君が信じる君の為に

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/01/04 09:00
完成日
2016/01/20 18:59

このシナリオは3日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ブラックバーン伯爵領は盗賊ギルドとの抗争以後、概ね大きな争いもなく世俗を忘れる平穏な日々が続いていた。その3ヵ月は虐げられていた者達にとって代え難い日々だった。盗賊ギルドマスターの養子であったレスターの生活環境は、ギルドで飼われていた頃に比べ劇的に改善されていた。発育不良で15才に見えない小柄な彼であったが、背が伸びて肉が付き、瞬く間に年相応の身体を獲得しつつある。
 生活の余裕と共に笑顔の増えたレスターではあったが、ここ数日は一転して気落ちしているのが常となっていた。普段の夕食なら訓練の空腹でがっつくのだが、今日もまたもそもそとシチューと白パンを飲み下している。
 兵士長のリカードは食後のエールを飲みながら、扱いに困りつつもレスターを眺めていた。親子程度に年の離れた2人だが、リカードが年不相応に童顔で口髭が似合わない為に、年の離れた兄弟のようにも見えた。
「大変だな、お前も」
「…………はい」
 レスターはようやく言葉を発した。
 情けないやら悔しいやら、気持ちはその表情を見るだけで容易に見て取れた。理由は城内の兵士であれば誰でも知っている。騎士との訓練が原因だ。ピースホライズンへ主力を増援に出したことで伯爵領は手薄となった。
 その代替として王国からは負傷で帰国した赤の隊の騎士達が駐留することとなった。これはまたとない機会であると、ここ数日は彼らを交えての訓練が活発に行われている。
 覚醒者であるレスターの相手を務めるのは、ツヴァイハンダーを自在に操る覚醒者の騎士アリサ。
 アリサは猫科の動物のようなしなやかさと力強さを持ち合わせた、有り体に言えばメスライオンと形容するのがしっくりくる女性だった。野生的な美しさを備えつつも、鋭い牙の存在も強く感じさせる。
 彼女がレスターに課した訓練は苛烈の一言だった。模擬戦でレスターが倒れるたびに彼女は強く叱咤する。
「情けない。伯爵があんたを置いていったのは、足手まといだからじゃなくて、ここの戦力として数えてるからよ。そのあんたがその体たらくでどーすんのよ!」
「……」
 レスターは荒い息をつきながらも何度も立ちあがった。何度も彼女に挑みかかり、そのたびに手も足も出ずに敗れ去る。結果は何日繰り返しても同じ。今日も今日とてのされておしまいだ。
 アリサに悪意はない。善意というには粗暴だが、未熟なレスターを彼女なりに慮ってのことだろう。彼女の出す課題をクリアできないレスターには、それが余計に重荷となった。自分より少し年上の若い女性に、為す術なく打ち倒されているという事実も大きいだろう。
「…………リカードさん」
「ん?」
「ぼく、つよくなりたいです」
 絞り出すような声だった。リカードはその内容に驚きつつも、弟に向けるような優しい笑顔を浮かべた。純粋というには少々子供っぽいが、わかりやすく素直な点は評価できる。
 とはいえ、リカードが教えられる範囲には限度があった。基礎的な筋力や反射速度が敵わない以上、教えられるのは技術のみだ。それすら長らく続いた激戦を越えて来たアリサには遠く及ばない。彼女の剣撃の激しさは領主の弟であるジェフリー・ブラックバーン(kz0092)にも迫るだろう。
 同じ兵士長で覚醒者のオイヴァが居ればマシな教練もつけられるのだが、生憎と領主に連れられてピースホライズンに向かってしまった。とすれば残りの選択肢は限られてくる
「よし。明日ハンターの連中に私から相談しておいてやろう」
「あ……ありがとうございます! ……それと、その……」
「彼女には秘密に、だろう? わかっているとも」
 レスターはほっとした顔でまた頭を下げる。安心したレスターは残ったパンをシチューで流し込むと、夜の雑務をこなしに席を立った。リカードはその背を見送りつつ、街に滞在する誰に頼むべきかを思案した。



 王国より派遣された5人の騎士達は城内の余った兵舎に寝泊りしていた。騎士とはいえ遠征慣れして頻繁に野宿もしていたので、ベッドがあって壁があるだけで十分と言う者達ばかりだった。
 夕食が終わると男性の騎士達はこぞって城内の井戸に向かい、手早くお湯を沸かして清拭を済ませた。ぱりっとした普段着に着替えると意気揚々と宿舎を出る。そこでばったりとアリサと鉢合わせた。
 アリサは通り過ぎようとする男達を呆れてにらみ付けた。
「あんた達、もしかしてまたなの?」
「良いだろ、今夜は非番なんだし」
「非番の度にだから言ってるのよ」
 男達は非難するアリサに悪びれながらも、平然と彼女の前を過ぎていく。行き先はわかっている。いわゆる、女の子ばかりのお店だ。これまで遠征続きで給料を使う機会が少なかったから取り戻してるのだろうが、幾ら何でもとも思う。
 店側からすれば行儀が良くて金払いが良くて、いざとなれば用心棒の代わりにもなる彼らは良い顧客だった。店に行けばどこでもサービスが良いと男達は暢気に笑っている。
「お前も休みぐらいはゆっくりしろよ。どうせ次の合流まで仕事はねえんだしさ」
「それは……そうだけど」
 言い淀んでいる間に男達は門をくぐっていってしまった。残されたアリサは、人知れずため息をついた。
 アリサもわかっている。レスターへの対応は半分以上が八つ当たりなのだと。八つ当たりしかしてないアリサに比べれば、男達の発散方法は健康的だ。
 レスターはよくやっている。指南役が居ない中でも毎日欠かさず鍛錬をし、終われば勉強する日もある。あんな稽古をつければ彼に良くない焦りを与えるだけだとわかっているのに、気づけば今日も彼に辛く当たってしまった。
 今日に始まったことではない。王都に帰りこの仕事を与えられてからずっとだ。仲間達が今も帝国の激戦に身を置く中、自分達は不甲斐なくも送り返されてしまった。降ってわいた日常になじめず、悔しさと情けなさのやり場もない。夜毎孤独になるたびに無力感が心をむしばんでいく。
 アリサは憂鬱な気持ちのまま、1人で与えられた柔らかい寝床へと帰って行った。その柔らかさでさえも、彼女は受け入れ難いと思い始めていた。

リプレイ本文

 内陸にあるブラックバーン伯爵領は領内に未開拓の森林も多く、一日通して気温差はそれほど大きくない。それでも真冬ともなれば雪の降る日もあり、街の空気は金属のように底冷えしていく。
 しかしそれも吹きさらしの街路の話。城壁に囲まれた中庭は外ほど風を感じることはなく、加えて訓練の熱気もあり寒さは感じない。訓練は今日も平常通り。レスターが果敢にアリサへ打ちかかり、手も足も出ずに倒れた。いつもの通りならただこれで終わりだが、その日はアニス・エリダヌス(ka2491)が名乗り出た。
「……何よ?」
「まだ不完全燃焼ではありませんか? 貴方の打ち込みに迷いが見えますよ。
 今度は私が受け止めます。すべてこの剣撃にぶつけてください」
「…………」
 何を言われているか悟った後のアリサの反応は速い。結果、アニスはすべてをぶつけられた。遠征を生き残っただけありアリサは手強い戦士だった。大剣の重さを生かした強撃はそれだけでも脅威であり、同時に無造作に振り回しているように見えてもまるで隙が見あたらない。
 この時周囲の見学者は、レスターへの教導が大いに手加減したものだと改めて知ることになる。アニスはぼろぼろになり、アリサも気が晴れたわけではないが、連戦は頭を冷やす時間にはなった。一息ついたアリサはルトガー・レイヴンルフト(ka1847)の提案に従って買出しにでかけている。
 早速ハンター達はアニスの戦闘を振り返りながら対策を練ることにした。まずはヴァルナ=エリゴス(ka2651)が実際にレスターと模擬戦を行い、彼の実技の矯正を模索する。この時点でレスターは良い生徒で、ヴァルナの言うことを忠実に守った。 
「基本は出来ているみたいですね」
「はい、ありがとうございます」
 小気味が良い。だが同時にこの方法で成長は望めないともヴァルナは直感していた。何かが足りない。それが何かわからずじまいで、次の助言が出来ずにいる。悩みながらも結局答えは出ない。休憩を挟んでヴァルナは龍華 狼(ka4940)と入れ替わった。狼はレスターと向かい合ったが、ここで気になっていたことを再認識してしまう。
(やっぱりこいつ、身長伸びてる)
「どうかしました?」
「別に何も」
 変なところで相手の機微に聡いレスターに困惑する狼。身長に嫉妬していたのは悪い話ではないが、なんだか気まずい気持ちになる。狼は早々に話を誤魔化した。
「武器の差、身長の差で参考になるかわかりませんが、とりあえずやってみましょう」
 木刀を握る狼の戦い方は舞刀士の基本に則った物だった。レスターはバックラーで間合いを隠しつつ教本どおりといえる型で応戦した。間合いの近しい狼相手にレスターは善戦している。レスターは決して弱くない。であれば武器の特性の差を掴めば状況は変わる。遠巻きに見学するヴァルナはそう考えた。
「やはり武器の差は大きいですね。ここは間合いを詰めて懐に入れば勝機はあります」
「間合いをですか……」
 アニスの声は暗い。手加減をしたわけでもないのに、まるで踏み込むことができなかった。間合いの優位を思い知ったところにこの助言は空しく響いた。見学するだけのヴァージル・チェンバレン(ka1989)はそれとはまた別の理由で首をひねっていた。
「多分それは早計だな」
「どうしてですか?」
「嬢ちゃんの流派には無いのか? バインドだよ」
 言葉に聞き覚えがあったヴァルナは、そこで赤の隊の騎士達の流派を思い出した。この類の剣の本領は鍔迫り合いになってからの攻防にある。雑魔や歪虚相手に質量を武器とする状況なら使う機会は少ないが、同サイズの歪虚や人型の歪虚には十分に機能している。
 バインドは完全に技術の話になる。練習時間で圧倒的に不利なレスターではその差は覆せない。
「ではどうすれば?」
「短期的に勝とうというのがそもそもの間違いだ。精神面の問題なら劇的に変わる可能性もあるが……」
 ヴァージルはレスターを観察しながらその可能性は否定した。
「それ以外となると、1回限りの勝利を得るだけで良いなら卑怯な手を使うのが手っ取り早いが」
「レスターさんは納得するでしょうか?」
「さあな。そもそもそういうのが出来るやつなのか?」
 狼とレスターの攻防が一区切りつく。狼の感想はヴァルナとはまた違ったものになった。今のレスターの動きは兵士達の使う基本に則ったもの。それは以前に双剣を使っていた頃とまるで違う。
(この違和感、身長伸びたからじゃないな)
 盗賊ギルド時代の訓練風景を見た狼から正直に感想を述べるとするならばーー。
「なんか前より弱くなってないですか?」
「ええー!?」
 あまりのことにレスターはショックで膝から崩れ落ちた。よく練習しているがそれでも動きがぎこちなく、動きの端々にはためらいや迷いが感じられる。
「そう落ち込むな。まだ伸び代はある。型は出来ているのだから後は頭を使うことだな。表情や視線から敵の動きを予測し、自分はフェイントを交えて予測を困難にする。そういう駆け引きをする領域になればおのずと変わってくるはずだ」
「はい……」
「時にレスター、砂で目潰ししたりとか、挑発して攻撃を誘うとか、そういう手管に抵抗ないほうか?」
「えと……出来ると思いますけど」
 レスターの反応は鈍い。出来るという答えも少し意外だったが、何を迷っているのかわからない。側に立つ狼も言い淀む理由はわからないが、経緯を知らないヴァージルへレスターに代わって答えた。
「レスターは、元は双剣を使う盗賊が師匠なんです。そういう技も教えてもらってるはずですよ」
 違和感の元はそれだった。その当時出来ていたことが今は出来ていない。ヴァージルの言う技術もその当時普通に出来ていたはずだ。それが狼が彼を弱いと思った大きな理由だった。 
「あと、その武器がそもそも向いてないんじゃない?」
「ほう。なら持ち替えたほうが良いな」
「でも良いんですか?」
「かまいません! それがレスターさんのためになるなら」
 答えたのはアニスだ。彼女はその迷いにこそ、価値があるとも思っていた。
「その迷いをそのままにするから剣も鈍るのです。正面から迷いと向き合えばこそ答えも出ます。さあ、次は私ともう1戦しましょう」
「はい。お願いします!」
 レスターはめげなかった。何をおいてもそれだけは彼の美点だった。周囲は既に休憩に入っているが、そんなことはお構いなしである。
「元気だねえ」
 若者達の特訓は続く。日向に移動したヴァージルは、今度こそ観戦に徹することにした。 



  トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)は情報収集しながら伯爵領内のとある宿屋兼酒場に篭っていた。商売の拠点として不便でなければ宿場はどこでも良かったのだが、この時期に冷たい寝具での1人寝が我慢できる性質でもない。
 トライフは諸々考慮した結果、余裕のある資金で馴染みの妓館を選んだ。何度か利用したこの店は寝具にもしっかり金をかけており、羽毛の詰まった柔らかいマットはだけでも価値がある。もちろん、女性達にこそこの宿の価値はあるのだが。
「貰ったお菓子、控え室で配ったわ。私もあとでいただくわね」
「喜んでもらえたみたいで何よりだよ」
 トライフは部屋を整える女性にいつもの営業スマイルで答える。女主人より今日宛がわれたカティという名の彼女は、中性的な雰囲気の女性だった。ショートの黒髪はまるで少年のようで、口調は若い少女のよう。その割には身体は成熟しており、出るところは出て引っ込む所は引っ込んでいる。服装も肩ぐらいは平気で露出する女性の多い中、あえて胸元が開いている程度にとどめていた。このアンバランスさは好きな者には病みつきになる毒だろう。
「お仕事、上手くいってる?」
「なんとか商売は出来そうだよ」
 トライフが準備段階として聞き込みをしている相手は彼女たちも含まれていた。女達は商売に聡いかと言われればそうでもないが、余所者に比べれば街の変化をよく知っている。同時に街の中にある不便な話も把握している。
「今だと締め付け強いわよ?」
「だから今のうちなんだ。後から参入するほうが難しい」
 盗賊ギルドの傘下にあった組織が多く寝返りを決めた為に、街の商売にさほど大きな混乱はなかった。だが混乱が全くなかったわけでもなく、領主の統制で商売を引き上げた者も多い。十分に入り込む隙はあるだろうとトライフは見ていた。
「今回はコネ作りだけで良い。グレーにするのはまた折りをみるさ」
「……うーん。それなら盗品商のケネスさんとかどう?」
 聞かない名前だった。トライフは続きを促す。
「あの人のグループ、まともな商売始めようにも、真っ当な仕入先と販路が無くて困ってるらしいのよ。だからまずコネ作りで動いてるみたい。覚醒者でハンターなら自由に移動できるでしょ。それでいてハンター協会に出しにくい依頼を受けてくれるっていうなら、需要はあると思うわ」
 そこでトライフは主人の計らいの意味を理解した。商売に来た自分と有意義な話が出来る子を、好みの範囲からわざわざ選んでくれたのだろう。トライフが思案を始めたのを肯定と受け取り、カティは寝台の上に身を乗り出した。
「お店の外でデートしてくれるなら案内したげるけど、どうする?」
 願ってもない。当然お金も掛かるが、仲介料込みなら経費としては安い。それでもトライフは駆け引きを忘れなかった。
「君の仕事ぶりを見てから考えるよ」
 カティは蠱惑的な笑みを浮かべると、寝そべるトライフの上に覆いかぶさった。



 買い物と口実はつけたが、実際には城の文官達から奪ったものだ。注文を伝えて書類を渡すだけで、納品は店がやってくれる。子供のお使い程度だが考え事をする時間としては申し分なかった。馬を使うほどの距離でもないが、アリサはルトガーの後を追いながらも、その視線はどこか遠くを見ていた。
「上手に気分転換するのがプロってもんさ」
 ルトガーは振り向いてアリサの顔を見た。渋い顔をして視線を遠くに向けている。長い付き合いではないが、ルトガーには大よそ彼女の感情も理解できた。
(生真面目なんだろうな)
 焦燥と罪悪感。どちらかを解消できれば、少しはマシになるだろうに。
「人間は完璧ではないし失敗もする。気に病む必要はない」
 頭で理解するのと納得するのは違う。どうすれば彼女の心に響くのか。ルトガーはアリサの様子に気を配りつつも道を進んでいく。
 道中、馬に乗れば嫌でも目立つために、道行く人々は騎士のアリサに気づくと丁寧に頭を下げ、のんびりとした様子ですれ違っていく。アリサは見送りながら、ため息をついた。
「この人達が待ってるのは私じゃない」
 その一言は彼女の罪悪感の一端でもあった。領主の弟は未だに戦地に居る。家族とは離れ離れのまま。
 ルトガーはアリサと並び、彼女の見る平和な街を眺めた。
「良い眺めだな。これも騎士団の守ってきたものだろう」
「…………」
 アリサはルトガーの横顔を見、再び街へと視線を向ける。代わり映えしない穏やかな空気が街を包んでいた。2人は無言のまま馬を進めていく。何も無い道行ではあったがそれでも効果はあったらしく、アリサの顔から僅かばかり険がなくなっていた。



 翌日、変わらぬ快晴。訓練に姿を現したアリサはレスターの出で立ちを見て立ち止まった。
「貴方、盾はどうしたの?」
「今日は二刀流です」
 それが昨日の訓練でハンター達と出した結論だった。レスターは盗賊ギルド時代の記憶と共に技術までも封印していた。悪い思い出と何もかも一緒に。
「レスターさん、焦らなくても大丈夫です。頑張って」
 ヴァルナの応援に笑顔で答えると、レスターはアリサに向かい合った。 
 レスターは大剣の間合いに対して二刀流の手数で応戦する。右へ左へ攻勢を切り替え、アリサの鈍重な件を翻弄する。何度も懐に飛び込み、アリサの目の前まで何度と無く迫った。
 だがやはり最後は地力の差が物を言った。実践で研ぎ澄まされた剣術にはかなわない。間合いを突破できず、レスターの手から双剣は弾き飛ばされる。ぎりぎりのやりとりで限界の来ていたレスターは、その場で脚をもつれさせた。
 だがその表情は晴れ晴れとしている。レスターはこの時、狼の言葉を思い出した。今は負けてもいいのだと。強い相手と戦えるなら技を盗めばいい。いつもならそこで無理して立ち上がるのだが、今日のレスターは呼吸を整える間があった。
 一方のアリサにも変化はあった。いつもと違い、立ち上がろうとするレスターに手を差し伸べる。
「おい。……その、なんだ……、昨日よりは良かった……ぞ」
 顔真っ赤にして何かと思えば。レスターは驚きつつも、笑顔で頭を下げる。アリサはレスターから目を逸らし、見学の視線に気づいた。
 ルトガーとヴァルナは微笑でアリサの挙動を見つめている。同じ騎士の男どもは大笑いをはじめ、領主の兵士達はポカンと口をあけていた。アリサの顔はまた一段と赤くなった。
「それだけだ!! 明日もまたしごいてやるから気を抜くなよ!」
 大声で言い捨ててアリサは背を向けてしまう。顔を真っ赤にしては威厳も何もない。そこには年相応の彼女が居た。
「ルトガーさん、何を言ったんですか?」
 くすくすと笑いながらヴァルナは問う。ルトガーは知らん振りで肩をすくめて見せた。
「何をしろとは言ってないさ。一つずつ改善すれば良いとアドバイスしただけだ。昨日出来なかったことを今日は変えようとな。何を変えるか、選んだのは彼女だよ」
「周りがこれだけ気をもんでいれば、誘導したも同然だろう」
「そうかもしれないな」
 ヴァージルの言にルトガーはくっくっと笑いを返す。そうこう遣り取りをする間に訓練は再開され、ほかの兵士達が並んで剣を振るい始めた。昨日と比べて今日の訓練は、心なしか掛け声にも気合が入っているように聞こえた。



 アリサの言葉通り翌日以降も厳しい訓練は続いた。しかしこの日の一件があったために深刻な事態になることは無くなり、兵士や騎士達からピリピリした空気はなくなった。
 アリサの勇気をうっかり笑ってしまった騎士達が次の犠牲となったが、それはそれでこれはこれ。別の話である。

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MVP一覧

  • 俯瞰視の狩人
    ヴァージル・チェンバレンka1989
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼ka4940

重体一覧

参加者一覧

  • 大口叩きの《役立たず》
    トライフ・A・アルヴァイン(ka0657
    人間(紅)|23才|男性|機導師
  • クラシカルライダー
    ルトガー・レイヴンルフト(ka1847
    人間(紅)|50才|男性|機導師
  • 俯瞰視の狩人
    ヴァージル・チェンバレン(ka1989
    人間(紅)|45才|男性|闘狩人
  • 勝利の女神
    アニス・エリダヌス(ka2491
    エルフ|14才|女性|聖導士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼(ka4940
    人間(紅)|11才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン ある冬の一日
トライフ・A・アルヴァイン(ka0657
人間(クリムゾンウェスト)|23才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/12/30 20:05:01
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/01/01 16:15:14