ゲスト
(ka0000)
君の塵芥を追う風
マスター:紺堂 カヤ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/11/27 19:00
- 完成日
- 2015/12/03 18:45
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
手に手を取って逃げようと決めた。
彼女の透き通るように白い手を取って、東へ。
彼の無骨な手にすべてを預けて、ひたすら東へ。
彼女は街一番の貿易商の一人娘。彼はその貿易商の館へ出入りする酒屋の下働き。身分違いの恋だった。誰にも認めてもらえない愛だった。けれどそれは、ふたりにとって諦める理由になりはしなかった。
「駆け落ちしよう」
先にそう言ったのは、どちらだったかわからないが、頷き合ったのは間違いなくふたり同時だった。
宵闇に紛れて、生まれ故郷の街を出た。すぐに差し向けられる追手から逃れるには、夜明けまでには山をひとつ越えておく必要があった。
「もうこれ以上は歩けないわ」
彼女は山の手前で足を止めた。お嬢様育ちの身体では、仕方のないことではあった。
「では、俺が背負いましょう。心配いりません、足腰は貴女の十倍丈夫ですよ」
彼は頼もしく微笑んだ。羽のように軽い彼女を背負って、山を登った。
ほどなくして。
山の木々が妙なざわめき方をしていることに、彼女が気付いた。何か、不気味なものが近付いているような。
「この山は、なんだか恐ろしいわ」
「貴女は夜の山など初めてですからね。木の葉の影ですら恐ろしく見えるでしょう」
「でも、唸り声のようなものが聞こえるわ」
彼女があんまり怖がるので、彼も山の様子をよくよく窺ってみた。
すると、確かに、奇妙な唸り声と、人のものとは思えない足音がしていた。
ふたりは、知らなかったのだ。
この山は、数日前から雑魔の姿が目撃されている、危険な山であることを。
彼女を背負って、彼は足を速めた。すると、人ではない足音も速くなった。追われている、と気が付いて、彼は駆け出した。山は上りの行程を終え、下り坂にさしかかっていた。どんどんどんどん、スピードが出た。逃げきれる、と彼は思った。
下り坂を下りきり、山から出た時には、ほんのりと夜明けの気配がしていた。嫌な気配は去り、足音もなくなっていた。彼はホッと息をついて、彼女に声をかけた。
「ここまで来ればもう大丈夫。怖くありませんよ」
彼女から、返事はなかった。まだ怯えているのだろうか、と彼は笑い、彼女を振り返った。
そこには。
彼の背にいるはずの彼女の姿は、なかった。
「え……?」
それが、どういうことかを理解したとき、彼は。
「あああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
彼は。
己の絶叫で喉を焼いた。
ベルトの金具に引っかかって破れたのであろう、彼女の薄絹の切れ端が、ふわりと風に乗って、塵芥となって、消えた。
「許さない……、必ず、必ず、あのバケモノを!!!」
山の麓の小屋から飛び出してきた、農夫の制止も聞かず、彼はよろよろと山へ引き返して行った……。
彼女の透き通るように白い手を取って、東へ。
彼の無骨な手にすべてを預けて、ひたすら東へ。
彼女は街一番の貿易商の一人娘。彼はその貿易商の館へ出入りする酒屋の下働き。身分違いの恋だった。誰にも認めてもらえない愛だった。けれどそれは、ふたりにとって諦める理由になりはしなかった。
「駆け落ちしよう」
先にそう言ったのは、どちらだったかわからないが、頷き合ったのは間違いなくふたり同時だった。
宵闇に紛れて、生まれ故郷の街を出た。すぐに差し向けられる追手から逃れるには、夜明けまでには山をひとつ越えておく必要があった。
「もうこれ以上は歩けないわ」
彼女は山の手前で足を止めた。お嬢様育ちの身体では、仕方のないことではあった。
「では、俺が背負いましょう。心配いりません、足腰は貴女の十倍丈夫ですよ」
彼は頼もしく微笑んだ。羽のように軽い彼女を背負って、山を登った。
ほどなくして。
山の木々が妙なざわめき方をしていることに、彼女が気付いた。何か、不気味なものが近付いているような。
「この山は、なんだか恐ろしいわ」
「貴女は夜の山など初めてですからね。木の葉の影ですら恐ろしく見えるでしょう」
「でも、唸り声のようなものが聞こえるわ」
彼女があんまり怖がるので、彼も山の様子をよくよく窺ってみた。
すると、確かに、奇妙な唸り声と、人のものとは思えない足音がしていた。
ふたりは、知らなかったのだ。
この山は、数日前から雑魔の姿が目撃されている、危険な山であることを。
彼女を背負って、彼は足を速めた。すると、人ではない足音も速くなった。追われている、と気が付いて、彼は駆け出した。山は上りの行程を終え、下り坂にさしかかっていた。どんどんどんどん、スピードが出た。逃げきれる、と彼は思った。
下り坂を下りきり、山から出た時には、ほんのりと夜明けの気配がしていた。嫌な気配は去り、足音もなくなっていた。彼はホッと息をついて、彼女に声をかけた。
「ここまで来ればもう大丈夫。怖くありませんよ」
彼女から、返事はなかった。まだ怯えているのだろうか、と彼は笑い、彼女を振り返った。
そこには。
彼の背にいるはずの彼女の姿は、なかった。
「え……?」
それが、どういうことかを理解したとき、彼は。
「あああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
彼は。
己の絶叫で喉を焼いた。
ベルトの金具に引っかかって破れたのであろう、彼女の薄絹の切れ端が、ふわりと風に乗って、塵芥となって、消えた。
「許さない……、必ず、必ず、あのバケモノを!!!」
山の麓の小屋から飛び出してきた、農夫の制止も聞かず、彼はよろよろと山へ引き返して行った……。
リプレイ本文
昼なお暗し、とはこういうことか、と誰もが納得できそうな、そんな陰気な山であった。それがこの山のもともとの姿なのか、雑魔が現れたことによる変化なのか、という判断までは、できなかったが。
「夜の闇の中では、この嫌な雰囲気もそこまで悪くは思えなかったのかもしれないわね」
この山へ入らなければ悲劇は起きなかったのに、という思いを言外に滲ませて、Petra Rodenwald(ka5833)が呟いた。
「まあ、ハンターならいざ知らず、一般人にとって、山へ入る前にこの嫌な雰囲気に気が付くというのは少々酷だろうな」
「左様でござるな~」
不動シオン(ka5395)のセリフに、烏丸 薫(ka1964)が頷いて同意した。
「とにかく、急ぐべきよね。一般人が雑魔を追って行ったわけなんですもの」
ケイ・R・シュトルツェ(ka0242)が山を注意深く見上げたとき、鵤(ka3319)がふらりと皆の背後から現れた。
「その雑魔を追って行っちゃった一般人はぁ、青っぽい服で、黒髪の男だってよぉー。背丈は、俺くらいらしいから、180cmそこそこ、ってとこかね。どうやら駆け落ちの途中だったみたいだねぇ。んで、お嬢ちゃんの方だけ、雑魔にやられちゃったってわけだ」
「男性を引き留めたという農夫から聞き出してくれたのね。ありがとう。彼の臭いがわかるものは……、まあ、ないかしらね」
鵤の報告を受けて、マリィア・バルデス(ka5848)が同行させている犬に視線を落とした。
「彼の臭いがわからなくても、人の臭いを追わせることはできるわ。……彼の足どりを辿れる? 私たちをそこに連れて行って……行け」
マリィアの命令によって歩き出した犬の後について、全員は出発した。雑魔の待ち構える、山の中へ。
犬に臭いを辿らせているとはいえ、もちろんそれだけに頼るわけにはいかない。
「どうせ相手の方が私たちを早く認識するなら、私たちだって視界良好な方が良いと思うわ。光源を隠す必要はないわね」
マリィアがランタンをかざし、光を誇示した。ケイもそれに頷いてライトで周囲を照らしつつ、普段から音楽に包まれているが故に人一倍音に敏感である耳で山の中の不自然な音を探る。彼女たちの持つ光源によって照らし出された、道なき道。落ち葉に覆われたその足元を、もっとも丹念に調べているのは薫であった。
「さ~て~と~……でござる~」
のんびりした口調でありながら、状況の判断は冷静で、判断も慎重だった。足あとがないか、無暗に踏み荒らしてしまわないように注意して進む。
「これだけ葉が落ちていれば足跡が残っている可能性もある……、雑魔の重量で地面に葉が埋まってしまった、という状況でござるな」
ふむふむ、と頷いて、その後ろをPetraがゆく。まだまだハンターの仕事に不慣れな彼女は、先輩たちから少しでも多くのことを学ぼうとしていた。
「しかし、こりゃ相手の敵、狩りに慣れているようでござ~るな~。走る人間の背から悲鳴を上げさせる事もなく人を攫う。これだけで、その俊敏性と凶暴性はわかるでござる~」
「そういう相手と戦うに加えて、一般人の救出するわけだよねぇ? ったくぅ、どこのどいつかしらんが面倒な事態にしてくれたもんよねぇ。そのまま大人しく帰ればこちらとしても余計な仕事が増えずにすんだつーのにぃ。あーあーいやんなっちゃうわぁ」
そうぼやき、ハッと肩をすくめる鵤。シオンは、彼のセリフを肯定も否定もせず、「余計な仕事」の内容だけを確認した。
「要するに、復讐代行というわけか」
「自分の恋人が殺されたんでしょ? 復讐をするのは当然よ!」
復讐、という言葉に反応して、Petraがはっきりと敵討ちに賛成の意を示した。元気いっぱいの明るい声だが、言葉自体はなかなかに苛烈だ。
「復讐って面白いものなのでござろうか?」
復讐、という言葉に反応したのは薫も同じだが、こちらはPetraとは対照的に首を傾げた。
と、そのとき。
ワンワンワンワン!
マリィアの犬が激しく吠えた。
「何か来るわよ!」
全員の顔に、緊張が走る。
ぐるる、と低く山が轟くような音がした。否、それは山から発せられたものではない。緩やかに上へと伸びているカーブの向こうから、のそりとそいつがやって来る様子は、まるで山が動いたようにも見えたが。
黒く、大きな、獣。可憐な乙女を音もなく喰らったという、巨大な狼の姿の雑魔だった。
「おいおいおい先にこっち来ちゃった感じぃ?」
鵤が、相変わらずの飄々とした口調で言う。復讐のためにこの雑魔を追ってきた男が、近くにいるのではないかと、周囲を見回しながら声を張った。
「よーう誰かさんよぉ。復讐相手横取りされたくなけりゃ出てきてちょうだいよ。出てくれば手伝いくらいはさせてやってもいい的なぁ?」
雑魔が姿を見せた今、一般人であるその男は一刻も早く見つけて監視下へ置いておくべきであった。呼びかけに応じて出てきてくれたならば、それがもっとも話が早い。だが、男は姿を現さなかった。
「出てきてはくれないけれど、人の気配はするわ」
「近くに、いるみたいね」
マリィアとケイが頷き合って、素早く周囲の茂みに近付き、人影を探した。その動きに、雑魔がぐるり、と向きを変えようとする、のを。
「さあ来いはぐれ狼、獲物としてこの私に狩られるのだ!」
シオンが雑魔の正面へ立ちふさがった。軽やかに拳銃で雑魔の足元へ弾を撃ち込むと、それを援護するように別の角度からPetraもアサルトライフルから攻撃を放つ。
「ごめんね、攻撃が遅れて。服が、木に引っ掛かっちゃって……」
「いや、いいタイミングだった。狙いも抜群だ」
スカートの裾を引っ張りつつ首をすくめるPetraに、シオンは視線こそ動かさなかったものの、彼女の銃の腕を褒めた。油断なく拳銃を構える一方で、太刀にも手を伸ばし、次の攻撃の出方を探っている。
ふたりが雑魔の注意を引いている間に、ケイが件の男らしき人物を発見した。
「あら、こんなところに」
いたの、と言い終わる前に、彼は草むらを飛び出した。溜めていたものを、一気に噴出させたように見えた。
「よくも……、よくも!! このバケモノめ!!」
「待ちなさい!」
ケイの制止の声は聞こえていないらしい。一直線に、雑魔へ向かって走り出す。その、彼の膝に。
「よっとぉ」
鵤があっさり、蹴りを入れた。
「うわっ」
大きく傾き、転びそうになったところを、素早くマリィアが支える。男が、叫んだ。
「離してくれ!」
「いいえ、できないわ。貴方は何もしなくていい」
「でも、でも、あいつは!!!!!」
熱い息で言いつのろうとする男を、マリィアは遮った。
「わかるわ。亡くなったのは貴方の大事な人でしょう? 敵討ちをしたい気持ちがわかるから、ここで殲滅の瞬間を見ていればいいけれど、彼らの邪魔になる行動をとるなら即座に気絶させる」
思いやりに溢れていながらも、甘くはないマリィアの真っ直ぐな言葉に、男は押し黙った。そんな彼に、鵤がへらり、と笑いかける。
「おたくの保護もこっちの仕事なんでねぇ? 一応おっさんの後ろいてくれると助かる的な?」
そうしたやりとりが耳に入り、自分の背後で男が見つかったことを知ったシオンは、より一層の闘志を全身から迸らせた。決して振り返ることはない。雑魔に集中したまま、それでも背後の男に向かっての言葉を投げる。
「一般人のくせに無茶をするな、お前の彼女の仇くらい、この私が取ってやる!」
シオンの威圧感を、どう受け取ったのか、雑魔が、ぐぁるるるるるる、と激しく唸った。
その、唸り声を、ひとり、高い位置で聞いていた者がいる。
薫である。皆が雑魔に、男に、と立ち回っている間に、樹の上へと移動していたのであった。
「上から見るとでっかいでござるな~」
雑魔の全長と、仲間の立ち位置を俯瞰で冷静に確認する。主に男を庇うためであろう、マリィアとケイが最後方で銃を構えている。鵤がその少し前方で、同じく銃を構え、シオンのタイミングを計って攻撃していた。シオンは強打とヒッティングを一度ずつ使って確実にダメージを与えていた。Petraはその脇に控え、ライフルで油断なく雑魔を狙っている。仲間同士の連携はきちんと取れており、動きは全体的に無駄がない。上手くいっているようにしか見えなかったが、しかし。雑魔は巨体の割に素早い。無数の銃弾に牽制され、雑魔は大きな移動ができていないものの、あくまでも牽制の域を出ない攻撃にしかなっていないのは、雑魔が命中を巧みに避けているからであった。小さなダメージの積み重ねでは勝てない相手だった。
「埒が明かないわね、動きを鈍くするわ!」
ケイが高らかに宣言し、シオンのすぐ後ろにまで移動をすると、レイターコールドショットを放つ。雑魔の動きが、目に見えて鈍くなった。
すかさずシオンがヒッティングで雑魔の足元に斬りかかり、鵤が援護射撃をすると、雑魔はぎゃん、と鳴いて大きく後退した。これまでで一番のダメージを与えられたことは誰の目にも明白で、それは、もちろん、愛する者を喪った男の目にも、であった。
思わず、といったように、彼の脚が前へ出た。
全員が、彼を見た。ずっと振り返らぬままであった、シオンでさえも。
「本当に、復讐したいの? 復讐しても彼女は還らない事実に気付いているの?」
ケイが、静かに男に尋ねた。男は、ゆっくりと頷いた。
鵤が、肩をすくめて、銃を差し出す。
「まあ自由になさいよぉ。おたくが何を思って何をしようが、こっちはお仕事さえ果たせりゃ文句ないんでなぁ?」
男の手が、差し出された銃に伸びた。受け取ろうとした、そのとき。
ぐわ、と。
雑魔が再び前へ出た。
「シオン殿!」
薫が樹の上から叫ぶが、一瞬、動きが遅れたシオンの左脚を、雑魔の爪がかすめた。
「ちぃっ!」
シオンが大きく跳び退ったところに、ダァン、と大きな銃声がかぶさる。Petraだ。覚醒し、背後からオーラが黒く立ち上っている。先ほどまでの陽気さは鳴りを潜め、怒りを泡立たせていた。
男が、鵤の盾とマリィアの銃に守られて無事であるのを確認し、薫は刀を持ち直した。
「Petra殿、もう一発お願いするでござる!」
薫が叫ぶ。
それに応えてPetraがもう一度、銃弾を放つと、薫はそれに合わせて樹の上からひらりと飛び降り、雑魔の首目掛けて斬心を繰り出した。
ギャアアアアア!
これまででもっとも大きな鳴き声を上げて、雑魔が苦しがる。だが、即死には至らなかったようだ、渾身の力で、薫に牙を向けてきた。
「おおっと!」
薫は、直撃をなんとか避けたものの、避けた拍子に、樹に背中をしたたかにぶつけてしまう。
「いてて。しかし、だいぶ打撃を与えられたでござる~」
「見事だ。とどめを、共に討たせてもらおう」
太刀を構えて、シオンが薫の隣に立った。薫が頷く。
「お願いするでござる~」
シオンが、大きく息を吸った。
「彼女を救えなかったのが悔しいのなら、私の背中を見ていろ。戦いとはこうするものだ!」
シオンが鋭い太刀筋で雑魔に斬り込んだ。それによって臓腑までも切り刻まれているであろう雑魔の首を、薫が今度こそ、落とした。
雑魔のいなくなった山を、一行はしばらく調べてみたが、男の想い人の亡骸らしきものは見つからなかった。たった一つまみの塵芥すらも。
「遺品でもあれば、と思ったのでござるが……」
「なかったわね……」
薫とPetraが肩を落とす。
それ以上に深くうなだれ、ハンターたちとともに山を下りる男の肩を、シオンが叩いた。
「歪虚が存在する限り、この世は危険で一杯だ。歪虚と戦えとは言わんが、大切なものを守りたかったら、危機を生き延びる術を覚えておくといい。それが何よりの命綱になる。ま、殺し屋崩れの私が言うのもアレだがな」
ふ、と少し笑って、シオンはもう一度、男の肩をたたくと、足早に一行の先頭へと歩いて行ってしまう。その背中は、彼の目にひどく眩しいものとして映った。その様子を優しいまなざしで見ていたマリィアが、感情を抑えた声で言葉を紡いだ。
「私は貴方も彼女も貴方たちの家族のことも知らないけど。彼女のために選んだ道だったなら、いつでも彼女が何を喜ぶか考えて行動すればいいんじゃないかしら」
感情を抑えた声であるが故に、それは誠実な響きで、彼の心に届いた。
「彼女が、何を喜ぶか……」
じん、と熱くなった男の胸に、歌が流れ込んでくる。ケイが、彼と彼の愛しき者のために歌っているのだった。
歌の旋律に合せているわけでもないだろうが、鵤が穏やかな調子でタバコの煙を吐き、空へ上らせた。その行方を、男はゆっくりと、目で追った。かすかな風が、煙をすうっと流してゆく。
まるで、彼を未来へ導いているかのように。
「夜の闇の中では、この嫌な雰囲気もそこまで悪くは思えなかったのかもしれないわね」
この山へ入らなければ悲劇は起きなかったのに、という思いを言外に滲ませて、Petra Rodenwald(ka5833)が呟いた。
「まあ、ハンターならいざ知らず、一般人にとって、山へ入る前にこの嫌な雰囲気に気が付くというのは少々酷だろうな」
「左様でござるな~」
不動シオン(ka5395)のセリフに、烏丸 薫(ka1964)が頷いて同意した。
「とにかく、急ぐべきよね。一般人が雑魔を追って行ったわけなんですもの」
ケイ・R・シュトルツェ(ka0242)が山を注意深く見上げたとき、鵤(ka3319)がふらりと皆の背後から現れた。
「その雑魔を追って行っちゃった一般人はぁ、青っぽい服で、黒髪の男だってよぉー。背丈は、俺くらいらしいから、180cmそこそこ、ってとこかね。どうやら駆け落ちの途中だったみたいだねぇ。んで、お嬢ちゃんの方だけ、雑魔にやられちゃったってわけだ」
「男性を引き留めたという農夫から聞き出してくれたのね。ありがとう。彼の臭いがわかるものは……、まあ、ないかしらね」
鵤の報告を受けて、マリィア・バルデス(ka5848)が同行させている犬に視線を落とした。
「彼の臭いがわからなくても、人の臭いを追わせることはできるわ。……彼の足どりを辿れる? 私たちをそこに連れて行って……行け」
マリィアの命令によって歩き出した犬の後について、全員は出発した。雑魔の待ち構える、山の中へ。
犬に臭いを辿らせているとはいえ、もちろんそれだけに頼るわけにはいかない。
「どうせ相手の方が私たちを早く認識するなら、私たちだって視界良好な方が良いと思うわ。光源を隠す必要はないわね」
マリィアがランタンをかざし、光を誇示した。ケイもそれに頷いてライトで周囲を照らしつつ、普段から音楽に包まれているが故に人一倍音に敏感である耳で山の中の不自然な音を探る。彼女たちの持つ光源によって照らし出された、道なき道。落ち葉に覆われたその足元を、もっとも丹念に調べているのは薫であった。
「さ~て~と~……でござる~」
のんびりした口調でありながら、状況の判断は冷静で、判断も慎重だった。足あとがないか、無暗に踏み荒らしてしまわないように注意して進む。
「これだけ葉が落ちていれば足跡が残っている可能性もある……、雑魔の重量で地面に葉が埋まってしまった、という状況でござるな」
ふむふむ、と頷いて、その後ろをPetraがゆく。まだまだハンターの仕事に不慣れな彼女は、先輩たちから少しでも多くのことを学ぼうとしていた。
「しかし、こりゃ相手の敵、狩りに慣れているようでござ~るな~。走る人間の背から悲鳴を上げさせる事もなく人を攫う。これだけで、その俊敏性と凶暴性はわかるでござる~」
「そういう相手と戦うに加えて、一般人の救出するわけだよねぇ? ったくぅ、どこのどいつかしらんが面倒な事態にしてくれたもんよねぇ。そのまま大人しく帰ればこちらとしても余計な仕事が増えずにすんだつーのにぃ。あーあーいやんなっちゃうわぁ」
そうぼやき、ハッと肩をすくめる鵤。シオンは、彼のセリフを肯定も否定もせず、「余計な仕事」の内容だけを確認した。
「要するに、復讐代行というわけか」
「自分の恋人が殺されたんでしょ? 復讐をするのは当然よ!」
復讐、という言葉に反応して、Petraがはっきりと敵討ちに賛成の意を示した。元気いっぱいの明るい声だが、言葉自体はなかなかに苛烈だ。
「復讐って面白いものなのでござろうか?」
復讐、という言葉に反応したのは薫も同じだが、こちらはPetraとは対照的に首を傾げた。
と、そのとき。
ワンワンワンワン!
マリィアの犬が激しく吠えた。
「何か来るわよ!」
全員の顔に、緊張が走る。
ぐるる、と低く山が轟くような音がした。否、それは山から発せられたものではない。緩やかに上へと伸びているカーブの向こうから、のそりとそいつがやって来る様子は、まるで山が動いたようにも見えたが。
黒く、大きな、獣。可憐な乙女を音もなく喰らったという、巨大な狼の姿の雑魔だった。
「おいおいおい先にこっち来ちゃった感じぃ?」
鵤が、相変わらずの飄々とした口調で言う。復讐のためにこの雑魔を追ってきた男が、近くにいるのではないかと、周囲を見回しながら声を張った。
「よーう誰かさんよぉ。復讐相手横取りされたくなけりゃ出てきてちょうだいよ。出てくれば手伝いくらいはさせてやってもいい的なぁ?」
雑魔が姿を見せた今、一般人であるその男は一刻も早く見つけて監視下へ置いておくべきであった。呼びかけに応じて出てきてくれたならば、それがもっとも話が早い。だが、男は姿を現さなかった。
「出てきてはくれないけれど、人の気配はするわ」
「近くに、いるみたいね」
マリィアとケイが頷き合って、素早く周囲の茂みに近付き、人影を探した。その動きに、雑魔がぐるり、と向きを変えようとする、のを。
「さあ来いはぐれ狼、獲物としてこの私に狩られるのだ!」
シオンが雑魔の正面へ立ちふさがった。軽やかに拳銃で雑魔の足元へ弾を撃ち込むと、それを援護するように別の角度からPetraもアサルトライフルから攻撃を放つ。
「ごめんね、攻撃が遅れて。服が、木に引っ掛かっちゃって……」
「いや、いいタイミングだった。狙いも抜群だ」
スカートの裾を引っ張りつつ首をすくめるPetraに、シオンは視線こそ動かさなかったものの、彼女の銃の腕を褒めた。油断なく拳銃を構える一方で、太刀にも手を伸ばし、次の攻撃の出方を探っている。
ふたりが雑魔の注意を引いている間に、ケイが件の男らしき人物を発見した。
「あら、こんなところに」
いたの、と言い終わる前に、彼は草むらを飛び出した。溜めていたものを、一気に噴出させたように見えた。
「よくも……、よくも!! このバケモノめ!!」
「待ちなさい!」
ケイの制止の声は聞こえていないらしい。一直線に、雑魔へ向かって走り出す。その、彼の膝に。
「よっとぉ」
鵤があっさり、蹴りを入れた。
「うわっ」
大きく傾き、転びそうになったところを、素早くマリィアが支える。男が、叫んだ。
「離してくれ!」
「いいえ、できないわ。貴方は何もしなくていい」
「でも、でも、あいつは!!!!!」
熱い息で言いつのろうとする男を、マリィアは遮った。
「わかるわ。亡くなったのは貴方の大事な人でしょう? 敵討ちをしたい気持ちがわかるから、ここで殲滅の瞬間を見ていればいいけれど、彼らの邪魔になる行動をとるなら即座に気絶させる」
思いやりに溢れていながらも、甘くはないマリィアの真っ直ぐな言葉に、男は押し黙った。そんな彼に、鵤がへらり、と笑いかける。
「おたくの保護もこっちの仕事なんでねぇ? 一応おっさんの後ろいてくれると助かる的な?」
そうしたやりとりが耳に入り、自分の背後で男が見つかったことを知ったシオンは、より一層の闘志を全身から迸らせた。決して振り返ることはない。雑魔に集中したまま、それでも背後の男に向かっての言葉を投げる。
「一般人のくせに無茶をするな、お前の彼女の仇くらい、この私が取ってやる!」
シオンの威圧感を、どう受け取ったのか、雑魔が、ぐぁるるるるるる、と激しく唸った。
その、唸り声を、ひとり、高い位置で聞いていた者がいる。
薫である。皆が雑魔に、男に、と立ち回っている間に、樹の上へと移動していたのであった。
「上から見るとでっかいでござるな~」
雑魔の全長と、仲間の立ち位置を俯瞰で冷静に確認する。主に男を庇うためであろう、マリィアとケイが最後方で銃を構えている。鵤がその少し前方で、同じく銃を構え、シオンのタイミングを計って攻撃していた。シオンは強打とヒッティングを一度ずつ使って確実にダメージを与えていた。Petraはその脇に控え、ライフルで油断なく雑魔を狙っている。仲間同士の連携はきちんと取れており、動きは全体的に無駄がない。上手くいっているようにしか見えなかったが、しかし。雑魔は巨体の割に素早い。無数の銃弾に牽制され、雑魔は大きな移動ができていないものの、あくまでも牽制の域を出ない攻撃にしかなっていないのは、雑魔が命中を巧みに避けているからであった。小さなダメージの積み重ねでは勝てない相手だった。
「埒が明かないわね、動きを鈍くするわ!」
ケイが高らかに宣言し、シオンのすぐ後ろにまで移動をすると、レイターコールドショットを放つ。雑魔の動きが、目に見えて鈍くなった。
すかさずシオンがヒッティングで雑魔の足元に斬りかかり、鵤が援護射撃をすると、雑魔はぎゃん、と鳴いて大きく後退した。これまでで一番のダメージを与えられたことは誰の目にも明白で、それは、もちろん、愛する者を喪った男の目にも、であった。
思わず、といったように、彼の脚が前へ出た。
全員が、彼を見た。ずっと振り返らぬままであった、シオンでさえも。
「本当に、復讐したいの? 復讐しても彼女は還らない事実に気付いているの?」
ケイが、静かに男に尋ねた。男は、ゆっくりと頷いた。
鵤が、肩をすくめて、銃を差し出す。
「まあ自由になさいよぉ。おたくが何を思って何をしようが、こっちはお仕事さえ果たせりゃ文句ないんでなぁ?」
男の手が、差し出された銃に伸びた。受け取ろうとした、そのとき。
ぐわ、と。
雑魔が再び前へ出た。
「シオン殿!」
薫が樹の上から叫ぶが、一瞬、動きが遅れたシオンの左脚を、雑魔の爪がかすめた。
「ちぃっ!」
シオンが大きく跳び退ったところに、ダァン、と大きな銃声がかぶさる。Petraだ。覚醒し、背後からオーラが黒く立ち上っている。先ほどまでの陽気さは鳴りを潜め、怒りを泡立たせていた。
男が、鵤の盾とマリィアの銃に守られて無事であるのを確認し、薫は刀を持ち直した。
「Petra殿、もう一発お願いするでござる!」
薫が叫ぶ。
それに応えてPetraがもう一度、銃弾を放つと、薫はそれに合わせて樹の上からひらりと飛び降り、雑魔の首目掛けて斬心を繰り出した。
ギャアアアアア!
これまででもっとも大きな鳴き声を上げて、雑魔が苦しがる。だが、即死には至らなかったようだ、渾身の力で、薫に牙を向けてきた。
「おおっと!」
薫は、直撃をなんとか避けたものの、避けた拍子に、樹に背中をしたたかにぶつけてしまう。
「いてて。しかし、だいぶ打撃を与えられたでござる~」
「見事だ。とどめを、共に討たせてもらおう」
太刀を構えて、シオンが薫の隣に立った。薫が頷く。
「お願いするでござる~」
シオンが、大きく息を吸った。
「彼女を救えなかったのが悔しいのなら、私の背中を見ていろ。戦いとはこうするものだ!」
シオンが鋭い太刀筋で雑魔に斬り込んだ。それによって臓腑までも切り刻まれているであろう雑魔の首を、薫が今度こそ、落とした。
雑魔のいなくなった山を、一行はしばらく調べてみたが、男の想い人の亡骸らしきものは見つからなかった。たった一つまみの塵芥すらも。
「遺品でもあれば、と思ったのでござるが……」
「なかったわね……」
薫とPetraが肩を落とす。
それ以上に深くうなだれ、ハンターたちとともに山を下りる男の肩を、シオンが叩いた。
「歪虚が存在する限り、この世は危険で一杯だ。歪虚と戦えとは言わんが、大切なものを守りたかったら、危機を生き延びる術を覚えておくといい。それが何よりの命綱になる。ま、殺し屋崩れの私が言うのもアレだがな」
ふ、と少し笑って、シオンはもう一度、男の肩をたたくと、足早に一行の先頭へと歩いて行ってしまう。その背中は、彼の目にひどく眩しいものとして映った。その様子を優しいまなざしで見ていたマリィアが、感情を抑えた声で言葉を紡いだ。
「私は貴方も彼女も貴方たちの家族のことも知らないけど。彼女のために選んだ道だったなら、いつでも彼女が何を喜ぶか考えて行動すればいいんじゃないかしら」
感情を抑えた声であるが故に、それは誠実な響きで、彼の心に届いた。
「彼女が、何を喜ぶか……」
じん、と熱くなった男の胸に、歌が流れ込んでくる。ケイが、彼と彼の愛しき者のために歌っているのだった。
歌の旋律に合せているわけでもないだろうが、鵤が穏やかな調子でタバコの煙を吐き、空へ上らせた。その行方を、男はゆっくりと、目で追った。かすかな風が、煙をすうっと流してゆく。
まるで、彼を未来へ導いているかのように。
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烏丸 薫(ka1964)
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作戦相談卓 不動 シオン(ka5395) 人間(リアルブルー)|27才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/11/26 07:38:17 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/24 00:39:46 |