ゲスト
(ka0000)
ララ・デアの歯車
マスター:西尾厚哉

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/11/17 22:00
- 完成日
- 2015/11/24 00:38
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「よくも私の大切なおうちを。あの偽物の差し金か?
名乗れと言うから教えてあげる。私の名はララ・デア。
血の一滴までも奪い取ってやるからと伝えるがいい。
錬魔とイルリヒトは皆殺しだ」
「すげぇのが出たんだよ、すげぇのが。イルリヒトとハンターで死闘だったらしいぜ」
「森だろ? あそこやっぱ行くもんじゃないね」
「いや、訓練に使う森なんて、もうちょっと人のいないところ使って欲しいよ」
「でもイルリヒトの宿舎があるから、治安も多少いいってこともあるし」
「ゴブリンとコボルト相手にしてる訓練生だぜ? あのでけぇのだってハンターがいなきゃ無理だったんだろ?」
どこでどう漏れたのか、剣機団子との戦闘が周囲の住民の噂話になっている。
「まあ、廃材集めに回ったんだし、しかたないね」
と、イルリヒト教官のトマス・ブレガ。
剣機と廃材を幾重にも纏ってその身を巨大化させる剣機団子。
村や町からの廃材集めは団子を森の外にを誘き出すの餌場づくりのため。
その剣機団子を『おうち』と言い、イルリヒトと錬魔院に強烈な敵愾心を示した『ララ・デア』は、過去の関係者かと双方で20年ほどまで遡って調べたが、それらしき人物は見当たらなかった。
錬魔院は対巨大歪虚の兵器開発と、マテリアル爆弾の進化系を作ることにしたが、再び相手が暴れるのと開発とどっちが早いかは陽の目を見るより明らかだ。
魔導アーマーが使えればいいが、その時はもうイルリヒトの出番ではあるまい。
また、イルリヒト教官、レイ・グロスハイムは吸血鬼少女の『偽物』となじられたが、すっぱりと問題視しないことになった。
『歪虚の名前が同じだからといって、それを聞いたのは意識が朦朧とした訓練生であり、言ったのは歪虚自身である、というのが何の意味も持たない』
それが、上層部の出した結論。
レイ・グロスハイムと反りが合わないヒューグラー教官が異を唱えたが、あんまりごたごた言うなら主任候補から外すと脅せば黙るだろうと呆気なく無視された。
「いやぁん、もう、お世辞が上手なんだからぁ~」
「お世辞じゃないよ。俺、マリーちゃんと飲めるんなら他の約束なんて丸めて捨てちゃう」
ノア・ベンカーはグラスをかちりと相手のグラスに当てて、くいっと酒を飲み干した。
「あーあ、でも、明日からまた仕事かぁ」
はふう、と真っ赤な顔で溜息をつく女性の肩にノアは腕を回す。
「忙しそうだねぇ。イルリヒトの事務ってそんな大変だっけ?」
「んー、いつもは備品補充の書類作ったり、訓練生の日用品の手配したりするんだけどぉ、おとといまで名簿ずーっと調べててさー」
「訓練生の?」
マリーはこくんとグラスの中身を飲んで、周囲をちらと見てからノアに顔を寄せた。
「関係者全部。女性なんだけど、ララ・デアって人がいなかったか探したの」
「あったの?」
「ないわよぉ。でも、ないのは私の責任じゃないっての。なーんか、みんな不機嫌そうな顔してさ。ピリピリしてんのよねー」
冗談じゃないわ、というようにマリーはぷんと口を尖らせる。
「あれかな、こないだのデカい歪虚との件で?」
「ん、そうかも。ララ・デアってさ、歪虚がそう名乗ったみたいよ? なんかよくわかんないけど、グロスハイム教官が啖呵切られたって訓練生が噂してた」
なんじゃそら、とノアは思わず笑った。
そして次に『ん?』と首を傾げる。
「それ、レイ・グロスハイムのこと?」
「そうよ? いっつも不愛想な顔してる人。笑えばハンサムなのにもったいない」
へー、とノアは頭のメモに書き入れる。レイ・グロスハイム、不愛想でハンサム。
「あ、迎えが来た」
ふいにマリーが立ち上がった。見れば店の入り口に男が一人立っている。
「今日はありがと。今度、友達も誘っていい? 錬魔院の子よ?」
「ん、大歓迎」
ノアの額に軽くキスをしてマリーは彼の顔をしげしげと眺めた。
「新聞記者ってもっと怪しいのかと思ってたけど、ノアさん、いつも紳士ねえ。好きな人でもいるの?」
「マリーちゃん、使用人雇えるくらいなのになんで事務員やってるの?」
マリーはアハハと笑った。
「軍人さんが好きだから~。と思ったらイルリヒトはおじさんばっかりだった。師団に行かないとだめかなぁ」
マリーはそこで再びノアに顔を寄せ、素早く囁いた。
「レイ・グロスハイムとトマス・ブレガは若くてイケメンだけど、あの2人、つるみ過ぎてもしかしたらそっち系ではないかと、う・わ・さ」
じゃぁね~、と去っていくマリーを見送ってノアは失笑する。
女の子ってなぁ、怖いねえ。
そのまま彼はポケットから短伝話を取り出した。
「あ、俺。人、探して欲しいんだ。ララ・デアって女性。年齢? んー、わかんねぇ。名前だけ。うん、あっちにも連絡してみてよ。んじゃ」
通話を切って、ノアは嘆息する。
名前だけだからなあ……。でもまあ、意外と『あっち方面』でひっかかるかも。
一週間後、ノアは調査結果の連絡を受けた。
「慈善家?」
思わず我が耳を疑う。慈善家歪虚? ……じゃないよな……さすがに。
『もうけっこうな歳だよ。地方で細々と活動してるらしい。ちょっと歌もうまいし、孤児院や老人宅慰問したり、ボランティア募って過疎化の村の仕事手伝ったり。でもマスコミ嫌いでね。今まで取材お断りだったらしい。マスコミは嫌いなんだと。今は北方の小さな村町にいるみたいだ。ええと……ハルツハイム』
短伝話の相手が言う。
「『あっち』と繋がりあんの?」
『ないみたいだ。でも本人が知る知らないは別問題だからな。話を聞いて辿るしかないんじゃないかな』
本人に話ねえ……
俺、今、動けねえし。
でも、これ何か掴めたらイルリヒトに入り込める、いいチャンスなんだよな。
「ハンター……頼んでみっかな。マスコミは駄目みたいだし」
ノアは呟いたのだった。
彼女ももしかしたら会えるかもしれねーじゃん。彼に。
「ね、ピアちゃん」
名乗れと言うから教えてあげる。私の名はララ・デア。
血の一滴までも奪い取ってやるからと伝えるがいい。
錬魔とイルリヒトは皆殺しだ」
「すげぇのが出たんだよ、すげぇのが。イルリヒトとハンターで死闘だったらしいぜ」
「森だろ? あそこやっぱ行くもんじゃないね」
「いや、訓練に使う森なんて、もうちょっと人のいないところ使って欲しいよ」
「でもイルリヒトの宿舎があるから、治安も多少いいってこともあるし」
「ゴブリンとコボルト相手にしてる訓練生だぜ? あのでけぇのだってハンターがいなきゃ無理だったんだろ?」
どこでどう漏れたのか、剣機団子との戦闘が周囲の住民の噂話になっている。
「まあ、廃材集めに回ったんだし、しかたないね」
と、イルリヒト教官のトマス・ブレガ。
剣機と廃材を幾重にも纏ってその身を巨大化させる剣機団子。
村や町からの廃材集めは団子を森の外にを誘き出すの餌場づくりのため。
その剣機団子を『おうち』と言い、イルリヒトと錬魔院に強烈な敵愾心を示した『ララ・デア』は、過去の関係者かと双方で20年ほどまで遡って調べたが、それらしき人物は見当たらなかった。
錬魔院は対巨大歪虚の兵器開発と、マテリアル爆弾の進化系を作ることにしたが、再び相手が暴れるのと開発とどっちが早いかは陽の目を見るより明らかだ。
魔導アーマーが使えればいいが、その時はもうイルリヒトの出番ではあるまい。
また、イルリヒト教官、レイ・グロスハイムは吸血鬼少女の『偽物』となじられたが、すっぱりと問題視しないことになった。
『歪虚の名前が同じだからといって、それを聞いたのは意識が朦朧とした訓練生であり、言ったのは歪虚自身である、というのが何の意味も持たない』
それが、上層部の出した結論。
レイ・グロスハイムと反りが合わないヒューグラー教官が異を唱えたが、あんまりごたごた言うなら主任候補から外すと脅せば黙るだろうと呆気なく無視された。
「いやぁん、もう、お世辞が上手なんだからぁ~」
「お世辞じゃないよ。俺、マリーちゃんと飲めるんなら他の約束なんて丸めて捨てちゃう」
ノア・ベンカーはグラスをかちりと相手のグラスに当てて、くいっと酒を飲み干した。
「あーあ、でも、明日からまた仕事かぁ」
はふう、と真っ赤な顔で溜息をつく女性の肩にノアは腕を回す。
「忙しそうだねぇ。イルリヒトの事務ってそんな大変だっけ?」
「んー、いつもは備品補充の書類作ったり、訓練生の日用品の手配したりするんだけどぉ、おとといまで名簿ずーっと調べててさー」
「訓練生の?」
マリーはこくんとグラスの中身を飲んで、周囲をちらと見てからノアに顔を寄せた。
「関係者全部。女性なんだけど、ララ・デアって人がいなかったか探したの」
「あったの?」
「ないわよぉ。でも、ないのは私の責任じゃないっての。なーんか、みんな不機嫌そうな顔してさ。ピリピリしてんのよねー」
冗談じゃないわ、というようにマリーはぷんと口を尖らせる。
「あれかな、こないだのデカい歪虚との件で?」
「ん、そうかも。ララ・デアってさ、歪虚がそう名乗ったみたいよ? なんかよくわかんないけど、グロスハイム教官が啖呵切られたって訓練生が噂してた」
なんじゃそら、とノアは思わず笑った。
そして次に『ん?』と首を傾げる。
「それ、レイ・グロスハイムのこと?」
「そうよ? いっつも不愛想な顔してる人。笑えばハンサムなのにもったいない」
へー、とノアは頭のメモに書き入れる。レイ・グロスハイム、不愛想でハンサム。
「あ、迎えが来た」
ふいにマリーが立ち上がった。見れば店の入り口に男が一人立っている。
「今日はありがと。今度、友達も誘っていい? 錬魔院の子よ?」
「ん、大歓迎」
ノアの額に軽くキスをしてマリーは彼の顔をしげしげと眺めた。
「新聞記者ってもっと怪しいのかと思ってたけど、ノアさん、いつも紳士ねえ。好きな人でもいるの?」
「マリーちゃん、使用人雇えるくらいなのになんで事務員やってるの?」
マリーはアハハと笑った。
「軍人さんが好きだから~。と思ったらイルリヒトはおじさんばっかりだった。師団に行かないとだめかなぁ」
マリーはそこで再びノアに顔を寄せ、素早く囁いた。
「レイ・グロスハイムとトマス・ブレガは若くてイケメンだけど、あの2人、つるみ過ぎてもしかしたらそっち系ではないかと、う・わ・さ」
じゃぁね~、と去っていくマリーを見送ってノアは失笑する。
女の子ってなぁ、怖いねえ。
そのまま彼はポケットから短伝話を取り出した。
「あ、俺。人、探して欲しいんだ。ララ・デアって女性。年齢? んー、わかんねぇ。名前だけ。うん、あっちにも連絡してみてよ。んじゃ」
通話を切って、ノアは嘆息する。
名前だけだからなあ……。でもまあ、意外と『あっち方面』でひっかかるかも。
一週間後、ノアは調査結果の連絡を受けた。
「慈善家?」
思わず我が耳を疑う。慈善家歪虚? ……じゃないよな……さすがに。
『もうけっこうな歳だよ。地方で細々と活動してるらしい。ちょっと歌もうまいし、孤児院や老人宅慰問したり、ボランティア募って過疎化の村の仕事手伝ったり。でもマスコミ嫌いでね。今まで取材お断りだったらしい。マスコミは嫌いなんだと。今は北方の小さな村町にいるみたいだ。ええと……ハルツハイム』
短伝話の相手が言う。
「『あっち』と繋がりあんの?」
『ないみたいだ。でも本人が知る知らないは別問題だからな。話を聞いて辿るしかないんじゃないかな』
本人に話ねえ……
俺、今、動けねえし。
でも、これ何か掴めたらイルリヒトに入り込める、いいチャンスなんだよな。
「ハンター……頼んでみっかな。マスコミは駄目みたいだし」
ノアは呟いたのだった。
彼女ももしかしたら会えるかもしれねーじゃん。彼に。
「ね、ピアちゃん」
リプレイ本文
ハルツハイムは森を背後に抱え、美しく整備された町だった。
ハンター達は町に入ってすぐ、ボランティアを募るビラを手にした。
『デア会』とあるが、ララ・デアに啓発されて自然発足したボランティアグループらしい。
聞けばララの今日の予定は町にある二つの孤児院のかけもちとか。
バジル・フィルビー(ka4977)とルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)はグリレ孤児院へ。
エステル・クレティエ(ka3783)とマキナ・バベッジ(ka4302)はもう一つの孤児院、グレーテへ。
ララはどちらかにいるだろう。
ザレム・アズール(ka0878)は生き別れた妹を探すという名目で孤児院の名簿を確認するためまずはグリレへ。
ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)は町へ聞き込みに回ることにした。
短伝話で連絡を取り合うことを申し合わせ、それぞれの目的地に散った。
グリレ孤児院で名簿を開いたザレム。
子供達の嬌声に窓の外に目を向ける。
「ジュゲームリリカル……」
カードを掲げてくるりと回るルンルンの真似をして嬉しそうに回っている少女達の姿が見え、思わず笑みが零れる。
光が零れ落ちそうなルンルンと遊ぶことは子供達にとって新鮮で刺激的なことだろう。
バジルは数人の子供達と一緒にスケッチブックを開いている。彼の連れたロシアンブルーも人気者のようだ。
ララらしき人物の姿を探したが見当たらないので、再びファイルに目を落とした。
快く過去20年ほどの名簿を出してもらったが、吸血鬼ララの見た目の年齢がそのままと仮定するならば、10~15年前分。
名前、独立した年月日、里親が見つかった子はその時の日付と住所。
一通り眺めて、すぐに違和感を覚えた。
10年前だけ里子に出された子供の数が多い。
15人。そのうち少女は8人。他の年はよくて数名なのに。
尋ねるとドレット支援団体という組織が関わっていたらしい。里親斡旋で付き合いを始めたが、一年ほどで打ち切ったのだという。
「ララさんが何かお気に召さなかったようなんですよね」
職員は言った。
「慈善活動をなさっている方ですよね」
ザレムは街角でもらったビラを見せた。
「ええそうです、この方。運営費や子供達の自立支援に力を貸してくださって」
「なるほど。お会いすることはできるんですか?」
「もちろん。午後にいらっしゃいますよ。ぜひ」
職員が離れて行ったあと、再びファイルをめくりつつ考える。
もし、吸血鬼ララが孤児院の子供だとすれば対象と思われる少女は42名。
もう一つの孤児院と合わせて仮に倍としても80人ほど。
ドレットを通じて里子に出された8人の少女。
エルゼ、フリーデル、ハンナ、イリス、カレン、サラ、ナターシャ、カティア。
ごく普通の少女の名前。
不思議だ。同じ名前が2つずつ。
吸血鬼のララ、慈善家のララ。
イルリヒトのレイ、吸血鬼ララの言うレイ。
対象年齢の42名の少女、里子に出された8人の少女。
誰と誰が交差しているのだろう。
「ドレット支援団体か……」
ララは何が気に入らなかったんだろう。調べてみてもいいかもしれない。
ウィルフォードに連絡しよう。
町でいろいろ情報収集しているはずだ。
「今から帝国通信社の出張所に行くつもりだから聞いてみる」
短伝話に届いたザレムの声を聞いてウィルフォードは答えた。
「大きな町だから、あるのではと思ったら的中した。ノアが情報で出していないから期待はできんが」
『了解した。町ではやっぱりだめか』
「君が聞いたのと同じだよ。差こそあれ悪く言う人はいない」
『俺はもう一つの孤児院の名簿を見てみる』
伝話を切り、ウィルフォードは嘆息する。
賑やかな場所を選んでそれとなく聞いてはみたが、ララについては本当に何にも悪い噂は出て来なかった。
出張所を見つけて行く気になったのは、それとは別にノア・ベンカーが気になったからだ。
渦中のイルリヒトならともかく、ララ探しにノアが。
彼については気になることが多かった。
尋ねて損にはならないだろう。
ウィルフォードと同じくノアに微かな疑念を抱いていたのがマキナ。
彼が持って来た木製の玩具に子供達は大喜びで、嬉しそうに遊ぶのを見ながら考え込む。
イルリヒトと錬魔院は帝国内組織。ノアの動きは少し度を越しているような気がする。
「マキナさん」
エステルが声をかけた。
「何か考え事? ララさん、まだお見えになっていないみたいですね。ボランティアは私達だけだったみたい」
マキナは目をしばたたせた。
「気になっているのは……ベンカーさんのことなんです……」
小首を傾げるエステルにマキナは話す。
「僕達の調べる情報を手に……どうするつもりなのだろうと……」
言って彼は首を振る。
「でも今は……依頼に集中しましょう」
十数分後、ララが顔を見せた。子供達が一斉に彼女に走り寄る。
優しく明るい表情。若々しく見えるが、もう相当な年齢だろう。
『吸血鬼ではない……』
2人は直感的にそう思った。彼女は普通の人間だ。
「ラーラ、お歌ー」
「いいわよ」
せがまれて、ララは女の子を抱き上げて歌いだした。美しい声だ。
子供達がじっとララの歌に耳を傾ける。
ララはきっと子供達にとっての居場所なのだわとエステルは思う。
レイ・グロスハイム、ハルツハイム。
『ハイム』。ララが『お家』と言う剣機団子。
森にいた剣機団子。森と、家。
「ここが貴方達のお家なのね」
子供達にさりげなく言ってみると
「14歳になると出るんだよ」
と、返事がかえってきた。
「ここを出たら一人で生きていくの」
そう言った少年の顔は少し寂しそうだった。
「そうじゃないわ。あなたはこれから一杯お友達ができるのよ。家族もできるわ」
頭を撫でてやりながらふと思ったのだ。
もし、吸血鬼ララが孤児院にいた子なら、彼女も居場所を欲しただろう。
その気持ちを『レイ・グロスハイム』に?
でも、彼女はイルリヒトのレイを『偽物』と言った。彼女の『お家』は彼ではないのだわ。
じゃあ、レイ・グロスハイムは誰……?
子供達の拍手の音がした。
ララは嬉しそうに子供達にキスを贈っている。
暫くして子供達が昼食のために部屋に戻った時、ララはもう一つの孤児院も付き合って、と2人を誘った。
「おふたりがいてくれて助かったわ。パイがあるからどうぞ?」
自ら荷馬車の手綱を握ってララは言う。
「ララさん、なぜこういう活動を?」
エステルが尋ねるとララは
「よく聞かれるけど、答えはいつも同じよ。お金をばら撒きたいの」
きょとんとするとララはくすくすと笑った。
「私は夫と死別して子供もいない。財産を個人に残したくないだけなの。残ったら寄付。正直にそう言うのに誰も信じないの。世の中って変ね」
無造作に束ねただけの髪が風になびいていた。
「でも私ね、子供の頃は歌手になりたかったの」
「なれますよ。さっきの歌、素敵でした」
うん、と頷きつつエステルが言うと、ララは「調子に乗っちゃいそう」とまた笑った。
彼女のてらいのないところがきっと人を惹きつけるのだろう。
陽気で温かく、傍にいるだけで気持ちが和む。
「でも……お一人だと、寂しくはないですか?」
マキナの声にララが目を向ける。
「いえ……僕は幼い頃に両親や友人を亡くしていて……」
「そう……。でも私は寂しくないかな」
ララは答えた。
「一杯笑えるもの。死んだら、夫と笑って再会して抱きしめてもらうの」
ララはマキナの顔を覗き込む。
「貴方は普段何をしているの?」
「僕は……魔導機械の勉強をしています」
「まあ。すごいわね。きっとそれが貴方の力になるのね。頑張って!」
ララは錬魔院のことを彷彿とする言葉にも警戒しない。
鼻歌交じりに馬を走らせるララは歪虚とは程遠い明るい表情だった。
帝国通信社の出張所を訪ねたウィルフォード。
入ると男性が2人、小さな部屋にちんまりと座っていた。
ドレット支援団体と聞かれて首を傾げた男だったが、もう1人がすぐに思い出した。
「帝国マフィアの関与を疑われて、新聞にすっぱ抜かれて潰れたんだよ。うちじゃないけど。10年近く前の話だ」
「マフィア……?」
それは人身売買では。
「でも確たる証拠はなくてね。だからドレットも反撃に出たんだけど、悪評には勝てなかった」
「代表者は誰だ?」
「うーん……」
「ノア・ベンカーなら分かるだろうか?」
「ベンカー知ってるの?」
答えて相手はしげしげとウィルフォードの顔を見る。
「あいつと仲がいいの?」
「そうわけではないが、そんなに不思議か?」
仲良くなりたくないし、と思いつつウィルフォードは答える。
「いや、あいつ、ネタはよく拾って来るけど睨まれることも多いんだよね。巻き込まれないようにしろよ」
「顔広いよな。こないだもラーゲルベックにインタビューしてさ。よくアポとれたもんだ」
もう1人が言う。
ノアだ。彼は本当に帝国通信社の記者らしい。
出張所を辞してウィルフォードはふむと空を仰ぐ。
「ザレムの情報と合わせてドリットの件を伝えたら……暫く泳がせてみるか……」
「ニンジャキャプタールンルン、疾風礫!」
「にんちゃきゃ、ちっぷー!」
ルンルンの周りで子供達ははしゃぎ、バジルは木陰で数人の子供達とロシアンブルーをモデルにデッサン会。
「バジルさん」
「あれ?」
ゲームをしていたと思っていたルンルンが不意に傍に来たので、バジルは目を丸くした。
「どうしたの?」
「生命感知が反応しました」
「どこ」
ルンルンは無言で孤児院の屋根の上を指差す。
「式、飛ばして来ます。万が一の時、子供達を中に」
返事をしようとしたバジルは、マキナとエステル、そして一人の女性の姿に気づいた。
「ララー!」
子供達が一斉に走り出す。
「ルンルン……あっ」
隠密で素早く身を隠しつつ移動してしまうルンルンは、もうどこにいるか分からない。
ザレムとウィルフォードに連絡するなら今。バジルも動いた。
建物の陰に身を滑り込ませた途端、
「ルンルン忍法分身の術っ」
るんるん、と書かれた式がぽんと目の前を横切り、バジルは小さく「わっ」と声をあげる。
すごい術。いや、驚いている場合じゃない。
「ララさんが来たよ。マキナとエステルも一緒だ」
「ご挨拶してきます!」
ととっと走って行くルンルンを見送ってバジルは短伝話を取り出し、ザレムに事態を伝える。
『あと10分くらいで着く。ウィルフォードには俺から連絡する』
「うん。頼む」
『バジル、メモできるか。10年前、支援団体を介して引き取られた子供の名前だ。ララさんの口から何か出ないか注意してくれ』
バジルは慌ててスケッチブックを開いた。
伝話を切ってバジルはふうと息を吐く。
歪虚。吸血鬼のララ? それとも別のやつ?
ルンルンはララをキラキラとした目で見上げた。
「本当に私、ララさんみたいになれたらって」
思いがけずララが驚いた顔をした。
「あの……?」
何かいけないことを言ったかしら。
「あ、いえ、急に昔のこと思い出しちゃって。サラって子が同じことを言ったのよ」
えっ、サラ。
戻って来たバジルは慌ててスケッチブックに目を落とす。
今聞いた名前が早速出て来るなんて。
「10年くらい前にここにいた子なの。でも、あの子は『ララになる!』だったかな。サラじゃなくてララがいいって言い張ったのよ」
ララは懐かしむように目を細める。
「ちょっと変わってて、周りと馴染まなくてね。でも、妙に人並み外れた部分があったわね」
「彼女は……今、どちらに?」
エステルが尋ねると、ララは首を振った。
「分からないの。里親に引き取られてそれからは」
「支援団体ですか……?」
バジルは思い切って口を開く。
「そうよ? よく知ってるわね。新聞を読んだの?」
次の返事は用意していなかったが、ララは深く追求はして来なかった。
「気になって聞いたのに引取り先はもう引っ越したとか、分からないとかいい加減で。頭にきてあそことは付き合いを切るよう勧めたの」
その言葉の最中にザレムが来る。
彼はララの背後からさりげなく近づいて片手を出し、ぽん、と小さな花を出してみせた。
「初めまして。下手な手品でお恥ずかしいですが」
「あら」
ララは顔をほころばせる。
「すごい。手品って初めて」
「お花、もっとー」
あっという間にザレムは子供に取り囲まれた。
「じゃあ、次はもう少し大きい花を出そうか。いいかい、よーく見てて?」
手を動かした時、ポケットから紙が落ちた。
「あ、お兄ちゃん、失敗した?」
子供が拾い、ザレムは「おっと」と笑ってみせる。
それは記憶を頼りに描いた吸血鬼ララの似顔絵だ。
「あ、おねえちゃんの顔だー」
子供達が覗き込んで口々に言う。
「知ってるの?」
まさかと思いつつ尋ねると、子供達はうんと頷いた。
「あそこにいたよ」
子供の指差す方向を見て、ザレムだけでなく皆も言葉を無くした。
そこは建物の屋根の上。
「あらあら、お屋根の上? でも、こんな綺麗な子なら天使かしら。誰のお顔?」
ララは似顔絵を覗き込んでにこりと笑い、ザレムを見た。
振り出しに戻った気がした。彼女は吸血鬼ララを知らないのだ。
ルンルンの生命感知も式もその後は何も察知せず、孤児院の外で周囲を警戒していたウィルフォードも異状を感じることがなかった。
やむなく夕刻になって皆は町の外れに集まり、情報を交換し合う。
「サラとララは別人なのかしら……」
と、エステル。
「でも、マテリアルの力で若返ったり姿変わったりするんじゃないかと思うんです」
ルンルンは言う。
「サラじゃなくてララがいいってことは、サラは自分が嫌いだから吸血鬼になった時には元の自分の姿じゃないのかも」
「ノアにドレットのことと合わせてサラを調べろと伝えよう。サラの行方にララの言うレイ・グロスハイムがいるかもしれん」
ウィルフォードが言った。それが当たればイルリヒトのレイが何者かも分かるはずだ。
「ララさんを誰かが守らないと」
バジルが皆の顔を見回す。
「殺すつもりなら、いくらでもチャンスはあっただろう。サラがララなら、生かして顔が見たいと殺して傍におきたいは紙一重かもしれないが……」
ザレムはそう言って目を伏せた。
「良い形とは言えませんが……ベンカーさんが僕達の報告書を持ってイルリヒトに行き、デアさんを保護するべきと判断してくれるのを願うしか……」
マキナは顔を歪めた。
自分達の任務が達成されても、彼女の命が危険に晒されたままなのは辛かった。
数日後、帝国通信社の新聞に一つの小さな記事が掲載された。
『地方の慈善家、ララ・デアさん、失踪』
死亡ではなく、失踪。
ハンター達はこれが保護であるというノアからのメッセージであると心から願ったが、詳細はまだ分からない。
ハンター達は町に入ってすぐ、ボランティアを募るビラを手にした。
『デア会』とあるが、ララ・デアに啓発されて自然発足したボランティアグループらしい。
聞けばララの今日の予定は町にある二つの孤児院のかけもちとか。
バジル・フィルビー(ka4977)とルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)はグリレ孤児院へ。
エステル・クレティエ(ka3783)とマキナ・バベッジ(ka4302)はもう一つの孤児院、グレーテへ。
ララはどちらかにいるだろう。
ザレム・アズール(ka0878)は生き別れた妹を探すという名目で孤児院の名簿を確認するためまずはグリレへ。
ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)は町へ聞き込みに回ることにした。
短伝話で連絡を取り合うことを申し合わせ、それぞれの目的地に散った。
グリレ孤児院で名簿を開いたザレム。
子供達の嬌声に窓の外に目を向ける。
「ジュゲームリリカル……」
カードを掲げてくるりと回るルンルンの真似をして嬉しそうに回っている少女達の姿が見え、思わず笑みが零れる。
光が零れ落ちそうなルンルンと遊ぶことは子供達にとって新鮮で刺激的なことだろう。
バジルは数人の子供達と一緒にスケッチブックを開いている。彼の連れたロシアンブルーも人気者のようだ。
ララらしき人物の姿を探したが見当たらないので、再びファイルに目を落とした。
快く過去20年ほどの名簿を出してもらったが、吸血鬼ララの見た目の年齢がそのままと仮定するならば、10~15年前分。
名前、独立した年月日、里親が見つかった子はその時の日付と住所。
一通り眺めて、すぐに違和感を覚えた。
10年前だけ里子に出された子供の数が多い。
15人。そのうち少女は8人。他の年はよくて数名なのに。
尋ねるとドレット支援団体という組織が関わっていたらしい。里親斡旋で付き合いを始めたが、一年ほどで打ち切ったのだという。
「ララさんが何かお気に召さなかったようなんですよね」
職員は言った。
「慈善活動をなさっている方ですよね」
ザレムは街角でもらったビラを見せた。
「ええそうです、この方。運営費や子供達の自立支援に力を貸してくださって」
「なるほど。お会いすることはできるんですか?」
「もちろん。午後にいらっしゃいますよ。ぜひ」
職員が離れて行ったあと、再びファイルをめくりつつ考える。
もし、吸血鬼ララが孤児院の子供だとすれば対象と思われる少女は42名。
もう一つの孤児院と合わせて仮に倍としても80人ほど。
ドレットを通じて里子に出された8人の少女。
エルゼ、フリーデル、ハンナ、イリス、カレン、サラ、ナターシャ、カティア。
ごく普通の少女の名前。
不思議だ。同じ名前が2つずつ。
吸血鬼のララ、慈善家のララ。
イルリヒトのレイ、吸血鬼ララの言うレイ。
対象年齢の42名の少女、里子に出された8人の少女。
誰と誰が交差しているのだろう。
「ドレット支援団体か……」
ララは何が気に入らなかったんだろう。調べてみてもいいかもしれない。
ウィルフォードに連絡しよう。
町でいろいろ情報収集しているはずだ。
「今から帝国通信社の出張所に行くつもりだから聞いてみる」
短伝話に届いたザレムの声を聞いてウィルフォードは答えた。
「大きな町だから、あるのではと思ったら的中した。ノアが情報で出していないから期待はできんが」
『了解した。町ではやっぱりだめか』
「君が聞いたのと同じだよ。差こそあれ悪く言う人はいない」
『俺はもう一つの孤児院の名簿を見てみる』
伝話を切り、ウィルフォードは嘆息する。
賑やかな場所を選んでそれとなく聞いてはみたが、ララについては本当に何にも悪い噂は出て来なかった。
出張所を見つけて行く気になったのは、それとは別にノア・ベンカーが気になったからだ。
渦中のイルリヒトならともかく、ララ探しにノアが。
彼については気になることが多かった。
尋ねて損にはならないだろう。
ウィルフォードと同じくノアに微かな疑念を抱いていたのがマキナ。
彼が持って来た木製の玩具に子供達は大喜びで、嬉しそうに遊ぶのを見ながら考え込む。
イルリヒトと錬魔院は帝国内組織。ノアの動きは少し度を越しているような気がする。
「マキナさん」
エステルが声をかけた。
「何か考え事? ララさん、まだお見えになっていないみたいですね。ボランティアは私達だけだったみたい」
マキナは目をしばたたせた。
「気になっているのは……ベンカーさんのことなんです……」
小首を傾げるエステルにマキナは話す。
「僕達の調べる情報を手に……どうするつもりなのだろうと……」
言って彼は首を振る。
「でも今は……依頼に集中しましょう」
十数分後、ララが顔を見せた。子供達が一斉に彼女に走り寄る。
優しく明るい表情。若々しく見えるが、もう相当な年齢だろう。
『吸血鬼ではない……』
2人は直感的にそう思った。彼女は普通の人間だ。
「ラーラ、お歌ー」
「いいわよ」
せがまれて、ララは女の子を抱き上げて歌いだした。美しい声だ。
子供達がじっとララの歌に耳を傾ける。
ララはきっと子供達にとっての居場所なのだわとエステルは思う。
レイ・グロスハイム、ハルツハイム。
『ハイム』。ララが『お家』と言う剣機団子。
森にいた剣機団子。森と、家。
「ここが貴方達のお家なのね」
子供達にさりげなく言ってみると
「14歳になると出るんだよ」
と、返事がかえってきた。
「ここを出たら一人で生きていくの」
そう言った少年の顔は少し寂しそうだった。
「そうじゃないわ。あなたはこれから一杯お友達ができるのよ。家族もできるわ」
頭を撫でてやりながらふと思ったのだ。
もし、吸血鬼ララが孤児院にいた子なら、彼女も居場所を欲しただろう。
その気持ちを『レイ・グロスハイム』に?
でも、彼女はイルリヒトのレイを『偽物』と言った。彼女の『お家』は彼ではないのだわ。
じゃあ、レイ・グロスハイムは誰……?
子供達の拍手の音がした。
ララは嬉しそうに子供達にキスを贈っている。
暫くして子供達が昼食のために部屋に戻った時、ララはもう一つの孤児院も付き合って、と2人を誘った。
「おふたりがいてくれて助かったわ。パイがあるからどうぞ?」
自ら荷馬車の手綱を握ってララは言う。
「ララさん、なぜこういう活動を?」
エステルが尋ねるとララは
「よく聞かれるけど、答えはいつも同じよ。お金をばら撒きたいの」
きょとんとするとララはくすくすと笑った。
「私は夫と死別して子供もいない。財産を個人に残したくないだけなの。残ったら寄付。正直にそう言うのに誰も信じないの。世の中って変ね」
無造作に束ねただけの髪が風になびいていた。
「でも私ね、子供の頃は歌手になりたかったの」
「なれますよ。さっきの歌、素敵でした」
うん、と頷きつつエステルが言うと、ララは「調子に乗っちゃいそう」とまた笑った。
彼女のてらいのないところがきっと人を惹きつけるのだろう。
陽気で温かく、傍にいるだけで気持ちが和む。
「でも……お一人だと、寂しくはないですか?」
マキナの声にララが目を向ける。
「いえ……僕は幼い頃に両親や友人を亡くしていて……」
「そう……。でも私は寂しくないかな」
ララは答えた。
「一杯笑えるもの。死んだら、夫と笑って再会して抱きしめてもらうの」
ララはマキナの顔を覗き込む。
「貴方は普段何をしているの?」
「僕は……魔導機械の勉強をしています」
「まあ。すごいわね。きっとそれが貴方の力になるのね。頑張って!」
ララは錬魔院のことを彷彿とする言葉にも警戒しない。
鼻歌交じりに馬を走らせるララは歪虚とは程遠い明るい表情だった。
帝国通信社の出張所を訪ねたウィルフォード。
入ると男性が2人、小さな部屋にちんまりと座っていた。
ドレット支援団体と聞かれて首を傾げた男だったが、もう1人がすぐに思い出した。
「帝国マフィアの関与を疑われて、新聞にすっぱ抜かれて潰れたんだよ。うちじゃないけど。10年近く前の話だ」
「マフィア……?」
それは人身売買では。
「でも確たる証拠はなくてね。だからドレットも反撃に出たんだけど、悪評には勝てなかった」
「代表者は誰だ?」
「うーん……」
「ノア・ベンカーなら分かるだろうか?」
「ベンカー知ってるの?」
答えて相手はしげしげとウィルフォードの顔を見る。
「あいつと仲がいいの?」
「そうわけではないが、そんなに不思議か?」
仲良くなりたくないし、と思いつつウィルフォードは答える。
「いや、あいつ、ネタはよく拾って来るけど睨まれることも多いんだよね。巻き込まれないようにしろよ」
「顔広いよな。こないだもラーゲルベックにインタビューしてさ。よくアポとれたもんだ」
もう1人が言う。
ノアだ。彼は本当に帝国通信社の記者らしい。
出張所を辞してウィルフォードはふむと空を仰ぐ。
「ザレムの情報と合わせてドリットの件を伝えたら……暫く泳がせてみるか……」
「ニンジャキャプタールンルン、疾風礫!」
「にんちゃきゃ、ちっぷー!」
ルンルンの周りで子供達ははしゃぎ、バジルは木陰で数人の子供達とロシアンブルーをモデルにデッサン会。
「バジルさん」
「あれ?」
ゲームをしていたと思っていたルンルンが不意に傍に来たので、バジルは目を丸くした。
「どうしたの?」
「生命感知が反応しました」
「どこ」
ルンルンは無言で孤児院の屋根の上を指差す。
「式、飛ばして来ます。万が一の時、子供達を中に」
返事をしようとしたバジルは、マキナとエステル、そして一人の女性の姿に気づいた。
「ララー!」
子供達が一斉に走り出す。
「ルンルン……あっ」
隠密で素早く身を隠しつつ移動してしまうルンルンは、もうどこにいるか分からない。
ザレムとウィルフォードに連絡するなら今。バジルも動いた。
建物の陰に身を滑り込ませた途端、
「ルンルン忍法分身の術っ」
るんるん、と書かれた式がぽんと目の前を横切り、バジルは小さく「わっ」と声をあげる。
すごい術。いや、驚いている場合じゃない。
「ララさんが来たよ。マキナとエステルも一緒だ」
「ご挨拶してきます!」
ととっと走って行くルンルンを見送ってバジルは短伝話を取り出し、ザレムに事態を伝える。
『あと10分くらいで着く。ウィルフォードには俺から連絡する』
「うん。頼む」
『バジル、メモできるか。10年前、支援団体を介して引き取られた子供の名前だ。ララさんの口から何か出ないか注意してくれ』
バジルは慌ててスケッチブックを開いた。
伝話を切ってバジルはふうと息を吐く。
歪虚。吸血鬼のララ? それとも別のやつ?
ルンルンはララをキラキラとした目で見上げた。
「本当に私、ララさんみたいになれたらって」
思いがけずララが驚いた顔をした。
「あの……?」
何かいけないことを言ったかしら。
「あ、いえ、急に昔のこと思い出しちゃって。サラって子が同じことを言ったのよ」
えっ、サラ。
戻って来たバジルは慌ててスケッチブックに目を落とす。
今聞いた名前が早速出て来るなんて。
「10年くらい前にここにいた子なの。でも、あの子は『ララになる!』だったかな。サラじゃなくてララがいいって言い張ったのよ」
ララは懐かしむように目を細める。
「ちょっと変わってて、周りと馴染まなくてね。でも、妙に人並み外れた部分があったわね」
「彼女は……今、どちらに?」
エステルが尋ねると、ララは首を振った。
「分からないの。里親に引き取られてそれからは」
「支援団体ですか……?」
バジルは思い切って口を開く。
「そうよ? よく知ってるわね。新聞を読んだの?」
次の返事は用意していなかったが、ララは深く追求はして来なかった。
「気になって聞いたのに引取り先はもう引っ越したとか、分からないとかいい加減で。頭にきてあそことは付き合いを切るよう勧めたの」
その言葉の最中にザレムが来る。
彼はララの背後からさりげなく近づいて片手を出し、ぽん、と小さな花を出してみせた。
「初めまして。下手な手品でお恥ずかしいですが」
「あら」
ララは顔をほころばせる。
「すごい。手品って初めて」
「お花、もっとー」
あっという間にザレムは子供に取り囲まれた。
「じゃあ、次はもう少し大きい花を出そうか。いいかい、よーく見てて?」
手を動かした時、ポケットから紙が落ちた。
「あ、お兄ちゃん、失敗した?」
子供が拾い、ザレムは「おっと」と笑ってみせる。
それは記憶を頼りに描いた吸血鬼ララの似顔絵だ。
「あ、おねえちゃんの顔だー」
子供達が覗き込んで口々に言う。
「知ってるの?」
まさかと思いつつ尋ねると、子供達はうんと頷いた。
「あそこにいたよ」
子供の指差す方向を見て、ザレムだけでなく皆も言葉を無くした。
そこは建物の屋根の上。
「あらあら、お屋根の上? でも、こんな綺麗な子なら天使かしら。誰のお顔?」
ララは似顔絵を覗き込んでにこりと笑い、ザレムを見た。
振り出しに戻った気がした。彼女は吸血鬼ララを知らないのだ。
ルンルンの生命感知も式もその後は何も察知せず、孤児院の外で周囲を警戒していたウィルフォードも異状を感じることがなかった。
やむなく夕刻になって皆は町の外れに集まり、情報を交換し合う。
「サラとララは別人なのかしら……」
と、エステル。
「でも、マテリアルの力で若返ったり姿変わったりするんじゃないかと思うんです」
ルンルンは言う。
「サラじゃなくてララがいいってことは、サラは自分が嫌いだから吸血鬼になった時には元の自分の姿じゃないのかも」
「ノアにドレットのことと合わせてサラを調べろと伝えよう。サラの行方にララの言うレイ・グロスハイムがいるかもしれん」
ウィルフォードが言った。それが当たればイルリヒトのレイが何者かも分かるはずだ。
「ララさんを誰かが守らないと」
バジルが皆の顔を見回す。
「殺すつもりなら、いくらでもチャンスはあっただろう。サラがララなら、生かして顔が見たいと殺して傍におきたいは紙一重かもしれないが……」
ザレムはそう言って目を伏せた。
「良い形とは言えませんが……ベンカーさんが僕達の報告書を持ってイルリヒトに行き、デアさんを保護するべきと判断してくれるのを願うしか……」
マキナは顔を歪めた。
自分達の任務が達成されても、彼女の命が危険に晒されたままなのは辛かった。
数日後、帝国通信社の新聞に一つの小さな記事が掲載された。
『地方の慈善家、ララ・デアさん、失踪』
死亡ではなく、失踪。
ハンター達はこれが保護であるというノアからのメッセージであると心から願ったが、詳細はまだ分からない。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/17 15:05:17 |
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相談卓 マキナ・バベッジ(ka4302) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/11/17 21:37:11 |