シュネとギフトとリンゴパイ

マスター:西尾厚哉

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~50人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
7日
締切
2015/11/29 19:00
完成日
2015/12/06 07:42

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「お嬢様、お綺麗ですわ」
 女中が鏡の中の少女を見て、ほぅと感嘆の息を漏らした。
 彼女の名前はシュネ。
 黒く長い髪はまるで最高級の絹の糸。
 しみひとつない真っ白な肌は触れれば融ける淡雪のよう。
 赤い唇は見る人を惑わせる。
「元がいいと何を着ても似合うものよ」
 シュネは鏡の中の自分にふふんとほくそえむ。
 世の中には、私より綺麗な女などいやしない。

「奥様、お美しいですわ」
 女中が鏡の中の女性を見て、ほぅと感嘆の息を漏らした。
 彼女の名前はギフト。
 曲線を描くチョコレート色の髪は光が当たれば甘く輝く。
 白い肌は今もなお乙女のなめらかさ。
 三日月の唇は桃の色にしっとり艶めく。
「そうね、クリーム色も合うわね。まだいけるわね」
 ギフトは鏡の中の自分を見て、脇のお肉がたるんでいないことに安心する。
 まあ、この歳でこの美しさは充分よね。


 ある日、見目麗しい殿方が、ギフトとシュネの屋敷を訪れた。
 聞けば、地方の大富豪、名はブリッツ。
 なかなか伴侶が見つからず、このままでは意にそぐわない相手を周囲に勝手に決められてしまいそうなので、「大人なんだから自分で探しまーす」と旅に出たそうな。
「まあ……」
 ギフトとシュネはブリッツのイケメンさに見とれてしまう。
 シュネ、17歳、私、超美人、きっとこの人私を放っておかないわ。
 ギフト、45歳、まあ、射程内よね。因みにわたくし未亡人。
 ブリッツ、28歳、ほほぅ、この母子イケてるじゃーん。

「ブリさまぁ、このお菓子を召し上がってぇ? 高級菓子店から取り寄せましたのよぉ?」
 シュネはこれ見よがしに黒髪をかきあげてブリさまに「あーん」をしてあげる。
「ブリッツ様、このお菓子をどうぞ? あたくしが作りましたの。この秋採れたてのリンゴで作ったパイですわ」
 ギフトは優しく微笑んでパイを薦める。
 コケティッシュでナイスバディな娘と、上品で優しそうな母。俺、ちょうど年齢中間。うーん、迷うなあ。
「ごめん、また来るね。考えたいことあるからさ」


 信じらんない、あの男。
 なんでさっさと私に求婚しないわけ?
 シュネは全く納得できない。
 お母様もどうして娘のシュネをお嫁にどうぞ、って言えないの?
 私が継子だから?
 彼女は女中を呼んでワインを渡した。
「これを、お母様が飲むワインのボトルと入れ替えて」
「はい、お嬢様」
 その夜、薬の入ったワインを飲んで深く眠り込んだギフトは眠ったまま屋敷の外に放り出され、目が覚めた時は見知らぬ粗末な小屋の中。
「おお、目が覚めた」
「よがった、よがった」
 自分を覗き込む7人の男の顔を見て、ギフトは『ひええ』と心の中で叫んだ。
 ここはどこよ。
「森の木こりの小屋だべな。皆、兄弟だでな、寛いでくんな」
 どこの森ですか。この狭いところに7人もっ?
 それはいいけど、お部屋が汚れていませんこと?
「ああ、たまーに母ちゃんが来るだけども、ちょっと昨日、腰、傷めちまってよ」
「ほうき、貸してください」
 ギフトはとっても綺麗好き。さっさか掃除をしてしまって、7人の木こりに、おぉと拍手された。
「あら、良いジャガイモが。シチューを食べますこと?」
「食べます、食べます」
 ちゃちゃっとお料理してやっぱり拍手喝さい。
 ここ……結構居心地いいかも?

「そういう娘はきちっと躾をしないといけないわ」
 7人の木こりの母ちゃんがギフトの話を聞いてきっぱりと言った。
「そうでしょうか」
 木こり母ちゃんの腰を揉んであげながらギフトは呟く。
「そりゃそうよぉ。母親をほっぽり出すなんてどういう了見? 継母? そんなの関係ないわよ。あんた、自分を卑下し過ぎ! 今までそのプロポーション保ってきたのはこーいうチャンスを狙ってたわけじゃないの?」
 チャンスねえ……狙ってたかなあ?
 うーん、でも、お嫁に来たと思ったら、あっという間に旦那は死んじゃって、継子と老いた義父母のお世話だけが残ったのよねえ。
 あの子は私に懐かないでブスブスって言うから、ブスな母親じゃかわいそうと思って一生懸命頑張った。
 そう思ったら何だかちょっとむかついてきた。
「これを届けてやりなさい」
 木こり母ちゃんがリンゴの箱を持って来た。
「あら、美味しそう」
 艶々と赤いリンゴが箱の中に並んでいた。
「そうでしょう。一口食べて御覧なさい」
 言われるままに歯をたててみれば、爽やかな歯ごたえと共に広がる甘酸っぱい香りと味。
「禁断のリンゴよ。蜜の度合いが高くてね、美味し過ぎて1つじゃ物足りない。でも2つ3つと食べてしまうとあっという間に……」
 こうさ、と木こり母ちゃんはおデブジェスチュアをしてみせる。
「まあ……」
 ギフトはリンゴを一つ持ち上げた。
「パイにしてもよろしいかしら?」


 シュネは真っ赤なリンゴを見て顔を輝かせた。
 何て美しい。
 早速ひとつとってカシリと音を立ててほおばった。
 美味しい、超美味、二つ目いっちゃう。
 もぐもぐ、うまい、すっごい美味しい。
 5つ目に手をつけた時、体の異変に気がついた。
 痛い、お腹痛い、死ぬほど痛い。
 こ、これは……あの女からの届け物っ!

 翌日、ブリッツがやってきた。
「いやぁ、すみませんねえ。いろいろ考え事が多くってー」
 あははと笑いながら入って来たブリッツは、げっそりと横たわるシュネを見て目を丸くした。
「どうなさったんです」
「母が……母が私を殺そうとしたのですっ! ブリさま、私、継母に殺されますっ」
「単なる食べ過ぎだと思いますけど……」
 ぼそっと後ろで女中が呟いたが、ブリさまの耳には届かない。
「なんということだ……」
「あの人は魔女です。美しい私を呪い殺そうとしているんです。いや~ん、こわい~」
「それはいけない! 分かりました! 討伐しましょう!」
「行ってくださるのですか?!」
「いえ、ハンターが」


「シュネはリンゴを食べてくれたかしら……」
 ギフトは小屋の窓から空を仰ぎ見る。
 リンゴでデブになるのはちょっと大袈裟ね。
 パイを焼いて戻ろうかな。仲直り~とか。
 あ、そっちのほうが太るかも。痩せるの大変なのよ。少し思い知ってもいいかもね。
 そんなことをぼんやり考えていたら、どたどたと木こりの足音がした。
「大変だ! 森にハンターがやってくるぞ!」
「ギフト母ちゃん、魔女になってるぞ!」
「えっ?」
 まあ、どうしましょう。
「これは決戦の時だね」
 木こり母ちゃんがにやりと笑う。
「女の意地を見せてやんなよ。受けて立つのさ」
「暴力はいけませんわ」
 ギフトはふるふると首を振った。
「私、ハンターさんには何の恨みもありませんことよ?」
「じゃあ、うまいもん食わせればいいじゃないか」
 木こり達がおおーっ! と雄叫びをあげた。
「仲間ぁ、集めろ!」
「おう!」

 かくして、ハンター対木こり部隊のアップルパイ大食い競争が開催されることになった。
 なぜ?

リプレイ本文

「えーと、悪い魔女をやっつけに来たのですけど?」
 おじさんが一杯談笑してるけど、と顔を巡らせるヘカテー・オリュンポス(ka5905)。
「違うよー?」
 そう言ったのはシアーシャ(ka2507)。
「大食いで優勝したら王子様から求婚してもらえるって聞いたよ?」
『どっちもちがーう!』
 そう思いつつごそごそと装備を片付けているステラ・レッドキャップ(ka5434)。
 いや、分かってましたよ。リンゴパイ大食いだって。いつもの癖ですよ。だって私達、ハンターですから。
 ま、それはいいとして。
「木こりのババア……げふんげふん、おば様は……」
 いずこ、と顔を巡らせる彼の背後から
「おーい、パイづくり集合―! 手、足らねえぞー!」
 柊 真司(ka0705)が、声を張り上げた。
 はあ~い、と集まる皆に混じって
「よ、しょ……」
 エプロンをつけて、三角巾をつけて……のミオレスカ(ka3496)。
 ふと横に目を向けてみれば鼻歌交じりに総クマ柄エプロン姿のしろくま(ka1607)。
 じーっと見ていると
「よろしくま!」
 挨拶されて、慌ててぺこんと頭を下げた。
 すごいよ、くまさんがいる。びっくりしたけど、ちょっと嬉しい。もふりたい……
 そんなほっこり気分はよそに、小屋の裏手はまさに戦場。
 木こり達は木工の匠であったりするのでパイ食べ用テーブルから大人数で作業できる調理台まで、ちゃっちゃとしつらえたわけだが、どれほど消費されるか分からないパイ作りはうまく手分けしなければ。
 早速作業開始しているアイビス・グラス(ka2477)、龍崎・カズマ(ka0178)、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)、リューリ・ハルマ(ka0502)。
 が、ふとリューリが「あれ?」という顔をする。
「ギフトさんは?」
「ここ、ここ!」
 ロラン・ラコート(ka0363)が、林檎の入った鍋を木じゃくしで混ぜながら咥え煙草で(火はついていない)答え、横でハイハイと手をあげる女性。
「どうしたんですか?」
 盗賊のようにスカーフで口を覆って目だけを出しているギフトにリューリは目を丸くする。
「寝て、起きた、風邪、ひいた、ちょっと、鼻水、味、どうよ」
 ひょいと顔を出してギフトの身振り手振りを通訳するエリス・ブーリャ(ka3419)。
 彼女の言葉に手に持ったパイを差し出しつつ、ギフトは『グッド』と親指を立てて見せる。
 奥さんそれはちょっとご婦人らしからぬ仕草では、と思いつつリューリはパイを一口食べて
「美味しいけど……焼きがちょっと足りない? ……というか、大丈夫なんですか?」
 ぴと、とギフトの額に手を当てる。うん、熱はないみたいだけど。
「窯のひとつ、火の入りが良くないんだ。今、りりかが見てるけど」
 手を休めずロランが言う。
「エルちゃん見てきまーす!」
 エリスが走って行く。入れ替わりに
「どうですかー? そろそろ始めまーす」
 ステラが顔を覗かせた。
「30分ほど待っていただけますー?」
 フィルメリア・クリスティア(ka3380)が声を張り上げ、
「まだ10ホールしか焼き上がってないんだよ!」
 グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)が林檎を切る手を休めず言葉を継ぐ。
「何かアクシデント?」
 ステラは戦場を見回す。
「ちょっと窯の具合がな。そっちどういう風に進めるんだ?」
 既に小麦粉で顔に白い斑点をつけた龍崎が大きなボウルで生地を練りながら尋ねる。
「双方5人ずつ合計10人で対戦して、決着つかなかったら延長戦。パイ、4等分してください。一切れ食べきるごとにチェックしますから」
 ステラの言葉を聞いて、調理班は密かに「うえぇ」という顔をする。
 1ラウンド30ホールは用意しておかないと足らないんじゃないだろうか。
「窯見て来る」
 ロランは林檎を火からおろすと、傍にいたヘカテーにもう一つの鍋を指差し、
「これ、煮始めて。砂糖は少な目にな。あとで俺が味見するから」
 はい、と了解ポーズを取る彼女を見やって急いで窯へと走って行く。
『えーと、お砂糖はこれですよね』
 ヘカテーが取り上げた壺はちょいと騒動の種になるのだが、それは後の話。
 調子の悪い窯の前では青山 りりか(ka4415)とエリスが苦戦中。
「どこが悪いんだ? 手伝おうか」
 ロランの声に
「石積みの間に隙間が」
 よしょ、よしょ、と泥を塗りこめてりりかは答える。
「お菓子づくりは材料配分、温度計算で大部分が決まる理系的行為なのです。ここはしっかりと!」
 顔をあげて、ぐっと拳を握る。
「間に合うかな」
 ぽりぽりと頭を掻くロランに、横の窯にいたグリムバルトが
「大丈夫、こっち焼けたぞ!」
 パーラでパイを引き出しながら叫ぶ。
「おし! おーい、次入れるぞー!」
 ロランは身を翻した。
「ねえ、りりか、エルちゃん、いいこと思いついた!」
 エリスがにかっと笑う。何をするの? と不思議そうな顔をするりりかの手を引き、エリスは彼女を少し窯から離すと、
「とあっ!」
 エリスが放ったのはファイアスローワー。
「……」
「……あっ……あれっ……」
 何にも起こらない。ファイアスローワーは攻撃できても火元にはならないので料理には不向き。
「一気に焼けると思ったのにっ!」
 私も一瞬そう思ったわ、と思いつつ、りりかは笑ってエリスの手を引いた。
「頑張れば何とかなるわ。さ、作りましょ?」


 とりあえずパイ20個が焼けたので、選手達はテーブルにつく。
 試合のルールはこうだ。
 1ラウンド5人対5人。パイは4等分されたものが運ばれて来る。
 完食したらどんぐりの実を一つとって審判に掲げ見せ、前のボウルに入れる。それを合図に次の一切れが来る。
 一口でも残したら完食にはならない。
 30分で次のメンバーと交代するが4ラウンド以降、ハンターは5人組になるようメンバーを選定すること。
 順当に行けば5ラウンド、どんぐりの実ひとつでも多いほうが勝ち。同数だったら延長戦。ラウンド途中でも数の差が13個以上出たらそこで打ち切り。
 第1チームはシアーシャ、鞍馬 真(ka5819)、セリス・アルマーズ(ka1079)、泉(ka3737)、紫月・海斗(ka0788)。
 木こりチームはカールとかヨハンとかいう名前があるのだが、都合により番号呼称。すなわち1番から5番。
「アップルティー、置いておくよ。みんなで好きなだけどうぞ」
 アイビスがポットを数個携えて、木製のカップと一緒に持って来る。
「じっくり時間をかけて出したから美味しいよ」
「あ、私、頂戴!」
 早速セリスが目を輝かせる。
「んふ。紅茶大好き。ね、私には専用のポットもらってもいい? それと紅茶一杯持って来たから!」
「有難いね。じゃ、持って来るよ」
 にこりと笑い戦場(調理場)に戻っていくアイビスを木こり達が鼻の下を伸ばして見送る。
「ボクは牛乳飲むんじゃもん」
 どん、と大きな牛乳瓶を取り出す泉。
「嬢ちゃん、偉いぞ、大きくなる」
 隣に座っていた木こり1番が声をかける。
「一緒に飲む? 仲良しがいいんじゃもん」
「おう」
 お隣同士でけっこう気が合っている。
「はい、皆さま、お待たせですー」
 猫耳カチューシャに華奢なハイヒールを履いてふわりとドレスのフリルをなびかせながらアシェ-ル(ka2983)が甘い匂いの立ち上るパイを運んで来る。
 木こり達の目が輝く。
 いや、もうこんな可愛いお姉ちゃんに運んで来てもらえるんなら、俺一杯食べちゃう。士気急上昇。
 ハンターの方は目の前に置かれるパイをがっつり凝視。
「最高だっ! 食おう! 早く!」
 紫月が叫び、横でシアーシャもうんうんと頷く。
 いざ、開始、と思った時、
「うわ、しょっぺええ!」
 戦場からロランの声が響いた。
 よろよろっとヘカテーが姿を見せてぽてんと尻もち。
 あまりの大声にびっくりしたらしいが、皆もびっくりした。
「塩と砂糖間違えたのか。ま、そういうこともあるさ。すまん、びっくりさせたな」
 ロランが慌ててヘカテーに手を伸ばす姿が見えた。どうやら彼女は頼まれた林檎を塩煮にしたらしい。
「変わり種も作るから大丈夫だよ」
 アルトも手を伸ばす。
 みんな優しいのである。砂糖と塩を間違えたくらいじゃ怒りません。
「ええと」
 ステラがこほんと咳払いをする。仕切り直し。
「準備いいですか?」
「いいでーす!」
 大合唱に一瞬ステラはたじろぐが、合図されて木こり母ちゃんがフライパンと木じゃくしを掲げ
「始めーっ!」
 絶叫してガンガン打ち鳴らし、横にいたステラは『うわぅ』と耳を塞いだ。
 試合開始である。


「今、幾つ焼けた?」
 龍崎の声に
「追加で10個」
 柊がぽんぽんと手を払いながら答えた。
「やっつけだけど、窯、もう一個作って来た。三つの窯で五月雨式に5個、3個、3個、いけるんじゃないかな」
「一つ目の窯は安定してるよ」
 林檎をざくざく切りながらグリムバルト。
「馬力かけないとな」
 呟いてふと横を見た龍崎は、ふんふんと鼻歌交じりにパイづくりに励むしろくまの手元を見て
「くま……」
 思わず呟く。クマ型パイがずらり。
「クマ型なら作るの早いくま!」
 もふもふ~、もふもふ~と何やら念をこめつつしろくまは答える。
「可愛いじゃない。こっちのフィリングも入れてみてよ」
 覗き込んだリューリにしろくまはうんうんと頷いてフィリングの入った鍋を受け取る。
「しかし、これはどう4等分するのだ?」
 と、彼女に作り方を教わっていた月叢 虎刃(ka5897)。
「大丈夫くま。左右と上下で対称に作っているから十文字に切れば……」
 ががーーん……
「くまじゃなくなるくま……」
 よろろっとよろけるしろくま。
「焼けたらひとつ飾りましょうよ、可愛いし」
 デュシオン・ヴァニーユ(ka4696)がうふっと笑う。
「私もワンホール欲しいとギフトさんが言ってるよ」
 横でハイハイと手をあげているギフトを指差しエリスが通訳する。
「嬉しいくまー! 感激くまー!」
 ぱふんと抱きしめられてデュシオンは
「きゃー……」
 最高の触り心地。思わずもふもふしていると
「パイ配膳助っ人お願いしまーす。みなさん食べるペースが速いですー」
 はふうと息を吐きながらアシェール。
「あいな、ただいまー」
 名残惜しいけどお仕事、お仕事。デュシオンは切り分けたパイを運んで行く。
「よし、次のラウンドはオールクマ型で行くぞ!」
 柊がクマ型パイを持ち上げた。


 シュネとブリッツは第1ラウンドの途中から現れて、用意されていたテーブルについた。
 その時には木こり達が仲間にやんや、やんやの大声援。
 シュネは『ああ煩い』というように顔をしかめつつ小さな鏡を胸元から取り出してメイクチェック。
「お2人も味わってみます?」
 これが渦中の2人かと思いつつフィルメリアはアップルティーを持って来る。
「僕、ひとつもらおうかな。いい匂いですね」
 嬉しそうにブリッツは言うが
「私、遠慮するわ。お腹の調子良くないし」
 シュネはつんとそっぽを向く。
「少し食べたら? 朝から何にも食べてないんじゃないの?」
 ブリッツが心配そうに言う。
「ブリさま、お腹をさすってくださるぅ?」
「いいけど?」
 すりすりすり。
 こっ……このバカ野郎どもっ。
 額に青筋をたてかけたフィルメリアはくるっと背を向け、そんな怒りは微塵も見せないつもりが思わずドヤ声で
「パイひとーつっ!!!」
 と、言ってしまい
「あ、あいな……お待ちを……」
 目が合ったデュシオンがちょっとびっくりした。
「シュネもブリッツもきれーじゃもん。ギフトどこにいるじゃもん?」
 むぐむぐしながら泉は木こり1番に声をかける。
「ギフト母ちゃんも綺麗じゃもん」
 1番、言葉が移っている。
「しかし、あんたよく食うな」
「普通じゃもん?」
 そうか? 既にどんぐり10個くらいになってないか? と思いつつ1番は必死にパイをほおばる。
 その横ではセリスが幸せそうにナイフとフォークでパイを口に運ぶのだが、こちらも8切れ目。最後の一口をこくんと飲み下すとどんぐりを掲げ、にこやかに
「次、お願いしまーす」
 表情だけ見ていると普通のお代わり程度にしか見えない不思議。
 その横で静かにもぐもぐしているのは鞍馬。
 隣の紫月が一切れ来るごとに、ぽん! と両手を合わせ、
「いただくぜ!」
 感謝の意を表し、
「くーっ! たまんねえ! うめぇなっ!」
 と、嬉しさ全開でバクバクするから余計鞍馬は静かに挑戦しているように見えるのだが、実は紫月と変わらず5切れ目だったりする。つまり、1ホールは制覇しているわけだ。
『あまり噛むと満腹中枢が刺激されてしまうからな』
 口に入れた途端にこくんと喉を通っていく、そんな頭脳プレイをしていることは誰にも分からない。
「ねえ、一緒に食べようよ! お腹に何か入れたほうがいいよ?」
 シュネはシアーシャに言われるが、ぷんとそっぽを向いてしまう。
「勿体ねえ。俺だったら持ち帰り分も頼むところなのに」
 紫月が言い、これには木こり組がうんうんと同意する。
 そして第1ラウンド、ハンター組どんぐり38個、木こり組30個で終了した。


 満腹になって「くぅ」と眠ってしまった泉を木こり1番が抱え上げ、第2ラウンド。
 ハンター、銀 桃花(ka1507)、ラミア・マクトゥーム(ka1720)、ラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457)、最上 風(ka0891)、万歳丸(ka5665)。
 木こり組は6番から10番。
「頑張らねえと負けるぞ!」
「おう!」
 第1ラウンドでどんぐり8個差になって木こり組はちょっと焦っている。
『ふっふっふ……。ハンターを甘く見るなよ』
 ステラは思う。今回は桃花が
「リンゴパイ食べ放題と聞いてー、朝ごはんはサンドイッチ10個に控えたんだからー」
 と、食べ盛りっぽいことを言っているが、後のメンバーは恐らく普通よりちょっと食べるくらい。
 でも、差を巻き戻すために敵は2ホール以上余計に食べなければならない。
 もしここで抜かれても第3ラウンドにはアルマ(ka3330)とデルフィーノ(ka1548)がいる。
 第4ラウンドになれば、第1ラウンドのスキル保持者が復活する可能性大。
 『勝ち』の可能性は高いのだ。
 ところで第2ラウンドはしろくまリンゴパイ。
「どうぞ~召し上がれ~」
 ここはやはりメインパティシエ自らが配らねば、としろくま登場。
「おお! クマだ!」
「クマだ!」
 木こりだけでなく、シュネとブリッツも目を丸くする。
 約束通りデュシオンがカットする前のホールしろくまリンゴパイを飾り、桃園ふわり(ka1776)は慣れた手つきでパイ配りをサポート。
「かわいー! 君が作ったの?」
 桃花がホールのままのパイを記念撮影。
「そうくま。皆で焼いてくれたくま!」
「着ぐるみでお料理なんて器用ね! ね、中は男の人? 顔見せて?」
 しろくまに抱きついてもふもふしながらせがむ桃花。
 それはそこにいた全員が同じことを考えて、期待でしろくまに目を向ける。
「やっ……やめるくまー! 中の人なんていないくまー!」
 早々に退散してしまうしろくまに小さく「ちっ」と舌打ちして
「はいはい、第2ラウンド開始―!」
 木こり母ちゃんがフライパンを鳴らした。母ちゃんも中の人、見たかったらしい。


 ところで、戦場は始まってからずーっと戦場。
「ふわりさーん! こっち手伝ってー! 林檎お願いー!」
 アイビスに呼ばれてふわりが「はいっ」と包丁を手に取る。
 家が喫茶店だというふわりは言葉ひとつでちゃちゃっと手際よくこなしてしまうのでとても貴重な存在。
 その横ではグリムバルトがゼイゼイ言っていた。彼は窯と林檎むきの両方を担当していたから結構大変。
「窯は俺が行くから!」
 柊が声をかけてくれて、「うん、頼む」とちょっと一安心。
 とりあえず、しろくまパイを食べている間に焼きまくらねば。
「これ、どっかで数が追いつくんかね。ほんっと、よく食うよな!」
 と、粉まみれの龍崎。
「大食い大会だからね」
 苦笑しつつアルトが答える。
「シードルの変わり種も増やしておくとしようか。次はデルフィーノが出るみたいだし」
 その横で黙々と作業に勤しんでいたミオレスカが、アルトの手をくいくいと引く。
「こっち、唐辛子のチリ激辛パイなので気をつけてくださいね」
 言う途中でアルトが「あ!」と声をあげる。
 しかし既に遅し。
 ギフトがマスクにしていたスカーフを持ち上げ、ぱくんと一口食べたあとだった。
「お水! 水ない?!」
 ぐふ、と身を屈めるギフトを見てアルトが声をあげる。
「水! はいっ!」
 と、アイビス。
「ギフトさん……」
 ミオレスカ、おろおろ。
 ギフトは『少々お待ちを』ジェスチュアをし、やおらスカーフを剥ぎ取って
「お鼻がー! 通りましたーっ!」
 絶叫。その場にいた全員で「おお」と拍手。すごいぞ、激辛効果。
 しかし鼻が通って喜ぶギフトを見ながら、窯の前で焼きをチェックしていた柊はふと考え込む。
『なんか……足らないというか……忘れてるような……』
 そして「あ」と思い出した。
「なあ、ザレム・アズール(ka0878)と月詠クリス(ka0750)、誰か見てないか?」
 彼の声に、あれっ? と皆で気づく。そういえば2人ともどこに??


 女中Aの証言。
「そりゃいくら美味しくてもあれだけ林檎を食べればお腹も壊します。食べ過ぎです」
 女中Bの証言。
「お嬢様はお婆様に甘やかされ過ぎたのです。お嬢様の愛情表現は歪んでいると思いますわ。結局、あの殿方を自分のものに、の裏返しは奥様をとられたくない、ということではないのでしょうか」
 木こりAの証言。
「え? ギフト母ちゃんが魔女? ないない、ありえねー。あれで魔女なら女はみんな魔女」
 木こりBの証言。
「おれぁ、ああいう人と結婚してえなあ……優しくってよー綺麗でよー。兄ちゃん、橋渡ししてくんね?」
 まあ、証言取るまでもなく、ふつーに考えてそんなところだろうな。やれやれ。
 ザレムがメモを眺めていると
「やはりこれはブリッツさんがギフトさんを亡き者にしてシュネさんと結婚し、家を乗っ取ろうとしているに違いありません」
 ひょいと覗き込むクリス。
「それはないだろ。ブリッツは相当金持ちみたいだし」
 と、ザレム。
「でもわかんないですよ?」
「そこまで知恵が働くほど頭が良さそうには……」
 おとと。
「私、最後にかっこよく決めたいんです、謎が解けましたーって」
 クリス、飛び跳ねつつ自己主張。
 そこへ柊が来る。
「あ、いた。どこに行ってたんだよ、2人共」
「ブリッツさんがギフトさんを、むごっ……」
 言いかけたクリスの口をザレムは慌てて手で塞ぐ。
「ブリッツいる?」
 ジタバタするクリスを押さえつつザレムは尋ねる。
「いるよ。シュネは退屈したみたいで、どっかに行った。今、一人だ」
 うん、好都合。
「クリスを連れてって。ギフトさんからは離しておいてくれよ」
 言われて柊は怪訝な顔でクリスを見る。
「何したの?」
「何にもしてません。私は真実を追求したまでです」
「ク~~リ~~ス~~、妙なこと口走ったらパイにして食うぞ」
 ザレムが釘を刺す。
「貴方に食べてもらえるなら私は幸せ」
 踵を返そうとしたザレムは思わずがくっと膝を折った。
「大丈夫です。決め台詞は最後に」
 勝ち誇ったようにクリスはうふふと笑う。
 まあいいや、彼女は後回し。
 柊に連れられて「おほほほ!」と高笑いをするクリスを見送り、ザレムはブリッツに話を伝える。
「シュネのやったことは下手すりゃ命に関わることだ。貴方もきちんと考えたほうがいいよ」
「ねえ……ええと、ザレムさんでしたっけ」
 ブリッツは盛り上がる会場に目を向けて言う。
「みんなでわいわい食べるのって、楽しいですね」
 全く関係のない返答にザレムは少し首を傾げる。
「僕の農場、大きいですよ。葡萄を作ってます。お金も一杯ある。お金はね」
 ブリッツはふふっと笑う。
「魔女討伐でなくて……ほんと、良かった」
「……」
 ザレムは嬉しそうなブリッツの横顔を見つめた。

 そんな会話が交わされているとは知らないシュネ。
 退屈凌ぎに歩き回る。
「おい、そこから奥は行かないほうがいいぞ」
 声に振り向くと、見たこともないような派手な風貌の男が木にもたれかかって立っていた。デルフィーノだ。
「パイ、作らなくていいの」
 シュネの言葉にデルフィーノは煙草の煙をふうと吐き出し
「俺様は食べるほうだ」
「何だか想像つかないわね。まあ、作ってる姿も想像できないけど」
 シュネはつんとして再び歩き出そうとする。
「おい、ここいらで出るクマは、さっき見たような優しいクマじゃないぞ。命が惜しけりゃ席に戻れ」
「じゃあ、私に付き合ってくれない?」
 シュネはこれ見よがしに長い髪をかき上げて見せたが、
「生憎それは任務外」
 懐から携帯灰皿を取り出して煙草をもみ消しデルフィーノは答える。
「吸殻ポイしないのね」
 シュネはちょっとびっくりする。
「この森は木こりの生業の場所だろうが」
 何を分かりきったことを、というように彼は答え、さっさと背を向けてしまう。
 シュネが立ち尽くしていると
「何してる。戻るぞ」
 手を差し伸べられてシュネはぱっと顔を赤くした。
 計算づくでおねだりや主張をしなくても、こんなに自然に自分を引っ張ってくれる人に出会ったのは初めてだった。


 第2ラウンド経過20分。
 ステラの読み通り、ハンター側はちょっと押され気味。
「万歳丸さん、進んでます?」
 りりかがやってくる。
「こっちのフィリング添えてみましょうか」
 少しペースが落ちているのを見てヘカテーの塩林檎に手を加えたものを添えてやる。さすがに塩煮そのままはしょっぱいので。
「お、有難ぇ。さすが嬢ちゃん……とと」
 万歳丸、頭を掻く。
「すまん!」
 くすっとりりかは笑う。
「次からはちゃんと名前で呼んでくださいね?」
「はい。り……りりか……さん……」
 無茶苦茶照れるじゃないか!
「それより早く食べないと。はい、あーん」
 万歳丸に差し出したつもりが横にいた最上が、りりかにあーんと口を開けた。
「今、このへん。もちょっと詰めないと春を迎えられません」
 目をぱちぱちさせるりりかに最上は胃の少し上を指差して言う。
「はいはい」
 もうこうなったら2人同時に。りりかは両手にフォークを持って2人の口にパイを放り込む。
「糖分が……五臓六腑に……沁み渡りますねー……」
 もぐもぐしながら最上。
「この林檎の甘さと少しの塩味がパイ生地とあいまって、味の宝物庫だー!」
 と、万歳丸。ふたりで寸評会。
 その横でもっくもっくいつも通り食べているのがラウィーヤ。
 てっきり自分の役目はパイ作りと思っていたのが「姉さん、こっちこっち」と妹のラミアに座らされてきょとんとしていたが、酒場船でいつもは作る側だから、今日は食べる側でもいいかしら、と思い直し。
 しかしラミアが
「ちょっときつくなってきたかなー」
 ふうと息を吐く。
「口直ししよ。ラウィーヤ、食べる?」
 イカスミ塩辛を取り出す。その黒い物体を木こりが見逃すはずがない。
「姉ちゃん、なんだ、それ」
「食べてみる? 美味しいよ?」
 ラウィーヤ越しに器を差し出す。
「おぉ、こりゃ初めて食う味だ!」
 どれどれと皆が手を伸ばす。森に生きる彼らにとって海の幸はまさに珍味。
 敵味方入り乱れての食欲増進剤となり、10分後、ハンター組どんくり31個、木こり組40個、前ラウンドと合わせて木こり組どんぐり1個リードとなって終了した。
 そしてここでは最上が満腹冬眠状態となり、泉と同じように木こりに担がれて行く。


 第3ラウンド、ハンター組エレナ・クルック(ka4215)、デルフィーノ、オシェル・ツェーント(ka5906)、青葉 夜十(ka5687)、アルマ(ka3330)。
 木こり組11番から15番。
 この組はごくごくノーマルに進む。
 終了10分前になって、
「あっ、これ、虎刃が作ったやつだよね! 虎刃! 歪んでるよっ!」
 オシェルが叫び、アシェールが
「虎刃さん、虎刃さん、オシェルさんがお呼びでーす」
「呼ばれてるよ」
 龍崎が促すも「うむ」と言ったきり虎刃は黙々と手を動かしている。
「髪、まとめましょうね」とミオレスカが三角巾を巻いてくれた姿が妙に似合っていたりする。
「虎刃さん、虎刃さん……オシェルさんが……」
 アシェールの声。くわっと虎刃が顔をあげた。
「きゃうー!」
 アシェールがびっくりして吹っ飛び、そのままハイヒールがぐらぐらするのを食い止めようと後ずさりしてブリッツの顔にパイをジャストミートさせる。
「ごっ、ごめんなさい!」
「お、おおお、す、すまぬ!」
 虎刃、アシェール2人揃って頭を下げるのを、大丈夫、大丈夫とブリッツは笑う。
「何やってんの、虎刃」
 オシェルの言葉に虎刃ぴきーんとくる。
「喧しい! 貴様が小舅もどきに呼びつけるからこうなるのだ!」
「だってパイが歪んでるんだよ? これ、虎刃でしょ」
「うっ……」
「まあまあ」
 やおらデルフィーノが立ち上がって2人の口にパイを突っ込んだ。
「旨いからいいじゃないか」
「こっちも美味しいのじゃ。アルマ特製ブレンドスパイス味じゃ」
 アルマがもう一切れ口に突っ込む。
「お、いいね、俺様のにもかけてくれ」
 デルフィーノが自分のパイを指差した。
「お安い御用じゃ」
 エレナがハイハイと手をあげる。
「わたしも食べてみたいのにゃ」
 夜十も
「あ、俺も」
 木こり達も次々に皿を差し出して、結局アルマ・スパイスラウンドになる。
 デルフィーノが酒を持って来ていたこともあり、何だか木こり組と一緒に皆で妙な宴会状態、あっという間にラストスパート。
「お腹いっぱいにゃ……」
 と、目をくしくししてそのまま眠り込んだエレナを木こり12番が担ぎあげる。
 数えてみればハンター組どんぐり45個、木こり組35個、合計ハンター組9個優勢で終了した。


 第4ラウンド。
「お腹すいたんじゃもん……」
 泉がむくりと身を起こし復活。シアーシャ、セリスも全然余裕というので再戦。
 オウガ(ka2124)とフィリテ・ノート(ka0810)は
「2人とも自分のペースで仲良く食べればいいからね」
 と言われて互いに少し照れくさそうに笑う。
『勝った……! 勝ったぞ!』
 ステラは内心嬉しくってしようがない。あと1ホール多く食べれば試合終了なのだ。
 その辺りは戦場だった調理場も分かっているのでようやっとペースダウン。待ちわびたパイを自分達もほおばる。
 作るばかりで何も食べていないのでとにかく空腹。
「はー……」
 やっと一服できると煙草に火をつけたロランの傍にデルフィーノが来た。
「お疲れ。飲むか?」
 酒瓶を掲げられて「お、いいねえ」とロランはカップをとりあげる。
「あら、ここにいらしたの。食べないの?」
 そこにギフト。ロランは「こっちが先なもんで」と煙草を掲げる。
「パイ、旨かったよ。おねーさんのレシピだって?」
 デルフィーノの言葉にギフトは笑う。
「そういうわけでもないわ。皆さんが作ってくださったから。林檎もいい実でしたものね」
 同意を求められ、ロランは少し笑い、
「少し休んだら? 風邪気味だったでしょ」
「風邪? そりゃいけないな」
 デルフィーノがずいっと身を乗り出す。
「こんな美人が風邪を推してまで作ってくれたパイなら、もう2ホールくらいいっときゃ良かったぜ」
「ありますわよ? お食べになります?」
 調理場に向かおうとするギフトの手をデルフィーノはぎゅっと掴み、そこにキスを落とす。
「んん、でも今はこっちがいいかな」
 ギフトは流石に顔を赤らめ、ロランがごほごほむせた。俺、外したほうがいいかしら。
「おねーさん、俺様と一杯飲まないか」
「ええと……」
 耳元で囁かれてくらっとしたギフトの膝がかくんと落ちた。
 デルフィーノは咄嗟に彼女の体を支えたが
「熱い……」
 声をあげる。
 えっ、とロランがギフトの顔を覗き込み、額に手を当てて
「なんだこりゃ、すごい熱!」
 気づかなかった。ギフトは熱が出てたんだ!
「こっち!」
 ロランの声にデルフィーノは急いで彼女を抱きかかえたのだった。

 その騒ぎは知らない第4ラウンド。
 セリス、泉、シアーシャの大食3人組は着々とパイを平らげていき、オウガとフィリテはみんなの期待通り仲がいい。
 でも、この2人も食べるペースは結構早く、20分たった時点、2人で4ホール。
 アルマが途中で、あの『特製スパイス』を振ったので、さらにペースがあがる。
 あと2切れ食べれば木こり組との差は13だ。
「ねえねえ、オウガ」
 不意に呼ばれて
「ん? どした、リテ」
 顔を向けたオウガの口元にパイが差し出される。
「はい、あーん」
 う、うわー……。
 一瞬どうしようかなと迷ったが、決心してあぐっと食べてオウガ「えへ」と鼻をこする。
「うきゃー」
 嬉しそうに身をよじったのはシアーシャだ。
「いいなあ、いいなあ」
「仲良し、いいんじゃもん」
 泉も牛乳ヒゲをつけてほわんと呟く。
「はいはい、次ちょーだい!」
 どんぐりを掲げてなぜか大声で叫ぶセリス。
「あ、お弁当つけてる」
 フィリテの手がオウガの頬に伸びてパイをつまみとる。それをひょいと彼女が自分の口に運んだ時、木こり組のほうが口をあんぐりと開けて2人に見入っていた。
「えへ……」
 顔を赤らめる2人の姿が初々しい。
「俺も……取ってもらいたい……」
「その前に取ってくれる人を探さんと……」
 木こり羨望。
『今だ、いけっ! 木こり組の手が止まったぞ!』
 ステラがぐっと拳を握る。
「リテ」
「何?」
 振り向いたフィリテの口元にオウガはパイを差し出した。
「あーんだよ」
 フィリテは『お返しね?』とちょっとオウガを恥ずかしそうに睨み、可愛い口でぱくんと食べた。
 ステラが木こり母ちゃんの手からフライパンと杓子を奪い取る。
「どんぐりあげてっ! どんぐりっ」
 言われてオウガが「あ」とどんぐりの実を掲げる。フィリテが食べた分で最後。
「終了ー! 終了ーっ!! ハンター13個オーバー! ハンター組勝利っ!!!」
 ステラがフライパンをがんがん鳴らし、
「いゃったああああ!」
 調理場含めて歓声があがったのだった。

「あっ……」
 シュネが声をあげてがたんと立ち上がったのはその直後。
 彼女が見たのはデルフィーノがギフトを抱きかかえる姿。
 私の手を引いてくれた人がお母様をお姫様抱っこして運んでく!
「どうして……どうしてお母様ばっかりなの?!」
 叫んだ途端にテーブルに置いていた小さな手鏡が落ちてがちゃんと音を立てる。
 拾い上げたのは夜十だ。
「シュネさん……鏡見てご覧よ」
 ことりと置かれた鏡にシュネは鏡に目を向けた。ばらばらに歪んでしまった自分の顔。
「僕の目には今の君はそんな顔に見えるよ?」
 シュネの顔が微かに強張った。
「お母さん、倒れたみたいだよ。ねえ、お母さんに素直に謝れたら、君ももう少し美人になれるんじゃないかな」
「ブリさまはどっちなの? 私とお母様とどっちがいいの?」
 シュネはブリッツに噛みついた。
「んー……僕はどっちでも……」
 えへ、と笑うブリッツ。
「あなたいつか天罰がくだるわよ」
 シュネが怒るよりも早くフィルメリアが凄む。
「ギフトさんと2人に言うつもりだったけど、もう言っちゃうよ」
 オシェルが腕を組んだ。
「シュネさん、この人こういう人だよ? 依頼書にもそう書いてたよ。どうする? いいの、こんな人で」
「もう……わかんな……」
 顔を歪めて言いかけたシュネがふらーっとした。慌ててオシェルが支える。
「シュネさん、朝から食べてないんだよ!」
 シアーシャが叫ぶ。ううむ、貧血か。
「……こ……虎刃―っ!」
 全身脱力のシュネは重かった。オシェルに呼ばれて虎刃が走って来る。
 彼とオシェル、夜十の三人がかりで急いで救急搬送。
 全くもう……と険しい目でこちらを向いたフィルメリアにブリッツは
「お願いがあるんです」
「はぁ?」
 何て図々しい、と思いつつフィルメリアが顔をしかめると
「あ、でも、女の人じゃ大変かな。ええと……ザレムさんとあと一人ほど男の人、呼んで来てもらえます?」
 ブリッツはお願い、と拝むように手を合わせたのだった。


 7人の木こりの小屋。
 ギフトの隣にくうくう寝ているエレナと最上を挟んで2つ向こうにシュネが運び込まれたが、その騒ぎでギフトが目を覚ました。
 傍にいたのはロランとデルフィーノだ。
「気分どう。アイビスにアップルティーもらってくるな。水分とったほうがいいよ」
 ロランはそう言って離れて行く。
「私、倒れたの?」
 額に乗っている冷たいタオルにギフトは手を置いた。
「動き過ぎたな。俺様の色香のせいじゃなかったのが残念だ」
 足を組んで頬杖をついたままデルフィーノは言い、ギフトは笑った。
「そんなことないわ。ドキドキしたもの。嬉しかったわ」
「へー。今は?」
「ドキドキしてるわ。楽しかった。ハンターさんて、みんな素敵ね。有難う」
 わさわさしている向こうの気配にギフトは目を向ける。
「何かあったの?」
「あんたの娘が倒れたんだと。腹くだして朝から何も食べてなかったらしいぜ」
「あの子、すぐお腹を壊すのよね……」
 ギフトは呟き、つい、とデルフィーノの手に自分の手を重ねた。
「素敵なお兄さん、お願いを聞いてくださるかしら……」
「美人の頼みなら何なりと」
 デルフィーノは小さく笑って答えた。


 フィルメリアに呼ばれたザレムは、近くにいた柊を連れてブリッツの元に行く。
 3人に要件を伝えると、ブリッツは「じゃあ、僕はこれで」と背を向けてしまった。
「帰るのですか? ギフトさんとシュネさんのことは?」
 フィルメリアが言うと、ブリッツは振り向いて笑みを見せた。
「僕には選べないよ。どっちでもいいんだ、ほんとに。どっちでも。だから退散」
 そのまままた背を向けてしまったブリッツにフィルメリアは怒りとも諦めともつかない表情で首を振る。
「ブリッツ」
 ザレムが彼の背に声をかけた。
「早く家族ができるといいな」
 ブリッツは振り向かないまま、うんと頷いて去って行った。

「はっ……」
 何てこと、私、居眠りをしていたわ!
 むくりと身を起こしたのはクリス。周囲を見回し、
「おぉ? おぉ?」
 終わったの? こっ……これは決めねばなるまい!
 颯爽と飛び出して
「みなさん! 謎は解けました! この事件の真犯人は貴方です、ブリッツ……あれ?」
 いない。
 代わりにザレムと柊がよいしょよいしょと何やら大きな瓶をテーブルに置いていた。
「ブリッツさんは?」
「帰りました」
 フィルメリアは答える。
「農園ブランデー、みんなに配ってください、ですって。今回の報酬も送りますって」
 クリスはブランデーの瓶を一つ取り上げた。
『ブリッツ・ブランデー』という名前と共に、彼の肖像画がどーんと描かれたラベルが貼ってあった。

 その頃、シュネはアルトに渡された小さなボウルから湯気の立ち昇るミルク粥を食べていた。
「これ……」
 目をあげたシュネにアルトはにこりと笑う。
「デルフィーノが君のお母さんから聞いたって。これを食べたらお腹の調子が良くなるんだって?」
「……」
 シュネは目を伏せた。
「おーい、みんなに土産が出てっぞー」
 外で柊の声がした。
「それ食べたら、また暫く横になってるといい」
 アルトはそう言って立ち去った。
 小屋の中はしんと静まり返り、時折最上とエレナの小さな寝息が聞こえるのみ。
「シュネ」
 ギフトは2つ向こうのベッドに声をかける。
「何よ」
「しろくま型のパイ、とっといてもらったの。帰ったら2人で食べない?」
「……」
「林檎もいくつかいただきましょ?」
「林檎は暫く食べたくない」
「じゃあ、蜂蜜漬けにしとこうかな」
「アップルティーがいいわ」
「じゃ、そうしましょう。アイビスさんが上手に作ってたわ。教わって帰るわね」
「元気になってからにしてくれない? 倒れられたら迷惑よ」
「わかったわ」
 2人の会話をそっと聞いていたザレムは、ポンと肩を叩かれて振り向いた。龍崎だ。
「シュークリームが焼き上がった。食わねえ?」
「そんなの作ってたのか」
 ザレムは笑う。
「2人にもちょっと持って帰ってもらうほどたくさん、な」
 龍崎は答えた。
 たまには親子げんかもするだろうけど、あの2人、もう物騒なことにはならないんじゃないかな。
 2人共そう思ったのだった。


 リンゴパイ大食い大会、ハンター組勝利を納め無事終了。
 報酬とブリッツ農園ブランデーがハンターの手に。
 パイはあらかた食べてしまったので持って帰ることはできなかったが、完熟リンゴいくつかを齧りつつ皆は帰途についたという。
 熟睡状態のエレナと最上は紫月とグリムバルトがよいしょと抱え上げて撤収。
 その後シュネは相変わらず鏡の前で自分の美しさに酔いしれていたが、ギフトの呼び名が『お母様』ではなく『ママ』になったらしい。
 ギフトは時折お手製のお菓子を携えて木こり小屋を訪ね、木こり母ちゃんと茶飲み話に花を咲かせた。
 木こり母ちゃんはこっそりレシピを見ていたらしく、林檎の時期には副業として『木こりリンゴパイ』を販売開始。
 ブリッツは……相変わらず嫁が見つからないらしい。

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  • お茶会の魔法使い
    ロラン・ラコートka0363
  • めい探偵
    月詠クリスka0750
  • もふもふ☆教祖様
    しろくまka1607
  • ずっとあなたの隣で
    ラミア・マクトゥームka1720
  • 戦いを選ぶ閃緑
    アイビス・グラスka2477
  • 力の限り前向きに!
    シアーシャka2507
  • 東方帝の正室
    アシェ-ルka2983
  • 世界より大事なモノ
    フィルメリア・クリスティアka3380
  • 師岬の未来をつなぐ
    ミオレスカka3496
  • Rot Jaeger
    ステラ・レッドキャップka5434

重体一覧

参加者一覧

  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • お茶会の魔法使い
    ロラン・ラコート(ka0363
    人間(紅)|23才|男性|闘狩人
  • ともしびは共に
    ラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457
    人間(紅)|23才|女性|闘狩人
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマ(ka0502
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • オールラウンドプレイヤー
    柊 真司(ka0705
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • めい探偵
    月詠クリス(ka0750
    人間(蒼)|16才|女性|機導師
  • 自爆王
    紫月・海斗(ka0788
    人間(蒼)|30才|男性|機導師
  • 恋人は幼馴染
    フィリテ・ノート(ka0810
    人間(紅)|14才|女性|魔術師
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師

  • 最上 風(ka0891
    人間(蒼)|10才|女性|聖導士
  • 歪虚滅ぶべし
    セリス・アルマーズ(ka1079
    人間(紅)|20才|女性|聖導士
  • 身も心も温まる
    銀 桃花(ka1507
    人間(蒼)|16才|女性|霊闘士
  • 誘惑者
    デルフィーノ(ka1548
    エルフ|27才|男性|機導師
  • もふもふ☆教祖様
    しろくま(ka1607
    人間(紅)|28才|男性|聖導士
  • ずっとあなたの隣で
    ラミア・マクトゥーム(ka1720
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • お菓子な仲間
    桃園ふわり(ka1776
    人間(蒼)|15才|男性|機導師
  • 援励の竜
    オウガ(ka2124
    人間(紅)|14才|男性|霊闘士
  • 戦いを選ぶ閃緑
    アイビス・グラス(ka2477
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 力の限り前向きに!
    シアーシャ(ka2507
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 東方帝の正室
    アシェ-ル(ka2983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 祭りの小さな大食い王
    アルマ(ka3330
    ドワーフ|10才|女性|闘狩人
  • 世界より大事なモノ
    フィルメリア・クリスティア(ka3380
    人間(蒼)|25才|女性|機導師
  • 混沌系アイドル
    エリス・ブーリャ(ka3419
    エルフ|17才|女性|機導師
  • 師岬の未来をつなぐ
    ミオレスカ(ka3496
    エルフ|18才|女性|猟撃士
  • もぐもぐ少女
    泉(ka3737
    ドワーフ|10才|女性|霊闘士
  • 能力者
    エレナ・クルック(ka4215
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • 藤光癒月
    青山 りりか(ka4415
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • ライラックは美しく咲く
    デュシオン・ヴァニーユ(ka4696
    人間(紅)|18才|女性|魔術師
  • Rot Jaeger
    ステラ・レッドキャップ(ka5434
    人間(紅)|14才|男性|猟撃士
  • パティの相棒
    万歳丸(ka5665
    鬼|17才|男性|格闘士

  • 青葉 夜十(ka5687
    人間(蒼)|16才|男性|符術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人

  • 月叢 虎刃(ka5897
    人間(蒼)|28才|男性|格闘士
  • 我が名は魔王
    ヘカテー・オリュンポス(ka5905
    人間(蒼)|14才|女性|符術師

  • オシェル・ツェーント(ka5906
    人間(紅)|19才|男性|符術師

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依頼相談掲示板
アイコン パイ作り作戦
ミオレスカ(ka3496
エルフ|18才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2015/11/29 16:44:13
アイコン 作る人?食べる人?それとも?
泉(ka3737
ドワーフ|10才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/11/29 16:42:20
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/11/29 17:31:13