ゲスト
(ka0000)
【深棲】壊れた聖女は涙する
マスター:冬野泉水

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 5~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/08/13 22:00
- 完成日
- 2014/08/25 15:27
このシナリオは4日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
固く閉ざされた一室では円卓会議――グラズヘイム王国の最高意思を決定する会議が開かれていた。
王女システィーナ・グラハムを始め、大司教セドリック・マクファーソン、騎士団長エリオット・ヴァレンタイン、侍従長マルグリッド・オクレール、聖堂戦士団長ヴィオラ・フルブライト、そして王族の一としてヘクス・シェルシェレット。
その他、大公マーロウ家を筆頭とした王国貴族を含め、十数名が白亜の卓子に各々の思惑滲む顔を写している。
重苦しい空気の中、王女が懸命に言葉を紡ぐ。
「自由都市同盟――隣人の危機です。私は急ぎ騎士団の派兵……」
「規模が、問題ですな」
王女を制したのは大司教だった。
「騎士団と安易に仰るが、その数は? その間の国内をどうされる?」
「……どうにかやりくりして、できるだけ多くを」
王女の縋るような視線を受け、騎士団長の眉が寄る。彼だけではない。大司教も侍従長も、そして聖堂戦士団長ですら同じ表情だ。
言わんとするところは、誰もが同じだった。
「……現在の騎士団に、余力はありません」
「……ごめ、んなさい……私が……」
ちゃんとした指導者だったら、きっと国はもっと強かった。
無念そうに言葉を絞り出す騎士団長に、王女は消え入りそうな声で詫びる。
「まあ」ヘクスが軽薄に笑う。「余力はない、が全くの知らんぷりもよろしくない。さて、どうしよう」
ねぇ、と問うた彼の視線の先。
「聖堂戦士団は半数を派遣致します。当然私も向かうことになるでしょう」
ヴィオラが応じた。エクラ教の絶対的教義故、迷いのない言葉。
「良いのでは。王国たるに相応しい威光を示す良い機会かと」
マーロウ家現当主、ウェルズ・クリストフ・マーロウが穏やかに言うと幾人かの貴族が首肯し、残りが眉を動かした。王女が口を出す前に大司教が言う。
「『騎士団の派遣は現実的ではない』。殿下、その慈悲で以て我が国の現状にまず目を向けて頂きたい」
「でも……」
王女が何かを堪えるように唇を引き結ぶ。誰かが、小さく苦笑した。
「少数ならば」エリオットだ。「派遣できましょう」
「す、少しならできるのですか!?」
大司教が騎士団長を睨めつけ、諦めたように息を吐く。
「騎士団長がそう言われるのであれば、是非もありませんな。――侍従長?」
「私は特に。異論ありません」
侍従長の目が、他の出席者を巡る。
出来る限りの譲歩だ、異論が出るはずもない。――王女の、本音を除いて。
「……で、では、少数の騎士団と半数の聖堂戦士団を派遣、同時に備蓄の一部を支援物資に回しましょう」
次々と席を立つ面々。最後に部屋を後にするへクスと両団長の背に、王女は一度だけ目を向けた。
●
壮観であった。
聖堂教会が派遣する聖堂戦士団は団長のヴィオラ・フルブライトを筆頭に、各地の教会に派遣されていた者と合流しながらリゼリオ付近に到着する頃には、円卓会議での発言どおり、全戦士団の約半数の数に膨れ上がっていた。
離脱し、あるいは合流し、それらを繰り返しながら聖堂戦士団は戦地に展開していった。先行隊は既にリゼリオに入っており、ひと通りの偵察で成果を見せている。
ヴィオラを含む本隊は一度リゼリオに入り、聖堂戦士団の動向を各所に伝えた上で、リゼリオまで数キロ地点まで一時後退していた。
これは最前線を支えることになるであろうハンター達の背中を盤石にするという意図の元の行動である。
リゼリオから数キロの場所にあるこの村には、聖堂教会の加護を受けた教会がある。それ自体珍しいことではないが、出迎えた司祭の表情があまりにも異様で、ヴィオラですら思わず息を呑んだほどだった。
「ようこそ……本当に、ヴィオラ様……」
今にも息絶えそうな細い声で、青白い肌の司教は平伏した。
●
王国から赤の副団長が出陣したことも、また王国付近で『また』羊の群れが見られたことも、ヴィオラはその夜になって初めて聞かされた。
戦士団をそれぞれの持ち場に向かうよう指示を出し、ヴィオラが一息ついたのは夜も更けた頃だ。
「このような時に……」
こちらでは狂気(ワァーシン)、あちらではしぶとい羊――徐々に世界が混沌に飲まれようとしているのか。
「聖女。どうぞお休み下さい」
「その、聖女というのは……」
「私にとって、ヴィオラ様は聖女ですから、変えることは出来ません」
きっぱりと言った副官に嘆息して、ヴィオラは説得を諦めた。今できるなら、きっと初めて会った時にできているからだ。様付でない辺り、副官らしい。
「そういえば、聖女。面白い話を聞きました。この教会にも聖女がいるらしいのです」
「珍しいですね。聖堂教会は偶像崇拝を禁じてこそいませんが、光ではなく人……ですか」
自分で言って妙な気持ちになったヴィオラである。その偶像に祭りあげられんとしているのは、誰でもなく自分であるというのに。
ふふん、と鼻を鳴らした副官は嫌味っぽく続けた。
「と言っても、その聖女は人ではなく人形だそうで。元は人の骸だったようですが、流石に腐乱を止められなかったとか」
「なるほど」
「それで、その聖女、泣くそうですよ」
「……は?」
呆気にとられたヴィオラに、副官は小さな頭を縦に振り、「泣くんです」と繰り返した。
「人形ですよね?」
「そうです」
「泣くのですか?」
「だ、そうです。故に聖女の座を譲り受けたとか。それで、その聖女……紛らわしいな。人形が泣くと、歪虚が現れるんだそうです」
「……」
迷信を排して宗教論は語れないが、流石に眉唾ものだろうと思ったヴィオラの脳裏に、司祭のやつれた顔が過った。
異常なまでに痩せ細って、生気の失せた顔。
「――」
副官の名を呼ぶ前に、“それ”は起こった。
「ひ……ぃっ」
引き攣った声を上げた司祭の喉が潰れる。血泡を吐いて倒れた彼が細い腕で抱くのは、あの聖女の人形だ。
「アハ、アハ、アハハハハハハハハ!」
甲高い声が響く。カタカタと音を立てるのは、まさにその聖女の人形の唇だった。ぎょろりと剥き出しになった蒼い瞳の球体がボロリと零れ落ちる。
「キャハハハハハハッ」
別の声が重なり、今度は説教台の人形が笑い出す。
不気味な不協和音が満ちる中、扉を蹴破って入ってきたその人に、人形たちは目を向ける。限界まで引き上げた唇を裂きながら。
「聖女、危険です。援軍を」
「これらを外に出す方が危険です」
槍を構えたヴィオラは冷静に副官を制した。背中を這うような悪寒。ずるり、と何かを引きずる音。
「……遅かったようですね」
ゆらりと起き上がった司祭は、ぐるりと首を大きく捻る。本能的な嫌悪感に副官の端正な顔が歪んだ。
「ク、ケ……ケケケケケケ!」
「無粋な……」
淡々と言い放つヴィオラは手近な燭台をステンドグラス目掛けて放り投げた。高い音が響き、鮮やかなガラスが飛散る。
これで周辺警備の仲間が気づいてくれれば良いが――。
「ともかく、あれを片付けましょう」
「最近、趣味悪いのばかりですよね、聖女……」
げんなりした副官の声には答えず、ヴィオラは凍てつく視線を壊れた“聖女”の涙に向けていた。
王女システィーナ・グラハムを始め、大司教セドリック・マクファーソン、騎士団長エリオット・ヴァレンタイン、侍従長マルグリッド・オクレール、聖堂戦士団長ヴィオラ・フルブライト、そして王族の一としてヘクス・シェルシェレット。
その他、大公マーロウ家を筆頭とした王国貴族を含め、十数名が白亜の卓子に各々の思惑滲む顔を写している。
重苦しい空気の中、王女が懸命に言葉を紡ぐ。
「自由都市同盟――隣人の危機です。私は急ぎ騎士団の派兵……」
「規模が、問題ですな」
王女を制したのは大司教だった。
「騎士団と安易に仰るが、その数は? その間の国内をどうされる?」
「……どうにかやりくりして、できるだけ多くを」
王女の縋るような視線を受け、騎士団長の眉が寄る。彼だけではない。大司教も侍従長も、そして聖堂戦士団長ですら同じ表情だ。
言わんとするところは、誰もが同じだった。
「……現在の騎士団に、余力はありません」
「……ごめ、んなさい……私が……」
ちゃんとした指導者だったら、きっと国はもっと強かった。
無念そうに言葉を絞り出す騎士団長に、王女は消え入りそうな声で詫びる。
「まあ」ヘクスが軽薄に笑う。「余力はない、が全くの知らんぷりもよろしくない。さて、どうしよう」
ねぇ、と問うた彼の視線の先。
「聖堂戦士団は半数を派遣致します。当然私も向かうことになるでしょう」
ヴィオラが応じた。エクラ教の絶対的教義故、迷いのない言葉。
「良いのでは。王国たるに相応しい威光を示す良い機会かと」
マーロウ家現当主、ウェルズ・クリストフ・マーロウが穏やかに言うと幾人かの貴族が首肯し、残りが眉を動かした。王女が口を出す前に大司教が言う。
「『騎士団の派遣は現実的ではない』。殿下、その慈悲で以て我が国の現状にまず目を向けて頂きたい」
「でも……」
王女が何かを堪えるように唇を引き結ぶ。誰かが、小さく苦笑した。
「少数ならば」エリオットだ。「派遣できましょう」
「す、少しならできるのですか!?」
大司教が騎士団長を睨めつけ、諦めたように息を吐く。
「騎士団長がそう言われるのであれば、是非もありませんな。――侍従長?」
「私は特に。異論ありません」
侍従長の目が、他の出席者を巡る。
出来る限りの譲歩だ、異論が出るはずもない。――王女の、本音を除いて。
「……で、では、少数の騎士団と半数の聖堂戦士団を派遣、同時に備蓄の一部を支援物資に回しましょう」
次々と席を立つ面々。最後に部屋を後にするへクスと両団長の背に、王女は一度だけ目を向けた。
●
壮観であった。
聖堂教会が派遣する聖堂戦士団は団長のヴィオラ・フルブライトを筆頭に、各地の教会に派遣されていた者と合流しながらリゼリオ付近に到着する頃には、円卓会議での発言どおり、全戦士団の約半数の数に膨れ上がっていた。
離脱し、あるいは合流し、それらを繰り返しながら聖堂戦士団は戦地に展開していった。先行隊は既にリゼリオに入っており、ひと通りの偵察で成果を見せている。
ヴィオラを含む本隊は一度リゼリオに入り、聖堂戦士団の動向を各所に伝えた上で、リゼリオまで数キロ地点まで一時後退していた。
これは最前線を支えることになるであろうハンター達の背中を盤石にするという意図の元の行動である。
リゼリオから数キロの場所にあるこの村には、聖堂教会の加護を受けた教会がある。それ自体珍しいことではないが、出迎えた司祭の表情があまりにも異様で、ヴィオラですら思わず息を呑んだほどだった。
「ようこそ……本当に、ヴィオラ様……」
今にも息絶えそうな細い声で、青白い肌の司教は平伏した。
●
王国から赤の副団長が出陣したことも、また王国付近で『また』羊の群れが見られたことも、ヴィオラはその夜になって初めて聞かされた。
戦士団をそれぞれの持ち場に向かうよう指示を出し、ヴィオラが一息ついたのは夜も更けた頃だ。
「このような時に……」
こちらでは狂気(ワァーシン)、あちらではしぶとい羊――徐々に世界が混沌に飲まれようとしているのか。
「聖女。どうぞお休み下さい」
「その、聖女というのは……」
「私にとって、ヴィオラ様は聖女ですから、変えることは出来ません」
きっぱりと言った副官に嘆息して、ヴィオラは説得を諦めた。今できるなら、きっと初めて会った時にできているからだ。様付でない辺り、副官らしい。
「そういえば、聖女。面白い話を聞きました。この教会にも聖女がいるらしいのです」
「珍しいですね。聖堂教会は偶像崇拝を禁じてこそいませんが、光ではなく人……ですか」
自分で言って妙な気持ちになったヴィオラである。その偶像に祭りあげられんとしているのは、誰でもなく自分であるというのに。
ふふん、と鼻を鳴らした副官は嫌味っぽく続けた。
「と言っても、その聖女は人ではなく人形だそうで。元は人の骸だったようですが、流石に腐乱を止められなかったとか」
「なるほど」
「それで、その聖女、泣くそうですよ」
「……は?」
呆気にとられたヴィオラに、副官は小さな頭を縦に振り、「泣くんです」と繰り返した。
「人形ですよね?」
「そうです」
「泣くのですか?」
「だ、そうです。故に聖女の座を譲り受けたとか。それで、その聖女……紛らわしいな。人形が泣くと、歪虚が現れるんだそうです」
「……」
迷信を排して宗教論は語れないが、流石に眉唾ものだろうと思ったヴィオラの脳裏に、司祭のやつれた顔が過った。
異常なまでに痩せ細って、生気の失せた顔。
「――」
副官の名を呼ぶ前に、“それ”は起こった。
「ひ……ぃっ」
引き攣った声を上げた司祭の喉が潰れる。血泡を吐いて倒れた彼が細い腕で抱くのは、あの聖女の人形だ。
「アハ、アハ、アハハハハハハハハ!」
甲高い声が響く。カタカタと音を立てるのは、まさにその聖女の人形の唇だった。ぎょろりと剥き出しになった蒼い瞳の球体がボロリと零れ落ちる。
「キャハハハハハハッ」
別の声が重なり、今度は説教台の人形が笑い出す。
不気味な不協和音が満ちる中、扉を蹴破って入ってきたその人に、人形たちは目を向ける。限界まで引き上げた唇を裂きながら。
「聖女、危険です。援軍を」
「これらを外に出す方が危険です」
槍を構えたヴィオラは冷静に副官を制した。背中を這うような悪寒。ずるり、と何かを引きずる音。
「……遅かったようですね」
ゆらりと起き上がった司祭は、ぐるりと首を大きく捻る。本能的な嫌悪感に副官の端正な顔が歪んだ。
「ク、ケ……ケケケケケケ!」
「無粋な……」
淡々と言い放つヴィオラは手近な燭台をステンドグラス目掛けて放り投げた。高い音が響き、鮮やかなガラスが飛散る。
これで周辺警備の仲間が気づいてくれれば良いが――。
「ともかく、あれを片付けましょう」
「最近、趣味悪いのばかりですよね、聖女……」
げんなりした副官の声には答えず、ヴィオラは凍てつく視線を壊れた“聖女”の涙に向けていた。
リプレイ本文
雑魔が襲来するという混乱した状況下において、エルウィング・ヴァリエ(ka0814)がその音に気づいたのは幸運であった。
「皆さん」
手近の仲間を呼び止めたエルウィングは、不自然に割れた窓の破片と共に地面に転がる燭台を指さした。中の様子はこちらからは伺えない。
「…お。丁度良いトコに雑魔も来たし、ちょっと僕ちん中で遊んで来まーす!」
持ち場を離れたギルベルト(ka0764)が意気揚々と合流した。
「私は向こう側から……まったく、タイミングが悪いわね」
猟銃を背負う雲類鷲 伊路葉 (ka2718)が即座に教会の反対側へ移動を始める。それを皮切りに、各々班を組み教会へ突入する姿勢を整えた。
「――行くよ」
メイム(ka2290)の合図で教会の扉が勢い良く開いた。
●
「従軍のハンターだよ! 今の音は何事?! わ!」
最初に突入したメイムは目の前の光景にぎょっとした。
抱きかかえられたまま、屍とともにある聖女の人形、そして、少し離れたところで包丁を振り回して笑う小さな人形。
思ったよりも敵集団が微妙な位置取りだ。
「な……なんすかあれ!? 人形が動いて……って、あの司祭さん様子が変っすけど……」
薄気味悪い声に首を傾げる狛(ka2456)は、仮面の下で眉を潜めた。
「エルウィングさん、ヴァイス(ka0364)さん、一緒にお願い~。後の皆さんは歪虚対応を」
手早く指示を飛ばすのはメイムだ。
「了解だ。状況は?」
「ご覧のとおりです。増援までに分断しておきたかったのですが」
ヴァイスの問いに一度退いたヴィオラが答える。
「なるほどな」
頷いたヴァイスの脇から、メイムが顔を覗かせた。
「ヴィオラさん。援護するから盾装備して、投擲来るかも。外の雑魔は戦士団が抑えてる」
「拒否する。攻撃の要である団長を防御に回すのは愚策だ。それに、聖堂戦士団長への礼も知らない人間の言葉に従う気もないよ」
「およしなさい」
露骨な不快感を示した副官を手で制し、ヴィオラは持っていた槍を床に下ろした。
「団長!」
「おやめなさい。――ハンターの指示に従いましょう」
「ありがとう! じゃあ、A班が合流できるまでは防御主体でいきたいよ。ヴィオラさんは副官さんに指示を。ヴィオラさんの攻撃が通るように敵の防御行動を誘える様、牽制して欲しいよ」
それだけ言うと、メイムも先行する仲間の背中を追って走り出す。
「と、いうわけだ。頼りないと思うが、よろしく頼む」
少女の言葉を拭うようにヴァイスが二人に一礼して敵に向かう。
「……聖女の攻撃?」
一方、頭の中でメイムの言葉を反芻して、副官は怪訝そうな顔を見せた。
「盾を持って攻撃しろとは、随分大きく見られましたね、ヴィオラ様」
「そういう言い方はおやめなさい。――少し、様子を見ます。彼らなりの作戦があってのことでしょう」
「承知しました」
言いながらむくれる副官を窘め、ヴィオラは自身が介入できる時期を見定めるように、じっと戦況を見つめていた。
●
「あの大きい方の相手は任せろ。司祭を頼む」
大きな人形を誘うように仲間から離れたヴァイスに興味を持ったのか、人形が司祭の腕を這うように抜け出し、方向を変えたヴァイスに接近する。
「悪いが、お前達に囚われた人を解放するまで付き合ってもらうぜ」
構えたヴァイスの体を仄かな光が包み込む。エルウィングだ。
軽く彼女を振り返ったヴァイスだが、即座に剣を体の前に合わせた。直後、鈍い衝撃が襲ってくる。
「――っ。こいつは……」
小さいくせに、破格の腕力だ。庇いきれなかった衝撃が纏っていたベストに大きな傷を残す。
「なるべく早く頼むぜ……」
司祭を相手取る仲間が合流することを祈って、ヴァイスは人形と正対した。
今、自分は猛烈に興奮している。
「賊やってた時も教会でカチ合う事なんてなかったもんなぁ」
しかも相手は人形と死体、友軍には簡単にヘソを曲げる坊っちゃんと噂の聖女サマ。
「ヒヒ、魅力がいっぱいで目移りしちゃうよねん」
ナイフをくるりと回したギルベルトの熱い呟きは、前線の狛とテオバルト・グリム(ka1824)へ届いているのだろうか。
「司祭さんは絶対自分らが解放するっすよ!」
と息巻いて走っていった狛は、ギルベルトから見れば別の世界にいるように見えた。
助けたいという思いと、殺したいという欲求。
決して交わることのない二つの感情がこうして共存しているのだから、世界はどう回っているか分からないものだ。
ふと、ギルベルトの背中にある窓がコツコツと叩かれた。ニッとして彼が叩き返した相手は、教会の周回を終えた伊路葉だ。
「早く来ないと先にバラしちゃうぜ」
だが、投擲線上に敵が誘導されない限り、正確にナイフを投げられないのは彼も同じだ。
この状況で一本しかないナイフを投げ損ねて丸腰になるのは避けたいところだ。
「司祭さん、こっちっす!」
そのギルベルトが狙う司祭は、狛とテオバルトに挟み込まれるようにして蠢いていた。どちらを狙えば良いのか判断できず、手当たり次第に辺りを破壊している。
「ちょっと痛いっすよ……!」
渾身の力を込めて狛が司祭の腹に拳を叩き込む。大きくよろめいた司祭は、その勢いを殺さないで今度は狛に襲いかかった。
「ぐぁっ」
確かに首を噛みちぎられる感触の前にふと浮かんだのは、よく話す友達の少女の顔だった。
直後、予想外の箇所から痛みが走る。司祭の顔が真横に見えた。
肩を押さえて狛が一旦退く間に、今度は背後からテオバルトが強襲する。
「本当……嫌な奴だな」
その言葉は司祭ではなく、ヴァイスやメイム達と交戦中の人形に向けられたものだ。
「だから、俺達が救うよ」
振り下ろしたナイフが司祭の背中を抉る。悲鳴を上げた司祭が振りぬいた拳を受け止めきれず、テオバルトの体が壁に叩きつけられた。
「テオバルトくんっ!」
叫んだ狛がテオバルトに続けて振り下ろされる腕を体で受け止める。ミシ、という嫌な音が頭に響き、腕の感覚がすっと遠のいていく。
「この……!」
力づくで押し返した狛と入れ替わるように、テオバルトが身を低くして司祭に突っ込んだ。至近距離からスラッシュエッジを叩き込み、司祭が振り下ろした腕を体で受け止める。
「俺が抑える! 今のうちに!」
腕に噛み付かれ、顔に苦痛の色が滲むテオバルトが吼えた。
刹那、狛が走り出すより早く、司祭の頬を一発の銃弾が掠めた。
「良い頃合いだよねん。僕ちんもコロシアイに混ぜてくれよ」
「撃ったのは私だけど……ともあれ、援護するわ」
ギルベルトの合図に合わせて教会に入った伊路葉が続けざまに引き金を絞る。
「……引き金が、」
軽い。
片目を伏せた伊路葉の射線上に、司祭の頭が重なる。
「ヒヒ、簡単にくたばったりすんなよ」
不敵な笑みを浮かべて、ギルベルトはぎりぎりのところから司祭にナイフを投げた。脳天を狙ったが僅かにそれたそれは、司祭の閉じた瞼に吸い込まれる。
「後は頼むわよ」
絞った引き金の音に乗せて伊路葉が呟く。ギルベルトに襲いかかろうと駆け出した司祭の肩に食い込んだ銃弾が、司祭の体を大きく傾ける。
「これで終わりっす……ごめんっ!」
確実に命を断つ感触に、表情の読めない仮面の奥で顔を歪め、狛は渾身の力で司祭の胸を拳で砕いた。
倒れこんだ司祭が痙攣し、やがて動かなくなって初めて、狛の緊張の糸もほんの少し緩む。
「……司祭さん、安らかに眠るっす」
薄れていく景色に最後に見たのは、先に蓄積した怪我で倒れるテオバルトの姿と、鮮やかな銀色の髪を揺らす小柄な少年の背中だった。
●
「見てられないな。軽傷の者は最初の作戦どおり行動しなさい」
倒れた狛とテオバルトを片手に一人ずつ担ぎ、副官はギルベルトと伊路葉に声を飛ばした。
「すみません、私がもっと……」
「貴女のせいではないよ」
ヴァイスとメイムのヒールやプロテクションに追われていたエルウィングが心苦しそうに言った。一人で前線全員を回復し、補助するには限界がある。
そして、回復手としての手段を封じられたヴィオラと、援護に消極的な副官は端から数には入らない。
この状況は苦痛だったはずだ。
「二人は十二分にやったよ。――聖女、介入の許可を」
「頃合い、ですね」
負傷した二人を最後方まで引きずってきた副官にヴィオラは頷いた。
盾を装備しろ、という言葉をヴィオラも副官も『攻撃するな』という意味にとった。故に、メイムの『ヴィオラさんの攻撃が通るように』というのは物理的に不可能であると判断したから、何もしなかった。
あくまでハンター達には何か作戦があると思ったからだ。
だが、戦況は前線を支える二名が負傷し、ヴァイスとメイムも体力的に限界が近い。
「私は彼の方へ。そちらは頼みます」
「承知しました」
もう、これ以上の犠牲は見ていられなかったのだろう。
「そうじゃないと、ね」
二人をちらりと見た伊路葉がすぐに視線を前方に戻す。
大きな援軍をようやく得て、ハンター達の攻勢が一気に増すこととなった。
●
「こんなことって……でも、まだ負けじゃないよ」
仲間の負傷は目に入り、ぎゅっと拳を握ったメイムである。
「わっ」
人形は執拗に彼女との距離を縮めようとする。懐に入られたメイムの腹に、人形の刃が食い込む。
ダメだ、やられる――。
そんな弱気が脳裏を掠めた瞬間だった。
……おいパルム。ちょっとメイムの様子を見に行ってくれねぇか?
親友の、ちょっと困ったような声。
まだだ。
「まだっ!」
ぐっとこらえたメイムは、不思議と痛みを感じなかった。
その間に、ギルベルトがナイフを奪い、背後から人形に肉薄する。
「前ばっか見てると、後ろからバラしちゃうよん」
渾身のスラッシュエッジが人形の背に直撃する。大きな切傷を負った人形は怒りに任せてギルベルトの腕を刃物で切り裂いた。赤い血が眼前に散り、ギルベルトは舌打ちとともに何とも言えない興奮を感じた。
痛みなど感じない。仰向けに倒れてもすぐに起き上がり、弓を構える副官に声を投げた。
「ねーねー、そんなヘナチョコだとヴィオラちんナンパしちゃうよーん?」
「なっ、貴様ァッ!!」
案の定――なんと単純な男なのか――沸点を超えた副官の矢が人形の腹に突き刺さる。人形が避けていたらギルベルトの脳天を射抜いていた。
「おーこわ」
大げさに喉を鳴らしたギルベルトを余所に、メイムは既に人形の脇に回っていた。気づいた人形がくるりと首だけをこちらに向ける。
「……あらあら。まるでチャッキー人形さんですね……。可愛くありませんわ!」
後方から光る矢が人形の足元に打ち込まれる。エルウィングの矢に進路を塞がれた人形が顔は笑ったまま、大きく刃物を振り回す。
切り刻まれても、メイムの体はエルウィングのヒールで徐々に癒やされつつあった。
いける――確信したメイムが、人形が背中を向けると同時にドリルを大きく振り上げた。
成功を祈りますわ。
そう言ってくれた仲間のためにも。
「いっけええ――!」
気合の声と共にメイムが振り下ろしたドリルは、人形の背に大きな穴を開けた。
「キャハハ、ハ……ハ……」
最後の断末魔も笑い声のまま、人形は不気味な微笑みを浮かべたまま音を立てて床に散った。
「……そうだ、ヴァイスさんは!?」
息を付く間もなく、メイム達はヴァイスが相手をする聖女の人形の方を見た。
ヴァイスは仲間が司祭と戦っている間も、たった一人で人形と互角の戦いを展開していた。その強靭な肉体が限界に達しようと、決して怯むことはなかったのだ。
だが、その疲労が足を鈍らせた瞬間、見定めたように人形が包丁を首元へ振り下ろした。
「――ッ!!」
防護の効果が切れたところを狙われた形だ。直撃すれば、重傷では済まない。
「……?」
待てども痛みが来ない。うっすら目を開けたヴァイスの視界に、鮮やかな碧の髪が映る。
援護に出た聖堂戦士団長が、ヴァイスと人形の間に割って入ったのだ。その武器一つ犠牲にする覚悟で、人形の強烈な一撃を受け止めたのである。
粉々に砕け散った槍の先端を器用に回し、ヴィオラは無言で人形を大きく弾き飛ばす。
「ヴィオラ……」
「気に病む必要はありません。武器の代わりはいくらでもあります」
「だが、」
「お行きなさい。背中は皆で守ります」
彼女の言葉に背中を押され、ヴァイスは力を振り絞って床を蹴った。
「そう、ヴィオラの言う通り……背中は問題ないわ」
柱の影に隠れ、銃口を固定した伊路葉が一人零した。迷わず撃った弾は天井で弾かれ、床を這い、壁で反転して人形の背中を掠めていく。
「アハ、ハハハ、アハハ!!」
笑いながら銃弾の元を探す人形は、物騒な包丁を振ってくるくると回る。すかさず、そこへもう一発の跳弾で動きを封じた伊路葉は、前を行くエルウィングに微かに視線を移す。
回復は副官が担う今、彼女は攻撃に専念できる。
「――死者を冒涜する者は、例え何者であったとしても許しません……!」
短い祈りの後、聖なる光の矢が人形に降り注ぐ。興奮したように声を上げる人形の服を裂き、目を抉り、無慈悲な光は人形を襲い続ける。
「行くぞ。これで終わりにしよう」
踏み込んだヴァイスの剣と人形の包丁が交わる。互いに腕を傷つけ合いながら、それでも一歩、ヴァイスの一撃の方が重い。
「よう……相打ちっていうのも、なかなか経験しないよな」
ギリギリと鍔競り合いを続ける人形にヴァイスは自嘲気味に笑う。
多分、この言葉を意味を、この歪虚は最後まで理解しないだろう。
その、ヴァイスの覚悟を。
「お、おおおおっ!!」
利き足を大きく、深く踏み込んだヴァイスの力を振り絞るような激しい一撃が人形の顔面を直撃する。同時に、人形が振り下ろした最後の一振りが彼の肩を深く抉った。
しん、と空気が静まる中、ガラスのような音を立てて人形が首から崩れ落ちる。
それを追うように、ヴァイスもすっと体から力が抜けていく。
ああ、終わったら口説こうと思っていたのにな――そんなことを考えているうちに、ヴァイスは完全に意識を手放したのだった。
●
聖堂戦士団の応急治療を受ける彼らの前に、ヴィオラは姿を見せなかった。
「今回、まずは君たちに聖堂戦士団として十分な援護が受けられなかったことを詫びます」
ハンターを見守るように命令された副官は静かに言った。
「聖堂戦士団として、ハンターは歓迎します。ただ……僕個人は、あなた達を認めない。聖女は君たちには甘いようだけどね」
次があるならよろしく頼むよ、とだけ付け加えて、副官は救護テントから出て行った。
歪虚は倒した。それは紛れもない成功体験だ。
後方支援のハンターは殆ど無傷であったし、前線のメイムも姿なき援護に救われた形だ。
だが、勝利は得るものだけではないことを、ハンター達はその身に刻む結果となったのであった。
了
「皆さん」
手近の仲間を呼び止めたエルウィングは、不自然に割れた窓の破片と共に地面に転がる燭台を指さした。中の様子はこちらからは伺えない。
「…お。丁度良いトコに雑魔も来たし、ちょっと僕ちん中で遊んで来まーす!」
持ち場を離れたギルベルト(ka0764)が意気揚々と合流した。
「私は向こう側から……まったく、タイミングが悪いわね」
猟銃を背負う雲類鷲 伊路葉 (ka2718)が即座に教会の反対側へ移動を始める。それを皮切りに、各々班を組み教会へ突入する姿勢を整えた。
「――行くよ」
メイム(ka2290)の合図で教会の扉が勢い良く開いた。
●
「従軍のハンターだよ! 今の音は何事?! わ!」
最初に突入したメイムは目の前の光景にぎょっとした。
抱きかかえられたまま、屍とともにある聖女の人形、そして、少し離れたところで包丁を振り回して笑う小さな人形。
思ったよりも敵集団が微妙な位置取りだ。
「な……なんすかあれ!? 人形が動いて……って、あの司祭さん様子が変っすけど……」
薄気味悪い声に首を傾げる狛(ka2456)は、仮面の下で眉を潜めた。
「エルウィングさん、ヴァイス(ka0364)さん、一緒にお願い~。後の皆さんは歪虚対応を」
手早く指示を飛ばすのはメイムだ。
「了解だ。状況は?」
「ご覧のとおりです。増援までに分断しておきたかったのですが」
ヴァイスの問いに一度退いたヴィオラが答える。
「なるほどな」
頷いたヴァイスの脇から、メイムが顔を覗かせた。
「ヴィオラさん。援護するから盾装備して、投擲来るかも。外の雑魔は戦士団が抑えてる」
「拒否する。攻撃の要である団長を防御に回すのは愚策だ。それに、聖堂戦士団長への礼も知らない人間の言葉に従う気もないよ」
「およしなさい」
露骨な不快感を示した副官を手で制し、ヴィオラは持っていた槍を床に下ろした。
「団長!」
「おやめなさい。――ハンターの指示に従いましょう」
「ありがとう! じゃあ、A班が合流できるまでは防御主体でいきたいよ。ヴィオラさんは副官さんに指示を。ヴィオラさんの攻撃が通るように敵の防御行動を誘える様、牽制して欲しいよ」
それだけ言うと、メイムも先行する仲間の背中を追って走り出す。
「と、いうわけだ。頼りないと思うが、よろしく頼む」
少女の言葉を拭うようにヴァイスが二人に一礼して敵に向かう。
「……聖女の攻撃?」
一方、頭の中でメイムの言葉を反芻して、副官は怪訝そうな顔を見せた。
「盾を持って攻撃しろとは、随分大きく見られましたね、ヴィオラ様」
「そういう言い方はおやめなさい。――少し、様子を見ます。彼らなりの作戦があってのことでしょう」
「承知しました」
言いながらむくれる副官を窘め、ヴィオラは自身が介入できる時期を見定めるように、じっと戦況を見つめていた。
●
「あの大きい方の相手は任せろ。司祭を頼む」
大きな人形を誘うように仲間から離れたヴァイスに興味を持ったのか、人形が司祭の腕を這うように抜け出し、方向を変えたヴァイスに接近する。
「悪いが、お前達に囚われた人を解放するまで付き合ってもらうぜ」
構えたヴァイスの体を仄かな光が包み込む。エルウィングだ。
軽く彼女を振り返ったヴァイスだが、即座に剣を体の前に合わせた。直後、鈍い衝撃が襲ってくる。
「――っ。こいつは……」
小さいくせに、破格の腕力だ。庇いきれなかった衝撃が纏っていたベストに大きな傷を残す。
「なるべく早く頼むぜ……」
司祭を相手取る仲間が合流することを祈って、ヴァイスは人形と正対した。
今、自分は猛烈に興奮している。
「賊やってた時も教会でカチ合う事なんてなかったもんなぁ」
しかも相手は人形と死体、友軍には簡単にヘソを曲げる坊っちゃんと噂の聖女サマ。
「ヒヒ、魅力がいっぱいで目移りしちゃうよねん」
ナイフをくるりと回したギルベルトの熱い呟きは、前線の狛とテオバルト・グリム(ka1824)へ届いているのだろうか。
「司祭さんは絶対自分らが解放するっすよ!」
と息巻いて走っていった狛は、ギルベルトから見れば別の世界にいるように見えた。
助けたいという思いと、殺したいという欲求。
決して交わることのない二つの感情がこうして共存しているのだから、世界はどう回っているか分からないものだ。
ふと、ギルベルトの背中にある窓がコツコツと叩かれた。ニッとして彼が叩き返した相手は、教会の周回を終えた伊路葉だ。
「早く来ないと先にバラしちゃうぜ」
だが、投擲線上に敵が誘導されない限り、正確にナイフを投げられないのは彼も同じだ。
この状況で一本しかないナイフを投げ損ねて丸腰になるのは避けたいところだ。
「司祭さん、こっちっす!」
そのギルベルトが狙う司祭は、狛とテオバルトに挟み込まれるようにして蠢いていた。どちらを狙えば良いのか判断できず、手当たり次第に辺りを破壊している。
「ちょっと痛いっすよ……!」
渾身の力を込めて狛が司祭の腹に拳を叩き込む。大きくよろめいた司祭は、その勢いを殺さないで今度は狛に襲いかかった。
「ぐぁっ」
確かに首を噛みちぎられる感触の前にふと浮かんだのは、よく話す友達の少女の顔だった。
直後、予想外の箇所から痛みが走る。司祭の顔が真横に見えた。
肩を押さえて狛が一旦退く間に、今度は背後からテオバルトが強襲する。
「本当……嫌な奴だな」
その言葉は司祭ではなく、ヴァイスやメイム達と交戦中の人形に向けられたものだ。
「だから、俺達が救うよ」
振り下ろしたナイフが司祭の背中を抉る。悲鳴を上げた司祭が振りぬいた拳を受け止めきれず、テオバルトの体が壁に叩きつけられた。
「テオバルトくんっ!」
叫んだ狛がテオバルトに続けて振り下ろされる腕を体で受け止める。ミシ、という嫌な音が頭に響き、腕の感覚がすっと遠のいていく。
「この……!」
力づくで押し返した狛と入れ替わるように、テオバルトが身を低くして司祭に突っ込んだ。至近距離からスラッシュエッジを叩き込み、司祭が振り下ろした腕を体で受け止める。
「俺が抑える! 今のうちに!」
腕に噛み付かれ、顔に苦痛の色が滲むテオバルトが吼えた。
刹那、狛が走り出すより早く、司祭の頬を一発の銃弾が掠めた。
「良い頃合いだよねん。僕ちんもコロシアイに混ぜてくれよ」
「撃ったのは私だけど……ともあれ、援護するわ」
ギルベルトの合図に合わせて教会に入った伊路葉が続けざまに引き金を絞る。
「……引き金が、」
軽い。
片目を伏せた伊路葉の射線上に、司祭の頭が重なる。
「ヒヒ、簡単にくたばったりすんなよ」
不敵な笑みを浮かべて、ギルベルトはぎりぎりのところから司祭にナイフを投げた。脳天を狙ったが僅かにそれたそれは、司祭の閉じた瞼に吸い込まれる。
「後は頼むわよ」
絞った引き金の音に乗せて伊路葉が呟く。ギルベルトに襲いかかろうと駆け出した司祭の肩に食い込んだ銃弾が、司祭の体を大きく傾ける。
「これで終わりっす……ごめんっ!」
確実に命を断つ感触に、表情の読めない仮面の奥で顔を歪め、狛は渾身の力で司祭の胸を拳で砕いた。
倒れこんだ司祭が痙攣し、やがて動かなくなって初めて、狛の緊張の糸もほんの少し緩む。
「……司祭さん、安らかに眠るっす」
薄れていく景色に最後に見たのは、先に蓄積した怪我で倒れるテオバルトの姿と、鮮やかな銀色の髪を揺らす小柄な少年の背中だった。
●
「見てられないな。軽傷の者は最初の作戦どおり行動しなさい」
倒れた狛とテオバルトを片手に一人ずつ担ぎ、副官はギルベルトと伊路葉に声を飛ばした。
「すみません、私がもっと……」
「貴女のせいではないよ」
ヴァイスとメイムのヒールやプロテクションに追われていたエルウィングが心苦しそうに言った。一人で前線全員を回復し、補助するには限界がある。
そして、回復手としての手段を封じられたヴィオラと、援護に消極的な副官は端から数には入らない。
この状況は苦痛だったはずだ。
「二人は十二分にやったよ。――聖女、介入の許可を」
「頃合い、ですね」
負傷した二人を最後方まで引きずってきた副官にヴィオラは頷いた。
盾を装備しろ、という言葉をヴィオラも副官も『攻撃するな』という意味にとった。故に、メイムの『ヴィオラさんの攻撃が通るように』というのは物理的に不可能であると判断したから、何もしなかった。
あくまでハンター達には何か作戦があると思ったからだ。
だが、戦況は前線を支える二名が負傷し、ヴァイスとメイムも体力的に限界が近い。
「私は彼の方へ。そちらは頼みます」
「承知しました」
もう、これ以上の犠牲は見ていられなかったのだろう。
「そうじゃないと、ね」
二人をちらりと見た伊路葉がすぐに視線を前方に戻す。
大きな援軍をようやく得て、ハンター達の攻勢が一気に増すこととなった。
●
「こんなことって……でも、まだ負けじゃないよ」
仲間の負傷は目に入り、ぎゅっと拳を握ったメイムである。
「わっ」
人形は執拗に彼女との距離を縮めようとする。懐に入られたメイムの腹に、人形の刃が食い込む。
ダメだ、やられる――。
そんな弱気が脳裏を掠めた瞬間だった。
……おいパルム。ちょっとメイムの様子を見に行ってくれねぇか?
親友の、ちょっと困ったような声。
まだだ。
「まだっ!」
ぐっとこらえたメイムは、不思議と痛みを感じなかった。
その間に、ギルベルトがナイフを奪い、背後から人形に肉薄する。
「前ばっか見てると、後ろからバラしちゃうよん」
渾身のスラッシュエッジが人形の背に直撃する。大きな切傷を負った人形は怒りに任せてギルベルトの腕を刃物で切り裂いた。赤い血が眼前に散り、ギルベルトは舌打ちとともに何とも言えない興奮を感じた。
痛みなど感じない。仰向けに倒れてもすぐに起き上がり、弓を構える副官に声を投げた。
「ねーねー、そんなヘナチョコだとヴィオラちんナンパしちゃうよーん?」
「なっ、貴様ァッ!!」
案の定――なんと単純な男なのか――沸点を超えた副官の矢が人形の腹に突き刺さる。人形が避けていたらギルベルトの脳天を射抜いていた。
「おーこわ」
大げさに喉を鳴らしたギルベルトを余所に、メイムは既に人形の脇に回っていた。気づいた人形がくるりと首だけをこちらに向ける。
「……あらあら。まるでチャッキー人形さんですね……。可愛くありませんわ!」
後方から光る矢が人形の足元に打ち込まれる。エルウィングの矢に進路を塞がれた人形が顔は笑ったまま、大きく刃物を振り回す。
切り刻まれても、メイムの体はエルウィングのヒールで徐々に癒やされつつあった。
いける――確信したメイムが、人形が背中を向けると同時にドリルを大きく振り上げた。
成功を祈りますわ。
そう言ってくれた仲間のためにも。
「いっけええ――!」
気合の声と共にメイムが振り下ろしたドリルは、人形の背に大きな穴を開けた。
「キャハハ、ハ……ハ……」
最後の断末魔も笑い声のまま、人形は不気味な微笑みを浮かべたまま音を立てて床に散った。
「……そうだ、ヴァイスさんは!?」
息を付く間もなく、メイム達はヴァイスが相手をする聖女の人形の方を見た。
ヴァイスは仲間が司祭と戦っている間も、たった一人で人形と互角の戦いを展開していた。その強靭な肉体が限界に達しようと、決して怯むことはなかったのだ。
だが、その疲労が足を鈍らせた瞬間、見定めたように人形が包丁を首元へ振り下ろした。
「――ッ!!」
防護の効果が切れたところを狙われた形だ。直撃すれば、重傷では済まない。
「……?」
待てども痛みが来ない。うっすら目を開けたヴァイスの視界に、鮮やかな碧の髪が映る。
援護に出た聖堂戦士団長が、ヴァイスと人形の間に割って入ったのだ。その武器一つ犠牲にする覚悟で、人形の強烈な一撃を受け止めたのである。
粉々に砕け散った槍の先端を器用に回し、ヴィオラは無言で人形を大きく弾き飛ばす。
「ヴィオラ……」
「気に病む必要はありません。武器の代わりはいくらでもあります」
「だが、」
「お行きなさい。背中は皆で守ります」
彼女の言葉に背中を押され、ヴァイスは力を振り絞って床を蹴った。
「そう、ヴィオラの言う通り……背中は問題ないわ」
柱の影に隠れ、銃口を固定した伊路葉が一人零した。迷わず撃った弾は天井で弾かれ、床を這い、壁で反転して人形の背中を掠めていく。
「アハ、ハハハ、アハハ!!」
笑いながら銃弾の元を探す人形は、物騒な包丁を振ってくるくると回る。すかさず、そこへもう一発の跳弾で動きを封じた伊路葉は、前を行くエルウィングに微かに視線を移す。
回復は副官が担う今、彼女は攻撃に専念できる。
「――死者を冒涜する者は、例え何者であったとしても許しません……!」
短い祈りの後、聖なる光の矢が人形に降り注ぐ。興奮したように声を上げる人形の服を裂き、目を抉り、無慈悲な光は人形を襲い続ける。
「行くぞ。これで終わりにしよう」
踏み込んだヴァイスの剣と人形の包丁が交わる。互いに腕を傷つけ合いながら、それでも一歩、ヴァイスの一撃の方が重い。
「よう……相打ちっていうのも、なかなか経験しないよな」
ギリギリと鍔競り合いを続ける人形にヴァイスは自嘲気味に笑う。
多分、この言葉を意味を、この歪虚は最後まで理解しないだろう。
その、ヴァイスの覚悟を。
「お、おおおおっ!!」
利き足を大きく、深く踏み込んだヴァイスの力を振り絞るような激しい一撃が人形の顔面を直撃する。同時に、人形が振り下ろした最後の一振りが彼の肩を深く抉った。
しん、と空気が静まる中、ガラスのような音を立てて人形が首から崩れ落ちる。
それを追うように、ヴァイスもすっと体から力が抜けていく。
ああ、終わったら口説こうと思っていたのにな――そんなことを考えているうちに、ヴァイスは完全に意識を手放したのだった。
●
聖堂戦士団の応急治療を受ける彼らの前に、ヴィオラは姿を見せなかった。
「今回、まずは君たちに聖堂戦士団として十分な援護が受けられなかったことを詫びます」
ハンターを見守るように命令された副官は静かに言った。
「聖堂戦士団として、ハンターは歓迎します。ただ……僕個人は、あなた達を認めない。聖女は君たちには甘いようだけどね」
次があるならよろしく頼むよ、とだけ付け加えて、副官は救護テントから出て行った。
歪虚は倒した。それは紛れもない成功体験だ。
後方支援のハンターは殆ど無傷であったし、前線のメイムも姿なき援護に救われた形だ。
だが、勝利は得るものだけではないことを、ハンター達はその身に刻む結果となったのであった。
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【相談卓】 メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/05/11 19:30:02 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/08/09 07:43:01 |