ゲスト
(ka0000)
あの子のためにできること
マスター:鳴海惣流

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/11/16 12:00
- 完成日
- 2015/11/23 00:39
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
グラズヘイム王国ラスリド領にある田舎村リーラン。豊かだった緑は半減し、のどかさは悲しみに覆い潰されている。
少し前、リーランは巨体の茨小鬼に襲われた。ハンターの活躍により村人の半数は生き残れたが、それ以外は等しく惨殺されてしまった。
村に住む少女エリーを守ろうとした、友人ソニアの母親もそのうちのひとりだった。
リーランを襲ったゴブリンはエリーたちが避難し、村の中で動く者がいなくなると、興味を失ったように出て行った。その後、どこへ向かったのかはわからない。
移住者も出たが、大半は村に残った。ソニアも母親との想い出が残る村での生活を希望した。
エリーの父親のドリューは、ラスリド領の中心都市であるアクスウィルへ移住したがった。もともとは東方の生まれながら、ラスリド領主のゲオルグ・ミスカ・ラスリド伯爵に刀匠の腕を見込まれて、この地に誘われた。
住んでいた村をアカシラ一派の鬼に追われ、天ノ都へ移り住んだドリューとエリー。その際にエリーは体の弱かった母親を病に奪われた。実質的な死因ではないものの、今でも鬼が来なければと恨みの気持ちを心の奥底に抱えている。それだけにエリーは、母親を失ったソニアの気持ちがよくわかった。しかもソニアの母親はエリーたちを守ろうとして、目の前で巨大な茨小鬼の犠牲になったのである。
そんなソニアを残して、移住するのは嫌だった。エリーは必死でドリューを説得した。
そのかいあって、エリーの家で三人で暮らすようになった。ソニアの自宅は、ゴブリンに破壊されてしまっていた。
少しでも元気付けたくて、暇さえあればソニアへ話しかけたりしていた。
今日も二人で、プリンを作ろうと台所に立っていた。もちろんエリーの発案だ。ところが、である。
「そういえば、プリンの詳しい作り方を知らない……ソニアちゃんは?」
エリーが尋ねるも、ソニアは首を小さく左右に振る。
「ごめんね。私も知らないんだ……」
ゴブリンの襲撃からそれなりに日にちは経過しているが、やはりまだまだソニアは元気にならない。なんとかしたくて今日みたいにいろいろ企画するも、大半が計画不足でエリーひとりが空回りして終了する。
「エ、エリー、近くの人に、作り方を知らないか聞いてくるね」
そう言って家を出るなり、エリーの頬に涙がこぼれた。
ソニアちゃんを元気にしてあげたいのに、エリー、何にもできないよ。
ぐしぐしと服の袖で涙を拭いてから、近所のお婆ちゃんへプリンの作り方を聞きに行く。
家の前へ着くと、中から声が聞こえてきた。ゴブリンの襲撃で、あちこちガタガタになってしまってるせいだろう。
いけないことと知りつつも、エリーは耳を傾けた。
「ほんに……村の奥の森で、亡くなった息子の声が聞こえればいいのにねぇ」
エリーがプリンの作り方を聞こうとしていた老婆の声だった。
亡くなった……って、死んだ人? 声が聞こえる?
どうやら中には目当ての老婆の他に、もうひとり女性がいるらしい。声の感じからして、年齢を重ねた人だとわかる。
「森の奥に行って、亡くなってしまった人の名前を叫べば、一度だけ声が聞ける……だったかしら」
「――っ!」
その言葉を聞いたエリーは、ドアの前で目を輝かせた。
村の奥の森なら知っている。そこへ行けば、一度だけでもソニアちゃんはママの声が聞ける。急いで伝えなきゃ!
「ソニアちゃん!」
自宅へ戻ったエリーは、台所に立っていたソニアの手を掴んだ。
「エリーちゃん? 一体どうしたの?」
「ソニアちゃん、ママの声が聞きたい?」
「え? そ、それは、もちろん……聞きたいよ」
「だったら! エリーと一緒に行こう!」
●
エリーとソニアは、手を繋いで木々に囲まれた道を歩く。
昼から夜になっても、前だけを目指した。たったひとつの目的のために。
それでも疲労を覚え、エリーを危険な目にあわせたくないソニアは引き返すのを提案した。
「エリーちゃん、もういいよ。エリーちゃんのお父さんも心配するから、早く帰ろう。やっぱり、死んだ人には会えないし……声も聞けないんだよ……」
涙ぐむソニアの顔に、エリーの胸がキツく締めつけられる。
また、迷惑をかけちゃっただけなのかな。そう思った時、周辺の景色が変わったような気がした。
「行き止まり……? あっ! ソ、ソニアちゃん。もしかして、ここが森の奥じゃないかな!」
「え!? じゃ、じゃあ……ここでお母さんを呼べば……」
エリーとソニアは顔を見合わせたあと、大きな声で叫んだ。
「お母さーんっ!」
「ソニアちゃんのママーっ!」
何度も何度も叫んだ。
●
「エリーとソニアちゃんがいないんです! どなたか知りませんか!?」
ドリューが夜に帰宅した時、家には誰もいなかった。
村を探し回ったが、見つけられない。
焦りを募らせるドリューに、一緒にエリーを探してくれていた老婆がふと思いついたように言った。
「日中、家の外で物音が聞こえたの。見てみたけど誰もいなかったから、風の悪戯だろうと思ってたの。もしかしたらエリーちゃんが……」
そこまで言って、老婆は表情を一変させた。
「大変! もしあの話を聞いていたとしたら……」
老婆はドリューに、友人と話していた村の奥にある森へ伝わる話を教えてくれた。
「けれど、その話はこの村だけに伝わるただのおとぎ話。希望を求めて何人も森の奥へ向かったけれど、結局は誰ひとりとして目的を達成できなかった。森の中は危険で、命を落とした人もいるわ。もし、二人で森へ行ったのだとしたら……」
「た、大変だ!」
「ちょ、ちょっと、ドリューさん。どこへ行くつもり!? 危険よ」
「し、しかし! 俺が行かなければエリーは!」
「お、落ち着いて! 確か宿屋にハンターの方がいらしたはずよ。まずはその方々に相談してみましょう!」
なんという偶然か。
ゴブリンによってもたらされた周辺の被害を調べるため、たまたまハンターがこの村に来ていたのである。
ドリューは、全力で宿屋へ駆けだした。愛娘のエリーを救ってもらえるなら、何でもするつもりだった。
●
しばらくエリーとソニアは叫び続けた。
けれどソニアの母親は、何度呼びかけても応じてくれなかった。
「どうして……? ここが森の奥じゃないの!?」
「……エリーちゃん、もういいよ」
「で、でもっ!」
「本当にもういいの。エリーちゃんの気持ちは嬉しかったし、それにね。二人でおもいっきり叫んでたら、なんだかスッキリしちゃった」
ソニアが浮かべたのは、母親が亡くなって以降、初めて見せてくれたエリーが昔から知る笑顔だった。
悲しみが少しでも癒えてくれたのなら、ここまで来たのも無駄じゃなかったのかな。
そんなふうに思ったエリーが笑顔をソニアに返した時、二人の背後で大きな影がもぞりと動いた。
それは雑魔化した、森の奥に住む巨大な蜘蛛だった。
グラズヘイム王国ラスリド領にある田舎村リーラン。豊かだった緑は半減し、のどかさは悲しみに覆い潰されている。
少し前、リーランは巨体の茨小鬼に襲われた。ハンターの活躍により村人の半数は生き残れたが、それ以外は等しく惨殺されてしまった。
村に住む少女エリーを守ろうとした、友人ソニアの母親もそのうちのひとりだった。
リーランを襲ったゴブリンはエリーたちが避難し、村の中で動く者がいなくなると、興味を失ったように出て行った。その後、どこへ向かったのかはわからない。
移住者も出たが、大半は村に残った。ソニアも母親との想い出が残る村での生活を希望した。
エリーの父親のドリューは、ラスリド領の中心都市であるアクスウィルへ移住したがった。もともとは東方の生まれながら、ラスリド領主のゲオルグ・ミスカ・ラスリド伯爵に刀匠の腕を見込まれて、この地に誘われた。
住んでいた村をアカシラ一派の鬼に追われ、天ノ都へ移り住んだドリューとエリー。その際にエリーは体の弱かった母親を病に奪われた。実質的な死因ではないものの、今でも鬼が来なければと恨みの気持ちを心の奥底に抱えている。それだけにエリーは、母親を失ったソニアの気持ちがよくわかった。しかもソニアの母親はエリーたちを守ろうとして、目の前で巨大な茨小鬼の犠牲になったのである。
そんなソニアを残して、移住するのは嫌だった。エリーは必死でドリューを説得した。
そのかいあって、エリーの家で三人で暮らすようになった。ソニアの自宅は、ゴブリンに破壊されてしまっていた。
少しでも元気付けたくて、暇さえあればソニアへ話しかけたりしていた。
今日も二人で、プリンを作ろうと台所に立っていた。もちろんエリーの発案だ。ところが、である。
「そういえば、プリンの詳しい作り方を知らない……ソニアちゃんは?」
エリーが尋ねるも、ソニアは首を小さく左右に振る。
「ごめんね。私も知らないんだ……」
ゴブリンの襲撃からそれなりに日にちは経過しているが、やはりまだまだソニアは元気にならない。なんとかしたくて今日みたいにいろいろ企画するも、大半が計画不足でエリーひとりが空回りして終了する。
「エ、エリー、近くの人に、作り方を知らないか聞いてくるね」
そう言って家を出るなり、エリーの頬に涙がこぼれた。
ソニアちゃんを元気にしてあげたいのに、エリー、何にもできないよ。
ぐしぐしと服の袖で涙を拭いてから、近所のお婆ちゃんへプリンの作り方を聞きに行く。
家の前へ着くと、中から声が聞こえてきた。ゴブリンの襲撃で、あちこちガタガタになってしまってるせいだろう。
いけないことと知りつつも、エリーは耳を傾けた。
「ほんに……村の奥の森で、亡くなった息子の声が聞こえればいいのにねぇ」
エリーがプリンの作り方を聞こうとしていた老婆の声だった。
亡くなった……って、死んだ人? 声が聞こえる?
どうやら中には目当ての老婆の他に、もうひとり女性がいるらしい。声の感じからして、年齢を重ねた人だとわかる。
「森の奥に行って、亡くなってしまった人の名前を叫べば、一度だけ声が聞ける……だったかしら」
「――っ!」
その言葉を聞いたエリーは、ドアの前で目を輝かせた。
村の奥の森なら知っている。そこへ行けば、一度だけでもソニアちゃんはママの声が聞ける。急いで伝えなきゃ!
「ソニアちゃん!」
自宅へ戻ったエリーは、台所に立っていたソニアの手を掴んだ。
「エリーちゃん? 一体どうしたの?」
「ソニアちゃん、ママの声が聞きたい?」
「え? そ、それは、もちろん……聞きたいよ」
「だったら! エリーと一緒に行こう!」
●
エリーとソニアは、手を繋いで木々に囲まれた道を歩く。
昼から夜になっても、前だけを目指した。たったひとつの目的のために。
それでも疲労を覚え、エリーを危険な目にあわせたくないソニアは引き返すのを提案した。
「エリーちゃん、もういいよ。エリーちゃんのお父さんも心配するから、早く帰ろう。やっぱり、死んだ人には会えないし……声も聞けないんだよ……」
涙ぐむソニアの顔に、エリーの胸がキツく締めつけられる。
また、迷惑をかけちゃっただけなのかな。そう思った時、周辺の景色が変わったような気がした。
「行き止まり……? あっ! ソ、ソニアちゃん。もしかして、ここが森の奥じゃないかな!」
「え!? じゃ、じゃあ……ここでお母さんを呼べば……」
エリーとソニアは顔を見合わせたあと、大きな声で叫んだ。
「お母さーんっ!」
「ソニアちゃんのママーっ!」
何度も何度も叫んだ。
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「エリーとソニアちゃんがいないんです! どなたか知りませんか!?」
ドリューが夜に帰宅した時、家には誰もいなかった。
村を探し回ったが、見つけられない。
焦りを募らせるドリューに、一緒にエリーを探してくれていた老婆がふと思いついたように言った。
「日中、家の外で物音が聞こえたの。見てみたけど誰もいなかったから、風の悪戯だろうと思ってたの。もしかしたらエリーちゃんが……」
そこまで言って、老婆は表情を一変させた。
「大変! もしあの話を聞いていたとしたら……」
老婆はドリューに、友人と話していた村の奥にある森へ伝わる話を教えてくれた。
「けれど、その話はこの村だけに伝わるただのおとぎ話。希望を求めて何人も森の奥へ向かったけれど、結局は誰ひとりとして目的を達成できなかった。森の中は危険で、命を落とした人もいるわ。もし、二人で森へ行ったのだとしたら……」
「た、大変だ!」
「ちょ、ちょっと、ドリューさん。どこへ行くつもり!? 危険よ」
「し、しかし! 俺が行かなければエリーは!」
「お、落ち着いて! 確か宿屋にハンターの方がいらしたはずよ。まずはその方々に相談してみましょう!」
なんという偶然か。
ゴブリンによってもたらされた周辺の被害を調べるため、たまたまハンターがこの村に来ていたのである。
ドリューは、全力で宿屋へ駆けだした。愛娘のエリーを救ってもらえるなら、何でもするつもりだった。
●
しばらくエリーとソニアは叫び続けた。
けれどソニアの母親は、何度呼びかけても応じてくれなかった。
「どうして……? ここが森の奥じゃないの!?」
「……エリーちゃん、もういいよ」
「で、でもっ!」
「本当にもういいの。エリーちゃんの気持ちは嬉しかったし、それにね。二人でおもいっきり叫んでたら、なんだかスッキリしちゃった」
ソニアが浮かべたのは、母親が亡くなって以降、初めて見せてくれたエリーが昔から知る笑顔だった。
悲しみが少しでも癒えてくれたのなら、ここまで来たのも無駄じゃなかったのかな。
そんなふうに思ったエリーが笑顔をソニアに返した時、二人の背後で大きな影がもぞりと動いた。
それは雑魔化した、森の奥に住む巨大な蜘蛛だった。
リプレイ本文
●
「死人の声が聞こえる、ねぇ……ンな御伽噺を信じるなんて、いかにもガキのしそうな事だな」
森の奥を見つめる霧江 一石(ka0584)の言葉に、エリミネーター(ka5158)が反応する。
「聞いたところじゃ先の騒動に見舞われた挙句に母親を失ったって話だ、きっと精神的な負担も大きかったろう……まだ小さいってのに」
そうかと応じる一石の隣で、nil(ka2654)が呟くように言葉を発した。
「……母親……私は、知らない。父親も、知らない。私が此処に、本当にあるのなら、両親もきっと居たんだろうと思う……。私が森の奥で何かを言えば、何か返ってくる……? ……多分、何も帰ってこない。母親……私は、知らない」
どこか寂しげにも感じられる台詞が風に乗って木々をわずかに揺らしたあと、森の奥から少女のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。
素早く声がした方を見る。視線が発生源へ辿り着く前に、2体の狼へぶつかる。雑魔だ。
「まっずいねぇ……でも焦らず焦らず……」
メル・アイザックス(ka0520)が片手に持つ武器を構えた。
もともと子供好きなメルは、聞こえてきた悲鳴に危機感を募らせる。一方で、だからこそ落ち着こうと意識もする。時間も情報も仲間も居るから、と。
ティス・フュラー(ka3006)はいつか見たソニアとエリーの顔を思い出す。
「よく窮地に陥る子たちね。神様はあの子たちに何か恨みでもあるのかしら……なんて馬鹿なことを考えてないで、急いで助けてあげなくちゃ」
「早速向いましょう。悲劇が重なるのは好きじゃないの。絶対に助けるわ」
強い決意が、コントラルト(ka4753)の瞳の奥に宿る。
「そうだね。特にエリーちゃんに対しては親近感を覚えるしね。なんとかしてあげたいけど、上手くできないっていう気持ちに共感するよ」
「ま、こうして偶然にも俺様達が居合わせたんだ。理由はどうあれ助けん訳にもいかんだろう。子供の命ってぇのは尊いモンだからな」
メルとエリミネーターが、顔を見合わせて頷く。すぐにでも走り出す準備はできている。
「ではまず、北西への道を塞いでいる邪魔な狼歪虚を片付けましょうか。その間にティスさんに先に向かっていただきましょう」
アティニュス(ka4735)は、視界に映る2体の狼に狙いを定める。
「さっさと連れて帰るぜ。ガキの死体は見たくねえぇ」
先手を取ったのは、そう言った一石だ。馬に乗って移動し、敵を狙える位置を確保する。
「おいワンコ共、ちょいと付き合ってやるよ」
他のメンバーより脚は遅くとも、銃の射程で補う。よく狙った一撃が、狼に襲い掛かる。
命中したと思った瞬間、危険を察知したのか、狼が咄嗟に後方へ飛んだ。直後に狼の足元へ、一石の放った銃弾が突き刺さる。
軽く舌打ちをしつつ、一石はすぐさま次弾を放つ準備に入る。
「……森だから馬で移動より徒歩の方が良い気がするけれど、そこは臨機応変……。道中邪魔な狼が、射程に入り次第、制圧射撃で足止めするから、どんどん先に進んで……」
口にしたとおり、nilは奥へ続く道を塞ぐ狼の1体に制圧射撃を行った。狙いは的確だったが、当の狼に攻撃を回避されてしまう。一石の銃弾を避けたのといい、想像以上に回避能力に優れていそうだった。
回避されない限りは命中していたのだからと、気を取り直してnilも次の攻撃へ集中する。
ソニアとエリーがいる場所の手がかりがわずかでも欲しいコントラルトは、連れていた狛犬にお願いする。森へ来る前にドリューへ頼み、二人のにおいを覚えさせていた。
吠える犬が見据えるのは、2体の狼が立ち塞がる道の奥だった。
「どうやら2人は向こうにいるみたいね。少しのロスも許されないわ。急ぎましょう」
仲間たちが遠距離から先制攻撃を放つ中、敵に降り注ぐ銃弾の雨を目印代わりに、アティニュスは西方の狼の前まで移動する。
「では、道を開けて頂きますね」
言いながら、馬から下りる。
「狙いにくい所があると困りますし、踏み込むのも大事ですからね」
正面から狼と対峙したことで、アティニュスへ敵の注意が向いた。
その隙をついて、メルとともにエリーとソニア救出を目指すティスが、2体の狼の間を強引に突破する。
敵に睨まれようと、牙を突き立てそうになろうと構わない。ゴースロンの手綱を握り、一気に駆け抜ける。
勢いを弱めないティスは、そのまま狼歪虚たちを振り切る。程なくして、奥で地面に尻もちをついている2人の少女を発見した。
近くに敵がいないか確かめると、巨大かつ不気味な蜘蛛が少女たちを餌食にするべく動き出していた。
先ほど突破してきた狼と同様、エリーとソニアを狙う蜘蛛も歪虚だ。瞬時に理解したティスは2人を守るべく、敵との間に割って入った。
突如として背後から現れた蜘蛛に怯え、ソニアと抱き合うようにして震えていたエリーが顔を上げる。
「お、お姉ちゃん、だ、誰……?」
「前に一度会ったことがあるのだけど、忘れてしまったかしら。ふふっ。話はあとね。私の後ろに隠れていて」
エリーとソニアは揃って頷き、ティスの指示に従う。
「部外者の俺様が出来る事ぁ、安心させて助け出し、家に帰してやるぐらいだ」
ティスやメルといった先発組に少女たちの身柄確保を任せ、エリミネーター自身は退路の確保と、周辺の歪虚の迎撃を行う。
西方の狼2体をまとめて仕留めるべく、コントラルトがデルタレイを使う。
光の三角形から伸びる光が、まばゆさを纏いながら2体の狼を強烈に貫く。
断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、雑魔と化していた狼が息絶えるほどの威力だった。
2体の狼歪虚を仕留めたあと、コントラルトは自分を睨む生き残りの狼歪虚たちを見た。
「さあ、私の方に来なさい、私の方が食べがいはあるわよ? まあ、食べられるものならばだけどね」
挑発的な笑みを浮かべるコントラルトに、森北方にいた狼たちが殺気を全開にする。
森の西方では蜘蛛の歪虚が、戦う術を持たない少女たちを狙う。守りにつけているのはティスひとり。実力はともかく、数的には不利な状況だ。
アースウォールを展開して、蜘蛛が真っ直ぐにエリーたちの方へ向かうのを阻害するつもりだったが、ティスの予想以上に敵の動きが速かった。
あっという間に接近を許すも、伸びてきた敵の足を腕で防ぐ。ギリギリのところで傷を負うのは避けられた。
しかし、攻撃をしてきた蜘蛛に気を取られてる間に、別の蜘蛛に接近を許してしまった。
蜘蛛の顔が不気味に歪む。まるで笑ってるような光景を間近で見せられたソニアが悲鳴を上げた。
コントラルトとエリミネーターが狼のいなくなった道から西方へ向かう中、nilは馬から下りて近くの木に登って高所を取る。
そこからはソニアとエリー、さらにはティスに気を取られている蜘蛛の背後が丸見えだった。
「高所から奇襲……威嚇射撃で1体ずつ行動阻害……」
しっかりと狙うnilだったが、蜘蛛は少女を狙っている2体とは別にもう1体いた。
何かの合図でも出したのか、狙っていた1体に気づかれる。リロードを終えた銃で制圧射撃を行うも、寸前でかわされてしまう。
しまったと心の中で呟くnilの前方で、別の蜘蛛がソニアを狙う。
ストーンアーマーを纏い、防御能力を高めたティスへは威嚇するだけ。敵の狙いは、あくまでもソニアとエリーだった。
「ソニアちゃん!」
ソニアを森に誘ったエリーが、身を挺して親友を守ろうとする。
「狙うなら、私にしなさい!」
助けに入りたくても、ティスは別の蜘蛛に牽制されてすぐには動けなかった。
絶体絶命かと思われたその時、ティスに遅れてメルが現場に到着した。
背中側から蜘蛛を飛び越え、エリーの前に立つと、素早く反転して敵に体当たりを見舞った。
著しくバランスを崩した蜘蛛は攻撃を命中させられず、足を空振りさせて終わる。
「大丈夫、君たちも私たちも生きてるよ!」
覚悟していた衝撃が来ず、恐る恐る瞼を開けたエリーにメルが満面の笑みを見せた。
「エリ―ちゃん、だっけ。おつかれさま。ここまで大変だったよね? なるべく早く終わらせるから……帰ったらお話したいこともあるしね!」
数の上では互角になったが、別の蜘蛛もすぐに加勢しに向かおうとする。だが、そうはさせじとアティニュスが通せんぼをした。
「蜘蛛の移動力……片側全ての足を奪えばいいでしょうか? 歪虚ですから再生するかもしれませんが、その間に胴体を斬ればいいですしね」
刀を振るい、胴から脚部を重点的に狙う。移動力ごと奪うためだ。
「足が遅ければ襲われる危険性は下がりますし、避けられなければ戦いやすいですから」
咄嗟に避けるにも、慣れない森の中では足を取られかねない。確実に、着実に倒すため受け流しを用いて戦闘を継続するも、蜘蛛の一撃をアティニュスは腕に食らってしまう。さほどのダメージではないため、意に介さず戦闘を継続する。
一方で一石は、エリミネーターとともに狼の抑えに回っていた。瞬発力に優れる狼の1体に懐へ入り込まれ、脚に牙を突き立てられる。
脚を大きく振り、すかさず狼を引き離す。致命傷には程遠いので、支障はない。敵から注意を逸らさずに距離を取り、威嚇射撃を行う。
「こっから近づいたら蜂の巣にするぜ、獣共?」
ダメージの影響を微塵も感じさせず、一石が余裕の笑みを見せる。
高所に位置取る事で、戦況を把握する狙いがあったnilは蜘蛛の動向を窺いつつも、狼に奇襲されないように注意をしていた。
「……すぐ左、別のが、来る……」
nilの言葉に反応し、エリミネーターが別方向から一石を狙う狼を迎え撃つ。
撃破は蜘蛛を優先と考えていたが、ここまで狼に接近されてしまっていては、そうも言っていられない。
敵に隣接されたエリミネーターは、ハンドサポーターに装備を切り替えて敵の動きを観察する。
呼吸から初動を見破り、相手の動きに合わせて懐へ入る。飛びかかろうとしていた狼は隙だらけ。腕を伸ばしたエリミネーターは、力の限りに敵を地面へ叩きつけた。
「俺様の投げを食らって生きてるのはたいしたもんだが、いつまで持つかな」
もう1体の狼が増援に入ろうとしても、そちらは一石が対処する。加えて上からnilが目を光らせてるだけに、狼たちがいかに素早く動いても無駄だった。
「よくも今まで好き勝手してくれたわね。今度はこちらの番。遠慮なく攻撃させてもらうわ」
メルの到着によって数的不利から脱したティスが、ソニアを攻撃しようとした蜘蛛にアースバレットを食らわせる。
放たれた無数の石つぶてによる強烈な衝撃が、蜘蛛の1体を消滅させた。
怒りで殺気立つ蜘蛛の1体を、牽制するようにコントラルトが遠距離からデルタレイを放った。狙ったのはアティニュスと対峙中の蜘蛛だった。
気を取られた蜘蛛に生まれた隙を、アティニュスは見逃さなかった。握りしめた刀で一刀両断にし、ふうと軽く息を吐く。
迫る別の蜘蛛をメルが溶融パイルで迎撃する。炎の力を持つ破壊エネルギーにより、生き残っていた最後の蜘蛛も倒れる。
あとは離脱するだけだ。武器をオートマチックST43に持ち替えていたエリミネーターが、エイミングからの強弾で弱っていた狼にとどめを刺した。
残り1体の狼を好きに動かせないようにすべく、nilが木の上からの制圧射撃を命中させる。
素早い動きが封じられた狼はもはや敵ではなく、魔導拳銃に持ち替えた一石が近距離からの一撃を見舞って戦闘は終了した。
●
「まったくもう、あんまり危ないことしちゃダメよ? 怪我はないかしら?」
コントラルトの問いかけで、エリーとソニアが同時に涙ぐむ。
エリーは故郷を追われた際に母親を亡くし、ソニアはつい先日、村がゴブリンに襲われた際に母親を失った。途切れ途切れになりながらの話を聞いた誰もが、沈痛な面持ちを隠せなかった。
「そうか、母親が死んじまったか……まぁなんだ、辛いだろうが死んじまった奴には二度と会えねぇ。俺もハンターになる前に周りで色んな奴が死んじまってるから、会いたくなる気持ちは分かるけどな……けど、会えねぇからこそ、生きてる奴はこれから先も立派に生きてくしかねぇ。それが死んじまった奴、お前の家族を安心させる唯一の方法なんじゃねぇか?」
一石の言葉に、エリーは涙を手の甲で拭きながら頷いた。
「私も、さ。とても無理してる子が居て……何とかしてあげたいんだけど。中々上手くは行かないんだ。怒らせちゃうし。でも、お話ができる間は諦めないし。チャンスはあると信じてるんだ。きみも、きみときみのだいじなひとを大切にすること、諦めないでね」
慰めるような、励ますようなメルの発言のあと、エリミネーターがエリーの肩をポンと叩いた。
「この後何かして欲しい事がありゃあ何でも言ってくれ、ここに居るハンター達はちょいとした特技もあるようだしな?」
その言葉で、何かを思い出したかのようにエリーが顔を上げた。
「プリンっ!」
勢いよく叫ばれたひと言に、ハンターたちが揃って首を傾げる。
「エリー、ソニアちゃんと一緒に、プリンを作ろうとしてる途中だったんだ!」
●
ドリューにたっぷり怒られたエリーに、ハンターたちは改めてプリン作りの手伝いをお願いされた。
「なんだ、菓子作りか。手伝ってやってもいいが……仕方なくだぜ? 仕方なく」
「うん、ありがとう」
にぱっと笑うエリーに、一石がどことなく照れた様子を見せる。
楽しそうなのは、子供好きなコントラルトだ。
「普通のプリンも美味しいけれど、私のティータイム用の紅茶と蜂蜜なんだけど、コレで紅茶プリンや蜂蜜プリンとかもどうかしら」
「私は牛乳とチョコレートを用意したので、チョコプリンを作ろうと思います」
負けじと張り切るティスが、卵の用意をお願いしますとも付け加えた。
「ソニアとエリーは笑顔。それは、ずっとエリーが望んでいたモノ……。きっとソニアも望んでいたモノ……。ソニアとエリーが、笑顔になれたのは声が聞こえたからだと思う……。それは、声……音じゃないかも知れないけれど……」
nilが見つめる先では、エリーが卵を頬につけながらプリンの材料と格闘していた。
「美味しく出来るといいわね。まあ、ダメでも練習すればそのうち絶対美味しくなるから。失敗も笑い飛ばしましょう?」
コントラルトが明るい声で言えば、エリーもソニアも笑顔を見せる。
亡き母親の声を聞きたい――。
願いは叶わなかったが、少女たちは今日という日を一生忘れないだろう。ハンターたちの活躍により、憂いのなくなった笑顔を見ていれば、聞かなくともわかった。
完成したプリンが食卓の上に乗った時、窓が閉まっている家の中でかすかな風が吹いた。
少女たちの髪を撫でるような、ハンターたちへお礼を言うような、とても優しい風だった。
「死人の声が聞こえる、ねぇ……ンな御伽噺を信じるなんて、いかにもガキのしそうな事だな」
森の奥を見つめる霧江 一石(ka0584)の言葉に、エリミネーター(ka5158)が反応する。
「聞いたところじゃ先の騒動に見舞われた挙句に母親を失ったって話だ、きっと精神的な負担も大きかったろう……まだ小さいってのに」
そうかと応じる一石の隣で、nil(ka2654)が呟くように言葉を発した。
「……母親……私は、知らない。父親も、知らない。私が此処に、本当にあるのなら、両親もきっと居たんだろうと思う……。私が森の奥で何かを言えば、何か返ってくる……? ……多分、何も帰ってこない。母親……私は、知らない」
どこか寂しげにも感じられる台詞が風に乗って木々をわずかに揺らしたあと、森の奥から少女のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。
素早く声がした方を見る。視線が発生源へ辿り着く前に、2体の狼へぶつかる。雑魔だ。
「まっずいねぇ……でも焦らず焦らず……」
メル・アイザックス(ka0520)が片手に持つ武器を構えた。
もともと子供好きなメルは、聞こえてきた悲鳴に危機感を募らせる。一方で、だからこそ落ち着こうと意識もする。時間も情報も仲間も居るから、と。
ティス・フュラー(ka3006)はいつか見たソニアとエリーの顔を思い出す。
「よく窮地に陥る子たちね。神様はあの子たちに何か恨みでもあるのかしら……なんて馬鹿なことを考えてないで、急いで助けてあげなくちゃ」
「早速向いましょう。悲劇が重なるのは好きじゃないの。絶対に助けるわ」
強い決意が、コントラルト(ka4753)の瞳の奥に宿る。
「そうだね。特にエリーちゃんに対しては親近感を覚えるしね。なんとかしてあげたいけど、上手くできないっていう気持ちに共感するよ」
「ま、こうして偶然にも俺様達が居合わせたんだ。理由はどうあれ助けん訳にもいかんだろう。子供の命ってぇのは尊いモンだからな」
メルとエリミネーターが、顔を見合わせて頷く。すぐにでも走り出す準備はできている。
「ではまず、北西への道を塞いでいる邪魔な狼歪虚を片付けましょうか。その間にティスさんに先に向かっていただきましょう」
アティニュス(ka4735)は、視界に映る2体の狼に狙いを定める。
「さっさと連れて帰るぜ。ガキの死体は見たくねえぇ」
先手を取ったのは、そう言った一石だ。馬に乗って移動し、敵を狙える位置を確保する。
「おいワンコ共、ちょいと付き合ってやるよ」
他のメンバーより脚は遅くとも、銃の射程で補う。よく狙った一撃が、狼に襲い掛かる。
命中したと思った瞬間、危険を察知したのか、狼が咄嗟に後方へ飛んだ。直後に狼の足元へ、一石の放った銃弾が突き刺さる。
軽く舌打ちをしつつ、一石はすぐさま次弾を放つ準備に入る。
「……森だから馬で移動より徒歩の方が良い気がするけれど、そこは臨機応変……。道中邪魔な狼が、射程に入り次第、制圧射撃で足止めするから、どんどん先に進んで……」
口にしたとおり、nilは奥へ続く道を塞ぐ狼の1体に制圧射撃を行った。狙いは的確だったが、当の狼に攻撃を回避されてしまう。一石の銃弾を避けたのといい、想像以上に回避能力に優れていそうだった。
回避されない限りは命中していたのだからと、気を取り直してnilも次の攻撃へ集中する。
ソニアとエリーがいる場所の手がかりがわずかでも欲しいコントラルトは、連れていた狛犬にお願いする。森へ来る前にドリューへ頼み、二人のにおいを覚えさせていた。
吠える犬が見据えるのは、2体の狼が立ち塞がる道の奥だった。
「どうやら2人は向こうにいるみたいね。少しのロスも許されないわ。急ぎましょう」
仲間たちが遠距離から先制攻撃を放つ中、敵に降り注ぐ銃弾の雨を目印代わりに、アティニュスは西方の狼の前まで移動する。
「では、道を開けて頂きますね」
言いながら、馬から下りる。
「狙いにくい所があると困りますし、踏み込むのも大事ですからね」
正面から狼と対峙したことで、アティニュスへ敵の注意が向いた。
その隙をついて、メルとともにエリーとソニア救出を目指すティスが、2体の狼の間を強引に突破する。
敵に睨まれようと、牙を突き立てそうになろうと構わない。ゴースロンの手綱を握り、一気に駆け抜ける。
勢いを弱めないティスは、そのまま狼歪虚たちを振り切る。程なくして、奥で地面に尻もちをついている2人の少女を発見した。
近くに敵がいないか確かめると、巨大かつ不気味な蜘蛛が少女たちを餌食にするべく動き出していた。
先ほど突破してきた狼と同様、エリーとソニアを狙う蜘蛛も歪虚だ。瞬時に理解したティスは2人を守るべく、敵との間に割って入った。
突如として背後から現れた蜘蛛に怯え、ソニアと抱き合うようにして震えていたエリーが顔を上げる。
「お、お姉ちゃん、だ、誰……?」
「前に一度会ったことがあるのだけど、忘れてしまったかしら。ふふっ。話はあとね。私の後ろに隠れていて」
エリーとソニアは揃って頷き、ティスの指示に従う。
「部外者の俺様が出来る事ぁ、安心させて助け出し、家に帰してやるぐらいだ」
ティスやメルといった先発組に少女たちの身柄確保を任せ、エリミネーター自身は退路の確保と、周辺の歪虚の迎撃を行う。
西方の狼2体をまとめて仕留めるべく、コントラルトがデルタレイを使う。
光の三角形から伸びる光が、まばゆさを纏いながら2体の狼を強烈に貫く。
断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、雑魔と化していた狼が息絶えるほどの威力だった。
2体の狼歪虚を仕留めたあと、コントラルトは自分を睨む生き残りの狼歪虚たちを見た。
「さあ、私の方に来なさい、私の方が食べがいはあるわよ? まあ、食べられるものならばだけどね」
挑発的な笑みを浮かべるコントラルトに、森北方にいた狼たちが殺気を全開にする。
森の西方では蜘蛛の歪虚が、戦う術を持たない少女たちを狙う。守りにつけているのはティスひとり。実力はともかく、数的には不利な状況だ。
アースウォールを展開して、蜘蛛が真っ直ぐにエリーたちの方へ向かうのを阻害するつもりだったが、ティスの予想以上に敵の動きが速かった。
あっという間に接近を許すも、伸びてきた敵の足を腕で防ぐ。ギリギリのところで傷を負うのは避けられた。
しかし、攻撃をしてきた蜘蛛に気を取られてる間に、別の蜘蛛に接近を許してしまった。
蜘蛛の顔が不気味に歪む。まるで笑ってるような光景を間近で見せられたソニアが悲鳴を上げた。
コントラルトとエリミネーターが狼のいなくなった道から西方へ向かう中、nilは馬から下りて近くの木に登って高所を取る。
そこからはソニアとエリー、さらにはティスに気を取られている蜘蛛の背後が丸見えだった。
「高所から奇襲……威嚇射撃で1体ずつ行動阻害……」
しっかりと狙うnilだったが、蜘蛛は少女を狙っている2体とは別にもう1体いた。
何かの合図でも出したのか、狙っていた1体に気づかれる。リロードを終えた銃で制圧射撃を行うも、寸前でかわされてしまう。
しまったと心の中で呟くnilの前方で、別の蜘蛛がソニアを狙う。
ストーンアーマーを纏い、防御能力を高めたティスへは威嚇するだけ。敵の狙いは、あくまでもソニアとエリーだった。
「ソニアちゃん!」
ソニアを森に誘ったエリーが、身を挺して親友を守ろうとする。
「狙うなら、私にしなさい!」
助けに入りたくても、ティスは別の蜘蛛に牽制されてすぐには動けなかった。
絶体絶命かと思われたその時、ティスに遅れてメルが現場に到着した。
背中側から蜘蛛を飛び越え、エリーの前に立つと、素早く反転して敵に体当たりを見舞った。
著しくバランスを崩した蜘蛛は攻撃を命中させられず、足を空振りさせて終わる。
「大丈夫、君たちも私たちも生きてるよ!」
覚悟していた衝撃が来ず、恐る恐る瞼を開けたエリーにメルが満面の笑みを見せた。
「エリ―ちゃん、だっけ。おつかれさま。ここまで大変だったよね? なるべく早く終わらせるから……帰ったらお話したいこともあるしね!」
数の上では互角になったが、別の蜘蛛もすぐに加勢しに向かおうとする。だが、そうはさせじとアティニュスが通せんぼをした。
「蜘蛛の移動力……片側全ての足を奪えばいいでしょうか? 歪虚ですから再生するかもしれませんが、その間に胴体を斬ればいいですしね」
刀を振るい、胴から脚部を重点的に狙う。移動力ごと奪うためだ。
「足が遅ければ襲われる危険性は下がりますし、避けられなければ戦いやすいですから」
咄嗟に避けるにも、慣れない森の中では足を取られかねない。確実に、着実に倒すため受け流しを用いて戦闘を継続するも、蜘蛛の一撃をアティニュスは腕に食らってしまう。さほどのダメージではないため、意に介さず戦闘を継続する。
一方で一石は、エリミネーターとともに狼の抑えに回っていた。瞬発力に優れる狼の1体に懐へ入り込まれ、脚に牙を突き立てられる。
脚を大きく振り、すかさず狼を引き離す。致命傷には程遠いので、支障はない。敵から注意を逸らさずに距離を取り、威嚇射撃を行う。
「こっから近づいたら蜂の巣にするぜ、獣共?」
ダメージの影響を微塵も感じさせず、一石が余裕の笑みを見せる。
高所に位置取る事で、戦況を把握する狙いがあったnilは蜘蛛の動向を窺いつつも、狼に奇襲されないように注意をしていた。
「……すぐ左、別のが、来る……」
nilの言葉に反応し、エリミネーターが別方向から一石を狙う狼を迎え撃つ。
撃破は蜘蛛を優先と考えていたが、ここまで狼に接近されてしまっていては、そうも言っていられない。
敵に隣接されたエリミネーターは、ハンドサポーターに装備を切り替えて敵の動きを観察する。
呼吸から初動を見破り、相手の動きに合わせて懐へ入る。飛びかかろうとしていた狼は隙だらけ。腕を伸ばしたエリミネーターは、力の限りに敵を地面へ叩きつけた。
「俺様の投げを食らって生きてるのはたいしたもんだが、いつまで持つかな」
もう1体の狼が増援に入ろうとしても、そちらは一石が対処する。加えて上からnilが目を光らせてるだけに、狼たちがいかに素早く動いても無駄だった。
「よくも今まで好き勝手してくれたわね。今度はこちらの番。遠慮なく攻撃させてもらうわ」
メルの到着によって数的不利から脱したティスが、ソニアを攻撃しようとした蜘蛛にアースバレットを食らわせる。
放たれた無数の石つぶてによる強烈な衝撃が、蜘蛛の1体を消滅させた。
怒りで殺気立つ蜘蛛の1体を、牽制するようにコントラルトが遠距離からデルタレイを放った。狙ったのはアティニュスと対峙中の蜘蛛だった。
気を取られた蜘蛛に生まれた隙を、アティニュスは見逃さなかった。握りしめた刀で一刀両断にし、ふうと軽く息を吐く。
迫る別の蜘蛛をメルが溶融パイルで迎撃する。炎の力を持つ破壊エネルギーにより、生き残っていた最後の蜘蛛も倒れる。
あとは離脱するだけだ。武器をオートマチックST43に持ち替えていたエリミネーターが、エイミングからの強弾で弱っていた狼にとどめを刺した。
残り1体の狼を好きに動かせないようにすべく、nilが木の上からの制圧射撃を命中させる。
素早い動きが封じられた狼はもはや敵ではなく、魔導拳銃に持ち替えた一石が近距離からの一撃を見舞って戦闘は終了した。
●
「まったくもう、あんまり危ないことしちゃダメよ? 怪我はないかしら?」
コントラルトの問いかけで、エリーとソニアが同時に涙ぐむ。
エリーは故郷を追われた際に母親を亡くし、ソニアはつい先日、村がゴブリンに襲われた際に母親を失った。途切れ途切れになりながらの話を聞いた誰もが、沈痛な面持ちを隠せなかった。
「そうか、母親が死んじまったか……まぁなんだ、辛いだろうが死んじまった奴には二度と会えねぇ。俺もハンターになる前に周りで色んな奴が死んじまってるから、会いたくなる気持ちは分かるけどな……けど、会えねぇからこそ、生きてる奴はこれから先も立派に生きてくしかねぇ。それが死んじまった奴、お前の家族を安心させる唯一の方法なんじゃねぇか?」
一石の言葉に、エリーは涙を手の甲で拭きながら頷いた。
「私も、さ。とても無理してる子が居て……何とかしてあげたいんだけど。中々上手くは行かないんだ。怒らせちゃうし。でも、お話ができる間は諦めないし。チャンスはあると信じてるんだ。きみも、きみときみのだいじなひとを大切にすること、諦めないでね」
慰めるような、励ますようなメルの発言のあと、エリミネーターがエリーの肩をポンと叩いた。
「この後何かして欲しい事がありゃあ何でも言ってくれ、ここに居るハンター達はちょいとした特技もあるようだしな?」
その言葉で、何かを思い出したかのようにエリーが顔を上げた。
「プリンっ!」
勢いよく叫ばれたひと言に、ハンターたちが揃って首を傾げる。
「エリー、ソニアちゃんと一緒に、プリンを作ろうとしてる途中だったんだ!」
●
ドリューにたっぷり怒られたエリーに、ハンターたちは改めてプリン作りの手伝いをお願いされた。
「なんだ、菓子作りか。手伝ってやってもいいが……仕方なくだぜ? 仕方なく」
「うん、ありがとう」
にぱっと笑うエリーに、一石がどことなく照れた様子を見せる。
楽しそうなのは、子供好きなコントラルトだ。
「普通のプリンも美味しいけれど、私のティータイム用の紅茶と蜂蜜なんだけど、コレで紅茶プリンや蜂蜜プリンとかもどうかしら」
「私は牛乳とチョコレートを用意したので、チョコプリンを作ろうと思います」
負けじと張り切るティスが、卵の用意をお願いしますとも付け加えた。
「ソニアとエリーは笑顔。それは、ずっとエリーが望んでいたモノ……。きっとソニアも望んでいたモノ……。ソニアとエリーが、笑顔になれたのは声が聞こえたからだと思う……。それは、声……音じゃないかも知れないけれど……」
nilが見つめる先では、エリーが卵を頬につけながらプリンの材料と格闘していた。
「美味しく出来るといいわね。まあ、ダメでも練習すればそのうち絶対美味しくなるから。失敗も笑い飛ばしましょう?」
コントラルトが明るい声で言えば、エリーもソニアも笑顔を見せる。
亡き母親の声を聞きたい――。
願いは叶わなかったが、少女たちは今日という日を一生忘れないだろう。ハンターたちの活躍により、憂いのなくなった笑顔を見ていれば、聞かなくともわかった。
完成したプリンが食卓の上に乗った時、窓が閉まっている家の中でかすかな風が吹いた。
少女たちの髪を撫でるような、ハンターたちへお礼を言うような、とても優しい風だった。
依頼結果
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【相談卓】 霧江 一石(ka0584) 人間(リアルブルー)|25才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2015/11/15 21:10:28 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/13 21:44:41 |