ゲスト
(ka0000)
無謀なる少女達への依頼
マスター:芹沢かずい

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/11/20 15:00
- 完成日
- 2015/11/27 00:38
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「はぁ……」
重々しい溜め息が、隣を歩く少女の耳に盛大に届く。溜め息の主は姉のリタだ。妹のエマは、ここ数週間繰り返してきた言葉を今日も繰り返す。
「お姉ちゃん、またダメだったのね」
「またって何よっ! 確かにその通りだけども!」
二人は揃って儀式場を後にし、間借りしている家へと向かう途中だ。
数々の紆余曲折と迷子を繰り返し、ようやく辿り着いた自由都市同盟領内にある冒険都市リゼリオ。そこにあるハンターオフィスの本部で、ハンターとして本登録を済ませたのが、およそ二週間前。それからずっと、姉妹は精霊と契約し、覚醒者となるべく儀式場に通っていた。
「大体どうして! 妹のエマの方が先なのよ? 不公平だわっ」
不機嫌さを隠しもせず、家とは反対方向へと曲がる。
「そんなこと言ったってしょうがないでしょ……お姉ちゃん、こっちよ」
溜め息まじりに、恒例の台詞を吐き出す。くるりと回れ右をして、エマと並ぶリタ。
「で? 何て言われたの?」
「いつもと同じよ……『素質は十分にある。だけど、混沌とし過ぎてて自分でも良く分かっていないんだろう』……って。あたしは早く覚醒者になって、色んな依頼をバンバンこなして強くなりたいだけなのに」
ぼやくリタに聞こえないように、エマはそっと息をつく。
(色々やりたいことがあるんだもんね……その中で一番を選べないからなのかなぁ)
「じっくり考えてやろうよ。素質はあるんだから」
「うん……そうね。…………なんて、あたしが言うと思う?」
くるり、とエマに向き直ると、悪いことを考えている顔でそんなことを言いだした。
「………………思わない」
エマは再び、深い溜め息をついた。
●
「あら? 何の騒ぎかしら?」
自分たちの進行方向に人だかりができている。まだかなり先の方なのに、何事にも敏感すぎるリタの目と耳と勘が、『これは事件だ』と勝手に決めつける。
姉妹は人だかりを器用にかきわけてその中心になっているものに辿り着いた。
「わあ……」
驚きとも歓声ともつかない声を上げたのはエマ。リタは声にならないのか、あんぐりと口を開けたまま、『それ』を見ていた。
「す、すまないが、これは見せ物じゃあねえんだ……通しておくれ」
申し訳なさそうな声が、少しかすれている。どうやら老人のようだ。
その声に我に返ったリタは、素早く目の前に繰り広げられている光景を観察し、理解した。
ずびしっ!
と無遠慮に指を指し、
「おじいちゃん、これは夜逃げじゃないかしらっ?」
「いやまだ陽は高いけど」
すかさずエマが突っ込むが、突っ込む所はそれでいいのか。
「細かいことはいいのよ! これは何らかの事件だわっ! ほら! 周りの人も見るんじゃないわよ! 巻き込まれたくなかったらこの場から離れなさいっ!」
何だか良く分からないが、周囲の人々はリタのアブない剣幕に押され、波が引くように去って行く。
「人聞きの悪いことを言わんでくれ」
疲れきった様子の老人が答えた。身体的に、というよりは、精神的に。
「まあ、そうね。これが夜中だったら明らかに夜逃げでしょうけど……そうじゃないのなら、単なる引っ越しかしら?」
何故か偉そうに腰に手を当て言い放つリタ。
「正解じゃ。ほれ、この荷物じゃから老夫婦と年老いたロバだけじゃ心許なくてのぅ。それで、ハンターの皆様にお力をお貸し頂こうと思うてな」
ようやくまともに話ができる人物に会えて嬉しかったのか、前歯の欠けた顔でニカッと笑うと、目の前にそびえ立つハンターズソサエティを目で示した。
「ふーん、そう言うことなら! ここで出会ったのも何かの縁よっ! あたし達も協力するわ! いいわねエマ!」
「ええっ? 良いけど……お姉ちゃん、儀式は?」
「たまには気分転換も大事よ! それに、仕事に集中してたら何か閃くかも知れないし!」
「お、お前さん……ハンターなのかい?」
「そうよ! 立派なハンターになるつもりなの! 書類審査は終わってるわ!」
相変わらず偉そうに胸を張り、あまり自慢できないことを自慢げに宣うリタ。彼女がこうなってしまっては、妹のエマに拒否権はない。さらに深く肩を落とす。
そしてエマはふと疑問を抱く。
(『老夫婦』って言ったよね? あのおじいさん……)
●ハンターオフィスにて
「……と、言う訳での、商売を辞めてグラズヘイム王国にある田舎に引っ込もうと思うておる。知っての通り、田舎に行くには森を抜けねばならん。ワシらはすでに隠居の身、通商路を使う訳にもいくまいて」
「成る程。大きな道は通常は商人が利用していますからね、そうなると、お荷物が通れる位の脇道を行く形になりますね……森を抜けて、王国領に行くまでの護衛、という形でよろしいですか?」
受付が人の良い笑顔と優しい声で、老人の依頼をメモして行く。
出発は明日の早朝。依頼を受けたハンター達には、森の入り口付近を集合場所と伝えて貰うようにした。この引っ越しに協力してくれるハンターが現れてくれれば良いのだが……。
「うーん……私達だけじゃやっぱり不安だよね……」
荷物を眺めながら、エマ。
ふと、エマの目に奇妙なモノが目に映った。
「……ねえ」
「ん?」
エマの声が若干震える。
「目が、合ったんだけど」
「?」
エマの言葉の意味が分からず、リタは彼女の視線を辿る。そして……一瞬言葉を失った。
ロバが引いているのは小さな荷台。そこには溢れんばかりの……どうやって乗せたのか疑問だけが沸き起こる程の大量の荷物が積み上がっている。
その一角に、それは居た。
「ほほほほほ、見つかってしもうたな」
カラカラと楽しそうに笑うのは、老女の声。曰く、荷台のバランスを保つ為にその場で動かず置物のようにじっとしていたのだという。……今の今まで気付かなかった。
倒れないのが不思議な高さで、所々がロープで固定されているだけ。芸術的でさえある。……その芸術の中に老婆も組み込まれている。
「大丈夫じゃないかしら? 道中すれ違ったハンターがいたら手伝って貰えば良いわ!」
不安げな妹とは正反対。老婆の存在を見ても反応が薄いリタは、両手を腰に当てたその姿のままで言い放った。
エマの口から小さな溜め息が漏れる。
●森の入り口を前にして
「同盟領では事件なんてなかったわね……次は森に期待よっ!」
「事件が無いのを残念そうに言わないでよ……」
森の入り口で、来てくれるであろうハンター達を待つことにする。
さて、ロバを含めた荷物(老夫婦の全財産なのだ)と依頼主を守りつつ、森を抜ける。
恐らく二日程で抜けられるだろうが、不安定な荷台が、整備されているか分からない道に耐えられるだろうか。それに、人通りが少ない場所もあるだろう。そんな所に野生動物や雑魔、亜人、歪虚なんてものが居ないとも限らない。大きな街道を逸れて行くとなれば、追い剥ぎなんかにも気をつけなければならないだろう。
「はぁ……」
重々しい溜め息が、隣を歩く少女の耳に盛大に届く。溜め息の主は姉のリタだ。妹のエマは、ここ数週間繰り返してきた言葉を今日も繰り返す。
「お姉ちゃん、またダメだったのね」
「またって何よっ! 確かにその通りだけども!」
二人は揃って儀式場を後にし、間借りしている家へと向かう途中だ。
数々の紆余曲折と迷子を繰り返し、ようやく辿り着いた自由都市同盟領内にある冒険都市リゼリオ。そこにあるハンターオフィスの本部で、ハンターとして本登録を済ませたのが、およそ二週間前。それからずっと、姉妹は精霊と契約し、覚醒者となるべく儀式場に通っていた。
「大体どうして! 妹のエマの方が先なのよ? 不公平だわっ」
不機嫌さを隠しもせず、家とは反対方向へと曲がる。
「そんなこと言ったってしょうがないでしょ……お姉ちゃん、こっちよ」
溜め息まじりに、恒例の台詞を吐き出す。くるりと回れ右をして、エマと並ぶリタ。
「で? 何て言われたの?」
「いつもと同じよ……『素質は十分にある。だけど、混沌とし過ぎてて自分でも良く分かっていないんだろう』……って。あたしは早く覚醒者になって、色んな依頼をバンバンこなして強くなりたいだけなのに」
ぼやくリタに聞こえないように、エマはそっと息をつく。
(色々やりたいことがあるんだもんね……その中で一番を選べないからなのかなぁ)
「じっくり考えてやろうよ。素質はあるんだから」
「うん……そうね。…………なんて、あたしが言うと思う?」
くるり、とエマに向き直ると、悪いことを考えている顔でそんなことを言いだした。
「………………思わない」
エマは再び、深い溜め息をついた。
●
「あら? 何の騒ぎかしら?」
自分たちの進行方向に人だかりができている。まだかなり先の方なのに、何事にも敏感すぎるリタの目と耳と勘が、『これは事件だ』と勝手に決めつける。
姉妹は人だかりを器用にかきわけてその中心になっているものに辿り着いた。
「わあ……」
驚きとも歓声ともつかない声を上げたのはエマ。リタは声にならないのか、あんぐりと口を開けたまま、『それ』を見ていた。
「す、すまないが、これは見せ物じゃあねえんだ……通しておくれ」
申し訳なさそうな声が、少しかすれている。どうやら老人のようだ。
その声に我に返ったリタは、素早く目の前に繰り広げられている光景を観察し、理解した。
ずびしっ!
と無遠慮に指を指し、
「おじいちゃん、これは夜逃げじゃないかしらっ?」
「いやまだ陽は高いけど」
すかさずエマが突っ込むが、突っ込む所はそれでいいのか。
「細かいことはいいのよ! これは何らかの事件だわっ! ほら! 周りの人も見るんじゃないわよ! 巻き込まれたくなかったらこの場から離れなさいっ!」
何だか良く分からないが、周囲の人々はリタのアブない剣幕に押され、波が引くように去って行く。
「人聞きの悪いことを言わんでくれ」
疲れきった様子の老人が答えた。身体的に、というよりは、精神的に。
「まあ、そうね。これが夜中だったら明らかに夜逃げでしょうけど……そうじゃないのなら、単なる引っ越しかしら?」
何故か偉そうに腰に手を当て言い放つリタ。
「正解じゃ。ほれ、この荷物じゃから老夫婦と年老いたロバだけじゃ心許なくてのぅ。それで、ハンターの皆様にお力をお貸し頂こうと思うてな」
ようやくまともに話ができる人物に会えて嬉しかったのか、前歯の欠けた顔でニカッと笑うと、目の前にそびえ立つハンターズソサエティを目で示した。
「ふーん、そう言うことなら! ここで出会ったのも何かの縁よっ! あたし達も協力するわ! いいわねエマ!」
「ええっ? 良いけど……お姉ちゃん、儀式は?」
「たまには気分転換も大事よ! それに、仕事に集中してたら何か閃くかも知れないし!」
「お、お前さん……ハンターなのかい?」
「そうよ! 立派なハンターになるつもりなの! 書類審査は終わってるわ!」
相変わらず偉そうに胸を張り、あまり自慢できないことを自慢げに宣うリタ。彼女がこうなってしまっては、妹のエマに拒否権はない。さらに深く肩を落とす。
そしてエマはふと疑問を抱く。
(『老夫婦』って言ったよね? あのおじいさん……)
●ハンターオフィスにて
「……と、言う訳での、商売を辞めてグラズヘイム王国にある田舎に引っ込もうと思うておる。知っての通り、田舎に行くには森を抜けねばならん。ワシらはすでに隠居の身、通商路を使う訳にもいくまいて」
「成る程。大きな道は通常は商人が利用していますからね、そうなると、お荷物が通れる位の脇道を行く形になりますね……森を抜けて、王国領に行くまでの護衛、という形でよろしいですか?」
受付が人の良い笑顔と優しい声で、老人の依頼をメモして行く。
出発は明日の早朝。依頼を受けたハンター達には、森の入り口付近を集合場所と伝えて貰うようにした。この引っ越しに協力してくれるハンターが現れてくれれば良いのだが……。
「うーん……私達だけじゃやっぱり不安だよね……」
荷物を眺めながら、エマ。
ふと、エマの目に奇妙なモノが目に映った。
「……ねえ」
「ん?」
エマの声が若干震える。
「目が、合ったんだけど」
「?」
エマの言葉の意味が分からず、リタは彼女の視線を辿る。そして……一瞬言葉を失った。
ロバが引いているのは小さな荷台。そこには溢れんばかりの……どうやって乗せたのか疑問だけが沸き起こる程の大量の荷物が積み上がっている。
その一角に、それは居た。
「ほほほほほ、見つかってしもうたな」
カラカラと楽しそうに笑うのは、老女の声。曰く、荷台のバランスを保つ為にその場で動かず置物のようにじっとしていたのだという。……今の今まで気付かなかった。
倒れないのが不思議な高さで、所々がロープで固定されているだけ。芸術的でさえある。……その芸術の中に老婆も組み込まれている。
「大丈夫じゃないかしら? 道中すれ違ったハンターがいたら手伝って貰えば良いわ!」
不安げな妹とは正反対。老婆の存在を見ても反応が薄いリタは、両手を腰に当てたその姿のままで言い放った。
エマの口から小さな溜め息が漏れる。
●森の入り口を前にして
「同盟領では事件なんてなかったわね……次は森に期待よっ!」
「事件が無いのを残念そうに言わないでよ……」
森の入り口で、来てくれるであろうハンター達を待つことにする。
さて、ロバを含めた荷物(老夫婦の全財産なのだ)と依頼主を守りつつ、森を抜ける。
恐らく二日程で抜けられるだろうが、不安定な荷台が、整備されているか分からない道に耐えられるだろうか。それに、人通りが少ない場所もあるだろう。そんな所に野生動物や雑魔、亜人、歪虚なんてものが居ないとも限らない。大きな街道を逸れて行くとなれば、追い剥ぎなんかにも気をつけなければならないだろう。
リプレイ本文
●
自由都市同盟領とグラズヘイム王国領との境界辺りに広がるリンダールの森の入り口。
年老いたロバが引くのは小さな荷車とその上の芸術(荷物のことだ)。依頼を受けたハンター達が、共に歩き出した。
彼らは商人達が使う大街道ではないが、それなりに整備されている脇道へと入って行く。
「リタさん、今回は戦闘もありうるのは理解されていますよね?」
と、早速迷子になりそうなリタに注意したのは、エルバッハ・リオン(ka2434)。……その目に宿った殺気は本物だ。リタはきゅっと口を結ぶ。
「ふむ、油断は禁物だ。このご時世では物盗りや野生生物に襲われる可能性が高いだろうな」
先頭を行くディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)が声に出す。一瞬緊張に包まれる一行だったが、すぐさま快活な声が響いた。
「だがなんの問題もないな! 何故ならこの大王であるボクとその仲間達が付いているのだからな! 安心して引っ越しまでの道のりを楽しむが良いぞ!」
馬の上から聞こえる声に大王の威厳を感じたのかは定かではないが、荷台を引くロバは安心したようだ。
傍目には彼女が一行を引き連れているように見える。
カッツ・ランツクネヒト(ka5177)は山のように積み上げられた荷物を眺めて複雑な表情を浮かべている。
(いやあ、どうにも慣れないねえ。この大荷物には。初めて見たときほど驚かなくなってきたが……荷車の上に出来た山、こいつはもう一種の芸術だと思うね。俺は)
年老いたロバが引くのは小さな荷車。だがその荷台には、芸術的に積み上げられた荷物。これは依頼主である老夫婦の全財産。
老人はロバに寄り添うように歩いているが、老婆は荷台の一部と化している。……最初に発見した時には、絵本で読んだ妖怪の類いかと誰もが疑ったが、中々どうして、快活な老婆である。
ロバの近くをカッツが歩き、
「しっかり頼むぜ?」
と声をかけている。
その後ろ、荷台の傍には長大なランスを構え騎乗したイーディス・ノースハイド(ka2106)。全身鎧に身を包んだその姿は、なんとも凛々しい。
荷台の後ろには村娘風の格好をした三人。そのうちの二人はハンターになりたての新米姉妹。そしてもう一人は烏丸 涼子 (ka5728)。姉妹に雰囲気を合わせて衣装を変えており、武器であるグローブは懐にしっかりと隠し持っている。
最後尾にエルが備える。極度の方向音痴であるリタから目を離さぬよう気を配りながらも、周辺を警戒することは忘れない。
エルがこっそりと溜め息をついたのは、誰も気付かない。
「相も変わらず、のようですね……今回は戦闘が発生する可能性もあるのですが、大丈夫でしょうか? さすがに、目に余るようならば、相応の対応をするしかないですね」
……こんな呟きも漏らしていたのだが、当然、リタには届いていない。
そしてもう一人、彼らからは見えない位置に、斥候としてクオン・サガラ(ka0018)が立っていた。
(彼女たちとはこの前の依頼以来ですけど……正直、方向音痴は致命的……もう少しマシになるまでは外に出る依頼は遠慮してほしかったのですが……)
当然、こちらの思いも彼女に届くことはないのだろう。
●
不意に涼子が姉妹に向かって声をかける。
「今のうちに確認だけど、あなたたちのクラスは?」
「クラス?」
いまいちピンとこないのか、リタがオウム返しに問う。エマが代わりに答えた。
「私は覚醒はしたけど、まだクラスは決めてないんです。お姉ちゃんは……」
言いにくそうに、まだ覚醒していないことを告げる。リタは文句を言おうと口を開きかけたが、後ろから鋭い視線が刺さったので止めた。……エルだ。護衛の仕事に集中しろと言いたいのかも知れない。
今は森の中。馬車が通れる程の道が整備されているとはいえ、何が襲って来てもおかしくないのだ。
「俺たちの仕事ってのは、依頼者の信用に答えてこそ成り立つもんだ」
振り返りつつ、ふとカッツが言う。が、すぐに向き直って言葉を続ける。
「ま、今回は単なる人助けだし、そこまでクソ真面目に構えるこたぁねーけどな」
森の道は人通りがなく、周囲から鳥の声が響くだけだ。
カッツは伝話を片手に先行しているクオンと定期的に連絡を取っているようだ。クオンは先行し、障害の他にも道の情報や天候等を知らせている。
●
道はやや悪く荷台は揺れるが、絶妙なバランスを保っている。それを取り囲むように護衛しているハンター達は、嫌がらせのように出現する野生動物達を追い払い、揺れる芸術品に手を添える。
『左前方に気を付けて下さい。鹿の集団が森から出そうですよ!』
クオンの声が伝話から聞こえると、そちらに向かうはディアドラ。行く手を阻む鹿達を、傷つけることなく追い払う。
『少々道が悪くなっているようです、気を付けて下さい』
伝えられた情報に応じ、荷台を支える為に力を合わせ。
「右に傾いています!」
エルの言葉には涼子が、全力で傾き補正しながら応じる。
「これでどうかしら?」
「少し力を入れ過ぎのようだ!」
エクレールに騎乗し確認するイーディスが指摘し、リタとエマは協力して反対側を支えに走る。
「お姉ちゃん! そっちじゃないわ!」
「うぐっ」
森に突っ込むリタの襟首をエルがしっかりと捕まえる。
「リタさん……?」
少々殺気のこもった視線を向け、視線をそらさず放った魔法は後方から飛来する梟に炸裂する。
リタが放つ矢をするりと躱した狼は、素早く構えた涼子が森へと投げ返し。
「お姉ちゃん! どうして道のない所に行くのよっ?」
それを聞いて呆れる一同に、
「何かに呼ばれた気がしたのよ」
と、アブない台詞で受け答える。
……そんな一日が、早くも暮れようとしていた。
『少し先に道幅が広くなっている所がありますね。今日はそこで休みましょう』
クオンの提案に賛成すると、真っ先に飛び出しかけたリタの襟首を素早くエルが捕まえた。……暴走を事前に止めてくれて助かったと、エマが頭を下げたのは言うまでもない。
●
ちょっとした広場のような所に出ると、荷台を落ち着けて老婆が食事を振る舞った。……この老婆、荷台が完全に落ち着くまで微動だにしなかった。そこに何かしら突っ込みたいと思ったのはエマだけなのだろうか……。
エマの心境はともかく、一行は交代で見張りをしながら夜を明かすことになったらしい。
「今更だが、リタ君にエマ君。装備はしっかりと整えているかい?」
イーディスが姉妹に問いかける。
「見ての通りよ。イーディスさんの装備はちょっと憧れるなぁ」
「確かに、強靭な防具は必要ですね……」
姉妹はイーディスの装備を見ながら、それぞれの意見を口にする。
「もしキミ達が装備を強化しようと思うなら、防具はやはり皮鎧や服より金属鎧をオススメするよ。どうしても攻撃には当たってしまうからね。被害を抑えるのにはやはり強靭な防具は必須だよ」
ランスを携え騎乗する彼女の姿は、二人にとって憧れ以外の何者でもない。素直に耳を傾ける。
今回の依頼を(半ば強引に)引き受けた自分たちと、集まってくれたハンター達を見比べて、少々意気消沈気味の二人に、涼子が声をかけた。
「弱いからと卑屈になる必要もないし、弱いから出来ることが無いわけじゃないわよ」
「そう言われても、あたしはまだ覚醒すらできていないのよ、素質はあるって言われてるのに」
珍しくしおらしいリタの頭にぽん、と手をやると、涼子は優しく笑みを浮かべ励ますように言う。
「覚醒できることが、絶対じゃないのよ」
それから涼子は二人に教える。……一番大事なことを。死ななければやり直しは効くということを。
(これまで悪徳塗れの人生で死人はたくさん見た……二人が蛮勇で命を失わなければいいんだけど……)
涼子の掌から彼女の思いが伝わってくるようだ。
これまでの自分たちを見直す時間にはなっただろうか。姉妹は静かに夜が更けて行くのを感じていた。
……残念なことに、しおらしかったのはこの時だけだったらしい。
●
翌日。一行は何事もなく順調に歩みを進めていた。
昼を過ぎ、このまま行けば夕暮れ時には森を抜けられる。それが確認できる場所に到達した頃。
『何者かの野営の跡を発見しました。……ゴブリンですね』
緊張を孕んだクオンの声。
確信を持った声に、銃声が続いた! ハンター達は瞬時に身構える。
「クオンの旦那がゴブリンと交戦してるらしい!」
「うむ、ボクの目の前に一体、お出ましのようだ」
伝えたカッツには、落ち着き払ったディアドラが答える。
荷台を囲むこの陣形が功を奏した。
ディアドラの目の前、進行方向に現れたのは一体のゴブリン。旅人から奪ったのだろうか、ボロボロの服を着て、手には棍棒。
「じいさん、そっちに」
短く言うと、カッツは傍に居た老人を涼子に預けるようにして自分から遠ざける。
「私の後ろに居て。動かないでね」
涼子は素早く意を汲んで、ロバや荷台を自分の背で庇う位置に移動。森から迫っている気配に向かってグローブを装備し構える。
「私の格好を見ても尚襲ってくると言うのなら、存分に相手をしてあげるよ」
馬ーーエクレールの向きを変えると、荷台を背にランスを構えるイーディス。視線の先には一体のゴブリン。
「後ろからも、ですか!」
エルの声。ゴブリンは荷台を取り囲み、一斉に襲いかかる算段だったらしい。だが、ここに集ったハンター達を舐めすぎていた。
青白い雲のようなガスが一瞬広がり、後方から迫って来ていた一体のゴブリンを包み込む。エルが放った魔法だ。
それが合図だった。
ディアドラは盾を構えてそのまま突撃!
ベテランハンターの近接攻撃に、追い剥ぎゴブリンが敵うはずもなく、目の前の一体は弾かれるように森に消える。
瞬時に敵の目の前に移動したカッツは、その勢いのまま持っている武器を振り抜く!
ゴブリンが持っていた武器で応戦するが、容易く打ち払われる。
不意打ちを狙ったはずが逆に攻撃されて戸惑っているのか。それを見逃すハンターではない。
荷台と老夫婦を背に庇った涼子は、目前に迫り来るゴブリンと対峙。村娘の格好をしていたため、ゴブリンはかなり油断していたらしい。ギリギリまで引きつけると、爆発的に増加した筋力と技で投げ倒す!
こちらの作戦勝ちだ。
魔法が効力を発揮するのを確認したエルは、リタに釘を刺すことを忘れていない。
「リタさん、前にも言いましたけど……戦闘の邪魔になるようならば、意識を落としてその辺に放り捨てますよ」
彼女が放った殺気は本物だった。……リタはこくこくと頷くと、エマを背に庇うようにして荷台の傍に寄り、弓を構えながら状況を観察している。
ガサガサガサ……ッ!
不意に森の木々がざわめいた!
「ま、まだ居るのっ?」
震えた声を出しつつも、音の方に向かって弓を構え標的を待つリタ。
「大丈夫だリタ君! 集中するんだ」
励ますように、イーディス。
彼女をはじめ、ハンター達も同様に身構えているが、どうやら手を出すつもりはないようだ。……今回の依頼、新人の二人に経験を積ませる機会にならないか。それは依頼を受けた彼らの中で出された意見だ。……勿論、危なくなれば助けるが。
ガウンッ……!
目の前に現れたゴブリンに向けて魔導銃を放つ! 致命傷ではないものの、牽制し退散させるには充分だった。
今回の依頼は護衛。撃退できればそれで良い。クオンは自分の周辺に脅威がないことを確認すると、急ぎ本隊へと向かう。
合流するとまず目に入ったのは、カッツと相対している一体。カッツが一撃を入れて離れると同時にクオンが放った雷撃がその動きを止めた。そこに追い打ちをかけるようにディアドラが突撃!
ディアドラが相対していた一体は、既に姿が無い。
三人は状況を確認する。
イーディスに向かっていた一体は、彼女の攻撃をまともに喰らって、あっという間に森へ弾き返されていた。
老夫婦を背に庇って戦っている涼子。
後ろから迫っていた一体は、エルの魔法攻撃で既に動いていない(というか眠っている)。
クオンは涼子に向かって行くゴブリンに向けて撃つ! 再び雷撃が襲い動きを封じる。
隙を逃さず畳み掛ける涼子。村娘風の格好からは想像もつかないような戦いぶりだ。攻撃の意志を失い、ゴブリンは逃げるように森に姿を消す。
――と。
ガサガサガサ……っ!
『! リタさんっ……!』
……誰の声だったのかは分からない。
彼女を呼ぶ声は、戦場を駆ける風となって彼女に届いた。
シュッ……!
空間を切り裂くような一本の矢が、森から飛び出して来た最後の一体に向かって真っ直ぐに伸びる!
続いて聞こえた音。それは、標的を射抜いたことを知らせていた。
やがて、静寂が辺りを包んだ。折られた枝葉や所々に落ちた血痕が、戦闘があったことを物語っている。
あれだけの戦闘の後にも関わらず、ロバに引かれた荷台は無事な姿を保っていた。
いつの間にか老婆の隣で芸術の一部と化していた老人も、事が落ち着くと元のポジションに戻っている。ロバもどうやら大丈夫だったらしい。驚いたようではあったが、カッツがロバの近くを歩くことで落ち着きを取り戻したようだ。
「ねえおばあちゃん」
リタが惚けたような声を出した。
「あたしに何か言った?」
「おやおや、何か聞こえたのかい?」
「んー……分かんないのよね……気付いたらゴブリンやっつけてたし」
「ほほほほ……結果良ければ、じゃよ」
意味深な老婆の表情と言葉に、リタは首を傾げて唸っている。
あれから追い剥ぎゴブリンどもは姿を見せない。さすがにもう襲ってはこないだろうが、ハンター達は警戒を解くことなく護衛を続ける。
やがて日が傾きかける頃には、予定通り森を抜けた。
●
「ほう、ここが貴殿らの田舎か!」
森を抜け先に広がるのどかな田園風景。それを眺めながらディアドラが豪快に言う。
「いやいや……大変世話になりもうした。ワシらはのんびりと荷物整理でもしようかの」
前歯の欠けた顔で笑いながら、老人はハンター達に頭を下げる。
「皆で荷物を降ろして、整理も少し手伝えると思うが、どうだろう?」
「そうだな。最後まで手伝うとしよう」
ディアドラの提案にイーディスが賛成する。他のメンバーの同意も得る。早速荷物を降ろそうと荷台に歩み寄り……そのまま止まった。
「…………どうやって降ろせと…………?」
そこからまた一つの戦いが始まった。
●追記
ゴブリンとの戦闘時、リタは覚醒できていたのだ。だが彼女は、覚醒したことを自覚できずにいた。何が起こったのか分からないまま、一人ぶつぶつと何やら呟いているその姿は、傍目から見るとかなりアブなかったことは、この依頼に参加したハンター達が証明している。
自由都市同盟領とグラズヘイム王国領との境界辺りに広がるリンダールの森の入り口。
年老いたロバが引くのは小さな荷車とその上の芸術(荷物のことだ)。依頼を受けたハンター達が、共に歩き出した。
彼らは商人達が使う大街道ではないが、それなりに整備されている脇道へと入って行く。
「リタさん、今回は戦闘もありうるのは理解されていますよね?」
と、早速迷子になりそうなリタに注意したのは、エルバッハ・リオン(ka2434)。……その目に宿った殺気は本物だ。リタはきゅっと口を結ぶ。
「ふむ、油断は禁物だ。このご時世では物盗りや野生生物に襲われる可能性が高いだろうな」
先頭を行くディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)が声に出す。一瞬緊張に包まれる一行だったが、すぐさま快活な声が響いた。
「だがなんの問題もないな! 何故ならこの大王であるボクとその仲間達が付いているのだからな! 安心して引っ越しまでの道のりを楽しむが良いぞ!」
馬の上から聞こえる声に大王の威厳を感じたのかは定かではないが、荷台を引くロバは安心したようだ。
傍目には彼女が一行を引き連れているように見える。
カッツ・ランツクネヒト(ka5177)は山のように積み上げられた荷物を眺めて複雑な表情を浮かべている。
(いやあ、どうにも慣れないねえ。この大荷物には。初めて見たときほど驚かなくなってきたが……荷車の上に出来た山、こいつはもう一種の芸術だと思うね。俺は)
年老いたロバが引くのは小さな荷車。だがその荷台には、芸術的に積み上げられた荷物。これは依頼主である老夫婦の全財産。
老人はロバに寄り添うように歩いているが、老婆は荷台の一部と化している。……最初に発見した時には、絵本で読んだ妖怪の類いかと誰もが疑ったが、中々どうして、快活な老婆である。
ロバの近くをカッツが歩き、
「しっかり頼むぜ?」
と声をかけている。
その後ろ、荷台の傍には長大なランスを構え騎乗したイーディス・ノースハイド(ka2106)。全身鎧に身を包んだその姿は、なんとも凛々しい。
荷台の後ろには村娘風の格好をした三人。そのうちの二人はハンターになりたての新米姉妹。そしてもう一人は烏丸 涼子 (ka5728)。姉妹に雰囲気を合わせて衣装を変えており、武器であるグローブは懐にしっかりと隠し持っている。
最後尾にエルが備える。極度の方向音痴であるリタから目を離さぬよう気を配りながらも、周辺を警戒することは忘れない。
エルがこっそりと溜め息をついたのは、誰も気付かない。
「相も変わらず、のようですね……今回は戦闘が発生する可能性もあるのですが、大丈夫でしょうか? さすがに、目に余るようならば、相応の対応をするしかないですね」
……こんな呟きも漏らしていたのだが、当然、リタには届いていない。
そしてもう一人、彼らからは見えない位置に、斥候としてクオン・サガラ(ka0018)が立っていた。
(彼女たちとはこの前の依頼以来ですけど……正直、方向音痴は致命的……もう少しマシになるまでは外に出る依頼は遠慮してほしかったのですが……)
当然、こちらの思いも彼女に届くことはないのだろう。
●
不意に涼子が姉妹に向かって声をかける。
「今のうちに確認だけど、あなたたちのクラスは?」
「クラス?」
いまいちピンとこないのか、リタがオウム返しに問う。エマが代わりに答えた。
「私は覚醒はしたけど、まだクラスは決めてないんです。お姉ちゃんは……」
言いにくそうに、まだ覚醒していないことを告げる。リタは文句を言おうと口を開きかけたが、後ろから鋭い視線が刺さったので止めた。……エルだ。護衛の仕事に集中しろと言いたいのかも知れない。
今は森の中。馬車が通れる程の道が整備されているとはいえ、何が襲って来てもおかしくないのだ。
「俺たちの仕事ってのは、依頼者の信用に答えてこそ成り立つもんだ」
振り返りつつ、ふとカッツが言う。が、すぐに向き直って言葉を続ける。
「ま、今回は単なる人助けだし、そこまでクソ真面目に構えるこたぁねーけどな」
森の道は人通りがなく、周囲から鳥の声が響くだけだ。
カッツは伝話を片手に先行しているクオンと定期的に連絡を取っているようだ。クオンは先行し、障害の他にも道の情報や天候等を知らせている。
●
道はやや悪く荷台は揺れるが、絶妙なバランスを保っている。それを取り囲むように護衛しているハンター達は、嫌がらせのように出現する野生動物達を追い払い、揺れる芸術品に手を添える。
『左前方に気を付けて下さい。鹿の集団が森から出そうですよ!』
クオンの声が伝話から聞こえると、そちらに向かうはディアドラ。行く手を阻む鹿達を、傷つけることなく追い払う。
『少々道が悪くなっているようです、気を付けて下さい』
伝えられた情報に応じ、荷台を支える為に力を合わせ。
「右に傾いています!」
エルの言葉には涼子が、全力で傾き補正しながら応じる。
「これでどうかしら?」
「少し力を入れ過ぎのようだ!」
エクレールに騎乗し確認するイーディスが指摘し、リタとエマは協力して反対側を支えに走る。
「お姉ちゃん! そっちじゃないわ!」
「うぐっ」
森に突っ込むリタの襟首をエルがしっかりと捕まえる。
「リタさん……?」
少々殺気のこもった視線を向け、視線をそらさず放った魔法は後方から飛来する梟に炸裂する。
リタが放つ矢をするりと躱した狼は、素早く構えた涼子が森へと投げ返し。
「お姉ちゃん! どうして道のない所に行くのよっ?」
それを聞いて呆れる一同に、
「何かに呼ばれた気がしたのよ」
と、アブない台詞で受け答える。
……そんな一日が、早くも暮れようとしていた。
『少し先に道幅が広くなっている所がありますね。今日はそこで休みましょう』
クオンの提案に賛成すると、真っ先に飛び出しかけたリタの襟首を素早くエルが捕まえた。……暴走を事前に止めてくれて助かったと、エマが頭を下げたのは言うまでもない。
●
ちょっとした広場のような所に出ると、荷台を落ち着けて老婆が食事を振る舞った。……この老婆、荷台が完全に落ち着くまで微動だにしなかった。そこに何かしら突っ込みたいと思ったのはエマだけなのだろうか……。
エマの心境はともかく、一行は交代で見張りをしながら夜を明かすことになったらしい。
「今更だが、リタ君にエマ君。装備はしっかりと整えているかい?」
イーディスが姉妹に問いかける。
「見ての通りよ。イーディスさんの装備はちょっと憧れるなぁ」
「確かに、強靭な防具は必要ですね……」
姉妹はイーディスの装備を見ながら、それぞれの意見を口にする。
「もしキミ達が装備を強化しようと思うなら、防具はやはり皮鎧や服より金属鎧をオススメするよ。どうしても攻撃には当たってしまうからね。被害を抑えるのにはやはり強靭な防具は必須だよ」
ランスを携え騎乗する彼女の姿は、二人にとって憧れ以外の何者でもない。素直に耳を傾ける。
今回の依頼を(半ば強引に)引き受けた自分たちと、集まってくれたハンター達を見比べて、少々意気消沈気味の二人に、涼子が声をかけた。
「弱いからと卑屈になる必要もないし、弱いから出来ることが無いわけじゃないわよ」
「そう言われても、あたしはまだ覚醒すらできていないのよ、素質はあるって言われてるのに」
珍しくしおらしいリタの頭にぽん、と手をやると、涼子は優しく笑みを浮かべ励ますように言う。
「覚醒できることが、絶対じゃないのよ」
それから涼子は二人に教える。……一番大事なことを。死ななければやり直しは効くということを。
(これまで悪徳塗れの人生で死人はたくさん見た……二人が蛮勇で命を失わなければいいんだけど……)
涼子の掌から彼女の思いが伝わってくるようだ。
これまでの自分たちを見直す時間にはなっただろうか。姉妹は静かに夜が更けて行くのを感じていた。
……残念なことに、しおらしかったのはこの時だけだったらしい。
●
翌日。一行は何事もなく順調に歩みを進めていた。
昼を過ぎ、このまま行けば夕暮れ時には森を抜けられる。それが確認できる場所に到達した頃。
『何者かの野営の跡を発見しました。……ゴブリンですね』
緊張を孕んだクオンの声。
確信を持った声に、銃声が続いた! ハンター達は瞬時に身構える。
「クオンの旦那がゴブリンと交戦してるらしい!」
「うむ、ボクの目の前に一体、お出ましのようだ」
伝えたカッツには、落ち着き払ったディアドラが答える。
荷台を囲むこの陣形が功を奏した。
ディアドラの目の前、進行方向に現れたのは一体のゴブリン。旅人から奪ったのだろうか、ボロボロの服を着て、手には棍棒。
「じいさん、そっちに」
短く言うと、カッツは傍に居た老人を涼子に預けるようにして自分から遠ざける。
「私の後ろに居て。動かないでね」
涼子は素早く意を汲んで、ロバや荷台を自分の背で庇う位置に移動。森から迫っている気配に向かってグローブを装備し構える。
「私の格好を見ても尚襲ってくると言うのなら、存分に相手をしてあげるよ」
馬ーーエクレールの向きを変えると、荷台を背にランスを構えるイーディス。視線の先には一体のゴブリン。
「後ろからも、ですか!」
エルの声。ゴブリンは荷台を取り囲み、一斉に襲いかかる算段だったらしい。だが、ここに集ったハンター達を舐めすぎていた。
青白い雲のようなガスが一瞬広がり、後方から迫って来ていた一体のゴブリンを包み込む。エルが放った魔法だ。
それが合図だった。
ディアドラは盾を構えてそのまま突撃!
ベテランハンターの近接攻撃に、追い剥ぎゴブリンが敵うはずもなく、目の前の一体は弾かれるように森に消える。
瞬時に敵の目の前に移動したカッツは、その勢いのまま持っている武器を振り抜く!
ゴブリンが持っていた武器で応戦するが、容易く打ち払われる。
不意打ちを狙ったはずが逆に攻撃されて戸惑っているのか。それを見逃すハンターではない。
荷台と老夫婦を背に庇った涼子は、目前に迫り来るゴブリンと対峙。村娘の格好をしていたため、ゴブリンはかなり油断していたらしい。ギリギリまで引きつけると、爆発的に増加した筋力と技で投げ倒す!
こちらの作戦勝ちだ。
魔法が効力を発揮するのを確認したエルは、リタに釘を刺すことを忘れていない。
「リタさん、前にも言いましたけど……戦闘の邪魔になるようならば、意識を落としてその辺に放り捨てますよ」
彼女が放った殺気は本物だった。……リタはこくこくと頷くと、エマを背に庇うようにして荷台の傍に寄り、弓を構えながら状況を観察している。
ガサガサガサ……ッ!
不意に森の木々がざわめいた!
「ま、まだ居るのっ?」
震えた声を出しつつも、音の方に向かって弓を構え標的を待つリタ。
「大丈夫だリタ君! 集中するんだ」
励ますように、イーディス。
彼女をはじめ、ハンター達も同様に身構えているが、どうやら手を出すつもりはないようだ。……今回の依頼、新人の二人に経験を積ませる機会にならないか。それは依頼を受けた彼らの中で出された意見だ。……勿論、危なくなれば助けるが。
ガウンッ……!
目の前に現れたゴブリンに向けて魔導銃を放つ! 致命傷ではないものの、牽制し退散させるには充分だった。
今回の依頼は護衛。撃退できればそれで良い。クオンは自分の周辺に脅威がないことを確認すると、急ぎ本隊へと向かう。
合流するとまず目に入ったのは、カッツと相対している一体。カッツが一撃を入れて離れると同時にクオンが放った雷撃がその動きを止めた。そこに追い打ちをかけるようにディアドラが突撃!
ディアドラが相対していた一体は、既に姿が無い。
三人は状況を確認する。
イーディスに向かっていた一体は、彼女の攻撃をまともに喰らって、あっという間に森へ弾き返されていた。
老夫婦を背に庇って戦っている涼子。
後ろから迫っていた一体は、エルの魔法攻撃で既に動いていない(というか眠っている)。
クオンは涼子に向かって行くゴブリンに向けて撃つ! 再び雷撃が襲い動きを封じる。
隙を逃さず畳み掛ける涼子。村娘風の格好からは想像もつかないような戦いぶりだ。攻撃の意志を失い、ゴブリンは逃げるように森に姿を消す。
――と。
ガサガサガサ……っ!
『! リタさんっ……!』
……誰の声だったのかは分からない。
彼女を呼ぶ声は、戦場を駆ける風となって彼女に届いた。
シュッ……!
空間を切り裂くような一本の矢が、森から飛び出して来た最後の一体に向かって真っ直ぐに伸びる!
続いて聞こえた音。それは、標的を射抜いたことを知らせていた。
やがて、静寂が辺りを包んだ。折られた枝葉や所々に落ちた血痕が、戦闘があったことを物語っている。
あれだけの戦闘の後にも関わらず、ロバに引かれた荷台は無事な姿を保っていた。
いつの間にか老婆の隣で芸術の一部と化していた老人も、事が落ち着くと元のポジションに戻っている。ロバもどうやら大丈夫だったらしい。驚いたようではあったが、カッツがロバの近くを歩くことで落ち着きを取り戻したようだ。
「ねえおばあちゃん」
リタが惚けたような声を出した。
「あたしに何か言った?」
「おやおや、何か聞こえたのかい?」
「んー……分かんないのよね……気付いたらゴブリンやっつけてたし」
「ほほほほ……結果良ければ、じゃよ」
意味深な老婆の表情と言葉に、リタは首を傾げて唸っている。
あれから追い剥ぎゴブリンどもは姿を見せない。さすがにもう襲ってはこないだろうが、ハンター達は警戒を解くことなく護衛を続ける。
やがて日が傾きかける頃には、予定通り森を抜けた。
●
「ほう、ここが貴殿らの田舎か!」
森を抜け先に広がるのどかな田園風景。それを眺めながらディアドラが豪快に言う。
「いやいや……大変世話になりもうした。ワシらはのんびりと荷物整理でもしようかの」
前歯の欠けた顔で笑いながら、老人はハンター達に頭を下げる。
「皆で荷物を降ろして、整理も少し手伝えると思うが、どうだろう?」
「そうだな。最後まで手伝うとしよう」
ディアドラの提案にイーディスが賛成する。他のメンバーの同意も得る。早速荷物を降ろそうと荷台に歩み寄り……そのまま止まった。
「…………どうやって降ろせと…………?」
そこからまた一つの戦いが始まった。
●追記
ゴブリンとの戦闘時、リタは覚醒できていたのだ。だが彼女は、覚醒したことを自覚できずにいた。何が起こったのか分からないまま、一人ぶつぶつと何やら呟いているその姿は、傍目から見るとかなりアブなかったことは、この依頼に参加したハンター達が証明している。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 イーディス・ノースハイド(ka2106) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/11/20 01:14:49 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/19 01:05:58 |