ゲスト
(ka0000)
【闇光】浸食する悪意
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/12/24 07:30
- 完成日
- 2016/01/01 22:49
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
北荻から帝国へと広がる山脈の隅、そこに見つけた化石のような小屋に転がり込んで、エリザベート(kz0123)は体の中に泥のように澱む苛立ちを全て吐き出さんと大きくため息をついた。
ハンター達との戦いから数日、オルクスの手によって戦域からの脱出には成功したものの、エリザベートの心は少しも晴れない。
「ああもう! 飛ぶ元気も残ってねぇし、こんなとこ裸足で歩いたらクソ寒ぃし! マジムカつくムカつくムカつくっ!」
苛立ちのままに意味もない大声を上げて、エリザベートが辺りを適当に蹴りまくる。しかし、いつものような力は出ず、石の一つも砕けない。そのもどかしさに、より苛立ちは募っていく。
やがて息も切れ、怒りをぶつける体力すら失ってしまいそうになる。
こんな時にオルクスさえいれば、と彼女は思う。そうすれば、この怒りも共有し、笑い話にも出来るだろうに。
オルクスの姿は、しばらく見ていない。ここでエリザベートが目を覚ましたとき、既にその姿はなかったからだ。
「……あんたさえいなけりゃ、もっと早く逃げれたっつーのに!」
だからこの怒りの矛先は必然的に、唯一人捕獲に成功した人間に向けられる。
確か、オウレルだとか呼ばれていた気がするが、そんなことはどうでもいい。
たかだか人間の身で、単身エリザベートとオルクスに立ち向かった愚か者。
その蛮勇も今では、全身血塗れで息も絶え絶え。おまけに逃げないようにと、エリザベートによって両の掌を木片で壁に磔にされて。
――しかし尚も、こちらを睨み付ける。
当初は、この存在に妙な興味を覚え、それを捕獲したことに多少の満足感も覚えた。だが、今となっては忌々しさが上回る。
すぐに殺すはずもない。元よりエリザベートの趣味と言えば、散々に痛めつけ、殺してくれと嘆願する声を尻目により痛めつけ、死にかけ声を出さなくなれば治してやり、そしてまた痛めつける。そういうものだ。
「おい、なんか言ったらどーよ。おうちに帰りたいでしょ?」
胸部を蹴りつけ、爪先に感じる肋骨の軋みに愉悦を覚えながら、嘲るようにエリザベートが声を掛ける。
だが、その男は一言も発さない。
瞳孔が開き、焦点も合わない目はまともにこちらを見ているかも怪しいが、それでも、そこに点る炎は……反吐が出るほどに力強い。
面白いと、エリザベートは思ってしまう。
配下もおらず、帝国領内の拠点に戻る力もなく、ただ回復を待つこんな状況にあっても、彼女の嗜虐心は大いに煽られる。
この男が泣き叫ぶところをみたいと、本能が叫ぶ。その姿を想像し、背筋がぞくりと快感に震えた。
――その想像を真にするため、エリザベートは男の目を強く見つめた。
瞳から放たれるのは、禍々しくぎらつく不自然な赤い色。それが瞳孔から浸食し、体内のマテリアルを掻き乱す。
意識、思考、倫理に常識、これまで培ってきたあらゆる感性が塗りつぶされる。
はずだった。
「……なんで効かないのよ」
しかし、エリザベートの魅了は、寸でのところで弾かれる。
男は未だこちらを睨んだままで、彼女の言葉に少しも反応しない。言葉一つで命を投げ出す木偶人形に、なってはくれない。
幾度試しても、結果は同じだった。
おかしい。どう考えてもおかしい。そんな人間がいるはずがない。
男の極端な消耗はこれまで操ってきた人間に共通する点で、そこを考えれば、魅了は通らなければおかしかった。
彼女の思うがままに仲間を殺し、心を壊す怒濤のような自責の念に駆られ絶望の中で自ら命を絶つ。そんな面白い玩具になってくれないと、この苛立ちを晴らすことなど出来ないというのに。
「クソがっ!」
再び男に蹴りを叩き込む。
何度も。
何度も。
男は確実に弱っていく。だが、いくらその目を見ても、男は決してエリザベートの思い通りに動いてくれない。
だから、また蹴る。
何度でも。
「……そうだ」
そうしている内に、エリザベートは思いついた。
「オルちゃんに頼めばいいんだ」
簡単なことだった。
あの頼もしい親友に頼めば、何でも叶えてくれるのだ。自分に力をくれた、あの時のように。
欲しいものは、何だって与えてくれる。
●
シュターク・シュタークスン(kz0075)の得意なことと言えば、決して部隊の指揮などではない。むしろ全体を見て指示を出すなど苦手な部類で、そんな自分が団長などという地位にいること自体が不可解だ。
とはいえ、それでもと言ってくれる仲間がいるなら、自分は旗印でい続けよう。そう考えてきた。
「ち、くっせえ気配だらけで、どこに強えのがいるかさっぱりだ」
だが、自分よりも頼れる指揮官がいるとなれば話は別だ。面倒なことは、得意な奴に丸投げする方が間違いなく上手くいく。
そして自分は、その分、得意なことを頑張ればいい。
シュタークは、集まったハンター達に適当に声をかけ、付いてきてくれた者と共に別働隊として敵の群れを掻き乱す役を買って出ていた。
敵はかなりの大所帯で、特に強力な個体も混ざっている。最小限の労力だけで敵の力を削ぐには、こういった役割も必要だと……そんな細かいことは考えていたかは定かではないが、とにかく戦場を走り回っていた。
――爆音と共に視界が真っ赤に染まったのは、逃げるゾンビを追って戦場の端近くまで出てしまったときのことだ。
「ぬあっ、何だおい!」
耳が痛いほどの轟音。一メートル先も見えない程の赤い靄が、辺りを覆う。血と腐敗の臭いが、強烈に鼻を突く。
誘い込まれた。シュタークの直感がそう告げる。
そして、
「……っ、敵か!」
次の瞬間に、無数の小さな矢が飛来する。咄嗟に剣を振るうも、間に合わず数本が肩や足に突き刺さった。
音で耳をやられ、視界は悪く、さらには周囲の悪臭で敵の気配は感じ取れない。
「はっ、コザカしいって奴だなこりゃ! こんなもん、真っ直ぐ突っ込みゃ何の問題も……!」
そう気勢を上げて大剣を振りかぶったシュタークが――たった一歩を踏み出して、がくんと膝を折っていた。
「……あ?」
体に力が入らない。どさりと背後で、大剣が雪に落ちる。
ダメージを受けた訳ではないはずだ。先程の矢も、一つ一つが針のような小ささで、刺さったところで大したものではない。
そう思って、視線を下げる。
「あっはっは……なんつーか、しくったなぁおい」
引き抜いた矢の先には、シュタークのものではないどす黒い血のようなものがこびりついていた。見れば傷口の周りが、既に黒く変色しつつある。
毒だ。それも恐らく、覚醒者すら害するほどの強力なもの。
「悪ぃ。後、頼んだ」
シュタークはそれでも、豪快な笑みを浮かべてハンター達に片手を挙げて見せた。
●
「……何も考えていない獣なんて、所詮こんなもの。やっぱり、相応しくなんてない。……姉さんの、足下にだって及ばない」
赤い靄の向こうで、誰かが呟いた。
ハンター達との戦いから数日、オルクスの手によって戦域からの脱出には成功したものの、エリザベートの心は少しも晴れない。
「ああもう! 飛ぶ元気も残ってねぇし、こんなとこ裸足で歩いたらクソ寒ぃし! マジムカつくムカつくムカつくっ!」
苛立ちのままに意味もない大声を上げて、エリザベートが辺りを適当に蹴りまくる。しかし、いつものような力は出ず、石の一つも砕けない。そのもどかしさに、より苛立ちは募っていく。
やがて息も切れ、怒りをぶつける体力すら失ってしまいそうになる。
こんな時にオルクスさえいれば、と彼女は思う。そうすれば、この怒りも共有し、笑い話にも出来るだろうに。
オルクスの姿は、しばらく見ていない。ここでエリザベートが目を覚ましたとき、既にその姿はなかったからだ。
「……あんたさえいなけりゃ、もっと早く逃げれたっつーのに!」
だからこの怒りの矛先は必然的に、唯一人捕獲に成功した人間に向けられる。
確か、オウレルだとか呼ばれていた気がするが、そんなことはどうでもいい。
たかだか人間の身で、単身エリザベートとオルクスに立ち向かった愚か者。
その蛮勇も今では、全身血塗れで息も絶え絶え。おまけに逃げないようにと、エリザベートによって両の掌を木片で壁に磔にされて。
――しかし尚も、こちらを睨み付ける。
当初は、この存在に妙な興味を覚え、それを捕獲したことに多少の満足感も覚えた。だが、今となっては忌々しさが上回る。
すぐに殺すはずもない。元よりエリザベートの趣味と言えば、散々に痛めつけ、殺してくれと嘆願する声を尻目により痛めつけ、死にかけ声を出さなくなれば治してやり、そしてまた痛めつける。そういうものだ。
「おい、なんか言ったらどーよ。おうちに帰りたいでしょ?」
胸部を蹴りつけ、爪先に感じる肋骨の軋みに愉悦を覚えながら、嘲るようにエリザベートが声を掛ける。
だが、その男は一言も発さない。
瞳孔が開き、焦点も合わない目はまともにこちらを見ているかも怪しいが、それでも、そこに点る炎は……反吐が出るほどに力強い。
面白いと、エリザベートは思ってしまう。
配下もおらず、帝国領内の拠点に戻る力もなく、ただ回復を待つこんな状況にあっても、彼女の嗜虐心は大いに煽られる。
この男が泣き叫ぶところをみたいと、本能が叫ぶ。その姿を想像し、背筋がぞくりと快感に震えた。
――その想像を真にするため、エリザベートは男の目を強く見つめた。
瞳から放たれるのは、禍々しくぎらつく不自然な赤い色。それが瞳孔から浸食し、体内のマテリアルを掻き乱す。
意識、思考、倫理に常識、これまで培ってきたあらゆる感性が塗りつぶされる。
はずだった。
「……なんで効かないのよ」
しかし、エリザベートの魅了は、寸でのところで弾かれる。
男は未だこちらを睨んだままで、彼女の言葉に少しも反応しない。言葉一つで命を投げ出す木偶人形に、なってはくれない。
幾度試しても、結果は同じだった。
おかしい。どう考えてもおかしい。そんな人間がいるはずがない。
男の極端な消耗はこれまで操ってきた人間に共通する点で、そこを考えれば、魅了は通らなければおかしかった。
彼女の思うがままに仲間を殺し、心を壊す怒濤のような自責の念に駆られ絶望の中で自ら命を絶つ。そんな面白い玩具になってくれないと、この苛立ちを晴らすことなど出来ないというのに。
「クソがっ!」
再び男に蹴りを叩き込む。
何度も。
何度も。
男は確実に弱っていく。だが、いくらその目を見ても、男は決してエリザベートの思い通りに動いてくれない。
だから、また蹴る。
何度でも。
「……そうだ」
そうしている内に、エリザベートは思いついた。
「オルちゃんに頼めばいいんだ」
簡単なことだった。
あの頼もしい親友に頼めば、何でも叶えてくれるのだ。自分に力をくれた、あの時のように。
欲しいものは、何だって与えてくれる。
●
シュターク・シュタークスン(kz0075)の得意なことと言えば、決して部隊の指揮などではない。むしろ全体を見て指示を出すなど苦手な部類で、そんな自分が団長などという地位にいること自体が不可解だ。
とはいえ、それでもと言ってくれる仲間がいるなら、自分は旗印でい続けよう。そう考えてきた。
「ち、くっせえ気配だらけで、どこに強えのがいるかさっぱりだ」
だが、自分よりも頼れる指揮官がいるとなれば話は別だ。面倒なことは、得意な奴に丸投げする方が間違いなく上手くいく。
そして自分は、その分、得意なことを頑張ればいい。
シュタークは、集まったハンター達に適当に声をかけ、付いてきてくれた者と共に別働隊として敵の群れを掻き乱す役を買って出ていた。
敵はかなりの大所帯で、特に強力な個体も混ざっている。最小限の労力だけで敵の力を削ぐには、こういった役割も必要だと……そんな細かいことは考えていたかは定かではないが、とにかく戦場を走り回っていた。
――爆音と共に視界が真っ赤に染まったのは、逃げるゾンビを追って戦場の端近くまで出てしまったときのことだ。
「ぬあっ、何だおい!」
耳が痛いほどの轟音。一メートル先も見えない程の赤い靄が、辺りを覆う。血と腐敗の臭いが、強烈に鼻を突く。
誘い込まれた。シュタークの直感がそう告げる。
そして、
「……っ、敵か!」
次の瞬間に、無数の小さな矢が飛来する。咄嗟に剣を振るうも、間に合わず数本が肩や足に突き刺さった。
音で耳をやられ、視界は悪く、さらには周囲の悪臭で敵の気配は感じ取れない。
「はっ、コザカしいって奴だなこりゃ! こんなもん、真っ直ぐ突っ込みゃ何の問題も……!」
そう気勢を上げて大剣を振りかぶったシュタークが――たった一歩を踏み出して、がくんと膝を折っていた。
「……あ?」
体に力が入らない。どさりと背後で、大剣が雪に落ちる。
ダメージを受けた訳ではないはずだ。先程の矢も、一つ一つが針のような小ささで、刺さったところで大したものではない。
そう思って、視線を下げる。
「あっはっは……なんつーか、しくったなぁおい」
引き抜いた矢の先には、シュタークのものではないどす黒い血のようなものがこびりついていた。見れば傷口の周りが、既に黒く変色しつつある。
毒だ。それも恐らく、覚醒者すら害するほどの強力なもの。
「悪ぃ。後、頼んだ」
シュタークはそれでも、豪快な笑みを浮かべてハンター達に片手を挙げて見せた。
●
「……何も考えていない獣なんて、所詮こんなもの。やっぱり、相応しくなんてない。……姉さんの、足下にだって及ばない」
赤い靄の向こうで、誰かが呟いた。
リプレイ本文
「師団長ぉーっ!?」
驚きに満ちた声を上げて、無限 馨(ka0544)が慌ててシュタークに駆け寄る。
手を伸ばして支えた体は弱々しい。肩を上下させるほど息も荒く、この寒さの中にあって額にはじっとりと汗を掻いていた。
「……こんなところで奇襲に遭うとはな。師団長は大丈夫なのか?」
町田紀子(ka5895)は、何も見えない靄の中でも何か得られる情報はないかと、注意深く視線を飛ばす。
だが、靄はゆらゆらと煙るだけでその中には何も見いだせない。
「あんまり無事じゃなさそうっすね。早いところ、衛生兵のところへ運ばないと!」
「おい、ちょっと見せてみろ」
馨は手早く、シュタークの容態を確かめていく。同じくクルス(ka3922)も矢の刺さった傷口を認め、眉を潜めた。
「……こりゃ、毒か?」
「あら、毒矢なの?」
クルスの手元を覗き込み、ケイ(ka4032)が少し興味深そうに尋ねた。
「ああ、どういう毒かは知らねえがな」
後ろ手にクルスが、シュタークの抜いた矢をケイに手渡す。
「へえ……小癪ね。気に入らないわ」
それは、矢と言うには小さいものだった。
長さは十センチ程度。しかし、その端には羽根が付いていて、安定性を高めた作りになっている。
「これは、吹き矢かしらね。ねえ、シュタークさん? ちょっとその毒矢ちょうだいな」
「おう、持ってけ持ってけ。つか、早く抜いてくれると助かる……」
「そんなもの、何に使うんだ?」
「再利用、するに決まってるじゃないの」
いぶかしげに尋ねる紀子に向けて、ケイは悪戯っぽく微笑んだ。
「それにしても、面倒なことになったね。ひとまず、この霧を抜ける事を優先した方が良さそうだ」
イーディス・ノースハイド(ka2106)は、シュタークの直衛に回るべく、矢の飛んできたであろう方向を見据えながら盾を構えて小走りに、彼女の前に躍り出た。
矢は小さく、威力もない。イーディスの盾と全身鎧は頑強で、貫ける程のものではないだろう。しかし念のため、イーディスは更に露出を減らすべく面頬を降ろす。視界は悪くなるが、仕方ない。
「この匂いと色からして、霧のようなのは血か? 全く、洗濯に一手間掛かっちゃうじゃないか」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)もまた、盾を構える。
毒矢の飛んできた方向に、敵が居るのだろうか。それとも、既に移動してしまったのか。敵の数も種類も分からない以上、動けないシュタークを庇うために、アルトは、イーディスとは別の方角へ意識を向けた。
●
ケイはマテリアルを込め、キリキリと強く弓を引き絞る。
「さ、どんな反応があるのかしらね?」
瞬きの間に放たれた無数の矢が風を切って靄を貫き、その中にケイは、小さな甲高い音を聞いた。
「ケイさん、手応えの程は?」
「ううん……あるような、ないような」
アルトの質問に、ケイは煮え切らない様子だ。
彼女の感じた手応えは、やけに小さい。まるで、小動物でも射貫いたような――
「いや、それで十分」
だが、手応えがあったのなら、そこに何かがいることは間違いない。
「よっし、こんなとこ、さっさと抜けるっすよ!」
シュタークの巨躯を背負った馨が駆け出す。向かうのは、ケイの狙った、毒矢の飛んできた方角だ。
ここで下がるのは恐らく最も単純な行動で、敵がそれを想定していないとも限らない。不用意とも言えるだろう。ならば危険を承知であえて進み、意表を突くと共に突破を試みる。
「馨君、私の後ろから出ないようにね」
先頭を走るのは、盾を構えたイーディスだ。敵が近距離攻撃を仕掛けてくる可能性も考え、警戒を厳に、一つも兆候を見逃さないよう靄の中に目を凝らす。
「敵影が見えれば、殴りに行くことも可能なんだが……」
アルトと共に左右を守る紀子が、歯痒そうに零して腕に嵌めたナックルの位置を直す。
敵が曖昧な以上、無闇に出て行くのは自殺行為だ。だが、ほんの少しでも明確な何かがあれば。紀子はその時に、全力を込める。
「んなこと出来りゃ、こんな苦労もしねえだろうが……ああくそ、キュアもレジストも効きゃしねえ」
クルスは走りながら、シュタークに回復の魔法を試していた。だが、治る気配はない。
「あー、いいって回復とか。あたしはそう簡単にくたばんねえよ」
「うるせえ。クルセイダーってのは、こういう時のためにいるんだろうが。だがまあ、効かねえならしょうがねえか」
クルスが、杖を下ろした。そして代わりに盾を構えて、馨の一歩前に進み出る。
「……死なす訳にゃ、行かねえからな」
シュタークを中心に十字の陣形を保ちつつ、ハンター達は靄からの脱出を試みる。
「制圧射撃、行くわよ」
声が早いか、ケイは再び正面に向けて扇を描くような弾幕を張る。
見える範囲に、敵の姿はない。しかし、ケイの射撃はまた小さな手応えを得た。その主が毒矢を放ってきたのか、爆発を起こしたのか。どちらにせよ、その間にハンター達は前に進む。
そして、先頭のイーディスが、大きく一歩を踏み出したときだった。
「……うん?」
ぐにゅりと、雪のものではない感触を足の裏に感じた。
咄嗟に目を落とす。そこに広がっていたのはしかし何の変哲もない雪で、だがその更に下、薄い雪の膜の向こうに何かが――
確かめる間もなく、強烈な爆音と吹き荒れる赤い靄が、イーディスの五感を染め上げた。
衝撃を全身に受け、イーディスは雪面に投げ出される。そして同時に、宙に浮いた彼女の鎧をバチバチと無数の何かが叩いた。
「毒矢が飛んできてるっ……イーディスさん!」
慌てて紀子がイーディスに駆け寄る。矢は正面だけではなく、色々な方向から飛んできていた。
体内のマテリアルを練り上げる。そして爆発的に高まった膂力で以て地面を一気に掘り返し、紀子はイーディスをその中に押し込めた。
「……あー、びっくりした」
頭を振って、穴の中でイーディスが起き上がる。音と見た目は派手だが、爆発にそれほどダメージはないらしい。しかし軽い脳震盪でも起こしたのか、揺れる視界は戻るまで少し時間を要しそうだ。
「頭を低くして、矢に当たる確率を少しでも下げるっすよ!」
馨が叫ぶ。しかし、そう言って雪に伏せた彼を、矢が襲うことはなかった。
「これは、イーディスさんだけを狙ってる……?」
「もしかしたら、爆発を合図に撃ってるのかしらね」
「ってことは、向こうもこっちが見えてねえのか?」
靄を裂いて飛ぶ毒矢は、爆発によって出来た穴を中心に地面に突き刺さっていた。
既に矢はやんでいる。こちらを視認し狙っているのなら、一つも当たらないということはなかったはずだ。
「下がるのは逆に危険かもしれないし……探知機でもあればいいんすけど」
「……早くここを抜けるには、誰かが囮になるしかない、かな」
イーディスが地雷を踏み、そして爆発が起こるまでに幾許かの猶予が見て取れた。
ならばと、最も素早く動くことの出来るアルトが名乗りを上げた。
「どちらにしろ、敵の位置も分からないしね。シュタークおねーさんは任せたよ」
「ああ、護衛は任せてくれ」
言うが早いか、紀子の声に後押しされるようにアルトは両足にマテリアルを込めて地面を強力に蹴りつける。そして瞬く間に、靄の中に消えていった。
「じゃあ、援護するわね」
ケイは毒矢が飛んできた方向の一つを狙い、一定範囲を無差別に貫く無数の矢を放つ。今度の手応えも小さく、また先程よりも数が減っているように思えた。
「さて、ちょっと不覚を取ったし――仕返しさせて貰おうかな」
イーディスは更に別の方向に向けて、マテリアルを込めた剣を振るった。
見えない力が一直線に猛進し、大地に爪痕をつける。
「よーっし、気合い入れてついて行くっすよ! 師団長も気張るっす!」
「おーう、任せろー……」
「ちっ、もうちょい治療やっとくか?」
シュタークは酷く眠そうに声を上げる。馨の背に感じる彼女の体温は、この雪原でも分かるほど高くなっていた。
急がなければ。
馨はシュタークを背負い直し、イーディスとクルスに次いでアルトの後を追った。
●
爆発が起こる。アルトは爆風を背中に浴びて、より加速し雪原を駆け抜けた。
瞬く間に十メートルの距離を詰めるその速度に、地雷の性能が追い付いていないようだ。しかし、敵の姿を靄の中に見ることは出来なかった。
そして更に一歩を強く踏みしめた瞬間、唐突に、視界が純白に覆い尽くされた。
靄を抜けた。
アルトは雪に足を叩き付けて強引に速度を殺し、瞬時に辺りに目線をやる。
「……何もいない?」
そう呟いた時、視界の端で雪が盛り上がる。中から現れたのは、一体のゾンビだった。
しかしその瞬間、アルトの刀が奔り、ゾンビを二つに分ける。
そして袈裟懸けに二つになったゾンビは――内側から膨れあがり、
「……なるほどね」
爆発した。
●
アルトの姿が消えた先、いくつもの爆発が起こり、地面には一直線に大穴が並んでいた。これに沿って行けば、少なくとも地雷の心配はないだろう。そして毒矢も、穴の周りに散らばるだけで此方に飛んでくるものはない。
何とかここを脱することは出来そうだ。そう、シュタークを護衛する一行が思ったときだった。
「……五人か。もう一人くらい、離れてくれれば良かったんだけど」
男の声が聞こえた。
「誰っすか!」
馨の問いに答える声はなく、代わりに見えない力が地面を這う。
「下がって!」
前方以外からの奇襲を想定していたイーディスが、いち早く反応し、シュタークを守るように盾を構えて躍り出た。
鈍い音と強烈な衝撃に、イーディスの盾が弾き飛ばされそうになる。
「これは、スキル?」
その力は、彼女の知る衝撃波そのものだった。
「そっちから場所を教えてくれるなんてね」
待ってましたとばかりに、ケイは集めていた毒矢にマテリアルを込めダーツの要領で投げ放つ。
冷気を纏った矢が靄を貫き、少し遅れてそれを弾く甲高い音が響いた。
「霧に紛れて、卑怯者め。皆、早く離脱を!」
叫びながら、紀子はケイの矢を追うように飛び出していた。音で距離と位置を把握し、一息に飛び込んで拳を振るう。
その一撃はシンプルに、鍛練を重ねた直線的な拳打。彼我の距離は一瞬で消え去り、靄の中に影が見えると同時に拳は叩き込まれていた。
「……やっぱり、作戦に無理があるよね」
それは、二本の長剣を交差させ紀子の突きを防いでいた。
人の姿をしている。それどころか、纏う鎧は帝国兵のものだ。
「あなたは……!」
紀子が問いただそうとすれば、強烈な力で剣が振るわれ弾き飛ばされる。そのまま流れるように奔った剣は閃光のようで、
「くっ……!」
咄嗟に身を反らさなければ、紀子は容易く両断されていただろう。
「人型なら、毒の効果も大きいんじゃないかしら?」
ケイは的確に、攻撃を躱された隙を狙って毒矢を見舞う。
それに対し、男は大げさなまでに距離をとって回避した。飛び退って、靄の中に姿が消える。
「あなたは、人間なのか?」
辺りに別の敵が潜んでいる可能性を考えれば、迂闊に追撃するわけにも行かず。紀子は靄の中に問いかけた。
しかし返ってくる答えはなく、ただゆらりと靄に紛れるよう佇んでいる。
「どちらにしろ、危害を加えてくるなら抗うまでよね?」
ケイは油断なく、矢を番えた。
しかし、そのやりとりを境に、こちらに敵意を見せることなく男の気配は嘘のようにふっと消え去った。
二人は慌てて振り返る。
男の狙いは、ただ一つだ。
●
「やっと抜けたっすね!」
「……ああ、目がチカチカするぜ」
ようやく赤の世界から脱出し、馨とクルスは安堵する。
「アルト殿、その足下のは?」
先行したアルトと合流すれば、イーディスはその周りに黄ばんだ肌色のものを見つけた。それは布のようだが、酷く汚らしい。
「これが、毒矢を撃ってきてたみたいだ」
「そのぼろ雑巾がか?」
ゾンビの襲撃を凌いたアルトが見つけたのは、ぎこちなく動き回る膝丈の歪な人形だった。それが吹き矢を用い、こちらを攻撃していたらしい。
「何か気味悪いっすねえ、これ」
布は間もなく、風に溶けて消えていく。歪虚には違いないらしい。
――そこへ再び、靄の中から衝撃波が飛来した。
咄嗟に反応したイーディスとクルスが、あえて盾をぶつけることで相殺する。
「追ってきたって、あっちは大丈夫っすか!」
馨が飛び退る。それを守るように二人が盾を構え、更にその前で、アルトが刀を構える。
「君は……」
「てめえ……!」
靄の中から、男がゆらりと現れる。アルトとシュタークは、その人物に見覚えがあった。
オウレル。
先日、エリザベートとオルクスによって行方不明になった、第二師団の団員だ。
「……四人」
オウレルは、此方の姿を視認した途端に、眉を潜めて後ずさった。
「逃げる気か。……皆、あれを捕らえよう」
「ああ? 放っときゃいいだろ」
今はシュタークの無事が大事だと、クルスが声を上げる。
「いや、解毒剤を持っているかもしれない。尋問する価値はあるよ」
そしてアルトが駆け出すと同時、オウレルが腕を振る。それに併せるように、近くの雪から数体のゾンビが這い出した。
殺到するゾンビに向けて、三人が武器を振るう。馨は大きく飛び退いて、辺りに注意深く目をやった。
「全員気をつけろ、爆発するぞ!」
そして、それぞれの攻撃がゾンビに叩き付けられた瞬間――目も眩むような、真っ赤な爆発が巻き起こった。
分かっていても、ほんの一瞬、目が眩む。
オウレルは、再び姿を消した。
●
無線で第二師団本隊に連絡を取ると、即座に衛生兵が駆けつけた。
「あー……毒とかにゃ強えつもりだったんだがなぁ」
治療を受けながら、シュタークがぼやく。
「シュターク殿、これに懲りたら全身鎧を購入してはどうかな? グラズヘイムシュヴァリエをオススメするよ」
「いや、この鎧は元々全身あったんだが……邪魔だし取っ払って、どこやったかなぁ」
イーディスの提案に、シュタークは苦笑し答える。
「しかし、師団長重かったっすね。実は東方の鬼だったりして……?」
敵の特徴などを軍に伝え終え、疲労に息をつきながら馨が呟いた。
「あら、女性に重いって失礼じゃない? ……それにしても、毒、消えちゃったわね」
その横で、ケイが元毒矢を弄びながら肩を落とした。
いつの間にか、先端にこびりついていた黒い粘液が跡形もなく消えていたのだ。矢筒にも、何も残っていなかった。
幸いにしてシュタークの毒は、専門家数人がかりで解毒することには成功した。しかし、彼女の消耗も激しく、しばらく万全に体を動かすことは出来ないらしい。
そして、全軍に伝えられたオウレルの存在は、一部の人間に衝撃を与えた。
行方不明の人間が見つかる。
それが良い知らせとは、限らなかったようだ。
驚きに満ちた声を上げて、無限 馨(ka0544)が慌ててシュタークに駆け寄る。
手を伸ばして支えた体は弱々しい。肩を上下させるほど息も荒く、この寒さの中にあって額にはじっとりと汗を掻いていた。
「……こんなところで奇襲に遭うとはな。師団長は大丈夫なのか?」
町田紀子(ka5895)は、何も見えない靄の中でも何か得られる情報はないかと、注意深く視線を飛ばす。
だが、靄はゆらゆらと煙るだけでその中には何も見いだせない。
「あんまり無事じゃなさそうっすね。早いところ、衛生兵のところへ運ばないと!」
「おい、ちょっと見せてみろ」
馨は手早く、シュタークの容態を確かめていく。同じくクルス(ka3922)も矢の刺さった傷口を認め、眉を潜めた。
「……こりゃ、毒か?」
「あら、毒矢なの?」
クルスの手元を覗き込み、ケイ(ka4032)が少し興味深そうに尋ねた。
「ああ、どういう毒かは知らねえがな」
後ろ手にクルスが、シュタークの抜いた矢をケイに手渡す。
「へえ……小癪ね。気に入らないわ」
それは、矢と言うには小さいものだった。
長さは十センチ程度。しかし、その端には羽根が付いていて、安定性を高めた作りになっている。
「これは、吹き矢かしらね。ねえ、シュタークさん? ちょっとその毒矢ちょうだいな」
「おう、持ってけ持ってけ。つか、早く抜いてくれると助かる……」
「そんなもの、何に使うんだ?」
「再利用、するに決まってるじゃないの」
いぶかしげに尋ねる紀子に向けて、ケイは悪戯っぽく微笑んだ。
「それにしても、面倒なことになったね。ひとまず、この霧を抜ける事を優先した方が良さそうだ」
イーディス・ノースハイド(ka2106)は、シュタークの直衛に回るべく、矢の飛んできたであろう方向を見据えながら盾を構えて小走りに、彼女の前に躍り出た。
矢は小さく、威力もない。イーディスの盾と全身鎧は頑強で、貫ける程のものではないだろう。しかし念のため、イーディスは更に露出を減らすべく面頬を降ろす。視界は悪くなるが、仕方ない。
「この匂いと色からして、霧のようなのは血か? 全く、洗濯に一手間掛かっちゃうじゃないか」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)もまた、盾を構える。
毒矢の飛んできた方向に、敵が居るのだろうか。それとも、既に移動してしまったのか。敵の数も種類も分からない以上、動けないシュタークを庇うために、アルトは、イーディスとは別の方角へ意識を向けた。
●
ケイはマテリアルを込め、キリキリと強く弓を引き絞る。
「さ、どんな反応があるのかしらね?」
瞬きの間に放たれた無数の矢が風を切って靄を貫き、その中にケイは、小さな甲高い音を聞いた。
「ケイさん、手応えの程は?」
「ううん……あるような、ないような」
アルトの質問に、ケイは煮え切らない様子だ。
彼女の感じた手応えは、やけに小さい。まるで、小動物でも射貫いたような――
「いや、それで十分」
だが、手応えがあったのなら、そこに何かがいることは間違いない。
「よっし、こんなとこ、さっさと抜けるっすよ!」
シュタークの巨躯を背負った馨が駆け出す。向かうのは、ケイの狙った、毒矢の飛んできた方角だ。
ここで下がるのは恐らく最も単純な行動で、敵がそれを想定していないとも限らない。不用意とも言えるだろう。ならば危険を承知であえて進み、意表を突くと共に突破を試みる。
「馨君、私の後ろから出ないようにね」
先頭を走るのは、盾を構えたイーディスだ。敵が近距離攻撃を仕掛けてくる可能性も考え、警戒を厳に、一つも兆候を見逃さないよう靄の中に目を凝らす。
「敵影が見えれば、殴りに行くことも可能なんだが……」
アルトと共に左右を守る紀子が、歯痒そうに零して腕に嵌めたナックルの位置を直す。
敵が曖昧な以上、無闇に出て行くのは自殺行為だ。だが、ほんの少しでも明確な何かがあれば。紀子はその時に、全力を込める。
「んなこと出来りゃ、こんな苦労もしねえだろうが……ああくそ、キュアもレジストも効きゃしねえ」
クルスは走りながら、シュタークに回復の魔法を試していた。だが、治る気配はない。
「あー、いいって回復とか。あたしはそう簡単にくたばんねえよ」
「うるせえ。クルセイダーってのは、こういう時のためにいるんだろうが。だがまあ、効かねえならしょうがねえか」
クルスが、杖を下ろした。そして代わりに盾を構えて、馨の一歩前に進み出る。
「……死なす訳にゃ、行かねえからな」
シュタークを中心に十字の陣形を保ちつつ、ハンター達は靄からの脱出を試みる。
「制圧射撃、行くわよ」
声が早いか、ケイは再び正面に向けて扇を描くような弾幕を張る。
見える範囲に、敵の姿はない。しかし、ケイの射撃はまた小さな手応えを得た。その主が毒矢を放ってきたのか、爆発を起こしたのか。どちらにせよ、その間にハンター達は前に進む。
そして、先頭のイーディスが、大きく一歩を踏み出したときだった。
「……うん?」
ぐにゅりと、雪のものではない感触を足の裏に感じた。
咄嗟に目を落とす。そこに広がっていたのはしかし何の変哲もない雪で、だがその更に下、薄い雪の膜の向こうに何かが――
確かめる間もなく、強烈な爆音と吹き荒れる赤い靄が、イーディスの五感を染め上げた。
衝撃を全身に受け、イーディスは雪面に投げ出される。そして同時に、宙に浮いた彼女の鎧をバチバチと無数の何かが叩いた。
「毒矢が飛んできてるっ……イーディスさん!」
慌てて紀子がイーディスに駆け寄る。矢は正面だけではなく、色々な方向から飛んできていた。
体内のマテリアルを練り上げる。そして爆発的に高まった膂力で以て地面を一気に掘り返し、紀子はイーディスをその中に押し込めた。
「……あー、びっくりした」
頭を振って、穴の中でイーディスが起き上がる。音と見た目は派手だが、爆発にそれほどダメージはないらしい。しかし軽い脳震盪でも起こしたのか、揺れる視界は戻るまで少し時間を要しそうだ。
「頭を低くして、矢に当たる確率を少しでも下げるっすよ!」
馨が叫ぶ。しかし、そう言って雪に伏せた彼を、矢が襲うことはなかった。
「これは、イーディスさんだけを狙ってる……?」
「もしかしたら、爆発を合図に撃ってるのかしらね」
「ってことは、向こうもこっちが見えてねえのか?」
靄を裂いて飛ぶ毒矢は、爆発によって出来た穴を中心に地面に突き刺さっていた。
既に矢はやんでいる。こちらを視認し狙っているのなら、一つも当たらないということはなかったはずだ。
「下がるのは逆に危険かもしれないし……探知機でもあればいいんすけど」
「……早くここを抜けるには、誰かが囮になるしかない、かな」
イーディスが地雷を踏み、そして爆発が起こるまでに幾許かの猶予が見て取れた。
ならばと、最も素早く動くことの出来るアルトが名乗りを上げた。
「どちらにしろ、敵の位置も分からないしね。シュタークおねーさんは任せたよ」
「ああ、護衛は任せてくれ」
言うが早いか、紀子の声に後押しされるようにアルトは両足にマテリアルを込めて地面を強力に蹴りつける。そして瞬く間に、靄の中に消えていった。
「じゃあ、援護するわね」
ケイは毒矢が飛んできた方向の一つを狙い、一定範囲を無差別に貫く無数の矢を放つ。今度の手応えも小さく、また先程よりも数が減っているように思えた。
「さて、ちょっと不覚を取ったし――仕返しさせて貰おうかな」
イーディスは更に別の方向に向けて、マテリアルを込めた剣を振るった。
見えない力が一直線に猛進し、大地に爪痕をつける。
「よーっし、気合い入れてついて行くっすよ! 師団長も気張るっす!」
「おーう、任せろー……」
「ちっ、もうちょい治療やっとくか?」
シュタークは酷く眠そうに声を上げる。馨の背に感じる彼女の体温は、この雪原でも分かるほど高くなっていた。
急がなければ。
馨はシュタークを背負い直し、イーディスとクルスに次いでアルトの後を追った。
●
爆発が起こる。アルトは爆風を背中に浴びて、より加速し雪原を駆け抜けた。
瞬く間に十メートルの距離を詰めるその速度に、地雷の性能が追い付いていないようだ。しかし、敵の姿を靄の中に見ることは出来なかった。
そして更に一歩を強く踏みしめた瞬間、唐突に、視界が純白に覆い尽くされた。
靄を抜けた。
アルトは雪に足を叩き付けて強引に速度を殺し、瞬時に辺りに目線をやる。
「……何もいない?」
そう呟いた時、視界の端で雪が盛り上がる。中から現れたのは、一体のゾンビだった。
しかしその瞬間、アルトの刀が奔り、ゾンビを二つに分ける。
そして袈裟懸けに二つになったゾンビは――内側から膨れあがり、
「……なるほどね」
爆発した。
●
アルトの姿が消えた先、いくつもの爆発が起こり、地面には一直線に大穴が並んでいた。これに沿って行けば、少なくとも地雷の心配はないだろう。そして毒矢も、穴の周りに散らばるだけで此方に飛んでくるものはない。
何とかここを脱することは出来そうだ。そう、シュタークを護衛する一行が思ったときだった。
「……五人か。もう一人くらい、離れてくれれば良かったんだけど」
男の声が聞こえた。
「誰っすか!」
馨の問いに答える声はなく、代わりに見えない力が地面を這う。
「下がって!」
前方以外からの奇襲を想定していたイーディスが、いち早く反応し、シュタークを守るように盾を構えて躍り出た。
鈍い音と強烈な衝撃に、イーディスの盾が弾き飛ばされそうになる。
「これは、スキル?」
その力は、彼女の知る衝撃波そのものだった。
「そっちから場所を教えてくれるなんてね」
待ってましたとばかりに、ケイは集めていた毒矢にマテリアルを込めダーツの要領で投げ放つ。
冷気を纏った矢が靄を貫き、少し遅れてそれを弾く甲高い音が響いた。
「霧に紛れて、卑怯者め。皆、早く離脱を!」
叫びながら、紀子はケイの矢を追うように飛び出していた。音で距離と位置を把握し、一息に飛び込んで拳を振るう。
その一撃はシンプルに、鍛練を重ねた直線的な拳打。彼我の距離は一瞬で消え去り、靄の中に影が見えると同時に拳は叩き込まれていた。
「……やっぱり、作戦に無理があるよね」
それは、二本の長剣を交差させ紀子の突きを防いでいた。
人の姿をしている。それどころか、纏う鎧は帝国兵のものだ。
「あなたは……!」
紀子が問いただそうとすれば、強烈な力で剣が振るわれ弾き飛ばされる。そのまま流れるように奔った剣は閃光のようで、
「くっ……!」
咄嗟に身を反らさなければ、紀子は容易く両断されていただろう。
「人型なら、毒の効果も大きいんじゃないかしら?」
ケイは的確に、攻撃を躱された隙を狙って毒矢を見舞う。
それに対し、男は大げさなまでに距離をとって回避した。飛び退って、靄の中に姿が消える。
「あなたは、人間なのか?」
辺りに別の敵が潜んでいる可能性を考えれば、迂闊に追撃するわけにも行かず。紀子は靄の中に問いかけた。
しかし返ってくる答えはなく、ただゆらりと靄に紛れるよう佇んでいる。
「どちらにしろ、危害を加えてくるなら抗うまでよね?」
ケイは油断なく、矢を番えた。
しかし、そのやりとりを境に、こちらに敵意を見せることなく男の気配は嘘のようにふっと消え去った。
二人は慌てて振り返る。
男の狙いは、ただ一つだ。
●
「やっと抜けたっすね!」
「……ああ、目がチカチカするぜ」
ようやく赤の世界から脱出し、馨とクルスは安堵する。
「アルト殿、その足下のは?」
先行したアルトと合流すれば、イーディスはその周りに黄ばんだ肌色のものを見つけた。それは布のようだが、酷く汚らしい。
「これが、毒矢を撃ってきてたみたいだ」
「そのぼろ雑巾がか?」
ゾンビの襲撃を凌いたアルトが見つけたのは、ぎこちなく動き回る膝丈の歪な人形だった。それが吹き矢を用い、こちらを攻撃していたらしい。
「何か気味悪いっすねえ、これ」
布は間もなく、風に溶けて消えていく。歪虚には違いないらしい。
――そこへ再び、靄の中から衝撃波が飛来した。
咄嗟に反応したイーディスとクルスが、あえて盾をぶつけることで相殺する。
「追ってきたって、あっちは大丈夫っすか!」
馨が飛び退る。それを守るように二人が盾を構え、更にその前で、アルトが刀を構える。
「君は……」
「てめえ……!」
靄の中から、男がゆらりと現れる。アルトとシュタークは、その人物に見覚えがあった。
オウレル。
先日、エリザベートとオルクスによって行方不明になった、第二師団の団員だ。
「……四人」
オウレルは、此方の姿を視認した途端に、眉を潜めて後ずさった。
「逃げる気か。……皆、あれを捕らえよう」
「ああ? 放っときゃいいだろ」
今はシュタークの無事が大事だと、クルスが声を上げる。
「いや、解毒剤を持っているかもしれない。尋問する価値はあるよ」
そしてアルトが駆け出すと同時、オウレルが腕を振る。それに併せるように、近くの雪から数体のゾンビが這い出した。
殺到するゾンビに向けて、三人が武器を振るう。馨は大きく飛び退いて、辺りに注意深く目をやった。
「全員気をつけろ、爆発するぞ!」
そして、それぞれの攻撃がゾンビに叩き付けられた瞬間――目も眩むような、真っ赤な爆発が巻き起こった。
分かっていても、ほんの一瞬、目が眩む。
オウレルは、再び姿を消した。
●
無線で第二師団本隊に連絡を取ると、即座に衛生兵が駆けつけた。
「あー……毒とかにゃ強えつもりだったんだがなぁ」
治療を受けながら、シュタークがぼやく。
「シュターク殿、これに懲りたら全身鎧を購入してはどうかな? グラズヘイムシュヴァリエをオススメするよ」
「いや、この鎧は元々全身あったんだが……邪魔だし取っ払って、どこやったかなぁ」
イーディスの提案に、シュタークは苦笑し答える。
「しかし、師団長重かったっすね。実は東方の鬼だったりして……?」
敵の特徴などを軍に伝え終え、疲労に息をつきながら馨が呟いた。
「あら、女性に重いって失礼じゃない? ……それにしても、毒、消えちゃったわね」
その横で、ケイが元毒矢を弄びながら肩を落とした。
いつの間にか、先端にこびりついていた黒い粘液が跡形もなく消えていたのだ。矢筒にも、何も残っていなかった。
幸いにしてシュタークの毒は、専門家数人がかりで解毒することには成功した。しかし、彼女の消耗も激しく、しばらく万全に体を動かすことは出来ないらしい。
そして、全軍に伝えられたオウレルの存在は、一部の人間に衝撃を与えた。
行方不明の人間が見つかる。
それが良い知らせとは、限らなかったようだ。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 イーディス・ノースハイド(ka2106) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/12/23 22:58:03 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/12/22 01:10:16 |