……」
見せつけられた光景に、感動よりも心が警鐘を鳴らす。おかしい。何かがおかしい。
その時、剣戟の音が耳を打った。追撃をかける歪虚達と今駆け出した兵士達の間に、戦線が開かれる。
「彼らを殿とし、ここは撤退を!」
部隊長らしき女性が指示を伝える中、グリューエリンはマイクを握り締めて戦場を見つめていた。
――歪虚王襲撃、全軍撤退戦開始、の報が入ったのは。
●Side:帝国歌舞音曲部隊
「特大ライブの中止を告知しよう」
部隊長クレーネウスは、すぐさまそう指示を出した。
元々、北伐に向かった兵士達の慰問をメインとし、帝都住民の慰労も兼ねたライブである。その帝国軍が危機的状況と言うならば中止する他ないし、それ以上に――グリューエリン・ヴァルファー(kz0050)は、軍人だ。
「出陣命令に備え、戦闘訓練の比率を上げてもらうように伝えて……それから」
一通り指示を出し終えて、最後の懸案にクレーネウスはしばし考え込む。
実を言えば、現在グリューエリンと錬魔院所属アイドルであるブレンネ・シュネートライベン(kz0145)は共にレッスンを行っている。互いに良い影響を与え合えばという思惑もあったし、ブレンネ自身の素質や性格を近くで把握したいというのもある。錬魔院はその申し出を快く承諾したし、秋の特大ライブではデュエット曲を用意しようという相談もあった。
しかし、このような状況になってみれば、錬魔院の動き方がわからない以上、一度ブレンネを錬魔院に戻すべきか――その時、残るのがクレーネウス1人となった部屋に、ノックすらなく扉の開く音が響き渡る。
「どなたですか、一体……!?」
振り向いたクレーネウスの瞳が大きく見開かれる中、その人物はニコニコと楽しげに片手を上げた。
●Side:2人のアイドル
「グリューエリン!」
後ろから声を掛けられて、炎色の髪を揺らして少女は振り向いた。
けれど口を開く前に、ライバルであると同時に練習仲間ともなった、短い銀髪の少女が真っ直ぐに蒼い瞳を向ける。
「前線に、兵士達を励ましに行こう!」
「え?」
ぽかんとしたグリューエリンの肩に、ぽんと少女としては大き目の手が乗る。
「だって、あたし達アイドルの本来の仕事でしょ?」
「ええ、ブレンネ。それは勿論ですわ」
だが、軍人としては弱小なれど、アイドルとしてのグリューエリンは代わりのいない存在である。それに軍人である以上、戦地に勝手に向かうことは許されない。
そう口にしようとした反論は、ブレンネの言葉でまた吹き飛ばされた。
「あのね、錬魔院から連絡があったの。ステージ搭載の魔導アーマーでパフォーマンスをして、兵士達を応援するんだって。もう歌舞音曲部隊の方にも話は行ってるからって」
「そ、そうなのですか?」
「うん。応援のための曲も、ナサニエルさんが考えてくれてる」
「ナサニエルさんが、自ら……」
ブレンネが重ねる言葉に思案し始めたグリューエリンの耳に、歌舞音曲部隊員の1人の声が届いたのは、その時だった。
●Side:錬魔院
「仮にも軍属アイドルを借りる以上、主戦場へと送り込むわけにはいかないですからねぇ、戦場の端の方でいいんです。それに、その方が都合がいいですからね」
ナサニエル・カロッサ(kz0028)の言葉に、大柳莉子はどのような表情を浮かべるべきか迷っているような顔で頷いた。
2人の目の前には、ステージと音響装置などを搭載し、タイヤで動くように改良された魔導アーマー。2人のアイドルが全力で歌って踊るには若干狭いが、そこはナサニエルが調整して楽曲を作ってある。
「心配なんですかぁ? 大丈夫です、2人で負荷を分担しますから、死にはしませんよ」
「……そう、ですね」
そう、これは、夢のために必要なこと――そう、莉子は自分に言い聞かせる。
ブレンネの。そして、自分自身の。
「まぁ仮に死んだとしても、あくまでアイドルは媒体ですからねぇ。軍属アイドルの方は、ちょっと面倒なことになりますけど」
「ナサニエルさん、そういうことは冗談でも」
「本気ですよぉ?」
あっさりと言い放つナサニエルに、莉子が思わず言い返そうと口を開く――より前に。
「彼女にその重荷を背負わせることに同意したのは、貴女じゃないですかぁ」
容赦のない事実を突き付けられ、唇を噛む。そう言われてしまえば、もう首を横に振ることはできなかった。
●Side:戦場
その惨状を前に、グリューエリンは何も言えなかった。
ブレンネ、クレーネウスから依頼を請けたハンター達、歌舞音曲部隊員、そして錬魔院の担当人員と共に訪れた野営地の至る所に広がるのは、血と――死の、臭い。幾つものテントでは重い怪我を負った兵士達が呻き、軽傷で済んだ者達が暗い顔で忙しく立ち働いている。全く無傷の者など1人も存在しない。敗戦の重い空気、同輩を失った痛み、次は誰が死ぬかもわからないという緊迫感――全てが渦巻き、淀んでいる。
思えば、明るい所でしか歌ったことはなかったとグリューエリンは思う。下水道は暗くとも共に掃除し歌った皆は明るかった。ライブ会場の観客達は温かく迎えてくれた。初めて戦場に出た剣機リンドヴルム戦は、帝都を守る為に必死だった。
迎える人々が前向きでいてくれれば、歌やダンスは心に届く。
けれど、今はそれどころではないのでは――?
「何て顔してるのさ、グリューエリン」
けれど魔導アーマーに搭載されたステージの中央に一緒に立つブレンネは、瞳を輝かせ笑みを浮かべていた。その身体に纏う、衣装の一部のように作られた魔導機械は、グリューエリンと揃いのものだ。
「こういう時こそ、アイドルが歌わなきゃ。みんなを元気にしなきゃ」
「え、ええ。ですが……今は、歌やダンスより必要なものがあるように思えてならないのです」
「だったら、グリューエリンが一番前で、歪虚王と戦えるの?」
唇を噛み、グリューエリンは首を横に振る。
「それなら、兵士のみんながそうできるようにするのが、あたし達の役目」
「……そう、ですわね」
肯定を返しつつ、グリューエリンの胸の中にはもやりとしたものが広がる。――それでも、音響装置から流れる音楽に合わせて、必死に笑顔を作り、声を張り、ステップを踏む。いつもよりずっと疲労感があるのは、滝のように汗が溢れるのは、心の重さ故なのだろうか――。
「立ち上がろう!」
グリューエリンとブレンネの歌が、そう揃った瞬間。
兵士達が武器を抜いた。一瞬目を見張ったグリューエリンだが、彼らが向かったのは前線の方向。
重傷で寝ていた兵士の中にも、必死に動き出す者達がいる。軽傷の者の3人に1人ほど、重傷の者は10人に1人ほどが、続々と戦場に駆けていく。引き留めようとする仲間を振り払って。
「これが、歌の力なんだね……」
「ええ、歌……の……」
見せつけられた光景に、感動よりも心が警鐘を鳴らす。おかしい。何かがおかしい。
その時、剣戟の音が耳を打った。追撃をかける歪虚達と今駆け出した兵士達の間に、戦線が開かれる。
「彼らを殿とし、ここは撤退を!」
部隊長らしき女性が指示を伝える中、グリューエリンはマイクを握り締めて戦場を見つめていた。
リプレイ本文
「……なんだ、これは」
戦場は狂騒の最中にあった。一心不乱に敵の大軍へ突き進み、次から次へと兵たちが倒れていく。
自分の命を一つ使って、敵の命を一つ減らして。そんな、最早戦いとは呼べない光景に蘇芳 和馬(ka0462)は絶句する。
(この感覚は以前にも……あれはそう、ブレンネのコンサートか)
ブレンネは魔導アーマーのステージの上、派手な振り付けに汗を振りまきながら絶叫する。
その横顔には成程、確かに鬼気迫るものがあった。打たれた胸からこみ上げる物もあるだろう。しかし、それだけには思えない。
「まったく、伏せカードもなしに低レベルのカードだけで突撃しては攻撃力の差分でライフを削られるのは自明の理だと言うのに!」
何か、わかるようなわからないような事を口走りながら駆け出す黒耀 (ka5677)に続き、ヴィンフリーデ・オルデンブルク(ka2207)が前線へ向かう。
「グリューエリンとブレンネの説得は任せるわ! このままじゃ総崩れになる!」
「いくぞ、デュエルスタンバイ!」
「デュエ……な、何?」
黒耀は札を手に術を発動。桜吹雪で敵の目を遮りつつ、ヴィンフリーデに攻撃の指示を出す。
狙うは敵集団の中でも特に強力な吸血鬼型。一気に距離を詰めたヴィンフリーデの槍がその胸を貫いた。
「うぅ……ざくろも怪我さえなければ……」
前に出たハンターは二人だけ。その後ろ姿を見つめながら時音 ざくろ(ka1250)は傷口を押さえる。
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)も重傷状態であり、とても戦闘には参加できない。
「歪虚王のヤツは、俺様の部下にしてやってもいいくらいには手ごわかったぜ……。いや、それよりもウチのアイドル達だ」
デスドクロの視線の先には戸惑いながらも歌い続けるグリューエリンの姿。ハンター達は顔を見合わせ、そこへ駆けつける。
「もういい、グリューエリン! その音響機器で撤退を呼びかけるんだ!」
魔導アーマーに駆けつけた和馬の言葉にグリューエリンの歌が止まる。
確かに能動的な振り付けではあるが、それだけとは思えない程にグリューエリンは息を切らし、顔色すら青ざめていた。
「和馬……殿」
「こんなの……普通ではありません! 何が起きているのですか、グリューエリンさん!」
Uisca Amhran(ka0754)の質問に答えが欲しいのはグリューエリンの方だ。
何かがおかしいのはわかっている。だが、それが何なのかわからない。
Uiscaが目を向けたのは魔導アーマーに装備された見覚えのない音響装置。それを一瞥し。
「歌にマテリアルを込めれば人を癒やす事もできるし、傷つける事もできる……洗脳する事だって……」
「洗脳……!?」
驚愕に目を見開くグリューエリン。
前方ではヴィンフリーデと黒耀が戦闘を続けている。二人は闘いながら兵たちに呼びかけるが、反応そのものがない。
「ここはいいから、グリューエリンの傍で戦いなさい!」
「重傷者は後ろへ! 周囲の者が担いで……もう! 撤退だ、撤退するぞ! 無視をするな!」
肩を掴んで呼びかけても兵士は振り払い、血を流しながら敵に跳びかかっていく。
だがその蛮勇で彼らが強くなったわけではない。当然、無謀な特攻は彼らに死という応酬を与えるだけだ。
「声が届いていない……どうして? こんなの“戦い”じゃないわ!」
憤るヴィンフリーデへ亡霊型が襲いかかる。それも二体、ふわりと舞うように旋回し、二人のハンターへ魔法を放つ。
「成程成程、重体者すら戦場へ送り出す呪歌ってワケだ」
「違うよ……そんなのは、アイドルのやることじゃない。アイドルの歌は、そんな事に使っちゃいけないんだよ……っ!」
一人頷くデスドクロの傍でざくろは歯噛みする。自身もアイドルとして何度もステージに立った身。こんな状況は許せなかった。
「兵士の人の様子がおかしいです。音響装置に細工してあるんじゃないです? 正直に言わないと貴方もここで死ぬ事になりますよ?」
錬魔院のスタッフに銃を突きつけるUiscaだが、反応は芳しくない。
「い、いや……我々にも何がなんだか……。ナサニエル院長の指示に従っているだけで……」
「解除の方法はわからないんですか?」
顔を見合わせ首を横に振る。その頃にはグリューエリンは意を決し、ステージから飛び降りた。
「やはりこれは、歌ってはならない歌だったのでございますね……」
「ざくろは怪我をして戦えないけど、魔導アーマーの操縦くらいはできると思うから……重傷者を乗せて、運ばせてもらってもいいかな?」
「ええ……よしなに」
グリューエリンの手を借りて魔導アーマーへ乗り込むざくろ。一方デスドクロはブレンネに呼びかけていた。
「ブレンネ! こんな冴えない歌はもうヤメだ! 冷えきったオーディエンスが見えねーのか!」
「どこが!? 皆あたしの歌を聞いて一生懸命頑張ってくれてる! 私達アイドルはその為にいるんでしょ!?」
苛立ちを隠そうともせずに叫ぶブレンネ。視線はグリューエリンへ移り。
「ねえグリューエリン、これまで一緒に特訓してきたのは何だったの? ステージに立てないアイドルを誰が必要としてくれるの!?」
悲しげに唇を結び、魔導アーマーを前進させるように指示すると歌を再開。更に戦場へと近づいていく。
「おまえが今歌うべきは今日を生き延びさせる為の歌だ! この手の負け戦は生きる意志がモロに生還率に直結する……チッ、このままじゃ全滅するぜ。おい、そんなモンより俺様が作った歌を歌え! ブレンネ!!」
追いかけようとするデスドクロだが、傷の痛みに思わず膝を突いてしまう。
「グリューエリンは拡声器で撤退を呼びかけろ! お前が今すべき事は何か考えるんだ。デスドクロの言う通り、このままでは全滅する!」
「和馬殿……!」
覚醒した和馬はグリューエリンの静止を振り切り前線へ向かう。
ブレンネはより歌を兵士に聞かせる為か、傍で歌い続けている。だがその顔色は見る見る悪くなっていた。
「身体が重い……どうして……」
がくりと身体が崩れそうになったところへ迫る吸血鬼。和馬は二刀の小太刀を逆手に構え、すれ違い様にこれを斬りつけた。
「……邪魔しないで! あたしは一人だってやれるんだから! グリューエリンなんかいなくたって……あたし一人で……」
「お前の身体にも異常が出ている……もうよせ、ブレンネ」
「あんた達に何がわかるのよ……あたし達の、何が……っ」
歯を食いしばり立ち上がるブレンネ。そこからはアイドルという役割への強い執着、そして誇りが見て取れる。
だが、あの装置は明らかに命を食らう類のものだ。このまま歌い続ければブレンネにどんな影響が出るかもわからない。
怯んだ吸血鬼が再び動き出す。身構える和馬だが、そこへ飛び出してきたヴィンフリーデが背後から槍を突き刺した。
「マジックカードオープン! ハリケーン!」
更に亡霊型には黒耀が次々と雷を落とす。亡霊に魔法攻撃は有効で、次々に幻影は吹き飛んでいく。
「光属性の槍のお味はどうかしら? ……全く、どうなってるのよ」
消え去った吸血鬼の影に肩を落とすヴィンフリーデ。彼女と黒耀は敵の攻撃を多く受け、既に重く疲労が蓄積していた。
そこへ突然、柔らかく温かい風が吹き抜ける。Uiscaの白龍奏歌だ。
「やはり言葉は届きませんか……。ブレンネさん、歌って踊るだけがあいどるさんじゃないです! 歌の持つ力、“あいどる”という存在の意味から目を逸らさないで! 今は生き残って再起を図る時です……ここで死んでもいいんですか!?」
Uiscaの痛切な訴えにブレンネは一瞬動きを止める。しかし、理由はそれだけではなかった。
苦しそうに胸を掴み、滝のように汗を流しながら膝をつく。その瞳は虚ろで、開きっぱなしの口から荒く吐息を零していた。
「……ブレンネさん?」
どさりと倒れこんだ少女が再び立ち上がることはない。慌てて駆け寄ると、ブレンネは完全に意識を失っていた。
「彼女を連れて後退しろ……早く!」
魔導アーマーの操縦者が何度も首を縦に振りながら後退するのと、グリューエリンの声が響き渡るのはほぼ同時だった。
『帝国軍の皆様……どうか私の話をお聞き下さい! これ以上の戦闘行為は皆様のお命を無碍にするだけなのです! どうか、どうか剣をお収め下さいませ!』
ざくろ運転する魔導アーマーのステージの上で叫ぶグリューエリン。すると、ブレンネが倒れた事もあってか、兵士達がぽつりぽつりと自我を取り戻す。
「俺たちは何を……う、ああ……!」
「い、いてぇ……いてぇよぉ……」
「腕が、腕がない……あああ!」
すると、突然殆どの兵士が戦意を失ってしまった。我先にと逃げ出す者、傷を思い出して倒れる者。戦場は更に混乱へと突き進む。
「少しでも敵の注意を引き付けるわよ!」
「生きて明日へと繋げる為に、友を見捨てず手を差し伸べるのだ! 一人だけ生還したところでデュエルは出来ぬのだぞ!」
ヴィンフリーデが歪虚へ果敢へ挑む中、黒耀は桜幕符で逃げる兵士を支援しつつ声をかけ続ける。
「歌にはこんな力もあるんです……」
Uiscaのレクイエムが逃げ惑う兵士を追いかける歪虚達の動きを止めると、和馬が距離を詰め刃を振るう。
「私達が抑えているうちに早く撤退を!」
「皆、この魔導アーマーに乗って! 絶対にざくろが、みんなを安全地帯に送り届けるからっ!」
そこへざくろの操縦するアーマーが駆けつける。次々に重傷者を乗せると、後方へ向かって走りだした。ピストン輸送で少しでも多くの兵士を逃がそうという考えだ。
「私も未熟ながらお手伝いさせていただきます」
「駄目だ。グリューエリン達は皆を連れて撤退しろ」
「お願い致します、和馬殿……。この状況は我々の責任。せめて最後まで、同じ兵士として彼らを支えさせて下さいませ」
潤んだ、しかし真っ直ぐな視線でそう言われては言い返せなかった。
「……あまり私達から離れるなよ」
「……はい!」
二対の剣を抜いたグリューエリンがハンターの後を追い駆け出す。
騎乗状態のUiscaが駆け抜けながら掲げた杖から光が降り注ぎ、歪虚達を吹き飛ばすのを合図にハンター達は大量のゾンビへ突撃する。
そのすべてを倒す事はままならないし、既に体力も限界が近い。しかし一人でも多くの命を生かす為、最後まで抗い続けたのだった。
撤退を終えた時、ハンター達の間には重苦しい沈黙が横たわっていた。
「これしか回収出来なかったなんて……」
ヴィンフリーデは戦死した兵の名が刻まれたタグを両手に溢れさせ目を細めた。
兵が盾の裏側に仕込んだ帝国軍の認識票だけが、彼らがあの戦場で散った事を示している。
「馬鹿げた突撃で何人死んだの……? こんな事、皇帝陛下が望む筈ないのに」
Uiscaは負傷者にありったけの回復スキルで応急処置を施したが、それでも事切れてしまう者が後を絶たなかった。
感謝の言葉を口にしながら冷たくなっていく兵士の手を握り、十字架に祈る事しか出来ない。
「代償を払っての奇跡ってのは俺様好みだし、一つの到達点だ。実際、捨て石を使わなかったらもっと大勢の兵士が死んでいただろうぜ。だけどよ……」
デスドクロは静かにグリューエリンとブレンネに目を向ける。
「歌い手が納得しねー歌で、観客が盛り上がるわけねェだろ」
二人共言葉を失っていた。ふらつきながら起き上がったブレンネでさえ、動揺を隠せずにいた。
「ざくろ達がもっと上手くやれてたら、結果は違ったのかな……」
しゅんと肩を落とすざくろ。色々と出来そうな事を懸命に考えた。けれど、傷ついた彼にできる事はそう多くはなかったのだ。
「悔しいな……」
「私も死者蘇生なんて激レアカードは所持していない……失われた命は、二度とは戻らないのだ」
黒耀は腕を組み、そう零す。ヴィンフリーデは地に染まったタグを握り締め。
「流された血も戦いの現実も……目を逸らさずに見れたかしら? “戦え”って人に言うことの意味ちゃんとわかってる? これは貴女の責任でもあるのよ」
「……待ってください。錬魔院の人でさえ知らなかったんです。あいどるさんも知らなかった……そうですよね?」
目尻の涙を拭いながら立ち上がるUisca。ブレンネは唇をぎゅっと結んだまま俯く。
「知らなければ許されるわけじゃないわ。兵士の命をなんだと思っているの? 皆生きている命なのよ!」
「……これが私のせいだって事くらいわかってる。だけどね……人はいつか必ず死ぬのよ」
顔を上げたブレンネは真っ直ぐにハンター達を見つめる。
「その人生が無意味なものになるくらいなら……せめて最後まで戦わせてあげたい。ステージに立ち続けたい……そう考えるのは、おかしな事なの?」
「ブレンネ……」
「グリューエリン……あんたは軍人だから、歌を捨てても生きられるのかもしれないね。だけどあたしは違う。あたしにとって、歌う事は生きる事と同じなのよ! 今更逃げられない……そんなの、許せるわけがない!」
目尻に涙を浮かべ叫んだブレンネの言葉には張り詰めた強い覚悟が感じられた。
遊びや悪ふざけ、冗談でやっているわけではない。彼女は文字通り、アイドルに命を懸けている。
「あんたなら……わかってくれるかと思ったのに……」
そう言って涙を拭いながら背を向けるブレンネ。グリューエリンが伸ばした手は、しかし彼女に届かない。
「私は……私、は……。夢にも思わなかったのですわ。歌が……アイドルである事が……誰かを傷つけるかもしれないなんて……そんな事は、一度だって……」
がくりと膝をつき、項垂れるグリューエリン。その瞳にはただ困惑が渦巻いている。
「私達が手を染めたこの力……一体、なんなのでしょうか? 何の為……誰の為の、歌なのですか――?」
華やかなドレスは血の赤に染まり、少女の背中はとても小さく見えた。
誰もグリューエリンに声をかけられずにいたのは、皆が疲れ果てていたからでもあるだろう。
(錬魔院の力……クレーネウスにも、報告しなければな)
和馬は心の中で呟き、伸ばしかけた手を引っ込めて空を見上げる。
戦場に響き渡った歌は止んで、彼らにはただ、静寂だけが降り注いでいた。
(代筆:神宮寺飛鳥)
戦場は狂騒の最中にあった。一心不乱に敵の大軍へ突き進み、次から次へと兵たちが倒れていく。
自分の命を一つ使って、敵の命を一つ減らして。そんな、最早戦いとは呼べない光景に蘇芳 和馬(ka0462)は絶句する。
(この感覚は以前にも……あれはそう、ブレンネのコンサートか)
ブレンネは魔導アーマーのステージの上、派手な振り付けに汗を振りまきながら絶叫する。
その横顔には成程、確かに鬼気迫るものがあった。打たれた胸からこみ上げる物もあるだろう。しかし、それだけには思えない。
「まったく、伏せカードもなしに低レベルのカードだけで突撃しては攻撃力の差分でライフを削られるのは自明の理だと言うのに!」
何か、わかるようなわからないような事を口走りながら駆け出す黒耀 (ka5677)に続き、ヴィンフリーデ・オルデンブルク(ka2207)が前線へ向かう。
「グリューエリンとブレンネの説得は任せるわ! このままじゃ総崩れになる!」
「いくぞ、デュエルスタンバイ!」
「デュエ……な、何?」
黒耀は札を手に術を発動。桜吹雪で敵の目を遮りつつ、ヴィンフリーデに攻撃の指示を出す。
狙うは敵集団の中でも特に強力な吸血鬼型。一気に距離を詰めたヴィンフリーデの槍がその胸を貫いた。
「うぅ……ざくろも怪我さえなければ……」
前に出たハンターは二人だけ。その後ろ姿を見つめながら時音 ざくろ(ka1250)は傷口を押さえる。
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)も重傷状態であり、とても戦闘には参加できない。
「歪虚王のヤツは、俺様の部下にしてやってもいいくらいには手ごわかったぜ……。いや、それよりもウチのアイドル達だ」
デスドクロの視線の先には戸惑いながらも歌い続けるグリューエリンの姿。ハンター達は顔を見合わせ、そこへ駆けつける。
「もういい、グリューエリン! その音響機器で撤退を呼びかけるんだ!」
魔導アーマーに駆けつけた和馬の言葉にグリューエリンの歌が止まる。
確かに能動的な振り付けではあるが、それだけとは思えない程にグリューエリンは息を切らし、顔色すら青ざめていた。
「和馬……殿」
「こんなの……普通ではありません! 何が起きているのですか、グリューエリンさん!」
Uisca Amhran(ka0754)の質問に答えが欲しいのはグリューエリンの方だ。
何かがおかしいのはわかっている。だが、それが何なのかわからない。
Uiscaが目を向けたのは魔導アーマーに装備された見覚えのない音響装置。それを一瞥し。
「歌にマテリアルを込めれば人を癒やす事もできるし、傷つける事もできる……洗脳する事だって……」
「洗脳……!?」
驚愕に目を見開くグリューエリン。
前方ではヴィンフリーデと黒耀が戦闘を続けている。二人は闘いながら兵たちに呼びかけるが、反応そのものがない。
「ここはいいから、グリューエリンの傍で戦いなさい!」
「重傷者は後ろへ! 周囲の者が担いで……もう! 撤退だ、撤退するぞ! 無視をするな!」
肩を掴んで呼びかけても兵士は振り払い、血を流しながら敵に跳びかかっていく。
だがその蛮勇で彼らが強くなったわけではない。当然、無謀な特攻は彼らに死という応酬を与えるだけだ。
「声が届いていない……どうして? こんなの“戦い”じゃないわ!」
憤るヴィンフリーデへ亡霊型が襲いかかる。それも二体、ふわりと舞うように旋回し、二人のハンターへ魔法を放つ。
「成程成程、重体者すら戦場へ送り出す呪歌ってワケだ」
「違うよ……そんなのは、アイドルのやることじゃない。アイドルの歌は、そんな事に使っちゃいけないんだよ……っ!」
一人頷くデスドクロの傍でざくろは歯噛みする。自身もアイドルとして何度もステージに立った身。こんな状況は許せなかった。
「兵士の人の様子がおかしいです。音響装置に細工してあるんじゃないです? 正直に言わないと貴方もここで死ぬ事になりますよ?」
錬魔院のスタッフに銃を突きつけるUiscaだが、反応は芳しくない。
「い、いや……我々にも何がなんだか……。ナサニエル院長の指示に従っているだけで……」
「解除の方法はわからないんですか?」
顔を見合わせ首を横に振る。その頃にはグリューエリンは意を決し、ステージから飛び降りた。
「やはりこれは、歌ってはならない歌だったのでございますね……」
「ざくろは怪我をして戦えないけど、魔導アーマーの操縦くらいはできると思うから……重傷者を乗せて、運ばせてもらってもいいかな?」
「ええ……よしなに」
グリューエリンの手を借りて魔導アーマーへ乗り込むざくろ。一方デスドクロはブレンネに呼びかけていた。
「ブレンネ! こんな冴えない歌はもうヤメだ! 冷えきったオーディエンスが見えねーのか!」
「どこが!? 皆あたしの歌を聞いて一生懸命頑張ってくれてる! 私達アイドルはその為にいるんでしょ!?」
苛立ちを隠そうともせずに叫ぶブレンネ。視線はグリューエリンへ移り。
「ねえグリューエリン、これまで一緒に特訓してきたのは何だったの? ステージに立てないアイドルを誰が必要としてくれるの!?」
悲しげに唇を結び、魔導アーマーを前進させるように指示すると歌を再開。更に戦場へと近づいていく。
「おまえが今歌うべきは今日を生き延びさせる為の歌だ! この手の負け戦は生きる意志がモロに生還率に直結する……チッ、このままじゃ全滅するぜ。おい、そんなモンより俺様が作った歌を歌え! ブレンネ!!」
追いかけようとするデスドクロだが、傷の痛みに思わず膝を突いてしまう。
「グリューエリンは拡声器で撤退を呼びかけろ! お前が今すべき事は何か考えるんだ。デスドクロの言う通り、このままでは全滅する!」
「和馬殿……!」
覚醒した和馬はグリューエリンの静止を振り切り前線へ向かう。
ブレンネはより歌を兵士に聞かせる為か、傍で歌い続けている。だがその顔色は見る見る悪くなっていた。
「身体が重い……どうして……」
がくりと身体が崩れそうになったところへ迫る吸血鬼。和馬は二刀の小太刀を逆手に構え、すれ違い様にこれを斬りつけた。
「……邪魔しないで! あたしは一人だってやれるんだから! グリューエリンなんかいなくたって……あたし一人で……」
「お前の身体にも異常が出ている……もうよせ、ブレンネ」
「あんた達に何がわかるのよ……あたし達の、何が……っ」
歯を食いしばり立ち上がるブレンネ。そこからはアイドルという役割への強い執着、そして誇りが見て取れる。
だが、あの装置は明らかに命を食らう類のものだ。このまま歌い続ければブレンネにどんな影響が出るかもわからない。
怯んだ吸血鬼が再び動き出す。身構える和馬だが、そこへ飛び出してきたヴィンフリーデが背後から槍を突き刺した。
「マジックカードオープン! ハリケーン!」
更に亡霊型には黒耀が次々と雷を落とす。亡霊に魔法攻撃は有効で、次々に幻影は吹き飛んでいく。
「光属性の槍のお味はどうかしら? ……全く、どうなってるのよ」
消え去った吸血鬼の影に肩を落とすヴィンフリーデ。彼女と黒耀は敵の攻撃を多く受け、既に重く疲労が蓄積していた。
そこへ突然、柔らかく温かい風が吹き抜ける。Uiscaの白龍奏歌だ。
「やはり言葉は届きませんか……。ブレンネさん、歌って踊るだけがあいどるさんじゃないです! 歌の持つ力、“あいどる”という存在の意味から目を逸らさないで! 今は生き残って再起を図る時です……ここで死んでもいいんですか!?」
Uiscaの痛切な訴えにブレンネは一瞬動きを止める。しかし、理由はそれだけではなかった。
苦しそうに胸を掴み、滝のように汗を流しながら膝をつく。その瞳は虚ろで、開きっぱなしの口から荒く吐息を零していた。
「……ブレンネさん?」
どさりと倒れこんだ少女が再び立ち上がることはない。慌てて駆け寄ると、ブレンネは完全に意識を失っていた。
「彼女を連れて後退しろ……早く!」
魔導アーマーの操縦者が何度も首を縦に振りながら後退するのと、グリューエリンの声が響き渡るのはほぼ同時だった。
『帝国軍の皆様……どうか私の話をお聞き下さい! これ以上の戦闘行為は皆様のお命を無碍にするだけなのです! どうか、どうか剣をお収め下さいませ!』
ざくろ運転する魔導アーマーのステージの上で叫ぶグリューエリン。すると、ブレンネが倒れた事もあってか、兵士達がぽつりぽつりと自我を取り戻す。
「俺たちは何を……う、ああ……!」
「い、いてぇ……いてぇよぉ……」
「腕が、腕がない……あああ!」
すると、突然殆どの兵士が戦意を失ってしまった。我先にと逃げ出す者、傷を思い出して倒れる者。戦場は更に混乱へと突き進む。
「少しでも敵の注意を引き付けるわよ!」
「生きて明日へと繋げる為に、友を見捨てず手を差し伸べるのだ! 一人だけ生還したところでデュエルは出来ぬのだぞ!」
ヴィンフリーデが歪虚へ果敢へ挑む中、黒耀は桜幕符で逃げる兵士を支援しつつ声をかけ続ける。
「歌にはこんな力もあるんです……」
Uiscaのレクイエムが逃げ惑う兵士を追いかける歪虚達の動きを止めると、和馬が距離を詰め刃を振るう。
「私達が抑えているうちに早く撤退を!」
「皆、この魔導アーマーに乗って! 絶対にざくろが、みんなを安全地帯に送り届けるからっ!」
そこへざくろの操縦するアーマーが駆けつける。次々に重傷者を乗せると、後方へ向かって走りだした。ピストン輸送で少しでも多くの兵士を逃がそうという考えだ。
「私も未熟ながらお手伝いさせていただきます」
「駄目だ。グリューエリン達は皆を連れて撤退しろ」
「お願い致します、和馬殿……。この状況は我々の責任。せめて最後まで、同じ兵士として彼らを支えさせて下さいませ」
潤んだ、しかし真っ直ぐな視線でそう言われては言い返せなかった。
「……あまり私達から離れるなよ」
「……はい!」
二対の剣を抜いたグリューエリンがハンターの後を追い駆け出す。
騎乗状態のUiscaが駆け抜けながら掲げた杖から光が降り注ぎ、歪虚達を吹き飛ばすのを合図にハンター達は大量のゾンビへ突撃する。
そのすべてを倒す事はままならないし、既に体力も限界が近い。しかし一人でも多くの命を生かす為、最後まで抗い続けたのだった。
撤退を終えた時、ハンター達の間には重苦しい沈黙が横たわっていた。
「これしか回収出来なかったなんて……」
ヴィンフリーデは戦死した兵の名が刻まれたタグを両手に溢れさせ目を細めた。
兵が盾の裏側に仕込んだ帝国軍の認識票だけが、彼らがあの戦場で散った事を示している。
「馬鹿げた突撃で何人死んだの……? こんな事、皇帝陛下が望む筈ないのに」
Uiscaは負傷者にありったけの回復スキルで応急処置を施したが、それでも事切れてしまう者が後を絶たなかった。
感謝の言葉を口にしながら冷たくなっていく兵士の手を握り、十字架に祈る事しか出来ない。
「代償を払っての奇跡ってのは俺様好みだし、一つの到達点だ。実際、捨て石を使わなかったらもっと大勢の兵士が死んでいただろうぜ。だけどよ……」
デスドクロは静かにグリューエリンとブレンネに目を向ける。
「歌い手が納得しねー歌で、観客が盛り上がるわけねェだろ」
二人共言葉を失っていた。ふらつきながら起き上がったブレンネでさえ、動揺を隠せずにいた。
「ざくろ達がもっと上手くやれてたら、結果は違ったのかな……」
しゅんと肩を落とすざくろ。色々と出来そうな事を懸命に考えた。けれど、傷ついた彼にできる事はそう多くはなかったのだ。
「悔しいな……」
「私も死者蘇生なんて激レアカードは所持していない……失われた命は、二度とは戻らないのだ」
黒耀は腕を組み、そう零す。ヴィンフリーデは地に染まったタグを握り締め。
「流された血も戦いの現実も……目を逸らさずに見れたかしら? “戦え”って人に言うことの意味ちゃんとわかってる? これは貴女の責任でもあるのよ」
「……待ってください。錬魔院の人でさえ知らなかったんです。あいどるさんも知らなかった……そうですよね?」
目尻の涙を拭いながら立ち上がるUisca。ブレンネは唇をぎゅっと結んだまま俯く。
「知らなければ許されるわけじゃないわ。兵士の命をなんだと思っているの? 皆生きている命なのよ!」
「……これが私のせいだって事くらいわかってる。だけどね……人はいつか必ず死ぬのよ」
顔を上げたブレンネは真っ直ぐにハンター達を見つめる。
「その人生が無意味なものになるくらいなら……せめて最後まで戦わせてあげたい。ステージに立ち続けたい……そう考えるのは、おかしな事なの?」
「ブレンネ……」
「グリューエリン……あんたは軍人だから、歌を捨てても生きられるのかもしれないね。だけどあたしは違う。あたしにとって、歌う事は生きる事と同じなのよ! 今更逃げられない……そんなの、許せるわけがない!」
目尻に涙を浮かべ叫んだブレンネの言葉には張り詰めた強い覚悟が感じられた。
遊びや悪ふざけ、冗談でやっているわけではない。彼女は文字通り、アイドルに命を懸けている。
「あんたなら……わかってくれるかと思ったのに……」
そう言って涙を拭いながら背を向けるブレンネ。グリューエリンが伸ばした手は、しかし彼女に届かない。
「私は……私、は……。夢にも思わなかったのですわ。歌が……アイドルである事が……誰かを傷つけるかもしれないなんて……そんな事は、一度だって……」
がくりと膝をつき、項垂れるグリューエリン。その瞳にはただ困惑が渦巻いている。
「私達が手を染めたこの力……一体、なんなのでしょうか? 何の為……誰の為の、歌なのですか――?」
華やかなドレスは血の赤に染まり、少女の背中はとても小さく見えた。
誰もグリューエリンに声をかけられずにいたのは、皆が疲れ果てていたからでもあるだろう。
(錬魔院の力……クレーネウスにも、報告しなければな)
和馬は心の中で呟き、伸ばしかけた手を引っ込めて空を見上げる。
戦場に響き渡った歌は止んで、彼らにはただ、静寂だけが降り注いでいた。
(代筆:神宮寺飛鳥)
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/10 21:01:16 |
|
![]() |
【相談卓】歌声よ響け、戦場に Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/11/14 08:59:39 |
|
![]() |
【質問卓】 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/11/12 22:22:22 |