ゲスト
(ka0000)
珈琲サロンとぱぁずのバリスタ
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/12/08 07:30
- 完成日
- 2015/12/17 02:58
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
蒸気工場都市フマーレの商業区。常連で賑わう小さな喫茶店、珈琲サロンとぱぁず。老いた店長が怪我を理由に隠居を宣言し、今はその孫娘のユリアが店長代理として、祖父の頃からの店員、ローレンツと切り盛りしている。
ポルトワール近くの海に面した村へ嫁ぎ、漁師をしていた夫を若くして亡くしたユリアは、生家のとぱぁずに戻って一年と数ヶ月、街の住人や常連のお喋りに励まされ笑顔を取り戻していた。喪服は脱げずに常に黒いドレスを纏っているが、エプロンはいつもフリルとレースをあしらう可憐な物を身に着けている。
極彩色の街ヴァリオス、その大通りを曲がった路地裏に小さな宝飾工房がある。宝飾工房コンフォート、軒先に小さなランプを揺らす、優しい雰囲気の古い店。
とぱぁずの店長、エーレンフリート。その妻の生家で、今はエーレンフリートが隠居がてらに、宝飾技師だった義父の遺品と遺作を片付けている。工房は動かさず店も殆どの日は閉めていて、義父と縁のある客人が尋ねてきた時だけ開けていた。
ある日、エーレンフリートは小さな弟を抱えた1人の少女と出会った。
少女はモニカと名乗り、身寄りは無いが宝飾の仕事には覚えが有ると言ってエーレンフリートへの師事を請うた。エーレンフリートはモニカに事情を説明し、暫くは店番として家に置いてた。
ユリアよりも10程若い少女と、まだ言葉も話さぬ小さな弟。
二人は後日、フマーレへ移り、モニカは生活の為、珈琲サロンとぱぁずでのウェイトレスの仕事に就いた。
フマーレ商業区、珈琲サロンとぱぁず。モニカがウェイトレスの仕事に就いて数ヶ月。
いつもの店に一通の手紙が届いた。ユリアに宛てて祖父の病床を伝える物だった。店を離れられないユリアに代わり、モニカがヴァリオスに向かうことにした。
無事到着し、元気なエーレンフリートと対面し。
そして、それから一ヶ月。
●sideとぱぁず
「ふん、二ヶ月ぶり振りだから何だ。ユリア君の覇気が無いのは昨日今日のことじゃないだろ? まあ、このところは特に酷いがね」
「もう、ロロさんっ、そういうことは本人の前で言わないで頂戴」
カウンター越しの2人の言葉に客が笑う。肩を落としたユリアが騒がせたお詫び、と囁いてソーサにクッキーを1枚載せた。
しかし、とその客はユリアを眺める。本当に元気が無さそうだ。
ユリアは肩を竦めると、困ったように笑いながら店を見渡した。
「私に元気が無いんじゃないのよ。前はモニカがいたでしょう、ポニーテールのウェイトレスの子」
ああ、と客の男が頷いた。確かにモニカは賑やかなウェイトレスだった。
ほんの暫く居ただけで、一月の不在でこんなにも寂しく感じるのだから。
ローレンツはカップを拭いながら、ふんと鼻を鳴らす。その賑やかさが無くなって、ユリアが気落ちしている所為だと薄ら笑いながら。
「まあ、そういうわけだからね、ユリア君をどうにかして貰えないか? 若人達の方が気も合うだろ」
「だから、ロロさんっ、そういうことは……もう、私、買い出しに行ってきます……皆さんはごゆっくり」
ローレンツが店に来ていたハンター達へ冗談交じりに声を掛けると、ユリアが慌てた声で遮った。店に響いた声を誤魔化すように咳払いをすると、籠を提げて店を出ていく。
卸しの店が閉まる時間が近い。切れかかった小麦粉を買ってくると言ってドアから1度振り返った。
●sideユリア
粉に砂糖に卵にとあれこれ纏めて揃う粉屋はそう遠くはない。同じ商店街には親しくしている製菓材料の店もあり、行き掛けに覗くと手製だという洋なしのジャムを持たされた。
モニカにも食べて欲しかったという店の婦人に、ジャムなら戻って来るまで保つでしょと笑って店を出て粉屋へ向かう。
片手に瓶を抱えながら、空気を吸うと鼻の奥がつんと冷える。
「寒いなぁ……手袋してくれば良かったわ」
悴んだ指先を吐息で温めて、店の奥へ声を掛ける。
いつものをと頼んで薄力粉を一袋。空いている腕に抱えて店を出た、その時。
危ない、と店主の声が聞こえた。
何かが飛び掛かってくる。
袋と瓶を抱き締めながらきつく目を瞑って脚を退くと、小石を踏みつけたらしく足首を捻って尻餅をついた。
「――っぅ、……っ、痛ぁ……なに? のらいぬ?」
慎重に開く。足下に、1匹のコボルトが目を回して転がって居た。
息を上げて箒を振り下ろした店主が、誰か、と通りを行く人々へ声を掛けた。
「待って! そこにも居るわ」
店の影から覗いた鼻先と背中。全部で3匹くらいだろうか。
●sideローレンツ
ユリアの出て行った店内、客がクッキーを囓りながら肩を竦めた。
ローレンツが眇めた目を向けると、いやぁ、と苦い顔で笑いながら、ユリアもいないんじゃ、余計に寂しくて仕方ないとドアを振り返る。
客がぱちくりと瞬いて、珍しいなあとクッキーの残りを口に放り込んだ。
混んできそうだからお暇するよと手を振った客と入れ違いに数組の客が入ってきた。
久しぶりにゆっくりしようと思ったんだが、空いてるかい?
いつものコーヒはあるかい。お腹空いちゃったなぁ。やあ、君たちもか。
とぱぁず、ってここでいいのよね。あー、ここね、私も初めてー。
風、冷たかったけど、店の中は温かいね。ええ、ほっとするわね。
まま―、甘い物食べたいなー。わーい、ひとがいっぱーい。2人とも、大人しくしなさい。
「…………空いてるお席へお掛け下さい」
ローレンツの顔が引き攣っていく。壁の時計を見上げた。ユリアが戻って来るまで、まだまだ掛かりそうだ。
蒸気工場都市フマーレの商業区。常連で賑わう小さな喫茶店、珈琲サロンとぱぁず。老いた店長が怪我を理由に隠居を宣言し、今はその孫娘のユリアが店長代理として、祖父の頃からの店員、ローレンツと切り盛りしている。
ポルトワール近くの海に面した村へ嫁ぎ、漁師をしていた夫を若くして亡くしたユリアは、生家のとぱぁずに戻って一年と数ヶ月、街の住人や常連のお喋りに励まされ笑顔を取り戻していた。喪服は脱げずに常に黒いドレスを纏っているが、エプロンはいつもフリルとレースをあしらう可憐な物を身に着けている。
極彩色の街ヴァリオス、その大通りを曲がった路地裏に小さな宝飾工房がある。宝飾工房コンフォート、軒先に小さなランプを揺らす、優しい雰囲気の古い店。
とぱぁずの店長、エーレンフリート。その妻の生家で、今はエーレンフリートが隠居がてらに、宝飾技師だった義父の遺品と遺作を片付けている。工房は動かさず店も殆どの日は閉めていて、義父と縁のある客人が尋ねてきた時だけ開けていた。
ある日、エーレンフリートは小さな弟を抱えた1人の少女と出会った。
少女はモニカと名乗り、身寄りは無いが宝飾の仕事には覚えが有ると言ってエーレンフリートへの師事を請うた。エーレンフリートはモニカに事情を説明し、暫くは店番として家に置いてた。
ユリアよりも10程若い少女と、まだ言葉も話さぬ小さな弟。
二人は後日、フマーレへ移り、モニカは生活の為、珈琲サロンとぱぁずでのウェイトレスの仕事に就いた。
フマーレ商業区、珈琲サロンとぱぁず。モニカがウェイトレスの仕事に就いて数ヶ月。
いつもの店に一通の手紙が届いた。ユリアに宛てて祖父の病床を伝える物だった。店を離れられないユリアに代わり、モニカがヴァリオスに向かうことにした。
無事到着し、元気なエーレンフリートと対面し。
そして、それから一ヶ月。
●sideとぱぁず
「ふん、二ヶ月ぶり振りだから何だ。ユリア君の覇気が無いのは昨日今日のことじゃないだろ? まあ、このところは特に酷いがね」
「もう、ロロさんっ、そういうことは本人の前で言わないで頂戴」
カウンター越しの2人の言葉に客が笑う。肩を落としたユリアが騒がせたお詫び、と囁いてソーサにクッキーを1枚載せた。
しかし、とその客はユリアを眺める。本当に元気が無さそうだ。
ユリアは肩を竦めると、困ったように笑いながら店を見渡した。
「私に元気が無いんじゃないのよ。前はモニカがいたでしょう、ポニーテールのウェイトレスの子」
ああ、と客の男が頷いた。確かにモニカは賑やかなウェイトレスだった。
ほんの暫く居ただけで、一月の不在でこんなにも寂しく感じるのだから。
ローレンツはカップを拭いながら、ふんと鼻を鳴らす。その賑やかさが無くなって、ユリアが気落ちしている所為だと薄ら笑いながら。
「まあ、そういうわけだからね、ユリア君をどうにかして貰えないか? 若人達の方が気も合うだろ」
「だから、ロロさんっ、そういうことは……もう、私、買い出しに行ってきます……皆さんはごゆっくり」
ローレンツが店に来ていたハンター達へ冗談交じりに声を掛けると、ユリアが慌てた声で遮った。店に響いた声を誤魔化すように咳払いをすると、籠を提げて店を出ていく。
卸しの店が閉まる時間が近い。切れかかった小麦粉を買ってくると言ってドアから1度振り返った。
●sideユリア
粉に砂糖に卵にとあれこれ纏めて揃う粉屋はそう遠くはない。同じ商店街には親しくしている製菓材料の店もあり、行き掛けに覗くと手製だという洋なしのジャムを持たされた。
モニカにも食べて欲しかったという店の婦人に、ジャムなら戻って来るまで保つでしょと笑って店を出て粉屋へ向かう。
片手に瓶を抱えながら、空気を吸うと鼻の奥がつんと冷える。
「寒いなぁ……手袋してくれば良かったわ」
悴んだ指先を吐息で温めて、店の奥へ声を掛ける。
いつものをと頼んで薄力粉を一袋。空いている腕に抱えて店を出た、その時。
危ない、と店主の声が聞こえた。
何かが飛び掛かってくる。
袋と瓶を抱き締めながらきつく目を瞑って脚を退くと、小石を踏みつけたらしく足首を捻って尻餅をついた。
「――っぅ、……っ、痛ぁ……なに? のらいぬ?」
慎重に開く。足下に、1匹のコボルトが目を回して転がって居た。
息を上げて箒を振り下ろした店主が、誰か、と通りを行く人々へ声を掛けた。
「待って! そこにも居るわ」
店の影から覗いた鼻先と背中。全部で3匹くらいだろうか。
●sideローレンツ
ユリアの出て行った店内、客がクッキーを囓りながら肩を竦めた。
ローレンツが眇めた目を向けると、いやぁ、と苦い顔で笑いながら、ユリアもいないんじゃ、余計に寂しくて仕方ないとドアを振り返る。
客がぱちくりと瞬いて、珍しいなあとクッキーの残りを口に放り込んだ。
混んできそうだからお暇するよと手を振った客と入れ違いに数組の客が入ってきた。
久しぶりにゆっくりしようと思ったんだが、空いてるかい?
いつものコーヒはあるかい。お腹空いちゃったなぁ。やあ、君たちもか。
とぱぁず、ってここでいいのよね。あー、ここね、私も初めてー。
風、冷たかったけど、店の中は温かいね。ええ、ほっとするわね。
まま―、甘い物食べたいなー。わーい、ひとがいっぱーい。2人とも、大人しくしなさい。
「…………空いてるお席へお掛け下さい」
ローレンツの顔が引き攣っていく。壁の時計を見上げた。ユリアが戻って来るまで、まだまだ掛かりそうだ。
リプレイ本文
●
箒を構える粉屋の店主を庇う様に夜桜 奏音(ka5754)が腕を伸ばす。
「危ないのでお店の中に入っていてください」
咄嗟に声を上げると、慌てた店主が箒を放り出して店へ下がる。
捻ったらしい足を押さえ、コボルトの出現に混乱しているユリアを庇う様に屈み、棍棒を手にひたひたと足音を立てて、物陰から覗く数匹のコボルトをを警戒しながら、手を差し伸べた。
「ユリアさん、だいじょうぶですか」
か細い声が大丈夫と告げて頷くと、見上げる程の高さから吠えるような声が響いた。
「俺が相手してやらァ!」
甘い物には目が無いと舐めていた蜂蜜の瓶を弄び、万歳丸(ka5665)が拳を構える。
往来でこんなことが起こるとは。まァ良い、腹ごなしだ、と息を弾ませ好戦的な金の双眸がコボルトを睨め付けて見下ろす。
その一瞬浮かび上がる金の麒麟の幻影が、万歳丸の身体に重なって輪郭をぶれさせると、そのまま沈むように消えていった。
こちらを覗う住人を見付けると、真っ直ぐにその目を見詰め、彼のいる店を指す。
「出るなよ、他の奴も出すな――あんたはついでだ、その女を拾っていけ」
夜桜に庇われながら粉屋の軒から覗いていた店主に目を合わせてそう指示を出した。
「ここから先には行かせません」
桜の綴りを解くと、夜桜のマテリアルを帯びる符が風に舞い踊るように広がる。
その1枚を取り強くマテリアルを込めると、棍棒を振り上げたコボルトの視界を艶やかな桜吹雪が塞ぐ。
肩越しに振り替えた夜桜の黒い瞳に促されて、ユリアが地面を蹴り、崩れるように軒へ駆け込む身体を店主が捕まえた。
「こちらを狙うものから」
夜桜が店の前を塞ぐ様に立って、散らした1枚を手許に補う。棍棒を引き摺るように現れたのは、3匹。桜吹雪の中藻掻いているものと、転がって居るものが1匹ずつ。
視界の敵を確認すると符を取り、翳した。
店を守るように夜桜が構えると、万歳丸も拳を握り、動くコボルト達を見下ろした。
「1匹いたら100居ると思え、だったか?」
向ける拳と地面を踏みしめる足に熱を感じる。100匹もいるのは面白いが。にぃと口角を釣り上げて、金に揺らめく炎の幻影を纏う拳が、踏み込むと同時にまず1匹の顎を捕らえた。地面に向けて放り出すと、叩き付ける矮小な身体が軽く弾んで動かなくなる。
ロープを取り出すと、まだ息は有るそのコボルトに括り付ける。大きな手が器用に縛りながら、傍らを抜けていった光りを感じる。
夜桜の投じた3枚の符が稲妻と化してそれぞれにコボルトを貫いた。1匹はそれで斃れたが、もう2匹動いている。
「行かせないと、言ったはずです」
振り回した棍棒がローブの腕を掠めるが内へ痛みを得る程の力は無く、返す腕で叩き付ける符に炎の精霊の力を宿し焼き焦がす。
残りの1匹を万歳丸が殴り飛ばしたのを見届けてトランシーバーを取った。
少し距離が有る為か、繋がりづらい。
他にもいるだろうと、2匹のコボルトを餌に引いていった万歳丸の姿は既に見当たらない。
ユリアと店主が目撃したものは倒したと伝え、夜桜も店の周りの安全を確かめてから手当てに移ることにした。
●
いつもなら暇をしている時間だと、老齢のバリスタはいつもの仏頂面で溜息を零す。客を数えて量る豆をミルに移しながら、ちらちらと時計を覗っている。
落ち付いていた店の雰囲気が唐突に騒がしくなると、店の給仕を1人で行うユリアが買い出しに出ていると知るハンター達が席を立った。
「何だか、随分大変そうですね。宜しければお手伝い、しましょうか?」
柔らかに微笑んでユキヤ・S・ディールス(ka0382)が声を掛けると、ローレンツはミルのハンドルを止めずに座っていてくれと首を振る。
その時、客の一人がひらりと手を上げ、店員さんとメニューボードを指しながら呼ぶ。
一定のリズムで回っていた手が止まりローレンツが眉間の皺を深めると、ユキヤはくすと笑って、そのテーブルへ向かった。
「オーダーを聞いてきますね」
給仕くらいしか出来ないが、頼って欲しいと振り返ると、ミルのハンドルは元のリズムを取り戻していた。
「私たちも手伝うわ。紅葉、いろいろご指導お願いね」
「ん……頑張る。……頑張ります。真夕も一緒だしね」
たん、と天板に手を付いて勢いよく七夜・真夕(ka3977)が立ち上がる。その隣で雪継・紅葉(ka5188)は、ぐっと手を握って深呼吸を、ゆっくりと息を吐いて、いつもの言葉遣いを改めると、口角を上げて背筋を伸ばす。
「まずは、お店のこと聞かないとね……カウンターの人は常連さん、かな――いらっしゃいませ!」
七夜の声が溌剌と、店内に響いた。
「お客さんには笑顔だよ……それが一番、だもの」
その声を聞いて雪継の相好がふっと緩く崩れ、余所行きの笑みに慕わしさが滲む。七夜の笑顔はとてもいいよ、と穏やかな黒い瞳が柔らかに語る。
ずっと一緒にいるために、いつか雪継の店を手伝いたい。予行のつもりが、思わず絡んだ視線に肩が跳ねて頬が火照った。
ぱたぱたと叩いて冷ましながら、テーブルから聞こえた声に振り返る。温かい物が飲みたいな、お勧めは何だろう、困ったような客の目が彷徨っている。ノンビリもしてられない。くるりと身を翻してテーブルへ向かう。
「ボクは調理の方が、手伝える……かも。うちのお店ではよくやってることだからね」
七夜の背を見詰めると一層張り切って、雪継はエプロンを借りにカウンターの内へ向かう。
事情を聞こうとオーレリア・ギャラハー(ka5893)がカウンターに向かうと、ローレンツは挽き立ての豆をネルに移して湯の温度を見ていた。オーレリアの視線に気付くと、訝しがった目を向ける。
「――お困りのようでしたので」
チーフを1枚、手に握って開くと翻るそれが色を変える。沈み込んだ心も、こんな風に和ませられたらと。
ローレンツは興味なさそうに目を逸らして珈琲を煎れ始めたが、その香りの広がる中、子供の足音が2つ近付いてくる。
オーレリアの手を見上げながら円らな目を輝かせてはしゃいでいる。慌てた母親が戻りなさいと手招いているが、構わずにしゃがんで視線を合わせると、今度はそのチーフの中に花を咲かせて見せた。
荷物の中に微かな音を聞いた気がする。ユキヤがそれを改めるとトランシーバーが雑音を微かに鳴らしたが、すぐに途切れた。
カウンター席の常連客はローレンツに直接、職人もそれに倣い、テーブル席のカップルと2人組がメニューを挟んで談笑している。ユキヤと七夜が注文を取りに向かい、オーレリアが手品で子供の気を引き付ける。雪継は店を見渡してカップや注文に備えた皿を並べ、いざとなれば、とレシピに目を通していた。
「いらっしゃいませ。はじめての方ですか? ……お勧めは、シフォンケーキとロールケーキです」
七夜が悩んでいる2人の間のメニューへ指を伸ばす。これは残っていたはずとは伏せながら、笑顔を絶やさずに。
それにしようと注文が決まり、コーヒーとケーキのメモを取りながら、どんな噂を聞いてきたのかと話を弾ませた。
コーヒーがいい、私は甘いカフェオレの方が好きだなとカップルの注文を取ったユキヤが、そのまま次のテーブルへ。子供達が手品を見ている隙に母親から注文を取ってカウンターへ戻ると、花に飽いた2人が、おにいちゃんと呼んで手を伸ばす。
少し待ってね、後でお話ししようねと宥めるユキヤの手からローレンツがメモを摘まんだ。そのメモが雪継に渡る。
「……はい、すぐに、出しますね」
雪継がレシピの書き付けを見ながらケーキにクリームとナッツを添え、ローレンツはその仕上がりに合わせるようにコーヒーを注いでいく。
「よかった、大丈夫そう……どんな話をしようか」
子ども達に視線を合わせ、優しい笑みを崩さずに、リアルブルーって知ってるかなと首を傾がせた。
子供達が離れ、広げていたチーフを畳んでいるオーレリアの手許をぽつんと1人座る職人が眺める。コーヒーを1杯啜りながら、器用なものだなと呟いた。
子供の目から庇う様にチーフを摘まみ、しぃ、と指を唇に立ててその仕掛けを審らかに見せると、職人はじっとその手許を見詰め、興味深げに何度も頷いた。
「楽しんで頂けたなら良かったです……いつもこの近くでお仕事ですか?」
職人は、まあ、と頷き言葉少なに話し始めた。
「――注文です! 話し込んじゃった。お爺さんの煎れるコーヒーが美味しいって噂らしいわ」
七夜らしい文字で綴られた注文のメモを受け取ると、雪継は隣でコーヒーを煎れるローレンツの横顔を見上げながらカップを差し出した。
一通りコーヒーが渡ると、手伝っていたハンター達もほっと息を吐いた。
●
声の届く範囲にいるからと言い置いて、夜桜は桜符の綴りを解いたまま店の周りをぐるりと歩く。裏に回ったところで1匹発見し、振り回す棍棒をかわしながら投じる符でコボルトを焦がす。
「隠れていたようですが、これで最後でしょう……とりあえず大丈夫そうですね」
夜桜は表に戻ると、ユリアに声を掛けて足の具合を尋ねた。
店の中、木箱を椅子代わりに座って、靴を脱いで伸ばす足首が薄赤く染まり腫れていた。店で用意出来る布を宛てて圧迫する。何度も済まないと謝辞を繰り返していたユリアだが、手当てを終える頃には青ざめた顔も和らいでいた。
辺りを見てくると街中を回っていた万歳丸が戻って来る。辺りにはいないみたいだと、引き取りを要請したコボルトを放って手を払う。
ユリアがほっとして店に帰れると言うと、万歳丸の片眉が吊り上がった。
「なァにィ? 仕事ォ? ンなナリで出来るわけねェだろ」
荷物なら届けてやると、粉の袋とジャムの瓶を軽々と取る。颯爽と去っていく姿に呆気に取られたユリアが、凄い方ですねと夜桜に微笑んだ。
夜桜はユリアの落ち付いた様子を眺めてトランシーバーを取ると店を出た。
粉屋から離れすぎない程度に通りを暫く戻ると、途切れながらも音を拾った。
どうやら、店の方も大変らしい。
●
職人の話し相手になりながら、手品のお姉さんと懐く子ども達に明るい笑顔で応える。
オーレリアがコーヒーのお代わりをという注文を受け取ったころ、ローレンツも賑やかな店に慣れて若い客をハンター達に任せ、常連を相手に彼らと愚痴を言い合っていた。
ユリアの戻りが、いつもよりも大分遅いと呟くと、心配なのかとからかわれる。
クッキーはいつも置いていると勧めると、それをと追加で注文するテーブルの2人にそれぞれに差し出して、空いたケーキの皿を下げる。
七夜は雪継の隣でほっと肩の力を抜いた。
「お疲れ様です。だね、真夕」
「うーん、お客さんの応対は慣れてるつもりだったんだけど」
遠い故郷で培ったそれとは違うみたいだと店内を見回した。七夜が話し込んでいたテーブルの2人も、楽しそうに喋っている。
「ボクの店とも違う……終わったら、コーヒーお願いしてみようか」
そのテーブルの様子に、隣で皿を濯ぐ七夜の頑張り知ると、雪継の頬が自然と緩んだ。
子ども達に促され、手の空く間だけと故郷の話しをゆっくりと、柔らかく丁寧な口調で、平易な言葉を選びながら。
「……それから、こちらと同じで、空がきれいな世界です」
反応を覗うと、はしゃいだ笑い声が上がり、互いに口を押さえて、しー、と囁き合った。
母親に頼まれて子ども達のカップを下げると、荷物の中で再びトランシーバーの音を聞いた。
今度は、雑音に消えない夜桜の声が聞こえた。
ユリアの状況を伝えると、ローレンツは眉間に手をやって深々と溜息を吐いた。
もうひと頑張りと雪継と七夜が視線を交わして微笑み、オーレリアが、他のテーブルへも視線を巡らせる。
ユキヤがドアを一瞥する。夜桜は万歳丸が買い出しの品を先に運んだと言ったが。
●
万歳丸が店に着いた頃、子供連れの客は既に帰っており、カップルと2人組が席を立った所だった。
給仕を手伝っていたハンター達が彼等を見送り、カウンターに残っていた常連客達が万歳丸の巨躯を見上げて目を瞠った。
粉の袋を無造作にローレンツに押し付け、瓶はことんとカウンターに置く。
「治療が終わったら戻ってくる。それまでちィとゆっくりさせてもらうぜ?」
空いていた椅子に掛けるがゆっくりするには少しきつい。道中に遭遇は無かったことを夜桜に、と彼女の通信相手を探し伝える。
甘い物を探す目をそろりと走らせると、七夜がクッキーなら、と囁いた。
医者に寄ってこいと張る彼の声が混ざるが、万歳丸の到着と報告の連絡を受け取り夜桜はユリアに手を差し出した。
「安全が確認されました。……行きましょうか。歩けますか?」
ユリアが頷き掴まった手を引き寄せ、粉屋の店主へ辞儀を1つ置いて出る。着くと痛むらしい足を庇いながら、一歩ずつ店へと帰る。
夜桜がユリアを連れて店に着くと、じゃあ俺たちもこれでと最後まで残っていた3人の常連が帰っていった。
ユリアが足の痛みを隠してにっこりとまた来てと笑んで見送る。
「すごく楽しそうな顔をしてたわ、何かあったの?」
常連客の様子に、ハンター達を見回して尋ねると、座っていろと言う様にローレンツが椅子を指した。
「手伝ってくれたんだ、ユリア君が帰ってこないから」
ハンター達へコーヒーを振る舞いながら、ユリアの足首を見て眉間の皺を深くする。
医者は、と問う万歳丸に、明日ね、と笑いながら、ユリアはローレンツに夜桜と自身の分のコーヒーを求めた。
「今度こそ、お疲れ様。真夕、頑張ったね、笑顔、素敵だった。お客さんも、喜んでたね」
「紅葉もよ。……いつもと違うエプロン姿も、可愛かったと思うわ」
空いたテーブルで雪継と七夜が寛いで。甘さはと、シュガーポットを撫でながら雪継が柔らかな声で告げると、七夜がカップで顔を半分隠しながら、それに応える。
オーレリアが手品の仕掛けを片付け、ユキヤは空いたカウンターの席に座る。
「何よりのご褒美です」
差し出されたコーヒーを受け取って告げると、ローレンツがふいと顔を横に向けて口をへの字に結んだ。
ドアの近くの席に座ったユリアが夜桜に、あれで照れているのよと囁いた。聞こえていると咎めるしゃがれ声が上擦って、咳払いでそれを誤魔化した。
結局最後まで笑っていたとその遣り取りを聞きながら、受け取ったカップを撫でて美味しいと噂のコーヒーを味わう。
まだ暫くは、この寛いだ優しい一時を。
箒を構える粉屋の店主を庇う様に夜桜 奏音(ka5754)が腕を伸ばす。
「危ないのでお店の中に入っていてください」
咄嗟に声を上げると、慌てた店主が箒を放り出して店へ下がる。
捻ったらしい足を押さえ、コボルトの出現に混乱しているユリアを庇う様に屈み、棍棒を手にひたひたと足音を立てて、物陰から覗く数匹のコボルトをを警戒しながら、手を差し伸べた。
「ユリアさん、だいじょうぶですか」
か細い声が大丈夫と告げて頷くと、見上げる程の高さから吠えるような声が響いた。
「俺が相手してやらァ!」
甘い物には目が無いと舐めていた蜂蜜の瓶を弄び、万歳丸(ka5665)が拳を構える。
往来でこんなことが起こるとは。まァ良い、腹ごなしだ、と息を弾ませ好戦的な金の双眸がコボルトを睨め付けて見下ろす。
その一瞬浮かび上がる金の麒麟の幻影が、万歳丸の身体に重なって輪郭をぶれさせると、そのまま沈むように消えていった。
こちらを覗う住人を見付けると、真っ直ぐにその目を見詰め、彼のいる店を指す。
「出るなよ、他の奴も出すな――あんたはついでだ、その女を拾っていけ」
夜桜に庇われながら粉屋の軒から覗いていた店主に目を合わせてそう指示を出した。
「ここから先には行かせません」
桜の綴りを解くと、夜桜のマテリアルを帯びる符が風に舞い踊るように広がる。
その1枚を取り強くマテリアルを込めると、棍棒を振り上げたコボルトの視界を艶やかな桜吹雪が塞ぐ。
肩越しに振り替えた夜桜の黒い瞳に促されて、ユリアが地面を蹴り、崩れるように軒へ駆け込む身体を店主が捕まえた。
「こちらを狙うものから」
夜桜が店の前を塞ぐ様に立って、散らした1枚を手許に補う。棍棒を引き摺るように現れたのは、3匹。桜吹雪の中藻掻いているものと、転がって居るものが1匹ずつ。
視界の敵を確認すると符を取り、翳した。
店を守るように夜桜が構えると、万歳丸も拳を握り、動くコボルト達を見下ろした。
「1匹いたら100居ると思え、だったか?」
向ける拳と地面を踏みしめる足に熱を感じる。100匹もいるのは面白いが。にぃと口角を釣り上げて、金に揺らめく炎の幻影を纏う拳が、踏み込むと同時にまず1匹の顎を捕らえた。地面に向けて放り出すと、叩き付ける矮小な身体が軽く弾んで動かなくなる。
ロープを取り出すと、まだ息は有るそのコボルトに括り付ける。大きな手が器用に縛りながら、傍らを抜けていった光りを感じる。
夜桜の投じた3枚の符が稲妻と化してそれぞれにコボルトを貫いた。1匹はそれで斃れたが、もう2匹動いている。
「行かせないと、言ったはずです」
振り回した棍棒がローブの腕を掠めるが内へ痛みを得る程の力は無く、返す腕で叩き付ける符に炎の精霊の力を宿し焼き焦がす。
残りの1匹を万歳丸が殴り飛ばしたのを見届けてトランシーバーを取った。
少し距離が有る為か、繋がりづらい。
他にもいるだろうと、2匹のコボルトを餌に引いていった万歳丸の姿は既に見当たらない。
ユリアと店主が目撃したものは倒したと伝え、夜桜も店の周りの安全を確かめてから手当てに移ることにした。
●
いつもなら暇をしている時間だと、老齢のバリスタはいつもの仏頂面で溜息を零す。客を数えて量る豆をミルに移しながら、ちらちらと時計を覗っている。
落ち付いていた店の雰囲気が唐突に騒がしくなると、店の給仕を1人で行うユリアが買い出しに出ていると知るハンター達が席を立った。
「何だか、随分大変そうですね。宜しければお手伝い、しましょうか?」
柔らかに微笑んでユキヤ・S・ディールス(ka0382)が声を掛けると、ローレンツはミルのハンドルを止めずに座っていてくれと首を振る。
その時、客の一人がひらりと手を上げ、店員さんとメニューボードを指しながら呼ぶ。
一定のリズムで回っていた手が止まりローレンツが眉間の皺を深めると、ユキヤはくすと笑って、そのテーブルへ向かった。
「オーダーを聞いてきますね」
給仕くらいしか出来ないが、頼って欲しいと振り返ると、ミルのハンドルは元のリズムを取り戻していた。
「私たちも手伝うわ。紅葉、いろいろご指導お願いね」
「ん……頑張る。……頑張ります。真夕も一緒だしね」
たん、と天板に手を付いて勢いよく七夜・真夕(ka3977)が立ち上がる。その隣で雪継・紅葉(ka5188)は、ぐっと手を握って深呼吸を、ゆっくりと息を吐いて、いつもの言葉遣いを改めると、口角を上げて背筋を伸ばす。
「まずは、お店のこと聞かないとね……カウンターの人は常連さん、かな――いらっしゃいませ!」
七夜の声が溌剌と、店内に響いた。
「お客さんには笑顔だよ……それが一番、だもの」
その声を聞いて雪継の相好がふっと緩く崩れ、余所行きの笑みに慕わしさが滲む。七夜の笑顔はとてもいいよ、と穏やかな黒い瞳が柔らかに語る。
ずっと一緒にいるために、いつか雪継の店を手伝いたい。予行のつもりが、思わず絡んだ視線に肩が跳ねて頬が火照った。
ぱたぱたと叩いて冷ましながら、テーブルから聞こえた声に振り返る。温かい物が飲みたいな、お勧めは何だろう、困ったような客の目が彷徨っている。ノンビリもしてられない。くるりと身を翻してテーブルへ向かう。
「ボクは調理の方が、手伝える……かも。うちのお店ではよくやってることだからね」
七夜の背を見詰めると一層張り切って、雪継はエプロンを借りにカウンターの内へ向かう。
事情を聞こうとオーレリア・ギャラハー(ka5893)がカウンターに向かうと、ローレンツは挽き立ての豆をネルに移して湯の温度を見ていた。オーレリアの視線に気付くと、訝しがった目を向ける。
「――お困りのようでしたので」
チーフを1枚、手に握って開くと翻るそれが色を変える。沈み込んだ心も、こんな風に和ませられたらと。
ローレンツは興味なさそうに目を逸らして珈琲を煎れ始めたが、その香りの広がる中、子供の足音が2つ近付いてくる。
オーレリアの手を見上げながら円らな目を輝かせてはしゃいでいる。慌てた母親が戻りなさいと手招いているが、構わずにしゃがんで視線を合わせると、今度はそのチーフの中に花を咲かせて見せた。
荷物の中に微かな音を聞いた気がする。ユキヤがそれを改めるとトランシーバーが雑音を微かに鳴らしたが、すぐに途切れた。
カウンター席の常連客はローレンツに直接、職人もそれに倣い、テーブル席のカップルと2人組がメニューを挟んで談笑している。ユキヤと七夜が注文を取りに向かい、オーレリアが手品で子供の気を引き付ける。雪継は店を見渡してカップや注文に備えた皿を並べ、いざとなれば、とレシピに目を通していた。
「いらっしゃいませ。はじめての方ですか? ……お勧めは、シフォンケーキとロールケーキです」
七夜が悩んでいる2人の間のメニューへ指を伸ばす。これは残っていたはずとは伏せながら、笑顔を絶やさずに。
それにしようと注文が決まり、コーヒーとケーキのメモを取りながら、どんな噂を聞いてきたのかと話を弾ませた。
コーヒーがいい、私は甘いカフェオレの方が好きだなとカップルの注文を取ったユキヤが、そのまま次のテーブルへ。子供達が手品を見ている隙に母親から注文を取ってカウンターへ戻ると、花に飽いた2人が、おにいちゃんと呼んで手を伸ばす。
少し待ってね、後でお話ししようねと宥めるユキヤの手からローレンツがメモを摘まんだ。そのメモが雪継に渡る。
「……はい、すぐに、出しますね」
雪継がレシピの書き付けを見ながらケーキにクリームとナッツを添え、ローレンツはその仕上がりに合わせるようにコーヒーを注いでいく。
「よかった、大丈夫そう……どんな話をしようか」
子ども達に視線を合わせ、優しい笑みを崩さずに、リアルブルーって知ってるかなと首を傾がせた。
子供達が離れ、広げていたチーフを畳んでいるオーレリアの手許をぽつんと1人座る職人が眺める。コーヒーを1杯啜りながら、器用なものだなと呟いた。
子供の目から庇う様にチーフを摘まみ、しぃ、と指を唇に立ててその仕掛けを審らかに見せると、職人はじっとその手許を見詰め、興味深げに何度も頷いた。
「楽しんで頂けたなら良かったです……いつもこの近くでお仕事ですか?」
職人は、まあ、と頷き言葉少なに話し始めた。
「――注文です! 話し込んじゃった。お爺さんの煎れるコーヒーが美味しいって噂らしいわ」
七夜らしい文字で綴られた注文のメモを受け取ると、雪継は隣でコーヒーを煎れるローレンツの横顔を見上げながらカップを差し出した。
一通りコーヒーが渡ると、手伝っていたハンター達もほっと息を吐いた。
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声の届く範囲にいるからと言い置いて、夜桜は桜符の綴りを解いたまま店の周りをぐるりと歩く。裏に回ったところで1匹発見し、振り回す棍棒をかわしながら投じる符でコボルトを焦がす。
「隠れていたようですが、これで最後でしょう……とりあえず大丈夫そうですね」
夜桜は表に戻ると、ユリアに声を掛けて足の具合を尋ねた。
店の中、木箱を椅子代わりに座って、靴を脱いで伸ばす足首が薄赤く染まり腫れていた。店で用意出来る布を宛てて圧迫する。何度も済まないと謝辞を繰り返していたユリアだが、手当てを終える頃には青ざめた顔も和らいでいた。
辺りを見てくると街中を回っていた万歳丸が戻って来る。辺りにはいないみたいだと、引き取りを要請したコボルトを放って手を払う。
ユリアがほっとして店に帰れると言うと、万歳丸の片眉が吊り上がった。
「なァにィ? 仕事ォ? ンなナリで出来るわけねェだろ」
荷物なら届けてやると、粉の袋とジャムの瓶を軽々と取る。颯爽と去っていく姿に呆気に取られたユリアが、凄い方ですねと夜桜に微笑んだ。
夜桜はユリアの落ち付いた様子を眺めてトランシーバーを取ると店を出た。
粉屋から離れすぎない程度に通りを暫く戻ると、途切れながらも音を拾った。
どうやら、店の方も大変らしい。
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職人の話し相手になりながら、手品のお姉さんと懐く子ども達に明るい笑顔で応える。
オーレリアがコーヒーのお代わりをという注文を受け取ったころ、ローレンツも賑やかな店に慣れて若い客をハンター達に任せ、常連を相手に彼らと愚痴を言い合っていた。
ユリアの戻りが、いつもよりも大分遅いと呟くと、心配なのかとからかわれる。
クッキーはいつも置いていると勧めると、それをと追加で注文するテーブルの2人にそれぞれに差し出して、空いたケーキの皿を下げる。
七夜は雪継の隣でほっと肩の力を抜いた。
「お疲れ様です。だね、真夕」
「うーん、お客さんの応対は慣れてるつもりだったんだけど」
遠い故郷で培ったそれとは違うみたいだと店内を見回した。七夜が話し込んでいたテーブルの2人も、楽しそうに喋っている。
「ボクの店とも違う……終わったら、コーヒーお願いしてみようか」
そのテーブルの様子に、隣で皿を濯ぐ七夜の頑張り知ると、雪継の頬が自然と緩んだ。
子ども達に促され、手の空く間だけと故郷の話しをゆっくりと、柔らかく丁寧な口調で、平易な言葉を選びながら。
「……それから、こちらと同じで、空がきれいな世界です」
反応を覗うと、はしゃいだ笑い声が上がり、互いに口を押さえて、しー、と囁き合った。
母親に頼まれて子ども達のカップを下げると、荷物の中で再びトランシーバーの音を聞いた。
今度は、雑音に消えない夜桜の声が聞こえた。
ユリアの状況を伝えると、ローレンツは眉間に手をやって深々と溜息を吐いた。
もうひと頑張りと雪継と七夜が視線を交わして微笑み、オーレリアが、他のテーブルへも視線を巡らせる。
ユキヤがドアを一瞥する。夜桜は万歳丸が買い出しの品を先に運んだと言ったが。
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万歳丸が店に着いた頃、子供連れの客は既に帰っており、カップルと2人組が席を立った所だった。
給仕を手伝っていたハンター達が彼等を見送り、カウンターに残っていた常連客達が万歳丸の巨躯を見上げて目を瞠った。
粉の袋を無造作にローレンツに押し付け、瓶はことんとカウンターに置く。
「治療が終わったら戻ってくる。それまでちィとゆっくりさせてもらうぜ?」
空いていた椅子に掛けるがゆっくりするには少しきつい。道中に遭遇は無かったことを夜桜に、と彼女の通信相手を探し伝える。
甘い物を探す目をそろりと走らせると、七夜がクッキーなら、と囁いた。
医者に寄ってこいと張る彼の声が混ざるが、万歳丸の到着と報告の連絡を受け取り夜桜はユリアに手を差し出した。
「安全が確認されました。……行きましょうか。歩けますか?」
ユリアが頷き掴まった手を引き寄せ、粉屋の店主へ辞儀を1つ置いて出る。着くと痛むらしい足を庇いながら、一歩ずつ店へと帰る。
夜桜がユリアを連れて店に着くと、じゃあ俺たちもこれでと最後まで残っていた3人の常連が帰っていった。
ユリアが足の痛みを隠してにっこりとまた来てと笑んで見送る。
「すごく楽しそうな顔をしてたわ、何かあったの?」
常連客の様子に、ハンター達を見回して尋ねると、座っていろと言う様にローレンツが椅子を指した。
「手伝ってくれたんだ、ユリア君が帰ってこないから」
ハンター達へコーヒーを振る舞いながら、ユリアの足首を見て眉間の皺を深くする。
医者は、と問う万歳丸に、明日ね、と笑いながら、ユリアはローレンツに夜桜と自身の分のコーヒーを求めた。
「今度こそ、お疲れ様。真夕、頑張ったね、笑顔、素敵だった。お客さんも、喜んでたね」
「紅葉もよ。……いつもと違うエプロン姿も、可愛かったと思うわ」
空いたテーブルで雪継と七夜が寛いで。甘さはと、シュガーポットを撫でながら雪継が柔らかな声で告げると、七夜がカップで顔を半分隠しながら、それに応える。
オーレリアが手品の仕掛けを片付け、ユキヤは空いたカウンターの席に座る。
「何よりのご褒美です」
差し出されたコーヒーを受け取って告げると、ローレンツがふいと顔を横に向けて口をへの字に結んだ。
ドアの近くの席に座ったユリアが夜桜に、あれで照れているのよと囁いた。聞こえていると咎めるしゃがれ声が上擦って、咳払いでそれを誤魔化した。
結局最後まで笑っていたとその遣り取りを聞きながら、受け取ったカップを撫でて美味しいと噂のコーヒーを味わう。
まだ暫くは、この寛いだ優しい一時を。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/12/06 19:37:13 |
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相談卓 ユキヤ・S・ディールス(ka0382) 人間(リアルブルー)|16才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/12/07 23:05:21 |