ゲスト
(ka0000)
月夜の音楽会
マスター:葉槻
オープニング
●再会
秋の薔薇が香る庭園の東屋で、ティーカップとソーサーのふれあう音が響いた。
「……まさか、貴方とこうしてまたお茶が出来る日が来るなんてね」
白いベールの奥で目尻のしわを深めながら、老婦人は微笑った。
「……本当に……人生何があるか分からないものです」
向かいでティーカップを傾ける老紳士――フランツ・フォルスター(kz0132)も少し寂しげに微笑み返す。
「本当、今日までに何度貴方をお茶にお誘いしたかしら? わたくし」
指折り始める老婦人に、フランツは困ったような笑みを浮かべて頭を下げる。
「いやはや、勘弁して下さい、カサンドラ様」
「いやねぇ、昔のようにキャスと読んで頂戴。今も貴方の方が爵位は上なのだし」
そう言って老婦人――カサンドラは鈴を転がしたように笑う。
「でも、本当に嬉しいわ。またリヴァとの思い出話が出来る人とこうしてお茶が出来るのが。……この盲いた目には新しい物はもう何も映らないから」
うっすらと開かれた両目、その眼球は白濁して明暗しか情報を与えない。彼女の目は、どのような回復スキルも薬も受け付けず、失明してもう15年になる。
その足元には1匹の大型犬が静かに寄り添い、彼女の生活をサポートしていた。
それ以外にも、元領主であり、聖導士の彼女を『聖母』と慕う人々達により彼女の生活は成り立っている。
「ねぇ、フラット。貴方、ハンターの方々と協力してあのレオポルド伯を追い詰めたって本当?」
唐突な話題転換に思わず口に含んだ紅茶を気道に入れかけて、フランツはごほごほと咳き込んだ。
「あらあら、大丈夫? ダメよ気をつけなきゃ。誤嚥は老人にとって一番の死因よ」
ゆっくりと席を立ち、フランツの背をさする。
「あぁ、はい。大丈夫です、有り難うキャス。協力……と言いますか、ハンターの皆さんが働いて下さったお陰です」
その答えを聞いて、カサンドラは満足そうに微笑んだ。
「ねぇ、フラット。貴方のそのツテを使って、一つお願い事を聞いてくれない?」
小さな村だ。1番近い転移門からでも馬車を使って半日ほど走らなければ到着出来ない。
もっとも、覚醒者でもないフランツはそのまま更に2日ほど馬車を走らせなければ自分の領地に帰ることも出来ないのだが。
しかし、そんな特に特産品も無かった小さな村は、嫁いできたカサンドラが清水の流れる川を見て「ハーブなら育ちそう」と閃いたのを切欠に、現在はハーブの名産地として安定した収入を得るまでになっている。
その元領主であるカサンドラ・クスターからの『お願い』に、フランツはひっそりと溜息を吐いた。
「わし、そんなに人望はないんだがなぁ……」
しかも、今は帝国内に限らずこのクリムゾンウェスト全土で歪虚との抗争によりハンター達が連日戦地へと赴いている状態だ。
それとなくそれを伝えたのだが、カサンドラはそれを意に介さず朗らかに笑った。
「ならば、この企画が癒しになって下さるよう祈るだけですわね」
前向きでひたむきで、優しくて強い。カサンドラの人柄は昔と寸分変わっていなかった。
そのことが嬉しかったのも事実で、だからフランツは『お願い』を引き受ける事として、この二ヶ月間で通い慣れたハンターオフィスに足を向けたのだった。
●月夜の音楽会
「白亜宮、と呼ばれておる屋敷があってな。そこの女主人が……まぁ、わしにとっては姉みたいな人なんじゃが、毎年この時期になると村人を招待しての音楽会を開いておるんじゃ。それが、今年は様々な音楽を沢山の人と楽しみたいと言っておってな……手空きなハンターの方がおればご助力願いたいのじゃ」
フランツは説明係の女性にそう告げる。
「楽器の演奏、歌の披露、芝居、朗読、何でも良いんだが、ここの女主人は目が見えん。なので、音と振動、光なんかで楽しませて貰えると有り難い」
光であれば、白いのか、青いのか、赤いのか等の判別は付くらしい。
「食事は主に特産品のハーブを使ったパスタやピザ、飲み物はハーブティにハーブ酒などになろうかのぅ……一応わしからも飲み頃のワインも持って行く予定じゃが」
「楽器は何か備え付けの物などあるんですか?」
女性に問われ、フランツは首を傾げた。
「チェンバロ……というのだったか。あれなら確かサロンにあったはずじゃ。あとは無いと思うので各自の物を持ってきて貰う形になるかのぅ」
昔、妻と一緒にカサンドラの屋敷に遊びに行った時に確か彼女が披露してくれたのがチェンバロだったはず。
甦る遠い記憶に思わずフランツの顔に笑みが浮かぶ。
「ドレスコードなどはあるんですか?」
女性の問いかけに我に返り、あぁ、とフランツは指先で髭を撫でた。
「村人達は精一杯のおしゃれをしてくるそうだが、これと言ったドレスコードはないはずじゃよ。……まぁ、あまり物々しい鎧などではない方が有り難いかもしれんが」
「なるほど。確かに音楽会ですからね……まぁ、常識程度に、というくらいで良いしょうか」
女性の言葉に頷いて、フランツは「そうそう」と付け加えた。
「夜はそのまま白亜宮や近隣の空き家に泊めて貰えるそうじゃから、心配はしなくて良いそうじゃ。それではすまんが、宜しく頼むの」
「わかりました。声を掛けておきますね」
女性に一礼して、脱いでいた帽子を被ると、フランツは外に出る。
晩秋の風はいつの間にか初冬の冷気を帯びていて、フランツは薄手のコートを羽織ると馬車へと急いだ。
秋の薔薇が香る庭園の東屋で、ティーカップとソーサーのふれあう音が響いた。
「……まさか、貴方とこうしてまたお茶が出来る日が来るなんてね」
白いベールの奥で目尻のしわを深めながら、老婦人は微笑った。
「……本当に……人生何があるか分からないものです」
向かいでティーカップを傾ける老紳士――フランツ・フォルスター(kz0132)も少し寂しげに微笑み返す。
「本当、今日までに何度貴方をお茶にお誘いしたかしら? わたくし」
指折り始める老婦人に、フランツは困ったような笑みを浮かべて頭を下げる。
「いやはや、勘弁して下さい、カサンドラ様」
「いやねぇ、昔のようにキャスと読んで頂戴。今も貴方の方が爵位は上なのだし」
そう言って老婦人――カサンドラは鈴を転がしたように笑う。
「でも、本当に嬉しいわ。またリヴァとの思い出話が出来る人とこうしてお茶が出来るのが。……この盲いた目には新しい物はもう何も映らないから」
うっすらと開かれた両目、その眼球は白濁して明暗しか情報を与えない。彼女の目は、どのような回復スキルも薬も受け付けず、失明してもう15年になる。
その足元には1匹の大型犬が静かに寄り添い、彼女の生活をサポートしていた。
それ以外にも、元領主であり、聖導士の彼女を『聖母』と慕う人々達により彼女の生活は成り立っている。
「ねぇ、フラット。貴方、ハンターの方々と協力してあのレオポルド伯を追い詰めたって本当?」
唐突な話題転換に思わず口に含んだ紅茶を気道に入れかけて、フランツはごほごほと咳き込んだ。
「あらあら、大丈夫? ダメよ気をつけなきゃ。誤嚥は老人にとって一番の死因よ」
ゆっくりと席を立ち、フランツの背をさする。
「あぁ、はい。大丈夫です、有り難うキャス。協力……と言いますか、ハンターの皆さんが働いて下さったお陰です」
その答えを聞いて、カサンドラは満足そうに微笑んだ。
「ねぇ、フラット。貴方のそのツテを使って、一つお願い事を聞いてくれない?」
小さな村だ。1番近い転移門からでも馬車を使って半日ほど走らなければ到着出来ない。
もっとも、覚醒者でもないフランツはそのまま更に2日ほど馬車を走らせなければ自分の領地に帰ることも出来ないのだが。
しかし、そんな特に特産品も無かった小さな村は、嫁いできたカサンドラが清水の流れる川を見て「ハーブなら育ちそう」と閃いたのを切欠に、現在はハーブの名産地として安定した収入を得るまでになっている。
その元領主であるカサンドラ・クスターからの『お願い』に、フランツはひっそりと溜息を吐いた。
「わし、そんなに人望はないんだがなぁ……」
しかも、今は帝国内に限らずこのクリムゾンウェスト全土で歪虚との抗争によりハンター達が連日戦地へと赴いている状態だ。
それとなくそれを伝えたのだが、カサンドラはそれを意に介さず朗らかに笑った。
「ならば、この企画が癒しになって下さるよう祈るだけですわね」
前向きでひたむきで、優しくて強い。カサンドラの人柄は昔と寸分変わっていなかった。
そのことが嬉しかったのも事実で、だからフランツは『お願い』を引き受ける事として、この二ヶ月間で通い慣れたハンターオフィスに足を向けたのだった。
●月夜の音楽会
「白亜宮、と呼ばれておる屋敷があってな。そこの女主人が……まぁ、わしにとっては姉みたいな人なんじゃが、毎年この時期になると村人を招待しての音楽会を開いておるんじゃ。それが、今年は様々な音楽を沢山の人と楽しみたいと言っておってな……手空きなハンターの方がおればご助力願いたいのじゃ」
フランツは説明係の女性にそう告げる。
「楽器の演奏、歌の披露、芝居、朗読、何でも良いんだが、ここの女主人は目が見えん。なので、音と振動、光なんかで楽しませて貰えると有り難い」
光であれば、白いのか、青いのか、赤いのか等の判別は付くらしい。
「食事は主に特産品のハーブを使ったパスタやピザ、飲み物はハーブティにハーブ酒などになろうかのぅ……一応わしからも飲み頃のワインも持って行く予定じゃが」
「楽器は何か備え付けの物などあるんですか?」
女性に問われ、フランツは首を傾げた。
「チェンバロ……というのだったか。あれなら確かサロンにあったはずじゃ。あとは無いと思うので各自の物を持ってきて貰う形になるかのぅ」
昔、妻と一緒にカサンドラの屋敷に遊びに行った時に確か彼女が披露してくれたのがチェンバロだったはず。
甦る遠い記憶に思わずフランツの顔に笑みが浮かぶ。
「ドレスコードなどはあるんですか?」
女性の問いかけに我に返り、あぁ、とフランツは指先で髭を撫でた。
「村人達は精一杯のおしゃれをしてくるそうだが、これと言ったドレスコードはないはずじゃよ。……まぁ、あまり物々しい鎧などではない方が有り難いかもしれんが」
「なるほど。確かに音楽会ですからね……まぁ、常識程度に、というくらいで良いしょうか」
女性の言葉に頷いて、フランツは「そうそう」と付け加えた。
「夜はそのまま白亜宮や近隣の空き家に泊めて貰えるそうじゃから、心配はしなくて良いそうじゃ。それではすまんが、宜しく頼むの」
「わかりました。声を掛けておきますね」
女性に一礼して、脱いでいた帽子を被ると、フランツは外に出る。
晩秋の風はいつの間にか初冬の冷気を帯びていて、フランツは薄手のコートを羽織ると馬車へと急いだ。
リプレイ本文
●音楽会の開演
白亜宮、と名付けられたその家は、確かに豪邸ではあった。
しかし、豪奢な装飾が付いているわけでも、壁や床が大理石や御影石という訳でも無かった。
ただ、白い漆喰で外壁を整えられた、大きな屋敷だった。
その屋敷の女主人であるカサンドラは、足元に寄り添う大型犬と共に訪れた村人やハンター達一人一人を出迎えていた。
「今日はお招き有り難うございます、カサンドラ夫人」
「此方で良質のハーブが育つとか。本業が薬師なもので、興味がありまして」
ジュード・エアハート(ka0410)とエアルドフリス(ka1856)の二人が揃ってカサンドラに挨拶をする。
「遠路遙々ようこそいらっしゃいませ。……ふふ、そうなの? なら明るくなってから村を見て回っていって下さいな。今ならまだセージの花がギリギリ咲いているんじゃ無いかしら? 今夜は楽しんで行って頂戴ね」
嬉しそうにカサンドラが答え、二人は一礼をして去って行く。
陽が落ちて、月が昇る頃。宴は村人達の素朴な演奏会から始まった。
子ども達が草笛と手作りの木琴で面白可笑しく演奏すれば、カサンドラは無邪気にそれを喜び褒めた。
またある村人が昔からこの地方に伝わる自然を讃える歌を歌い、それに合わせて小さな鐘と太鼓を鳴らしてリズムを取る。
一通り村人達の演奏が終わった後、ハンターの1番手はケイ・R・シュトルツェ(ka0242)。
「貴女に薔薇の想いが届きますように」
カサンドラに一礼して、ケイは伸びやかで透明感のある声に、想いを乗せて歌い始める。
月下の薔薇。正に恋焦がれても届かぬ想い。
魅惑的に着飾るも、気高い光の前には無意味。
薔薇の恋。月へと馳せる切なく甘く、焦がれる歌。
恋慕と届かぬ想い。それでも愛さずに居られない……
歌姫、という称号がふさわしい素晴らしいアカペラに、カサンドラは大きな拍手でその喜びを伝える。
「じゃ、次は俺様だな」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が漆黒のギターを片手にステージへと向かう。
「このデスドクロ様が新時代のミュージックを聞かせてやるよ。ギャラはこのワインってことで構わねぇ」
豪快に笑うデスドクロにカサンドラは「まぁ」と口元を抑えて笑う。
ポォン、と調弦しながら、デスドクロは「タイトルは『白亜宮』とでもすっか」と告げると、指を動かし始める。
「リアルブルーの曲なの? とても楽しみだわ」
聞いたことのない曲調にカサンドラが身を乗り出し、初めて聞くBossa Novaに耳を傾けた。
デスドクロはすぅ、と息を吸い込むと朗々と歌い始めた。
鶸色の光差す白亜の宮 淡く 淡く耀く
瓦智しんしんと降り注ぐ 天見上げれば白か黒
愉しみに待つのは 毎毎夜 そう決まって暮夜
鶸色の光差す白亜の宮 仄かに 仄かに染まる
その豪快な言動とは裏腹に、軽やかに甘く叙情的な歌声と演奏に誰もが静かに聞き入ったのだった。
●愛を乞う
歌い終えたケイは庭へと降りた。
一時強く吹いた風に前髪を抑えて、月光の下、美の終焉を魅せる薔薇を観る。
無意識に口から紡がれるのは薔薇への返歌と孤独な月の歌。
「孤独?」
なぜ、そう思ったのか。はらりと落ちた花弁を手に取り、月光に重ねる。
「……ねぇ、どんな気持ち?」
問う声に答えは無く、薔薇の香りと晩秋の風がただケイを包んだ。
「もしかしたらと思って来てみたけれど…ここにもあの子はいない…」
リン・フュラー(ka5869)は羽織の前をかき抱くように寄せて薔薇園へと足を運んでいた。
何故だか、ここになら探している妹がいるのでは無いか……そう思ったのだが、当てが外れてしまった。
もう咲き終わりだという大輪の薔薇の花は、強く甘い香りを放ちながら美しく咲き誇っている。
一緒に観られなかったことが残念でならず、リンは一人空を見上げた。
そこには美しい満月が煌々と夜を照らしている。
「……あの子も、どこかでこの月を見られているのかしら……」
そう呟いた時、小さな人影が薔薇の樹の向こうに見えた気がして、思わずリンは駆け寄った。
「あっ……!」
声を掛けようとして、それが妹では無く他人だと気付いて足を止めた。
シェリル・マイヤーズ(ka0509)は一人、月光で星が霞む空を見上げていた。
(満月より……新月の方が好き……)
星はシェリルにとって特別で、クリムゾンウェストに来てから星空を見上げるのが日課となっていた。
お父さんの星、お母さんの星と決めた二つを探して今日も夜空を見上げる。
(……闇に吸い込まれそう……怖い、のかな?)
そこに見えなくとも、星はあるのだと誰かが言っていたが、見えなければ不安になる。
以前ならそれでも皆の無事を祈ったりもしていたが、少しずつ『何の為に』祈っているのかが分からなくなってしまった。
ハンターになって依頼をこなし、人の闇に触れる度に心が哀しくなり、自分の闇が深まっていくような気がして――その闇に飲まれそうな気がして、シェリルは歩きながら、自分で自分を抱きしめた。
心沈む日は両親が抱きしめてくれた。今も、仲間と呼べる人達がいて、独りでは無い。でも。
「足りない」
しゃがみ込み呟いた言葉は目の前の薔薇の花だけが受け止めた。
「欲張りな……私……」
シェリルの為だけにあった温もりが、酷く恋しかった。
――その時、背後から足音が近付いて来て、シェリルの茶色の瞳とリンの緑の瞳が交わった。
「あの……えっと、ごめんなさい、人違いでした」
「……うん」
リンが頭を下げると、シェリルはどう答えたら良いのか分からず、とりあえず頷いた。
「えぇっと……寒いけど良い夜ですね。……風邪、引かないように気をつけて下さいね」
「……うん、ありがとう」
リンの言葉に、自分がまだ自分を強く抱きしめている事に気付いて、シェリルは腕をほどいた。
それじゃぁ、と去って行くリンの背中を見送って、シェリルも屋敷へと戻ろうと立ち上がり、再び歩き始めた。
東屋の傍でフライス=C=ホテンシア(ka4437)は外側の花弁が茶色く傷み、縮れている赤い薔薇の花を手折った。
薔薇園を満たす甘く華やかな香りが、手元の花からさらに強く感じてフライスは目を細める。
真っ青な薔薇は未だに見たことがないが、その花言葉は「奇跡」「神の祝福」と言われている。
一方で真っ赤な薔薇の花言葉は……『愛』。
思わず鼻で笑って、くしゃりと手の平の薔薇を握りつぶした。
愛される
ただ当たり前の幸せを受けている人間こそ
たった一度の不幸を嘆き、自分は不幸だと喚く
吐き気を催すほどの嫌悪が湧き上がるのを感じて、己の喉元を掴んだ。
全てを正したくなる
炎での裁きを
聖なる鉄槌を
いっそ、この薔薇園を炎で満たしたらさぞ綺麗だろうと想像し、自然と頬が緩むに任せる。
潰した花を、花弁一枚ずつ散らすようにはらはらと舞わせて、フライスは「綺麗だな」と目を細めた。
●音より花より団子
サロンの中では様々な音楽が鳴り止むこと無く演奏されていく。
「帝国がメシマズの代名詞とされるのは面白くない、が……ここの料理はシンプルだが美味いな。様々なハーブが絶妙に各料理を引き立てている」
ザレム・アズール(ka0878)はクリームチーズに何らかのドライハーブを混ぜた物にベーコンとタマネギの載ったピザを手に取り、このドライハーブは何だろうと味わう。
「この爽やかな香り……どこかで……」
記憶を辿るが、空回ってこれという物が出てこない。丁度料理を運んできた給仕係の女性を捕まえて問う事にした。
「あぁ、オレガノだよ。寒さに強いからこの辺でも良く取れる」
女性の言葉に、すっきりしたザレムは礼を言うと料理を平らげ、ハーブティのティーポットを持ってカサンドラとフランツの傍へと足を運んだ。
招待の礼を言いながら、二人にハーブティを振る舞うと、彼女は美味しそうにそれを飲んで微笑んだ。
「あら、貴方は紅茶を入れるのお上手なのね」
「ふむ、これは確かに美味いのぅ」
二人の言葉にザレムは丁寧に礼を告げる。
「ところでこちらではどのようなハーブが取れるのですか?」
「色々よ。最初はラベンダーとローズマリーから。少しずつ数を増やしていって、食用だけで無く薬用も作るようになって……今は50品目ぐらいかしら?」
「そんなに!?」
予想よりも多い数にザレムは驚きながら、この村の成り立ちなどの話しを詳しく聞こうと身を乗り出したのだった。
(……ふむ、美味い酒に……音楽か、たまにはこう言う場所も悪くは無いものだな)
薔薇園の見える窓際で1人グラスを傾けていた扼城(ka2836)の横に、艶やかな笑みを浮かべた女性が近付いた。
「あら、こないだのお兄さんやん。よかったら一緒にどない?」
「……前のワインとビールの時にも会ったな」
女が既知である白藤(ka3768)だとわかり、扼城は頷くと、白藤が軽く掲げたグラスに自分のグラスを軽く当てた。
チン、という涼やかで心地よい音が2人の耳に響く。
「あ、お兄さんそれ、食べたん? 美味しかった?」
「……あぁ。ワインに合う」
あーん。と口を開く白藤を見て、扼城は仕方が無い、という表情で甘辛い挽肉を香草で巻いた一口大のつまみを白藤の口へと入れてやる。
「……ん、美味しいなぁ。確かにワインに合うわ」
白藤はニコニコと微笑みながら、ゆっくりとワインを味わうように飲んだ。
「いろいろな世界のお酒が飲めるなんて楽しいてえぇなぁ。なぁ、扼城はどないなお酒が好きなん……?」
「そうだな……」
お酒そのものを特別な物として嗜んでいる事を伝えると、白藤は「そっかぁ」と笑う。
そして扼城の耳元に唇を寄せると、彼にだけ聞こえる程度の小声でそっと囁いた。
「このあと……二人で飲みなおさへん……?」
白藤の顔を見れば、それは淫靡な雰囲気……というよりは悪い遊びを誘うようないたずらっ子の光を宿していて。
扼城は肩を竦めて窓の外を見ながら、「旨い酒が飲めるなら」と了承の意を伝えたのだった。
●語らい
サロンから夜風に乗って届く様々な音楽を楽しみながら、アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はのんびりと薔薇園を探索しながら月光浴を楽しんでいた。
(家を離れてハンターになってカラは暫くご無沙汰カモ)
東屋の傍で、地面に赤い薔薇の花弁が散っているのを見て「オヤオヤ」としゃがみ込み、まだ潤いのあるビロードのような花弁を一つつまみ上げた。
「自分の庭でも誰かの庭でも、見るの好きダヨ。優しい気持ちが見えるカラネ」
アルヴィンの脳裏に昔住んでいた屋敷の情景が浮かぶ。
小さいけれどよく手入れされた庭。
庭師と一緒に手入れをし、季節の花を楽しみにしていたこと。
「仮にも貴族の嫡男がする事ではありません!」
従者が顔を真っ赤にしながらそう怒ったが、花は手をかけた分だけ綺麗に咲いて返してくれるのが嬉しくて、やめられなかった。
「懐かしいネ……」
アルヴィンは微笑み、咲き誇る薔薇一つにキスを落とすと東屋を後にした。
ジュードの足取りはステップを踏むように軽く。足元のベルを鳴らし、エアルドフリスの手を引いて薔薇園の小径を行く。
「そんなに急ぐと危ないよ」
自分に向かって微笑むエアルドフリスの顔をちらりと見て、ジュードはぐいぐいと東屋まで彼を引っ張っていく。
小さな東屋は、とても綺麗に手入れをされていた。
月明かり
咲き誇る大輪の薔薇
幽かに聞こえる音楽
晩秋の冷気と薔薇の芳香
言葉も無く向き合う2人の間には言葉以上の想いが交差して。
「今日の格好も似合ってる。薔薇の精みたいだな。寒くないかね?」
暫し見つめ合った後、寒がりなジュードのケープを直して……エアルドフリスはその肩口に額を乗せた。
その柔らかな金色の猫っ毛を指で梳くように優しく撫でながらジュードはそっと頬を寄せる。
「……温かいなあ」
エアルドフリスがどこか弱っている事にジュードは気付いていて、だからこそ今日こそは甘えて欲しいと思っていた。だから、肩口の重さを一瞬とは言え嬉しいとすら感じてしまったことを、心の中で小さく謝罪する。
(辺境のこと、部族のこと、色々重なって、相当しんどかったよね、不安も大きかったよね――でも)
「俺がいるよ」
もう1人じゃないよ――ジュードはエアルドフリスの後頭部を手の平で優しくぽんぽんと叩く。そして空いている左手は、ケープに添えられたままの両手にそっと重ねた。
「心配ばかりかけて、すまん」
ここで謝るのが彼らしくて、ジュードは思わず微笑む。
さて、これからさらに彼を甘やかす為にはどうしようかと思考を巡らし、薔薇の香りと愛しい雨の匂いを吸い込んだ。
月光の下咲き誇る薔薇を見つめてノイシュ・シャノーディン(ka4419)がうっとりとその表情を蕩けさせる。
今日は張り切っておしゃれをして来た。妖精の羽根をモチーフにしたショート丈のパーティドレスにふわふわのボレロ。
それなのに、と後ろを振り返れば、少しも気負うこと無くいつも通りのシャツにズボンのスフェン・エストレア(ka5876)がいる。
ぷぅ、とノイシュは頬を膨らませた。
「もー、スー君てばこんな時くらい正装してきなさいよ。ムードがないんだからっ」
「うっせーな。格好なんざ気にしてられっか」
スフェンは耳の穴に小指を入れて軽く耳掃除をしがてらノイシュの小言を聞き流す。
「ほら見ろノイシュ。月が綺麗だなぁ。音楽もいい」
「もー! 今度一緒に買いに行こ♪ ハイ決まり!」
強制的にそう決めつけて、跳ねるように庭園の小径を進むその後ろ姿は、銀の髪が月明かりに照らされて妖精の翅のようにスフェンには見えた。そういえば、こうやって二人きりで過ごすのも久しぶりな気がする。
庭園の奥でノイシュが胸元の高さに咲く薔薇の花を見つけ、そっとその花弁に指を這わせた。
「……私のコト、知りたい?」
ふふ、と微笑みながら上目使いでスフェンを見る。
「スー君には感謝してるの。あのままだったら私、多分此処にはいなかった」
「まあ、お前がどういう生い立ちか聞こうとも思わんが」
ノイシュの言葉に、スフェンは行き倒れているノイシュを拾ってから今日までの日々に想いを馳せる。
「……それよか女子と思って丁寧に扱ってたのに男だったことの方がショックでかいわ」
上目使いで自分を見つめるその表情には、下手な女子よりよっぽど色気がある……だが、男だ。
「……もー、スー君はすぐそういうこと言う」
「風が冷たくなってきたな。戻って酒でも飲むか」
むくれた表情から視線を逸らしてスフェンは屋敷の方へと足を向けた。
「もー、エスコートくらいしても罰は当たらないでしょっ? ほんと気が利かないんだからっ」
「ん? エスコートだぁ? お前男だろうが。俺は男にはキビシーんだ。ほら歩け」
ぎゅっと腕にしがみついてきたノイシュを、それでも振り払うようなことはせずにスフェンは歩く。
その不器用な優しさを感じながら、ノイシュは小さな薔薇のように微笑んだ。
「また、こんなところで……風邪をひくぞ」
幽かに聞こえるオルゴールの音を頼りに薔薇の小径を行けば、そこに漸く探し人の姿を見つけてツヴァイ=XXI(ka2418)は安堵と共に声を掛けた。
持ってきたマントを華奢な両肩に掛けると、振り返り微笑んだクレア=I(ka3020)の青い瞳と目が合った。
「……想い出してたの、昔のこと」
昔、と言われてツヴァイはクレアと出会った頃を想い出す。
クレアの母親に手を引かれ屋敷にやってきた彼女。
見知らぬ屋敷、環境に不安がって眠れないと泣いた夜にツヴァイが歌ってくれた子守唄。
その日から眠れない夜は、好きになった唄を聞きに彼の元へ。
最初は面倒だとすら思ったのに、歌をせがまれるうちに段々と特別になっていった。
幼い私は無邪気に笑って、何度も彼の元へ――
「ねえ、ツヴァイ」
オルゴールの蓋を閉じて、音を消して、想いを閉じ込める。
「私は、あの頃のように笑えているかしら……?」
真っ直ぐに見つめられ、ツヴァイもまた、見つめ返す。
「……さぁな。……俺は、記憶力が悪い」
伸ばした指先でそっとクレアの頬を撫でる。
「……俺は、お前がお前であれば……それで、良い」
冷えた頬を撫でる温もりにクレアは目を伏せる。
(私は、あの日から変わってしまったかしら……)
その問いと答えは紡がれないまま、薔薇の香りを乗せた冷風が2人の間を吹き抜けていった。
●Special
演奏の大トリを飾るのは【S】の面々だった。
「この度はありがとうございます。兄から『行けなくて残念です。くれぐれも宜しく』と言伝を受けております。あの、ハーブ畑。後で見学させて下さい」
以前、依頼でフランツと縁があるエステル・クレティエ(ka3783)が2人の前で丁寧に礼をすると、フランツは破顔して頷いた。
「あぁ、元気そうで何よりだよ、エステル嬢」
「ふふふ。フラットがお世話になったうちの1人なのね? お会いできて嬉しいわ。明日もきっと晴れるから、ゆっくり見て回って行って頂戴」
カサンドラも嬉しそうに頷いた。
ルナ・レンフィールド(ka1565)もその後に続いて2人に笑顔で挨拶をした。
「チェンバロをお借りしても宜しいでしょうか?」
「勿論よ」
ステージ脇にセットされたチェンバロを慣らしで弾く。きちんと調律されていて、大切にされているのが伝わってくる。
(あなたの歌声を聞かせてね)
そう語りかけるようにその鍵盤の重みを楽しむ。
「人前での演奏に、共演か。少し緊張もするが、それ以上に心が躍るな」
鞍馬 真(ka5819)は持ち込んだ木製のフルートを取り出し、ポジションに着いた。
予めカサンドラに断りを入れて照明を落とし、代わりにテーブルの上に置かせて貰ったアロマキャンドルからは、柔らかな花の香りが漂い始める。
桃色や赤色の色ガラスを差し込んだランタンの火がゆらりゆらりと揺れる。
「カサンドラ夫人、フランツ伯、どうか想いが紡ぎ奏でる交響曲を楽しめます様に」
ステージの中央に立ったカフカ・ブラックウェル(ka0794)が優雅に一礼して、持参のハープを爪弾いた。
薔薇を愛するとある貴族の娘を謳ったハープの音が、その光と香りに乗って室内を満たす。
ポーン、と最後の音が爪弾かれ、暫しの余韻の後に、わぁと拍手が起こる。
拍手が鳴り止むと同時に、シャラン、シャラン、と巫女装束に身を包んだ七夜・真夕(ka3977)が神楽鈴を鳴らす。
やや高め下駄には鈴が仕込まれており、コツンと床を蹴れば、リン、と鳴った。
それに合わせて真がフルートを奏で、Uisca Amhran(ka0754)が春の歌を歌い始めた。
♪枯れた聖地に 今年は春の訪れ
さぁ踊ろう 巫女と一緒に
暖かな日 Spring☆time♪
先端に色を付けたLEDライトをUiscaが振れば、それを真似して村の子ども達が楽しげにそれを振った。
元々あいどる活動しているUiscaは緊張すること無くのびのびと歌い、それは頭上に冠したセイレーンエコーによって更に増幅され部屋の隅々にまで行き届く。
Uiscaの素晴らしいパフォーマンスと明るい春の歌に誰もが笑顔になり、拍手を贈る。
次にエステルと真、さらにカフカがそれぞれフルートで爽やかな夏の曲を披露する。
荒野の中で甦った小さな森、小さな希望。エステルが何時か鳥が集うようにと祈りを込めて音を奏でれば、それを真とカフカは伴奏という形でサポートする。
真夕が満天の星空と流れ星を神楽鈴を静かに揺らして表現する。
秋の曲はルナとカフカの連弾で。
チェンバロの鍵盤を押すと爪が弦を弾き、少しノスタルジックなビィンという音が次々に旋律を奏で始める。
舞う落ち葉と高く澄んだ空を高音、低音でそれぞれが優しく奏でると、誰もが静かにその演奏に聴き入っていた。
冬はルナのチェンバロソロ。船上から観た満天の星空の美しさを伝えようと、鍵盤の上を指を踊らせるように動かしていく。
最後は真夕が舞い降る雪を舞いと鈴で表現すると、そこには静謐な空気さえ感じられた。
「じゃぁ、ラスト行くよー!」
Uiscaが元気よく声を掛けると、一斉に6人は音を奏でだした。
音を楽しむ6人の演奏に誰もが身体を揺らし、リズムに乗る。
チェンバロでメインコードを弾くルナも時折アドリブを挟みながら、皆を煽る。
しゃんしゃんしゃらりんと軽やかに真夕が音に合わせて優雅に舞えば、フルートのエステルと真が柔らかな音色が華を添える。
流れるようにハープを演奏していたカフカが合図を出し、ついにアドリブ合奏がぴたりと終わった。
誰もがその余韻に浸って、シン……とサロンが静まりかえった。ただ、演奏者6人の荒い息づかいだけがサロンに響く。
パチパチパチと丁寧な拍手がカサンドラから発されると、サロンにいた全員が弾けたように次々と拍手を贈り始めた。
子どものようにはしゃぎながらカサンドラが何事かフランツに告げ、フランツも満足そうに拍手をしながら頷いている。
「カサンドラさん、今日は音楽会で演奏させていただき、ありがとうございます。私達にとっても戦いの合間の一時の癒しとなりました」
ステージから降りたUiscaは真っ先にカサンドラに挨拶に行くと、「こちらこそ有り難う」とカサンドラが満面の笑顔でUiscaと5人に礼を言った。
「こんなに沢山の方々が来てくれて、何て素敵な夜なんでしょう! ねぇ、フラット、貴方にお願いして本当に良かったわ」
カサンドラの声色は弾んでいて、村人達も彼女の言葉に大きく頷きながら口々に「ブラボー」「アンコール」と演奏した全員を讃えた。
その声を聞いて、デスドクロはギターを片手に豪快に笑って請け負う。
「なに気にするこたァねぇ。これもまた頂点に立つ者の務めだ」
アンコールの応えてデスドクロが再び弦を弾くと、わぁっと喜びの声が上がった。
●月下の演奏
「……良いんですか?」
ルア・アスキス(ka2985)が隣で拍手を贈るソアレ・M・グリーヴ(ka2984)に問う。
その視線の先にはソアレのフルートが入った楽器ケースがある。
「ぇ……皆様とてもお上手なんですもの。今夜は聞かせて頂く側で楽しませて頂きますの」
すっかり気後れしてしまっている様子のソアレを見て、ルアはティーカップを置いた。
「お嬢様、庭園には見事な薔薇が咲いているとか……一目見ませんか?」
宴もたけなわ……と言ったサロンの様子を見てルアが誘うと、ソアレは笑顔で頷いた。
庭園に誘われたものの、すぐにルアが何処かへと行ってしまい、寒空の下で心細くソアレは待ちぼうけしていた。
ところが、漸く帰ってきたルアの横にカサンドラの姿を見て、ソアレは驚いたものの、すぐにグリーヴ家の1人として恥ずかしくないよう、丁寧な作法でお辞儀をした。
「初めまして、マダム・クスター。ソアレ・M・グリーヴと申します。この度は素敵な音楽祭に立ち会わせて頂き、有り難うございます」
「初めまして、ミス・ソアレ・グリーヴ。……随分夜は冷えるようになったわね……それで、どんなお話があるのかしら?」
カサンドラの言葉にソアレが首を傾げると、ルアが置いてきたはずのフルートをソアレに差し出した。
ソアレはそれを戸惑いつつも受け取ると、覚悟を決めてカサンドラへと向き合った。
「あの、一曲だけ……この素敵な夜のお礼に聴いて頂けないでしょうか?」
「まぁ、何でしょう?」
ルアがカサンドラに椅子を勧めるのを見ながら、ソアレはグローブを外し、すっかり悴んだ指を呼気や自分の首筋で温め、フルートにそっと口づけた。
マダムに色とりどりの音が届きますように……想いを込めて丁寧に、静かでいてどこか暖かい音色を奏でた。
冴え冴えとした月明かりの下、晩秋の風が時折花弁と共に薔薇の香りを運んで行く。
寒さと緊張で指先が思うように動かないながらも懸命に吹ききって、ソアレは丁寧にお辞儀をした。
「優しい曲ね。とてもお上手なのだから、村のみんなにも聞かせてあげたかったわ」
カサンドラは拍手と共にそう賞賛すると、ルアが満足そうに大きく頷いた。
「俺のお嬢様は世界一です!」
「ルア!! ……すみません」
当然だと言わんばかりの断言をソアレが慌てて諫めて、カサンドラへ非礼を謝罪すると、ルアも慌てて「失礼しました」と頭を下げる。
そんな若い2人を見てカサンドラは楽しげに笑った。
部屋へ帰りましょうというカサンドラの提案に二人は頷いて、ルアはフルートをケースへとしまうとそれを持った。
「……本当に素敵な演奏でした……俺、ソアレの音がやっぱり1番好きだよ」
幼馴染みの顔に戻ったルアが、寄り添う犬と共に前を行くカサンドラに聞こえないようそっとソアレの耳元で告げる。
「!!」
勢いよく振り返ってルアを見れば、そこには優しい笑顔があって、ソアレは耳まで顔を真っ赤に染め上げながら言葉にならず口を戦慄かせる。
――そんな2人のやり取りを後ろにカサンドラは微笑むと、見ない振り、聞こえないふりをしながらサロンへと戻っていった。
白亜宮、と名付けられたその家は、確かに豪邸ではあった。
しかし、豪奢な装飾が付いているわけでも、壁や床が大理石や御影石という訳でも無かった。
ただ、白い漆喰で外壁を整えられた、大きな屋敷だった。
その屋敷の女主人であるカサンドラは、足元に寄り添う大型犬と共に訪れた村人やハンター達一人一人を出迎えていた。
「今日はお招き有り難うございます、カサンドラ夫人」
「此方で良質のハーブが育つとか。本業が薬師なもので、興味がありまして」
ジュード・エアハート(ka0410)とエアルドフリス(ka1856)の二人が揃ってカサンドラに挨拶をする。
「遠路遙々ようこそいらっしゃいませ。……ふふ、そうなの? なら明るくなってから村を見て回っていって下さいな。今ならまだセージの花がギリギリ咲いているんじゃ無いかしら? 今夜は楽しんで行って頂戴ね」
嬉しそうにカサンドラが答え、二人は一礼をして去って行く。
陽が落ちて、月が昇る頃。宴は村人達の素朴な演奏会から始まった。
子ども達が草笛と手作りの木琴で面白可笑しく演奏すれば、カサンドラは無邪気にそれを喜び褒めた。
またある村人が昔からこの地方に伝わる自然を讃える歌を歌い、それに合わせて小さな鐘と太鼓を鳴らしてリズムを取る。
一通り村人達の演奏が終わった後、ハンターの1番手はケイ・R・シュトルツェ(ka0242)。
「貴女に薔薇の想いが届きますように」
カサンドラに一礼して、ケイは伸びやかで透明感のある声に、想いを乗せて歌い始める。
月下の薔薇。正に恋焦がれても届かぬ想い。
魅惑的に着飾るも、気高い光の前には無意味。
薔薇の恋。月へと馳せる切なく甘く、焦がれる歌。
恋慕と届かぬ想い。それでも愛さずに居られない……
歌姫、という称号がふさわしい素晴らしいアカペラに、カサンドラは大きな拍手でその喜びを伝える。
「じゃ、次は俺様だな」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が漆黒のギターを片手にステージへと向かう。
「このデスドクロ様が新時代のミュージックを聞かせてやるよ。ギャラはこのワインってことで構わねぇ」
豪快に笑うデスドクロにカサンドラは「まぁ」と口元を抑えて笑う。
ポォン、と調弦しながら、デスドクロは「タイトルは『白亜宮』とでもすっか」と告げると、指を動かし始める。
「リアルブルーの曲なの? とても楽しみだわ」
聞いたことのない曲調にカサンドラが身を乗り出し、初めて聞くBossa Novaに耳を傾けた。
デスドクロはすぅ、と息を吸い込むと朗々と歌い始めた。
鶸色の光差す白亜の宮 淡く 淡く耀く
瓦智しんしんと降り注ぐ 天見上げれば白か黒
愉しみに待つのは 毎毎夜 そう決まって暮夜
鶸色の光差す白亜の宮 仄かに 仄かに染まる
その豪快な言動とは裏腹に、軽やかに甘く叙情的な歌声と演奏に誰もが静かに聞き入ったのだった。
●愛を乞う
歌い終えたケイは庭へと降りた。
一時強く吹いた風に前髪を抑えて、月光の下、美の終焉を魅せる薔薇を観る。
無意識に口から紡がれるのは薔薇への返歌と孤独な月の歌。
「孤独?」
なぜ、そう思ったのか。はらりと落ちた花弁を手に取り、月光に重ねる。
「……ねぇ、どんな気持ち?」
問う声に答えは無く、薔薇の香りと晩秋の風がただケイを包んだ。
「もしかしたらと思って来てみたけれど…ここにもあの子はいない…」
リン・フュラー(ka5869)は羽織の前をかき抱くように寄せて薔薇園へと足を運んでいた。
何故だか、ここになら探している妹がいるのでは無いか……そう思ったのだが、当てが外れてしまった。
もう咲き終わりだという大輪の薔薇の花は、強く甘い香りを放ちながら美しく咲き誇っている。
一緒に観られなかったことが残念でならず、リンは一人空を見上げた。
そこには美しい満月が煌々と夜を照らしている。
「……あの子も、どこかでこの月を見られているのかしら……」
そう呟いた時、小さな人影が薔薇の樹の向こうに見えた気がして、思わずリンは駆け寄った。
「あっ……!」
声を掛けようとして、それが妹では無く他人だと気付いて足を止めた。
シェリル・マイヤーズ(ka0509)は一人、月光で星が霞む空を見上げていた。
(満月より……新月の方が好き……)
星はシェリルにとって特別で、クリムゾンウェストに来てから星空を見上げるのが日課となっていた。
お父さんの星、お母さんの星と決めた二つを探して今日も夜空を見上げる。
(……闇に吸い込まれそう……怖い、のかな?)
そこに見えなくとも、星はあるのだと誰かが言っていたが、見えなければ不安になる。
以前ならそれでも皆の無事を祈ったりもしていたが、少しずつ『何の為に』祈っているのかが分からなくなってしまった。
ハンターになって依頼をこなし、人の闇に触れる度に心が哀しくなり、自分の闇が深まっていくような気がして――その闇に飲まれそうな気がして、シェリルは歩きながら、自分で自分を抱きしめた。
心沈む日は両親が抱きしめてくれた。今も、仲間と呼べる人達がいて、独りでは無い。でも。
「足りない」
しゃがみ込み呟いた言葉は目の前の薔薇の花だけが受け止めた。
「欲張りな……私……」
シェリルの為だけにあった温もりが、酷く恋しかった。
――その時、背後から足音が近付いて来て、シェリルの茶色の瞳とリンの緑の瞳が交わった。
「あの……えっと、ごめんなさい、人違いでした」
「……うん」
リンが頭を下げると、シェリルはどう答えたら良いのか分からず、とりあえず頷いた。
「えぇっと……寒いけど良い夜ですね。……風邪、引かないように気をつけて下さいね」
「……うん、ありがとう」
リンの言葉に、自分がまだ自分を強く抱きしめている事に気付いて、シェリルは腕をほどいた。
それじゃぁ、と去って行くリンの背中を見送って、シェリルも屋敷へと戻ろうと立ち上がり、再び歩き始めた。
東屋の傍でフライス=C=ホテンシア(ka4437)は外側の花弁が茶色く傷み、縮れている赤い薔薇の花を手折った。
薔薇園を満たす甘く華やかな香りが、手元の花からさらに強く感じてフライスは目を細める。
真っ青な薔薇は未だに見たことがないが、その花言葉は「奇跡」「神の祝福」と言われている。
一方で真っ赤な薔薇の花言葉は……『愛』。
思わず鼻で笑って、くしゃりと手の平の薔薇を握りつぶした。
愛される
ただ当たり前の幸せを受けている人間こそ
たった一度の不幸を嘆き、自分は不幸だと喚く
吐き気を催すほどの嫌悪が湧き上がるのを感じて、己の喉元を掴んだ。
全てを正したくなる
炎での裁きを
聖なる鉄槌を
いっそ、この薔薇園を炎で満たしたらさぞ綺麗だろうと想像し、自然と頬が緩むに任せる。
潰した花を、花弁一枚ずつ散らすようにはらはらと舞わせて、フライスは「綺麗だな」と目を細めた。
●音より花より団子
サロンの中では様々な音楽が鳴り止むこと無く演奏されていく。
「帝国がメシマズの代名詞とされるのは面白くない、が……ここの料理はシンプルだが美味いな。様々なハーブが絶妙に各料理を引き立てている」
ザレム・アズール(ka0878)はクリームチーズに何らかのドライハーブを混ぜた物にベーコンとタマネギの載ったピザを手に取り、このドライハーブは何だろうと味わう。
「この爽やかな香り……どこかで……」
記憶を辿るが、空回ってこれという物が出てこない。丁度料理を運んできた給仕係の女性を捕まえて問う事にした。
「あぁ、オレガノだよ。寒さに強いからこの辺でも良く取れる」
女性の言葉に、すっきりしたザレムは礼を言うと料理を平らげ、ハーブティのティーポットを持ってカサンドラとフランツの傍へと足を運んだ。
招待の礼を言いながら、二人にハーブティを振る舞うと、彼女は美味しそうにそれを飲んで微笑んだ。
「あら、貴方は紅茶を入れるのお上手なのね」
「ふむ、これは確かに美味いのぅ」
二人の言葉にザレムは丁寧に礼を告げる。
「ところでこちらではどのようなハーブが取れるのですか?」
「色々よ。最初はラベンダーとローズマリーから。少しずつ数を増やしていって、食用だけで無く薬用も作るようになって……今は50品目ぐらいかしら?」
「そんなに!?」
予想よりも多い数にザレムは驚きながら、この村の成り立ちなどの話しを詳しく聞こうと身を乗り出したのだった。
(……ふむ、美味い酒に……音楽か、たまにはこう言う場所も悪くは無いものだな)
薔薇園の見える窓際で1人グラスを傾けていた扼城(ka2836)の横に、艶やかな笑みを浮かべた女性が近付いた。
「あら、こないだのお兄さんやん。よかったら一緒にどない?」
「……前のワインとビールの時にも会ったな」
女が既知である白藤(ka3768)だとわかり、扼城は頷くと、白藤が軽く掲げたグラスに自分のグラスを軽く当てた。
チン、という涼やかで心地よい音が2人の耳に響く。
「あ、お兄さんそれ、食べたん? 美味しかった?」
「……あぁ。ワインに合う」
あーん。と口を開く白藤を見て、扼城は仕方が無い、という表情で甘辛い挽肉を香草で巻いた一口大のつまみを白藤の口へと入れてやる。
「……ん、美味しいなぁ。確かにワインに合うわ」
白藤はニコニコと微笑みながら、ゆっくりとワインを味わうように飲んだ。
「いろいろな世界のお酒が飲めるなんて楽しいてえぇなぁ。なぁ、扼城はどないなお酒が好きなん……?」
「そうだな……」
お酒そのものを特別な物として嗜んでいる事を伝えると、白藤は「そっかぁ」と笑う。
そして扼城の耳元に唇を寄せると、彼にだけ聞こえる程度の小声でそっと囁いた。
「このあと……二人で飲みなおさへん……?」
白藤の顔を見れば、それは淫靡な雰囲気……というよりは悪い遊びを誘うようないたずらっ子の光を宿していて。
扼城は肩を竦めて窓の外を見ながら、「旨い酒が飲めるなら」と了承の意を伝えたのだった。
●語らい
サロンから夜風に乗って届く様々な音楽を楽しみながら、アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はのんびりと薔薇園を探索しながら月光浴を楽しんでいた。
(家を離れてハンターになってカラは暫くご無沙汰カモ)
東屋の傍で、地面に赤い薔薇の花弁が散っているのを見て「オヤオヤ」としゃがみ込み、まだ潤いのあるビロードのような花弁を一つつまみ上げた。
「自分の庭でも誰かの庭でも、見るの好きダヨ。優しい気持ちが見えるカラネ」
アルヴィンの脳裏に昔住んでいた屋敷の情景が浮かぶ。
小さいけれどよく手入れされた庭。
庭師と一緒に手入れをし、季節の花を楽しみにしていたこと。
「仮にも貴族の嫡男がする事ではありません!」
従者が顔を真っ赤にしながらそう怒ったが、花は手をかけた分だけ綺麗に咲いて返してくれるのが嬉しくて、やめられなかった。
「懐かしいネ……」
アルヴィンは微笑み、咲き誇る薔薇一つにキスを落とすと東屋を後にした。
ジュードの足取りはステップを踏むように軽く。足元のベルを鳴らし、エアルドフリスの手を引いて薔薇園の小径を行く。
「そんなに急ぐと危ないよ」
自分に向かって微笑むエアルドフリスの顔をちらりと見て、ジュードはぐいぐいと東屋まで彼を引っ張っていく。
小さな東屋は、とても綺麗に手入れをされていた。
月明かり
咲き誇る大輪の薔薇
幽かに聞こえる音楽
晩秋の冷気と薔薇の芳香
言葉も無く向き合う2人の間には言葉以上の想いが交差して。
「今日の格好も似合ってる。薔薇の精みたいだな。寒くないかね?」
暫し見つめ合った後、寒がりなジュードのケープを直して……エアルドフリスはその肩口に額を乗せた。
その柔らかな金色の猫っ毛を指で梳くように優しく撫でながらジュードはそっと頬を寄せる。
「……温かいなあ」
エアルドフリスがどこか弱っている事にジュードは気付いていて、だからこそ今日こそは甘えて欲しいと思っていた。だから、肩口の重さを一瞬とは言え嬉しいとすら感じてしまったことを、心の中で小さく謝罪する。
(辺境のこと、部族のこと、色々重なって、相当しんどかったよね、不安も大きかったよね――でも)
「俺がいるよ」
もう1人じゃないよ――ジュードはエアルドフリスの後頭部を手の平で優しくぽんぽんと叩く。そして空いている左手は、ケープに添えられたままの両手にそっと重ねた。
「心配ばかりかけて、すまん」
ここで謝るのが彼らしくて、ジュードは思わず微笑む。
さて、これからさらに彼を甘やかす為にはどうしようかと思考を巡らし、薔薇の香りと愛しい雨の匂いを吸い込んだ。
月光の下咲き誇る薔薇を見つめてノイシュ・シャノーディン(ka4419)がうっとりとその表情を蕩けさせる。
今日は張り切っておしゃれをして来た。妖精の羽根をモチーフにしたショート丈のパーティドレスにふわふわのボレロ。
それなのに、と後ろを振り返れば、少しも気負うこと無くいつも通りのシャツにズボンのスフェン・エストレア(ka5876)がいる。
ぷぅ、とノイシュは頬を膨らませた。
「もー、スー君てばこんな時くらい正装してきなさいよ。ムードがないんだからっ」
「うっせーな。格好なんざ気にしてられっか」
スフェンは耳の穴に小指を入れて軽く耳掃除をしがてらノイシュの小言を聞き流す。
「ほら見ろノイシュ。月が綺麗だなぁ。音楽もいい」
「もー! 今度一緒に買いに行こ♪ ハイ決まり!」
強制的にそう決めつけて、跳ねるように庭園の小径を進むその後ろ姿は、銀の髪が月明かりに照らされて妖精の翅のようにスフェンには見えた。そういえば、こうやって二人きりで過ごすのも久しぶりな気がする。
庭園の奥でノイシュが胸元の高さに咲く薔薇の花を見つけ、そっとその花弁に指を這わせた。
「……私のコト、知りたい?」
ふふ、と微笑みながら上目使いでスフェンを見る。
「スー君には感謝してるの。あのままだったら私、多分此処にはいなかった」
「まあ、お前がどういう生い立ちか聞こうとも思わんが」
ノイシュの言葉に、スフェンは行き倒れているノイシュを拾ってから今日までの日々に想いを馳せる。
「……それよか女子と思って丁寧に扱ってたのに男だったことの方がショックでかいわ」
上目使いで自分を見つめるその表情には、下手な女子よりよっぽど色気がある……だが、男だ。
「……もー、スー君はすぐそういうこと言う」
「風が冷たくなってきたな。戻って酒でも飲むか」
むくれた表情から視線を逸らしてスフェンは屋敷の方へと足を向けた。
「もー、エスコートくらいしても罰は当たらないでしょっ? ほんと気が利かないんだからっ」
「ん? エスコートだぁ? お前男だろうが。俺は男にはキビシーんだ。ほら歩け」
ぎゅっと腕にしがみついてきたノイシュを、それでも振り払うようなことはせずにスフェンは歩く。
その不器用な優しさを感じながら、ノイシュは小さな薔薇のように微笑んだ。
「また、こんなところで……風邪をひくぞ」
幽かに聞こえるオルゴールの音を頼りに薔薇の小径を行けば、そこに漸く探し人の姿を見つけてツヴァイ=XXI(ka2418)は安堵と共に声を掛けた。
持ってきたマントを華奢な両肩に掛けると、振り返り微笑んだクレア=I(ka3020)の青い瞳と目が合った。
「……想い出してたの、昔のこと」
昔、と言われてツヴァイはクレアと出会った頃を想い出す。
クレアの母親に手を引かれ屋敷にやってきた彼女。
見知らぬ屋敷、環境に不安がって眠れないと泣いた夜にツヴァイが歌ってくれた子守唄。
その日から眠れない夜は、好きになった唄を聞きに彼の元へ。
最初は面倒だとすら思ったのに、歌をせがまれるうちに段々と特別になっていった。
幼い私は無邪気に笑って、何度も彼の元へ――
「ねえ、ツヴァイ」
オルゴールの蓋を閉じて、音を消して、想いを閉じ込める。
「私は、あの頃のように笑えているかしら……?」
真っ直ぐに見つめられ、ツヴァイもまた、見つめ返す。
「……さぁな。……俺は、記憶力が悪い」
伸ばした指先でそっとクレアの頬を撫でる。
「……俺は、お前がお前であれば……それで、良い」
冷えた頬を撫でる温もりにクレアは目を伏せる。
(私は、あの日から変わってしまったかしら……)
その問いと答えは紡がれないまま、薔薇の香りを乗せた冷風が2人の間を吹き抜けていった。
●Special
演奏の大トリを飾るのは【S】の面々だった。
「この度はありがとうございます。兄から『行けなくて残念です。くれぐれも宜しく』と言伝を受けております。あの、ハーブ畑。後で見学させて下さい」
以前、依頼でフランツと縁があるエステル・クレティエ(ka3783)が2人の前で丁寧に礼をすると、フランツは破顔して頷いた。
「あぁ、元気そうで何よりだよ、エステル嬢」
「ふふふ。フラットがお世話になったうちの1人なのね? お会いできて嬉しいわ。明日もきっと晴れるから、ゆっくり見て回って行って頂戴」
カサンドラも嬉しそうに頷いた。
ルナ・レンフィールド(ka1565)もその後に続いて2人に笑顔で挨拶をした。
「チェンバロをお借りしても宜しいでしょうか?」
「勿論よ」
ステージ脇にセットされたチェンバロを慣らしで弾く。きちんと調律されていて、大切にされているのが伝わってくる。
(あなたの歌声を聞かせてね)
そう語りかけるようにその鍵盤の重みを楽しむ。
「人前での演奏に、共演か。少し緊張もするが、それ以上に心が躍るな」
鞍馬 真(ka5819)は持ち込んだ木製のフルートを取り出し、ポジションに着いた。
予めカサンドラに断りを入れて照明を落とし、代わりにテーブルの上に置かせて貰ったアロマキャンドルからは、柔らかな花の香りが漂い始める。
桃色や赤色の色ガラスを差し込んだランタンの火がゆらりゆらりと揺れる。
「カサンドラ夫人、フランツ伯、どうか想いが紡ぎ奏でる交響曲を楽しめます様に」
ステージの中央に立ったカフカ・ブラックウェル(ka0794)が優雅に一礼して、持参のハープを爪弾いた。
薔薇を愛するとある貴族の娘を謳ったハープの音が、その光と香りに乗って室内を満たす。
ポーン、と最後の音が爪弾かれ、暫しの余韻の後に、わぁと拍手が起こる。
拍手が鳴り止むと同時に、シャラン、シャラン、と巫女装束に身を包んだ七夜・真夕(ka3977)が神楽鈴を鳴らす。
やや高め下駄には鈴が仕込まれており、コツンと床を蹴れば、リン、と鳴った。
それに合わせて真がフルートを奏で、Uisca Amhran(ka0754)が春の歌を歌い始めた。
♪枯れた聖地に 今年は春の訪れ
さぁ踊ろう 巫女と一緒に
暖かな日 Spring☆time♪
先端に色を付けたLEDライトをUiscaが振れば、それを真似して村の子ども達が楽しげにそれを振った。
元々あいどる活動しているUiscaは緊張すること無くのびのびと歌い、それは頭上に冠したセイレーンエコーによって更に増幅され部屋の隅々にまで行き届く。
Uiscaの素晴らしいパフォーマンスと明るい春の歌に誰もが笑顔になり、拍手を贈る。
次にエステルと真、さらにカフカがそれぞれフルートで爽やかな夏の曲を披露する。
荒野の中で甦った小さな森、小さな希望。エステルが何時か鳥が集うようにと祈りを込めて音を奏でれば、それを真とカフカは伴奏という形でサポートする。
真夕が満天の星空と流れ星を神楽鈴を静かに揺らして表現する。
秋の曲はルナとカフカの連弾で。
チェンバロの鍵盤を押すと爪が弦を弾き、少しノスタルジックなビィンという音が次々に旋律を奏で始める。
舞う落ち葉と高く澄んだ空を高音、低音でそれぞれが優しく奏でると、誰もが静かにその演奏に聴き入っていた。
冬はルナのチェンバロソロ。船上から観た満天の星空の美しさを伝えようと、鍵盤の上を指を踊らせるように動かしていく。
最後は真夕が舞い降る雪を舞いと鈴で表現すると、そこには静謐な空気さえ感じられた。
「じゃぁ、ラスト行くよー!」
Uiscaが元気よく声を掛けると、一斉に6人は音を奏でだした。
音を楽しむ6人の演奏に誰もが身体を揺らし、リズムに乗る。
チェンバロでメインコードを弾くルナも時折アドリブを挟みながら、皆を煽る。
しゃんしゃんしゃらりんと軽やかに真夕が音に合わせて優雅に舞えば、フルートのエステルと真が柔らかな音色が華を添える。
流れるようにハープを演奏していたカフカが合図を出し、ついにアドリブ合奏がぴたりと終わった。
誰もがその余韻に浸って、シン……とサロンが静まりかえった。ただ、演奏者6人の荒い息づかいだけがサロンに響く。
パチパチパチと丁寧な拍手がカサンドラから発されると、サロンにいた全員が弾けたように次々と拍手を贈り始めた。
子どものようにはしゃぎながらカサンドラが何事かフランツに告げ、フランツも満足そうに拍手をしながら頷いている。
「カサンドラさん、今日は音楽会で演奏させていただき、ありがとうございます。私達にとっても戦いの合間の一時の癒しとなりました」
ステージから降りたUiscaは真っ先にカサンドラに挨拶に行くと、「こちらこそ有り難う」とカサンドラが満面の笑顔でUiscaと5人に礼を言った。
「こんなに沢山の方々が来てくれて、何て素敵な夜なんでしょう! ねぇ、フラット、貴方にお願いして本当に良かったわ」
カサンドラの声色は弾んでいて、村人達も彼女の言葉に大きく頷きながら口々に「ブラボー」「アンコール」と演奏した全員を讃えた。
その声を聞いて、デスドクロはギターを片手に豪快に笑って請け負う。
「なに気にするこたァねぇ。これもまた頂点に立つ者の務めだ」
アンコールの応えてデスドクロが再び弦を弾くと、わぁっと喜びの声が上がった。
●月下の演奏
「……良いんですか?」
ルア・アスキス(ka2985)が隣で拍手を贈るソアレ・M・グリーヴ(ka2984)に問う。
その視線の先にはソアレのフルートが入った楽器ケースがある。
「ぇ……皆様とてもお上手なんですもの。今夜は聞かせて頂く側で楽しませて頂きますの」
すっかり気後れしてしまっている様子のソアレを見て、ルアはティーカップを置いた。
「お嬢様、庭園には見事な薔薇が咲いているとか……一目見ませんか?」
宴もたけなわ……と言ったサロンの様子を見てルアが誘うと、ソアレは笑顔で頷いた。
庭園に誘われたものの、すぐにルアが何処かへと行ってしまい、寒空の下で心細くソアレは待ちぼうけしていた。
ところが、漸く帰ってきたルアの横にカサンドラの姿を見て、ソアレは驚いたものの、すぐにグリーヴ家の1人として恥ずかしくないよう、丁寧な作法でお辞儀をした。
「初めまして、マダム・クスター。ソアレ・M・グリーヴと申します。この度は素敵な音楽祭に立ち会わせて頂き、有り難うございます」
「初めまして、ミス・ソアレ・グリーヴ。……随分夜は冷えるようになったわね……それで、どんなお話があるのかしら?」
カサンドラの言葉にソアレが首を傾げると、ルアが置いてきたはずのフルートをソアレに差し出した。
ソアレはそれを戸惑いつつも受け取ると、覚悟を決めてカサンドラへと向き合った。
「あの、一曲だけ……この素敵な夜のお礼に聴いて頂けないでしょうか?」
「まぁ、何でしょう?」
ルアがカサンドラに椅子を勧めるのを見ながら、ソアレはグローブを外し、すっかり悴んだ指を呼気や自分の首筋で温め、フルートにそっと口づけた。
マダムに色とりどりの音が届きますように……想いを込めて丁寧に、静かでいてどこか暖かい音色を奏でた。
冴え冴えとした月明かりの下、晩秋の風が時折花弁と共に薔薇の香りを運んで行く。
寒さと緊張で指先が思うように動かないながらも懸命に吹ききって、ソアレは丁寧にお辞儀をした。
「優しい曲ね。とてもお上手なのだから、村のみんなにも聞かせてあげたかったわ」
カサンドラは拍手と共にそう賞賛すると、ルアが満足そうに大きく頷いた。
「俺のお嬢様は世界一です!」
「ルア!! ……すみません」
当然だと言わんばかりの断言をソアレが慌てて諫めて、カサンドラへ非礼を謝罪すると、ルアも慌てて「失礼しました」と頭を下げる。
そんな若い2人を見てカサンドラは楽しげに笑った。
部屋へ帰りましょうというカサンドラの提案に二人は頷いて、ルアはフルートをケースへとしまうとそれを持った。
「……本当に素敵な演奏でした……俺、ソアレの音がやっぱり1番好きだよ」
幼馴染みの顔に戻ったルアが、寄り添う犬と共に前を行くカサンドラに聞こえないようそっとソアレの耳元で告げる。
「!!」
勢いよく振り返ってルアを見れば、そこには優しい笑顔があって、ソアレは耳まで顔を真っ赤に染め上げながら言葉にならず口を戦慄かせる。
――そんな2人のやり取りを後ろにカサンドラは微笑むと、見ない振り、聞こえないふりをしながらサロンへと戻っていった。
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【S】 PP相談卓 エステル・クレティエ(ka3783) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/12/15 20:26:59 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/24 21:16:12 |