ゲスト
(ka0000)
路地裏工房コンフォートのトパーズ
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/12/06 09:00
- 完成日
- 2015/12/15 00:06
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
蒸気工場都市フマーレの商業区。常連で賑わう小さな喫茶店、珈琲サロンとぱぁず。老いた店長が怪我を理由に隠居を宣言し、今はその孫娘のユリアが店長代理として、祖父の頃からの店員、ローレンツと切り盛りしている。
ポルトワール近くの海に面した村へ嫁ぎ、漁師をしていた夫を若くして亡くしたユリアは、生家のとぱぁずに戻って一年と数ヶ月、街の住人や常連のお喋りに励まされ笑顔を取り戻していた。喪服は脱げずに常に黒いドレスを纏っているが、エプロンはいつもフリルとレースをあしらう可憐な物を身に着けている。
極彩色の街ヴァリオス、その大通りを曲がった路地裏に小さな宝飾工房がある。宝飾工房コンフォート、軒先に小さなランプを揺らす、優しい雰囲気の古い店。
とぱぁずの店長、エーレンフリート。その妻の生家で、今はエーレンフリートが隠居がてらに、宝飾技師だった義父の遺品と遺作を片付けている。工房は動かさず店も殆どの日は閉めていて、義父と縁のある客人が尋ねてきた時だけ開けていた。
ある日、エーレンフリートは小さな弟を抱えた1人の少女と出会った。
少女はモニカと名乗り、身寄りは無いが宝飾の仕事には覚えが有ると言ってエーレンフリートへの師事を請うた。エーレンフリートはモニカに事情を説明し、暫くは店番として家に置いてた。
ユリアよりも10程若い少女と、まだ言葉も話さぬ小さな弟。
二人は後日、フマーレへ移り、モニカは生活の為、珈琲サロンとぱぁずでのウェイトレスの仕事に就いた。
フマーレ商業区、珈琲サロンとぱぁず。モニカがウェイトレスの仕事に就いて数ヶ月。
いつもの店に一通の手紙が届いた。ユリアに宛てて祖父の病床を伝える物だった。店を離れられないユリアに代わり、モニカがヴァリオスに向かうことにした。
無事到着し、元気なエーレンフリートと対面し。
そして、それから一ヶ月。
●sideコンフォート
「ふぅ、こんな所か……この辺りの机は、まあ、追々だろうな」
バーナーを乗せて床に固定した机、研磨機を乗せて、バイスを乗せて。或いは、用途の想像の付かない物も有る。動かせる物の粗方を処分した工房は閑散としているが、老人と少女と幼児の3人ではこの辺りが限界らしい。
その内人に処分を頼むことになるだろう。同業の誰かに貰われていくかも知れないが、これだけ年季が入っていると引き取り手も無さそうだ。
終ぞ触れることの無かった機械を撫でてエーレンフリートは溜息を吐いた。
その機械の隙間に数枚の紙が挟まっていた。
「お祖父さん、お茶煎れましたよー、休憩しましょ、休憩。あたし、手に肉刺出来ちゃいましたよー」
背中に弟のピノを負ぶって、負んぶ紐を括ったモニカが工房のドアを足で押さえながらトレーを運ぶ。
カップに注がれた紅茶の香りが広がっていく。
「何ですか、それ?」
モニカが紙を覗き込んだ。何等かのアクセサリーと思しき数枚のデザイン案と記号混じりの数字だった。
カップを取り、エーレンフリートはそれをモニカに差し出した。
「店のショウケースを後で見てきなさい。この石はまだ売れ残っているはずだから」
紅茶を啜る。添えられたレモンの爽やかな香りが広がった。
――パパ! 私たちね、お店を出すことが出来たのよ!――
――とぱぁずっていうの、素敵でしょ?――
父親の反対を押し切ってエーレンフリートの元へ嫁いできた妻は、後に和解した父親にとぱぁずの開店を嬉々として報告した。
義父は相変わらず難しい顔をしていたが、口許は僅かに微笑んで、祝いに何を作ってやろうかと呟いていた。
その祝いが完成する前に、妻は逝って仕舞った。
モニカは真剣な面持ちでデザイン画を見詰めている。
もしも形にすることが出来たなら、2人は喜ぶだろうか。
●
休憩を終えてカップを片付けると、モニカは朝食のパンとベーコンを買いに店を出る。出掛けに覗いたショウケースから摘まんだ四角くカットされたトパーズのルース、カーテンの隙間から零れる光りに翳すと、石の内側できらきらと光りが溢れるように瞬いた。
「綺麗だねー、ピノ。……さて、買い物ー、買い物―」
デザイン画をケースの上へ残し、光りに空かしていたトパーズは摘まんだまま、片手は温かな毛糸のミトンに突っ込んで、もう片方は薄い綿の白手袋を付けたまま、鍵を開けて、行ってきますとバスケットを提げる。
路地を出て通りを暫く。
「ねーえ、ピノ……あたしさ、何か、この感じに覚えが有るんだよねー」
まだここに来たばかりの頃、エーレンフリートに見せて貰ったブローチを眺めていて、うっかりそのまま街へ出てきてしまって。
「今度は、あんなことにならないといいよねー」
慌てて返しに戻ろうとしたら、コボルトに取られて、逃げられて。追いかけて。
追いかけっこが通報されて、ハンターさん達と出会ったんだったなぁ、なんて、綺麗な思い出も、有って。
「でも、今日はもう帰るだけだからね。大丈夫-、だいじょう、ぶ、?」
トパーズは白手袋に確り包んでコートの内ポケットの底。けれど。
「おばちゃん! 借りるね!」
パンを買って、3つ先でベーコンを買って、そういえば無くなっていたと思い出したピクルスの瓶と、トマトの缶詰を買いにちょっと歩いて。そして帰り道のパン屋の前。
隣の店との細い隙間から、獣の目玉が覗いている。
軒に置いてあったデッキブラシで隙間を突くと、きゅ、と鳴いて逃げていった。
何かいたの、と店の婦人が用を終えたデッキブラシを受け取りながら尋ねる。モニカが、小さいコボルトがいたと答えると、顔を顰めて震える肩を抱きながら、もういない、と何度も尋ねた。
モニカが路地を覗き込むと、
「――っ、あ。あ。うわぁ……」
底には7対の目玉がぎょろりと覗き、もう1匹、突かれて転けた小さなコボルトが藻掻きながら起き上がっている。
「……な、なんか、いっぱいいます……」
婦人が悲鳴を上げて卒倒した。騒ぎを聞きつけた住人がハンターオフィスへ連絡した。
蒸気工場都市フマーレの商業区。常連で賑わう小さな喫茶店、珈琲サロンとぱぁず。老いた店長が怪我を理由に隠居を宣言し、今はその孫娘のユリアが店長代理として、祖父の頃からの店員、ローレンツと切り盛りしている。
ポルトワール近くの海に面した村へ嫁ぎ、漁師をしていた夫を若くして亡くしたユリアは、生家のとぱぁずに戻って一年と数ヶ月、街の住人や常連のお喋りに励まされ笑顔を取り戻していた。喪服は脱げずに常に黒いドレスを纏っているが、エプロンはいつもフリルとレースをあしらう可憐な物を身に着けている。
極彩色の街ヴァリオス、その大通りを曲がった路地裏に小さな宝飾工房がある。宝飾工房コンフォート、軒先に小さなランプを揺らす、優しい雰囲気の古い店。
とぱぁずの店長、エーレンフリート。その妻の生家で、今はエーレンフリートが隠居がてらに、宝飾技師だった義父の遺品と遺作を片付けている。工房は動かさず店も殆どの日は閉めていて、義父と縁のある客人が尋ねてきた時だけ開けていた。
ある日、エーレンフリートは小さな弟を抱えた1人の少女と出会った。
少女はモニカと名乗り、身寄りは無いが宝飾の仕事には覚えが有ると言ってエーレンフリートへの師事を請うた。エーレンフリートはモニカに事情を説明し、暫くは店番として家に置いてた。
ユリアよりも10程若い少女と、まだ言葉も話さぬ小さな弟。
二人は後日、フマーレへ移り、モニカは生活の為、珈琲サロンとぱぁずでのウェイトレスの仕事に就いた。
フマーレ商業区、珈琲サロンとぱぁず。モニカがウェイトレスの仕事に就いて数ヶ月。
いつもの店に一通の手紙が届いた。ユリアに宛てて祖父の病床を伝える物だった。店を離れられないユリアに代わり、モニカがヴァリオスに向かうことにした。
無事到着し、元気なエーレンフリートと対面し。
そして、それから一ヶ月。
●sideコンフォート
「ふぅ、こんな所か……この辺りの机は、まあ、追々だろうな」
バーナーを乗せて床に固定した机、研磨機を乗せて、バイスを乗せて。或いは、用途の想像の付かない物も有る。動かせる物の粗方を処分した工房は閑散としているが、老人と少女と幼児の3人ではこの辺りが限界らしい。
その内人に処分を頼むことになるだろう。同業の誰かに貰われていくかも知れないが、これだけ年季が入っていると引き取り手も無さそうだ。
終ぞ触れることの無かった機械を撫でてエーレンフリートは溜息を吐いた。
その機械の隙間に数枚の紙が挟まっていた。
「お祖父さん、お茶煎れましたよー、休憩しましょ、休憩。あたし、手に肉刺出来ちゃいましたよー」
背中に弟のピノを負ぶって、負んぶ紐を括ったモニカが工房のドアを足で押さえながらトレーを運ぶ。
カップに注がれた紅茶の香りが広がっていく。
「何ですか、それ?」
モニカが紙を覗き込んだ。何等かのアクセサリーと思しき数枚のデザイン案と記号混じりの数字だった。
カップを取り、エーレンフリートはそれをモニカに差し出した。
「店のショウケースを後で見てきなさい。この石はまだ売れ残っているはずだから」
紅茶を啜る。添えられたレモンの爽やかな香りが広がった。
――パパ! 私たちね、お店を出すことが出来たのよ!――
――とぱぁずっていうの、素敵でしょ?――
父親の反対を押し切ってエーレンフリートの元へ嫁いできた妻は、後に和解した父親にとぱぁずの開店を嬉々として報告した。
義父は相変わらず難しい顔をしていたが、口許は僅かに微笑んで、祝いに何を作ってやろうかと呟いていた。
その祝いが完成する前に、妻は逝って仕舞った。
モニカは真剣な面持ちでデザイン画を見詰めている。
もしも形にすることが出来たなら、2人は喜ぶだろうか。
●
休憩を終えてカップを片付けると、モニカは朝食のパンとベーコンを買いに店を出る。出掛けに覗いたショウケースから摘まんだ四角くカットされたトパーズのルース、カーテンの隙間から零れる光りに翳すと、石の内側できらきらと光りが溢れるように瞬いた。
「綺麗だねー、ピノ。……さて、買い物ー、買い物―」
デザイン画をケースの上へ残し、光りに空かしていたトパーズは摘まんだまま、片手は温かな毛糸のミトンに突っ込んで、もう片方は薄い綿の白手袋を付けたまま、鍵を開けて、行ってきますとバスケットを提げる。
路地を出て通りを暫く。
「ねーえ、ピノ……あたしさ、何か、この感じに覚えが有るんだよねー」
まだここに来たばかりの頃、エーレンフリートに見せて貰ったブローチを眺めていて、うっかりそのまま街へ出てきてしまって。
「今度は、あんなことにならないといいよねー」
慌てて返しに戻ろうとしたら、コボルトに取られて、逃げられて。追いかけて。
追いかけっこが通報されて、ハンターさん達と出会ったんだったなぁ、なんて、綺麗な思い出も、有って。
「でも、今日はもう帰るだけだからね。大丈夫-、だいじょう、ぶ、?」
トパーズは白手袋に確り包んでコートの内ポケットの底。けれど。
「おばちゃん! 借りるね!」
パンを買って、3つ先でベーコンを買って、そういえば無くなっていたと思い出したピクルスの瓶と、トマトの缶詰を買いにちょっと歩いて。そして帰り道のパン屋の前。
隣の店との細い隙間から、獣の目玉が覗いている。
軒に置いてあったデッキブラシで隙間を突くと、きゅ、と鳴いて逃げていった。
何かいたの、と店の婦人が用を終えたデッキブラシを受け取りながら尋ねる。モニカが、小さいコボルトがいたと答えると、顔を顰めて震える肩を抱きながら、もういない、と何度も尋ねた。
モニカが路地を覗き込むと、
「――っ、あ。あ。うわぁ……」
底には7対の目玉がぎょろりと覗き、もう1匹、突かれて転けた小さなコボルトが藻掻きながら起き上がっている。
「……な、なんか、いっぱいいます……」
婦人が悲鳴を上げて卒倒した。騒ぎを聞きつけた住人がハンターオフィスへ連絡した。
リプレイ本文
●
ハンター達がパン屋の前に駆けつけた時、モニカは片手にデッキブラシを握り、反対の腕で倒れた婦人の頭を支え道の真ん中に座り込んでいた。きぃきぃ鳴きながら、起き上がったコボルトはひたりとその足を踏み出して、弾き飛ばされた目眩から逃れるように頭を揺らした。
「そこまでだ!」
取り落とした棍棒を拾ったコボルトとモニカの間にテノール(ka5676)が割り入る。
「この間はお疲れ様でした」
様子を覗って足を止める通行人の隙を抜けてルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)がひらりと手を翳す。にこりと笑みを向けると、モニカも見知った顔に安堵を浮かべた。
さて、と、ルンルンは通行人を振り返る。
「みなさん、危ないですからこの線より近づかないでください。大丈夫、コボルドの事はプロの私達にお任せなのです!」
胸を張って溌剌と声を響かせる。近付こうとする彼等を押しやるように地面を爪先で撫でて、砂の寄った薄い線を残した。
「あなた方の安全のためです。あまり近づかないようにお願いします」
盾を構えてテノールが集った人々を一瞥した。清廉な声に線から踏み出していた少年が引っ込んだ。
「こんな狭いところに、こんなにたくさん……」
隙間からの視線にリアリュール(ka2003)がぽつりと零した。よく気付いたわね、とモニカを褒めながら、婦人に手を貸してルンルンの線まで下がらせる。
「モニカちゃんは、みんなのこと気を付けていて、何かあったら、教えて欲しいの」
大丈夫と尋ねる様に首を傾げて顔を覗く。
「私はコボルトの駆除の手伝いさせて貰うわ!」
杖を握ってカリアナ・ノート(ka3733)が言う。モニカの背でピノが手足をばたつかせた。喃語を紡ぐ口許をもごもごと、まだ柔らかな首を揺らす。
「心配しないで! こっちには来させないわ!」
小さな手に手を振って、青い双眸が真っ直ぐに見詰める。
野次馬を下がらせて4人は路地へ向かう。
こちらを見詰める不安な目は増えるばかりだが、先を急ぐらしい人々は線の内には目も呉れずに歩いて行く。
ここだと見逃してやれないな。街の光景を見回すと静かに息を整え、テノールが拳をコボルトの頸へ落とした。
頭を揺らして、びく、と大袈裟な程、痙攣しながら俯せに倒れると、それきり動かなくなった。
ピノを負い直して、モニカが線の傍で逸る人々を抑えている。
その肩に、ぽん、と白い手が優しく乗せられた。
「危ないから近付かないでね」
乗り出した彼等にそう言って、リューリ・ハルマ(ka0502)はモニカに視線を合わせた。
「少しお手伝いお願いしても良いかな?」
彼等が騒ぎ出す前に、と、路地を睨む。
怜悧な赤い双眸が、くるりと振り返ってリューリの紫の瞳に視線を絡めた。
「あちらだそう……です……」
コボルトの詰める路地の反対側へ迂回出来る道を聞いたマキナ・バベッジ(ka4302)が、視線を店の表に這わせ、数軒先に人の通れる幅のある道を示す。
「放っておくと……脅威です。急ぎましょう……」
リューリが頷き、モニカの肩から手を引いた。モニカがリューリを見上げて確りと頷いたのを見届けると、マキナと共に通りを駆った。
●
走る2人を見送ったルンルンが、手許で5枚の札を扇に開く。複雑な模様が描かれた札を2枚引き抜くと、身体に巡るマテリアルを込めて、敵の犇めく路地に放つ。
「ジュゲームリリカル……ルンルン忍法土蜘蛛の術!」
据えられた札は結界を作って地面に馴染む。
これで、裏へ回った2人を避けてこちらへ逃げてきたコボルドは、この結界に阻まれることになる。
それでも捕らえきれぬものには、と、テノールが背後の人々を気に掛けながら盾を構えて拳を固め、カリアナが杖を向ける。
カリアナとテノールと視線を交わして、リアリュールも2人を追って裏へ回る。
ルンルンが残りの札を指に挟んでひらりと風に翳す。
きぃと喚くコボルト達の隙間に先に走った2人の影が垣間見えた。
走りながらリューリのマテリアルがざわめき、流れる髪の先が紫の色を帯びる。
戦いに逸る獣の如く、感覚を研ぎ澄ませて音を探る耳が猫めいた柔い毛並みに覆われた。
拳鍔を握り固めた手をグローブに叩く。小気味良い音を澄んだ冬の空気に響かせた。
「全力で行くよ!」
肩から飛び立ったパルムがひらりと身を翻し、傍らに従う犬が低く唸った。
「上から狙いましょう……僕のワイヤーウィップなら届きますから……」
マキナが隣の店へ視線を、居住スペースらしい上階には窓の柵、アイビーの溢れるハンギングを避けて鞭を引っ掛ける。
柵に上るとやや不安定だが、コボルトの頭を狙うには、得物の長さは十分で、いざとなれば投げられるダーツも手許に有る。
柵を掴む手の甲に時計の紋様が浮かぶ。手袋の内のそれを確かめることは出来ないが、マテリアルを感じながら歯車は回転し針が時を正確に刻む。
呼吸を整えてマテリアルの御す発条の緻密な動きを手に感じ、それを利き手、その先の得物の先端まで伝わせて建物の影からコボルトへ撓らせる。
2人に向かって2匹目の頭に鞭が当たると、集団と別たれた1匹が錯乱して向かってくる。
残り5匹が反対側へ走る姿に再度鞭を振り上げるがその背を追うには、コボルトの逃げ足が速い。
「こいつは仕留める――ぐーぱんち!」
猫の様相で尖るリューリの耳がその足音を捕らえ、暗がりの中も光る一対の目を睨んで拳を引いた。
連れた相棒を通じて感じる祖霊の力は拳に集まる。迫るコボルトが手の届くまで迫った瞬間に振り抜いた。
弾かれた亜人の小柄な体躯は鞭に倒された1匹と折り重なるように路地に倒れて藻掻いた。
向こうの攻撃が開始された。
弾かれたように走ってくる5匹のコボルトを見据え、テノールは集まった人々を下がらせるように片腕を払って、路地へ盾を向ける。
「ここで、止めさせてもらうよ」
「ここで場に伏せたフィールドトラップ発動、こちらは立ち入り禁止です!」
ルンルンが更に札を二枚構えて口角を上げる。1つ目の結界を越えたコボルトが掛かるように札を放つ。
両側の店を見詰めた目をゆっくりと瞬いて、カリアナは長い杖を器用に操ってその先を路地へ向ける。結界を外れたコボルトに狙いを定め、マテリアルを杖に込める。
レディーは、何事もスマートに。気品と、気高さと、まだ幼い心に信条を灯し、敵を見据えた。
傷付けないように気を付けなきゃ、と、無意識に擡げた手は頭へ伸びる。触れた感触にそれを授けた母を思った。
「……よしっ、外さないわ!」
息を整えて放った雲が路地から覗いた3匹を包んだ。
リューリの傍らで息を吐く。
真っ直ぐに伸ばした両手の重みに装填を感じる。
風に揺れた銀色の髪がその先まで艶やかな虹の光りを帯びる。巡るマテリアルを得物たる双銃へ、その鉛へ込めて、敵の背からテノールの構えた盾へ、カリアナの杖へと視線が辿る。そして、カリアナの声と雲を見た。
札の結界と眠りの雲に阻まれて動きを止めたコボルトへ狙いを据え、たん、たん、と銃弾が放たれた。
左手の銃に動きを阻まれ右の銃が脚を貫く。
「1匹、ずつ。順番に、確実に、なの」
煙を上げた双銃が次の敵を狙っていた。
撃たれた脚を引き摺り、その痛みに目覚めながら握る棍棒を無造作に振り回すコボルトへ水の礫が落とされる。
「ええ、そうね。私もそう思うわ」
確実に、スマートに。コボルトを押し潰した水の幻影が消える。結界の中、雲の中で動きを取り戻したコボルト達が、逃れようと棍棒を振るっていた。
気掛かりにしていた背後の声が静かになる。コボルトを仕留める手際に歓声は聞こえるが、不安のざわめきも、線を越えようとする気配も無い。
「出来れば、血なまぐさいのは見せたくなかったからな」
テノールが静かに呟いて瞼を伏せた。
藻掻くコボルトを睨みながら開かれた穏やかな黒い双眸は冷たい氷の蒼に染まり、敵を確実に仕留めようと、情動を削いだ思考に呼応して、冷えた霜の幻影が白い光りを帯びて薄らと漂う。
凍て付く白霜を散らすマテリアルの衝撃が1匹のコボルトを貫いた。
「悪いな、体は入れなくても、こういうことはできるんだ」
骸となって路地の中に落ちたコボルトを一瞥すると、冷淡な声で言い放ち、逃げようと藻掻いた次の敵へ狙いを定める。
藻掻くコボルトに向けてリアリュールが銃弾を撃ち尽くしてその行動を妨げる。動きを止めたコボルトをマキナが上方から正確に叩き付けて倒していく。
「これで……あとは……」
路地にひしめいていたコボルトは、表へ逃げてルンルンが捕らえた2匹を残すのみとなった。
リューリは耳を澄ませながら周囲を見回す。店の裏に潜んでいたコボルトが2匹きぃと鳴く声を聞いた。
「まだいるみたいね。こいつらも勿論、ぐーぱんち!」
見付かったと慌てたコボルトが振り回す棍棒をかわしながら、拳にマテリアルを込めて振り抜いた。
●
「私のターン!」
くるりと踊るように身を翻すルンルンの手にはアルカナの描かれた札が7枚広げられている。最期を占うようにその1枚を引いて投じ、さらに5枚を束ねて広げて中空に滑らせると、札は捕らわれたコボルトを囲む。
「ジュゲームリリカルクルクルマジカル……ルンルン忍法五星花! 五色の光が貴方に直撃」
滑らかに口上を、1枚だけ残した札でコボルトを指すと光り輝いた札が捕らえたそれを灼き尽くした。
光が消え、周囲に動く敵はいないと確かめると、カリアナが杖を下ろし、テノールも拳を解いた。
「後は、向こうだが……」
路地の向こうを一瞥し、テノールは人だかりの中に先程まで倒れていた婦人の姿を探す。周囲が静まっている内にと声を掛けると、婦人は青い顔をしながらも自力で立って礼を告げた。
周囲にも怪我人がいる様子は無く、戦闘が終わったと知って去っていく者も多い。近隣に住んでいるらしい数人が暫く様子を覗っているが、倒れたコボルトに動きが無いと、安堵の言葉が聞こえ始めた。
このコボルトはどうしたものかと、始末に溜息を吐いていると、周りの捌けた様子にモニカが側に戻ってきた。謝辞を告げると、デッキブラシでコボルトの骸をつつき、婦人が再び卒倒しそうにくらりと揺れた。
その光景に慌ててその手を止めさせ、オフィスへ連絡することと、帰途の送りを申し出た。
札を整えてパフォーマンスの締めめいた辞儀、ぱちん、とウィンクを飛ばして去っていく人々へ手を振るとルンルンも戻ってきた。
倒れているコボルトが目覚めることは無いと確かめるとカリアナも側に来てモニカとピノへ交互に笑顔を向けた。
「モニカおねーさんもお疲れさま!」
ピノがモニカの背で何かを言いたげに腕を揺らした。きっとお礼を言いたいのだろうと、モニカが笑った。
周辺に潜んでいたコボルトの始末を終え、一通り見回した3人が路地を迂回して戻ってきた。
姿の見えなかったことを気に掛けていた数人、婦人や果物屋の近所の人々が、3人の表情に安堵する。
「もう大丈夫よ――モニカさんもありがとう。おかげで助かっちゃったよ」
リュールが安全を告げると、残っていた人々も帰っていき、パン屋の婦人も果物屋の店主に支えられながら店へ戻った。
「ピノくん、驚いて泣いちゃわなかった?」
リアリュールがモニカの背でふにゃと笑ったピノの顔を覗く。リアリュールを見詰め返す円らな目も、その頬も濡れてはいない。
●
「荷物、持つ?」
負んぶもして、大変だろうからと、帰途、リアリュールが尋ねた。
コボルトの片付けが済む頃には、モニカはデッキブラシを握っていた手を震わせてパンの袋を握っていた。片方だけの手袋に素手の指先が赤く悴んでいる。
大丈夫と笑いながら、コボルトと対面した恐怖は今更襲ってきたらしく足もふらついている。
「そういえば……モニカさんは、ずっと、こちらで……」
フマーレからの道中を思い出してマキナが尋ねた。力になれることが有ればと申し出ると、弾んだ声で工房の片付けや、託された石の話を始める。
それから、と続けようとした言葉を遮るように背中でピノが手を揺らし、もー、と呼ぶ。
「わわ! ピノさん話せるようになったのね……! とっても可愛いわ」
その声に、モニカを呼んでいるのだと察したカリアナが飛び跳ねてはしゃぐ。
空を仰ぎ、自身の幼い頃を思い出すと、不思議な気分に浸りながら、カリアナ、とそっと囁いてみる。
口許をもごもごと蠢かせて、喃語を繰り返し、呼ぼうとして呼べずに憤っている。
帰途、モニカがハンター達の名前を尋ねてはピノに呼ばせようと教え込むが、何れも一音を伸ばす程度で明瞭な発音には至らぬまま、工房の小さなランプが見えた。
ドアを開けて佇むエーレンフリートが、片方だけの手袋を手に溜息を吐いていた。モニカが事情を説明し、2度目の溜息を誘う。ハンター達を室内へ招いて、温まるからと紅茶を振る舞った。
ピノは懐いたハンターに預けられて、彼等の動きを真似てみたり、もごもごと名前を呼んでみたりと楽しそうにしている。
マキナがエーレンフリートと工房に向かうが、片付けられたそこは物寂しい。
「モニカさんの最初の作品……残された想いを、紡いであげてください」
まだ残っている機械も、全て片付けたいという彼を止めてメンテナンスを申し出る。
返事を濁らせたエーレンフリートと部屋へ戻ると、リューリの膝に抱えられてカリアナとルンルンの手を繋いだピノが、テノールをじっと見詰めて、テ、の音を繰り返していた。リアリュールがモニカと紅茶を煎れ直しながら、彼女の落ち付いたらしい様子を見詰めて目を細めた。
2人に気付いたピノが、ふにゃふにゃと楽しそうに笑って手を揺らした。
ハンター達がパン屋の前に駆けつけた時、モニカは片手にデッキブラシを握り、反対の腕で倒れた婦人の頭を支え道の真ん中に座り込んでいた。きぃきぃ鳴きながら、起き上がったコボルトはひたりとその足を踏み出して、弾き飛ばされた目眩から逃れるように頭を揺らした。
「そこまでだ!」
取り落とした棍棒を拾ったコボルトとモニカの間にテノール(ka5676)が割り入る。
「この間はお疲れ様でした」
様子を覗って足を止める通行人の隙を抜けてルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)がひらりと手を翳す。にこりと笑みを向けると、モニカも見知った顔に安堵を浮かべた。
さて、と、ルンルンは通行人を振り返る。
「みなさん、危ないですからこの線より近づかないでください。大丈夫、コボルドの事はプロの私達にお任せなのです!」
胸を張って溌剌と声を響かせる。近付こうとする彼等を押しやるように地面を爪先で撫でて、砂の寄った薄い線を残した。
「あなた方の安全のためです。あまり近づかないようにお願いします」
盾を構えてテノールが集った人々を一瞥した。清廉な声に線から踏み出していた少年が引っ込んだ。
「こんな狭いところに、こんなにたくさん……」
隙間からの視線にリアリュール(ka2003)がぽつりと零した。よく気付いたわね、とモニカを褒めながら、婦人に手を貸してルンルンの線まで下がらせる。
「モニカちゃんは、みんなのこと気を付けていて、何かあったら、教えて欲しいの」
大丈夫と尋ねる様に首を傾げて顔を覗く。
「私はコボルトの駆除の手伝いさせて貰うわ!」
杖を握ってカリアナ・ノート(ka3733)が言う。モニカの背でピノが手足をばたつかせた。喃語を紡ぐ口許をもごもごと、まだ柔らかな首を揺らす。
「心配しないで! こっちには来させないわ!」
小さな手に手を振って、青い双眸が真っ直ぐに見詰める。
野次馬を下がらせて4人は路地へ向かう。
こちらを見詰める不安な目は増えるばかりだが、先を急ぐらしい人々は線の内には目も呉れずに歩いて行く。
ここだと見逃してやれないな。街の光景を見回すと静かに息を整え、テノールが拳をコボルトの頸へ落とした。
頭を揺らして、びく、と大袈裟な程、痙攣しながら俯せに倒れると、それきり動かなくなった。
ピノを負い直して、モニカが線の傍で逸る人々を抑えている。
その肩に、ぽん、と白い手が優しく乗せられた。
「危ないから近付かないでね」
乗り出した彼等にそう言って、リューリ・ハルマ(ka0502)はモニカに視線を合わせた。
「少しお手伝いお願いしても良いかな?」
彼等が騒ぎ出す前に、と、路地を睨む。
怜悧な赤い双眸が、くるりと振り返ってリューリの紫の瞳に視線を絡めた。
「あちらだそう……です……」
コボルトの詰める路地の反対側へ迂回出来る道を聞いたマキナ・バベッジ(ka4302)が、視線を店の表に這わせ、数軒先に人の通れる幅のある道を示す。
「放っておくと……脅威です。急ぎましょう……」
リューリが頷き、モニカの肩から手を引いた。モニカがリューリを見上げて確りと頷いたのを見届けると、マキナと共に通りを駆った。
●
走る2人を見送ったルンルンが、手許で5枚の札を扇に開く。複雑な模様が描かれた札を2枚引き抜くと、身体に巡るマテリアルを込めて、敵の犇めく路地に放つ。
「ジュゲームリリカル……ルンルン忍法土蜘蛛の術!」
据えられた札は結界を作って地面に馴染む。
これで、裏へ回った2人を避けてこちらへ逃げてきたコボルドは、この結界に阻まれることになる。
それでも捕らえきれぬものには、と、テノールが背後の人々を気に掛けながら盾を構えて拳を固め、カリアナが杖を向ける。
カリアナとテノールと視線を交わして、リアリュールも2人を追って裏へ回る。
ルンルンが残りの札を指に挟んでひらりと風に翳す。
きぃと喚くコボルト達の隙間に先に走った2人の影が垣間見えた。
走りながらリューリのマテリアルがざわめき、流れる髪の先が紫の色を帯びる。
戦いに逸る獣の如く、感覚を研ぎ澄ませて音を探る耳が猫めいた柔い毛並みに覆われた。
拳鍔を握り固めた手をグローブに叩く。小気味良い音を澄んだ冬の空気に響かせた。
「全力で行くよ!」
肩から飛び立ったパルムがひらりと身を翻し、傍らに従う犬が低く唸った。
「上から狙いましょう……僕のワイヤーウィップなら届きますから……」
マキナが隣の店へ視線を、居住スペースらしい上階には窓の柵、アイビーの溢れるハンギングを避けて鞭を引っ掛ける。
柵に上るとやや不安定だが、コボルトの頭を狙うには、得物の長さは十分で、いざとなれば投げられるダーツも手許に有る。
柵を掴む手の甲に時計の紋様が浮かぶ。手袋の内のそれを確かめることは出来ないが、マテリアルを感じながら歯車は回転し針が時を正確に刻む。
呼吸を整えてマテリアルの御す発条の緻密な動きを手に感じ、それを利き手、その先の得物の先端まで伝わせて建物の影からコボルトへ撓らせる。
2人に向かって2匹目の頭に鞭が当たると、集団と別たれた1匹が錯乱して向かってくる。
残り5匹が反対側へ走る姿に再度鞭を振り上げるがその背を追うには、コボルトの逃げ足が速い。
「こいつは仕留める――ぐーぱんち!」
猫の様相で尖るリューリの耳がその足音を捕らえ、暗がりの中も光る一対の目を睨んで拳を引いた。
連れた相棒を通じて感じる祖霊の力は拳に集まる。迫るコボルトが手の届くまで迫った瞬間に振り抜いた。
弾かれた亜人の小柄な体躯は鞭に倒された1匹と折り重なるように路地に倒れて藻掻いた。
向こうの攻撃が開始された。
弾かれたように走ってくる5匹のコボルトを見据え、テノールは集まった人々を下がらせるように片腕を払って、路地へ盾を向ける。
「ここで、止めさせてもらうよ」
「ここで場に伏せたフィールドトラップ発動、こちらは立ち入り禁止です!」
ルンルンが更に札を二枚構えて口角を上げる。1つ目の結界を越えたコボルトが掛かるように札を放つ。
両側の店を見詰めた目をゆっくりと瞬いて、カリアナは長い杖を器用に操ってその先を路地へ向ける。結界を外れたコボルトに狙いを定め、マテリアルを杖に込める。
レディーは、何事もスマートに。気品と、気高さと、まだ幼い心に信条を灯し、敵を見据えた。
傷付けないように気を付けなきゃ、と、無意識に擡げた手は頭へ伸びる。触れた感触にそれを授けた母を思った。
「……よしっ、外さないわ!」
息を整えて放った雲が路地から覗いた3匹を包んだ。
リューリの傍らで息を吐く。
真っ直ぐに伸ばした両手の重みに装填を感じる。
風に揺れた銀色の髪がその先まで艶やかな虹の光りを帯びる。巡るマテリアルを得物たる双銃へ、その鉛へ込めて、敵の背からテノールの構えた盾へ、カリアナの杖へと視線が辿る。そして、カリアナの声と雲を見た。
札の結界と眠りの雲に阻まれて動きを止めたコボルトへ狙いを据え、たん、たん、と銃弾が放たれた。
左手の銃に動きを阻まれ右の銃が脚を貫く。
「1匹、ずつ。順番に、確実に、なの」
煙を上げた双銃が次の敵を狙っていた。
撃たれた脚を引き摺り、その痛みに目覚めながら握る棍棒を無造作に振り回すコボルトへ水の礫が落とされる。
「ええ、そうね。私もそう思うわ」
確実に、スマートに。コボルトを押し潰した水の幻影が消える。結界の中、雲の中で動きを取り戻したコボルト達が、逃れようと棍棒を振るっていた。
気掛かりにしていた背後の声が静かになる。コボルトを仕留める手際に歓声は聞こえるが、不安のざわめきも、線を越えようとする気配も無い。
「出来れば、血なまぐさいのは見せたくなかったからな」
テノールが静かに呟いて瞼を伏せた。
藻掻くコボルトを睨みながら開かれた穏やかな黒い双眸は冷たい氷の蒼に染まり、敵を確実に仕留めようと、情動を削いだ思考に呼応して、冷えた霜の幻影が白い光りを帯びて薄らと漂う。
凍て付く白霜を散らすマテリアルの衝撃が1匹のコボルトを貫いた。
「悪いな、体は入れなくても、こういうことはできるんだ」
骸となって路地の中に落ちたコボルトを一瞥すると、冷淡な声で言い放ち、逃げようと藻掻いた次の敵へ狙いを定める。
藻掻くコボルトに向けてリアリュールが銃弾を撃ち尽くしてその行動を妨げる。動きを止めたコボルトをマキナが上方から正確に叩き付けて倒していく。
「これで……あとは……」
路地にひしめいていたコボルトは、表へ逃げてルンルンが捕らえた2匹を残すのみとなった。
リューリは耳を澄ませながら周囲を見回す。店の裏に潜んでいたコボルトが2匹きぃと鳴く声を聞いた。
「まだいるみたいね。こいつらも勿論、ぐーぱんち!」
見付かったと慌てたコボルトが振り回す棍棒をかわしながら、拳にマテリアルを込めて振り抜いた。
●
「私のターン!」
くるりと踊るように身を翻すルンルンの手にはアルカナの描かれた札が7枚広げられている。最期を占うようにその1枚を引いて投じ、さらに5枚を束ねて広げて中空に滑らせると、札は捕らわれたコボルトを囲む。
「ジュゲームリリカルクルクルマジカル……ルンルン忍法五星花! 五色の光が貴方に直撃」
滑らかに口上を、1枚だけ残した札でコボルトを指すと光り輝いた札が捕らえたそれを灼き尽くした。
光が消え、周囲に動く敵はいないと確かめると、カリアナが杖を下ろし、テノールも拳を解いた。
「後は、向こうだが……」
路地の向こうを一瞥し、テノールは人だかりの中に先程まで倒れていた婦人の姿を探す。周囲が静まっている内にと声を掛けると、婦人は青い顔をしながらも自力で立って礼を告げた。
周囲にも怪我人がいる様子は無く、戦闘が終わったと知って去っていく者も多い。近隣に住んでいるらしい数人が暫く様子を覗っているが、倒れたコボルトに動きが無いと、安堵の言葉が聞こえ始めた。
このコボルトはどうしたものかと、始末に溜息を吐いていると、周りの捌けた様子にモニカが側に戻ってきた。謝辞を告げると、デッキブラシでコボルトの骸をつつき、婦人が再び卒倒しそうにくらりと揺れた。
その光景に慌ててその手を止めさせ、オフィスへ連絡することと、帰途の送りを申し出た。
札を整えてパフォーマンスの締めめいた辞儀、ぱちん、とウィンクを飛ばして去っていく人々へ手を振るとルンルンも戻ってきた。
倒れているコボルトが目覚めることは無いと確かめるとカリアナも側に来てモニカとピノへ交互に笑顔を向けた。
「モニカおねーさんもお疲れさま!」
ピノがモニカの背で何かを言いたげに腕を揺らした。きっとお礼を言いたいのだろうと、モニカが笑った。
周辺に潜んでいたコボルトの始末を終え、一通り見回した3人が路地を迂回して戻ってきた。
姿の見えなかったことを気に掛けていた数人、婦人や果物屋の近所の人々が、3人の表情に安堵する。
「もう大丈夫よ――モニカさんもありがとう。おかげで助かっちゃったよ」
リュールが安全を告げると、残っていた人々も帰っていき、パン屋の婦人も果物屋の店主に支えられながら店へ戻った。
「ピノくん、驚いて泣いちゃわなかった?」
リアリュールがモニカの背でふにゃと笑ったピノの顔を覗く。リアリュールを見詰め返す円らな目も、その頬も濡れてはいない。
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「荷物、持つ?」
負んぶもして、大変だろうからと、帰途、リアリュールが尋ねた。
コボルトの片付けが済む頃には、モニカはデッキブラシを握っていた手を震わせてパンの袋を握っていた。片方だけの手袋に素手の指先が赤く悴んでいる。
大丈夫と笑いながら、コボルトと対面した恐怖は今更襲ってきたらしく足もふらついている。
「そういえば……モニカさんは、ずっと、こちらで……」
フマーレからの道中を思い出してマキナが尋ねた。力になれることが有ればと申し出ると、弾んだ声で工房の片付けや、託された石の話を始める。
それから、と続けようとした言葉を遮るように背中でピノが手を揺らし、もー、と呼ぶ。
「わわ! ピノさん話せるようになったのね……! とっても可愛いわ」
その声に、モニカを呼んでいるのだと察したカリアナが飛び跳ねてはしゃぐ。
空を仰ぎ、自身の幼い頃を思い出すと、不思議な気分に浸りながら、カリアナ、とそっと囁いてみる。
口許をもごもごと蠢かせて、喃語を繰り返し、呼ぼうとして呼べずに憤っている。
帰途、モニカがハンター達の名前を尋ねてはピノに呼ばせようと教え込むが、何れも一音を伸ばす程度で明瞭な発音には至らぬまま、工房の小さなランプが見えた。
ドアを開けて佇むエーレンフリートが、片方だけの手袋を手に溜息を吐いていた。モニカが事情を説明し、2度目の溜息を誘う。ハンター達を室内へ招いて、温まるからと紅茶を振る舞った。
ピノは懐いたハンターに預けられて、彼等の動きを真似てみたり、もごもごと名前を呼んでみたりと楽しそうにしている。
マキナがエーレンフリートと工房に向かうが、片付けられたそこは物寂しい。
「モニカさんの最初の作品……残された想いを、紡いであげてください」
まだ残っている機械も、全て片付けたいという彼を止めてメンテナンスを申し出る。
返事を濁らせたエーレンフリートと部屋へ戻ると、リューリの膝に抱えられてカリアナとルンルンの手を繋いだピノが、テノールをじっと見詰めて、テ、の音を繰り返していた。リアリュールがモニカと紅茶を煎れ直しながら、彼女の落ち付いたらしい様子を見詰めて目を細めた。
2人に気付いたピノが、ふにゃふにゃと楽しそうに笑って手を揺らした。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/12/04 01:49:27 |
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相談卓 マキナ・バベッジ(ka4302) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/12/06 08:04:35 |