傲慢からの誘い

マスター:赤山優牙

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~10人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2015/12/29 07:30
完成日
2016/01/07 16:59

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

★連動シナリオ「希望への『宣言』」のオープニングの続き★

●二人の歪虚
「つまり、街で派手に暴れろって事か」
 歪虚ズールが巨大な体躯を楽しげに揺らした。
 そろそろ、小さい村でコソコソするのに飽きて来た所だ。
「お前ほどの実力があれば、街一つ簡単だろう」
 そう言ったのは歪虚ネル・ベルだ。
 二人は既にブルダズルダの街に入り混んでいた。今は使われていない廃屋に身を潜めている。
「それにしても、あの小娘、めんどくせぇ事になりやがって」
 悪態を突くズール。
 小娘とは少女ノゾミの事であった。この街のどこかに囚われているらしいのだ。
「今回の作戦は救出ではない」
「……そうなのか? 意外だぜ」
 てっきり、従者を助ける為だと思っていただけにズールは拍子抜けした。
「これを貴様に預ける。決して開けるな。後で回収するからな」
 しっかりと蝋で封がされた書状を投げ寄こすネル・ベル。それを乱暴に受け取ったズールは興味無さそうに懐にしまった。
「で、いつから、始めていいんだ?」
 不気味な笑みを浮かべてズールは訊ねた。

●ソルラの決意
 部屋の扉が閉まる音が響いた。
 厳しい表情と姿勢を保っていたソルラは崩れるようにソファーに腰掛ける。
「そんな……急に……」
 歪虚の協力者と思われる少女ノゾミの移送が急遽決まったのだ。
 街中に歪虚が潜んでいるのではないかという情報が騎士団本部に伝わったらしい。
 ソルラが持つ歪虚の存在を知らせる装置のランプもずっと点きっぱなしであるが、これは伏せていた。
「ノゾミさん……」
 なんとか救いたかった。
 このまま移送されれば、どういう結果になるか容易に想像はつく。
 まずは厳しい拷問が待っているはずだ。
「…………」
 縁ある人から贈られた赤い刀身を持つ直剣を手に取った。
 苦しい結末が待っているのであれば……自らの手で始末をつけるべきではないのか……。
 『アルテミス』小隊には独自の権限が与えられている。歪虚協力者と思われる容疑者を、断罪する事も不可能ではない。
 意を決したソルラは剣を手にしたまま、部屋を飛び出して行った。

●歪虚襲撃
「隊長、報告と確認があり……あれ? 隊長?」
 ソルラが飛び出していってしばらくしてから兵士達が入ってきた。
 だが、部屋の主はいない。無断外出するという事が今までなかっただけに、兵士達は困惑する。
「まいったな……移送の護衛を、この街の衛兵らに任せるのか、小隊で行うのか、確認が取れない」
「とりあえず、相手側の申し出をそのまま受けるしかないな。俺達余所者だし」
 そんな事を兵士達は話し合っていた。
 そこへ別の小隊員が駆け込んでくる。
「た、大変です! 隊長! って、あれ?」
 酷く慌てた様子だが、隊長の姿が見えない事に首を傾げる。
 先に居た兵士達は肩を竦めた。
「隊長はいねぇよ。で、どうしたんだ?」
「街中で歪虚が暴れてるって!」
「な、なんだってぇ!!」
 急いで部屋の窓に飛びつく兵士達。
 彼らの目に映ったのは、街の様子だった。特に煙が上がっているわけでもない様子だが……。
「俺達だけじゃ、やれないぞ」
「そうだ! ハンター達に頼もう!」
 一人の兵士が提案した。
 隊長が不在だが、もはや、一刻の猶予もないのは明らかだ。事後報告にはなるが、兵士達はハンターを呼ぶべく走りだした。

●とある街道にて
 一台の馬車がブルダズルダの街へと向かっていた。
 特殊な魔導冷蔵庫を備えた馬車だ。冷蔵庫の中には、鮮度を保つ必要がある食材が満載しているが、カモフラージュの為だ。
 奥深くに、とても、人には見せられないなにかが載っている。
「ふぅ……間に合いそうじゃの……」
 『戦慄の機導師』オキナが遠くに見える街をみつめながら呟いた。
 街までもう後少しだ――そう思って視線を別の方向へ向けた時だった。
「あれは、フレッサ領の兵士達か」
 武装している一団。
 数は多くない様だが、戦場に行くような程、重装備であるのは一目で分かった。
「ふむ。つまり、いよいよ、動くのじゃな」
 ニヤリとオキナは笑った。

リプレイ本文

●ブルダズルダの街のとある避難所
 歪虚ネル・ベルが、人々の前に姿を現す。
 住民達は一気に恐慌状態となった。安全と思って集まった避難所に歪虚が現れたのだ。
(さて……フラベル様にまだ及びはしないが、どこまでできるものか……)
 歪虚は心の中でそんな事を呟きながら慌てる住民達を見下ろす。
 誰もが出口に殺到している。立ち向かって来ようとする者はいない。
「慌てる事はないぞ、弱者は強者の命令に忠実であれば良いのだからな」
 誰も歪虚を見ている者はいない。その言葉すらも耳には入っていないだろう。
 だが、無駄に大袈裟な手振りで歪虚は続けた。
「弱者は街中で日が暮れるまで暴れ回るのだ」
 誰に向かってでもなく差し出した腕。
 刹那、負のマテリアルが急速に広がった。
 静まったのは一瞬の事であった。直後、避難所に集まっていた住民達は一斉に街を破壊しに出て行った。
「好きなだけ暴れるがいい」
 涼しげな顔付きで歪虚ネル・ベルは口元を緩めた。

●探索――ブルダズルダの街――
 至る所から怒号と悲鳴、そして、ガラスが割れる音やなにかを叩く音が響く。
 街の治安の崩壊はあっけなかった。街のあらゆる所で出現したスライム状の雑魔に、兵士や衛兵らは大混乱。民衆は街の外に向かって一斉に逃げ始め、それに合わせるように火事場泥棒も現れる。その混乱は時間が経過と共に増していて、もはや、手がつけられない。
「随分と簡単に入り込まれたものですねぇ……。この街の兵士は何をしてたのか」
 メリエ・フリョーシカ(ka1991)が苛立ながら言い放つと、覚醒状態――肩甲骨の辺りから青いマテリアルが翼のように広がった姿――のまま大通りを疾走する。
 彼女の心中が穏やかではないのは無理はない。本来、街を守るべき兵士や衛兵の一部が暴徒と化していたからだ。
 力量の差も知らず掴みかかってきた暴徒の一人に拳を叩き込む。
「恥を知れ!」
 吹き飛ばされた暴徒は壁に叩きつけられる。
 殺してはいないが、肋骨の何本かはいっただろう。
「粗末な鎧でも、身につけて良かったな」
 皮肉たっぷりの言葉を放って、トランシーバーに手を伸ばした。仲間からの連絡だ。

「通信……状態は、これで、いい、か」
 機導術によって、電波を増幅させ、交信環境を調整したのはオウカ・レンヴォルト(ka0301)だ。
 入りくんだ路地や大きな建物もあり、トランシーバーでのやりとりが必ずしも繋がらない場合もあるのだが、彼の力によって、今の所、連絡に支障は出ていない。
「必ず、いるはず」
 スライム状の雑魔と暴れている歪虚の情報。
 そして、緑髪の少女がこの街のどこかに囚われているのだ。あの歪虚が、今、この街に居ない方が不思議な事。
「あまり時間もとれん、な……急ごう、か」
 そんな風に隣を歩く十色 エニア(ka0370)に声をかける。
「そうだね」
 ある少女の姿を真似、マントの下にはワンピースを着ている“彼”は、火事場泥棒していた衛兵を縛っていた。
 ただのワンピースではない。ソルラが率いる『アルテミス小隊』の制服だ……女性用の制服ではあるが、そこは誰もツッコム事はなかった。
「ノゾミちゃんっぽくしたけど、あまり、意味がなかったかもね」
「街の、兵士にとっては、それほど、感心がなかった、かもな」
 エニアは歪虚と行動を共にしていた緑髪の少女に似せていたのだが、あまり意味はなかったようだ。
 むしろ、小隊の制服の方が効果があったようで、掠奪現場に現れたエニアの制服姿を見て逃げ出す始末だった。
「ソルラさんは一体、どこにいったのかな」
 ワンピースの裾を少し持ち上げながらエニアは呟いた。丈が短いので、スースーする。
 小隊員の話しによると、詰めている屋敷から飛び出して行ったという事であった。
(1人で無茶しないようにって、言われてたの忘れたのかな)
 以前、古都で囚われた際に仲間のハンターからの注意を最近は守っていると思いきや、この大事な時にこれである。
「なにか、考えがある、かもな」
「……だと、良いけど……」
 もしかしてと一つの予感が過った。
 万が一でもネル・ベルと接触するような事があるのであれば、魔法を使って止めようと。

「こっちだ! 早く逃げろ」
 リュー・グランフェスト(ka2419)の声が喧騒とした通りに響く。
 その声が聞こえているのかいないのか、住民達は散るように逃げて行った。リューの視線の先にスライム状の雑魔の姿が見える。
 勇敢にも1人の兵士が槍を突き出しているが、腰に力が入っていない。実戦慣れというか、訓練もしてないのではないだろうか。それでも、立ち向かう姿に感心しながらリューが剣を振りながら突撃する。
 刀先が煌めき、一閃するだけで、スライム状の雑魔は霧散した。
「た、助かった。ありがとう」
「気にする事はないぜ。それより、大柄な男が暴れているか知らないか?」
 リューの質問に兵士は首を横に振る。探している大男とリューの間には一つの因縁があった。
 大男――ズール――に返り討ちになって、堕落者となった騎士シャルをリューやハンター達は倒している。騎士シャルの仇を討つ。無念を晴らす。それは、リューが騎士として果たさなければならない使命なのだ。

 路地の一角に出現したスライム状の雑魔を一刀の下に四散させたクリスティン・ガフ(ka1090)。
 狭い路地の中でも身長を遥かに超える長大な刀を振りまわすには高い技量が要求される。
「いないな」
 街の兵士を掴まえて聞き出した情報だが、到着する頃には遅かったようだ。
 大通りこそしっかりしているが、入り組んだ路地が多い。領主は評判が悪いと噂されるだけあってインフラ整備もままなっていないようだ。
(魔導アーマーを持ってきたとしても……)
 この状況では不必要だっただろう。
 住民達は統率なくバラバラに逃げ回り、街の至る所で掠奪や暴力が広がっている。
 ハンター達にできる事は、一刻も早く混乱の元凶である歪虚勢力を退ける事だ。
「次の区画に行くか」
 クリスティンは呟くと再び駆け出した。

 暴徒と化した兵士を一発の拳で沈めて米本 剛(ka0320)が口を開く。
「やれやれ、自分達が何者であるかも頭から飛びましたかな?」
 その様子に他の暴徒達は悲鳴を上げて、剛に立ち向かってきた。それらを手加減しながら打ち落としていく。
 冷静になるように声をかけたが、聞く耳を持たず立ち向かってくる暴徒もいれば、散り散りになって逃げて行くのもいる。
「全く……厄介な事になりましたね」
 振り返って仲間達に声をかけた。
 厄介なこととは、歪虚だけではなく、ソルラの行方だ。
 誰にも告げず街に飛び出して行ったという事は、歪虚とのなんらかの接触を試みようとしている可能性がある。
 その事は非常にマズいはず。小隊長という立場なのだから、もう少し冷静になってほしいものだ。
「とりあえず、ソルラを見つけねぇとなァ」
 シガレット=ウナギパイ(ka2884)がトランシーバーを耳に当てながら言った。
 彼は先程から、仲間達との連絡に余念がない。
 街の兵士らが役に立たない事は良く分かった。だが、この街には、王国騎士団直属の小隊である『アルテミス』が滞在中なのである。小隊員達は隊長であるソルラの帰還を待っている。この街の混乱も、『アルテミス』が健在であれば、多少は改善するはずだ。
「ルンルン。どうだ?」
 屋台のテーブルで占いを続ける仲間に訊ねる。
 ただの占いではない。ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)は符術師であり、その占術はこうした場面では役に立つ。
「ネルベルベラルルベララルラ、カードを一引きあら不思議……ニンジャの力が物を言っちゃいます!」
 役に立つと……信じたい。
 豊かな胸のそれを揺らしながらの大袈裟な動き。
「ルンルン忍法花占い☆心の迷子は、闇の言葉に揺られ……後、好きって出たから、ソルラさんは、あっちです!」
 もはや、意味不明な感じになってきているが、示した方角は、仲間達がまだ探していないエリアの方角であった。
「自分らからは遠いですね」
 示された方角の方を見つめながら剛が手をかざした。
 手分けしての探索ではあるが、あの方角は……。
「トライフと星輝だなァ」
 タバコに手を伸ばし――再び戻してシガレットが応える。
 ソルラとなにかと関わりがあるあの二人なら、なんとかしてくれるはずだ。
「今度はズールを探すよ! どんなに巧妙に隠れようと、ルンルン忍法からは逃げられないもの!」
 嬉々としながら、ルンルンが再び占いを始めたのであった。

 タバコの煙が――風で流れていく。
(ったく、寒い中、わざわざソルラに会いに来たって言うのに……)
  トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)が心の中で呟く。ソルラはお留守どころか行方不明だ。
「分かったのじゃ。こっちで追ってみるかのう」
 仲間からの連絡を受けていた星輝 Amhran(ka0724)が、トライフに視線を向ける。
「どうやら、この地区にいるかもしれないという事じゃ」
「都合良い事だね」
 ククッと笑う彼はゆっくりと歩き出す。その後ろを歩きながら星輝が声をかけた。
「まったく、すまんのじゃ」
 星輝は重い怪我をしている。
 災厄の十三魔の一人、ナナ・ナインとの戦闘によってだ。その為、今回の任務では無理をせずに連絡係を行っている。
 街は混乱している為、覚醒状態に入る事もできない星輝は、普通の少女とも変わらないだろう。
 トライフからは返事はなかった。だが、立ち留まって、路地の手前で右手を上げている。
「居たのかの?」
 星輝の言葉に、トライフは頷いた。そして、二人は路地へと入っていく。

●逃げる騎士
 通りから路地に入ってきた二人の人物をソルラは誰か咄嗟に分かった。
「星輝さん……トライフさん……」
「ソルラよ、急いでどこへ行く? 尋常ではない眼差し……葛藤と苦悩かの? 婆の眼は誤魔化せぬぞ」
 星輝が進み出てソルラに正面から近付く。
「まさか、ノゾミを助けるとか云うてネルベルに接触でもされたとかのう? アレの真の恐ろしさは賢しさじゃ」
 人を連れて転移できる能力を持つあの歪虚の事だ。ノゾミを救い出すのは難しくないだろう。
「……ネル・ベルは、ノゾミさんがこの街のどこにいるかまでは知らないはずです」
 ソルラが後ずさりながら口を開く。
「歪虚の力を借りたとなったら、その後、どうなるか、わかっておるじゃろ」
「それでも、私は私なりに、成さなければいけないのです!」
 そう言い残してソルラは逃げ出した。
 追いかけようと思ったが、覚醒状態に入ったソルラに怪我人の星輝が追いつけるわけがない。
「まったく、手のかかるお嬢さんだ」
 呆れたようにトライフが言い放つと覚醒状態に入る。ソルラを追いかけるつもりなのだろう。
「トランシーバーの電源をつけておくんだね」
「頼んだのじゃ」
 葉巻煙草の煙を残しながらトライフはソルラを追って路地の奥へと進んだ。

●堕落者ズール
「では、手筈通り、俺達は、行く」
 オウカの台詞に剛は頷いた。
「時間稼ぎをお願いしますね」
「ルンルン忍法で悪の企みの匂いを感じてきます!」
 メリエとルンルンも、この場に残る仲間達に向かって声をかけた。
「聖導士が二人もいるんだァ。なんとかなるだろうよォ」
「自分達が必ず支えてみますよ」
 応えるように、シガレットと剛が返事をした。
 片や態度の悪そうなおっさんに、片やごついおっさん。これでも百戦錬磨の聖導士なのだから、ハンターの世界は広い。
「別に倒してしまっても構わないのだろう」
 長大な刀を鞘から引き抜き、クリスティンが不敵に笑った。
「それ、フラグ――まぁ、倒せるなら倒してしまっていいから」
 エニアが苦笑を浮かべて言うと、オウカ、メリエ、ルンルンに目配せする。
 4人は頷き合うと、混乱する街中を走りだした。他にも歪虚がいると想定して探索を続けるからだ。
 そして、残ったハンター達の視界の先にいる大男。
「あれが、ズールか……騎士シャルの仇。必ず取るからな!」
 強い決意を込めてリューが刀を抜き放つ。そして、大通りをハンター達は一斉に駆け出した。

 ハンター達が迫ってくるのをズールもすぐに分かった。
 逃げ出して行く住民の流れに反して向かってくるのだ。分からないわけがない。
「ほぉ。むさいおっさんばかりと思ったら、なかなかの上玉が1人いるじゃねぇかよ!」
 走ってくるハンターのうち、クリスティンに視線を向けた。
「どれよ! これで、計らせてもらうぜ!」
 ズールが火球を作り出すと、それをクリスティンに向かって放った。
 それは進行ルート上で爆発する。無数をがれきを華麗な動きで避け――
「力任せの才無し」
 とクリスティンは言い放つと同時に長大過ぎる刀を振った遠心力を利用して爆発を完全に見切り、刀先を振り下ろす。
「やるじゃねぇか!」
 それをズールはいつの間にか構えていた大剣で弾く。
「お前みたいな傲慢な歪虚は好きだ」
「なら、もっと、楽しい事してもいいんだ、ぜ!」
 ブオっと大剣を振りまわす。
 その間合いから後退して避けるハンター達の中、リューが盾を構えて突出した。
 機械式の盾が起動し、マテリアルの障壁が作られた。それを使って上手く大剣をいなして流す。
「いくぜぇ! 俺が相手だ!」
 仲間との罠を用意はできなかったが、こちらは経験豊富なハンターが揃っているのだ。
 相手に特殊な能力があったとしても十分戦えるはず。
 リューが突き出した刀をズールは気にした様子もなく大剣で受け止めた。薙ぎ払った直後というのに、この動きだ。
「腕は良いが、覚悟が足りねぇんじゃねぇか! そんなんじゃ、このズール様は止められねぇぜ!」
「なら、自分も入らせてもらいます」
 剛が大太刀を振り上げて、身体ごとぶつかる勢いで斬りかかる。
 【懲罰】の能力があるのは分かっている。だが、聖導士が持つ回復の能力を使って消耗戦を仕掛ける以上、【懲罰】の代償は覚悟の上だ。
(それに……この様な男、大っ嫌い故……ぶった斬りたいだけです)
 ズールについては、仲間の話しや報告書を読んで確認した。
 あそこまで根性がひん曲がった人間はなかなかいない。
(……絶対に、逃がしません)
 きっと、そんな性格だ。不利を悟れば必ずどこかで逃げ出す。
 仲間達への回復、そして、ズールの逃亡を防ぐ。それが自分の役目だと剛は心の中で決めた。
「でけぇわりには、貧弱な攻撃だな!」
 剛の攻撃はやはり、大剣によって防がれてしまう。
 巨大な大剣を軽々と振りまわしている。剣技とかそういう次元じゃない。ずば抜けて高い身体能力で軽々と大剣を操っているのだ。
 そこへ、シガレットからの銃撃。
 さすがに3人からの攻撃の後だったからか、避け受け損ねたようだ。だが、気にした様子もなく大剣を振るい続ける。
「強くなっても、小悪党じゃ、有名にもなれねぇなァ」
「こそこそ、後ろから弾撃ってるてめぇに言われたかねぇぜ!」
 売り言葉にズールが余裕の表情で返す。
 ズールにとって不足しているものがあるとすれば、それは、経験の差だろう。
 よもや、聖導士が2名もいるとは思ってはいないようだ。

●鉄壁の騎士
 路地を逃げるソルラ。追い掛けるトライフ。
 かなりの角を曲がった。慣れない街中の、それも入り組んだ路地。おまけに後ろから追いかけられているとあって、ソルラは焦っていた。
 そして、ある一本の路地に入った時だった。先の曲がり角から星輝が姿を現した。
「星輝さん! どうして!」
「トライフからの情報とわしの勘……じゃな」
 ソルラの追跡時、トライフが随時連絡を入れていたのだ。その情報を先廻りして元に待ち伏せしていた。
「どうしても、通ると言うのなら、わしを切ってからいけ!」
「そんな事、できるわけがないじゃないですか!」
 来た道を引き返そうとしたが、振り返ると、既にトライフがタバコに火をつけて壁に寄りかかっている。
「何か理由があるんだろう? 相変わらず馬鹿だな、ソルラ嬢」
 一瞬だけ視線を合わせたトライフ。
(判り易く思い詰めた顔をしてるな)
 追い詰めるのは止めようとも思った。まずは状況の確認だ。
「ソルラ嬢、僕はね。王国の味方でも、アルテミスの味方でもなく、『君の』味方だ。助けになる。絶対だ。だから全て、話してくれないかい?」
 彼女は諦めたように、大きく溜め息をついた。
 そして、ゆっくりと――語りだした。
 ノゾミが今日中には王都へ移送されるという事。移送された場合、歪虚の仲間として極刑が待っている事。
 それを救う為に、ネル・ベルにノゾミを救出しやすいように居場所の情報を伝える事。
「……傲慢の歪虚には【強制】という能力があります。ノゾミさんの居場所を知っている私がネル・ベルに逢えば……」
「なるほど」
 トライフはその説明ですぐに合点がいった。
 歪虚の能力によってノゾミの居場所が知られるのはソルラの落ち度にはなるが、厳罰という程ではない。更に言えば、ノゾミに『仕込み』を入れさせた上でわざと救出させ、奴らの本拠地を探るという手段もできたはずだ。
 そして、その為にはソルラはハンター達と共に行動するわけにはいかない。まさか、わざと【強制】にかかって居場所を漏らしにいきますとは頼めないわけだ。
 それでもトライフは言っておかなければなかった。
「前に言ったろう、頼ってくれと。そして、君は言ったはずだ、頼らせて貰うと」
「……はい。けれど、もう、あの子を助ける方法が……」
「いくらでもなるさ」
 トライフはソルラに近付いて、ポンと肩を叩いた。
 要は、ノゾミという少女が助かれば問題は解決するのだ。少々、汚い手段を使ってでもできないわけではない。
「希望を捨てるには、早いと思わぬか?」
 星輝がソルラの手を取った。
「保護者役の翁の影がないのは妙じゃ。アヤツはいつぞやに云った……自分に何かあればあの子を頼むと」
「それは……」
「翁の腹には一物ある。あの子の為に必ず何か仕込んどる。諦めてはいかんのじゃ」
 手をしっかりと握り、上目で赤い瞳を向けてくる星輝にソルラは頷いた。
「今頃、ノゾミを真に思う者達が、あの子にアプローチしとるはずじゃ。あの子も変われる。わしらはわしらのできる事を成すだけじゃ」
「そうでした。面会の日は今日でした」
 静かに瞳を閉じる。信頼するハンター達がきっと、あの子を変えてくれるはず。
 ソルラは剣の鞘をしっかりと握った。
「トライフさん! 星輝さん! お願いがあります!」
「いくらでも頼ってくれていいよ」
「わしもじゃ!」
 二人のハンターの頼もしい応えに、ソルラは笑みを浮かべて言った。
「アルテミス小隊は、ハンター達と共に、この街の混乱を鎮めます!」

●激戦の果てに
「遅いぞウスノロ」
 クリスティンが刀先でズールの顔先を斬りつける。
 ズールは気にした様子はなく、斬られるままだが、浅すぎてあまりダメージにはなっていないだろう。
「お前らこそ、びびってんじゃねぇのか!」
 ズールの挑発にリューが分かりやすく飛び込むと正面に立った。
「……覚えてるか? シャルって女騎士を」
「あ? なんだてめぇ、あの女の仲間か? 人間なんかに敗れて情けね。もっと、楽しませてもらうつもりだったのによ!」
 その下劣な言葉にリューの中で、何かがキレた。
「……よっくわかった……てめえは、死にてぇんだなぁ!!!」
 怒りの頂点を越えたリューが全身からマテリアルを放出する。
 マテリアルは炎を模した模様を描き、輝きの中、リューの身体がズールに向かって飛ぶ。
 突き出した刀の先から輝きに満たされ、一筋の槍のようである――が、ズールは受け止めようとも、避けようともせず、両手を広げていた。
「馬鹿め! てめぇから死ね!」
 【懲罰】の能力を使うつもりなのだ。
 大轟音と共に衝撃波が周囲を吹き飛ばす。ズールがよろめいた。腹にぽっかりと穴が開いている。
「ぐぅぅ! だ、だが、これで、一人しま――な、なんだと!」
 土煙りが流れていく中で見えた物にズールは驚愕する。
 リューが無傷とはいかないまでも、平然と立っていたからだ。
「馬鹿な! てめぇ、なんで、立ってやがる!」
「これが、人の想いの力だ!」
 再び刀を正眼に構えるリュー。
 もう一度、あの技が来ると警戒したズールの背後から、クリスティンが襲いかかった。
 振り返った一瞬、ズールの視界が真っ黒になった。布製のなにかで顔を覆われたのだろう。
「うぉ、視えねぇ! 小賢しい事を!」
「傲慢の素質がある癖に努力嫌いの薄味蝙蝠糞デザートでも、私の強欲の足しにはなるな」
 そして、長大な刀を振りあげた。必殺の一撃を叩き込む為だ。
 それを見て、剛とリューも最大の一撃を加えよう武器を振りかぶる。
「終わりだ」
 3人の一斉攻撃はズールの巨大な体躯を三方から傷つけた。
 かなりの深手のはずだ。

 だが……。

「……【懲罰】……確かに厄介だ」
 リューが左脇を押さえながら転がって距離を取る。
「これは……まずいですね」
 剛は左肩を庇いながら、ゆっくりと後退した。
「視界を奪っていても、能力とは関係ない。という事か」
 冷静に分析しながらクリスティンは、そんな言葉を発した。
 右肩から袈裟掛けに大きな傷口が開き、大量の血が噴き出している。
「このズール様のマテリアルの力を持ってすれば、見えてなくとも、能力の使用には問題ねぇ」
 ボロボロで緩慢な動きで顔を覆っていた布をはぎ取る。
 残忍な表情を浮かべている。勝利でも確信しているのだろうか。
「形勢逆転、だな!」
「本当にそう思っているなら、愚かだなァ」
 ズールの台詞に対し、シガレットが前に進み出ながら言葉を返す。
 そして、純白の魔導拳銃を高々く掲げると、回復の魔法をかけた。
「てめぇ! 聖導士だったのか!」
「もう1人いるぜェ」
 視線を向けた先、剛が仲間に回復魔法を掛けながら立ちあがっていた。
「おっさんの外見は場合によっては意味がありましたね」
「まったくだぜェ」
 不利をズールは悟った。
 【懲罰】の能力は強力だが、回復されては意味がない。
 ハンター達の中に聖導士はいないというズールの思い込みがここに来て意味を成してきた。
「来い腰抜け! 逃げるのか?」
 急速に怪我から回復したクリスティンが挑発する。
 その間にも、シガレットの回復魔法は続く。これなら、ズールの【懲罰】に対し、力押しできるはずだ。
「こ、このズール様には【懲罰】の力があるんだ! 回復よりもな!」
「それが、どうした」
 回復魔法があってもなくとも、きっと変わらない。そんな雰囲気でクリスティンが刀を再び振り上げる。長大な刀と共に振り下ろしながら突撃した際の威力は相当なものだ。
 怪我している今の状態で【懲罰】されたら大きなダメージを受けるだろう。だが、そんな事、彼女はもはや、気にしていないようだ。
「ば、ばかな!」
 ズールは、クリスティンの一撃を何とか大剣で受け流す。
「どうした? 【懲罰】するんじゃなかったのか?」
「て、てめぇが死ぬと、楽しみがなくなるからな」
 そう言って、追撃を仕掛けようとしているクリスティンに炎球を投げつけると、ズールは逃げ出そうとした。
 しかし、簡単には逃げられない。剛が身体を張って立っていたからだ。
「どけや!」
 突き出された大剣の先を腕に固定した盾で受け止めると、そのまま押し返すように全体重を打ちつける。
「逃がしませんよ」
「なんだと!」
 ズールがバランスを崩し派手に転がった。
「今だぜェ、リュー」
 シガレットの回復魔法の支援を受けたリューが今一度、マテリアルを全身から放出する。
 それは、よろめきながら立ち上がったズールの目にもしっかりと映っていた。
「や、やめろ! 【懲罰】を忘れるな!」
 焦ったズールの言葉は、もはや、命乞いにしか聞こえない。
 精神統一の為、瞳を閉じていたリューが、カッと見開いた。
「約束を果たす! 騎士シャル……あんたの無念と痛みは、届ける! 紋章剣『天槍』!!」
 マテリアルの輝きに包まれたリューがズールと交差した。
 胴体を真横に二分されたズールが驚愕の表情のまま、どさりと地面に転がる。
「ば、ばかな。このズール様が、こ、こんな所で……」
 ズールはそのまま塵となって崩れていった。
 堕落者ズールはここに消滅したのであった。
「なんだこれは」
 クリスティンがズールが消えた場所に残った書状に気がついた。
「書状のようだな……」
 シガレットがそれを怪訝そうな目つきで見つめる。
 歪虚から出て来た物だ……災厄を招く代物でなければいいのだが……。

●ネル・ベルと
 探索が長引いてしまったのは仕方のない事であった。
 ネル・ベル発見とズール討伐の連絡は同時だったからだ。
「ん、やはりいた、か。久しぶりだ、な。ネル・ベル」
「久しぶりね」
 オウカが真っ先に声をかけた。追随するようにエニアも声をかける。
 彼らの前には、幾何学模様の角が特徴的な歪虚――ネル・ベル――が不敵な笑みを浮かべていた。
「また、貴様らか……見ない顔もあるようだが」
 メリエとルンルンにも視線を向けた。
「これが、例の歪虚……」
「札がルンルン来てます!」
 二人がネル・ベルの視線に対して応える。
 今すぐ戦闘を始めようというようには見えない。まるで、混乱の経過を楽しんでいる――そんな雰囲気だった。
「バイクは、どうした?」
「貴様らのおかげで一から仕込み中だ」
「そうか。知っている、と思うが、魔導バイクも、色々あるぞ。東方や、帝国版など、な」
 まるで友人に話しかけているオウカ。
 魔導バイクを歪虚化させて乗っていたネル・ベルであったが、ハンター達に壊された以来、自転車に乗っていた。
 デザインや性能を詳しく話し出したオウカの話しを興味津々といった表情で聞き込むネル・ベル。
「それはぜひとも乗ってみたいものだ」
「人から、奪う事は、するなよ」
 その台詞に歪虚は勝ち誇った表情を向けた。
「奪うという事は私はしない。献上なら受け取るがな。後は必要なら対価を支払う。それが私の流儀だ」
 『献上』というのが、諸々怪しいが、誰もツッコミを入れる者はいなかった。
 そもそも【強制】という能力がある以上、普通の人間なら命ざれるまま、差し出すからだ。
「横槍するようだけど、ネル・なんとかさん」
 エニアの言葉に歪虚は呆れた顔を向ける。
「『ネル・ベル』だ。いい加減、覚えろ」
「ズールは倒されたけど、引くつもりはないのかな?」
 歪虚に声をかける直前、ズール討伐の連絡があった。
 もう少し早ければ、全員でネル・ベルに対する事ができたのだが、それは贅沢だろう。むしろ、ズール討伐が長引いていた場合、メリエとルンルンが向かう手筈だったからだ。
「ふん。人間如きに敗れるとは情けない。まぁ、しょせんは、その程度の男だったという事だ」
 その言葉と共に、ネル・ベルは、背中に白銀の翼を生やし、両腕に鱗が現れる。
「引くつもりは……ないという事?」
「見届けなければいけない事があるからな」
「例えば、私をお持ち帰りとかどう?」
 微妙に腰をくねらせながらエニアは言った。
 ミニ丈のワンピースの裾も揺れる。見え……そうで、見えない。残念。
「ほほう。それも、悪くはない、な」
 いつの間にか、両手に剣を持つ。
「抵抗はするのだろ?」
「そうさせて、もらえるかな」
 若干後ろに下がり、長杖を構えるエニアの横を大振りの太刀を振り上げながらメリエが突出した。
「持ち帰りなんてさせない! 貴様の首を貰う!」
 先手必勝。間合いが広がっているうちから放ったマテリアルの衝撃波が歪虚に達する。
 それを歪虚は左右の手に持った剣で受け止めてみせた。
「人間にしては、良くやる」
「雑魚には飽いたか? 雑魚でも鮫を撃退する事はあるぞ!」
 太刀を上段に振り上げマテリアルを込める。
 必殺の一撃を叩き込む彼女を支援するように、オウカの機導術の剣が迫る。
 同時に、ルンルンから放たれた5枚の札が光を発して、宙を照らし出し、光で歪虚を焼いた。
「ルンルンフラーッシュ……ルンルン忍法五星花! 目がーっ、目がーって、なっちえばいいんだからっ」
「やるな!」
 オウカの機導術の剣は、弾き返しただが、符術は避けきれなかった。だが、ダメージがどこまで効いているか怪しい。
 そこへ、メリエの一撃が綺麗に入った。受け止めようとした動きが一瞬遅れたからだ。
 ざっくりと肩口に喰い込んだ太刀から逃れるように距離を取る歪虚を追撃するようにエニアが放った水球が襲いかかる。
「調子に乗るなよ、人間共!」
 歪虚が両角の間に巨大な炎の渦を作り出すと、それをハンター達に向かって解き放つ。
 猛烈な炎の渦に全員が焼かれる。咄嗟にオウカがエニアに機導術の防御壁を創りだすが、気休め程度にしかならないだろう。
「もう、一度、だ」
 防御に徹しては押し込まれると判断したのだろうか。オウカがマテリアル輝く剣で斬り込む。
「ジュゲームリリカル……ルンルン忍法ニンジャ力! さぁ、今こそ五神アタックです!」
 ルンルンも攻撃の手を緩めない。
 二人のハンターにより攻撃がまたもや功を期したのか、それとも、メリエの太刀筋が良かったのか、再び渾身の力で振り下ろしたメリエの一撃が歪虚に叩き込まれる。
「貴様は自らの事を『雑魚』と比喩したな。謙遜する事はない。貴様は『強者』だ」
「それは、ありがとう」
 目の前の歪虚が高位ではないだろうが、難敵である事には違いない。
 思わず、感謝の言葉が出てしまった。
「まだまだ、この私には及ばないがな!」
 再び炎渦を放つ歪虚。
 仲間を庇う様に正面に立ち塞がったオウカを直撃してもなおも止まらず、炎は肌を焼いて、渦は皮膚を裂く。
「オウカさん!」
 悲痛なエニアの呼び声虚しく、その場に倒れ込むオウカ。
 ルンルンも膝をついて、肩で激しく呼吸している。その二人を歪虚の近くから遠ざけようと動くエニアと、それを支援する為に斬り結びに入るメリエ。
 戦況は絶望的だが……。
「皆さん、こちらだよ!」
 リンカ・エルネージュ(ka1840)の元気な声が響いた。
 振り返ると、リンカが路地の先に居た。別の方向に向かって手招きしている。
 彼女は、ズール戦を終えたハンター達を誘導していたのだ。
 間髪いれず、歪虚を挟んだ逆側の路地からも声が聞こえる。
「はいはい、こちらダンディ支援センター。戦場はこちらだぜ」
 この街に居るハンター達との連携と通信役だった紫月・海斗(ka0788)だ。
 たまたま、この街で面会依頼に参加していたハンター達を連れて来たのであった。
「イケメンさんの好きにはさせません!」
「胸板が薄いのが残念ね」
「ここは、お姉さんに任せていいわよ」
 前後を挟まれた歪虚だったが、慌てる様子はなく、剣を静かに降ろす。
「見知った顔が多いな」
 戦闘は終わりと言わんばかりのようだ。
 逃げ場はない。だが、この歪虚には逃走ルートの必要もない。
「あー。確かに、イケメンかも。納得」
「見惚れている場合じゃないですよ」
「これだけの人数が揃っているが、油断は禁物だ」
 海斗が連れてきたハンター達は臨戦態勢だ。
 歪虚はエニアに向かって一言告げた。
「持ち帰りは後日としよう」
 言い終わった直後、歪虚は唐突に消え去ったのであった。


 ソルラ率いるアルテミス小隊とハンター達の活躍により、街の混乱は徐々に収まっていった。
 最終的には、歪虚を追撃していたというフレッサ領の騎士団が街の中に入り、治安維持に入った事で収束するに至ったのであった。


 おしまい。


●音鐘の陰謀
 ハンター達全員は、ある一角に集まっていた。
 歪虚ズールが持っていたと思われる書状の処理の為だ。クリスティンとシガレットの機転でアルテミス小隊員や兵士らに気付かれずに隠し持っている。
「さて、どうしたもんかなァ」
 シガレットが手にしている書状を封している蝋を見つめながら呟いた。
「開けて中身を改める必要があるな」
「自分もそう思います」
 クリスティンと剛の言葉はもっともだ。
 歪虚が持っていたという事だけで不吉ではある。最悪、なにかの罠の可能性もあるわけだ。
「ジュゲームリリカ――(中略)――ルンルン忍法によると罠はなさそうです!」
「占いだけどね」
 ルンルンの占い結果に対しエニアが冷静に応える。
「となると開けてみるか」
「俺も、良いと、思うぞ」
 リューとオウカが真剣な表情で言う。
 全員の反応を見て星輝は先程から煙草を吸っているトライフへと声をかけた。
「どう思うのじゃ?」
 その質問に、たっぷりと間を開けてから、フーと紫煙をついたトライフは宙を見つめる。
 あくまでも推測だと前置きをしてから彼は答えた。
「ノゾミの救出、ソルラの勧誘。いずれも無駄が多くて主目的とは思えない。となると、歪虚が暴れ、兵士が無法働く、この状況そのものが狙いだろうな」
 歪虚ネル・ベルと直接の面識はない。だが、仲間やソルラからの話しを聞く限り、頭が回る歪虚なのは違いない。
 フレッサ領の兵士達が『歪虚を追って街へ来た』という事は、偶然ではなく、仕組まれたものではないだろうか。少なくとも、フレッサ領主が歪虚となんらかの関わりがあるというのが、集まったハンター達の中で、何人かが思い当たる節であった。
「介入し糾弾、不和を招く……だが、この状況だけじゃ弱い。なら決定的な証拠を用意してるな」
 トライフは言葉の最後、視線をシガレットが持つ書状に向けた。
「例えば──歪虚が、この街の領主との関わりの証を持っていたら?」
 全員の視線が書状に集まった。
 ネル・ベルは最初からズールがハンターや兵士達に討伐されると見越していたのだろう。
 部下であっても陰謀の為には容赦なく切り捨てる。改めてネル・ベルが歪虚だと感じさせる。
「……確認するぜェ」
 シガレットが警戒しながら蝋を割り、書状を広げる。
 そこには、確かに書かれていた。この街の領主とズールとの繋がりがある文面が。
 繋がりを示す証拠に、十分なり得るだろう。
「ビンゴですね」
 横から覗きこんだメリエがそんな感想を口にした。
 当たっている内容は、おおむねトライフが推測した通りだった。
「では、粉々にして歪虚の陰謀を阻止するか」
 クリスティンの言葉にシガレットは深く頷くと、何度か破り、暖として起こしていた焚火の中に投げ込んだ。
 火の中に入った書状は一瞬だけ、煌めき、あっという間に灰となっていった。

 任務が終わり、宿へと向けて歩き出した一行の一番後ろでトライフが追加の煙草を口に咥える。
(歪虚の真の狙いがどこにあるかだな。果たして、どこまでが仕込みだ……)
 仮に陰謀を達成させたとして歪虚の目的はどこにあるのか。
 エクラ教会の鐘の音が響く街中を、彼は思案に深けながら歩みだした。

依頼結果

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MVP一覧

  • 大口叩きの《役立たず》
    トライフ・A・アルヴァインka0657
  • 強者
    メリエ・フリョーシカka1991
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイka2884

重体一覧

参加者一覧

  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    米本 剛(ka0320
    人間(蒼)|30才|男性|聖導士
  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニア(ka0370
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 大口叩きの《役立たず》
    トライフ・A・アルヴァイン(ka0657
    人間(紅)|23才|男性|機導師
  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhran(ka0724
    エルフ|10才|女性|疾影士
  • 天に届く刃
    クリスティン・ガフ(ka1090
    人間(紅)|19才|女性|闘狩人
  • 強者
    メリエ・フリョーシカ(ka1991
    人間(紅)|17才|女性|闘狩人
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • 忍軍創設者
    ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784
    人間(蒼)|17才|女性|符術師

サポート一覧

  • 紫月・海斗(ka0788)
  • リンカ・エルネージュ(ka1840)

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
クリスティン・ガフ(ka1090
人間(クリムゾンウェスト)|19才|女性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2015/12/29 00:07:21
アイコン 相談卓2
リュー・グランフェスト(ka2419
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2015/12/29 02:09:54
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/12/28 09:32:28
アイコン 質問卓 ~まるごと☆ねるべる~
ネル・ベル(kz0082
歪虚|22才|男性|歪虚(ヴォイド)
最終発言
2015/12/25 08:31:04