• 深棲

【深棲】解き放たれし汚濁

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/08/09 22:00
完成日
2014/08/16 19:37

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


「匂いについて、言おう。いや、言わせて頂こう!」
 その男は声を大にして言った。リアルブルーからやってきたこのひょろっこい男は、カガクの自由とやらを求めてハンターになったのだという。
 私と仲間内はこいつをメガネと呼んでいる。正直なところ、話が長くてウンザリしているのだが、危なっかしくて誰かしら面倒を見てしまっている内に仲間みたいな位置に居座ってしまった。
 迷惑甚だしいが、拾った猫か何かと同じ扱いで、大の大人として今更捨てるのもハズカシイので全員で面倒を見ている。
 今もそうだ。
 偵察の仕事に連れてきている。自分の食い扶持くらいは稼いで貰わなくては困るから。
 そんなことは露知らず、メガネは意気揚々と喋り始めた。
「匂いは物質だ。匂いそのものに匂いは無く、その実態は匂いを我々に感知させる物質である、物質Xを受容する受容器にこそある」
「……それで?」
「シャーリーズ・クラウディア・スタウス君。君はどこで匂いを嗅ぐ?」
「鼻、だけど」
「うむ、その通りだ。我々は鼻腔内にある嗅裂を介して匂いを嗅いでいる。嗅裂は鼻腔の最上部にあり、第一の脳神経である嗅神経から出る嗅毛が顔をだす場所でもある」
「きゅう……なんだい?」
「なんだね、どの嗅だい」
「いや、もういい。続けたけりゃ続けな」
「うむ。嗅毛には嗅覚受容体がある。それこそが匂いの受容器であり、匂いの局在なのだ」
「……」
 冴えない風貌の上に、空気も読めないのだから、リアルブルーでも鼻つまみ者だったのだろう。
 そう、鼻つまみ者だ。メガネは今、鼻を摘んで熱弁しているのだ。鼻声で。
「解るかね、シャーリーズ・クラウディア・スタウス君」
「なにがだい」
「……ああ、嘆かわしい。これもまた科学の敗北か」
 首を振ってそういう姿が心底苛立たしいが、メガネは気にせずに続けた。
「つまり」
 鼻を摘んだまま、中指でそっと眼鏡を押し上げて、言う。

「なんとも! 嘆かわしく!! 腹立たしい事に!!! 我々の鼻には、彼らの《くさい匂いを我々に知覚させる不衛生な物質》が紛れも無く入り込んでいるっていうことだ!!!!!」

 言っている事の殆どはわからないままだけど、少しくらいは想像がついた。

 こいつ、殺そうかなって本気で思った。
 ほんの少しだけ実践することにした。これも躾けだ。




 この世界には深淵なんて有りはしない。ただ光が届いていないだけだ、とメガネは言う。エクラ教徒のような口ぶりだ。メガネが言うにはカガクの光、とのことだが。
 光が届いていない、ってことはつまり、影ってことだろう。
「影、ねえ……」
 だとしたら、人の世の影とやらは本当に罪深い。アイツらの匂いには覚えがあった。いわゆる生活排水の末路的なアレである。
「どうしたね、シャーリーズ・クラウディア・スタウス君」
「五月蝿い。黙れ。口を開くな息をするな死ね」
「……」
 先ほどの『躾け』が良く効いたか、メガネは従順に従って口を閉ざした。
 非常によろしい。最後の命令までしっかりと聞き届けてくれると私の心に平穏が訪れるのだけど――。

 それより、仕事だ。
 まずは“そいつら”を観察することにした。

 二匹、いる。両方ともに左右非対称なデカイザリガニ、という風情だ。三メートルくらい。とてもくさい。
 甲殻はヘドロ的などろついた何かで覆われている。とてもきたない。
 ヘドロ的などろついた何かは、藻のようにも見える。歩く度に不快な音を立てた。とてもおぞましい。
 ただ、前足が普通のザリガニと違う。左前脚は大きく発達したハサミ風。右前脚は一メートル半くらいの長く異様に太い腕に、銃口のような小さな穴を有している。とてもにおう。

 まず間違いなく、歪虚の類だろう。
 それも、できることなら戦いたくはない歪虚だ。

 これが偵察の仕事であることをこの上なく感謝した。けど、も。

「……これだけじゃ芸がないよね」
 悩んだ。仕事は大凡終わったと言ってもいいが、それだけでは美しくない。
「メガネ。あっちの、銃口みたいな右手、何だと思う?」
「…………」
 目を剥いて口元を指し示すメガネが目に入った。
「息をしていいから」
「ふっ! ッハー!!」
 盛大に深呼吸をするメガネの仕草に苛立ちが募る。
「で、何だと思う?」
「……ふむ」
 じっと見つめ、考えこむメガネ。
「シャーリーズ・クラウディア・スタウス君。君は人間がどうやって排尿をするか知っているかい」
「……」
「知っているかい」
「殺すよ」
「ま、まてまて、まってくれ。人は腎臓で血液から尿を漉しだし、尿管を経て膀胱に尿を貯めるんだ。括約筋と腹圧、その他諸々の関与を経て我々は排尿をしている」
「……それで」
「異様に太い前腕の正体が何かは解らない。甲殻に覆われているからね。ただ、その用途が僕の想定通りであれば、その内側には発達した筋組織か、海綿体……つまり静脈叢、もしくはその両方ではないかと想定される。そして恐らく、あの腕の何処かには膀胱相当の《弾倉》があるのではないかな。彼か彼女かは解らないが……いや、彼だろうな。うん、絶対彼、だ」
 メガネは話している内に興が乗ってきたようだ。
「つまり、構造や見た目はともかくとして、アレは我々人間種で言うところのペn……アッ」

 危険を感じて、身を隠していた草むらからメガネの身体を蹴り飛ばした。

「アッーーー!!」

 途端、メガネの身体が【何か】に弾かれて草むらに消えていった。

 うん、想定通りだ。確認も出来たことだし、そそくさと撤退を選ぶ。
 メガネは残念ながら生きていた。気絶していることは不幸中の幸いである。抱えて、走る。
 どうやら、ザリガニ達の脚は遅いよう。必死に追いかけているようだが、私達に追いつく気配はかけらもない。逃げ足には自信はあるほうだが、まあ、朗報だ。

 ただ、走りながら、気がついたことがある。

「……絶対に討伐の依頼は受けないようにあいつらに言っとかないと」

 適当な所でメガネは置いていこう。
 たしかこの辺りには温泉があったハズ。直ぐに入ろうと心に刻む。

 ――撃ちぬかれたメガネから漂う異臭は、先ず間違いなくあのザリガニの仕業だった。

リプレイ本文


 夏を感じさせる陽光の恵みが青々とした平原に注がれている。果てのない蒼い空との境界線が美しく映えた。
 今回の依頼に参加したハンターは皆、見目麗しい女性達だ。なんとも華やかな道中である。
 ――だが、その表情は一様に影が落ちていた。
「まるで狙ってくれと自ら仰っているようなものですね……」
 その中でも一際目立つ長身のエルフ、イレーナ(ka0188)の声色には呆れの色。視線の先には、一組の異形の姿があった。
 此度の依頼の標的である歪虚だ。異臭をまき散らしながら、何かを求めているかのように彼方此方へと視線を巡らせている。
「なんていうか……品が無いというか……嫌な感じの敵かも」
 濃厚な不潔感を感じ、本を胸に抱くようにして言うリズ・ルーベルク(ka2102)。
 この依頼が、彼女の記念すべき初仕事である。ただ――何かが違う、と思わないでもなかった。
「……人の業が、彼らをよりおぞましく成長させてしまったのですね」
 その傍ら。一同の中ではその身の小ささが目立つメトロノーム・ソングライト(ka1267)。
「彼らも被害者なのかもしれません……もっとも、一番の被害者は討伐を引き受けてしまったわたしたちのような気がしますけど」
 ――野暮な事情は置いておこう。
 ハンター達とて人間だ。生活が掛かっている。仕事を選んではいられないのであった。
「土とかならいいけど、それ以外の汚いのはイヤだぞ?」
 緑髪のエルフ、東小坂井 春(ka0019)はそう言いながら、きちっと折りたたまれた衣服と鉢巻を草叢に置いた。
 彼女にとっては大事な品である。万が一にも汚れてしまっては生涯に渡り悔いが残る。
「あ。私も私も!」
 春の姿を見て、リューリ・ハルマ(ka0502)もいそいそと着替えにと持ってきた浴衣を置き、持参しだバンダナを口元に巻く。
「これでニオイが多少はマシになるといいなあ……」
「汚れなければいいけど……ふふ、あなた達はそうもいかなそうね」
 髪をまとめながら、イシャラナ・コルビュジエ(ka1846)が艶然と笑った。それぞれの得物と、役割を踏まえての事だろう。
「本当、ですね」
 ルテシィア・ハーミッシュ(ka0191)は暗澹とした表情のまま、呟く。
 ――何故、私は接近して殴る戦い方しか、してこなかったのだろう。
 手元のロッドを見る目には、微かだが確かな憎悪があった。歪虚を眺めながら、イシャラナはつと呟く。
「確か、偵察の人たちの話によると、右手が銃口みたいになってて、まるでペn」
「ま、まあ! 終わったら温泉だし、頑張ろうよ!」
「……あ、え? うん、そうね!」
 規制の空気を晴れやかに笑い飛ばすリューリに、イシャラナは笑みを返した。温泉が楽しみなのは、彼女にしてもそう、だから。

 ――さて。
 彼女たちは果たして、その尊厳を守り切る事が出来るのだろうか。



 春、リューリ、リズの三名が、草葉に紛れるよう身を低くして往く。残る面々は別働隊として側面へと移動をしていた。
「まず、ボクから撃つね?」
 小ぶりの弓を手に、春。まずは遠間から歪虚の注意を引く手筈となっていた。
「……ん。お願いします」
「よろしくっ!」
 リズとリューリが応じる。二人は共に近接用の装備しか持参していない。春が射撃後、接近するつもりなのだろう。いつでも走り出せるように準備と覚悟を決めた。
「あんまり弓には慣れてないけど、ボク、頑張る……っ!」
 40メートル。弓矢の射程一杯で、春は足を止めた。背筋を伸ばして、弓弦を引き――そして。
「ていっ!」
 放たれた一本の矢は蕭々と音を鳴らし。
 風を切り、瞬く間に歪虚達に至り。


 外れた。



「外れましたね」
「外れたねぇ」
 其の様子を後方から眺めていたルテシィアとイシャラナの言葉だった。弓を扱うイシャラナの苦笑には、共感の色。
 小さく、吐息の音。イレーナである。
「――幸いですね。今のうちに移動しましょう」
「どちらに、ですか?」
「歪虚達から見て左側面へ、です」
 問うメトロノームに、イレーナはそちらへと歩みながらそう言った。
「……なるほど」
 暫し黙考していたメトロノームはその意図を汲んだか、イレーナに並ぶように歩き始める。ルテシィアとイシャラナも春の第二射を見守りながら、そこに続いた。
 背を伸ばして弓矢を構える春の姿は、遠景に見ると、どこか可愛らしい。
 そして。

「おっ」
「これは……うん、当たりましたね」
 一同は遅れて、湿気た低音が届くのを聞いた。

 瞬後だ。
 ――汚濁が、解き放たれた。



「当たったぞ!」
 拳を掲げながら喝采を上げる春を他所に、リューリとリズは疾走を開始。
 わずかに先行するリューリの背を追って走りながら、リズは『それ』をみた。

 歪虚『二匹』が、此方へと向かってきている姿を。

「リューリさん、あれを……っ」
「あ、や? 両方コッチ?」
 惑う声はアテが外れたから、か。
 しかし、進むしか無い。なぜなら。
「「……っ!」」
 人間、必死になると言葉を失くすものだ。リューリは左、リズは右に飛んだ。
 遅れて、それを知覚する。
 二人の間をまっすぐに抜ける、異臭を。
「――やっぱり嫌です」
「が、頑張ろうよ!」
 刺激に何故か目が痛くなって来て涙目になるリズ。リューリは備えもあってか速度を落とさないまま、声を上げた。
「……うぅ」
 怖じ気よりも、彼女を独りで囮に立たせる事を厭うてリズもまた走った。
「やーい! のろまー!」
 それを応援するように、後方から、声。
 春だ。弓を誇るように突き上げて挑発をしているようだ。
「あっかん……べっ!?」

 ――リズは、振り向かない事にした。
 敵が、至近に迫っていたからだ。
「……っ!」
 小盾を掲げて、踏み込む。応射の衝撃が、強く、響いた。



 彼女らの奮闘を他所に、別働隊は二匹の歪虚を射程に捉える間合いまで移動していた。
 歪虚は、此方に気づきもしない。
「……やはり、狂気の歪虚」
 イレーナの呟きは、そっと足元に落ちた。大凡、彼女の意図通りに事が進んでいるのを鑑みての言葉だった。
「どうしたの?」
「いえ」
 弓を構えたイシャラナが問い返すが、イレーネは曖昧に返した。まだ、確信には至っていない。
 そこに。
 深、と。透き通った音。淡青の光輝に彩られながら紡がれる音の調べ。それは即ち、メトロノームの魔術の兆しだ。その音を聞きながら、イレーナは思う。
 ――恐らく、此方には禍は及ばないでしょう。
「行きます!」
 その唄、あるいは魔術の力強さに覚悟が出来たか。杖を構えてルテシィアが走り出した。
 全身から溢れ出るその気迫は。
「当たらなければ、どうということないはずです……!」

 臭いものに蓋をする、とは良く言ったものである。



 リューリは眼前の異質、その一挙一動を見逃さぬように睨みつける。
「隙あらば! 頭を! 狙ってくるねッ!」
 サーベルを打ち当てるようにして、リューリが身を低くして汚濁を躱すと、汚濁がいやに粘質な音を立てて大地を穿った。
 彼女は鋏の一打はやむ無しと、汚濁に対しては必死に回避を図る。一対一という構図だからこそ出来た取捨選択だ。尤も鋏の攻撃にしても掠るだけで泥っぽい何かが付着するのだが。
「リズさん、大丈夫!?」
「い、ぅ……!」
 リズもまたそれを強いられている。此方は凄惨極まった。
 防御を主体に組み立てていたリズは、とにかく顔面への汚濁射撃を盾で受ける事に必死になっていた。歪虚は歪虚で細かく狙いを付ける努力をしないのでまま、遮二無二射撃を繰り返す。
 背徳的な趣。
「、っ、!」
 盾をそらせば顔に当たるという精神的な重圧だけでなく、汚濁の勢いは重い。新人ハンターの細身を盾越しでも揺らす。
「リズっ! くそ、こっちだぞ!」
 弓を射る春だが、遠間では中り難い。その間も、歪虚達は前衛の二人に汚濁を振るい続ける。

 光明、とは。
 まさしく、この事を言うのだろう。

 相対しながら、リズは眼前の歪虚が傾いだ事を知覚した。
「……っ!」
 理由はすぐに知れた。長かった、とすらリズは思った。
 横合いから叩き込まれた、一条の矢。それが、リズと相対していた歪虚の足を射抜いていた。
「よっし!」
 遠間から、イシャラナの喝采が響く。そこに続くように、風と、炎が至る。態勢を崩した歪虚では避け得る筈もない。じつ、と。甲殻ごと断ち切るように残る足がメトロノームの放った風威で刈り取られ、イレーナの炎が甲殻にこびり着いた汚泥を灼いた。
「――――っ!」
 声なき気勢。ルテシィアのものだ。ロッドを大きく振りかぶって往く。狙いはリズが相対している歪虚だ。攻撃を集中させる意図もあるが、此方のほうが分が悪い。
 ルテシィアは焼け焦げた泥の上から甲殻を叩き抉る。快撃の音が高く鳴ると同時、汚泥が衣服に跳ねた。
「……水着着て来てよかった、後で温泉……に……」
 至近だ。喋ると異臭が香ってくるため、ルテシィアは途中で口を閉ざした。
 早く片付けよう、と。心に強く刻み、殴打を続ける、が。
 ――狙いを変えないですね……!
 歪虚はその身が傾ぐ程に傷つけられながらもリズからその右腕を逸そうとしない。傍らに、遥かに強大な脅威が在るにも関わらず。
 撃つ。撃てばそれ以上に射撃が、風の刃が、炎の矢が、殴打が降り注ぐが、全く意にも返すことはない。
「……リューリさんとリズさんには悪いですが、手早く終わりそう、ですね」
 イレーネはその様子を見て、頷いていた。他の獲物に目を向ける性質が、少なくともこの位階の歪虚には無い。
 大凡、彼女の描いた絵の通りに運んだ。
「此方を早く片付けないと、リューリさんに負担が掛かっていますしね」
 ならば、と。メトロノームはなお高らかに唄い上げた。透き通る声に沿うように風が凝り、集まる。

 一匹目の射撃が止むまで、そう時間はかからなかった。



「……もう、少し……っ!」
 歪虚が落ちた。リューリは相対する歪虚の向こうにそれを見て、気力を振り絞る。
 七人で一匹を囲む構図になれば、そう時間はかかるまい、という予感があった。
 一匹目と同じように、足を射抜かれた歪虚の身が倒れるように落ち込む。
 と、同時に。
「……ッ!」
 執着、か。姿勢を崩しつつある歪虚はリューリの意図せぬ所から汚濁を放とうとしていた。
 狙いは顔面。当たる、と。覚悟を決める前に。
「や、だ……ッ!」

 それを為していた。

「リューリ!?」
 後方から見ている春は、その全容を目にしていた。
 衣擦れの淡い音よりも先に、しなやかな肢体の眩しさを、見る。素早く解けた帯が落ち、まるで生き物のような動きで着物が舞う。
 リューリの手で引かれた、着物だ。歪虚と自身の間に差し込まれた着物。
「……」
 春は呆然としながら、リューリの背中に釘付けになっていた。戦闘中に飛び込んできた突然の【水着姿】に。
 リューリの表情は真剣そのもの。着物を目隠しに逃れようと身体を動かした、その時だ。

 解き放たれた汚濁は。

「あでっ」
「リュ、リューリ……!? 大丈夫か?」
 着物ごと、水着姿のリューリを吹き飛ばした。
 ――着物が間に入ったおかげでその肌が汚れる事はなかったのがせめてもの救い、だろうか。


 その後間もなく、二匹目も動かなくなった。
 身動ぎ一つせず、執着も見せないままに、大地に溶け込むように消えていく。

 ――ただ、異臭のみを残して。



 所変わって、温泉である。
 陽光を受けて上がる、仄かな湯気がハンター達を迎えた。歪虚の目撃情報故だろう、ハンター達以外には人の気配はない。
「暖かい水につかるのちょーひさしぶりな!!」
「転ばないようにね」
 おぉぉぉ、と衣服を脱ぎながら威勢よく駆け出す春。生まれたままの姿になった春をイシャラナはにこやかに見送りながら、纏めた髪をほどく。
 ――この場が女性だけで良かった、というべきだろう。
 なにせ春は、周りに異性がいたとしてもそうしていただろうから。
「……はあ、やっと落ち着けますね」
 兜とローブを脱いで、ルテシィアは息を吐いた。直接狙われる事はなかったにしても、至近距離で異臭に晒されていたので温泉を希求していた。
「はやく身体を洗いたいよ……」
「私も、です……」
 そしてそれは、リューリとリズの方が強かったことだろう。彼女達の困憊ぶり、ヨゴレっぷりは一同の中で際立って酷い。暴食の歪虚の眷属のような足取りで歩む二人はそのまま温泉の淵に至る、と我先にと身を清め始めた。
「気持ちいいな!」
「うん……」
「はい……」
 先に身を清めていた春がその小さな手で湯を浴びながら迎えるが、返事はどこか茫洋としている。湯の熱の暖かさと、ようやく汚れを落とせるという事実がこの上なくその身に沁みていた。

 一方、ルテシィアは水着を探していた。
 無い。よもやと思い持参した替えの衣服も確認したが、無い。当然、着てもいない。
「……無い……」
「なにか、お探しですか?」
「いえ……」
 降った声に、振り向くルテシィア。
「!?」
 だったが、その光景に目を見開いた。
「ルテシィアさん……?」
 九頭身はありそうな抜群のプロポーションを惜しげもなく晒すイレーネと、無表情故に一切の汚れの無い無垢を感じさせるメトロノーム。
「み、水着が――無くて、ですね」
 混乱を無理矢理に飲み込んでルテシィアが言うと、メトロノームは小首を傾げた。
「水着じゃないと、ダメなんですか……?」
「いえ、そういうわけでは……無いんでしょうけど……」
 無表情で切り返されて困り顔のルテシィア、だったが。
「隠す必要も、無いですし……行きましょう?」
「はい」
 イレーナはどこか雄々しさすらも感じる足取りで往く。と、メトロノームもいそいそとそこに続いた。
 取り残されたルテシィアは暫し、懊悩していた。 


「やっほーーーっ!!」
「とーーーっ!」
 リューリと春が仲良く温泉に飛び込んで遊んでいる中、イシャラナは深く湯船に浸かっていた。ただそれだけで疲労が洗い流されるよう。
 思わず、吐息が溢れる。
 どこか乳白色の湯質。その中でも、イシャラナの白磁の如き肌は見るものの目を奪う艶かしさがある。
「生き返るわねえ……」
「いい香り、です……」
 応じたリズは、髪に移った異臭を気にしてか、その長髪を労るように洗っている。
「そういえば、あなたは初めての依頼だったのよね?」
「ええ」
「どうだった?」
「……思っていた冒険譚とは、違いました」
 稚気混じりの言葉に、リズは視線を逸らしてそう言った。苦味を含んだ言葉に、笑みが溢れた。
「――いつかきっと、イイ出会いがあるよ」
「……はい」
 それは、イシャラナにとっての願いでもあったのだろうが――リズは小さく頷き、湯船に身を任せた。

 見上げれば、陽光が彼女達を照らしている。清々しい冒険ではなかったが――こういうものもあるのだ、と。
 そう思わせるくらいには清々しい蒼天が、彼女たちを包んでいた。

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MVP一覧

  • 微風の未亡人
    イレーナka0188
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマka0502
  • Blue Bird
    イシャラナ・コルビュジエka1846

重体一覧

参加者一覧

  • 背追い人
    東小坂井 春(ka0019
    エルフ|15才|女性|疾影士
  • 微風の未亡人
    イレーナ(ka0188
    エルフ|27才|女性|魔術師
  • 撲滅お嬢さま
    ルテシィア・ハーミッシュ(ka0191
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマ(ka0502
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • アルテミスの調べ
    メトロノーム・ソングライト(ka1267
    エルフ|14才|女性|魔術師
  • Blue Bird
    イシャラナ・コルビュジエ(ka1846
    人間(紅)|22才|女性|猟撃士
  • 新緑の読書家
    リズ・ルーベルク(ka2102
    エルフ|15才|女性|聖導士

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メトロノーム・ソングライト(ka1267
エルフ|14才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2014/08/09 12:22:50
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/08/04 11:32:32