ゲスト
(ka0000)
【空の研究】君の瞳と満月の約束
マスター:紺堂 カヤ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/11/17 15:00
- 完成日
- 2015/11/24 05:13
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
青く澄んだ瞳を儚く揺らめかせて、彼女は笑う。儚いがゆえのその美しさを、けれど彼女は一度たりとも自分の目で確かめたことはない。
彼女……、たったひとりの、イワンの妹。
「ねえ、お兄様、わたくし、見たいものがありますの……、たくさん、たくさん」
そう言って笑う彼女の口調に悲壮さは感じられず、それが余計に、イワンには痛ましかった。最後の最後まで、彼女は自分の目が見えるようになるものと信じていた。
生まれてすぐに熱病にかかってしまった彼女は、一命は取り留めたものの、あらゆる後遺症に悩まされた。視力を失ったのもその所為で、物ごころつくころにはすでに暗闇の中であった。父母の顔も、もちろん兄であるイワンの顔も、見たことはない。こんなに美しい瞳は何を写すことも出来ぬのか、と思うたびにイワンの胸は痛んだ。
「花も、蝶も、山も川も……、そしてお兄様のお顔も。見たいものは本当にたくさんありますけれど、でも、わたくしが一番見たいと思うのは、ね……」
妹の声が、ぼわぼわと妙な広がり方で響いた。ああ、もう少し、聞いていたいのに、と思ったところで、イワンは目覚めた。
「……夢……」
妹の声の余韻をかき消すように、落ち着きのない喧騒が耳に飛び込んできた。ああ、酒場にいたのだった、とイワンは思い出す。飲んでいるうちに寝てしまったらしい。
リンダールの森にほど近い、小さな町。イワンはここで生まれ育った。
「大丈夫ですか。うなされておいででしたが」
隣の席から、そう言葉をかけられた。
「すみません、うるさかったですか」
頭をかきつつ謝って、イワンは隣の席の人物へ目をやり、少し驚いた。黒いフードを目深にかぶり、顔がほとんど見えなかったからだ。声の調子からして年寄ではなさそうだが、男か女かはわからない。こんな町に旅人であろうか。
「悲しい夢をみておられたのですか」
「悲しい夢、ではないはずなんですけれどね。幸せだったころの、夢ですから。妹と、語り合う夢です」
「妹さんですか。仲がよろしいんですね」
「ええ、仲は良かったですね……」
怪しげな恰好とは裏腹に、その人物は上品な喋り方をした。イワンは悪い人ではなさそうだ、と気を許し、いつの間にか、妹のことを語り出していた。
「妹は、目が見えませんでした。そればかりか、体のあちこちに疾患があって、常にベッドで過ごしていました。僕と話すのをなにより楽しみにしてくれていて……、いつか目が見えるようになったら、なんてそんな話ばかりでしたが……。ついに、何も見せてやれなかった……」
「ついに、と言うと」
「はい、妹は、去年亡くなったのです」
しんみりとイワンが言うと、フードの人物はそうですか、とだけ言って深々と頭を下げた。下手な慰めの言葉よりも、誠意が見えた。
「妹が一番見たがっていたのは、月でした。空に浮かぶ月と言うのは、どんなにか綺麗なのでしょうね、と、あんまり何度も言うので、僕はかわいそうになって、つい約束をしてしまったのです。月の明かりを増やす賢人の話が伝わっているだろう、僕がその賢人の代わりに、お前の目にも届くくらいに月の明かりを増やしてやるよ、って」
「月の明かりを増やす賢人、ですか」
フードの人物が、ゆっくりと頭を上げた。
「ええ、この地域に伝わる、昔話のようなものです。単なる伝承だとはわかっているのですが、こういう話ができるには、なんらか似たような事例が過去にあったのではないかと、諦めきれずにいるのです。……約束、でしたから……」
もう、妹は生きていないけれど。
それでも、月明かりを届けるために、努力をしたい。
「自己満足かもしれませんけど」
「そうとは限らないんじゃないですかねーえ」
フードの人物が突然、素っ頓狂な口調になって、イワンはぽかん、と口を開いた。
「あと七日、待ってごらんなさーい。そして伝承をよく読み返してみることですねーえ」
それだけ言うと、フードの人物はすらりと立ち上がって酒場を出て行った。イワンは慌てて追いかけたが、その姿は、もうどこにも見当たらなかった。
ふと、空に目を移すと、夜空には半月が鈍く光っていた。
その次の日の朝、イワンは街から姿を消した。
彼女……、たったひとりの、イワンの妹。
「ねえ、お兄様、わたくし、見たいものがありますの……、たくさん、たくさん」
そう言って笑う彼女の口調に悲壮さは感じられず、それが余計に、イワンには痛ましかった。最後の最後まで、彼女は自分の目が見えるようになるものと信じていた。
生まれてすぐに熱病にかかってしまった彼女は、一命は取り留めたものの、あらゆる後遺症に悩まされた。視力を失ったのもその所為で、物ごころつくころにはすでに暗闇の中であった。父母の顔も、もちろん兄であるイワンの顔も、見たことはない。こんなに美しい瞳は何を写すことも出来ぬのか、と思うたびにイワンの胸は痛んだ。
「花も、蝶も、山も川も……、そしてお兄様のお顔も。見たいものは本当にたくさんありますけれど、でも、わたくしが一番見たいと思うのは、ね……」
妹の声が、ぼわぼわと妙な広がり方で響いた。ああ、もう少し、聞いていたいのに、と思ったところで、イワンは目覚めた。
「……夢……」
妹の声の余韻をかき消すように、落ち着きのない喧騒が耳に飛び込んできた。ああ、酒場にいたのだった、とイワンは思い出す。飲んでいるうちに寝てしまったらしい。
リンダールの森にほど近い、小さな町。イワンはここで生まれ育った。
「大丈夫ですか。うなされておいででしたが」
隣の席から、そう言葉をかけられた。
「すみません、うるさかったですか」
頭をかきつつ謝って、イワンは隣の席の人物へ目をやり、少し驚いた。黒いフードを目深にかぶり、顔がほとんど見えなかったからだ。声の調子からして年寄ではなさそうだが、男か女かはわからない。こんな町に旅人であろうか。
「悲しい夢をみておられたのですか」
「悲しい夢、ではないはずなんですけれどね。幸せだったころの、夢ですから。妹と、語り合う夢です」
「妹さんですか。仲がよろしいんですね」
「ええ、仲は良かったですね……」
怪しげな恰好とは裏腹に、その人物は上品な喋り方をした。イワンは悪い人ではなさそうだ、と気を許し、いつの間にか、妹のことを語り出していた。
「妹は、目が見えませんでした。そればかりか、体のあちこちに疾患があって、常にベッドで過ごしていました。僕と話すのをなにより楽しみにしてくれていて……、いつか目が見えるようになったら、なんてそんな話ばかりでしたが……。ついに、何も見せてやれなかった……」
「ついに、と言うと」
「はい、妹は、去年亡くなったのです」
しんみりとイワンが言うと、フードの人物はそうですか、とだけ言って深々と頭を下げた。下手な慰めの言葉よりも、誠意が見えた。
「妹が一番見たがっていたのは、月でした。空に浮かぶ月と言うのは、どんなにか綺麗なのでしょうね、と、あんまり何度も言うので、僕はかわいそうになって、つい約束をしてしまったのです。月の明かりを増やす賢人の話が伝わっているだろう、僕がその賢人の代わりに、お前の目にも届くくらいに月の明かりを増やしてやるよ、って」
「月の明かりを増やす賢人、ですか」
フードの人物が、ゆっくりと頭を上げた。
「ええ、この地域に伝わる、昔話のようなものです。単なる伝承だとはわかっているのですが、こういう話ができるには、なんらか似たような事例が過去にあったのではないかと、諦めきれずにいるのです。……約束、でしたから……」
もう、妹は生きていないけれど。
それでも、月明かりを届けるために、努力をしたい。
「自己満足かもしれませんけど」
「そうとは限らないんじゃないですかねーえ」
フードの人物が突然、素っ頓狂な口調になって、イワンはぽかん、と口を開いた。
「あと七日、待ってごらんなさーい。そして伝承をよく読み返してみることですねーえ」
それだけ言うと、フードの人物はすらりと立ち上がって酒場を出て行った。イワンは慌てて追いかけたが、その姿は、もうどこにも見当たらなかった。
ふと、空に目を移すと、夜空には半月が鈍く光っていた。
その次の日の朝、イワンは街から姿を消した。
リプレイ本文
「いない、とはどういうことなのかしら?」
器用に右の眉だけをひょい、と持ち上げて、八原 篝(ka3104)が怪訝そうに言った。リンダールの森をすぐ近くに臨むことのできる場所にある、小さな町。そこに暮らすイワンの消息が不明であるから捜索してほしい、という依頼を受けて駆け付けてみたものの、依頼をしたはずの人物が町にはいないというのである。
「イワンは、妹を亡くして以来、頻繁に旅に出るようになったものですから、今回もそれだと思っていたんです……」
困惑した様子でそう言うのは、イワンの父だという初老の男性であった。彼自身もハンターには依頼をしていないし、イワンの友人たちに訪ねて回ったが、誰もが首を横に振ったということであった。
「不思議だね。誰が依頼をしたんだろう。できればその依頼者から話を聞きたかったんだけど」
マチルダ・スカルラッティ(ka4172)が小首を傾げた。
「イワンさんの人柄とか、どこへ行くつもりだったかとか、心当たりがある人がいないかな。せめてそのくらいは知っておきたいよね」
「そうだな。毎日行くことにしていた場所とかがあるかもしンねーし」
ヤナギ・エリューナク(ka0265)が同意した。そこへ、数名の青年がハンターたちに近付いてきた。
「あんたたち、イワンを探しに来てくれたんだよな?」
「はい。もしかして、イワン様の行き先に心当たりがおありなのですか?」
丁寧な物腰で青年たちに応じたのはライラ = リューンベリ(ka5507)である。
「ああ、たぶん、あの丘に行ったんじゃないかと思うんだ。もう六日になるかな……、夜が明けたばっかりだっていうのにふらふら出かけて行くのを見かけて、おかしいな、と思ったんだよ」
「妹を亡くしてからすっかり気落ちしていたんだ、月の光がどうの、ってずっと言ってて……。俺たち、してやれることが何もなくてな」
「ずっと心配はしてたんだ。特に出かけて行く前日の夜は、見慣れないヤツと話してたから、大丈夫かな、って」
「そういえば、あのフードのヤツ、昨日も酒場で見たぞ。そろそろハンターが来るとかなんとか、酒場のマスターに言ってたような」
口々に話し出す青年たちの言葉を聞いて、篝が思いついたようにぽつりと言った。
「もしかしたら、その人が依頼人かもしれないわね」
「そうかもしれない。でも、あいつ誰なんだろう、イワンが旅先で見つけた友だちなのかな」
「そんなことより、まずはイワンの行方だろ。……イワン、ほとんど荷物は持っていなかったと思う、頼む、助けてやってくれ」
青年たちは、揃って頭を下げた。ライラが微笑んで頷く。
「お任せください。必ず、連れて帰って参ります。それと……、もしご存じなら、月の光に関する伝承について教えていただけませんか?」
ハンター一行は、青年たちの情報をもとに、丘へ向かうこととした。
「イワンさんには良いお友達がいたみたいだね。でも、どうして、ふらふら出かけて行くところにお声をかけなかったんだろう?」
マチルダが素直に疑問を口にする。飄々とした様子でそれに答えたのは、ヤナギだった。片手で手綱を引き、馬を緩やかに歩ませている。
「大切な人を亡くしたヤツには、なかなか声をかけにくいモンだろうサ。下手な慰めなら、ない方がマシだからな」
飄々とした表情の裏でヤナギは、もし、自分が妹を喪うようなことがあれば……、など、大切な妹の身に置き換えてゾッとしていた。
「イワン、見つけて、力になってあげたい」
ぽつりとつぶやくようにテーニャ・フォン・アトニャーラ(ka5847)が言う。もともと無口であるらしく、言葉少なではあるが、彼女の静かな眼差しから、イワンへの深い慈しみが読み取れた。マチルダがそれに頷いた。
「そうだね。妹さんとの約束、忘れられないでいたみたいだし」
「月に関する伝承を気にしてた、って話よね?ちょっと考えてみたけど、意味わかんないわよね、あの伝承」
篝がはっきりした口調で言う。確かに難解だ、と誰もが頷く。
「何にしても、だ。とりあえずイワンを見つけねーと話になんねー、な。行き倒れになってる可能性も、ある。俺が馬で先に丘へ上がって捜索するから、あとから、来てくれ」
「待って。私も連れて行って」
テーニャが、静かにヤナギを呼びとめた。
「もし、イワンを見つけたら、どちらかがそこへ残って、どちらかが戻ってきて、知らせないと」
確かにそうだ、とヤナギは同意して、テーニャを馬に乗せ、彼女を後ろから抱え込むような形で自分も馬に跨った。身動きひとつせず大人しく馬に乗っているテーニャは、まるで借りてきた猫のようだ。残りの面々に、じゃあ、と挨拶をして、ヤナギは馬を走らせて行った。
「満ちた月明かりを更に満たさんとする男あり。
光、注ぐことかなわず、
男、月に問う。
“汝の力、借り受けたし。如何すべからん”
月、笑みてのたまう。
“描け、三日目。描け、七日目。描け、十五。そして祈れ”
男、また月に問う。
“ふさわしき祈りは如何なるものか”
月、また笑みてのたまう。
“愛しき者へ祈れ。愛しき者のために祈れ。己が心を美しくせよ”
かくて、満たさず、磨けり。
ただ、ただ、祈りて、磨けり。
その者、月の明かりを増しし賢者となりぬ
……でしたね、伝承というのは」
ヤナギとテーニャを見送って、ライラがすらりと暗唱した。これが、イワンが妹に良く語っていたという伝承であった。青年たちが、自分たちの親や学校の先生などからも情報を集めて教えてくれたのだ。
「……三日目は三日月、七日目は半月を指すんでしょうね。十五夜は満月。ああ、明日が満月だっけ?」
わかんない、と言い切ってもなお伝承の意味を考えようとするところに、篝の心根の優しさが見えた。
「昔から月が満ちていく間は願いをかけると、満月のときに結願する、って聞くよね」
満月、という言葉を受けて、マチルダも考え込む。そこへ、思いのほか早く、ヤナギの馬が戻ってきた。テーニャの姿はなく、彼ひとりだけである。
「イワンを見つけたぜ! この先の泉にいる! 誰か、毛布とかもってねーか?」
「わたしが持ってるわ!」
篝が申し出た。急いでヤナギの示す泉へ向かうと、びしょ濡れの体を激しく震わせた長身の青年が、テーニャに付き添われて座り込んでいた。篝が慌てて青年に毛布をかぶせる。
「あなたがイワンね?」
「は、はい、そうです……」
唇をわななかせて青年が答える。
「なんだってこの寒いのにびしょ濡れなの……!」
「まあまあ、篝様、まずはあたたかくして落ち着いてから事情をうかがいましょう。お怪我などはございませんか? とにかく火を起こしましょう」
ライラが火を起こし、イワンを火の近くに座らせた。泉の水がそのままで充分飲み水になりそうであったので、湯を沸かし、皆が用意してきていた食べ物を広げ始めた。
「これ、飲んどけ」
ヤナギがイワンに紅茶のカップを手渡した。
「こう見えて紅茶とか淹れンの得意なんだワ」
「ありがとうございます」
イワンは沈んだ顔でカップを受け取った。他の面々には、ライラが紅茶を配っている。その様子を眺めながら、ヤナギがゆっくりと話し始めた。
「妹に月を見せてやりたかった、んだってな……」
イワンの視線がヤナギの横顔に注がれたが、ヤナギはあえて、彼と目を合わさぬままで話した。
「俺にも妹がいる。大事な、大事な、可愛い妹だ。目に入れても痛くねー、って、たぶん、嘘じゃねーと思うくらいに、な。だから……、もしお前と同じ境遇だったとしたら……気持ちは分かるゼ」
イワンと同じく大切な妹を持つ身であるヤナギの言葉は実感を持って響き、イワンの顔が泣きそうに歪んだ。涙をこらえた声が、ぽつぽつと語り出す。
「大切な、妹でした……。でも僕は、あの子の願いを何一つ叶えてやることができなかった……、月の光を見たい、という、そんな、ささやかな願いでさえ……。本当はできることがあったのかもしれないと思うと、藁にもすがる思いで……。酒場で出会った、フード姿の人が言ったのです、七日待ってみろ、って。そして伝承をよく読み直してみろ、と。でも、何をしたらいいのかわからず……。磨け、心を美しくせよ、というそれだけの言葉を頼りに、ひたすら、この泉で体を清めていたのです」
「それであのびしょ濡れってわけ……。無茶するわね。……でもまあ、ここまで来たんだし、気が済むように少しくらいなら協力するわよ」
「そうだね。フードの人は七日待てって言ってたよね」
「その話を聞いたのが六日前ならもうすぐですわね、折角ですから、待ってみましょう」
篝、マチルダ、ライラが口々に協力を申し出るのを聞いて、イワンは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。明日が七日目です。明日の夜に合わせて、丘の頂上へ行こうと思っていたのです。この泉からでは、月があまり見えませんから」
「では、今夜はここで体を休めることにして明日に備えましょう」
ライラが穏やかに提案すると、イワンは再び、深く深く頭を下げるのだった。
翌朝、ミルクとパンで腹ごしらえをした一行は、イワンの体調を気遣って、昼過ぎまで充分な休養を取った。その間、皆を和ませたのは、テーニャの軽やかな鼻歌であった。ふわふわした足どりで、まるで猫のように泉の廻りを跳ねながら、にこにこと歌う姿を見て、イワンの悲壮感も少し落ち着いたようであった。
丘の頂上で、具体的には何をすべきなのかは、一晩話し合ってもわからないままだった。結局、六日間で禊をし尽くしたイワンが満月に祈るのを見届ける、ということで行動のプランが固まった。
「んじゃ、行くか」
ヤナギの号令で、全員が立ち上がった。回復したとはいえ、完全ではないイワンを馬に乗せ、頂上を目指す。日没までの時間を計算すれば、そう急ぐ道のりでもなく、一行にひととき、穏やかな空気が流れた。道すがら、イワンが時おり、妹との思い出話を語ったことで、ハンター全員の気持ちが月の光へ傾いていった。
「妹さんの見たがっていた月明かりと夢をイワンさんが叶えようとしている姿は、妹さんも見ていてくれるよ」
マチルダが微笑んだ。皆、イワンとイワンの妹のために、共に祈ろう、と心が決まっていた。
かくして。
丘の頂上へたどり着くと、ちょうど、太陽が西の地平線に沈んだところであった。ほどなくして、丸々とした月が、空へ姿を現す。
「月、ですね……」
イワンが、月を見上げて、頂上の中央へ歩みだし、がくりと膝をついた。
「どうか、どうか……! すでに命亡き者となりました妹に、光を届けてください……!」
胸も喉も張り裂けそうになる悲痛な祈りが、イワンの全身から迸った。月を見上げていた頭は、祈りの重さからか、だんだんと地に伏せられてゆく。
ハンターたちもたまらなくなって顔を伏せ、祈る。
すると。
「あれ……?」
マチルダが、何かに気が付いた。ライラが首を傾げる。
「いかがいたしましたか、マチルダ様?」
「ねえ、あそこ、見て」
マチルダが指差したのは、イワンが跪いている地面の辺りである。テーニャがぽつりと言った。
「……なんか、ぼんやり、線が見える……」
テーニャの言うとおり、地面の上に何かぼんやりと模様が浮かび上がっているのが見えた。光っている、とは言い難く、よくよく見なければ夜の闇にまぎれてしまうほどの暗い影であったが、確かに、何本もの線が走っていた。マチルダが目を凝らして、呟く。
「あれは、もしかして魔法陣……? 三日月の意匠に、半月に、一番外側が満月……、あっ」
「伝承はそういうことだったのね!」
思わず声を上げた篝だけでなく、全員が伝承の意味するところを悟った。あの「描け」は、魔法陣の描き方を指示していたのだ。描いた、魔法陣の上で、愛しき者の為に祈れ。そういう、ことであったのだ。
魔法陣が機能している。と、言うことは。
全員が、ほぼ同時に空を見上げた。満月が、まるでウィンクでもするようにチカチカと瞬いた、ように見えて。
「イワン! 空、見ろ! 月を!」
ヤナギが叫んだ。弾かれたように、イワンが空を見た、その瞬間。
カッ、と。
たった、一瞬のことではあった。
けれどその一瞬、確かに、満月が強い光を放った。
「ああ……」
イワンの目が、大きく見開かれ、昨日はこらえていた涙が、今度こそあふれ出した。
「あああ……」
月を見上げて泣くイワンを見て、皆がそっとため息をついた。ことにヤナギは、イワンのその姿に、妹を大切に思う自分の気持ちを重ねずにはいられなかった。
「祈り、届いたんだね」
テーニャが囁くように言った。
「そうね。月にも届いたし、きっと、妹さんにも届いているわよ」
篝が、頷いた。
さっきの強い光などほんの冗談、とでも言いたげな様子で澄まして輝き続ける月を、皆、いつまでも見上げていた。
「でも、そういえば、あの魔法陣は一体、誰が……?」
マチルダがハッとして周囲を見回した。丘の向こうでなにかが揺れたような気がしたが、誰の姿も、見つからなかった。
目深にかぶったフードの下で、その人物は笑う。
「まあ、まずまずといったところでしょうかねーえ。あの一瞬だけでは、とてもとても、充分とは言えませんが……。やはり、祈る本人が魔法陣を描かなければならなかったのか……、うーん、まーだまだ、研究の必要がありますねーえ」
ぶつぶつ言いながら風のように姿を消したその人物の、フードの端からこぼれた、ひと房の髪は、満月の色に良く似た、美しい金であった……。
器用に右の眉だけをひょい、と持ち上げて、八原 篝(ka3104)が怪訝そうに言った。リンダールの森をすぐ近くに臨むことのできる場所にある、小さな町。そこに暮らすイワンの消息が不明であるから捜索してほしい、という依頼を受けて駆け付けてみたものの、依頼をしたはずの人物が町にはいないというのである。
「イワンは、妹を亡くして以来、頻繁に旅に出るようになったものですから、今回もそれだと思っていたんです……」
困惑した様子でそう言うのは、イワンの父だという初老の男性であった。彼自身もハンターには依頼をしていないし、イワンの友人たちに訪ねて回ったが、誰もが首を横に振ったということであった。
「不思議だね。誰が依頼をしたんだろう。できればその依頼者から話を聞きたかったんだけど」
マチルダ・スカルラッティ(ka4172)が小首を傾げた。
「イワンさんの人柄とか、どこへ行くつもりだったかとか、心当たりがある人がいないかな。せめてそのくらいは知っておきたいよね」
「そうだな。毎日行くことにしていた場所とかがあるかもしンねーし」
ヤナギ・エリューナク(ka0265)が同意した。そこへ、数名の青年がハンターたちに近付いてきた。
「あんたたち、イワンを探しに来てくれたんだよな?」
「はい。もしかして、イワン様の行き先に心当たりがおありなのですか?」
丁寧な物腰で青年たちに応じたのはライラ = リューンベリ(ka5507)である。
「ああ、たぶん、あの丘に行ったんじゃないかと思うんだ。もう六日になるかな……、夜が明けたばっかりだっていうのにふらふら出かけて行くのを見かけて、おかしいな、と思ったんだよ」
「妹を亡くしてからすっかり気落ちしていたんだ、月の光がどうの、ってずっと言ってて……。俺たち、してやれることが何もなくてな」
「ずっと心配はしてたんだ。特に出かけて行く前日の夜は、見慣れないヤツと話してたから、大丈夫かな、って」
「そういえば、あのフードのヤツ、昨日も酒場で見たぞ。そろそろハンターが来るとかなんとか、酒場のマスターに言ってたような」
口々に話し出す青年たちの言葉を聞いて、篝が思いついたようにぽつりと言った。
「もしかしたら、その人が依頼人かもしれないわね」
「そうかもしれない。でも、あいつ誰なんだろう、イワンが旅先で見つけた友だちなのかな」
「そんなことより、まずはイワンの行方だろ。……イワン、ほとんど荷物は持っていなかったと思う、頼む、助けてやってくれ」
青年たちは、揃って頭を下げた。ライラが微笑んで頷く。
「お任せください。必ず、連れて帰って参ります。それと……、もしご存じなら、月の光に関する伝承について教えていただけませんか?」
ハンター一行は、青年たちの情報をもとに、丘へ向かうこととした。
「イワンさんには良いお友達がいたみたいだね。でも、どうして、ふらふら出かけて行くところにお声をかけなかったんだろう?」
マチルダが素直に疑問を口にする。飄々とした様子でそれに答えたのは、ヤナギだった。片手で手綱を引き、馬を緩やかに歩ませている。
「大切な人を亡くしたヤツには、なかなか声をかけにくいモンだろうサ。下手な慰めなら、ない方がマシだからな」
飄々とした表情の裏でヤナギは、もし、自分が妹を喪うようなことがあれば……、など、大切な妹の身に置き換えてゾッとしていた。
「イワン、見つけて、力になってあげたい」
ぽつりとつぶやくようにテーニャ・フォン・アトニャーラ(ka5847)が言う。もともと無口であるらしく、言葉少なではあるが、彼女の静かな眼差しから、イワンへの深い慈しみが読み取れた。マチルダがそれに頷いた。
「そうだね。妹さんとの約束、忘れられないでいたみたいだし」
「月に関する伝承を気にしてた、って話よね?ちょっと考えてみたけど、意味わかんないわよね、あの伝承」
篝がはっきりした口調で言う。確かに難解だ、と誰もが頷く。
「何にしても、だ。とりあえずイワンを見つけねーと話になんねー、な。行き倒れになってる可能性も、ある。俺が馬で先に丘へ上がって捜索するから、あとから、来てくれ」
「待って。私も連れて行って」
テーニャが、静かにヤナギを呼びとめた。
「もし、イワンを見つけたら、どちらかがそこへ残って、どちらかが戻ってきて、知らせないと」
確かにそうだ、とヤナギは同意して、テーニャを馬に乗せ、彼女を後ろから抱え込むような形で自分も馬に跨った。身動きひとつせず大人しく馬に乗っているテーニャは、まるで借りてきた猫のようだ。残りの面々に、じゃあ、と挨拶をして、ヤナギは馬を走らせて行った。
「満ちた月明かりを更に満たさんとする男あり。
光、注ぐことかなわず、
男、月に問う。
“汝の力、借り受けたし。如何すべからん”
月、笑みてのたまう。
“描け、三日目。描け、七日目。描け、十五。そして祈れ”
男、また月に問う。
“ふさわしき祈りは如何なるものか”
月、また笑みてのたまう。
“愛しき者へ祈れ。愛しき者のために祈れ。己が心を美しくせよ”
かくて、満たさず、磨けり。
ただ、ただ、祈りて、磨けり。
その者、月の明かりを増しし賢者となりぬ
……でしたね、伝承というのは」
ヤナギとテーニャを見送って、ライラがすらりと暗唱した。これが、イワンが妹に良く語っていたという伝承であった。青年たちが、自分たちの親や学校の先生などからも情報を集めて教えてくれたのだ。
「……三日目は三日月、七日目は半月を指すんでしょうね。十五夜は満月。ああ、明日が満月だっけ?」
わかんない、と言い切ってもなお伝承の意味を考えようとするところに、篝の心根の優しさが見えた。
「昔から月が満ちていく間は願いをかけると、満月のときに結願する、って聞くよね」
満月、という言葉を受けて、マチルダも考え込む。そこへ、思いのほか早く、ヤナギの馬が戻ってきた。テーニャの姿はなく、彼ひとりだけである。
「イワンを見つけたぜ! この先の泉にいる! 誰か、毛布とかもってねーか?」
「わたしが持ってるわ!」
篝が申し出た。急いでヤナギの示す泉へ向かうと、びしょ濡れの体を激しく震わせた長身の青年が、テーニャに付き添われて座り込んでいた。篝が慌てて青年に毛布をかぶせる。
「あなたがイワンね?」
「は、はい、そうです……」
唇をわななかせて青年が答える。
「なんだってこの寒いのにびしょ濡れなの……!」
「まあまあ、篝様、まずはあたたかくして落ち着いてから事情をうかがいましょう。お怪我などはございませんか? とにかく火を起こしましょう」
ライラが火を起こし、イワンを火の近くに座らせた。泉の水がそのままで充分飲み水になりそうであったので、湯を沸かし、皆が用意してきていた食べ物を広げ始めた。
「これ、飲んどけ」
ヤナギがイワンに紅茶のカップを手渡した。
「こう見えて紅茶とか淹れンの得意なんだワ」
「ありがとうございます」
イワンは沈んだ顔でカップを受け取った。他の面々には、ライラが紅茶を配っている。その様子を眺めながら、ヤナギがゆっくりと話し始めた。
「妹に月を見せてやりたかった、んだってな……」
イワンの視線がヤナギの横顔に注がれたが、ヤナギはあえて、彼と目を合わさぬままで話した。
「俺にも妹がいる。大事な、大事な、可愛い妹だ。目に入れても痛くねー、って、たぶん、嘘じゃねーと思うくらいに、な。だから……、もしお前と同じ境遇だったとしたら……気持ちは分かるゼ」
イワンと同じく大切な妹を持つ身であるヤナギの言葉は実感を持って響き、イワンの顔が泣きそうに歪んだ。涙をこらえた声が、ぽつぽつと語り出す。
「大切な、妹でした……。でも僕は、あの子の願いを何一つ叶えてやることができなかった……、月の光を見たい、という、そんな、ささやかな願いでさえ……。本当はできることがあったのかもしれないと思うと、藁にもすがる思いで……。酒場で出会った、フード姿の人が言ったのです、七日待ってみろ、って。そして伝承をよく読み直してみろ、と。でも、何をしたらいいのかわからず……。磨け、心を美しくせよ、というそれだけの言葉を頼りに、ひたすら、この泉で体を清めていたのです」
「それであのびしょ濡れってわけ……。無茶するわね。……でもまあ、ここまで来たんだし、気が済むように少しくらいなら協力するわよ」
「そうだね。フードの人は七日待てって言ってたよね」
「その話を聞いたのが六日前ならもうすぐですわね、折角ですから、待ってみましょう」
篝、マチルダ、ライラが口々に協力を申し出るのを聞いて、イワンは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。明日が七日目です。明日の夜に合わせて、丘の頂上へ行こうと思っていたのです。この泉からでは、月があまり見えませんから」
「では、今夜はここで体を休めることにして明日に備えましょう」
ライラが穏やかに提案すると、イワンは再び、深く深く頭を下げるのだった。
翌朝、ミルクとパンで腹ごしらえをした一行は、イワンの体調を気遣って、昼過ぎまで充分な休養を取った。その間、皆を和ませたのは、テーニャの軽やかな鼻歌であった。ふわふわした足どりで、まるで猫のように泉の廻りを跳ねながら、にこにこと歌う姿を見て、イワンの悲壮感も少し落ち着いたようであった。
丘の頂上で、具体的には何をすべきなのかは、一晩話し合ってもわからないままだった。結局、六日間で禊をし尽くしたイワンが満月に祈るのを見届ける、ということで行動のプランが固まった。
「んじゃ、行くか」
ヤナギの号令で、全員が立ち上がった。回復したとはいえ、完全ではないイワンを馬に乗せ、頂上を目指す。日没までの時間を計算すれば、そう急ぐ道のりでもなく、一行にひととき、穏やかな空気が流れた。道すがら、イワンが時おり、妹との思い出話を語ったことで、ハンター全員の気持ちが月の光へ傾いていった。
「妹さんの見たがっていた月明かりと夢をイワンさんが叶えようとしている姿は、妹さんも見ていてくれるよ」
マチルダが微笑んだ。皆、イワンとイワンの妹のために、共に祈ろう、と心が決まっていた。
かくして。
丘の頂上へたどり着くと、ちょうど、太陽が西の地平線に沈んだところであった。ほどなくして、丸々とした月が、空へ姿を現す。
「月、ですね……」
イワンが、月を見上げて、頂上の中央へ歩みだし、がくりと膝をついた。
「どうか、どうか……! すでに命亡き者となりました妹に、光を届けてください……!」
胸も喉も張り裂けそうになる悲痛な祈りが、イワンの全身から迸った。月を見上げていた頭は、祈りの重さからか、だんだんと地に伏せられてゆく。
ハンターたちもたまらなくなって顔を伏せ、祈る。
すると。
「あれ……?」
マチルダが、何かに気が付いた。ライラが首を傾げる。
「いかがいたしましたか、マチルダ様?」
「ねえ、あそこ、見て」
マチルダが指差したのは、イワンが跪いている地面の辺りである。テーニャがぽつりと言った。
「……なんか、ぼんやり、線が見える……」
テーニャの言うとおり、地面の上に何かぼんやりと模様が浮かび上がっているのが見えた。光っている、とは言い難く、よくよく見なければ夜の闇にまぎれてしまうほどの暗い影であったが、確かに、何本もの線が走っていた。マチルダが目を凝らして、呟く。
「あれは、もしかして魔法陣……? 三日月の意匠に、半月に、一番外側が満月……、あっ」
「伝承はそういうことだったのね!」
思わず声を上げた篝だけでなく、全員が伝承の意味するところを悟った。あの「描け」は、魔法陣の描き方を指示していたのだ。描いた、魔法陣の上で、愛しき者の為に祈れ。そういう、ことであったのだ。
魔法陣が機能している。と、言うことは。
全員が、ほぼ同時に空を見上げた。満月が、まるでウィンクでもするようにチカチカと瞬いた、ように見えて。
「イワン! 空、見ろ! 月を!」
ヤナギが叫んだ。弾かれたように、イワンが空を見た、その瞬間。
カッ、と。
たった、一瞬のことではあった。
けれどその一瞬、確かに、満月が強い光を放った。
「ああ……」
イワンの目が、大きく見開かれ、昨日はこらえていた涙が、今度こそあふれ出した。
「あああ……」
月を見上げて泣くイワンを見て、皆がそっとため息をついた。ことにヤナギは、イワンのその姿に、妹を大切に思う自分の気持ちを重ねずにはいられなかった。
「祈り、届いたんだね」
テーニャが囁くように言った。
「そうね。月にも届いたし、きっと、妹さんにも届いているわよ」
篝が、頷いた。
さっきの強い光などほんの冗談、とでも言いたげな様子で澄まして輝き続ける月を、皆、いつまでも見上げていた。
「でも、そういえば、あの魔法陣は一体、誰が……?」
マチルダがハッとして周囲を見回した。丘の向こうでなにかが揺れたような気がしたが、誰の姿も、見つからなかった。
目深にかぶったフードの下で、その人物は笑う。
「まあ、まずまずといったところでしょうかねーえ。あの一瞬だけでは、とてもとても、充分とは言えませんが……。やはり、祈る本人が魔法陣を描かなければならなかったのか……、うーん、まーだまだ、研究の必要がありますねーえ」
ぶつぶつ言いながら風のように姿を消したその人物の、フードの端からこぼれた、ひと房の髪は、満月の色に良く似た、美しい金であった……。
依頼結果
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相談卓 八原 篝(ka3104) 人間(リアルブルー)|19才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2015/11/17 13:48:04 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/17 13:27:50 |