ゲスト
(ka0000)
【闇光】夢幻城援軍阻止戦
マスター:稲田和夫

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/12/23 09:00
- 完成日
- 2016/01/12 02:38
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「――夢幻城を討つ」
人類連合軍総司令官ナディア・ドラゴネッティは、緊迫した様子でその決を下していた。
夢幻城は先の作戦展開の中でサルヴァトーレ・ロッソの主砲を受けて墜落。
今だ沈黙を続けてはいるが……その北の大地で繰り広げられた戦火を彼女も知らないわけではない。
さらには帝国本土への歪虚の侵攻、そしてヴィルヘルミナの件でハンターオフィスはもちろん世界中が大きなショックを受けている。
それでも夢幻城を討つ。討たなければならない。
その決断をナディアに迫ったのもまた、帝国本土侵攻という現実に他ならなかった。
勢いを増した歪虚の魔の手が、今まさに人類の営みの喉元へと迫っている。
その中で移動要塞とも言えるあの前線基地が力を取り戻し、此度の侵攻の折に人類の目と鼻の先に定着でもしようものなら――
不幸中の幸いと言っていいのかどうか、敵兵力はその多くが此度の戦線に出払い、城周辺の戦力自体は最小限であると推測されている。
場内の様子も先の威力偵察で得ている今、こちらも最小限の戦力で、最大限の成果を得ることも可能なハズなのだ。
「連合軍は帝国の件で混乱している……今この時、頼りとなるのはハンターの皆だけじゃ。どうか、頼んだぞ!」
北の地の命運を握る大攻略戦が、今、始まろうとしていた。
●
「おのれ、忌々しい反乱軍共め!」
その夢幻城の墜落地点と、現在激闘が繰り広げられている人類と歪虚との最前線の中間地点にある雪原にてアイゼンハンダー(kz0109)は歯痒さに怒鳴っていた。
そもそも彼女にとっての最上位であるハヴァマールやオルクス、ナイトハルトらは現在彼ら暴食にとってはある種の悲願ともいうべきゾンネンシュトラール帝国への攻撃に集中している。
にもかかわらず、彼女がこうして手勢を率いて夢幻城へ向かっているのは勿論、フロイライン・ポワソンことジャンヌのためである。
だが、途中で夢幻城攻略のための援軍として行軍中であったハンターの一隊と遭遇し、こうして足止めを受けているのだ。
「邪魔をするな! 私はジャンヌ兵長……いや、フロイライン・ポワソンの元へ行かねばならないのだ!」
そう叫んで応戦するアイゼンハンダーの脳裏にふと疑問が浮かぶ。
「ハヴァマール師団長たちは快諾してくれたけど……首都から反徒共を一掃する大切な作戦に参加しないなんて……大体フロイラインはもう死んでいる。確かにジャンヌ殿はフロイラインであり彼女を守ることこそ私の一番大切な事……だけどもう彼女は……あれ?」
軽い頭痛がアイゼンハンダーを襲う。それは、彼女が南下するバテンカイトスから夢幻城へ出発した後、彼女がこの問題を考えるたびに何度も彼女を襲ったものだ。
『何時まで寝ぼけているつもりだ。ツィカーデ』
義手が溜息をついたその時、複数のハンターたちが迎撃を行っていたARS(アメイジングレッドショルダーズ)の防衛線を突破して、アイゼンハンダーをその肩に乗せて足のスキー板のようなパーツで雪原を疾走するトウルスト型に狙いをつけた。
「え……? しまった!」
思わず叫ぶアイゼンハンダー。
『愚か者め。儂らは無傷で済んでもこの木偶はそうはいくまい。儂は構わんが、これはお前のフロイラインを脱出させるために必要なものではなかったのか?』
トウルスト型の肩には恐らくジャンヌのサイズに合わせたと思しき雪上迷彩の施された巨大な寝袋が担がれていた。
雪上での機動力を強化したこのトウルストで夢幻城に突入、素早くジャンヌを救出して再度脱出というのがアイゼンハンダーの目的である。
そのジャンヌ用トウルストに向けて、ハンターの一人が攻撃を仕掛けようとした瞬間、突如上空から赤く燃える羽のようなものが地面に撃ち込まれ、爆炎を上げる。
この衝撃で一旦はトウルストに肉薄したハンターたちは再度引き離されてしまう。
「友軍だと!? しかし、この攻撃……まさか」
素早く上空を確認したアイゼンハンダーと、彼女を援護した鳥型の歪虚の目が合う。
鳳凰、あるいは不死鳥を思わせる極彩色の赤に燃える羽毛と尾羽。
辛うじて人間の女性の面影を残した顔。
それは東方を巡る戦いでアイゼンハンダーとハンターたちが遭遇した、九尾御庭番衆と呼ばれる憤怒の歪虚の一体、姑獲鳥であった。
「やはり、貴様であったか」
僅かに表情を緩めるアイゼンハンダーに姑獲鳥はこう答えた。
「先程の……不覚、敢えては……追及しません。ですが、戦場では……常に「現在」だけを見ること……です。でなければ……死にますよ」
かつて、自分が姑獲鳥に投げかけた言葉をそのまま返されたアイゼンハンダーは一瞬、きょとんとしていたがやがて、にやりと笑った。
「一本取られたな……そう、所詮私は一兵卒に過ぎない。ならば、目の前の戦闘に集中するのみ! 行くぞ!」
アイゼンハンダーと姑獲鳥は同時にハンターたちへと攻撃を開始するのであった。
人類連合軍総司令官ナディア・ドラゴネッティは、緊迫した様子でその決を下していた。
夢幻城は先の作戦展開の中でサルヴァトーレ・ロッソの主砲を受けて墜落。
今だ沈黙を続けてはいるが……その北の大地で繰り広げられた戦火を彼女も知らないわけではない。
さらには帝国本土への歪虚の侵攻、そしてヴィルヘルミナの件でハンターオフィスはもちろん世界中が大きなショックを受けている。
それでも夢幻城を討つ。討たなければならない。
その決断をナディアに迫ったのもまた、帝国本土侵攻という現実に他ならなかった。
勢いを増した歪虚の魔の手が、今まさに人類の営みの喉元へと迫っている。
その中で移動要塞とも言えるあの前線基地が力を取り戻し、此度の侵攻の折に人類の目と鼻の先に定着でもしようものなら――
不幸中の幸いと言っていいのかどうか、敵兵力はその多くが此度の戦線に出払い、城周辺の戦力自体は最小限であると推測されている。
場内の様子も先の威力偵察で得ている今、こちらも最小限の戦力で、最大限の成果を得ることも可能なハズなのだ。
「連合軍は帝国の件で混乱している……今この時、頼りとなるのはハンターの皆だけじゃ。どうか、頼んだぞ!」
北の地の命運を握る大攻略戦が、今、始まろうとしていた。
●
「おのれ、忌々しい反乱軍共め!」
その夢幻城の墜落地点と、現在激闘が繰り広げられている人類と歪虚との最前線の中間地点にある雪原にてアイゼンハンダー(kz0109)は歯痒さに怒鳴っていた。
そもそも彼女にとっての最上位であるハヴァマールやオルクス、ナイトハルトらは現在彼ら暴食にとってはある種の悲願ともいうべきゾンネンシュトラール帝国への攻撃に集中している。
にもかかわらず、彼女がこうして手勢を率いて夢幻城へ向かっているのは勿論、フロイライン・ポワソンことジャンヌのためである。
だが、途中で夢幻城攻略のための援軍として行軍中であったハンターの一隊と遭遇し、こうして足止めを受けているのだ。
「邪魔をするな! 私はジャンヌ兵長……いや、フロイライン・ポワソンの元へ行かねばならないのだ!」
そう叫んで応戦するアイゼンハンダーの脳裏にふと疑問が浮かぶ。
「ハヴァマール師団長たちは快諾してくれたけど……首都から反徒共を一掃する大切な作戦に参加しないなんて……大体フロイラインはもう死んでいる。確かにジャンヌ殿はフロイラインであり彼女を守ることこそ私の一番大切な事……だけどもう彼女は……あれ?」
軽い頭痛がアイゼンハンダーを襲う。それは、彼女が南下するバテンカイトスから夢幻城へ出発した後、彼女がこの問題を考えるたびに何度も彼女を襲ったものだ。
『何時まで寝ぼけているつもりだ。ツィカーデ』
義手が溜息をついたその時、複数のハンターたちが迎撃を行っていたARS(アメイジングレッドショルダーズ)の防衛線を突破して、アイゼンハンダーをその肩に乗せて足のスキー板のようなパーツで雪原を疾走するトウルスト型に狙いをつけた。
「え……? しまった!」
思わず叫ぶアイゼンハンダー。
『愚か者め。儂らは無傷で済んでもこの木偶はそうはいくまい。儂は構わんが、これはお前のフロイラインを脱出させるために必要なものではなかったのか?』
トウルスト型の肩には恐らくジャンヌのサイズに合わせたと思しき雪上迷彩の施された巨大な寝袋が担がれていた。
雪上での機動力を強化したこのトウルストで夢幻城に突入、素早くジャンヌを救出して再度脱出というのがアイゼンハンダーの目的である。
そのジャンヌ用トウルストに向けて、ハンターの一人が攻撃を仕掛けようとした瞬間、突如上空から赤く燃える羽のようなものが地面に撃ち込まれ、爆炎を上げる。
この衝撃で一旦はトウルストに肉薄したハンターたちは再度引き離されてしまう。
「友軍だと!? しかし、この攻撃……まさか」
素早く上空を確認したアイゼンハンダーと、彼女を援護した鳥型の歪虚の目が合う。
鳳凰、あるいは不死鳥を思わせる極彩色の赤に燃える羽毛と尾羽。
辛うじて人間の女性の面影を残した顔。
それは東方を巡る戦いでアイゼンハンダーとハンターたちが遭遇した、九尾御庭番衆と呼ばれる憤怒の歪虚の一体、姑獲鳥であった。
「やはり、貴様であったか」
僅かに表情を緩めるアイゼンハンダーに姑獲鳥はこう答えた。
「先程の……不覚、敢えては……追及しません。ですが、戦場では……常に「現在」だけを見ること……です。でなければ……死にますよ」
かつて、自分が姑獲鳥に投げかけた言葉をそのまま返されたアイゼンハンダーは一瞬、きょとんとしていたがやがて、にやりと笑った。
「一本取られたな……そう、所詮私は一兵卒に過ぎない。ならば、目の前の戦闘に集中するのみ! 行くぞ!」
アイゼンハンダーと姑獲鳥は同時にハンターたちへと攻撃を開始するのであった。
リプレイ本文
「私が止める……優しかった心が完全に壊れる前に!」
ARSと対峙していたメル・アイザックス(ka0520)はそう叫ぶと、ただ一人でパンツァートウルストを追うような様子を見せる。
その瞬間、ARSが一斉に視線を彼女の方に向けた。それは空中を旋回してハンターたちを牽制していたムルムルも同じである。歪虚は、その巨大な弓を構えると、一直線にアイゼンハンダーらの後を追いかけているように見えるメルに向かって矢を放った。
それとほぼ同時にARSも、孤立したかに見えるメルを仕留めるべく一斉にそちらへと銃撃を始めた。
「かかったね……!」
しかし、メルは攻撃を受けながらもそう微笑すると矢が着弾する寸前で急停止。ぎりぎりで矢の爆発範囲を避けた。
更にメルは素早く後方を振り返り、ARSの一体にワイヤードクローを発射した。
「掴んだ……!」
ワイヤーが装甲に絡みついたのを確認したメルは、そう叫ぶとワイヤー巻き取る勢いでARSに突っ込んでいく。
「これなら迂闊に銃撃は出来なない筈だよっ!」
ARSと組み合って雪原を転がりながらメルが叫んだ。
メルの言葉通りARSはフレンドリーファイアを理解するだけの知能を持っていたため、判断に迷い一瞬動きが止まる。
そして、ARSたちの注意がメル一人に向いている隙に他のハンターたちもARSへと肉薄していたのである。
「ヤツとは多少なりとも因縁があるけど、ねぇ。個人の因縁よりも、今は優先するべきモノがある」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)もまた、ARSの一体の懐に飛び込んでいく。
ARSとて機械の反応速度を持っている。通常なら、その刃を受けることも可能だっただろう。
だが、メルに気を取られていたことが僅かに反応を鈍らせていた。
「ボクの役目を果たさないと、ねぇ」
ARSが銃器を捨て、鋼鉄の拳を振り上げた時にはヒースの鋭い突きが装甲の隙間を正確に穿ち、迸るマテリアルの電光が中の朽ちた死骸を直接焼いていた。
その強烈な一撃によろめきつつもARSは腕を振るい、ヒースを攻撃する。
だが、ヒースはそれを回避すると言い放った。
「最後の役目が死兵、かぁ。同情はするけど、容赦はしない」
ヒースとほぼ同時にシュメルツ(ka4367)もまた、別のARSの懐に飛び込んでいた。
「逃がさない……」
シュメルツの装備は格闘戦に特化したグローブとレガース。
一方のARSもある程度は接近戦に対応可能とはいえその本分は射撃であり、味方の支援が受けられないこの状況ではシュメルツが無表情に繰り出す拳と足技の猛攻に、じわじわと追い詰められていく。
「死兵、の。足止めか……ぬるい、な」
ARSの繰り出した右ストレートを弾いたシュメルツは、そうぽつりと呟く。
――兵を、生かせ、ない、司令も。生き残れない、兵士も。シュテルプリヒ、には。及ばない。
そう誰にも聞こえないように呟いたシュメルツの重い蹴りがARSの装甲にめり込む。その衝撃は中の死骸にも伝わり、機能に変調をきたしたARSがぐらりとよろめく。
「生きる、事が。強さの、証、なん、だから」
こうして、計三体のARSが一気にハンターたちに抑え込まれた。
当然、残る二機はそれを援護しようと動き始める。しかし、その瞬間戦場に響くエルディン(ka4144)の歌声が、二体の歪虚のマテリアルに作用し、その運動性を大きく低下させた。
「死せる者よ、安らかに眠りたまえ。忌まわしき歪虚よ、光の神の前にひれ伏したまえ」
天使の如き純白の翼の幻影を纏ったエルディンが聖職者スマイルを浮かべて仲間たちを見た。
「エルディンさん、あぶない!」
笑みを向けられたステラ・レッドキャップ(ka5434)は、それまでは空中のムルムルに向けていた拳銃をARSの方に向けた。
その銃口の先では、ARSがレクイエムに苦しみ関節を軋ませながら何とかバズーカ砲を構えていた。
「発射された榴弾を迎撃しようと思いましたが……(危ない橋は渡ることはねえ。撃たせねえのが一番だ)」
レクイエムで動きが鈍っているARSは、ステラの弾丸に装甲の隙間を貫かれていく。
「『ここは任せて先に行け!』なんて言いたくなりそうな状況だな」
更に、エルディンの護衛についていたレイオス・アクアウォーカー(ka1990)も銃を構えてもう一機のARSに向けて銃撃を行う。
ARSは逃げても無駄だと判断したのか、身を守る様子も見せず機関砲を撃ち返し始めた。
「死体のクセに決死の覚悟か。だがこっちも逃がす訳にはいかねぇんだ!」
こうして、五機全てのARSが分断され各個撃破されそうになっている頃、ムルムルの方は有利に戦いを進めていた。
集団戦を前提に調整された歪虚であるARSとは対照的に単騎としての戦力に特化しているムルムルは、Σ(ka3450)と蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)を翻弄していた。
「……!」
Σも相手に狙いを定めさせぬよう動き回りながら、銃撃を繰り返してはいたが機動力ではやはり飛行しているムルムルに分があった。
そして飛行しつつΣの死角に回り込んだムルムルは素早く弓を放つ。
「やらせるものかよ!」
蜜鈴が飛来する矢を落とそうと銃を放つ。しかし、やはり難易度の高い射撃だったのか弾丸は紙一重で外れ、着弾した矢は大爆発を起こし、Σを吹き飛ばした。
ここで、ムルムルは味方であるARSの苦戦に気付いた。歪虚は一瞬逡巡するような様子を見せたが即座に太刀を引き抜くと、地面すれすれを滑空しながら手近なARSの援護に向かおうとする。
そして、結果としてはムルムルのこの行動が、この戦闘の趨勢を決することとなった。
「……! やらせねえよ!」
ARSと対峙しつつもムルムルの動きに注意を怠らなかったレイオスは、即座に武器を構え低空を突っ込んでくるムルムルに真横から突撃を仕掛け、思わぬ所から攻撃を受けたムルムルは強烈な一撃を受け雪原の上に叩き付けられた。
「今度こそ逃がさぬぞ……妾と共に舞い、散り失せるが良い!」
そして、この隙にムルムルに近づいていた蜜鈴がそのマテリアルで生み出した炎でムルムルを包み込んだ。
主である姑獲鳥と違って炎への耐性を持たぬムルムルは業火に包まれのたうち回る。
一方、爆発を受けたΣは何とか身を起こしたがその瞬間全身の傷が癒されていくのを感じた。
「皆さんが少しでも無事でいられるのが私の役目ですから」
Σに向かって優しく笑うエルディン。
「……?」
Σは先ほどより倍増したスマイルにちょっと戸惑いつつも気を取り直して武器を握る。
「思った以上に頑丈ですね……(厄介だな。とっととくたばれ!)」
そして、尚も太刀を振るい抵抗を諦めないムルムルがステラの弾丸に怯んだ直後、Σの攻撃がムルムルの胴体を腰の所で真横に両断したのであった。
その頃、メルはARSの強烈な蹴りを受けて吹っ飛ばされていた。そのメルにARSが機関砲を向ける。
「……あの子に届けるまでは……!」
しかし、メルが唇を噛んだ瞬間、ジェットブーツで颯爽と飛び込んで来た久我・御言(ka4137)がメルを抱えて素早くその場から飛び上った。
「久我さん!」
「危ない所だったね」
久我は芝居気たっぷりに片目を瞑って見せたが、すぐに此方に向かって銃を連射するARSに向き直るとどこか物悲しそうな表情を見せた。
「死者の機甲師団の最期か……哀れな物だね」
久我が魔導機械から放った火炎ARSを包み込み、内部の死体を焼き尽くしていく。
その炎が消え、黒く焼け焦げた装甲だけになったARSが崩れ落ちる頃には他のARSもそれぞれ全て撃破され、雪原に残骸を晒している。
その中で、自身が倒したARSの残骸を見下ろしながらシュメルツはフードを被り直した。
「鉛の雨に打たれても、血に濡れても……わたしは、生き残る。わたし達は……シュテルプリヒは、強いから」
●
最初に、雪煙を立てて疾走するトウルストを射程に捕えたのは、【DAD】のミルベルト・アーヴィング(ka3401)であった。
「哀れ、ですね……悪趣味な人形の戯曲を終わらせましょう。全てを失って、なおも求め…殺めさせるなど、悪辣以外の何者でもありません」
そして、ミルベルトは目を閉じると高らかに死者の動きを封じるレクイエムを歌い始めた。
「この耳障りな歌は……」
一方、トウルストの肩に乗っていたアイゼンハンダーは不快感を覚え、ミルベルトの方を睨みつける。
「アイゼンハンダー……いえ、ツィカーデ。貴女は逃げたんだ……。自分自身から……自分と向き合う事から……だから……この一撃で気付かせてあげる、『現実』から逃げた一兵卒に、私の一撃は阻めない…っ」
その瞬間、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)が反対の方向からアイゼンハンダーに飛び掛かった。
「貴様はCAM輸送作戦を邪魔してくれた兵士か!」
アイゼンハンダーはそう叫ぶと、自身の義手でユーリの斬撃を真正面から受け止めた。
一見拮抗しているかに見えた二人の鍔迫り合いは、しかし徐々にアイゼンハンダーが優位になっていく。
「ユーリさん、頑張って!」
必死に歌い続けるミルベルト。しかし、アイゼンハンダーとトウルストは纏わりつくミルベルトのマテリアルを振り払うように、彼ら自身の内包する負のマテリアルを激しく循環させてこれに対抗した。
「あああっ!」
そして、アイゼンハンダーの絶叫と共にレクイエムの呪縛が弾かれる。その衝撃で体勢を崩したユーリの身体をトウルストの巨大な拳が力任せに殴り飛ばした。
「きゃあああっ!?」
弾き飛ばされ、雪原の上を転がるユーリ。
「そろそろ出番か。彼女……というかあの腕には考古学者として色々聞きたいこともあるしな」
ユーリが弾き飛ばされたことで。自身の攻撃に彼女を巻き込む心配がなくなったと判断した久延毘 大二郎(ka1771)はそう呟くと雪煙を立てて走るトウルストの方に向けて連続で火球を発射した。
直撃ではなく、相手の進行方向を塞ぎ味方の攻撃の糸口を作るそれが大二郎の狙いであった。
しかし、トウルストは全く速度を緩めることなく滑走し続ける。火球が見事にトウルスト直撃――したように見えた。
「……この程度で足止めになるとでも思ったのか?」
アイゼンハンダーの冷たい声が響く。火球はアイゼンハンダーの義手が発生させた負のマテリアルによるバリアのようなものに完全に防がれていた。
「やるわね……特別想う事がある訳でもないけど、行かせる訳には行かないから、壊させてもらうわ」
ここで、【DAD】のメンバーであるフィルメリア・クリスティア(ka3380)が、ジェットブーツによる全力移動でトウルストの進行方向に回り込む。
「軍人としても、只の人としても、貴女の様な迷い人は放って置けない。だから止める。余計なお節介でもね!」
だが、フィルメリアが機械を構えた瞬間、アイゼンハンダーの発射した銃弾が彼女に命中した。
「くっ!?」
急所こそ避けたものの激痛に身体を折り曲げたフィルメリアは攻撃の中断を余儀なくされる。
「私がいることを忘れたのか?」
見る見るうちに小さくなっていくフィルメリアの方を見遣りながら、アイゼンハンダーは冷たく呟く。
だが、その直後遂にアルファス(ka3312)が追いついて来た。
「終われ……これ以上、無意味な戦いを続けるな!」
叫びと共にアルファスの放った朱雀を象った炎がアイゼンハンダーへと襲い掛かる。
「大二郎さん!」
「もう一度やってみるか……!」
更に、アルファスの呼びかけに答えて大二郎も再度火球を放ちアイゼンハンダーとトウルストは激しい炎に包まれる。
この攻撃は、アルファスら【DAD】にとって次なる攻撃のための布石でもあった。
「……余り、このトウルスト型を舐めない事だ」
しかし、トウルストは攻撃を受けながらも両肩のコンテナを開くと、内蔵されていたミサイルを【DAD】のメンバーに向けて一斉に発射した。
「しまった……!?」
爆発に包まれたアルファスが叫ぶ。
ミサイル攻撃に対して十分な警戒をしていなかった【DAD】のメンバーは爆発による足止めを受け、見る見るうちにトウルストとの距離を離された。
「ハンターとかいう反乱軍のゲリラ兵にしては統率が取れていたね」
アイゼンハンダーが呟く。
『狙い所は悪くない……が、ああも戦術が散漫ではな』
義手はそう溜息をついた。
彼ら【DAD】が攻めきれなかったのは、アイゼンハンダーとトウルストを確実に分断して、最初にトウルストを仕留めるという作戦が不徹底だったところが大きい。
最初にミルベルトがレクイエムを発動した時点で多数の人数でアイゼンハンダーを抑えることを優先すればまた違った結果になっていたのだろう。
「さあ、急ぐぞフロイライン・ポワソンの元へ」
だが、アイゼンハンダーが気を取り直してそう命令した瞬間、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)の鋭い叫びが聞こえた。
「ポワソンだと? 哀れな、主の名も忘れたか……思い出せ、『アーデルフェルト嬢』は死んだ!」
「少年兵! ……良くもまた、私の前に立ったものだ!」
僅かに微笑みのような表情を見せながら叫ぶツィカーデ。
『あれ程の屈辱を味わいながらおめおめと戦場に戻るか……しかも、おっとり刀で』
一方、義手は嘲笑うような声。
アウレールが遅れたのは、最初に馬での走破を試みたものの、雪に足を取られ手間取ったからである。
「何度でも言ってやる、貴様の現在など認めない! 貴様も「フロイライン」も死人だ、塵に還るべき過去だ!」
十分に間合いを詰めたアウレールは、剣を構えると姿勢を低くしてトウルストの脚部、滑走板を狙って突撃を仕掛けた。
トウルストは咄嗟にミサイルを発射。だが、発射されたミサイルは姿勢を低くして足元に飛び込んで来たアウレールの頭上を素通りしてしまう。
『ほう、少しは楽しませてくれるか?』
と義手。
「でも、まだまだ……」
アイゼンハンダーがそう言った直後、トウルストの滑走板に刃を突き立てる直前だったアウレールの頭上にトウルストの巨大な拳が振り下ろされた。
「なっ……!」
雪に深くめり込まされたアウレールは口から血を吐き、気付いた。トウルストがミサイルを発射したのとは反対側の腕で自分を殴打したことを。
そして、トウルストの上に立ったアイゼンハンダーが拳銃で自分を狙っていることを。
だがすぐに銃弾が発射されないことの意味を知ったアウレールは相手を睨みつけ、吼えた。
「舐めるな腐肉! 情けをかけて見逃せば、恩義を感じて追うのをやめるとでも思っているのか……あの時も!」
「違うよ」
アイゼンハンダーはゆっくりと首を振った。
「私は、只君が本当の兵士か知りたかっただけ……そう。それが君の選択なんだね」
アイゼンハンダーは寂しそうに微笑むと、ゆっくりと引き金にかけた指に力を込める。
だが、その時凄まじい勢いで回転しながら飛んできた手斧が義手に弾かれ甲高い音を立てた。
「貴様も参加していたのか、斧兵!」
「……さて。またお会いできましたね、ツィカーデ。良い機会です。いつぞやの問いに答えましょう」
アイゼンハンダーが投げ返して来た手斧を、僅かに眉をしかめて受け取りながらフランシスカ(ka3590)はちらりと背後を見た。
一旦引はき離された【DAD】のメンバーが追いつくまでどのくらいの時間が必要だろうか。
途中まではバイクを使用していたため、アウレール同様追い着くタイミングが遅れたことは、今現在アイゼンハンダーと接敵している時点で少なくともマイナスにはなっていない、とフランシスカは判断していた。
「良い機会です。いつぞやの問いに答えましょう……まず、私は兵士、『斧兵』ではありません。あなたとは違う」
かつて、東方でアイゼンハンダーと対峙した時の会話に触れながらフランシスカはアウレールを治療した。
本来ならすぐにでも打ち掛かりたい所である。しかし、敵はアイゼンハンダー一人ではなくトウルストもいる。
この二体の分断に成功していない状況では迂闊に仕掛ければ返り討ちになることは既に彼女も理解していた。
アイゼンハンダーの方は多少興味を示したのか、少なくともフランシスカの返事を聞く態度は見せていた。
「だから、全てを抱えて戦います。想いも祈りも願いも、志半ばで倒れた皆から託された全てを」
かつて、フランシスカに思いを背負うなど傲慢だと言ってのけたアイゼンハンダーはじっとこれを聞いていた。
「戦いとは奪うことに他ならない。戦いでは何も守れない歪虚が、貴女が壊そうとする『未来』を奪う。そのために私は戦います」
「何のことはない」
ここで初めてアイゼンハンダーは口を挟んだ。
「敵から全てを奪うために逃走するのが兵士の本懐。お前も所詮私と同じではないか」
「……いいえ」
フランシスカこの時まで意識して『そちら』を見まいとしていた。
しかし、アイゼンハンダーの眼の中にある、悪戯っぽい光を見た瞬間フランシスカはそれが徒労だったことに気付き――即座に思考を切り替えた。
「あなたが守るといった『今』さえも、いずれ私が奪います。アイゼンハンダー……」
フランシスカは跳躍し、斧を振り上げた。
「私は必ず、お前を殺す」
それとほぼ同時に姿勢を低くして物陰に隠れていたカイン・マッコール(ka5336)がアサルトライフルの引き金を引く。
「食らいな!」
カインの銃撃はまずトウルストの胴体に集中した。当然、トウルストは堅牢な装甲でこれを弾き、更に急所に当たるのを避けるためか、その腕を交差させ銃弾を完全に弾く。
一方、フランシスカはとにかくカインを攻撃させないため反撃覚悟で相手の懐に飛び込んだ。
恐らくはカインの存在にも気づいていたであろうアイゼンハンダーは当然正面からこれを受け止める。
――恐らく、ここまでの攻防は彼女の予想通りだったのだろう。
「まだまだ!」
だが、カインは銃口を丁度への字を書くように動かして、狙いをトウルストの胴体から肩のミサイルポッドへと移す。
この時には体勢を立て直しもう一度トウルストを追ってきていた【DAD】を攻撃しようと射撃準備態勢に入っていたことが裏目に出た。
銃弾がミサイルに誘爆したトウルストは右肩のミサイルポッドに大きな損傷を受けたのだ。
『及第点、か?』
愉快そうに義手が呟く。
その時には既にアイゼンハンダーの拳がフランシスカを、トウルストの拳がカインを殴り飛ばしていた。
「さあ、道草はもう終わりにしなきゃ」
アイゼンハンダーは必死に追い縋る【DAD】のハンターたちの姿が徐々に大きくなるのを見ながら呟く。
今から最大戦速でトウルストを走らせれば十分に彼らを引き離せる筈である。
『ツィカーデ』
しかし、いかにもどうでも良いことのように義手が呟いた一言がアイゼンハンダーの動きを止めた。
『一応伝えておいてやろう。あの哀れな九官鳥が死にかけているぞ』
その途端アイゼンハンダーははっとなる。
「……! わ、私の最優先目標はフロイラインの救出……! だけど、だけど彼女も……!」
僅かな逡巡の末アイゼンハンダーはトウルストに命令を下す。
「あれは……どういう事でしょうか?」
必死に雪原を走っていたミルベルトが叫んだ。
「解らないわ。何故、トウルストを捨てたのかしら? 確かにダメージは受けているみたいだけど……」
フィルメリアも訝しむ。
彼らの眼前で突如トウルストの肩から飛び降りたアイゼンハンダーは逆方向に走り去ったのである。
そして、トウルストの方もそれまでとは違い、速度を落とし、まるで【DAD】を迎撃するかのような様子を見せた。
「どうするの。アル?」
ユーリがアルファスに質問する。
「とにかく……、今がチャンスなのは間違いない。先ずはトウルストを排除しよう。大二郎さんは?」
「ああ、そうすればまた彼女と戦うチャンスはあると思うね」
大二郎も同意する。
●
『死ね、人間め! 野蛮な男め!』
金切り声を上げて姑獲鳥が振り下ろした赤熱化した爪がジャック・J・グリーヴ(ka1305)の盾を炙る。
だが、姑獲鳥と同じ炎の力を宿したジャックの盾はその高熱を全て受け止めて見せた。
「御庭番衆が一人、姑獲鳥ねぇ……九弦もそうだったがツラそうな面しやがって」
高熱の力は無効化しているとはいえ、姑獲鳥の臍力に押されながらジャックはそう呟いた。
「へっ! 男の何が悪いってんだ……何が理由で歪虚になったのか知らねぇがなった以上救いはねぇ、ひと思いにぶっ倒してやるよ!」
強力なマテリアルを流し込まれたジャックの拳銃が火を噴いた。
至近距離で強烈な銃撃を受けた姑獲鳥はたまらず急上昇してジャックから距離を取ろうとする。
「今日ほど元軍人で良かったと思うことはないな。バイクも拳銃も、私が身を立てるために必要なことは全て軍が教えてくれた。それを歪虚相手に発揮できる……実に喜ばしいな」
この瞬間を待っていたかのようにマリィア・バルデス(ka5848)はバイクのエンジンをかけると大地を疾走しつつ姑獲鳥を真下から狙う。
「任せろ! 奴を撃ち抜く!」
愛用の拳銃を引き抜くマリィア。勿論、走りながら撃つもりはない。先回りして射撃に最適な位置に陣取るつもりだった。
しかし、大地の雪の状態はマリィアの予想より悪かった。突然、タイヤが雪にとられハンドルが利かなくなる。
「!? ちいっ!」
必死にバイクを立て直そうとするマリィアだったが、あっという間にバイクは横転し彼女は雪上に投げ出された。
「まだだ!」
だが、マリィアは即座に落ち着きを取り戻すと旋回する姑獲鳥に向かって氷属性の弾丸を撃ちまくる。その内の何発かは命中し姑獲鳥は甲高い悲鳴を上げるが、次の瞬間にはぎろりと黒目の無い眼でマリィアを見据えると、彼女に向かって急降下を開始した。
「『姑獲鳥』って……いつぞやのですの? もし、同じ個体なら……」
マリィアの窮地を見たチョココ(ka2449)は咄嗟に自身が囮となることを決断した。前回の東方での戦いでは姑獲鳥はチョココの外見に執着するような様子を見せていた。自分が囮になることで、マリィアへの攻撃の矛先を逸らそうとしたのである。
「わたくしはあなたの子供じゃないですのけどっ……!」
姑獲鳥に向かっておっかなびっくり叫んで見せるチョココだったが、姑獲鳥は攻撃を回避しつつもチョココの方など一顧だにせず、未だに体勢を立て直せないでいるマリィアの方へと一直線に向かう。
「ど、どういうことですの? まさか、違う個体……?」
チョココは知らなかったが姑獲鳥は彼女ら九尾御庭番衆が守る恵土城の戦いにおいてハンターたちの行動に対して激怒した経験を通して、以前とは違う心境になっていたのである。
「……止まってくれないのなら、これしかないですの~!」
チョココは姑獲鳥がほとんど地面スレスレの高度に到達したのをこれ幸いと、土の壁を姑獲鳥とマリィアの間に発生させた。
『こんなもの!』
しかし、姑獲鳥は一瞬で身体を上昇させると、チョココの発生させた土壁の頂上を飛び越えてマリィアに突っ込んでいく――かに見えた。
『がぁっ!?』
姑獲鳥が呻く。その身体はまるで何かに引っ張られたかのように空中で停止していた。
『貴様はっ……!?』
全身を締め上げるワイヤーもがきながら辛うじて振り向いた姑獲鳥が見たのは、チョココの発生させた土壁の上に立ち、ワイヤーで自らを拘束するシュネー・シュヴァルツ(ka0352)であった。
「また、会いましたね……貴女の怒りはわからないでもないですが……私も貴女を赦せない、です」
シュネーの怒りは恵土城の戦いで大切な肉親を利用されて追い込まれた怒り故か。
『黙れぇ! 私の……、あの子の……、いや! 『アイゼンハンダー』の邪魔をするな!』
姑獲鳥はマリィアへの攻撃を中止すると、翼を激しく羽ばたかせシュネーを振り解こうと試みる。
「くっ……ここで、逃がす訳には……」
シュネーも必死に踏ん張るが、土壁の上で足場が悪いこともあり、遂に姑獲鳥の上昇を許してしまう。
「……まあ、もうちょっと地面でゆっくりしていきなよ。ずっと高いところから見下ろして……こっちは見上げっぱなしで首が痛いんだ」
それまで遠距離からの狙撃に徹していた南條 真水(ka2377)が、姑獲鳥がシュネーに捕縛されている間に自身もワイヤーを相手に巻き付けていたのである。
『人間共おおお!』
ハンター二人分の力で引きずられた姑獲鳥は今度こそ地面に引きずり降ろされ、そのまま三人は土壁の上から転げ落ちた。
「今だ! グズグズすんじゃねえ!」
ジャックが銃を構えるジルボ(ka1732)に叫んだ。
「わかってるっつーんだよ!」
シュネーと南条を誤射せぬよう慎重に狙いを定めるジルボ。
一方、姑獲鳥はようやくシュネーを蹴り飛ばしてから、南条に赤熱化した爪で斬りつける。
「熱……か弱い南條さんは寒いの苦手だけど、熱いのもダメなんだよ……」
力の抜けたる南条をも振り解いた姑獲鳥はようやく急上昇に成功した。
「行かせるかよ!」
だが、この瞬間ジルボの狙いすました一発が遂に姑獲鳥の胴体を貫いた。
『があっ!? こ、この冷気は……!』
地面に叩きつけられた姑獲鳥が何とか起き上がろうとした瞬間、弾丸に込められた冷気が姑獲鳥の体を蝕み、その動きを封じた。
「驕るなよ、歪虚っ!」
「今度こそ、おしまいですのよ~!」
そこに、マリィアとチョココも弾丸と魔法で集中攻撃をかける。
『……ああ!』
深手を受けて呻く姑獲鳥。
止めを刺そうと、姑獲鳥の身体に剣を突き刺したジャックは憐れむように言う。
「……俺ぁ好きな女が出来たらよ、そいつとガキ作って一生守るつもりだ。そういう男もいるんだって事、覚えとけよ」
『守る……? ほほほっ……』
しかし、ジャックの言葉を聞いた姑獲鳥は力尽きかけていたにもかかわらず、どこか滑稽そうな笑い声を上げた。
『泣かせる事……あの人も私と契りを結ぶときにそう言った……そしてっ!』
姑獲鳥が口を開けた瞬間、ハンターたちは周囲の温度が急激に上昇したのを感じた。
「こいつ……!?」
予め報告書で情報を集めていたジルボは咄嗟に弾丸を姑獲鳥の口に撃ち込む。しかし、姑獲鳥のこの攻撃に対してそれは有効な阻止行動とはならなかった。
そして、唯一この攻撃に警戒していたシュネーが気を失っていたため、ハンターたちは為す術も無く雪を一瞬で蒸発させる熱波に飲み込まれていく。
逆走して来たアイゼンハンダーがようやく台地に到着したのはその直後であった。
●
姑獲鳥の最後の攻撃により、雪が蒸発して荒れ果てた大地がむき出しになった台地で、アイゼンハンダーはじっと力尽きていく姑獲鳥の側に跪いていた。
「ごめんね……遅くなっちゃったよ。もう、仲間は見捨てないって決めたのに……」
泣きそうな声で言って俯くアイゼンハンダー。
『何故……戻って来たの? でも、間に合って良かった……』
姑獲鳥が顔を上げてアイゼンハンダーに微笑んで見せた直後、それまで色褪せていた姑獲鳥の羽毛が再び燃えるような輝きを取り戻したかと思うと、その全身が炎に包まれた。
「これは……!?」
茫然とするアイゼンハンダーの前で瞬く間に姑獲鳥の全身は炎の中に崩れ去り、不死鳥のような輪郭を持つ炎の柱がその場に現れる。
『これが貴女にとって幸せなのかは解らない……でも、いずれ滅びるとしても貴女は自分の守りたいものを守って』
姑獲鳥の声が響く。
『ツィカーデ』
先に気付いたのは、義手の方であった。
『心して受け取とってやれ』
その厳粛な口調にツィカーデがはっとなった瞬間、炎の柱は奔流となってアイゼンハンダーの、いやツィカーデに流れ込み始める。
やがて、姑獲鳥だった炎が全て燃え尽き、ただ一人その場に残されたアイゼンハンダーは静かに呟いた。
「東方でガルドブルム師団長が東部方面軍の司令官に反逆して力強奪したという噂は聞いていたけど……こういうことだったんだ」
『九官鳥自身が望んだことだ。気に病む事はなかろう。さて』
「うん……解ってる。飛ぼう」
その直後、アイゼンハンダーの背中に炎の翼が出現した。最初は姑獲鳥と同じ紅蓮の炎に包まれていたそれは、徐々にその色を変えやがて漆黒の炎の翼となる。
「まだ、加減が解らないし完全に馴染んでもいないけど……いける!」
そう微笑んでアイゼンハンダーが飛び上がるのと、メルのワイヤードクローがその腕に巻きつくのはほぼ同時であった。
「ツィカーデ……!? 君は一体……」
アイゼンハンダーに牽引される形で急上昇することになったメルは一瞬状況が理解できず驚愕していたが、すぐにワイヤーを巻き取るとツィカーデと顔を突き合わせた。
「Ich oder Sie.oder……」
そう言うとメルは手にした拳銃を『ツィカーデ』の手に押し付けた。
訝しむツィカーデだったが、すぐにメルの方に視線を戻すと小さく笑い。突然高度を下げた。
「……!」
衝撃に歯を食い縛るメル。
「『人間』の工兵。また、会おうね」
「え……」
メルが訝しんだ瞬間、ワイヤーが途中から高熱によって赤熱化し、融解して切断された。
「君が選び撃つ日まで私は絶対死なないから……!」
切り離されたメルは、何とか地面に着地した後、必死に叫ぶ。
ようやくトウルストを仕留めた【DAD】のメンバーも黒い炎となって厚い雲に覆われた空を一直線に夢幻城へと飛び去って行くアイゼンハンダーの姿を為す術も無く見送るしかなかった。
ARSと対峙していたメル・アイザックス(ka0520)はそう叫ぶと、ただ一人でパンツァートウルストを追うような様子を見せる。
その瞬間、ARSが一斉に視線を彼女の方に向けた。それは空中を旋回してハンターたちを牽制していたムルムルも同じである。歪虚は、その巨大な弓を構えると、一直線にアイゼンハンダーらの後を追いかけているように見えるメルに向かって矢を放った。
それとほぼ同時にARSも、孤立したかに見えるメルを仕留めるべく一斉にそちらへと銃撃を始めた。
「かかったね……!」
しかし、メルは攻撃を受けながらもそう微笑すると矢が着弾する寸前で急停止。ぎりぎりで矢の爆発範囲を避けた。
更にメルは素早く後方を振り返り、ARSの一体にワイヤードクローを発射した。
「掴んだ……!」
ワイヤーが装甲に絡みついたのを確認したメルは、そう叫ぶとワイヤー巻き取る勢いでARSに突っ込んでいく。
「これなら迂闊に銃撃は出来なない筈だよっ!」
ARSと組み合って雪原を転がりながらメルが叫んだ。
メルの言葉通りARSはフレンドリーファイアを理解するだけの知能を持っていたため、判断に迷い一瞬動きが止まる。
そして、ARSたちの注意がメル一人に向いている隙に他のハンターたちもARSへと肉薄していたのである。
「ヤツとは多少なりとも因縁があるけど、ねぇ。個人の因縁よりも、今は優先するべきモノがある」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)もまた、ARSの一体の懐に飛び込んでいく。
ARSとて機械の反応速度を持っている。通常なら、その刃を受けることも可能だっただろう。
だが、メルに気を取られていたことが僅かに反応を鈍らせていた。
「ボクの役目を果たさないと、ねぇ」
ARSが銃器を捨て、鋼鉄の拳を振り上げた時にはヒースの鋭い突きが装甲の隙間を正確に穿ち、迸るマテリアルの電光が中の朽ちた死骸を直接焼いていた。
その強烈な一撃によろめきつつもARSは腕を振るい、ヒースを攻撃する。
だが、ヒースはそれを回避すると言い放った。
「最後の役目が死兵、かぁ。同情はするけど、容赦はしない」
ヒースとほぼ同時にシュメルツ(ka4367)もまた、別のARSの懐に飛び込んでいた。
「逃がさない……」
シュメルツの装備は格闘戦に特化したグローブとレガース。
一方のARSもある程度は接近戦に対応可能とはいえその本分は射撃であり、味方の支援が受けられないこの状況ではシュメルツが無表情に繰り出す拳と足技の猛攻に、じわじわと追い詰められていく。
「死兵、の。足止めか……ぬるい、な」
ARSの繰り出した右ストレートを弾いたシュメルツは、そうぽつりと呟く。
――兵を、生かせ、ない、司令も。生き残れない、兵士も。シュテルプリヒ、には。及ばない。
そう誰にも聞こえないように呟いたシュメルツの重い蹴りがARSの装甲にめり込む。その衝撃は中の死骸にも伝わり、機能に変調をきたしたARSがぐらりとよろめく。
「生きる、事が。強さの、証、なん、だから」
こうして、計三体のARSが一気にハンターたちに抑え込まれた。
当然、残る二機はそれを援護しようと動き始める。しかし、その瞬間戦場に響くエルディン(ka4144)の歌声が、二体の歪虚のマテリアルに作用し、その運動性を大きく低下させた。
「死せる者よ、安らかに眠りたまえ。忌まわしき歪虚よ、光の神の前にひれ伏したまえ」
天使の如き純白の翼の幻影を纏ったエルディンが聖職者スマイルを浮かべて仲間たちを見た。
「エルディンさん、あぶない!」
笑みを向けられたステラ・レッドキャップ(ka5434)は、それまでは空中のムルムルに向けていた拳銃をARSの方に向けた。
その銃口の先では、ARSがレクイエムに苦しみ関節を軋ませながら何とかバズーカ砲を構えていた。
「発射された榴弾を迎撃しようと思いましたが……(危ない橋は渡ることはねえ。撃たせねえのが一番だ)」
レクイエムで動きが鈍っているARSは、ステラの弾丸に装甲の隙間を貫かれていく。
「『ここは任せて先に行け!』なんて言いたくなりそうな状況だな」
更に、エルディンの護衛についていたレイオス・アクアウォーカー(ka1990)も銃を構えてもう一機のARSに向けて銃撃を行う。
ARSは逃げても無駄だと判断したのか、身を守る様子も見せず機関砲を撃ち返し始めた。
「死体のクセに決死の覚悟か。だがこっちも逃がす訳にはいかねぇんだ!」
こうして、五機全てのARSが分断され各個撃破されそうになっている頃、ムルムルの方は有利に戦いを進めていた。
集団戦を前提に調整された歪虚であるARSとは対照的に単騎としての戦力に特化しているムルムルは、Σ(ka3450)と蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)を翻弄していた。
「……!」
Σも相手に狙いを定めさせぬよう動き回りながら、銃撃を繰り返してはいたが機動力ではやはり飛行しているムルムルに分があった。
そして飛行しつつΣの死角に回り込んだムルムルは素早く弓を放つ。
「やらせるものかよ!」
蜜鈴が飛来する矢を落とそうと銃を放つ。しかし、やはり難易度の高い射撃だったのか弾丸は紙一重で外れ、着弾した矢は大爆発を起こし、Σを吹き飛ばした。
ここで、ムルムルは味方であるARSの苦戦に気付いた。歪虚は一瞬逡巡するような様子を見せたが即座に太刀を引き抜くと、地面すれすれを滑空しながら手近なARSの援護に向かおうとする。
そして、結果としてはムルムルのこの行動が、この戦闘の趨勢を決することとなった。
「……! やらせねえよ!」
ARSと対峙しつつもムルムルの動きに注意を怠らなかったレイオスは、即座に武器を構え低空を突っ込んでくるムルムルに真横から突撃を仕掛け、思わぬ所から攻撃を受けたムルムルは強烈な一撃を受け雪原の上に叩き付けられた。
「今度こそ逃がさぬぞ……妾と共に舞い、散り失せるが良い!」
そして、この隙にムルムルに近づいていた蜜鈴がそのマテリアルで生み出した炎でムルムルを包み込んだ。
主である姑獲鳥と違って炎への耐性を持たぬムルムルは業火に包まれのたうち回る。
一方、爆発を受けたΣは何とか身を起こしたがその瞬間全身の傷が癒されていくのを感じた。
「皆さんが少しでも無事でいられるのが私の役目ですから」
Σに向かって優しく笑うエルディン。
「……?」
Σは先ほどより倍増したスマイルにちょっと戸惑いつつも気を取り直して武器を握る。
「思った以上に頑丈ですね……(厄介だな。とっととくたばれ!)」
そして、尚も太刀を振るい抵抗を諦めないムルムルがステラの弾丸に怯んだ直後、Σの攻撃がムルムルの胴体を腰の所で真横に両断したのであった。
その頃、メルはARSの強烈な蹴りを受けて吹っ飛ばされていた。そのメルにARSが機関砲を向ける。
「……あの子に届けるまでは……!」
しかし、メルが唇を噛んだ瞬間、ジェットブーツで颯爽と飛び込んで来た久我・御言(ka4137)がメルを抱えて素早くその場から飛び上った。
「久我さん!」
「危ない所だったね」
久我は芝居気たっぷりに片目を瞑って見せたが、すぐに此方に向かって銃を連射するARSに向き直るとどこか物悲しそうな表情を見せた。
「死者の機甲師団の最期か……哀れな物だね」
久我が魔導機械から放った火炎ARSを包み込み、内部の死体を焼き尽くしていく。
その炎が消え、黒く焼け焦げた装甲だけになったARSが崩れ落ちる頃には他のARSもそれぞれ全て撃破され、雪原に残骸を晒している。
その中で、自身が倒したARSの残骸を見下ろしながらシュメルツはフードを被り直した。
「鉛の雨に打たれても、血に濡れても……わたしは、生き残る。わたし達は……シュテルプリヒは、強いから」
●
最初に、雪煙を立てて疾走するトウルストを射程に捕えたのは、【DAD】のミルベルト・アーヴィング(ka3401)であった。
「哀れ、ですね……悪趣味な人形の戯曲を終わらせましょう。全てを失って、なおも求め…殺めさせるなど、悪辣以外の何者でもありません」
そして、ミルベルトは目を閉じると高らかに死者の動きを封じるレクイエムを歌い始めた。
「この耳障りな歌は……」
一方、トウルストの肩に乗っていたアイゼンハンダーは不快感を覚え、ミルベルトの方を睨みつける。
「アイゼンハンダー……いえ、ツィカーデ。貴女は逃げたんだ……。自分自身から……自分と向き合う事から……だから……この一撃で気付かせてあげる、『現実』から逃げた一兵卒に、私の一撃は阻めない…っ」
その瞬間、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)が反対の方向からアイゼンハンダーに飛び掛かった。
「貴様はCAM輸送作戦を邪魔してくれた兵士か!」
アイゼンハンダーはそう叫ぶと、自身の義手でユーリの斬撃を真正面から受け止めた。
一見拮抗しているかに見えた二人の鍔迫り合いは、しかし徐々にアイゼンハンダーが優位になっていく。
「ユーリさん、頑張って!」
必死に歌い続けるミルベルト。しかし、アイゼンハンダーとトウルストは纏わりつくミルベルトのマテリアルを振り払うように、彼ら自身の内包する負のマテリアルを激しく循環させてこれに対抗した。
「あああっ!」
そして、アイゼンハンダーの絶叫と共にレクイエムの呪縛が弾かれる。その衝撃で体勢を崩したユーリの身体をトウルストの巨大な拳が力任せに殴り飛ばした。
「きゃあああっ!?」
弾き飛ばされ、雪原の上を転がるユーリ。
「そろそろ出番か。彼女……というかあの腕には考古学者として色々聞きたいこともあるしな」
ユーリが弾き飛ばされたことで。自身の攻撃に彼女を巻き込む心配がなくなったと判断した久延毘 大二郎(ka1771)はそう呟くと雪煙を立てて走るトウルストの方に向けて連続で火球を発射した。
直撃ではなく、相手の進行方向を塞ぎ味方の攻撃の糸口を作るそれが大二郎の狙いであった。
しかし、トウルストは全く速度を緩めることなく滑走し続ける。火球が見事にトウルスト直撃――したように見えた。
「……この程度で足止めになるとでも思ったのか?」
アイゼンハンダーの冷たい声が響く。火球はアイゼンハンダーの義手が発生させた負のマテリアルによるバリアのようなものに完全に防がれていた。
「やるわね……特別想う事がある訳でもないけど、行かせる訳には行かないから、壊させてもらうわ」
ここで、【DAD】のメンバーであるフィルメリア・クリスティア(ka3380)が、ジェットブーツによる全力移動でトウルストの進行方向に回り込む。
「軍人としても、只の人としても、貴女の様な迷い人は放って置けない。だから止める。余計なお節介でもね!」
だが、フィルメリアが機械を構えた瞬間、アイゼンハンダーの発射した銃弾が彼女に命中した。
「くっ!?」
急所こそ避けたものの激痛に身体を折り曲げたフィルメリアは攻撃の中断を余儀なくされる。
「私がいることを忘れたのか?」
見る見るうちに小さくなっていくフィルメリアの方を見遣りながら、アイゼンハンダーは冷たく呟く。
だが、その直後遂にアルファス(ka3312)が追いついて来た。
「終われ……これ以上、無意味な戦いを続けるな!」
叫びと共にアルファスの放った朱雀を象った炎がアイゼンハンダーへと襲い掛かる。
「大二郎さん!」
「もう一度やってみるか……!」
更に、アルファスの呼びかけに答えて大二郎も再度火球を放ちアイゼンハンダーとトウルストは激しい炎に包まれる。
この攻撃は、アルファスら【DAD】にとって次なる攻撃のための布石でもあった。
「……余り、このトウルスト型を舐めない事だ」
しかし、トウルストは攻撃を受けながらも両肩のコンテナを開くと、内蔵されていたミサイルを【DAD】のメンバーに向けて一斉に発射した。
「しまった……!?」
爆発に包まれたアルファスが叫ぶ。
ミサイル攻撃に対して十分な警戒をしていなかった【DAD】のメンバーは爆発による足止めを受け、見る見るうちにトウルストとの距離を離された。
「ハンターとかいう反乱軍のゲリラ兵にしては統率が取れていたね」
アイゼンハンダーが呟く。
『狙い所は悪くない……が、ああも戦術が散漫ではな』
義手はそう溜息をついた。
彼ら【DAD】が攻めきれなかったのは、アイゼンハンダーとトウルストを確実に分断して、最初にトウルストを仕留めるという作戦が不徹底だったところが大きい。
最初にミルベルトがレクイエムを発動した時点で多数の人数でアイゼンハンダーを抑えることを優先すればまた違った結果になっていたのだろう。
「さあ、急ぐぞフロイライン・ポワソンの元へ」
だが、アイゼンハンダーが気を取り直してそう命令した瞬間、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)の鋭い叫びが聞こえた。
「ポワソンだと? 哀れな、主の名も忘れたか……思い出せ、『アーデルフェルト嬢』は死んだ!」
「少年兵! ……良くもまた、私の前に立ったものだ!」
僅かに微笑みのような表情を見せながら叫ぶツィカーデ。
『あれ程の屈辱を味わいながらおめおめと戦場に戻るか……しかも、おっとり刀で』
一方、義手は嘲笑うような声。
アウレールが遅れたのは、最初に馬での走破を試みたものの、雪に足を取られ手間取ったからである。
「何度でも言ってやる、貴様の現在など認めない! 貴様も「フロイライン」も死人だ、塵に還るべき過去だ!」
十分に間合いを詰めたアウレールは、剣を構えると姿勢を低くしてトウルストの脚部、滑走板を狙って突撃を仕掛けた。
トウルストは咄嗟にミサイルを発射。だが、発射されたミサイルは姿勢を低くして足元に飛び込んで来たアウレールの頭上を素通りしてしまう。
『ほう、少しは楽しませてくれるか?』
と義手。
「でも、まだまだ……」
アイゼンハンダーがそう言った直後、トウルストの滑走板に刃を突き立てる直前だったアウレールの頭上にトウルストの巨大な拳が振り下ろされた。
「なっ……!」
雪に深くめり込まされたアウレールは口から血を吐き、気付いた。トウルストがミサイルを発射したのとは反対側の腕で自分を殴打したことを。
そして、トウルストの上に立ったアイゼンハンダーが拳銃で自分を狙っていることを。
だがすぐに銃弾が発射されないことの意味を知ったアウレールは相手を睨みつけ、吼えた。
「舐めるな腐肉! 情けをかけて見逃せば、恩義を感じて追うのをやめるとでも思っているのか……あの時も!」
「違うよ」
アイゼンハンダーはゆっくりと首を振った。
「私は、只君が本当の兵士か知りたかっただけ……そう。それが君の選択なんだね」
アイゼンハンダーは寂しそうに微笑むと、ゆっくりと引き金にかけた指に力を込める。
だが、その時凄まじい勢いで回転しながら飛んできた手斧が義手に弾かれ甲高い音を立てた。
「貴様も参加していたのか、斧兵!」
「……さて。またお会いできましたね、ツィカーデ。良い機会です。いつぞやの問いに答えましょう」
アイゼンハンダーが投げ返して来た手斧を、僅かに眉をしかめて受け取りながらフランシスカ(ka3590)はちらりと背後を見た。
一旦引はき離された【DAD】のメンバーが追いつくまでどのくらいの時間が必要だろうか。
途中まではバイクを使用していたため、アウレール同様追い着くタイミングが遅れたことは、今現在アイゼンハンダーと接敵している時点で少なくともマイナスにはなっていない、とフランシスカは判断していた。
「良い機会です。いつぞやの問いに答えましょう……まず、私は兵士、『斧兵』ではありません。あなたとは違う」
かつて、東方でアイゼンハンダーと対峙した時の会話に触れながらフランシスカはアウレールを治療した。
本来ならすぐにでも打ち掛かりたい所である。しかし、敵はアイゼンハンダー一人ではなくトウルストもいる。
この二体の分断に成功していない状況では迂闊に仕掛ければ返り討ちになることは既に彼女も理解していた。
アイゼンハンダーの方は多少興味を示したのか、少なくともフランシスカの返事を聞く態度は見せていた。
「だから、全てを抱えて戦います。想いも祈りも願いも、志半ばで倒れた皆から託された全てを」
かつて、フランシスカに思いを背負うなど傲慢だと言ってのけたアイゼンハンダーはじっとこれを聞いていた。
「戦いとは奪うことに他ならない。戦いでは何も守れない歪虚が、貴女が壊そうとする『未来』を奪う。そのために私は戦います」
「何のことはない」
ここで初めてアイゼンハンダーは口を挟んだ。
「敵から全てを奪うために逃走するのが兵士の本懐。お前も所詮私と同じではないか」
「……いいえ」
フランシスカこの時まで意識して『そちら』を見まいとしていた。
しかし、アイゼンハンダーの眼の中にある、悪戯っぽい光を見た瞬間フランシスカはそれが徒労だったことに気付き――即座に思考を切り替えた。
「あなたが守るといった『今』さえも、いずれ私が奪います。アイゼンハンダー……」
フランシスカは跳躍し、斧を振り上げた。
「私は必ず、お前を殺す」
それとほぼ同時に姿勢を低くして物陰に隠れていたカイン・マッコール(ka5336)がアサルトライフルの引き金を引く。
「食らいな!」
カインの銃撃はまずトウルストの胴体に集中した。当然、トウルストは堅牢な装甲でこれを弾き、更に急所に当たるのを避けるためか、その腕を交差させ銃弾を完全に弾く。
一方、フランシスカはとにかくカインを攻撃させないため反撃覚悟で相手の懐に飛び込んだ。
恐らくはカインの存在にも気づいていたであろうアイゼンハンダーは当然正面からこれを受け止める。
――恐らく、ここまでの攻防は彼女の予想通りだったのだろう。
「まだまだ!」
だが、カインは銃口を丁度への字を書くように動かして、狙いをトウルストの胴体から肩のミサイルポッドへと移す。
この時には体勢を立て直しもう一度トウルストを追ってきていた【DAD】を攻撃しようと射撃準備態勢に入っていたことが裏目に出た。
銃弾がミサイルに誘爆したトウルストは右肩のミサイルポッドに大きな損傷を受けたのだ。
『及第点、か?』
愉快そうに義手が呟く。
その時には既にアイゼンハンダーの拳がフランシスカを、トウルストの拳がカインを殴り飛ばしていた。
「さあ、道草はもう終わりにしなきゃ」
アイゼンハンダーは必死に追い縋る【DAD】のハンターたちの姿が徐々に大きくなるのを見ながら呟く。
今から最大戦速でトウルストを走らせれば十分に彼らを引き離せる筈である。
『ツィカーデ』
しかし、いかにもどうでも良いことのように義手が呟いた一言がアイゼンハンダーの動きを止めた。
『一応伝えておいてやろう。あの哀れな九官鳥が死にかけているぞ』
その途端アイゼンハンダーははっとなる。
「……! わ、私の最優先目標はフロイラインの救出……! だけど、だけど彼女も……!」
僅かな逡巡の末アイゼンハンダーはトウルストに命令を下す。
「あれは……どういう事でしょうか?」
必死に雪原を走っていたミルベルトが叫んだ。
「解らないわ。何故、トウルストを捨てたのかしら? 確かにダメージは受けているみたいだけど……」
フィルメリアも訝しむ。
彼らの眼前で突如トウルストの肩から飛び降りたアイゼンハンダーは逆方向に走り去ったのである。
そして、トウルストの方もそれまでとは違い、速度を落とし、まるで【DAD】を迎撃するかのような様子を見せた。
「どうするの。アル?」
ユーリがアルファスに質問する。
「とにかく……、今がチャンスなのは間違いない。先ずはトウルストを排除しよう。大二郎さんは?」
「ああ、そうすればまた彼女と戦うチャンスはあると思うね」
大二郎も同意する。
●
『死ね、人間め! 野蛮な男め!』
金切り声を上げて姑獲鳥が振り下ろした赤熱化した爪がジャック・J・グリーヴ(ka1305)の盾を炙る。
だが、姑獲鳥と同じ炎の力を宿したジャックの盾はその高熱を全て受け止めて見せた。
「御庭番衆が一人、姑獲鳥ねぇ……九弦もそうだったがツラそうな面しやがって」
高熱の力は無効化しているとはいえ、姑獲鳥の臍力に押されながらジャックはそう呟いた。
「へっ! 男の何が悪いってんだ……何が理由で歪虚になったのか知らねぇがなった以上救いはねぇ、ひと思いにぶっ倒してやるよ!」
強力なマテリアルを流し込まれたジャックの拳銃が火を噴いた。
至近距離で強烈な銃撃を受けた姑獲鳥はたまらず急上昇してジャックから距離を取ろうとする。
「今日ほど元軍人で良かったと思うことはないな。バイクも拳銃も、私が身を立てるために必要なことは全て軍が教えてくれた。それを歪虚相手に発揮できる……実に喜ばしいな」
この瞬間を待っていたかのようにマリィア・バルデス(ka5848)はバイクのエンジンをかけると大地を疾走しつつ姑獲鳥を真下から狙う。
「任せろ! 奴を撃ち抜く!」
愛用の拳銃を引き抜くマリィア。勿論、走りながら撃つもりはない。先回りして射撃に最適な位置に陣取るつもりだった。
しかし、大地の雪の状態はマリィアの予想より悪かった。突然、タイヤが雪にとられハンドルが利かなくなる。
「!? ちいっ!」
必死にバイクを立て直そうとするマリィアだったが、あっという間にバイクは横転し彼女は雪上に投げ出された。
「まだだ!」
だが、マリィアは即座に落ち着きを取り戻すと旋回する姑獲鳥に向かって氷属性の弾丸を撃ちまくる。その内の何発かは命中し姑獲鳥は甲高い悲鳴を上げるが、次の瞬間にはぎろりと黒目の無い眼でマリィアを見据えると、彼女に向かって急降下を開始した。
「『姑獲鳥』って……いつぞやのですの? もし、同じ個体なら……」
マリィアの窮地を見たチョココ(ka2449)は咄嗟に自身が囮となることを決断した。前回の東方での戦いでは姑獲鳥はチョココの外見に執着するような様子を見せていた。自分が囮になることで、マリィアへの攻撃の矛先を逸らそうとしたのである。
「わたくしはあなたの子供じゃないですのけどっ……!」
姑獲鳥に向かっておっかなびっくり叫んで見せるチョココだったが、姑獲鳥は攻撃を回避しつつもチョココの方など一顧だにせず、未だに体勢を立て直せないでいるマリィアの方へと一直線に向かう。
「ど、どういうことですの? まさか、違う個体……?」
チョココは知らなかったが姑獲鳥は彼女ら九尾御庭番衆が守る恵土城の戦いにおいてハンターたちの行動に対して激怒した経験を通して、以前とは違う心境になっていたのである。
「……止まってくれないのなら、これしかないですの~!」
チョココは姑獲鳥がほとんど地面スレスレの高度に到達したのをこれ幸いと、土の壁を姑獲鳥とマリィアの間に発生させた。
『こんなもの!』
しかし、姑獲鳥は一瞬で身体を上昇させると、チョココの発生させた土壁の頂上を飛び越えてマリィアに突っ込んでいく――かに見えた。
『がぁっ!?』
姑獲鳥が呻く。その身体はまるで何かに引っ張られたかのように空中で停止していた。
『貴様はっ……!?』
全身を締め上げるワイヤーもがきながら辛うじて振り向いた姑獲鳥が見たのは、チョココの発生させた土壁の上に立ち、ワイヤーで自らを拘束するシュネー・シュヴァルツ(ka0352)であった。
「また、会いましたね……貴女の怒りはわからないでもないですが……私も貴女を赦せない、です」
シュネーの怒りは恵土城の戦いで大切な肉親を利用されて追い込まれた怒り故か。
『黙れぇ! 私の……、あの子の……、いや! 『アイゼンハンダー』の邪魔をするな!』
姑獲鳥はマリィアへの攻撃を中止すると、翼を激しく羽ばたかせシュネーを振り解こうと試みる。
「くっ……ここで、逃がす訳には……」
シュネーも必死に踏ん張るが、土壁の上で足場が悪いこともあり、遂に姑獲鳥の上昇を許してしまう。
「……まあ、もうちょっと地面でゆっくりしていきなよ。ずっと高いところから見下ろして……こっちは見上げっぱなしで首が痛いんだ」
それまで遠距離からの狙撃に徹していた南條 真水(ka2377)が、姑獲鳥がシュネーに捕縛されている間に自身もワイヤーを相手に巻き付けていたのである。
『人間共おおお!』
ハンター二人分の力で引きずられた姑獲鳥は今度こそ地面に引きずり降ろされ、そのまま三人は土壁の上から転げ落ちた。
「今だ! グズグズすんじゃねえ!」
ジャックが銃を構えるジルボ(ka1732)に叫んだ。
「わかってるっつーんだよ!」
シュネーと南条を誤射せぬよう慎重に狙いを定めるジルボ。
一方、姑獲鳥はようやくシュネーを蹴り飛ばしてから、南条に赤熱化した爪で斬りつける。
「熱……か弱い南條さんは寒いの苦手だけど、熱いのもダメなんだよ……」
力の抜けたる南条をも振り解いた姑獲鳥はようやく急上昇に成功した。
「行かせるかよ!」
だが、この瞬間ジルボの狙いすました一発が遂に姑獲鳥の胴体を貫いた。
『があっ!? こ、この冷気は……!』
地面に叩きつけられた姑獲鳥が何とか起き上がろうとした瞬間、弾丸に込められた冷気が姑獲鳥の体を蝕み、その動きを封じた。
「驕るなよ、歪虚っ!」
「今度こそ、おしまいですのよ~!」
そこに、マリィアとチョココも弾丸と魔法で集中攻撃をかける。
『……ああ!』
深手を受けて呻く姑獲鳥。
止めを刺そうと、姑獲鳥の身体に剣を突き刺したジャックは憐れむように言う。
「……俺ぁ好きな女が出来たらよ、そいつとガキ作って一生守るつもりだ。そういう男もいるんだって事、覚えとけよ」
『守る……? ほほほっ……』
しかし、ジャックの言葉を聞いた姑獲鳥は力尽きかけていたにもかかわらず、どこか滑稽そうな笑い声を上げた。
『泣かせる事……あの人も私と契りを結ぶときにそう言った……そしてっ!』
姑獲鳥が口を開けた瞬間、ハンターたちは周囲の温度が急激に上昇したのを感じた。
「こいつ……!?」
予め報告書で情報を集めていたジルボは咄嗟に弾丸を姑獲鳥の口に撃ち込む。しかし、姑獲鳥のこの攻撃に対してそれは有効な阻止行動とはならなかった。
そして、唯一この攻撃に警戒していたシュネーが気を失っていたため、ハンターたちは為す術も無く雪を一瞬で蒸発させる熱波に飲み込まれていく。
逆走して来たアイゼンハンダーがようやく台地に到着したのはその直後であった。
●
姑獲鳥の最後の攻撃により、雪が蒸発して荒れ果てた大地がむき出しになった台地で、アイゼンハンダーはじっと力尽きていく姑獲鳥の側に跪いていた。
「ごめんね……遅くなっちゃったよ。もう、仲間は見捨てないって決めたのに……」
泣きそうな声で言って俯くアイゼンハンダー。
『何故……戻って来たの? でも、間に合って良かった……』
姑獲鳥が顔を上げてアイゼンハンダーに微笑んで見せた直後、それまで色褪せていた姑獲鳥の羽毛が再び燃えるような輝きを取り戻したかと思うと、その全身が炎に包まれた。
「これは……!?」
茫然とするアイゼンハンダーの前で瞬く間に姑獲鳥の全身は炎の中に崩れ去り、不死鳥のような輪郭を持つ炎の柱がその場に現れる。
『これが貴女にとって幸せなのかは解らない……でも、いずれ滅びるとしても貴女は自分の守りたいものを守って』
姑獲鳥の声が響く。
『ツィカーデ』
先に気付いたのは、義手の方であった。
『心して受け取とってやれ』
その厳粛な口調にツィカーデがはっとなった瞬間、炎の柱は奔流となってアイゼンハンダーの、いやツィカーデに流れ込み始める。
やがて、姑獲鳥だった炎が全て燃え尽き、ただ一人その場に残されたアイゼンハンダーは静かに呟いた。
「東方でガルドブルム師団長が東部方面軍の司令官に反逆して力強奪したという噂は聞いていたけど……こういうことだったんだ」
『九官鳥自身が望んだことだ。気に病む事はなかろう。さて』
「うん……解ってる。飛ぼう」
その直後、アイゼンハンダーの背中に炎の翼が出現した。最初は姑獲鳥と同じ紅蓮の炎に包まれていたそれは、徐々にその色を変えやがて漆黒の炎の翼となる。
「まだ、加減が解らないし完全に馴染んでもいないけど……いける!」
そう微笑んでアイゼンハンダーが飛び上がるのと、メルのワイヤードクローがその腕に巻きつくのはほぼ同時であった。
「ツィカーデ……!? 君は一体……」
アイゼンハンダーに牽引される形で急上昇することになったメルは一瞬状況が理解できず驚愕していたが、すぐにワイヤーを巻き取るとツィカーデと顔を突き合わせた。
「Ich oder Sie.oder……」
そう言うとメルは手にした拳銃を『ツィカーデ』の手に押し付けた。
訝しむツィカーデだったが、すぐにメルの方に視線を戻すと小さく笑い。突然高度を下げた。
「……!」
衝撃に歯を食い縛るメル。
「『人間』の工兵。また、会おうね」
「え……」
メルが訝しんだ瞬間、ワイヤーが途中から高熱によって赤熱化し、融解して切断された。
「君が選び撃つ日まで私は絶対死なないから……!」
切り離されたメルは、何とか地面に着地した後、必死に叫ぶ。
ようやくトウルストを仕留めた【DAD】のメンバーも黒い炎となって厚い雲に覆われた空を一直線に夢幻城へと飛び去って行くアイゼンハンダーの姿を為す術も無く見送るしかなかった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 カイン・A・A・カーナボン(ka5336) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/12/22 11:58:30 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/12/21 20:30:33 |
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【眷属】対応 相談場所 ヒース・R・ウォーカー(ka0145) 人間(リアルブルー)|23才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/12/22 11:03:34 |
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【憤怒】対応 相談場所 ヒース・R・ウォーカー(ka0145) 人間(リアルブルー)|23才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/12/22 23:02:04 |
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【暴食】対応 相談場所 ヒース・R・ウォーカー(ka0145) 人間(リアルブルー)|23才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/12/23 01:25:14 |