ゲスト
(ka0000)
北へ
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/11/24 07:30
- 完成日
- 2015/12/01 21:46
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
帝都バルトアンデルス郊外。
とある工房の軒先で、白昼、巨大な鉄(くろがね)の怪物が咆哮を轟かせる。
耳をつんざくエンジン音。地球式の背広を着た禿頭の紳士を乗せたまま、
全長約5メートル、大型魔導機関を無数の配管と鉄骨で繋ぎ合わせた巨体を震わせるそれは、
魔導『バイク』と呼ぶのも躊躇われる代物だった。
「……、……! ……、……、……!」
車上の紳士が言葉を発するが、エンジン始動を見守っていた周囲の工員、
それに『バルトアンデルス日報』記者・ドリスも、何を言われたのか全く聞き取れない。
紳士は小さく肩をすぼめると、エンジンを切り、
「またノッキングした。原因は燃料じゃない、たぶんスペルノズルだと思う」
工員たちがレンチ片手に複雑な骨組みを解体し、機関部の修理に手をつける。
その間、背広の紳士――ルートヴィヒ・フォン・ペンテジレイオスとドリスは、
通りを挟んで向かいの家のポーチに座り、話し合った。
「ピースホライズンの万霊節に持ち込みたかったんだけどね、完成が間に合わなくて」
「言われてみれば確かに、ハロウィン向きの化け物かも」
何処からともなく現れたルートヴィヒの使用人が、優雅に紅茶をサーブする。
ドリスはそれに構わず、自前の紙巻をくわえてマッチを擦ると、
「でも、本当にご自身でお乗りになるんですか?」
「お乗りになる。ちょうど用事があって、私が出向かなきゃならないんだ」
●
ドリスが工房を訪ねる前日、編集長は言った。
「『大公』のバイク旅行、北部ノルデンメーア州を目指す全長○○キロの旅。
往路に密着取材だ。ペンテジレイオス氏は産業用エンジンの大手、SPH社と……」
ドリスは編集長の机を拳でこつんと叩き、話を遮ると、
「今、私に帝都を離れろってんですか。ヴェールマンの事件がまだ……」
「ペンテジレイオスにまつわるネタがあったら、自分に取らせてくれ。
そう言ったのはお前だ、ドリス!」
確かにその通り。彼女は『大公』ルートヴィヒの経歴と人物について、
情報を集めてくれと、とあるハンターから依頼を受けていた。
その理由があまりに突拍子もなかったので、仕事のついでで良ければ、とその場は答えたが、
一応は編集部にも別の口実をつけて、優先的に取材機会を回して欲しいと頼んでおいたのだった。
編集長は説明を続けた。
「SPH社、知っての通りウチの広告主でもあるが、
新設されたばかりの自動車部門の宣伝を兼ね、高級バイクの受注生産を始めたんだ。
その第一号のお客が大公ルートヴィヒで、開発段階からアドバイザーとして加わってたらしい。
大公自らテストドライバーもやってて、市販前の最終試験ついでにバイク旅行をする。
ウチで特集記事をやるから、お前行ってこい」
「金持ちの道楽に付き合えってんですか。ガラじゃないねぇ」
不平を言うドリスに、
「野外の試験走行だからな。大公についてくお前も、バイクに乗るんだ」
「んなもん、乗ったことないですよ私。大体バイクはどっから調達するんですか」
「自転車なら乗れるだろ? SPHが取材用に1台貸してくれるって言うから、練習しとけ」
●
バイク旅行の取材ということで、助かった面もある。
動き易くて丈夫な服――ドリスにとっては普段着で、済ませられるからだ。
帝都の暴力組織オルデン追跡に私費を注ぎ込んで、次の給料日までからっけつの彼女には大助かり。
これが社交界のパーティやら何やらだったら、着ていく服がない有様だった。
「ご用事って」
尋ねると、ルートヴィヒは執事が差し出した葉巻箱から1本選びつつ、
「マティ女史のパーティで話したろう。『魔剣』さ。
劇の衣装や小道具を頼みたい男がいるんだが、偏屈者でね。
あの後、使いをやったんだが断られた。仕方ないから自分で口説き落としに行く」
「前にお聞きしたときゃ、公演は12月でしたでしょ? 間に合いますか?」
「間に合わせる。君、とある辺境騎馬部族の伝統的な処刑を知っとるかね」
ルートヴィヒが、火口を切った葉巻にゆっくりと火を点ける。
「罪人を毛布でぐるぐる巻きにするか、手足を縛って皮袋に詰める。
その上から馬で踏むんだ。あるいは、縄で馬の後ろを引きずって殺す」
「成る程?」
「バイクで代用できる筈だ。そうと分かれば、例の部族からも注文が来るかも知れん」
「作家を脅すおつもりで?」
「交渉の間、君が作家の後ろで皮袋を持っててくれ。決裂したら、一気に頭から被せるんだ」
ドリスはそこで工房のほうを振り向き、話題を変えた。
ルートヴィヒの冗談が、いやに癇に障った為だった。何故かは自分でも分からなかったが――
「しかし、ありゃ本当に化け物だ。『アンフィトリュオン』、例の部族は兎も角、売れますかね?」
SPH社製の『超』大型魔導バイク、そのアイデアは客であるルートヴィヒ自身のものらしい。
「どうかな。あちらとしては技術力自慢という意味も強いから、
例え売れなくても、名前が知られればそれで良いということもあるだろうね。
自動車産業は難しい。民間に普及させたくとも、生産・使用の両面でインフラが足らないのが現状だ。
軍需こそ最大かつ安全な市場、と思いきや、ロッソ漂着以降の急激な技術革新に追い立てられ、
こちらも長期安定型のモデルを打ち出せず。残るは高級車志向だが、
ぱっと見のデザインだの装飾だのは、何処の会社も如何様にも作り替えられる。
そこで私とSPH社が選んだ武器は、より強烈なコンセプトだった」
「馬鹿げたサイズと馬力……ですか」
●
作業が終わったらしく、工員が通りの向こうからルートヴィヒを呼んだ。
再度エンジンを試運転すると、今度は問題なかったらしく、彼も満足げな笑顔でバイクを下りる。
工房の壁に向かい、『聖ペテロの蹄鉄』、SPHの社章が入ったヘルメットを棚から取ると、
「君のサイズはこれだ。初心者なんだろう、少し馴らしておきたまえ」
「私の頭のサイズ、ご存じだったんで?」
「そりゃ、近くで見れば」
言ってから、ルートヴィヒはこほん、と咳払いして、
「ここへ来る途中に、牧場があっただろう。あそこで練習しよう」
硬さを確かめるように、こつこつとヘルメットを叩いてみせた。ドリスが尋ねる、
「近所迷惑じゃありませんか?」
「その心配はない」
ルートヴィヒが答える。
「アンフィトリュオンの開発が決定した時点で、この村は丸ごとSPH社が――
うん、SPH社が買い取った。その内テストコースを作る。レース場も良いな」
そう言って、彼は自分のヘルメットを被った。
「真に馬鹿げた行いには、時として美が宿る。
脅しをかける前にこいつを見せて、ノルデンメーアの作家の美意識に訴えかけるんだ」
それは一体どんな美意識だ――と、ドリスは密かに思った。
帝都バルトアンデルス郊外。
とある工房の軒先で、白昼、巨大な鉄(くろがね)の怪物が咆哮を轟かせる。
耳をつんざくエンジン音。地球式の背広を着た禿頭の紳士を乗せたまま、
全長約5メートル、大型魔導機関を無数の配管と鉄骨で繋ぎ合わせた巨体を震わせるそれは、
魔導『バイク』と呼ぶのも躊躇われる代物だった。
「……、……! ……、……、……!」
車上の紳士が言葉を発するが、エンジン始動を見守っていた周囲の工員、
それに『バルトアンデルス日報』記者・ドリスも、何を言われたのか全く聞き取れない。
紳士は小さく肩をすぼめると、エンジンを切り、
「またノッキングした。原因は燃料じゃない、たぶんスペルノズルだと思う」
工員たちがレンチ片手に複雑な骨組みを解体し、機関部の修理に手をつける。
その間、背広の紳士――ルートヴィヒ・フォン・ペンテジレイオスとドリスは、
通りを挟んで向かいの家のポーチに座り、話し合った。
「ピースホライズンの万霊節に持ち込みたかったんだけどね、完成が間に合わなくて」
「言われてみれば確かに、ハロウィン向きの化け物かも」
何処からともなく現れたルートヴィヒの使用人が、優雅に紅茶をサーブする。
ドリスはそれに構わず、自前の紙巻をくわえてマッチを擦ると、
「でも、本当にご自身でお乗りになるんですか?」
「お乗りになる。ちょうど用事があって、私が出向かなきゃならないんだ」
●
ドリスが工房を訪ねる前日、編集長は言った。
「『大公』のバイク旅行、北部ノルデンメーア州を目指す全長○○キロの旅。
往路に密着取材だ。ペンテジレイオス氏は産業用エンジンの大手、SPH社と……」
ドリスは編集長の机を拳でこつんと叩き、話を遮ると、
「今、私に帝都を離れろってんですか。ヴェールマンの事件がまだ……」
「ペンテジレイオスにまつわるネタがあったら、自分に取らせてくれ。
そう言ったのはお前だ、ドリス!」
確かにその通り。彼女は『大公』ルートヴィヒの経歴と人物について、
情報を集めてくれと、とあるハンターから依頼を受けていた。
その理由があまりに突拍子もなかったので、仕事のついでで良ければ、とその場は答えたが、
一応は編集部にも別の口実をつけて、優先的に取材機会を回して欲しいと頼んでおいたのだった。
編集長は説明を続けた。
「SPH社、知っての通りウチの広告主でもあるが、
新設されたばかりの自動車部門の宣伝を兼ね、高級バイクの受注生産を始めたんだ。
その第一号のお客が大公ルートヴィヒで、開発段階からアドバイザーとして加わってたらしい。
大公自らテストドライバーもやってて、市販前の最終試験ついでにバイク旅行をする。
ウチで特集記事をやるから、お前行ってこい」
「金持ちの道楽に付き合えってんですか。ガラじゃないねぇ」
不平を言うドリスに、
「野外の試験走行だからな。大公についてくお前も、バイクに乗るんだ」
「んなもん、乗ったことないですよ私。大体バイクはどっから調達するんですか」
「自転車なら乗れるだろ? SPHが取材用に1台貸してくれるって言うから、練習しとけ」
●
バイク旅行の取材ということで、助かった面もある。
動き易くて丈夫な服――ドリスにとっては普段着で、済ませられるからだ。
帝都の暴力組織オルデン追跡に私費を注ぎ込んで、次の給料日までからっけつの彼女には大助かり。
これが社交界のパーティやら何やらだったら、着ていく服がない有様だった。
「ご用事って」
尋ねると、ルートヴィヒは執事が差し出した葉巻箱から1本選びつつ、
「マティ女史のパーティで話したろう。『魔剣』さ。
劇の衣装や小道具を頼みたい男がいるんだが、偏屈者でね。
あの後、使いをやったんだが断られた。仕方ないから自分で口説き落としに行く」
「前にお聞きしたときゃ、公演は12月でしたでしょ? 間に合いますか?」
「間に合わせる。君、とある辺境騎馬部族の伝統的な処刑を知っとるかね」
ルートヴィヒが、火口を切った葉巻にゆっくりと火を点ける。
「罪人を毛布でぐるぐる巻きにするか、手足を縛って皮袋に詰める。
その上から馬で踏むんだ。あるいは、縄で馬の後ろを引きずって殺す」
「成る程?」
「バイクで代用できる筈だ。そうと分かれば、例の部族からも注文が来るかも知れん」
「作家を脅すおつもりで?」
「交渉の間、君が作家の後ろで皮袋を持っててくれ。決裂したら、一気に頭から被せるんだ」
ドリスはそこで工房のほうを振り向き、話題を変えた。
ルートヴィヒの冗談が、いやに癇に障った為だった。何故かは自分でも分からなかったが――
「しかし、ありゃ本当に化け物だ。『アンフィトリュオン』、例の部族は兎も角、売れますかね?」
SPH社製の『超』大型魔導バイク、そのアイデアは客であるルートヴィヒ自身のものらしい。
「どうかな。あちらとしては技術力自慢という意味も強いから、
例え売れなくても、名前が知られればそれで良いということもあるだろうね。
自動車産業は難しい。民間に普及させたくとも、生産・使用の両面でインフラが足らないのが現状だ。
軍需こそ最大かつ安全な市場、と思いきや、ロッソ漂着以降の急激な技術革新に追い立てられ、
こちらも長期安定型のモデルを打ち出せず。残るは高級車志向だが、
ぱっと見のデザインだの装飾だのは、何処の会社も如何様にも作り替えられる。
そこで私とSPH社が選んだ武器は、より強烈なコンセプトだった」
「馬鹿げたサイズと馬力……ですか」
●
作業が終わったらしく、工員が通りの向こうからルートヴィヒを呼んだ。
再度エンジンを試運転すると、今度は問題なかったらしく、彼も満足げな笑顔でバイクを下りる。
工房の壁に向かい、『聖ペテロの蹄鉄』、SPHの社章が入ったヘルメットを棚から取ると、
「君のサイズはこれだ。初心者なんだろう、少し馴らしておきたまえ」
「私の頭のサイズ、ご存じだったんで?」
「そりゃ、近くで見れば」
言ってから、ルートヴィヒはこほん、と咳払いして、
「ここへ来る途中に、牧場があっただろう。あそこで練習しよう」
硬さを確かめるように、こつこつとヘルメットを叩いてみせた。ドリスが尋ねる、
「近所迷惑じゃありませんか?」
「その心配はない」
ルートヴィヒが答える。
「アンフィトリュオンの開発が決定した時点で、この村は丸ごとSPH社が――
うん、SPH社が買い取った。その内テストコースを作る。レース場も良いな」
そう言って、彼は自分のヘルメットを被った。
「真に馬鹿げた行いには、時として美が宿る。
脅しをかける前にこいつを見せて、ノルデンメーアの作家の美意識に訴えかけるんだ」
それは一体どんな美意識だ――と、ドリスは密かに思った。
リプレイ本文
●
ネーヴェ=T.K.(ka5479)の日誌は、旅行の第1日をこう書き出していた。
『11月○日、快晴。北方より寒風吹き下ろすも、雨天降雪の気配なし……』
ジュード・エアハート(ka0410)はフリルつきのアイドル風衣装を着て、
モトクロスタイプのバイクで帝都郊外の工房へ乗りつける。ディアドラ・シュウェリーン(ka4397)が、
「可愛い。でも、汚れてしまわないかしら」
「折角の旅行だもの。実用性以外の彩りのない旅なんてつまらないじゃない!」
ジュードは笑顔で、ウィンス・デイランダール(ka0039)を振り返る――
彼は自転車のベルをちりん、と鳴らし、
「実用性は、ある。俺にとっての鍛錬という実用性がな」
ディアドラとネーヴェはちゃんと魔導バイクを用意してきた。工房前に繋がれた巨馬・ゴースロンは、
レイ・T・ベッドフォード(ka2398)が姉のメリル・E・ベッドフォード(ka2399)と一緒に乗ってきたもの。
そんな中、ただひとつ人力で走る自転車をネーヴェが調べて、
「レース用でもない普通の自転車か……苦労すると思うが」
「上等だ」
ウィンスはにやりと笑う。
「あら? あらあらあら、これは……!」
ルートヴィヒを乗せた試作バイクが現れると、メリルが感嘆の声を上げた。
一緒に出てきたドリスのバイクが、子供用にさえ見える。
「おはようございます。先日は愚弟が大変な粗相を……」
レイ本人も後ろで深々と頭を下げるが、大公は鷹揚に返した。そこで、
「大変面白いお品物ですね」
メリルが言う。異様な迫力の試作バイク・アンフィトリュオン、
見た目の厳めしさで敵うのはゴースロンくらいのものだ。
巨大な力に震える車体へ、挑むようにウィンスが自転車を寄せ、
「何だ、この、何? 魔導バイク? 全然ダメだね、俺に言わせてみりゃ。魂の反逆とか、全く感じらんねーし」
彼の歯に衣着せぬ物言いもどこ吹く風、大公は笑顔のまま、
「魂の反逆。面白い言葉だ、どんな意味かね」
「この旅で、俺のやることを見りゃ分かるさ」
●
お供の馬車と護衛を引き連れて、一路北を目指す。試作バイクの後ろに乗せてもらったメリルは、
ドリス曰く『鍛冶屋と悪魔』なるおとぎ話に由来するという、蹄鉄の紋章が入ったSPH社製ヘルメットを被り、
いや増す速度に身を委ねる内、弟のお目つけという目的も忘れてしまう。
(『歪虚との戦いにおいて有効ならば』今の時世、ありがたがられましょうが……)
メリルは思う、
(『無駄』や『馬鹿』は人のみが背負う業。正直、見てくれの趣味はお宜しくないようでございますが)
「案外悪くないだろう?」
振り返る依頼主に微笑んで、
「ええ、大変気に入りました」
「私、機械は大好きよ。嘘はつかないし、裏切らないし、信頼に応えてくれるわ」
自前のバイクを駆りながらディアドラが言った。立ち漕ぎで追いすがるウィンスへ、
「貴方も好き嫌いせず、たまには頼ってみたら」
覚醒者の脚力でスピードを稼ぐウィンスだが、額には玉のような汗が浮かぶ。
一方、こちらもバイクのネーヴェとジュードは涼しげな顔だ。
真っ向から吹きつける風は冷たいが、同時に彼方より、森の爽やかな香りを運んでくれる。
「良い風だ」
「絶好のバイク日和だね!」
ふたりの後から、ドリスも練習の甲斐あって悠々とついてきた。
レイのゴースロンが蹄の音も高らかに駆け抜ける。その後ろにしばらく距離を空けて、2台の馬車。
昼食の為の、贅を凝らしたピクニックセットが幌の下でかたかたと鳴る。
●
初日は難なく予定の距離を走りきり、夕方には街道沿いの旅籠に落ち着いた。
食後、ルートヴィヒが同行の整備士と共にバイクの点検へ向かうと、
ディアドラ、メリル、ジュードはその見物に、ウィンスは早々に寝室へ引っ込んでしまい、
ネーヴェはドリスとふたりきり、何となくテーブルに取り残されてしまった。
「面白いバイクだったな……アウトリガーを使っていた」
ネーヴェの呟きにドリスが興味を示すと、
「地球の大型特殊車両……建設重機などで、接地を安定させる為の装置だ。
シートとリアの下に2本ずつ、それらしいアームがついていただろう」
「そうそう、重過ぎて普通のスタンドじゃ駐車できないって、特別に作ったらしいけど。
そんな呼び方があるんだね。機械に詳しいの?」
ネーヴェは曖昧な身振りで応える。そこへレイがブランデーの瓶とグラスを抱えてきて、
「寝酒を頂きました。冷えますからね、もし宜しければ」
レイは他にも暇つぶしの道具を用意していた。
「ワンカードスプレッドしかできませんが」
ハンカチを広げると、その上にタロットの束を置いて掻き混ぜ始める。
ドリスはグラス片手に煙草を吹かしながら、
「どうぞお先に」
「……お願いする」
まずはネーヴェを占おうとシャッフルするレイ。一枚が弾みでハンカチの外へ滑り落ちてしまうと、
「これで良い」
ネーヴェがさっと取り上げ、表に返した。
『隠者』、大アルカナの9番。杖とカンテラを手に俯く老人が描かれている。
「象徴するものは、真理、内省、孤独、探求、導き……」
レイは額に手を当て、目を閉じる。
「長い旅路の果て」
「今回の旅行のことか?」
「かも知れません。正位置ですから、ネーヴェ様の導きで旅の困難が克服されるですとか、そのような吉兆かと」
ドリスを占うカードは小アルカナ、剣の8番。
「束縛、抑圧、無力」
金のことだな、とドリスが爆笑する。しかしカードは逆さま、
「いずれ問題は解決され、金銭のご心配もなくなる……そのような願いと、
日頃のご恩への感謝も込めまして、私ども姉弟より」
レイがおもむろに差し出したのは携帯用高級羽ペン、ドリスへのプレゼントだった。
「ホントに良いの? こんな高そうなもの貰っちゃって」
「良き記事を、楽しみにしております」
微笑むレイ。その隣でネーヴェはひとり、占いの意味を考え続けていた。
(探求と、旅路……)
●
『11月○日、晴れのち雨。陰風、黒雲を運ぶ』
街道の長い直線でバイクのペースに追いつけず、2日目にして自転車のウィンスが遅れ始めた。
その日は馬車に乗せてもらっていたメリルが心配し、大汗を掻いた彼へ水筒を渡す。
給水を終えたウィンスはぶっきらぼうに礼を言うと、力を振り絞って先行のバイク隊を追った。
一方、バイク隊は大型トラックの車列に道を塞がれてしまい、速度を落とさざるを得なかった。
帝国軍の輸送隊、積荷は燃料と思しい。ディアドラが言う、
「北伐に向かうのかしら。前線はかなり苦戦してるって聞くわ」
「歪虚王2体が相手だからね」
ジュードの表情に影が差す。
「だからこそ、俺もこの機会に息抜きしたかったんだけど」
「大事なことよ。無理して潰れてしまったんじゃ、意味ないもの」
軍のトラックを退かす訳にもいかず、一行は足踏みを余儀なくされた。
道端で昼食を摘まむ折、依頼主が迂回策を提案した。
「賛成だわ。手加減して走り続けるより、遠回りでも飛ばせるほうが楽しいでしょ」
ディアドラと共に、ネーヴェも無言で手を挙げた。
では街道を外れるとして、どちらに進むべきか? レイとウィンスが同時に、
「あちらです」
「あっちだ」
正反対の方向を指し示し、思わず顔を見合わせる。
向こうには雨雲が見える、いや風を読めばむしろこっちだ、と主張し合うが、
そこでルートヴィヒがふたりを交互に指差して、
「イーニー、ミーニー、マイニー、ムー……」
「あの、地図はご覧にならないのですか?」
メリルの至極真っ当な意見を無視して大公が選んだのは、
「ウィンス・デイランダール。先導したまえ」
そう言って、恭しい身振りでアンフィトリュオンを示した。
●
降り注ぐ氷雨に田舎の畦道は一瞬でぬかるみと化し、レイが叫ぶ、
「こちらのほうが、天気が良い筈だったのでは!?」
今や試作バイクを駆って先頭を走るウィンスは、
「テスト走行、要するに模擬戦だろ。なら形式はより実戦的であるべきだし、記事のネタにもなる。
ついでに俺たちは鍛錬ができる。一石三鳥だ!」
しれっと答え、長大な車体がぐらつかないよう、悪路で許されるぎりぎりの高速を維持した。
続く仲間たちもどうにかペースを合わせる。ディアドラのバイクに便乗した大公が、
「ハンターの運動神経は流石だな」
「バイクが良いのかも――それにしても貴方、楽しい人ね。あんな素敵な玩具を作るなんて」
「君も乗ってみるかね」
雨が小止みになった頃、ウィンスは仲間と運転を代わった。
「案外悪くない。でか過ぎて、ほとんど曲がれないところが特に」
嫌味とも本気とも取れない口調で、
「馬力でひたすら押し通る感じだな。そういう馬鹿々々しさは、まぁ――上等、だ」
言いながら、馬車から降ろした自転車に再びまたがるウィンス。アンフィトリュオンは、
「うわっ、本当に曲がらないよコレ!」
ジュードが楽しげな悲鳴を上げ、雨合羽を泥まみれにしながら、近くの野原で試し乗りしている。
馬車からそれを眺めて落ち着かない様子のメリルに、弟が嘆息しつつ、
「……どうぞ、姉様も」
「ルートヴィヒ様に失礼のないよう、気をつけるのですよ?」
メリルはドレスの裾を摘まみ上げ、雨中へと走り出ていく。
●
レイを除くハンターたちが交替で試作バイクを走らせ、
全員すっかり泥を浴びつつも、日暮れ前にはどうにか宿へ辿り着いた。
街道はこの先しばらく帝国軍が塞いでいるだろうから、回り道を続けるしかない。
明日は早くに出発しなければ――
『11月○日、曇り。北風は身を切るように冷たい』
旅行3日目。ハンターの試乗を見学した成果か、大公の運転が上達する。
彼を囲んで草原を突き進むバイク隊に対し、ウィンスは今日も苦戦を強いられた。
そんな人間たちの馬鹿騒ぎを他所に、羊の群れが遠くをのんびりと歩いていくのを見ると、
ルートヴィヒの背に向かってメリルが、
「帝国とは、昔に想像したよりものどかな国なのですね」
「ああ、好き勝手遊べる場所がまだまだ沢山ある!」
それからメリルは、依頼主を退屈させぬよう、東方での戦いや幻獣の森の冒険について語った。
気づけば辺りは夕暮れ。草原のど真ん中にいて、旅籠は遥か後方の街道にしかない。
天気を心配したレイと、それから道中安全運転を順守してきたジュードも、この場での野営を進言する。
「俺のバイクは灯りがないし……そこは誰かの後ろを走るにしても、
しばらくまともな道はないだろうから、みんなの安全を考えると」
とは言いながら、火が熾るとすぐ、マシュマロを串に刺して焼き始めた辺り、
「最初からキャンプを期待してたんでしょ」
「えへへ」
ジュードはディアドラの指摘を笑って誤魔化すと、焼き上がったマシュマロを皆へ勧める。
焚火を囲む内、12月の『魔剣』公演が話題に上がった。
ルートヴィヒ曰く、かなり大規模な魔導機械を扱った、派手な演出の舞台になるという。
「演出に負けない、鮮烈なイメージを持ったデザインが必要なんだ」
「だから、どうしてもその作家さんが欲しいって訳ですか。
依頼で本物の魔剣に出会った身としては、何だか期待しちゃいますね」
ジュードが件の依頼のこと、そして同盟の最新の舞台や流行について話し、依頼主の興味を惹いた。
ディアドラも会話に混じりながら、ルートヴィヒに向かって感慨深げに言う。
「思うがまま生きられて、何でも夢を叶えられる……羨ましいわ。
今回限りと言わずあやかりたいものね。どう? 専属契約っていうのは」
「良いね、考えておこう」
主がハンターたちと歓談している間も、専属の護衛――男女の覚醒者ふたりは、
魔導銃を抱えて身じろぎもせず、周囲の闇に目を凝らす。
三角帽にロングコート、顔をマスクで覆ったふたりは旅の始終、およそ感情を表に出すことがなかった。
(ルートヴィヒ様も、むしろ彼らをこそ信用なさっているのでは)
メリルは考えた。素性は様々、根なし草も多いハンターに頼りきらないのは賢いことかも知れない。
大公が護衛とろくに口を利かず、自分たちとばかり親しげに接する辺りも、却って信頼の差を感じさせた。
(あの方にとって、今のわたくしたちは単なる遊び相手なのでしょう。
その点は、こちらも肝に銘じておかねば……)
ウィンスもむくんだ脚を焚火へ向けて寝転がりながら、護衛のほうを見る。
革命以前の伝統を捨てきらない、騎士の成れの果て――
恐らくはペンテジレイオス家そのものに、終生の献身を誓った連中なのだろう。
旧貴族の『裏切者』たるルートヴィヒまでが、そんな古い慣習に頼っているのは気に入らなかった。
●
『11月○日、曇りのち晴れ。葉風、烈風に転じて霧を払う』
最終日。ウィンスは軋みを上げ始めた脚で、懸命にペダルを踏みしめる。
早朝の草原に霧が立ち込め、今や数キロ先を行く大公と仲間たちの姿が見えない。轍を追った。
(ああ、気に入らないね。あの男も、馬鹿げたバイクも――だらしのねー俺の脚も!)
バイク隊は何とか今日中にノルデンメーア入りするべく、
ウィンスと馬車を置き去りにしてでも道を急ぐ。これを見越して予め携帯しておいた昼食を取りながら、
「ウィンスさん、大丈夫かな? もう少し待ったほうが良いんじゃ……」
心配するジュードへ、ネーヴェがツナの缶詰をパンの上に空けつつ静かに答える。
「もうじき強い風が吹く……霧は晴れ、道に迷う恐れもなくなる」
レイも言った。
「どんなに遅れても、最後には必ず追いつきます。そういう方ですよ」
その言葉通り、日没の間際にウィンスは追いついた。
先にノルデンメーア入りしたバイク隊の面々は、既に別れの挨拶を済ませる折だった。
「あらあら、頑張っちゃって」
ディアドラが優しく笑いかけると、ウィンスは息荒く自転車を降りて、
「どんな逆境にも屈しない……真正面から推し通る……」
「それが魂の反逆、か」
ルートヴィヒが差し出す手を、ぞんざいに握り返した。大公は握手したまま振り返り、
「みんな、ご苦労。楽しい旅行だった――バイクも、君たちも」
●
別れ際、レイは姉の目を盗んで、そっと依頼主へ話しかける。
「あれから少し考えたのですが。もし、貴方が『そう』なら」
いつからか、レイの心の奥深い場所より囁く声があった――
ルートヴィヒは反体制過激派・ヴルツァライヒか、むしろそのパトロンではないか。
だとしたら、何と『面白い』ことか、と。
大公と関わりのある、とある女性のことを思えば本当は心苦しい筈なのに、
何故だか込み上げてくる後ろ暗い愉悦に、レイは内心当惑していた。
「……貴方を退屈させないことしか、私にできることはないと解りました」
大公は堪えきれない笑いを漏らしながら、こう答えた。
「君自身も退屈しないことだ。楽しみたまえ――苦も、楽も。それが『旅』の醍醐味ってものさ」
ネーヴェ=T.K.(ka5479)の日誌は、旅行の第1日をこう書き出していた。
『11月○日、快晴。北方より寒風吹き下ろすも、雨天降雪の気配なし……』
ジュード・エアハート(ka0410)はフリルつきのアイドル風衣装を着て、
モトクロスタイプのバイクで帝都郊外の工房へ乗りつける。ディアドラ・シュウェリーン(ka4397)が、
「可愛い。でも、汚れてしまわないかしら」
「折角の旅行だもの。実用性以外の彩りのない旅なんてつまらないじゃない!」
ジュードは笑顔で、ウィンス・デイランダール(ka0039)を振り返る――
彼は自転車のベルをちりん、と鳴らし、
「実用性は、ある。俺にとっての鍛錬という実用性がな」
ディアドラとネーヴェはちゃんと魔導バイクを用意してきた。工房前に繋がれた巨馬・ゴースロンは、
レイ・T・ベッドフォード(ka2398)が姉のメリル・E・ベッドフォード(ka2399)と一緒に乗ってきたもの。
そんな中、ただひとつ人力で走る自転車をネーヴェが調べて、
「レース用でもない普通の自転車か……苦労すると思うが」
「上等だ」
ウィンスはにやりと笑う。
「あら? あらあらあら、これは……!」
ルートヴィヒを乗せた試作バイクが現れると、メリルが感嘆の声を上げた。
一緒に出てきたドリスのバイクが、子供用にさえ見える。
「おはようございます。先日は愚弟が大変な粗相を……」
レイ本人も後ろで深々と頭を下げるが、大公は鷹揚に返した。そこで、
「大変面白いお品物ですね」
メリルが言う。異様な迫力の試作バイク・アンフィトリュオン、
見た目の厳めしさで敵うのはゴースロンくらいのものだ。
巨大な力に震える車体へ、挑むようにウィンスが自転車を寄せ、
「何だ、この、何? 魔導バイク? 全然ダメだね、俺に言わせてみりゃ。魂の反逆とか、全く感じらんねーし」
彼の歯に衣着せぬ物言いもどこ吹く風、大公は笑顔のまま、
「魂の反逆。面白い言葉だ、どんな意味かね」
「この旅で、俺のやることを見りゃ分かるさ」
●
お供の馬車と護衛を引き連れて、一路北を目指す。試作バイクの後ろに乗せてもらったメリルは、
ドリス曰く『鍛冶屋と悪魔』なるおとぎ話に由来するという、蹄鉄の紋章が入ったSPH社製ヘルメットを被り、
いや増す速度に身を委ねる内、弟のお目つけという目的も忘れてしまう。
(『歪虚との戦いにおいて有効ならば』今の時世、ありがたがられましょうが……)
メリルは思う、
(『無駄』や『馬鹿』は人のみが背負う業。正直、見てくれの趣味はお宜しくないようでございますが)
「案外悪くないだろう?」
振り返る依頼主に微笑んで、
「ええ、大変気に入りました」
「私、機械は大好きよ。嘘はつかないし、裏切らないし、信頼に応えてくれるわ」
自前のバイクを駆りながらディアドラが言った。立ち漕ぎで追いすがるウィンスへ、
「貴方も好き嫌いせず、たまには頼ってみたら」
覚醒者の脚力でスピードを稼ぐウィンスだが、額には玉のような汗が浮かぶ。
一方、こちらもバイクのネーヴェとジュードは涼しげな顔だ。
真っ向から吹きつける風は冷たいが、同時に彼方より、森の爽やかな香りを運んでくれる。
「良い風だ」
「絶好のバイク日和だね!」
ふたりの後から、ドリスも練習の甲斐あって悠々とついてきた。
レイのゴースロンが蹄の音も高らかに駆け抜ける。その後ろにしばらく距離を空けて、2台の馬車。
昼食の為の、贅を凝らしたピクニックセットが幌の下でかたかたと鳴る。
●
初日は難なく予定の距離を走りきり、夕方には街道沿いの旅籠に落ち着いた。
食後、ルートヴィヒが同行の整備士と共にバイクの点検へ向かうと、
ディアドラ、メリル、ジュードはその見物に、ウィンスは早々に寝室へ引っ込んでしまい、
ネーヴェはドリスとふたりきり、何となくテーブルに取り残されてしまった。
「面白いバイクだったな……アウトリガーを使っていた」
ネーヴェの呟きにドリスが興味を示すと、
「地球の大型特殊車両……建設重機などで、接地を安定させる為の装置だ。
シートとリアの下に2本ずつ、それらしいアームがついていただろう」
「そうそう、重過ぎて普通のスタンドじゃ駐車できないって、特別に作ったらしいけど。
そんな呼び方があるんだね。機械に詳しいの?」
ネーヴェは曖昧な身振りで応える。そこへレイがブランデーの瓶とグラスを抱えてきて、
「寝酒を頂きました。冷えますからね、もし宜しければ」
レイは他にも暇つぶしの道具を用意していた。
「ワンカードスプレッドしかできませんが」
ハンカチを広げると、その上にタロットの束を置いて掻き混ぜ始める。
ドリスはグラス片手に煙草を吹かしながら、
「どうぞお先に」
「……お願いする」
まずはネーヴェを占おうとシャッフルするレイ。一枚が弾みでハンカチの外へ滑り落ちてしまうと、
「これで良い」
ネーヴェがさっと取り上げ、表に返した。
『隠者』、大アルカナの9番。杖とカンテラを手に俯く老人が描かれている。
「象徴するものは、真理、内省、孤独、探求、導き……」
レイは額に手を当て、目を閉じる。
「長い旅路の果て」
「今回の旅行のことか?」
「かも知れません。正位置ですから、ネーヴェ様の導きで旅の困難が克服されるですとか、そのような吉兆かと」
ドリスを占うカードは小アルカナ、剣の8番。
「束縛、抑圧、無力」
金のことだな、とドリスが爆笑する。しかしカードは逆さま、
「いずれ問題は解決され、金銭のご心配もなくなる……そのような願いと、
日頃のご恩への感謝も込めまして、私ども姉弟より」
レイがおもむろに差し出したのは携帯用高級羽ペン、ドリスへのプレゼントだった。
「ホントに良いの? こんな高そうなもの貰っちゃって」
「良き記事を、楽しみにしております」
微笑むレイ。その隣でネーヴェはひとり、占いの意味を考え続けていた。
(探求と、旅路……)
●
『11月○日、晴れのち雨。陰風、黒雲を運ぶ』
街道の長い直線でバイクのペースに追いつけず、2日目にして自転車のウィンスが遅れ始めた。
その日は馬車に乗せてもらっていたメリルが心配し、大汗を掻いた彼へ水筒を渡す。
給水を終えたウィンスはぶっきらぼうに礼を言うと、力を振り絞って先行のバイク隊を追った。
一方、バイク隊は大型トラックの車列に道を塞がれてしまい、速度を落とさざるを得なかった。
帝国軍の輸送隊、積荷は燃料と思しい。ディアドラが言う、
「北伐に向かうのかしら。前線はかなり苦戦してるって聞くわ」
「歪虚王2体が相手だからね」
ジュードの表情に影が差す。
「だからこそ、俺もこの機会に息抜きしたかったんだけど」
「大事なことよ。無理して潰れてしまったんじゃ、意味ないもの」
軍のトラックを退かす訳にもいかず、一行は足踏みを余儀なくされた。
道端で昼食を摘まむ折、依頼主が迂回策を提案した。
「賛成だわ。手加減して走り続けるより、遠回りでも飛ばせるほうが楽しいでしょ」
ディアドラと共に、ネーヴェも無言で手を挙げた。
では街道を外れるとして、どちらに進むべきか? レイとウィンスが同時に、
「あちらです」
「あっちだ」
正反対の方向を指し示し、思わず顔を見合わせる。
向こうには雨雲が見える、いや風を読めばむしろこっちだ、と主張し合うが、
そこでルートヴィヒがふたりを交互に指差して、
「イーニー、ミーニー、マイニー、ムー……」
「あの、地図はご覧にならないのですか?」
メリルの至極真っ当な意見を無視して大公が選んだのは、
「ウィンス・デイランダール。先導したまえ」
そう言って、恭しい身振りでアンフィトリュオンを示した。
●
降り注ぐ氷雨に田舎の畦道は一瞬でぬかるみと化し、レイが叫ぶ、
「こちらのほうが、天気が良い筈だったのでは!?」
今や試作バイクを駆って先頭を走るウィンスは、
「テスト走行、要するに模擬戦だろ。なら形式はより実戦的であるべきだし、記事のネタにもなる。
ついでに俺たちは鍛錬ができる。一石三鳥だ!」
しれっと答え、長大な車体がぐらつかないよう、悪路で許されるぎりぎりの高速を維持した。
続く仲間たちもどうにかペースを合わせる。ディアドラのバイクに便乗した大公が、
「ハンターの運動神経は流石だな」
「バイクが良いのかも――それにしても貴方、楽しい人ね。あんな素敵な玩具を作るなんて」
「君も乗ってみるかね」
雨が小止みになった頃、ウィンスは仲間と運転を代わった。
「案外悪くない。でか過ぎて、ほとんど曲がれないところが特に」
嫌味とも本気とも取れない口調で、
「馬力でひたすら押し通る感じだな。そういう馬鹿々々しさは、まぁ――上等、だ」
言いながら、馬車から降ろした自転車に再びまたがるウィンス。アンフィトリュオンは、
「うわっ、本当に曲がらないよコレ!」
ジュードが楽しげな悲鳴を上げ、雨合羽を泥まみれにしながら、近くの野原で試し乗りしている。
馬車からそれを眺めて落ち着かない様子のメリルに、弟が嘆息しつつ、
「……どうぞ、姉様も」
「ルートヴィヒ様に失礼のないよう、気をつけるのですよ?」
メリルはドレスの裾を摘まみ上げ、雨中へと走り出ていく。
●
レイを除くハンターたちが交替で試作バイクを走らせ、
全員すっかり泥を浴びつつも、日暮れ前にはどうにか宿へ辿り着いた。
街道はこの先しばらく帝国軍が塞いでいるだろうから、回り道を続けるしかない。
明日は早くに出発しなければ――
『11月○日、曇り。北風は身を切るように冷たい』
旅行3日目。ハンターの試乗を見学した成果か、大公の運転が上達する。
彼を囲んで草原を突き進むバイク隊に対し、ウィンスは今日も苦戦を強いられた。
そんな人間たちの馬鹿騒ぎを他所に、羊の群れが遠くをのんびりと歩いていくのを見ると、
ルートヴィヒの背に向かってメリルが、
「帝国とは、昔に想像したよりものどかな国なのですね」
「ああ、好き勝手遊べる場所がまだまだ沢山ある!」
それからメリルは、依頼主を退屈させぬよう、東方での戦いや幻獣の森の冒険について語った。
気づけば辺りは夕暮れ。草原のど真ん中にいて、旅籠は遥か後方の街道にしかない。
天気を心配したレイと、それから道中安全運転を順守してきたジュードも、この場での野営を進言する。
「俺のバイクは灯りがないし……そこは誰かの後ろを走るにしても、
しばらくまともな道はないだろうから、みんなの安全を考えると」
とは言いながら、火が熾るとすぐ、マシュマロを串に刺して焼き始めた辺り、
「最初からキャンプを期待してたんでしょ」
「えへへ」
ジュードはディアドラの指摘を笑って誤魔化すと、焼き上がったマシュマロを皆へ勧める。
焚火を囲む内、12月の『魔剣』公演が話題に上がった。
ルートヴィヒ曰く、かなり大規模な魔導機械を扱った、派手な演出の舞台になるという。
「演出に負けない、鮮烈なイメージを持ったデザインが必要なんだ」
「だから、どうしてもその作家さんが欲しいって訳ですか。
依頼で本物の魔剣に出会った身としては、何だか期待しちゃいますね」
ジュードが件の依頼のこと、そして同盟の最新の舞台や流行について話し、依頼主の興味を惹いた。
ディアドラも会話に混じりながら、ルートヴィヒに向かって感慨深げに言う。
「思うがまま生きられて、何でも夢を叶えられる……羨ましいわ。
今回限りと言わずあやかりたいものね。どう? 専属契約っていうのは」
「良いね、考えておこう」
主がハンターたちと歓談している間も、専属の護衛――男女の覚醒者ふたりは、
魔導銃を抱えて身じろぎもせず、周囲の闇に目を凝らす。
三角帽にロングコート、顔をマスクで覆ったふたりは旅の始終、およそ感情を表に出すことがなかった。
(ルートヴィヒ様も、むしろ彼らをこそ信用なさっているのでは)
メリルは考えた。素性は様々、根なし草も多いハンターに頼りきらないのは賢いことかも知れない。
大公が護衛とろくに口を利かず、自分たちとばかり親しげに接する辺りも、却って信頼の差を感じさせた。
(あの方にとって、今のわたくしたちは単なる遊び相手なのでしょう。
その点は、こちらも肝に銘じておかねば……)
ウィンスもむくんだ脚を焚火へ向けて寝転がりながら、護衛のほうを見る。
革命以前の伝統を捨てきらない、騎士の成れの果て――
恐らくはペンテジレイオス家そのものに、終生の献身を誓った連中なのだろう。
旧貴族の『裏切者』たるルートヴィヒまでが、そんな古い慣習に頼っているのは気に入らなかった。
●
『11月○日、曇りのち晴れ。葉風、烈風に転じて霧を払う』
最終日。ウィンスは軋みを上げ始めた脚で、懸命にペダルを踏みしめる。
早朝の草原に霧が立ち込め、今や数キロ先を行く大公と仲間たちの姿が見えない。轍を追った。
(ああ、気に入らないね。あの男も、馬鹿げたバイクも――だらしのねー俺の脚も!)
バイク隊は何とか今日中にノルデンメーア入りするべく、
ウィンスと馬車を置き去りにしてでも道を急ぐ。これを見越して予め携帯しておいた昼食を取りながら、
「ウィンスさん、大丈夫かな? もう少し待ったほうが良いんじゃ……」
心配するジュードへ、ネーヴェがツナの缶詰をパンの上に空けつつ静かに答える。
「もうじき強い風が吹く……霧は晴れ、道に迷う恐れもなくなる」
レイも言った。
「どんなに遅れても、最後には必ず追いつきます。そういう方ですよ」
その言葉通り、日没の間際にウィンスは追いついた。
先にノルデンメーア入りしたバイク隊の面々は、既に別れの挨拶を済ませる折だった。
「あらあら、頑張っちゃって」
ディアドラが優しく笑いかけると、ウィンスは息荒く自転車を降りて、
「どんな逆境にも屈しない……真正面から推し通る……」
「それが魂の反逆、か」
ルートヴィヒが差し出す手を、ぞんざいに握り返した。大公は握手したまま振り返り、
「みんな、ご苦労。楽しい旅行だった――バイクも、君たちも」
●
別れ際、レイは姉の目を盗んで、そっと依頼主へ話しかける。
「あれから少し考えたのですが。もし、貴方が『そう』なら」
いつからか、レイの心の奥深い場所より囁く声があった――
ルートヴィヒは反体制過激派・ヴルツァライヒか、むしろそのパトロンではないか。
だとしたら、何と『面白い』ことか、と。
大公と関わりのある、とある女性のことを思えば本当は心苦しい筈なのに、
何故だか込み上げてくる後ろ暗い愉悦に、レイは内心当惑していた。
「……貴方を退屈させないことしか、私にできることはないと解りました」
大公は堪えきれない笑いを漏らしながら、こう答えた。
「君自身も退屈しないことだ。楽しみたまえ――苦も、楽も。それが『旅』の醍醐味ってものさ」
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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面白かった! | 6人 |
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Road To NORTH レイ・T・ベッドフォード(ka2398) 人間(リアルブルー)|26才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/11/24 06:47:46 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/23 12:36:42 |