船の卒業試験

マスター:ユキ

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/08/02 19:00
完成日
2014/08/15 04:13

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 自由都市同盟の南東沖近辺で歪虚の活動が活発化している。その知らせは各国の中枢のみならず民衆にまで口伝てに響きわたっていた。中でも行商の類の人間たちの間ではやれどこの海で船が沈んだとか、やれどこの街で物資が不足しているらしいといったまさに今その瞬間を反映した生きた情報が飛び交っていた。彼らの間では新鮮な情報こそが最大の商品の1つなのだから、当然とも言える。
 そんな彼らの行動が如実に現れた光景が今、王国の中心を流れる2本の運河に見られた。街道と並んで国内の流通を支える大動脈のそこは、いつも緩やかな流れで船を、人を、商品を運んでくれる。その運河の様子に個々数日、変化が見られていた。

「おい、何処見てやがんだ! ふらふら操舵しやがって……商品に傷でもついたらどうしてくれる!」
「ア゛ァ!? こっちゃあてめぇみてぇな小舟じゃねぇんだよ! そっちが避けやがれってんだ!」

 普段でも1日に数十艘の船が往来する運河はその川幅も広く、流れも緩やかでめったに事故も起きない。船頭同士のトラブルも数えるほどしか起きないのが常だった。しかしここ数日、運河の交通量は目に見えて増え、1艘1艘が積む荷の量も増えている。その原因はやはり歪虚だ。自由都市同盟との海上貿易にリスクが伴っている現状、元々海上貿易に力を入れていた大手の商人たちがリスクを負って船を出すか安全を優先するか、あるいは国内貿易へと切り替えるかと思案を巡らせている中、以前から国内貿易で細々と活動していた商人たちはこれを好機と見て早速取引に励んでいた。普段よりもより多くの品を扱い、多くの利益をあげる。そのためにより多くの船を出し、より多くの荷を積んで運河を行き来しているのだった。
 けれど船に詰める荷には限界がある。そこで商人たちは「新しい船を作ってくれ」と彼らに依頼した。今回の依頼主である船大工たちへ。


「……にしても、『積み荷になってくれ』とは、なぁ……」
 水につけた指先が描く軌跡をぼーっと眺めながら、穏やかな川の流れに揺られるハンターは、明らかに退屈していた。
「ス、スミマセン……僕なんかのために……」
「8回目ね。船を出してから貴方が謝った回数。船を出す前を入れたらたぶん20回は言ってるんじゃないかしら?」
「え、と……その……スミマセン……」
「……9回目。ほら、前見て! 船がきてるわよ!」
 櫂をとる青年はおどおどとした様子で何度も苦笑し、謝罪を口にしていた。

 船大工コンラード・フランチェスカ。
 フランチェスカと言えば、父のダヴィデはそこそこ名の知れた船大工で、大型のガレー船などは専門外だが、王国の運河を往来する交易船の何割かは彼の工房で手がけたものだ。工房には彼の腕を学び、盗み、いずれは独立しようとする若者たちが集い、毎日造船に修繕と忙しなく働いていた。その中にあって、ダヴィデの息子であるコンラードはいつまでたっても半人前の船大工だった。昼間は父に厳しく指導され、時には罵声を浴びせかけられる日々。周りの職人たちからは「底抜けコンラード」などと揶揄されていた。半人前だから底の抜けた船しか作れない。底が抜けているから何を教わっても全て抜け落ちていつまでたっても成長しない。そんな「ダメな跡継ぎ」コンラードが、今回はじめて一人で船を作ったのだという。
「造船の依頼が増えて、手が回らなくなっちまってな。しょうがなくこいつに1艘作らせたんだが、仮にもこいつは商品だ。売った船に欠陥があったら工房の信用に関わる」
 そこで依頼人であるダヴィデがハンターたちに頼んだ仕事は、『コンラードの作った船の積み荷になること』だった。
「商品を積んでなにかあっちゃなんねぇ。かといって、重さに耐えられる船かどうか確かめる必要もある。じゃあいらない材木でも積んでみるか? いやぁ、今は船の往来が激しい。もしも材木をぶちまけちまって、他の船を巻き込んだらえれぇことになる」
 ではどうするか? そこでダヴィデが考えたのは、『ハンターたちに積み荷になってもらうこと』だった。人間が積み荷ならば、船が沈んでも積み荷が散乱することもなく、沈んだ船の回収もできる。かといって職人たちは造船で忙しい。ハンターたちならば、もし船が沈んでも死ぬことはないだろう、というわけだ。


「……にしても、本当船が多いなぁ」
「どの船もたくさん積んでるわねぇ」
 出立してから何艘もの船とすれちがった。馬や家畜を運ぶ船。稲穂や小麦を運ぶ船。商売の帰りなのか、空樽を積んで上機嫌の船頭。中にはのんびりと釣り糸を垂らしながら流れに身を任せる者も。陽は高く、風は穏やか。水音と川の揺れに、思わず欠伸が溢れる。
「もう少しいけば船着場があるわね。そこで戻りましょ。夕暮れには工房に戻れるでしょ」
「は、はい。スミマセン」
「……」
 陽に焼けた肌に、細いながらに引き締まった身体。日々の厳しい仕込みのおかげで体格は職人らしいソレに見えるのに、その表情は自信なさげで、言葉も尻すぼみ。まるで父親とは似ても似つかないその職人らしからぬ様子に、思わずため息を零すハンターたち。
 けれど、彼らはこの頼りない若き職人を最後まで見届ける必要があった。それは、出立前に依頼人であるダヴィデから伝えられた言葉。

 ――あいつに自信をつけてやって欲しい。

 出来の悪い跡継ぎでも、父親にとってはたった一人の子ども。息子が毎晩遅くまで工房の隅で一人櫂を削り、船を磨き、剥げた塗装を塗りなおしている姿を、父は知っている。船を愛おしそうに撫でる姿。優しくなげかける声。仕事の間はけしてみせることのない、最近では仕事の後でも自分には見せることのなくなった息子の笑顔。

「あいつは腕は悪くない。ただ、自信がないだけなんだ。あいつはあれだけ俺に怒鳴られても、毎日誰よりも早く工房に顔を出して、誰よりも遅くまで残っている。船が好きなんだよ。もったいねぇじゃねぇか。そんなんじゃ、あいつに手を入れられた船だって泣いちまうってもんさ。あいつももう明日で20。いっちょまえの歳になりがやったっていうのに、いつまでたってもよ……。だからよ……あいつの船を無事に連れて帰ってきてくれ。頼んだぜ」

 そういって渡された道中の駄賃が入れられた麻袋は思いの外膨らみ、重みを持っていた。依頼人の、父親の思いと同じように。

リプレイ本文

●順調な船出
「ふーなーたーびー♪」
 少し熱を帯びた日差しも、キラキラ光る川面と水の流れの音でどこか和らぐ船の旅。転移門とは違い趣ある船の旅に心踊らす『積み荷』の面々。その中でもベル(ka1896)の楽しみようは、見ているこちらも思わず口元が綻んでしまうよう。
「今回はよろしくお願いしやす! あ、早速だけど先の方に座ってもOK?」
 どこか不思議な口調だが憎めない伊出 陸雄(ka0249)の言葉にベルが「私もー!」とぱたぱた。「わー♪」と、心地の良い向かい風を全身で感じていると「肩かしやすぜ」と伊出が肩車をしてみせる。2mの世界を見て、ベルは興奮した様子で両手をぶんぶん、胸元のベルもカランコロンと鳴り止むことを知らない。
 そんな賑やかな船首の光景を船の縁に腰掛けながら眺め微笑むエイル・メヌエット(ka2807)。微笑みをそのままに、船の作り手であり操舵をする青年へと声をかける。
「素敵な帆船、あなたが造った船なのよね。誰よりもこの船を識っていて大切に想ってるあなたが舵を取ってくれて、安心だわ」
「そ、そんなことないですよ。僕なんか、その……」
 まだそう時間も経っていないが、船は川の流れに負けることなくしっかりと7人を運び、コンラードの操舵も全く不安を感じさせないものなのだが、当の本人はこの通り。
「後ろからも船は来ていませんから、どうぞ肩の力を抜いて下さい」
「あ、どうも、すみません、本当……」
 辺りの景色を楽しみつつも上流側へ注意を向けていたコーネリア・デュラン(ka0504)が気遣いの声をかけるも、やはりその表情は硬い。
「大丈夫ですよ、いざとなったら、風のホーリーライトで、回りの船を全て撃沈させますから。ええ無論冗談ですよ? ところで、風は船に詳しく無いので、軽く仕様とかスペックとかを聞いても良いですか?」
 そんな緊張をほぐそうと、少し過激なジョークを交えつつ最上 風(ka0891)も話題を振っていく。
「あ、はい。そう、ですね。えぇっと……この船は帆船……帆に風を受けて推進力にする船です。今は畳んでいますが、川を上るときにはこの2本の帆を広げて、風を受けて進みます……あとは……」
 船の話題となるとその舌は次第に滑らかになっていく。ツィーウッド・フェールアイゼン(ka2773)は説明に耳を傾けながら船の中をゆっくりと見て回り、手触りを確認し、時折コンコンと軽く叩いて感触を確かめると「へぇ……」と一人息を吐いた。それは嘆息というよりも感嘆。普段扱う機械細工とは違うが、こういった昔ながらの技術を継承した手法や自然の素材も嫌いではないらしい。真新しい船から香る木の香りと感触はどこか安らぐ温かみがあった。
「中はこうなってんのか…こりゃ、勉強になるねぇ」
「べ、勉強だなんて、そんな……」
 変わらず謙遜というよりも単純に自信がない様子のコンラードも、船を褒められるとどこか嬉しそうな様子を見せる。船も順調に川を下り、少し緊張もほぐれてきただろうか。だが、最上に「船の名前とかあるんですか?」と聞かれた途端、青年の表情はまた以前の硬いソレへと戻る。その様子をツィーウッドは無言で見据えていた。

 その後も、船の旅は順調に続いた。コーネリアが口ずさむどこかの村の伝承歌は通り過ぎていく野原と空の光景に吸い込まれ、ベルが船の縁から水面を覗き込み手を入れればひんやりとした感触が指の間を流れていき、生まれた軌跡がまた陽を受けてキラキラと輝く。退屈しのぎだろうか、縁に背を預け、廃材を削ってなにかを彫っているツィーウッドのような者もいた。日も高くなり船着場も近づいてくると徐々に往来も増えてきたが、最上は船上に座して自ら動こうとはせず、「快適なクルージング、ですよ。ほら、風を見ていないで、前を見て。鑑賞料を頂きますよ」と呟くのみ。今年の目標を『人を鍛えること』と掲げるその実、ただの面倒くさがりやなのかもしれないが、この陽気ではしかたのないことかもしれない。元々淡々とした口調がさらにゆっくりと聞こえるのは、快適な船旅に睡魔もやってきてしまったか。事前に運河でのマナーについて聞いていた伊出が「通りやすぜー!」と声を張り上げ、それでも難癖をつけてくる酒の入った船頭などには、エイルが静かに前に出て「大丈夫、ぶつかったりしないわ。良い一日になりますように」と持ち前の穏やかな笑顔で場をおさめていた。はたして、その柔和な雰囲気が功を奏したのか、はたまたローブの下から覗く水着姿、その艶やかな肢体に目を奪われ言葉を失ったのかは定かではないが。何はともあれ、コンラードが操る船はなだらかな川下りの最後、少し高低差があり流れの速くなった流域もなんなく乗り越え、無事に処女航海の目的地へと到着したのだった。

●小休止と職人の吟詩
 船着場は、人と交易品の坩堝とでもいうかのような賑わいだった。賑やかな雰囲気にはしゃぐベルに、遠くの酒場から聞こえる歌に耳を傾けるコーネリア、珍しい品という言葉に反応する最上と、そんな彼女たちの様子を微笑ましく眺めるエイル。できることならばゆるりと食事や買い物を楽しみたい一行だったが、時間もない。なにより人混みに呑まれ人とぶつかるたびに頭を下げるコンラードの様子に、とりあえずどこかで落ち着くこととなった。途中、水夫の担ぐ荷物にぶつかり「わぷっ!?」と声をあげるベルの手をエイルがそっと引いてあげると、ベルはエヘヘと笑顔になり、エイルのローブの袖をしっかりと握り返した。一つ一つの出来事に素直に喜びを表現し、キラキラと目を輝かせる姿。そんなベルの姿にエイルもまた笑顔になる。楽しそうに歩く2人。それはもしかしたら、エイルが在りし日に望んだ光景だったのかもしれない。
 その後、とれたての魚料理や各地から運び込まれた麦や香辛料など、川が産み、川が運んだ恵みに舌鼓をうつ一行。食事中、最上とエイルから父親の土産を提案されたコンラードははじめ「いや、でも……」とあまり乗り気ではなさそうだったが、食事を終え「船の点検があるので」と一人先に席を立ち、一度店の扉に手を掛けた際、カウンターの奥にいる威勢のいい女将さんへ声をかけると包を2つ受け取り、今度こそ店を出て人混みへと消えていった。残った者は「風たちも、コンラードさんの、コレからを祈って、なにかプレゼントするのはどうでしょう?」という言葉に皆が頷いたのだった。


「すまねぇな。ありがとよ」
「いえ。すみません、船の番なんて……」
 帰ってきたコンラードから渡された包みを開けて魚の小麦粉焼きにかぶりつくツィーウッド。船着場の一角で、彼は一人繋留した船の上にいた。「せっかくのいい船が盗られちまったらどうする? ぶつけられて傷がついたり穴が空いたら、よ」というのが彼の談。
「すみません。僕なんかが作った船のことを、色々と気を使って頂いて……」
 苦笑しながら、帰路に備えて帆の点検をするコンラード。けして手際は悪くないし、船に粗という粗は見当たらない。作業する後ろ姿を眺めるツィーウッドは、横に転がる彫り途中の置物を手に取って眺めながら、口を開く。
「俺は生憎、船は作ったことはねぇが…物作る職なのは一緒だ」
 小刀で彫り物にまた一刀、一刀と手を加え、息を吹きかけ木くずを払いながら、言葉は訥々と続く。
「お前が丹精込めて作ったものに、作ったお前が自信がなくてどうするよ。作った奴が自信を持てない船に、誰が安心して乗れるかよ。自信が持てねぇなら持てるまで表に出すな」
「……すみません……そう、ですよね。僕なんて半人前が作った船じゃ……」
 張り付いた苦笑。長年染み付いた性格は、そう簡単に変えられるものではない。それでも職人として一人前になるためには必要な物がある。ツィーウッドは手を休め顔をあげると、少しだけ語気を強めて目の前の見習いへ言葉を重ねる。
「……そうじゃねぇだろ? あんたさ、いつも何に対して謝ってるんだ?」
「……え?」
 予想外の質問に、コンラードも顔をあげる。反対にツィーウッドは一度視線をおとしフゥと息を吐くと、口元にうっすらと笑みを浮かべ立ち上がる。
「……なんてまぁ、説教臭いこと言って、俺もまだまだ見習いの身なんだがよ。とにかくだ、少なくともこの船は悪くねぇよ、もっと堂々と胸張ってろ」
「いっ……!? は、はい……」
 そう言葉を投げかけ、若い職人仲間の背中をばしりと一発。
 ――自分の作ったものにだけは自信を持つ。
 伝えたかったものは、職人としての尊厳。プライド。けれどそれは、言葉にするとどこか安っぽいもの。それになにより、誰かに言われて気づくよりもいつか自分で自分の作品を愛せるようになれる奴の方が、いい職人になれるのかもしれない。
「よぉ」
「え? わっ!? と……」
 呼びかけと同時に投げてよこされたそれは、先ほどまでツィーウッドが彫っていた木彫の鳥。素朴な作りからは温かみが感じられる。ツィーウッドは「水難避けになるんだとよ」とだけ伝えるとそれ以上言葉を重ねることはなく、桟橋へと移って固まった背筋を伸ばしてみせた。


●飛び立つ船
「わわ、わぁあああ!」
 驚きと喜びに満ちたベルの声。他の皆も感嘆の声を漏らす。
「水上エレベーターっすか!」
 上流の流れへと戻るため、彼らは今小さな人造湖の中でゆっくりと貯まる水に浮かんでいた。
「まだ時間も掛かりそうですし、今のうちに、お渡ししてもよろしいでしょうか?」
「え? 僕に、ですか……?」
 そういってコーネリアが差し出したのは、小さな笛。ホイッスルのようなものだろうか。
「大声を出すのが苦手でも、これでしたら周りの船に伝えられるかと思いまして。笛の音は魔除けになるとも言いますし」
「す、すみません……こんなものを……」
 草色に染められた紐を通した笛を受け取るその表情は申し訳なさとは別の、嬉しさも伺える。
「お、それじゃ俺はこれ! 勇気の出るお守りってやつですぜ!」
「このお守り、外見はアレですが、かなり御利益があるそうですよ?」
 伊出の装飾された小刀に、最上のおそらく木の枝を加工したのだろう一見焼け焦げた人の手のように見える禍々しい置物。
「それじゃあ私達も。あなたとあなたの船が道に迷わないように、ね」
「うん! これね、これね! 魔法の飴なの! さっき私が魔法掛けたから、食べると幸せになって元気がでるんだよー!」
 エイルの陽の光を吸収し暗がりでうっすらと光を放つ石のペンダントに、ベルが最後までウーンウーンと手の中で祈りを込めていた飴玉。言葉に詰まるコンラードだったが、ちょっぴり不安げな表情も見せていたベルの笑顔を受けて、コンラードは飴玉を口へ。ころり、ころころ。口の中を転がるそれは、砂糖を焼いただけの簡素なもので、焦げた部分は少し苦味もあった。それでもコンラードは口の中で飴を転がすと、長身を畳んでベルの前へとしゃがみこんで、今日初めてその言葉を紡いだのだった。
「……ありがとうございます」
 そんな様子をツィーウッドは一人船尾で眺めていた。どこか楽しげに。

 上の水門が開き、運河橋を渡って川の上流に戻った船は帆いっぱいに下流からの風を受け川を上っていく。夕暮れ時の草原を静かに流れる運河。空も草木も、川までもオレンジ色に染まりキラキラと輝く。風は昼間の熱を優しくさましてくれるように頬を撫で、疲れたベルは自然にうとうと。エイルの腕の中で優しく頭を撫でられながら、夢の中では自分を優しく育ててくれたおばさまからもらった飴でも舐めているのか、時折口の中をもごもごと動かしてえへー♪と笑顔を浮かべる。そんな優しい船の旅を提供する、不慣れながらに伊出とツィーウッドへ指示を出して2本の帆を操り、時にはコーネリアと談笑してみせる船の主の姿は、夕陽に染まって精悍に見えた。

「そういえば、行きでは聞けませんでしたが、この船の名前、なんと言うでしょう?」
 最上にそう問われた時、コンラードははじめ「名前なんて……」と口にしたが、その視界にツィーウッドの姿が映ると、腰に下げた麻袋の感触を一度手で確かめる。中には、船着場で渡された木彫の鳥と、投げかけられた言葉の重み。なにやらしばらく考えこむ姿を見せ、伊出へと向き直る。
「伊出さん。そちらの世界で、各地を飛び回る水鳥というとどんな鳥がいますか?」
「飛び回る……渡り鳥っすかね。それなら、鴨とか、雁とか……」
「白鳥とか、貴方にピッタリでは」
「ハク、チョウ…ですか。不思議な響きですね」
 世界を飛び回り、各地の水辺にその美しい姿を現しては見るものを魅了する。その実、水面下では必死に水を掻き進む。はたしてどの部分が『ピッタリ』なのかは分からないが、リアルブルー出身者の伊出と最上のアドバイスで、どうやらこの船にも名前がついたようだった。

 薄っすらと空が夜の帳に包まれ、太陽が眠る刻限。工房を前にして、一同はふぅと息を吐き肩の力を抜く。ハンターたちからの労いの声に、小さく「すみません」ではなく「ありがとうございました」と応える青年の袖をくぃと引くベルの手。
「ねーねー。私、お家に帰る前にコンラードの笑ったお顔が見たいなー?」
 にこおぉっと笑って見せるその笑顔。きっと、その笑顔の周りにはたくさんの誰かの笑顔が溢れているのかもしれない。くしゃりと頭を撫でられるベル。その腕の横から覗く光景。薄闇の中、薄っすらと光を放つペンダントの灯りに浮かんだ口元は、どこか自然な、優しい笑みを浮かべていたように見えた。

「大丈夫でしょうか、コンラードさん…」
 帰路につく際、心配そうに呟くコーネリアに、自信満々に伊出は語る。
「これから誰が何と言おうと、今日、コンラードさんの作った船が立派に役目を果たしたってのは、揺るぎねぇ事実さ。自分の力でやり遂げたんだ、胸を張っていい事ですぜ」
「大丈夫。彼、船のことが大好きなんだもの。その気持ち、今日一日だけでもとても感じられたわ。それが一番大切なことだと思う。なにより、楽しかったじゃない? 乗る人が楽しめる船を作れるって、素敵よね」
 エイルもまた、迷う青年の心のなかにあるまっすぐな愛情を感じることができた。そして、笑顔を見ることができた。それはとても美しいもの。きっと彼なら、大丈夫。
「お父さんと、仲良くできるかな?」
 ベルのちょっとした心配。けれどその言葉に、今度は伊出とツィーウッドが笑みを浮かべて答えた。
「明日は工房も臨時休業だろうさ。今夜は朝まで家族会議だからよ」


 どやされるのも愛情。コンラードが手にするもう1つの包の中の酒瓶は、翌朝には空になっていることだろう。反対に、明日からは彼の中に、いっぱいの情熱と愛情が充ちているのかもしれない。その中にいつか、一滴ずつでも、自信という雫が注がれていきますように。

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  • 誇り高きアルティフェクス
    ツィーウッド・フェールアイゼンka2773
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエットka2807

重体一覧

参加者一覧


  • 伊出 陸雄(ka0249
    人間(蒼)|26才|男性|闘狩人
  • 戦場に咲く白い花
    コーネリア・デュラン(ka0504
    エルフ|16才|女性|疾影士

  • 最上 風(ka0891
    人間(蒼)|10才|女性|聖導士
  • えがおのまほうつかい
    ベル(ka1896
    エルフ|18才|女性|魔術師
  • 誇り高きアルティフェクス
    ツィーウッド・フェールアイゼン(ka2773
    エルフ|35才|男性|機導師
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエット(ka2807
    人間(紅)|23才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/07/29 01:44:35
アイコン 船旅のご相談
エイル・メヌエット(ka2807
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2014/08/02 02:06:25