ゲスト
(ka0000)
命の歯車
マスター:西尾厚哉
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2015/12/30 19:00
- 完成日
- 2016/01/06 19:03
このシナリオは2日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「カティ、見てー?」
カティは子供達が指差す方向に目を向ける。
屋根の上だ。
「なに? 何があったの?」
「おねえちゃんだよ」
「黒い髪のねー、おねえちゃん」
「なんかね、ちょっと怒ってる」
怒ってる?
もう一度見上げたカティは、目前に迫る鋭い刃先を見た。
子供達の叫び声を彼女が聞く時間もなかった。
滅多に訪れる人もいない小さな村。
ハルツハイムで慈善活動をしていたララ・デアはそこにいた。
彼女の名前は『歪虚ララ・デア』と同じ。
連れて来たのは帝国通信社の記者、ノア・ベンカーだ。
場所を提供したのはトニという少し気の弱そうな若い男。
ノアはララにここに来た理由を全て話した。
でなければ彼女が大人しく町を出るはずもなかった。
ハンターに調査依頼していたこと。
ドレット支援団体と帝国マフィアの関与。
歪虚ララがたびたび孤児院にララ・デアの姿を求めて現れていること。
「サラ」という名の少女が調査対象となったこと。
だが、歪虚ララが怒りに駆られて死人を出すことまではノアには想像できなかった。
ノアはカティの死を知って悲しみに暮れるララ・デアに、その後の調査の結果も話すことにした。
ハルツハイムのグリレ孤児院にいたサラは当時10歳。
200×年にドレット支援団体を介してツァールマンという男に引き取られる。
同年8月にはデーニッツという人間がサラを引き受けている。
ツァールマンは偽名で、これが帝国マフィアの人間だ。
マフィアはこの時何人もの偽名の人間を使って少女達を孤児院から引き取った。
何も知らず利用されたドレット支援団体は新聞にすっぱ抜かれて反撃のために引き取り主を探したがあとのまつり。
その後、支援団体の代表者を含め全員が散り散りになり、行方は分からない。
引き取られた少女達も同じだ。
しかしサラについてはマフィア側の人間とその先が分かった。
それはサラが他の少女達とかなり変わっていたからだった。
『私はサラじゃない。ララ・デアと呼べ。なら喜んで売られてやる』
怯えもせず、憮然と彼女はそう言ってのけたのだという。
「孤児院で聞いたけど、サラは周りと溶け込めなかったみたいだね」
ノアが言うとララ・デアは頷いた。
「そうね……ちょっと変わってたわね……。夕陽みたいなオレンジ色の髪だったんだけど、伸びてくると自分で引き抜いてしまうの。だから半ば坊主のようにされてたわ。黒髪が良かったみたい」
そう答えた目の前のララ・デアの髪は黒い。
尖った顔、こけた頬、顔中に散らばるそばかすとぎょろりとした目、燃える赤毛。
それがサラだった。
可愛らしさの欠片もなく、商品価値もなさそうな彼女がなぜ売買の対象になったのかといえば、最後の購入者であるデーニッツがツァールマンにサラを指名したのだという。
しかし、デーニッツも偽名であるらしく、これが誰なのかノアには掴めなかった。
ただ、サラを指名した理由だけは分かった。
彼女は覚醒者だ。それもかなり能力の高い。
「覚醒者関係だと……ハンターズソサエティ、錬金術師組合、師団とイルリヒトと錬魔院。俺は最後の二つかなと思っているんだけどね」
ノアは言った。
「ララさんは世間じゃ失踪扱いなんだ。その記事が新聞に載って、イルリヒトがこの間問い合わせをしてきた。だからイルリヒトは何も知らないんじゃないかと思う。残るのは錬魔院なんだ」
ララはわからない、というように首を振る。彼女には想像もしたことがない世界だった。
「あなたは何が知りたいの? サラが歪虚なのかってこと?」
「いや、そうじゃない。俺が知りたいのは誰がサラを買い取ったかってことだ。錬魔院が人身売買に手を出して覚醒者を手に入れる目的で考えられるのは、人体実験を行って足がつかないことだろう? 俺はその事実を掴んで世間に知らせたい」
「でも、サラは本当に私の命を狙っているの? カティを殺したように私を殺したいと? どうして? だから私を匿ってくれるの? そんなの……」
ララはふと思いついたようにトニに目を向けた。
「情報? こうして怪しい情報を知っている人間が増えれば増えるほど、あなたは自分の身も保障されるということ?」
「いや、そういうわけでは……」
「俺、マフィアだから組織であんたを守れるんだよ。任せなよ」
少し得意そうに口を挟んだトニの言葉にノアが顔をしかめ、ララが呆れたような目でトニとノアを見比べた。
「だから……調べることができたのね? あなた本当に新聞記者?」
「ノアさんは記者だよ。俺、むかーし助けてもらったことがあってさ、それで……」
再び言いかけたトニは、ノアの鋭い視線を受けて口を噤んだ。
「トニはマフィアじゃそんなに偉い立場じゃないし、彼が出した情報は組織を裏切る形になる。彼は知っていてもどこにもそれを言うことはできないんだよ」
「それで? あなたがそれを記事にしたあと、私はどうなるの?」
視線を泳がせるノアを見てララは息を吐いた。
「あなたが言う、その事実を掴む目途は立ってるの?」
「それは……まだ……」
ノアは言い澱む。錬魔院の内部を調べるネットワークは持っていなかった。
「レイ・グロスハイムというのが歪虚の少女が口にした名で、それがイルリヒトにいる。でも、彼がどういう立場なのかが分からないんだ。彼が無関係なら方法はあるんだけど……」
「ここにいても、ハルツハイムに戻っても……」
ララはこみあげてくるものを抑えるように口元に手を当てて顔を背けた。
暫くしてこちらを向いたララの目には不思議な光が宿っていた。
「私、サラに会うわ」
「えっ……」
ノアは思わず声を漏らす。
「ハルツハイムの東に森があるの。森を抜けると拓けてる。町からは10キロはあると思うわ。今時分はきっと雪が積もってる。道も通っていないから誰も来ないわ。そこに連れて行って。その歪虚が本当にサラなら来るはずよね? 何があったのか直接聞くわ」
「何言ってんだ。聞く前にあんた、有無を言わさず殺されるかもしれないんだぞ?」
「私を探す歪虚がいる限り、遅かれ早かれ私は死ぬんでしょう? それともまた他の誰かが? サラなら話を聞いてあげたいわ」
「……」
「でも、私が死んでしまったら聞いたことを伝えられない。一緒に行ってくれる人、いない?」
「歪虚相手にできるのは……ハンターしかいないよ……」
「じゃあ、ハンターに頼んで。サラが言うことを聞いて。そして持ち帰ってもらって」
ララは紙とペンはない? とトニに言う。トニは慌ててあちこち探し始めた。
「私の家に使用人がひとりいる。私に万が一のことがあったら事後は全部彼に任せてるの。指示を手紙で書くわ。そうすればお金も手に入るから」
「ララさん……」
「決めたの。手配して」
ララはきっぱり言うと、手紙を書くために立ち上がってしまったのだった
カティは子供達が指差す方向に目を向ける。
屋根の上だ。
「なに? 何があったの?」
「おねえちゃんだよ」
「黒い髪のねー、おねえちゃん」
「なんかね、ちょっと怒ってる」
怒ってる?
もう一度見上げたカティは、目前に迫る鋭い刃先を見た。
子供達の叫び声を彼女が聞く時間もなかった。
滅多に訪れる人もいない小さな村。
ハルツハイムで慈善活動をしていたララ・デアはそこにいた。
彼女の名前は『歪虚ララ・デア』と同じ。
連れて来たのは帝国通信社の記者、ノア・ベンカーだ。
場所を提供したのはトニという少し気の弱そうな若い男。
ノアはララにここに来た理由を全て話した。
でなければ彼女が大人しく町を出るはずもなかった。
ハンターに調査依頼していたこと。
ドレット支援団体と帝国マフィアの関与。
歪虚ララがたびたび孤児院にララ・デアの姿を求めて現れていること。
「サラ」という名の少女が調査対象となったこと。
だが、歪虚ララが怒りに駆られて死人を出すことまではノアには想像できなかった。
ノアはカティの死を知って悲しみに暮れるララ・デアに、その後の調査の結果も話すことにした。
ハルツハイムのグリレ孤児院にいたサラは当時10歳。
200×年にドレット支援団体を介してツァールマンという男に引き取られる。
同年8月にはデーニッツという人間がサラを引き受けている。
ツァールマンは偽名で、これが帝国マフィアの人間だ。
マフィアはこの時何人もの偽名の人間を使って少女達を孤児院から引き取った。
何も知らず利用されたドレット支援団体は新聞にすっぱ抜かれて反撃のために引き取り主を探したがあとのまつり。
その後、支援団体の代表者を含め全員が散り散りになり、行方は分からない。
引き取られた少女達も同じだ。
しかしサラについてはマフィア側の人間とその先が分かった。
それはサラが他の少女達とかなり変わっていたからだった。
『私はサラじゃない。ララ・デアと呼べ。なら喜んで売られてやる』
怯えもせず、憮然と彼女はそう言ってのけたのだという。
「孤児院で聞いたけど、サラは周りと溶け込めなかったみたいだね」
ノアが言うとララ・デアは頷いた。
「そうね……ちょっと変わってたわね……。夕陽みたいなオレンジ色の髪だったんだけど、伸びてくると自分で引き抜いてしまうの。だから半ば坊主のようにされてたわ。黒髪が良かったみたい」
そう答えた目の前のララ・デアの髪は黒い。
尖った顔、こけた頬、顔中に散らばるそばかすとぎょろりとした目、燃える赤毛。
それがサラだった。
可愛らしさの欠片もなく、商品価値もなさそうな彼女がなぜ売買の対象になったのかといえば、最後の購入者であるデーニッツがツァールマンにサラを指名したのだという。
しかし、デーニッツも偽名であるらしく、これが誰なのかノアには掴めなかった。
ただ、サラを指名した理由だけは分かった。
彼女は覚醒者だ。それもかなり能力の高い。
「覚醒者関係だと……ハンターズソサエティ、錬金術師組合、師団とイルリヒトと錬魔院。俺は最後の二つかなと思っているんだけどね」
ノアは言った。
「ララさんは世間じゃ失踪扱いなんだ。その記事が新聞に載って、イルリヒトがこの間問い合わせをしてきた。だからイルリヒトは何も知らないんじゃないかと思う。残るのは錬魔院なんだ」
ララはわからない、というように首を振る。彼女には想像もしたことがない世界だった。
「あなたは何が知りたいの? サラが歪虚なのかってこと?」
「いや、そうじゃない。俺が知りたいのは誰がサラを買い取ったかってことだ。錬魔院が人身売買に手を出して覚醒者を手に入れる目的で考えられるのは、人体実験を行って足がつかないことだろう? 俺はその事実を掴んで世間に知らせたい」
「でも、サラは本当に私の命を狙っているの? カティを殺したように私を殺したいと? どうして? だから私を匿ってくれるの? そんなの……」
ララはふと思いついたようにトニに目を向けた。
「情報? こうして怪しい情報を知っている人間が増えれば増えるほど、あなたは自分の身も保障されるということ?」
「いや、そういうわけでは……」
「俺、マフィアだから組織であんたを守れるんだよ。任せなよ」
少し得意そうに口を挟んだトニの言葉にノアが顔をしかめ、ララが呆れたような目でトニとノアを見比べた。
「だから……調べることができたのね? あなた本当に新聞記者?」
「ノアさんは記者だよ。俺、むかーし助けてもらったことがあってさ、それで……」
再び言いかけたトニは、ノアの鋭い視線を受けて口を噤んだ。
「トニはマフィアじゃそんなに偉い立場じゃないし、彼が出した情報は組織を裏切る形になる。彼は知っていてもどこにもそれを言うことはできないんだよ」
「それで? あなたがそれを記事にしたあと、私はどうなるの?」
視線を泳がせるノアを見てララは息を吐いた。
「あなたが言う、その事実を掴む目途は立ってるの?」
「それは……まだ……」
ノアは言い澱む。錬魔院の内部を調べるネットワークは持っていなかった。
「レイ・グロスハイムというのが歪虚の少女が口にした名で、それがイルリヒトにいる。でも、彼がどういう立場なのかが分からないんだ。彼が無関係なら方法はあるんだけど……」
「ここにいても、ハルツハイムに戻っても……」
ララはこみあげてくるものを抑えるように口元に手を当てて顔を背けた。
暫くしてこちらを向いたララの目には不思議な光が宿っていた。
「私、サラに会うわ」
「えっ……」
ノアは思わず声を漏らす。
「ハルツハイムの東に森があるの。森を抜けると拓けてる。町からは10キロはあると思うわ。今時分はきっと雪が積もってる。道も通っていないから誰も来ないわ。そこに連れて行って。その歪虚が本当にサラなら来るはずよね? 何があったのか直接聞くわ」
「何言ってんだ。聞く前にあんた、有無を言わさず殺されるかもしれないんだぞ?」
「私を探す歪虚がいる限り、遅かれ早かれ私は死ぬんでしょう? それともまた他の誰かが? サラなら話を聞いてあげたいわ」
「……」
「でも、私が死んでしまったら聞いたことを伝えられない。一緒に行ってくれる人、いない?」
「歪虚相手にできるのは……ハンターしかいないよ……」
「じゃあ、ハンターに頼んで。サラが言うことを聞いて。そして持ち帰ってもらって」
ララは紙とペンはない? とトニに言う。トニは慌ててあちこち探し始めた。
「私の家に使用人がひとりいる。私に万が一のことがあったら事後は全部彼に任せてるの。指示を手紙で書くわ。そうすればお金も手に入るから」
「ララさん……」
「決めたの。手配して」
ララはきっぱり言うと、手紙を書くために立ち上がってしまったのだった
リプレイ本文
馬と魔導バイクに分乗して出発。やがて道が途切れ、森の端を徒歩で抜けることに。
『貴方達がハンターだったのね。サラを思い出させてくれて……ありがとう』
マキナ・バベッジ(ka4302)とザレム・アズール(ka0878)の顔を見て、2人の手を愛おしそうに握りしめたララ・デアはザレムと一緒にゴースロンに乗り、彼の手を借りて馬から降りる。
そしてマキナの顔を覗きこんだ。
「気にかかっているのはノアさんのこと?」
ララが人の表情を読み取るのは年の功ということか。
従順に居残ることに同意したノアだが彼らしくない神妙な表情が垣間見え、マキナは思い切って尋ねてみたのだ。
過去の何かを抱えているのでは、と。聞かせてくれれば力になれるかもしれない……
だが、声をかけるとノアは大袈裟なほど驚いてみせ
『んなもんねえよ。考えすぎ!』
笑ってマキナの頭を手でぐりぐりと撫でた。そして
『俺もこれしか思いつかなかったんだ。あの人が直接聞くことしか。頼むぜ』
そう言った。
「ノアさんは悪い人じゃないと思うけれど……難しい感じね。視線が長く合わない。サラも同じよ。心を開いてくれるまでに時間がかかったわ」
歩き出しながらララは言う。
「サラさんはどんな子だったんですか?」
そう尋ねたのは沙織(ka5977)。
「サラは浮浪児だったのを保護された子よ。警戒心が濃厚で私も最初は噛みつかれたりしたわ」
思い出したのか、ララは少し辛そうな顔になる。
「でも、ハグもしてくれるし、笑顔も見せてくれるようになった。攻撃的な部分だけは最後まで残っていたけれど。噛みつきはしないけれど、話をする時、顎を反らせる癖があるの」
「ノアのおっさんは……んー、俺あんましいいイメージねえな」
リュー・グランフェスト(ka2419)が鼻をこすって言う。
「マキナに『頼むぜ』って言った時、ララさんの心配よか、情報のほうな気がしちまったんだよな……」
「……でも、私が言いだしたことだし……」
ララは申し訳なさそうに目を伏せた。
「ごめんなさい……危ないことに皆さんをつき合わせてしまって……」
「私達の身は気にしなくてもいい。一番危険なのはお前なのだから」
レイア・アローネ(ka4082)が答える。
「その身を張るならば止めはしないが、後悔を残す結果にならぬよう」
ララはレイアの顔をじっと見つめた。
「何だか不思議……貴方とはどこかで会ったかしら」
「いや、初めてだと思うが?」
あまりに見つめられてレイアは目をしばたたせてしまう。
「……そうね。ちゃんと確かめなきゃ。皆さん、お願いします。必ず情報を持ち帰って」
彼女は自分が死ぬかもしれないと覚悟している。
そんなことはさせない。必ず連れ帰る。
それはハンター達が最初から決めていたことだった。
半分は森に囲まれ、半分は山の陰となった小さな盆地。
ララが指定した場所だ。
「ここはサラとの思い出の場所か何か?」
ザレムが尋ねるとララはいいえと首を振った。
「私を探しているなら町からあまり離れないほうがと思ったの。ここは一度雪が降ると残るの。何の活用もできない場所だから人も来ない。町にも迷惑がかからないかなと思って……」
足跡一つない真っ白な平地にリューがずぼっと最初の一歩を突っ込んで確かめてみるに、雪は30センチも積もってはいない様子。
丸く雪をかき、ザレム、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)と花厳 刹那(ka3984)がハスキーを連れて拾って来た木の枝に火をつけて焚火を作った。
「森はどうだった?」
ロニ・カルディス(ka0551)が尋ねる。
「特に異状はないみたいだよ。犬も大人しかったし。でも来るなら森かな……あっちは雪が残っていなかった」
と、アルト。
「団子はあの大きさですけれど、歪虚ララは注意が必要ですね」
花巌は周囲に注意を払いながら言う。彼女は前に声だけを耳にしている。
聞きたいことはサラ=歪虚ララの確認とその経緯だ。
レイ・グロスハイムについては歪虚ララが自ら口にすれば別だが、こちらから話を持ちかけるのは彼女が最も神経質になると思えるのでなるだけ後に。
ララもレイの事は知らないし、聞きたいのはサラ自身のことだ。
「よし、行くか」
瀬崎・統夜(ka5046)がロニを促した。リューが親指をぐっと立て、瀬崎もそれに応える。
焚火の煙は目印にもなる。今のうちに後方の潜伏場所を確保しなければならない。
そして小一時間ほどたっただろうか。
「……雪」
アルトが落ちた一粒を掌で受け止めた。
追うように雪が舞い落ちる。雪が多くなると視界が鈍る。
リューが瀬崎とロニの方に目を向けた。
ここからではどこに身を潜めているか分からない。
不気味なほど静かだ。
―― パチン……
焚火が小さな爆ぜ音をたてた時
「きゃあっ!」
叫び声と共によろめいたララに花巌が夢中で腕を伸ばす。
天空からいきなり降り注いだ血の雨は焚火の炎を消し去り、赤い点を巻き散らした。それは最も焚火に近かったララも赤く濡らす。
「怪我がありますか!」
花巌の声にララは震えながら首を振った。
血でも濡れれば体温を奪う。アルトは自分が血まみれになるのも厭わずララの顔や服を拭う。
ハスキー達が一点に向かって唸り声をあげた。
雪の中に立つうっすらと黒い影。
「サラ……?」
ララが震える声で呟いた。
『来たか』
後方では瀬崎が雪の中で銃に手を触れる。風もなく、遮る獣の声もない。ロニもきっと耳を澄ませているだろう。
「き、来ましたね!」
小さく叫んで沙織は後方とララを繋ぐ場所に移動する。
影はゆっくりと目視できる場所に来た。
足元までまっすぐ伸びた黒い髪。雪と同じ白い肌。
切り揃えられた前髪の下の瞳は大きく黒く、人形のような愛らしさと独特の禍々しさを持ち合わせた少女が雪の上にいた。
ララが花巌の手を振り解き、雪を踏み分けて少女に向かう。
「サラ!」
「……!」
花巌とマキナが瞬脚でララの前に躍り出たのは、少女の手にある長い槍が動いたからだ。
「ふふっ」
小さな口から笑いが零れた。槍の切っ先が花巌の鼻先と僅かな隙間で止まる。
花巌が刀を抜かなかったのは咄嗟の判断だ。いきなり決裂させるわけにはいかない。
「サラ、やめて……お願い……私と話しをして」
ララの声に少女は槍を戻し、ついと顎を反らす。
サラの癖を思い出した。顎を反らせる癖。
「私はララ・デアよ」
血を舐めたような赤い舌がちろりと赤い唇を舐める。
「ちょうだい、ララ、貴方の血。今までどこにいたのよ」
「サラ、ララさんは君と話しがしたいんだよ」
ザレムがゆっくりと声をかける。
「俺達にも話してくれないか。君が誰に何をされたか。非道なことなら俺達もほうってはおけない」
「へえ? あんたたち、私の味方になるというの?」
彼女はもう自分がサラだと白状したようなものだが本人はそれに気づいていない。
「サラ、貴方が出て行ったあと探したのよ。でも見つけられなかった。貴方をそんな姿に変えたのは誰なの?」
ララの言葉にサラはむっとした顔をする。
「そんなって言わないでよ。私は生まれ変わったのよ?」
ふいにサラが距離を詰めて来た。全員が身構える。
「離れろ。そしたら槍を置く」
サラは言った。
「離れて、お願い。大丈夫」
ララが懇願するように言ったので、花巌とマキナは左右に分かれ、皆も数歩下がる。
サラは槍を雪に突きたてると、子供が抱っこをせがむように両手をあげてララを見上げた。
それをララはそっと抱き上げる。
「サラ……軽い……冷たいわ」
抱き締めるララの首に甘えるようにサラは腕を回した。
歪虚を抱きかかえる最も危険な図。ハンター達は生きた心地がしない。
ここでサラが何か術を使えばララはあっという間に命を奪われる。
「心配してくれてるなら、ずっと一緒にいてくれる?」
サラはララの肩に頭を持たせかけた。
彼女を抱いたままララはゆっくり雪の上に膝をつく。
「サラ、ちゃんとお話ししましょう。貴方はデーニッツという人に引き取られたの?」
「デーニッツじゃないわ。ゲルベッツよ。コンスタンティン・ゲルベッツ」
聞いたことのない名だった。
「お前はララ・デアでいいよって」
「どうして私の名前を……?」
「ララが好きだから」
2人の会話はまるで母子のようだ。
「ララは誰からも好かれてる。黒い髪だから叩かれない。ララになれば誰も私を嫌わない」
「サラ……」
ララは泣き出しそうな顔になった。
「貴方は貴方のままでいいのよ。私はサラが好きなのよ」
「うん、だから私はララが好きよ」
見るからに冷たそうな頬がララに押し当てられた。
「サラ、ゲルベッツって誰? 何かされたの?」
「されたわ」
サラは答える。
「腕も足も別のものになった。体中が痛いの。ずっと吐くの。でも慣れるの。彼がね、優しいの。抱きしめてくれたの。負けるなよって。同じくらいの妹がいるんだって」
「……よく分からないわ……それは別の人?」
ララは首を振ったが、ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)とマキナは同時に顔を強張らせていた。
頭に浮かんだのは2人が顔見知りの少女、ピア・ファティ。レイ・グロスハイムと共に育った少女だ。
だが、口に出すのはためらわれる。ララがサラを抱いている。
「試しの戦いで傷ができると2人で舐めあったの。彼は首があるうちはネックレスだけは外さないと言った。妹にもらったからって。だのに最後の日、それがなかった」
「最後の日……?」
ララの声が震える。
「そう。最後の日。ピアって言った。私の名前は呼んでくれない。妹の名前なんだ。私より大事。あんなに優しくしてくれたのに。悔しかった。彼はあれからずっとネックレスを探してる。妹を探してる」
ララの目から涙が溢れた。
「サラ……貴方はもう元には戻らないの? 貴方を歪虚にしたゲルベッツという人はどこにいるの?」
「私を歪虚にしたのはゲルベッツじゃないよ。妃様」
「妃様って……誰のこと?」
そっとサラの顔を覗きこむザレムを通り越して、サラは彼の背後を指差した。
「お前」
いきなり指差されてウィルフォードは一瞬身を固くする。
指と視線を逸らさぬまま、サラはララの耳にそっと口を近づけた。
次の瞬間ララは悲鳴をあげ、身を離したサラと反対側にどっと倒れ込んだララをザレムが慌てて受け止めた。花巌とアルトが駆け寄る。
ララの耳から血が溢れていた。アルトが咄嗟に雪をララの耳に押し当て、素早く皆で周囲を取り囲む。
離れていた瀬崎とロニも身構えた。
「お前、あの時偽物と一緒にいただろう。錬魔は失敗を隠すために身代わりを用意した」
ウィルフォードを指差したまま後ずさり、サラの目が怒りに燃えた。
「そんなことで終われると思うのか」
「偽物が居るなら本物も居るはずだよね」
耳を噛み千切るなんて。
アルトはララの耳を押さえながら、彼女の手が小刻みに震えて自分を掴むのを感じながら言った。
サラの目がじろりとそちらに向いたのを見て、ウィルフォードが一歩動く。
意識はこっちに向けていろ、サラ。
「本物を探しているなら、手伝いをしようか?」
視線を戻したサラは努めて冷静なウィルフォードの声に一瞬目を細めたあとにやりと笑う。
「貴方達は会ったじゃないの」
―― グオォォオン……!
何かが軋む大きな音。
と、同時にララの耳から血の筋が空に昇っていく。
「だ……だめ!」
アルトは必死になってララの耳を手で覆い、
「この音っ……混乱?」
リューが叫ぶ。
が。
「違う」
ザレムが声を漏らす。これは混乱の音ではない。前とは違う。
雪の向こうに剣機団子の影が見えた。
「距離?」
「早くララさんを運……っ!」
雪とアルトの指の隙間をぬって血が宙に昇る。
周囲に無数の気配がする。剣機だ。
「んなろ!」
瀬崎の声。
制圧射撃で剣機の動きが鈍ったが、いつもと様子が違う。思うような結果が出ない。
あの音のせいか。
「ちっ……!」
瀬崎は舌打ちをしながらもジャキリと弾を込め
「早く下がれ! 囲まれるぞ!」
「統夜、左だっ」
ヴゥン……と低い唸りと共に竜貫でMURAMASAを突き出しながらリューが叫ぶ。
アルトと沙織がララを移動させようとするが
「ララさん!」
沙織の声にもララは抗ってしまう。
「お願い! もう少しサラと話しをさせて!」
このままでは剣機に取り囲まれてしまう。
ロニのシャドウブリットの黒い影が飛んだ。
「ロニ! 距離だ! 団子からとにかく離れろ!」
ザレムの声にロニは頷く。
「待って! もう少し……!」
「ララさん! 今ここで剣機の餌食になるのが一番後悔を残すよ!」
レイアの声に、ララは顔を歪ませた。
レクイエムを放ったロニがぐっとララの腕を掴む。
「あとは俺達が引き継ぐ! 信じろ!」
ウィルフォードのアースウォールが退路を作る。
マキナとレイアの援護を受け、アルトと沙織に支えられながらララは後方に向かった。
雪の上に落ちる無数の槍。
サラのこの攻撃は周知。上空にも注意を払っていた皆は素早く避ける。
剣機団子は思いのほかあれから近づいては来ない。
雪が邪魔なのか、敢えて近づかないのか。
「サラ! 俺達は戦いたくはないんだよ! 話をしに来たんだ! 頼む、ここは引いてくれ!」
デルタレイで近づく剣機を倒したザレムが叫ぶ。
彼の声を無視してララを追おうとするサラの前に花巌が瞬脚で割り込む。
次の動きに備えて身構える花巌を見て、サラはふと動きを止めた。
「……? 止まった……?」
竜貫を使おうとしたリューが呟く。剣機の動きもぴたりと止まったのだ。
瀬崎の撃つ手も止まる。
サラは怒りのこもった瞳でハンター達を見回した。
「どうして私が我慢しなきゃならないの。なんで私ばっかり!」
槍が振り上げられたので身構える。
だが、サラは暫くして不機嫌そうに槍をおろした。
「そんなにお前達もララが欲しいんなら、私にもちょうだい。ネックレスと妹。それとあの偽物も! 探して差し出せ!」
「サラ、ゲルベッツのことは俺達が……」
「うるさい、うるさい、うるさああい!」
ザレムの声を遮って、サラは駄々をこねる子供のように叫んだ。
「連れて来い! そんなに待たないから! ぐずぐずしてると妃様に叱られる!」
「妃様って……」
リューが呟くと、サラはついと飛び上り叫んだ。
「剣妃オルクス様よ! わかんないの?!」
攻撃してくるか? と身構えたが、ララはそのまま上空にあがる。
「絶対連れて来い! でなきゃすぐ皆殺しだ!」
その声が最後だった。
血は止まったが、ぐったりしているララを見やってアルトが小声で口を開く。
「ララさんはハンターズソサエティか国が保護したほうがいいと思う。国だったら帝国師団……かな?」
その提案には皆が同意した。ノアの元で怪しいマフィアに委ねるよりは遙かに安心できる。
花巌とロニが魔導バイクでバルトアンデルスに向かう。
結果は第一師団が保護する形となった。
オズワルド師団長に直接会うことは適わなかったが、人命に関わることと判断してもらったようだ。
ただ、師団が錬魔院に対し動くとは考えにくい。今はまだゲルベッツの存在も明確ではない。
それはノアに任せようと話し合う。
名前さえ分かれば彼はすぐに調査を開始するだろう。
何かが明確になれば記事にするだろうし、そうなればどこかの何かに一石を投じる。
行き詰まればまたハンターにすがってくるかもしれない。
ララには師団で尋ねられればサラから聞いたことを話してもいいからと伝えた。
「サラは大人しく身を引いたわけではないでしょう?」
青い顔のままララは言った。
「サラがネックレスや彼と言った時……何か知っていそうだったわね?」
言われてマキナとウィルフォードが顔を見合わせた。ララはサラとの対話で精一杯だと思っていた。
2人はレイの妹と言われた少女と顔見知りであること、彼女もハンターで、イルリヒトにいるレイが本人であると信じていることをララに話した。
それは他のハンター達も初めて聞くことだった。
「どんな奴なの? イルリヒトのレイって」
アルトが尋ねる。
「顔は見てるが、サラの言うレイとはまるで正反対のような……。でも彼は何も知らない様子じゃなかったか?」
ザレムが言うとウィルフォードは頷いた。
「そんな感じだったな……。ピアなら本人かどうか分かるのかもしれないが……彼女はまだちゃんと会えていないだろう。レイの同僚も口約束で放置したままじゃないか」
ウィルフォードの言葉にマキナも口を引き結ぶ。
ララは沈痛な面持ちで頷いた。
「でも、彼女も狙われているのよね? 探してるって……」
視線を泳がせたのち顔をあげる。
「私が手紙を書くわ……会って説明を……その、レイという人にも」
「それは……」
マキナが気遣わし気にララを見る。
「私は師団に行くのでしょう? 師団で会えば大丈夫じゃないの? それにその人が本当にレイさんなのかもしれない。サラは昔から少し思い込みが激しいところがあったけれど、あの姿になってそれが突出したような気がしたわ。2人が無関係なら……」
ララはそこで言葉を切った。
「無関係なら……何も心配することない。サラを……ゆっくり眠らせてやって……」
ララは唇を噛んで目を伏せたのだった。
『貴方達がハンターだったのね。サラを思い出させてくれて……ありがとう』
マキナ・バベッジ(ka4302)とザレム・アズール(ka0878)の顔を見て、2人の手を愛おしそうに握りしめたララ・デアはザレムと一緒にゴースロンに乗り、彼の手を借りて馬から降りる。
そしてマキナの顔を覗きこんだ。
「気にかかっているのはノアさんのこと?」
ララが人の表情を読み取るのは年の功ということか。
従順に居残ることに同意したノアだが彼らしくない神妙な表情が垣間見え、マキナは思い切って尋ねてみたのだ。
過去の何かを抱えているのでは、と。聞かせてくれれば力になれるかもしれない……
だが、声をかけるとノアは大袈裟なほど驚いてみせ
『んなもんねえよ。考えすぎ!』
笑ってマキナの頭を手でぐりぐりと撫でた。そして
『俺もこれしか思いつかなかったんだ。あの人が直接聞くことしか。頼むぜ』
そう言った。
「ノアさんは悪い人じゃないと思うけれど……難しい感じね。視線が長く合わない。サラも同じよ。心を開いてくれるまでに時間がかかったわ」
歩き出しながらララは言う。
「サラさんはどんな子だったんですか?」
そう尋ねたのは沙織(ka5977)。
「サラは浮浪児だったのを保護された子よ。警戒心が濃厚で私も最初は噛みつかれたりしたわ」
思い出したのか、ララは少し辛そうな顔になる。
「でも、ハグもしてくれるし、笑顔も見せてくれるようになった。攻撃的な部分だけは最後まで残っていたけれど。噛みつきはしないけれど、話をする時、顎を反らせる癖があるの」
「ノアのおっさんは……んー、俺あんましいいイメージねえな」
リュー・グランフェスト(ka2419)が鼻をこすって言う。
「マキナに『頼むぜ』って言った時、ララさんの心配よか、情報のほうな気がしちまったんだよな……」
「……でも、私が言いだしたことだし……」
ララは申し訳なさそうに目を伏せた。
「ごめんなさい……危ないことに皆さんをつき合わせてしまって……」
「私達の身は気にしなくてもいい。一番危険なのはお前なのだから」
レイア・アローネ(ka4082)が答える。
「その身を張るならば止めはしないが、後悔を残す結果にならぬよう」
ララはレイアの顔をじっと見つめた。
「何だか不思議……貴方とはどこかで会ったかしら」
「いや、初めてだと思うが?」
あまりに見つめられてレイアは目をしばたたせてしまう。
「……そうね。ちゃんと確かめなきゃ。皆さん、お願いします。必ず情報を持ち帰って」
彼女は自分が死ぬかもしれないと覚悟している。
そんなことはさせない。必ず連れ帰る。
それはハンター達が最初から決めていたことだった。
半分は森に囲まれ、半分は山の陰となった小さな盆地。
ララが指定した場所だ。
「ここはサラとの思い出の場所か何か?」
ザレムが尋ねるとララはいいえと首を振った。
「私を探しているなら町からあまり離れないほうがと思ったの。ここは一度雪が降ると残るの。何の活用もできない場所だから人も来ない。町にも迷惑がかからないかなと思って……」
足跡一つない真っ白な平地にリューがずぼっと最初の一歩を突っ込んで確かめてみるに、雪は30センチも積もってはいない様子。
丸く雪をかき、ザレム、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)と花厳 刹那(ka3984)がハスキーを連れて拾って来た木の枝に火をつけて焚火を作った。
「森はどうだった?」
ロニ・カルディス(ka0551)が尋ねる。
「特に異状はないみたいだよ。犬も大人しかったし。でも来るなら森かな……あっちは雪が残っていなかった」
と、アルト。
「団子はあの大きさですけれど、歪虚ララは注意が必要ですね」
花巌は周囲に注意を払いながら言う。彼女は前に声だけを耳にしている。
聞きたいことはサラ=歪虚ララの確認とその経緯だ。
レイ・グロスハイムについては歪虚ララが自ら口にすれば別だが、こちらから話を持ちかけるのは彼女が最も神経質になると思えるのでなるだけ後に。
ララもレイの事は知らないし、聞きたいのはサラ自身のことだ。
「よし、行くか」
瀬崎・統夜(ka5046)がロニを促した。リューが親指をぐっと立て、瀬崎もそれに応える。
焚火の煙は目印にもなる。今のうちに後方の潜伏場所を確保しなければならない。
そして小一時間ほどたっただろうか。
「……雪」
アルトが落ちた一粒を掌で受け止めた。
追うように雪が舞い落ちる。雪が多くなると視界が鈍る。
リューが瀬崎とロニの方に目を向けた。
ここからではどこに身を潜めているか分からない。
不気味なほど静かだ。
―― パチン……
焚火が小さな爆ぜ音をたてた時
「きゃあっ!」
叫び声と共によろめいたララに花巌が夢中で腕を伸ばす。
天空からいきなり降り注いだ血の雨は焚火の炎を消し去り、赤い点を巻き散らした。それは最も焚火に近かったララも赤く濡らす。
「怪我がありますか!」
花巌の声にララは震えながら首を振った。
血でも濡れれば体温を奪う。アルトは自分が血まみれになるのも厭わずララの顔や服を拭う。
ハスキー達が一点に向かって唸り声をあげた。
雪の中に立つうっすらと黒い影。
「サラ……?」
ララが震える声で呟いた。
『来たか』
後方では瀬崎が雪の中で銃に手を触れる。風もなく、遮る獣の声もない。ロニもきっと耳を澄ませているだろう。
「き、来ましたね!」
小さく叫んで沙織は後方とララを繋ぐ場所に移動する。
影はゆっくりと目視できる場所に来た。
足元までまっすぐ伸びた黒い髪。雪と同じ白い肌。
切り揃えられた前髪の下の瞳は大きく黒く、人形のような愛らしさと独特の禍々しさを持ち合わせた少女が雪の上にいた。
ララが花巌の手を振り解き、雪を踏み分けて少女に向かう。
「サラ!」
「……!」
花巌とマキナが瞬脚でララの前に躍り出たのは、少女の手にある長い槍が動いたからだ。
「ふふっ」
小さな口から笑いが零れた。槍の切っ先が花巌の鼻先と僅かな隙間で止まる。
花巌が刀を抜かなかったのは咄嗟の判断だ。いきなり決裂させるわけにはいかない。
「サラ、やめて……お願い……私と話しをして」
ララの声に少女は槍を戻し、ついと顎を反らす。
サラの癖を思い出した。顎を反らせる癖。
「私はララ・デアよ」
血を舐めたような赤い舌がちろりと赤い唇を舐める。
「ちょうだい、ララ、貴方の血。今までどこにいたのよ」
「サラ、ララさんは君と話しがしたいんだよ」
ザレムがゆっくりと声をかける。
「俺達にも話してくれないか。君が誰に何をされたか。非道なことなら俺達もほうってはおけない」
「へえ? あんたたち、私の味方になるというの?」
彼女はもう自分がサラだと白状したようなものだが本人はそれに気づいていない。
「サラ、貴方が出て行ったあと探したのよ。でも見つけられなかった。貴方をそんな姿に変えたのは誰なの?」
ララの言葉にサラはむっとした顔をする。
「そんなって言わないでよ。私は生まれ変わったのよ?」
ふいにサラが距離を詰めて来た。全員が身構える。
「離れろ。そしたら槍を置く」
サラは言った。
「離れて、お願い。大丈夫」
ララが懇願するように言ったので、花巌とマキナは左右に分かれ、皆も数歩下がる。
サラは槍を雪に突きたてると、子供が抱っこをせがむように両手をあげてララを見上げた。
それをララはそっと抱き上げる。
「サラ……軽い……冷たいわ」
抱き締めるララの首に甘えるようにサラは腕を回した。
歪虚を抱きかかえる最も危険な図。ハンター達は生きた心地がしない。
ここでサラが何か術を使えばララはあっという間に命を奪われる。
「心配してくれてるなら、ずっと一緒にいてくれる?」
サラはララの肩に頭を持たせかけた。
彼女を抱いたままララはゆっくり雪の上に膝をつく。
「サラ、ちゃんとお話ししましょう。貴方はデーニッツという人に引き取られたの?」
「デーニッツじゃないわ。ゲルベッツよ。コンスタンティン・ゲルベッツ」
聞いたことのない名だった。
「お前はララ・デアでいいよって」
「どうして私の名前を……?」
「ララが好きだから」
2人の会話はまるで母子のようだ。
「ララは誰からも好かれてる。黒い髪だから叩かれない。ララになれば誰も私を嫌わない」
「サラ……」
ララは泣き出しそうな顔になった。
「貴方は貴方のままでいいのよ。私はサラが好きなのよ」
「うん、だから私はララが好きよ」
見るからに冷たそうな頬がララに押し当てられた。
「サラ、ゲルベッツって誰? 何かされたの?」
「されたわ」
サラは答える。
「腕も足も別のものになった。体中が痛いの。ずっと吐くの。でも慣れるの。彼がね、優しいの。抱きしめてくれたの。負けるなよって。同じくらいの妹がいるんだって」
「……よく分からないわ……それは別の人?」
ララは首を振ったが、ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)とマキナは同時に顔を強張らせていた。
頭に浮かんだのは2人が顔見知りの少女、ピア・ファティ。レイ・グロスハイムと共に育った少女だ。
だが、口に出すのはためらわれる。ララがサラを抱いている。
「試しの戦いで傷ができると2人で舐めあったの。彼は首があるうちはネックレスだけは外さないと言った。妹にもらったからって。だのに最後の日、それがなかった」
「最後の日……?」
ララの声が震える。
「そう。最後の日。ピアって言った。私の名前は呼んでくれない。妹の名前なんだ。私より大事。あんなに優しくしてくれたのに。悔しかった。彼はあれからずっとネックレスを探してる。妹を探してる」
ララの目から涙が溢れた。
「サラ……貴方はもう元には戻らないの? 貴方を歪虚にしたゲルベッツという人はどこにいるの?」
「私を歪虚にしたのはゲルベッツじゃないよ。妃様」
「妃様って……誰のこと?」
そっとサラの顔を覗きこむザレムを通り越して、サラは彼の背後を指差した。
「お前」
いきなり指差されてウィルフォードは一瞬身を固くする。
指と視線を逸らさぬまま、サラはララの耳にそっと口を近づけた。
次の瞬間ララは悲鳴をあげ、身を離したサラと反対側にどっと倒れ込んだララをザレムが慌てて受け止めた。花巌とアルトが駆け寄る。
ララの耳から血が溢れていた。アルトが咄嗟に雪をララの耳に押し当て、素早く皆で周囲を取り囲む。
離れていた瀬崎とロニも身構えた。
「お前、あの時偽物と一緒にいただろう。錬魔は失敗を隠すために身代わりを用意した」
ウィルフォードを指差したまま後ずさり、サラの目が怒りに燃えた。
「そんなことで終われると思うのか」
「偽物が居るなら本物も居るはずだよね」
耳を噛み千切るなんて。
アルトはララの耳を押さえながら、彼女の手が小刻みに震えて自分を掴むのを感じながら言った。
サラの目がじろりとそちらに向いたのを見て、ウィルフォードが一歩動く。
意識はこっちに向けていろ、サラ。
「本物を探しているなら、手伝いをしようか?」
視線を戻したサラは努めて冷静なウィルフォードの声に一瞬目を細めたあとにやりと笑う。
「貴方達は会ったじゃないの」
―― グオォォオン……!
何かが軋む大きな音。
と、同時にララの耳から血の筋が空に昇っていく。
「だ……だめ!」
アルトは必死になってララの耳を手で覆い、
「この音っ……混乱?」
リューが叫ぶ。
が。
「違う」
ザレムが声を漏らす。これは混乱の音ではない。前とは違う。
雪の向こうに剣機団子の影が見えた。
「距離?」
「早くララさんを運……っ!」
雪とアルトの指の隙間をぬって血が宙に昇る。
周囲に無数の気配がする。剣機だ。
「んなろ!」
瀬崎の声。
制圧射撃で剣機の動きが鈍ったが、いつもと様子が違う。思うような結果が出ない。
あの音のせいか。
「ちっ……!」
瀬崎は舌打ちをしながらもジャキリと弾を込め
「早く下がれ! 囲まれるぞ!」
「統夜、左だっ」
ヴゥン……と低い唸りと共に竜貫でMURAMASAを突き出しながらリューが叫ぶ。
アルトと沙織がララを移動させようとするが
「ララさん!」
沙織の声にもララは抗ってしまう。
「お願い! もう少しサラと話しをさせて!」
このままでは剣機に取り囲まれてしまう。
ロニのシャドウブリットの黒い影が飛んだ。
「ロニ! 距離だ! 団子からとにかく離れろ!」
ザレムの声にロニは頷く。
「待って! もう少し……!」
「ララさん! 今ここで剣機の餌食になるのが一番後悔を残すよ!」
レイアの声に、ララは顔を歪ませた。
レクイエムを放ったロニがぐっとララの腕を掴む。
「あとは俺達が引き継ぐ! 信じろ!」
ウィルフォードのアースウォールが退路を作る。
マキナとレイアの援護を受け、アルトと沙織に支えられながらララは後方に向かった。
雪の上に落ちる無数の槍。
サラのこの攻撃は周知。上空にも注意を払っていた皆は素早く避ける。
剣機団子は思いのほかあれから近づいては来ない。
雪が邪魔なのか、敢えて近づかないのか。
「サラ! 俺達は戦いたくはないんだよ! 話をしに来たんだ! 頼む、ここは引いてくれ!」
デルタレイで近づく剣機を倒したザレムが叫ぶ。
彼の声を無視してララを追おうとするサラの前に花巌が瞬脚で割り込む。
次の動きに備えて身構える花巌を見て、サラはふと動きを止めた。
「……? 止まった……?」
竜貫を使おうとしたリューが呟く。剣機の動きもぴたりと止まったのだ。
瀬崎の撃つ手も止まる。
サラは怒りのこもった瞳でハンター達を見回した。
「どうして私が我慢しなきゃならないの。なんで私ばっかり!」
槍が振り上げられたので身構える。
だが、サラは暫くして不機嫌そうに槍をおろした。
「そんなにお前達もララが欲しいんなら、私にもちょうだい。ネックレスと妹。それとあの偽物も! 探して差し出せ!」
「サラ、ゲルベッツのことは俺達が……」
「うるさい、うるさい、うるさああい!」
ザレムの声を遮って、サラは駄々をこねる子供のように叫んだ。
「連れて来い! そんなに待たないから! ぐずぐずしてると妃様に叱られる!」
「妃様って……」
リューが呟くと、サラはついと飛び上り叫んだ。
「剣妃オルクス様よ! わかんないの?!」
攻撃してくるか? と身構えたが、ララはそのまま上空にあがる。
「絶対連れて来い! でなきゃすぐ皆殺しだ!」
その声が最後だった。
血は止まったが、ぐったりしているララを見やってアルトが小声で口を開く。
「ララさんはハンターズソサエティか国が保護したほうがいいと思う。国だったら帝国師団……かな?」
その提案には皆が同意した。ノアの元で怪しいマフィアに委ねるよりは遙かに安心できる。
花巌とロニが魔導バイクでバルトアンデルスに向かう。
結果は第一師団が保護する形となった。
オズワルド師団長に直接会うことは適わなかったが、人命に関わることと判断してもらったようだ。
ただ、師団が錬魔院に対し動くとは考えにくい。今はまだゲルベッツの存在も明確ではない。
それはノアに任せようと話し合う。
名前さえ分かれば彼はすぐに調査を開始するだろう。
何かが明確になれば記事にするだろうし、そうなればどこかの何かに一石を投じる。
行き詰まればまたハンターにすがってくるかもしれない。
ララには師団で尋ねられればサラから聞いたことを話してもいいからと伝えた。
「サラは大人しく身を引いたわけではないでしょう?」
青い顔のままララは言った。
「サラがネックレスや彼と言った時……何か知っていそうだったわね?」
言われてマキナとウィルフォードが顔を見合わせた。ララはサラとの対話で精一杯だと思っていた。
2人はレイの妹と言われた少女と顔見知りであること、彼女もハンターで、イルリヒトにいるレイが本人であると信じていることをララに話した。
それは他のハンター達も初めて聞くことだった。
「どんな奴なの? イルリヒトのレイって」
アルトが尋ねる。
「顔は見てるが、サラの言うレイとはまるで正反対のような……。でも彼は何も知らない様子じゃなかったか?」
ザレムが言うとウィルフォードは頷いた。
「そんな感じだったな……。ピアなら本人かどうか分かるのかもしれないが……彼女はまだちゃんと会えていないだろう。レイの同僚も口約束で放置したままじゃないか」
ウィルフォードの言葉にマキナも口を引き結ぶ。
ララは沈痛な面持ちで頷いた。
「でも、彼女も狙われているのよね? 探してるって……」
視線を泳がせたのち顔をあげる。
「私が手紙を書くわ……会って説明を……その、レイという人にも」
「それは……」
マキナが気遣わし気にララを見る。
「私は師団に行くのでしょう? 師団で会えば大丈夫じゃないの? それにその人が本当にレイさんなのかもしれない。サラは昔から少し思い込みが激しいところがあったけれど、あの姿になってそれが突出したような気がしたわ。2人が無関係なら……」
ララはそこで言葉を切った。
「無関係なら……何も心配することない。サラを……ゆっくり眠らせてやって……」
ララは唇を噛んで目を伏せたのだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/12/29 07:30:29 |
||
二人のララ・デア ロニ・カルディス(ka0551) ドワーフ|20才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/12/30 18:13:35 |