ゲスト
(ka0000)
【深棲】帝国軍の優雅なる(笑)日常
マスター:稲田和夫

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/08/07 15:00
- 完成日
- 2014/08/18 15:33
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
バルトアンデルス城内執務室にて、カッテ・ウランゲル(kz0033)が差し出した書類に目を通し終えたヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)は口元だけを緩ませ、目を細めた。
「ふむ、各師団の中からの志願者だけで編成されたにしてはそれなりの規模になったな」
帝国が、つまりヴィルヘルミナが今回のワァーシン(狂気)の眷属による災禍に対してまさかの消極的姿勢を示しているのは既に知れ渡っている事実である。
そのことに納得出来ない者は、各地の師団兵の中にも多い。
近々、帝国からヴァリオスへ進軍が予定されている部隊は、そんな主戦派ともいうべき帝国兵士たちが、各師団から集まり、もともとヴァリオス防衛のために追加で派兵が決定していた第一師団の一部の戦力と合流して編成される混成部隊である。
既に、参加予定の兵士たちは帝国全土から、部隊の集結地点であるバルトアンデルス南東の自由都市同盟へと続く街道がある平原へと集結し野営を開始していた。
今、皇帝が裁可していたのはその遠征についての資料である。
「……ふむ、必要な物資は明日出発する輸送隊に届けさせるのか」
「はい。その出発と前後して、僕も現地へ向かいます」
「何故だ?」
特に驚いた様子も見せず、ヴィルヘルミナは問う。
「どんな理由があれ、帝国への疑念を抱いたままの兵士の方々を戦場に送るのは、帝国としてしてはいけないことです。だから、僕が直々に彼らとお話しします」
解釈によっては、姉の事を非難しているようにも聞こえるカッテの言葉。しかし、姉は笑みを崩さない。
「各師団からの有志――と言えば聞こえは良いが、それは寄せ集めであり連携や指揮系統に不安があるのではないか?」
「中枢となる第一師団からの人員には、このような事態に対処できる人材を兵長級から選出しています……彼らに直接指示を出しておきたい事もあるので」
ここで、皇帝は悪戯っぽく笑った。
「ところで、最近面白い噂を聞いたぞ。今回の騒ぎに乗じて旧体制派だか、盗賊団だか、亜人の群れだかが何事か企んでいるとか。さしずめ、今回の輸送体の運ぶ物資とか、仮にも皇子である皇帝代理人とかは、格好の作戦目標というのだろうな。うむ」
だが、カッテは穏やかに姉に向かって笑い返す。
「その噂については既に把握してます」
この少年が「把握」という表現をしたのであれば、それはその情報についてあらゆる角度からの精査と分析、対策までを終えているという意味になる。
「その上で、今回の案件については既に帝国ユニオンを通しています」
カッテが去った後の執務室にて、ヴィルヘルミナはふっと笑った。
「ふふふ……軍隊とはとにかく金と人のかかるモノだからね。そう、ハンターにもただ歪虚と戦場で会いまみえるだけが戦いではないということを学んでもらわなければな」
そういかにも大物ぶって呟き、紅茶を啜ったヴィルヘルミナだったが急につまらなそうな表情になり。
「にしても、本当に可愛くない弟だ。全く誰に似たのか……よーし、あんまり可愛くないから、姉さんまたリゼリオで頑張っちゃうぞー!」
まるごとルミナちゃんに続く!
「ふむ、各師団の中からの志願者だけで編成されたにしてはそれなりの規模になったな」
帝国が、つまりヴィルヘルミナが今回のワァーシン(狂気)の眷属による災禍に対してまさかの消極的姿勢を示しているのは既に知れ渡っている事実である。
そのことに納得出来ない者は、各地の師団兵の中にも多い。
近々、帝国からヴァリオスへ進軍が予定されている部隊は、そんな主戦派ともいうべき帝国兵士たちが、各師団から集まり、もともとヴァリオス防衛のために追加で派兵が決定していた第一師団の一部の戦力と合流して編成される混成部隊である。
既に、参加予定の兵士たちは帝国全土から、部隊の集結地点であるバルトアンデルス南東の自由都市同盟へと続く街道がある平原へと集結し野営を開始していた。
今、皇帝が裁可していたのはその遠征についての資料である。
「……ふむ、必要な物資は明日出発する輸送隊に届けさせるのか」
「はい。その出発と前後して、僕も現地へ向かいます」
「何故だ?」
特に驚いた様子も見せず、ヴィルヘルミナは問う。
「どんな理由があれ、帝国への疑念を抱いたままの兵士の方々を戦場に送るのは、帝国としてしてはいけないことです。だから、僕が直々に彼らとお話しします」
解釈によっては、姉の事を非難しているようにも聞こえるカッテの言葉。しかし、姉は笑みを崩さない。
「各師団からの有志――と言えば聞こえは良いが、それは寄せ集めであり連携や指揮系統に不安があるのではないか?」
「中枢となる第一師団からの人員には、このような事態に対処できる人材を兵長級から選出しています……彼らに直接指示を出しておきたい事もあるので」
ここで、皇帝は悪戯っぽく笑った。
「ところで、最近面白い噂を聞いたぞ。今回の騒ぎに乗じて旧体制派だか、盗賊団だか、亜人の群れだかが何事か企んでいるとか。さしずめ、今回の輸送体の運ぶ物資とか、仮にも皇子である皇帝代理人とかは、格好の作戦目標というのだろうな。うむ」
だが、カッテは穏やかに姉に向かって笑い返す。
「その噂については既に把握してます」
この少年が「把握」という表現をしたのであれば、それはその情報についてあらゆる角度からの精査と分析、対策までを終えているという意味になる。
「その上で、今回の案件については既に帝国ユニオンを通しています」
カッテが去った後の執務室にて、ヴィルヘルミナはふっと笑った。
「ふふふ……軍隊とはとにかく金と人のかかるモノだからね。そう、ハンターにもただ歪虚と戦場で会いまみえるだけが戦いではないということを学んでもらわなければな」
そういかにも大物ぶって呟き、紅茶を啜ったヴィルヘルミナだったが急につまらなそうな表情になり。
「にしても、本当に可愛くない弟だ。全く誰に似たのか……よーし、あんまり可愛くないから、姉さんまたリゼリオで頑張っちゃうぞー!」
まるごとルミナちゃんに続く!
リプレイ本文
バルトアンデルス郊外から、一路南東へ伸びる街道の出発点。そこは早朝にもかかわらず騒然としていた。
その様子をメトロノーム・ソングライト(ka1267)は只呆然と眺めていた。余りにも沢山の人。そして、荷馬車。其処には早朝の静かな時間を彩る筈の小鳥の声や、静かな空気は無く兵士たちの喧騒と、荷馬車の立てる砂埃が満ちていた。
「……私は、もっと静かな方が好きです」
「こういうの、苦手?」
マリーシュカ(ka2336)が、日傘の下から眩しそうに朝日を眺めつつ、相槌を打つ。
「軍隊は図体が大きいからいちいち大がかりよね。それにしても、こんな大所帯を襲撃なんて……複数の覚醒者なら可能かもしれないけど」
冗談めかして言うマリーシュカ。
「暑くなりそうね……日光の下を延々と歩き続けるって何の苦行かしら」
やがて――太陽が高く上りじわじわと気温が上昇し始めた頃、帝国兵のよく通る声が周囲に響いた。
「ハンターたちは五分以内に集合せよ。出発前の最終点呼を行う!」
●
午前十一時頃、輸送車隊はとある集落の付近を通過していた。街道沿いには集落の子供たちが並んで、輜重隊を眺める。軍事国家の人々にとっては珍しくはない筈の光景。しかし、この日は勝手が違っていた。
「いかに歴戦の勇士と言えど、食料無くして戦うことはできん! さあ兵士諸君!前線の兵士に食料を届けるぞ! 大王たるボクに続くのだ!」
ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)が隊列の戦闘で錫杖を振り上げ、景気付なのか勇ましい歌を歌っていた。更に、兵士の一部がこれに応じていたのだ。音程もへったくれもないが声だけは大きいディアドラの歌に合わせて野太い声や、ガチャガチャと騒々しいリズムが聞こえる。
正規の軍楽隊ではない。どら声を張り上げたり各々の武器を帝国兵士なら誰もが持っている盾に打ち付けたりして即席の音を出しているだけだ。
それでも――体を動かして声を出せば人間気分も変わる、ということか。
帝国の人々が今現在感じているだろう狂気の歪虚の侵攻に対する不安や、皇帝の不自然なほど煮え切らない態度に対する不満などからくる重苦しい雰囲気を多少は和らげたのか車列についてくる子供たちや少なくとも歌っている兵士たちには多少明るい表情が浮かびつつあった。
やがて、輸送車隊が小休止に入った頃には、には流石に歌声も止んでいた。
「ううむ……流石のボクもちょっと喉が枯れてしまったぞ……」
列の先頭でややグロッキー気味のディアドラにマリーシュカが苦笑する。
「まだ出発したばかりであんなに張り切らなくても良いでしょうに……」
「……軍隊たるもの何時何処で目撃されても勇ましく見えなければならん。例え虚勢であっても軍というのは誇りを持たねばならんのだ」
ぼそりと呟くディアドラ。
マリーシュカは感心したようにちょっと目を丸くしてジュースを差し出す。
「か、かたじけない!」
マリーシュカはそれをゴクゴクと飲み干すディアドラに目を細めていたが、ふと視線を感じ振り向く。
「あら」
列について来た数名の子供たちがじっとこちらを見ている。
マリーシュカは苦笑しつつ、子供たちを手招きした
「……足りるかしら?」
●
車列は昼の休息を取っていた。エテ(ka1888)はこの時とばかり、見晴らしの良い場所に立つ。
「これが帝国の風景かぁ……」
どこまでも広がる草原を、吹く風が波打たせる。遥か彼方には霞むようにして山脈が連なっていた。
「そういえば、『れーしょん』ていうのが出るんだっけ。どんなのだろう? 楽しみだなあ……」
うきうきするエテを待ち受けていたものとは――。
「お……お芋!?」
配給されたのは、ごろんとした文字通り茹でただけで皮も剥いていないじゃが芋。そして半分以上が脂と塩分だけで作られていそうなソーセージらしき肉塊。
「うぅ~!」
半泣きで、口をへの字に結ぶエテ。
「……帝国様の素晴らしいレーションに期待する方が間違いだってことだな」
その様子を横目で眺めていたテスカ・アルリーヴァ(ka2798)が投げやりな様子で呟く。
●
午後遅く。黄昏の陽光が帝国の平野を照らす時刻。輸送部隊は日が落ち切る前に少しでも距離を稼ごうと、もうひと頑張りとばかり行軍を続けていた。ここまで、何も輸送隊を危険に晒すような出来事は起こっていない。
「流石にこれだけの部隊に悪さしようとする者は居ないということか」
そう呟いたのは榊 兵庫(ka0010)。彼は今、本隊より少し先行して本隊が通過予定の林の中を哨戒していた。
「……だが、用心に越したことはない。この通り日も落ちて来た事だしな」
彼の言葉通り、太陽はほぼ地平線に沈んでいた。まして、林の中はほとんど薄暗く見通しもききにくい状況であった。
「……!」
そして、榊の耳が物音を捕える。同時に、彼の横の木立の間に何か黒い影がよぎった。
無言で薙刀の柄を握りしめる榊。しかし、次の瞬間、背後から黒い影が彼に躍りかかった!
「くっ!」
榊の薙刀が降られ。黒い影は弾き飛ばされる。だが、気がつけば地の底から響くような唸り声がそこかしこから聞こえて来た。
「囲まれただと……!」
そう榊が歯噛みした瞬間、突如眩い光が木々の影からこちらに飛び掛かろうとする野犬のような雑魔の群れを薄闇の中に浮かび上がらせた。
「もしやと思って来てみたのですが……間に合ってよかったです」
そうにっこりと笑うのはUisca Amhran(ka0754)。ことイスカ。彼女の持つスタッフが放つマテリアルの光こそが、榊を窮地から救った光だった。
落ち着きを取り戻した榊は薙刀を振るい、跳び掛かって来た一匹を真っ二つにする。その隙をにもう一匹が榊に飛び掛かろうとするがその、両者の間に素早くリュー・グランフェスト(ka2419)が割って入る。
「雑魔か……援護に入るっ!」
リューが素早く突き出したエストックは見事雑魔の目に突き刺さった。
「夜になればこっちのもの……この時間に私に挑んだことを後悔させてあげるわ」
イスカと共に駈けつけたマリーシュカは目を赤く輝かせ、凄絶に微笑むと巨大なクレイモアを構えた。
「命中率には自信あります! ……巻き添えもきっとないはず!」
ワンドを構えたエテが風の刃で群を牽制、それでも飛び掛かって来た雑魔を今度はメトロノームの放った石の弾丸が弾き飛ばす。
「……荷に手を出させる訳にはいきません」
決然と呟くメトロノーム。
こうして、林の中に潜んでいた雑魔たちは報告を受けた帝国軍本隊が駈けつける頃には全て倒されていた。
何人かの帝国兵は面白くなさそうな表情であったが、指揮官クラスの軍人は丁寧にハンターたちを労うのであった。
●
夜になり、輸送部隊は予定されていた地点に無事到着。つつがなく野営の準備を終えていた。
その宿営地の中をリューが歩き回っていた。
彼は後学のために野営の様子を見学して回っている訳である。
「軍事国家というのは伊達じゃない。練度はこういう所にも出るんだな……」
野営陣地の設営という、帝国軍にとっては日常に過ぎない行為も、リューにとっては驚きの連続であった。
宿営地に到達した部隊は即座にその役割ごとに班を作ると整然と作業に取り掛かかり、驚くほど短い時間で陣地を構築。
更に、その後も夜警や陣地内の警戒の当番を手早く準備させ、休む間もなく夕食の支度である。
以上の行動を、大人数が整然とこなす様はリューにとって圧巻であった。
リューはやがて宿営地の真ん中――食糧を積んだ馬車が止められている場所へ辿り着く。
そこでは、未だに兵士たちが荷の点検や整理に忙しく働いていた。
「これは、そっちの馬車に積み替えれば良いんだな?」
中にはハンターの姿も見え、その一人であるヴァイス(ka0364)は率先して重い荷を運んで忙しく立ち働いていた。
「腹が減っては戦は出来ぬ……戦争は兵の多さが優劣決めるけど、その維持は言うほど易しくない……か」
リューはかつて騎士であった自分の父親が言っていた言葉を思い出すのだった。
●
宿営地は、少しだけ周囲より高くなった丘を囲むようにして設営されている。その小高い丘の頂上にエテとテスカの姿があった。
「よく見えない……」
夜空を眺めていたエテが残念そうな声を上げる。
「ま、見えない星見だよな」
テスカはこの時のために持参したウィスキーをラッパ飲みし、とっておきの干し肉を摘まむ。
と、そこに闖入者が現れた、中年に差し掛かった筋骨逞しい帝国兵だ。
「飲むかい?」
瓶を振って見せるテスカ。
「これから夜警だ」
兵士は残念そうに笑う。基本的に帝国の人間は強い酒が好きなのだ。
「ま、俺もそのつもりだったがね」
「じゃ、じゃあ私も……」
テスカとエテも一緒になって見張りを始める。暫くすると夜風に乗って歌声が三人の耳に響いて来た。夜のように静かで心に染み入るような歌だ。声の主を視線で探した三人は、それが、丘の上に生えている木の下に佇むメトロノームの物である事に気付く。
「あ……ご迷惑でしたか……?」
申し訳なさそうにするメトロノーム。
「とんでもねえ。続けてくれ」
と兵士。
「上手いもんだな」
兵隊の様子に安心したのか、メトロノームは再び歌い出そうとする。
「俺も混ぜてくれよ」
と、ここでテスカはいつも持ち歩いている弦楽器を手に握ると即興でメトロノームの歌声に伴奏を付け始めた。
……こうして、小高い丘の上から宿営地に静かな曲が届けられた。ある者は思わず手を止めて聞き入り、またある者は煩わしそうにしながらも、やはり耳を傾けていた。
「……こういう旅も良いかな」
エテが呟いた時、僅かに開いた雲の隙間から星が見えた。
「帝国の行く末は良く見えるのかな?」
エテは空を見上げそう呟くのだった。
●
輸送部隊本隊が通っている街道と並行して走る旧道は、朽ち果てた石畳に蔦や雑草が多い茂り、また付近に丘や林も多く、全体的にうらぶれた雰囲気ではある。
だが、朝のこの時間は日の出に照らされどこか穏やかなひとの心を浮き立たさせる様相を見せていた。
ゆっくりと目を開けた蘇芳 和馬(ka0462)が身支度をしていると昨晩夜警についていたアティ(ka2729)が挨拶して来た。
「おはようございます。夜は、何事もありませんでした。怪我人もいないですし……順調ですね」
「カッテ様は?」
そう尋ねた和馬の眼に、野営地の真ん中に佇む一人の少女の姿が目に入った。その少女は複数の帝国兵士に囲まれ、長い燃えるような赤毛をたなびかせながら、書類の束に目を通し兵士たちの報告に頷いている――と、和馬はようやく気付いた。
直後、その長い髪をいつも通りリボンで纏め、マントを羽織った少女、ではなくカッテが和馬の方を振り向いて微笑んだ。
「おはようございます。どうか、なさいましたか?」
(……この物腰と“気”、陛下とは随分違うようだ。それにしても、こんな早朝から書類仕事とは……陛下が破天荒な武人であれば、カッテ様はその反対。几帳面な文人か)
多少、どぎまぎしながらも冷静にカッテのこと観察した和馬は、努めて冷静な声で応える。
「失礼いたしました……いえ、まるで真逆の様ですが、やはり『あの陛下』の弟君なのだな、と」
カッテはきょとんとしていたが、すぐに顎に指を当てると、くすりと笑う。
「……」
その様子をやや離れた所からじっと眺めているのはオウカ・レンヴォルト(ka0301)だ。
(昨日、始めて会った時にも思ったが女の子みたいに可愛い人だなー……ああ、でも目つきはやはり皇帝に似ているかもしれん……)
そう、呑気な事を考えるオウカであったが……
「た、隊長! あ、あのハンターは殿下に良からぬ視線を向けておりますが!?」
オウカの名誉のために述べておくなら、彼は射殺すような視線をカッテに向けているようにしか見えないものの、周囲を警戒しているのである。
隊長らしき兵士にもそれは解っているらしく、まあまあと部下を宥めて出発の準備にとりかかるよう促すのであった。
やがて、簡単な朝食の準備が整った。もともとハンターたちを含めても20人にも満たない小集団ということもあって、食事中の警戒に当たる班を除いて一行は車座で食べている。
「皇子おはようございます。ちと、質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
最初に口を開いたのは紫月・海斗(ka0788)だ。
「はい、なんでしょうか?」
カッテがにこやかに笑う。
「俺は仲間達と海を越える船や空を飛べる乗り物を探してるんですよ。皇子は聞いた事ないですかね? 伝承、噂、何でも良いんですが教えて頂けませんか」
カッテは少し考え込むような素振りを見せたが、直ぐに笑顔で答えた。
「ごめんなさい。不勉強で……」
「聞くところによると、帝国の技術は他国に比べて優れているっていう話ですが」
「錬魔院の事を仰りたいのですね? 確かに、それは否定しません。ですが、錬魔院の技術体系は貴方の望む方向とは少し違うかもしれませんよ」
カッテはあくまでも見る人の心を和ませるような笑みを崩さない。しかし、海斗は微妙に周囲の兵士たちの雰囲気が変わったのを感じていた。自分は想像していたよりもデリケートな話題に踏み込んでしまったのだろう。そう判断した海斗は、頭を掻きつつ冗談とも本気ともつかない言葉で会話を打ち切った。
「出来ればスポンサーになってくれれば最高ですがね。ま、何かあったらお願いしますよ」
「そうですね。実現すればとても素敵だと思います」
後は特に何事も無く、和気藹々と会話が弾む。
ハンターで、その会話に参加していないのはオウカだった。自分が参加して迷惑になってはいけないと遠慮しているらしい。
それでも、オウカは羨ましそうな視線をちらちらとそちらへ向ける。と、突然カッテが立ち上がり、ゆっくりとオウカの方へ歩いて来た。
「……」
内心動揺しまくるオウカだが、その外見はどっしりと落ち着いているように見える。
「よろしければ、オウカさんもこちらで一緒に食べませんか?」
そう言ってオウカを覗き込むようにして微笑むカッテ。
(ち、近いっ……)
内心動揺しまくりながらも、やっぱり表情がほとんど変わらないオウカであったが、とにかくも動揺しながら皆の集まっている方に向かう。
(なるほど……皇子はこういう方なんですね)
アティはそんなことを想う。
「あの革命を為した前皇帝の息子で、議会の皇帝代理人……騎士議会で消極的な姿勢を見せたつゥから、気にしちゃいたが――」
ロクス・カーディナー(ka0162)も、今の光景や先程の海斗との会話から皇子の人となりに感想を抱く。
「歴史で見りゃ豪放な皇帝だったが、その『裏』を、しっかり見て育ったンかね。案外先帝の人柄にもこういう部分があったのかもな――」
やがて、皇子の護衛も準備を整え、早々に目的地へ向かって先を急ぐ。兵士も、ハンターもそれなりには休めたのか元気よく歩を進める。
だが、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)だけが何故かげっそり消耗していた。
「大丈夫?」
心配そうなアティ。
「な、なんの……護衛も不寝番も殿下の為ならご褒美! それに、軍やイルリヒトの訓練ならばこれぐらい日常……」
「確かに、夜を徹しての作戦行動というのも状況によっては必要です。でも、普通野営の際の夜警というのは数時間ずつの交代でしっかりと休息を取るのが普通ですよ?」
とカッテ。
そう、アウレールは他の兵士からも夜警は交代で構わないと言われたのにもかかわらず無理矢理一人で徹夜をしてフラフラになっていたのだ。
「……そう、本当ならボクもまた入学し、父上のように軍で武勲を立てるべきなのに母上は何故お許しにならないのか、何故……!」
だが、アウレールは寝不足故カッテの話も良く耳に入らないのか、普段は心の奥にしまっているであろう不満を知らず知らずの内に吐き出していた。
「殿下……母上は、幾度問うても「何時か分かります」としかおっしゃらないのです……ハンターなど、素性の知れぬ流れ者の就く職ではないのか……ヴィルヘルミナ陛下はハンターを甚くお気に召しておいでと聞き及んでおりますが、真でしょうか!?」
「……そのくらいに、しておきましょう」
カッテがやや厳しい表情を見せる。言うまでもないが今この場には複数のハンターがいるのだ。
「しかし此度の騒動、軍を差し置いて何を……まさか地位向上の為、ハンターに戦功を?」
カッテがもう一度注意しようとした瞬間、偶々近くにいたロクスがゆっくりと口を挟んだ。
「確かにでけェ規模の戦いだが、帝国でも問題は山積みよ。国を疎かにゃ出来ねェ。誇りと誉れじゃ人は救えねェ、だろう? それなら流れ者だって使うのが筋じゃねえのか」
しかし、アウレールは最早ロクスにも答えなかった。ほとんど目を閉じ、寝ぼけた状態で歩いている。ハンターなら無理矢理歩くのも不可能ではないだろうが……。
「ま、貴族サマにも色々あるってことかね」
呟くロクス。カッテは唇に指を当てるとアウレールを一台だけある小型の馬車に乗せるよう配下に命じた。
「そう言えば、皇帝は芋好きだそうだが、こういうの食べたことあるか?」
ロクスはアウレールを一瞥した後、カッテに向かってポテチの袋を開けて見せる。首を傾げるカッテ。
「毒は入ってねえぜ?」
皇帝に食物を進めるハンターに、警備兵たちの注意が向いた事を感じながらロクスは冗談めかしてニヤリと笑う。
「心配なら一枚とって俺に食わせて……」
ロクスが言い終らない内に、カッテは手袋を口で咥えて外すと、ポテチを一枚取り出してぱりっ、と齧った。
そして、もう一枚をロクスの前に差し出す。
「はいっ。どうぞ」
くすりと悪戯っぽく笑うカッテ。
ロクスは何故か自分の頬が紅潮していくのを感じていた。
●
輸送部隊が出発してからは三日目。そして、カッテを護衛する小部隊が出発した翌日の朝。平原に設営された自由都市同盟へ派兵される部隊が待機している陣地は、騒がしい朝を迎えていた。
予定通りに輸送部隊とカッテたちが到着するのは間違いないということで、宿営地は早くも移動の準備で朝から帝国兵たちが動き回っていたのだ。
その帝国兵たちに混じっていても、全く違和感がないくらいてきぱきと動いているのはイェルバート(ka1772)だ。
彼は、予め部隊の人に柵の建て方やテントの組み方等を訊いておいたおかげで、スムーズに片づけを手伝う事も出来たのである。
「やっぱり手入れが行き届いていると、片付けも楽だね。爺ちゃんの言った通りだ。それにしても……帝国の噂を聞くに、歪虚っていう分かりやすい脅威が在っても、足並みを揃えるのは難しいのかなって思ってたけど……」
少なくとも、この場にいる兵士たちの統一された整然とした手際を見ているとイェルバートがまた違った感想を抱いた。やはり、帝国軍とはそれなりの秩序を力を持った集団なのだと。
「……前の革命のゴタゴタしてる時期に捨て子になった身としては、余計な混乱が起きないならその方が望ましいけど……」
どこか、遠い目をして呟くイェルバート。だが、この数日彼に色々と設営の事を教えてくれた兵士がご苦労様、と水を差しだすと彼はすぐにそれに笑顔で応じるのであった。
「さあ、今日は出発するのだから、朝はしっかりしたものを食べないといけませんね」
野営地に作られた即席の調理場で、兵士たちととともに食事の準備に当たっているのは日下 菜摘(ka0881)。リアルブルーでは新米の医師であった彼女は知識を総動員してこの三日間、部隊の食事に気を配って来たのだ。
残っている材料から少しでも美味しい料理を作ろうと焚火の前で汗だくである。
「やれやれ、これで芋ともお別れですわね。少しでも美味しくするために張り切っていきましょう」
菜摘を手伝うのはシェリア・プラティーン(ka1801)。
しかし、言葉とは裏腹に、この出発三日目の朝、彼女の心は不安に支配されていた。
「いよいよですのね……私の力はどこまで通用するのでしょう……」
日の側で動いている故に流れる汗を拭おうともせず、シェリアは呟く。と、そこでいきなりよく冷えた缶ジュースがシェリアの頬に押し当てられた。
「ひゃっ!?」
「よぅ、なにをしてるんだい?」
そう笑った犯人は音も無く近づいてきたティーア・ズィルバーン(ka0122)である。
「み、見てわかりませんの!? 」
シェリアは髪をかき上げて冷静さを装おうとする。
だが、ティーアはシェリアの不安を理解していた。
「ま、せいぜい張り切ってくれ。俺もやっと大きな戦いが迫って来てワクワクしているんだ」
「戦いが楽しみですの? 私は正直不安でなりませんわ……」
急に弱気な表情を見せるシェリア。
「不安がってもしょうがないだろう。戦いは臆したやつから蹴落とされてくもんだ」
「きゃあっ!?」
直後、いきなり胸元をつつかれ本日二度目の悲鳴を上げるシェリア。
咄嗟に平手打ちが飛ぶが、ティーアはそれを余裕で止めてしまう。
「なっ……」
「……嘘でもいいから自信を持ってろ。お前の冠する白金の名のもとにな」
そう言って、打って変わって優しい表情でシェリアの頭を撫でるティーア。
「と……当然ですわ! 狂気の歪虚なんて討ち滅して御覧に入れますの!」
そう言い返すとシェリアはぷいっとそっぽ向いて、猛然と手伝いに戻ったのだった。
「料理、楽しみにしてるぜ」
その背中に一声かけ、ティーアも立ち去るのであった。
●
食事が終わっても帝国兵たちは時間を無駄にしなかった。手の空いた者から訓練を始める。
「なるほど……人類の守護者……何かを護る為には、誰よりも強くなければいけないということは、理解しているみたいだねぇ」
その様子をじっと見つめながら呟くのはヒース・R・ウォーカー(ka0145)。
一方、オキクルミ(ka1947)はその訓練に参加しているのだが……
「ボクさ、テッポー撃つの苦手なんだよね。だから、今日はコツとかあったら教えてくれないかな? ねっ」
「あ、ああ……うむっ」
中身はともかく見た目はいたいけない少女にしか見えないオキクルミに迫られ、動揺しているのは、渋めではあるが同時に良い意味で朴訥な印象を受ける中年男性の帝国兵である。
「ねぇ、やっぱりおじさんも私たちハンターのこと、信用していないの?」
見つめられ更に動揺する兵士。
「い、いやそう言う訳では……」
「まぁしょうがないよね! ボクだって努力してるのに意中の人が他の子ばっかり気にかけてたらイヤだもん」
「……」
「それにしても、あのルミナちゃんが渋った兵を弟君が出す……国内の不穏分子でも燻り出したいのかな?」
「わ、私は一介の兵士だからな……」
「ま、政治とか知ったこっちゃな~い!」
完全に手玉に取られているように見える兵士を呆れたようにみるヒース。しかし、彼がただそれだけの男でないことは後々解る事であった。
●
「先生のおかげで助かりました。大事な闘いを前に、風邪など引いたままでは立つ瀬がありません」
「お役にたてて何よりです」
微笑む菜摘に兵士が礼を述べていた。この三日間というもの、彼女は問診などで兵士の体調把握に努めていた。その甲斐あって、この数日間風邪気味だったこの兵士は、彼女の助言で多少なりとも持ち直していたのだ。
「まだ、ハンター……嫌い?」
この光景を見ながら、シェリル・マイヤーズ(ka0509)は部隊の指揮官の一人に語りかけていた。
「誇りを傷つけるとか、無い……1人より2人がいいように、ああやって協力したら、被害も負担も減る……利用したらいい……お互い」
指揮官は煩わしそうに首を振るだけだ。それでもシェリルはめげない。
「それに……帝国は……人を守る……剣と盾……でしょ? 私もそうありたい……小娘でも、戦う意思は、負けない……でもいつか……信頼できる相棒に、なれたらいいね……だから……」
「すまないが、失礼する。そろそろカッテ閣下も到着される頃合いなのでな……大言を吐くなら、まずは生き残って見せることだ」
その言葉通り、陣営地内にまずはカッテの、続いて輸送部隊の到着を知らせる声が響き渡った。
●
「何事もないのは退屈とも言われますが、やはり、ごたごたは少ないに越した事はありませんね。休める時に休めたのは良かったです……」
慌ただしく動く兵士たちやハンターとは対照的に、上泉 澪(ka0518)はゆっくりと撤収が進む陣営地内を巡回していた。
勿論、万が一の襲撃に対する警戒は怠っていない。と、そんな彼女に一人の赤毛の少年が部隊の幕僚の居場所を尋ねて来た。
少年の年齢や兵士ともちがう外見からハンターの一人であろうと判断した澪は、何気無くその頭を撫でながら。
「こんなに幼いのに、偉いですね。その方なら、確かあちらの方にいらっしゃいましたよ?」
少年が頭を撫でられたとにちょっと驚きつつそれでも礼儀正しくお礼を述べた瞬間。
「あ、ごめんなさい!」
近くで、愛馬である吹雪の背から荷物を下していた夕影 風音(ka0275)は、小柄な赤毛の少年にぶつかってしまい咄嗟に謝った。
だが、少年はにっこりと笑って大事なかった旨を伝える。
「良かった……あ、汚れが……」
汚れたところを丁寧に拭き取る風音。それを終えると。
「大したこと無くて良かったわ。私は夕影 風音。あなたのお名前は?」
少年は、丁寧に自らのフルネームを名乗った。
その途端、澪の表情がさっと変わった。だが、澪が何か言おうとするのにも気付かず風音は平然と会話を続けた。
「カッテ君ね。そう、良い名前だわ。そうそう、ここはこれから荷物がたくさん来て危ないから、早く逃げた方がいいわよ」
「ありがとうございます。でも、その荷物を確認するのも僕の仕事なので」
にっこりと笑うと。足早に立ち去って行く赤い髪の少年。
「なら気をつけてね」
そう言うと、風音は大きな荷物に手をかける。
「ふんっ!」
気合を入れてその荷物を持ち上げた風音は颯爽と立ち去ろうとして、後ろからやけに焦った表情の澪に呼び止められる。
「……もしかして、気がつかなかったのですか?」
「え?」
きょとんとする風音に澪は思わず大声で。
「……今の方が、現皇帝の弟君だったんですよ……!」
青い顔で言う澪に、風音は蒼褪めて危うく荷物を落しそうになるのであった。
その後も、出すべき指示を次々と出し終え、足早に幕僚たちの末陣幕へ急ぐカッテ。その彼が詰まれた道具やら何やらで死角の多い一画に差し掛かった時、その背後から気配を完全に消したヒースが音も無く近づいてきた。
カッテの肩に手を伸ばそうとするヒース。だが、彼の手がカッテに触れる直前、その動きがピタリと止まった。
「フムン……」
ヒースが振り向くと、そこには先程オキクルミに良いようにあしらわれていた筈の兵士がじっと銃口を此方に向けていた。
「どういうつもりだったのか想像はつくが……こっちの立場もあるのでな」
頭を掻きながら銃口を下す兵士。
「……帝国兵は存外優秀、か。護られながら皇子が何を為すのか、興味深いねぇ」
そう呟いたヒースは、またもや気付く。すたすたと歩いていた筈のカッテがこちらを振り向き、いつものように首を傾げ、天使の様に微笑んでいるのを。
●
幕僚たちの陣幕のある一画に着いたカッテは二人のハンター、ヴァイスとイスカに呼び止められていた。
「皇子が、護衛にハンターを雇われたのは何故ですか? こんな少人数との交流で意味はあるとお考えなのですか?」
ヴァイスに続いてイスカも矢継ぎ早に質問を浴びせる。
「カッテさんは今回の狂気の眷属のこと、どう思います? カッテさんの意思は帝国の意思と取ってもいいんです?」
「順番に、お答えしますね」
カッテは微笑みを絶やさぬまま、続けた。
「歪虚については、様々な噂が飛び交っていますが僕達が戦わなければならない相手である、というのが全てです。そして、僕は『皇帝代理人』です。これでは質問の答えになっていませんか?」
思わず考え込んでしまうイスカ。
「それから、少人数と仰いますが今回の作戦に参加した兵士の数は輸送部隊と遠征部隊をあわせると相当な数になります。その全てとは言いませんが多くが、なんらかの形であなた方と交流しています。まずは、それが大切な事だと『僕は』思っています」
やはり考え込んでしまうヴァイスに一礼して陣幕へ入ろうとするカッテ。
その彼をようやく追いついたシェリルが呼び止めた。
「カッテ!」
顔見知りを見て、笑顔で挨拶を返そうと口を開くカッテ。その口にシェリルは素早く飴玉を放り込んだ。
「んっ……? あ、甘いです……」
「堅苦しい話……多そうだから……甘いもの……」
「こほんっ……ありがとうございます」
「……」
そのままシェリルは手をかざして、自分とカッテの身長を比べると、むぅと頬を膨らませた。
その様子に、くすりと笑うカッテ。
だが、次にシェリルの言った言葉に思わず目を丸くした。
「もう、友達でいい?」
「え……」
「閣下、お時間です」
カッテが何か言おうとした瞬間、幕僚から声がかかり、カッテはそちらに行かざるをえなくなった。
だが、去り際にシェリルを振り向いたカッテは確かにしっかりと、笑っていた。
「きっと……大丈夫だよね……」
シェリルは目を閉じ静かに呟く。
その後、輸送部隊とハンターたちはカッテと共に無事バルトアンデルスに帰還する。、遠征軍も自由都市同盟で作戦行動に入るのであった。
その様子をメトロノーム・ソングライト(ka1267)は只呆然と眺めていた。余りにも沢山の人。そして、荷馬車。其処には早朝の静かな時間を彩る筈の小鳥の声や、静かな空気は無く兵士たちの喧騒と、荷馬車の立てる砂埃が満ちていた。
「……私は、もっと静かな方が好きです」
「こういうの、苦手?」
マリーシュカ(ka2336)が、日傘の下から眩しそうに朝日を眺めつつ、相槌を打つ。
「軍隊は図体が大きいからいちいち大がかりよね。それにしても、こんな大所帯を襲撃なんて……複数の覚醒者なら可能かもしれないけど」
冗談めかして言うマリーシュカ。
「暑くなりそうね……日光の下を延々と歩き続けるって何の苦行かしら」
やがて――太陽が高く上りじわじわと気温が上昇し始めた頃、帝国兵のよく通る声が周囲に響いた。
「ハンターたちは五分以内に集合せよ。出発前の最終点呼を行う!」
●
午前十一時頃、輸送車隊はとある集落の付近を通過していた。街道沿いには集落の子供たちが並んで、輜重隊を眺める。軍事国家の人々にとっては珍しくはない筈の光景。しかし、この日は勝手が違っていた。
「いかに歴戦の勇士と言えど、食料無くして戦うことはできん! さあ兵士諸君!前線の兵士に食料を届けるぞ! 大王たるボクに続くのだ!」
ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)が隊列の戦闘で錫杖を振り上げ、景気付なのか勇ましい歌を歌っていた。更に、兵士の一部がこれに応じていたのだ。音程もへったくれもないが声だけは大きいディアドラの歌に合わせて野太い声や、ガチャガチャと騒々しいリズムが聞こえる。
正規の軍楽隊ではない。どら声を張り上げたり各々の武器を帝国兵士なら誰もが持っている盾に打ち付けたりして即席の音を出しているだけだ。
それでも――体を動かして声を出せば人間気分も変わる、ということか。
帝国の人々が今現在感じているだろう狂気の歪虚の侵攻に対する不安や、皇帝の不自然なほど煮え切らない態度に対する不満などからくる重苦しい雰囲気を多少は和らげたのか車列についてくる子供たちや少なくとも歌っている兵士たちには多少明るい表情が浮かびつつあった。
やがて、輸送車隊が小休止に入った頃には、には流石に歌声も止んでいた。
「ううむ……流石のボクもちょっと喉が枯れてしまったぞ……」
列の先頭でややグロッキー気味のディアドラにマリーシュカが苦笑する。
「まだ出発したばかりであんなに張り切らなくても良いでしょうに……」
「……軍隊たるもの何時何処で目撃されても勇ましく見えなければならん。例え虚勢であっても軍というのは誇りを持たねばならんのだ」
ぼそりと呟くディアドラ。
マリーシュカは感心したようにちょっと目を丸くしてジュースを差し出す。
「か、かたじけない!」
マリーシュカはそれをゴクゴクと飲み干すディアドラに目を細めていたが、ふと視線を感じ振り向く。
「あら」
列について来た数名の子供たちがじっとこちらを見ている。
マリーシュカは苦笑しつつ、子供たちを手招きした
「……足りるかしら?」
●
車列は昼の休息を取っていた。エテ(ka1888)はこの時とばかり、見晴らしの良い場所に立つ。
「これが帝国の風景かぁ……」
どこまでも広がる草原を、吹く風が波打たせる。遥か彼方には霞むようにして山脈が連なっていた。
「そういえば、『れーしょん』ていうのが出るんだっけ。どんなのだろう? 楽しみだなあ……」
うきうきするエテを待ち受けていたものとは――。
「お……お芋!?」
配給されたのは、ごろんとした文字通り茹でただけで皮も剥いていないじゃが芋。そして半分以上が脂と塩分だけで作られていそうなソーセージらしき肉塊。
「うぅ~!」
半泣きで、口をへの字に結ぶエテ。
「……帝国様の素晴らしいレーションに期待する方が間違いだってことだな」
その様子を横目で眺めていたテスカ・アルリーヴァ(ka2798)が投げやりな様子で呟く。
●
午後遅く。黄昏の陽光が帝国の平野を照らす時刻。輸送部隊は日が落ち切る前に少しでも距離を稼ごうと、もうひと頑張りとばかり行軍を続けていた。ここまで、何も輸送隊を危険に晒すような出来事は起こっていない。
「流石にこれだけの部隊に悪さしようとする者は居ないということか」
そう呟いたのは榊 兵庫(ka0010)。彼は今、本隊より少し先行して本隊が通過予定の林の中を哨戒していた。
「……だが、用心に越したことはない。この通り日も落ちて来た事だしな」
彼の言葉通り、太陽はほぼ地平線に沈んでいた。まして、林の中はほとんど薄暗く見通しもききにくい状況であった。
「……!」
そして、榊の耳が物音を捕える。同時に、彼の横の木立の間に何か黒い影がよぎった。
無言で薙刀の柄を握りしめる榊。しかし、次の瞬間、背後から黒い影が彼に躍りかかった!
「くっ!」
榊の薙刀が降られ。黒い影は弾き飛ばされる。だが、気がつけば地の底から響くような唸り声がそこかしこから聞こえて来た。
「囲まれただと……!」
そう榊が歯噛みした瞬間、突如眩い光が木々の影からこちらに飛び掛かろうとする野犬のような雑魔の群れを薄闇の中に浮かび上がらせた。
「もしやと思って来てみたのですが……間に合ってよかったです」
そうにっこりと笑うのはUisca Amhran(ka0754)。ことイスカ。彼女の持つスタッフが放つマテリアルの光こそが、榊を窮地から救った光だった。
落ち着きを取り戻した榊は薙刀を振るい、跳び掛かって来た一匹を真っ二つにする。その隙をにもう一匹が榊に飛び掛かろうとするがその、両者の間に素早くリュー・グランフェスト(ka2419)が割って入る。
「雑魔か……援護に入るっ!」
リューが素早く突き出したエストックは見事雑魔の目に突き刺さった。
「夜になればこっちのもの……この時間に私に挑んだことを後悔させてあげるわ」
イスカと共に駈けつけたマリーシュカは目を赤く輝かせ、凄絶に微笑むと巨大なクレイモアを構えた。
「命中率には自信あります! ……巻き添えもきっとないはず!」
ワンドを構えたエテが風の刃で群を牽制、それでも飛び掛かって来た雑魔を今度はメトロノームの放った石の弾丸が弾き飛ばす。
「……荷に手を出させる訳にはいきません」
決然と呟くメトロノーム。
こうして、林の中に潜んでいた雑魔たちは報告を受けた帝国軍本隊が駈けつける頃には全て倒されていた。
何人かの帝国兵は面白くなさそうな表情であったが、指揮官クラスの軍人は丁寧にハンターたちを労うのであった。
●
夜になり、輸送部隊は予定されていた地点に無事到着。つつがなく野営の準備を終えていた。
その宿営地の中をリューが歩き回っていた。
彼は後学のために野営の様子を見学して回っている訳である。
「軍事国家というのは伊達じゃない。練度はこういう所にも出るんだな……」
野営陣地の設営という、帝国軍にとっては日常に過ぎない行為も、リューにとっては驚きの連続であった。
宿営地に到達した部隊は即座にその役割ごとに班を作ると整然と作業に取り掛かかり、驚くほど短い時間で陣地を構築。
更に、その後も夜警や陣地内の警戒の当番を手早く準備させ、休む間もなく夕食の支度である。
以上の行動を、大人数が整然とこなす様はリューにとって圧巻であった。
リューはやがて宿営地の真ん中――食糧を積んだ馬車が止められている場所へ辿り着く。
そこでは、未だに兵士たちが荷の点検や整理に忙しく働いていた。
「これは、そっちの馬車に積み替えれば良いんだな?」
中にはハンターの姿も見え、その一人であるヴァイス(ka0364)は率先して重い荷を運んで忙しく立ち働いていた。
「腹が減っては戦は出来ぬ……戦争は兵の多さが優劣決めるけど、その維持は言うほど易しくない……か」
リューはかつて騎士であった自分の父親が言っていた言葉を思い出すのだった。
●
宿営地は、少しだけ周囲より高くなった丘を囲むようにして設営されている。その小高い丘の頂上にエテとテスカの姿があった。
「よく見えない……」
夜空を眺めていたエテが残念そうな声を上げる。
「ま、見えない星見だよな」
テスカはこの時のために持参したウィスキーをラッパ飲みし、とっておきの干し肉を摘まむ。
と、そこに闖入者が現れた、中年に差し掛かった筋骨逞しい帝国兵だ。
「飲むかい?」
瓶を振って見せるテスカ。
「これから夜警だ」
兵士は残念そうに笑う。基本的に帝国の人間は強い酒が好きなのだ。
「ま、俺もそのつもりだったがね」
「じゃ、じゃあ私も……」
テスカとエテも一緒になって見張りを始める。暫くすると夜風に乗って歌声が三人の耳に響いて来た。夜のように静かで心に染み入るような歌だ。声の主を視線で探した三人は、それが、丘の上に生えている木の下に佇むメトロノームの物である事に気付く。
「あ……ご迷惑でしたか……?」
申し訳なさそうにするメトロノーム。
「とんでもねえ。続けてくれ」
と兵士。
「上手いもんだな」
兵隊の様子に安心したのか、メトロノームは再び歌い出そうとする。
「俺も混ぜてくれよ」
と、ここでテスカはいつも持ち歩いている弦楽器を手に握ると即興でメトロノームの歌声に伴奏を付け始めた。
……こうして、小高い丘の上から宿営地に静かな曲が届けられた。ある者は思わず手を止めて聞き入り、またある者は煩わしそうにしながらも、やはり耳を傾けていた。
「……こういう旅も良いかな」
エテが呟いた時、僅かに開いた雲の隙間から星が見えた。
「帝国の行く末は良く見えるのかな?」
エテは空を見上げそう呟くのだった。
●
輸送部隊本隊が通っている街道と並行して走る旧道は、朽ち果てた石畳に蔦や雑草が多い茂り、また付近に丘や林も多く、全体的にうらぶれた雰囲気ではある。
だが、朝のこの時間は日の出に照らされどこか穏やかなひとの心を浮き立たさせる様相を見せていた。
ゆっくりと目を開けた蘇芳 和馬(ka0462)が身支度をしていると昨晩夜警についていたアティ(ka2729)が挨拶して来た。
「おはようございます。夜は、何事もありませんでした。怪我人もいないですし……順調ですね」
「カッテ様は?」
そう尋ねた和馬の眼に、野営地の真ん中に佇む一人の少女の姿が目に入った。その少女は複数の帝国兵士に囲まれ、長い燃えるような赤毛をたなびかせながら、書類の束に目を通し兵士たちの報告に頷いている――と、和馬はようやく気付いた。
直後、その長い髪をいつも通りリボンで纏め、マントを羽織った少女、ではなくカッテが和馬の方を振り向いて微笑んだ。
「おはようございます。どうか、なさいましたか?」
(……この物腰と“気”、陛下とは随分違うようだ。それにしても、こんな早朝から書類仕事とは……陛下が破天荒な武人であれば、カッテ様はその反対。几帳面な文人か)
多少、どぎまぎしながらも冷静にカッテのこと観察した和馬は、努めて冷静な声で応える。
「失礼いたしました……いえ、まるで真逆の様ですが、やはり『あの陛下』の弟君なのだな、と」
カッテはきょとんとしていたが、すぐに顎に指を当てると、くすりと笑う。
「……」
その様子をやや離れた所からじっと眺めているのはオウカ・レンヴォルト(ka0301)だ。
(昨日、始めて会った時にも思ったが女の子みたいに可愛い人だなー……ああ、でも目つきはやはり皇帝に似ているかもしれん……)
そう、呑気な事を考えるオウカであったが……
「た、隊長! あ、あのハンターは殿下に良からぬ視線を向けておりますが!?」
オウカの名誉のために述べておくなら、彼は射殺すような視線をカッテに向けているようにしか見えないものの、周囲を警戒しているのである。
隊長らしき兵士にもそれは解っているらしく、まあまあと部下を宥めて出発の準備にとりかかるよう促すのであった。
やがて、簡単な朝食の準備が整った。もともとハンターたちを含めても20人にも満たない小集団ということもあって、食事中の警戒に当たる班を除いて一行は車座で食べている。
「皇子おはようございます。ちと、質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
最初に口を開いたのは紫月・海斗(ka0788)だ。
「はい、なんでしょうか?」
カッテがにこやかに笑う。
「俺は仲間達と海を越える船や空を飛べる乗り物を探してるんですよ。皇子は聞いた事ないですかね? 伝承、噂、何でも良いんですが教えて頂けませんか」
カッテは少し考え込むような素振りを見せたが、直ぐに笑顔で答えた。
「ごめんなさい。不勉強で……」
「聞くところによると、帝国の技術は他国に比べて優れているっていう話ですが」
「錬魔院の事を仰りたいのですね? 確かに、それは否定しません。ですが、錬魔院の技術体系は貴方の望む方向とは少し違うかもしれませんよ」
カッテはあくまでも見る人の心を和ませるような笑みを崩さない。しかし、海斗は微妙に周囲の兵士たちの雰囲気が変わったのを感じていた。自分は想像していたよりもデリケートな話題に踏み込んでしまったのだろう。そう判断した海斗は、頭を掻きつつ冗談とも本気ともつかない言葉で会話を打ち切った。
「出来ればスポンサーになってくれれば最高ですがね。ま、何かあったらお願いしますよ」
「そうですね。実現すればとても素敵だと思います」
後は特に何事も無く、和気藹々と会話が弾む。
ハンターで、その会話に参加していないのはオウカだった。自分が参加して迷惑になってはいけないと遠慮しているらしい。
それでも、オウカは羨ましそうな視線をちらちらとそちらへ向ける。と、突然カッテが立ち上がり、ゆっくりとオウカの方へ歩いて来た。
「……」
内心動揺しまくるオウカだが、その外見はどっしりと落ち着いているように見える。
「よろしければ、オウカさんもこちらで一緒に食べませんか?」
そう言ってオウカを覗き込むようにして微笑むカッテ。
(ち、近いっ……)
内心動揺しまくりながらも、やっぱり表情がほとんど変わらないオウカであったが、とにかくも動揺しながら皆の集まっている方に向かう。
(なるほど……皇子はこういう方なんですね)
アティはそんなことを想う。
「あの革命を為した前皇帝の息子で、議会の皇帝代理人……騎士議会で消極的な姿勢を見せたつゥから、気にしちゃいたが――」
ロクス・カーディナー(ka0162)も、今の光景や先程の海斗との会話から皇子の人となりに感想を抱く。
「歴史で見りゃ豪放な皇帝だったが、その『裏』を、しっかり見て育ったンかね。案外先帝の人柄にもこういう部分があったのかもな――」
やがて、皇子の護衛も準備を整え、早々に目的地へ向かって先を急ぐ。兵士も、ハンターもそれなりには休めたのか元気よく歩を進める。
だが、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)だけが何故かげっそり消耗していた。
「大丈夫?」
心配そうなアティ。
「な、なんの……護衛も不寝番も殿下の為ならご褒美! それに、軍やイルリヒトの訓練ならばこれぐらい日常……」
「確かに、夜を徹しての作戦行動というのも状況によっては必要です。でも、普通野営の際の夜警というのは数時間ずつの交代でしっかりと休息を取るのが普通ですよ?」
とカッテ。
そう、アウレールは他の兵士からも夜警は交代で構わないと言われたのにもかかわらず無理矢理一人で徹夜をしてフラフラになっていたのだ。
「……そう、本当ならボクもまた入学し、父上のように軍で武勲を立てるべきなのに母上は何故お許しにならないのか、何故……!」
だが、アウレールは寝不足故カッテの話も良く耳に入らないのか、普段は心の奥にしまっているであろう不満を知らず知らずの内に吐き出していた。
「殿下……母上は、幾度問うても「何時か分かります」としかおっしゃらないのです……ハンターなど、素性の知れぬ流れ者の就く職ではないのか……ヴィルヘルミナ陛下はハンターを甚くお気に召しておいでと聞き及んでおりますが、真でしょうか!?」
「……そのくらいに、しておきましょう」
カッテがやや厳しい表情を見せる。言うまでもないが今この場には複数のハンターがいるのだ。
「しかし此度の騒動、軍を差し置いて何を……まさか地位向上の為、ハンターに戦功を?」
カッテがもう一度注意しようとした瞬間、偶々近くにいたロクスがゆっくりと口を挟んだ。
「確かにでけェ規模の戦いだが、帝国でも問題は山積みよ。国を疎かにゃ出来ねェ。誇りと誉れじゃ人は救えねェ、だろう? それなら流れ者だって使うのが筋じゃねえのか」
しかし、アウレールは最早ロクスにも答えなかった。ほとんど目を閉じ、寝ぼけた状態で歩いている。ハンターなら無理矢理歩くのも不可能ではないだろうが……。
「ま、貴族サマにも色々あるってことかね」
呟くロクス。カッテは唇に指を当てるとアウレールを一台だけある小型の馬車に乗せるよう配下に命じた。
「そう言えば、皇帝は芋好きだそうだが、こういうの食べたことあるか?」
ロクスはアウレールを一瞥した後、カッテに向かってポテチの袋を開けて見せる。首を傾げるカッテ。
「毒は入ってねえぜ?」
皇帝に食物を進めるハンターに、警備兵たちの注意が向いた事を感じながらロクスは冗談めかしてニヤリと笑う。
「心配なら一枚とって俺に食わせて……」
ロクスが言い終らない内に、カッテは手袋を口で咥えて外すと、ポテチを一枚取り出してぱりっ、と齧った。
そして、もう一枚をロクスの前に差し出す。
「はいっ。どうぞ」
くすりと悪戯っぽく笑うカッテ。
ロクスは何故か自分の頬が紅潮していくのを感じていた。
●
輸送部隊が出発してからは三日目。そして、カッテを護衛する小部隊が出発した翌日の朝。平原に設営された自由都市同盟へ派兵される部隊が待機している陣地は、騒がしい朝を迎えていた。
予定通りに輸送部隊とカッテたちが到着するのは間違いないということで、宿営地は早くも移動の準備で朝から帝国兵たちが動き回っていたのだ。
その帝国兵たちに混じっていても、全く違和感がないくらいてきぱきと動いているのはイェルバート(ka1772)だ。
彼は、予め部隊の人に柵の建て方やテントの組み方等を訊いておいたおかげで、スムーズに片づけを手伝う事も出来たのである。
「やっぱり手入れが行き届いていると、片付けも楽だね。爺ちゃんの言った通りだ。それにしても……帝国の噂を聞くに、歪虚っていう分かりやすい脅威が在っても、足並みを揃えるのは難しいのかなって思ってたけど……」
少なくとも、この場にいる兵士たちの統一された整然とした手際を見ているとイェルバートがまた違った感想を抱いた。やはり、帝国軍とはそれなりの秩序を力を持った集団なのだと。
「……前の革命のゴタゴタしてる時期に捨て子になった身としては、余計な混乱が起きないならその方が望ましいけど……」
どこか、遠い目をして呟くイェルバート。だが、この数日彼に色々と設営の事を教えてくれた兵士がご苦労様、と水を差しだすと彼はすぐにそれに笑顔で応じるのであった。
「さあ、今日は出発するのだから、朝はしっかりしたものを食べないといけませんね」
野営地に作られた即席の調理場で、兵士たちととともに食事の準備に当たっているのは日下 菜摘(ka0881)。リアルブルーでは新米の医師であった彼女は知識を総動員してこの三日間、部隊の食事に気を配って来たのだ。
残っている材料から少しでも美味しい料理を作ろうと焚火の前で汗だくである。
「やれやれ、これで芋ともお別れですわね。少しでも美味しくするために張り切っていきましょう」
菜摘を手伝うのはシェリア・プラティーン(ka1801)。
しかし、言葉とは裏腹に、この出発三日目の朝、彼女の心は不安に支配されていた。
「いよいよですのね……私の力はどこまで通用するのでしょう……」
日の側で動いている故に流れる汗を拭おうともせず、シェリアは呟く。と、そこでいきなりよく冷えた缶ジュースがシェリアの頬に押し当てられた。
「ひゃっ!?」
「よぅ、なにをしてるんだい?」
そう笑った犯人は音も無く近づいてきたティーア・ズィルバーン(ka0122)である。
「み、見てわかりませんの!? 」
シェリアは髪をかき上げて冷静さを装おうとする。
だが、ティーアはシェリアの不安を理解していた。
「ま、せいぜい張り切ってくれ。俺もやっと大きな戦いが迫って来てワクワクしているんだ」
「戦いが楽しみですの? 私は正直不安でなりませんわ……」
急に弱気な表情を見せるシェリア。
「不安がってもしょうがないだろう。戦いは臆したやつから蹴落とされてくもんだ」
「きゃあっ!?」
直後、いきなり胸元をつつかれ本日二度目の悲鳴を上げるシェリア。
咄嗟に平手打ちが飛ぶが、ティーアはそれを余裕で止めてしまう。
「なっ……」
「……嘘でもいいから自信を持ってろ。お前の冠する白金の名のもとにな」
そう言って、打って変わって優しい表情でシェリアの頭を撫でるティーア。
「と……当然ですわ! 狂気の歪虚なんて討ち滅して御覧に入れますの!」
そう言い返すとシェリアはぷいっとそっぽ向いて、猛然と手伝いに戻ったのだった。
「料理、楽しみにしてるぜ」
その背中に一声かけ、ティーアも立ち去るのであった。
●
食事が終わっても帝国兵たちは時間を無駄にしなかった。手の空いた者から訓練を始める。
「なるほど……人類の守護者……何かを護る為には、誰よりも強くなければいけないということは、理解しているみたいだねぇ」
その様子をじっと見つめながら呟くのはヒース・R・ウォーカー(ka0145)。
一方、オキクルミ(ka1947)はその訓練に参加しているのだが……
「ボクさ、テッポー撃つの苦手なんだよね。だから、今日はコツとかあったら教えてくれないかな? ねっ」
「あ、ああ……うむっ」
中身はともかく見た目はいたいけない少女にしか見えないオキクルミに迫られ、動揺しているのは、渋めではあるが同時に良い意味で朴訥な印象を受ける中年男性の帝国兵である。
「ねぇ、やっぱりおじさんも私たちハンターのこと、信用していないの?」
見つめられ更に動揺する兵士。
「い、いやそう言う訳では……」
「まぁしょうがないよね! ボクだって努力してるのに意中の人が他の子ばっかり気にかけてたらイヤだもん」
「……」
「それにしても、あのルミナちゃんが渋った兵を弟君が出す……国内の不穏分子でも燻り出したいのかな?」
「わ、私は一介の兵士だからな……」
「ま、政治とか知ったこっちゃな~い!」
完全に手玉に取られているように見える兵士を呆れたようにみるヒース。しかし、彼がただそれだけの男でないことは後々解る事であった。
●
「先生のおかげで助かりました。大事な闘いを前に、風邪など引いたままでは立つ瀬がありません」
「お役にたてて何よりです」
微笑む菜摘に兵士が礼を述べていた。この三日間というもの、彼女は問診などで兵士の体調把握に努めていた。その甲斐あって、この数日間風邪気味だったこの兵士は、彼女の助言で多少なりとも持ち直していたのだ。
「まだ、ハンター……嫌い?」
この光景を見ながら、シェリル・マイヤーズ(ka0509)は部隊の指揮官の一人に語りかけていた。
「誇りを傷つけるとか、無い……1人より2人がいいように、ああやって協力したら、被害も負担も減る……利用したらいい……お互い」
指揮官は煩わしそうに首を振るだけだ。それでもシェリルはめげない。
「それに……帝国は……人を守る……剣と盾……でしょ? 私もそうありたい……小娘でも、戦う意思は、負けない……でもいつか……信頼できる相棒に、なれたらいいね……だから……」
「すまないが、失礼する。そろそろカッテ閣下も到着される頃合いなのでな……大言を吐くなら、まずは生き残って見せることだ」
その言葉通り、陣営地内にまずはカッテの、続いて輸送部隊の到着を知らせる声が響き渡った。
●
「何事もないのは退屈とも言われますが、やはり、ごたごたは少ないに越した事はありませんね。休める時に休めたのは良かったです……」
慌ただしく動く兵士たちやハンターとは対照的に、上泉 澪(ka0518)はゆっくりと撤収が進む陣営地内を巡回していた。
勿論、万が一の襲撃に対する警戒は怠っていない。と、そんな彼女に一人の赤毛の少年が部隊の幕僚の居場所を尋ねて来た。
少年の年齢や兵士ともちがう外見からハンターの一人であろうと判断した澪は、何気無くその頭を撫でながら。
「こんなに幼いのに、偉いですね。その方なら、確かあちらの方にいらっしゃいましたよ?」
少年が頭を撫でられたとにちょっと驚きつつそれでも礼儀正しくお礼を述べた瞬間。
「あ、ごめんなさい!」
近くで、愛馬である吹雪の背から荷物を下していた夕影 風音(ka0275)は、小柄な赤毛の少年にぶつかってしまい咄嗟に謝った。
だが、少年はにっこりと笑って大事なかった旨を伝える。
「良かった……あ、汚れが……」
汚れたところを丁寧に拭き取る風音。それを終えると。
「大したこと無くて良かったわ。私は夕影 風音。あなたのお名前は?」
少年は、丁寧に自らのフルネームを名乗った。
その途端、澪の表情がさっと変わった。だが、澪が何か言おうとするのにも気付かず風音は平然と会話を続けた。
「カッテ君ね。そう、良い名前だわ。そうそう、ここはこれから荷物がたくさん来て危ないから、早く逃げた方がいいわよ」
「ありがとうございます。でも、その荷物を確認するのも僕の仕事なので」
にっこりと笑うと。足早に立ち去って行く赤い髪の少年。
「なら気をつけてね」
そう言うと、風音は大きな荷物に手をかける。
「ふんっ!」
気合を入れてその荷物を持ち上げた風音は颯爽と立ち去ろうとして、後ろからやけに焦った表情の澪に呼び止められる。
「……もしかして、気がつかなかったのですか?」
「え?」
きょとんとする風音に澪は思わず大声で。
「……今の方が、現皇帝の弟君だったんですよ……!」
青い顔で言う澪に、風音は蒼褪めて危うく荷物を落しそうになるのであった。
その後も、出すべき指示を次々と出し終え、足早に幕僚たちの末陣幕へ急ぐカッテ。その彼が詰まれた道具やら何やらで死角の多い一画に差し掛かった時、その背後から気配を完全に消したヒースが音も無く近づいてきた。
カッテの肩に手を伸ばそうとするヒース。だが、彼の手がカッテに触れる直前、その動きがピタリと止まった。
「フムン……」
ヒースが振り向くと、そこには先程オキクルミに良いようにあしらわれていた筈の兵士がじっと銃口を此方に向けていた。
「どういうつもりだったのか想像はつくが……こっちの立場もあるのでな」
頭を掻きながら銃口を下す兵士。
「……帝国兵は存外優秀、か。護られながら皇子が何を為すのか、興味深いねぇ」
そう呟いたヒースは、またもや気付く。すたすたと歩いていた筈のカッテがこちらを振り向き、いつものように首を傾げ、天使の様に微笑んでいるのを。
●
幕僚たちの陣幕のある一画に着いたカッテは二人のハンター、ヴァイスとイスカに呼び止められていた。
「皇子が、護衛にハンターを雇われたのは何故ですか? こんな少人数との交流で意味はあるとお考えなのですか?」
ヴァイスに続いてイスカも矢継ぎ早に質問を浴びせる。
「カッテさんは今回の狂気の眷属のこと、どう思います? カッテさんの意思は帝国の意思と取ってもいいんです?」
「順番に、お答えしますね」
カッテは微笑みを絶やさぬまま、続けた。
「歪虚については、様々な噂が飛び交っていますが僕達が戦わなければならない相手である、というのが全てです。そして、僕は『皇帝代理人』です。これでは質問の答えになっていませんか?」
思わず考え込んでしまうイスカ。
「それから、少人数と仰いますが今回の作戦に参加した兵士の数は輸送部隊と遠征部隊をあわせると相当な数になります。その全てとは言いませんが多くが、なんらかの形であなた方と交流しています。まずは、それが大切な事だと『僕は』思っています」
やはり考え込んでしまうヴァイスに一礼して陣幕へ入ろうとするカッテ。
その彼をようやく追いついたシェリルが呼び止めた。
「カッテ!」
顔見知りを見て、笑顔で挨拶を返そうと口を開くカッテ。その口にシェリルは素早く飴玉を放り込んだ。
「んっ……? あ、甘いです……」
「堅苦しい話……多そうだから……甘いもの……」
「こほんっ……ありがとうございます」
「……」
そのままシェリルは手をかざして、自分とカッテの身長を比べると、むぅと頬を膨らませた。
その様子に、くすりと笑うカッテ。
だが、次にシェリルの言った言葉に思わず目を丸くした。
「もう、友達でいい?」
「え……」
「閣下、お時間です」
カッテが何か言おうとした瞬間、幕僚から声がかかり、カッテはそちらに行かざるをえなくなった。
だが、去り際にシェリルを振り向いたカッテは確かにしっかりと、笑っていた。
「きっと……大丈夫だよね……」
シェリルは目を閉じ静かに呟く。
その後、輸送部隊とハンターたちはカッテと共に無事バルトアンデルスに帰還する。、遠征軍も自由都市同盟で作戦行動に入るのであった。
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