【審判】天に至る道

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/12/07 22:00
完成日
2015/12/16 07:43

みんなの思い出

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オープニング

●審判
「うお……おおおおおッ」
 静謐な闇の玉座より響く、悲嘆の叫び。
「私の……クラベルよおおおぉぉぉッ」
 途方もない怒りを遮るように、現れた“異形”が言う。
「ふむ、存外に脆かったな」
 尾を一度動かすだけの“それ”に、黒大公ベリアルは悲憤を隠さない。
「メフィスト、貴様ぁッ!!」
 玉座を立ち、獣の瞳をぎらつかせる巨体を制し、メフィストと呼ばれた異形は笑い声をあげた。
 その声が、恐ろしいまでの冷たさをもって場を支配する。あのベリアルが、笑い声一つで黙らされたのだ。
 あとじさる哀れな羊に尚も笑いかけるメフィストは、殺気立っていた羊の腹を軽く叩く。
「こんなにも心惹かれるのは久方ぶりだな。なに、ベリアル。6年前の傷も癒えたのだろう? 今度はもっとマシなものを作るがよい。“あの御方”の怒りに触れぬように、な」
 青ざめるベリアルを残し、身を翻す異形。冷たい廊下に響く足音。メフィストの姿が徐々に闇に溶け行く中、
「探究は退屈を紛らわす。それが主への手柄足りうるものならば、猶の事な」
 最後に残った声はどこか愉悦を含む色をしていたのだった。



 グラズヘイム王国。
 王城の円卓の間では王国騎士団長エリオット・ヴァレンタインが報告を終えたところだった。
「まずは、先の作戦にて黒大公配下の歪虚、クラベルを討ち取ったこと、その作戦も見事だった。王国騎士団長」
「は。本作戦の実行部隊に敬意を表したいと」
 厳しい表情を寛げて、随分朗らかに笑う大司教セドリック・マクファーソン。その背景には、これまで歪虚を相手に後手を続けてきた王国が、遂に先の一手で黒大公ベリアル直轄の幹部を討伐したという喜ばしい出来事があった。
 しかしそんななか、
「正直、エリオット殿があのような手を使うとは思っていませんでした」
 聖堂戦士団長ヴィオラ・フルブライトが鋭い視線を送る。
「そう言わずとも、聖堂戦士団長、君も認めてはどうだ」
「認めていないわけではありません。私はただ……」
 会議の場であるというのに、随分砕けた口調でセドリックが言う。唇を引き結び、しばし目も合わせずにいた戦乙女は、ややあって意を決したように騎士団長の青い双眸を捉えた。
「ともあれ、先の発言は撤回させて頂きます」
 言うが早いか、女はふいと視線をそらす。
 だが当のエリオットは「何を撤回されたのか」がよくわからない。
 元々自分に向けられる悪意の類には無頓着な男だ。言われたこと自体、余り覚えていないのだろう。
 助けを求めるように大司教を見るエリオットの表情を確認し、セドリックは深い溜息をついた。

 定例会議の後、エリオットがヴィオラに連れられてきた場所は、グラズヘイム王城のすぐ隣に聳え立つエクラ教の総本山“聖ヴェレニウス大聖堂”。当時の王国の技術の粋を凝らした傑作と謳われるステンドグラス絵画が壁面を煌びやかに飾り、光の大精霊を祀るに相応しい場所だ。
 聖堂を抜け、ひんやりとした部屋に通される。そこは、無数のろうそくに火が灯っただけの、日の光の届かぬ薄暗い部屋だった。
「解りやすく、人目を避けたな」
 青年の言葉を受けてか否か、彼女は思い返すように呟く。
「“余計なことはしないでください”」
「……?」
「先日、私が貴方に申し上げたことです。それを、撤回すると言いました」
 ──なるほど、先の発言はそのことか。
 独りごちるエリオットを呆れたように一瞥し、彼女はなおも続ける。
「貴方の指摘通り、エクラの巡礼者が歪虚に狙われる事件が多発しています」
 こうして“エクラ教巡礼者襲撃事件“に関する情報がヴィオラの口から初めて共有されることとなった。
「エクラの巡礼……国の繁栄を願って行われる儀だが、古くから言い伝えがあるな」
 未だ“秘密の暴露”を懸念する様子の女に対し、青年は自らの推論を述べた。
「巡礼は“魔をよける”という民間伝承がある。真偽は不明だが、千年前から続く儀式、その規模は王国全域だ」
 一呼吸おいて、エリオットは真っ直ぐに女に問う。
「これは、一体何を成す? 先にオーレフェルトでオーラン・クロスが張り巡らせた法術陣は文字通り“魔をよけた”という。あの男は茨の王との戦の直前、大司教に謁見したとの報告もある」
 女は逡巡し、ややあって美しい赤をした唇をゆっくりと開いた。
「国家の最重要機密に値するもの故に、法術陣が持つ真の効力は私にもわかりかねます。ですが、此度の巡礼者襲撃は、歪虚が明白にそれを妨害する意図をもっていると言って間違いないでしょう」
「それはつまり、歪虚にとって巡礼が厄介なものであるから、か」
「はい。先の北方動乱の折、オーラン・クロスがなしたことを存じていますか?」
「先の千年祭で消失したと思われていた途方もない量のマテリアルを回収した、と」
「我が国は、千年以上の永きに渡り、国全域に及ぶ巨大な法術陣へ正のマテリアルを貯蔵しています。その力をもって、“魔をよけ”、国を守るために。エクラの巡礼は、真実、巡礼者から法術陣へマテリアルを流し込む行為そのものです。無論、当人らにその意識はありませんが。大人数の巡礼が狙われやすいのは、より多くのマテリアル供給源になり得るからかと」
 話が途切れると、青年が深い息をついた。
「途方もないな。アーティファクトと呼ばれる代物ですら、比較にならない」
「だからこそ、この先千年も守り継がねばならないのです」
「聖堂教会と王家が、隠し続けてきた国の至宝、か」
 ふと、気付いたようにエリオットが尋ねる。
「この話を知っているのは?」
「さぁ。殿下が存じているかは解りませんが、本来的には代々の王と、そして教会のトップくらいではないかと」
「なぜ、ここまで秘匿されていものが今になって歪虚に狙われているか、心当たりがあるか」
 自らの疑念を払うように訊ねるエリオット。それに、ヴィオラはややあってこう答えた。
「幾つか懸念は。一つは、オーラン・クロスの存在。法術研究家の彼が、昨今の北方動乱で表舞台へ立ち、その最中で研究が盗まれた、あるいは一部が流出した懸念。もう一つは、昨年の王都へのベリアル侵攻の際、“この国に仕掛けられた”マテリアルの流れに歪虚自身が気付いた懸念。もう一つは……」
 目を伏せ、言葉を選ぶヴィオラをよそに、エリオットが淀みなく言い放った。
「……情報を知り得る何者かが歪虚へリークした懸念、か」
「ええ。ですが、それはさすがに考え辛い話でしょう」
 凛とした声で突っぱねるヴィオラに、どこか後ろ暗い思いのままエリオットが「そうだな」と曖昧に応じた。
「とはいえ、先程申し上げたように巡礼は王国の繁栄、存続において日々実際的に貢献するものです。それを歪虚の脅威に屈し、規制する訳にはまいりません」
「そうだな。……打って出るほかないだろう」



「今日集まってもらったのは他でもない」
 ハンターたちを前に、王国騎士団長はある調査を託したのだった。

リプレイ本文

●目当

「戦士団とのこと、少しは肩の荷がおりたわね」
 馬の手綱から手を離さず、規則正しい揺れに身を任せながら道をゆくアイシュリング(ka2787)に、エリオットが「あぁ」と応える。その声は穏やかだった。
「お前にも、感謝している」
「何のこと?」
「閉じた世界を開く行為は、勇気のいることだ」
「……貴方、どこまで知ってるの?」
 王国騎士の頂点に立ち、それを指揮する存在……と言うだけではないのだろう。それを改めて感じたのだった。

「てなわけで、哀れな子羊としちゃ、騎士団長殿にも媚びときたいんで」
 揉み手でもしてそうな声音でウォルター・ヨー(ka2967)が近づくのは、騎士団長その人。
「可愛い娘はもち大歓迎、兄さんもイケてる! アリ! 可愛がって!」
 ごろごろとすり寄る少年に溜息を一つ。
 仕方がないと頭をポンポン撫でながら青年は悪気なく問う。
「戦士団長には、もう媚びたのか?」
「たはぁ~……率直な質問。いやね、姐さんには何度か恩を売ったくらいで」
 ならばそれを話せと詰め寄るエリオットだが、得意先の情報には口を噤むウォルター。
 そんな二人を姉の様に見守りながら、ルカ(ka0962)がおっとりその後ろをついてゆく。
 目立つ男を隠す意図で変装した三人組。彼らが担当するのは調査員の中で最も王都に近い地点だった。
 ルカの考えていた調査対象は、混乱した状況でも一目で巡礼者と判別出来るような装いをし、かつ他の巡礼者と違い襲撃に無警戒で怯える様子の無い集団。商人は概ね小さからぬ荷馬車を引いていたし、騎士ならばそれを従える主がともにいるか、或は国家の騎士ならば同行する王国騎士団の長に大まかなところを見分けることができた。故に、最初の篩として王都最寄に立つには、エリオットを含むこの3名が最も効率的だったのだ。
 調査を開始してしばし、ルカがある事に気づく。
「巡礼者と解る集団は……少ない、ですね」
 自衛手段として、彼らは“少人数での巡礼”を遵守している。
 故に該当する集団は少なく、それを見つけた時、少女の集中力はいかんなく発揮された。
「あの集団……全員、翼のモチーフを身につけてますね」
「翼? ……あら、本当だ。よく気づきやしたね。ヤマはってらしたんですか」
「あの、有翼の獅子と戦ったことがあって、ですから……」
 驚異的な勘だ。驚くエリオットの視線が居心地悪いのか、ルカは慌ててこう切り返した。
「ひ、ひとまず、怪しことは間違いないんです。集団の情報を共有しましょう。接触は、合流の後です……!」

●精査

「何故、執拗に巡礼者を……?」
 馬で現場へ向かう誠堂 匠(ka2876)の傍らには、ゴースロンに跨るジェーン・ノーワース(ka2004)の姿があった。
「背景は不明だけれど、普通こんな面倒なことしないわ。人間を殺したいのなら王都で暴れればいいだけだもの」
 端的かつ尤もな意見だ。溜息をついて、匠が髪を掻く。
「確かに。けど、このままじゃ傷付く人が増える一方だ」
「そうね。……匠、来たわ」
 二人は、巡路の中間地点を担っていた。ルカ達が目星をつけたものを最警戒対象としながら、その他の人々からも様々な情報を得るというのが匠の作戦だ。匠は記者、ジェーンはその助手という体裁で、単独行動のリスクを軽減することとなる。
「少し、お話を聞かせて頂けませんか」
 対象者と視線を合わせる為、あえて下馬して尋ねる匠。彼が訊ねた相手は2人組の巡礼者だった。
「構いませんが、あくまで噂ですよ?」
 物好きですね、と不思議がる巡礼者に「ゴシップに時間を割くのが記者の仕事ですから」と匠は苦笑いを浮かべた。
「……翼、ですか」
「ローブに翼の絵があるとか、翼の飾りをつけてるだとか」
「当然巡礼中ですから場所は巡路上。状況は、さて……」
「“襲われない”という表現は、“同じ状況に立った際の比較結果”でしょうかね」
 その後、別の行商人からも同様の話を得た匠たちは、遠方にある巡礼者の集団を捕捉する。
 それは、ルカ達の報告にあった『翼のモチーフを身につけた巡礼者の集団』のようだった。
「失礼、少しお話を……」
 ジェーンと示し合わせ、慎重に匠が近づき、ようやく話しかけようとした瞬間。
 ──何、これ。
 馬上のジェーンの鼓動が一際大きい音を立てた。匠も同様らしく、青年の喉の奥が鳴る。
 感じるのは、圧倒的な違和感に混ざるごく少量の敵意と殺意。
「私達に、何か御用ですか?」
 “今、それに触れてはいけない”──ジェーンは、強い牽制を別の言葉で示した。
「匠……体調が悪いの。少し、休みたいわ」
 漂ってくるそれは、彼らがよく知る気配に酷似している。
 むしろ理解させるために敢えて突き付けているのかもしれない。
「……すみません、連れの具合が芳しくないようで」
「いえ。お連れさん、早くよくなるといいですね」

「あいつら……」
 翼のモチーフを身につけた集団と間近で接触した二人は、ある確信を抱いた。
「……人間と異なる気配が混ざってたわ」
「そうだね。ただ、あの6人は確かに人間だったようだけど」
「馬上から見えたの。6人の体を盾に、陣の中央に何かが潜んで……」
 その時、通信が入る。
『ヴァルナです。例の集団、どうでした?』
「情報通り、恐らく黒です。人ではない何かが混ざっている」
『わかりました。ここ、最終地点で合流しましょう』

●検証

 ルカたち王都最寄組は全員が徒歩移動。匠たちは馬で移動とはいえ、合流までまだ少しの時間が必要だった。
 そんな中、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)は、元々の予定通り、巡礼者風の集団を見つけて歩み寄っていった。
「巡礼の御方、よろしければお話をお聞かせ願えませんか」
「貴女がたは?」
「私達は……」
 ヴァルナが口籠り、代わりにアイシュリングが応える。
「聖導士よ。まだ見習いだけれど……道行く巡礼者に旅の無事を祈っているの」
「お心に感謝します」
 一人の巡礼者が、柔らかく笑う。笑みを湛える男のフードが風にふわりとなびくと、ヴァルナはその顔に大きな傷がついていることに気付いた。
「ああ、驚かせたのなら申し訳ありません。歪虚に襲われ、視力を奪われまして。この通り、共に行く仲間に手を引いてもらわねば巡礼などとてもとても」
「そう、ですか。すみません、私……」
 素直に謝るヴァルナだが、気を緩めることはできない。なぜなら、集団に接触した時から、二人は突き刺さるような違和感に襲われていたからだ。
「巡礼は信仰と向き合う旅……後学の為、“エクラの教え”で心に刻んでいる言葉をお聞きしたいのですが」
 アイシュリングの真っ直ぐな問い。それが、引き金だった。
 その瞬間を境に空気が明白に変わったことを、肌が、心臓が、少女たちの頭に直接訴えかけてくる。本能が鳴らす警鐘だ。
 ──事情聴取のつもりが……どうやら、地雷を踏んだようですね。
 ヴァルナは息をのみ、いつでもその剣に手を伸ばせるよう心のうちで構える。
 重苦しくも短い沈黙。それを破った男の言葉は、

「そうですね……“エクラは何も救わない”、でしょうか?」

 それまでの全てが嘘であったかのような、冷たい鋭さを放っていた。
「貴方達、エクラの巡礼者ではないのね? ならば何を……」
 刹那、6人の人間が取り囲み覆い隠していた違和感の正体が、遂に明らかになる。手前の男が一歩横にずれたかと思えば、大人たちの体の間から小さな子供が姿を現したのだ。翼の意匠が背に刺繍され、足元まで覆い隠すような長いローブを羽織った少年は、天使のように愛らしく無垢な笑顔を浮かべる。
「何をって、僕らも巡礼してるんだよ」
「アイシュリングさん、この子……ッ!」
 咄嗟に騎士剣を抜いたヴァルナが声を張る。
「歪虚です!!」

●回答

「お姉さん、僕なにか悪いことした?」
「沢山の巡礼者が、この路で歪虚に殺されているんです!」
 少年の姿をした歪虚は、甘えるようにヴァルナに歩み寄り、彼女の纏うローブの裾をひく。
「それ、僕じゃないよ? それでも僕……悪い歪虚みたいにその剣で殺されちゃうの?」
 そんなのいやだ、と縋るように子供が哀願する。
 しかしそれでも、アイシュリングの銀眼は曇らなかった。
「貴方が殺していなくても、貴方がお友達に殺させた線もあるわ。詳しく聞かせてもらえる?」
「……なんだよ、失礼だなぁ」
 声変わり前の少年特有の声。それに乗せて発せられる圧倒的な殺意。
 対抗するように、ヴァルナが咄嗟に距離をとった。
「それも一つの救いの形だよ。ねぇ、皆?」
 少年が巡礼者風の男たちを見まわして言う。
 ある者は、共感し、歓喜の笑みを浮かべ。
 ある者は、恐れを抱いたように後じさり、目を背け。
 ある者は、何かに盲目的に祈りを捧げている。
 その奇妙な様子に、ヴァルナが眉を潜めた。
「貴方達、自分が何をしているか解っているんですか!?」
「解ってるよ。僕らは世界のため、皆のために、イイコトしてるんだ。だから……ッ!」
 刹那、少女たちの体に一本の“羽”が音もなく突き立った。
 衝撃に吹き出す血液が純白の羽を真っ赤に染めてゆく。
「邪魔するお前たちがワルモノだッ!」
 再び少年の前に羽が現れた。その数は、先の3倍に近い。
「ッ……本性を、現しましたね」
 あれは“羽の形をした銃弾”だ。そんなシロモノが多数放たれたら、どうなるかは想像に容易い。
 しかしその危機は、結果として少年の“おしゃべり”に救われることとなった。
「……邪魔よ」
「!!」
 間一髪。羽が放たれる直前、その一つ一つが手裏剣に叩き潰されるようにして消えた。
 暗器の主は、ジェーン。だがしかし、予断を許さぬ状況であることは変わりない。
「皆、その場を離れろ!」
 ジェーンから僅かに遅れて戦馬を駆る匠の声が響き、直後にドン、という地響きと共に土煙があがる。
 それは、空からの奇襲。
 突如有翼の獅子が空から現れ、急降下からのボディプレスで街道にはクレーターが生まれた。
 寸でのところで回避したアイシュリングが、巨躯を見上げて眉を潜める。
「……あの時の」
「僕の相棒だよ。お前ら程度に、負けるはずない」
 ──僕は必ずこの道を、天へと至る道を行くんだ!!
 幼い叫びを合図に、少年と獅子はハンターたちに襲いかかった。

●救いの在り処

 ジェーンが街道風上、ヴァルナが風下に位置して無関係の一般人を気に留めながら、匠とアイシュリングで攻撃を仕掛ける。少年一人でも手に余る布陣に獅子が加わったのだ。討伐には当然手こずった。それでもなんとか獅子を討伐し終えた頃、王都最寄地点を担当した3人が漸く到着する。
「お待たせしてすみません! すぐ、回復を……!」
 ルカの声が響き、仲間たちに安堵の色が浮かび始める。
 しかしその時、歪虚の少年も増援に視線を這わせ、ある事に気付いたようだった。
「あいつは……」
 全力で駆けつける最中、青年のローブのフードが外れたのだろう。少年の瞳には憎しみの色が滲んでいる。
「彼を、知っているのか?」
「うるさいッ! 忘れるもんか!」
 匠の問いに憎しみをこめて吐き捨てると、分が悪いと悟ったか少年は攻撃の手を緩めて突如後退を開始。ローブの背が大きく捲れ上がると、中から大きな翼が姿を現した。
「ミカエル様!」
「お待ちください、我々は……!」
 後方に控えていた巡礼者らは慌てふためき、縋るように手を伸ばし始める。けれど、小さな唇から紡がれたのは、残酷なまでに明瞭な死の宣告だった。
「ここでお別れだ。でもね、死は悲しいものじゃない」
 微笑んで、少年は羽ばたいた。小さな体はふわりと舞い上がり、ややあってその周囲に夥しい量の羽を生み出してゆく。
「主よ、彼らを救い給え」
 少年の指先一つでそれらは大地に降り注いだ。矢のように降り注ぐ真っ白な羽は、太陽光を浴びて輝き、まるで光の雨のようだった。神々しき悪夢──喜びの声をあげ、全身でそれを受け止める巡礼者もいれば、その段になって後悔を叫ぶ者もいた。けれど、天使はどんな人間にも平等に光を分け与える。鋭い羽が一帯を刺し貫き、後に残るのは覚醒者たちだけと思われた。だが……天へと至る道は、一筋だけ残されていた。
「なんとか……間に合いやしたか……」
「坊主!?」
 ウォルターが、その身を挺して一人の男を守り抜いたのだ。
 少年は、調査対象が仲間内で口封じする懸念を始めから抱いていた。だからこそ、その時に際し、迷いなく脚部にマテリアルを注いで走りだせたのだろう。守れる位置にいた一人の巡礼者をギリギリで突き倒し、自らの体をもって羽の雨から庇うように男に覆い被さった。
 少年の体は小さく、当然巡礼者の体にも幾つか羽は突き立った。だが、ルカが治療の手を伸ばしてすぐ、それに気が付いた。男の片足は義足であったのだ。
「お前、なんで……」
「……敵か、味方か。人か、歪虚か……」
 けほ、と音を立てて血を吐くと、少年は悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。
 突き立つ無数の羽はやがて光の粒と消え、後に残るのは背中に刻まれた蜂の巣のような傷跡と、そこから溢れ出る多量の血液だけ。
「優柔不断なもんで……灰色を、白と黒に、分けちゃうのは……苦手、なんでやんす」
 ルカのヒールを浴びながら、呟くウォルターの手から力が抜けゆく様を見て、男は強く唇を噛み締める。
 雨上がりの空。そこに小さな天使の姿を見つけることはできなかった。

「残念ながら、取り逃がしました」
 周辺調査を終えたヴァルナを始め、騎士団長が情報の集約を開始する。
「他には、何か得られたか?」
「ええ、後ほど報告します。彼の容体は?」
 匠にとって先んじて気にかけるべきは目の前の子供の命。眠る少年の話を持ち出せば、処置を終えたルカが苦い面持ちで口を開いた。
「命に別状はありません。……すみません。私の力不足です」
「それは違うわ。口封じに気付いていたのはこの子だけだった。この傷は彼の機転ゆえの勲章よ」
 そう言って、アイシュリングが寝息を立てるウォルターを見下ろす。容体を確認したエリオットは、安堵の息をついて少年を抱き上げる。
「こいつは俺が責任もって連れて帰る」
「分かった、お願いするわ。それと……」
 ジェーンがちらりと視線を送る先には、共に少年の容体を見守っていた巡礼者の男が居た。
 あの雨で、6人いた巡礼者の5人は撃ち殺された。唯一の生存者が、その男という訳だが。
「ねえ、貴方はどうするの?」
 ジェーンの問いに重ねるようにして匠が訊ねる。
「我々は王国騎士団長から直接の依頼を受けた調査隊です。貴方には伺いたいことが沢山あります。ご同行、頂けますね?」
 逡巡の後、男はローブを脱ぎ去って周囲の者たちを見渡した。
「俺はジューダス。全てを喪った、人間の屑だ」
 そして、男はウォルターの頬に触れると、悔むように目を閉じる。
「坊主……生きてて、良かった」
 一筋の涙を、流しながら。

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MVP一覧

  • 黒の懐刀
    誠堂 匠ka2876
  • ミストラル
    ウォルター・ヨーka2967

重体一覧

  • ミストラル
    ウォルター・ヨーka2967

参加者一覧


  • ルカ(ka0962
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • グリム・リーパー
    ジェーン・ノーワース(ka2004
    人間(蒼)|15才|女性|疾影士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • 未来を想う
    アイシュリング(ka2787
    エルフ|16才|女性|魔術師
  • 黒の懐刀
    誠堂 匠(ka2876
    人間(蒼)|25才|男性|疾影士
  • ミストラル
    ウォルター・ヨー(ka2967
    人間(紅)|15才|男性|疾影士

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/12/04 13:21:57
アイコン 相談卓
ルカ(ka0962
人間(リアルブルー)|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/12/07 22:04:54
アイコン 質問卓
ルカ(ka0962
人間(リアルブルー)|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/12/05 21:30:21