• 深棲

【深棲】BABEL

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2014/08/08 19:00
完成日
2014/08/16 17:42

みんなの思い出

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オープニング



 固く閉ざされた一室では円卓会議――グラズヘイム王国の最高意思を決定する会議が開かれていた。
 王女システィーナ・グラハムを始め、大司教セドリック・マクファーソン、騎士団長エリオット・ヴァレンタイン、侍従長マルグリッド・オクレール、聖堂戦士団長ヴィオラ・フルブライト、そして王族の一としてヘクス・シェルシェレット。
 その他、大公マーロウ家を筆頭とした王国貴族を含め、十数名が白亜の卓子に各々の思惑滲む顔を写している。
 重苦しい空気の中、王女が懸命に言葉を紡ぐ。
「自由都市同盟――隣人の危機です。私は急ぎ騎士団の派兵……」
「規模が、問題ですな」
 王女を制したのは大司教だった。
「騎士団と安易に仰るが、その数は? その間の国内をどうされる?」
「……どうにかやりくりして、できるだけ多くを」
 王女の縋るような視線を受け、騎士団長の眉が寄る。彼だけではない。大司教も侍従長も、そして聖堂戦士団長ですら同じ表情だ。
 言わんとするところは、誰もが同じだった。
「……現在の騎士団に、余力はありません」
「……ごめ、んなさい……私が……」
 ちゃんとした指導者だったら、きっと国はもっと強かった。
 無念そうに言葉を絞り出す騎士団長に、王女は消え入りそうな声で詫びる。
「まあ」ヘクスが軽薄に笑う。「余力はない、が全くの知らんぷりもよろしくない。さて、どうしよう」
 ねぇ、と問うた彼の視線の先。
「聖堂戦士団は半数を派遣致します。当然私も向かうことになるでしょう」
 ヴィオラが応じた。エクラ教の絶対的教義故、迷いのない言葉。
「良いのでは。王国たるに相応しい威光を示す良い機会かと」
 マーロウ家現当主、ウェルズ・クリストフ・マーロウが穏やかに言うと幾人かの貴族が首肯し、残りが眉を動かした。王女が口を出す前に大司教が言う。
「『騎士団の派遣は現実的ではない』。殿下、その慈悲で以て我が国の現状にまず目を向けて頂きたい」
「でも……」
 王女が何かを堪えるように唇を引き結ぶ。誰かが、小さく苦笑した。
「少数ならば」エリオットだ。「派遣できましょう」
「す、少しならできるのですか!?」
 大司教が騎士団長を睨めつけ、諦めたように息を吐く。
「騎士団長がそう言われるのであれば、是非もありませんな。――侍従長?」
「私は特に。異論ありません」
 侍従長の目が、他の出席者を巡る。
 出来る限りの譲歩だ、異論が出るはずもない。――王女の、本音を除いて。
「……で、では、少数の騎士団と半数の聖堂戦士団を派遣、同時に備蓄の一部を支援物資に回しましょう」
 次々と席を立つ面々。最後に部屋を後にするへクスと両団長の背に、王女は一度だけ目を向けた。


● UNKNOWN

「ニンゲン居ないね」
「貴女の目は節穴なのね」
「ワァーシン暴れてるからだよ」
「ここでは暴れてないじゃない」

 ──王国某所。遠方に町を望むそこに、不穏な集団が居た。
 半人半羊型の歪虚の群れ。その中央に、“人の姿をした何か”が2体。

「この辺どうかな?」
「あっちの方がいいと思うわ」
「……文句あるの?」
「あら、貴女は文句はないの?」
「ないよ。あっち行こう!」

 遠くに見える町を襲うでもなく、おかしな“群れ”は去ってゆく。
 王国の、別の場所へと──


● BABEL

 それは、世界が生まれて間もない頃のお話。
 人は、神より与えられた使命を全うすべく、地で産み、増え、満ちた。
 やがて文明は発展し、人々は様々な力を手に入れ始めた。
 だが、そんな力が人を驕らせたのだろうか。
 ある日、人は天にも届く“塔”を作り始めた。それはすなわち天国への門。
 地に栄えよという使命も忘れ、人は地を離れようとした。
 神は、人をどう思ったのだろう。
 ついぞ天に手が届こうとした時、神は人を裁いた。

 それは、傲慢の代償───。


「へぇ、変わった歌だな」
 グラズヘイム王国の首都。その第3街区のとある酒場で吟遊詩人がそんな意味合いの歌をうたっていた。
 だが感想の礼もそこそこに、吟遊詩人は酒場のマスターに別の話を切り出す。
「これはね、リアルブルー人の祖母から伝わった歌よ。それより……最近お客が少ないんじゃない?」
 気にもするだろう。彼女の収益にも関わる。だが、これにはマスターも苦い表情を浮かべるばかり。
「隣の同盟領で大きい戦が始まるってんで、騎士団も出兵したそうだ」
 お陰で国内の任務はギリギリの大忙し。酒を飲みに来る余裕すらないのだろう。
 マスターはため息を零し、洗い上がった金属製のコップを丁寧に拭いて棚にしまった。

 王国首脳陣を集めた円卓会議の後、王国騎士団長はすぐさま2人の副団長を招集。団長を含めた計3名の幹部で首脳会議を開いた。結果、此度の大規模戦闘のため騎士団全体の編成の見直しを実施。現場の騎士たちの強い覚悟もあったのだろう。騎士団は大規模戦闘終了までの間、今より少人数で国を守り遂せるよう騎士各位の負担増をベースにした再編案を確定した。同時に、同盟領へ派遣する為の王国騎士団特別編成部隊を結成。副団長のダンテ・バルカザールを筆頭に、特別編成部隊は同盟領へと発った。それが数日前のこと。
 特別編成部隊が王都を発ったと言うことは、その分の人員が王国の守りから抜けたと言うことだ。
 王国の警備体制は、今、前代未聞の手薄さを露呈していた。

「エリオット様!」
 現場の騎士同様に哨戒任務にあたっていた騎士団長エリオット・ヴァレンタインが、業務の切れ目に騎士団本部へ帰還した時だった。本部ロビーには騎士団在籍経験の長い数名の騎士が集まっており、その中にいた1人の騎士が、エリオットを見つけるなり駆け寄ってきた。
「ご報告です! また、羊型の歪虚が……!」
 騎士たちは、皆深刻な表情だ。その“原因”を、彼らは共有しているのだろう。
「……どこだ」
「西です。どうやら、群れで北に向かっている様子で……」
 エリオットは深い息を吐いた。昂りそうになる鼓動を、抑える為に。だが、古参の騎士が不安を隠しきれない様子で問う。
「一月以上前だったか。羊が、西に現れたんだった、よな?」
「……単発の討伐依頼として対応し、以後の調査結果も異変は感知していない」
 勤めて冷静に。それが青年にできる最大限の対応だ。
「現場から近い駐屯地の騎士団員に早馬を飛ばして対処させますか?」
 ある騎士の提案に、別の騎士が声を上げた。
「大規模戦闘の影響で現場は……特に西部は既に限界に近い! そこに歪虚の大群を討伐しろなんて……!」
 張りつめた空気は、王国の現状を如実に表した。
 円卓会議でエリオットが口にした言葉は、一言一句適切だったのだ。

『……現在の騎士団に、余力はありません』

「俺が出る」
「エリオット様お一人では……!」
「ハンターを少数、ソサエティに依頼する。騎士団の現状は……俺の責任だ」
 そう言い残し、王国騎士団長はもう随分休息していない体で本部を後にした。

リプレイ本文



 ──どうか、王国のため力を貸してはもらえないだろうか?
 王国騎士団長エリオット・ヴァレンタインは、5人のハンターを前に心痛に曇った面持ちでそう求めた。
「俺はリュー。リュー・グランフェスト(ka2419)だ。よろしくな」
 真っ先に快諾を示し、手を差し出したのは溌剌とした少年。瞳も頬も何もかもが生命力に溢れ、エリオットにはそれが少し眩しく思える。
「命がかかってんなら役割がどうだとかつまんねえ事言ってる場合じゃねえ。力貸すぜ!」
「……私もお手伝いできて嬉しいです」
 リューの手を取り握手を交わす青年を見守るように、シェール・L・アヴァロン(ka1386)が微笑む。
「少しでも騎士団の負担を減らしてさしあげたくて……残った騎士様たちがほとんど休息がない、ってちょっぴり心配してるの」
 対する青年は「よろしく頼む」と一言答えると、心苦しそうな顔をした。そんなやり取りを、クリスティア・オルトワール(ka0131)は少し離れた場所から見守っていた。
 ──こちらを頼る程に騎士団派遣による人手不足は深刻なようですね。
 恐らく、想定外の事件が起こった故の事態でもあるのだろうが。クリスは誰にも訊き咎められないよう、小さく溜息をつく。今回の単独出撃も騎士団派遣による戦力不足に強い責任を感じての事かも知れない……エリオットの背景を慮ると、息が詰まるようだった。
「羊の群れ、ね。……怪しい動きをしているらしいが」
  トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)は、品定めするかのようにエリオットを眺めまわす。その視線を受けとめながら騎士団長は改めて本件の敵の動きを説明した。
「街を襲うでもなく、北を目指している……?」
 拭いきれない違和感がある。アイシュリング(ka2787)は思索を巡らせながら、とつとつと状況を整理し始めた。
「王国北部は、亜人が生息する荒涼とした土地、だったかしら」
「あぁ、そうだ」
「度々、この周辺に羊の群れが現れるのなら、歪虚の生息地と人の住む街の間に拠点を作るつもりで、その偵察……とか」
 推察を進める馬車の中、頭の後ろで手を組みながらトライフが退屈そうにぼやく。
「はっ、金さえ貰えりゃ俺にはどうでも良いことだ」
 ハンターとして請け負ったのは羊型歪虚の討伐。報酬もそれに応じて支払われるわけで、トライフがそれ以上に介入する義務も義理もどこにもない。当然の発想だ。それに、トライフ自身荒事は苦手だと言うが今回は"お強い王国の騎士団長様"が居る。
 ──精々楽させて貰おうか。
 上がった口角を隠すように、青年は窓の外を眺めた。



 クリスの提案で現場に馬車で急行した面々は、情報提供のあった地点付近で、遠方に群れを発見。連中は、のそりのそりと北へ向かっている。ハンターらは連中の進行方向逆側、後ろを突くよう接近を試みた。あの歩みの鈍さなら、全力移動で距離を詰めることなど容易い。
 頃合いを見計らい、進みを緩めたのはトライフ。
「後ろで煙草を吸いながら高みの見物……だと流石に報酬を貰えないだろうからな」
 ──覚醒。右の瞳が輝き、青光が宿る。同時、右半身に焔の様な模様が浮かび上がった。
 刹那、アイシュリングは背中から全身を駆け巡るエネルギーを感じた。攻性強化だ。トライフが彼女に施したのだろう。「任せた」とでも言うように、ひらひら手を振っている。
「ま、後ろで煙草を吸いつつ支援しとくさ」
 吐く息は白い。青年は凍てつくような心地のまま新しい煙草を咥えると、氷のような指先で火をつけた。
 続いてシェールが大きく息を吸い込む。祈るように目を閉じると、呼応するように光が現出。それはリューの全身を覆うように輝き、拡散する。
「……無茶しないで下さいね」
「あぁ、ありがとな」
 そうして、距離24m──射程に捉えた。クリスのウインドスラッシュならもう少し射程も伸びたが、この場合少しでも攻撃手が多いタイミングで先制を仕掛けるのが得策と判断した。
 エルフの少女が目を伏せる。唇の動きは僅か、規則正しい呼吸を繰り返す。集中し、心を研ぎ澄ませるとマテリアルを感じることができた。
「……行くわ」
 アイシュリングの手元に収束する光は矢の形を成し、そして──発動。
 続いてクリスもエネルギーを変換しようと意識を集中した、刹那。クリスの全身を巡っていたマテリアルが加速した。心臓から送り出される血液の量が一気に増したような感覚。これもまたトライフの攻性強化だろう。生み出す風の刃はより鋭く、薄く、硬質になり──アイシュリングの矢に穿たれ怯んだ羊に容赦なく襲いかかって、その身を裂いた。怨、という呪いめいた呻きと共に1体が大気に溶ける。瞬間、群れが翻った。
「来るぞ!」
 リューが早まる鼓動を抑えつけるように叫ぶ。羊たちが攻撃に気付きハンターらに全力移動を開始した。羊の移動力をもってすればこの程度の射程数秒でゼロにできる。引き打ちは敵わないと悟り、シェールが皆に促した。
「接近戦をせざるを得ません。……構えてください」
 それを合図に、エリオットが動いた。先頭の羊へ瞬時に距離を詰めると、一閃──振り抜いた剣の軌跡を追うように、切断された上半身がズレ落ちる。傍から見れば十分驚異的な戦闘能力だが、クリスはそれに確信を得た。彼は万全じゃない──本調子なら、今の一閃で2体は葬れただろう。
 アイシュリングは後方から僅かな射線を確保すると再び光の矢を番えた。矢は羊を貫くが、それでもなお倒れることなく向かってくる。暴威と言えるほどの数──骨が折れる。悪態の一つも付きたくなるだろう。トライフは煙を吐き出しながら、シェールへ意識を集中させた。そのシェールの間近には2匹の羊が群がり始めている。少女は自らの使命とばかりに息を吸うと、凛とした瞳で敵を睨み据えた。トライフの防性強化、そして自らのプロテクションに守られたまま盾「カエトラ」を強く握る。
「ここから先には、行かせません」
 振るわれる斧。想像よりずっと重く深い一撃を円形の盾で受け止めれば、刃が表面を滑る。直接的なダメージは免れた。だが、衝撃を受けた少女の手は麻痺に似た感覚に支配されている。
 もう一撃。別の羊がサイドから仕掛けたのは槍が繰り出す"点"の攻撃。この状態で受けるのは難しい。ならばかわす以外ないのだが、シェールは"あることに気付いて避けることをやめた"。直後、クリティカルヒット──敵の一撃が少女の腹部を容赦なく抉った。頭の奥が真っ白になるような痛烈な一撃。それでも少女は倒れなかった。シェールは濁る視界のまま、自らの腹の痛みを頼りに槍の柄を強い力で握りしめる。そうまでして敵を止めたのは……彼女の後ろに魔術師の少女たちがいたからだ。
 クリスの指先から奔流するマテリアルは赤々とした焔となり、一つの矢に収束していく。攻性強化のおかげか、いつもより焔が激しい。熱矢を極限まで引き絞ると、少女は一気に解き放つ。
 放たれたファイアアローは、羊に直撃。たった一撃で敵を焼き尽くした。


 残るは3体──うち、1体にトライフが照準を合わせた。この時、青年のスキル残数はゼロ。仕方がない、とばかりに青年はデリンジャーの引き金を引く。
 弾丸は羊の肩を貫いた。だが攻撃手を緩める気配のない敵の体力にトライフは辟易する。それを掃討すべく、軽い身のこなしで滑り込むリュー。大振りの剣を振ったが故にガラ空きになった敵の胴部ど真ん中目掛け、少年は渾身の力で剣を突き立てた。
「落ちろ……ッ!」
 エストックが肉を穿つ。突剣の先端が敵の体を貫通し、空気に触れる。ぐぬりと重い感触が失せると、歪虚が眼前で光と消えた。
「あと2体!」
 リューのカウントが鼓膜から脳へ駆け抜け、シェールが前に出た。今は攻撃が最大の防御と言える絶好のタイミングだ。防御に専念していた彼女が振るうのは杖。テュルソスを振りかぶり、羊の頭部を渾身の力で殴打。態勢を崩す羊をかわすように、少女はサイドステップで"道"を開ける。そこを通るのは、一筋の光──
「今です、打って下さい!」
 アイシュリングのマジックアローが風を巻き上げ羊の喉元に突き刺さる。矢の光の霧散に呼応しするように、歪虚も消失。
「残り、1体……」
 アイシュリングの注目は最後の1体に寄せられていた。その視線は敵の行動を具に捉えている。だが……羊は逃げ出さない。
 それどころか敵はエリオットに向って巨大な斧を振り下ろした。金属が派手にぶつかりあう音がして、耳にキンと嫌な余韻が残る。歪虚の斧は、青年の剣に完璧に受け止められていた。
「クリス」
「……はい」
 後方、マテリアルを収束させた矢を番えていた少女が求めに応じる。青年が羊を押さえこむ側面から、クリスのエネルギーが穿った。

 怨、と。ただただ不吉な呻きが辺りを包んだけれど、群れは全て光に溶けるように消えていった。



「……羊、逃げなかったわね」
 過去の報告書では、数が減った際逃走を開始する傾向がみられていたが、今回は逃げることをしなかった。……なぜ?
 アイシュリングは羊たちが残した唯一の痕跡──足跡を眺めて呟く。
「群れの長が居ないってのも少し気になるな」
 煙草に火をつけたトライフは、肺一杯に煙を送りこんだ後、一息ついてある人物に振り返る。
「そういや騎士団長様は前にも遭遇したんだったか」
「あぁ、群れには長が居る場合と居ない場合とあったが」
「なるほど。一概に長の有無は問題視できない、か」
 会話の合間、絶えず煙を燻らせながら、青年の目は"北"を映していた。
「でもさ、やっぱり……妙な話だな」
 リューが拳を握りしめた。飛び交う話に、心の中に潜んでいた疑念が膨れ上がってくる。
「だって、まるで兵が出払ってるのを見越したみたいじゃねーか?」
 少年の言葉に、誰より反応を示したのはエリオットだった。だが、もしそうだったとしたら今すべきことがあるはずだ。アイシュリングは皆にこう切り出す。
「周囲に指揮官が居ないか、探ってみましょう。ついでに、連中が荒らした大地も、整えてあげたいの」

 ハンターたちは、戦闘場所を始点に荒れた大地を最低限、出来る範囲で整地していった。すると、自然に「羊たちの足跡」に注目が集まる。
 当初「どこに向かっていたのか」が注目されていたが、そこで漸くアイシュリングが大元の話に気が付いた。
「見落としてたわ。そもそも、"この羊たちはどこから来た"のかしら」
 足跡はずっと南の方へ続いている。どこまでこれが続いているのだろうと考えると背筋が寒くなった。
「もしかしたら、これは陽動で、どこかに別に本隊が……いるのかも。もっと離れている場所に……」
「でもさ、もし陽動なら、俺らがこの状態で本隊を探して討つには厳しい、よな」
 リューが頬を掻きながら、苦く笑う。
 少年は勿論、他のハンター達もスキルを使い切っており余力のない状態だった。
「王都に帰って、別途調査隊を派遣した方がいいんじゃないか?」
 リューの言葉に、シェールが頷く。
「えぇ。でも戻る前に……少し休憩しましょう?」
 皆、心身とも随分消耗していた。だからこそ、休憩が効率的であることは間違いないのだが──
「あぁ、皆は少し休んでから出発してくれて構わない。本当に、今回は助かった。重ねて礼を言う」
 生来の質だろうか。シェールの提案を肯定しながら、エリオットは一人その場を後にしようとしている。一刻も早く王都に帰還し、近辺の調査を行わねばならない──急いた青年の腕を、白い手が掴んだ。
「……最後にお休みなられたのはいつです?」
 不意打ちだった。手首を掴まれ、驚いて振り返った至近距離にはクリスが居た。頑なな少女の瞳は、思いのほか間近で青年の顔を覗き込んでいて、遠目で見るよりずっと深く綺麗な橙だなと何でもないことがエリオットの頭に過る。
「よく、覚えていない」
「しばらく休んでいないと言うお答えだと、受け取っていいんですね」
 厳しい声色で問いかける少女に、青年は短く「大したことじゃない」と答えた。それが別の少女の堪忍袋の緒を切ったとも知らず。
「あなたね……しばらく休んでいないのなら、なぜそう言わなかったの?」
 アイシュリングがエリオットの胸のあたりを叩く。鎧の感触は、固く冷たい。
「前もって伝えてくれていたら、皆でフォローすることができたでしょう?」
「……あぁ」
「ハンターと連携するつもりがないのなら仕方ないけど、それであなたの身に何かが起こったら、迷惑よ」
 諭すようにきっぱり告げるアイシュリング。そして少女の言い分をただただ聴きとめるエリオット。はらはらした面持ちで両者の顔を見やるシェールを横目に、ややあって青年が体の底から吐き出すように長い息をついた。
「そうだな。お前の言う通り、前もって言うべきだった。……済まなかった」
 疲労には肉体的疲労の他、精神的疲労もある。精神疲労は判断力や思考力まで鈍らせる。今の男が冷静に判断できていないのもそういった理由だろう。それを認め、エリオットが頭を下げようとしたところを、クリスが制した。
「そうじゃないんです。謝って頂きたいとかじゃなくて……心配するのは当たり前でしょう?」
 特に友人の事ですから、見過ごせないのです。そう言って、クリスは笑う。
「だから、ほら。帰りの馬車くらい眠って頂かないと」
「お前たちも疲れているだろう。そんな訳には……」
「いいえ。無理やりでも寝て頂きます」
 青年を見上げる視線は穏やかなのに、反論を許さない強さがあった。ぐ、と言葉に詰まるエリオットを宥めるように少女はこう続ける。
「床で眠れないのでしたら膝くらいお貸し致しますので」
「……膝?」
 我に帰ったのか、エリオットが黒髪を2、3度掻く。
「クリス、お前はもう少し……」
「あぁもう、ほらさっさと帰るぞ。良いから乗れよ」
 存分に煙草を堪能したのだろう。トライフが吐き出した煙を風下に流すと、吸い殻を灰皿に突っ込みながら馬車へ乗りこんだ。ぐだぐだしている男の背をリューが無理やり押し込むと、続いてシェールが乗り込んだ。
「エリオットさんに感謝しています。私達、ハンターのこと頼ってくれて」
 その笑みに他意はなく、心からの礼だろう。だが、「頼った」という事実を明白にされたエリオットは少女の無垢な笑みを無碍にすることなど出来ず、車の中しばし目を閉じ王都への道を揺られていった。



 ──後日。
「例の足跡は戦闘現場より南方に続いており、そこから大きく西を迂回。更に南の方へと続いておりました。ただ、足跡の他は何も発見することはできませんでした」
「そうか、ご苦労だった。休んでくれ」
 敬礼と共に辞す騎士を見送ると、エリオットは落ち着かない様子で額に手をあてた。言い知れない焦燥感に襲われながら、青年は足早に執務室を後にする。目指すは王城、円卓の間へ……。

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  • 不動の癒し手
    シェール・L・アヴァロンka1386
  • 未来を想う
    アイシュリングka2787

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参加者一覧

  • 古塔の守り手
    クリスティア・オルトワール(ka0131
    人間(紅)|22才|女性|魔術師
  • 大口叩きの《役立たず》
    トライフ・A・アルヴァイン(ka0657
    人間(紅)|23才|男性|機導師
  • 不動の癒し手
    シェール・L・アヴァロン(ka1386
    人間(紅)|23才|女性|聖導士
  • 思い出の守り手
    無銘(ka2060
    人間(蒼)|10才|男性|疾影士
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 未来を想う
    アイシュリング(ka2787
    エルフ|16才|女性|魔術師

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/08/04 23:41:53
アイコン 相談しましょ、そーしましょ♪
無銘(ka2060
人間(リアルブルー)|10才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2014/08/07 22:09:07